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~帝都・下町にて~
「んー!やっぱり下町は落ち着くね~!」
下町に入るなりアリシアは嬉しそうにニコニコ笑う
ユーリ達一向は下町の様子を見に、1度帰ってきていた
「確かにこののんびりした感じ、落ち着くね!」
「えぇ、とても優しい人ばかりですし」
アリシアにつられてか、エステルとカロルもニコニコと笑っている
「む?あそこに居るのはフレンじゃないかの?」
パティが指を指した方向には、ハンクスと何やら楽しそうに話しているフレンが見える
「おお!ユーリ!それにアリシア!ようやく帰って来おったか!!」
嬉しそうににこにこ笑いながらハンクスは手を振る
「ハンクスさん!お久しぶりです!フレンも久しぶり!」
アリシアは2人に手を振りながら駆け寄る
「元気そうで何よりじゃわい。…ユーリも、野垂れ死んでいなかったようじゃの」
「残念ながらピンピンしてらぁ」
ユーリは不敵な笑みを浮かべて、手をひらひらさせながら近づいて来る
すると、フレンはくすくす笑いながらアリシアとユーリを見る
「おろ?フレン青年よ、急に笑い出してどうしたのよ?」
頭の後ろで腕を組んだレイブンが首を傾げる
「くくっ……あぁ、今さっきまで、ハンクスさんと2人で、ユーリとアリシアのことを話していたものだからね」
「あら、何を話していたのかしら?」
くすくす笑っているフレンにジュディスが問いかける
「昔のことじゃよ。会ったばかりの時はユーリの方がドギマギしていたのにのう」
ハンクスは2人を交互に見ながら懐かしそうにしみじみと言う
あー…と苦い顔をしながらアリシアは頬を掻いた
「初めてユーリにあった時、変わった子だなぁって思ってた」
「そーいやぁオレも、変わったヤツって思ってたな」
ユーリも苦い顔をしながら思い出すように言う
「はぁ?そんなに仲いい癖に??」
有り得ないとでも言いたげに怪訝そうにリタが言う
「あの時は出会い方がちょっと…ね?」
苦笑いしながらフレンはリタに言う
今ではほぼ四六時中一緒だと言っても過言ではないこの2人が、そんなことを口に出すのだ
エステル達は気になって気になって仕方がない
「僕……ちょっと聞きたいな?」
遠慮気味にカロルが言うと、3人は顔を見合わせて少し考えるが、やがて揃って頷く
「そんなに面白い話じゃねぇぞ?」
ユーリは苦笑いして肩を竦める
すると、他のメンバー達はわくわくした目で頷いて3人を見る
「あの日は確か……雪が降っていたね」
懐かしそうにフレンは目を細める
「そうだったねぇ……ものすっごく寒い日だったね」
くすくすと笑いながらアリシアは2人を見る
ーーこれはまだアリシアが貴族だった時のお話ーー
~10年程前~
「さっみぃ……」
真っ黒な肩まで伸ばされた髪の少年は、両腕を擦りながら真っ白な息を吐く
空は黒い雲に覆われていて、今にも雪か雨が降りそうだ
「ユーリ、早く我が家に戻らないかい?」
隣に居た金髪の少年も両腕を擦りながら白い息を吐く
ユーリとフレン……まだ12になったばかりだった
「おう、凍え死ぬのはごめんだな」
ユーリは頷くと少し歩くスピードをあげようとする
が、下町と唯一市民街に繋がっている通りに、人影が見え足を止めた
ユーリにならってフレンも足を止め、その方向を見る
こんな日に一体誰が市民街に出掛けたのだろうか?
下町に住んでいる者は皆顔見知りであった
それでも、初めて見る身なりであったことから、恐らく壁の外の人間だろう
「ん?ユーリ、フレン、そんな所で何をしておるんじゃ?」
後ろから聞こえた声に振り向くと、ひょっこりと家の中からハンクスが顔を出していた
「爺さん、知らねぇ奴が居る」
ぶっきらぼうに言いながらユーリは指を指す
ハンクスはその方向を見ると、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに目を細めた
2人が首を傾げていると、家の中からハンクスが出てきた
「ハンクスさんの知り合いですか?」
フレンが横を通り過ぎるハンクスに聞くと、振り向いて嬉しそうに微笑む
「あぁ、ラグナロクさんじゃよ。下町の大人達だったら誰でも知り合いじゃよ」
そう言って近くまで来ていたラグナロクと言った人物に歩み寄る
「ハンクス、久しぶりだな。息災であったか?」
フードを取りながらハンクスを見つめ、目を細める
声と顔つきからして男であろう
近くに来たことでよく姿が見え、2人は息を呑んだ
見ただけで質がいいとわかるローブ
そして、下町では見た事のないような綺麗な赤髪
決め手はローブの隙間から見えた服だ
あからさまに下町や市民街では見たことないような、きらびやかな装飾の施されている服が見えたのだ
2人の頭にその2文字が浮かんだ
「ええ、それなりに…ラグナロクさんもお元気でしたか?」
嬉しそうな声でハンクスが話しかけると、周りの家から大人達が顔を出し始めた
「あぁ、私の方もそれなりに、だがな」
「今日はどうなされたのですか?この寒い中お1人で…」
「ははっ、そんなに畏まらんでいい。久々に休暇が取れたからな、皆の顔が見たくなったのさ」
豪快に笑いながらそう言うと、周りの家から次々と大人達が嬉しそうにしながら出てくる
古い友人に久々に会ったような雰囲気で彼の周りを囲む
その光景に、ユーリとフレンはただ唖然としていた
ハンクスの口調からも貴族だとわかるその男に、なんの反感も見せずに大人達は近寄っているのだから
『貴族』、その言葉を聞くと壁の中の中央で、豪華で華やかな暮らしをしていて、それでいて市民を蔑むような印象しかない2人には、異様とも見れる光景なのだ
「おやおや、ライラックじゃないかい」
唖然としている2人の後ろから、突然声が聞こえた
驚いて振り向くと、ジリが珍しく驚いたような嬉しそうな表情をして、家から出てくるところであった
「ジリさん、あの人は…?」
恐る恐るフレンが聞く
「お前さん達も気付いてるとは思うけどね、あの方は貴族のお偉いさんだよ。でもあたしらのことを見下したりなんてしないで対等に見てくれる珍しい人さ
時々こうやって顔を見せたと思えば、使わない光照魔導器をくださったりしてくれるのさ」
「ふーん……そんな人もいんだな」
ジリの話を聞いて、物珍しそうに大人達に囲まれた男を見る
ハンクスは『ラグナロクさん』と呼んでいたが、ジリは『ライラック』と呼んだ
どちらが正解かはわからないが、恐らくどちらかがファーストネームで、どちらかがファミリーネームなのだろう
ジリの言う通り、大人達に何かを渡しているのがちらっと見える
しばらく大人達と楽しそうに談笑していたが、ジリに気づくと周りの大人達に何か言って、こちらに近づいて来た
「ジリ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「ライラック、あんたも元気そうでよかったよ」
にっこりと笑いながら2人は話し合う
2人に挟まれる状態になったユーリとフレンは、どうするべきかと顔を見合わせる
すると、2人に気づいたライラックは、2人に目を向けながらジリに問いかける
「ジリ、この2人は?」
突然自分達のことを聞かれ、ビクッと肩があがった
「あぁ、我が家に住んでいる子達だよ。あんたが来る時は夜が多いから、会うのは初めてだったね。黒髪の方がユーリ、金髪の方がフレンっていうのさ」
ジリは笑いながら2人の肩に手を置く
どう答えればいいかわからず、2人はただ黙ってお辞儀をした
「はっはっ、確かに子供に会うのは初めてだったな。初めてまして、ライラック・ラグナロクと言う者だ。ライラックでもラグナロクでも、好きなように呼んでくれ」
豪快に笑うと、ニコッと優しげな笑みを浮かべる
「よ、よろしくお願いします…!フレン・シーフォです…!」
「……ユーリ・ローウェル…」
ライラックに自己紹介をされ、慌てて2人もしっかりと自分の名を告げる
フレンはなるべく丁寧に挨拶したが、ユーリはぶっきらぼうに自分の名だけ告げた
「ユーリ、挨拶はしっかりしないとダメだろうっ!?」
フレンは隣に居るユーリに咎めるように言うが、当の本人は素知らぬ顔してそっぽを向いてしまった
「全く…挨拶くらいはちゃんとしろって言ってるんだけどねぇ」
呆れた顔でジリはユーリを見つめる
「はっはっはっ!ジリ、いい子達ではないか」
笑いながらライラックは2人に目線を合わせるようにしゃがんで、ポンッと2人の頭の上に手をのせ、くしゃっと頭を撫でる
「見知らぬ大人に話しかけること自体、勇気がいるものだ。名だけでも告げられるのはすごいことだと、私は思うぞ」
ニカッと笑いながらそう言われ、2人は顔を赤らめた
ただ挨拶しただけ
それだけで褒められたのだ
褒められ、くしゃっと頭を撫でられることなど滅多にない2人は、どう反応していいかわからなかった
ただ、胸の奥で嬉しいような、それでいて恥ずかしいようなもやもやとした感覚があることだけは分かった
「あんた、相変わらず子供が好きだねぇ…もっと早い時間にこれりゃ会えるだろうに」
「そうしたいのは山々なんだがね…なんせ、我が愛娘は少々お転婆でな
目を離すとすぐに何処かに行ってしまって、困っているのだよ」
ユーリとフレンの頭から手を退け、苦笑いしながら立ち上がる
ジリは納得したようにあぁ…と声を漏らして頷く
「そういえば今年で12だったね」
懐かしむように、しみじみと言う
「12って、オレらと同じだな」
ユーリがボソッと呟くと、フレンは頷く
「ほぉ、君達もなのか!」
ユーリの呟きを聞いてライラックは嬉しそうに微笑んだ
ユーリとフレンはこくりと頷く
「ふむ…ならば今度は一緒に来るとしよう。たまに家の外に連れ出さぬと、勝手に出て行ってしまうしな」
困ったような声で言うが、その顔は何処と無く嬉しそうでもあった
「大丈夫なのかい?外に連れ出したりして」
少し心配そうにジリが問いかける
「はっは、心配いらぬよ。それなりにわからぬような服装にするし、我が妻もここの者達のことは知っておるから、反対はせんさ」
何も問題などないとライラックは言う
貴族にもこんな人がいるのだと、ユーリとフレンは感心した
自分達の想像していたような人ばかりではないと、見せつけられたのだ
「さて、今日はそろそろ引き上げるとしよう。では、また後日改めて来る」
そう言うと、ライラックはフードをかぶり直して、壁の中へ続く通路に向かって走り出した
大人達はそれを見送ると、ぞろぞろと家の中へ戻って行った
「さぁ、お前さん達ももう我が家に戻るのじゃ」
ハンクスが優しくそう言うと、2人は頷いて歩き出した
「なぁ、フレン、貴族様って、あーゆう人もいんだな」
帰り間際に唐突にユーリがそう言い出す
だが、フレンも同じことを思っていたようで、力強く頷く
「だね。僕も市民街に暮らしてる時にたまに貴族様はみかけたけど、あんな人は初めて見たよ」
「やっぱあーゆう人、珍しいんだな」
「早々居ないね。魔導器を無償で渡すこと自体すごいよ。相当高い位の人なのかもしれない」
ライラックのことを話しながら歩いていると、いつの間にか我が家の前についていた
ドアノブを回して、中に入ろうとしたその時
「だーかーらー!!絶対見たんだってば!!!」
少し開いたドアの隙間からジャレスの怒鳴り声が聞こえてきた
また喧嘩でもしているのだろうか…
2人は半分呆れつつドアを開けて中に入った
中に入ると、やはり喧嘩でもしていたのか、ジャレスと数人の少年達が睨み合って居るのが目に入った
次いで、その様子を怯えた表情でまだ小さな子や少女達が見つめているのも目に入る
「おいお前ら、何してんだよ」
咎めるような声でユーリが言うと、少年達は驚いて振り向く
「そんな睨み合いなんてしていたら、他の子達が怖がるじゃないか」
ユーリの後ろからひょっこり顔を出して、呆れ気味にフレンが言う
「だって聞いてくれよ!ジャレスが灰色小路に女の子が居たって言うんだぜ!?」
有り得ないだろ!?、とジャレスを指差しながら、1人が言い出すと、口を揃えてそうだそうだ!と言い出す
『灰色小路』……
そこは、下町の住む誰もが近寄ろうとはしない場所
フレンとユーリは何度か足を踏み入れたことがあるが、確かにあそこに人が居るとは思えない
それも、女の子だと言った
確かに有り得ない話ではある
「本当に見たんだよ!!真っ赤な髪で、すっごく綺麗な服着てて、めっちゃ可愛い子が!!」
信じてくれ、と言いたげな表情でジャレスはユーリとフレンを見つめる
ーー真っ赤な髪に綺麗な服ーー
その言葉が2人の頭に引っかかった
それは、先ほど会ったライラックと同じ容姿だ
違うのは性別だけだろうか…
「ジャレス、その子の年、どのくらいに見えた?」
ユーリがそう聞くと、ジャレスは信じてくれたと思ったのか、嬉しそうに目を輝かせる
他の少年達はまさか!とでも言いたげに顔を顰めた
「えっと、一瞬見えただけだけど、ユーリとフレンと同じくらいだった!!」
それを聞いてユーリとフレンは顔を見合わせた
それは、ライラックの娘の情報とほぼ一致したからだ
「灰色小路の入り口、でいいんだね?」
フレンがそう聞くとぶんぶんと首を横に振った
「入り口じゃなくて、灰色小路の『塀の上』に座ってたんだ!!すぐに降りたのか見えなくなったんだけど…」
弱々しくそう言って項垂れてしまう
他の少年達が信じなかったのはこれが原因か、とユーリとフレンは納得した
確かに入り口ならまだわかるが、『塀の上に座っていた』など、到底有り得ない
それに、灰色小路は不可解な噂が耐えない場所でもある
信じなくても当然だろう
が、あそこには何も、それこそ霊などという類のものが存在しないことを2人は知っている
ユーリに至っては、その手のものを何1つ信じていない
だから、ジャレスの見間違え出ない限り、『居なかった』ということの方が有り得ないのだ
ユーリとフレンは顔を見合わせて頷くと、ドアの方へと向き直す
「僕ら、ちょっと様子を見てくるから、みんなはここで大人しく待っていて」
「で、でも…!本当に幽霊だったら……!!」
不安で泣きそうな声で1人の少女が2人を止める
「あのなぁ、幽霊なんているわけねーじゃん。もしそいつが幽霊だったら、とっくにジャレスが呪われてんじゃねえの?」
悪戯っぽく冗談気味に笑いながらユーリはジャレスを指差すと、さぁっと青ざめてしまう
「へーきだから、心配すんなって。んじゃ、行ってくる!」
くすくす笑いながらユーリはそう言うと、ドアの外へと駆け出した
その後に続くようにフレンも駆け出す
2人は真っ直ぐに灰色小路へと向かって行ったのだ
灰色小路についた時にはもう真っ暗になっていた
最後にここに潜り込んだのはいつだったか……
そんなことを考えながら、ユーリとフレンは入り口に立った
生憎光照魔導器は持ち合わせていない
だが、もうどうゆう構造か大まかに把握は出来ている
「…行こうぜ」
「あぁ」
軽く深呼吸をして2人は灰色小路へと足を踏み出した
真っ暗な道
1歩間違えれば迷子にすらなりそうなこの道を、臆することなくずかずかと進んで行く
「ユーリ、本当に居ると思うかい?」
しばらく口を開かなかったフレンが唐突にユーリに問いかけた
「さぁ?でも、幽霊なんつーもん信じるよりかはマシじゃねぇか?」
振り向くこともなく、ただ前を見つめてユーリは答える
「…まぁ、そうだね…ラグナロクさんの娘さんと、重なる部分が多いしね…」
少し納得したように顎に手を当てる
赤い髪、綺麗な服、ユーリとフレンと同じくらいの年、そして、塀の上に座っていた、という事から、相当なお転婆な子なんだろうと2人は推測した
もしかしたら、ジャレスが見たのがその子なのかもしれない
なぜだかわからないが、ユーリもフレンもそんな気がしていた
だが、もう夜になる
それにちらほらと雪も降ってきた
ここにまだ居る可能性は極めて低い
それでも、何かしらここにその子が居たという手掛かりを見つけないと、本気で幽霊扱いされかねない
流石にそれは可哀想だろう
そんなことを考えつつ、辺りを見ながら進んでいくと、ぴたっとユーリの足が止まった
それに合わせるようにフレンの足も止まる
何かあったのかと、フレンがユーリに聞こうとすると、ユーリはすっとしゃがんで、少しだけフレンの方を向き、しーっと人差し指を唇に当て路地の奥を指さした
T字路の右側、薄らと光が漏れているのが見える
それを見てフレンは息を呑む
ここには人が居る筈がない
光が見えること自体可笑しいのだ
それはつまり、この先に誰が居る、という証拠でもあった
顔を見合わせて頷くと、2人はそっと音を立てないようにその先を除く
少し広めの空間に女の子が1人、地面に座り込んで顎に手を当て、何か考え込んでいる
真っ赤な髪に、パッと見ただけでわかるくらい上質な服、見た感じ同じくらいの年だろうか…
ジャレスの情報と、全て一致した
さてこれからどうしようかと、2人が相談しようと、後ろに下がろうとしたその時
バキッ!!!
「っ!!!だ、誰ですかっ!?」
フレンが足元にあった小枝を踏んでしまい、音が鳴る
しん…と静まり返った灰色小路では、小枝程度でもかなり音が響く
音に驚いて、少女は少し怯えた様子で声をあげる
鈴とした鈴の鳴る様な声
2人は顔を見合わせて頷くと、すっとその少女の前に出た
「あー…悪ぃ…驚かせるつもりは無かったんだけどな…」
ガシガシと頭を掻きながらユーリはそう言う
少女の方は警戒しているのだろうか、怪訝そうに顔を歪めてユーリとフレンを見つめる
「ごめんね、怪しい人…って訳じゃないんだ。僕らの友達が君を見かけたって言うものだから気になってしまってね」
優しい声でフレンがそう言うと、少しだけ考え込んで、あっ、と思い出した様に声をあげる
「あの茶髪の子?」
首を傾げながら聞くその少女は何処と無く幼く見えて、本当に同い年かと疑いたくなる程だった
ユーリがこくりと頷くと納得したように表情を緩めた
「そっか、あの子のお友達なんだ。いきなり大声出されてびっくりしちゃって、慌てて隠れようとしたら落っこちゃったんだ」
たはは…っと苦笑いする少女の足を見れば、ぎゅっと布が巻き付けられているのがわかる
落下した時に足でも捻ったのだろうか
「怪我しているのは足だけかな?」
少女にゆっくりと近づいて、フレンは傍にしゃがんで目線を合わせる
こくりと少女は頷くが、ユーリは違和感を覚えていた
『塀の上から落ちた』
確かに足を怪我しているのはわかる
だが、『塀の上』からだ
1番上に座っていたとなると、かなりの高さがある
それこそ、捻挫だけでは済むはずがない
それでも、見た感じでは骨が折れている訳でも無さそうである
「…本気であの塀の上に座ってたわけ?」
警戒しているような、怪訝そうな声でユーリが少女に問いかけた
「?うん、そうだよ?」
首を傾げながら、当たり前でしょう?とでも言うように少女は答える
「だったら捻挫だけじゃ済まないと思うんだけど」
ユーリはじっと少女を見つめたまま目を離そうとしない
やや考えるような間があってから、少女は口を開いた
「…私、ちょっと頑丈だから、このくらいなら平気なの」
ニコッと笑って言うが、嘘をついているのなんて見え見えだ
ユーリが更に問い詰めようとした所で、不意に背後に気配を感じて慌てて振り向くと、誰かの足音が聞こえた
誰が来たのかと警戒していると、暗闇から現れたのは思いがけない人物だった
「全く…我が家に行ったらあんたらの姿がなくて、ジャレスにここに来たと言われて慌てて来たら、こうゆうことかい」
「ジ、ジリば……おばさん……」
『ばあさん』と言いかけて、慌てて言い直した
呆れたような目でユーリとフレンを見て、後で説教だ、と告げると、その目は少女のほうを見つめた
「やれやれ…ライラックが半泣きで探しているんじゃないかい?アリシア」
大きなため息を付きながらジリは少女に言った
アリシアと呼ばれた少女はくすくすと楽しそうに笑いながらジリを見つめ返す
「だってお父様、今日こそは連れて行ってやると仰られたのに、私を置いて行ってしまわれたんですもの…たまにこうして意思表示しないと分かって頂けませんもの」
楽しそうな笑顔を見せるアリシアに、ユーリとフレンは息を呑んだ
下町では滅多に見れないようなキラキラした笑顔に、2人は目を奪われていた
一言で言えば『可愛い』、その言葉が少女にはぴったりと当てはまった
「ジリさん、もしかして彼女が…?」
「そう、フレンの目の前に居るのがライラックの愛娘さ」
呆れたような声でジリは目の前の少女を見つめる
「ふふ…自己紹介がまだでしたね。アリシア・ラグナロクです」
にっこりと花の咲いたような笑顔でユーリとフレンをアリシアは見た
「あ…フ、フレン・シーフォだよ。よろしくね」
少し頬を赤らめながらも、フレンはアリシアを見つめながら微笑む
「…ユーリ・ローウェル……よろしく、な」
ぶっきらぼうに言うと、ふいっと顔を背けてしまう
だが、ライラックの時とは違い『よろしく』まで言ったのだ
そのことに、ジリは少し関心していた
「さぁアリシア、送って行くから帰ろう」
「ふふ、お願いしますね、ジリ」
ジリは少女をひょいっと抱き上げる
そして、ユーリとフレンに目で合図を送ると先頭を歩き出す
2人はその後をついて歩いて行った
灰色小路を抜けると、昼間に会ったライラックとその隣に見慣れない女性が居た
恐らくアリシアの母親であろう
「ジリ!」
ライラックはジリを見るなり慌てて駆け寄ってくる
その顔には焦りが浮かび上がっている
「見つけてくれたのか…本当にすまなかった」
「いいってもんさ、あんたにはあたしらみんな世話になってるからね」
ジリは笑いながらライラックにアリシアを渡した
ライラックはアリシアを受け取るとほっと安堵の息をつく
そしてジリの後ろに居るユーリとフレンに目をやって話しかけた
「2人も探してくれたんだね。ありがとう」
「いや……たまたま見かけたって話聞いて気になっただけだから…なぁ?フレン」
突然ライラックに話しかけられ、お礼を言われたユーリは、しどろもどろしながら話し、フレンに同意を求めた
当然、急に話を振られたフレンもあたふたとしてしまう
そんな2人を見て、ライラックは目を細めた
「やはり、この子達はいい子だな、ジリよ。
…それに比べ、アリシア…お前という子は…」
ライラックは苦い顔をしてアリシアを見やる
すると、アリシアはさっきまでの笑顔から一変、不機嫌そうに顔を顰める
「お父様が約束を守って下さらないのがいけないのですよ?それに、お母様は行きたいのであれば行っていい、と仰っていました!」
幼い子供が駄々をこねるような口調で言うと、ぷいっと顔を背ける
何度見ても、やはりユーリとフレンには彼女が同い年には見えなかった
自分達よりも、1回りか2回り程違うように見えるその仕草が2人には印象的だった
「全く……続きは家でゆっくりと話すとしよう……ジリ、それとユーリ君にフレン君、本当にありがとう
近い内にまた会いに来る。…今度は、この子も連れて、な?
その時にでもちゃんと紹介させてくれ」
「あぁ、気をつけて帰るんだよ、ライラック」
ではまた、とライラックはジリ達にお辞儀をすると、待っていた女性を連れて帰路についた
3人の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていたが、ジリのふぅ……っと息を吐く音にユーリとフレンは体を強ばらせた
……嫌な予感がする
真っ先に2人の頭にその言葉が浮かぶ
「…さて、ユーリ、フレン。ハンクスはお前さん達に『帰るんだよ』と言った筈だよ?」
くるりとユーリとフレンの方を向いたジリの顔に笑顔はない
ユーリは背筋が凍るような感覚を覚えた
それは、フレンも同じ
冬だと言うのに額に汗が伝う
この感覚は、ジリが怒った時の感覚そのものだ
じっとその場から動けず、ただ黙り込むしかない2人の頭にゴンッと音が鳴るんじゃないかという勢いで、ジリのげんこつが振り下ろされた
「いっっったぁぁぁっ!?」
「っ~~~~~~~!?」
ユーリは大声を出して、頭を抑えながらその場に座り込む
フレンの方は声こそ出さなかったものの相当痛かったのだろうか、ユーリと同じく頭を抑えその場に座り込んだ
2人の下瞼には薄らと涙が溜まっている
その後、ジリの説教がしばらく続いたのは仕方ないことであろう
~それから1週間後~
よく晴れた日、相変わらず寒くはあるがそれでもまだ日の出ている分マシであろう
いつものように噴水前でユーリ達は自分達よりも幼い子の面倒をみながら、剣の練習をしていた
2人であーでもない、こーでもないと話していると、壁向こうと繋がる通路から人がやって来るのが見えた
あの日と同じ、今度はローブを被った人影が2人分
ユーリとフレンにはすぐに誰かわかって、ハンクスやジリを呼びに行った
家の前で声を掛けると、ハンクスもジリもすぐに出てきた
「ラグナロクさん…今回は来るのが早かったですね」
嬉しそうに目を細めながら、ハンクスは声を掛けた
「あぁ、冬季休暇、という名目でね、この冬はしばらく休みでね」
フードを外した下に見えたその顔には、嬉しそうな表情が浮かんでいた
声を聞いて、大人達も数人顔を出した
昼間な為、あまり人数は多くないが、それでも皆嬉しそうにしている
子供達はわけがわからないという風に首を傾げているが、ジリがそんな子供達に近寄ってライラックについて教える
「ラグナロクさん、隣に居るその子は…?」
大人の1人が恐る恐る問いかけると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりににっこりと微笑む
「紹介しよう、我が娘のアリシアだ。少々お転婆だが、根はいい子なんでな、時折勝手に来てしまうやもしれんが、その時は面倒を見てくれるとありがたい」
ポンッとアリシアの肩に手を乗せて、苦笑いする
アリシアが被っていたフードを脱ぐと、あっ!とジャレスが声をあげ、周りの少年達に『あの子だよ!』と言い始める
そんなジャレスを、フレンが静かに!と言って宥める
「アリシア・ラグナロクです。よろしくお願いします」
あの日同様、花の咲いたような笑顔で彼女が言うと、ジャレスを含めた少年達は少し頬を赤らめる
ユーリはそれに少しむっとしたが、何故そんな気持ちになったのかはわからなかった
大人達がよろしく、と彼女に声を掛けていると、不意にユーリとフレンに気づいたらしく、ライラックの元を離れて小走りで駆け寄った
「2人とも久しぶり、あの時はありがとう」
ユーリとフレンに近づくと、少し屈んで2人を見上げるようにして笑顔でそう言う
その仕草に、思わず2人は顔を背けてしまった
「べ、別に…見つけられたのはたまたまだし、オレらが出口まで連れてってやったわけでもねぇし…」
左手で口元を隠しながらユーリはぶっきらぼうに言う
ユーリのそんな反応にジャレス達は驚いた
普段から冷静沈着な彼が、そんな反応をするところなど見たことがなかったからだ
「…気に、しなくていいよ…僕らだってなんとなく入っただけだし…」
フレンもまた、顔を背けたままそう告げる
冬だというのに、何故か顔がものすごく熱い
きっと鏡を見たら頬を赤くした自分が映るのだろう、とフレンは思った
ジャレス達は唖然としてそんな2人を見ていたが、やがてはっとしてユーリとフレンに声を掛けた
「ふ、2人だけ知り合いとかずりーよ!!」
ジャレスがそう言うと、そうだそうだ!と騒ぎ始める
面倒なことになったな…とユーリは内心思いつつも、自分とフレンだけが彼女と少しだけ多く会話出来ていることが嬉しくもあった
「ふふ、お父様が言ってたとおり、優しそうな人ばっかりだね」
くすくすと笑いながらアリシアは2人に言う
「見ただけじゃわかんねぇだろ?優しい顔して、おっかない人だっているんだぜ?」
「ユーリ…!そういう事を言うのはやめないかい…っ!?」
冗談交じりに言ったユーリに、慌ててフレンが静止にかかる
が、アリシアはそんなことも気にしていないようだ
「ユーリとフレンがいい人だもの、そんな2人の知り合いに悪い人なんて居ないでしょ?」
ね?と、笑いながら言われ、ユーリとフレンは唖然としてしまう
貴族とは思えないようなその考えに思わず驚いてしまったのだ
確かにそう言われてしまえば何も言い返すことなど、当然出来ない
自分達が知っている限りでも、そんな怪しい人物など居ないのだから
「ねぇ、私にも2人の友達、紹介してよ」
唖然としている2人にアリシアは声を掛ける
2人はハッとして顔を見合わせて、ゆっくりと頷き合う
そして、アリシアの方を向くと2人ともにっこりと微笑む
「いいぜ、こっち来いよ」
すっとユーリが手を差し出して、一瞬アリシアは驚いたが、すぐに嬉しそうに目を細め、その手を何の迷いもなくとった
無防備過ぎるのではないか…とフレンは1人心の中で苦笑いしていた
人を疑うことを知らない彼女から、目が離せそうにない
ユーリもフレンもそれは同じ気持ちであった
その日以来、アリシアはちょくちょく下町に顔を出す様になった
朝早くから遊びに来て、夕方になると迎えにくる母親と一緒に帰るのが週に何度かあった
多い時は毎日のようにやって来るのだ
昼食も帰って食べるかと思いきや、我が家でみんなと食べることの方が圧倒的に多かった
最初は皆戸惑っていたが、回数が増えるにつれ、そんなことも気にならなくなった
今ではアリシアが我が家で一緒に昼食をとるのは毎回恒例となっていたし、ジリと一緒になって作ることも珍しくはなかった
最早下町に住んでいるのと変わらないような生活をしていた
今ではすっかりと下町の雰囲気に溶け込んでいる
頼まれれば労作の手伝いもしたし、自分からやると言う時だってあった
その度に、ユーリは『変わった子』だと強く思った
それは、他の者達も同じではあったが
だが、そんな彼女に惹かれる子が少ないわけではなかった
むしろ多い方だろう
何かある事に彼女の気を引こうと四苦八苦している少年達を見るのも日常茶飯事だ
が、アリシアはそんな彼らに興味を示す雰囲気はなかった
視界に入っていない、と言った方が正しいのかもしれない
何故なら、彼女は下町に居る大半の時間をユーリとフレンの2人と過ごしているからだ
剣の稽古中ですら、少し離れた場所から2人を見つめているのだ
最初のうちこそ、危ないから、と言って遠ざけようとしていた2人だったが、今となってはアリシアが見ているのが当たり前になってしまっていた
そんな平和な日々が続いていたある日、事件は起きた
「んー!やっぱり下町は落ち着くね~!」
下町に入るなりアリシアは嬉しそうにニコニコ笑う
ユーリ達一向は下町の様子を見に、1度帰ってきていた
「確かにこののんびりした感じ、落ち着くね!」
「えぇ、とても優しい人ばかりですし」
アリシアにつられてか、エステルとカロルもニコニコと笑っている
「む?あそこに居るのはフレンじゃないかの?」
パティが指を指した方向には、ハンクスと何やら楽しそうに話しているフレンが見える
「おお!ユーリ!それにアリシア!ようやく帰って来おったか!!」
嬉しそうににこにこ笑いながらハンクスは手を振る
「ハンクスさん!お久しぶりです!フレンも久しぶり!」
アリシアは2人に手を振りながら駆け寄る
「元気そうで何よりじゃわい。…ユーリも、野垂れ死んでいなかったようじゃの」
「残念ながらピンピンしてらぁ」
ユーリは不敵な笑みを浮かべて、手をひらひらさせながら近づいて来る
すると、フレンはくすくす笑いながらアリシアとユーリを見る
「おろ?フレン青年よ、急に笑い出してどうしたのよ?」
頭の後ろで腕を組んだレイブンが首を傾げる
「くくっ……あぁ、今さっきまで、ハンクスさんと2人で、ユーリとアリシアのことを話していたものだからね」
「あら、何を話していたのかしら?」
くすくす笑っているフレンにジュディスが問いかける
「昔のことじゃよ。会ったばかりの時はユーリの方がドギマギしていたのにのう」
ハンクスは2人を交互に見ながら懐かしそうにしみじみと言う
あー…と苦い顔をしながらアリシアは頬を掻いた
「初めてユーリにあった時、変わった子だなぁって思ってた」
「そーいやぁオレも、変わったヤツって思ってたな」
ユーリも苦い顔をしながら思い出すように言う
「はぁ?そんなに仲いい癖に??」
有り得ないとでも言いたげに怪訝そうにリタが言う
「あの時は出会い方がちょっと…ね?」
苦笑いしながらフレンはリタに言う
今ではほぼ四六時中一緒だと言っても過言ではないこの2人が、そんなことを口に出すのだ
エステル達は気になって気になって仕方がない
「僕……ちょっと聞きたいな?」
遠慮気味にカロルが言うと、3人は顔を見合わせて少し考えるが、やがて揃って頷く
「そんなに面白い話じゃねぇぞ?」
ユーリは苦笑いして肩を竦める
すると、他のメンバー達はわくわくした目で頷いて3人を見る
「あの日は確か……雪が降っていたね」
懐かしそうにフレンは目を細める
「そうだったねぇ……ものすっごく寒い日だったね」
くすくすと笑いながらアリシアは2人を見る
ーーこれはまだアリシアが貴族だった時のお話ーー
~10年程前~
「さっみぃ……」
真っ黒な肩まで伸ばされた髪の少年は、両腕を擦りながら真っ白な息を吐く
空は黒い雲に覆われていて、今にも雪か雨が降りそうだ
「ユーリ、早く我が家に戻らないかい?」
隣に居た金髪の少年も両腕を擦りながら白い息を吐く
ユーリとフレン……まだ12になったばかりだった
「おう、凍え死ぬのはごめんだな」
ユーリは頷くと少し歩くスピードをあげようとする
が、下町と唯一市民街に繋がっている通りに、人影が見え足を止めた
ユーリにならってフレンも足を止め、その方向を見る
こんな日に一体誰が市民街に出掛けたのだろうか?
下町に住んでいる者は皆顔見知りであった
それでも、初めて見る身なりであったことから、恐らく壁の外の人間だろう
「ん?ユーリ、フレン、そんな所で何をしておるんじゃ?」
後ろから聞こえた声に振り向くと、ひょっこりと家の中からハンクスが顔を出していた
「爺さん、知らねぇ奴が居る」
ぶっきらぼうに言いながらユーリは指を指す
ハンクスはその方向を見ると、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに目を細めた
2人が首を傾げていると、家の中からハンクスが出てきた
「ハンクスさんの知り合いですか?」
フレンが横を通り過ぎるハンクスに聞くと、振り向いて嬉しそうに微笑む
「あぁ、ラグナロクさんじゃよ。下町の大人達だったら誰でも知り合いじゃよ」
そう言って近くまで来ていたラグナロクと言った人物に歩み寄る
「ハンクス、久しぶりだな。息災であったか?」
フードを取りながらハンクスを見つめ、目を細める
声と顔つきからして男であろう
近くに来たことでよく姿が見え、2人は息を呑んだ
見ただけで質がいいとわかるローブ
そして、下町では見た事のないような綺麗な赤髪
決め手はローブの隙間から見えた服だ
あからさまに下町や市民街では見たことないような、きらびやかな装飾の施されている服が見えたのだ
ーー貴族ーー
2人の頭にその2文字が浮かんだ
「ええ、それなりに…ラグナロクさんもお元気でしたか?」
嬉しそうな声でハンクスが話しかけると、周りの家から大人達が顔を出し始めた
「あぁ、私の方もそれなりに、だがな」
「今日はどうなされたのですか?この寒い中お1人で…」
「ははっ、そんなに畏まらんでいい。久々に休暇が取れたからな、皆の顔が見たくなったのさ」
豪快に笑いながらそう言うと、周りの家から次々と大人達が嬉しそうにしながら出てくる
古い友人に久々に会ったような雰囲気で彼の周りを囲む
その光景に、ユーリとフレンはただ唖然としていた
ハンクスの口調からも貴族だとわかるその男に、なんの反感も見せずに大人達は近寄っているのだから
『貴族』、その言葉を聞くと壁の中の中央で、豪華で華やかな暮らしをしていて、それでいて市民を蔑むような印象しかない2人には、異様とも見れる光景なのだ
「おやおや、ライラックじゃないかい」
唖然としている2人の後ろから、突然声が聞こえた
驚いて振り向くと、ジリが珍しく驚いたような嬉しそうな表情をして、家から出てくるところであった
「ジリさん、あの人は…?」
恐る恐るフレンが聞く
「お前さん達も気付いてるとは思うけどね、あの方は貴族のお偉いさんだよ。でもあたしらのことを見下したりなんてしないで対等に見てくれる珍しい人さ
時々こうやって顔を見せたと思えば、使わない光照魔導器をくださったりしてくれるのさ」
「ふーん……そんな人もいんだな」
ジリの話を聞いて、物珍しそうに大人達に囲まれた男を見る
ハンクスは『ラグナロクさん』と呼んでいたが、ジリは『ライラック』と呼んだ
どちらが正解かはわからないが、恐らくどちらかがファーストネームで、どちらかがファミリーネームなのだろう
ジリの言う通り、大人達に何かを渡しているのがちらっと見える
しばらく大人達と楽しそうに談笑していたが、ジリに気づくと周りの大人達に何か言って、こちらに近づいて来た
「ジリ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「ライラック、あんたも元気そうでよかったよ」
にっこりと笑いながら2人は話し合う
2人に挟まれる状態になったユーリとフレンは、どうするべきかと顔を見合わせる
すると、2人に気づいたライラックは、2人に目を向けながらジリに問いかける
「ジリ、この2人は?」
突然自分達のことを聞かれ、ビクッと肩があがった
「あぁ、我が家に住んでいる子達だよ。あんたが来る時は夜が多いから、会うのは初めてだったね。黒髪の方がユーリ、金髪の方がフレンっていうのさ」
ジリは笑いながら2人の肩に手を置く
どう答えればいいかわからず、2人はただ黙ってお辞儀をした
「はっはっ、確かに子供に会うのは初めてだったな。初めてまして、ライラック・ラグナロクと言う者だ。ライラックでもラグナロクでも、好きなように呼んでくれ」
豪快に笑うと、ニコッと優しげな笑みを浮かべる
「よ、よろしくお願いします…!フレン・シーフォです…!」
「……ユーリ・ローウェル…」
ライラックに自己紹介をされ、慌てて2人もしっかりと自分の名を告げる
フレンはなるべく丁寧に挨拶したが、ユーリはぶっきらぼうに自分の名だけ告げた
「ユーリ、挨拶はしっかりしないとダメだろうっ!?」
フレンは隣に居るユーリに咎めるように言うが、当の本人は素知らぬ顔してそっぽを向いてしまった
「全く…挨拶くらいはちゃんとしろって言ってるんだけどねぇ」
呆れた顔でジリはユーリを見つめる
「はっはっはっ!ジリ、いい子達ではないか」
笑いながらライラックは2人に目線を合わせるようにしゃがんで、ポンッと2人の頭の上に手をのせ、くしゃっと頭を撫でる
「見知らぬ大人に話しかけること自体、勇気がいるものだ。名だけでも告げられるのはすごいことだと、私は思うぞ」
ニカッと笑いながらそう言われ、2人は顔を赤らめた
ただ挨拶しただけ
それだけで褒められたのだ
褒められ、くしゃっと頭を撫でられることなど滅多にない2人は、どう反応していいかわからなかった
ただ、胸の奥で嬉しいような、それでいて恥ずかしいようなもやもやとした感覚があることだけは分かった
「あんた、相変わらず子供が好きだねぇ…もっと早い時間にこれりゃ会えるだろうに」
「そうしたいのは山々なんだがね…なんせ、我が愛娘は少々お転婆でな
目を離すとすぐに何処かに行ってしまって、困っているのだよ」
ユーリとフレンの頭から手を退け、苦笑いしながら立ち上がる
ジリは納得したようにあぁ…と声を漏らして頷く
「そういえば今年で12だったね」
懐かしむように、しみじみと言う
「12って、オレらと同じだな」
ユーリがボソッと呟くと、フレンは頷く
「ほぉ、君達もなのか!」
ユーリの呟きを聞いてライラックは嬉しそうに微笑んだ
ユーリとフレンはこくりと頷く
「ふむ…ならば今度は一緒に来るとしよう。たまに家の外に連れ出さぬと、勝手に出て行ってしまうしな」
困ったような声で言うが、その顔は何処と無く嬉しそうでもあった
「大丈夫なのかい?外に連れ出したりして」
少し心配そうにジリが問いかける
「はっは、心配いらぬよ。それなりにわからぬような服装にするし、我が妻もここの者達のことは知っておるから、反対はせんさ」
何も問題などないとライラックは言う
貴族にもこんな人がいるのだと、ユーリとフレンは感心した
自分達の想像していたような人ばかりではないと、見せつけられたのだ
「さて、今日はそろそろ引き上げるとしよう。では、また後日改めて来る」
そう言うと、ライラックはフードをかぶり直して、壁の中へ続く通路に向かって走り出した
大人達はそれを見送ると、ぞろぞろと家の中へ戻って行った
「さぁ、お前さん達ももう我が家に戻るのじゃ」
ハンクスが優しくそう言うと、2人は頷いて歩き出した
「なぁ、フレン、貴族様って、あーゆう人もいんだな」
帰り間際に唐突にユーリがそう言い出す
だが、フレンも同じことを思っていたようで、力強く頷く
「だね。僕も市民街に暮らしてる時にたまに貴族様はみかけたけど、あんな人は初めて見たよ」
「やっぱあーゆう人、珍しいんだな」
「早々居ないね。魔導器を無償で渡すこと自体すごいよ。相当高い位の人なのかもしれない」
ライラックのことを話しながら歩いていると、いつの間にか我が家の前についていた
ドアノブを回して、中に入ろうとしたその時
「だーかーらー!!絶対見たんだってば!!!」
少し開いたドアの隙間からジャレスの怒鳴り声が聞こえてきた
また喧嘩でもしているのだろうか…
2人は半分呆れつつドアを開けて中に入った
中に入ると、やはり喧嘩でもしていたのか、ジャレスと数人の少年達が睨み合って居るのが目に入った
次いで、その様子を怯えた表情でまだ小さな子や少女達が見つめているのも目に入る
「おいお前ら、何してんだよ」
咎めるような声でユーリが言うと、少年達は驚いて振り向く
「そんな睨み合いなんてしていたら、他の子達が怖がるじゃないか」
ユーリの後ろからひょっこり顔を出して、呆れ気味にフレンが言う
「だって聞いてくれよ!ジャレスが灰色小路に女の子が居たって言うんだぜ!?」
有り得ないだろ!?、とジャレスを指差しながら、1人が言い出すと、口を揃えてそうだそうだ!と言い出す
『灰色小路』……
そこは、下町の住む誰もが近寄ろうとはしない場所
フレンとユーリは何度か足を踏み入れたことがあるが、確かにあそこに人が居るとは思えない
それも、女の子だと言った
確かに有り得ない話ではある
「本当に見たんだよ!!真っ赤な髪で、すっごく綺麗な服着てて、めっちゃ可愛い子が!!」
信じてくれ、と言いたげな表情でジャレスはユーリとフレンを見つめる
ーー真っ赤な髪に綺麗な服ーー
その言葉が2人の頭に引っかかった
それは、先ほど会ったライラックと同じ容姿だ
違うのは性別だけだろうか…
「ジャレス、その子の年、どのくらいに見えた?」
ユーリがそう聞くと、ジャレスは信じてくれたと思ったのか、嬉しそうに目を輝かせる
他の少年達はまさか!とでも言いたげに顔を顰めた
「えっと、一瞬見えただけだけど、ユーリとフレンと同じくらいだった!!」
それを聞いてユーリとフレンは顔を見合わせた
それは、ライラックの娘の情報とほぼ一致したからだ
「灰色小路の入り口、でいいんだね?」
フレンがそう聞くとぶんぶんと首を横に振った
「入り口じゃなくて、灰色小路の『塀の上』に座ってたんだ!!すぐに降りたのか見えなくなったんだけど…」
弱々しくそう言って項垂れてしまう
他の少年達が信じなかったのはこれが原因か、とユーリとフレンは納得した
確かに入り口ならまだわかるが、『塀の上に座っていた』など、到底有り得ない
それに、灰色小路は不可解な噂が耐えない場所でもある
信じなくても当然だろう
が、あそこには何も、それこそ霊などという類のものが存在しないことを2人は知っている
ユーリに至っては、その手のものを何1つ信じていない
だから、ジャレスの見間違え出ない限り、『居なかった』ということの方が有り得ないのだ
ユーリとフレンは顔を見合わせて頷くと、ドアの方へと向き直す
「僕ら、ちょっと様子を見てくるから、みんなはここで大人しく待っていて」
「で、でも…!本当に幽霊だったら……!!」
不安で泣きそうな声で1人の少女が2人を止める
「あのなぁ、幽霊なんているわけねーじゃん。もしそいつが幽霊だったら、とっくにジャレスが呪われてんじゃねえの?」
悪戯っぽく冗談気味に笑いながらユーリはジャレスを指差すと、さぁっと青ざめてしまう
「へーきだから、心配すんなって。んじゃ、行ってくる!」
くすくす笑いながらユーリはそう言うと、ドアの外へと駆け出した
その後に続くようにフレンも駆け出す
2人は真っ直ぐに灰色小路へと向かって行ったのだ
灰色小路についた時にはもう真っ暗になっていた
最後にここに潜り込んだのはいつだったか……
そんなことを考えながら、ユーリとフレンは入り口に立った
生憎光照魔導器は持ち合わせていない
だが、もうどうゆう構造か大まかに把握は出来ている
「…行こうぜ」
「あぁ」
軽く深呼吸をして2人は灰色小路へと足を踏み出した
真っ暗な道
1歩間違えれば迷子にすらなりそうなこの道を、臆することなくずかずかと進んで行く
「ユーリ、本当に居ると思うかい?」
しばらく口を開かなかったフレンが唐突にユーリに問いかけた
「さぁ?でも、幽霊なんつーもん信じるよりかはマシじゃねぇか?」
振り向くこともなく、ただ前を見つめてユーリは答える
「…まぁ、そうだね…ラグナロクさんの娘さんと、重なる部分が多いしね…」
少し納得したように顎に手を当てる
赤い髪、綺麗な服、ユーリとフレンと同じくらいの年、そして、塀の上に座っていた、という事から、相当なお転婆な子なんだろうと2人は推測した
もしかしたら、ジャレスが見たのがその子なのかもしれない
なぜだかわからないが、ユーリもフレンもそんな気がしていた
だが、もう夜になる
それにちらほらと雪も降ってきた
ここにまだ居る可能性は極めて低い
それでも、何かしらここにその子が居たという手掛かりを見つけないと、本気で幽霊扱いされかねない
流石にそれは可哀想だろう
そんなことを考えつつ、辺りを見ながら進んでいくと、ぴたっとユーリの足が止まった
それに合わせるようにフレンの足も止まる
何かあったのかと、フレンがユーリに聞こうとすると、ユーリはすっとしゃがんで、少しだけフレンの方を向き、しーっと人差し指を唇に当て路地の奥を指さした
T字路の右側、薄らと光が漏れているのが見える
それを見てフレンは息を呑む
ここには人が居る筈がない
光が見えること自体可笑しいのだ
それはつまり、この先に誰が居る、という証拠でもあった
顔を見合わせて頷くと、2人はそっと音を立てないようにその先を除く
少し広めの空間に女の子が1人、地面に座り込んで顎に手を当て、何か考え込んでいる
真っ赤な髪に、パッと見ただけでわかるくらい上質な服、見た感じ同じくらいの年だろうか…
ジャレスの情報と、全て一致した
さてこれからどうしようかと、2人が相談しようと、後ろに下がろうとしたその時
バキッ!!!
「っ!!!だ、誰ですかっ!?」
フレンが足元にあった小枝を踏んでしまい、音が鳴る
しん…と静まり返った灰色小路では、小枝程度でもかなり音が響く
音に驚いて、少女は少し怯えた様子で声をあげる
鈴とした鈴の鳴る様な声
2人は顔を見合わせて頷くと、すっとその少女の前に出た
「あー…悪ぃ…驚かせるつもりは無かったんだけどな…」
ガシガシと頭を掻きながらユーリはそう言う
少女の方は警戒しているのだろうか、怪訝そうに顔を歪めてユーリとフレンを見つめる
「ごめんね、怪しい人…って訳じゃないんだ。僕らの友達が君を見かけたって言うものだから気になってしまってね」
優しい声でフレンがそう言うと、少しだけ考え込んで、あっ、と思い出した様に声をあげる
「あの茶髪の子?」
首を傾げながら聞くその少女は何処と無く幼く見えて、本当に同い年かと疑いたくなる程だった
ユーリがこくりと頷くと納得したように表情を緩めた
「そっか、あの子のお友達なんだ。いきなり大声出されてびっくりしちゃって、慌てて隠れようとしたら落っこちゃったんだ」
たはは…っと苦笑いする少女の足を見れば、ぎゅっと布が巻き付けられているのがわかる
落下した時に足でも捻ったのだろうか
「怪我しているのは足だけかな?」
少女にゆっくりと近づいて、フレンは傍にしゃがんで目線を合わせる
こくりと少女は頷くが、ユーリは違和感を覚えていた
『塀の上から落ちた』
確かに足を怪我しているのはわかる
だが、『塀の上』からだ
1番上に座っていたとなると、かなりの高さがある
それこそ、捻挫だけでは済むはずがない
それでも、見た感じでは骨が折れている訳でも無さそうである
「…本気であの塀の上に座ってたわけ?」
警戒しているような、怪訝そうな声でユーリが少女に問いかけた
「?うん、そうだよ?」
首を傾げながら、当たり前でしょう?とでも言うように少女は答える
「だったら捻挫だけじゃ済まないと思うんだけど」
ユーリはじっと少女を見つめたまま目を離そうとしない
やや考えるような間があってから、少女は口を開いた
「…私、ちょっと頑丈だから、このくらいなら平気なの」
ニコッと笑って言うが、嘘をついているのなんて見え見えだ
ユーリが更に問い詰めようとした所で、不意に背後に気配を感じて慌てて振り向くと、誰かの足音が聞こえた
誰が来たのかと警戒していると、暗闇から現れたのは思いがけない人物だった
「全く…我が家に行ったらあんたらの姿がなくて、ジャレスにここに来たと言われて慌てて来たら、こうゆうことかい」
「ジ、ジリば……おばさん……」
『ばあさん』と言いかけて、慌てて言い直した
呆れたような目でユーリとフレンを見て、後で説教だ、と告げると、その目は少女のほうを見つめた
「やれやれ…ライラックが半泣きで探しているんじゃないかい?アリシア」
大きなため息を付きながらジリは少女に言った
アリシアと呼ばれた少女はくすくすと楽しそうに笑いながらジリを見つめ返す
「だってお父様、今日こそは連れて行ってやると仰られたのに、私を置いて行ってしまわれたんですもの…たまにこうして意思表示しないと分かって頂けませんもの」
楽しそうな笑顔を見せるアリシアに、ユーリとフレンは息を呑んだ
下町では滅多に見れないようなキラキラした笑顔に、2人は目を奪われていた
一言で言えば『可愛い』、その言葉が少女にはぴったりと当てはまった
「ジリさん、もしかして彼女が…?」
「そう、フレンの目の前に居るのがライラックの愛娘さ」
呆れたような声でジリは目の前の少女を見つめる
「ふふ…自己紹介がまだでしたね。アリシア・ラグナロクです」
にっこりと花の咲いたような笑顔でユーリとフレンをアリシアは見た
「あ…フ、フレン・シーフォだよ。よろしくね」
少し頬を赤らめながらも、フレンはアリシアを見つめながら微笑む
「…ユーリ・ローウェル……よろしく、な」
ぶっきらぼうに言うと、ふいっと顔を背けてしまう
だが、ライラックの時とは違い『よろしく』まで言ったのだ
そのことに、ジリは少し関心していた
「さぁアリシア、送って行くから帰ろう」
「ふふ、お願いしますね、ジリ」
ジリは少女をひょいっと抱き上げる
そして、ユーリとフレンに目で合図を送ると先頭を歩き出す
2人はその後をついて歩いて行った
灰色小路を抜けると、昼間に会ったライラックとその隣に見慣れない女性が居た
恐らくアリシアの母親であろう
「ジリ!」
ライラックはジリを見るなり慌てて駆け寄ってくる
その顔には焦りが浮かび上がっている
「見つけてくれたのか…本当にすまなかった」
「いいってもんさ、あんたにはあたしらみんな世話になってるからね」
ジリは笑いながらライラックにアリシアを渡した
ライラックはアリシアを受け取るとほっと安堵の息をつく
そしてジリの後ろに居るユーリとフレンに目をやって話しかけた
「2人も探してくれたんだね。ありがとう」
「いや……たまたま見かけたって話聞いて気になっただけだから…なぁ?フレン」
突然ライラックに話しかけられ、お礼を言われたユーリは、しどろもどろしながら話し、フレンに同意を求めた
当然、急に話を振られたフレンもあたふたとしてしまう
そんな2人を見て、ライラックは目を細めた
「やはり、この子達はいい子だな、ジリよ。
…それに比べ、アリシア…お前という子は…」
ライラックは苦い顔をしてアリシアを見やる
すると、アリシアはさっきまでの笑顔から一変、不機嫌そうに顔を顰める
「お父様が約束を守って下さらないのがいけないのですよ?それに、お母様は行きたいのであれば行っていい、と仰っていました!」
幼い子供が駄々をこねるような口調で言うと、ぷいっと顔を背ける
何度見ても、やはりユーリとフレンには彼女が同い年には見えなかった
自分達よりも、1回りか2回り程違うように見えるその仕草が2人には印象的だった
「全く……続きは家でゆっくりと話すとしよう……ジリ、それとユーリ君にフレン君、本当にありがとう
近い内にまた会いに来る。…今度は、この子も連れて、な?
その時にでもちゃんと紹介させてくれ」
「あぁ、気をつけて帰るんだよ、ライラック」
ではまた、とライラックはジリ達にお辞儀をすると、待っていた女性を連れて帰路についた
3人の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていたが、ジリのふぅ……っと息を吐く音にユーリとフレンは体を強ばらせた
……嫌な予感がする
真っ先に2人の頭にその言葉が浮かぶ
「…さて、ユーリ、フレン。ハンクスはお前さん達に『帰るんだよ』と言った筈だよ?」
くるりとユーリとフレンの方を向いたジリの顔に笑顔はない
ユーリは背筋が凍るような感覚を覚えた
それは、フレンも同じ
冬だと言うのに額に汗が伝う
この感覚は、ジリが怒った時の感覚そのものだ
じっとその場から動けず、ただ黙り込むしかない2人の頭にゴンッと音が鳴るんじゃないかという勢いで、ジリのげんこつが振り下ろされた
「いっっったぁぁぁっ!?」
「っ~~~~~~~!?」
ユーリは大声を出して、頭を抑えながらその場に座り込む
フレンの方は声こそ出さなかったものの相当痛かったのだろうか、ユーリと同じく頭を抑えその場に座り込んだ
2人の下瞼には薄らと涙が溜まっている
その後、ジリの説教がしばらく続いたのは仕方ないことであろう
~それから1週間後~
よく晴れた日、相変わらず寒くはあるがそれでもまだ日の出ている分マシであろう
いつものように噴水前でユーリ達は自分達よりも幼い子の面倒をみながら、剣の練習をしていた
2人であーでもない、こーでもないと話していると、壁向こうと繋がる通路から人がやって来るのが見えた
あの日と同じ、今度はローブを被った人影が2人分
ユーリとフレンにはすぐに誰かわかって、ハンクスやジリを呼びに行った
家の前で声を掛けると、ハンクスもジリもすぐに出てきた
「ラグナロクさん…今回は来るのが早かったですね」
嬉しそうに目を細めながら、ハンクスは声を掛けた
「あぁ、冬季休暇、という名目でね、この冬はしばらく休みでね」
フードを外した下に見えたその顔には、嬉しそうな表情が浮かんでいた
声を聞いて、大人達も数人顔を出した
昼間な為、あまり人数は多くないが、それでも皆嬉しそうにしている
子供達はわけがわからないという風に首を傾げているが、ジリがそんな子供達に近寄ってライラックについて教える
「ラグナロクさん、隣に居るその子は…?」
大人の1人が恐る恐る問いかけると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりににっこりと微笑む
「紹介しよう、我が娘のアリシアだ。少々お転婆だが、根はいい子なんでな、時折勝手に来てしまうやもしれんが、その時は面倒を見てくれるとありがたい」
ポンッとアリシアの肩に手を乗せて、苦笑いする
アリシアが被っていたフードを脱ぐと、あっ!とジャレスが声をあげ、周りの少年達に『あの子だよ!』と言い始める
そんなジャレスを、フレンが静かに!と言って宥める
「アリシア・ラグナロクです。よろしくお願いします」
あの日同様、花の咲いたような笑顔で彼女が言うと、ジャレスを含めた少年達は少し頬を赤らめる
ユーリはそれに少しむっとしたが、何故そんな気持ちになったのかはわからなかった
大人達がよろしく、と彼女に声を掛けていると、不意にユーリとフレンに気づいたらしく、ライラックの元を離れて小走りで駆け寄った
「2人とも久しぶり、あの時はありがとう」
ユーリとフレンに近づくと、少し屈んで2人を見上げるようにして笑顔でそう言う
その仕草に、思わず2人は顔を背けてしまった
「べ、別に…見つけられたのはたまたまだし、オレらが出口まで連れてってやったわけでもねぇし…」
左手で口元を隠しながらユーリはぶっきらぼうに言う
ユーリのそんな反応にジャレス達は驚いた
普段から冷静沈着な彼が、そんな反応をするところなど見たことがなかったからだ
「…気に、しなくていいよ…僕らだってなんとなく入っただけだし…」
フレンもまた、顔を背けたままそう告げる
冬だというのに、何故か顔がものすごく熱い
きっと鏡を見たら頬を赤くした自分が映るのだろう、とフレンは思った
ジャレス達は唖然としてそんな2人を見ていたが、やがてはっとしてユーリとフレンに声を掛けた
「ふ、2人だけ知り合いとかずりーよ!!」
ジャレスがそう言うと、そうだそうだ!と騒ぎ始める
面倒なことになったな…とユーリは内心思いつつも、自分とフレンだけが彼女と少しだけ多く会話出来ていることが嬉しくもあった
「ふふ、お父様が言ってたとおり、優しそうな人ばっかりだね」
くすくすと笑いながらアリシアは2人に言う
「見ただけじゃわかんねぇだろ?優しい顔して、おっかない人だっているんだぜ?」
「ユーリ…!そういう事を言うのはやめないかい…っ!?」
冗談交じりに言ったユーリに、慌ててフレンが静止にかかる
が、アリシアはそんなことも気にしていないようだ
「ユーリとフレンがいい人だもの、そんな2人の知り合いに悪い人なんて居ないでしょ?」
ね?と、笑いながら言われ、ユーリとフレンは唖然としてしまう
貴族とは思えないようなその考えに思わず驚いてしまったのだ
確かにそう言われてしまえば何も言い返すことなど、当然出来ない
自分達が知っている限りでも、そんな怪しい人物など居ないのだから
「ねぇ、私にも2人の友達、紹介してよ」
唖然としている2人にアリシアは声を掛ける
2人はハッとして顔を見合わせて、ゆっくりと頷き合う
そして、アリシアの方を向くと2人ともにっこりと微笑む
「いいぜ、こっち来いよ」
すっとユーリが手を差し出して、一瞬アリシアは驚いたが、すぐに嬉しそうに目を細め、その手を何の迷いもなくとった
無防備過ぎるのではないか…とフレンは1人心の中で苦笑いしていた
人を疑うことを知らない彼女から、目が離せそうにない
ユーリもフレンもそれは同じ気持ちであった
その日以来、アリシアはちょくちょく下町に顔を出す様になった
朝早くから遊びに来て、夕方になると迎えにくる母親と一緒に帰るのが週に何度かあった
多い時は毎日のようにやって来るのだ
昼食も帰って食べるかと思いきや、我が家でみんなと食べることの方が圧倒的に多かった
最初は皆戸惑っていたが、回数が増えるにつれ、そんなことも気にならなくなった
今ではアリシアが我が家で一緒に昼食をとるのは毎回恒例となっていたし、ジリと一緒になって作ることも珍しくはなかった
最早下町に住んでいるのと変わらないような生活をしていた
今ではすっかりと下町の雰囲気に溶け込んでいる
頼まれれば労作の手伝いもしたし、自分からやると言う時だってあった
その度に、ユーリは『変わった子』だと強く思った
それは、他の者達も同じではあったが
だが、そんな彼女に惹かれる子が少ないわけではなかった
むしろ多い方だろう
何かある事に彼女の気を引こうと四苦八苦している少年達を見るのも日常茶飯事だ
が、アリシアはそんな彼らに興味を示す雰囲気はなかった
視界に入っていない、と言った方が正しいのかもしれない
何故なら、彼女は下町に居る大半の時間をユーリとフレンの2人と過ごしているからだ
剣の稽古中ですら、少し離れた場所から2人を見つめているのだ
最初のうちこそ、危ないから、と言って遠ざけようとしていた2人だったが、今となってはアリシアが見ているのが当たり前になってしまっていた
そんな平和な日々が続いていたある日、事件は起きた
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