第二章 水道魔導器
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*滅びた街『カルボクラム』
「ここ…?」
首を傾げながら目の前の廃村を見つめる
カロルが言うには、ここには何年か前までは人が住んでいたらしい
けど大きな地震のせいで町は滅んでしまったらしい
で、なんでぼくらがそんな場所に来たのかと言えば、ここに怪しいギルドの一団が向かったのを見たという情報をユーリが得たから
嘘か本当かはわからないけど、確かめるのに越したことはない
「こりゃ完全に廃墟だな」
ユーリはそう言ってため息をついた
「こんなところに誰が来るっていうのよ」
「またいい加減な情報、掴まされたかな…」
「また……?」
呆れ気味に言ったユーリにカロルは首を傾げた
「そこで止まれ!当地区は我ら『魔狩りの剣』により現在、完全封鎖中にある」
「この声……!」
カロルは驚き気味にキョロキョロと辺りを見渡し、廃墟の上に何かを見つけて少し嬉しそうに微笑んだ
カロルの見た方を見ると、カロルと同じ歳くらいの少女がいた
その少女は背に大きな円状の武器を身に着けていた
「あれ……?あの子確か…デイドン砦に居たような…」
ポツリと小さく呟いた
「これは無力な部外者に被害を及ぼさないための措置だ」
ナン!とカロルは少女に嬉しそうに話しかける
そうか、エフミドの丘でカロルが言っていたのは彼女のことだったのか
だが、当の本人は睨み気味にカロルを見つめる
ぼくは黙って事の成り行きを見守る
嘘か本当かはわからないけど、カロルは『逃げた』と思われているらしい
エッグベアも倒したと言っても聞いてもらえそうにない
ぼくはその瞬間を見ていないけど、ユーリとエステリーゼがそう言っていたしそれが嘘ではないことはわかる
ナンと呼ばれた少女はカロルにクビだと告げ、忠告を聞かなければ命の保証はないとぼくらを脅した上で立ち去っていった
「ナン!」
カロルは再び彼女の名前を呼ぶが、彼女は振り返る事もしなかった
ガックリとカロルは肩を落とした
「それにしてもどうして魔狩りの剣とやらがここにいんだろうな」
ユーリはあまり気にしていなさそうな雰囲気で言葉を繋ぐ
「さあね」
リタもさほど気にしていない様子で言って先に進み出す
「リタ、待ってください。忠告忘れたんですか?」
エステリーゼはリタを止める
「入っちゃ駄目って言ってなかったし、いいんじゃないかな?」
ぼくはそう言ってリタの方に歩いていく
「で、でも…命の保証はしないって」
「あんなガキにどうにかされるとでも?冗談じゃないわ」
そんなことはあり得ないと言わんばかりにリタは両手を広げて肩を竦めた
「ま、とにかく紅の絆傭兵団 の姿も見えないし奥を調べてみようぜ」
ユーリがそう言うとリタは先頭を歩き始める
そのリタの後ろについてぼくも歩き始めた
「…あんたって、意外と勇気あるわよね」
ボソッと小声でリタが話かけてくる
「え?なんで?」
「…まさか、忘れたの?あたしが疑ってること」
あり得ないとでも言いたげな目でリタはぼくを見つめてくる
「まさか。…言ったじゃん、ぼくだってわからないってさ。それに、リタから距離取るような事したら逆に怪しまれるんでしょ?」
「…まあ、そうなんだけどね」
リタはそう言って苦笑いした
「あれ?これ…何の魔導器 ……?」
カロルが首を傾げながら魔導器 に触れようとする
「ちょっと、ベタベタ触らないで」
リタはそう言って魔導器 に近づく
「なるほどね……ちょっと変わってるけど転送魔導器 の一種みたい。起動は……っと……あれ……?」
キョロキョロと魔導器 を見回しながらリタは首を傾げる
「どうしたの?」
「……起動のためのスイッチがないの。魔核 はちゃんとあるし、魔核 の脱着で何とかするタイプでもないみたい」
うーんと少し唸りながらリタはぼくの問いに答えた
「どこか別のところに、起動スイッチがあるんでしょうか?」
「そうね……これの他にも同じ魔導器 がこの街に設置されているとしたらそれを一括して、管理する装置があってもおかしくないわ」
エステリーゼの問いにリタはそう答えた
……動かないのはつまんないなぁ……
「なんだ、じゃあ動かせねんだな。残念」
ユーリはつまらなさそうに呟く
「え……何が残念なの?」
キョトンとカロルは首を傾げた
「いや、直感的になんか面白そうだなと思って」
「同意〜」
「魔導器 はオモチャじゃないの」
ぼくとユーリに向かって不機嫌そうにリタが言う
「その管理してるって言う装置を探せばいいんじゃないかな」
手を頭の後ろで組みながらそう言うと、見つかればいいけどな、とユーリが呟いた
しばらく探索していると行き止まりにたどり着いた
「行き止まりですね」
「引き返すか、あるいは…」
「よじ登った方が早そうだね」
ぼくがそう言うとユーリは苦笑いして軽く頭を小突いてきた
何故かと思えばエステリーゼが驚いた顔でぼくを見つめてきてるし、リタは呆れ顔をしていた
「あんたって、見た目大人しそうなくせに大胆で突拍子もないこと言うわね…」
「え?そう…?」
「アリシア、オレらの基準で言ってやんなよ…。確かにこいつらいなかったらそうしたけどな」
そう言ったユーリにリタが大きくため息をついた
「待って、調べるから」
カロルはそう言って足元にあった扉のようなものに触れて何かないか調べ始めた
「あれぇ?鍵穴も何もないな。」
「どれどれ…」
ユーリがおもむろに扉のようなものに近づく
「ユーリ、素人には無理だよ、この手の扉は……」
カロルの言葉も気にせずにユーリはそれを蹴飛ばした
するといとも簡単に扉が開く
「あれ……?」
「カロル先生の手をわずらわせる代物じゃなかったな」
ニヤッと笑いながらユーリはカロルを見た
彼は少し気まずそうに苦笑いする
「ほんと、バカっぽい…」
「さ、行こうよ」
取り繕うようにそう言ってカロルは梯子に手を伸ばす
「……この程度なら飛び降りた方が早いと思うけど……」
「あっ、待て馬鹿…!!」
ユーリの静止を無視してピョンっと飛び降りる
トンっと地面に降り立つと、薄暗くてあまりよく先が見えないけどあまり部屋は広くないことだけはわかる
「ア、アリシア!?大丈夫ですか!?」
上からエステリーゼの心配そうな声が聞こえてくる
「平気平気ー!大丈夫だから降りてきなよ!」
ぼくが声をかけるとみんな揃って降りてくる
「お前な…あんまり無茶すっとフレンに怒られるぜ?」
最初に降りてきたユーリが呆れた顔をして言ってくる
「いや…だってここに居るんだったら早く見つけないと逃げられちゃうし、居ないなら居ないで次探さないと」
ぼくがそう言うと、困ったように笑って頭をなでてきた
「アリシアって、本当に唐突に無茶苦茶なことするよね…」
「はい…初めて会った時とは全然イメージが違います。もっと慎重に行動する人に見えました」
カロルとエステリーゼもユーリ同様困ったように笑っていた
「こいつ、下町のことが関わるととんでもねえことしだすからな」
「…………それ、ユーリだけには言われたくない。ぼく騎士とは絶対に揉めないもん」
そう言うと、うっせえと軽く額をはじかれた
「それよりも…こっちね」
リタはぼくらの会話を心底どうでもよさげに流すと、目の前の魔導器 を見詰めた
「上にあった転送魔導器 の起動スイッチとやらっぽいな」
ユーリもそちらを見ながら言う
リタはおもむろにそれに近づくと色々いじりだす
だが、全く反応を示さなかった
「何も起こりませんね」
「エアルが足りないのよ」
首を傾げたエステリーゼにリタが答えると、「エアルがね…」とユーリは小さく呟いた
「んー…あ!シャイコス遺跡でユーリが貰ったソーサラーリングでなんとかならないかな?」
「わかんないけど、試してみる価値くらいはあるかもね」
ぼくの提案にリタはそう言って魔導器 の前を開ける
「へいへい、打てばいいんだな」
少し面倒くさそうに言って魔導器 に向けて打った
すると、大きな音が鳴って装置が起動した
「動いた…!」
嬉しそうにリタは魔導器 を見つめた
「これで上の転送魔導器 も使えるかもしれませんね」
「行ってみようぜ」
ユーリの言葉に頷いてぼくらは来た道を引き返した
転送魔導器 のもとに戻ると魔核 が光っていた
つまり起動したのだ
「お、動いてるぜ」
「やっぱりあれが起動装置だったんですね」
「じゃあ早速…」
そう言って魔導器 に手を伸ばしたカロルの頭にリタの鉄拳が落ちた
「慌てないで。シャイコス遺跡の魔導器 と同じ。魔核 にエアルを充填しないと、動作はしないわ」
「ソーサラーリングだな」
「そう」
ユーリは再び魔導器 に向かって打つとそれが作動しはじめた
それを使って上に上がる
「ふぇ~…面白いね、これ」
ふわりと浮かんだ感覚が面白くて少しワクワクしながらそう言った
「面白いって…さっきも言ったけどオモチャじゃないのよ?」
「それはわかってるよ…」
呆れ気味に言ってきたリタに苦笑いして答えた
…でも、なんでだろう
あのふわっと浮かぶ感覚…初めてじゃない気がする…
「あれ?あれは…紅の絆傭兵団 …?」
エステリーゼが少し遠くを見ながら首を傾げた
「……じゃなさそうだな」
「あれが魔狩りの剣だよ」
首を捻るぼくらにカロルがそう教えてくれた
その中には以前デイドン砦で見かけた二人も居た
エステリーゼとユーリも気づいたらしく、大剣を持った大男を見ながら「あれがお前んとこのリーダーか」と声をかける
少し気まずそうにしながらカロルは頷く
大男の目の前にはそこそこ大型の魔物が立ちふさがっており、今にも突っ込んで来そうな雰囲気を出しているがここから見える彼の背からは、怯えや動揺は見られずただただ殺気を感じた
彼は背に掛けていた大剣を手に取り、自身の前で掲げた
「一人でやろうってのか?」
ユーリが呟いたのとほぼ同時に魔物に方陣が浮かび大男が大剣を一振りすると一瞬にして倒してしまった
「何よあいつ…!」
「止めの一発、か…?」
「あれはフェイタルストライクだよ」
驚いているユーリとリタにカロルが声をかけた
「それってあれ?熟練の剣の使い手が使えるっていうスゴ技」
「そうそれ!よく知ってるね!」
「ふーん…どうやるんだ?」
「えっと…確か……相手にうまく攻撃加えて体制崩して、そのスキに術技打ち込んで、止めの一撃を加える…って言ってたかな」
記憶をたどるように考えながら言葉を繋いでいく
昔、お父様とお父さんがそんな話してた気がする
「言ってたって…誰が?」
疑い深そうにリタがジト目でが首を傾げながら聞いてくる
「昔お父さんと…おじさん、がね」
リタから目線を離しつつそう答える
余計怪しまれるのは百も承知だけど…
でも、だからと言って目を合わせるのも難しい
「ふーん…」
「……ま、要は言うは易いが成すは難しってことか」
尚も疑い深い目でぼくを見つめてくるリタからぼくを少し隠すように間に入ってきながらユーリは言った
「…………何リタにしでかしたのか知らねえけど、フレンに心配されるような事すんなよ?」
ボソッとぼくにだけに聞こえるようにユーリが言ってくる
ぼくらがユーリに隠し事していることを、彼は恐らく気づいてる
でも…多分敢えて聞かないでいてくれているんだって思う
…だって、本当は聞きたいって顔に出てるし…
それでも聞いてこないのは、聞いても答えないことを知っているからか…それとも、話すまで待っているだけなのかはわからないけど…
「……うん、気を付けるよ」
ニコッと笑ってユーリを見た
「……っ!!」
その瞬間、何故かすごい勢いでぼくから顔を背けた
「…?ユーリ?」
「……今こっち見んな…」
不思議に思ってユーリの顔を覗こうとすると、更にぼくから顔を背ける
「アリシア…やめてあげなよ…」
カロルの声が聞こえて振り返ると呆れた顔をしたカロルとリタ、それと困ったように笑うエステリーゼが見えた
「え?…ぼく…なんかしちゃった…?」
不安になってみんなを見回しながら問いかける
すると三人は顔を見合わせて苦笑いして肩を竦めた
訳が分からなくて首を傾げた
するとポンッと頭の上に手を乗せられた
「お前は気にしなくていーの」
見上げるとどこか寂しそうな顔をしてユーリが見下ろしてきていた
「それにしてもあいつら、あんな大所帯で何する気なんだ?」
話を逸らすようにユーリは魔狩りの剣の方を見ながら言った
「さっきの魔物が目的なら一人で十分ですもんね」
ユーリに合わせるようにエステリーゼが言葉を繋げた
「こんなに人数が集まるの、今までに一度もなかったよ」
「そうなんです?」
「うん、みんな、群れたがらないから
首領 たちが居るなんて相当のことなんじゃないかな……」
「ますますうさんくさい」
「後……つけてみる?」
「いや、それも楽しそうだけどここは先に行く」
「探しているのは紅の絆傭兵団 の方ですもんね」
「ああ、あいつらと事を構える必要はないんでな」
キョトンとしたぼくは置いてけぼりでトントン拍子で話が進んでいってしまう
……一人だけ置いてけぼりなんだけど……
「アリシア、行くぞ」
「え?……あぁ、うん!」
聞いたってユーリも答えてくれないの知ってるからぼくも聞かない
できるだけ気にしてないフリをする
そしてユーリたちの後について行こうとした
【人……間…………め…………!】
憎しみと怒りの混ざった声が頭の中で響いた
振り返って辺りを見回してみても、誰も居ない
「……気のせい…………かな」
ポツリと呟いて今度こそユーリたちを追いかけた
「聞きそびれてたんだが…」
しばらく歩いて一軒の家の前に近づくとユーリが唐突に立ち止まってエステリーゼを見た
「私、ですか…?」
「どうして、トリム港で帝都に引き返さなかったんだ?」
「どうしてって…」
「そっか、エステルはフレンに狙われているって伝えたかったんだもんね」
カロルがそう言うとユーリはゆっくり頷いた
「ああ、あの時点で、お前の旅は終わったはずだろ?」
そう言われてエステリーゼは口を噤んだ
「……でも、兄さんって誰に狙われてたんだろ」
「ラゴウじゃないの?」
ぼくが首を捻ると当たり前のようにリタが言う
「…ああ、それありそう。ヨーデル…殿下はあの人の船に居たんだもんね。皇族…みたいだし、兄さんの任務が彼を探すことだった可能性も…………」
顎に手を当てて考え混んでいると、唐突にみんなの視線がぼくに集まった気がして顔を上げるとみんながジッとぼくを見てきていた
「……ぼく、なんか変なこと言った……?」
今、多分ぼくの顔はすっごい引き攣ってると思う
「…あんた、むしろそれだけ言葉詰まってんのに隠せてるって思ってる方が可笑しいわよ…」
「アリシア、ヨーデルのこと知ってるよね。ヨーデルがアリシアのこと知ってるかはわからないけど」
リタとカロルのこ言葉が心に刺さる
…あーもう…なんで隠すの下手なんだろ…
「……別に面識はないよ。従姉妹がよく楽しそうに話してくれてたから知ってるだけで…」
「その従姉妹、皇族かなんかなわけ?」
「…さあ?そこまでは…」
「というか、本当にいるの?」
づかづかとリタが突っ込んでくる
…いつか、ボロが出そう
「失礼だなあ…ちゃーんといるって」
肩を竦めながらそう返す
「じゃあ名前、言ってみなさいよ」
ピクリと軽く肩が跳ねた
…いや、うん、それは割とやばい…
やばいけど…でもこれ言わないとぼく疑われっぱなしじゃん…
(ごめん…兄さん…)
「…………アリアンナ」
小さくポツリと呟いた
「アリアンナ…………!!彼女を知っているのですか!?」
名前を聞いた途端エステリーゼが飛びついてきた
「わわっ!!エ、エステリーゼ…!!危ないって!」
とりあえず引き離そうにも思い切り肩を掴まれて離して貰えそうにない
「あ、ご、ごめんなさい…」
何をしたのか気づいたみたいで慌てて彼女はぼくから離れた
「有名なのか?その『アリアンナ』ってやつ」
首を傾げながらユーリがエステリーゼに問いかける
「……お城の中でも、とても大切にされていた方です。歳は私より少し上だったと思います…」
寂しそうに顔を歪めながらエステリーゼが言う
「『だった』って?」
カロルは首を傾げるがエステリーゼは黙ったまま答えない
「……突然、居なくなっちゃったんだ…もう、十年以上経つかな……」
答えない彼女の代わりにぼくが答えた
「居なくなったって…家出か何かか?」
「違うと思うなぁ……少なくともぼくが知ってるアリアはいい子だったし」
『自分のこと』を、『他人事』のように話すのは変な感じがする
「ふーん…」
「……アリアンナは、とても優しい方でした。誰にでも等しく平等で、困った人にはすぐに声をかけて……彼女のご両親もそんな方々だったので似たんだと思います。だから………彼女が誰にも何も言わないで居なくなったことが、今でも信じられないんです」
「……ま、ただの家出にしちゃ、十年は長いな」
「…………そう、だね」
「というか、大切にされてたっていうんなら捜索されてるだろ?お偉いさん方は探そうともしてねえのか?」
若干不機嫌そうにユーリが聞いてくる
「…………わからないんです……彼女が居なくなったその日に、彼女のご両親が……その…………殺されて、しまっていて…………」
「なんだと?」
エステリーゼの返しに、ユーリはあからさまに反応した
「…あっ……!!え、えっとですね、これは…その……」
ユーリの反応に気づいてか、彼女は必至で取り繕おうとする
…まぁ、時すでに遅しだし…そもそもぼくが言おうとしてたし…
「……あんた、知っててその従姉妹の話避けようとしてたのね」
リタがぼくの方を見ながら聞いてくる
「…………前にも言ったけど、そっくりなんだ。ぼくとアリア。…エステリーゼのこと、少し聞いてたし変に話し出して勘違いさせたくなかったんだ。それに…」
「それに?」
「……………ぼく自身、あんまり思い出したくないんだ…」
そう言って一人みんなから離れる
こうして少し離れれば、きっともう話題出してこないだろうし…
軽く目を閉じて考え事をする
『ヨーデル!アリアンナ!やっと会えました!』
『姉様、この本読んでいただけませんか?』
『アリア、そんなに走ったら危ないよ』
『アリア、おいで』
『まあ、本当に甘えん坊ねアリア』
閉じた瞼に映ったのは、昔の朧気な記憶
ぼくのことを呼ぶ大好きな人たちの姿…
「アリシア?」
ユーリの呼ぶ声に振り替えると、少し心配そうに顔を歪めた彼の姿が視界に映った
「…そろそろ行こうか。こんなところで立ち止まっていられないし」
そう言ってぼくは先を歩き始めた
「あー……何ここ……気持ち悪………」
胸に手を当てながら悪態づく
建物の地下に降りた途端これだ
気持ち悪いし頭痛いし、何これ…
よく見るとユーリたちも体調が悪そうだん
【人間め………人間め……!!】
そして頭にまた誰かの声が響いた
「(さっきから……誰なのさ……)」
「アリシア、平気か」
普段あまり聞かない辛そうな声でユーリが声をかけてくる
「あはは……ちょっと、きつい……かも……」
そう言った瞬間、足から一気に力が抜けた
「おっと」
ユーリがぼくを支えながらゆっくりと座らせてくれる
「倒れるのにしても街の中にしてくれるか?オレ、流石にこの人数は見られねえ」
ぼくを落ち着かせるように背中を撫でながらユーリは苦い顔をした
「……ん、わかった。……もう、大丈夫」
そう言ってゆっくり立ち上がった
まだ頭は痛いし気持ち悪いけど、でも、ここで立ち止まったって余計辛くなるだけだ
少しフラフラしていたのか、ユーリが何も言わずに身体を支えてくれた
何が原因なのか探そうと辺りを見回していると、光の粒が辺りに浮かび始めた
「これ……エアルだ」
「え?エアルって目に見えるの?」
『エアル』と言ったのリタにカロルが首をかしげた
「濃度があがるとね」
「そういえば前にエステルが言ってたな。濃いエアルは身体に悪いって」
思い出すように顎に手を当てながらユーリは言った
「こりゃ引き返すかな」
みんなの様子を見ながらユーリは方向転換した
確かにこの状態で進むのは無理がある
「でもまだ傭兵団がいるか確かめていませんよ」
「そうだけど…」
「行きましょう」
何故かぼくらよりもエステリーゼが意気込んでそう言った
見逃したくはないけど、これがもし罠だったらどうするつもりなんだろうか…
「この魔導器 が扉と連動しているみたいね」
リタの声の方を見ると、彼女は彼女で先に進む気まんまんらしく魔導器 を調べていた
…流石のぼくでもそこまではしないかな…
「どうやってあけるの?」
「ご丁寧にパスワードを入力しないといけないみたい」
「壊しちまった方が早くねぇか?」
いつの間にかユーリも先に進む気満々だ
はぁ…っと大きくため息をつく
ぼくのことなんか気にもしないで、三人は話を進めていく
いつの間にかパスワードの話からここに来る途中で拾ってきた紙の事について話が変わっていた
「光…玉…空…何のことでしょう」
コテンっと首を傾げるエステリーゼにユーリは肩を竦め、リタは顎に手を当てながら唸り、カロルはただ首を捻った
…そんなの一つしかないと思うけど、みんなすぐには思い浮かばないらしい
こうなったらもう何を言っても先に進むんだろうなあ…
諦めて一度深呼吸してから魔導器 の方に近づく
「あ、ちょっと!無暗に触らないでよね!」
リタのそんな声が聞こえてきたけど、一刻も早くここから離れないといけないって考えてるぼくは聞く耳をもてない
思い切りスルーして思い付いたパスワードを入力する
ガチャっと音がして扉が開いた
「開きました!」
嬉しそうにエステリーゼが手を合わせて笑う
…喜び方も昔から変わってないんだね
「あんた良くわかったわね…」
リタが関心気味に言ってくる
「そうかな?」
そう答えて首を傾げる
「とりあえずさっさと行こうぜ」
ユーリの掛け声と共に扉の向こうに足を踏み入れた
扉の向こうに出るとエアルの濃度が更に上がった
「水が浮いてる…?」
「あの魔導器 の仕業みたいだな」
息苦しそうにしているぼくらとは対照的に、いつもよりも息苦しそうな声だけれど普段と変わらない調子でユーリは言った
「たぶん、この異常も…」
「……あれ、エフミドやカプア・ノールの子に似ている」
魔導器 を見つめながらリタが呟いた
「壊れているのかな……?」
「魔導器 が壊れたらエアル供給は止まるの。こんな風には絶対ならない」
壊れているということを真っ向からリタは否定した
壊れていないんだとしたら…
「じゃあ……一体……」
「わからない……あの子……何をしてるの?」
リタがそう言って辺りを見回す
エステリーゼも辛そうな身体を動かして何かないか探そうとする
【……何故…………新月が…………ここに……?!】
「え……?」
再び聞こえた声に思わず反応してしまった
…誰……?
ぼくを……『わたし』だと言ったこの声の持ち主は……誰?
グオォォォオォォォ……
声のことに気を取られていると、何かの咆哮が聞こえた
「この声……魔物?!」
エステリーゼの言葉に魔物を探そうと視線を泳がせると足元にその姿が見えた
四足歩行の、今まで見たことのないサイズの魔物……
「病人は休んどけ。ここに医者はいねえぞ」
怯えたカロル見ながらユーリは言った
でも、そんな余裕はなさそうで魔物は結界に向かって体当たりした
「これ……割とピンチ……?」
肩で息をしながら苦笑いした
今結界が破れたら、とても勝てそうにない
【……我がわからぬのか……?】
「(また……この声…)」
ここに入ってからやけに聞こえてくるこの声…
本当に誰なの…?
そんなことを考えているとリタが走り出した
行先は多分魔導器 の制御装置…かな
「ワン!」
普段あまり吠えないラピードが唐突に吠えた
「俺様たちの優しい忠告を無視したのはどこのどいつだ?」
いつかに聞いたことのある声が辺りに響いた
ぼくらのいる側と反対の場所にナンと…デイドン砦で騎士と言い合いをしていた男、それと魔狩りの剣の首領 がいた
「悪ぃな。こっちにゃ、大人しく忠告聞くような優しい人間はいねぇんだ」
挑発するようにユーリが返す
「ふん、なるほど……って、なんだ、クビになったカロル君もいるじゃないか。エアルに酔ってるのか。そっちはかなり濃いようだね」
どこか楽しげに男は言う
何がそんなに楽しいんだか……
「ちょうどいい、そのまま大人しくしていろ」
静かにそう言うと、大剣を手に取って魔物を見下ろした
『駄目……!』
カプア・トリムでも聞こえた声が頭の中で反響する
…帝都を出てから、なんでこんなに変な声が沢山聞こえて来るんだろう…
駄目ってぼくに言われてもどうにも出来ないし、むしろ魔狩りの剣の方に直接言って欲しい…
ぼくを経由しないでよ……
そんなこと考えていたら、甲高い鳴き声が辺りに響いた
「何っ!?」
エステリーゼが驚きながら上を見た
それにならって見上げると、魔物に股がって槍を持った人の姿が目に入る
その人は魔導器 の魔核 目掛けて槍を振り下ろした
「またあいつ!」
「『また』…?」
恨めしそうに見上げるリタに首を傾げた
返事を聞く前に強い光が辺りを覆った
眩しさに思わず目を瞑った
次に開いた時には結界が消えていた
「あれ……平気……?」
先程まで苦しそうにしていたエステリーゼが、不思議そうに首を傾げる
言われてみれば苦しくなくなった気がする
「け、結界が壊れたよっ!」
「逆結界の魔導器 が壊れたんだから当然でしょ!?んっとにあのバカドラ!」
あからさまに怒りを辺りに撒き散らしながらリタはその人を睨んだ
「……ユーリ」
「後で説明してやっから、今はちょっと待てよ」
ユーリに聞こうと耳打ちすると後でと断られてしまった
そうこうしているうちに、竜と竜に股がった人は魔物の前に立ち塞がった
魔狩りの剣から魔物を守るように
彼らは何処か楽しげに一人と一体と戦い始めた
それに反応してなのか、魔物が咆哮を上げたのと同時に長い尾を振り回してぼくらのいたところの足場を崩される
大きな音と共に崩れてぼくらは下に落ちた
「いったぁ………」
落ちた拍子に思いきり腕をぶつけたみたいでジンジンと痛む
「はは……足震えてらぁ……」
珍しく少し怯えたような表情をユーリは浮かべた
「こんな魔物……初めてです……」
エステリーゼも魔物から少し距離を取りながら呟く
「………これ、絶体絶命ってやつかな…?」
苦笑いしながら刀の柄を握る
自分でも驚くくらいに手の震えが止まらない
怖い
ただただ怖い
もしかしたら死ぬんじゃないかって恐怖がすぐ目の前にある
【………人違いか…?それとも…………まさか、記憶が…………?】
また聞こえてきた声に少し顔を顰めた
こんな時まで出てこないでよ……
一体、誰なの……?
そう考えていると、自然と魔物と目があった
どうやらずっとぼくを見つめて来ていたらしい
「(………まさか、ね……)」
この魔物が話しかけてきているんじゃないか、なんて考えが頭に過ぎる
百パーセントありえないとは言いきれないけど……
【…………確かめる必要があるな】
その声と共に、魔物はぼくらから背を向けた
「……え………?」
ポカーンとその去っていく背を見つめる
…本当に、あの魔物が話しかけてきていたの……?
魔物が去るとリタがバカドラと呼んでいた人たちも去って行った
本当に魔物にしか興味がなかったのか、魔狩りの剣も立ち去っていく
「あーもう!あたしもあのバカドラ殴りたかったのに!」
キッと上を睨みつけながらリタは悪態づく
「……結局、なんだったの?」
「ラゴウの屋敷からお前が勝手に居なくなった後に、さっきのやつが魔導器 ぶっ壊して行っちまったんだよ」
嫌味混じりにユーリがぼくを見る
「ふーん………あれ、カロルは?」
嫌味っぽく言われたことにはあえて気づかないフリをして話を反らせた
反らせたって言うか、居ないのはまずいでしょ…
「ここに居ねえんなら、先に外に出たんだろ。探しながら出よう」
ユーリの言葉に頷いて、来た道をユーリ先頭に歩き始めた
「なにかあれば、すぐにそう!いつもいつも、一人で逃げ出して!」
「ち、違うよ!」
「何が違うの!?」
「だから、ハルルの時は……」
「今はハルルのことは言ってない!」
建物の外に出ると、カロルとナンの言い合う声が聞こえてきた
会話からするに、彼はよくこういうことがあったらしい
…でも、まだ子どもだし、仕方ないと思うけどな……
「やましいことがないのなら、さっさと仲間の所に戻ればいいじゃない」
「だから、それは……」
「あたしに説明しなくていい。する相手は別にいるでしょ」
ナンはチラッとぼくらの方を見ながら言う
彼女は気づいていたみたいで、ぼくらに気づいたカロルは気まづそうに俯いた
「カロル、無事で良かったです」
「まったく、勝手に居なくなんないでよね」
「ご、ごめんなさい……」
エステリーゼとリタに言われて、申し訳無さそうに謝る
「ま、怪我もしてないみたいで何よりだ」
カロルの傍に寄りながらユーリはふっと表情を緩めた
「もう行くから。自分が何をしたのか、ちゃんと考えるのね。じゃないともう知らないから」
ナンはそう言うと、走り去って行った
口調は冷たいけど、彼女なりにカロルのことを考えてるんだろう
落ち込んでいるカロルにの頭に手を乗せてぐしゃぐしゃと頭を撫で回した
「わっ、ちょっと!やーめーてーよー!」
「ほらカロル、もう行こう?」
ニコッと笑いながらカロルに言う
「しかしとんだ大ハズレね。紅の絆傭兵団 なんて居ないじゃないの」
おおきくため息をつきながらリタが言う
「ほんとに。やっぱあのおっさんの情報は次から注意しないとな」
ユーリがそう答えた瞬間、リタの肩がピクっと動いた
『あのおっさん』……って、まさか………
リタが『まさか』と、問いかけると、ユーリは苦笑いしながら肩を竦めた
「あ、あ、あのおっさん…!次は顔見た瞬間に焼いてやる…!!」
ワナワナと拳を震わせてリタが半分叫ぶ
……確かにこれは許せない
とりあえず一度街に戻ろうという話になって、ぼくらは入口に向かった
入口付近に来ると、嫌な奴の顔が見えた
「うぇ………キュモールじゃん………」
ポツリと小さく呟いてユーリの背に隠れた
フードの裾をギュッと掴んで下げる
こいつたけには会いたくなかったのに……
「ようやく見つけたよ、愚民ども。そこで止まりな」
「わざわざ海まで渡って暇な下っ端共だな」
「くっ…………。君に下っ端呼ばわりされる筋合いはないね。さ、姫様はこ・ち・ら・へ」
「え、姫様って?」
カロルは誰のことかわからないらしく首を傾げた
…そりゃそうか……言われてないもんね
「姫様は姫様だろ。そこの目の前のな」
エステリーゼをクイッと親指で指指しながらユーリは言う
勘がいい彼のことだから、ヨーデルに会った時から気づいてたんだろう
「え……ユ、ユーリ……どうして、それを…?」
「やっぱりね。そうじゃないかと思ってたわ」
リタも気づいていたらしく、腕を組みながらエステリーゼを見た
気づいていなかったのはカロルだけだったわけだ
「……彼らを、どうするのですか?」
意を決したようにキュモールに近づきながらエステリーゼは問いかける
「決まってます。姫様誘拐と、脅迫の罪で八つ裂きです」
「…………だから、いつ誰が誘拐と脅迫したのよ………」
ポツリと呟く
本当……これだから騎士は………
「あーもう!うるさいね!!さっさとこっちに来てくださいよ!」
キュモールはそう叫びながら剣を抜く
「ハエ共はそこで死んじゃえ!」
ユーリに剣を向けて半分睨み気味に見つめてくる
……吹っ飛ばすか、こいつら………
そんなことを考えながら投げナイフを取り出そうとした時だった
「ユーリ・ローウェルとその一味を罪人として捕縛せよ!」
ルブランの声が辺りに響き、沢山の金属音が耳に響く
思わず身体が強ばる
相変わらず、この音には慣れない
ルブランとキュモールは何か話し合っていたけど、そのうちキュモールが折れてその場を引いた
「ささっ!姫様はこちらへ。ああ!お足元にはお気をつけて」
そう言ってルブランはエステリーゼを手招きし、ボッコスが彼女に駆け寄る
「アリシア殿もこちらへどうぞなのだ!」
ユーリの後ろに隠れたぼくに、ボッコスが手を差し出してくる
「………ぼく、ユーリの傍じゃなきゃ嫌だ」
ギュッと強くユーリの服を掴む
離れるのが嫌だとか、子どもっぽいけど…
それでも、離れたくなかった
「仕方ないですな……ユーリ・ローウェル!絶対に逃げ出すでないぞ!」
こうなったぼくを引きなすことが無理なことを知っているルブランは、諦め気味にユーリを睨む
「逃げねえよ……」
呆れ気味にユーリはそう言って肩を落とした
アデコールとボッコスに挟まれて、ぼくらは馬車に乗せられて、カルボクラムを後にした
*スキットが追加されました
*親戚について
「ここ…?」
首を傾げながら目の前の廃村を見つめる
カロルが言うには、ここには何年か前までは人が住んでいたらしい
けど大きな地震のせいで町は滅んでしまったらしい
で、なんでぼくらがそんな場所に来たのかと言えば、ここに怪しいギルドの一団が向かったのを見たという情報をユーリが得たから
嘘か本当かはわからないけど、確かめるのに越したことはない
「こりゃ完全に廃墟だな」
ユーリはそう言ってため息をついた
「こんなところに誰が来るっていうのよ」
「またいい加減な情報、掴まされたかな…」
「また……?」
呆れ気味に言ったユーリにカロルは首を傾げた
「そこで止まれ!当地区は我ら『魔狩りの剣』により現在、完全封鎖中にある」
「この声……!」
カロルは驚き気味にキョロキョロと辺りを見渡し、廃墟の上に何かを見つけて少し嬉しそうに微笑んだ
カロルの見た方を見ると、カロルと同じ歳くらいの少女がいた
その少女は背に大きな円状の武器を身に着けていた
「あれ……?あの子確か…デイドン砦に居たような…」
ポツリと小さく呟いた
「これは無力な部外者に被害を及ぼさないための措置だ」
ナン!とカロルは少女に嬉しそうに話しかける
そうか、エフミドの丘でカロルが言っていたのは彼女のことだったのか
だが、当の本人は睨み気味にカロルを見つめる
ぼくは黙って事の成り行きを見守る
嘘か本当かはわからないけど、カロルは『逃げた』と思われているらしい
エッグベアも倒したと言っても聞いてもらえそうにない
ぼくはその瞬間を見ていないけど、ユーリとエステリーゼがそう言っていたしそれが嘘ではないことはわかる
ナンと呼ばれた少女はカロルにクビだと告げ、忠告を聞かなければ命の保証はないとぼくらを脅した上で立ち去っていった
「ナン!」
カロルは再び彼女の名前を呼ぶが、彼女は振り返る事もしなかった
ガックリとカロルは肩を落とした
「それにしてもどうして魔狩りの剣とやらがここにいんだろうな」
ユーリはあまり気にしていなさそうな雰囲気で言葉を繋ぐ
「さあね」
リタもさほど気にしていない様子で言って先に進み出す
「リタ、待ってください。忠告忘れたんですか?」
エステリーゼはリタを止める
「入っちゃ駄目って言ってなかったし、いいんじゃないかな?」
ぼくはそう言ってリタの方に歩いていく
「で、でも…命の保証はしないって」
「あんなガキにどうにかされるとでも?冗談じゃないわ」
そんなことはあり得ないと言わんばかりにリタは両手を広げて肩を竦めた
「ま、とにかく
ユーリがそう言うとリタは先頭を歩き始める
そのリタの後ろについてぼくも歩き始めた
「…あんたって、意外と勇気あるわよね」
ボソッと小声でリタが話かけてくる
「え?なんで?」
「…まさか、忘れたの?あたしが疑ってること」
あり得ないとでも言いたげな目でリタはぼくを見つめてくる
「まさか。…言ったじゃん、ぼくだってわからないってさ。それに、リタから距離取るような事したら逆に怪しまれるんでしょ?」
「…まあ、そうなんだけどね」
リタはそう言って苦笑いした
「あれ?これ…何の
カロルが首を傾げながら
「ちょっと、ベタベタ触らないで」
リタはそう言って
「なるほどね……ちょっと変わってるけど
キョロキョロと
「どうしたの?」
「……起動のためのスイッチがないの。
うーんと少し唸りながらリタはぼくの問いに答えた
「どこか別のところに、起動スイッチがあるんでしょうか?」
「そうね……これの他にも同じ
エステリーゼの問いにリタはそう答えた
……動かないのはつまんないなぁ……
「なんだ、じゃあ動かせねんだな。残念」
ユーリはつまらなさそうに呟く
「え……何が残念なの?」
キョトンとカロルは首を傾げた
「いや、直感的になんか面白そうだなと思って」
「同意〜」
「
ぼくとユーリに向かって不機嫌そうにリタが言う
「その管理してるって言う装置を探せばいいんじゃないかな」
手を頭の後ろで組みながらそう言うと、見つかればいいけどな、とユーリが呟いた
しばらく探索していると行き止まりにたどり着いた
「行き止まりですね」
「引き返すか、あるいは…」
「よじ登った方が早そうだね」
ぼくがそう言うとユーリは苦笑いして軽く頭を小突いてきた
何故かと思えばエステリーゼが驚いた顔でぼくを見つめてきてるし、リタは呆れ顔をしていた
「あんたって、見た目大人しそうなくせに大胆で突拍子もないこと言うわね…」
「え?そう…?」
「アリシア、オレらの基準で言ってやんなよ…。確かにこいつらいなかったらそうしたけどな」
そう言ったユーリにリタが大きくため息をついた
「待って、調べるから」
カロルはそう言って足元にあった扉のようなものに触れて何かないか調べ始めた
「あれぇ?鍵穴も何もないな。」
「どれどれ…」
ユーリがおもむろに扉のようなものに近づく
「ユーリ、素人には無理だよ、この手の扉は……」
カロルの言葉も気にせずにユーリはそれを蹴飛ばした
するといとも簡単に扉が開く
「あれ……?」
「カロル先生の手をわずらわせる代物じゃなかったな」
ニヤッと笑いながらユーリはカロルを見た
彼は少し気まずそうに苦笑いする
「ほんと、バカっぽい…」
「さ、行こうよ」
取り繕うようにそう言ってカロルは梯子に手を伸ばす
「……この程度なら飛び降りた方が早いと思うけど……」
「あっ、待て馬鹿…!!」
ユーリの静止を無視してピョンっと飛び降りる
トンっと地面に降り立つと、薄暗くてあまりよく先が見えないけどあまり部屋は広くないことだけはわかる
「ア、アリシア!?大丈夫ですか!?」
上からエステリーゼの心配そうな声が聞こえてくる
「平気平気ー!大丈夫だから降りてきなよ!」
ぼくが声をかけるとみんな揃って降りてくる
「お前な…あんまり無茶すっとフレンに怒られるぜ?」
最初に降りてきたユーリが呆れた顔をして言ってくる
「いや…だってここに居るんだったら早く見つけないと逃げられちゃうし、居ないなら居ないで次探さないと」
ぼくがそう言うと、困ったように笑って頭をなでてきた
「アリシアって、本当に唐突に無茶苦茶なことするよね…」
「はい…初めて会った時とは全然イメージが違います。もっと慎重に行動する人に見えました」
カロルとエステリーゼもユーリ同様困ったように笑っていた
「こいつ、下町のことが関わるととんでもねえことしだすからな」
「…………それ、ユーリだけには言われたくない。ぼく騎士とは絶対に揉めないもん」
そう言うと、うっせえと軽く額をはじかれた
「それよりも…こっちね」
リタはぼくらの会話を心底どうでもよさげに流すと、目の前の
「上にあった
ユーリもそちらを見ながら言う
リタはおもむろにそれに近づくと色々いじりだす
だが、全く反応を示さなかった
「何も起こりませんね」
「エアルが足りないのよ」
首を傾げたエステリーゼにリタが答えると、「エアルがね…」とユーリは小さく呟いた
「んー…あ!シャイコス遺跡でユーリが貰ったソーサラーリングでなんとかならないかな?」
「わかんないけど、試してみる価値くらいはあるかもね」
ぼくの提案にリタはそう言って
「へいへい、打てばいいんだな」
少し面倒くさそうに言って
すると、大きな音が鳴って装置が起動した
「動いた…!」
嬉しそうにリタは
「これで上の
「行ってみようぜ」
ユーリの言葉に頷いてぼくらは来た道を引き返した
つまり起動したのだ
「お、動いてるぜ」
「やっぱりあれが起動装置だったんですね」
「じゃあ早速…」
そう言って
「慌てないで。シャイコス遺跡の
「ソーサラーリングだな」
「そう」
ユーリは再び
それを使って上に上がる
「ふぇ~…面白いね、これ」
ふわりと浮かんだ感覚が面白くて少しワクワクしながらそう言った
「面白いって…さっきも言ったけどオモチャじゃないのよ?」
「それはわかってるよ…」
呆れ気味に言ってきたリタに苦笑いして答えた
…でも、なんでだろう
あのふわっと浮かぶ感覚…初めてじゃない気がする…
「あれ?あれは…
エステリーゼが少し遠くを見ながら首を傾げた
「……じゃなさそうだな」
「あれが魔狩りの剣だよ」
首を捻るぼくらにカロルがそう教えてくれた
その中には以前デイドン砦で見かけた二人も居た
エステリーゼとユーリも気づいたらしく、大剣を持った大男を見ながら「あれがお前んとこのリーダーか」と声をかける
少し気まずそうにしながらカロルは頷く
大男の目の前にはそこそこ大型の魔物が立ちふさがっており、今にも突っ込んで来そうな雰囲気を出しているがここから見える彼の背からは、怯えや動揺は見られずただただ殺気を感じた
彼は背に掛けていた大剣を手に取り、自身の前で掲げた
「一人でやろうってのか?」
ユーリが呟いたのとほぼ同時に魔物に方陣が浮かび大男が大剣を一振りすると一瞬にして倒してしまった
「何よあいつ…!」
「止めの一発、か…?」
「あれはフェイタルストライクだよ」
驚いているユーリとリタにカロルが声をかけた
「それってあれ?熟練の剣の使い手が使えるっていうスゴ技」
「そうそれ!よく知ってるね!」
「ふーん…どうやるんだ?」
「えっと…確か……相手にうまく攻撃加えて体制崩して、そのスキに術技打ち込んで、止めの一撃を加える…って言ってたかな」
記憶をたどるように考えながら言葉を繋いでいく
昔、お父様とお父さんがそんな話してた気がする
「言ってたって…誰が?」
疑い深そうにリタがジト目でが首を傾げながら聞いてくる
「昔お父さんと…おじさん、がね」
リタから目線を離しつつそう答える
余計怪しまれるのは百も承知だけど…
でも、だからと言って目を合わせるのも難しい
「ふーん…」
「……ま、要は言うは易いが成すは難しってことか」
尚も疑い深い目でぼくを見つめてくるリタからぼくを少し隠すように間に入ってきながらユーリは言った
「…………何リタにしでかしたのか知らねえけど、フレンに心配されるような事すんなよ?」
ボソッとぼくにだけに聞こえるようにユーリが言ってくる
ぼくらがユーリに隠し事していることを、彼は恐らく気づいてる
でも…多分敢えて聞かないでいてくれているんだって思う
…だって、本当は聞きたいって顔に出てるし…
それでも聞いてこないのは、聞いても答えないことを知っているからか…それとも、話すまで待っているだけなのかはわからないけど…
「……うん、気を付けるよ」
ニコッと笑ってユーリを見た
「……っ!!」
その瞬間、何故かすごい勢いでぼくから顔を背けた
「…?ユーリ?」
「……今こっち見んな…」
不思議に思ってユーリの顔を覗こうとすると、更にぼくから顔を背ける
「アリシア…やめてあげなよ…」
カロルの声が聞こえて振り返ると呆れた顔をしたカロルとリタ、それと困ったように笑うエステリーゼが見えた
「え?…ぼく…なんかしちゃった…?」
不安になってみんなを見回しながら問いかける
すると三人は顔を見合わせて苦笑いして肩を竦めた
訳が分からなくて首を傾げた
するとポンッと頭の上に手を乗せられた
「お前は気にしなくていーの」
見上げるとどこか寂しそうな顔をしてユーリが見下ろしてきていた
「それにしてもあいつら、あんな大所帯で何する気なんだ?」
話を逸らすようにユーリは魔狩りの剣の方を見ながら言った
「さっきの魔物が目的なら一人で十分ですもんね」
ユーリに合わせるようにエステリーゼが言葉を繋げた
「こんなに人数が集まるの、今までに一度もなかったよ」
「そうなんです?」
「うん、みんな、群れたがらないから
「ますますうさんくさい」
「後……つけてみる?」
「いや、それも楽しそうだけどここは先に行く」
「探しているのは
「ああ、あいつらと事を構える必要はないんでな」
キョトンとしたぼくは置いてけぼりでトントン拍子で話が進んでいってしまう
……一人だけ置いてけぼりなんだけど……
「アリシア、行くぞ」
「え?……あぁ、うん!」
聞いたってユーリも答えてくれないの知ってるからぼくも聞かない
できるだけ気にしてないフリをする
そしてユーリたちの後について行こうとした
【人……間…………め…………!】
憎しみと怒りの混ざった声が頭の中で響いた
振り返って辺りを見回してみても、誰も居ない
「……気のせい…………かな」
ポツリと呟いて今度こそユーリたちを追いかけた
「聞きそびれてたんだが…」
しばらく歩いて一軒の家の前に近づくとユーリが唐突に立ち止まってエステリーゼを見た
「私、ですか…?」
「どうして、トリム港で帝都に引き返さなかったんだ?」
「どうしてって…」
「そっか、エステルはフレンに狙われているって伝えたかったんだもんね」
カロルがそう言うとユーリはゆっくり頷いた
「ああ、あの時点で、お前の旅は終わったはずだろ?」
そう言われてエステリーゼは口を噤んだ
「……でも、兄さんって誰に狙われてたんだろ」
「ラゴウじゃないの?」
ぼくが首を捻ると当たり前のようにリタが言う
「…ああ、それありそう。ヨーデル…殿下はあの人の船に居たんだもんね。皇族…みたいだし、兄さんの任務が彼を探すことだった可能性も…………」
顎に手を当てて考え混んでいると、唐突にみんなの視線がぼくに集まった気がして顔を上げるとみんながジッとぼくを見てきていた
「……ぼく、なんか変なこと言った……?」
今、多分ぼくの顔はすっごい引き攣ってると思う
「…あんた、むしろそれだけ言葉詰まってんのに隠せてるって思ってる方が可笑しいわよ…」
「アリシア、ヨーデルのこと知ってるよね。ヨーデルがアリシアのこと知ってるかはわからないけど」
リタとカロルのこ言葉が心に刺さる
…あーもう…なんで隠すの下手なんだろ…
「……別に面識はないよ。従姉妹がよく楽しそうに話してくれてたから知ってるだけで…」
「その従姉妹、皇族かなんかなわけ?」
「…さあ?そこまでは…」
「というか、本当にいるの?」
づかづかとリタが突っ込んでくる
…いつか、ボロが出そう
「失礼だなあ…ちゃーんといるって」
肩を竦めながらそう返す
「じゃあ名前、言ってみなさいよ」
ピクリと軽く肩が跳ねた
…いや、うん、それは割とやばい…
やばいけど…でもこれ言わないとぼく疑われっぱなしじゃん…
(ごめん…兄さん…)
「…………アリアンナ」
小さくポツリと呟いた
「アリアンナ…………!!彼女を知っているのですか!?」
名前を聞いた途端エステリーゼが飛びついてきた
「わわっ!!エ、エステリーゼ…!!危ないって!」
とりあえず引き離そうにも思い切り肩を掴まれて離して貰えそうにない
「あ、ご、ごめんなさい…」
何をしたのか気づいたみたいで慌てて彼女はぼくから離れた
「有名なのか?その『アリアンナ』ってやつ」
首を傾げながらユーリがエステリーゼに問いかける
「……お城の中でも、とても大切にされていた方です。歳は私より少し上だったと思います…」
寂しそうに顔を歪めながらエステリーゼが言う
「『だった』って?」
カロルは首を傾げるがエステリーゼは黙ったまま答えない
「……突然、居なくなっちゃったんだ…もう、十年以上経つかな……」
答えない彼女の代わりにぼくが答えた
「居なくなったって…家出か何かか?」
「違うと思うなぁ……少なくともぼくが知ってるアリアはいい子だったし」
『自分のこと』を、『他人事』のように話すのは変な感じがする
「ふーん…」
「……アリアンナは、とても優しい方でした。誰にでも等しく平等で、困った人にはすぐに声をかけて……彼女のご両親もそんな方々だったので似たんだと思います。だから………彼女が誰にも何も言わないで居なくなったことが、今でも信じられないんです」
「……ま、ただの家出にしちゃ、十年は長いな」
「…………そう、だね」
「というか、大切にされてたっていうんなら捜索されてるだろ?お偉いさん方は探そうともしてねえのか?」
若干不機嫌そうにユーリが聞いてくる
「…………わからないんです……彼女が居なくなったその日に、彼女のご両親が……その…………殺されて、しまっていて…………」
「なんだと?」
エステリーゼの返しに、ユーリはあからさまに反応した
「…あっ……!!え、えっとですね、これは…その……」
ユーリの反応に気づいてか、彼女は必至で取り繕おうとする
…まぁ、時すでに遅しだし…そもそもぼくが言おうとしてたし…
「……あんた、知っててその従姉妹の話避けようとしてたのね」
リタがぼくの方を見ながら聞いてくる
「…………前にも言ったけど、そっくりなんだ。ぼくとアリア。…エステリーゼのこと、少し聞いてたし変に話し出して勘違いさせたくなかったんだ。それに…」
「それに?」
「……………ぼく自身、あんまり思い出したくないんだ…」
そう言って一人みんなから離れる
こうして少し離れれば、きっともう話題出してこないだろうし…
軽く目を閉じて考え事をする
『ヨーデル!アリアンナ!やっと会えました!』
『姉様、この本読んでいただけませんか?』
『アリア、そんなに走ったら危ないよ』
『アリア、おいで』
『まあ、本当に甘えん坊ねアリア』
閉じた瞼に映ったのは、昔の朧気な記憶
ぼくのことを呼ぶ大好きな人たちの姿…
「アリシア?」
ユーリの呼ぶ声に振り替えると、少し心配そうに顔を歪めた彼の姿が視界に映った
「…そろそろ行こうか。こんなところで立ち止まっていられないし」
そう言ってぼくは先を歩き始めた
「あー……何ここ……気持ち悪………」
胸に手を当てながら悪態づく
建物の地下に降りた途端これだ
気持ち悪いし頭痛いし、何これ…
よく見るとユーリたちも体調が悪そうだん
【人間め………人間め……!!】
そして頭にまた誰かの声が響いた
「(さっきから……誰なのさ……)」
「アリシア、平気か」
普段あまり聞かない辛そうな声でユーリが声をかけてくる
「あはは……ちょっと、きつい……かも……」
そう言った瞬間、足から一気に力が抜けた
「おっと」
ユーリがぼくを支えながらゆっくりと座らせてくれる
「倒れるのにしても街の中にしてくれるか?オレ、流石にこの人数は見られねえ」
ぼくを落ち着かせるように背中を撫でながらユーリは苦い顔をした
「……ん、わかった。……もう、大丈夫」
そう言ってゆっくり立ち上がった
まだ頭は痛いし気持ち悪いけど、でも、ここで立ち止まったって余計辛くなるだけだ
少しフラフラしていたのか、ユーリが何も言わずに身体を支えてくれた
何が原因なのか探そうと辺りを見回していると、光の粒が辺りに浮かび始めた
「これ……エアルだ」
「え?エアルって目に見えるの?」
『エアル』と言ったのリタにカロルが首をかしげた
「濃度があがるとね」
「そういえば前にエステルが言ってたな。濃いエアルは身体に悪いって」
思い出すように顎に手を当てながらユーリは言った
「こりゃ引き返すかな」
みんなの様子を見ながらユーリは方向転換した
確かにこの状態で進むのは無理がある
「でもまだ傭兵団がいるか確かめていませんよ」
「そうだけど…」
「行きましょう」
何故かぼくらよりもエステリーゼが意気込んでそう言った
見逃したくはないけど、これがもし罠だったらどうするつもりなんだろうか…
「この
リタの声の方を見ると、彼女は彼女で先に進む気まんまんらしく
…流石のぼくでもそこまではしないかな…
「どうやってあけるの?」
「ご丁寧にパスワードを入力しないといけないみたい」
「壊しちまった方が早くねぇか?」
いつの間にかユーリも先に進む気満々だ
はぁ…っと大きくため息をつく
ぼくのことなんか気にもしないで、三人は話を進めていく
いつの間にかパスワードの話からここに来る途中で拾ってきた紙の事について話が変わっていた
「光…玉…空…何のことでしょう」
コテンっと首を傾げるエステリーゼにユーリは肩を竦め、リタは顎に手を当てながら唸り、カロルはただ首を捻った
…そんなの一つしかないと思うけど、みんなすぐには思い浮かばないらしい
こうなったらもう何を言っても先に進むんだろうなあ…
諦めて一度深呼吸してから
「あ、ちょっと!無暗に触らないでよね!」
リタのそんな声が聞こえてきたけど、一刻も早くここから離れないといけないって考えてるぼくは聞く耳をもてない
思い切りスルーして思い付いたパスワードを入力する
ガチャっと音がして扉が開いた
「開きました!」
嬉しそうにエステリーゼが手を合わせて笑う
…喜び方も昔から変わってないんだね
「あんた良くわかったわね…」
リタが関心気味に言ってくる
「そうかな?」
そう答えて首を傾げる
「とりあえずさっさと行こうぜ」
ユーリの掛け声と共に扉の向こうに足を踏み入れた
扉の向こうに出るとエアルの濃度が更に上がった
「水が浮いてる…?」
「あの
息苦しそうにしているぼくらとは対照的に、いつもよりも息苦しそうな声だけれど普段と変わらない調子でユーリは言った
「たぶん、この異常も…」
「……あれ、エフミドやカプア・ノールの子に似ている」
「壊れているのかな……?」
「
壊れているということを真っ向からリタは否定した
壊れていないんだとしたら…
「じゃあ……一体……」
「わからない……あの子……何をしてるの?」
リタがそう言って辺りを見回す
エステリーゼも辛そうな身体を動かして何かないか探そうとする
【……何故…………新月が…………ここに……?!】
「え……?」
再び聞こえた声に思わず反応してしまった
…誰……?
ぼくを……『わたし』だと言ったこの声の持ち主は……誰?
グオォォォオォォォ……
声のことに気を取られていると、何かの咆哮が聞こえた
「この声……魔物?!」
エステリーゼの言葉に魔物を探そうと視線を泳がせると足元にその姿が見えた
四足歩行の、今まで見たことのないサイズの魔物……
「病人は休んどけ。ここに医者はいねえぞ」
怯えたカロル見ながらユーリは言った
でも、そんな余裕はなさそうで魔物は結界に向かって体当たりした
「これ……割とピンチ……?」
肩で息をしながら苦笑いした
今結界が破れたら、とても勝てそうにない
【……我がわからぬのか……?】
「(また……この声…)」
ここに入ってからやけに聞こえてくるこの声…
本当に誰なの…?
そんなことを考えているとリタが走り出した
行先は多分
「ワン!」
普段あまり吠えないラピードが唐突に吠えた
「俺様たちの優しい忠告を無視したのはどこのどいつだ?」
いつかに聞いたことのある声が辺りに響いた
ぼくらのいる側と反対の場所にナンと…デイドン砦で騎士と言い合いをしていた男、それと魔狩りの剣の
「悪ぃな。こっちにゃ、大人しく忠告聞くような優しい人間はいねぇんだ」
挑発するようにユーリが返す
「ふん、なるほど……って、なんだ、クビになったカロル君もいるじゃないか。エアルに酔ってるのか。そっちはかなり濃いようだね」
どこか楽しげに男は言う
何がそんなに楽しいんだか……
「ちょうどいい、そのまま大人しくしていろ」
静かにそう言うと、大剣を手に取って魔物を見下ろした
『駄目……!』
カプア・トリムでも聞こえた声が頭の中で反響する
…帝都を出てから、なんでこんなに変な声が沢山聞こえて来るんだろう…
駄目ってぼくに言われてもどうにも出来ないし、むしろ魔狩りの剣の方に直接言って欲しい…
ぼくを経由しないでよ……
そんなこと考えていたら、甲高い鳴き声が辺りに響いた
「何っ!?」
エステリーゼが驚きながら上を見た
それにならって見上げると、魔物に股がって槍を持った人の姿が目に入る
その人は
「またあいつ!」
「『また』…?」
恨めしそうに見上げるリタに首を傾げた
返事を聞く前に強い光が辺りを覆った
眩しさに思わず目を瞑った
次に開いた時には結界が消えていた
「あれ……平気……?」
先程まで苦しそうにしていたエステリーゼが、不思議そうに首を傾げる
言われてみれば苦しくなくなった気がする
「け、結界が壊れたよっ!」
「逆結界の
あからさまに怒りを辺りに撒き散らしながらリタはその人を睨んだ
「……ユーリ」
「後で説明してやっから、今はちょっと待てよ」
ユーリに聞こうと耳打ちすると後でと断られてしまった
そうこうしているうちに、竜と竜に股がった人は魔物の前に立ち塞がった
魔狩りの剣から魔物を守るように
彼らは何処か楽しげに一人と一体と戦い始めた
それに反応してなのか、魔物が咆哮を上げたのと同時に長い尾を振り回してぼくらのいたところの足場を崩される
大きな音と共に崩れてぼくらは下に落ちた
「いったぁ………」
落ちた拍子に思いきり腕をぶつけたみたいでジンジンと痛む
「はは……足震えてらぁ……」
珍しく少し怯えたような表情をユーリは浮かべた
「こんな魔物……初めてです……」
エステリーゼも魔物から少し距離を取りながら呟く
「………これ、絶体絶命ってやつかな…?」
苦笑いしながら刀の柄を握る
自分でも驚くくらいに手の震えが止まらない
怖い
ただただ怖い
もしかしたら死ぬんじゃないかって恐怖がすぐ目の前にある
【………人違いか…?それとも…………まさか、記憶が…………?】
また聞こえてきた声に少し顔を顰めた
こんな時まで出てこないでよ……
一体、誰なの……?
そう考えていると、自然と魔物と目があった
どうやらずっとぼくを見つめて来ていたらしい
「(………まさか、ね……)」
この魔物が話しかけてきているんじゃないか、なんて考えが頭に過ぎる
百パーセントありえないとは言いきれないけど……
【…………確かめる必要があるな】
その声と共に、魔物はぼくらから背を向けた
「……え………?」
ポカーンとその去っていく背を見つめる
…本当に、あの魔物が話しかけてきていたの……?
魔物が去るとリタがバカドラと呼んでいた人たちも去って行った
本当に魔物にしか興味がなかったのか、魔狩りの剣も立ち去っていく
「あーもう!あたしもあのバカドラ殴りたかったのに!」
キッと上を睨みつけながらリタは悪態づく
「……結局、なんだったの?」
「ラゴウの屋敷からお前が勝手に居なくなった後に、さっきのやつが
嫌味混じりにユーリがぼくを見る
「ふーん………あれ、カロルは?」
嫌味っぽく言われたことにはあえて気づかないフリをして話を反らせた
反らせたって言うか、居ないのはまずいでしょ…
「ここに居ねえんなら、先に外に出たんだろ。探しながら出よう」
ユーリの言葉に頷いて、来た道をユーリ先頭に歩き始めた
「なにかあれば、すぐにそう!いつもいつも、一人で逃げ出して!」
「ち、違うよ!」
「何が違うの!?」
「だから、ハルルの時は……」
「今はハルルのことは言ってない!」
建物の外に出ると、カロルとナンの言い合う声が聞こえてきた
会話からするに、彼はよくこういうことがあったらしい
…でも、まだ子どもだし、仕方ないと思うけどな……
「やましいことがないのなら、さっさと仲間の所に戻ればいいじゃない」
「だから、それは……」
「あたしに説明しなくていい。する相手は別にいるでしょ」
ナンはチラッとぼくらの方を見ながら言う
彼女は気づいていたみたいで、ぼくらに気づいたカロルは気まづそうに俯いた
「カロル、無事で良かったです」
「まったく、勝手に居なくなんないでよね」
「ご、ごめんなさい……」
エステリーゼとリタに言われて、申し訳無さそうに謝る
「ま、怪我もしてないみたいで何よりだ」
カロルの傍に寄りながらユーリはふっと表情を緩めた
「もう行くから。自分が何をしたのか、ちゃんと考えるのね。じゃないともう知らないから」
ナンはそう言うと、走り去って行った
口調は冷たいけど、彼女なりにカロルのことを考えてるんだろう
落ち込んでいるカロルにの頭に手を乗せてぐしゃぐしゃと頭を撫で回した
「わっ、ちょっと!やーめーてーよー!」
「ほらカロル、もう行こう?」
ニコッと笑いながらカロルに言う
「しかしとんだ大ハズレね。
おおきくため息をつきながらリタが言う
「ほんとに。やっぱあのおっさんの情報は次から注意しないとな」
ユーリがそう答えた瞬間、リタの肩がピクっと動いた
『あのおっさん』……って、まさか………
リタが『まさか』と、問いかけると、ユーリは苦笑いしながら肩を竦めた
「あ、あ、あのおっさん…!次は顔見た瞬間に焼いてやる…!!」
ワナワナと拳を震わせてリタが半分叫ぶ
……確かにこれは許せない
とりあえず一度街に戻ろうという話になって、ぼくらは入口に向かった
入口付近に来ると、嫌な奴の顔が見えた
「うぇ………キュモールじゃん………」
ポツリと小さく呟いてユーリの背に隠れた
フードの裾をギュッと掴んで下げる
こいつたけには会いたくなかったのに……
「ようやく見つけたよ、愚民ども。そこで止まりな」
「わざわざ海まで渡って暇な下っ端共だな」
「くっ…………。君に下っ端呼ばわりされる筋合いはないね。さ、姫様はこ・ち・ら・へ」
「え、姫様って?」
カロルは誰のことかわからないらしく首を傾げた
…そりゃそうか……言われてないもんね
「姫様は姫様だろ。そこの目の前のな」
エステリーゼをクイッと親指で指指しながらユーリは言う
勘がいい彼のことだから、ヨーデルに会った時から気づいてたんだろう
「え……ユ、ユーリ……どうして、それを…?」
「やっぱりね。そうじゃないかと思ってたわ」
リタも気づいていたらしく、腕を組みながらエステリーゼを見た
気づいていなかったのはカロルだけだったわけだ
「……彼らを、どうするのですか?」
意を決したようにキュモールに近づきながらエステリーゼは問いかける
「決まってます。姫様誘拐と、脅迫の罪で八つ裂きです」
「…………だから、いつ誰が誘拐と脅迫したのよ………」
ポツリと呟く
本当……これだから騎士は………
「あーもう!うるさいね!!さっさとこっちに来てくださいよ!」
キュモールはそう叫びながら剣を抜く
「ハエ共はそこで死んじゃえ!」
ユーリに剣を向けて半分睨み気味に見つめてくる
……吹っ飛ばすか、こいつら………
そんなことを考えながら投げナイフを取り出そうとした時だった
「ユーリ・ローウェルとその一味を罪人として捕縛せよ!」
ルブランの声が辺りに響き、沢山の金属音が耳に響く
思わず身体が強ばる
相変わらず、この音には慣れない
ルブランとキュモールは何か話し合っていたけど、そのうちキュモールが折れてその場を引いた
「ささっ!姫様はこちらへ。ああ!お足元にはお気をつけて」
そう言ってルブランはエステリーゼを手招きし、ボッコスが彼女に駆け寄る
「アリシア殿もこちらへどうぞなのだ!」
ユーリの後ろに隠れたぼくに、ボッコスが手を差し出してくる
「………ぼく、ユーリの傍じゃなきゃ嫌だ」
ギュッと強くユーリの服を掴む
離れるのが嫌だとか、子どもっぽいけど…
それでも、離れたくなかった
「仕方ないですな……ユーリ・ローウェル!絶対に逃げ出すでないぞ!」
こうなったぼくを引きなすことが無理なことを知っているルブランは、諦め気味にユーリを睨む
「逃げねえよ……」
呆れ気味にユーリはそう言って肩を落とした
アデコールとボッコスに挟まれて、ぼくらは馬車に乗せられて、カルボクラムを後にした
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