運命
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〜三ヶ月後〜
ベットの縁に腰掛けたアリシアは、じっと愛用している双剣を見つめる
「………ちょっと、きついかな………」
苦笑いしながら壁に立て掛けられたそれを愛おしげに、それでいて寂しそうに撫でた
「シア、どうした?」
「……剣、持てなくなっちゃった……」
寂しそうに笑いながら彼女は扉の傍にいるユーリを見た
あの日から三ヶ月……レグルスから連絡はない
そして、仲間たちからもいい情報は得られていなかった
一瞬だけ見えた、というのは何度かあったが、見えた瞬間に消えてしまっていた
そうして時間が経つうちに、アリシアは徐々にできないことが増えていっていた
長時間立つこと
走ること
歩くこと…
そして今日、剣を持つことが出来なくなった
「…剣、持てなくても…オレが居るから、大丈夫だろ?」
言葉を選びながら、ユーリは彼女の前に行くとしゃがんで目線を合わせ、その頬を親指で優しく撫でる
「………そう……だけど、さ………」
「……不安、なんだよな」
ゆっくり目を伏せながら、アリシアは首を縦に振る
この三ヶ月間、何度泣いたことか
恐怖と不安で、彼女は何度も涙を流した
その度に、ユーリは大丈夫だと言いながら、小さな身体を抱きしめていた
「私………後、どれだけ生きれるんだろ……」
左腕を右手で掴みながら彼女は呟く
小さく震えるその手にユーリは自分の手を重ねる
「シア、弱気になんなよ。…みんな、必死で探してくれてる。……大丈夫、なんて簡単に言えるもんじゃねぇが……それでも、信じて待とう」
「…………ユーリ…………」
「なんたって、探してくれてんのはオレらのギルド、凛々の明星だぜ?しかも、今なら天才魔導士様と、将来有望な騎士団長様に、陛下お墨付きの副帝殿もついてんだ。…こんな最強なメンバーが探してて、見つからねぇわけねえだろ?」
パチッとウィンクをしながらユーリは優しく微笑んだ
「…うん、そう、だよね…」
薄らとアリシアは笑う
そっと彼女の髪にユーリは触れる
綺麗な赤髪は掬うとスルッと彼の指の間から逃げて行く
まるで、いつかの彼女のように…
「……アリシア」
「…なぁに?」
愛称ではなく『アリシア』と呼ばれ彼女が首を傾げると、彼は自身の額と彼女の額を合わせる
「…愛してるよ」
ほんのりと頬を赤らませながらユーリは言う
「……あはは、それ、何回目?」
アリシアは目を細めて嬉しそうに笑った
「何度言っても言い足りねぇよ。愛してるだけじゃ伝えきれねえ」
そう言ってアリシアの背に両手を回して抱きしめる
言葉だけでは足りない思いを伝えようと、強く抱きしめる
「…私も、愛してるよ、ユーリ」
彼女もユーリの背に手を回す
彼と違うのは抱きしめる力の強さくらいだろう
「……ユーリ、宝剣だけはユーリに持ってて欲しいな」
抱き着いたまま、アリシアはそう言った
「オレが、か?」
「ん……ユーリだから……持ってて欲しいな」
「……わかったよ」
ユーリはそう言うと、彼女から離れて立て掛けてられている宝剣を手にした
……その時だった
『……見えた。廃墟だ………雨が降ってるな……』
唐突に部屋にレグルスの声が響く
《アリシアー!あったあった!!あったよー!雨の廃墟に見つけたよ!!イフリート様とシルフ様が歪み抑えてるから、早く早く!!》
それとほぼ同じタイミングで、精霊も部屋に飛び込んで来た
「やっと、だな」
ユーリは嬉しそうに微笑むとアリシアを姫抱きにする
「うん…!」
嬉しそうに微笑みながら、彼女はユーリの首の後ろに手を回した
『……任せろ、ガルボクラムまで飛ばしてやろう』
いつから聞いていたのか、カープノスはそう言うと二人の視界が歪む
「あっ!!待って待って!!」
「なっ?!ちょっ、待てって!!心の準備が……っ」
二人が言い終わる前に、視界が真っ暗になった
「おわっ!?…ったく!!危ねぇだろ?!!」
ついて早々、ユーリは空に向かって怒鳴る
時空を歪めて移動させることを得意とするカープノスだが、彼のやり方は少々荒い
今回は上手く着地出来たが、出来ないことも珍しくない
「うわ……目の前……チカチカする……」
両手で顔を覆いながらアリシアはうーっと唸った
何度準備する前に勝手に飛ばすなと言えばわかるのだろうかと心の中で悪態づいていた
「お、特急便だったわね」
何処か嬉しそうに笑いながらレイヴンは言った
ようやく目が慣れてきた二人が周りをよく見れば、全員がその場に集まっていた
「なんだよ…オレらが最後か?」
「あら、私たちはたまたまここに全員集まっただけよ?」
ジュディスはいつもの様に微笑みながら、二人を見つめた
が、アリシアは少し不思議そうに首を傾げた
『たまたま』で、全員が同じところに来ることなんて有るのだろうか…
彼女の頭の中にはそんな言葉が浮かんだ
《さぁ、早く潜るのだ》
《姫さえ入れば、閉じることはありません》
歪みが留まるように押さえ込んでいるイフリートとシフルの促す声に、彼女は考えるのをやめた
それよりもまず、やるべき事がある
『アリシア、早く来い。時間があまりない…だが、大勢で来られても困る。二人だけにしてくれぬか』
歪みの奥からレグルスはそう声をかけてくる
「なら、ユーリとアリシア、だね」
それが当たり前だと言いたげにカロルは微笑む
「あぁ。……早く行ってこい」
ユーリの背をフレンが軽く押す
「おう、わかったよ。…行くぜ、シア」
「うん…!」
ニッコリと微笑んだアリシアを連れて、ユーリは歪みに向かって足を進めた
…………はず、だった
《…………行かせられません》
そう声が聞こえたと同時に、激流が全員を襲った
「きゃ……っ!!」
「シア…っ!!」
当然抗うことは出来ず、水の勢いによってユーリの腕の中からアリシアが離れる
水が収まった時には、歪みから随分と離れた場所に流れ着いていた
ユーリたちから少し離れたところにアリシアは座り込んで、少し上を見上げていた
「………なんで……?………ねぇ………なんでよ…………ウンディーネ………」
絶望した声で、彼女は問いかけた
その視線の先に見えたのは、ずっと姿を眩ませていたウンディーネだった
《ウンディーネ……!!何故ですか?!》
激流に巻き込まれ、彼ら同様離れた場所に流されてしまったシルフが怒りの混じった声で彼女に問いかける
《……姫は今まで、どんな星暦よりも努力していた。誰よりも世界を愛し、人の為に生きてきていた。………これ以上、彼女に何を望むのじゃ?》
《ウンディーネ……そなた、やはり最初から……》
寂しさと、怒りが混じったウンディーネの声にイフリートはかける言葉を見失う
最初から……こうなるとわかった時から、ウンディーネは人としてアリシアが生きる方法を探すつもりはなかったのだ
「…ふざけんな……!!シアは人として生きることを諦めてねえ!本気で大切なんだったら、シアの意志を尊重しやがれ!」
そう叫びながらユーリは立ち上がる
今のウンディーネは何処かおかしい
彼らが知っている彼女とは別人に見えてならなかった
『ウンディーネ…アリシアの意思を尊重せずして、大切などという言葉、使うのは愚問だぞ』
レグルスは咎めるように歪みの奥から声をかけてくる
《………どちらにせよ、もう、手遅れじゃ》
「何よ、それ……!どういう」
「………あ………」
リタがウンディーネを問いただそうとした矢先、アリシアの驚いた声が聞こえ、皆彼女の方を見る
「え………?」
彼女の身体はゆっくりと小さな光に変わっていく
『まずい……!!アリシアよ、早く、こちらに!!』
焦ったレグルスの声が辺りに響く
だが、彼女はその場から動かない
……いや、動けないと言った方が正しいのであろう
動くだけの力が出てこないでいた
『なんということを……!!』
怒りの混じったレグルスの声と共に、歪みの入り口近くに見慣れない服の男性が姿を現した
「シアっ!!!」
ユーリはアリシアの方へと駆け出し、手を伸ばす
間に合え、と心の中で願いながら
『青年……!!早く、アリシアを…!!!』
怒りから、焦りの混じった声でレグルスは叫んだ
「ユー……リ……っ」
涙で潤んだ瞳をユーリに向けながら、彼女もユーリに向かって手を伸ばした
届けと、願いながら
だが、二人のその手は触れ合うことはなかった
確かに触れたはずの彼女の手はスルッと彼の手をすり抜けた
どうにも出来ない………そう悟った彼女の瞳から、涙が頬を伝った
それと、同時に……
彼女は光となってその場から姿を消した
「………っ!!!!」
大きく目を見開いて、ユーリはその場に崩れ落ちた
つい先程まで、傍にいたはずの彼女がそこにはもう居ない
残ったのは彼女が身につけていたネックレスとブレスレットだけだった
これが現実だと、嫌と言うほどに脳に叩きつけられる
ユーリだけでない……誰もが、受け入れられず、その場から動けなかった
《ウンディーネ……!!貴方という方は……!!!》
シルフはそう叫びながら、彼女に詰め寄る
《人として生きることを望み、貴方を信じた姫を、何故裏切ったのですか?!》
怒りが篭った彼女の問いに、ウンディーネは口を噤んだ
《ウンディーネよ。そなたは何をしたかを理解しているだろう》
咎めるようにイフリートは彼女を見つめた
《…………休ませてあげるべきだと思ったのです。散々、人間にいいように扱われそうになり、時には命さえ狙われた彼女を……。……ですが………姫はそれを望んでいなかったのですね……》
寂しそうに呟くように彼女は言葉を繋いだ
「ユーリ………」
フレンはそっと彼の隣にしゃがんで肩に手を乗せた
目の前に落ちたネックレスとブレスレットを拾い上げると、それを胸の前で握りしめる
誰よりも大切で、愛おしく……守りたかった彼女が身につけていたそれを、強く、それでいて優しく握りしめる
「…………なんで………だよ…………」
誰に言うわけでもなく、小さく呟かれた言葉と共に、彼の目に涙が溜まる
どんなことがあっても、今まで決して仲間の前では見せてこなかったそれは、降り注ぐ雨と一緒に、ゆっくりと彼の頬を伝って流れる
「……ユーリ…………」
後ろから仲間の心配そうな呼び声が聞こえるが、彼がその声に返事をすることはなかった
こんなにも寂しげな背を見たことはあっただろうかと、隣に寄り添う幼なじみは考える
母親代わりのジリの時でさえ、彼はここまで寂しそうな雰囲気を見せなかった
そして、彼は悟った
アリシアという存在が、どれだけユーリを支えてきていたのかということを
誰もがあこがれる兄貴……その顔の下には、普段見せない弱い部分があった
唯一、それを見せることが出来たのが彼女だった
誰よりも、誰にでも優しい彼女だけには、弱い部分を晒せていたのだと、彼女がいなくなってからフレンは初めて気がついた
そして、痛感した
ユーリの想いと、自身の想いとでは天と地ほどの差があることに
アリシアが彼を必要としていたのと同じように……
いや、恐らくそれ以上に、ユーリは彼女を必要としていた
自分の弱さを知り、それを受け入れてくれたアリシア……
自分が挫けないように、前だけを向けるようにと背を押し続けたアリシア……
その彼女が目の前で消えた
伸ばした手は届くことがなかった
…それが、どれだけ辛く、悲しく…苦しいことか
フレンには何となく想像が出来た
自身が親を亡くしたときと同じか、それ以上の痛みなんだろう
「…………ユーリ」
その場から一歩も動こうとしない幼なじみの名を呼ぶ
その姿が、フレンの幼い頃と重なって、彼には見えた
一人で母の墓の前で泣いていた、自分自身に
ユーリは、誰の呼び声にも答えようとしない
「………シア………っ」
…ただただ、もうこの場にいない、大切な彼女の名を何度も呼ぶ
「………頼むから…………嘘だって、言ってくれよ…………アリシア…………なぁ………戻って、来てくれよ………」
小さく呟かれた言葉はフレンにしか聞こえなかった
彼が彼女の事を『アリシア』と呼ぶ時はいつも、本気で怒る時か大事な話がある時くらいだった
フレンはそれ以上何も言わずに、ただ彼の傍に寄り添った
自分では役不足だと感じながらも、それでも幼なじみを一人にすることは出来なかった
いつも手本となり、先頭に立って突き進み続けた幼なじみ
その動力源となっていた、もう一人の幼なじみの代わりになればと、そっと背をさする
もう誰も、何も言えずにいた
自分たちを常に引っ張って行ってくれていた彼が、これほどまでに悲しみに浸っている……
今まで想像など、出来なかった
彼がこうなってしまうほどに、アリシアの存在は偉大だったことに彼らもまた気づいた
先頭立って歩いていた彼の傍には、いつも彼女の姿があった
それが『当たり前』だった
だが、その『当たり前』は、もうないのだ
声をあげて泣こうとしないユーリの代わりに、エステルやカロルはしゃくりを上げながら泣いた
ユーリ同様声は出さないものの、リタにジュディス、パティ、そしてフレンも涙を流す
何がなんでも泣かまいと、レイヴンは上をむいて涙を堪えていた
集まった精霊たちは、彼女の人としての死をあまり快く思わない者が多かった
束ねる者となってもらうのはこの上ない喜びだったが、それに対する対価である人として死は、その喜び以上に辛いものだった
まだ生きていて欲しい……
そう思う者も多かった
そして、人と同じように泣く者も少なくはなかった
空に瞬く星たちは、自分たちの無力さを痛感していた
傍に居てあげられれば、救えたのではないかと
傍に居られれば、彼を励ますことさえ出来るのではないかと
伸ばしても彼らの手がユーリたちに届くことは無い
……先程のユーリのように
どれだけ彼が辛かったか……それは、シリウスが一番よくわかっていた
伸ばした手が届かないことほど、辛いものはない
多くの星たちは彼女の死に涙を流す
泣かない者も悲しんでいることに変わりはなかった
雲に覆われた空では彼らを見ることは出来ないが…
それでも、いつもの輝きは、そこにない
誰もが『アリシア』という女性の死を悲しんでいた
空までもが悲しむように降り注ぐ雨の中……
誰一人として、その場から動けずにいた
「………ちょっといいかしら……?」
長く続いた沈黙を破ったのはリタだった
グスッと鼻をすすりながら、イフリートの方を見た
《…………なんだ?》
あからさまにいつもの威厳はなく、沈んだ声でイフリートは返す
「『束ねる者』ってのになったら、あんたら…何処にあの子がいるか、わかるの?」
《……ええ、彼女を守るのは我ら四体の務めですから》
いつの間に合流していたのか、ノームを交えた四体が並んだ
「じゃあ……人としてじゃなくても、あの子には会えるのよね?」
《…確かに可能じゃが……》
「『束ねる者』には、いつなるの?」
『可能』という単語を聞いて、リタはものすごい剣幕で問いただす
《もう……なっていてもおかしくないのだが……》
イフリートはキョロキョロと辺りを見回す
《…………おかしい、全く気配が見当たらない………》
ボソリと小さく彼は呟くやいた
それにウンディーネ、シルフ、ノームは驚いた顔をした
《まさか…!!失敗したとでも……?!》
《それはないはずじゃ。何度も微調整をおこなったではないか》
オドオドとしながら、四体は話し合う
「……まだ『束ねる者』になっていない……?でも、それじゃあ………」
ブツブツと、絶望しそうな声でリタは呟く
『……いや、待て………まだ我らは感じ取れるぞ』
辺りに響くのはシリウスの声……
そこには、何処か希望を持っているようにも聞き取れた
《星が感じ取れているとすれば……姫はまだ人としての死を迎えていないのか…?》
あまり自信なさげにイフリートは呟く
「………いき……てんのか……?」
今まで、誰の言葉にも反応しなかったユーリが、普段絶対に聞かないような掠れた声で聞き返す
『んー……どうなんだろう。確かにまだ感じ取れるけどー………』
難しそうな声でアルタイが答える
『……微かなのだ。本当に僅かに、アリシアの力を感じ取れる程度なのだ。……例えるのならば、今にも消えそうな蝋燭のような状態だ。…ちょっとした事で消えてしまいそうなほど、危うい』
『でも、まだ生きようと、消えないようにと、必死でもがいて、見つけてもらえることを待っている』
シリウスの言葉に付け足すようにベガは言う
「………つまり………まだ、どこかで生きていると言うことですね?!」
『あぁ』
肯定の言葉に、ユーリはようやく顔を上げて目元を擦って振り向いた
その程度では、泣いて真っ赤に腫れた目がどうにかなるわけでないが、彼なりのプライドだろう
「じゃあ……その力の方向たどりゃ……!!」
『そうしたいんだけど…なんかあっちこっちに反応あって、どこ行けばいいのかわかんないんだよねぇ……』
アルタイルの言葉に、ガックリと肩を落とした
最後に見えた、たった一つの希望であったのに……と
《諦めるのは早いぞ。…それは恐らく、彼女の感情の欠片が身体が無くなったことでバラバラになり、世界に散ったのだろう》
「む……それはつまり……新しい身体があれば、その欠片を集めることができるのかの?」
イフリートの説明に、パティは目元を服の袖で拭きながら聞き返す
《理論的には可能でしょう。………ですが、肝心の身体は………》
シルフは言いにくそうに目を伏せた
それは言われなくても全員がわかっていた
彼女の身体は光となって消えてしまった
……身体は、もうないのだ
『…………全く、諦めるのか諦めないのか……分からぬ者たちだな』
未だに繋がったままの歪みから、レグルスの声が聞こえてくる
「……あなたが、レグルス…様、ですか?」
フレンがそう聞くと、入り口の前に佇む男性は満足そうに微笑む
『左様だ。我はレグルス。星暦の元首にして守り人よ』
「守り人…?」
鼻をすすりながらカロルは首を傾げた
『そうだ。……精霊よ、身体さえあればよいのだな?』
ニヤリと、ユーリに似たような笑みを彼は浮かべながら問いかける
《…あぁ、そうなるが……》
イフリートがそう答えると、喉を鳴らしながら笑う
『くっくっく、結構結構!…それならば任せよ』
そう言うって開かれた掌には、小さな光の塊が浮かんでいた
「……それ、さっき……シアから出てた…………」
光の塊を見ながら、ユーリは小さく呟く
『ぬ?中々に鋭いな。…そうだ。これはアリシアの欠片の一部だ。……半年待て。そうすれば復元することが可能だ』
レグルスはそう言うと、大切そうにその光の塊を両手で包む
「……そんなこと、出来ちゃうのね」
『当たり前だ。…我は守り人だ。我が子孫が永遠繁栄出来るよう、見守ることが我が宿命。……生きようともがく、我が子孫をみすみす死なせはせん。……本気でこの子を助けるつもりがあるのであれば、星が教える欠片の場所へ行き、その場にあった精霊を置くといい』
彼はそう言って歪みの奥へと姿を消した
同時に入り口が閉じる
「…………えっと………つまり………どうゆうことです…?」
殆ど説明もなく消えたレグルスに首を傾げながらエステルはみんなを見た
『…全く…相変わらずの説明不足にも程がある……つまりだな、散ったアリシアの欠片には星暦ならではの属性がある。その属性と同じ属性の精霊にその場に留まってもらい、消えぬように守ってもらえということだ。…一つでもかければ、記憶もかけてしまうからな』
わかりやすいようにシリウスが説明を加える
「……望み、見えたわね」
目元に溜まった涙を指で拭いながら、ジュディスが微笑んだ
誰もが、希望を持った表情を浮かべていた
…ただ一人、ユーリを除いて
「……ユーリ、ボクらでその仕事やってくるからさ、帝都で休んでていいよ」
「………………悪ぃ…………」
彼が未だに落ち込んでいるのは、その方法に確信が持てなかったからだ
万が一にでも、記憶が掛けて、自分のことを忘れられてしまったら……
それが、怖かったのだ
ベットの縁に腰掛けたアリシアは、じっと愛用している双剣を見つめる
「………ちょっと、きついかな………」
苦笑いしながら壁に立て掛けられたそれを愛おしげに、それでいて寂しそうに撫でた
「シア、どうした?」
「……剣、持てなくなっちゃった……」
寂しそうに笑いながら彼女は扉の傍にいるユーリを見た
あの日から三ヶ月……レグルスから連絡はない
そして、仲間たちからもいい情報は得られていなかった
一瞬だけ見えた、というのは何度かあったが、見えた瞬間に消えてしまっていた
そうして時間が経つうちに、アリシアは徐々にできないことが増えていっていた
長時間立つこと
走ること
歩くこと…
そして今日、剣を持つことが出来なくなった
「…剣、持てなくても…オレが居るから、大丈夫だろ?」
言葉を選びながら、ユーリは彼女の前に行くとしゃがんで目線を合わせ、その頬を親指で優しく撫でる
「………そう……だけど、さ………」
「……不安、なんだよな」
ゆっくり目を伏せながら、アリシアは首を縦に振る
この三ヶ月間、何度泣いたことか
恐怖と不安で、彼女は何度も涙を流した
その度に、ユーリは大丈夫だと言いながら、小さな身体を抱きしめていた
「私………後、どれだけ生きれるんだろ……」
左腕を右手で掴みながら彼女は呟く
小さく震えるその手にユーリは自分の手を重ねる
「シア、弱気になんなよ。…みんな、必死で探してくれてる。……大丈夫、なんて簡単に言えるもんじゃねぇが……それでも、信じて待とう」
「…………ユーリ…………」
「なんたって、探してくれてんのはオレらのギルド、凛々の明星だぜ?しかも、今なら天才魔導士様と、将来有望な騎士団長様に、陛下お墨付きの副帝殿もついてんだ。…こんな最強なメンバーが探してて、見つからねぇわけねえだろ?」
パチッとウィンクをしながらユーリは優しく微笑んだ
「…うん、そう、だよね…」
薄らとアリシアは笑う
そっと彼女の髪にユーリは触れる
綺麗な赤髪は掬うとスルッと彼の指の間から逃げて行く
まるで、いつかの彼女のように…
「……アリシア」
「…なぁに?」
愛称ではなく『アリシア』と呼ばれ彼女が首を傾げると、彼は自身の額と彼女の額を合わせる
「…愛してるよ」
ほんのりと頬を赤らませながらユーリは言う
「……あはは、それ、何回目?」
アリシアは目を細めて嬉しそうに笑った
「何度言っても言い足りねぇよ。愛してるだけじゃ伝えきれねえ」
そう言ってアリシアの背に両手を回して抱きしめる
言葉だけでは足りない思いを伝えようと、強く抱きしめる
「…私も、愛してるよ、ユーリ」
彼女もユーリの背に手を回す
彼と違うのは抱きしめる力の強さくらいだろう
「……ユーリ、宝剣だけはユーリに持ってて欲しいな」
抱き着いたまま、アリシアはそう言った
「オレが、か?」
「ん……ユーリだから……持ってて欲しいな」
「……わかったよ」
ユーリはそう言うと、彼女から離れて立て掛けてられている宝剣を手にした
……その時だった
『……見えた。廃墟だ………雨が降ってるな……』
唐突に部屋にレグルスの声が響く
《アリシアー!あったあった!!あったよー!雨の廃墟に見つけたよ!!イフリート様とシルフ様が歪み抑えてるから、早く早く!!》
それとほぼ同じタイミングで、精霊も部屋に飛び込んで来た
「やっと、だな」
ユーリは嬉しそうに微笑むとアリシアを姫抱きにする
「うん…!」
嬉しそうに微笑みながら、彼女はユーリの首の後ろに手を回した
『……任せろ、ガルボクラムまで飛ばしてやろう』
いつから聞いていたのか、カープノスはそう言うと二人の視界が歪む
「あっ!!待って待って!!」
「なっ?!ちょっ、待てって!!心の準備が……っ」
二人が言い終わる前に、視界が真っ暗になった
「おわっ!?…ったく!!危ねぇだろ?!!」
ついて早々、ユーリは空に向かって怒鳴る
時空を歪めて移動させることを得意とするカープノスだが、彼のやり方は少々荒い
今回は上手く着地出来たが、出来ないことも珍しくない
「うわ……目の前……チカチカする……」
両手で顔を覆いながらアリシアはうーっと唸った
何度準備する前に勝手に飛ばすなと言えばわかるのだろうかと心の中で悪態づいていた
「お、特急便だったわね」
何処か嬉しそうに笑いながらレイヴンは言った
ようやく目が慣れてきた二人が周りをよく見れば、全員がその場に集まっていた
「なんだよ…オレらが最後か?」
「あら、私たちはたまたまここに全員集まっただけよ?」
ジュディスはいつもの様に微笑みながら、二人を見つめた
が、アリシアは少し不思議そうに首を傾げた
『たまたま』で、全員が同じところに来ることなんて有るのだろうか…
彼女の頭の中にはそんな言葉が浮かんだ
《さぁ、早く潜るのだ》
《姫さえ入れば、閉じることはありません》
歪みが留まるように押さえ込んでいるイフリートとシフルの促す声に、彼女は考えるのをやめた
それよりもまず、やるべき事がある
『アリシア、早く来い。時間があまりない…だが、大勢で来られても困る。二人だけにしてくれぬか』
歪みの奥からレグルスはそう声をかけてくる
「なら、ユーリとアリシア、だね」
それが当たり前だと言いたげにカロルは微笑む
「あぁ。……早く行ってこい」
ユーリの背をフレンが軽く押す
「おう、わかったよ。…行くぜ、シア」
「うん…!」
ニッコリと微笑んだアリシアを連れて、ユーリは歪みに向かって足を進めた
…………はず、だった
《…………行かせられません》
そう声が聞こえたと同時に、激流が全員を襲った
「きゃ……っ!!」
「シア…っ!!」
当然抗うことは出来ず、水の勢いによってユーリの腕の中からアリシアが離れる
水が収まった時には、歪みから随分と離れた場所に流れ着いていた
ユーリたちから少し離れたところにアリシアは座り込んで、少し上を見上げていた
「………なんで……?………ねぇ………なんでよ…………ウンディーネ………」
絶望した声で、彼女は問いかけた
その視線の先に見えたのは、ずっと姿を眩ませていたウンディーネだった
《ウンディーネ……!!何故ですか?!》
激流に巻き込まれ、彼ら同様離れた場所に流されてしまったシルフが怒りの混じった声で彼女に問いかける
《……姫は今まで、どんな星暦よりも努力していた。誰よりも世界を愛し、人の為に生きてきていた。………これ以上、彼女に何を望むのじゃ?》
《ウンディーネ……そなた、やはり最初から……》
寂しさと、怒りが混じったウンディーネの声にイフリートはかける言葉を見失う
最初から……こうなるとわかった時から、ウンディーネは人としてアリシアが生きる方法を探すつもりはなかったのだ
「…ふざけんな……!!シアは人として生きることを諦めてねえ!本気で大切なんだったら、シアの意志を尊重しやがれ!」
そう叫びながらユーリは立ち上がる
今のウンディーネは何処かおかしい
彼らが知っている彼女とは別人に見えてならなかった
『ウンディーネ…アリシアの意思を尊重せずして、大切などという言葉、使うのは愚問だぞ』
レグルスは咎めるように歪みの奥から声をかけてくる
《………どちらにせよ、もう、手遅れじゃ》
「何よ、それ……!どういう」
「………あ………」
リタがウンディーネを問いただそうとした矢先、アリシアの驚いた声が聞こえ、皆彼女の方を見る
「え………?」
彼女の身体はゆっくりと小さな光に変わっていく
『まずい……!!アリシアよ、早く、こちらに!!』
焦ったレグルスの声が辺りに響く
だが、彼女はその場から動かない
……いや、動けないと言った方が正しいのであろう
動くだけの力が出てこないでいた
『なんということを……!!』
怒りの混じったレグルスの声と共に、歪みの入り口近くに見慣れない服の男性が姿を現した
「シアっ!!!」
ユーリはアリシアの方へと駆け出し、手を伸ばす
間に合え、と心の中で願いながら
『青年……!!早く、アリシアを…!!!』
怒りから、焦りの混じった声でレグルスは叫んだ
「ユー……リ……っ」
涙で潤んだ瞳をユーリに向けながら、彼女もユーリに向かって手を伸ばした
届けと、願いながら
だが、二人のその手は触れ合うことはなかった
確かに触れたはずの彼女の手はスルッと彼の手をすり抜けた
どうにも出来ない………そう悟った彼女の瞳から、涙が頬を伝った
それと、同時に……
彼女は光となってその場から姿を消した
「………っ!!!!」
大きく目を見開いて、ユーリはその場に崩れ落ちた
つい先程まで、傍にいたはずの彼女がそこにはもう居ない
残ったのは彼女が身につけていたネックレスとブレスレットだけだった
これが現実だと、嫌と言うほどに脳に叩きつけられる
ユーリだけでない……誰もが、受け入れられず、その場から動けなかった
《ウンディーネ……!!貴方という方は……!!!》
シルフはそう叫びながら、彼女に詰め寄る
《人として生きることを望み、貴方を信じた姫を、何故裏切ったのですか?!》
怒りが篭った彼女の問いに、ウンディーネは口を噤んだ
《ウンディーネよ。そなたは何をしたかを理解しているだろう》
咎めるようにイフリートは彼女を見つめた
《…………休ませてあげるべきだと思ったのです。散々、人間にいいように扱われそうになり、時には命さえ狙われた彼女を……。……ですが………姫はそれを望んでいなかったのですね……》
寂しそうに呟くように彼女は言葉を繋いだ
「ユーリ………」
フレンはそっと彼の隣にしゃがんで肩に手を乗せた
目の前に落ちたネックレスとブレスレットを拾い上げると、それを胸の前で握りしめる
誰よりも大切で、愛おしく……守りたかった彼女が身につけていたそれを、強く、それでいて優しく握りしめる
「…………なんで………だよ…………」
誰に言うわけでもなく、小さく呟かれた言葉と共に、彼の目に涙が溜まる
どんなことがあっても、今まで決して仲間の前では見せてこなかったそれは、降り注ぐ雨と一緒に、ゆっくりと彼の頬を伝って流れる
「……ユーリ…………」
後ろから仲間の心配そうな呼び声が聞こえるが、彼がその声に返事をすることはなかった
こんなにも寂しげな背を見たことはあっただろうかと、隣に寄り添う幼なじみは考える
母親代わりのジリの時でさえ、彼はここまで寂しそうな雰囲気を見せなかった
そして、彼は悟った
アリシアという存在が、どれだけユーリを支えてきていたのかということを
誰もがあこがれる兄貴……その顔の下には、普段見せない弱い部分があった
唯一、それを見せることが出来たのが彼女だった
誰よりも、誰にでも優しい彼女だけには、弱い部分を晒せていたのだと、彼女がいなくなってからフレンは初めて気がついた
そして、痛感した
ユーリの想いと、自身の想いとでは天と地ほどの差があることに
アリシアが彼を必要としていたのと同じように……
いや、恐らくそれ以上に、ユーリは彼女を必要としていた
自分の弱さを知り、それを受け入れてくれたアリシア……
自分が挫けないように、前だけを向けるようにと背を押し続けたアリシア……
その彼女が目の前で消えた
伸ばした手は届くことがなかった
…それが、どれだけ辛く、悲しく…苦しいことか
フレンには何となく想像が出来た
自身が親を亡くしたときと同じか、それ以上の痛みなんだろう
「…………ユーリ」
その場から一歩も動こうとしない幼なじみの名を呼ぶ
その姿が、フレンの幼い頃と重なって、彼には見えた
一人で母の墓の前で泣いていた、自分自身に
ユーリは、誰の呼び声にも答えようとしない
「………シア………っ」
…ただただ、もうこの場にいない、大切な彼女の名を何度も呼ぶ
「………頼むから…………嘘だって、言ってくれよ…………アリシア…………なぁ………戻って、来てくれよ………」
小さく呟かれた言葉はフレンにしか聞こえなかった
彼が彼女の事を『アリシア』と呼ぶ時はいつも、本気で怒る時か大事な話がある時くらいだった
フレンはそれ以上何も言わずに、ただ彼の傍に寄り添った
自分では役不足だと感じながらも、それでも幼なじみを一人にすることは出来なかった
いつも手本となり、先頭に立って突き進み続けた幼なじみ
その動力源となっていた、もう一人の幼なじみの代わりになればと、そっと背をさする
もう誰も、何も言えずにいた
自分たちを常に引っ張って行ってくれていた彼が、これほどまでに悲しみに浸っている……
今まで想像など、出来なかった
彼がこうなってしまうほどに、アリシアの存在は偉大だったことに彼らもまた気づいた
先頭立って歩いていた彼の傍には、いつも彼女の姿があった
それが『当たり前』だった
だが、その『当たり前』は、もうないのだ
声をあげて泣こうとしないユーリの代わりに、エステルやカロルはしゃくりを上げながら泣いた
ユーリ同様声は出さないものの、リタにジュディス、パティ、そしてフレンも涙を流す
何がなんでも泣かまいと、レイヴンは上をむいて涙を堪えていた
集まった精霊たちは、彼女の人としての死をあまり快く思わない者が多かった
束ねる者となってもらうのはこの上ない喜びだったが、それに対する対価である人として死は、その喜び以上に辛いものだった
まだ生きていて欲しい……
そう思う者も多かった
そして、人と同じように泣く者も少なくはなかった
空に瞬く星たちは、自分たちの無力さを痛感していた
傍に居てあげられれば、救えたのではないかと
傍に居られれば、彼を励ますことさえ出来るのではないかと
伸ばしても彼らの手がユーリたちに届くことは無い
……先程のユーリのように
どれだけ彼が辛かったか……それは、シリウスが一番よくわかっていた
伸ばした手が届かないことほど、辛いものはない
多くの星たちは彼女の死に涙を流す
泣かない者も悲しんでいることに変わりはなかった
雲に覆われた空では彼らを見ることは出来ないが…
それでも、いつもの輝きは、そこにない
誰もが『アリシア』という女性の死を悲しんでいた
空までもが悲しむように降り注ぐ雨の中……
誰一人として、その場から動けずにいた
「………ちょっといいかしら……?」
長く続いた沈黙を破ったのはリタだった
グスッと鼻をすすりながら、イフリートの方を見た
《…………なんだ?》
あからさまにいつもの威厳はなく、沈んだ声でイフリートは返す
「『束ねる者』ってのになったら、あんたら…何処にあの子がいるか、わかるの?」
《……ええ、彼女を守るのは我ら四体の務めですから》
いつの間に合流していたのか、ノームを交えた四体が並んだ
「じゃあ……人としてじゃなくても、あの子には会えるのよね?」
《…確かに可能じゃが……》
「『束ねる者』には、いつなるの?」
『可能』という単語を聞いて、リタはものすごい剣幕で問いただす
《もう……なっていてもおかしくないのだが……》
イフリートはキョロキョロと辺りを見回す
《…………おかしい、全く気配が見当たらない………》
ボソリと小さく彼は呟くやいた
それにウンディーネ、シルフ、ノームは驚いた顔をした
《まさか…!!失敗したとでも……?!》
《それはないはずじゃ。何度も微調整をおこなったではないか》
オドオドとしながら、四体は話し合う
「……まだ『束ねる者』になっていない……?でも、それじゃあ………」
ブツブツと、絶望しそうな声でリタは呟く
『……いや、待て………まだ我らは感じ取れるぞ』
辺りに響くのはシリウスの声……
そこには、何処か希望を持っているようにも聞き取れた
《星が感じ取れているとすれば……姫はまだ人としての死を迎えていないのか…?》
あまり自信なさげにイフリートは呟く
「………いき……てんのか……?」
今まで、誰の言葉にも反応しなかったユーリが、普段絶対に聞かないような掠れた声で聞き返す
『んー……どうなんだろう。確かにまだ感じ取れるけどー………』
難しそうな声でアルタイが答える
『……微かなのだ。本当に僅かに、アリシアの力を感じ取れる程度なのだ。……例えるのならば、今にも消えそうな蝋燭のような状態だ。…ちょっとした事で消えてしまいそうなほど、危うい』
『でも、まだ生きようと、消えないようにと、必死でもがいて、見つけてもらえることを待っている』
シリウスの言葉に付け足すようにベガは言う
「………つまり………まだ、どこかで生きていると言うことですね?!」
『あぁ』
肯定の言葉に、ユーリはようやく顔を上げて目元を擦って振り向いた
その程度では、泣いて真っ赤に腫れた目がどうにかなるわけでないが、彼なりのプライドだろう
「じゃあ……その力の方向たどりゃ……!!」
『そうしたいんだけど…なんかあっちこっちに反応あって、どこ行けばいいのかわかんないんだよねぇ……』
アルタイルの言葉に、ガックリと肩を落とした
最後に見えた、たった一つの希望であったのに……と
《諦めるのは早いぞ。…それは恐らく、彼女の感情の欠片が身体が無くなったことでバラバラになり、世界に散ったのだろう》
「む……それはつまり……新しい身体があれば、その欠片を集めることができるのかの?」
イフリートの説明に、パティは目元を服の袖で拭きながら聞き返す
《理論的には可能でしょう。………ですが、肝心の身体は………》
シルフは言いにくそうに目を伏せた
それは言われなくても全員がわかっていた
彼女の身体は光となって消えてしまった
……身体は、もうないのだ
『…………全く、諦めるのか諦めないのか……分からぬ者たちだな』
未だに繋がったままの歪みから、レグルスの声が聞こえてくる
「……あなたが、レグルス…様、ですか?」
フレンがそう聞くと、入り口の前に佇む男性は満足そうに微笑む
『左様だ。我はレグルス。星暦の元首にして守り人よ』
「守り人…?」
鼻をすすりながらカロルは首を傾げた
『そうだ。……精霊よ、身体さえあればよいのだな?』
ニヤリと、ユーリに似たような笑みを彼は浮かべながら問いかける
《…あぁ、そうなるが……》
イフリートがそう答えると、喉を鳴らしながら笑う
『くっくっく、結構結構!…それならば任せよ』
そう言うって開かれた掌には、小さな光の塊が浮かんでいた
「……それ、さっき……シアから出てた…………」
光の塊を見ながら、ユーリは小さく呟く
『ぬ?中々に鋭いな。…そうだ。これはアリシアの欠片の一部だ。……半年待て。そうすれば復元することが可能だ』
レグルスはそう言うと、大切そうにその光の塊を両手で包む
「……そんなこと、出来ちゃうのね」
『当たり前だ。…我は守り人だ。我が子孫が永遠繁栄出来るよう、見守ることが我が宿命。……生きようともがく、我が子孫をみすみす死なせはせん。……本気でこの子を助けるつもりがあるのであれば、星が教える欠片の場所へ行き、その場にあった精霊を置くといい』
彼はそう言って歪みの奥へと姿を消した
同時に入り口が閉じる
「…………えっと………つまり………どうゆうことです…?」
殆ど説明もなく消えたレグルスに首を傾げながらエステルはみんなを見た
『…全く…相変わらずの説明不足にも程がある……つまりだな、散ったアリシアの欠片には星暦ならではの属性がある。その属性と同じ属性の精霊にその場に留まってもらい、消えぬように守ってもらえということだ。…一つでもかければ、記憶もかけてしまうからな』
わかりやすいようにシリウスが説明を加える
「……望み、見えたわね」
目元に溜まった涙を指で拭いながら、ジュディスが微笑んだ
誰もが、希望を持った表情を浮かべていた
…ただ一人、ユーリを除いて
「……ユーリ、ボクらでその仕事やってくるからさ、帝都で休んでていいよ」
「………………悪ぃ…………」
彼が未だに落ち込んでいるのは、その方法に確信が持てなかったからだ
万が一にでも、記憶が掛けて、自分のことを忘れられてしまったら……
それが、怖かったのだ