運命
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「……なぁ、これどうすりゃいいと思う?」
「………無理やり引き剥がしたいけど、アリシアが可哀想だしね……」
「ふふ、余程居心地いいのね」
朝起きると、ユーリとフレン、ジュディスは苦笑いしながらアリシアを見つめる
昨日ユーリに抱きついたアリシアが、未だに離れずにいた
離そうにも服しっかりと掴まれてしまい離せそうにもない
「……もう、ユーリが連れて歩けばいいんじゃないかい?」
「あのな……オレ、シアの欠片集めんのにあの光の玉ん中に意識持ってかれっんだけど」
「仕方ないから、アリシアが怪我しないように僕が君を支えてあげるよ。それなら心配いらないだろ?」
フレンがそう言うと、ユーリは大きくため息をついて苦笑いする
「ま、それしかねえか」
ゆっくりと起き上がって彼女を抱えて立ち上がる
「そうね。ちゃんと支えてあげるのよ?フレン」
少しいたずらっぽくジュディスが笑いかけると、フレンは苦笑いして肩を竦めた
「行こうぜ」
ユーリが声をかけると、二人は頷いて船室を後にした
この日最初に来たのはバクティオン神殿
神殿の入り口にそれはふわふわと浮んでいた
『あ、来たんだね、ユーリ!』
ポルックスの元気な声が辺りに響く
「おう、待たせたな」
ユーリがそう声をかけると、真っ黒かな影がこちらを向く
形は限りなく人に近いが、魔物のように見えるそれは、何も言わずに姿を消した
「……なんだったんだ?あいつ…」
「あれはシャドウなのじゃ!」
初めて見る精霊にポカーンとしていたユーリに、パティがそう答えた
「あれが…ね……」
ふーん…と言いながらユーリは呟くが、すぐに光の玉の方に目を向けた
前日と同じようにユーリとフレンが並んでそこに立つ
「…………………」
半分睨み気味にリタはユーリの後ろ姿を見ていた
「……あのねぇ……あんまり睨まないであげなさいって。青年だって、まさかあのままになるとは思ってなかったんでしょーよ」
苦笑いしながらレイヴンは隣に立つリタを見る
アリシアが離れないと聞いてから、ずっとこの調子なのだ
リタも頭ではわかっていたが、納得出来ずにいた
「…………後で、シア離れてから殺されそうだわ………」
「骨なら拾っておいてあげるさ」
「…マジな声で言うなっての」
ユーリは肩を竦めて光の玉に触れた
「…また、泣いてんのか?」
神殿の一番奥で蹲っている彼女にユーリはそう声をかける
『………………ユーリ……………どうしよう…………』
しゃくりをあげながら、アリシアは俯いたまま言う
「どうしようだけじゃオレもわかんねえって。…なんでそう思うんだ?」
蹲った彼女の隣にしゃがんで顔が見えるように彼女の髪を耳にかけた
『……私…………アスタル………殺しちゃった……………暴走してたわけじゃないのに………殺しちゃった……っ!』
そう言って、ポロポロと涙が流れ落ちる
アスタルに手をかけてしまったことが彼女にとってとてつもない後悔だったことに、ユーリは初めて気がついた
「あれは……お前がやろうとした事じゃないだろ?」
そっと彼女の頬に伝った涙を拭いながらユーリは声をかける
「アレクセイに無理やり力を使われていただけだっただろ?…アスタルだって、わかってくれてるさ」
そう励まそうとする彼に、アリシアは首を横に振った
『違う………違うの………お兄様に抗いきれなかったことが悔しいの……私がもっと……もっと、抗えていたら……アスタルは……っ』
両手で頭を抱えながら、さらに涙を流す
止まることの無い涙に、ユーリは少し肩を竦めた
「…シア」
ユーリが名前を呼ぶと、少しだけユーリの方に目を向ける
「オレはさ、お前やエステルみたいに魔導器使わないで術技使ったり出来るわけじゃねえからさ、そういう気持ちわかってやれないが……
抗えてたらって気持ちは、何となくわかる」
ユーリがそう言うと不思議そうに首を傾げる
「……もし、半年前のあの日、ウンディーネの激流に耐えきれてれば、お前を離さないでいられたら……もしかしたら、半年も離れ離れにならずに済んだんじゃねえかって」
少し驚いたように彼女は目を見開いた
「それだけじゃねえ。もし、もっと早くにアレクセイのことを気づいてやれたら、もっと前に話を聞いてやれてたら…アレクセイから守れてたんじゃねえかって。やりたくないこともやらされずに済んだんじゃねえかって。連れ攫われることも……無理やり力を使われることも、なかったんじゃねえかって」
『ちがっ……それは、ユーリのせいじゃ』
「同じだよ。…シアはオレが悪くないって言ってくれるのと、オレがシアを悪くないって言うのは、同じことだよ」
両手でアリシアの頬を包むと優しく微笑む
「シアはオレは悪くないって言ってくれるが、オレはもっと早く気づいてやれてたらって今も思ってる。不甲斐なかったって、今も感じてるし思ってる。……ゴメンな、もっと前に気づいてやれなくて。アレクセイのことも、アスタルのことで悩んでたことも」
『ゆー……り………っ』
泣きながらアリシアはユーリに思い切り飛びつく
その拍子にユーリは体勢を崩して尻餅をついた
「おわっ!……ったく、いきなりは危ないぜ?」
少し嬉しそうにしながらも、苦笑いしてアリシアの背を撫でる
『…ごめん……ごめんね……私…………私、ユーリのこと、責めるつもりじゃ…っ』
ユーリの背に手を回して思い切り抱きついて、彼女は謝る
「気にすんなよ、オレが勝手にそう思ってるだけさ。……一人でよく頑張ったな、シア」
小さな子どもをあやす様に、抱きしめながら頭を撫でる
「…アリシア、これから先、お互い背負い込むのはなしにしよう。……悩んだり困ったり、苦しかったりしても、一人で背負い込まないでちゃんと相談しよう。他の奴らに言わなくたっていい。オレだけでも、頼ってくれねぇか?」
『……………うん…………けど、ユーリも…だよ……?』
ゆっくりと顔をあげて、ユーリを見上げながらアリシアは首を傾げた
「おう、もちろんだ。……それと、お前大事なこと忘れてるぜ?」
少し意地の悪そうな笑顔を浮かべてアリシアを見下ろす
何のことかと彼女は首を傾げた
「アスタル、言ってたろ?『姫のせいじゃない、気にするな』ってさ」
『……あ…………』
「ほら、いつまでもそうしてたら、アスタルに怒られるぜ?」
ニカッとユーリが笑うと、泣き腫らした目で精一杯彼女も笑いかける
『うん……うん……っ!!』
何度も何度もそう言って頷く彼女を、ユーリは優しく抱きしめた
「……………リ…………!」
「……ん…………?」
誰かの呼ぶ声に薄らとユーリは目を開ける
「ユーリ……っ!」
先程まで自分が聞いていたその声に慌てて目を開けて起き上がる
「シア……っ!…って、いってぇ!?!!」
アリシアの声に飛び起きたユーリは、後頭部がかなり痛いことに気がつき、頭を抑えた
「ユーリ!!今治癒術かけますね!…あ、ジュディス!アリシアを少し離れたところに!」
「ええ、わかったわ」
エステルは慌ててユーリに駆け寄り、ジュディスはアリシアを抱き上げて少し離れる
「……フレン………だからダメだって言ったのに……っ!!」
半分涙目でユーリの傍に居たフレンを彼女は睨みつける
「いや………すまない………つい………」
気まづそうにフレンはアリシアとユーリから顔を背ける
「……オレ、どっからツッコめばいいんだ……?」
大きくため息をつきながら、ユーリは項垂れる
頭が痛い原因は薄々わかる
恐らくフレンが手を離したんだろう
だが、欠片が揃うまで目が覚めないと言われていたアリシアが起きていることに驚いていた
「アリシアちゃんが目覚まして、フレンちゃん、ユーリを支えてた手離してアリシアちゃんだけ受け止めたのよね……」
ユーリが予想していた答えをレイヴンが出す
「んなことだろうとは思ってたが……なんでシアが起きてるんだ?欠片揃うまで目覚まさないはずじゃ……」
「レグルスがなんかしたんじゃないかって、あたしは思ってるわ。……まぁ、欠片揃ってないからこの子、すっごい情緒不安定だし一人で移動出来ないみたいだけど」
心配そうに、でも、嬉しさの混じった声でリタは言った
「アリシア、誰一人として覚えて居ない人が居なかったんですよ」
治癒術をかけるのをやめながら、エステルが言った
終わったのを見届けると、ジュディスはアリシアをユーリに返す
ユーリの元に帰った途端、彼女は彼の肩に顔を埋めた
「ん?どうした??」
「………フレンのせいで、ユーリの記憶とんでたらどうしようかと思った………」
少し肩を震わせながらアリシアは言った
情緒不安定……確かにそうだな、とユーリは一人納得していた
「平気だっての。オレ、体だけは丈夫だからさ」
ポンポンっと背を撫でながら、ユーリは言う
「……アリシア、本当にすまなかった。もうしないよ」
「………謝る相手、私じゃない………」
謝ってきたフレンに、彼女は容赦なく冷たく言葉を返した
「………すまない、ユーリ」
「…ま、いいさ。今回はな」
フレンにそう言うと、アリシアを抱いて立ち上がる
「ほーら、後五つだろ?さっさと次行こうぜ?」
ユーリはそう言ってフェルティア号の方へ歩き出した
次に向かったのはケーブ・モック大森林だ
森の入り口付近を光の玉はゆらゆら動いていた
『アリシア…大丈夫?』
辺りにリゲルの声が響いた
「うん……大丈夫、だよ」
務めて明るく振舞おうと彼女はするが、あまり大丈夫でないのは明白だった
「無理すんなよ。その方が余計心配かけるぜ?」
ユーリがそう言うと少し気まづそうに肩を竦めた
「さて…サクッとやりますか」
光の玉をユーリが追いかけようとすると、珍しくそれの方から近寄ってきた
「………フレン」
アリシアは小さく、もう一人の幼なじみの名を呼んだ
「大丈夫、わかっているよ」
フレンは二人の隣に並ぶ
それを確認してから、ユーリは手を伸ばした
『ユーリ………』
自分を呼ぶ声に目を開けると、申し訳なさそうな顔をしたアリシアが傍に座っていた
「シア…どうしたんだよ、そんな顔して」
困ったように笑いながら、ユーリは体を起こして彼女の頬に手を伸ばす
『……ずーっと、私…自分のこと、黙ってきてたから……ユーリ、怒ってるんじゃないかって………』
今にも消えてしまいそうなほど小さな声でアリシアは言う
「掟、あったんだろ?それは守るべきもんだ。シアのせいじゃない」
『……本当に、そう思ってくれている…?』
「当たり前。…そもそも、そんなことで怒ってたらこうして欠片集めになんて来ねぇよ」
そう言って彼が腕を広げると、彼女は嬉しそうにその腕の中に飛び込んだ
『…………ありがとう、ユーリ』
「どういたしまして。……オレの方こそ、ありがとな」
『?なんでユーリがお礼言うの…?』
「傍、ずっと居てくれたろ?…ここにいるお前が知ってるかはわかんねえけど…」
『…………あ、最後の欠片のことかあ……。………現実だともう、身体起きてるのかな』
「なんでわかったんだ?」
『…だって、私の事だよ?』
アリシアはそう言って、いたずらっ子のように笑う
『わからないわけないよ。……でもね、ユーリ』
急に彼女の顔から笑顔がなくなる
ユーリが驚いていると、ゆっくり口を開く
『……まだ、【私】はこの欠片の中での記憶を思い出してない。…だからね、欠片が全部集まったら、多分また眠りに着くと思うんだ』
「……どのくらい、かかるんだ?」
『それはユーリ次第だよ』
クスッと彼女はまた笑顔を見せる
『………ユーリなら、起こしてくれるって、私信じてる』
そう言うと彼の首に手を回して頬に口付けする
突然のことに、ユーリは驚いて目を見開いた
『ふふ……それじゃあユーリ、またね』
彼女がそう言ったと同時に周囲が光に包まれた
「ん………」
目を開けると、近くの木に寄りかかっていた
「起きた?」
膝の上にはちょこんとアリシアが座っていた
「……おう」
ニッコリと彼は笑いかける
「…………あの光が戻って来るとね、身体がほんわかするの」
両手をそっと胸にあてながらアリシアは軽く目を閉じた
「…………でも、何か忘れてる気がして……」
不安が混じった声で彼女は言葉を繋げた
「……無理に今思い出さなくていいんだぜ?」
ポンッと彼女の頭の上に手を乗せる
「ちゃんと思い出さないと行けないタイミングで思い出せる。…オレが保証してやるよ」
ユーリがそう言うと、彼女は安心したように微笑んだ
「そこのバカップル!イチャついてないで、さっさと次行くわよ!」
少し離れた場所から、リタが声をかけてくる
二人は顔を見合わせると、頷きあってみんなの元に戻っていった
次に来たのは、ザウデ不落宮だ
ここは最深部にその光の玉があった
見慣れない精霊の姿があったが、すぐに消えてしまった
星に至っては話しかけてきすらしない
「なんか……態度冷たいね」
ムッとしながらカロルが呟く
そう思ってしまうのが普通の反応だろう
「プロキオンは恥ずかしがり屋だからかな
精霊の方は……ちょっとわかんないや」
そう言って、アリシアは肩を竦めた
「ふーん……ま、なんでもいいから早く始めちゃってよ」
あまり興味なさそうにリタはユーリとフレンを見た
二人は顔を見合わせて頷き合うと、光の玉の方へと足を進めた
「……シア」
ザウデの頂上で寂しそうに空を見上げていた彼女の名を呼びかける
『…………ねぇ、ユーリ、これで……本当によかったのかな……』
背を向けたまま、彼女はユーリに問いかける
『…守ろうとしてくれていた。…そんなこと、わかってたのに……お兄様……殺しちゃった……』
今にも泣き出してしまいそうな声で言葉を続ける
『お兄様なりの優しさも、愛情もわかってたのに……表現ベタなお兄様だったから、素直に帝都から離れろ、とか…貴族から逃げろ、とか……魔導器があまりない所に行け、とか……そういうの、素直に言えなかったんだって………わかってた……はずなのに………』
「シア……………」
『……私…っ……もっと前に、お兄様の気持ちわかってるよって…伝えてあげられていたら…っ……あんな事…しなかったんじゃないかって……っ!殺さなくても……済んだんじゃないかって……っ!今も私のこと、守ろうって……フレンと一緒に…騎士団の改革………頑張って…くれたんじゃないかって……。……私……っ……お兄様のこと……好きだったのに……っ』
俯いて両腕を抱えながら、彼女はその場に崩れ落ちた
昔仲がとても良かったのはユーリも知っていた
だが、ここまで悩ませてしまう程に想っていたことは知らなかった
「………アレクセイの自業自得、って、言っちまったら冷たいかもしれねえが………」
ゆっくりアリシアの傍に歩みよりながら彼は言葉を繋げる
「シアの忠告を聞かなかったのはあいつ本人だ。…どんな理由でも、大勢の命を傷つけていい訳じゃない」
彼女の傍に来ると、その肩にそっと手を乗せる
「アレクセイが道を踏み外したのはお前のせいじゃない。……それに、あいつ自身が気づくのが遅かっただけだ」
『でも……でも………っ!』
「…シア」
俯いた彼女の頬を両手で包んでユーリは無理やり自分を見るように顔を上げさせる
涙の溜まった瞳に真剣な顔をしたユーリが映る
「確かに、結果的にはアレクセイは死んだ。…でも、それは本当にお前がやったことだったか?」
『だって………私………っ………お兄様のこと………刺しちゃった………っ!!』
「あいつが死んだのはそれが原因だったか?……ちゃんと思い出してみろよ。あいつが最後に何を言って、どんな顔してたか」
『…………………あ…………………』
何かを思い出したかのように大きく目を見開いて、小さく声を出した
「…アレクセイは、お前に生きろって言ってオレの方にお前を投げた。……つまり、あいつには逃げるだけの力が残ってたんだ。それでも、あの場に残ってお前をオレに託した。自分からそれを望んだ。散々お前を傷つけた罪滅ぼしのつもりだったんじゃねえかな。……それに…最後、笑ってたじゃねえか。お前のこと見つめて、今までのあいつからは想像出来ないくらい優しさの篭もった顔で、さ」
ふっとユーリの表情が緩む
優しげな笑顔を浮かべて、アリシアをじっと見つめる
『……………うん…………うん………っ』
何度も頷きながら、彼女は涙を流した
「シアを傷つけても、あいつはお前が生きることを望んだ。…何よりもそれを願ってるはずだ。だから、後悔はしてねえと思うぜ?」
『ユーリ………っ』
「オレはあいつじゃねえから本当のとこ、どう思ってたかはわからねえ。けど、シアに生きてて欲しいって気持ちはわかる」
そっと彼女を腕の中に閉じ込めながら、ユーリは言葉を繋げていく
「刺したって事実は変わらねえ。けど、それが原因であいつが死んだわけじゃない。……最後の最後で、本当の意味でお前を守って死んだんだ。…その事に、アレクセイ自身後悔はないとオレは思うぜ?」
『……………そう…………だよね…………じゃなきゃ………笑って、くれないよね………』
ユーリの服を掴みながら、彼女は呟く
『……でも………出来れば、生きてて……欲しかった……っ!!生きて………罪を償って……欲しかった……っ』
ユーリの胸元に額をあてながら涙を流す
『アレクセイ』という存在が、どれだけ大切だったのかを、彼は初めて知った
いがみ合う姿ばかり見て来ていたが、その裏には互いに大切に思い合う気持ちが隠れていたのだ
「……今は泣きたいだけ、泣けばいい。オレはずっと傍に居てやるからさ。…気が済むまで泣いたら、墓参りにでも行ってやろうぜ?じゃないと、アレクセイもいつまでも心配し続けちまうしさ」
『……っ………う、ん……っ!』
彼女の背を撫でながら泣き止むまで、ユーリは抱きしめ続けた
「……リ……………っ!!!」
「いでっ!?」
目が覚めた瞬間頬を思い切り叩かれユーリは飛び起きた
隣には瞳に涙を溜めて、今にも右手を振りかざしてきそうなアリシアの姿が目に入った
「シア……!痛いっつーの!」
本気で叩かれた頬に手をあてながらユーリは彼女に言う
「…………………た…………」
「あ?なん」
「起きないかと思ったじゃんかぁぁぁあ!!ばかぁぁぁ!!」
そう叫んで、彼女はユーリに飛びついた
「おわっ!?!!ちょっ!!シア!!落ち着けって!!」
あまりの勢いにユーリは体制を崩しそうになる
なんとか堪えて泣き出した彼女の背をさするが、理由がわからないと首を傾げる
「ユーリ、シア姐の身体の中に欠片が戻っても中々起きなかったのじゃ」
困ったように笑いながらパティがそう言った
「全く、何をしていたんだい?」
隣に立っていたフレンが呆れ気味に見下ろす
「あー……いや、あっちでも泣いてたから泣き止ませてただけなんだが……」
状況を把握したユーリは苦笑いしながら肩を竦めた
今度はこっちの彼女を泣き止ませないといけないのか…と内心呆れ気味に彼は彼女の頭を撫でた
アリシアが泣き止んでから、今度はザーフィアスの御剣の階梯にやって来た
「ここにもあったんだな」
ユーリは首元に顔を埋めたアリシアの背を軽く叩きながら言う
未だに彼女は少し鼻を啜っていた
『アリシア…なんで泣いてるの?』
少し呆れたようなカストロの声が響いた
「気にしないであげて?」
ジュディスはそう声をかける
『ふーん……そっかぁ。とりあえず、早くやってもらってもいいかな?僕らもう疲れてきちゃってるからさ……』
ふぅ…と短く息をつきながらカストロは言う
「わかった。…シア、行くぞ?」
そう声をかけてユーリは光の玉の方へ向かう
「……ちゃんと起きてくれないと、やだよ……?」
「大丈夫、ちゃんと起きるよ」
そう言って彼は微笑んだ
「…………こういうパターンもあんのな………」
起き上がったユーリはため息をつきながら苦笑いした
まだ触れていなかったはずなのだが突然強い光に包まれ、気がついたらいつもの暗闇に飛ばされていたのだった
「……少し久しぶりだな、この空間」
最初の頃と同じ暗闇にユーリは懐かしさを感じていた
「……………探すか」
そう言って立ち上がって歩き始める
暗闇の中を歩くことに大分慣れてきていたユーリは、迷うことなく前に進んで行く
彼女の気配に気を配りながら歩き続ける
しばらく歩いていると、風を感じ始めた
同時に目の前に少しずつ景色が広がってきた
「…………御剣の階梯……だな」
小さく呟いて彼は足を止める
遠くまで見渡すことのできるそこの中央にアリシアは立って空を見上げていた
「考え事か?シア」
ユーリがそう声をかけると、彼女はゆっくり振り向いた
『……うん。初代皇帝と、レグルス様のこと……考えてた』
彼女はそう言ってユーリの方を向くと薄らと笑みを浮かべる
「ふーん。んで?その二人についてどんな事考えてんだ?」
少し歩み寄りながら彼は問いかける
『なんで意見が食い違っちゃったのかなーって』
寂しそうに微笑みながら肩を竦めた
「それぞれの知識と考え方の違い、じゃないか?レグルスはエアルの知識があって始祖の隷長と共に助け合うことを考えた。初代皇帝はエアルの知識もなく魔導器の魔核の素になる聖核を欲し、始祖の隷長の存在と殺すことを止めた星暦の存在が邪魔だと考えた」
『ん……そうだね………。初代皇帝がエアルの知識を持ってて手を取り合おうってもっと前に考えていたら……互いに殺し合わなくて済んだのに……ね』
「かもしれねえな。…けど、起きたものはどうにも出来ない。違うか?」
ユーリがそう言うと彼女はゆっくり頷いた
『……それよりも、今をどうしていくかが問題……なんだよね』
「なんだ、ちゃんと分かってんじゃねえか」
『ユーリの顔見たらさ……そう言われるような気がしたんだ』
「ったく……オレの顔、見なくても覚えとけっての………ほら、帰ろうぜ」
彼女に向かってユーリは手を差し伸べる
少し嬉しそうに微笑むと、ユーリの方に歩み寄りその手を取った
周りの騒がしさに、ユーリは薄らと目を見開いた
「あ……ユーリ………」
彼の傍にちょこんと座り込んでいるアリシアが彼の名を呼ぶ
「……何、騒いでんだ?」
「…………レイヴンが私がユーリの腕から落ちそうになったところ助けてくれたんだけど……そしたら、フレンとリタが怒っちゃって……」
少し申し訳なさそうに彼女はレイヴンの方を見た
ユーリもそれにならって同じ方向を向くと、レイヴンがリタとフレンに追いかけ回され、それをエステルたちが止めようとしているのが目に入った
「……はぁ……何してんだか……」
ユーリはそう呟くと、起き上がってアリシアを姫抱きにして立ち上がる
「……カストロ、あと二つの場所教えてくれ」
『…アリシアの貴族街の家と、フェローの岩場、だよ
みんなには後で伝えよっか?』
「おう、頼むわ」
少し小声でユーリはカストロと会話すると、三人に全員の注意が向いている間に坂道をかけ下った
「ユーリ……っ?!」
少し驚いた声で小さく名前を呼びながら、落ちないようにと首に手を回した
「あいつら待ってられるほど、オレ根気強くねえんだわ。……それに、最後は二人で行きてえんだ」
若干肩を竦めながら彼はそう言って先を急いだ
「………無理やり引き剥がしたいけど、アリシアが可哀想だしね……」
「ふふ、余程居心地いいのね」
朝起きると、ユーリとフレン、ジュディスは苦笑いしながらアリシアを見つめる
昨日ユーリに抱きついたアリシアが、未だに離れずにいた
離そうにも服しっかりと掴まれてしまい離せそうにもない
「……もう、ユーリが連れて歩けばいいんじゃないかい?」
「あのな……オレ、シアの欠片集めんのにあの光の玉ん中に意識持ってかれっんだけど」
「仕方ないから、アリシアが怪我しないように僕が君を支えてあげるよ。それなら心配いらないだろ?」
フレンがそう言うと、ユーリは大きくため息をついて苦笑いする
「ま、それしかねえか」
ゆっくりと起き上がって彼女を抱えて立ち上がる
「そうね。ちゃんと支えてあげるのよ?フレン」
少しいたずらっぽくジュディスが笑いかけると、フレンは苦笑いして肩を竦めた
「行こうぜ」
ユーリが声をかけると、二人は頷いて船室を後にした
この日最初に来たのはバクティオン神殿
神殿の入り口にそれはふわふわと浮んでいた
『あ、来たんだね、ユーリ!』
ポルックスの元気な声が辺りに響く
「おう、待たせたな」
ユーリがそう声をかけると、真っ黒かな影がこちらを向く
形は限りなく人に近いが、魔物のように見えるそれは、何も言わずに姿を消した
「……なんだったんだ?あいつ…」
「あれはシャドウなのじゃ!」
初めて見る精霊にポカーンとしていたユーリに、パティがそう答えた
「あれが…ね……」
ふーん…と言いながらユーリは呟くが、すぐに光の玉の方に目を向けた
前日と同じようにユーリとフレンが並んでそこに立つ
「…………………」
半分睨み気味にリタはユーリの後ろ姿を見ていた
「……あのねぇ……あんまり睨まないであげなさいって。青年だって、まさかあのままになるとは思ってなかったんでしょーよ」
苦笑いしながらレイヴンは隣に立つリタを見る
アリシアが離れないと聞いてから、ずっとこの調子なのだ
リタも頭ではわかっていたが、納得出来ずにいた
「…………後で、シア離れてから殺されそうだわ………」
「骨なら拾っておいてあげるさ」
「…マジな声で言うなっての」
ユーリは肩を竦めて光の玉に触れた
「…また、泣いてんのか?」
神殿の一番奥で蹲っている彼女にユーリはそう声をかける
『………………ユーリ……………どうしよう…………』
しゃくりをあげながら、アリシアは俯いたまま言う
「どうしようだけじゃオレもわかんねえって。…なんでそう思うんだ?」
蹲った彼女の隣にしゃがんで顔が見えるように彼女の髪を耳にかけた
『……私…………アスタル………殺しちゃった……………暴走してたわけじゃないのに………殺しちゃった……っ!』
そう言って、ポロポロと涙が流れ落ちる
アスタルに手をかけてしまったことが彼女にとってとてつもない後悔だったことに、ユーリは初めて気がついた
「あれは……お前がやろうとした事じゃないだろ?」
そっと彼女の頬に伝った涙を拭いながらユーリは声をかける
「アレクセイに無理やり力を使われていただけだっただろ?…アスタルだって、わかってくれてるさ」
そう励まそうとする彼に、アリシアは首を横に振った
『違う………違うの………お兄様に抗いきれなかったことが悔しいの……私がもっと……もっと、抗えていたら……アスタルは……っ』
両手で頭を抱えながら、さらに涙を流す
止まることの無い涙に、ユーリは少し肩を竦めた
「…シア」
ユーリが名前を呼ぶと、少しだけユーリの方に目を向ける
「オレはさ、お前やエステルみたいに魔導器使わないで術技使ったり出来るわけじゃねえからさ、そういう気持ちわかってやれないが……
抗えてたらって気持ちは、何となくわかる」
ユーリがそう言うと不思議そうに首を傾げる
「……もし、半年前のあの日、ウンディーネの激流に耐えきれてれば、お前を離さないでいられたら……もしかしたら、半年も離れ離れにならずに済んだんじゃねえかって」
少し驚いたように彼女は目を見開いた
「それだけじゃねえ。もし、もっと早くにアレクセイのことを気づいてやれたら、もっと前に話を聞いてやれてたら…アレクセイから守れてたんじゃねえかって。やりたくないこともやらされずに済んだんじゃねえかって。連れ攫われることも……無理やり力を使われることも、なかったんじゃねえかって」
『ちがっ……それは、ユーリのせいじゃ』
「同じだよ。…シアはオレが悪くないって言ってくれるのと、オレがシアを悪くないって言うのは、同じことだよ」
両手でアリシアの頬を包むと優しく微笑む
「シアはオレは悪くないって言ってくれるが、オレはもっと早く気づいてやれてたらって今も思ってる。不甲斐なかったって、今も感じてるし思ってる。……ゴメンな、もっと前に気づいてやれなくて。アレクセイのことも、アスタルのことで悩んでたことも」
『ゆー……り………っ』
泣きながらアリシアはユーリに思い切り飛びつく
その拍子にユーリは体勢を崩して尻餅をついた
「おわっ!……ったく、いきなりは危ないぜ?」
少し嬉しそうにしながらも、苦笑いしてアリシアの背を撫でる
『…ごめん……ごめんね……私…………私、ユーリのこと、責めるつもりじゃ…っ』
ユーリの背に手を回して思い切り抱きついて、彼女は謝る
「気にすんなよ、オレが勝手にそう思ってるだけさ。……一人でよく頑張ったな、シア」
小さな子どもをあやす様に、抱きしめながら頭を撫でる
「…アリシア、これから先、お互い背負い込むのはなしにしよう。……悩んだり困ったり、苦しかったりしても、一人で背負い込まないでちゃんと相談しよう。他の奴らに言わなくたっていい。オレだけでも、頼ってくれねぇか?」
『……………うん…………けど、ユーリも…だよ……?』
ゆっくりと顔をあげて、ユーリを見上げながらアリシアは首を傾げた
「おう、もちろんだ。……それと、お前大事なこと忘れてるぜ?」
少し意地の悪そうな笑顔を浮かべてアリシアを見下ろす
何のことかと彼女は首を傾げた
「アスタル、言ってたろ?『姫のせいじゃない、気にするな』ってさ」
『……あ…………』
「ほら、いつまでもそうしてたら、アスタルに怒られるぜ?」
ニカッとユーリが笑うと、泣き腫らした目で精一杯彼女も笑いかける
『うん……うん……っ!!』
何度も何度もそう言って頷く彼女を、ユーリは優しく抱きしめた
「……………リ…………!」
「……ん…………?」
誰かの呼ぶ声に薄らとユーリは目を開ける
「ユーリ……っ!」
先程まで自分が聞いていたその声に慌てて目を開けて起き上がる
「シア……っ!…って、いってぇ!?!!」
アリシアの声に飛び起きたユーリは、後頭部がかなり痛いことに気がつき、頭を抑えた
「ユーリ!!今治癒術かけますね!…あ、ジュディス!アリシアを少し離れたところに!」
「ええ、わかったわ」
エステルは慌ててユーリに駆け寄り、ジュディスはアリシアを抱き上げて少し離れる
「……フレン………だからダメだって言ったのに……っ!!」
半分涙目でユーリの傍に居たフレンを彼女は睨みつける
「いや………すまない………つい………」
気まづそうにフレンはアリシアとユーリから顔を背ける
「……オレ、どっからツッコめばいいんだ……?」
大きくため息をつきながら、ユーリは項垂れる
頭が痛い原因は薄々わかる
恐らくフレンが手を離したんだろう
だが、欠片が揃うまで目が覚めないと言われていたアリシアが起きていることに驚いていた
「アリシアちゃんが目覚まして、フレンちゃん、ユーリを支えてた手離してアリシアちゃんだけ受け止めたのよね……」
ユーリが予想していた答えをレイヴンが出す
「んなことだろうとは思ってたが……なんでシアが起きてるんだ?欠片揃うまで目覚まさないはずじゃ……」
「レグルスがなんかしたんじゃないかって、あたしは思ってるわ。……まぁ、欠片揃ってないからこの子、すっごい情緒不安定だし一人で移動出来ないみたいだけど」
心配そうに、でも、嬉しさの混じった声でリタは言った
「アリシア、誰一人として覚えて居ない人が居なかったんですよ」
治癒術をかけるのをやめながら、エステルが言った
終わったのを見届けると、ジュディスはアリシアをユーリに返す
ユーリの元に帰った途端、彼女は彼の肩に顔を埋めた
「ん?どうした??」
「………フレンのせいで、ユーリの記憶とんでたらどうしようかと思った………」
少し肩を震わせながらアリシアは言った
情緒不安定……確かにそうだな、とユーリは一人納得していた
「平気だっての。オレ、体だけは丈夫だからさ」
ポンポンっと背を撫でながら、ユーリは言う
「……アリシア、本当にすまなかった。もうしないよ」
「………謝る相手、私じゃない………」
謝ってきたフレンに、彼女は容赦なく冷たく言葉を返した
「………すまない、ユーリ」
「…ま、いいさ。今回はな」
フレンにそう言うと、アリシアを抱いて立ち上がる
「ほーら、後五つだろ?さっさと次行こうぜ?」
ユーリはそう言ってフェルティア号の方へ歩き出した
次に向かったのはケーブ・モック大森林だ
森の入り口付近を光の玉はゆらゆら動いていた
『アリシア…大丈夫?』
辺りにリゲルの声が響いた
「うん……大丈夫、だよ」
務めて明るく振舞おうと彼女はするが、あまり大丈夫でないのは明白だった
「無理すんなよ。その方が余計心配かけるぜ?」
ユーリがそう言うと少し気まづそうに肩を竦めた
「さて…サクッとやりますか」
光の玉をユーリが追いかけようとすると、珍しくそれの方から近寄ってきた
「………フレン」
アリシアは小さく、もう一人の幼なじみの名を呼んだ
「大丈夫、わかっているよ」
フレンは二人の隣に並ぶ
それを確認してから、ユーリは手を伸ばした
『ユーリ………』
自分を呼ぶ声に目を開けると、申し訳なさそうな顔をしたアリシアが傍に座っていた
「シア…どうしたんだよ、そんな顔して」
困ったように笑いながら、ユーリは体を起こして彼女の頬に手を伸ばす
『……ずーっと、私…自分のこと、黙ってきてたから……ユーリ、怒ってるんじゃないかって………』
今にも消えてしまいそうなほど小さな声でアリシアは言う
「掟、あったんだろ?それは守るべきもんだ。シアのせいじゃない」
『……本当に、そう思ってくれている…?』
「当たり前。…そもそも、そんなことで怒ってたらこうして欠片集めになんて来ねぇよ」
そう言って彼が腕を広げると、彼女は嬉しそうにその腕の中に飛び込んだ
『…………ありがとう、ユーリ』
「どういたしまして。……オレの方こそ、ありがとな」
『?なんでユーリがお礼言うの…?』
「傍、ずっと居てくれたろ?…ここにいるお前が知ってるかはわかんねえけど…」
『…………あ、最後の欠片のことかあ……。………現実だともう、身体起きてるのかな』
「なんでわかったんだ?」
『…だって、私の事だよ?』
アリシアはそう言って、いたずらっ子のように笑う
『わからないわけないよ。……でもね、ユーリ』
急に彼女の顔から笑顔がなくなる
ユーリが驚いていると、ゆっくり口を開く
『……まだ、【私】はこの欠片の中での記憶を思い出してない。…だからね、欠片が全部集まったら、多分また眠りに着くと思うんだ』
「……どのくらい、かかるんだ?」
『それはユーリ次第だよ』
クスッと彼女はまた笑顔を見せる
『………ユーリなら、起こしてくれるって、私信じてる』
そう言うと彼の首に手を回して頬に口付けする
突然のことに、ユーリは驚いて目を見開いた
『ふふ……それじゃあユーリ、またね』
彼女がそう言ったと同時に周囲が光に包まれた
「ん………」
目を開けると、近くの木に寄りかかっていた
「起きた?」
膝の上にはちょこんとアリシアが座っていた
「……おう」
ニッコリと彼は笑いかける
「…………あの光が戻って来るとね、身体がほんわかするの」
両手をそっと胸にあてながらアリシアは軽く目を閉じた
「…………でも、何か忘れてる気がして……」
不安が混じった声で彼女は言葉を繋げた
「……無理に今思い出さなくていいんだぜ?」
ポンッと彼女の頭の上に手を乗せる
「ちゃんと思い出さないと行けないタイミングで思い出せる。…オレが保証してやるよ」
ユーリがそう言うと、彼女は安心したように微笑んだ
「そこのバカップル!イチャついてないで、さっさと次行くわよ!」
少し離れた場所から、リタが声をかけてくる
二人は顔を見合わせると、頷きあってみんなの元に戻っていった
次に来たのは、ザウデ不落宮だ
ここは最深部にその光の玉があった
見慣れない精霊の姿があったが、すぐに消えてしまった
星に至っては話しかけてきすらしない
「なんか……態度冷たいね」
ムッとしながらカロルが呟く
そう思ってしまうのが普通の反応だろう
「プロキオンは恥ずかしがり屋だからかな
精霊の方は……ちょっとわかんないや」
そう言って、アリシアは肩を竦めた
「ふーん……ま、なんでもいいから早く始めちゃってよ」
あまり興味なさそうにリタはユーリとフレンを見た
二人は顔を見合わせて頷き合うと、光の玉の方へと足を進めた
「……シア」
ザウデの頂上で寂しそうに空を見上げていた彼女の名を呼びかける
『…………ねぇ、ユーリ、これで……本当によかったのかな……』
背を向けたまま、彼女はユーリに問いかける
『…守ろうとしてくれていた。…そんなこと、わかってたのに……お兄様……殺しちゃった……』
今にも泣き出してしまいそうな声で言葉を続ける
『お兄様なりの優しさも、愛情もわかってたのに……表現ベタなお兄様だったから、素直に帝都から離れろ、とか…貴族から逃げろ、とか……魔導器があまりない所に行け、とか……そういうの、素直に言えなかったんだって………わかってた……はずなのに………』
「シア……………」
『……私…っ……もっと前に、お兄様の気持ちわかってるよって…伝えてあげられていたら…っ……あんな事…しなかったんじゃないかって……っ!殺さなくても……済んだんじゃないかって……っ!今も私のこと、守ろうって……フレンと一緒に…騎士団の改革………頑張って…くれたんじゃないかって……。……私……っ……お兄様のこと……好きだったのに……っ』
俯いて両腕を抱えながら、彼女はその場に崩れ落ちた
昔仲がとても良かったのはユーリも知っていた
だが、ここまで悩ませてしまう程に想っていたことは知らなかった
「………アレクセイの自業自得、って、言っちまったら冷たいかもしれねえが………」
ゆっくりアリシアの傍に歩みよりながら彼は言葉を繋げる
「シアの忠告を聞かなかったのはあいつ本人だ。…どんな理由でも、大勢の命を傷つけていい訳じゃない」
彼女の傍に来ると、その肩にそっと手を乗せる
「アレクセイが道を踏み外したのはお前のせいじゃない。……それに、あいつ自身が気づくのが遅かっただけだ」
『でも……でも………っ!』
「…シア」
俯いた彼女の頬を両手で包んでユーリは無理やり自分を見るように顔を上げさせる
涙の溜まった瞳に真剣な顔をしたユーリが映る
「確かに、結果的にはアレクセイは死んだ。…でも、それは本当にお前がやったことだったか?」
『だって………私………っ………お兄様のこと………刺しちゃった………っ!!』
「あいつが死んだのはそれが原因だったか?……ちゃんと思い出してみろよ。あいつが最後に何を言って、どんな顔してたか」
『…………………あ…………………』
何かを思い出したかのように大きく目を見開いて、小さく声を出した
「…アレクセイは、お前に生きろって言ってオレの方にお前を投げた。……つまり、あいつには逃げるだけの力が残ってたんだ。それでも、あの場に残ってお前をオレに託した。自分からそれを望んだ。散々お前を傷つけた罪滅ぼしのつもりだったんじゃねえかな。……それに…最後、笑ってたじゃねえか。お前のこと見つめて、今までのあいつからは想像出来ないくらい優しさの篭もった顔で、さ」
ふっとユーリの表情が緩む
優しげな笑顔を浮かべて、アリシアをじっと見つめる
『……………うん…………うん………っ』
何度も頷きながら、彼女は涙を流した
「シアを傷つけても、あいつはお前が生きることを望んだ。…何よりもそれを願ってるはずだ。だから、後悔はしてねえと思うぜ?」
『ユーリ………っ』
「オレはあいつじゃねえから本当のとこ、どう思ってたかはわからねえ。けど、シアに生きてて欲しいって気持ちはわかる」
そっと彼女を腕の中に閉じ込めながら、ユーリは言葉を繋げていく
「刺したって事実は変わらねえ。けど、それが原因であいつが死んだわけじゃない。……最後の最後で、本当の意味でお前を守って死んだんだ。…その事に、アレクセイ自身後悔はないとオレは思うぜ?」
『……………そう…………だよね…………じゃなきゃ………笑って、くれないよね………』
ユーリの服を掴みながら、彼女は呟く
『……でも………出来れば、生きてて……欲しかった……っ!!生きて………罪を償って……欲しかった……っ』
ユーリの胸元に額をあてながら涙を流す
『アレクセイ』という存在が、どれだけ大切だったのかを、彼は初めて知った
いがみ合う姿ばかり見て来ていたが、その裏には互いに大切に思い合う気持ちが隠れていたのだ
「……今は泣きたいだけ、泣けばいい。オレはずっと傍に居てやるからさ。…気が済むまで泣いたら、墓参りにでも行ってやろうぜ?じゃないと、アレクセイもいつまでも心配し続けちまうしさ」
『……っ………う、ん……っ!』
彼女の背を撫でながら泣き止むまで、ユーリは抱きしめ続けた
「……リ……………っ!!!」
「いでっ!?」
目が覚めた瞬間頬を思い切り叩かれユーリは飛び起きた
隣には瞳に涙を溜めて、今にも右手を振りかざしてきそうなアリシアの姿が目に入った
「シア……!痛いっつーの!」
本気で叩かれた頬に手をあてながらユーリは彼女に言う
「…………………た…………」
「あ?なん」
「起きないかと思ったじゃんかぁぁぁあ!!ばかぁぁぁ!!」
そう叫んで、彼女はユーリに飛びついた
「おわっ!?!!ちょっ!!シア!!落ち着けって!!」
あまりの勢いにユーリは体制を崩しそうになる
なんとか堪えて泣き出した彼女の背をさするが、理由がわからないと首を傾げる
「ユーリ、シア姐の身体の中に欠片が戻っても中々起きなかったのじゃ」
困ったように笑いながらパティがそう言った
「全く、何をしていたんだい?」
隣に立っていたフレンが呆れ気味に見下ろす
「あー……いや、あっちでも泣いてたから泣き止ませてただけなんだが……」
状況を把握したユーリは苦笑いしながら肩を竦めた
今度はこっちの彼女を泣き止ませないといけないのか…と内心呆れ気味に彼は彼女の頭を撫でた
アリシアが泣き止んでから、今度はザーフィアスの御剣の階梯にやって来た
「ここにもあったんだな」
ユーリは首元に顔を埋めたアリシアの背を軽く叩きながら言う
未だに彼女は少し鼻を啜っていた
『アリシア…なんで泣いてるの?』
少し呆れたようなカストロの声が響いた
「気にしないであげて?」
ジュディスはそう声をかける
『ふーん……そっかぁ。とりあえず、早くやってもらってもいいかな?僕らもう疲れてきちゃってるからさ……』
ふぅ…と短く息をつきながらカストロは言う
「わかった。…シア、行くぞ?」
そう声をかけてユーリは光の玉の方へ向かう
「……ちゃんと起きてくれないと、やだよ……?」
「大丈夫、ちゃんと起きるよ」
そう言って彼は微笑んだ
「…………こういうパターンもあんのな………」
起き上がったユーリはため息をつきながら苦笑いした
まだ触れていなかったはずなのだが突然強い光に包まれ、気がついたらいつもの暗闇に飛ばされていたのだった
「……少し久しぶりだな、この空間」
最初の頃と同じ暗闇にユーリは懐かしさを感じていた
「……………探すか」
そう言って立ち上がって歩き始める
暗闇の中を歩くことに大分慣れてきていたユーリは、迷うことなく前に進んで行く
彼女の気配に気を配りながら歩き続ける
しばらく歩いていると、風を感じ始めた
同時に目の前に少しずつ景色が広がってきた
「…………御剣の階梯……だな」
小さく呟いて彼は足を止める
遠くまで見渡すことのできるそこの中央にアリシアは立って空を見上げていた
「考え事か?シア」
ユーリがそう声をかけると、彼女はゆっくり振り向いた
『……うん。初代皇帝と、レグルス様のこと……考えてた』
彼女はそう言ってユーリの方を向くと薄らと笑みを浮かべる
「ふーん。んで?その二人についてどんな事考えてんだ?」
少し歩み寄りながら彼は問いかける
『なんで意見が食い違っちゃったのかなーって』
寂しそうに微笑みながら肩を竦めた
「それぞれの知識と考え方の違い、じゃないか?レグルスはエアルの知識があって始祖の隷長と共に助け合うことを考えた。初代皇帝はエアルの知識もなく魔導器の魔核の素になる聖核を欲し、始祖の隷長の存在と殺すことを止めた星暦の存在が邪魔だと考えた」
『ん……そうだね………。初代皇帝がエアルの知識を持ってて手を取り合おうってもっと前に考えていたら……互いに殺し合わなくて済んだのに……ね』
「かもしれねえな。…けど、起きたものはどうにも出来ない。違うか?」
ユーリがそう言うと彼女はゆっくり頷いた
『……それよりも、今をどうしていくかが問題……なんだよね』
「なんだ、ちゃんと分かってんじゃねえか」
『ユーリの顔見たらさ……そう言われるような気がしたんだ』
「ったく……オレの顔、見なくても覚えとけっての………ほら、帰ろうぜ」
彼女に向かってユーリは手を差し伸べる
少し嬉しそうに微笑むと、ユーリの方に歩み寄りその手を取った
周りの騒がしさに、ユーリは薄らと目を見開いた
「あ……ユーリ………」
彼の傍にちょこんと座り込んでいるアリシアが彼の名を呼ぶ
「……何、騒いでんだ?」
「…………レイヴンが私がユーリの腕から落ちそうになったところ助けてくれたんだけど……そしたら、フレンとリタが怒っちゃって……」
少し申し訳なさそうに彼女はレイヴンの方を見た
ユーリもそれにならって同じ方向を向くと、レイヴンがリタとフレンに追いかけ回され、それをエステルたちが止めようとしているのが目に入った
「……はぁ……何してんだか……」
ユーリはそう呟くと、起き上がってアリシアを姫抱きにして立ち上がる
「……カストロ、あと二つの場所教えてくれ」
『…アリシアの貴族街の家と、フェローの岩場、だよ
みんなには後で伝えよっか?』
「おう、頼むわ」
少し小声でユーリはカストロと会話すると、三人に全員の注意が向いている間に坂道をかけ下った
「ユーリ……っ?!」
少し驚いた声で小さく名前を呼びながら、落ちないようにと首に手を回した
「あいつら待ってられるほど、オレ根気強くねえんだわ。……それに、最後は二人で行きてえんだ」
若干肩を竦めながら彼はそう言って先を急いだ