第一章 始まりの出会い
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『始まり』はいつだったろうか
『ぼく』が産まれた時?
それとも、もっと前だったのだろうか?
『始まり』がいつだったのかはわからない
けれど………
ーーーー『あの日』のことは、いつまでも頭から離れないーーーー
*最初の始まり
カシャッカシャッと金属の擦れる音が、夜の市民街に響く
騎士団の隊長と思わしき鎧を身に纏った男が、腕に子どもを抱き抱え息を切らせながら、速度を落とすことなく駆けている
一軒の家の前に辿り着くと、ドンドンッ!っと激しくノックする
「こんな時間どちらs………に、兄さんっ!?どうしたのですか、その傷は…!!」
中から出て来た男もまた、騎士の鎧を身に纏っている
違うのは、ノックした男よりもかなり軽装備な所だろう
「はっ……はぁ……はぁ………ファイナス……頼みが……ある……」
ゲホッゲホッと咳き込みながら、男は抱いていた子どもを差し出す
「私の……子を…匿ってくれ」
今にもその命が尽き果ててしまいそうな状態で、『ファイナス』と呼んだ男を見つめる
歳は彼の方が若いが、その顔立ちは限りなく酷似している
『兄弟』、それが彼らの繋がりであった
「それは構わないですが…!!兄さんも傷の手当を…!!」
ファイナスは兄から子どもを受け取ると、家の中に入るように戸を開けきる
が、彼はそれに応えず、首を横に振る
「彼女の………妻の元に、戻らねば……っ!!」
それだけ告げると、体を引きずるように元来た道を歩き出す
「兄さんっ!!…すまない、ノレイン、この子を頼むっ!!」
ファイナスは子どもを自身の妻に託し、兄の後を追いかける
が、途中から走り出したらしく、既に姿が見えなくなっていた
「兄さん……何があったと言うのですか……?」
ギリッと奥歯を噛み締めながら、その場には居ない兄に対してそう呟く
所々に血の痕が見えるが、これ程暗い中を追いかけるのには少々無理がある
悔しさを噛み締めながら、ファイナスは家にと戻る
中に入ると、妻であるノレインと息子のフレンが、兄が抱えていた子どもを宥めているのが目に入る
『アリアンナ』……それが、その子の名前だ
あまり多く会ったことがなかったが、彼女の顔立ちは兄そっくりであった
だが、目だけは母親によく似ている
今は、ぎゅっと丸まるように両腕を抱え膝を曲げて顔を埋めている為、その顔は見えないが…
「アリアンナ…何があったか、話せるかな?」
怯えている少女に、優しくファイナスは問いかける
すると、彼女はゆっくりと顔を上げた
余程怖かったのだろう、泣き腫らした目に、頬には涙の痕がくっきりと残っている
「………あのね………騎士さんたちが、いーっぱいきて……お母様……つれてかれちゃった……」
再び目元に涙を溜めながら、か細い声で答える
アリアンナの答えに、ファイナスは驚きを隠せなかった
皇族であった少女の母親が、騎士に連れていかれるなどと、到底有り得なかった
そんな彼を他所に、アリアンナは言葉を続ける
「お父様がね……なぜ?って、聞いたら……娘とひきかえだって……お父様がことわったらね……騎士さんたち、おそってきて……」
ポロッとアリアンナの目から涙が零れる
「お父様……わたしを抱いて逃げたの……ずーっとずーっと走ったの……来る途中でね……おじさん達の言う事、ちゃんと聞くんだよって……」
「……アリアンナ、もういい、もう大丈夫…怖かったね」
怯えながら、必死で説明していたアリアンナをファイナスは優しく抱きしめる
そっと頭を撫でていると、グスッと泣き声が聞こえる
「あなた……どうしましょうか……?」
ノレインは不安そうに問いかける
兄は恐らく、城へ戻った
連れ出した筈の彼女が居なければ?
間違いなく、騎士の目はここへも向けられるだろう
人脈の強い兄であった為、すぐに目を向けられることはないかもしれない
だが、バレるのも時間の問題である
「……ノレイン、私はこの子を誰かに手渡す気は更々ないよ」
真剣な眼差しでファイナスはノレインを見つめる
何が目的かは分からないが、この子を渡してはいけない
胸の奥でそんな気がしていた
「……えぇ、そうね……まだこんなに小さいのに……」
ノレインはファイナスとアリアンナに近づくと、そっと彼女の頭を撫でる
ノレインとて、みすみす彼女を手渡す気はなかった
「……僕がアリアの傍にいる」
じっとファイナスを見上げながら、フレンも傍による
まだ幼いながらその正義感は父親譲りと言っても過言ではない程に持っていた
「あぁ、私が居ない間、頼んだぞフレン」
ポンッとフレンの頭を撫でながらファイナスは微笑む
自身の子の成長が、彼にはとても嬉しかった
「でも、アリアンナと呼んでいたら、すぐにバレてしまうわね……」
困ったようにノレインが顔を歪める
それもそうだ
この歳の子は限られているし、ましてや同じ名前の子供がいる可能性は、限りなくゼロに近い
「…なら、別の名前で呼ぶのは?」
「うむ、その方が良さそうだな」
フレンの提案にファイナスは唸りながら考える
兄が必死に考えて付けた名前を、勝手に変えてしまうのは少々気が引けたが、完全に変えるのではなく『偽名』だ
『偽名』とはいえ、下手な名前は付けられない
しばらく考え続け、ようやく一つの名前が思い浮かんだ
「……『アリシア』……」
ファイナスがそう呟くと、今まで俯いていたアリアンナは僅かに顔をあげて首を傾げる
「アリアンナ、今日から『アリシア・シーフォ』と名乗るんだ。そして、私の娘としてここで一緒に住もう?」
ファイナスの言葉にアリアンナは驚いた
まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかった
少し躊躇してしまっていたが父との約束もあった故に、彼女は大きく頷いた
「それじゃあ、明日洋服を買いに行きましょう。あなたがいつも着ていたようなものは買えないけれど」
クスッと笑いながらノレインは肩を竦める
アリアンナ……いや、アリシアはそれに首を横に振る
「……いつものじゃなくていいの」
目元に溜まった涙を拭いながら、僅かに微笑む
いつも会った時に見せる可愛らしい笑顔に、ファイナスは一先ず安堵の息をつく
この歳にしては適応力がある
自分の今の状況を把握して、最善の方法を選んでいる
流石兄の娘だと、ファイナスは内心関心していた
「私達のことは、本当の両親だと思ってくれていいからな。それと、敬語は使わない方がいいだろう」
ファイナスが再び頭を撫でると、今度は少しだけ嬉しそうに目を細める
「……うん、えーっと……お、父…さん??」
言いずらそうにしながら首を傾げる
「ふふ…そうね、お父さんとお母さん…それに、お兄ちゃん、ね?」
ノレインはアリシアに優しく微笑む
「アリア……じゃなくて…アリシア、今日から僕はお兄ちゃんだ」
ファイナスの隣に座っていたフレンがニッコリと笑ってアリシアに向かって両手を広げた
たまに会った時に、フレンが必ずする癖
アリシアはぱぁっと笑顔になると、その腕に飛び込んだ
これは、二人が会った時のお決まりの行動だった
元よりアリシアをフレンは妹として見ていたし、アリシアもまた、フレンを兄と慕っていた
『兄妹愛』、それが正しいか定かではないが、少なくともフレンには妹だから守らなければ、という感情が芽生えていたのは事実だ
「さぁアリシア…フレン、もう夜も遅いわ。寝ましょう?」
ノレインの言葉に二人は素直に頷く
「アリシア……こっちだよ」
彼女の手を引いて、フレンは寝室へと向った
リビングには、ファイナスとノレインだけが残る
耳が痛くなる程の静寂……
今の今まで平然を保っていたファイナスだったが、二人が居なくなったことでそれも崩れ去る
ガックリと肩を落とし、両手で顔を隠す
何故、兄が……兄夫婦がああなってしまったのか……
ファイナスの頭は、その事でいっぱいいっぱいだった
兄は父親としても、夫としても、自身の兄としても、また騎士団の隊長としても文句無しの人だった
正義感が強く、温厚で人当たりがよく、誰からも好かれていて…
仕事に関しても抜かりなどなく、今まで一度たりとも不祥事を聞いたことなどなかった
騎士団の中でも誰もが認めるような秀才……
それがファイナスの兄の特徴だった
兄の妻は先帝の姪御であった
優しく誰にでも平等であり、人を蔑むようなことは一切しなかった
『理想の夫婦』…それが、騎士団内での二人の評価だった
そんな二人が……何故……
「ファイナス……」
ノレインは彼の名前を呟きながらそっと隣に寄り添う
「……ノレイン、もしかしたら、私も後を追われることになるかもしれない。その時は、真っ先に『壁の外』ににげるんだ。一度見回りに行っただけだが、彼処の者達であれば心よく受け入れてくれるはずだ」
突然の発言にノレインは驚きを隠せない
それは、自身が死んでしまうかもしれない、と言っているようなものなのだから
だか、彼女にはただ頷くことしか出来なかった
ファイナスは命をかけてでも守りきりたいと、そう思っていることを理解していたから
何故兄夫婦が騎士に襲われたかわからない
それなのに、彼女を引き渡すなどと当然ながら出来るはずが無い
引き渡してしまえば何か取り返しのつかない出来事が起きるのではないか……
ファイナスもノレインも同じことを考えた
だからこその『選択』であった
~それから数週間~
「アリシア、行くよ…!はぁぁぁっ!」
「よ……っと………うわっ!?」
避けようとしてバランスを崩し、アリシアはその場に倒れ込んだ
すっかり『アリシア』という名にも、今の生活にも馴染んできていた
騎士団のアリアンナの捜索は、大々的にはされていないものの、やはり見回りに来る騎士は増えた
その為、彼女が滅多に外に出ることはない
が、家の中に引きこもるというのも退屈なもので…
フレンの真似をして剣を振る真似をしていたら、いつの間にか一緒になって裏庭で修行していた
「アリシア、大丈夫かい?」
転んだアリシアの元に少し心配そうにしながらフレンが駆け寄る
「ん……大丈夫だよ、兄さん」
顔をあげて、ニコッと彼女は微笑む
フレンを兄さんと呼ぶのは、恐らくファイナスの口調が移ったのだろう
「そっか、それなら良かった」
ニコッと微笑み返して、彼女に手を差し出す
握り返してきたその手を引っ張って立ち上がらせる
「うーん……やっぱり右手はちょっと難しいや」
苦笑いしながら肩を竦める
彼女の利き手は左手だが、右手で文字を書いたりも出来る
ならば右手で剣も扱えるだろう
と、最近は右手で練習している
左手は練習の必要が無いくらいに上達していた
ファイナスも驚くくらい、彼女は剣を扱うのが上手かった
まさに天賦の才とでも言えるだろう
「ゆっくり慣れていけばいいんじゃないか?それに、アリシアは右手で申し分ないくらいに扱えるだろう」
「うーん……そうだけど……」
むぅっと頬を少し膨らませて呟く
「両利きのお父さんみたいに、剣も両手で扱えるようになりたいのよね」
クスッと笑いながらノレインが家の戸口に立っていた
それにアリシアはニコッと微笑む
「あ…なるほどね」
フレンは納得したように呟く
「さぁ、二人とも、もう家の中に入りましょう」
ノレインが手招きすると、二人とも片づけをして家の中へと戻って行く
夕飯の手伝いをして、ファイナスの帰りを待つ……
いつもと同じ光景
四人揃って夕飯を食べる
……そうなる、筈だった
バタンッと勢いよく家の戸が開く
三人が驚いて振り向くと、そこには肩で息をしているファイナスの姿が見える
「ファイナス…!どうしたの……!?」
慌ててノレインは彼に駆け寄る
「はぁ………はぁ………ノレイン……わかったぞ……!一部の騎士が……探し回っている…理由が…!!」
息を切らせながら、深刻そうな顔つきで話し出す
「……え……?」
唐突なことに、ノレインは頭がついていかない
「ーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーー…ーーーーーーーー…?一部の騎士達が、それを狙ってる。奴ら、どんな手を使ってでもそれを手に入れるつもりだ…っ!!」
それを聞いてノレインは息を呑む
『どんな手を使ってでも』……その言葉の裏には、もう、アリシアの母親がこの世にいないことを遠まわしに伝えていた
話の内容が理解できないアリシアとフレンは首を傾げることしかできないが、何か良くないことが起こっているのはわかった
ファイナスはゆっくりとアリシアに近寄ると、目線を合わせるようにしゃがむ
「アリシア……いいか、よく聞くんだ……もしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーとしても、決して誰かに言ってはいけないよ。そして、使うのもだ」
真剣な目でそう言いながら、ファイナスはアリシアの手にブレスレットを握らせた
淡い赤色の玉が、幾つも埋め込まれたブレスレット……
それに、彼女は見覚えがあった
「……これ……お父様の………」
手の中でキラッと光るそのブレスレットを見つめながら、ボソッ呟く
そう……それは、アリシアの本当の父親の持っていたものだったのだ
「道端に落ちていたのを偶然見つけたんだ。これは
そう言って、アリシアの頭を優しく撫でる
そして、目線だけはフレンへと向ける
「……フレン、アリシアと母さんを頼んだぞ」
反対の手でフレンの頭をポンッと撫でながらファイナスは寂しそうに微笑む
「父さん…?」
不安気にフレンが呼ぶと、ファイナスはぎゅっとアリシアとフレンを抱きしめる
「アリシア…短い間だったが、お前も私の大事な娘だ…母さんとフレンの言う事をしっかり聞くんだ。
フレン…お前は私の自慢の息子だ。今までも、これからも…ずーっとだ。……母さんを支えてやってくれ」
ファイナスはそう言うと、二人から離れる
この言葉の意味を、幼いながらも二人は理解していた
『帰って来ない』……いや、『帰って来れない』のだ
ファイナスは今にも泣き崩れてしまいそうなノレインをぎゅっと抱きしめる
「……本当ならば一緒に居てやりたい。一緒に逃げてやりたい……だが、もう騎士団が私を探し出している。……すまない…ノレイン……一緒に、居てやれそうにない……」
悔しそうに唇を噛んでノレインをきつく抱きしめる
…その温もりを、忘れないように
離れても、覚えていられるように
「ファイナス……」
ノレインは泣きそうになるのを必死堪える
辛くても、こうしなければいけないことを分かっているから
「……ノレイン、子供たちを任せた。……すまない、本当に……」
「………いいえ……覚悟はしていたわ……ファイナス、どうか無事で……」
『無事』……それはきっと叶わない
叶うことは、限りなくゼロに等しい
「……もうすぐそこまで来てるだろう……私が引き付けている間に行くんだ。………ノレイン、愛しているよ、永遠に…ずっと」
ファイナスはそっとノレインに口付けし、離れると、再び日の沈んできた外へと駆け出す
「お父さん…っ!!」
「アリシアっ、駄目だっ!」
咄嗟に追いかけようとしたアリシアを、フレンが後ろから抱きついて止める
程なくして、家の前を沢山の騎士が駆ける音が響く
恐らくファイナスの後を追いかけたのだろう
その音を聞いて、アリシアはその場にペタリと座り込んでしまう
「アリシア…フレン……見つかる前に逃げましょう」
零れる涙を拭いながらノレインは二人に声をかける
フレンは力強く頷くと、ノレインを手伝って必要最低限のものを用意する
だが、アリシアはその場から動けずにいた
「アリシア、行こう?」
用意を終えたフレンが優しくアリシアに声をかけ、手を差し出す
「……兄さん……あたしがいけないの……?」
絞り出すようなか細い声で、彼女はフレンに問いかける
突然聞かれ、フレンは驚いて答えられない
『自分がいけないのか』……フレンから見れば、答えは否だ。
何も彼女は悪くない
だが、『そんなことない』の一言が喉から出てこない
「……あたしが……産まれちゃったのがいけないの……?あたしが居なければ……こんなことにならなかった……?」
今にも泣いてしまいそうな表情で彼女は問いかける
自分さえいなければ……まだ幼い彼女でもそう思ってしまうくらいに、沢山の出来事が一気に起こってしまった
フレンは、そんな彼女にどう声をかければいいかわからず、ただ見つめ返すことしか出来なかった
すると、ノレインがアリシアをぎゅっと抱きしめる
「……そんなことないわ……あなたは何も悪くないもの。あなたのお父さん達は、あなたがとっても大事だから命をかけたの……悪いのは、ーーーーーーーーーーーーーーとする大人よ。だから……今は一緒に、逃げましょう」
寂しそうに微笑みながら、ノレインはそう伝える
アリシアは俯いて黙り込んでしまうが、やがて決心したように大きく頷く
「さぁ、行きましょう。……その前に、アリシアはこれを被って」
そう言いながら、ノレインはアリシアにフード付きのローブを被せる
顔がバレているかもしれない
それを隠すためにフードを深く被らせる
フレンははぐれないようにと、アリシアの手をぎゅっと握りしめる
ノレインと目で合図を送り合うと、扉を開けて外へと飛び出した
外は寒く、ちらほらと雪が降り始めていた
その中を三人の人影が駆け抜ける
騎士に見つからないようにと、願いながら……
三人は、『壁の外』へと、向かう