第二章 水道魔導器
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*花の街・ハルルの異変
「ここがハルルだよ!」
カロルに連れられて数十分、ぼくらはハルルに辿り着いた
が、不思議なことが一つあった
「この街……結果ないの?」
首をかしげてそうカロルに聞いた
本来どの街にでもあるはずの結界の光の輪が、ここにはないのだ
「そんなはずは…」
そう言いながらエステリーゼはキョロキョロと空を見回す
「三人ともハルルは初めて?」
カロルの問いに、三人揃って頷く
「じゃあここの結界のことも知らないんだ。ハルルの結界って、あの真ん中に見える樹と一体化しちゃっててさ、満開の時期が近づくと一度結界が弱まっちゃうんだ。いつもなら傭兵を雇ってるみたいなんだけど…今年は傭兵が着く前に結界が弱まっちゃったみたいで、そこを魔物に襲われちゃったんだって」
辺りを見ると、確かに傷ついた人たちが沢山目に入る
「なるほど…でも、これは弱まってるってゆーか、消えてるよな」
バッサリとユーリは言い切る
紛れもない事実だけどさ
「魔物に襲われた後から結界が消えちゃって……樹も枯れ始めちゃっているんだ」
そう言いながらカロルは、キョロキョロと辺りを少し見回したりして落ち着きがない
そんな彼を気にも止めていないのか、エステリーゼは一箇所をじっと見つめる
彼女が見ている方向には怪我をした人々が大勢いた
「………私、ちょっと行ってきますね」
「え?あっ、ちょっ!!エステリーゼ?!」
突然そう言ってぼくの静止も聞かずに、エステリーゼは怪我人の方へと走って行ってしまった
…大人しくが出来ない子だなぁ、本当に
自分の立場わかってるんだろうか…
「……あっ、ごめん!ボク、用事思い出したからもう行くね!」
言うだけ言うと、カロルもどこかへと行ってしまう
「……落ち着きないねぇ、みんな」
はぁ…とため息をつきながら腰に手を当てながら項垂れる
「アリシアが言えた口じゃねぇけど…ま、少なくとも今はお前よりも落ち着きないな」
そう言ってユーリは頭に手を乗せてきた
「………それ、ユーリが言う?」
「ま、お互い様ってことで。エステル回収して、樹見に行こうぜ?」
肩を竦めると、一人先に歩き出してしまう
「…一番落ち着きがないのはユーリだと思うんだけど…ねぇ?ラピード」
「クゥーン…」
ちょっぴり耳と尻尾を下げてラピードは鳴いた
多分肯定してくれているんだろう
「…ぼくらも行こうか」
「ワン!!」
ラピードの返事と共に、ユーリたちの方へと歩き始めた
「いやはやお嬢さん、おかげで助かったよ」
「いえ!私に出来ることはこのくらいなので」
少し進むと街の人に囲まれてパタパタと両手を胸の前で振っているエステリーゼの姿が見える
その近くで困ったように手を腰に当てたユーリも見つけた
「ユーリ、何してるの?」
「ん?あぁ…まぁ、あれ見りゃわかるだろ」
そう言ってくいっとエステリーゼの方を指さす
「あー…まぁ、うん、わかる」
苦笑いして応える
あれは連れ出すの難しそうだな
「でも連れて行かないと、でしょ?」
「そうなんだがな」
「じゃあすることは一つじゃん」
そう言って軽くフードを被る
別に騎士がいるわけじゃないけど、念のためね?
「エステリーゼ、そろそろ行こう?」
彼女の肩に手を乗せながらそう言うと、驚いた顔で振り向く
「あっ、アリシア…そうですね、そろそろ行かないとですね」
そう言うと、街の人たちと一言二言言葉を交わしてからぼくを見て頷いて合図を出す
それに頷き返してユーリの方に向かう
「おかえり、お二人さん」
「ごめんなさい、つい夢中になってしまって…」
申し訳なさそうに若干俯いてエステリーゼは言う
「別に怒ってるわけじゃないよ。困ってる人を助けようとするのはエステリーゼのいい所だと思うし。ただ、そっちばっかに目を向けて、本来の目的、忘れちゃダメだよ」
ぼくがそう言うと、エステリーゼは嬉しそうに笑った
「あ、そう言えば街の人がここにフレンが来たと言っていましたよ」
「お、っつーことは追いついたんだな」
「でも、東の方の街に魔道士を呼びに行ってしまったみたいで、今ここにはいないと言われました…」
シュンっと肩を落として彼女は言葉を繋げた
笑ったり落ち込んだり、忙しいなぁ
「兄さんもほっとけない病が発病したのかな…」
「騎士の仕事っていうのもあんじゃねぇの?ま、ここまで律儀にやる奴ァあいつくらいだろ」
「あはは…兄さん、真面目だからね。…それよりも、ハルルの樹見に行くんじゃないの?」
「お、それもそうだったな」
パチンっと指を鳴らすと、ユーリは歩き出す
その後にエステリーゼと一緒について行く
少し坂道を登ったところで、問題のハルルの樹が見えた
「大きい…」
樹の下まで来たところで唖然とする
想像の何倍も大きい
「こんな大きな樹が、丸々結界魔導器 なんですよね…」
同じく唖然とした様子でエステリーゼはそう言った
こんな大きな樹、早々あるものじゃないし、植物と一体化した結界魔導器 も珍しいものだし、この反応が当たり前だと思う
ふと足元を見ると地面が変色しているのが目に入る
いかにも不健康ですと言わんばかりに樹の根元辺りの土はドス黒い色になっていた
…まさか、これが原因?
「あの…フレンが戻って来るまで、怪我をした人たちの手当をしていてもいいですか?」
樹を眺めていた彼女は、視線をぼくらに向けながら問いかけてくる
「別に構わねぇけど、それよりもこっち治さねぇか?」
そう言ってユーリは親指で樹を指差す
「確かに樹治した方がいいかもしれないけど…ユーリ、何かいい案あるの?」
首を傾げると、今から考えんの、と彼は答える
…相変わらず無茶苦茶だなぁ…
そんなことを思って苦笑いしていると、落ち込んだ雰囲気のカロルの姿が目に入る
「あっ、カロル!丁度いい所に!」
エステリーゼがそう声をかけると、少し気怠そうにこちらに顔を向ける
「…何してるの?」
「今ハルルの樹が枯れてる原因を探してるの!」
「なんだ…そのことか……」
そう呟くとまた俯く
…何か、あったのかな?
「なんだって…」
少し不服そうにエステリーゼが言うと、もう一度顔を上げてこちらを向く
「足元、見てみなよ。土の色が変色しているでしょ?…それ、土が魔物の血を吸っちゃってるんだ。それが毒になってハルルの樹を枯らせてるの」
落ち込んだ声でカロルはそう教えてくれた
薄々土が原因なのには気付いてたけど、魔物の血が原因だなんて思わなかった
「カロル先生はなんでも知ってんだな。んじゃ、どうしたらいいかもわかんのか?」
「うん…その為にボクはエッグベアを……」
ユーリの問いに聞き取れるか取れないか微妙な声で呟く
そんなカロルにユーリはゆっくり近づいて、彼の目線に合わせるようにしゃがむ
「なんだよ、ハッキリ言ってみろって」
優しい声でそう言うと、ゆっくり口を開いた
「…パナシーアボトルがあれば治るはずなんだ」
パナシーアボトル……その名前に、少し眉をひそめる
かつて、お母さんを助けるのに必要だったそれが今、再び必要となっている
…また、前みたいにとんでもない価格になってたり、在庫が無くなるくらい売れてたりしない…よね…?
「パナシーアボトルですか…お店に置いてあるといいんですが…」
「ま、ここで言ってても仕方ねぇし、見に行って見るとしようぜ」
ユーリは立ち上がると、お店があった方向へ歩き始める
「…信じてくれるの?」
驚いた顔でカロルはそう言った
「信じるも何も嘘ついてるわけじゃねぇだろ?」
ユーリは立ち止まってそう言いながら笑う
ポカーンとしたままのカロルを置いて再び歩き出した
「あっ!待ってよ、ユーリー!」
そのユーリの後を走って追いかけた
「いらっしゃい、いい品揃ってるよ」
お店につくなり、店員さんがそう声をかけてくる
「パナシーアボトルは置いてあるか?」
「悪いねぇ、生憎切らせてるんだよ。材料さえ揃えば作ることが出来るんだけどねぇ」
困ったように肩を竦めながら店員さんは答える
あぁ…価格が意味わかんないくらい高くはなってないけど、在庫切れの方だった…
…なんでぼくの嫌な予感はいつも当たっちゃうの……
唯一の救いは、材料さえ揃えられれば作って貰えることかなぁ…
「何があれば作れる?」
「エッグベアの爪、ニアの実、それとルルリエの花びらだよ。けど、パナシーアボトルを一体何に使うんだい?」
「ハルルの樹を治すんです」
「え?樹にパナシーアボトルを使うなんて聞いたことないなぁ…」
首を傾げながら店員さんはそう言った
こうゆう反応されるから、カロルはあんなに驚いた顔したんだ…
「ニアの実ってあれかな、クオイの森にあったオレンジ色のやつ」
「そ、あれだよ」
ぼくの問いに答えたのはユーリだった
そう言えば、ユーリは騎士団に居た時に帝都から離れてたことがあったから知っててもおかしくないのか
「エッグベアって、確かカロルが探してた魔物だよね?」
「だな。あいつ、その為に森に居たんだな」
「ルルリエの花びらというのは?」
「ハルルの樹があるだろう?あれの花びらさ。普通なら魔導樹脂 を使うんだが、このあたりにはないからね」
エステリーゼの問いに、店員さんらそう教えてくれた
「でも、花は枯れてしまっていますし…」
落ち込んだ声でエステリーゼは俯いた
「ルルリエの花びらは長が持っていると思うから聞いてみてよ」
そんなエステリーゼを励ますように店員さんは声をかける
「わかった。素材が集まったらまた来る」
ユーリはそう答えてお店に背を向ける
その彼の後ろをついて歩く
「ほらカロル、行くぞ」
近くの茂みを見つめてユーリはそう言う
すると、おずおずとカロルが顔を出す
「…本当に信じてくれるの?」
「さっきも言ったが、嘘ついてるわけじゃねぇんだろ?オレら、エッグベアの事わかんねぇし、ついて来てくれねぇか?」
ニッと笑いながらユーリはカロルにそう言った
すると、頼られるのが嬉しいのか、すぐにパァっと笑顔になる
「しょ…しょうがないなぁ…!魔狩りの剣のエースのボクがついて行ってあげるよ!」
「よろしくお願いしますね、カロル!」
エッヘンっと腰に手を当てながら言ったカロルにエステリーゼは微笑みかける
「……調子いいんだから」
ポツリと小さな声でそう呟いた
「んじゃま、さっさと行こうぜ」
ぼくが言った言葉は誰にも聞こえていなかったようで、誰も気にせずにユーリに合わせて街の入口の方に向かって歩き出す
置いて行かれるのは嫌なので、大人しく三人と一匹の後について行こうと一歩踏み出す
《……助けて………》
ふと、何処からともなくそんな声が聞こえて振り向く
けど、後ろには誰もいない
…気のせい、だろうか?
そう思って前に向き直して歩こうとする
《………助けて、『新月』よ………》
『新月』……その言葉に思い切り振り返る
「……誰………?」
ポツリと呟くが、それに答える声はない
『新月』という呼び方は凄く久しぶりに聞いた
…それは、まだ家族と過ごして居た時にお母様が呼ばれていた呼び方だ
何故今……ここでその言葉が聞こえたのだろう
街の入口の方に振り向いてみるが、ユーリたちの姿はもうない
多分、ぼくが居ないことに気づいてないんだろう
…ごめん、ユーリ
心の中で彼に謝って、ぼくはハルルの樹の元へと走り出した
〜ユーリside〜
「あれ?アリシアは??」
クオイの森についてすぐ、カロルがキョロキョロとあたりを見回す
…言われてみれば、ハルルの街を出たあたりから居なかったような気がする
「やべ…置いて来ちまったかもな…」
頭の後ろを掻きながらそう言う
「ど、どうしましょう…!」
「…まぁ、アリシアのことだから、街で待っててくれてるとは思うんだが…」
なんて自分で言ったが、アリシアが一人で大人しく待っていると言い切る自信はない
むしろ大人しく待っていたら奇跡じゃないかと思う
「…いや、なるべく早く戻ろう。あいつなら追いかけてきてもおかしくねぇ」
そう言って森の中を進もうと歩き始める
「…あのさ、今聞く事じゃ無いかもしれないけど、なんでみんな武醒魔導器 なんて貴重品持ってるの?」
歩きながらカロルがそう聞いてくる
「カロルだって持ってるだろ?」
ちょっと振り返ってそう聞き返す
「ボクはギルドに所属してるから手に入れる機会はいつでもあるよ」
「ふーん……オレは前に騎士団いたから辞める時に餞別で貰ったの。ラピードのは前のご主人の形見だな」
「餞別って……それ、盗難じゃ………えっと…エステルは?」
苦い顔をしてオレを見たが、すぐにエステルに話題を振る
「あ……私は………」
そこまで言って口を閉ざす
言いづらいんだということがすぐにわかった
「エステルは貴族だから、手に入れる機会なんて幾らでもあったんだろ」
彼女の代わりにそう答える
…まぁ、ただの『貴族』ってわけじゃあなさそうだけど、な
『貴族』という言葉にカロルは納得したように頷く
「やっぱりそうなんだ。ユーリと違って上品だもんね。アリシアは??」
「あいつのは…確か、父親の形見、とか言ってたかな」
自分の記憶を辿りながらそう答える
アリシアは初めて会ったその時からあれを持っていた
騎士団に入る前に武醒魔導器 だと知って、聞いた時に確かに形見だと言っていたはずだ
「アリシアのお父さんって、騎士だったの?」
「みたいだな。悪ぃ、その辺はあんま聞いてねぇんだわ」
手をひらひらさせてそう答える
実際本当にその辺は詳しく聞いてないし、聞いても軽く流されるのがオチだ
「…アリシアって、なんか不思議だね。見た目とか口調とか…」
うーんと顎に手を当てながらカロルは言う
「カロルもそう思います?」
「うん。最初に会った時は男の子だと思ったくらいだし。女の子だとは思わなかったよね」
「私も初めはそう思いました」
エステルとカロルは口々にそう言う
気持ちが分からないわけではない
オレも初めて服装が変わった時はそう思ったくらいだ
…アリシアには言わなかったが、フレンと二人して驚いたのを今でも覚えている
「ま、今に始まった事じゃねぇし…オレはあんま気にしてねぇけどな。そんなことより、さっさと行こうぜ」
首を傾げる二人にそう声をかけて、前を向く
アリシアが不思議なのは昔からだ
何かを隠している
それは、フレンも同じだ
二人揃って何かを必死に隠そうとしている
聞いても教えてはくれない
それほど人に知られたくない事なんだろうが、やはり何処か壁を感じてしまう
「……いつになったら、話してくれるんだろうな?ラピード」
隣を歩いている相棒にそう声をかけると、少し寂しそうにクゥーンっと鳴く
教えて貰えないことへのもどかしさと、一人置いてきてしまったアリシアが無茶をしていないかという不安を抱えながら、歩く速度を少し早めた
〜アリシアside〜
声の主を探しながら樹の根元まで戻って来た
まだこの街に居るのか、そもそも本当に話しかけられたのかさえ定かではないけれど…
どうしても気になって仕方ない
まだ『新月』の存在を知っている人が居るのなら…
…騎士でなければ会ってみたい
そんな好奇心から探し回って、樹の裏側に来てみたけど…
「…やっぱり、気のせいだったのかな…」
樹を見上げながら一人呟く
ぼくを呼んでらしき人影なんてないし、やっぱり空耳だったのかもしれない
…みんなが帰ってくるまで、ここで待ってようかな
《……助けて、『新月』……》
「っ!!…また、この声……」
キョロキョロとあたりを見回しながら呟く
いい加減、この正体不明の声が怖い
「…誰?」
《あなたの…後ろ》
その答えに勢い良く振り返る
…後ろにあるのはハルルの樹だけ……
「……まさか、貴方なの?」
樹の幹に触れながら問い返す
《………えぇ………》
ぼくの問いにそう返ってくる
つまり、ずっと助けを求めて来ていたのはハルルの樹だという事だ
ハルルの樹に返事を返そうとした時、表の方から聞き慣れた声が聞こえてきた
「カロル、頼む」
そう言ったのは紛れもなくユーリだ
恐らくパナシーアボトルの材料を集めて持って来たんだろう
声が聞こえて少ししてから、樹が光を放ち始めた
パナシーアボトルが効いている証だろう
これなら大丈夫、そう思った
でも、一瞬にしてその光は失われてしまった
《………駄目………やはり……あなたでないと………》
消えそうなハルルの樹の声が聞こえてくる
「でも…ぼく、どうすればいいかわからない」
《あなたなら……きっと出来るわ……》
わからないと言ったぼくに、ハルルの樹はそう言った
出来るって言われても……
うーん、と唸りながら腕を組む
確かに治癒術は使えるけど、樹を治す治癒術なんて知らないし…
…なんとなく、腕を前に伸ばして目を閉じる
すると、足元に魔法陣が浮かび上がる
ぼく自身はどうすればいいか全くわからないけど、この『力』の方はどうすればいいかわかるらしく、ぼくが考えなくても勝手に術が組み上がっていく
「………咲いて」
そう言って手を胸の前で組んだ
それと同時にフワッと足元から風が吹き上がる感覚がして目を開ける
すると、目の前には綺麗に花を咲かせたハルルの樹が映る
「うわ………咲いた………」
そう呟きながら手を解いて見上げる
まさかあれで本当に咲くとは思わなかった
《ありがとう、『新月』よ》
背後から聞こえたその声に振り返ると、全体的に淡いピンク色に身を包んだ女性が見えた
「……あなたがハルルの樹?」
首を傾げてそう聞くと、女性は軽く首を横に振る
《少し違うわ。私の名はドリアード》
「『ドリアード』………?」
《えぇ、そう。…この樹の守り神……のようなものね》
そう言って彼女はニコリと微笑んだ
「…どうして、わたしのことを知っているの?」
《わかるわ。だって、あなたの『力』は私達にとって、とても大切なものだもの》
「私『達』?」
《えぇ。……大丈夫、あなたを守ってくれる存在は他にもたくさんいるわ。……だから、今はできる限り、遠くに逃げて》
そう言うと、ぼくの返事も聞かずに彼女は姿を消してしまった
……『私達』って、一体誰のことを言っているんだろ……?
「アリシアっ!!」
そんなことを考えていると、聞き慣れた声がきこえてくる
振り向くと、若干青ざめた表情のユーリたちが駆け寄って来るのが目に入った!
「ユーリ……ごめんね、勝手に居なくなって」
駆け寄って来たユーリにそう言って肩を竦めた
「ったく…本気で冷や汗かいたっつーの…もう勝手に居なくなんの、やめてくれよな?」
ポンっとぼくの頭の上に手を乗せながらユーリは真剣な顔で言った
「はーい!」
ニカッと笑ってそう答えた
《ドリアード》のことは気になるけど、消えてしまった今はどうにも出来ないし…
「でも、なんでハルルの樹……治ったんだろう…?パナシーアボトルかけても、治りきらなかったのに…」
カロルが首を傾げながら腕を組んで呟いた
「細かいことはいいじゃねぇか。こうして治ったんだしな」
「はい!街の人はパナシーアボトルのおかげだと思っているみたいですし、それでいいと思いますよ」
ニコニコと笑いながら、エステリーゼは言った
…これ、ぼくがやりましたって言わない方が良さそうだなぁ
「ユーリ、これからどうするの?」
「ん?あぁ…とりあえずフレン来んの待ってようと思ってたんだが…」
そう言いながらハルルの樹の奥の方をチラッと見る
彼に合わせてぼくもそっちを見ると、何やら怪しげなフードを被った赤いゴーグルのようなものをかけた集団が居るのが見えた
「…ちと厄介なのが居るんでね。先にモルディオを探そうと思うんだ」
「それじゃあ、その厄介な人たちに見つかる前に街出ないとね」
「おう、そうだな」
ユーリはそう言って、ぼくの手を引いて街の入口の方へ走り出す
「あっ、ユーリ!待ってください!」
「え?あっ、ちょっ…!!ぼ、ボクも行くから置いてかないでー!!」
後からエステリーゼとカロルのそんな声が聞こえてくる
二人がついてくる理由はわからないけど、旅をするのに仲間が大勢居た方が楽しそうだ
クスッと笑いながら前を向いて足を動かし続ける
「アリシア、『アスピオ』って街が何処にあるか、知ってるか?」
「兄さんが持ってた地図見た時、確かここから東の方角にあったと思うよ」
「んじゃ、東に向かってみるとしますかね」
走りながら、少しぼくの方を向いてユーリはニカッと笑った
今、何かから逃げるように走っているはずなのに、何故か楽しく感じられる
『あの日の夜』とは違って
「…………また、ね」
少しハルルの樹の方を見て小さく彼女に別れを告げた
しっかりと話をすることは出来なかったけど……
でも、また会えるようなきがする
しっかり前を向いて、ぼくらはアスピオへと向かった
「ここがハルルだよ!」
カロルに連れられて数十分、ぼくらはハルルに辿り着いた
が、不思議なことが一つあった
「この街……結果ないの?」
首をかしげてそうカロルに聞いた
本来どの街にでもあるはずの結界の光の輪が、ここにはないのだ
「そんなはずは…」
そう言いながらエステリーゼはキョロキョロと空を見回す
「三人ともハルルは初めて?」
カロルの問いに、三人揃って頷く
「じゃあここの結界のことも知らないんだ。ハルルの結界って、あの真ん中に見える樹と一体化しちゃっててさ、満開の時期が近づくと一度結界が弱まっちゃうんだ。いつもなら傭兵を雇ってるみたいなんだけど…今年は傭兵が着く前に結界が弱まっちゃったみたいで、そこを魔物に襲われちゃったんだって」
辺りを見ると、確かに傷ついた人たちが沢山目に入る
「なるほど…でも、これは弱まってるってゆーか、消えてるよな」
バッサリとユーリは言い切る
紛れもない事実だけどさ
「魔物に襲われた後から結界が消えちゃって……樹も枯れ始めちゃっているんだ」
そう言いながらカロルは、キョロキョロと辺りを少し見回したりして落ち着きがない
そんな彼を気にも止めていないのか、エステリーゼは一箇所をじっと見つめる
彼女が見ている方向には怪我をした人々が大勢いた
「………私、ちょっと行ってきますね」
「え?あっ、ちょっ!!エステリーゼ?!」
突然そう言ってぼくの静止も聞かずに、エステリーゼは怪我人の方へと走って行ってしまった
…大人しくが出来ない子だなぁ、本当に
自分の立場わかってるんだろうか…
「……あっ、ごめん!ボク、用事思い出したからもう行くね!」
言うだけ言うと、カロルもどこかへと行ってしまう
「……落ち着きないねぇ、みんな」
はぁ…とため息をつきながら腰に手を当てながら項垂れる
「アリシアが言えた口じゃねぇけど…ま、少なくとも今はお前よりも落ち着きないな」
そう言ってユーリは頭に手を乗せてきた
「………それ、ユーリが言う?」
「ま、お互い様ってことで。エステル回収して、樹見に行こうぜ?」
肩を竦めると、一人先に歩き出してしまう
「…一番落ち着きがないのはユーリだと思うんだけど…ねぇ?ラピード」
「クゥーン…」
ちょっぴり耳と尻尾を下げてラピードは鳴いた
多分肯定してくれているんだろう
「…ぼくらも行こうか」
「ワン!!」
ラピードの返事と共に、ユーリたちの方へと歩き始めた
「いやはやお嬢さん、おかげで助かったよ」
「いえ!私に出来ることはこのくらいなので」
少し進むと街の人に囲まれてパタパタと両手を胸の前で振っているエステリーゼの姿が見える
その近くで困ったように手を腰に当てたユーリも見つけた
「ユーリ、何してるの?」
「ん?あぁ…まぁ、あれ見りゃわかるだろ」
そう言ってくいっとエステリーゼの方を指さす
「あー…まぁ、うん、わかる」
苦笑いして応える
あれは連れ出すの難しそうだな
「でも連れて行かないと、でしょ?」
「そうなんだがな」
「じゃあすることは一つじゃん」
そう言って軽くフードを被る
別に騎士がいるわけじゃないけど、念のためね?
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彼女の肩に手を乗せながらそう言うと、驚いた顔で振り向く
「あっ、アリシア…そうですね、そろそろ行かないとですね」
そう言うと、街の人たちと一言二言言葉を交わしてからぼくを見て頷いて合図を出す
それに頷き返してユーリの方に向かう
「おかえり、お二人さん」
「ごめんなさい、つい夢中になってしまって…」
申し訳なさそうに若干俯いてエステリーゼは言う
「別に怒ってるわけじゃないよ。困ってる人を助けようとするのはエステリーゼのいい所だと思うし。ただ、そっちばっかに目を向けて、本来の目的、忘れちゃダメだよ」
ぼくがそう言うと、エステリーゼは嬉しそうに笑った
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笑ったり落ち込んだり、忙しいなぁ
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「お、それもそうだったな」
パチンっと指を鳴らすと、ユーリは歩き出す
その後にエステリーゼと一緒について行く
少し坂道を登ったところで、問題のハルルの樹が見えた
「大きい…」
樹の下まで来たところで唖然とする
想像の何倍も大きい
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同じく唖然とした様子でエステリーゼはそう言った
こんな大きな樹、早々あるものじゃないし、植物と一体化した
ふと足元を見ると地面が変色しているのが目に入る
いかにも不健康ですと言わんばかりに樹の根元辺りの土はドス黒い色になっていた
…まさか、これが原因?
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樹を眺めていた彼女は、視線をぼくらに向けながら問いかけてくる
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そう言ってユーリは親指で樹を指差す
「確かに樹治した方がいいかもしれないけど…ユーリ、何かいい案あるの?」
首を傾げると、今から考えんの、と彼は答える
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そんなことを思って苦笑いしていると、落ち込んだ雰囲気のカロルの姿が目に入る
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少し不服そうにエステリーゼが言うと、もう一度顔を上げてこちらを向く
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落ち込んだ声でカロルはそう教えてくれた
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ユーリの問いに聞き取れるか取れないか微妙な声で呟く
そんなカロルにユーリはゆっくり近づいて、彼の目線に合わせるようにしゃがむ
「なんだよ、ハッキリ言ってみろって」
優しい声でそう言うと、ゆっくり口を開いた
「…パナシーアボトルがあれば治るはずなんだ」
パナシーアボトル……その名前に、少し眉をひそめる
かつて、お母さんを助けるのに必要だったそれが今、再び必要となっている
…また、前みたいにとんでもない価格になってたり、在庫が無くなるくらい売れてたりしない…よね…?
「パナシーアボトルですか…お店に置いてあるといいんですが…」
「ま、ここで言ってても仕方ねぇし、見に行って見るとしようぜ」
ユーリは立ち上がると、お店があった方向へ歩き始める
「…信じてくれるの?」
驚いた顔でカロルはそう言った
「信じるも何も嘘ついてるわけじゃねぇだろ?」
ユーリは立ち止まってそう言いながら笑う
ポカーンとしたままのカロルを置いて再び歩き出した
「あっ!待ってよ、ユーリー!」
そのユーリの後を走って追いかけた
「いらっしゃい、いい品揃ってるよ」
お店につくなり、店員さんがそう声をかけてくる
「パナシーアボトルは置いてあるか?」
「悪いねぇ、生憎切らせてるんだよ。材料さえ揃えば作ることが出来るんだけどねぇ」
困ったように肩を竦めながら店員さんは答える
あぁ…価格が意味わかんないくらい高くはなってないけど、在庫切れの方だった…
…なんでぼくの嫌な予感はいつも当たっちゃうの……
唯一の救いは、材料さえ揃えられれば作って貰えることかなぁ…
「何があれば作れる?」
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「ハルルの樹を治すんです」
「え?樹にパナシーアボトルを使うなんて聞いたことないなぁ…」
首を傾げながら店員さんはそう言った
こうゆう反応されるから、カロルはあんなに驚いた顔したんだ…
「ニアの実ってあれかな、クオイの森にあったオレンジ色のやつ」
「そ、あれだよ」
ぼくの問いに答えたのはユーリだった
そう言えば、ユーリは騎士団に居た時に帝都から離れてたことがあったから知っててもおかしくないのか
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「だな。あいつ、その為に森に居たんだな」
「ルルリエの花びらというのは?」
「ハルルの樹があるだろう?あれの花びらさ。普通なら
エステリーゼの問いに、店員さんらそう教えてくれた
「でも、花は枯れてしまっていますし…」
落ち込んだ声でエステリーゼは俯いた
「ルルリエの花びらは長が持っていると思うから聞いてみてよ」
そんなエステリーゼを励ますように店員さんは声をかける
「わかった。素材が集まったらまた来る」
ユーリはそう答えてお店に背を向ける
その彼の後ろをついて歩く
「ほらカロル、行くぞ」
近くの茂みを見つめてユーリはそう言う
すると、おずおずとカロルが顔を出す
「…本当に信じてくれるの?」
「さっきも言ったが、嘘ついてるわけじゃねぇんだろ?オレら、エッグベアの事わかんねぇし、ついて来てくれねぇか?」
ニッと笑いながらユーリはカロルにそう言った
すると、頼られるのが嬉しいのか、すぐにパァっと笑顔になる
「しょ…しょうがないなぁ…!魔狩りの剣のエースのボクがついて行ってあげるよ!」
「よろしくお願いしますね、カロル!」
エッヘンっと腰に手を当てながら言ったカロルにエステリーゼは微笑みかける
「……調子いいんだから」
ポツリと小さな声でそう呟いた
「んじゃま、さっさと行こうぜ」
ぼくが言った言葉は誰にも聞こえていなかったようで、誰も気にせずにユーリに合わせて街の入口の方に向かって歩き出す
置いて行かれるのは嫌なので、大人しく三人と一匹の後について行こうと一歩踏み出す
《……助けて………》
ふと、何処からともなくそんな声が聞こえて振り向く
けど、後ろには誰もいない
…気のせい、だろうか?
そう思って前に向き直して歩こうとする
《………助けて、『新月』よ………》
『新月』……その言葉に思い切り振り返る
「……誰………?」
ポツリと呟くが、それに答える声はない
『新月』という呼び方は凄く久しぶりに聞いた
…それは、まだ家族と過ごして居た時にお母様が呼ばれていた呼び方だ
何故今……ここでその言葉が聞こえたのだろう
街の入口の方に振り向いてみるが、ユーリたちの姿はもうない
多分、ぼくが居ないことに気づいてないんだろう
…ごめん、ユーリ
心の中で彼に謝って、ぼくはハルルの樹の元へと走り出した
〜ユーリside〜
「あれ?アリシアは??」
クオイの森についてすぐ、カロルがキョロキョロとあたりを見回す
…言われてみれば、ハルルの街を出たあたりから居なかったような気がする
「やべ…置いて来ちまったかもな…」
頭の後ろを掻きながらそう言う
「ど、どうしましょう…!」
「…まぁ、アリシアのことだから、街で待っててくれてるとは思うんだが…」
なんて自分で言ったが、アリシアが一人で大人しく待っていると言い切る自信はない
むしろ大人しく待っていたら奇跡じゃないかと思う
「…いや、なるべく早く戻ろう。あいつなら追いかけてきてもおかしくねぇ」
そう言って森の中を進もうと歩き始める
「…あのさ、今聞く事じゃ無いかもしれないけど、なんでみんな
歩きながらカロルがそう聞いてくる
「カロルだって持ってるだろ?」
ちょっと振り返ってそう聞き返す
「ボクはギルドに所属してるから手に入れる機会はいつでもあるよ」
「ふーん……オレは前に騎士団いたから辞める時に餞別で貰ったの。ラピードのは前のご主人の形見だな」
「餞別って……それ、盗難じゃ………えっと…エステルは?」
苦い顔をしてオレを見たが、すぐにエステルに話題を振る
「あ……私は………」
そこまで言って口を閉ざす
言いづらいんだということがすぐにわかった
「エステルは貴族だから、手に入れる機会なんて幾らでもあったんだろ」
彼女の代わりにそう答える
…まぁ、ただの『貴族』ってわけじゃあなさそうだけど、な
『貴族』という言葉にカロルは納得したように頷く
「やっぱりそうなんだ。ユーリと違って上品だもんね。アリシアは??」
「あいつのは…確か、父親の形見、とか言ってたかな」
自分の記憶を辿りながらそう答える
アリシアは初めて会ったその時からあれを持っていた
騎士団に入る前に
「アリシアのお父さんって、騎士だったの?」
「みたいだな。悪ぃ、その辺はあんま聞いてねぇんだわ」
手をひらひらさせてそう答える
実際本当にその辺は詳しく聞いてないし、聞いても軽く流されるのがオチだ
「…アリシアって、なんか不思議だね。見た目とか口調とか…」
うーんと顎に手を当てながらカロルは言う
「カロルもそう思います?」
「うん。最初に会った時は男の子だと思ったくらいだし。女の子だとは思わなかったよね」
「私も初めはそう思いました」
エステルとカロルは口々にそう言う
気持ちが分からないわけではない
オレも初めて服装が変わった時はそう思ったくらいだ
…アリシアには言わなかったが、フレンと二人して驚いたのを今でも覚えている
「ま、今に始まった事じゃねぇし…オレはあんま気にしてねぇけどな。そんなことより、さっさと行こうぜ」
首を傾げる二人にそう声をかけて、前を向く
アリシアが不思議なのは昔からだ
何かを隠している
それは、フレンも同じだ
二人揃って何かを必死に隠そうとしている
聞いても教えてはくれない
それほど人に知られたくない事なんだろうが、やはり何処か壁を感じてしまう
「……いつになったら、話してくれるんだろうな?ラピード」
隣を歩いている相棒にそう声をかけると、少し寂しそうにクゥーンっと鳴く
教えて貰えないことへのもどかしさと、一人置いてきてしまったアリシアが無茶をしていないかという不安を抱えながら、歩く速度を少し早めた
〜アリシアside〜
声の主を探しながら樹の根元まで戻って来た
まだこの街に居るのか、そもそも本当に話しかけられたのかさえ定かではないけれど…
どうしても気になって仕方ない
まだ『新月』の存在を知っている人が居るのなら…
…騎士でなければ会ってみたい
そんな好奇心から探し回って、樹の裏側に来てみたけど…
「…やっぱり、気のせいだったのかな…」
樹を見上げながら一人呟く
ぼくを呼んでらしき人影なんてないし、やっぱり空耳だったのかもしれない
…みんなが帰ってくるまで、ここで待ってようかな
《……助けて、『新月』……》
「っ!!…また、この声……」
キョロキョロとあたりを見回しながら呟く
いい加減、この正体不明の声が怖い
「…誰?」
《あなたの…後ろ》
その答えに勢い良く振り返る
…後ろにあるのはハルルの樹だけ……
「……まさか、貴方なの?」
樹の幹に触れながら問い返す
《………えぇ………》
ぼくの問いにそう返ってくる
つまり、ずっと助けを求めて来ていたのはハルルの樹だという事だ
ハルルの樹に返事を返そうとした時、表の方から聞き慣れた声が聞こえてきた
「カロル、頼む」
そう言ったのは紛れもなくユーリだ
恐らくパナシーアボトルの材料を集めて持って来たんだろう
声が聞こえて少ししてから、樹が光を放ち始めた
パナシーアボトルが効いている証だろう
これなら大丈夫、そう思った
でも、一瞬にしてその光は失われてしまった
《………駄目………やはり……あなたでないと………》
消えそうなハルルの樹の声が聞こえてくる
「でも…ぼく、どうすればいいかわからない」
《あなたなら……きっと出来るわ……》
わからないと言ったぼくに、ハルルの樹はそう言った
出来るって言われても……
うーん、と唸りながら腕を組む
確かに治癒術は使えるけど、樹を治す治癒術なんて知らないし…
…なんとなく、腕を前に伸ばして目を閉じる
すると、足元に魔法陣が浮かび上がる
ぼく自身はどうすればいいか全くわからないけど、この『力』の方はどうすればいいかわかるらしく、ぼくが考えなくても勝手に術が組み上がっていく
「………咲いて」
そう言って手を胸の前で組んだ
それと同時にフワッと足元から風が吹き上がる感覚がして目を開ける
すると、目の前には綺麗に花を咲かせたハルルの樹が映る
「うわ………咲いた………」
そう呟きながら手を解いて見上げる
まさかあれで本当に咲くとは思わなかった
《ありがとう、『新月』よ》
背後から聞こえたその声に振り返ると、全体的に淡いピンク色に身を包んだ女性が見えた
「……あなたがハルルの樹?」
首を傾げてそう聞くと、女性は軽く首を横に振る
《少し違うわ。私の名はドリアード》
「『ドリアード』………?」
《えぇ、そう。…この樹の守り神……のようなものね》
そう言って彼女はニコリと微笑んだ
「…どうして、わたしのことを知っているの?」
《わかるわ。だって、あなたの『力』は私達にとって、とても大切なものだもの》
「私『達』?」
《えぇ。……大丈夫、あなたを守ってくれる存在は他にもたくさんいるわ。……だから、今はできる限り、遠くに逃げて》
そう言うと、ぼくの返事も聞かずに彼女は姿を消してしまった
……『私達』って、一体誰のことを言っているんだろ……?
「アリシアっ!!」
そんなことを考えていると、聞き慣れた声がきこえてくる
振り向くと、若干青ざめた表情のユーリたちが駆け寄って来るのが目に入った!
「ユーリ……ごめんね、勝手に居なくなって」
駆け寄って来たユーリにそう言って肩を竦めた
「ったく…本気で冷や汗かいたっつーの…もう勝手に居なくなんの、やめてくれよな?」
ポンっとぼくの頭の上に手を乗せながらユーリは真剣な顔で言った
「はーい!」
ニカッと笑ってそう答えた
《ドリアード》のことは気になるけど、消えてしまった今はどうにも出来ないし…
「でも、なんでハルルの樹……治ったんだろう…?パナシーアボトルかけても、治りきらなかったのに…」
カロルが首を傾げながら腕を組んで呟いた
「細かいことはいいじゃねぇか。こうして治ったんだしな」
「はい!街の人はパナシーアボトルのおかげだと思っているみたいですし、それでいいと思いますよ」
ニコニコと笑いながら、エステリーゼは言った
…これ、ぼくがやりましたって言わない方が良さそうだなぁ
「ユーリ、これからどうするの?」
「ん?あぁ…とりあえずフレン来んの待ってようと思ってたんだが…」
そう言いながらハルルの樹の奥の方をチラッと見る
彼に合わせてぼくもそっちを見ると、何やら怪しげなフードを被った赤いゴーグルのようなものをかけた集団が居るのが見えた
「…ちと厄介なのが居るんでね。先にモルディオを探そうと思うんだ」
「それじゃあ、その厄介な人たちに見つかる前に街出ないとね」
「おう、そうだな」
ユーリはそう言って、ぼくの手を引いて街の入口の方へ走り出す
「あっ、ユーリ!待ってください!」
「え?あっ、ちょっ…!!ぼ、ボクも行くから置いてかないでー!!」
後からエステリーゼとカロルのそんな声が聞こえてくる
二人がついてくる理由はわからないけど、旅をするのに仲間が大勢居た方が楽しそうだ
クスッと笑いながら前を向いて足を動かし続ける
「アリシア、『アスピオ』って街が何処にあるか、知ってるか?」
「兄さんが持ってた地図見た時、確かここから東の方角にあったと思うよ」
「んじゃ、東に向かってみるとしますかね」
走りながら、少しぼくの方を向いてユーリはニカッと笑った
今、何かから逃げるように走っているはずなのに、何故か楽しく感じられる
『あの日の夜』とは違って
「…………また、ね」
少しハルルの樹の方を見て小さく彼女に別れを告げた
しっかりと話をすることは出来なかったけど……
でも、また会えるようなきがする
しっかり前を向いて、ぼくらはアスピオへと向かった