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忘れた記憶
~ケーブ・モック大森林にて~
「ねぇ……もう諦めて帰らない……?僕もう疲れたよ……」
「私も疲れた……ギガントって言うくらいだからすぐ見つかりそうなのに、全っ然見つかんないし……」
キョロキョロと辺りを見回しながら、疲れた様子のアリシアとカロルは言う
ユーリ達はギガントモンスターを倒すべく、ケーブ・モック大森林へと足を踏み入れていた
かなり長い間探し回っているものの、周りの木々も巨大な為か中々見つからない
最早ここには居ないんじゃないかと諦めかけていた
「もう少し頑張って探してみましょう?」
エステルが2人にそう言うが、嫌そうに2人揃って顔を歪める
「これだけ探しても見つからないのに?」
「そうねぇ……おっさんもそろそろ諦めたいさね」
後方に居たレレイヴンもそう言う
「おっさんはただ戦いたくねぇだけだろ?ここまで来たんだからさっと見つけてさっと倒しちまおうぜ」
「そうね、それがいいと思うわ」
先頭を歩いているユーリとジュディスは何処か楽しげにしている
「ユーリ…それにジュディスも、レイヴンさんは兎も角、カロルはまだ子供なんだよ?アリシアだって元々そこまで体が強くないこと、ユーリだって知ってるだろう?」
先頭を歩く2人のすぐ後ろに居たフレンが、飽きれた様子で2人に言う
ユーリとフレンの幼なじみのアリシア(と言っても、彼女はユーリ達より4歳年下なのだが……)は、幼少の時から体が弱かった
それでも、下町に1人置いて行ったりなんてしようものなら、勝手に結界の外に出て行ってしまうような子だった
ユーリとフレンの真似をして剣の練習なんかも一緒にやっていたし、父親が元々騎士だった為、その形見の武醒魔導器も持ち合わせていた
だから旅に同行させたのだが……
やはり体が弱いせいか、すぐにバテてしまう
かと言ってそれは彼女の責任と言うわけでもないが…
「戻るのは兎も角、1度休憩した方がいいんじゃないの?アリシア、下手したらぶっ倒れるわよ?」
中々話がまとまらないことに苛立ったのか、腰に手を当てて少し怒り気味にリタが言う
アリシアでなくとも、この鬱蒼とした森の中を歩くのはかなり大変だろう
次々に賛成の声が上がって、ユーリとジュディスは渋々1度休憩することに賛同した
少しだけ開けた場所にござを引いて腰を下ろす
「ふぁ……疲れたぁ…」
「アリシアにしてはよく頑張った方だね」
アリシアの隣に座ったフレンが優しく頭を撫でると、嬉しそうに目を細める
傍から見たら仲睦まじい光景なのだが、ただ1人だけ、フレンを睨みつけている人物がいた
「……大将……フレンちゃん睨みつけるくらいなら、アリシアちゃんの傍に行ってあげりゃいいんじゃないの?」
遠慮気味にレイヴンは隣に座っているユーリに小声で話しかける
そう、フレンを睨みつけているのはユーリただ1人だ
アリシアとフレンから少し離れているものの、こちらを振り向かれたらバレるのは確実だ
そんなことお構い無しにユーリはフレンを睨み続けているが…
ユーリがアリシアを好いていることは、メンバー全員が知っていることだ
…アリシア本人を除いて、だが
同じ幼馴染みのフレンもアリシアを好いているが、ユーリの好いている、とは少し違う
フレンの場合は恋愛対象ではなく、妹として、なのだ
だから、アリシアとどうこうなるなどと、到底有り得ないのだが、何かあるとユーリよりも先にフレンが彼女の傍に飛んで行ってしまう
それが毎回、嫉妬してしまうくらいに続くから、ユーリも気が気でない
だからと言って、恋愛に疎い彼女に告白した所で勝算はゼロ
そんな感じで、ユーリがフレンを睨むのは最早日常茶飯事
メンバーの誰もがこの状況を諦めていた
彼女が恋愛に疎いことは、たった数ヶ月しか行動を共にしてないとはいえ、嫌という程身に染みていた
あからさまなユーリのアピールにも気づかない上に、ナンパ男に平然とついて行こうとした挙句、ナンパだと言うと驚くような子だ
ユーリが告白した所でどうにかなる問題じゃない
まぁ、かと言っていつまでもこの状況が続くのは嫌なのだが…
一同が休んでいると、唐突に魔物の咆哮が聞こえてきた
「あっ!!ユーリっ!!あれ!!」
半分悲鳴に近い声でカロルが叫びながら指さした先には、ずっと探していたギガントモンスターがいた
あれだけ探していた見つからなかったのに…と、アリシアは小さく悪態ついたが、すぐに立ち上がって戦闘隊形をとる
他のメンバー達もすかさず武器を構える
「うっし!行くぜっ!!」
嬉々としてギガントモンスターに向かって行ったユーリの合図で、戦いの火蓋が落とされた
戦闘が始まって数分、ギガントモンスターは想像以上に手強かった
ユーリ、ジュディス、フレンの3人が主に前衛で戦っている
残りのメンバーは基本的に後方で援護したり、ギガントモンスターと戦っているのを好奇とみたのか、襲いかかってくる雑魚敵を倒したりしている
「ちょっと……きついかも……」
雑魚敵相手に剣を振りかざしながらアリシアは苦笑いする
体力のない彼女なりに頑張っているものの、流石にそろそろ限界も近かった
「アリシア…っ!もうちょっとですから、頑張りましょう…!!」
バリアーを唱えながらエステルはアリシアを励ます
ギガントモンスターのHPも、残り僅かというところまで減らせていた
「これで終わりだっ!!蒼波っ!!」
「終わりにしようっ!魔神剣っ!!」
ユーリとフレンが同時に技を当てると、ようやくギガントモンスターを倒すことが出来た
倒せたことに安堵し、喜びながら皆武器を納める
アリシアも武器を納めると、ユーリに近寄ろうと足を踏み出す
……が、油断仕切っていたその時
『グォォォッ!!』
突然茂みから1体の魔物が飛び出して来て、雄叫びをあげながらアリシア目掛けて突進してくる
急な出来事に一瞬思考が停止してしまったアリシア
…それは、他のメンバーも同じなのたが…
「きゃあぁっ!?!!」
アリシアが悲鳴をあげるとほぼ同時に、彼女は魔物によって後方に思い切り突き飛ばされる
ドンッと、鈍い音を立てて木の幹に彼女の体は打ち付けられる
「かっ………はぁっ………」
気を失ってしまったようで、ズルズルと木に沿うように倒れ込む
「シアっ!!!」
1番最初に彼女の元に駆けつけたのはユーリだった
魔物とアリシアの間に立ち塞がるように割って入ると、魔物に向かって剣を振りかざす
対処出来なかった魔物は、まともに攻撃を喰らってその場に倒れ込んだ
魔物が倒れたのを確認すると、クルッと振り返って木の根本に倒れ込んでいるアリシアを、そっと自身の腕の中に閉じ込める
「シアっ!シア…っ!!」
少し青ざめた顔でユーリは必死に彼女の名を呼ぶが、アリシアが目を開ける気配はない
普段何があってもほとんど取り乱すことの無いユーリが、ここまで取り乱したところを、他のメンバーは今まで見たことがなかった
「ユーリ、とりあえず1度街に戻ろう。宿屋でエステリーゼ様に見てもらった方がいい」
ユーリの肩に手を乗せながらフレンは宥めるように話しかける
コクリと頷くと、ユーリはアリシアをお姫様抱っこして立ち上がる
「…行きましょう」
ジュディスの合図で一行は森の出口へと足を向けた
ーーーーーーーーー
「とりあえず、治癒術はかけたので後はアリシアが目を覚ますのを待ちましょう」
アリシアの治癒を終えたエステルが、ふぅっと息を吐きながら言う
一行は1番近くにあったダングレストの宿屋に来ていた
ついてからもうかなり時間が経ったが、アリシアは未だに目を覚ましそうにない
「…サンキュ、エステル。少し休んだらどうだ?」
アリシアの寝ているベット傍に座っていたユーリが言う
何せ戦闘で疲れていた筈なのに、今の今までぶっ通しでアリシアに治癒術を掛けていたのだ
疲労困憊なのが、顔を見なくても想像出来る
「でも……」
「シアの傍にはオレがついてっから平気だよ。それに、他の奴らだって疲れてもう寝てんだ。だから、エステルも休んで来いよ」
そう言われてエステルはどうしようかと迷ってしまった
確かに普段から寝ずの番をすることが多いユーリだが、彼だって疲れているはずなのだ
それでも休もうとしないのは、恐らくアリシアの傍に居たいからだろう
しばらく悩んでいたが、渋々了承して、エステルも休みに行った
部屋に残ったのはユーリとアリシア…そしてラピードだけ
ラピードは絶対に動かないと言わんばかりに、ユーリの足元で丸まっている
…それは、不安がっている飼い主を少しでも落ち着かせようとしての行動か…
「……シア……早く目…覚ませよ……」
普段の彼なら到底出しそうにない、掠れた声で呼びかける
ぎゅっと彼女の手を握る自身の手に力が入る
ユーリには怖かったのだ
目の前で大事な人を失うことが
幼い頃からずっと好いていた彼女を、失うことが
「……ぅっ………」
小さく呻くような声と共に薄らとアリシアの目が開かれる
「っ!シアっ!」
ガタッと音を立ててユーリは立ち上がる
アリシアはゆっくりと目を開けてキョロキョロと辺りを見回す
「シア…大丈夫か?」
ユーリが恐る恐る聞くと、想像もしなかった返事が返ってきた
「…………お兄さん……誰………?」
「…………は…………?」
ユーリは目を見開いてアリシアを見つめる
まさかそんなことを聞かれるだなんて、夢にも思っていなかったからだ
「シア……お前、何言ってんだよ……?」
冷静に対処しようとなるべく平常心を保ったように聞き返す
きっといつもの悪ふざけに決まっている
いや、絶対にそうだ
心の中で自分にそう言い聞かせる
が、彼の期待はすぐにかき消された
「シア……?それが私の名前……?」
少し体を起こして首を傾げる
雷に打たれたかのような衝撃をユーリは受けた
ユーリのことは愚か、自分自身のことすら覚えていないのだ
「……あの………大丈夫……ですか…?」
ショックを受けていると、おずおずとアリシアが声をかける
その声にユーリは我に返る
「あ……わ、悪ぃ…ラピード、エステルとフレン連れてきてくれ」
今はショックを受けている場合じゃないと、軽く頭を振りながらユーリはラピードに声を掛けた
「ワンッ!」
ラピードは元気よく返事をすると、部屋の外に飛び出して行く
倒れた椅子を元に戻して、ユーリはまたそこに腰掛ける
そして、軽く深呼吸をしてからゆっくりと口を開く
「…オレはユーリ。ユーリ・ローウェル」
なるべく怖がらせないようにと、優しい声でユーリは自身の名を告げる
「ユー………リ………?」
「そ、ユーリだ。で、お前はアリシア
オレは愛称でシアって呼んでる」
「……アリシア………シア…………?」
「そうだ。……なんか、思い出したか?」
うーん、と唸りながら彼女は考えるが、少ししてからふるふると横に首を振る
「……そっか…」
その仕草に、ユーリはぎゅっと胸を締め付けられるような感覚に囚われた
自分がもっと気を配っていられれば、彼女はこんなことにならなかったのではないか
ユーリはそんな気がしてならなかった
「………でも………」
そう呟きながらアリシアは彼の左手に自身の手を重ねた
突然の行動にユーリが驚いていると、アリシアはにっこりと笑う
「……ユーリさんが傍に居ると…なんだか落ち着くんです」
不安そうな声色から一転、少し落ち着いたような声でアリシアはそう言う
それは、多少ではあるが覚えていることもあるのだということだと、ユーリは思った
「…なぁ、今ラピード……オレの相棒がエステルって名前のお前の今の状態に詳しそうな奴を呼びに行ってからさ…その間、ちょっと昔話でもしねぇか?」
「昔話……ですか…?」
アリシアは不思議そうに首を傾げてユーリを見つめる
「おう、オレとシアと、フレンが出会った時の話でもさ」
「フ……レン………?」
「あ、悪ぃ…フレンっつーのは、オレとお前の幼馴染みで…….シア?」
フレンの名を聞いた途端、アリシアは頭を抱えて蹲った
「うっ………あ、たま……痛い……っ」
「お、おいっ、大丈夫かっ!?」
突然の出来事にユーリは慌てることしか出来ずにいた
だが、すぐに痛みは引いたようで、彼女はゆっくりと頭をあげた
「大丈夫か…?」
心配そうに顔を歪めてユーリが聞くと、コクリと頷く
それを見て、ユーリはほっと胸を撫で下ろした
コンコンッ
突然のノックの音にアリシアはビクッと肩を震わせる
「シア、大丈夫だから…入っていいぜ」
アリシアを宥めるように頭を撫でながら、ユーリはドアの向こうに居るはずの幼馴染みに声をかける
ガチャッとドアが開くと、案の定ラピードがフレンとエステルを連れてきていた
「ユーリ…ラピードから聞いたけど……アリシアは…?」
恐る恐るとフレンは聞いてくるが、ユーリは首を横に振る
ユーリ自身、何が起こったのかさっぱりわからないからだ
「アリシア、ごめんなさい。少し頭見せて下さいね」
「………?」
アリシアの傍に寄ってエステルは優しく話しかけて、彼女の頭を見る
その様子を少し遠巻きにフレンとユーリは見守る
しばらくして、アリシアの髪を分けていたエステルの手がピタッと止まって、顔を歪める
「……これは……」
「エステル、なんか分かったのか?」
ユーリが近寄りながら聞くと少し困ったように口を開く
「ここ……少し強く打っていたみたいで、たんこぶが出来ているんですよ
多分、木にぶつかった時のものだと思うんですけど……原因はそのせいだと思います」
「頭を強くぶつけて、記憶が無くなった…ってことでしょうか…?」
「いえ、無くなったわけではなくて、一時的に思い出せなくなっているだけなので、時間が経てば思い出せると思うのですけど……」
そこまで言ってエステルは俯いてしまった
ユーリもフレンも首を傾げて顔を見合わせる
「あの……とても言い難いんですけど…
いつ…思い出すかはわからないんです……」
「「は/え………っ?!」」
ユーリとフレンは同時に間の抜けた声を出してポカーンと、その場に固まってしまう
…今、言われた言葉は空耳だったのだろうかと思うくらいに、周りの音が2人の耳には入って来なかった
「ユーリさん………?」
動かなくなったユーリが心配になったのか、アリシアが首を傾げてユーリの名を呼ぶ
はっと、我に返ってユーリは頭を軽く振る
「エ、エステル……冗談…だよな…?」
普段のユーリからは考えられないような掠れた声でエステルに問いかける
否定して欲しかった
嘘だと、言って欲しかった
すぐに思い出せるって、言って欲しかった
が、ユーリのそんな願いはすぐにかき消される
エステルは項垂れたまま首を横に振る
それは、否定…つまり冗談ではない、ということだ
「すみません…記憶喪失の原因はわかっても、どうしたら戻るのかはわからないんです……ちょっとした出来事で思い出したりすることもありますし………
一生…思い出せないことも珍しくはないんです……」
申し訳なさそうにエステルは告げる
ユーリもフレンも言葉を失ってしまった
これが、現実だと認めたくなかった
自分達の幼馴染みが、記憶を失って、思い出してもらえなくて……
それが、どうしようもなく辛い
ユーリもフレンも、それは同じだった
恋愛対象としてアリシアを見ていたユーリも、妹としてアリシアを見ていたフレンも、自分のことを思い出してもらえないことが、寂しく、辛かった
だからと言って、それは彼女に責任があるわけではない
あれは事故であったし、そもそも、彼女の傍に居てあげればこんなことにならなかった
2人は口には出さないが、全く同じことを思っていた
しんと静まり返った部屋で私は1人、集まった3人の顔を見つめていた
起きてすぐに会ったユーリさん…
その後部屋に入ってきた、金髪の男性と、桃色髪の女性……
2人の名前はわからないが、どこか懐かしい雰囲気を感じていた
確かユーリさんは呼んできているのがラピードで、連れてくると言ってたのはエステルと言っていた筈……
エステルと言う名なら、恐らく女性に使われるものだろう
ならば、桃色髪の彼女がエステルだろうか…?
そうなると、消去法的に金髪の男性がラピードとなるが……
先程部屋に入って来た時に彼は、『ラピードに聞いた』と言っていた
…ならば、ラピードさんは……?
そんなことを1人考えていると、1匹の真っ青な毛色の犬がベットの上に飛び乗ってきた
「クゥン………」
「…犬………??」
首を傾げながら頭を撫でるとちょっぴり嬉しそうに擦り寄ってくる
ふわふわな毛の感触がなんだか少し懐かしく感じた
「ラピードが大人しく撫でられてるだなんて……」
桃色髪の女性は、有り得ないとでも言いたげに驚いた顔をする
わけがわからなくて、首を傾げる
「…ラピードはアリシアに随分懐いていましたからね」
ゆっくりと金髪の男性も口を開いた
…どこか懐かしく、それでいて落ち着く声…
初めて会った筈なのに、全くそんな感じがしない
それは、ユーリさんにも言えることなのだが…
「ラピード…………?」
「シアが今撫でてる犬の名前だよ。オレとフレンの相棒な。因みに、オレの横に居んのがフレン」
ユーリさんはくいッと隣に居る金髪の男性を指さす
先程言っていた幼馴染みだというフレンさんはこの人か……
ラピードが犬だということは、やはりエステルさんは桃色髪の女性で間違いないのだろう
もう1度3人を交互に見る
……エステルさんはともかく、ユーリさんにフレンさん、そしてラピードはやはり何度見ても、どこかで会ったような気がしてならない
「……ラピード……フレン……ユー……リ……?」
小声で名前を復唱すると、ザァッと頭の中にまたノイズが流れる
…何か、思い出せそうなんだ
彼らを見ていると、何かを思い出せそうなのだ
だが、思い出そうとする度にノイズが邪魔をしてくる
無理矢理思い出そうとすると、頭痛がする
「…うっ………」
小さく呻いて頭を抱える
「シアっ、大丈夫か?」
ユーリさんが駆け寄ってきて、そっと背中を撫でながら心配そうに声を掛けてくる
すると、少しだけ頭の痛みが収まった
まるで、魔法でもかけられたように、靄の掛かって思い出せなかった部分が少しだけ見えた
肩まで伸ばした真っ黒な髪が特徴的な男の子と、綺麗な金色をした髪を持つ男の子……そして、その間には……肩下まで伸ばされた、真っ赤な髪の少女が見えた
あの少女は………私………?
ならば、隣に居る2人は?
……そんなの、答えは決まっていた
あれは、間違いなくユーリさんとフレンさんだろう
もっと先が見たい
どんな関係なのか知りたい、思い出したい
そんなアリシアの気持ちとは裏腹に、彼女の意識は暗闇にフェイドアウトしていった
「…大丈夫です、また眠っただけみたいですから」
エステルの言葉にユーリとフレンは胸を撫で下ろした
頭を抱えて、痛みに耐えようとしていたと思いきや、そのままユーリの腕の中に倒れ込んでしまっていたのだ
ただ眠っだけ……
本当に、そうならいいのだが……
ユーリは自身の腕の中で眠った彼女をそっとベットに寝かしつけた
「さてと……それにしても、これからどうする?」
深刻そうな顔をしてフレンは2人に問いかける
それもそうだ
このままアリシアを連れて旅を続けるのは少し無理がある
体力がないのは100歩譲ってよしとしても、記憶喪失になった今、まともに戦えるのかすらわからない
そんな状態の彼女を連れて行くのは危険極まりない
最悪、また先ほどと同じことが起こりかねない
「……連れてくのは……きついよな……」
「で、でも、置いて行ってしまうのはアリシアが可哀想です…!」
ボソッと呟いたユーリに、エステルは反発した
確かに彼女の言う通り、置いて行くのは流石に頂けないところがあるのも事実だ
ふとした時に思い出して、自分達を追いかけようとするのでは?などと考えたら、ユーリもフレンも気が気でなかった
「ですが…これ以上アリシアを危険な目に合わせる訳には…」
心配そうにアリシアを見つめながらフレンは苦い顔をする
危険な目に合わせたくないのはユーリも同じ気持ちであった
ユーリとて、今のアリシアを連れて行くのは無理があると思っている
それこそ、今度は本当に死んでしまうかもしれない
前回死ななかったのは、ある意味運が良かったから
次がどうなるかだなんて、ユーリにもわからない
だが、ほっとけないのも事実だ
「…あの、カロル達にも相談しませんか?」
「…えぇ、その方がいいですね。彼らの意見も聞きたいですし」
「だな。どうするにせよ、
ラピード、しばらくシアのこと、頼むぜ」
「ワフっ!」
任せろ、と言うように吠えるとアリシアに寄り添って丸まる
3人は顔を見合わせて頷くと、静かに部屋を後にした
ーーーーーー
「記憶喪失…ねぇ……まーたまぁ大変なことになっちゃってるわねぇ」
やれやれと頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれにもたれ掛かりながら、レイヴンは言う
その顔はいつものおどけた雰囲気はなく、真剣そのものだった
他のメンバー達も同様に真剣な表情で考えている
「……でも、やっぱり連れて行くの、無理じゃない?危険過ぎるわ」
苦い顔でリタはそう言う
彼女とて、アリシアを置いて行くのは嫌であるが、こうなってしまった以上どうしようもないだろう
「じゃが…やっぱり置いて行くのは可哀想じゃのう……」
うーんと唸りながらパティは言う
彼女はアリシアをライバル視してはいるものの、仲のいい友であるが故に、1人残すことには抵抗があった
「確かにそうだけれど…難しい問題ね…」
いつものならばバッサリ切り捨てるジュディスまでもがこの反応である
それもそうだ、アリシアが魔物に襲われた時、1番近くに居たのは彼女なのだ
にもかかわらず、ユーリよりも反応が遅れてしまった
ジュディスなりに思うところがあるのだろう
しんっと部屋が静まり返る
意見が噛み合いそうで、全く噛み合わない
それは誰1人、間違ったことを言っていないからだ
これ以上連れ回すのは確かに危険だ
だか、これまでの旅で彼女がどれだけおてんばか知っている彼らには、到底置いて行くなど出来なかった
「……あのさ、1度帝都に戻るって言うのはどうかな?」
沈黙を破ったのは今の今まで、口を開かなかったカロルだった
え?と、みんなの視線がカロルに向けられる
「陸路で帝都まで歩いて戻ってみようよ。街道は整備されてるからそれなりに安全だし、アリシアと一緒に行った街を見て周りながら、ゆっくり戻ってみようよ。それで、何か思い出すかもしれないし、思い出せなくても帝都に行けば、下町の人達が面倒見てくれるんでしょ?僕らに出来ることをしないで、アリシアを置いて行くなんて『不義』だよね?」
カロルはじっとみんなを真剣な眼差しで見回す
「…『不義には罰を』…だもんな。オレ、掟破る程腐ってねぇよ?」
「あら、それは私も同じよ」
ユーリとジュディスがカロルに賛同すると、他のメンバー達もその意見に頷いた
ここでじっとしていても、結局何も始まらないのだ
ならば、今自分たちに出来ることをしようと
アリシアの目が覚めてから出発しようということになって、彼らは大急ぎで旅支度を始めた
ーーーーーー
「……ぅ…ん……ここ…は……?」
パチッと目を開けると、そこには何も無い、言わば真っ黒な世界だ
上も下も、右も左も、自分がどの方角を向いているかすらわからない
音もなければ光もない
どうしたものかと、オロオロしていると背後から人の気配がした
振り向いて息を飲んだ
そこには、自分と全く同じ顔、同じ背丈…そして、同じ服を着た人物が居たから
「だ……れ……?」
怯えながらも、掠れた声でそう問いかける
『誰……って言われてもねぇ……私はあなた自身……記憶を失くす前のあなた』
「記憶を失くす前……な、なら!何か知っているの…っ!?」
『んー、知っていると言えば知ってるね。でも私からは話せないよ、あなた自身で見つけないと意味が無いの』
「どう……して……?」
『……私は素直になれなかった。気づいてた気持ちを押さえ込んでしまった。私には、もう見つけられないの…その気持ちを………だから、私の代わりに見つけてよ。そしたらきっと思い出すからさ』
私によく似た影は寂しそうに笑いかけると、すっと居なくなる
「っ!!ま、待って……っ!!」
慌てて腕を伸ばすが、伸ばした手が影に触れることは無かった
ガックリとその場に座り込んでしまう
「見つけてって………私……何もわからないのに……」
項垂れていると、真っ黒な世界に少しだけ色が写った
顔を上げると、綺麗なピンク色の花びらがヒラヒラと舞っている
目の前には大きな木……
その木の根本には、私と……ユーリの姿があった
立ち上がって2人に近づこうとすると、ふっと辺りに舞っていた花びらは無くなり、元の暗闇に戻っていた
「……今のって……一体……?」
ポカーンとその場に立ち尽くしてしまう
…なんとなくだが、あの木を見たことがあるような気がした
それでも、『気がした』だけ
本当かどうか、定かじゃない
「……わかんないよ……」
膝を抱えてその場に蹲る
ぎゅっと目を閉じると、いつの間にか眠りについていた
ーーあれから2週間ーー
2週間かけて、一行はダングレストからノール港まで辿り着いていた
途中立ち寄った街で思い出話をしたりしながら、ゆっくりと進んだ
旅をしていてわかったことは、全て思い出せないというわけじゃないこと
意外にも、剣の扱い方や魔術の使い方は覚えていた
それに、メンバー達のことも完全に忘れたわけではないらしい
『なんとなく会ったことがある気がする』という程度だが、記憶の端に引っかかってはいるようだ
立ち寄った街でも、見覚えのある雰囲気の場所が幾つかあったようだ
だが、思い出せたか、と聞かれれば答えはノーだ
アリシアが思い出そうとする度に、頭痛とノイズが邪魔をする
仲間達は苦笑いしながら、ゆっくりでいいと言ってくれるが、アリシアにはわかっていた
…帝都についてしまえば、当分……いや、下手をすれば一生会えなくなってしまうかもしれないことが
だから彼女は早く思い出したくて仕方ないのだ
ユーリとフレンはあの日以来、アリシアの傍を片時も離れようとはしなかった
そして、そんな2人を見てアリシアは2つほど気づいた事があった
1つはフレンが自分のことを妹のように見ていてくれていること
元から面倒見がいいのか、単純に年下をほっとけないのかは定かではないが、とにかく、妹のように面倒を見てくれているということ
もう1つはユーリが、自分のことを恋愛対象として見ていることだ
本人に直接聞いた訳では無いが、恐らくそうなんだろう
確かにフレンと同じく面倒見がすごくいいのだが、彼と違って壊れ物でも扱ってるんじゃないかと言うくらい、優しく接してくる
(……もしかして、あの夢の中の私が言ってたことは、この事なのか…?
でも、押さえ込んでしまったって……)
アリシアが考え込んでいると、視界の隅にチラッと見覚えのある花びらが見えた気がした
「アリシア、そろそろハルルにつくよ」
フレンに呼ばれて、彼女が顔をあげると、綺麗な花びらがヒラヒラと舞っているのが見えた
「わぁ……綺麗……」
そう言うが、この花びらをアリシアはつい最近見た気がしていた
「今日はここまでね、また明日にしましょ?」
ジュディスがそう言うと、仲間達は頷く
街についてからは、宿屋で休むものと外をふらふらするものにわかれた
アリシアはもちろん宿屋で休んだ
エステルにこの街での出来事を沢山聞いたが、やはり思い出せそうにはなかった
ここまでしてくれたみんなのことを思い出せないのが、アリシアには腹立たしかった
夕食の時間が近くなると、ふらふらしていたメンバーも戻って来て、みんなで夕食を食べた後、明日に備えてと早めに就寝した
ーーーーーー眠れないーーーーーー
ベットで寝返りを打っていて思ったことはそれだった
寝つきはいい方な筈だが、中々眠れなかった
ムクっと体を起こすと私以外はみんな寝ているようだった
少し気分転換でもしようと、みんなを起こさないようにそっとベットから抜け出して、宿屋の外に出た
そして、昼間見なかったハルルの樹の根本に向かった
「……やっぱり……似てる……」
樹の根本について早々に思った
…夢の中で見た場所とよく似ている
だが、ここで何があったのか……
うーん、と首をひねっていると、突然頭が痛み出す
「うっ……あっ……」
小さく呻き声を上げながらその場に座り込む
今まで、何かを見ただけで頭が痛くなることなど、1度もなかった
ぎゅっと目を瞑って痛みに耐えようとしていると、僅かに声が聞こえてきた
『……う……』
『……ない……』
『…ち………』
『……き………』
やがて、その声ははっきりと聞こえてきた
『嘘だ』
『有り得ない』
その言葉が何度も何度も頭の中で繰り返されている
何のことかだなんて私にはわからない
でも、たった1つだけ他の言葉とは違う言葉が聴こえた
『……好き……』
消えてしまいそうな声で確かにそう言ってるのが聞こえた
……でも、だれが……?
そんなことを考えていると、頭のなかで今度は別の声が聞こえた
『……シア……オレ…………』
「…………あ…………」
その声で全てを察した
…そう言えばさっき、宿屋でエステルと話している時、ユーリの告白がどうのって言おうとして止められていたっけ…
ユーリは、私が好き
これはもう確定だろう
なら、私は?
……そんなの、答えはもう、見えてる
『……見つけてくれたんだ』
「……うん…見つけたよ」
『そっか、ならもう無くさないでね』
「うん…無くさないよ」
頭に響いた、もう1人の私の声にそう答えると、今まで思い出せなかったのが、嘘のようにたくさんの記憶が蘇ってきた
自分の名前も、仲間のことも、全部思い出した
…あの時のことも…
ゆっくり立ち上がって、ハルルの樹を見上げる
…早くユーリに伝えないと…
すっと息を吸って宿屋に戻ろうと振り返ろうとした瞬間
「こんなとこでこんな時間に何してんだよ?」
不意に聞こえた声に驚く
…後ろにはユーリが呆れた顔をして立っていた
「あっ……」
「……シア、ちょっとだけ話付き合ってくれ」
振り向きざまに唐突にそう言われ、唖然としていると、ユーリは1人話し始めた
「……オレさ、ここでお前に告白したんだよ…でもさ、鈍感……っつーか、聞く耳持ってくんなかったっつーか……適当にあしらわれちまってな……」
いつもの気迫は何処に行ったのやら、自信のなさそうな声でガシガシと頭を掻く
そんなユーリが少し面白くて、思わず吹き出してしまった
「ふふ、だって好きな食べ物の話してる最中に混ぜてくるんだもん、冗談かと思ってた」
くすくす笑いながら言うと、ユーリは目を見開く
「……は……?おまっ…」
驚いてしどろもどろしているユーリに、思い切り飛びつく
背中に手を回してぎゅっと抱きつく
顔を上げて、私を見て驚いているユーリに向かったにっこりと笑う
「…ただいま、ユーリ!」
そう言えば、ようやく状況を把握したらしい
私を優しく、だけれど離さないようにって強く、覆いかぶさるように抱き締めてくる
「……おか…えり…シアっ
良かった……っ!記憶…戻ったんだな…っ!」
半分涙ぐみながら、ユーリは嬉しそうに言ってくる
「ごめんね、心配かけちゃって…でも、もう大丈夫だよ」
これ以上心配をかけないように、優しい声で語りかける
…こんなこと言ったら怒られるかもしれないが、普段見れないようなユーリを沢山見られたし、ちょっとだけ嬉しかった
「…でさ……シア……さっき言ってたのって…」
少し体を離して、遠慮気味にそう聞いてくる
ユーリの顔はどことなく不安そうに見えた
「あれはユーリが悪い、タイミングおかしいって…普通好きな食べ物の話してる時にそんなこと言わないって」
苦笑いしながら、ユーリにそう伝える
うっ……と言葉に詰まってしまったようで、しゅんとして俯いてしまった
「…でも、この2週間でユーリが本気で私のこと、好きだってわかったし…」
そこで言葉を区切る
急に黙ったからか、不思議そうにユーリは顔をあげた
私のことを呼ぼうとしたのか、口を開こうとする
それよりも早く、背伸びをしてユーリの唇に自身の唇を重ねた
唇を離すと、何が起こったかわからないというように驚いたユーリが見える
そんなユーリに、めいいっぱい笑って、ずっと伝えたかった言葉を口に出す
ーーー「私も、ユーリが大好き!」ーーー
気づかせてくれて、ありがとう
もう1人の私…
私はもう、この気持ちを無くさないよ
~後日談(会話メイン)~
「いや~!にしてもアリシアちゃんの記憶が戻ってよかったわよん!」
「ええ!安心しました!」
「そうね、本当に良かったわ…!」
「うふふ、カロルの提案のおかげね」
「え…?僕、提案しただけだよ?」
「でも、カロルが言わなければ思い出巡りなんて誰も思いつかなかったのじゃ!」
「あぁ、そうだね。カロルのあの提案がなければ、アリシアは記憶を取り戻せなかったかもしれない……
ありがとう、カロル」
「ま、ガキンチョにしてはいい案だったわね。……あ、ありがと」
「ちょ、ちょっと…ま、待ってよ…!ぼ、僕そんな、大したことしてないからっ!そんなに改まらなくていーからっ!!」
「くっくっくっ……急に褒められるとものすごく謙虚になっちゃうんだから…くくっ」
「あら、そう言えばアリシアとユーリの姿が見えないわね」
「あ、2人なら先にハルルの樹の根本に居るんじゃないでしょうか?」
「長が『以前の約束が』って、花見の席を用意してくれているって言ってたもんね」
「おっ、なら早く行こうじゃないかっ!」
「あっ、レイヴンっ!」
「…行っちゃったわよ?おっさん」
「……これは…今日もハルルに泊まり決定かもしれんのう…」
「あ、あはは……とりあえず、僕らも行こうか」
「…………」
「あら、おじ様。そんなところで何を?」
「!!ジュ、ジュディスちゃん!しーっ!!」
「え?レイブン…何言って」
「あれ?今ジュディスとカロルの声聞こえなかった??」
「あん?気のせいじゃねぇか??あいつらなら、来たらすぐにこっち来るだろ?」
「あー…それもそうだね………ユーリおちょくりに来そうだもん」
「…おいコラ、それどうゆう意味だよ…!」
「どうゆう意味も何もそのままの……っていふあっいっ!!!いふあいふあらっ!」(痛いっ!!!痛いからっ!)
「……あの2人……最近あんなに仲良かったですか…?」
「…いえ……もう少し距離があったかと……」
「フレンのあんちゃんもそう思うわよね…」
「むむっ、まっ、まさかうちは、アリシアに負けたのかの…っ!?」
「え…?4人とも知らなかったの?」
「今朝、アリシアの記憶が戻ったって言ってきた時に、ついでに言ってたじゃないのよ」
「「「「えっ!?」」」」
「そうね、とっても浮かれていたと思うわ」
「まっ、待った!!僕はそんな話聞いてな…っ!!」
「なん……だと……っ!?お、俺様の天使が……っ!?」
「…ねぇ、ユーリ、あれ……いつまで放置しておくの?」
「…もう一生ほっとけ、あんな馬鹿共…話聞いてないにも程があんだろ…」
「それもそうだけどさ…?声丸聞こえだし、姿見えてるのにも気づいてないよね」
「ま、こっち来ねぇなら来ねぇで、オレはシア独り占め出来っからいいんだけどな」ギュッ
「んー…あんまり良くない気もするけど…ユーリがいいならいっかな」
その後、お酒をバカ飲みして泥酔したレイヴンのせいで、結局出発が遅れたのは言うまでもない
ーーーー
(…ユーリ、アリシアに怪我させたら許さないからな…?)
(お前はシアの兄貴かよ……ぜってぇ怪我なんてさせねぇよ)
(もしこの前みたいな事があったら…その時は分かっているよね?)チャキッ
(わーってるわーってる、何があっても守りきってやるさ)
(はぁ……フレンも、ユーリも……ちょっと過保護過ぎ……それと、私を挟んで喧嘩しないでよ)
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