出会い
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アリシアとユーリ達が出会ってから数年経ち、3人とも大分大きくなった
今の季節は夏、とても暑くなってきた頃
いつものようにユーリとフレンが剣の稽古をしていた
アリシアは日陰の木箱の上に座って、そんな2人をいつものように見つめていた
「っ!だーかーら!!ユーリ!そこはそうじゃないって何度も教えてるじゃないか!!」
「オレにはこっちの方がやりやすいんだって、何度も言ってるじゃねえか!」
持っていた剣を地面に投げ捨てるように置いて、2人は睨み合う
これも、いつしか日常になっていた
フレンは教えたとおりにやらないユーリに苛立ち
また、ユーリは自分のやり方でやらせてくれないフレンに苛立っていた
ほっておくと、いつも掴み合いの喧嘩になってしまうが、それも日常茶飯事
周りの大人や少年達は、またか…と呆れ気味にその様子を伺っていた
それは、アリシアも同じ
ただ黙ってじっと2人の喧嘩の行く末を見ていた
が、この日だけは違かった
ふーっと息を吐いて立ち上がると、トコトコと2人の元に駆け寄った
そんなアリシアにも気づかずに、2人が掴み合いを始めようとした、その時
急にアリシアが2人の間に割って入って、慌てて2人は後ろに飛んで避けた
「おい!シア!危ねぇだろ!?」
『シア』、それはユーリが彼女に付けた愛称
こっちの方が呼びやすいから、と言って彼はそう呼んでいた
最初こそ驚いていたが、今じゃユーリに『アリシア』と呼ばれる方が違和感を覚えるくらいには馴染んでいた
そんなユーリの言葉など素知らぬ顔で、アリシアは地面に転がったユーリの剣を手に取る
それも、左手で
彼女の利き手は右手だ
その時点でおかしい
が、そんなことよりも、彼女が剣を手にした方が2人には驚きだった
貴族の、しかも自分達と同じ年の少女が悠然と剣を手にしたのだから
アリシアが手の中でくるくると剣を転がしていると、ようやくフレンが口を開いた
「アリシア…!それ、本物だし危ないから…!!」
フレンが慌てて彼女から剣を取ろうとして、近づこうと足を踏み出した途端
くるっと体の向きを変えて、自分が先程まで座っていた木箱目掛けて、ユーリがやったのと同じように技を繰り出す
すると、バキッと音を立てて呆気なく木箱はバラバラっと崩れた
その光景に2人は言葉を失った
それもそうだ
彼女は自分達が知る限りでは、剣を握ったことすら無いはずなのだ
それなのに、いとも容易く利き手ではない手でやってのけたのだ
唖然としているユーリにアリシアは近寄ってニコッと笑いながら剣を差し出す
「…フレンの正統な技の方が、利き手では使いやすいけど、私はユーリの独特な身のこなし方の方が好きだよ」
にっこりと微笑む彼女に、ユーリは思わず目を奪われた
今まで会った人達とは違う、独特な笑顔
正に花が咲いたような笑顔に、見とれていた
少しして、はっとして頭を軽く振って意識を無理矢理引き戻す
「…サンキュ、シア」
剣を受け取りながらユーリは優しくアリシアに笑いかけた
「それにしても…アリシア、剣使えたんだね」
自身の剣を拾い上げながらフレンは2人に近付いた
2人とも、今日はもうやる気になれなかったようで、剣を鞘に仕舞っている
「うん、お父様が教えてくれるんだ。でも、ちょっと変わった剣の使い方だから慣れなくって」
アリシアは肩を竦めながら苦笑いする
政府の人間でいて、尚可騎士団の隊長という言わば、エリートと言っても過言ではない彼女の父、ライラック
その人本人から教えて貰っていると言うのだ
当然、2人は驚いた
「…ライラックさんがシアに教えるとか、想像つかねぇな…」
うーん、と考え込むようにユーリは顎にてを当てる
あのアリシアを溺愛していると、口調や素振りからすぐにわかる程、アリシアが大好きなライラックが使い方を1歩間違えれば自身が怪我をしかねないような剣を教えるなど、想像が出来なかった
「変わった…って、どんな使い方をするんだい?」
「んー、『二刀流』って知ってる?」
「『にとうりゅう』?なんだ、それ?」
聞きなれない言葉にユーリは首を傾げた
だが、フレンは知っていたようで、あぁ、と声をあげる
「それって、剣を両手に持って戦う珍しいやり方だよね」
フレンがそう聞くと、嬉しそうに目を細めた
「そう!それが『二刀流』。私も扱えるくらいにはなりたいってお願いしたら、教えてくれるようになったのはいいのだけれど、左手で扱うのは難しくって」
左手をひらひらさせながらアリシアは苦笑いする
「でも、さっき出来てたじゃねえか」
「正統なやり方だとどうにも上手くいかないの。やっぱり、右利き用にって作られてるからなのかなぁ…」
うーん、と顎に手を当てながらアリシアは考え出す
そんな彼女を見て、2人は顔を見合わせて肩を竦めた
自分達が稽古している間、彼女はじっとその様子を見ていた
それは、恐らく自分達がどんな風に剣を扱っているかを見たかったのかもしれない
ユーリは左、フレンは右…アリシアは両手で扱うのだ
アリシアにとってはいい見本になっていたのかもしれない
「なぁ、シア、今日はもう稽古終わりにして遊ぼうぜ?」
考え込んで、自分の世界に浸りきっているアリシアの肩に手を置いてユーリは呼びかけた
「ふぇ!?…あ、うん!!」
突然声を掛けられ、ビクリと肩をあげたが、すぐに笑顔で頷いた
1度我が家に剣を仕舞いに行こうと、3人揃って歩き出した
その3人の姿を、ジリは黙って物陰から見守っていた
3人が去った後、アリシアが壊した木箱の前に行き、じっとそれを見つめる
ユーリがやった形と同じ形でやった技……
普通、武装魔導器がなければこんなにはならない
幸いなことに、ユーリとフレンはまだ気づいていないようだが……
「……アリシア、隠さないといけないんだろう?」
ジリがポツリと呟いた言葉は、誰にも聞こえることなく、空に消えた
あれから、ユーリ達とめいいっぱい遊んだアリシアは、いつものように母親と一緒に家に帰っていた
時刻はもう夜になる頃
外はもう暗い
だが、どうにも眠れずにいた
ーーーー胸騒ぎがするーーーー
何か、嫌な予感が、彼女の中で広がっていた
「……聞けば、わかるかな……?」
ベッドから抜け出すと、窓に近寄ってバッと開ける
空を見上げれば、満点の星空
その空をじっとり見つめながらアリシアはポツリと、呟いた
「……ねぇ、シリウス、いる?」
空に向って呼びかければ、どこからともなく声が響く
『あぁ、居るぞ』
その声にアリシアはほっと胸を撫で下ろした
『星暦』……それは、彼女の1族に付けられた、もう1つの名前だった
夜であれば星と自由に会話ができ、また昼夜問わず彼らの力を借り、魔導器無しでの術技の行使が出来る
中でもアリシアはその力がずば抜けて強かった
現在存在している星暦の誰よりも、器用にその力を使いこなせた
昼間のこともそれが影響していた
だが、そのことを彼女は他の人間に伝えることはご法度であった
太古からの歴史を沢山、資料として持っているラグナロク1族は、その情報を誰かに悪用させないために守る、義務もあった
それ故にそのことを口外してはいけなかった
『時が来るまで』、それがライラックの言い分であった
時が来るまで…その時まで、ひた隠しにしろとライラックはアリシアに教え込んでいた
隠すことなんて気にしていなかった
どうせ自分のことなど、覚えてもらえないから、と…
今までがずっとそうだったから…と
だが、ユーリとフレンに出会って、彼女の見方は180度変わった
見捨てる人だけじゃない
自分のことを知ろうと、友達になろうとしてくれる人がいる
初めてそのことに気がついた
だが、それに気づくと同時に、話せないことにつて、罪悪感が芽生えた
……もっと自分のことを知って欲しい
ユーリと、フレンに…
聞いてもらいたい
話したい……
……それができれば、どれだけ楽だろうか……
『アリシア?』
シリウスの声にはっとして、アリシアは頭を振った
昼間のユーリと同じ行動だなぁ…と心の中で思いつつ、1度深呼吸して口を開いた
「……ねぇ、下町の方から…嫌な予感がするの……」
弱々しい声でアリシアがそう言うとシリウスは、ふむ…とだけ呟いて、気配を消した
が、すぐにまた気配が戻ってくる
『うむ……確かに少々怪しい者が動いている気配はあるな……どうする?』
シリウスの言葉に息を呑む
これだから胸騒ぎがする日は嫌なのだ
悪いことはすべて当たってしまう
毛音感を抱きながらも、アリシアは壁に掛けていた双剣を手に取る
「もちろん、そんなの決まってる。…アルタイル」
彼女がそう呼びかけると、また別の星が声をかける
『いいの?バレちゃうよ?』
「いいの、バレても…そうでしょ、シリウス」
普段、下町では見せないようないたずらっぽい笑みを浮かべると、シリウスはため息をついた
『あぁ、そうだな。もう頃合だ』
彼の返事を聞くと、アリシアは窓の淵に足を掛けて飛び乗り、そのままの勢いで外へ足を踏み出した
普通なら落下するが、彼女の体は落下することなく、中を舞う
これが、『星の力を借りる』という事だ
下町の方へ飛んで、灰色小路の前でそっと降り立つ
「……シリウス、どっち?」
『広場だな』
それを聞くと、音を立てないように見慣れた噴水広場の方へと駆け出す
広場につくと、噴水の前で数人の男が『何か』しているのが目に入る
咄嗟に近くの物陰に隠れた
遠目ではよく見えないが、腰に剣をつけているのだけは目に見えた
恐らく貴族に雇われた用心棒かなにかだろう
瞬時にそう悟った
ここは昔の貴族が好んで作った、言わば別荘地であった
当然、目をつけた輩が居るだろう
もし、自身のものにしようとしている場所に、人が住んでいたら?
答えは明確、彼らのことだ
何が何でも退けようとするのが目に見えていた
さて、いつ飛び出してやろうかと、アリシアが考えていると、彼女が飛び出すよりも先に1件の家の戸が開いた
…それは、ジリの家のドアだった
「こんな夜更けに、なんのようだかね?」
こちらまで聞こえる声で、そう問いかけた
愛刀片手にジリはその人物達を見据える
が、分が悪い。用心棒と思わしき人影はざっと10人前後
対してジリは1人
普通なら勝てる筈がない
そう考えたアリシアが、飛び出そうとしたその時
「よっと!!」
「ぐは…っ!?」
暗闇の中から、溶け込んでいたかのように真っ黒な少年(いや、もう青年と言うべきか)……ユーリが飛び出し際に1人なぎ倒した
「なっ!?お前っ!どっか…がはっ…!?」
「はあっ!!」
ユーリに斬り掛かろうとした男を、暗闇は到底隠れ切れそうにない、綺麗な金色の髪を持った少年(こちらも青年と言うべきか)……フレンがなぎ倒す
それを合図に次々と2人に用心棒達は襲いかかるが、ひらりひらりと攻撃をかわしながら1人、また1人と次々に倒して行った
流石にアリシアもこれには驚いた
稽古の時は全くもって練習にならない2人であったが、実践ではこうも簡単に動くのだ
ジリもその2人を満足そうに見守るだけであって、その場から微動だにしなかった
しばらくすると、用心棒は1人残らずその場に倒れ込んでいた
パチンッと手の重なる、乾いた音が響いた
ここからでは上手く見えないが、ユーリもフレンも嬉しそうにしているのが、アリシアには手に取るようにわかった
ほっと胸を撫で下ろした
来る必要はなかったか……
踵を返して、家へと戻ろうとした瞬間のことだった
グサッと鈍い音が響く
次いで、ジリの悲痛そうに呻く声とユーリとフレンの悲鳴とも取れるような、叫び声
振り向くと、親玉らしき人影が3人から少し離れた所に見えた
そして、ジリの傍に寄り添うユーリとフレン
恐らく武醒魔導器でも使ったのだろう
それでは、ユーリとフレンに勝ち目はほぼないに等しい
アリシアは1度深呼吸すると、いつも下町に来る時に使っているローブを羽織り、しっかりとフードを被り地面を思い切り蹴って走り出す
相手はまだこちらに気づいていない
「……アルタイル」
彼女が小さく名前を呼んで飛ぶと同時にふわっと背を押すように風が吹く
そして、ユーリ達と親玉らしき人物の間に割って入るように静かに着地する
「え…っ?!」
後ろからフレンの驚いた声が聞こえたが、アリシアの意識は目の前の男に注がれていた
「あん?なんだあんた…怪我したくなかった大人しくそこどきな」
剣を向けながら嫌味ったらしい声で薄笑いながら男はそう言う
武醒魔導器をつけているせいなのか、有頂天になっているその男に、彼女はため息しか出なかった
よくよく見ればその辺に転がっている男共にも武醒魔導器が付けられている
それなのに、いとも容易く武醒魔導器をつけていないユーリとフレンに倒されているやつらの親玉など、高が知れている
「……その言葉、そっくりそのままお返しいたしましょう」
静かな、蔑んだように、低い声でアリシアは言いながら双剣を引き抜く
それを見て男は息を呑んだ
双剣は、ラグナロク家の産まれだという事の証の1つでもあった
用心棒ならそれを知っていて当然だ
何せ下町に仇なす者が居れば、容赦なく蹴落とすような頭首が居るのだ
慎重にやらなければ、自分達の首がない
だからこそ、頭首が居ない、今を狙ったというのに、何故…?
男の頭にはそれしかなかった
「…お父様が不在だからと、侮り過ぎですよ」
トンッとアリシアが地面を蹴ると、すぐに男の目の前まで距離を縮めた
咄嗟の出来事に判断出来なくなっている男の剣を片方の剣で、弾き飛ばし、もう片方の刃のない方を腹部に叩きつけた
「…覚えておきなさい、双剣を扱えるのは、ライラック・ラグナロクだけではないということを」
男の耳元でアリシアは低く呟いて腹部から剣を退かし、思いっきり男を蹴りつけた
ドサッと音を立てて、声もなく男は倒れ込む
そんな様子を唖然として3人は見つめていた
彼女は、自分達が知っているアリシアなのだろうか…?
脳裏にそんな言葉が浮かぶが、すぐに彼女だとわかった
アリシアは1度深呼吸して剣を鞘に収めると、被っていたフードを外して駆け寄り、ジリに思い切り抱きついた
「ジリ……!!怪我大丈夫…っ!?」
アリシア半分涙目になって問いかける
「あ、あぁ……このくらい、大したことないさ…」
にっこりと微笑むジリだが、額に薄らと汗が滲んでいる
無理して笑っているのが見え見えだ
アリシアがじっとジリが怪我をした場所を見つめていたかと思えば、そこに手をかざす
「……アリオト……」
彼女が小さく呟くと、治癒術に似た光が見える
ユーリとフレンは驚きを隠せずにいた
まさか、彼女が治癒術まで使えるとは思ってもみなかったのだ
2人が感心している中、ジリだけは不安そうな表情を浮かべていた
「……はい、終わり」
アリシアがにっこりと微笑みながら手を退けると、先程まであった傷が綺麗さっぱりなくなっていた
「……すげぇなシア……治癒術まで使えんのな」
ユーリがアリシアの傍に寄ってそう言うと、彼女は褒められたのが嬉しいのか、嬉しそうに目を細めた
が、すぐにジリの言葉によってその笑みは消えてしまう
「……アリシア、いいのかい?隠さないといけないことなんだろう?」
ジリの言葉にアリシアは怪訝そうに顔を顰めた
ユーリとフレンはなんのことか分からず、ただ首を傾げて2人の会話を聞いていた
「大丈夫、いいって、言われたから」
「なら、そこの2人に話してやらないとね」
ジリがそう言って2人を見やると、少し気まづそうにした後、軽く深呼吸をして決意したように2人に向き直した
「アリシア?一体なんの話しだい…?」
「…ねぇ、2人とも、私の話……怖がらずに聞いてくれる…?」
少し不安そうな声でアリシアは2人に問いかけた
何のことか2人にはわからなかったが、アリシアが何か重要な話をしようとしていることだけは理解出来た
顔を見合わせて頷くと、2人揃って優しくアリシアに微笑む
「当たり前じゃないか」
「オレらがシアのこと、怖がったことないだろ?」
2人がそれぞれアリシアの手を握ってそう言えば、彼女は嬉しそうに目を細める
そして、静かに、ゆっくりと話し出した
「あのね…私……『星暦』って呼ばれてる1族なんだ」
聞いたことのない名に2人は首を傾げたが、彼女が話し終わるまで口を挟まないようにした
「『星暦』っていうのは、空に輝いてる星があるでしょ?その星って1つ1つに意思があって、中でも一際輝いてる星と意思疎通したり、力を貸してもらったり出来るんだ」
「力を貸してもらうって、具体的に何が出来るんだ?」
ユーリが首を傾げると、うーん、と 少し考え込む
しばらくして、あっ、と声をあげる
「例えばほら、今日の昼間にユーリの真似っ子した技、あれって本当なら武醒魔導器をつけてないとあんな風にはならないんだよ
…つまり、魔導器なしで術技が使えるって言うのが一番かな」
治癒術はちょっと苦手なんだけど…と最後に付け足す
それでも、2人から見れば凄いことだった
何せ魔導器なくしてあれ程の事が出来てしまうのだから
「凄いじゃないかい!」
フレンはキラキラとした目でアリシアを見詰める
「だな。なんも怖がることもねえしな」
ニッと笑いながらユーリはアリシアを見つめる
まさか褒められるとは思っていなかったらしく、アリシアは少し頬を赤らめた
こんな顔もするんだな、とユーリは心の中で思った
数年間、ずーっと胸に突っかえたこの感情の正体は未だにわからない
ただ、アリシアの傍に居るだけで満たされるような気がしていた
「……本当はね、もっと色々話したいんだけど……掟で話しちゃ駄目だからさ……」
しょんぼりと、しながらアリシアは俯く
すると、黙って話を聞いていたジリが口を開いた
「でも、そのことも話してはいけないと言われていたんじゃなかったかい?」
そう問いかければ首を横に振った
「『タイミング』、なんだって
話していいタイミングが過ぎれば大丈夫なんだって言っていたよ」
今すぐにでも話したそうに、もどかしそうな口調で彼女は言う
「なら、そのタイミングが来るまで、のんびり待つとしますかね」
「あぁ、そうだね。僕らはずっと待っているからさ」
優しく声をかけられ、目頭が熱くなる感覚に襲われた
こうも優しく接して貰ったのは親以来であろう
滅多にないことに、嬉しくて嬉しくて堪らなくなっていた
「さぁアリシア、こいつらは任せて、もう家にお帰り」
ジリに優しく頭を撫でられ、渋々ではあるものの頷くと、立ち上がって入り口の方へ駆け出す
「ユーリ!フレン!またねっ!!」
泣きそうになるのを誤魔化すように、めいいっぱい笑って彼女は下町を後にした
「この後すぐにお父様とお母様が亡くなって、下町に逃げたんだよね」
くすくすと笑いながらアリシアは言う
「本当、あんときゃ焦ったよな。なんせ泣きじゃくってボロボロになりながら駆け込んで来たんだからよ」
「そうそう、来るなりユーリの腕の中に倒れ込んでね」
苦笑いしながら2人も思い出す
それは、ジリが亡くなってすぐのことでもあった
「確かにユーリから見たらアリシアが変っていうのはわかったんですけど…」
「そうねぇ、アリシアちゃんがユーリ青年が変だっていうのはわからないわねぇ」
エステルとレイブンが首を傾げると、気まづそうに頬を掻く
「いや、ほら……ユーリって髪伸ばしてるじゃん?男の子なのに髪伸ばしてるとか、女々しいなーって最初思って……ね?」
じりじりとユーリから距離置くようにアリシアは後退し始める
それを、ユーリは見逃すはずがなく…
「おい、シア。ちょっと2人で話そうか?」
「い、嫌だっ!!」
そう言うが早いか、アリシアは一目散に駆け出す
それを取っ捕まえようとユーリもまた走り出す
木箱飛び越えたり、人を盾にしたりと、最早めちゃくちゃだ
「あーあ、ハンクスさん、また始まりましたよ」
呆れたように2人を見ながらフレンはため息をつく
これも、下町では日常茶飯事になっていた
「止めなくていいわけ?あれ」
リタが呆れたように指を指しながら言うが、誰も動く気配がない
「うふふ、面白いしもう少し見てましょう?」
ジュディスがそう言うと、口々に賛成!と言い出す
2人の鬼ごっこは、結局、その日の夕方まで続いたのであった
今の季節は夏、とても暑くなってきた頃
いつものようにユーリとフレンが剣の稽古をしていた
アリシアは日陰の木箱の上に座って、そんな2人をいつものように見つめていた
「っ!だーかーら!!ユーリ!そこはそうじゃないって何度も教えてるじゃないか!!」
「オレにはこっちの方がやりやすいんだって、何度も言ってるじゃねえか!」
持っていた剣を地面に投げ捨てるように置いて、2人は睨み合う
これも、いつしか日常になっていた
フレンは教えたとおりにやらないユーリに苛立ち
また、ユーリは自分のやり方でやらせてくれないフレンに苛立っていた
ほっておくと、いつも掴み合いの喧嘩になってしまうが、それも日常茶飯事
周りの大人や少年達は、またか…と呆れ気味にその様子を伺っていた
それは、アリシアも同じ
ただ黙ってじっと2人の喧嘩の行く末を見ていた
が、この日だけは違かった
ふーっと息を吐いて立ち上がると、トコトコと2人の元に駆け寄った
そんなアリシアにも気づかずに、2人が掴み合いを始めようとした、その時
急にアリシアが2人の間に割って入って、慌てて2人は後ろに飛んで避けた
「おい!シア!危ねぇだろ!?」
『シア』、それはユーリが彼女に付けた愛称
こっちの方が呼びやすいから、と言って彼はそう呼んでいた
最初こそ驚いていたが、今じゃユーリに『アリシア』と呼ばれる方が違和感を覚えるくらいには馴染んでいた
そんなユーリの言葉など素知らぬ顔で、アリシアは地面に転がったユーリの剣を手に取る
それも、左手で
彼女の利き手は右手だ
その時点でおかしい
が、そんなことよりも、彼女が剣を手にした方が2人には驚きだった
貴族の、しかも自分達と同じ年の少女が悠然と剣を手にしたのだから
アリシアが手の中でくるくると剣を転がしていると、ようやくフレンが口を開いた
「アリシア…!それ、本物だし危ないから…!!」
フレンが慌てて彼女から剣を取ろうとして、近づこうと足を踏み出した途端
くるっと体の向きを変えて、自分が先程まで座っていた木箱目掛けて、ユーリがやったのと同じように技を繰り出す
すると、バキッと音を立てて呆気なく木箱はバラバラっと崩れた
その光景に2人は言葉を失った
それもそうだ
彼女は自分達が知る限りでは、剣を握ったことすら無いはずなのだ
それなのに、いとも容易く利き手ではない手でやってのけたのだ
唖然としているユーリにアリシアは近寄ってニコッと笑いながら剣を差し出す
「…フレンの正統な技の方が、利き手では使いやすいけど、私はユーリの独特な身のこなし方の方が好きだよ」
にっこりと微笑む彼女に、ユーリは思わず目を奪われた
今まで会った人達とは違う、独特な笑顔
正に花が咲いたような笑顔に、見とれていた
少しして、はっとして頭を軽く振って意識を無理矢理引き戻す
「…サンキュ、シア」
剣を受け取りながらユーリは優しくアリシアに笑いかけた
「それにしても…アリシア、剣使えたんだね」
自身の剣を拾い上げながらフレンは2人に近付いた
2人とも、今日はもうやる気になれなかったようで、剣を鞘に仕舞っている
「うん、お父様が教えてくれるんだ。でも、ちょっと変わった剣の使い方だから慣れなくって」
アリシアは肩を竦めながら苦笑いする
政府の人間でいて、尚可騎士団の隊長という言わば、エリートと言っても過言ではない彼女の父、ライラック
その人本人から教えて貰っていると言うのだ
当然、2人は驚いた
「…ライラックさんがシアに教えるとか、想像つかねぇな…」
うーん、と考え込むようにユーリは顎にてを当てる
あのアリシアを溺愛していると、口調や素振りからすぐにわかる程、アリシアが大好きなライラックが使い方を1歩間違えれば自身が怪我をしかねないような剣を教えるなど、想像が出来なかった
「変わった…って、どんな使い方をするんだい?」
「んー、『二刀流』って知ってる?」
「『にとうりゅう』?なんだ、それ?」
聞きなれない言葉にユーリは首を傾げた
だが、フレンは知っていたようで、あぁ、と声をあげる
「それって、剣を両手に持って戦う珍しいやり方だよね」
フレンがそう聞くと、嬉しそうに目を細めた
「そう!それが『二刀流』。私も扱えるくらいにはなりたいってお願いしたら、教えてくれるようになったのはいいのだけれど、左手で扱うのは難しくって」
左手をひらひらさせながらアリシアは苦笑いする
「でも、さっき出来てたじゃねえか」
「正統なやり方だとどうにも上手くいかないの。やっぱり、右利き用にって作られてるからなのかなぁ…」
うーん、と顎に手を当てながらアリシアは考え出す
そんな彼女を見て、2人は顔を見合わせて肩を竦めた
自分達が稽古している間、彼女はじっとその様子を見ていた
それは、恐らく自分達がどんな風に剣を扱っているかを見たかったのかもしれない
ユーリは左、フレンは右…アリシアは両手で扱うのだ
アリシアにとってはいい見本になっていたのかもしれない
「なぁ、シア、今日はもう稽古終わりにして遊ぼうぜ?」
考え込んで、自分の世界に浸りきっているアリシアの肩に手を置いてユーリは呼びかけた
「ふぇ!?…あ、うん!!」
突然声を掛けられ、ビクリと肩をあげたが、すぐに笑顔で頷いた
1度我が家に剣を仕舞いに行こうと、3人揃って歩き出した
その3人の姿を、ジリは黙って物陰から見守っていた
3人が去った後、アリシアが壊した木箱の前に行き、じっとそれを見つめる
ユーリがやった形と同じ形でやった技……
普通、武装魔導器がなければこんなにはならない
幸いなことに、ユーリとフレンはまだ気づいていないようだが……
「……アリシア、隠さないといけないんだろう?」
ジリがポツリと呟いた言葉は、誰にも聞こえることなく、空に消えた
あれから、ユーリ達とめいいっぱい遊んだアリシアは、いつものように母親と一緒に家に帰っていた
時刻はもう夜になる頃
外はもう暗い
だが、どうにも眠れずにいた
ーーーー胸騒ぎがするーーーー
何か、嫌な予感が、彼女の中で広がっていた
「……聞けば、わかるかな……?」
ベッドから抜け出すと、窓に近寄ってバッと開ける
空を見上げれば、満点の星空
その空をじっとり見つめながらアリシアはポツリと、呟いた
「……ねぇ、シリウス、いる?」
空に向って呼びかければ、どこからともなく声が響く
『あぁ、居るぞ』
その声にアリシアはほっと胸を撫で下ろした
『星暦』……それは、彼女の1族に付けられた、もう1つの名前だった
夜であれば星と自由に会話ができ、また昼夜問わず彼らの力を借り、魔導器無しでの術技の行使が出来る
中でもアリシアはその力がずば抜けて強かった
現在存在している星暦の誰よりも、器用にその力を使いこなせた
昼間のこともそれが影響していた
だが、そのことを彼女は他の人間に伝えることはご法度であった
太古からの歴史を沢山、資料として持っているラグナロク1族は、その情報を誰かに悪用させないために守る、義務もあった
それ故にそのことを口外してはいけなかった
『時が来るまで』、それがライラックの言い分であった
時が来るまで…その時まで、ひた隠しにしろとライラックはアリシアに教え込んでいた
隠すことなんて気にしていなかった
どうせ自分のことなど、覚えてもらえないから、と…
今までがずっとそうだったから…と
だが、ユーリとフレンに出会って、彼女の見方は180度変わった
見捨てる人だけじゃない
自分のことを知ろうと、友達になろうとしてくれる人がいる
初めてそのことに気がついた
だが、それに気づくと同時に、話せないことにつて、罪悪感が芽生えた
……もっと自分のことを知って欲しい
ユーリと、フレンに…
聞いてもらいたい
話したい……
……それができれば、どれだけ楽だろうか……
『アリシア?』
シリウスの声にはっとして、アリシアは頭を振った
昼間のユーリと同じ行動だなぁ…と心の中で思いつつ、1度深呼吸して口を開いた
「……ねぇ、下町の方から…嫌な予感がするの……」
弱々しい声でアリシアがそう言うとシリウスは、ふむ…とだけ呟いて、気配を消した
が、すぐにまた気配が戻ってくる
『うむ……確かに少々怪しい者が動いている気配はあるな……どうする?』
シリウスの言葉に息を呑む
これだから胸騒ぎがする日は嫌なのだ
悪いことはすべて当たってしまう
毛音感を抱きながらも、アリシアは壁に掛けていた双剣を手に取る
「もちろん、そんなの決まってる。…アルタイル」
彼女がそう呼びかけると、また別の星が声をかける
『いいの?バレちゃうよ?』
「いいの、バレても…そうでしょ、シリウス」
普段、下町では見せないようないたずらっぽい笑みを浮かべると、シリウスはため息をついた
『あぁ、そうだな。もう頃合だ』
彼の返事を聞くと、アリシアは窓の淵に足を掛けて飛び乗り、そのままの勢いで外へ足を踏み出した
普通なら落下するが、彼女の体は落下することなく、中を舞う
これが、『星の力を借りる』という事だ
下町の方へ飛んで、灰色小路の前でそっと降り立つ
「……シリウス、どっち?」
『広場だな』
それを聞くと、音を立てないように見慣れた噴水広場の方へと駆け出す
広場につくと、噴水の前で数人の男が『何か』しているのが目に入る
咄嗟に近くの物陰に隠れた
遠目ではよく見えないが、腰に剣をつけているのだけは目に見えた
恐らく貴族に雇われた用心棒かなにかだろう
瞬時にそう悟った
ここは昔の貴族が好んで作った、言わば別荘地であった
当然、目をつけた輩が居るだろう
もし、自身のものにしようとしている場所に、人が住んでいたら?
答えは明確、彼らのことだ
何が何でも退けようとするのが目に見えていた
さて、いつ飛び出してやろうかと、アリシアが考えていると、彼女が飛び出すよりも先に1件の家の戸が開いた
…それは、ジリの家のドアだった
「こんな夜更けに、なんのようだかね?」
こちらまで聞こえる声で、そう問いかけた
愛刀片手にジリはその人物達を見据える
が、分が悪い。用心棒と思わしき人影はざっと10人前後
対してジリは1人
普通なら勝てる筈がない
そう考えたアリシアが、飛び出そうとしたその時
「よっと!!」
「ぐは…っ!?」
暗闇の中から、溶け込んでいたかのように真っ黒な少年(いや、もう青年と言うべきか)……ユーリが飛び出し際に1人なぎ倒した
「なっ!?お前っ!どっか…がはっ…!?」
「はあっ!!」
ユーリに斬り掛かろうとした男を、暗闇は到底隠れ切れそうにない、綺麗な金色の髪を持った少年(こちらも青年と言うべきか)……フレンがなぎ倒す
それを合図に次々と2人に用心棒達は襲いかかるが、ひらりひらりと攻撃をかわしながら1人、また1人と次々に倒して行った
流石にアリシアもこれには驚いた
稽古の時は全くもって練習にならない2人であったが、実践ではこうも簡単に動くのだ
ジリもその2人を満足そうに見守るだけであって、その場から微動だにしなかった
しばらくすると、用心棒は1人残らずその場に倒れ込んでいた
パチンッと手の重なる、乾いた音が響いた
ここからでは上手く見えないが、ユーリもフレンも嬉しそうにしているのが、アリシアには手に取るようにわかった
ほっと胸を撫で下ろした
来る必要はなかったか……
踵を返して、家へと戻ろうとした瞬間のことだった
グサッと鈍い音が響く
次いで、ジリの悲痛そうに呻く声とユーリとフレンの悲鳴とも取れるような、叫び声
振り向くと、親玉らしき人影が3人から少し離れた所に見えた
そして、ジリの傍に寄り添うユーリとフレン
恐らく武醒魔導器でも使ったのだろう
それでは、ユーリとフレンに勝ち目はほぼないに等しい
アリシアは1度深呼吸すると、いつも下町に来る時に使っているローブを羽織り、しっかりとフードを被り地面を思い切り蹴って走り出す
相手はまだこちらに気づいていない
「……アルタイル」
彼女が小さく名前を呼んで飛ぶと同時にふわっと背を押すように風が吹く
そして、ユーリ達と親玉らしき人物の間に割って入るように静かに着地する
「え…っ?!」
後ろからフレンの驚いた声が聞こえたが、アリシアの意識は目の前の男に注がれていた
「あん?なんだあんた…怪我したくなかった大人しくそこどきな」
剣を向けながら嫌味ったらしい声で薄笑いながら男はそう言う
武醒魔導器をつけているせいなのか、有頂天になっているその男に、彼女はため息しか出なかった
よくよく見ればその辺に転がっている男共にも武醒魔導器が付けられている
それなのに、いとも容易く武醒魔導器をつけていないユーリとフレンに倒されているやつらの親玉など、高が知れている
「……その言葉、そっくりそのままお返しいたしましょう」
静かな、蔑んだように、低い声でアリシアは言いながら双剣を引き抜く
それを見て男は息を呑んだ
双剣は、ラグナロク家の産まれだという事の証の1つでもあった
用心棒ならそれを知っていて当然だ
何せ下町に仇なす者が居れば、容赦なく蹴落とすような頭首が居るのだ
慎重にやらなければ、自分達の首がない
だからこそ、頭首が居ない、今を狙ったというのに、何故…?
男の頭にはそれしかなかった
「…お父様が不在だからと、侮り過ぎですよ」
トンッとアリシアが地面を蹴ると、すぐに男の目の前まで距離を縮めた
咄嗟の出来事に判断出来なくなっている男の剣を片方の剣で、弾き飛ばし、もう片方の刃のない方を腹部に叩きつけた
「…覚えておきなさい、双剣を扱えるのは、ライラック・ラグナロクだけではないということを」
男の耳元でアリシアは低く呟いて腹部から剣を退かし、思いっきり男を蹴りつけた
ドサッと音を立てて、声もなく男は倒れ込む
そんな様子を唖然として3人は見つめていた
彼女は、自分達が知っているアリシアなのだろうか…?
脳裏にそんな言葉が浮かぶが、すぐに彼女だとわかった
アリシアは1度深呼吸して剣を鞘に収めると、被っていたフードを外して駆け寄り、ジリに思い切り抱きついた
「ジリ……!!怪我大丈夫…っ!?」
アリシア半分涙目になって問いかける
「あ、あぁ……このくらい、大したことないさ…」
にっこりと微笑むジリだが、額に薄らと汗が滲んでいる
無理して笑っているのが見え見えだ
アリシアがじっとジリが怪我をした場所を見つめていたかと思えば、そこに手をかざす
「……アリオト……」
彼女が小さく呟くと、治癒術に似た光が見える
ユーリとフレンは驚きを隠せずにいた
まさか、彼女が治癒術まで使えるとは思ってもみなかったのだ
2人が感心している中、ジリだけは不安そうな表情を浮かべていた
「……はい、終わり」
アリシアがにっこりと微笑みながら手を退けると、先程まであった傷が綺麗さっぱりなくなっていた
「……すげぇなシア……治癒術まで使えんのな」
ユーリがアリシアの傍に寄ってそう言うと、彼女は褒められたのが嬉しいのか、嬉しそうに目を細めた
が、すぐにジリの言葉によってその笑みは消えてしまう
「……アリシア、いいのかい?隠さないといけないことなんだろう?」
ジリの言葉にアリシアは怪訝そうに顔を顰めた
ユーリとフレンはなんのことか分からず、ただ首を傾げて2人の会話を聞いていた
「大丈夫、いいって、言われたから」
「なら、そこの2人に話してやらないとね」
ジリがそう言って2人を見やると、少し気まづそうにした後、軽く深呼吸をして決意したように2人に向き直した
「アリシア?一体なんの話しだい…?」
「…ねぇ、2人とも、私の話……怖がらずに聞いてくれる…?」
少し不安そうな声でアリシアは2人に問いかけた
何のことか2人にはわからなかったが、アリシアが何か重要な話をしようとしていることだけは理解出来た
顔を見合わせて頷くと、2人揃って優しくアリシアに微笑む
「当たり前じゃないか」
「オレらがシアのこと、怖がったことないだろ?」
2人がそれぞれアリシアの手を握ってそう言えば、彼女は嬉しそうに目を細める
そして、静かに、ゆっくりと話し出した
「あのね…私……『星暦』って呼ばれてる1族なんだ」
聞いたことのない名に2人は首を傾げたが、彼女が話し終わるまで口を挟まないようにした
「『星暦』っていうのは、空に輝いてる星があるでしょ?その星って1つ1つに意思があって、中でも一際輝いてる星と意思疎通したり、力を貸してもらったり出来るんだ」
「力を貸してもらうって、具体的に何が出来るんだ?」
ユーリが首を傾げると、うーん、と 少し考え込む
しばらくして、あっ、と声をあげる
「例えばほら、今日の昼間にユーリの真似っ子した技、あれって本当なら武醒魔導器をつけてないとあんな風にはならないんだよ
…つまり、魔導器なしで術技が使えるって言うのが一番かな」
治癒術はちょっと苦手なんだけど…と最後に付け足す
それでも、2人から見れば凄いことだった
何せ魔導器なくしてあれ程の事が出来てしまうのだから
「凄いじゃないかい!」
フレンはキラキラとした目でアリシアを見詰める
「だな。なんも怖がることもねえしな」
ニッと笑いながらユーリはアリシアを見つめる
まさか褒められるとは思っていなかったらしく、アリシアは少し頬を赤らめた
こんな顔もするんだな、とユーリは心の中で思った
数年間、ずーっと胸に突っかえたこの感情の正体は未だにわからない
ただ、アリシアの傍に居るだけで満たされるような気がしていた
「……本当はね、もっと色々話したいんだけど……掟で話しちゃ駄目だからさ……」
しょんぼりと、しながらアリシアは俯く
すると、黙って話を聞いていたジリが口を開いた
「でも、そのことも話してはいけないと言われていたんじゃなかったかい?」
そう問いかければ首を横に振った
「『タイミング』、なんだって
話していいタイミングが過ぎれば大丈夫なんだって言っていたよ」
今すぐにでも話したそうに、もどかしそうな口調で彼女は言う
「なら、そのタイミングが来るまで、のんびり待つとしますかね」
「あぁ、そうだね。僕らはずっと待っているからさ」
優しく声をかけられ、目頭が熱くなる感覚に襲われた
こうも優しく接して貰ったのは親以来であろう
滅多にないことに、嬉しくて嬉しくて堪らなくなっていた
「さぁアリシア、こいつらは任せて、もう家にお帰り」
ジリに優しく頭を撫でられ、渋々ではあるものの頷くと、立ち上がって入り口の方へ駆け出す
「ユーリ!フレン!またねっ!!」
泣きそうになるのを誤魔化すように、めいいっぱい笑って彼女は下町を後にした
「この後すぐにお父様とお母様が亡くなって、下町に逃げたんだよね」
くすくすと笑いながらアリシアは言う
「本当、あんときゃ焦ったよな。なんせ泣きじゃくってボロボロになりながら駆け込んで来たんだからよ」
「そうそう、来るなりユーリの腕の中に倒れ込んでね」
苦笑いしながら2人も思い出す
それは、ジリが亡くなってすぐのことでもあった
「確かにユーリから見たらアリシアが変っていうのはわかったんですけど…」
「そうねぇ、アリシアちゃんがユーリ青年が変だっていうのはわからないわねぇ」
エステルとレイブンが首を傾げると、気まづそうに頬を掻く
「いや、ほら……ユーリって髪伸ばしてるじゃん?男の子なのに髪伸ばしてるとか、女々しいなーって最初思って……ね?」
じりじりとユーリから距離置くようにアリシアは後退し始める
それを、ユーリは見逃すはずがなく…
「おい、シア。ちょっと2人で話そうか?」
「い、嫌だっ!!」
そう言うが早いか、アリシアは一目散に駆け出す
それを取っ捕まえようとユーリもまた走り出す
木箱飛び越えたり、人を盾にしたりと、最早めちゃくちゃだ
「あーあ、ハンクスさん、また始まりましたよ」
呆れたように2人を見ながらフレンはため息をつく
これも、下町では日常茶飯事になっていた
「止めなくていいわけ?あれ」
リタが呆れたように指を指しながら言うが、誰も動く気配がない
「うふふ、面白いしもう少し見てましょう?」
ジュディスがそう言うと、口々に賛成!と言い出す
2人の鬼ごっこは、結局、その日の夕方まで続いたのであった
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