第二章 水道魔導器
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*新興都市・ヘリオードでの騒動
「なるほどね……それで、アリアだけ僕のところに来たんだね」
はぁ……と大きくため息をつきながら兄さんが項垂れた
ここはヘリオードって街の宿屋
最近新しく出来た街みたいで、色んなところで人々が建物を建てたりしている
で、なんでぼくだけがここに居るかって言うと、ユーリたちは騎士団の詰め所に連れてかれちゃったから
本当はぼくも行くつもりだったんだけど、たまたまここに来ていた兄さんにルブランたちがぼくを預けちゃうから、一人だけここに居る
ヨーデルがエステリーゼと一緒にユーリのことで騎士団長のところに直談判しに行ってるから、それの帰りを待ってる
「捕まっちゃったけど、ユーリ別に無茶してなかったよ」
苦笑いしながら首を傾げると、短い髪が頬にかかった
宿屋で兄さんと二人だけだからと久しぶりにフードを外した
「無茶した、してないの問題じゃないよ。誤った情報を信じたのが悪い」
「……それは否定出来ないや」
出されたティーカップを手に取る
口元に持ってきて注がれた紅茶を口に含む
ほのかな苦味が口の中に広がる
「苦っ……やっぱり砂糖少なかった……」
「だから聞いたろう?三杯でいいのかいって」
「…いけるかなって思ったから……」
そう言うと兄さんは困ったように笑いながら砂糖を足してくれた
クルクルと混ぜて砂糖を溶かす
「ん、やっぱりこのくらい甘くないと」
再び口に含んだ紅茶はさっきよりも甘かった
「ははっ、そうだね」
楽しそうに笑うとぼくの頭を優しく撫ででくる
久しぶり……というわけでもないけど、やっぱり兄さんに頭を撫でられると安心する
「……って、こんなのんびりしてる場合じやなくて……」
ティーカップを置きながら兄さんを見つめる
ふっと、兄さんの顔から笑顔が消えた
「リタのこと、だね」
「うん……あれぼくのこと絶対疑ってるよ…」
「全く…だからあれだけ言ったのに…」
大きくため息をつきながら兄さんが少し項垂れた
「注意してたんだけどなぁ……なんかエステリーゼも疑ってそうだし……」
ソファーの背に寄りかかって天井を見上げる
下町じゃ見たことのないくらい高い天井
昔住んでいたお城の中を思い出させるような部屋の装飾……
……最後に見たのは、いつだっただろう
「……というかさ、最初会った時は二人ともぼくのこと『男の子』とか言ってたくせに……」
「その見た目じゃそう思っても無理はないだろうね。けど、僕やユーリは驚きはしたけどそう思わなかったね」
「……バレにくいように色々頑張ってるんだけどなぁ……」
大きく息を吐いて項垂れる
これじゃあ今まで頑張ってきたことが水の泡になりかねない
そんなことを考えてると扉がノックされた
兄さんがどうぞ、と言うと扉が開いてヨーデルが入って来た
「ただいま戻りました」
そう言いながら、彼は扉を閉めた
「エステリーゼは?」
「彼女は別室で休ませています。長旅でしたし、疲れていると思いまして」
ぼくの目の前のソファーに腰掛けながらふんわりと微笑む
「ん、そっか……おかえり、ヨーデル」
ニコッと微笑み返すと嬉しそうに目を細めた
「あの、ヨーデル様……ユーリは……」
兄さんは気まづそうにヨーデルに話しかける
ユーリのことが気になって仕方ないんだと思う
「安心してください。エステリーゼが自ら彼に頼んだこと、彼がここまで彼女を守ったこと、そして私を救出して下さったことをアレクセイは考慮して下さいました」
「…ってことは、無罪放免?」
「ええ、そうなります。犯した罪よりも、皇族二人を助けたことが評価が高いと判断してくださいました」
ヨーデルの言葉を聞いてほっと息をついた
これでまた牢屋送りになつたりしたらどうしようかと思った……
「それで、エステリーゼ様は…」
「ええ、帝都に帰ることを了承しました」
「……そっか、エステリーゼ帰るんだ」
元々そうなるとはわかっていたけど、少し寂しくもある
…まあ、居たら居たでまた疑われるんだろうけど……
「…姉様、エステリーゼの事なのですが……」
少し言いにくそうにヨーデルが口を開いた
「………彼女、少し疑っているようですよ」
「あー………うん、知ってる。困ったなぁ……本当に……」
苦笑いしながら残った紅茶を飲み干した
「一応、従姉妹って言うのは貫き通したんだけど…」
「他に余計なことは言っていないね?」
「余計なことって……容姿が似てて昔よく間違えられたとか、歳上だとか、利き手が左右逆だとか、性格が正反対だとは言ったけど……」
「……年齢は、すぐにバレてしまうのではないですか?」
心配そうにヨーデルが顔を顰めた
兄さんとぼくは顔を見合わせて苦笑いした
そんなぼくらを見てヨーデルは首を傾げた
「ヨーデル、ぼくの歳は幾つだと思う?」
「え?私の記憶だと十九……だったと……」
「…それなら大丈夫だよ」
ニコッと笑いかけると、ヨーデルは不思議そうに首を傾げる
が、しばらくして言葉の意図に気づいたのか、ニコッと微笑んだ
「なるほど、そうゆうことですか」
「そ、だから、大丈夫」
そう言って笑い返した
「さてと……私はそろそろアレクセイの元に行こうと思います。フレン、付いて来てくれますか?」
「もちろんです、ヨーデル様」
兄さんはゆっくりとヨーデルにお辞儀をした
「姉様も一緒に行きますか?…あまり、騎士のいる場に近づきたくないとは思いますが、ユーリさんも居ますし」
「んー……そうだね。回収してこないと」
そう言って立ち上がった
ヨーデルには前もって兄さんが事情を話してくれていたらしい
彼も騎士の行動を少し注意して見ててくれるらしい
「では行きましょうか、アリシア」
ヨーデルがそう言って先行して扉に向かった
その後にぼく、兄さんが続いた
宿屋を出ると、直ぐにユーリの姿を見つけた
「ユーリ!」
彼の名を呼びながら駆け寄って抱き着いた
「おわっ!?ったく……アリシア、いきなりは危ねぇっての」
ポンポンっと頭を撫でながらユーリは言った
「エステリーゼ様のことはもう聞いているみたいだな」
「ああ」
「ユーリと一緒に居る方がエステリーゼ様のためになると思ったんだが……」
そこで兄さんは言葉を濁した
お姫様だって知られてるのに『皇族』だって言うのを躊躇ってるんだろう
「皇族がむやみに出歩くものではありませんからね」
涼しげな顔でヨーデルはユーリに言った
「それ、あんたが言っても説得力ねえよ」
腰に手を当てながら呆れ気味にヨーデルを見つめる
「はは、面目ない。けど、特に今は皇族の問題を表沙汰にする時期ではありません」
何も隠す気がないかのように彼は言葉を繋いだ
「その問題ってのは、あんたと姫様、どっちが次期皇帝かってことだよな?」
疑問形、だけど確信を持っているような声でユーリは問いかけた
ヨーデルは否定なんてしないで、むしろそれを肯定した
慌ててるのは兄さんだけだった
彼の話を単略すると、ヨーデルは騎士団の後ろ盾を
エステリーゼは評議会の後ろ盾を受けているらしい
本当にお姫様なんだと、ユーリは苦笑いした
確かにエステリーゼは遠縁だけど、立派な皇族だ
どこか茶化すようにユーリは騎士団も大変だと口角を上げて笑う
「ユーリ、これは、その……」
「兄さん……ぼくらの周りにこんな情報欲しがる人、いると思う?」
ぼくが兄さんを見て首を傾げるとただ苦笑いして肩を竦めた
「それにしても、本当にあなた方お二人はそっくりですね。目の色まで同じでしたらわからなかったと思います」
クスッと笑いながらヨーデルがぼくと兄さんを交互に見た
「あはは……よく、言われます」
気まづそうに笑いながら兄さんが答えた
「アリシアは、彼女にもそっくりですね。初めてお会いした時は驚きました」
「彼女って、こいつらの従姉妹か?」
ヨーデルの言葉にくってかかったのはユーリだった
……まぁ、ユーリも気にはしてたもんね……
「はい。…アリアンナにとてもよく似ています」
「ふーん。そんなことあんだな」
「ええ、容姿だけ見ると本当の双子のようです」
「……お陰でよく間違えられるので、いい迷惑ですけどね……」
軽くフードを被り直しながら肩を竦めた
「無理もありませんよ。まだ、見つからないのですから……」
そっと目を伏せながらヨーデルは言った
…相変わらず、演技が得意なんだから……
「けど、なんでアリシアがそいつじゃねえってわかったんだ?驚くくらい似てんだろ?」
「確かに容姿は似ていますが、姉様ではありません。私が彼女を間違えるわけがないです。誰よりも一番、彼女のことをよく知っていますから」
ニッコリと有無を言わさない笑顔をユーリに見せる
丸め込むんだろうとは思ってたけど、ちょっと強引な気がする……
「それに、アリシアと姉様では違うところが多いです。口調や髪型は変えられることが出来ると思いますが、利き手は変えられないでしょう?」
「確か、アリシアが言うにはそいつは左利き……だったか?」
「ええ、左利きです」
ヨーデルがそう言うと、ユーリは少し考え込むように顎に手を当てた
「ヨーデル様、そろそろ……」
これ以上は危ないと判断したのか、兄さんがヨーデルに声をかける
ニコッと微笑みながら、ヨーデルは頷く
「悪ぃ、最後に一ついいか?」
「なんでしょうか?」
「アリアンナって、今幾つになんだ?」
「彼女は今年で十九になりますよ」
ヨーデルはそう言って兄さんを連れて去って行った
「十九ってことは、アリシアの一個上か…」
「……まさかとは思うけど、ユーリも疑ってるの?」
ムッと頬を膨らませながらジト目でユーリを見る
「違うって、ただの確認だよ」
そう言って少し苦笑いしながらぼくの頭に手を乗せた
「宿屋行こうぜ?今日は疲れた」
「エステリーゼに会わなくていいの?」
「エステルも疲れてるだろ、帰るのは明日らしいし、朝にでも会いに行こうぜ」
ユーリのその言葉に頷いて、宿屋の方へと引き返した
「ふぁ………」
大きく伸びをしながらロビーに出た
久しぶりにベットで眠った気がする
「おはよ、アリシア」
「ん…おはよう、ユーリ」
目を擦りながら返事を返す
「あんた遅いわよ」
「あれ…?もうみんな起きてるの?」
よく見れば他のメンバーが居るのが見えた
「珍しいね、アリシアが一番最後なんて」
珍しそうにカロルが見つめてくる
「んー、久しぶりにベットで寝たからかな?」
「アリシアはベットじゃないとあんま寝れないからな」
「え?そうなの?」
「んー…というよりも野宿に慣れてないだけなんだけど……」
そう言って肩を竦めた
確かにベット以外で寝たことあまりないけど…
だからと言って寝つきが悪いわけじゃない
「………」
そんな話をしていると、ラピードが少し唸りながら入り口を見つめる
「ラピード、どうしたの?」
そう声をかけながらラピードの傍に寄って背を撫でた
「なんか変な音聞こえない?」
「言われてみればそうね」
カロルとリタの言葉に耳を澄ますとガガガガガっと機械音が鳴っているのが薄っすらと聞こえてきた
宿屋の人の話だと結界魔導器 の調子が悪いらしい
案の定、リタは一人で結界魔導器 の元に向かおうとする
ユーリはそんなリタを静止してとりあえず騎士団の詰め所に行くことになった
宿屋から出ると何となく辺りに嫌な空気が漂っている気がした
「………?」
ズキッと少し頭に痛みが走って右手で頭を押さえた
「アリシア?」
立ち止まったぼくにカロルが首を傾げる
「…ううん、何でもないよ!」
ニコッと笑ってみんなの後を追いかけた
結界魔導器 の近くに来ると、リタはジッとそれを見つめる
「リタ!待ってください!」
不意に聞こえた声に詰め所の方を見ると、エステリーゼが駆け寄って来るのが見えた
「騎士団の方で修復の手配は整えたそうですから、ここは」
「たまには騎士団の顔を立ててやれよ」
エステリーゼの意図を汲んだのか、ユーリがそう言うと彼女も頭を下げた
リタは少し不服そうにしながらも、わかった、と呟いた
「それよりも、出歩いてて平気なの?」
そう問いかけると彼女はゆっくりと頷いた
「はい。帝都に戻るまで、一緒に居てもいいです?」
「そりゃ、オレは構わないけど」
「ありがとうございます!」
ユーリにいいいと言われてエステリーゼは嬉しそうに微笑んだ
そのユーリも少し困り気味に、でもどこか嬉しそうに微笑んでいる
チクッと今度は胸が痛んだ
「(最近やたら多いなぁ…)」
そんなこと考えながら二人を見つめた
「アリシア?どうかしたの?」
「……ううん!何でもないよ!!ほら、兄さんのところ行くなら早く早く!」
そう言ってユーリたちの返事も聞かずに、ぼくは騎士団の詰め所の方向に足を向けた
「にーいさーん!」
バンッと勢いよく扉を開けた
「アリシア…!?全く、ちゃんとノックはしろとあれほど…」
大きくため息をつきながら兄さんはぼくを見た
「あはは…細かいことは気にしない気にしなーい!…それよりも、結界魔導器 変な音してるけど…」
そこまで言ったところでまた頭痛がして右手で頭を押さえた
「そっちはもう手配したけど…」
そう言いながら兄さんが近寄って来た
ぼくに目線を合わせるようにしゃがんで顔を覗き込んできた
「ユーリはどうしたんだい?それと、体調も悪そうだけれど…」
兄さんにそう言われて初めてユーリたちが居ないことに気が付いた
「…ごめんなさい、置いてきちゃった…。体調は悪くないんだけど……なんか結界魔導器 が変な音してるのに気づいてからちょっと頭痛くて…」
ぼくがそう言ったのと同時に部屋の扉がノックされた
「フレンー、アリシア来てるか?」
開かれた扉の向こうにユーリの姿があった
「お、居た居た。ったく、勝手に先行くなっての」
「…ごめん」
少しだけ顔を背けながら呟いた
正直顔を合わせていられないっていうのもある
ユーリが一瞬首を傾げたのが視界の隅に映ったけど、何も言わずに兄さんに話しかける
二人の会話なんて殆ど入って来ないくらいに頭が痛い
ズキズキとした痛みから、今は締め付けられるような痛みへと変わっていた
どうにか堪えようと奥歯を噛んで耐えていたら、唐突に地鳴りと共に大きく揺れた
「なんだ?今の振動」
流石のユーリも慌てたような声を上げた
リタは真っ先に外へと駆け出した
「リタ!」
彼女の名前を呼びながら痛みを堪えて後を追いかけた
結界魔導器 を見たぼくは絶句した
先程まで正常に動いていたはずのそれは、異常な程の赤みを帯びていた
素人のぼくにだって分かるくらいにエアルが蔓延していた
リタは構わずに結界魔導器 に近づこうとする
「リタ!だめ!そんなにエアルの高いところに飛び込んだら、リタが危険だよ!」
「離してよ!あの子ほっとけないの!」
飛び出そうとしたリタの手を強く引きながら声をかけるけど、彼女の頭の中には結界魔導器 のことでいっぱいみたいだ
どうやって離そうかと考えていると、結界魔導器 からエアルの塊が飛んできた
避けることが出来なくてそれに当たり、その場に倒れ込んだ
「っ!アリシア!」
詰め所から慌てて兄さんが駆け寄ってくる音がした
「ちっ!あの魔導器 バカ!」
いつの間に来ていたのか、ユーリが舌打ちをした
兄さんに支えられるように起き上がりながら結界魔導器 の方を見ると、既にリタはそれの傍にいてモニターを開いていた
「………市民を街の外に避難させろ。後姫様を含めた彼らも」
どこかで聞いたことのある声に背筋がゾクリとした
外れかけたフードを深く被り直しながらゆっくりと少しだけ顔を後ろに向ける
紅い色の隊服、ほんのりと紫の混じったような銀髪、紅い瞳……
「(………この人………知ってる………)」
不安が心を埋め尽くすように拡がる
名前は思い出せない
誰だったかも思い出せない
けど………絶対に、会ってはいけない人だと言うことだけはわかる
そんな不安に気を取られていると、桃色の髪と白を基調とした服が視界を横切った
「エステリーゼ様!」「ちっ!」
兄さんの声とユーリの舌打ちが同時に聞こえた
結界魔導器 の方に顔を向けると、リタとエステリーゼの姿が見えた
そして、そのエステリーゼの身体が眩い光に包まれているのも
『まさか………彼女………』
驚きと、どこか絶望の混じった声が頭に響いた
もう何度目かわからない声に、今回は少し親近感を持った
……この、声色は………
『………少しだけ、借りるわね?』
その声が聞こえたとの同時に、身体の中から勝手にあの力が溢れ出してきた
「アリシア……?!」
いち早くそれに気づいた兄さんがぼくを隠すように傍にしゃがみ込んだ
止まらない、止められないその力がエステリーゼの力を相殺しているようにぼくには感じた
目には見えない力同士がぶつかり合ってる感覚が確かにあった
彼女はそれには気づいていなさそうだけれども……
「よし!できた…………きゃぁぁぁっ!?」
リタの悲鳴と同時に辺りが光に包まれた
あまりの眩しさに目を瞑った
『…………ありがとう。そして……ごめんね』
声がしたのと同時に力が収まり、全身に痛みが走った
「……っ………は………ぁ………」
息をするのも忘れていたみたいで、両手を地面に付いて肩で息をする
「アリシア、大丈夫かい?」
心配そうに兄さんが話しかけてくるが、エステリーゼの悲鳴のような声にぼくの返事はかき消された
二人の方を見れば、倒れたリタと彼女に治癒術をかけるエステリーゼの姿があった
途切れ途切れにリタを休ませる部屋をと言う彼女に、ユーリは駆け寄りながら宥めるように強い口調で声をかける
「…兄さん、ぼくは平気だから、エステリーゼのとこ、行ってあげて」
少し胸を抑えながら兄さんを見た
平気ではないけど、ぼくよりもエステリーゼの方が優先だろうし
無理しているのをわかっているのか、兄さんは困ったようにぼくとエステリーゼを交互に見た
「フレン、アリシアのことはオレに任せてくれ」
いつの間に来たのかユーリがぼくの傍にしゃがみ込みながら言う
「…すまない、頼んだ」
そう言って兄さんはエステリーゼの元に駆けて行った
「アリシア大丈夫か?」
「………ちょっとキツイ…かも……」
「ったく、ならフレンの奴にもそう言えばよかっただろ?」
呆れ気味にそう言いながら、ユーリはぼくに手を差し出してきた
「…だって、そんなこと言ったら…兄さん、意地でもぼくの傍に居ようとしそうだし…」
苦笑いしながらそう言ってユーリの手を取った
「…お前がそう言うとシャレになんねえな……」
苦い顔をしながら彼はぼくの手を引いてくれた
ユーリに引かれて勢いよく立ち上がった
「よっと…一人で歩けそうか?」
「……やってみる」
ゆっくりユーリの手を離してみるが、うまく足に力が入らなくて、彼の方へ倒れこんだ
「おっと…やっぱ無理そうか」
ぼくを受け止めながらユーリはポンポンっと頭を撫でてくる
「うー……一人で立てないとか…めちゃくちゃショック…」
「気にすんなよ。お前のせいじゃないんだからさ」
そう言うが早いか、ユーリはぼくを抱き上げた
「うわっ!?」
「……お前、相変わらず軽いな…ちゃんと飯食ってるのか?」
「ちゃんと食べてるし…!というか女子に体重の話するなんてデリカシーない!!後いきなり抱っことかしないでよ!びっくりしたじゃんかぁ!!」
ほんのりと頬が熱くなる
こうやってユーリに抱き上げられることが久々で、少し…いやかなり恥ずかしい
ジタバタと暴れてみるが、本人は全く動揺してない
なんかむしろ楽しんでるように見える
「はははっ、そんなに暴れてっと落ちるぜ?」
悪戯っ子のようにニヤリとユーリが笑う
一瞬グラッと身体が揺れて思わずユーリにしがみついた
「そーそ、そうやって大人しく掴まっておきゃいーの」
満足そうに微笑むと宿屋の方へ向かって歩き始めた
「……意地悪………」
小さくそう呟いてユーリの肩口に顔を埋めた
暫く部屋で休んでいたら頭痛や全身に走った痛みが嘘のように収まった
ユーリはエステリーゼとリタの様子を見に、カロルは一人になりたいと部屋を出て行ってしまったから今ここに居るのはぼく一人だ
静まり返った部屋で一人ユーリが戻って来るのを待つ
本当は行きたいけど、勝手に出たら怒られそうだし…
そんなことを考えていると部屋の扉がノックされた
「……誰…ですか?」
知っている人ではないと直感的に思った
兄さんならノックしながら入って来るし、ユーリならそもそもノックしてこない
「帝国騎士団団長アレクセイ様の副官のクロームです。少々お話をしたいのですが、よろしいですか?」
聞こえてきたのは女の人の声
初めて聞くはずの声…なのに………初めてじゃない。そんな気がする
「…どうぞ」
一拍置いて答えるとギィッと音を立てて扉が開いた
現れたのは蒼い長髪のクリティア族らしき女性だった
「……お話って、なんですか?」
恐る恐るそう聞くと、彼女は優しく微笑んできた
「そんなに警戒しないでください、『新月』よ。私はあなたの味方です」
『新月』という言葉がやたら耳に響いた
何故こんなにもその名を知っている人が多いんだろうか…
「………なんで、それを…?」
少し震えた声で問いかける
味方だと言われたが、そう易々と信用できるわけがない
「『始祖の隷長 』、という言葉に聞き覚えはありますか?」
その問い返しに首を傾げた
始祖の隷長 ………確かにどこかで聞いたことがあるような気はする
「その顔は覚えがあるのですね」
「………ごめんなさい、よく………思い出せません……昔の記憶…少しなくて」
そう謝ると彼女は目を見開いた
「それは…どういうことでしょうか」
「……自分の本名や『新月』と呼ばれてたことは覚えています。けれど……肝心な力の事とか…思い出せないんです……」
ぼくにとってクロームさんは『知らない人』のはずなのに、何故か素直に話すことができた
「………まさか、自己防衛機能が…………?だとすれば、あの話はやはり………」
ブツブツと彼女は一人呟く
当然何のことかわからないぼくは首を傾げることしかできない
「…『新月』よ、よく聞いてください。この先、あなたとコンタクトを取ろうとするものが少なからずいるはずです。始祖の隷長 …魔物のような見た目の者から人間まで、多様な者たちが声をかけてくるでしょう。…ですが、決して人には打ち明けないでください。どんなに信用しても決してこのことは言ってはいけません」
いつかに聞いた言葉と似た言葉…
違うのはそこに始祖の隷長 という言葉が入っていることくらいだろう
「……言われなくても、言いません」
「そうですか…私の杞憂のようですね。…これはここだけの秘密にしてください。……出来れば事情を知っているであろうあなたのお兄さんにも……言わない方がいいでしょう」
「……何故、ですか?」
「彼は騎士団に所属しています。あなたを捕えようとすることは万が一にでもないとは私も思います。……ですが、あなたを狙っている人物がこのことに気づけば、彼が危険に晒されます。それは…わかりますね?」
背筋にゾクリと寒気が走った
…もし、そうなれば……今度は兄さんが……
そう考えて怖くなる
忘れたかった恐怖がすぐそこにいた
……ぼくが『わたし』であってもなくてもこの力をもっている限り、ぼくの周りの人たちは危険に晒される
…そんなこと、わかっていたはず……なのに………
あまりにも平和が続き過ぎて忘れかけていた
「…………わかり、ました」
久々に感じた恐怖にそう答えるので精一杯だった
「大丈夫です。あなたの味方はまだ沢山います。確かに人ではありませんが……もしも、あなたが早く記憶を取り戻すことを望むのであれば、ノードポリカを訪れるといいでしょう。『彼女』であれば、なんとかしてくれるはずです」
クロームさんはそう言ってそっとぼくの頭を撫でた
どこか懐かしい手の感触に無意識に目を細めた
「……では、これで失礼します」
そう言うと彼女は部屋から去って行った
再び静まった部屋の中……
やけに静かな空気が『あの日』を思い出させる
ぼくが『わたし』を捨てようとした、あの日に……
「……寝よ……」
小さく呟いて枕に顔を埋めた
もうこれ以上、余計なことを考える前にそっと目を閉じた
「……そんなことあったんだ……」
起きて早々ユーリに聞かされた話に苦笑いした
なんでもぼくがクロームさんと話している間に、エステリーゼたちが竜使いに襲撃されたらしい
ユーリの話だと、向こうも動揺していたらしい
「ま、とにかく帝都までの道中は気をつけてな」
ぼくに向けていた視線をエステリーゼに向けながらユーリは言う
今日、エステリーゼは帝都に帰るんだ
少し寂しいようで、同時に安堵している自分がいる
また根ほり葉ほり聞かれる心配もないし……それに、ユーリが彼女に構うこともなくなるから
前者が一番重要だけど、後者はなんでそう思ったかわからない
ただ、ユーリとエステリーゼが仲良く話しているところを見ていい気がしない
現に今だってどこか楽しそうに話している二人を見てると胸がチクチクするし…
「アリシアもそれでいいよな?」
「……へ?」
ユーリに声をかけられたが、どうやら考え込み過ぎていたみたいで話の内容が掴めない
「はぁ……もしかしたらとは思ってたが…話聞いてなかったな?」
「えっと……ごめん」
「エステル送ったら、ダングレスト行くって方向でいいかって聞いたの」
呆れ気味に腰に手を当てながらユーリがため息をついた
「ユーリがそうするって言うならそれでいいよ。ぼくはユーリについて行くだけだしさ」
「了解。んじゃ、とりあえずエステルの見送りだな」
そう言うとユーリは結界魔導器 のある広場の方へ歩き出した
ぼくらもその後について行く
広場に出てものの、そこに騎士の姿はなかった
「あれ、兄さんいないね」
辺りを見回して見るが、何処にも姿が見えない
兄さんのことだし置いていくってことはないと思うけど…
「このままボクらについてくる?」
カロルはそんなことをエステリーゼに言い出す
半分茶化すようにユーリが誑かすなと静止する
…いや、流石にもう帰らないとまずいんじゃ……
「勝手をされては困ります。エステリーゼ様には帝都にお戻りいただかないと」
そんな声が詰め所に続く道の方から聞こえて来た
…あまり聞きたくないと思っていた声
傍に居たユーリの背に逃げるように隠れてフードを深く被って俯いた
「フレンは別の用件がありすでに旅立った」
その言葉はユーリに向かって投げられた
声の持ち主はそのままリタに話しかける
魔導器 の調査を依頼したいと言った彼に、リタは無理だとバッサリ断ったが彼は別の場所で似たような現象の調査をして欲しいらしい
それでも、リタは頑なに受けようとはしない
管轄外と言った挙句の果てに、エステリーゼが帝都に戻るなら一緒に行きたいと言い出す
そのせいでエステリーゼが一緒に行くとか言い出すし……
「姫様、あまり無理をおっしゃらないでいただきたい」
「エアルが関係しているのなら、私の治癒術も役に立つはずです」
「それは、確かに……」
「お願いです、アレクセイ!私にも手伝わせてください!」
………そっか、この声の人が騎士団長なんだ………
『わたし』は面識があるかもしれないけど、ぼくはわからない
……けど、絶対にこの人だけには知られちゃいけないって、頭が警告してくる
「ユーリ、一緒に行きませんか?」
エステリーゼの声掛けに思わず顔を上げた
「え?オレが?」
半分呆れたような声でユーリが首を傾げた
「ユーリが一緒なら、構いませんよね?」
「ちょい待った、エステル。何度も言うけどオレ、こいつの面倒見ないといけねえんだって」
そう言いながら、ユーリはぼくの頭の上に手を置いた
「………だから、ぼく、そこまで子どもじゃないし……そもそもぼくはユーリの面倒見るのに付いてきたんだけど…」
少し小声で頬を膨らませて半分ユーリを睨んだ
「アリシアも一緒なら問題ないですよ!」
彼女の返しにチラッと声の聞こえた方を観ればニコニコと微笑んだエステリーゼの姿が目に入る
……それと、視界の隅で驚いた表情をした騎士団長の姿も
「…………アリアンナ姫殿下………?」
ポツリと呟かれた言葉に思わず反応しそうになった
…やっぱり、この人も知ってるんだ
「ヨーデルやエステルも言ってたが……そんなに似てんのか?」
「……別人だと言うのかね?」
「残念だな。こいつの名前はアリシアで、フレンの妹だ」
フードの上からユーリはぼくを落ち着かせるように頭を撫でてくる
「…彼の妹…だと?」
「なんだよ、知らねえのか?」
若干挑発するかのような口調で彼は言葉を繋げた
「オレが初めて会った時から、フレンとアリシアは一緒に居たぜ?」
「…それは、何年前の話だ?」
「十年以上前だよ」
さらりと臆することも無くユーリは言う
ユーリは何も嘘はついてないし、ね…
考え込むように騎士団長……アレクセイが下を向いたのが薄ら見えた
お願い……このまま引き下がって……
「………まあ良いだろう。それで、姫様の警護を引き受けては貰えるだろうか?」
「…オレらにも用事があるんでね。森に行くのはダングレストの後でもいいっつーならな」
『アリアンナ』の話題は逸れて、エステリーゼのことに戻った
ユーリの答えに「致し方あるまい」と、アレクセイが折れた
嬉しそうに微笑むエステリーゼと少し照れ臭そうにしているリタ、また一緒に旅ができると嬉しそうにしているカロル……
そんな三人を見てユーリが少し肩を落とした
でも多分、ユーリも嬉しいんだろうな……
……気分が沈んでいるのは、ぼくだけなんだろう
兄さんはこうなるって予期してたみたいで、頼む、と伝言を渡されていたらしい
「それじゃあ行こうか!」
元気いっぱいにカロルが声をかけてくる
「アリシア殿、少しよろしいですか?」
動き出す前に、クロームさんが声をかけてきた
黙ったまま彼女の方へ歩み寄る
「…フレン小隊長からあなた宛の手紙です」
そう言って渡された手紙には前回と同じ『月』のマーク
「………ありがとう、ございます」
軽くお辞儀をしながら彼女だけに聞こえるように言って、ユーリの元に駆けもどった
「こ、今度こそしゅっぱーつ!」
その声を合図に、ぼくらはヘリオードを後にした
*スキットが追加されました
*久しぶりの再会
*約束(その二)
「なるほどね……それで、アリアだけ僕のところに来たんだね」
はぁ……と大きくため息をつきながら兄さんが項垂れた
ここはヘリオードって街の宿屋
最近新しく出来た街みたいで、色んなところで人々が建物を建てたりしている
で、なんでぼくだけがここに居るかって言うと、ユーリたちは騎士団の詰め所に連れてかれちゃったから
本当はぼくも行くつもりだったんだけど、たまたまここに来ていた兄さんにルブランたちがぼくを預けちゃうから、一人だけここに居る
ヨーデルがエステリーゼと一緒にユーリのことで騎士団長のところに直談判しに行ってるから、それの帰りを待ってる
「捕まっちゃったけど、ユーリ別に無茶してなかったよ」
苦笑いしながら首を傾げると、短い髪が頬にかかった
宿屋で兄さんと二人だけだからと久しぶりにフードを外した
「無茶した、してないの問題じゃないよ。誤った情報を信じたのが悪い」
「……それは否定出来ないや」
出されたティーカップを手に取る
口元に持ってきて注がれた紅茶を口に含む
ほのかな苦味が口の中に広がる
「苦っ……やっぱり砂糖少なかった……」
「だから聞いたろう?三杯でいいのかいって」
「…いけるかなって思ったから……」
そう言うと兄さんは困ったように笑いながら砂糖を足してくれた
クルクルと混ぜて砂糖を溶かす
「ん、やっぱりこのくらい甘くないと」
再び口に含んだ紅茶はさっきよりも甘かった
「ははっ、そうだね」
楽しそうに笑うとぼくの頭を優しく撫ででくる
久しぶり……というわけでもないけど、やっぱり兄さんに頭を撫でられると安心する
「……って、こんなのんびりしてる場合じやなくて……」
ティーカップを置きながら兄さんを見つめる
ふっと、兄さんの顔から笑顔が消えた
「リタのこと、だね」
「うん……あれぼくのこと絶対疑ってるよ…」
「全く…だからあれだけ言ったのに…」
大きくため息をつきながら兄さんが少し項垂れた
「注意してたんだけどなぁ……なんかエステリーゼも疑ってそうだし……」
ソファーの背に寄りかかって天井を見上げる
下町じゃ見たことのないくらい高い天井
昔住んでいたお城の中を思い出させるような部屋の装飾……
……最後に見たのは、いつだっただろう
「……というかさ、最初会った時は二人ともぼくのこと『男の子』とか言ってたくせに……」
「その見た目じゃそう思っても無理はないだろうね。けど、僕やユーリは驚きはしたけどそう思わなかったね」
「……バレにくいように色々頑張ってるんだけどなぁ……」
大きく息を吐いて項垂れる
これじゃあ今まで頑張ってきたことが水の泡になりかねない
そんなことを考えてると扉がノックされた
兄さんがどうぞ、と言うと扉が開いてヨーデルが入って来た
「ただいま戻りました」
そう言いながら、彼は扉を閉めた
「エステリーゼは?」
「彼女は別室で休ませています。長旅でしたし、疲れていると思いまして」
ぼくの目の前のソファーに腰掛けながらふんわりと微笑む
「ん、そっか……おかえり、ヨーデル」
ニコッと微笑み返すと嬉しそうに目を細めた
「あの、ヨーデル様……ユーリは……」
兄さんは気まづそうにヨーデルに話しかける
ユーリのことが気になって仕方ないんだと思う
「安心してください。エステリーゼが自ら彼に頼んだこと、彼がここまで彼女を守ったこと、そして私を救出して下さったことをアレクセイは考慮して下さいました」
「…ってことは、無罪放免?」
「ええ、そうなります。犯した罪よりも、皇族二人を助けたことが評価が高いと判断してくださいました」
ヨーデルの言葉を聞いてほっと息をついた
これでまた牢屋送りになつたりしたらどうしようかと思った……
「それで、エステリーゼ様は…」
「ええ、帝都に帰ることを了承しました」
「……そっか、エステリーゼ帰るんだ」
元々そうなるとはわかっていたけど、少し寂しくもある
…まあ、居たら居たでまた疑われるんだろうけど……
「…姉様、エステリーゼの事なのですが……」
少し言いにくそうにヨーデルが口を開いた
「………彼女、少し疑っているようですよ」
「あー………うん、知ってる。困ったなぁ……本当に……」
苦笑いしながら残った紅茶を飲み干した
「一応、従姉妹って言うのは貫き通したんだけど…」
「他に余計なことは言っていないね?」
「余計なことって……容姿が似てて昔よく間違えられたとか、歳上だとか、利き手が左右逆だとか、性格が正反対だとは言ったけど……」
「……年齢は、すぐにバレてしまうのではないですか?」
心配そうにヨーデルが顔を顰めた
兄さんとぼくは顔を見合わせて苦笑いした
そんなぼくらを見てヨーデルは首を傾げた
「ヨーデル、ぼくの歳は幾つだと思う?」
「え?私の記憶だと十九……だったと……」
「…それなら大丈夫だよ」
ニコッと笑いかけると、ヨーデルは不思議そうに首を傾げる
が、しばらくして言葉の意図に気づいたのか、ニコッと微笑んだ
「なるほど、そうゆうことですか」
「そ、だから、大丈夫」
そう言って笑い返した
「さてと……私はそろそろアレクセイの元に行こうと思います。フレン、付いて来てくれますか?」
「もちろんです、ヨーデル様」
兄さんはゆっくりとヨーデルにお辞儀をした
「姉様も一緒に行きますか?…あまり、騎士のいる場に近づきたくないとは思いますが、ユーリさんも居ますし」
「んー……そうだね。回収してこないと」
そう言って立ち上がった
ヨーデルには前もって兄さんが事情を話してくれていたらしい
彼も騎士の行動を少し注意して見ててくれるらしい
「では行きましょうか、アリシア」
ヨーデルがそう言って先行して扉に向かった
その後にぼく、兄さんが続いた
宿屋を出ると、直ぐにユーリの姿を見つけた
「ユーリ!」
彼の名を呼びながら駆け寄って抱き着いた
「おわっ!?ったく……アリシア、いきなりは危ねぇっての」
ポンポンっと頭を撫でながらユーリは言った
「エステリーゼ様のことはもう聞いているみたいだな」
「ああ」
「ユーリと一緒に居る方がエステリーゼ様のためになると思ったんだが……」
そこで兄さんは言葉を濁した
お姫様だって知られてるのに『皇族』だって言うのを躊躇ってるんだろう
「皇族がむやみに出歩くものではありませんからね」
涼しげな顔でヨーデルはユーリに言った
「それ、あんたが言っても説得力ねえよ」
腰に手を当てながら呆れ気味にヨーデルを見つめる
「はは、面目ない。けど、特に今は皇族の問題を表沙汰にする時期ではありません」
何も隠す気がないかのように彼は言葉を繋いだ
「その問題ってのは、あんたと姫様、どっちが次期皇帝かってことだよな?」
疑問形、だけど確信を持っているような声でユーリは問いかけた
ヨーデルは否定なんてしないで、むしろそれを肯定した
慌ててるのは兄さんだけだった
彼の話を単略すると、ヨーデルは騎士団の後ろ盾を
エステリーゼは評議会の後ろ盾を受けているらしい
本当にお姫様なんだと、ユーリは苦笑いした
確かにエステリーゼは遠縁だけど、立派な皇族だ
どこか茶化すようにユーリは騎士団も大変だと口角を上げて笑う
「ユーリ、これは、その……」
「兄さん……ぼくらの周りにこんな情報欲しがる人、いると思う?」
ぼくが兄さんを見て首を傾げるとただ苦笑いして肩を竦めた
「それにしても、本当にあなた方お二人はそっくりですね。目の色まで同じでしたらわからなかったと思います」
クスッと笑いながらヨーデルがぼくと兄さんを交互に見た
「あはは……よく、言われます」
気まづそうに笑いながら兄さんが答えた
「アリシアは、彼女にもそっくりですね。初めてお会いした時は驚きました」
「彼女って、こいつらの従姉妹か?」
ヨーデルの言葉にくってかかったのはユーリだった
……まぁ、ユーリも気にはしてたもんね……
「はい。…アリアンナにとてもよく似ています」
「ふーん。そんなことあんだな」
「ええ、容姿だけ見ると本当の双子のようです」
「……お陰でよく間違えられるので、いい迷惑ですけどね……」
軽くフードを被り直しながら肩を竦めた
「無理もありませんよ。まだ、見つからないのですから……」
そっと目を伏せながらヨーデルは言った
…相変わらず、演技が得意なんだから……
「けど、なんでアリシアがそいつじゃねえってわかったんだ?驚くくらい似てんだろ?」
「確かに容姿は似ていますが、姉様ではありません。私が彼女を間違えるわけがないです。誰よりも一番、彼女のことをよく知っていますから」
ニッコリと有無を言わさない笑顔をユーリに見せる
丸め込むんだろうとは思ってたけど、ちょっと強引な気がする……
「それに、アリシアと姉様では違うところが多いです。口調や髪型は変えられることが出来ると思いますが、利き手は変えられないでしょう?」
「確か、アリシアが言うにはそいつは左利き……だったか?」
「ええ、左利きです」
ヨーデルがそう言うと、ユーリは少し考え込むように顎に手を当てた
「ヨーデル様、そろそろ……」
これ以上は危ないと判断したのか、兄さんがヨーデルに声をかける
ニコッと微笑みながら、ヨーデルは頷く
「悪ぃ、最後に一ついいか?」
「なんでしょうか?」
「アリアンナって、今幾つになんだ?」
「彼女は今年で十九になりますよ」
ヨーデルはそう言って兄さんを連れて去って行った
「十九ってことは、アリシアの一個上か…」
「……まさかとは思うけど、ユーリも疑ってるの?」
ムッと頬を膨らませながらジト目でユーリを見る
「違うって、ただの確認だよ」
そう言って少し苦笑いしながらぼくの頭に手を乗せた
「宿屋行こうぜ?今日は疲れた」
「エステリーゼに会わなくていいの?」
「エステルも疲れてるだろ、帰るのは明日らしいし、朝にでも会いに行こうぜ」
ユーリのその言葉に頷いて、宿屋の方へと引き返した
「ふぁ………」
大きく伸びをしながらロビーに出た
久しぶりにベットで眠った気がする
「おはよ、アリシア」
「ん…おはよう、ユーリ」
目を擦りながら返事を返す
「あんた遅いわよ」
「あれ…?もうみんな起きてるの?」
よく見れば他のメンバーが居るのが見えた
「珍しいね、アリシアが一番最後なんて」
珍しそうにカロルが見つめてくる
「んー、久しぶりにベットで寝たからかな?」
「アリシアはベットじゃないとあんま寝れないからな」
「え?そうなの?」
「んー…というよりも野宿に慣れてないだけなんだけど……」
そう言って肩を竦めた
確かにベット以外で寝たことあまりないけど…
だからと言って寝つきが悪いわけじゃない
「………」
そんな話をしていると、ラピードが少し唸りながら入り口を見つめる
「ラピード、どうしたの?」
そう声をかけながらラピードの傍に寄って背を撫でた
「なんか変な音聞こえない?」
「言われてみればそうね」
カロルとリタの言葉に耳を澄ますとガガガガガっと機械音が鳴っているのが薄っすらと聞こえてきた
宿屋の人の話だと
案の定、リタは一人で
ユーリはそんなリタを静止してとりあえず騎士団の詰め所に行くことになった
宿屋から出ると何となく辺りに嫌な空気が漂っている気がした
「………?」
ズキッと少し頭に痛みが走って右手で頭を押さえた
「アリシア?」
立ち止まったぼくにカロルが首を傾げる
「…ううん、何でもないよ!」
ニコッと笑ってみんなの後を追いかけた
「リタ!待ってください!」
不意に聞こえた声に詰め所の方を見ると、エステリーゼが駆け寄って来るのが見えた
「騎士団の方で修復の手配は整えたそうですから、ここは」
「たまには騎士団の顔を立ててやれよ」
エステリーゼの意図を汲んだのか、ユーリがそう言うと彼女も頭を下げた
リタは少し不服そうにしながらも、わかった、と呟いた
「それよりも、出歩いてて平気なの?」
そう問いかけると彼女はゆっくりと頷いた
「はい。帝都に戻るまで、一緒に居てもいいです?」
「そりゃ、オレは構わないけど」
「ありがとうございます!」
ユーリにいいいと言われてエステリーゼは嬉しそうに微笑んだ
そのユーリも少し困り気味に、でもどこか嬉しそうに微笑んでいる
チクッと今度は胸が痛んだ
「(最近やたら多いなぁ…)」
そんなこと考えながら二人を見つめた
「アリシア?どうかしたの?」
「……ううん!何でもないよ!!ほら、兄さんのところ行くなら早く早く!」
そう言ってユーリたちの返事も聞かずに、ぼくは騎士団の詰め所の方向に足を向けた
「にーいさーん!」
バンッと勢いよく扉を開けた
「アリシア…!?全く、ちゃんとノックはしろとあれほど…」
大きくため息をつきながら兄さんはぼくを見た
「あはは…細かいことは気にしない気にしなーい!…それよりも、
そこまで言ったところでまた頭痛がして右手で頭を押さえた
「そっちはもう手配したけど…」
そう言いながら兄さんが近寄って来た
ぼくに目線を合わせるようにしゃがんで顔を覗き込んできた
「ユーリはどうしたんだい?それと、体調も悪そうだけれど…」
兄さんにそう言われて初めてユーリたちが居ないことに気が付いた
「…ごめんなさい、置いてきちゃった…。体調は悪くないんだけど……なんか
ぼくがそう言ったのと同時に部屋の扉がノックされた
「フレンー、アリシア来てるか?」
開かれた扉の向こうにユーリの姿があった
「お、居た居た。ったく、勝手に先行くなっての」
「…ごめん」
少しだけ顔を背けながら呟いた
正直顔を合わせていられないっていうのもある
ユーリが一瞬首を傾げたのが視界の隅に映ったけど、何も言わずに兄さんに話しかける
二人の会話なんて殆ど入って来ないくらいに頭が痛い
ズキズキとした痛みから、今は締め付けられるような痛みへと変わっていた
どうにか堪えようと奥歯を噛んで耐えていたら、唐突に地鳴りと共に大きく揺れた
「なんだ?今の振動」
流石のユーリも慌てたような声を上げた
リタは真っ先に外へと駆け出した
「リタ!」
彼女の名前を呼びながら痛みを堪えて後を追いかけた
先程まで正常に動いていたはずのそれは、異常な程の赤みを帯びていた
素人のぼくにだって分かるくらいにエアルが蔓延していた
リタは構わずに
「リタ!だめ!そんなにエアルの高いところに飛び込んだら、リタが危険だよ!」
「離してよ!あの子ほっとけないの!」
飛び出そうとしたリタの手を強く引きながら声をかけるけど、彼女の頭の中には
どうやって離そうかと考えていると、
避けることが出来なくてそれに当たり、その場に倒れ込んだ
「っ!アリシア!」
詰め所から慌てて兄さんが駆け寄ってくる音がした
「ちっ!あの
いつの間に来ていたのか、ユーリが舌打ちをした
兄さんに支えられるように起き上がりながら
「………市民を街の外に避難させろ。後姫様を含めた彼らも」
どこかで聞いたことのある声に背筋がゾクリとした
外れかけたフードを深く被り直しながらゆっくりと少しだけ顔を後ろに向ける
紅い色の隊服、ほんのりと紫の混じったような銀髪、紅い瞳……
「(………この人………知ってる………)」
不安が心を埋め尽くすように拡がる
名前は思い出せない
誰だったかも思い出せない
けど………絶対に、会ってはいけない人だと言うことだけはわかる
そんな不安に気を取られていると、桃色の髪と白を基調とした服が視界を横切った
「エステリーゼ様!」「ちっ!」
兄さんの声とユーリの舌打ちが同時に聞こえた
そして、そのエステリーゼの身体が眩い光に包まれているのも
『まさか………彼女………』
驚きと、どこか絶望の混じった声が頭に響いた
もう何度目かわからない声に、今回は少し親近感を持った
……この、声色は………
『………少しだけ、借りるわね?』
その声が聞こえたとの同時に、身体の中から勝手にあの力が溢れ出してきた
「アリシア……?!」
いち早くそれに気づいた兄さんがぼくを隠すように傍にしゃがみ込んだ
止まらない、止められないその力がエステリーゼの力を相殺しているようにぼくには感じた
目には見えない力同士がぶつかり合ってる感覚が確かにあった
彼女はそれには気づいていなさそうだけれども……
「よし!できた…………きゃぁぁぁっ!?」
リタの悲鳴と同時に辺りが光に包まれた
あまりの眩しさに目を瞑った
『…………ありがとう。そして……ごめんね』
声がしたのと同時に力が収まり、全身に痛みが走った
「……っ………は………ぁ………」
息をするのも忘れていたみたいで、両手を地面に付いて肩で息をする
「アリシア、大丈夫かい?」
心配そうに兄さんが話しかけてくるが、エステリーゼの悲鳴のような声にぼくの返事はかき消された
二人の方を見れば、倒れたリタと彼女に治癒術をかけるエステリーゼの姿があった
途切れ途切れにリタを休ませる部屋をと言う彼女に、ユーリは駆け寄りながら宥めるように強い口調で声をかける
「…兄さん、ぼくは平気だから、エステリーゼのとこ、行ってあげて」
少し胸を抑えながら兄さんを見た
平気ではないけど、ぼくよりもエステリーゼの方が優先だろうし
無理しているのをわかっているのか、兄さんは困ったようにぼくとエステリーゼを交互に見た
「フレン、アリシアのことはオレに任せてくれ」
いつの間に来たのかユーリがぼくの傍にしゃがみ込みながら言う
「…すまない、頼んだ」
そう言って兄さんはエステリーゼの元に駆けて行った
「アリシア大丈夫か?」
「………ちょっとキツイ…かも……」
「ったく、ならフレンの奴にもそう言えばよかっただろ?」
呆れ気味にそう言いながら、ユーリはぼくに手を差し出してきた
「…だって、そんなこと言ったら…兄さん、意地でもぼくの傍に居ようとしそうだし…」
苦笑いしながらそう言ってユーリの手を取った
「…お前がそう言うとシャレになんねえな……」
苦い顔をしながら彼はぼくの手を引いてくれた
ユーリに引かれて勢いよく立ち上がった
「よっと…一人で歩けそうか?」
「……やってみる」
ゆっくりユーリの手を離してみるが、うまく足に力が入らなくて、彼の方へ倒れこんだ
「おっと…やっぱ無理そうか」
ぼくを受け止めながらユーリはポンポンっと頭を撫でてくる
「うー……一人で立てないとか…めちゃくちゃショック…」
「気にすんなよ。お前のせいじゃないんだからさ」
そう言うが早いか、ユーリはぼくを抱き上げた
「うわっ!?」
「……お前、相変わらず軽いな…ちゃんと飯食ってるのか?」
「ちゃんと食べてるし…!というか女子に体重の話するなんてデリカシーない!!後いきなり抱っことかしないでよ!びっくりしたじゃんかぁ!!」
ほんのりと頬が熱くなる
こうやってユーリに抱き上げられることが久々で、少し…いやかなり恥ずかしい
ジタバタと暴れてみるが、本人は全く動揺してない
なんかむしろ楽しんでるように見える
「はははっ、そんなに暴れてっと落ちるぜ?」
悪戯っ子のようにニヤリとユーリが笑う
一瞬グラッと身体が揺れて思わずユーリにしがみついた
「そーそ、そうやって大人しく掴まっておきゃいーの」
満足そうに微笑むと宿屋の方へ向かって歩き始めた
「……意地悪………」
小さくそう呟いてユーリの肩口に顔を埋めた
暫く部屋で休んでいたら頭痛や全身に走った痛みが嘘のように収まった
ユーリはエステリーゼとリタの様子を見に、カロルは一人になりたいと部屋を出て行ってしまったから今ここに居るのはぼく一人だ
静まり返った部屋で一人ユーリが戻って来るのを待つ
本当は行きたいけど、勝手に出たら怒られそうだし…
そんなことを考えていると部屋の扉がノックされた
「……誰…ですか?」
知っている人ではないと直感的に思った
兄さんならノックしながら入って来るし、ユーリならそもそもノックしてこない
「帝国騎士団団長アレクセイ様の副官のクロームです。少々お話をしたいのですが、よろしいですか?」
聞こえてきたのは女の人の声
初めて聞くはずの声…なのに………初めてじゃない。そんな気がする
「…どうぞ」
一拍置いて答えるとギィッと音を立てて扉が開いた
現れたのは蒼い長髪のクリティア族らしき女性だった
「……お話って、なんですか?」
恐る恐るそう聞くと、彼女は優しく微笑んできた
「そんなに警戒しないでください、『新月』よ。私はあなたの味方です」
『新月』という言葉がやたら耳に響いた
何故こんなにもその名を知っている人が多いんだろうか…
「………なんで、それを…?」
少し震えた声で問いかける
味方だと言われたが、そう易々と信用できるわけがない
「『
その問い返しに首を傾げた
「その顔は覚えがあるのですね」
「………ごめんなさい、よく………思い出せません……昔の記憶…少しなくて」
そう謝ると彼女は目を見開いた
「それは…どういうことでしょうか」
「……自分の本名や『新月』と呼ばれてたことは覚えています。けれど……肝心な力の事とか…思い出せないんです……」
ぼくにとってクロームさんは『知らない人』のはずなのに、何故か素直に話すことができた
「………まさか、自己防衛機能が…………?だとすれば、あの話はやはり………」
ブツブツと彼女は一人呟く
当然何のことかわからないぼくは首を傾げることしかできない
「…『新月』よ、よく聞いてください。この先、あなたとコンタクトを取ろうとするものが少なからずいるはずです。
いつかに聞いた言葉と似た言葉…
違うのはそこに
「……言われなくても、言いません」
「そうですか…私の杞憂のようですね。…これはここだけの秘密にしてください。……出来れば事情を知っているであろうあなたのお兄さんにも……言わない方がいいでしょう」
「……何故、ですか?」
「彼は騎士団に所属しています。あなたを捕えようとすることは万が一にでもないとは私も思います。……ですが、あなたを狙っている人物がこのことに気づけば、彼が危険に晒されます。それは…わかりますね?」
背筋にゾクリと寒気が走った
…もし、そうなれば……今度は兄さんが……
そう考えて怖くなる
忘れたかった恐怖がすぐそこにいた
……ぼくが『わたし』であってもなくてもこの力をもっている限り、ぼくの周りの人たちは危険に晒される
…そんなこと、わかっていたはず……なのに………
あまりにも平和が続き過ぎて忘れかけていた
「…………わかり、ました」
久々に感じた恐怖にそう答えるので精一杯だった
「大丈夫です。あなたの味方はまだ沢山います。確かに人ではありませんが……もしも、あなたが早く記憶を取り戻すことを望むのであれば、ノードポリカを訪れるといいでしょう。『彼女』であれば、なんとかしてくれるはずです」
クロームさんはそう言ってそっとぼくの頭を撫でた
どこか懐かしい手の感触に無意識に目を細めた
「……では、これで失礼します」
そう言うと彼女は部屋から去って行った
再び静まった部屋の中……
やけに静かな空気が『あの日』を思い出させる
ぼくが『わたし』を捨てようとした、あの日に……
「……寝よ……」
小さく呟いて枕に顔を埋めた
もうこれ以上、余計なことを考える前にそっと目を閉じた
「……そんなことあったんだ……」
起きて早々ユーリに聞かされた話に苦笑いした
なんでもぼくがクロームさんと話している間に、エステリーゼたちが竜使いに襲撃されたらしい
ユーリの話だと、向こうも動揺していたらしい
「ま、とにかく帝都までの道中は気をつけてな」
ぼくに向けていた視線をエステリーゼに向けながらユーリは言う
今日、エステリーゼは帝都に帰るんだ
少し寂しいようで、同時に安堵している自分がいる
また根ほり葉ほり聞かれる心配もないし……それに、ユーリが彼女に構うこともなくなるから
前者が一番重要だけど、後者はなんでそう思ったかわからない
ただ、ユーリとエステリーゼが仲良く話しているところを見ていい気がしない
現に今だってどこか楽しそうに話している二人を見てると胸がチクチクするし…
「アリシアもそれでいいよな?」
「……へ?」
ユーリに声をかけられたが、どうやら考え込み過ぎていたみたいで話の内容が掴めない
「はぁ……もしかしたらとは思ってたが…話聞いてなかったな?」
「えっと……ごめん」
「エステル送ったら、ダングレスト行くって方向でいいかって聞いたの」
呆れ気味に腰に手を当てながらユーリがため息をついた
「ユーリがそうするって言うならそれでいいよ。ぼくはユーリについて行くだけだしさ」
「了解。んじゃ、とりあえずエステルの見送りだな」
そう言うとユーリは
ぼくらもその後について行く
広場に出てものの、そこに騎士の姿はなかった
「あれ、兄さんいないね」
辺りを見回して見るが、何処にも姿が見えない
兄さんのことだし置いていくってことはないと思うけど…
「このままボクらについてくる?」
カロルはそんなことをエステリーゼに言い出す
半分茶化すようにユーリが誑かすなと静止する
…いや、流石にもう帰らないとまずいんじゃ……
「勝手をされては困ります。エステリーゼ様には帝都にお戻りいただかないと」
そんな声が詰め所に続く道の方から聞こえて来た
…あまり聞きたくないと思っていた声
傍に居たユーリの背に逃げるように隠れてフードを深く被って俯いた
「フレンは別の用件がありすでに旅立った」
その言葉はユーリに向かって投げられた
声の持ち主はそのままリタに話しかける
それでも、リタは頑なに受けようとはしない
管轄外と言った挙句の果てに、エステリーゼが帝都に戻るなら一緒に行きたいと言い出す
そのせいでエステリーゼが一緒に行くとか言い出すし……
「姫様、あまり無理をおっしゃらないでいただきたい」
「エアルが関係しているのなら、私の治癒術も役に立つはずです」
「それは、確かに……」
「お願いです、アレクセイ!私にも手伝わせてください!」
………そっか、この声の人が騎士団長なんだ………
『わたし』は面識があるかもしれないけど、ぼくはわからない
……けど、絶対にこの人だけには知られちゃいけないって、頭が警告してくる
「ユーリ、一緒に行きませんか?」
エステリーゼの声掛けに思わず顔を上げた
「え?オレが?」
半分呆れたような声でユーリが首を傾げた
「ユーリが一緒なら、構いませんよね?」
「ちょい待った、エステル。何度も言うけどオレ、こいつの面倒見ないといけねえんだって」
そう言いながら、ユーリはぼくの頭の上に手を置いた
「………だから、ぼく、そこまで子どもじゃないし……そもそもぼくはユーリの面倒見るのに付いてきたんだけど…」
少し小声で頬を膨らませて半分ユーリを睨んだ
「アリシアも一緒なら問題ないですよ!」
彼女の返しにチラッと声の聞こえた方を観ればニコニコと微笑んだエステリーゼの姿が目に入る
……それと、視界の隅で驚いた表情をした騎士団長の姿も
「…………アリアンナ姫殿下………?」
ポツリと呟かれた言葉に思わず反応しそうになった
…やっぱり、この人も知ってるんだ
「ヨーデルやエステルも言ってたが……そんなに似てんのか?」
「……別人だと言うのかね?」
「残念だな。こいつの名前はアリシアで、フレンの妹だ」
フードの上からユーリはぼくを落ち着かせるように頭を撫でてくる
「…彼の妹…だと?」
「なんだよ、知らねえのか?」
若干挑発するかのような口調で彼は言葉を繋げた
「オレが初めて会った時から、フレンとアリシアは一緒に居たぜ?」
「…それは、何年前の話だ?」
「十年以上前だよ」
さらりと臆することも無くユーリは言う
ユーリは何も嘘はついてないし、ね…
考え込むように騎士団長……アレクセイが下を向いたのが薄ら見えた
お願い……このまま引き下がって……
「………まあ良いだろう。それで、姫様の警護を引き受けては貰えるだろうか?」
「…オレらにも用事があるんでね。森に行くのはダングレストの後でもいいっつーならな」
『アリアンナ』の話題は逸れて、エステリーゼのことに戻った
ユーリの答えに「致し方あるまい」と、アレクセイが折れた
嬉しそうに微笑むエステリーゼと少し照れ臭そうにしているリタ、また一緒に旅ができると嬉しそうにしているカロル……
そんな三人を見てユーリが少し肩を落とした
でも多分、ユーリも嬉しいんだろうな……
……気分が沈んでいるのは、ぼくだけなんだろう
兄さんはこうなるって予期してたみたいで、頼む、と伝言を渡されていたらしい
「それじゃあ行こうか!」
元気いっぱいにカロルが声をかけてくる
「アリシア殿、少しよろしいですか?」
動き出す前に、クロームさんが声をかけてきた
黙ったまま彼女の方へ歩み寄る
「…フレン小隊長からあなた宛の手紙です」
そう言って渡された手紙には前回と同じ『月』のマーク
「………ありがとう、ございます」
軽くお辞儀をしながら彼女だけに聞こえるように言って、ユーリの元に駆けもどった
「こ、今度こそしゅっぱーつ!」
その声を合図に、ぼくらはヘリオードを後にした
*スキットが追加されました
*久しぶりの再会
*約束(その二)