第二章 水道魔導器
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*カプア・ノールの執政官~事実~
「んー……そう言われるとどうにも出来ないよね…」
腕を組んで少し唸りながら答える
兄さんがソディアさんとウィチルさんを連れて来てから、見回りの結果を聞いた
調査執行書を取り寄せて行ったものの、あっさり拒絶されたらしい
「…というか、拒絶するってことは絶対あるよね」
「その可能性は十分高いね」
「……もう、正面突破しちゃった方が早そー」
ポツリとそう呟く
「だから、それは危険だと言ってるだろう?」
軽くため息をつきながら兄さんに止められる
でも、どうにかしないと先進めないし……
「相変わらず辛気臭い顔してるな」
ガチャっと扉が開いて、聞きなれた声が聞こえてくる
扉の方を向くと、ユーリの姿が見えた
「あ、ユーリ!」
手を振ると、ものすごく呆れた顔でぼくを見た
「たく、終わったら来いって言ったろ?」
「えー、だって終わったのついさっきだもん」
むっとしながら返すと、そーかよ…と言いながら項垂れてしまった
「色々考えることが多いんだ。君と違って」
「ふーん……」
「また無茶をして賞金額を上げてきたんじゃないだろうね」
ユーリと兄さんは、お互いにバチバチ火花が出てるんじゃないかって思うような目線で見つめ合う
どっちも好戦的すぎる
「執政官のとこに行かなかったのか」
押し問答になると判断したのか、ユーリが話題を逸らした
「行った。魔導器 研究所から調査執行書を取り寄せてね」
若干不機嫌そうに兄さんは答える
「それで中に入って調べたんだな」
「いや……執政官にはあっさり拒否された」
「なんで!?」
カロルは驚いた声でそう叫んだ
「魔導器 が本当にあると思うなら正面から乗り込んでみたまえ、と安い挑発までくれましたよ」
「私たちにその権限がないから、馬鹿にしているんだ!」
怒りを滲ませながらウィチルさんとソディアさんは答える
「でも、そりゃそいつの言う通りじゃねえの?」
「なんだと?!」
そう叫んで彼女はユーリに掴みかかろうとするが、ぼくを一瞬見てそれをグッと堪えた
「ユーリ…どっちの味方なのさ!」
呆れた声でカロルはユーリを見る
「敵味方の問題じゃねぇ。自信があんなら乗り込めよ」
「堂々乗り込んだりしたら、魔導器 隠されちゃうって」
兄さんたちの変わりにぼくがそう返す
…手を出すのを堪えたソディアさんの頑張りは認めてあげないと、ね
「多分罠。執政官様は騎士団の失態を演出して評議会の権力強化をしたいんだって。だから、兄さんたちが下手に踏み込んだりしたら思うつぼだよ」
「ラゴウも評議会の人間なんです?」
「らしいよ」
エステリーゼの問いかけに短く答えた
「ふーん……ただの執政官様じゃねぇってことか。で、次の手考えてあんのか?」
ユーリは兄さんに向かってそう聞く
が、少し言いづらそうに俯いた
そりゃそうだよなぁ……
「なんだよ、打つ手なしか?」
「…んー、後は…屋敷の中にドロボウさんでも入って騒ぎ起こしてくれれば、騎士団の有事特権が使えるくらいかなぁ」
「ア……アリシア!!」
慌てて兄さんが止めに入ってくる
…無茶は承知だ
「なるほど、ようはボヤ騒ぎでも起こしゃいいんだな」
納得したようにユーリは言う
「ユーリ……しつこいようだけど」
「無茶するな、だろ?」
ユーリはそう言って扉の方へ歩き出す
「市中の見回りに出る。手配書で見た窃盗犯が、執政官邸を狙うとの情報を得た」
兄さんはウィチルさんとソディアさんにそう言った
二人は力強くそれに頷く
先に出たみんなの後を追いかけようとぼくも歩き出す
「…アリシア、ユーリにも言ったが君も」
「大丈夫、わかってるよ。兄さん」
「……ユーリが必要以上に無茶しないように、見守っててくれるかい?」
「もっちろん!その為について来たんだもん!」
ニッと笑ってそう返して、少し小走りで部屋を後にした
過保護でもあるけど…本当に、兄さんはユーリも大切なんだなぁ
「ユーリ、ぼくも行く!」
宿屋の前に居た彼にそう声をかける
「お前……フレンはいいって言ったのか?」
若干疑っているような声でユーリは聞き返してくる
「言われなかったらここに居ないよ……」
少し頬を膨らませると、ユーリは大きくため息をついた
「…アリシアが怪我したらオレ、フレンに怒られんだけど?」
「んー、ぼくが怪我するなんて、万が一にもないと思うけど……まぁ、その時は怒られて?」
ニコッと笑いながら言うとユーリは苦笑いしながら、頭を撫でてくる
そして、先頭を歩き出した
そのユーリのすぐ後ろについて歩き始める
…一応、フードはちゃんと被って、ね
「ほんとに大きな屋敷だよね……そんなに評議会のお役人って偉いの?」
屋敷の見える近くの壁際に隠れながら、カロルは言う
「評議会は皇帝を政治面で補佐する機関であり、貴族の有権者によって構成される、です」
「ようするに、皇帝の代理人ってわけ」
わからなさそうに首を傾げているカロルにリタがわかりやすい言葉で説明した
「で?どうやって入るわけ?」
「裏口はどうです?」
「残念、外壁に囲まれててあそこしか出入り口ないのよ」
後ろから聞いたことの無い声が聞こえて振り返ると、知らないおじさんが立っていた
慌ててユーリの背に隠れる
「えっと…どちら様です?」
「なーに、そっちのかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ、な?」
彼はそう言いながらユーリを見る
「……知り合い……?」
小声でボソッと問いかける
「いや、違うから、ほっとけ」
面倒くさそうにユーリは顔を背ける
…あ、これ知り合いだ
しかも、すっごい関わっちゃいけないタイプのだ
「おいおい、酷いじゃないの。お城の牢屋で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」
「あん?名乗った覚えはねえぞ?」
ユーリがそう言って振り返ると、彼の手の中には手配書が握られていた
「……変なとこで有名人だもんね」
ジト目で見上げると、彼は少し気まづそうに肩を竦めた
「で、おじさんの名前は?」
「ん?そうだな……とりあえず、レイヴンで」
「とりあえずって……どんだけふざけたやつなのよ」
疑い深い目でリタはレイヴンを見つめる
まぁ……うん、そうなるよね……
「んじゃレイヴンさん、達者で暮らせよ」
「つれないこと言わないの。屋敷に入りたいんでしょ?ま、おっさんに任せときなって」
彼はそう言って、入り口の方へ走り出す
「止めないとまずいんじゃない?」
ユーリを見ながらリタは提案する
「あんなんでも、牢屋では一応助けてくれたんだよな」
じーっと彼の行った方向をユーリは見つめる
……嫌な予感しかしない………
「……もうさ、門番ごと吹っ飛ばした方がいいんじゃないかな」
そう言って投げナイフを取り出す
「ばっ、お前のその技は威力強すぎだからやめとけっての」
そう言ってユーリはぼくの手を下ろさせる
が、そんなことしてる間に門番がこっちに向かって来た
「言わんこっちゃない……あたしは、誰かに利用されんのが一番腹立つのよ!!」
リタはそう言ってファイヤーボールを門番目掛けて放つ
「あーあ…結局こうなる…どうするの?」
呆れた口調でカロルは言う
「んなもん、決まってんだろ!」
ユーリはそう言うと、ぼくの手を引いて走り出す
「リタ!裏から回らないと、証拠隠されちゃう!」
正面から入ろうとした彼女を呼び止めながら、裏口に回る
二機の昇降機の前に、レイヴンが悠然と立っていた
「よう、また会ったね。無事でなによりだ、んじゃ」
レイヴンはそう言うと、片方の昇降機に乗って上に上がった
「待て、コラ!!!」
そう叫びながらリタはもう一つの昇降機に飛び乗る
ぼくらもそれに続くが……
「あれ、下?」
ぼくらの乗った昇降機は下に降りて行った……
「あーもう!ここからじゃ操作できないようになってる。あいつ……次に会ったらただじゃおかないんだから!!」
怒りながら、リタは昇降機から離れる
…それよりも…
「なんか……変な臭いがしません?」
「血と……後はなんだ?何かが腐った臭いだな」
周りを見回しながらユーリは呟く
……血の臭いは、嫌というくらいに覚えてる
「……執政官様って趣味悪いね」
奥から感じた何かの気配に思わず刀に手を伸ばした
すると、奥から魔物がぞろぞろ湧き出てくる
「魔物を飼う趣味でもあんのかね」
そう言いながら、ユーリも刀を抜く
「そうね。リブガロも飼っていたし」
魔物を睨みつけながらそんな会話をしていると、子どもの鳴き声が聞こえてきた
「あっちの方から聞こえてきますね」
エステリーゼはそう言って、魔物の後ろにある扉を見た
「んじゃ、さっさと倒して行きますかね」
魔物を倒しながら進んで行くと、少し広めの部屋に出た
「うわ……なにこれ……」
絶句、その言葉が正しいだろう
何かの骨と、肉片……
魔物のものにしては小さすぎる
……これは、恐らく……
「うぅ……ひっく………パパ……ママ……」
部屋の隅から鳴き声が聞こえ、その方向を見ると、男の子が蹲っているのが目に入った
その子に真っ先に駆け寄る
「もう大丈夫だよ。何があったか、話せるかな?」
男の子の目線に合うようにしゃがんで問いかける
すると、男の子はゆっくり立ち上がって話し始めた
「こわいおじさんにつれてこられて、パパとママがぜいきんをはらえないからだって」
怯えた声で、でもわかりやすく教えてくれた
「この子……あの夫婦の……?」
「ねぇ、もしかして…この人たちみんな、ここの間物に……?」
「なんて酷いこと……」
エステリーゼとカロルはこの惨状に驚きを隠せていなかった
「パパ……ママ………おうちかえりたいよ……」
「大丈夫……もう、大丈夫だよ。……お名前、なんて言うの?」
「ポリー………」
「ポリー、男だろめそめそすんな。すぐに父ちゃんと母ちゃんには会わせてやるから」
ぼくが話しかけていると、ユーリが隣にしゃがみ込んでポリーに声をかける
「うん……」
ユーリの言葉に励まされたのか、ポリーは手の甲で目元に溜まっていた涙を拭いとった
「……行こう」
ぼくの掛け声でみんな歩き出す
……ラゴウ、執政官………
今更だけど、なんか………聞いた事、あるかもしれない……
…用心だけ、しといた方がいいかな
更に奥に進むと、今までの部屋と違って檻で遮断された部屋にたどり着いた
「はて、これはどうしたことか、おいしい餌が増えていますね」
檻の奥からしがれた声が聞こえてくる
…ぼくは……『わたし』は、この声を知ってる
はっきり思い出せるわけじゃないけど、多分、知ってる人
ポリーと二人、みんなの後ろに隠れる
「あんたがラゴウさん?随分と胸糞悪い趣味をお持ちじゃねえか」
「趣味?あぁ、地下室のことですか。これは私のような高雅な者にしか理解できない楽しみなのですよ。評議会の小心な老人どもときたら退屈な駆け引きばかりで、私を楽しませてくれませんからね。その退屈を平民で紛らわすのは私のような選ばれた人間の特権というものでしょう?」
さも当たり前かのようにラゴウは笑う
……駄目だ、完全に頭にきた
「……自分が神様みたいな言い方して、馬鹿みたい」
「……なんですって?」
ボソッと言った言葉はよく響くここでは丸聞こえで、彼の耳に入ったようだった
「……何度でも言ってあげるよ。自分が神様みたいな言い方して、馬鹿みたいだって言ったの!好き勝手権力振り回してるだけのやつが、神様気取るな!!」
そう言いながらユーリの前に出る
「言わせておけば……!!」
「あんたみたいな器の小さい人間が、神様になんてなれるわけないでしょ!!……神様みたいな人っていうのは……ぼくらのおばさんみたいな人のこと言うんだよ!!」
刀を抜いて目の前の檻目掛けて技を飛ばす
相当脆かったようで、一瞬にして粉々になった
同時に衝撃でラゴウが後ろに飛ぶ
「き、貴様…!!なんてこと……を………」
ラゴウはそう言いながら、ぼくを見て目を見開いた
…これは、ミスったかな……
さっきの爆風でフードが軽く上に上がってしまったらしく、さっきよりも視界がすごくいい
…つまり、相手からも顔が見えるわけだ
「ま……まさか、そんなはずは………」
小さくそう呟いたのが聞こえてきた
「だ…誰か!!この者たちを捕らえなさい!!」
ラゴウはそう言うと逃げていく
「さっさと用事済まさねぇと、敵がうようよ出てくるな」
「そうね……でも、ちょっと気になる事あったんだけど」
そう言いながらリタはぼくを見た
「え?ぼく??」
「あいつ、さっきあんた見ながら『まさかそんなはずは』って言ってたじゃない。…どういう意味よ、あれ。あんた面識でもあるの?」
「……まさか、そんなわけないじゃん。ぼく平民だよ?執政官様なんかと面識あるわけないじゃん。…従姉妹とでも、間違えたんじゃないかな?ほら、前に言ったでしょ。ちょっと身分の高いおばさんがいたって。そのおばさんの子とぼく、そっくりだから」
そう言ってはぐらかす
…そういうことに、しないといけない
『アリシア』って人間が、本当は存在しないなんてこと、隠し通さないといけない
「ふーん……ま、そうゆうことにしといてあげるわ」
納得していなさそうにリタは言う
そして、そのリタを先頭に歩き始めた
「あれ、誰か居ます」
何部屋か進んで行くと、部屋の中央で天井から吊るされた少女がいるのが目に入った
「いー眺めじゃの〜」
左右に揺れながら、少女はのんきにそんなことを言う
「そこで何してんだよ?」
どうやらユーリは顔見知りのようで呆れ気味に声をかける
「見ての通り高みの見物なのじゃ」
「ふーん、オレはてっきり捕まってんのかと思ったよ」
「ぼくは捕まってるんだと思うけどなぁ」
苦笑いしながら、そう言って少女に近づく
「む、お前知ってるのじゃ!えーっと、確か名前は……ジャック」
ユーリを見ながら少女は言うが、全力で間違えてるし…
「…誰です?」
「オレはユーリだ。お前名前は?」
首を傾げたエステリーゼに肩を竦めながら、ユーリは少女に問いかける
「パティなのじゃ」
元気よく、少女パティはそう答えた
「パティか、さっき、屋敷にの前で会ったよな」
「おお!そうなのじゃ!うちの手の温もりが忘れられなくて、追いかけてきたのじゃな」
彼女に似せて作られたと思われる人形片手にユーリが問いかけると、嬉しそうに左右に揺れた
「……ユーリ、もしかして……」
ジト目でユーリを見つめる
…なんか、胸の奥が痛い
「あのな…こいつの言うこと本気にすんなよな?大体、ここに来たのは偶然だろ」
「…あ、それもそっか」
ぼくがそう言うと、ユーリは呆れ気味にため息をついた
「ね、こんな所で何してたの?」
パティを下ろすと、すぐにカロルが問掛ける
「お宝を探してたのじゃ」
「宝?こんな所に?」
「あの道楽腹黒ジジイの事だし、そうゆうのがめてても不思議じゃないけど……」
『お宝』という言葉にリタとカロルは訝しげに顔をゆがめた
「パティって何してる人なの?」
「冒険家なのじゃ」
ぼくが問いかけると、どこか誇らしげにパティは答える
「と、とにかく、女の子一人でこんな所をウロウロするのは危ないです」
「そうだね。ボクたちと一緒に行こう」
エステリーゼとカロルがそう提案するが、本人は首を横に振った
「うちはまだ宝も何も見つけていないのじゃ」
「人の事言えた義理じゃねえが、お前やってることドロボウと変わらねぇぞ?」
「冒険家というのは、常に探究心を持ち、未知に分け入る精神を持つ者のことなのじゃ。だから、ドロボウに見えても、これはドロボウではないのじゃ」
ぼくらに背を向けながらパティは言葉を繋ぐ
…かっこいいこと言ってるけど、それ本人の基準なだけで、帝国の法には通用しないと思う……
「ふーん……なんでもいいけど
ま、まだ宝探しするってんなら、止めないけどな」
ユーリはそう言いながら明後日の方を向く
「どうする?」
カロルがユーリにそう問いかけると、パティは何か思いついたかのように振り返ってきた
「多分、このお屋敷にはもうお宝はないのじゃ」
首を縦に振りながらパティはそう言った
「一緒に来るってさ」
素直に来ると言うのが嫌だったのだろうと解釈したのか、リタがそう言う
「それじゃあ、行こっか」
「侵入者ぁぁあぁぁ!!!」
「うるさっ!!てか、危なっ!!」
そう言いながら唐突に襲いかかってきた傭兵に魔神剣をお見舞いする
見事にクリーンヒットしてくれたらしく、そのまま壁まですっ飛んで行って動かなくなった
「あっぶなぁ……いきなり襲ってくるのはズルい!!」
既に伸び切っている傭兵に向かって悪態付く
「こんな危険な連中のいる屋敷をよく一人でウロウロしてたな」
「危険を冒してでも、手に入れる価値のあるお宝なのじゃ」
カロルがワクワクしながらどんなものか尋ねると、彼女はアイフリードの隠した宝だと言う
アイフリードって……確か、ブラックホープ号の……
カロルとエステリーゼが驚いた声をあげると、ユーリが首を傾げた
二人は交互に、知っていることを彼に話す
二人の言い方だと、どうもアイフリードは悪党にしか聞こえないのだが、パティの何処か寂しそうな後ろ姿を見てそうも思えなくなった
パティの異変に気づいたエステリーゼが声をかけるが、返ってきた言葉は不機嫌と寂しさを帯びていた
リタに宝を集めてどうするのかを聞かれると、冒険家として名を上げるためだと言う
…それが理由じゃないことはすぐにわかった
…だって、『わたし』だって嘘を纏って生きているんだもの
他人の嘘はすぐに分かる
「危ない目にあってもか?」
「それが冒険家という生き方なのじゃ」
ユーリに問いかけられ、パティは振り返りながら誇らしげに笑う
「ふっ……面白いじゃねぇか」
どこか興味ありげにユーリは呟く
「ユーリには向いてないよ。すぐ飽きるんだもん」
ユーリを見上げながら言うと軽く頭を小突かれた
「面白いかの?…どうじゃ、うちと一緒にやらんか?」
「性には合いそうだか遠慮しとくわ。オレ、こいつの面倒見ないといけないんでね」
ぼくの頭の上に手を乗せて、ニヤリと笑いながら彼はぼくを見下ろす
「なっ!!面倒見られてるのはユーリの方でしょ?!ぼくいないと、すぐに無茶して捕まるんだから!」
ムッと頬を膨らませると、何が面白いのかくくっと喉を鳴らした
「ユーリは冷たいのじゃ。サメの肌より冷たいのじゃ
…でも、そこが素敵なのじゃ」
「素敵か……?」
「もしかしてパティってユーリのこと………」
「一目惚れなのじゃ」
そう言ってユーリに向かってウィンクをした
ギュッと何故か胸がまた痛くなる
…なんか、変なものでも食べたかな……
「でも、空いてなさそうじゃのう」
むむっ、と唸りながらパティは顎に手を当てた
「なんでもいいから、さっさと行きましょ」
そんな彼女を尻目に、リタは次の部屋の扉を開けた
その先には、探していたと思われる魔導器 があった
彼女は一目散に魔導器 の元に駆け寄る
「何よこれ……!色んな術式が組み合わさってる……。確かにこれなら天候も操れるでしょうけど……こんな無茶な使い方して…!!!あたしよりも技術が進んでるくせに、魔導器 に愛情の欠片もない!!」
怒りを顕にしながら、リタは魔導器 の解析を続ける
「証拠、見つかったね」
そう言ってぼくは詠唱を始めた
「ちょっと待って!まだ解析が…!」
「後でフレンにまわしてもらってくれ!今は有事が先だ!」
ユーリも壊せそうなものを壊し始める
それに続いてぼくもあちこちにファイヤーボールを放った
カロルとエステリーゼも同じように壊しても良さそうな物を壊し始めると、怒ったリタがぼくよりも強力なファイヤーボールを放ち始める
「ひ、人の家でなんという暴挙ですか!!」
あからさまに怒りを全面に出しながらラゴウが部屋にやって来た
「やば……」
小さく呟いてフードを深く被り直す
「ユーリ、ごめん、ぼく先外出てるから」
ユーリの横を通り抜ける途中で声をかけて、彼の静止も聞かずに外に飛び出した
ラゴウのあの目……あれは完全に『わたし』だって言いたげな目だった……
……捕まっちゃ、だめ……
「………ラゴウ、捕まえられるかな………」
先程乗った昇降機の近くまで逃げてきてから、ポツリと呟いた
…なんか、逃げられちゃうような気がする……
そんなこと考えていると、先程出てきた裏口の方が騒がしくなった
ラゴウと………ユーリと………あとリタの声も聞こえた気がする……
……ラゴウには、会いたくないんだよなぁ……
「待て、ユーリ…!!!全く……ソディア!!急いで船の用意を!!」
慌てた兄さんの声と一緒に聞きなれた金属音も辺りに響いた
思わず体が硬直する
「あ……アリシア殿、何故こちらに?」
目の前を通ろうとしたソディアさんが、驚いた顔でぼくを見た
「え……あー…………なんて言うか……」
どう答えようか迷っていると、後ろからもう一つ金属音が聞こえてきた
「ソディア、この子のことは私に任せてくれ。…ウィチル、君もソディアについていってくれ」
聞こえてきたのは紛れもなく兄さんの声だ
二人は軽く敬礼すると、走り去って行った
「………全く、ユーリの傍に姿がないと思えば……どうしたんだい?」
そっと肩に手を乗せながら兄さんは聞いてくる
「……………やっちゃった…………かも………」
「え?」
「………ラゴウ、執政官…………知ってる人かもしれない…………さっきフード外れかけた時に、驚いた顔して見られたから………」
ぎゅっと両手を握り締めて俯く
折角兄さんたちが今まで頑張って来てくれたことを、水の泡にしたかもしれないんだ
「…なるほどね。それで一人で出てきたんだね」
兄さんは怒ろうとはしないで、ぼくの頭を撫でてくる
「……怖かっただろう?よく頑張ったね」
その言葉に驚いて顔を上げると、優しく笑った兄さんの顔が見えた
…まさかそんなふうに言って貰えるなんて、思わなかった……
「さ、船着き場に行こう。ユーリたちを追いかけないと」
兄さんの言葉にぼくはゆっくりと頷いた
「あ、居た!」
船に揺られてしばらくして、沈みかけた船とその傍にユーリたちの姿が見えた
「どうやら無事のようだな!」
兄さんはユーリに向かってそう叫ぶ
すると、ユーリに抱きかかえられた人を見て驚いた顔をした
…それはぼくも同じ
「ヨーデル様……!!今引き上げます!!」
兄さんはそう言って急いで引き上げる準備を始める
「アリシア殿、そこは危ないですからもう少し中に」
「あ…はい」
ソディアさんに促されて船の淵から離れる
最初に上がって来たのはユーリとヨーデルだった
兄さんがヨーデルを受け取ると、直ぐに船室に連れて行った
その間にソディアさんとユーリでエステリーゼたちを引き上げた
「ふぅ……ったく、散々だな」
濡れた髪を絞りながらユーリはため息をついた
「おつかれ、ユーリ」
そう言いながらぼくはタオルを手渡した
「お前も、勝手に居なくなんなよ。マジで焦ったろ?」
「…ごめん」
心配そうに言ってきたユーリに苦笑いしながら謝った
「フレンは……船室か」
「うん、そうだよ」
「んじゃ、色々聞くのは後だな」
受け取ったタオルで髪を拭きながらユーリは呟いた
……ヨーデル…………大丈夫、かな…………
「んー……そう言われるとどうにも出来ないよね…」
腕を組んで少し唸りながら答える
兄さんがソディアさんとウィチルさんを連れて来てから、見回りの結果を聞いた
調査執行書を取り寄せて行ったものの、あっさり拒絶されたらしい
「…というか、拒絶するってことは絶対あるよね」
「その可能性は十分高いね」
「……もう、正面突破しちゃった方が早そー」
ポツリとそう呟く
「だから、それは危険だと言ってるだろう?」
軽くため息をつきながら兄さんに止められる
でも、どうにかしないと先進めないし……
「相変わらず辛気臭い顔してるな」
ガチャっと扉が開いて、聞きなれた声が聞こえてくる
扉の方を向くと、ユーリの姿が見えた
「あ、ユーリ!」
手を振ると、ものすごく呆れた顔でぼくを見た
「たく、終わったら来いって言ったろ?」
「えー、だって終わったのついさっきだもん」
むっとしながら返すと、そーかよ…と言いながら項垂れてしまった
「色々考えることが多いんだ。君と違って」
「ふーん……」
「また無茶をして賞金額を上げてきたんじゃないだろうね」
ユーリと兄さんは、お互いにバチバチ火花が出てるんじゃないかって思うような目線で見つめ合う
どっちも好戦的すぎる
「執政官のとこに行かなかったのか」
押し問答になると判断したのか、ユーリが話題を逸らした
「行った。
若干不機嫌そうに兄さんは答える
「それで中に入って調べたんだな」
「いや……執政官にはあっさり拒否された」
「なんで!?」
カロルは驚いた声でそう叫んだ
「
「私たちにその権限がないから、馬鹿にしているんだ!」
怒りを滲ませながらウィチルさんとソディアさんは答える
「でも、そりゃそいつの言う通りじゃねえの?」
「なんだと?!」
そう叫んで彼女はユーリに掴みかかろうとするが、ぼくを一瞬見てそれをグッと堪えた
「ユーリ…どっちの味方なのさ!」
呆れた声でカロルはユーリを見る
「敵味方の問題じゃねぇ。自信があんなら乗り込めよ」
「堂々乗り込んだりしたら、
兄さんたちの変わりにぼくがそう返す
…手を出すのを堪えたソディアさんの頑張りは認めてあげないと、ね
「多分罠。執政官様は騎士団の失態を演出して評議会の権力強化をしたいんだって。だから、兄さんたちが下手に踏み込んだりしたら思うつぼだよ」
「ラゴウも評議会の人間なんです?」
「らしいよ」
エステリーゼの問いかけに短く答えた
「ふーん……ただの執政官様じゃねぇってことか。で、次の手考えてあんのか?」
ユーリは兄さんに向かってそう聞く
が、少し言いづらそうに俯いた
そりゃそうだよなぁ……
「なんだよ、打つ手なしか?」
「…んー、後は…屋敷の中にドロボウさんでも入って騒ぎ起こしてくれれば、騎士団の有事特権が使えるくらいかなぁ」
「ア……アリシア!!」
慌てて兄さんが止めに入ってくる
…無茶は承知だ
「なるほど、ようはボヤ騒ぎでも起こしゃいいんだな」
納得したようにユーリは言う
「ユーリ……しつこいようだけど」
「無茶するな、だろ?」
ユーリはそう言って扉の方へ歩き出す
「市中の見回りに出る。手配書で見た窃盗犯が、執政官邸を狙うとの情報を得た」
兄さんはウィチルさんとソディアさんにそう言った
二人は力強くそれに頷く
先に出たみんなの後を追いかけようとぼくも歩き出す
「…アリシア、ユーリにも言ったが君も」
「大丈夫、わかってるよ。兄さん」
「……ユーリが必要以上に無茶しないように、見守っててくれるかい?」
「もっちろん!その為について来たんだもん!」
ニッと笑ってそう返して、少し小走りで部屋を後にした
過保護でもあるけど…本当に、兄さんはユーリも大切なんだなぁ
「ユーリ、ぼくも行く!」
宿屋の前に居た彼にそう声をかける
「お前……フレンはいいって言ったのか?」
若干疑っているような声でユーリは聞き返してくる
「言われなかったらここに居ないよ……」
少し頬を膨らませると、ユーリは大きくため息をついた
「…アリシアが怪我したらオレ、フレンに怒られんだけど?」
「んー、ぼくが怪我するなんて、万が一にもないと思うけど……まぁ、その時は怒られて?」
ニコッと笑いながら言うとユーリは苦笑いしながら、頭を撫でてくる
そして、先頭を歩き出した
そのユーリのすぐ後ろについて歩き始める
…一応、フードはちゃんと被って、ね
「ほんとに大きな屋敷だよね……そんなに評議会のお役人って偉いの?」
屋敷の見える近くの壁際に隠れながら、カロルは言う
「評議会は皇帝を政治面で補佐する機関であり、貴族の有権者によって構成される、です」
「ようするに、皇帝の代理人ってわけ」
わからなさそうに首を傾げているカロルにリタがわかりやすい言葉で説明した
「で?どうやって入るわけ?」
「裏口はどうです?」
「残念、外壁に囲まれててあそこしか出入り口ないのよ」
後ろから聞いたことの無い声が聞こえて振り返ると、知らないおじさんが立っていた
慌ててユーリの背に隠れる
「えっと…どちら様です?」
「なーに、そっちのかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ、な?」
彼はそう言いながらユーリを見る
「……知り合い……?」
小声でボソッと問いかける
「いや、違うから、ほっとけ」
面倒くさそうにユーリは顔を背ける
…あ、これ知り合いだ
しかも、すっごい関わっちゃいけないタイプのだ
「おいおい、酷いじゃないの。お城の牢屋で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」
「あん?名乗った覚えはねえぞ?」
ユーリがそう言って振り返ると、彼の手の中には手配書が握られていた
「……変なとこで有名人だもんね」
ジト目で見上げると、彼は少し気まづそうに肩を竦めた
「で、おじさんの名前は?」
「ん?そうだな……とりあえず、レイヴンで」
「とりあえずって……どんだけふざけたやつなのよ」
疑い深い目でリタはレイヴンを見つめる
まぁ……うん、そうなるよね……
「んじゃレイヴンさん、達者で暮らせよ」
「つれないこと言わないの。屋敷に入りたいんでしょ?ま、おっさんに任せときなって」
彼はそう言って、入り口の方へ走り出す
「止めないとまずいんじゃない?」
ユーリを見ながらリタは提案する
「あんなんでも、牢屋では一応助けてくれたんだよな」
じーっと彼の行った方向をユーリは見つめる
……嫌な予感しかしない………
「……もうさ、門番ごと吹っ飛ばした方がいいんじゃないかな」
そう言って投げナイフを取り出す
「ばっ、お前のその技は威力強すぎだからやめとけっての」
そう言ってユーリはぼくの手を下ろさせる
が、そんなことしてる間に門番がこっちに向かって来た
「言わんこっちゃない……あたしは、誰かに利用されんのが一番腹立つのよ!!」
リタはそう言ってファイヤーボールを門番目掛けて放つ
「あーあ…結局こうなる…どうするの?」
呆れた口調でカロルは言う
「んなもん、決まってんだろ!」
ユーリはそう言うと、ぼくの手を引いて走り出す
「リタ!裏から回らないと、証拠隠されちゃう!」
正面から入ろうとした彼女を呼び止めながら、裏口に回る
二機の昇降機の前に、レイヴンが悠然と立っていた
「よう、また会ったね。無事でなによりだ、んじゃ」
レイヴンはそう言うと、片方の昇降機に乗って上に上がった
「待て、コラ!!!」
そう叫びながらリタはもう一つの昇降機に飛び乗る
ぼくらもそれに続くが……
「あれ、下?」
ぼくらの乗った昇降機は下に降りて行った……
「あーもう!ここからじゃ操作できないようになってる。あいつ……次に会ったらただじゃおかないんだから!!」
怒りながら、リタは昇降機から離れる
…それよりも…
「なんか……変な臭いがしません?」
「血と……後はなんだ?何かが腐った臭いだな」
周りを見回しながらユーリは呟く
……血の臭いは、嫌というくらいに覚えてる
「……執政官様って趣味悪いね」
奥から感じた何かの気配に思わず刀に手を伸ばした
すると、奥から魔物がぞろぞろ湧き出てくる
「魔物を飼う趣味でもあんのかね」
そう言いながら、ユーリも刀を抜く
「そうね。リブガロも飼っていたし」
魔物を睨みつけながらそんな会話をしていると、子どもの鳴き声が聞こえてきた
「あっちの方から聞こえてきますね」
エステリーゼはそう言って、魔物の後ろにある扉を見た
「んじゃ、さっさと倒して行きますかね」
魔物を倒しながら進んで行くと、少し広めの部屋に出た
「うわ……なにこれ……」
絶句、その言葉が正しいだろう
何かの骨と、肉片……
魔物のものにしては小さすぎる
……これは、恐らく……
「うぅ……ひっく………パパ……ママ……」
部屋の隅から鳴き声が聞こえ、その方向を見ると、男の子が蹲っているのが目に入った
その子に真っ先に駆け寄る
「もう大丈夫だよ。何があったか、話せるかな?」
男の子の目線に合うようにしゃがんで問いかける
すると、男の子はゆっくり立ち上がって話し始めた
「こわいおじさんにつれてこられて、パパとママがぜいきんをはらえないからだって」
怯えた声で、でもわかりやすく教えてくれた
「この子……あの夫婦の……?」
「ねぇ、もしかして…この人たちみんな、ここの間物に……?」
「なんて酷いこと……」
エステリーゼとカロルはこの惨状に驚きを隠せていなかった
「パパ……ママ………おうちかえりたいよ……」
「大丈夫……もう、大丈夫だよ。……お名前、なんて言うの?」
「ポリー………」
「ポリー、男だろめそめそすんな。すぐに父ちゃんと母ちゃんには会わせてやるから」
ぼくが話しかけていると、ユーリが隣にしゃがみ込んでポリーに声をかける
「うん……」
ユーリの言葉に励まされたのか、ポリーは手の甲で目元に溜まっていた涙を拭いとった
「……行こう」
ぼくの掛け声でみんな歩き出す
……ラゴウ、執政官………
今更だけど、なんか………聞いた事、あるかもしれない……
…用心だけ、しといた方がいいかな
更に奥に進むと、今までの部屋と違って檻で遮断された部屋にたどり着いた
「はて、これはどうしたことか、おいしい餌が増えていますね」
檻の奥からしがれた声が聞こえてくる
…ぼくは……『わたし』は、この声を知ってる
はっきり思い出せるわけじゃないけど、多分、知ってる人
ポリーと二人、みんなの後ろに隠れる
「あんたがラゴウさん?随分と胸糞悪い趣味をお持ちじゃねえか」
「趣味?あぁ、地下室のことですか。これは私のような高雅な者にしか理解できない楽しみなのですよ。評議会の小心な老人どもときたら退屈な駆け引きばかりで、私を楽しませてくれませんからね。その退屈を平民で紛らわすのは私のような選ばれた人間の特権というものでしょう?」
さも当たり前かのようにラゴウは笑う
……駄目だ、完全に頭にきた
「……自分が神様みたいな言い方して、馬鹿みたい」
「……なんですって?」
ボソッと言った言葉はよく響くここでは丸聞こえで、彼の耳に入ったようだった
「……何度でも言ってあげるよ。自分が神様みたいな言い方して、馬鹿みたいだって言ったの!好き勝手権力振り回してるだけのやつが、神様気取るな!!」
そう言いながらユーリの前に出る
「言わせておけば……!!」
「あんたみたいな器の小さい人間が、神様になんてなれるわけないでしょ!!……神様みたいな人っていうのは……ぼくらのおばさんみたいな人のこと言うんだよ!!」
刀を抜いて目の前の檻目掛けて技を飛ばす
相当脆かったようで、一瞬にして粉々になった
同時に衝撃でラゴウが後ろに飛ぶ
「き、貴様…!!なんてこと……を………」
ラゴウはそう言いながら、ぼくを見て目を見開いた
…これは、ミスったかな……
さっきの爆風でフードが軽く上に上がってしまったらしく、さっきよりも視界がすごくいい
…つまり、相手からも顔が見えるわけだ
「ま……まさか、そんなはずは………」
小さくそう呟いたのが聞こえてきた
「だ…誰か!!この者たちを捕らえなさい!!」
ラゴウはそう言うと逃げていく
「さっさと用事済まさねぇと、敵がうようよ出てくるな」
「そうね……でも、ちょっと気になる事あったんだけど」
そう言いながらリタはぼくを見た
「え?ぼく??」
「あいつ、さっきあんた見ながら『まさかそんなはずは』って言ってたじゃない。…どういう意味よ、あれ。あんた面識でもあるの?」
「……まさか、そんなわけないじゃん。ぼく平民だよ?執政官様なんかと面識あるわけないじゃん。…従姉妹とでも、間違えたんじゃないかな?ほら、前に言ったでしょ。ちょっと身分の高いおばさんがいたって。そのおばさんの子とぼく、そっくりだから」
そう言ってはぐらかす
…そういうことに、しないといけない
『アリシア』って人間が、本当は存在しないなんてこと、隠し通さないといけない
「ふーん……ま、そうゆうことにしといてあげるわ」
納得していなさそうにリタは言う
そして、そのリタを先頭に歩き始めた
「あれ、誰か居ます」
何部屋か進んで行くと、部屋の中央で天井から吊るされた少女がいるのが目に入った
「いー眺めじゃの〜」
左右に揺れながら、少女はのんきにそんなことを言う
「そこで何してんだよ?」
どうやらユーリは顔見知りのようで呆れ気味に声をかける
「見ての通り高みの見物なのじゃ」
「ふーん、オレはてっきり捕まってんのかと思ったよ」
「ぼくは捕まってるんだと思うけどなぁ」
苦笑いしながら、そう言って少女に近づく
「む、お前知ってるのじゃ!えーっと、確か名前は……ジャック」
ユーリを見ながら少女は言うが、全力で間違えてるし…
「…誰です?」
「オレはユーリだ。お前名前は?」
首を傾げたエステリーゼに肩を竦めながら、ユーリは少女に問いかける
「パティなのじゃ」
元気よく、少女パティはそう答えた
「パティか、さっき、屋敷にの前で会ったよな」
「おお!そうなのじゃ!うちの手の温もりが忘れられなくて、追いかけてきたのじゃな」
彼女に似せて作られたと思われる人形片手にユーリが問いかけると、嬉しそうに左右に揺れた
「……ユーリ、もしかして……」
ジト目でユーリを見つめる
…なんか、胸の奥が痛い
「あのな…こいつの言うこと本気にすんなよな?大体、ここに来たのは偶然だろ」
「…あ、それもそっか」
ぼくがそう言うと、ユーリは呆れ気味にため息をついた
「ね、こんな所で何してたの?」
パティを下ろすと、すぐにカロルが問掛ける
「お宝を探してたのじゃ」
「宝?こんな所に?」
「あの道楽腹黒ジジイの事だし、そうゆうのがめてても不思議じゃないけど……」
『お宝』という言葉にリタとカロルは訝しげに顔をゆがめた
「パティって何してる人なの?」
「冒険家なのじゃ」
ぼくが問いかけると、どこか誇らしげにパティは答える
「と、とにかく、女の子一人でこんな所をウロウロするのは危ないです」
「そうだね。ボクたちと一緒に行こう」
エステリーゼとカロルがそう提案するが、本人は首を横に振った
「うちはまだ宝も何も見つけていないのじゃ」
「人の事言えた義理じゃねえが、お前やってることドロボウと変わらねぇぞ?」
「冒険家というのは、常に探究心を持ち、未知に分け入る精神を持つ者のことなのじゃ。だから、ドロボウに見えても、これはドロボウではないのじゃ」
ぼくらに背を向けながらパティは言葉を繋ぐ
…かっこいいこと言ってるけど、それ本人の基準なだけで、帝国の法には通用しないと思う……
「ふーん……なんでもいいけど
ま、まだ宝探しするってんなら、止めないけどな」
ユーリはそう言いながら明後日の方を向く
「どうする?」
カロルがユーリにそう問いかけると、パティは何か思いついたかのように振り返ってきた
「多分、このお屋敷にはもうお宝はないのじゃ」
首を縦に振りながらパティはそう言った
「一緒に来るってさ」
素直に来ると言うのが嫌だったのだろうと解釈したのか、リタがそう言う
「それじゃあ、行こっか」
「侵入者ぁぁあぁぁ!!!」
「うるさっ!!てか、危なっ!!」
そう言いながら唐突に襲いかかってきた傭兵に魔神剣をお見舞いする
見事にクリーンヒットしてくれたらしく、そのまま壁まですっ飛んで行って動かなくなった
「あっぶなぁ……いきなり襲ってくるのはズルい!!」
既に伸び切っている傭兵に向かって悪態付く
「こんな危険な連中のいる屋敷をよく一人でウロウロしてたな」
「危険を冒してでも、手に入れる価値のあるお宝なのじゃ」
カロルがワクワクしながらどんなものか尋ねると、彼女はアイフリードの隠した宝だと言う
アイフリードって……確か、ブラックホープ号の……
カロルとエステリーゼが驚いた声をあげると、ユーリが首を傾げた
二人は交互に、知っていることを彼に話す
二人の言い方だと、どうもアイフリードは悪党にしか聞こえないのだが、パティの何処か寂しそうな後ろ姿を見てそうも思えなくなった
パティの異変に気づいたエステリーゼが声をかけるが、返ってきた言葉は不機嫌と寂しさを帯びていた
リタに宝を集めてどうするのかを聞かれると、冒険家として名を上げるためだと言う
…それが理由じゃないことはすぐにわかった
…だって、『わたし』だって嘘を纏って生きているんだもの
他人の嘘はすぐに分かる
「危ない目にあってもか?」
「それが冒険家という生き方なのじゃ」
ユーリに問いかけられ、パティは振り返りながら誇らしげに笑う
「ふっ……面白いじゃねぇか」
どこか興味ありげにユーリは呟く
「ユーリには向いてないよ。すぐ飽きるんだもん」
ユーリを見上げながら言うと軽く頭を小突かれた
「面白いかの?…どうじゃ、うちと一緒にやらんか?」
「性には合いそうだか遠慮しとくわ。オレ、こいつの面倒見ないといけないんでね」
ぼくの頭の上に手を乗せて、ニヤリと笑いながら彼はぼくを見下ろす
「なっ!!面倒見られてるのはユーリの方でしょ?!ぼくいないと、すぐに無茶して捕まるんだから!」
ムッと頬を膨らませると、何が面白いのかくくっと喉を鳴らした
「ユーリは冷たいのじゃ。サメの肌より冷たいのじゃ
…でも、そこが素敵なのじゃ」
「素敵か……?」
「もしかしてパティってユーリのこと………」
「一目惚れなのじゃ」
そう言ってユーリに向かってウィンクをした
ギュッと何故か胸がまた痛くなる
…なんか、変なものでも食べたかな……
「でも、空いてなさそうじゃのう」
むむっ、と唸りながらパティは顎に手を当てた
「なんでもいいから、さっさと行きましょ」
そんな彼女を尻目に、リタは次の部屋の扉を開けた
その先には、探していたと思われる
彼女は一目散に
「何よこれ……!色んな術式が組み合わさってる……。確かにこれなら天候も操れるでしょうけど……こんな無茶な使い方して…!!!あたしよりも技術が進んでるくせに、
怒りを顕にしながら、リタは
「証拠、見つかったね」
そう言ってぼくは詠唱を始めた
「ちょっと待って!まだ解析が…!」
「後でフレンにまわしてもらってくれ!今は有事が先だ!」
ユーリも壊せそうなものを壊し始める
それに続いてぼくもあちこちにファイヤーボールを放った
カロルとエステリーゼも同じように壊しても良さそうな物を壊し始めると、怒ったリタがぼくよりも強力なファイヤーボールを放ち始める
「ひ、人の家でなんという暴挙ですか!!」
あからさまに怒りを全面に出しながらラゴウが部屋にやって来た
「やば……」
小さく呟いてフードを深く被り直す
「ユーリ、ごめん、ぼく先外出てるから」
ユーリの横を通り抜ける途中で声をかけて、彼の静止も聞かずに外に飛び出した
ラゴウのあの目……あれは完全に『わたし』だって言いたげな目だった……
……捕まっちゃ、だめ……
「………ラゴウ、捕まえられるかな………」
先程乗った昇降機の近くまで逃げてきてから、ポツリと呟いた
…なんか、逃げられちゃうような気がする……
そんなこと考えていると、先程出てきた裏口の方が騒がしくなった
ラゴウと………ユーリと………あとリタの声も聞こえた気がする……
……ラゴウには、会いたくないんだよなぁ……
「待て、ユーリ…!!!全く……ソディア!!急いで船の用意を!!」
慌てた兄さんの声と一緒に聞きなれた金属音も辺りに響いた
思わず体が硬直する
「あ……アリシア殿、何故こちらに?」
目の前を通ろうとしたソディアさんが、驚いた顔でぼくを見た
「え……あー…………なんて言うか……」
どう答えようか迷っていると、後ろからもう一つ金属音が聞こえてきた
「ソディア、この子のことは私に任せてくれ。…ウィチル、君もソディアについていってくれ」
聞こえてきたのは紛れもなく兄さんの声だ
二人は軽く敬礼すると、走り去って行った
「………全く、ユーリの傍に姿がないと思えば……どうしたんだい?」
そっと肩に手を乗せながら兄さんは聞いてくる
「……………やっちゃった…………かも………」
「え?」
「………ラゴウ、執政官…………知ってる人かもしれない…………さっきフード外れかけた時に、驚いた顔して見られたから………」
ぎゅっと両手を握り締めて俯く
折角兄さんたちが今まで頑張って来てくれたことを、水の泡にしたかもしれないんだ
「…なるほどね。それで一人で出てきたんだね」
兄さんは怒ろうとはしないで、ぼくの頭を撫でてくる
「……怖かっただろう?よく頑張ったね」
その言葉に驚いて顔を上げると、優しく笑った兄さんの顔が見えた
…まさかそんなふうに言って貰えるなんて、思わなかった……
「さ、船着き場に行こう。ユーリたちを追いかけないと」
兄さんの言葉にぼくはゆっくりと頷いた
「あ、居た!」
船に揺られてしばらくして、沈みかけた船とその傍にユーリたちの姿が見えた
「どうやら無事のようだな!」
兄さんはユーリに向かってそう叫ぶ
すると、ユーリに抱きかかえられた人を見て驚いた顔をした
…それはぼくも同じ
「ヨーデル様……!!今引き上げます!!」
兄さんはそう言って急いで引き上げる準備を始める
「アリシア殿、そこは危ないですからもう少し中に」
「あ…はい」
ソディアさんに促されて船の淵から離れる
最初に上がって来たのはユーリとヨーデルだった
兄さんがヨーデルを受け取ると、直ぐに船室に連れて行った
その間にソディアさんとユーリでエステリーゼたちを引き上げた
「ふぅ……ったく、散々だな」
濡れた髪を絞りながらユーリはため息をついた
「おつかれ、ユーリ」
そう言いながらぼくはタオルを手渡した
「お前も、勝手に居なくなんなよ。マジで焦ったろ?」
「…ごめん」
心配そうに言ってきたユーリに苦笑いしながら謝った
「フレンは……船室か」
「うん、そうだよ」
「んじゃ、色々聞くのは後だな」
受け取ったタオルで髪を拭きながらユーリは呟いた
……ヨーデル…………大丈夫、かな…………