第二章 水道魔導器
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*ギルドの街『ダングレスト』
「…………」
歩きながらジッと兄さんからの手紙を見つめる
綺麗に閉じられた封筒にはハルルの時と同じ『月』の文字が書かれている
つまり、また見られるなってことなんだけど…
チラッと前を見ながら考える
ぼくよりも前の方にはユーリたちがいる
後ろに誰も居ない今なら読んでもバレないとは思う
ユーリたちに向けていた視線を封筒に戻す
割と厚みを持ったそれを読むのには、少し時間がかかりそうだ
けれど、早めに読まないといけなさそうな雰囲気も出てる
……考えても仕方ない……か
意を決して封を開いた
封筒の中には数枚の手紙と、もう一つ封筒が入っていて厚みがあったのはそっちのようだった
先に手紙から読もうと綺麗に折り畳まれた紙をパラッと開く
『アリア、エステリーゼ様のことだから、きっとまた君たちについて行くと思う。だから、何をする時も、何かを話す時も、細心の注意を払って欲しい。難しい話をしているのはわかっているが、彼女に気付かれてはすぐに周りにもバレてしまう恐れがある。くれぐれも注意して欲しい。』
手紙から目を離して前方に居るエステリーゼを見つめる
今は楽しそうにユーリやリタ、カロルと話をしていて、ぼくには目が来ていないようだった
『それと、わかったことが幾つかある。伯父上と伯母上が見つかった時の状況を知る人に会えた。こっそりと教えてくれたんだけど、お二人の致命傷になった傷が騎士団長の太刀筋に似ていたらしい。…まあ、まだそれだけで確証はないんだけれど……』
ゾワッと背筋に寒気が走った
騎士団長……その言葉が、やけに耳の中で反響した
『騎士団長がお二人を殺した確証は確かにない。けど、彼がアリアを探しているのは事実だ。…恐らく、無関係じゃない。アリアの情報を探してくるように言ったのも騎士団長だったし、彼には極力会わないようにして欲しい。』
ゴクリと生唾を飲み込んだ
……ヘリオードで見た、あの騎士団長……
確か、名前は『アレクセイ』だったはず……
やけに耳に覚えのある名前にほんの一瞬頭が痛くなった
軽く首を振って続きに目を通す
『それと……これはヨーデル様から聞いたんだけど、伯母上が持っていた宝刀が無くなったままなんだそうだ。新月が受け継いできたものが無くなってしまっているみたいなんだが、アリアは知っているかい?丁度、アリアが使っている刀と同じくらいの刀身みたいなんだけど…』
「おーい!アリシア!早くしないと置いてくぞ?」
ユーリの声が聞こえて手紙から目を離す
ぼくが思っていたよりもみんなとの距離が離れてしまっていたみたいだ
(後で続きは読もう…)
手紙を封筒に戻してローブの下にあるポシェットの中に手紙をしまう
「ごめん!すぐ行くー!」
刀の柄に手を添えてみんなの元に走り出そうと一歩踏み出す
……それだけだったのに
ドクリと心臓が大きく跳ねた
耳の奥でドクドクと大きく音が響く
その音が余りにも煩くて思わず足を止めて俯いた
手を胸に当てて落ち着かせようとするが、全く落ち着く様子がない
異変に気づいたらしい、ユーリが駆け寄ってきたのが視界の隅に映る
顔をよく見ようとしたのか、しゃがみ込んで何か言ってるようで口を動かしているのも見えた
けど、何を言ってるのかわからない
耳の奥で反響していた音はいよいよ頭にまで襲ってきて酷い頭痛が襲った
耐えきれなくてグラッと身体から力が抜けて、ユーリに倒れ込んだ
やけに大きな音には覚えがないが、この頭痛には覚えがある
あの時と、同じだ
呑気にそんなことを考えながらゆっくりと意識を手放した
『アリア、よく見ているのよ?』
懐かしい声に目を開く
少し離れたところでお母様と『わたし』が向かい合って居るのが目に入る
何をしているのかと見つめていると、お母様の手の中に見慣れた刀が収まっていることに気がつく
「(あれって………)」
そっと腰にある刀に触れる
ぼくが今使っているそれと全くと言っていい程にその刀は似ていた
違うのは刀の鞘だけだ
『見るのはもう飽きた!わたしもやりたい!』
『あらあら、この子ったら……。まだあなたには早いわ』
『なんでよぅ……わたしだってできるもん……』
子どものぼくはムスッと頬を膨らませると、不服そうに地面を蹴った
困ったように笑っているお母様の声が聞こえてくる
でも、ぼくはそれよりも刀のことが気になった
「(あれって……もしかして………でも、鞘は違うし………)」
そう思いながら、鞘ごと刀を外して自身の目の前に持ってくる
柄の色はとてもよく似ている
それでも、やはり鞘は全くの別物だ
『…アリア、いい?よく聞くのよ。この刀はね、ずーっと昔から大切にされてきたものなの』
しゃがみ込んだお母様はじっと『わたし』を見つめて真剣にそう言った
『むぅ……そのお話、もう何回も聞いたもん…』
詰まらなさそうに『わたし』は頬を膨らませてそっぽを向いた
『大切なことなのよ。…いつか、あなたにこの刀を譲った時、あなたも知ることになるの。…大昔の人が犯した過ちと、新月がやらなければいけないことを………その身と力を掛けて、なさなければならない、大切な役目を』
そう告げられた『わたし』は少し驚いた顔でお母様を見つめた
『いつかは知らないといけない日が来るわ。それが何年先かはわからないけれど…。アリア、あなたにはその覚悟が出来るかしら』
ズキリと胸が痛む
ぼくはこんな大事な話ですら忘れてしまっていたのか…
お母様の気持ちを裏切ってしまったようでやるせない気持ちでいっぱいになる
『わたし』は俯いて少し唸った
必死に考えているのであろう幼い頃の自分が出す答えを、ぼくは静かに待つ
『……わかんない、けど……わたし、お母様の子どもだから、きっと大丈夫!』
難しい表情が一変、花の咲いたような笑顔でお母様を『わたし』は見た
自分で言うのも抵抗があるが、客観的に見れば幼い頃の自分は可愛い方だと思う
だからと言って、今現在の自分もそうであるのかと聞かれれば答えは否なのだが……
『…そう……ええ、そうね。アリアは私の…私たちの自慢の娘ですもの。あなたなら大丈夫よね』
恐らくあまり納得はしていないであろうお母様は少し寂しげに笑って『わたし』を抱き締める
『さあ、そろそろ帰りましょう』
お母様は立ち上がると『わたし』の手を取ってぼくとは反対方向に歩き出した
夢が、終わる
これ以上知る事の出来ないぼく自身のことに少しだけガッカリした
「…思い、出したいな」
ポツリと小さく呟く
誰も居なくなった空間でその声はやけに大きく反響した
『…ねぇ本当に、そう思う?』
「え?」
何処からか聞こえたいつかの声に振り向いてみるが、そこに人影はない
『本当に……新月の役目や、過去を思い出したい……?』
不安そうな声が、辺りに響く
「……どうして、そんなこと聞くの?あなたは誰?」
『だって、怖いじゃない……もし知ってしまったら、思い出してしまったら……今のままではいられないかもしれない……みんなといられなくなるかもしれないじゃない………『わたし』が誰かなんて…あなたになら、わかるでしょ……?』
そう言われるが、ぼくには全くわからない
……でも、この声が言っていることは、なんとなくわかる気がする……
「……君が誰かはわからない。…でもその気持ちはわかるよ……。ぼくだって、怖くないわけじゃない……知ることは、怖いよ……」
もし、過去を知ったら
今までのように、みんなと……ユーリと一緒に旅も出来なくなるかもしれない
…そんなのは、嫌だ
『……なら、思い出さなくってもいいじゃない……』
そう言われた瞬間、辺りが光に包まれる
あまりの眩しさに、ぼくは目を閉じた
「…………うっ………ん………?」
目を覚ますと見慣れない天井が視界に映る
シン…と静まり返った部屋には誰の気配もない
ゆっくり体を起こして部屋の中を見回してみるが、やはり見知ったところではないようだ
確か最後に見た風景は森の中だった気がする…
…で、ダングレストって街に向かうって言ってた筈だから……
「…ここ、ダングレストなのかな…?」
出てきた結論を小さく声に出してみるが、返事を返してくれる人は居ない
軽くため息をついて、今のうちにと兄さんからの手紙を取り出した
『丁度、アリアが使っている刀と同じくらいの刀身みたいなんだけど…もし、何か知っていたら教えて欲しい。…それと、ヨーデル様からの贈り物も一緒に入れさせて貰った。 身につけるかどうかはアリア次第だけれど…』
…やけに厚みのあった理由はそれか…
手紙を膝の上に置いてもう一つの封を切って中身を掌の上に滑らせる
中から出てきたのは、雫の形をしたイヤリングに、薔薇をモチーフにした髪飾り
どちらにも深い紫色をした宝石が埋め込まれている
それと、手紙が一枚
『姉様がお城で十八になったら贈られていた筈の髪飾りとイヤリングです。本来ならばネックレスと指輪もセットなのですが、今回は二つだけ先に贈らせて頂きます。フレンがまた手紙を書いた時にでも、残りのを贈らせて頂きますね。…必ず、姉様がお城へ帰って来られる様な環境をフレンと共に整えますから、その時は、堂々と姉様と呼ばさせて下さいね』
この字と文章は紛れもなくヨーデルのものだ
そんな気を使わなくてもいいのに…なんて思いながら、純粋な行為が嬉しくて思わず口角が上がる
いつものイヤリングを外してヨーデルが贈ってくれたものに付け替えた
髪飾りの方は髪短くて付けられないから、また伸びたらにしようと手紙と一緒に封筒に入れ直してポーチに仕舞う
そして、再び兄さんの手紙に目を向ける
『アリアも魔核 ドロボウが見つかるまで旅を続けるんだろうけど、体調にはくれぐれも気をつけて欲しい。それから、ユーリのことも頼んだよ。きっといつもの如く無茶ばかりするんだろうからね』
そこで手紙は終わっていた
相変わらず先のことまで予想された言葉に思わず苦笑いした
一生掛かっても兄さんの心配症は治らないと思う
手紙を閉じてポーチに仕舞うと、タイミングを見計らったかのように扉が開いた
「お、目覚めたか?」
そう言って特徴的な髪を揺らしながらほんの少し首を傾げて入って来たのはユーリだ
「全くもう、急に倒れるんだからびっくりしたじゃない!」
「まぁまぁリタ、何ともなさそうなんですからそんなに怒らないで上げてください」
ぶつくさと文句を言いながら入って来たリタと、その後で苦笑いしながらエステリーゼが入って来た
「アリシア、大丈夫?」
一番最後に入って来たカロルが心配そうに声を掛けてくる
「えっと…ごめんね?急に倒れちゃったりして…。もう、大丈夫だから!」
力強くそう答えてニコッと笑ってみせた
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
疑い深くジト目でリタがぼくを見詰めてくる
「平気だってば〜!ほらっ!」
立ち上がってその場で何度か跳ねて見せると、少し呆れ気味にため息をつかれた
「そうゆう問題じゃないんだけど」
「じゃあどうゆう問題?」
首を傾げてリタを見つめると、「もういいわよ…」と再びため息をつかれてしまう、
「ま、本人が平気だって言ってんだからそうなんだろ?…でも、次はもうちっと前に言ってくれ。無言で倒れられてもオレも対処出来ねえから」
少し怒りの混じった声でユーリはぼくに言う
「うっ……ごめんなさい…気をつけます…」
ほんの少し俯いてそう返した
流石にそこはぼくに非があるわけだし、ね
「んじゃ、アリシアも起きたことだし、そろそろ行くか」
「へ?何処に??」
話の内容が掴めずに首を傾げる
「リタとエステルの用事済ませにケーブ・モック大森林にだよ」
「…あー、そう言えばそんな話してたっけ……って、紅の絆傭兵団 の方はいいの?」
確かここに来る前に、情報集める為とか言ってた気がするんだけど…
「お前が寝てる間に色々あって、優先順位が変わっただけだっての。…ほら、早いとこ片付けに行こうぜ?」
そう言うが早いか、ユーリはぼくの手を取って歩き始める
未だに状況の掴めないぼくは頭にハテナを浮かべながら、大人しくユーリについて行く
後ろの方からリタたちの声がするけど、ユーリは止まろうとしない
「ねえ、ユーリ?エステリーゼたち待たなくていいの?」
「あいつらなら平気だろ?すぐに追いつけるって」
ぼくの手を握る手にほんの少し力が加えられた
珍しくユーリがこういうことするから、一瞬ドキッて心臓が跳ねた
初めての感覚に首を傾げた
今の、なんだったんだろ…?
「…アリシア」
「ふぇ?なぁに??」
急に立ち止まったユーリが振り返る
真っ黒で、光の加減でたまに紫かかって見える瞳で、ぼくをじっと見詰めてくる
「…頼むからさ、体調悪いんだったら早めに教えてくれ。エステルたちだけじゃなくてフレンも心配するし、オレの心臓が持ちそうにねえ」
そっとぼくの頭に手を乗せながらユーリは苦笑いした
普段見たことの無い眉の下がった表情にまた心臓が跳ねた
…旅を始めてから、なんかおかしい
倒れた原因はこれじゃないけど、なんかの病気なのかな…?
「えっと…ごめんね…?また倒れそうになったらちゃんと声かける」
「バーカ、倒れそうになる前に声かけろっての」
軽く額を指で弾かれる
パチンッと小さく乾いた音と共にじんわりと額に痛みが走った
痛いって声を上げる程でもないけど、ちょっとだけ痛むその箇所を片手で抑える
「…善処する!」
空いている手で拳を作って片手でガッツポーズすると、呆れたようにため息をついて頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた
「わわっ!ユーリ髪!髪ぐしゃぐしゃになる!」
「ははっ、もう既にぐしゃぐしゃだよ」
そう言って笑ったユーリの顔には、さっきまでの寂しそうな表情はなかった
「ユーリ!アリシアー!」
呼ばれた声に振り向くと、エステリーゼたちが駆け寄って来ているのが目に入った
「はっ、はぁ……もう!二人とも!勝手に行くんじゃないわよ!」
追いついて早々にリタはグチグチと文句を言ってきた
まあ、ぼくらが悪いから聞き入れるしかないんだけどさ
「もう…酷いよユーリ、置いて行くなんて…」
ムッと頬を膨らませながらカロルがユーリを見上げる
「なんでオレだけなんだよ?」
「ユーリが引っ張って行ったからアリシアは悪くないでしょ」
そう言って、カロルはユーリをジト目で見た
「ほら、いいから行くぞー」
半分棒読みでユーリはそう言うと、今度は少し速度を落として歩き始めた
「…………」
歩きながらジッと兄さんからの手紙を見つめる
綺麗に閉じられた封筒にはハルルの時と同じ『月』の文字が書かれている
つまり、また見られるなってことなんだけど…
チラッと前を見ながら考える
ぼくよりも前の方にはユーリたちがいる
後ろに誰も居ない今なら読んでもバレないとは思う
ユーリたちに向けていた視線を封筒に戻す
割と厚みを持ったそれを読むのには、少し時間がかかりそうだ
けれど、早めに読まないといけなさそうな雰囲気も出てる
……考えても仕方ない……か
意を決して封を開いた
封筒の中には数枚の手紙と、もう一つ封筒が入っていて厚みがあったのはそっちのようだった
先に手紙から読もうと綺麗に折り畳まれた紙をパラッと開く
『アリア、エステリーゼ様のことだから、きっとまた君たちについて行くと思う。だから、何をする時も、何かを話す時も、細心の注意を払って欲しい。難しい話をしているのはわかっているが、彼女に気付かれてはすぐに周りにもバレてしまう恐れがある。くれぐれも注意して欲しい。』
手紙から目を離して前方に居るエステリーゼを見つめる
今は楽しそうにユーリやリタ、カロルと話をしていて、ぼくには目が来ていないようだった
『それと、わかったことが幾つかある。伯父上と伯母上が見つかった時の状況を知る人に会えた。こっそりと教えてくれたんだけど、お二人の致命傷になった傷が騎士団長の太刀筋に似ていたらしい。…まあ、まだそれだけで確証はないんだけれど……』
ゾワッと背筋に寒気が走った
騎士団長……その言葉が、やけに耳の中で反響した
『騎士団長がお二人を殺した確証は確かにない。けど、彼がアリアを探しているのは事実だ。…恐らく、無関係じゃない。アリアの情報を探してくるように言ったのも騎士団長だったし、彼には極力会わないようにして欲しい。』
ゴクリと生唾を飲み込んだ
……ヘリオードで見た、あの騎士団長……
確か、名前は『アレクセイ』だったはず……
やけに耳に覚えのある名前にほんの一瞬頭が痛くなった
軽く首を振って続きに目を通す
『それと……これはヨーデル様から聞いたんだけど、伯母上が持っていた宝刀が無くなったままなんだそうだ。新月が受け継いできたものが無くなってしまっているみたいなんだが、アリアは知っているかい?丁度、アリアが使っている刀と同じくらいの刀身みたいなんだけど…』
「おーい!アリシア!早くしないと置いてくぞ?」
ユーリの声が聞こえて手紙から目を離す
ぼくが思っていたよりもみんなとの距離が離れてしまっていたみたいだ
(後で続きは読もう…)
手紙を封筒に戻してローブの下にあるポシェットの中に手紙をしまう
「ごめん!すぐ行くー!」
刀の柄に手を添えてみんなの元に走り出そうと一歩踏み出す
……それだけだったのに
ドクリと心臓が大きく跳ねた
耳の奥でドクドクと大きく音が響く
その音が余りにも煩くて思わず足を止めて俯いた
手を胸に当てて落ち着かせようとするが、全く落ち着く様子がない
異変に気づいたらしい、ユーリが駆け寄ってきたのが視界の隅に映る
顔をよく見ようとしたのか、しゃがみ込んで何か言ってるようで口を動かしているのも見えた
けど、何を言ってるのかわからない
耳の奥で反響していた音はいよいよ頭にまで襲ってきて酷い頭痛が襲った
耐えきれなくてグラッと身体から力が抜けて、ユーリに倒れ込んだ
やけに大きな音には覚えがないが、この頭痛には覚えがある
あの時と、同じだ
呑気にそんなことを考えながらゆっくりと意識を手放した
『アリア、よく見ているのよ?』
懐かしい声に目を開く
少し離れたところでお母様と『わたし』が向かい合って居るのが目に入る
何をしているのかと見つめていると、お母様の手の中に見慣れた刀が収まっていることに気がつく
「(あれって………)」
そっと腰にある刀に触れる
ぼくが今使っているそれと全くと言っていい程にその刀は似ていた
違うのは刀の鞘だけだ
『見るのはもう飽きた!わたしもやりたい!』
『あらあら、この子ったら……。まだあなたには早いわ』
『なんでよぅ……わたしだってできるもん……』
子どものぼくはムスッと頬を膨らませると、不服そうに地面を蹴った
困ったように笑っているお母様の声が聞こえてくる
でも、ぼくはそれよりも刀のことが気になった
「(あれって……もしかして………でも、鞘は違うし………)」
そう思いながら、鞘ごと刀を外して自身の目の前に持ってくる
柄の色はとてもよく似ている
それでも、やはり鞘は全くの別物だ
『…アリア、いい?よく聞くのよ。この刀はね、ずーっと昔から大切にされてきたものなの』
しゃがみ込んだお母様はじっと『わたし』を見つめて真剣にそう言った
『むぅ……そのお話、もう何回も聞いたもん…』
詰まらなさそうに『わたし』は頬を膨らませてそっぽを向いた
『大切なことなのよ。…いつか、あなたにこの刀を譲った時、あなたも知ることになるの。…大昔の人が犯した過ちと、新月がやらなければいけないことを………その身と力を掛けて、なさなければならない、大切な役目を』
そう告げられた『わたし』は少し驚いた顔でお母様を見つめた
『いつかは知らないといけない日が来るわ。それが何年先かはわからないけれど…。アリア、あなたにはその覚悟が出来るかしら』
ズキリと胸が痛む
ぼくはこんな大事な話ですら忘れてしまっていたのか…
お母様の気持ちを裏切ってしまったようでやるせない気持ちでいっぱいになる
『わたし』は俯いて少し唸った
必死に考えているのであろう幼い頃の自分が出す答えを、ぼくは静かに待つ
『……わかんない、けど……わたし、お母様の子どもだから、きっと大丈夫!』
難しい表情が一変、花の咲いたような笑顔でお母様を『わたし』は見た
自分で言うのも抵抗があるが、客観的に見れば幼い頃の自分は可愛い方だと思う
だからと言って、今現在の自分もそうであるのかと聞かれれば答えは否なのだが……
『…そう……ええ、そうね。アリアは私の…私たちの自慢の娘ですもの。あなたなら大丈夫よね』
恐らくあまり納得はしていないであろうお母様は少し寂しげに笑って『わたし』を抱き締める
『さあ、そろそろ帰りましょう』
お母様は立ち上がると『わたし』の手を取ってぼくとは反対方向に歩き出した
夢が、終わる
これ以上知る事の出来ないぼく自身のことに少しだけガッカリした
「…思い、出したいな」
ポツリと小さく呟く
誰も居なくなった空間でその声はやけに大きく反響した
『…ねぇ本当に、そう思う?』
「え?」
何処からか聞こえたいつかの声に振り向いてみるが、そこに人影はない
『本当に……新月の役目や、過去を思い出したい……?』
不安そうな声が、辺りに響く
「……どうして、そんなこと聞くの?あなたは誰?」
『だって、怖いじゃない……もし知ってしまったら、思い出してしまったら……今のままではいられないかもしれない……みんなといられなくなるかもしれないじゃない………『わたし』が誰かなんて…あなたになら、わかるでしょ……?』
そう言われるが、ぼくには全くわからない
……でも、この声が言っていることは、なんとなくわかる気がする……
「……君が誰かはわからない。…でもその気持ちはわかるよ……。ぼくだって、怖くないわけじゃない……知ることは、怖いよ……」
もし、過去を知ったら
今までのように、みんなと……ユーリと一緒に旅も出来なくなるかもしれない
…そんなのは、嫌だ
『……なら、思い出さなくってもいいじゃない……』
そう言われた瞬間、辺りが光に包まれる
あまりの眩しさに、ぼくは目を閉じた
「…………うっ………ん………?」
目を覚ますと見慣れない天井が視界に映る
シン…と静まり返った部屋には誰の気配もない
ゆっくり体を起こして部屋の中を見回してみるが、やはり見知ったところではないようだ
確か最後に見た風景は森の中だった気がする…
…で、ダングレストって街に向かうって言ってた筈だから……
「…ここ、ダングレストなのかな…?」
出てきた結論を小さく声に出してみるが、返事を返してくれる人は居ない
軽くため息をついて、今のうちにと兄さんからの手紙を取り出した
『丁度、アリアが使っている刀と同じくらいの刀身みたいなんだけど…もし、何か知っていたら教えて欲しい。…それと、ヨーデル様からの贈り物も一緒に入れさせて貰った。 身につけるかどうかはアリア次第だけれど…』
…やけに厚みのあった理由はそれか…
手紙を膝の上に置いてもう一つの封を切って中身を掌の上に滑らせる
中から出てきたのは、雫の形をしたイヤリングに、薔薇をモチーフにした髪飾り
どちらにも深い紫色をした宝石が埋め込まれている
それと、手紙が一枚
『姉様がお城で十八になったら贈られていた筈の髪飾りとイヤリングです。本来ならばネックレスと指輪もセットなのですが、今回は二つだけ先に贈らせて頂きます。フレンがまた手紙を書いた時にでも、残りのを贈らせて頂きますね。…必ず、姉様がお城へ帰って来られる様な環境をフレンと共に整えますから、その時は、堂々と姉様と呼ばさせて下さいね』
この字と文章は紛れもなくヨーデルのものだ
そんな気を使わなくてもいいのに…なんて思いながら、純粋な行為が嬉しくて思わず口角が上がる
いつものイヤリングを外してヨーデルが贈ってくれたものに付け替えた
髪飾りの方は髪短くて付けられないから、また伸びたらにしようと手紙と一緒に封筒に入れ直してポーチに仕舞う
そして、再び兄さんの手紙に目を向ける
『アリアも
そこで手紙は終わっていた
相変わらず先のことまで予想された言葉に思わず苦笑いした
一生掛かっても兄さんの心配症は治らないと思う
手紙を閉じてポーチに仕舞うと、タイミングを見計らったかのように扉が開いた
「お、目覚めたか?」
そう言って特徴的な髪を揺らしながらほんの少し首を傾げて入って来たのはユーリだ
「全くもう、急に倒れるんだからびっくりしたじゃない!」
「まぁまぁリタ、何ともなさそうなんですからそんなに怒らないで上げてください」
ぶつくさと文句を言いながら入って来たリタと、その後で苦笑いしながらエステリーゼが入って来た
「アリシア、大丈夫?」
一番最後に入って来たカロルが心配そうに声を掛けてくる
「えっと…ごめんね?急に倒れちゃったりして…。もう、大丈夫だから!」
力強くそう答えてニコッと笑ってみせた
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
疑い深くジト目でリタがぼくを見詰めてくる
「平気だってば〜!ほらっ!」
立ち上がってその場で何度か跳ねて見せると、少し呆れ気味にため息をつかれた
「そうゆう問題じゃないんだけど」
「じゃあどうゆう問題?」
首を傾げてリタを見つめると、「もういいわよ…」と再びため息をつかれてしまう、
「ま、本人が平気だって言ってんだからそうなんだろ?…でも、次はもうちっと前に言ってくれ。無言で倒れられてもオレも対処出来ねえから」
少し怒りの混じった声でユーリはぼくに言う
「うっ……ごめんなさい…気をつけます…」
ほんの少し俯いてそう返した
流石にそこはぼくに非があるわけだし、ね
「んじゃ、アリシアも起きたことだし、そろそろ行くか」
「へ?何処に??」
話の内容が掴めずに首を傾げる
「リタとエステルの用事済ませにケーブ・モック大森林にだよ」
「…あー、そう言えばそんな話してたっけ……って、
確かここに来る前に、情報集める為とか言ってた気がするんだけど…
「お前が寝てる間に色々あって、優先順位が変わっただけだっての。…ほら、早いとこ片付けに行こうぜ?」
そう言うが早いか、ユーリはぼくの手を取って歩き始める
未だに状況の掴めないぼくは頭にハテナを浮かべながら、大人しくユーリについて行く
後ろの方からリタたちの声がするけど、ユーリは止まろうとしない
「ねえ、ユーリ?エステリーゼたち待たなくていいの?」
「あいつらなら平気だろ?すぐに追いつけるって」
ぼくの手を握る手にほんの少し力が加えられた
珍しくユーリがこういうことするから、一瞬ドキッて心臓が跳ねた
初めての感覚に首を傾げた
今の、なんだったんだろ…?
「…アリシア」
「ふぇ?なぁに??」
急に立ち止まったユーリが振り返る
真っ黒で、光の加減でたまに紫かかって見える瞳で、ぼくをじっと見詰めてくる
「…頼むからさ、体調悪いんだったら早めに教えてくれ。エステルたちだけじゃなくてフレンも心配するし、オレの心臓が持ちそうにねえ」
そっとぼくの頭に手を乗せながらユーリは苦笑いした
普段見たことの無い眉の下がった表情にまた心臓が跳ねた
…旅を始めてから、なんかおかしい
倒れた原因はこれじゃないけど、なんかの病気なのかな…?
「えっと…ごめんね…?また倒れそうになったらちゃんと声かける」
「バーカ、倒れそうになる前に声かけろっての」
軽く額を指で弾かれる
パチンッと小さく乾いた音と共にじんわりと額に痛みが走った
痛いって声を上げる程でもないけど、ちょっとだけ痛むその箇所を片手で抑える
「…善処する!」
空いている手で拳を作って片手でガッツポーズすると、呆れたようにため息をついて頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた
「わわっ!ユーリ髪!髪ぐしゃぐしゃになる!」
「ははっ、もう既にぐしゃぐしゃだよ」
そう言って笑ったユーリの顔には、さっきまでの寂しそうな表情はなかった
「ユーリ!アリシアー!」
呼ばれた声に振り向くと、エステリーゼたちが駆け寄って来ているのが目に入った
「はっ、はぁ……もう!二人とも!勝手に行くんじゃないわよ!」
追いついて早々にリタはグチグチと文句を言ってきた
まあ、ぼくらが悪いから聞き入れるしかないんだけどさ
「もう…酷いよユーリ、置いて行くなんて…」
ムッと頬を膨らませながらカロルがユーリを見上げる
「なんでオレだけなんだよ?」
「ユーリが引っ張って行ったからアリシアは悪くないでしょ」
そう言って、カロルはユーリをジト目で見た
「ほら、いいから行くぞー」
半分棒読みでユーリはそう言うと、今度は少し速度を落として歩き始めた