第二章 水道魔導器
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*カプア・ノールの執政官~噂~
「なんか、急に天気悪くなったな」
ノール港について早々、ユーリは呟いた
「びしょびしょになる前に宿を探そうよ」
カロルの言葉に頷いて宿屋を探しに歩き始める
が、エステリーゼはその場に立ち止まって街を見つめていた
「エステル、どうした?」
そんな彼女にユーリが声をかける
「あ、その、港町というのはもっと活気のある場所だと思っていました……」
「確かに、想像してたのと全然違うな……」
エステリーゼ同様、街を見つめてユーリは頷いた
「でも、あんたが探してる魔核 ドロボウが居そうな感じよ」
「え?ドロボウが向かったのはトリム港の方でしょ?」
ぼくがそう言って首を傾げると、リタはどっちも似たようなものだと言う
それにカロルが不服そうに声を上げた
「そんなことないよ。ノール港が厄介なだけだよ」
「どういうことです?」
「ノール港はさあ、帝国の圧力が……」
「金の用意が出来ない時は、お前らのガキがどうなるかよくわかっているよな?」
カロルが説明してくれようとしたのとほぼ同時に、誰かの話し声が聞こえてきた
声の方向に顔を向けると、役人らしき人影と、傭兵らしき人影の前に、二人の男女が膝まづいているのが目に入った
どうやらこの悪天候のせいで税金が払えていないらしく、子どもを連れて行かれてしまったようだ
下町でも、よく徴収に来る騎士は居たけど……
こんな横暴、見たことない
役人の方は、それならリブガロという魔物を捕まえて来いと言い出す
それの角を売れば、一生分の税金を払えると言って、その場を去って行った
「カロル、今のがノール港の厄介の種か?」
「うん。このカプア・ノールは帝国の威光がものすごく強いんだ。特に最近来た執政官は帝国でも結構な地位らしくてやりたい放題だって聞いたよ」
「その部下の役人が横暴な真似しても、誰も文句が言えないってことね」
あからさまに機嫌が悪そうにリタは呟く
ここに来て、下町の方がまだよかったんだってことを痛感する
…だって、少なくとも下町はあんなことされなかった
ユーリは無言で先程の夫婦の近くの壁に寄りかかる
男の方が立ち上がって、街の入り口の方へと体を向けた
ティグル、と名前を呼びながら女も立ち上がる
どうやらリブガロを狩りに行くつもりらしい
ティグルさんは、ケラス、と呼んだ女の静止も聞かずに走り出した
が、ユーリがわざと足をかけて転ばせて行く手を拒んだ
……止めるにしても、横暴でしょ……
「痛っ……あんた、何すんだ!」
「あ、悪ぃ、引っかかっちまった」
全く悪びれる素振りもなくユーリは顔を背ける
「ユーリ、いくらなんでもそれは可哀想だって……えっと、ごめんなさい」
「今、治しますね」
ティグルさんにぼくとエステリーゼは近寄って謝り、彼女が治癒術をかける
「あ、あの……私達払える治療費が………」
おどおどとしながらケラスさんはそう言った
「それよりも前に、言うことあんじゃねぇの?」
「え……?」
「ったく、金と一緒に常識まで搾り取られてんのか?」
ユーリがそう諭すと、ケラスさんはゆっくり立ち上がって、お礼を言う
その後にティグルさんがゆっくりと立ち上がると、エステリーゼは嬉しそうに目を細めた
「あれ?ユーリは??」
カロルの声に先程までユーリがいた所を見つめるが、そこに彼の姿はない
「ええ……どこ行ったのさ……」
大きくため息をつきながら、ユーリを探そうと足を動かした時、見慣れた金色の髪が一本の路地に入って行くのが目に入った
……まさか、ね………?
見間違い、で、出来ればあって欲しい
いやだって、まだ会う為の心の準備とか出来てないし…
微かに聞こえてくる二つの金属音に、そこに二人が居るのは明白だった
恐る恐るその路地に近づくと……
「ならもっと喜べよ。剣なんか振り回さないで」
苦笑いしながら、ガードしているユーリと、あからさまに不機嫌な兄さんの姿が目に入った
「これを見て、素直に喜ぶ気が失せた」
近くの壁を剣で刺しながら兄さんは言う
兄さんが剣を収めると同時にユーリは立ち上がる
「あ、一万ガルドに上がった。やり」
「それ……喜ぶものじゃないって」
後ろからぼくがそう声をかけると、兄さんとユーリは驚いてぼくを見る
「アリシア、おま、いつから居た?」
「ついさっき、兄さんがユーリに向かって剣振り回してるところくらいから。……何してるのさ……」
大きくため息をつきながら、ユーリの近くに行く
…とりあえず、兄さんから隠れたい
が、ユーリの背に隠れる前に兄さんが飛びついて来た
「アリシア!」
「うわっ?!何何何っ?!」
ぼくの両手を掴むと、体をジロジロと見つめてくる
「大丈夫だったかい?どこか怪我してないかい?!」
「平気!平気だから!!ぼくそこまでドジじゃないし、弱くもないから!!」
「はぁ………よかった………万が一にでもアリシアが怪我でもしていたら、ユーリをどうしてやろうかと思ったよ」
「オレかよ……」
安心したようでぼくの頭を撫でながら兄さんは微笑んだ
そんな兄さんをユーリはジト目で見つめる
「っつーかお前、過保護すぎなんだっての」
ユーリが呆れ気味にそう言いながら、ぼくの後ろに立つ
「君が置いて来てくれれば、こんなに心配もしなくて済んだんだけどね」
「これはアリシアが……あっ」
ユーリが言おうとしていた言葉を止めると、見慣れた桃色の髪が目に入った
「ユーリ、今、そこで何か事件があったようですけど」
「ちょうどいいとこに」
エステリーゼを指さしながら、ユーリはポツリと呟いた
「フレン!」
兄さんの名前を呼ぶとエステリーゼは駆け寄って来た
「無事だったんですね。怪我とかしてないですか?」
嬉しそうにニコニコ笑いながら、彼女は兄さんに問いかける
「大丈夫ですから、その……エステリーゼ様」
「あ、ご、ごめんなさい。私、嬉しくてつい…」
エステリーゼがそう言うと、兄さんは顎に手を当てて何か考え始める
「こちらへ。…アリシア、行くよ」
「へ……?」
兄さんはぼくの手を掴むと、路地を飛び出す
「あ、フレン!」
その後をエステリーゼが追いかけるように続いた
「アリシア、少しだけここで待っててくれ」
宿屋につくと、兄さんはロビーで待っててくれと言う
それならぼく……まだ来なくたってよかったんじゃないかな……
「いいかい?絶対に、ここから離れてはいけないよ?」
「うっ……はーい」
諦めてそう返事をすると、兄さんはエステリーゼを連れて部屋の中へと入って行った
待てって言われても……暇だなぁ……
……エステリーゼのことについて、ちょっと考えようかな
でも、考えるって言っても記憶の隅に引っかかってる程度なんだよなぁ……
あの桃色の髪……昔確かにお城で見た
でも……あの人は『わたし』よりも年上だったはず…
歳はお母様に近かったと思う
あ…………そういえば、小さい子が隣に居たような……
『…そんなに、思い出したいの?』
「……え?」
頭の中に響いた声に首を傾げる
『…なんで、思い出したいって……思えるの…?』
どこかで聞いた事のあるその声は、どこか怯えたようにそう呟いた
「アリシア、そんなとこで何してんだ?」
ユーリの声に顔を上げると、みんなの姿が見えた
それと同時に声は聞こえなくなってしまった
……なんだったんだろう……
「アリシア??」
答えずにいたことに違和感を感じたのか、ユーリが心配そうに顔を覗き込んできた
「へ?…あ、ごめん……ちょっとぼーっとしてた」
「ふーん………で、こんなとこで何してんだ?フレンと一緒じゃなかったのかよ?」
あまり納得していなさそうな顔をしたけど、ぼくから少し離れてそう聞いてくる
「エステリーゼと話があるから外で待っててくれって言われたから」
「なるほどね…そろそろ話終わってるだろうからオレら部屋入るけど、一緒に来るか?」
「んー、そうしよっかな」
そう言って立ち上がって伸びをする
ずーっと座ってたからか体が少し痛い
「んじゃ、行くか」
ユーリはぼくの横を通り過ぎると、扉をノックせずに開ける
中に入ると、兄さんとエステリーゼが向かい合って座っていた
「話は終わったか?」
エステリーゼの方に目を少し向けながらユーリは問いかける
彼女はそれに軽く頷いた
「そっちの秘密のお話も?」
今度は兄さんの方を向きながら声をかける
が、兄さんはそれに答えなかった
「事情は聞いた。ここまでエステリーゼ様を守ってくれてありがとう」
「あ、私からもありがとうございました」
二人はそう言いながら、ユーリに頭を下げる
「なに、魔核 ドロボウを探すついでだよ」
「問題はそっちだな」
苦笑いして言ったユーリに、兄さんはゆっくり近づきながら言う
「ん?」
「どんな事情があれ、公務の妨害、脱獄、不法侵入を帝国の法は認めていない」
「ご、ごめんなさい……全部話してしまいました……」
「しかたねぇなぁ。やったことは事実だし」
肩を竦めながらユーリは言う
「では、それ相応の罰は受けてもらう。いいね?」
「兄さん……ユーリ罰するのはいいけど、その前にドロボウ捕まえてくれないとみんなが困るんだけど……」
苦笑いしながらぼくは兄さんを見つめる
「アリシア?!」
「ユーリが悪いことしたのは事実だし、特例〜なんて出来ないのわかるけど、ドロボウした方がよっぽど悪いし」
「魔核 ドロボウを捕まえるのが先決…そう言いたいんだね?」
そう返してきた兄さんにゆっくり頷いて答えた
それとほぼ同時に、部屋の扉がノックされて開かれる
カシャッと聞き覚えのある金属音に、思わずフードを深く被ってユーリの背に隠れた
「フレン様、情報が………なぜリタがここにいるんですか?」
リタを呼ぶ声に少しだけユーリの背から顔を出すと、魔導士の服を着た人と、騎士の服を着た女性が見えた
「あなた、帝国の協力要請を断ったそうじゃないですか?帝国直属の魔導士が、義務付けられている仕事を放棄していいんですか?」
「誰?」
「……誰だっけ?」
リタを説教した魔導士の方はよく知ってるみたいだけど、彼女はその人を知らないらしく首を傾げる
「……ふん、いいですけどね。僕もあなたになんて全然まったく興味ありませんし」
背を向けながらそう言うが、全く興味無さそうには見えない
「紹介する。僕……私の部下のソディア」
兄さんがそう言うと騎士の服を着た女性は軽くお辞儀する
「こっちはアスピオの研究所で同行を頼んだウィチル」
魔導士の方は目を背けながら眼鏡を軽く上に上げる
「彼は私の……」
「こいつ……賞金首の!!」
ソディアさんはそう叫ぶと、ユーリから少し離れて剣を抜いてまっすぐユーリに向ける
だから……なんであの絵でわかるのさ……
そんなことを思いながら、反射的にユーリの前に立つ
「ソディア!待て…!」
兄さんが慌てて彼女を静止するが聞く耳を持とうとしない
「アリシア…平気だから、お前後ろに」
「…部屋の中で剣抜くなんて、危ないじゃないですか」
ユーリの言葉を遮って言葉を繋げた
「え…?」
若干困惑した表情で彼女は私を見る
パッと見た感じ若そうだし…多分平気なはず
そう思って、軽くフードを上に上げて顔が見えるようにする
「危ない、でしょう?関係ない人にも当たりかねないし、下手したら守らないといけない人に当てかねないですよ。……それと、人の話は最後まで聞いてから行動しないと、ミスしますよ」
じっと彼女の目を見つめてそう言うと、ゆっくりと剣を下ろした
「……彼は、私の友人だ。事情も今確認した。確かに軽い罪は犯したが、手配書を出されたのは濡れ衣だ。後日、帝国に連れ戻り私が申し開きをする。その上で、受けるべき罰は受けてもらう」
ソディアさんを落ち着かせるように優しく、でも少し厳しい声で兄さんは言った
…一瞬ぼくを見た目が怒ってたのは、気づかないフリしとこ……
ソディアさんが剣を収めるのを見てから、またユーリの背に隠れた
「ったく……危ねぇことしやがって」
苦笑いしながら、ユーリはぼくの頭の上に手をのせる
「……だって、納得いかなかった」
少し膨れながらそう言うと、彼は少し肩を竦めて優しく頭を撫でてくる
「し……失礼しました。ウィチル、報告を」
コホンと軽く咳払いしながら、ソディアさんはウィチルさんの名を呼ぶ
彼はゆっくりと兄さんの傍によると口を開いた
「この連続した雨や暴風の原因は、やはり魔導器 のせいだと思います。季節柄、荒れやすい時期ですが船を出すたびに悪化するのは説明がつきません」
「ラゴウ執政官の屋敷内に、それらしき魔導器 が運び込まれたとの証言もあります」
二人は交互にそう言った
「天候を制御できるような魔導器 の話なんて聞いたことないわ。そんなもの発掘もされてないし……いえ、下町の水道魔導器 に遺跡の盗掘……まさか……」
ブツブツと小さくリタは呟く
何か心当たりがあるんだろう
「執政官様が魔導器 使って、天候を自由にしてるってわけか」
「……ええ、あくまでも可能性ですが
その悪天候を理由に港を封鎖し出航する船があれば、法令違反で攻撃を受けたとか」
「それじゃトリム港に渡れないな…」
ソディアさんの話を聞いて、ユーリは少し不機嫌そうに口を開く
「執政官の悪い噂はそれだけではない。リブガロという魔物を野に放って税金を払えない住民たちと戦わせて遊んでいるんだ。リブガロを捕まえてくれれば税金を免除すると言ってね」
「……最低」
兄さんの説明に、先程見た光景が頭の中で浮かぶ
「入り口で見た夫婦の怪我って、そういうカラクリなんだ。やりたい放題ね」
「そういえば、子どもが……」
「カロル!」
口を滑らせそうになったカロルの名前を呼んで、彼がぼくをみたところで首を横に振る
が、兄さんの耳には入ってしまっていたらしく…
「子どもがどうかしたのかい?」
カロルの方を向きながら、兄さんは首を傾げる
「なんでもねぇよ」
ユーリはそう言って、少し前に進む
「なんか色々あって疲れたし、オレらこのまま宿屋で休ませてもらうわ」
ユーリはそう言ってカロルに出るように合図を送る
カロル先頭にリタとラピード、それにユーリと何故かエステリーゼが続いた
「ユーリ、アリシアはまだ用事があるから借りるよ」
ユーリの後を追いかけようとしたぼくの手を兄さんは引いて彼に言う
「ええ……ぼく、ユーリたちといきた」
「まだ話、済んでいないだろう?」
有無を言わさぬ笑顔で見つめられて口を閉ざした
こうなったらテコでも逃げられない
「わかったよ。けど、話済んだら返してくれよ?」
苦笑いしてユーリは部屋を出て行った
「………借りる返すって、ぼく物じゃないんだけど……」
「あの、小隊長……」
物扱いされたことに頬を膨らませていると、ソディアさんが遠慮気味に兄さんに話しかける
…そういえば、自己紹介してないっけ
「ああ、すまない。この子は私の妹のアリシアだ」
二人を見ながら兄さんはそう言った
軽く頭を下げて少しだけフードを下げる
「妹さん…ですか…あの、先程は失礼しました」
「…いいですよ、別に……これから先、同じ事しないように気をつけていただければ」
頭を下げた彼女に、少しぶっきらぼうにそう答える
「アリシア、もう少し言い方があるだろう?…ソディア、そんなに気にしないでくれ。少し人見知りが激しいだけなんだ」
兄さんがそう言うと、まだ気にしている様子でチラッとぼくを見る
「そう…ですか………」
そう呟くと少し目を閉じて深呼吸した
「…例の『探し者』の件ですが……ラゴウ執政官の私用の船に、出航もしないのに頻繁に食料が運び込まれているとの情報を得ました。……やはり彼が拐ったのは間違いないかと」
兄さんの目を見つめながらソディアさんは言う
…探し者……誰か、居なくなったんだろうか
「やはり、か……」
「……それと………もう一つの方ですが、やはり十年以上経っているせいか、証言は何一つありませんでした。十年以上前から住んでいる者にも話を聞いてみたのですが、それらしき人影を見た者は誰も居ませんでした」
『十年以上前』……その言葉に、一瞬肩が跳ねそうになった
それが、誰のことを指しているかなんて、容易に想像出来た
……まだ、『わたし』を探しているんだ
「…………そう、か。わかった。もう一度、街の様子を見に行こう。二人は先に外に出ていてくれ」
兄さんがそう言うと、二人は頷いて、外へ出た
「……アリア」
二人が出たのを確認すると、兄さんは私に目線を合わせるように少し屈んでフードをとった
「そんな顔しないでくれ。…大丈夫、バレているわけじゃない。ただ目撃証言を探しているだけさ」
そう言って私の頭を優しく撫でてくれる
ユーリとは少し違って、落ち着かせるかのように
「……でも………」
「平気だよ。幸い、イリキア大陸から移動したという情報は流れていない。ここから離れればしばらくは安全だろう。……悔しいけど、ユーリに着いてきてくれて助かったよ。近いうちに、下町に捜索隊を仕掛ける計画も出ていたからね」
「…………そう、なんだ…………」
「……まだ、思い出せそうにはないかい?」
少し遠慮気味に兄さんは問いかけてくる
実の所、お城で襲われた時の記憶が若干欠けているんだ
騎士だったことは確かだったのだが、肝心な顔が思い出せない
それだけじゃない
お母様から受け継いだ力も覚えていないことが多い
何度も何度も、暗唱したのに……
「…うん、思い出そうとすると、どうしてもノイズがかかって……」
「そうか……焦らなくていい。ゆっくりでいいよ」
優しい声でには言ってくれる
「さて……少しパトロールに出てくる。すぐに戻るから、ここで待っていてくれるかい?」
「……うん、わかった」
ぼくがそう答えると、兄さんは優しく微笑んで外へと出て行った
兄さんが先程まで座っていたソファーにゆっくり近づいて腰掛ける
やはり、少しでも思い出したい
…いつまでもずっと、逃げていちゃ駄目だ
「……なんで、思い出せないのさ……」
ポツリとそう呟く
ぼくにとって、大切な記憶のはずなのに……
どうして、思い出せないの…
エステリーゼの事だって……きっと、思い出さないといけないのに……
そんなことを考えていると、急に頭痛が襲ってくる
あまりの痛さに耐えられなくて、思わず前屈みになって目を瞑った
『ーーーーー、お久しぶりですね。今日はアリアンナも御一緒ですか?』
『ーーーーーーー、お久しぶりです。たまには連れてきてあげなければと思いまして。あなたもエステリーゼと御一緒なのですね』
(…………あれ?)
目の前に広がった光景に目を疑った
お城の中……まだぼくが『わたし』と言っていた頃
目の前には、お母様と桃色の髪色の女性が楽しそうに談笑しているのが映った
『アリアンナ?』
少し聞き覚えのある声に振り返る
そこには、お母様と一緒にお話している桃色の髪の女性と同じ髪を持った女の子がいた
見た目や声は幼さがあるが、間違いなくエステリーゼだ
『なんでもないですよ!エステリーゼ、向こうに行きましょう!』
また後ろから声が聞こえてきて振り返る
今度は、幼い頃の『わたし』が目に入った
そして、幼い頃の『わたし』はぼくの横を通り抜けて、エステリーゼと一緒に走り去って行った
『エステーゼ!姉様!』
小さな二人の背を見つめていると、兄さんとは少し違う色の金色の髪の少年が手を振って来ていた
その少年の元に着くと、三人は嬉しそうに笑いあっていた
(……あぁ、そっか。だから見たことあったんだ)
…思い、出した
……居たじゃないか、同じくらいの歳の二人の親戚が
「アリア…!………アリア!!!」
聞こえてきた兄さんの声にゆっくり顔を上げると、心配そうに顔を歪めた兄さんの顔が目に入った
「どうしたんだい?いくら声をかけても返事をしないから……」
不安そうに頬を撫でながら兄さんは聞いてくる
「…………思い、出した」
「??何をだい?」
「…………同じくらいの歳の親戚のこと。……エステリーゼと、ヨーデルのこと」
ぼくがそう言うと、兄さんは一瞬驚いた顔をした
でも、すぐに優しげな表情を浮かべる
「そうか。お二人のこと…思い出したんだね」
「……うん」
頷くと、少し寂しげな目をしながらもいつもみたいに優しく頭を撫でてくれる
「…兄さん、拐われたのは…ヨーデルなの?」
ぼくがそう聞くと、少し顔を歪めた
「……ああ、その通りだ」
「………そっか」
そう呟いて目を伏せた
「さて…思い出したことは喜ばしいけど、全く喜べない話が一つある」
真剣な声に肩がギクッと上がる
「……手紙に書いた件、しっかり説明してくれるね?アリア」
じっとぼくの目を見つめてそう言う
「…………確かに『わたし』だけど、どうやったのか、わかんない……」
小さな声でそう囁いた
「全く……使ってはいけないと、散々言ったのに……まぁ、今回は目を瞑ってあげるよ。おかげで街を守ることが出来たしね」
「だって………『助けて』ってドリアードに言われたから…」
「ドリアード…?」
「ハルルの樹の守り神みたいな人……かな?」
首を傾げながら答えると兄さんは苦笑いする
「……その力のおかげで、その人の声が聞こえたのかもしれないね」
「………かな」
「まぁとりあえず、使うのは控えてくれ。…それと、誰かに見られたりしてないよね?」
その言葉に思わず目を逸らした
見られてはない……うん、見られてない
見られてないけど……
「まさか…見られたりなんて」
「流石にそれはないよ!…けど、なーんかリタに目付けられてるみたい……」
そう言って肩を竦めた
それを聞いた兄さんは難しい顔をして顎に手を当てる
「リタか……天才魔導士と言われている彼女なら、何かに勘づいている可能性も否定できないね….…彼女の前ではもっと気をつける必要がありそうだ」
「んー…やっぱり『力』は極力使わないようにしないとかぁ……」
「極力じゃなく、使わないで欲しいんだけどね」
ジト目で見つめてくる兄さんに苦笑いする
使わなくて済むに越したことはないが、使わざるおえない状況だってあるんだ
「…あと二つ、説明してもらうことがあるんだが」
「ええ……なんでそんなに…」
「一つ目、さっきなんでユーリの前に出たんだい?」
やっぱりか……と思いながら肩を竦める
さっきすっごい見てたもんなぁ…
「人の話聞かないで剣向けたら危ないって伝えたくって」
「それなら口で言うだけでもよかっただろう?わざわざ怪我をするようなことをしなくてもいいじゃないか」
「……ほら、彼女兄さんに雰囲気似てるから……あーした方が頭冷えるかなって」
ぼくがそう言うと、おでこを指で弾かれた
「痛っ!」
「これからはそういう危ないことは絶対にしない。……いいね?」
「うー……はーい」
本気で怒った目で見られて、素直に謝った
「…二つ目、さっき少年が言おうとした言葉を遮ったね?あれはなんでだい?ユーリも隠そうとしたし」
…ユーリ、ごめん。これあれだ、言わなきゃ一生戻れない……
心の中でそんなこと思いながら目を逸らした
「アリア?」
ニッコリと笑いながら兄さんはぼくを見つめてくる
「……入り口で会った夫婦、税金払えてないみたいで、子どもが連れていかれちゃったみたい。……役人が、『金が払えなかったら子どもがどうなるかわかってるよな』…みたいなことも言ってた」
そう答えると、あからさまに表情が固くなった
「……なるほど。だからはぐらかそうとしたんだね」
「…兄さんもユーリも、子どもが絡むと後先考えないで動くんだもん。言ったりなんてしたら、屋敷に突っ込んで行きそうだったから……」
「ユーリと同じにしないでくれないか……。流石に僕はそんな無謀なことはしない」
呆れ気味にため息をつかれたが、兄さんも前にユーリと一緒に何も考えずに突っ込んで行ったことあるから、そこに関しては信用出来ない
「前にあったから言ってるんじゃん……」
そう言うと、うっ…と言葉に詰まった
「そういえば、街の方はもういいの?」
これ以上話を伸ばすのもあれだから、話を切り替えると、ものすごく深刻そうな顔をする
「いや…その事でソディアたちと話をするつもりなんだ。……多分ユーリたちも来るだろうから、アリアもここで聞いてていいよ」
ポンッとぼくの頭の上に手を乗せると、立ち上がって扉の方へ向かった
…兄さんのあの顔……何か悪いことが起きた時の顔と同じだ
なんか……悪い予感がする
「なんか、急に天気悪くなったな」
ノール港について早々、ユーリは呟いた
「びしょびしょになる前に宿を探そうよ」
カロルの言葉に頷いて宿屋を探しに歩き始める
が、エステリーゼはその場に立ち止まって街を見つめていた
「エステル、どうした?」
そんな彼女にユーリが声をかける
「あ、その、港町というのはもっと活気のある場所だと思っていました……」
「確かに、想像してたのと全然違うな……」
エステリーゼ同様、街を見つめてユーリは頷いた
「でも、あんたが探してる
「え?ドロボウが向かったのはトリム港の方でしょ?」
ぼくがそう言って首を傾げると、リタはどっちも似たようなものだと言う
それにカロルが不服そうに声を上げた
「そんなことないよ。ノール港が厄介なだけだよ」
「どういうことです?」
「ノール港はさあ、帝国の圧力が……」
「金の用意が出来ない時は、お前らのガキがどうなるかよくわかっているよな?」
カロルが説明してくれようとしたのとほぼ同時に、誰かの話し声が聞こえてきた
声の方向に顔を向けると、役人らしき人影と、傭兵らしき人影の前に、二人の男女が膝まづいているのが目に入った
どうやらこの悪天候のせいで税金が払えていないらしく、子どもを連れて行かれてしまったようだ
下町でも、よく徴収に来る騎士は居たけど……
こんな横暴、見たことない
役人の方は、それならリブガロという魔物を捕まえて来いと言い出す
それの角を売れば、一生分の税金を払えると言って、その場を去って行った
「カロル、今のがノール港の厄介の種か?」
「うん。このカプア・ノールは帝国の威光がものすごく強いんだ。特に最近来た執政官は帝国でも結構な地位らしくてやりたい放題だって聞いたよ」
「その部下の役人が横暴な真似しても、誰も文句が言えないってことね」
あからさまに機嫌が悪そうにリタは呟く
ここに来て、下町の方がまだよかったんだってことを痛感する
…だって、少なくとも下町はあんなことされなかった
ユーリは無言で先程の夫婦の近くの壁に寄りかかる
男の方が立ち上がって、街の入り口の方へと体を向けた
ティグル、と名前を呼びながら女も立ち上がる
どうやらリブガロを狩りに行くつもりらしい
ティグルさんは、ケラス、と呼んだ女の静止も聞かずに走り出した
が、ユーリがわざと足をかけて転ばせて行く手を拒んだ
……止めるにしても、横暴でしょ……
「痛っ……あんた、何すんだ!」
「あ、悪ぃ、引っかかっちまった」
全く悪びれる素振りもなくユーリは顔を背ける
「ユーリ、いくらなんでもそれは可哀想だって……えっと、ごめんなさい」
「今、治しますね」
ティグルさんにぼくとエステリーゼは近寄って謝り、彼女が治癒術をかける
「あ、あの……私達払える治療費が………」
おどおどとしながらケラスさんはそう言った
「それよりも前に、言うことあんじゃねぇの?」
「え……?」
「ったく、金と一緒に常識まで搾り取られてんのか?」
ユーリがそう諭すと、ケラスさんはゆっくり立ち上がって、お礼を言う
その後にティグルさんがゆっくりと立ち上がると、エステリーゼは嬉しそうに目を細めた
「あれ?ユーリは??」
カロルの声に先程までユーリがいた所を見つめるが、そこに彼の姿はない
「ええ……どこ行ったのさ……」
大きくため息をつきながら、ユーリを探そうと足を動かした時、見慣れた金色の髪が一本の路地に入って行くのが目に入った
……まさか、ね………?
見間違い、で、出来ればあって欲しい
いやだって、まだ会う為の心の準備とか出来てないし…
微かに聞こえてくる二つの金属音に、そこに二人が居るのは明白だった
恐る恐るその路地に近づくと……
「ならもっと喜べよ。剣なんか振り回さないで」
苦笑いしながら、ガードしているユーリと、あからさまに不機嫌な兄さんの姿が目に入った
「これを見て、素直に喜ぶ気が失せた」
近くの壁を剣で刺しながら兄さんは言う
兄さんが剣を収めると同時にユーリは立ち上がる
「あ、一万ガルドに上がった。やり」
「それ……喜ぶものじゃないって」
後ろからぼくがそう声をかけると、兄さんとユーリは驚いてぼくを見る
「アリシア、おま、いつから居た?」
「ついさっき、兄さんがユーリに向かって剣振り回してるところくらいから。……何してるのさ……」
大きくため息をつきながら、ユーリの近くに行く
…とりあえず、兄さんから隠れたい
が、ユーリの背に隠れる前に兄さんが飛びついて来た
「アリシア!」
「うわっ?!何何何っ?!」
ぼくの両手を掴むと、体をジロジロと見つめてくる
「大丈夫だったかい?どこか怪我してないかい?!」
「平気!平気だから!!ぼくそこまでドジじゃないし、弱くもないから!!」
「はぁ………よかった………万が一にでもアリシアが怪我でもしていたら、ユーリをどうしてやろうかと思ったよ」
「オレかよ……」
安心したようでぼくの頭を撫でながら兄さんは微笑んだ
そんな兄さんをユーリはジト目で見つめる
「っつーかお前、過保護すぎなんだっての」
ユーリが呆れ気味にそう言いながら、ぼくの後ろに立つ
「君が置いて来てくれれば、こんなに心配もしなくて済んだんだけどね」
「これはアリシアが……あっ」
ユーリが言おうとしていた言葉を止めると、見慣れた桃色の髪が目に入った
「ユーリ、今、そこで何か事件があったようですけど」
「ちょうどいいとこに」
エステリーゼを指さしながら、ユーリはポツリと呟いた
「フレン!」
兄さんの名前を呼ぶとエステリーゼは駆け寄って来た
「無事だったんですね。怪我とかしてないですか?」
嬉しそうにニコニコ笑いながら、彼女は兄さんに問いかける
「大丈夫ですから、その……エステリーゼ様」
「あ、ご、ごめんなさい。私、嬉しくてつい…」
エステリーゼがそう言うと、兄さんは顎に手を当てて何か考え始める
「こちらへ。…アリシア、行くよ」
「へ……?」
兄さんはぼくの手を掴むと、路地を飛び出す
「あ、フレン!」
その後をエステリーゼが追いかけるように続いた
「アリシア、少しだけここで待っててくれ」
宿屋につくと、兄さんはロビーで待っててくれと言う
それならぼく……まだ来なくたってよかったんじゃないかな……
「いいかい?絶対に、ここから離れてはいけないよ?」
「うっ……はーい」
諦めてそう返事をすると、兄さんはエステリーゼを連れて部屋の中へと入って行った
待てって言われても……暇だなぁ……
……エステリーゼのことについて、ちょっと考えようかな
でも、考えるって言っても記憶の隅に引っかかってる程度なんだよなぁ……
あの桃色の髪……昔確かにお城で見た
でも……あの人は『わたし』よりも年上だったはず…
歳はお母様に近かったと思う
あ…………そういえば、小さい子が隣に居たような……
『…そんなに、思い出したいの?』
「……え?」
頭の中に響いた声に首を傾げる
『…なんで、思い出したいって……思えるの…?』
どこかで聞いた事のあるその声は、どこか怯えたようにそう呟いた
「アリシア、そんなとこで何してんだ?」
ユーリの声に顔を上げると、みんなの姿が見えた
それと同時に声は聞こえなくなってしまった
……なんだったんだろう……
「アリシア??」
答えずにいたことに違和感を感じたのか、ユーリが心配そうに顔を覗き込んできた
「へ?…あ、ごめん……ちょっとぼーっとしてた」
「ふーん………で、こんなとこで何してんだ?フレンと一緒じゃなかったのかよ?」
あまり納得していなさそうな顔をしたけど、ぼくから少し離れてそう聞いてくる
「エステリーゼと話があるから外で待っててくれって言われたから」
「なるほどね…そろそろ話終わってるだろうからオレら部屋入るけど、一緒に来るか?」
「んー、そうしよっかな」
そう言って立ち上がって伸びをする
ずーっと座ってたからか体が少し痛い
「んじゃ、行くか」
ユーリはぼくの横を通り過ぎると、扉をノックせずに開ける
中に入ると、兄さんとエステリーゼが向かい合って座っていた
「話は終わったか?」
エステリーゼの方に目を少し向けながらユーリは問いかける
彼女はそれに軽く頷いた
「そっちの秘密のお話も?」
今度は兄さんの方を向きながら声をかける
が、兄さんはそれに答えなかった
「事情は聞いた。ここまでエステリーゼ様を守ってくれてありがとう」
「あ、私からもありがとうございました」
二人はそう言いながら、ユーリに頭を下げる
「なに、
「問題はそっちだな」
苦笑いして言ったユーリに、兄さんはゆっくり近づきながら言う
「ん?」
「どんな事情があれ、公務の妨害、脱獄、不法侵入を帝国の法は認めていない」
「ご、ごめんなさい……全部話してしまいました……」
「しかたねぇなぁ。やったことは事実だし」
肩を竦めながらユーリは言う
「では、それ相応の罰は受けてもらう。いいね?」
「兄さん……ユーリ罰するのはいいけど、その前にドロボウ捕まえてくれないとみんなが困るんだけど……」
苦笑いしながらぼくは兄さんを見つめる
「アリシア?!」
「ユーリが悪いことしたのは事実だし、特例〜なんて出来ないのわかるけど、ドロボウした方がよっぽど悪いし」
「
そう返してきた兄さんにゆっくり頷いて答えた
それとほぼ同時に、部屋の扉がノックされて開かれる
カシャッと聞き覚えのある金属音に、思わずフードを深く被ってユーリの背に隠れた
「フレン様、情報が………なぜリタがここにいるんですか?」
リタを呼ぶ声に少しだけユーリの背から顔を出すと、魔導士の服を着た人と、騎士の服を着た女性が見えた
「あなた、帝国の協力要請を断ったそうじゃないですか?帝国直属の魔導士が、義務付けられている仕事を放棄していいんですか?」
「誰?」
「……誰だっけ?」
リタを説教した魔導士の方はよく知ってるみたいだけど、彼女はその人を知らないらしく首を傾げる
「……ふん、いいですけどね。僕もあなたになんて全然まったく興味ありませんし」
背を向けながらそう言うが、全く興味無さそうには見えない
「紹介する。僕……私の部下のソディア」
兄さんがそう言うと騎士の服を着た女性は軽くお辞儀する
「こっちはアスピオの研究所で同行を頼んだウィチル」
魔導士の方は目を背けながら眼鏡を軽く上に上げる
「彼は私の……」
「こいつ……賞金首の!!」
ソディアさんはそう叫ぶと、ユーリから少し離れて剣を抜いてまっすぐユーリに向ける
だから……なんであの絵でわかるのさ……
そんなことを思いながら、反射的にユーリの前に立つ
「ソディア!待て…!」
兄さんが慌てて彼女を静止するが聞く耳を持とうとしない
「アリシア…平気だから、お前後ろに」
「…部屋の中で剣抜くなんて、危ないじゃないですか」
ユーリの言葉を遮って言葉を繋げた
「え…?」
若干困惑した表情で彼女は私を見る
パッと見た感じ若そうだし…多分平気なはず
そう思って、軽くフードを上に上げて顔が見えるようにする
「危ない、でしょう?関係ない人にも当たりかねないし、下手したら守らないといけない人に当てかねないですよ。……それと、人の話は最後まで聞いてから行動しないと、ミスしますよ」
じっと彼女の目を見つめてそう言うと、ゆっくりと剣を下ろした
「……彼は、私の友人だ。事情も今確認した。確かに軽い罪は犯したが、手配書を出されたのは濡れ衣だ。後日、帝国に連れ戻り私が申し開きをする。その上で、受けるべき罰は受けてもらう」
ソディアさんを落ち着かせるように優しく、でも少し厳しい声で兄さんは言った
…一瞬ぼくを見た目が怒ってたのは、気づかないフリしとこ……
ソディアさんが剣を収めるのを見てから、またユーリの背に隠れた
「ったく……危ねぇことしやがって」
苦笑いしながら、ユーリはぼくの頭の上に手をのせる
「……だって、納得いかなかった」
少し膨れながらそう言うと、彼は少し肩を竦めて優しく頭を撫でてくる
「し……失礼しました。ウィチル、報告を」
コホンと軽く咳払いしながら、ソディアさんはウィチルさんの名を呼ぶ
彼はゆっくりと兄さんの傍によると口を開いた
「この連続した雨や暴風の原因は、やはり
「ラゴウ執政官の屋敷内に、それらしき
二人は交互にそう言った
「天候を制御できるような
ブツブツと小さくリタは呟く
何か心当たりがあるんだろう
「執政官様が
「……ええ、あくまでも可能性ですが
その悪天候を理由に港を封鎖し出航する船があれば、法令違反で攻撃を受けたとか」
「それじゃトリム港に渡れないな…」
ソディアさんの話を聞いて、ユーリは少し不機嫌そうに口を開く
「執政官の悪い噂はそれだけではない。リブガロという魔物を野に放って税金を払えない住民たちと戦わせて遊んでいるんだ。リブガロを捕まえてくれれば税金を免除すると言ってね」
「……最低」
兄さんの説明に、先程見た光景が頭の中で浮かぶ
「入り口で見た夫婦の怪我って、そういうカラクリなんだ。やりたい放題ね」
「そういえば、子どもが……」
「カロル!」
口を滑らせそうになったカロルの名前を呼んで、彼がぼくをみたところで首を横に振る
が、兄さんの耳には入ってしまっていたらしく…
「子どもがどうかしたのかい?」
カロルの方を向きながら、兄さんは首を傾げる
「なんでもねぇよ」
ユーリはそう言って、少し前に進む
「なんか色々あって疲れたし、オレらこのまま宿屋で休ませてもらうわ」
ユーリはそう言ってカロルに出るように合図を送る
カロル先頭にリタとラピード、それにユーリと何故かエステリーゼが続いた
「ユーリ、アリシアはまだ用事があるから借りるよ」
ユーリの後を追いかけようとしたぼくの手を兄さんは引いて彼に言う
「ええ……ぼく、ユーリたちといきた」
「まだ話、済んでいないだろう?」
有無を言わさぬ笑顔で見つめられて口を閉ざした
こうなったらテコでも逃げられない
「わかったよ。けど、話済んだら返してくれよ?」
苦笑いしてユーリは部屋を出て行った
「………借りる返すって、ぼく物じゃないんだけど……」
「あの、小隊長……」
物扱いされたことに頬を膨らませていると、ソディアさんが遠慮気味に兄さんに話しかける
…そういえば、自己紹介してないっけ
「ああ、すまない。この子は私の妹のアリシアだ」
二人を見ながら兄さんはそう言った
軽く頭を下げて少しだけフードを下げる
「妹さん…ですか…あの、先程は失礼しました」
「…いいですよ、別に……これから先、同じ事しないように気をつけていただければ」
頭を下げた彼女に、少しぶっきらぼうにそう答える
「アリシア、もう少し言い方があるだろう?…ソディア、そんなに気にしないでくれ。少し人見知りが激しいだけなんだ」
兄さんがそう言うと、まだ気にしている様子でチラッとぼくを見る
「そう…ですか………」
そう呟くと少し目を閉じて深呼吸した
「…例の『探し者』の件ですが……ラゴウ執政官の私用の船に、出航もしないのに頻繁に食料が運び込まれているとの情報を得ました。……やはり彼が拐ったのは間違いないかと」
兄さんの目を見つめながらソディアさんは言う
…探し者……誰か、居なくなったんだろうか
「やはり、か……」
「……それと………もう一つの方ですが、やはり十年以上経っているせいか、証言は何一つありませんでした。十年以上前から住んでいる者にも話を聞いてみたのですが、それらしき人影を見た者は誰も居ませんでした」
『十年以上前』……その言葉に、一瞬肩が跳ねそうになった
それが、誰のことを指しているかなんて、容易に想像出来た
……まだ、『わたし』を探しているんだ
「…………そう、か。わかった。もう一度、街の様子を見に行こう。二人は先に外に出ていてくれ」
兄さんがそう言うと、二人は頷いて、外へ出た
「……アリア」
二人が出たのを確認すると、兄さんは私に目線を合わせるように少し屈んでフードをとった
「そんな顔しないでくれ。…大丈夫、バレているわけじゃない。ただ目撃証言を探しているだけさ」
そう言って私の頭を優しく撫でてくれる
ユーリとは少し違って、落ち着かせるかのように
「……でも………」
「平気だよ。幸い、イリキア大陸から移動したという情報は流れていない。ここから離れればしばらくは安全だろう。……悔しいけど、ユーリに着いてきてくれて助かったよ。近いうちに、下町に捜索隊を仕掛ける計画も出ていたからね」
「…………そう、なんだ…………」
「……まだ、思い出せそうにはないかい?」
少し遠慮気味に兄さんは問いかけてくる
実の所、お城で襲われた時の記憶が若干欠けているんだ
騎士だったことは確かだったのだが、肝心な顔が思い出せない
それだけじゃない
お母様から受け継いだ力も覚えていないことが多い
何度も何度も、暗唱したのに……
「…うん、思い出そうとすると、どうしてもノイズがかかって……」
「そうか……焦らなくていい。ゆっくりでいいよ」
優しい声でには言ってくれる
「さて……少しパトロールに出てくる。すぐに戻るから、ここで待っていてくれるかい?」
「……うん、わかった」
ぼくがそう答えると、兄さんは優しく微笑んで外へと出て行った
兄さんが先程まで座っていたソファーにゆっくり近づいて腰掛ける
やはり、少しでも思い出したい
…いつまでもずっと、逃げていちゃ駄目だ
「……なんで、思い出せないのさ……」
ポツリとそう呟く
ぼくにとって、大切な記憶のはずなのに……
どうして、思い出せないの…
エステリーゼの事だって……きっと、思い出さないといけないのに……
そんなことを考えていると、急に頭痛が襲ってくる
あまりの痛さに耐えられなくて、思わず前屈みになって目を瞑った
『ーーーーー、お久しぶりですね。今日はアリアンナも御一緒ですか?』
『ーーーーーーー、お久しぶりです。たまには連れてきてあげなければと思いまして。あなたもエステリーゼと御一緒なのですね』
(…………あれ?)
目の前に広がった光景に目を疑った
お城の中……まだぼくが『わたし』と言っていた頃
目の前には、お母様と桃色の髪色の女性が楽しそうに談笑しているのが映った
『アリアンナ?』
少し聞き覚えのある声に振り返る
そこには、お母様と一緒にお話している桃色の髪の女性と同じ髪を持った女の子がいた
見た目や声は幼さがあるが、間違いなくエステリーゼだ
『なんでもないですよ!エステリーゼ、向こうに行きましょう!』
また後ろから声が聞こえてきて振り返る
今度は、幼い頃の『わたし』が目に入った
そして、幼い頃の『わたし』はぼくの横を通り抜けて、エステリーゼと一緒に走り去って行った
『エステーゼ!姉様!』
小さな二人の背を見つめていると、兄さんとは少し違う色の金色の髪の少年が手を振って来ていた
その少年の元に着くと、三人は嬉しそうに笑いあっていた
(……あぁ、そっか。だから見たことあったんだ)
…思い、出した
……居たじゃないか、同じくらいの歳の二人の親戚が
「アリア…!………アリア!!!」
聞こえてきた兄さんの声にゆっくり顔を上げると、心配そうに顔を歪めた兄さんの顔が目に入った
「どうしたんだい?いくら声をかけても返事をしないから……」
不安そうに頬を撫でながら兄さんは聞いてくる
「…………思い、出した」
「??何をだい?」
「…………同じくらいの歳の親戚のこと。……エステリーゼと、ヨーデルのこと」
ぼくがそう言うと、兄さんは一瞬驚いた顔をした
でも、すぐに優しげな表情を浮かべる
「そうか。お二人のこと…思い出したんだね」
「……うん」
頷くと、少し寂しげな目をしながらもいつもみたいに優しく頭を撫でてくれる
「…兄さん、拐われたのは…ヨーデルなの?」
ぼくがそう聞くと、少し顔を歪めた
「……ああ、その通りだ」
「………そっか」
そう呟いて目を伏せた
「さて…思い出したことは喜ばしいけど、全く喜べない話が一つある」
真剣な声に肩がギクッと上がる
「……手紙に書いた件、しっかり説明してくれるね?アリア」
じっとぼくの目を見つめてそう言う
「…………確かに『わたし』だけど、どうやったのか、わかんない……」
小さな声でそう囁いた
「全く……使ってはいけないと、散々言ったのに……まぁ、今回は目を瞑ってあげるよ。おかげで街を守ることが出来たしね」
「だって………『助けて』ってドリアードに言われたから…」
「ドリアード…?」
「ハルルの樹の守り神みたいな人……かな?」
首を傾げながら答えると兄さんは苦笑いする
「……その力のおかげで、その人の声が聞こえたのかもしれないね」
「………かな」
「まぁとりあえず、使うのは控えてくれ。…それと、誰かに見られたりしてないよね?」
その言葉に思わず目を逸らした
見られてはない……うん、見られてない
見られてないけど……
「まさか…見られたりなんて」
「流石にそれはないよ!…けど、なーんかリタに目付けられてるみたい……」
そう言って肩を竦めた
それを聞いた兄さんは難しい顔をして顎に手を当てる
「リタか……天才魔導士と言われている彼女なら、何かに勘づいている可能性も否定できないね….…彼女の前ではもっと気をつける必要がありそうだ」
「んー…やっぱり『力』は極力使わないようにしないとかぁ……」
「極力じゃなく、使わないで欲しいんだけどね」
ジト目で見つめてくる兄さんに苦笑いする
使わなくて済むに越したことはないが、使わざるおえない状況だってあるんだ
「…あと二つ、説明してもらうことがあるんだが」
「ええ……なんでそんなに…」
「一つ目、さっきなんでユーリの前に出たんだい?」
やっぱりか……と思いながら肩を竦める
さっきすっごい見てたもんなぁ…
「人の話聞かないで剣向けたら危ないって伝えたくって」
「それなら口で言うだけでもよかっただろう?わざわざ怪我をするようなことをしなくてもいいじゃないか」
「……ほら、彼女兄さんに雰囲気似てるから……あーした方が頭冷えるかなって」
ぼくがそう言うと、おでこを指で弾かれた
「痛っ!」
「これからはそういう危ないことは絶対にしない。……いいね?」
「うー……はーい」
本気で怒った目で見られて、素直に謝った
「…二つ目、さっき少年が言おうとした言葉を遮ったね?あれはなんでだい?ユーリも隠そうとしたし」
…ユーリ、ごめん。これあれだ、言わなきゃ一生戻れない……
心の中でそんなこと思いながら目を逸らした
「アリア?」
ニッコリと笑いながら兄さんはぼくを見つめてくる
「……入り口で会った夫婦、税金払えてないみたいで、子どもが連れていかれちゃったみたい。……役人が、『金が払えなかったら子どもがどうなるかわかってるよな』…みたいなことも言ってた」
そう答えると、あからさまに表情が固くなった
「……なるほど。だからはぐらかそうとしたんだね」
「…兄さんもユーリも、子どもが絡むと後先考えないで動くんだもん。言ったりなんてしたら、屋敷に突っ込んで行きそうだったから……」
「ユーリと同じにしないでくれないか……。流石に僕はそんな無謀なことはしない」
呆れ気味にため息をつかれたが、兄さんも前にユーリと一緒に何も考えずに突っ込んで行ったことあるから、そこに関しては信用出来ない
「前にあったから言ってるんじゃん……」
そう言うと、うっ…と言葉に詰まった
「そういえば、街の方はもういいの?」
これ以上話を伸ばすのもあれだから、話を切り替えると、ものすごく深刻そうな顔をする
「いや…その事でソディアたちと話をするつもりなんだ。……多分ユーリたちも来るだろうから、アリアもここで聞いてていいよ」
ポンッとぼくの頭の上に手を乗せると、立ち上がって扉の方へ向かった
…兄さんのあの顔……何か悪いことが起きた時の顔と同じだ
なんか……悪い予感がする