運命
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「はぁ…………」
帝都の下町の自室、日当たりのいい窓の縁に腰掛けて大きくため息をつきながら、アリシアは遠くを見つめていた
特に何かこれと言って嫌なことがあったとか、そういうわけではなかった
ただ、抗うことの出来ない『運命』に嫌気がさしていただけであった
「ユーリ!!早くこっち来て手伝えよ!!」
聞きなれた下町の友人の声に軽く窓の下に目線をやると、以前水道魔導器があった場所に幼なじみ二人と何人かの友人が集まっているのが目に入る
魔導器が世界からなくなった今、水道魔導器で賄われていた水は当然止まったが、その下に水があることに変わりはない
そういうわけで、下町の若い男たちは、水脈まで井戸を掘っていたのだった
普段であれば手伝いに行く彼女も、今はそういう気分ではなかった
《ねぇねぇ、私たち、前みたいにお手伝いできるよ?》
《僕らに人を守るお手伝いさせて欲しいな!》
《しるとぶらすてぃあ、だっけ??あれだけなら動かせるよ!》
彼女の耳に、そんな声が聞こえてくる
空を見上げれば沢山の精霊が彼女を見つめていた
彼女から指示を仰ぐように、彼らはじっとその場から動こうとはしない
《そなたたち、少し落ち着くのじゃ。姫とてそのように集まられては困ってしまうであろう?》
その声にアリシアが振り返れば、本来エステルの傍にいるはずのウンディーネの姿がそこにあった
「……こんなとこにいても平気なの?」
アリシアがそう問いかけると、彼女は寂しそうに顔を歪めた
《…姫、覚悟は出来たかの?》
アリシアの問いには答えずに、彼女はゆっくりと近づいて行く
「……………覚悟出来なくても、時間がくれば強制でしょ」
悔しそうに唇を噛みながらアリシアは窓の外に目線をやった
何処か楽しそうに友人たちと井戸を掘るユーリ
そんな彼を苦笑いしながら手伝うフレン
大好きな彼氏と、大好きな幼なじみ……
その二人を見つめて目を離そうとしない
《アリシア??》
何も言わなくなった彼女に、精霊たちは首を傾げた
「………陛下に相談してくるから、ここで大人しく待ってて?」
たった一言そう声をかけると、彼女は愛用している双剣を手に取って部屋を後にした
「お!アリシアー!ちょっと手伝ってくれよ!」
家の外に出れば彼女に気づいた友人の一人が声をかけてくる
「………ごめん、用事あるから……また今度」
アリシアは軽く肩を竦めて薄く笑うと、市民街へ続く坂を駆け上がって行った
そんな彼女の背を幼なじみの二人は黙って見送っていた
「アリシア……一体どうしたんだい?」
フレンは隣にいるユーリに問いかける
「わかんねぇ…最近、話しかけてもうわの空だし、なんかあったのかって聞いても『なんでもない』しか言わねぇんだ」
寂しそうな声でユーリは言葉を繋ぐ
一番彼女があんな風になってしまった原因を知りたかったのはユーリ本人だった
何を聞いても、何をしても、彼女が以前のように笑うことはめっきりなくなっていたのだ
彼氏としては尚更、知りたくて当然だろう
「………何があったんだよ……シア………」
ポツリと呟かれた言葉には悲しみが滲み出ていた
その頃、アリシアはお城の一室に居た
「本当に会うのは久しぶりですね!」
彼女が腰掛けた席の前にニコニコと再会を喜んでいるエステルが座っていた
「全く、あんたくらいよ。連絡寄越さないやつ」
ふんっと何処か拗ねた様子で隣に座ったリタは明後日の方向を向いた
「……ごめん、色々考え事してて……」
気まづそうに頬を掻きながら彼女は目を逸らした
アリシアの中ではこんな予定ではなかった
ただヨーデルに精霊のことを話してどうするかを決めて欲しかっただけだったのだ
それが、『たまたま』お城に居た二人に捕まってしまったのだ
「ふーん………んで、あんた今日何しに来たのよ?」
出された紅茶に手をつけながらリタは親友を見つめる
最後に会った時と比べ、あからさまに表情が堅くなっていた
以前のような笑顔がそこにはなかった
誰が見たってわかるくらいに、アリシアの顔からは表情が消えていた
「あー……うん…精霊たちが、結界魔導器なら動かせるって言うから、陛下に相談しようと思って…」
バツが悪そうに頭の後ろを掻きながらアリシアが言うと、ガタッと大きな音を立ててリタが立ち上がった
「嘘…!だって、人間の手伝いなんてしないって!!」
驚いた顔で、彼女は親友を見る
星喰みを倒したあの日、既に手助けしてもらえないか聞いてはいた
答えは皆同じ、『人間を助けるなどしたくない』という事だった
当たり前だろう
なんせ彼らは人間に殺されたのだ
その彼らが、人間を手助けするなど有り得なかった
「………そこは………まぁ……色々……あって、さ」
消えそうな声でアリシアは言葉を繋ぐ
『色々』という言葉に、リタは真っ先に反応した
「『色々』って何よ?言ってみなさいよ」
ものすごい剣幕でアリシアに詰め寄るが、彼女はただただ目線を逸らせるだけだった
「…言えない理由でもあるんですか?」
悲しそうな声でエステルはアリシアに問いかける
「……………言ったら、みんな怒るよ。きっと」
たった一言、彼女はそう呟く
それだけで嫌な予感が二人の中に広がった
「…言いなさいよ。アリシア」
意を決した表情で静かにリタは親友を促す
もしここで引いてしまえば、一生取り返しのつかないことになるのではないか……
そんな不安が、リタの中に広がっていた
暫くの沈黙の後、アリシアはゆっくりと口を開く
「………私…………もう、人として……生きられないみたい…………」
何処か自嘲気味に薄らと笑みを浮かべながら、彼女は言った
「え………?!」
リタ同様、エステルも驚いて立ち上がる
嘘であって欲しい、そう願う二人だったが彼女の顔に冗談を言う時の表情はなかった
あったのは寂しそうでいて、何処か辛く悲しんでいる表情だけだった
「なん…で………」
どう声をかければいいかわからないリタの口からはたったその三文字だけが出た
「なんで……だろうね………私にもわかんないや…。……けどね………昔から……決まってた『運命』ってやつなんだよ……」
諦めが滲んだ声と表情に、エステルもリタも怒る気にはなれなかった
絶句…その一言がやけにしっくりきた
かける言葉が見つからなかったのだ
「…………それ、ユーリとフレンには………」
「……まだ、何も………」
「…呼ぶわよ、あの二人。それと、他のみんなも。……いいわね?…で、なんでそうなったか、わかること全部話なさいよ」
少し厳しい口調でリタは告げる
言うタイミングがわからなくてズルズル引きずっていることが、聞かなくても分かっていた
『親友だから』…昔なら絶対に使わなかった言葉が妙に当てはまった
アリシアは口は開かなかったものの、ゆっくりと首を縦に振った
それから数時間後、エステルの私室にかつての仲間が揃っていた
まだ散り散りになってから半年も経っていなかったが、やけに再会が懐かしく思えた者も少なくはなかったが、今はそれに浸っている余裕はない
窓の外をぼーっと見つめるアリシアの背を誰もが困惑した表情で見ていた
「…………嘘、だろ?…なぁ、シア……嘘だって言ってくれよ…!!」
一番最初に声を出したのはユーリだった
ただただ嘘であって欲しいと願いながら、ユーリはアリシアの肩を抱いた
「………………ごめん、ユーリ……」
たった一言、彼女はそう言うと自分の肩に回された腕に自身の手を添えた
否定の言葉は何処にもなかった
泣きそうになるのを堪えながら、ユーリはアリシアを強く抱き締めた
「……唐突すぎるわよ、アリシアちゃん」
次にレイヴンがゆっくりと口を開く
いつものおどけた顔はそこにはない
「……ごめん」
少し体を皆の方へ向けながら、彼女は謝る
「なんで……なんで相談してくれなかったのさ!!ボクら、仲間だよ?!」
カロルの瞳に溜まっていた涙がポロッと頬を伝った
凛々の明星の一員であり、共に旅をして来た仲間のアリシアに頼って貰えなかったのが彼にとって寂しくあった
「………そんなの、聞いてないのじゃ……シア姐、死んじゃ駄目なのじゃ!!うちと一緒に、船で世界を回る約束もしとったのじゃ!!絶対絶対、駄目なのじゃ!!!」
涙を堪えながらパティはアリシアをじっと見つめる
よきライバルであり、またよき友である彼女たち
互いに競い合って旅をして来た
出会ってからの時間は短いが、それでも短期間の間にしては親しい関係を築いた二人…
どちらかが欠けることなど、遠い未来だと思っていたのだ
「……………ごめん……」
アリシア自身、悔しそうにしながら手を握りしめた
「……………話して、くれるかい?何故…こういう状況になったのか」
「……それと、何故黙っていたのかを、ね」
フレンとジュディスは至って優しい声で、でも決して話さないことは許さないと言いたげな目で、アリシアを見つめる
「…………何故……か………んー……なんでだろうね……私もわかんないや………わかることっていったら………『選ばれちゃった』からってことくらい……」
「ちょっと、それどうゆう意味よ」
「……選ばれちゃったの、私………精霊を束ねる者に」
今にも泣きそうな顔で彼女は言った
「束ねる……者………?」
聞いた事のない言葉に、エステルは首を傾げた
「……ほら、私…星暦でしょ?始祖の隷長と仲いいし………それに、精霊が世界に満ちて、エアルがマナに変換されつつある………つまり、さ…私の……『星暦』の存在意義、無くなっちゃったんだよ」
自嘲気味に彼女は笑うが、その目元には涙が光っていた
「…星暦として、することがなくなった……そして、精霊をまとめる存在がいない……一つの属性だけじゃ駄目なんだ……基本の四属性以外も、全てを…統べることが……出来ないと……」
消えそうな声で彼女は説明する
「……つまり、星暦として出来ることのなくなった今……精霊たちをまとめられる唯一の存在として必要にされている……そういうことかい?」
フレンのまとめに、アリシアはゆっくりと頷いた
「………………んで……だよ………」
「え……?」
「なんで………なんでだよ………!!シア、姫って呼ばれるくらい…大事にされてたんだろ……っ!!なのに、なんで……っ!!人として生きさせてもらえなくなんだよ……っ!!!」
アリシアを抱きしめる腕にさらに力が込められた
絶対に離さまいと、誰にも渡さまいと、ユーリは強く彼女を自身の腕の中に閉じ込める
「……もし、私以外の適任がいたとしても……私、ユーリたちと同じように……生きていけないよ…………」
俯きながら、強く抱きしめてくる腕に彼女は自身の両腕を重ねる
「それ、どうゆうことよ…?」
半分確信があるような声でレイヴンは問いかける
「…………力……使いすぎちゃったから……どのみち……長く、持たないんだ……この体……」
「そ……んな……」
両手を口元に当てながら、エステルは絶望に近い表情を浮かべた
「…ウンディーネたちが、私を生きさせたいことに変わりはない……けど、私が人として生きるための体が長く持たない……だから……」
「精霊を治める者として、生かそうとしている……そういうこと…ね?」
ジュディスが繋いだ言葉に、彼女はゆっくりと頷き返す
その場にいた誰もが泣きそうな表情でアリシアを見つめていた
「何か……何か、アリシアが人として生きる方法はないの……?」
縋るような目でカロルはリタを見つめる
彼女は泣きそうになるのを必死に堪えながら、首を横に振った
「わからない……エステルの時と違って、この子は体自体が限界近いわけだし……エステルの治癒術じゃ、逆に短くなる可能性の方が高い………かと言って、アリシアは魔導器じゃないし…………」
ブツブツと呟くようにリタは言う
人体のことに関しては全く知識がない上に、星暦は未知の部分が多い
彼女にもどうにも出来ないのだ
「精霊……たちにも……無理、なんですか…?」
エステルは小さくそう呟く
《…出来ていれば、姫に束ねる者を頼みなどしない》
そう言って出てきたのはウンディーネ以外だった
《我々も色々試してみたのです。……この世界を形なす四属性がいれば、助けることも可能だと……》
悔しそうに顔を歪めながら、シルフは唇を噛んだ
《結果は惨敗だ。我らの力を持ってしても、星喰みとの戦いで傷ついたものを、治すことが出来なかった……》
イフリートはその大きな手を握りしめる
悔しいのは、精霊も同じなのだ
彼らもまた、人としてまだ生きていて欲しいと願っていた
「…………星………シリウスたちなら………!」
ユーリはハッとして顔を上げながら、そこに一縷の希望を持った目で問いかける
だが、アリシアはそれに何も答えなかった
代わりに、自身が持っている宝剣の柄に左手を乗せた
すると、薄らと宝剣が光を帯びた
『……出来ていれば、とっくにやっているさ……』
諦めの混じったシリウスの声が部屋に響く
「…お前さんたちでも、ダメだったってわけね……」
腰に隠した短刀を握りしめながら、レイヴンは奥歯を強く噛む
『…僕ら、色々やったよ……でも、でも………っ。星喰みの最後の攻撃が、呪いみたいに巣くってて……っ!!もう、もう……っ、レグルスに頼るしか……っ』
鼻を啜りながらリゲルは言葉を繋ぐ
「待ってください。今……レグルスって言いましたよね……?」
エステルは聞こえてきた単語に待ったをかける
『レグルス』…それは、初代星暦の当主の名だ
『この世界のどこかに、彼に繋がる扉がある筈です。……彼は死した今でも尚、自身の子孫とこの世界を見守っています』
『ですが、彼はそこから出ることが出来ません。私たちに話しかけくることはありますが、そこから外に出てしまえば、それは世界の真理を変えてしまう自体になりかねないのです』
アリオトとペテルギウスは普段通りに、だが悲しみを帯びた声で言う
「なら……そいつに、何処にいんのか聞ければ」
「駄目だよ。……レグルスがいる空間はいつも漂ってる。…何処に繋がるかは彼にも分からない……私にも、星たちにも………わからない」
ユーリの言葉を、アリシアはバッサリと切った
そんな考えは、アリシア本人も既に考え、そして実行していた
レグルス本人も彼女を助けたいと強く願っていた
だが、閉鎖されいつ何処に繋がる扉が現れるかわからない
いくら探しても、扉は見つからなかったのだ
「イフリートの歪みを使って行くことは出来ないのかしら?」
ジュディスはそう提案する
だが、イフリートは首を横に振った
《あの歪みはレグルスには繋がらない。……あれとは、別の空間に彼はいるのだ》
「それじゃ……どうすれば………」
ガックリと肩を落としてカロルは俯く
たった一つの希望の光が目の前にあるのに、その光は手が届かない程遠い
「………この子の身体、後どのくらい持つの?」
リタは精霊たちではなく、ここからは見えない空に向かって語りかけた
『………半年……持つか持たないか……だな』
「……半年……ね。なら、半年経つ前に見つければいいわけでしょ」
目元に溜まった涙を拭いながらリタは言う
「探すって……何処に現れるかもわからないのに、どう探すのさ……」
『探す』……言葉で言うのは簡単だが、いざそうするとなると、少々無理がある
「じゃの………それに、シア姐はもう探したのじゃろ…?」
しょんぼりとしながらパティが問い掛けると、アリシアは目を伏せた
見つけるなど不可能……誰もが、そう思っていた
「…はぁ、こんなやつらが世界救ったとか、あたしには想像できないわ」
挑発するように、大きくため息をつきながらリタは言う
「……なんだと?」
いつもよりも低い声でユーリがリタを見た
「大体、世界救うとか言って無我夢中で突っ走ってたあんたが何よ?見つかる可能性が低いからって諦めるわけ?半年前のあんたなら、見つかるまで諦めるわけないじゃない!エステルに生きるのを諦めるなって怒ったのはどこの誰よ!!あたしたちに諦めるなって怒ったのはどこの誰よ!!!あんだけあたしらに偉っそうに言ってたんだから、あんたが真っ先に諦めてんじゃないわよ!!」
ユーリの方へ体を向けたリタは、半分睨み気味に怒鳴る
自分たちにあれだけ説教をしてきていた彼が簡単に諦めたことが、彼女には納得がいかなかったのだ
「んな……っ!諦めてなんて…」
「じゃあ死ぬ気で探しなさいよっ!!」
「……無茶苦茶言ってるよ………」
反論しようとしたユーリに、リタは更に言葉を重ねた
「…………あはは……リタらしいなぁ」
クスリとアリシアが久しぶりに笑った
先程までの絶望したような瞳にはそこにはなく、何処か希望を見つけたような光を持っていた
「…うん、そうだね。やってみなきゃわかんないよね。……諦めなきゃ、なんとかなることだって、今まで何度もあったもんね」
リタを見た瞳には、もう迷いは映っていなかった
いつもと同じ、何処か自信ありげな表情を浮かべながら、アリシアは微笑む
「ふふ、そうね。二人の言う通りだわ。やってもいないのに諦めるなんて、私たちらしくないわ」
「そうねぇ…おっさんも簡単に諦めんなって怒られた側だし、まだ何も努力してないからねぇ。やってやんわよ」
「……うん、リタの言う通りだよね。ボクら、今まで簡単に諦めて来なかった。きっと見つけられるよね!」
「……ええ、そうですね。アリシアだって、ずっと諦めないで私と一緒に居られる方法を探してくれてました。今度は私の番、ですね」
「諦めなければなんだって出来る。みんなで力を合わせれば不可能はないのじゃ!」
そう言った彼らの顔からも悲しみと諦めは消え去っていた
いつもと同じ、自信に満ちた顔をしてアリシアを見つめる
「…………全く、一番落ち込んでいたのにもう元気になったのかい?」
ふっと表情を緩めてフレンは幼なじみを見つめる
誰よりも大切で、本当は自分の腕の中に閉じ込めたかった幼なじみ……
それでも、彼女を諦めたのは、もう一人の幼なじみならば心配いらないと感じていたからだった
「ユーリ、君はいつまでそうやって塞ぎ込んでいるつもりだい?」
彼女の髪に顔を埋めている幼なじみに、フレンは咎めるように問いただす
「いつまでもそうしているのなら、僕がアリシアを貰うけど、それでもいいかい?」
挑発するように、フレンはニヤッといたずらっぽい笑みを浮かべる
「……誰がお前に渡すかっての」
ゆっくりと顔を上げた彼の顔にも、諦めたような雰囲気は消えていた
「シアは丸ごとオレのもんだっての。誰にもくれてやんねぇよ」
ニヤリといつもの不敵な笑みを浮かべて、ユーリはフレンを見た
「はいはい、イチャつくのはあたしらの居ないとこにして、さっさと始めるわよ」
パンパンっと手を叩いて、リタが静止する
「うーん、でも、何処から探す?」
困ったようにカロルが口を開く
一重に探すと言っても、世界は広い
どこを探せばいいかなど、わからない
「……レグルス様、聞いているのでしょ?」
アリシアは軽く目を閉じながら話しかける
『………諦めを知らぬ者たち……か。ふっ、いい友をもったのだな』
初めて聞えてきたその声に、誰もが困惑した
威厳があり、威圧的で……だが、何処か優しさの混じった声
「ええ、とっても優しい仲間たちです」
誇らしげに言ったアリシアに、レグルスは喉を鳴らして笑った
『そのようだな。…次に何か見えたら、また語りかけよう』
「えっと………どういうことです……?」
わけがわからないというような顔でエステルは首を傾げた
「たまに、扉が繋がった時外の景色が見えるんだって。……手掛かりって言ったら、そのくらいかな」
アリシアがそう言って苦笑いすると、レイヴンは無言で扉の方へと向かった
「あれ?レイヴン!どこ行くの?」
「ん?いやぁ、ただその情報待ってるだけじゃ、いつ見つかるかわからんでしょ?闇雲でも探すのに越したことはないでしょ」
顔だけをこちらに向けると、彼はへらっと笑った
「それもそうだけれど、どうやって連絡を撮るつもりかしら?」
そう言ってジュディスが首を傾げる
「アリシア、精霊に手伝って貰うことは出来ないのですか?」
「んー……どうだろ。一応聞いてはみるよ」
アリシアはそう答えると、ユーリの腕を退かして大きな窓の方へと向かった
《私が彼について行きましょう。元首殿は彼女の元に居てください》
《うむ。それがよかろう。頼んだぞ、シフルよ》
「よろしく頼むわ。じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
レイヴンはそう言ってシルフを連れて出て行った
「そう言えば、ウンディーネとノームはどうしたのよ?」
ここにいない二体の名を呼びながら、リタが首を傾げた
アリシアのことを一番に気にかけていたウンディーネがいないのは少々気がかりだったのだ
《うむ…ノームの方は昔に見たことのある場所を手当たり次第に見て回っているようだが……ウンディーネは何処へ行ったかわからぬのだ》
そう言ってイフリートは腕を組んだ
「ウンディーネなら、今朝来たよ。……『覚悟は出来ましたか?』って、聞きに」
「なんか…シア姐がそうなるのを望んでるような言い方じゃのう……」
難しい顔をしてパティは呟いた
あのウンディーネがそんなことを言うなど、誰も考えていなかった
《有り得ぬ話しではないな。彼女の姫に対する感情は、始祖の隷長と星暦という関係以上のものだ》
「それは…どういうことですか?」
《うむ……人間で例えるならば、親子のような感情だろう。彼女は、姫を自分の娘のように案じていた。要は……すぐに無茶をする姫を、手元に置いておきたいのだよ。そう思っていたとしてもおかしくない程に、彼女の姫への愛情は歪んでいる》
「…ウンディーネが、敵かもしれねぇわけだな」
若干不服そうに顔を歪めながら、ユーリは呟いた
「仮にそうだとしたら、海の中に扉が開いてしまったら、手の出し用がないわね……」
「……大丈夫、そこはなんとかなるよ」
ユーリたちの元に戻りながら、アリシアが答えた
「そっちはどうだった??」
「ん、私が束ねる者にならないのは残念がってたけど、私のためならって協力してくれるって」
少し苦笑いしながらも、何処か嬉しそうに答えた
「それじゃ、ユーリとアリシア、それにエステル以外に一体ずつついてもらいましょ」
「エステルとシアはわかるが、なんでオレも?」
「あら、あなた、アリシアを一人にする気かしら?」
妖しく笑いながらジュディスは二人を交互に見た
その意図に気づいたのか、ユーリは小さくあぁ、と呟いた
「……なるほど、ユーリはアリシアと一緒に行動、ということだね」
何処か恨み混じりにフレンはユーリを見た
「えぇ……私、単独行動駄目なの?」
『ものすごく当たり前なこというよね…アリシアが一人になったら、何するかわかんないし、森の中で倒れたりしたらどーすんの!』
『そーそ!アリシア動くなって言うこと聞けないもんね〜今一人になられたら僕らの寿命も縮みそうだよ!』
ブーブーと文句を言いながら、カストロとポルックスは言葉を繋ぐ
「…アリシアなら、やりそう……」
「否定出来ないわね…この子、ユーリよりもお転婆だもの」
「………あのさぁ、私のイメージ酷くない?!」
散々な言われ用にアリシアはため息混じりに怒鳴る
すっかりいつも通りになった彼女を、嬉しそうに微笑みながらみんなは見つめた
「それで、何故黙っていたのかしら?」
最初にした質問の答えを、ジュディスは促した
「……言ったら、みんな悲しむじゃん。そんな顔………見たくなかったの」
気まづそうに苦笑いしながら彼女は答えた
「あら、言ってくれなかったらもっと悲しんでいたわよ?」
冗談交じりにジュディスは言うが、本気にしたアリシアはごめん…と小さく呟いた
「さ、あんたらも行った行った!」
リタがそう声を張ると、精霊が一人一人について行く
「アリシアとユーリは、レグルスの連絡がきたらそこへ向かって」
そう言いながら彼女は二人を見た
二人が頷くと、リタも部屋から出て行った
「大丈夫、絶対に見つかるさ」
「………うん」
二人きりになると、先程まで笑顔だった彼女の顔から、その笑顔が消えた
同時に不安と悲しみに満ちた表情を浮かべた
そんな彼女の肩をユーリはそっと寄せる
アリシアはそれに逆らおうとはせずに、ユーリの体に体重をかけた
「…大丈夫、大丈夫だから。…何があっても、一人にはさせねぇよ」
コツンと、アリシアの頭に自身の頭を乗せながら、そっと肩を擦る
「………うん」
彼女の胸の前で握りしめられた左手は微かに震えていた
「……ユーリ……」
「ん?」
「…おかしいんだ……」
「何がだ?」
「私……諦めてたはずなのに……怖く、なっちゃった……」
半分泣きそうな声でアリシアは言う
諦めていたはずだった
だが、リタの言葉を聞いて諦めるのが馬鹿らしくなってしまったのだった
そして、同時に人としての『死』に恐怖を抱いた
「怖いのが普通だろ?誰だって、死ぬのは怖いさ。……オレだって、シアが死ぬのは怖いよ」
彼女の肩を抱いた手に自然と力が入っていた
「……ユーリ」
「どうした?」
「………手、離さないで欲しい」
「ふっ……バーカ、離すわけねぇだろ?…お前は誰にも渡さねぇよ。何があっても、絶対にな」
ニヤリと笑いながら、ユーリはアリシアを見下ろす
彼女は嬉しそうに微笑みながら、ユーリを見上げた
愛おしげに彼女を見つめると、その頬に唇を落とした
「とりあえず、帰ろうぜ」
「ん、帰ろっか。…帰ったらユーリの作ったご飯食べたいな」
「お安い御用で」
優しく微笑むと、肩を抱いていた手でアリシアの胸の前で握られた手を取り、恋人繋ぎにして二人並んで帰路についた
そんな二人の背を、ウンディーネは密かに見つめていた
帝都の下町の自室、日当たりのいい窓の縁に腰掛けて大きくため息をつきながら、アリシアは遠くを見つめていた
特に何かこれと言って嫌なことがあったとか、そういうわけではなかった
ただ、抗うことの出来ない『運命』に嫌気がさしていただけであった
「ユーリ!!早くこっち来て手伝えよ!!」
聞きなれた下町の友人の声に軽く窓の下に目線をやると、以前水道魔導器があった場所に幼なじみ二人と何人かの友人が集まっているのが目に入る
魔導器が世界からなくなった今、水道魔導器で賄われていた水は当然止まったが、その下に水があることに変わりはない
そういうわけで、下町の若い男たちは、水脈まで井戸を掘っていたのだった
普段であれば手伝いに行く彼女も、今はそういう気分ではなかった
《ねぇねぇ、私たち、前みたいにお手伝いできるよ?》
《僕らに人を守るお手伝いさせて欲しいな!》
《しるとぶらすてぃあ、だっけ??あれだけなら動かせるよ!》
彼女の耳に、そんな声が聞こえてくる
空を見上げれば沢山の精霊が彼女を見つめていた
彼女から指示を仰ぐように、彼らはじっとその場から動こうとはしない
《そなたたち、少し落ち着くのじゃ。姫とてそのように集まられては困ってしまうであろう?》
その声にアリシアが振り返れば、本来エステルの傍にいるはずのウンディーネの姿がそこにあった
「……こんなとこにいても平気なの?」
アリシアがそう問いかけると、彼女は寂しそうに顔を歪めた
《…姫、覚悟は出来たかの?》
アリシアの問いには答えずに、彼女はゆっくりと近づいて行く
「……………覚悟出来なくても、時間がくれば強制でしょ」
悔しそうに唇を噛みながらアリシアは窓の外に目線をやった
何処か楽しそうに友人たちと井戸を掘るユーリ
そんな彼を苦笑いしながら手伝うフレン
大好きな彼氏と、大好きな幼なじみ……
その二人を見つめて目を離そうとしない
《アリシア??》
何も言わなくなった彼女に、精霊たちは首を傾げた
「………陛下に相談してくるから、ここで大人しく待ってて?」
たった一言そう声をかけると、彼女は愛用している双剣を手に取って部屋を後にした
「お!アリシアー!ちょっと手伝ってくれよ!」
家の外に出れば彼女に気づいた友人の一人が声をかけてくる
「………ごめん、用事あるから……また今度」
アリシアは軽く肩を竦めて薄く笑うと、市民街へ続く坂を駆け上がって行った
そんな彼女の背を幼なじみの二人は黙って見送っていた
「アリシア……一体どうしたんだい?」
フレンは隣にいるユーリに問いかける
「わかんねぇ…最近、話しかけてもうわの空だし、なんかあったのかって聞いても『なんでもない』しか言わねぇんだ」
寂しそうな声でユーリは言葉を繋ぐ
一番彼女があんな風になってしまった原因を知りたかったのはユーリ本人だった
何を聞いても、何をしても、彼女が以前のように笑うことはめっきりなくなっていたのだ
彼氏としては尚更、知りたくて当然だろう
「………何があったんだよ……シア………」
ポツリと呟かれた言葉には悲しみが滲み出ていた
その頃、アリシアはお城の一室に居た
「本当に会うのは久しぶりですね!」
彼女が腰掛けた席の前にニコニコと再会を喜んでいるエステルが座っていた
「全く、あんたくらいよ。連絡寄越さないやつ」
ふんっと何処か拗ねた様子で隣に座ったリタは明後日の方向を向いた
「……ごめん、色々考え事してて……」
気まづそうに頬を掻きながら彼女は目を逸らした
アリシアの中ではこんな予定ではなかった
ただヨーデルに精霊のことを話してどうするかを決めて欲しかっただけだったのだ
それが、『たまたま』お城に居た二人に捕まってしまったのだ
「ふーん………んで、あんた今日何しに来たのよ?」
出された紅茶に手をつけながらリタは親友を見つめる
最後に会った時と比べ、あからさまに表情が堅くなっていた
以前のような笑顔がそこにはなかった
誰が見たってわかるくらいに、アリシアの顔からは表情が消えていた
「あー……うん…精霊たちが、結界魔導器なら動かせるって言うから、陛下に相談しようと思って…」
バツが悪そうに頭の後ろを掻きながらアリシアが言うと、ガタッと大きな音を立ててリタが立ち上がった
「嘘…!だって、人間の手伝いなんてしないって!!」
驚いた顔で、彼女は親友を見る
星喰みを倒したあの日、既に手助けしてもらえないか聞いてはいた
答えは皆同じ、『人間を助けるなどしたくない』という事だった
当たり前だろう
なんせ彼らは人間に殺されたのだ
その彼らが、人間を手助けするなど有り得なかった
「………そこは………まぁ……色々……あって、さ」
消えそうな声でアリシアは言葉を繋ぐ
『色々』という言葉に、リタは真っ先に反応した
「『色々』って何よ?言ってみなさいよ」
ものすごい剣幕でアリシアに詰め寄るが、彼女はただただ目線を逸らせるだけだった
「…言えない理由でもあるんですか?」
悲しそうな声でエステルはアリシアに問いかける
「……………言ったら、みんな怒るよ。きっと」
たった一言、彼女はそう呟く
それだけで嫌な予感が二人の中に広がった
「…言いなさいよ。アリシア」
意を決した表情で静かにリタは親友を促す
もしここで引いてしまえば、一生取り返しのつかないことになるのではないか……
そんな不安が、リタの中に広がっていた
暫くの沈黙の後、アリシアはゆっくりと口を開く
「………私…………もう、人として……生きられないみたい…………」
何処か自嘲気味に薄らと笑みを浮かべながら、彼女は言った
「え………?!」
リタ同様、エステルも驚いて立ち上がる
嘘であって欲しい、そう願う二人だったが彼女の顔に冗談を言う時の表情はなかった
あったのは寂しそうでいて、何処か辛く悲しんでいる表情だけだった
「なん…で………」
どう声をかければいいかわからないリタの口からはたったその三文字だけが出た
「なんで……だろうね………私にもわかんないや…。……けどね………昔から……決まってた『運命』ってやつなんだよ……」
諦めが滲んだ声と表情に、エステルもリタも怒る気にはなれなかった
絶句…その一言がやけにしっくりきた
かける言葉が見つからなかったのだ
「…………それ、ユーリとフレンには………」
「……まだ、何も………」
「…呼ぶわよ、あの二人。それと、他のみんなも。……いいわね?…で、なんでそうなったか、わかること全部話なさいよ」
少し厳しい口調でリタは告げる
言うタイミングがわからなくてズルズル引きずっていることが、聞かなくても分かっていた
『親友だから』…昔なら絶対に使わなかった言葉が妙に当てはまった
アリシアは口は開かなかったものの、ゆっくりと首を縦に振った
それから数時間後、エステルの私室にかつての仲間が揃っていた
まだ散り散りになってから半年も経っていなかったが、やけに再会が懐かしく思えた者も少なくはなかったが、今はそれに浸っている余裕はない
窓の外をぼーっと見つめるアリシアの背を誰もが困惑した表情で見ていた
「…………嘘、だろ?…なぁ、シア……嘘だって言ってくれよ…!!」
一番最初に声を出したのはユーリだった
ただただ嘘であって欲しいと願いながら、ユーリはアリシアの肩を抱いた
「………………ごめん、ユーリ……」
たった一言、彼女はそう言うと自分の肩に回された腕に自身の手を添えた
否定の言葉は何処にもなかった
泣きそうになるのを堪えながら、ユーリはアリシアを強く抱き締めた
「……唐突すぎるわよ、アリシアちゃん」
次にレイヴンがゆっくりと口を開く
いつものおどけた顔はそこにはない
「……ごめん」
少し体を皆の方へ向けながら、彼女は謝る
「なんで……なんで相談してくれなかったのさ!!ボクら、仲間だよ?!」
カロルの瞳に溜まっていた涙がポロッと頬を伝った
凛々の明星の一員であり、共に旅をして来た仲間のアリシアに頼って貰えなかったのが彼にとって寂しくあった
「………そんなの、聞いてないのじゃ……シア姐、死んじゃ駄目なのじゃ!!うちと一緒に、船で世界を回る約束もしとったのじゃ!!絶対絶対、駄目なのじゃ!!!」
涙を堪えながらパティはアリシアをじっと見つめる
よきライバルであり、またよき友である彼女たち
互いに競い合って旅をして来た
出会ってからの時間は短いが、それでも短期間の間にしては親しい関係を築いた二人…
どちらかが欠けることなど、遠い未来だと思っていたのだ
「……………ごめん……」
アリシア自身、悔しそうにしながら手を握りしめた
「……………話して、くれるかい?何故…こういう状況になったのか」
「……それと、何故黙っていたのかを、ね」
フレンとジュディスは至って優しい声で、でも決して話さないことは許さないと言いたげな目で、アリシアを見つめる
「…………何故……か………んー……なんでだろうね……私もわかんないや………わかることっていったら………『選ばれちゃった』からってことくらい……」
「ちょっと、それどうゆう意味よ」
「……選ばれちゃったの、私………精霊を束ねる者に」
今にも泣きそうな顔で彼女は言った
「束ねる……者………?」
聞いた事のない言葉に、エステルは首を傾げた
「……ほら、私…星暦でしょ?始祖の隷長と仲いいし………それに、精霊が世界に満ちて、エアルがマナに変換されつつある………つまり、さ…私の……『星暦』の存在意義、無くなっちゃったんだよ」
自嘲気味に彼女は笑うが、その目元には涙が光っていた
「…星暦として、することがなくなった……そして、精霊をまとめる存在がいない……一つの属性だけじゃ駄目なんだ……基本の四属性以外も、全てを…統べることが……出来ないと……」
消えそうな声で彼女は説明する
「……つまり、星暦として出来ることのなくなった今……精霊たちをまとめられる唯一の存在として必要にされている……そういうことかい?」
フレンのまとめに、アリシアはゆっくりと頷いた
「………………んで……だよ………」
「え……?」
「なんで………なんでだよ………!!シア、姫って呼ばれるくらい…大事にされてたんだろ……っ!!なのに、なんで……っ!!人として生きさせてもらえなくなんだよ……っ!!!」
アリシアを抱きしめる腕にさらに力が込められた
絶対に離さまいと、誰にも渡さまいと、ユーリは強く彼女を自身の腕の中に閉じ込める
「……もし、私以外の適任がいたとしても……私、ユーリたちと同じように……生きていけないよ…………」
俯きながら、強く抱きしめてくる腕に彼女は自身の両腕を重ねる
「それ、どうゆうことよ…?」
半分確信があるような声でレイヴンは問いかける
「…………力……使いすぎちゃったから……どのみち……長く、持たないんだ……この体……」
「そ……んな……」
両手を口元に当てながら、エステルは絶望に近い表情を浮かべた
「…ウンディーネたちが、私を生きさせたいことに変わりはない……けど、私が人として生きるための体が長く持たない……だから……」
「精霊を治める者として、生かそうとしている……そういうこと…ね?」
ジュディスが繋いだ言葉に、彼女はゆっくりと頷き返す
その場にいた誰もが泣きそうな表情でアリシアを見つめていた
「何か……何か、アリシアが人として生きる方法はないの……?」
縋るような目でカロルはリタを見つめる
彼女は泣きそうになるのを必死に堪えながら、首を横に振った
「わからない……エステルの時と違って、この子は体自体が限界近いわけだし……エステルの治癒術じゃ、逆に短くなる可能性の方が高い………かと言って、アリシアは魔導器じゃないし…………」
ブツブツと呟くようにリタは言う
人体のことに関しては全く知識がない上に、星暦は未知の部分が多い
彼女にもどうにも出来ないのだ
「精霊……たちにも……無理、なんですか…?」
エステルは小さくそう呟く
《…出来ていれば、姫に束ねる者を頼みなどしない》
そう言って出てきたのはウンディーネ以外だった
《我々も色々試してみたのです。……この世界を形なす四属性がいれば、助けることも可能だと……》
悔しそうに顔を歪めながら、シルフは唇を噛んだ
《結果は惨敗だ。我らの力を持ってしても、星喰みとの戦いで傷ついたものを、治すことが出来なかった……》
イフリートはその大きな手を握りしめる
悔しいのは、精霊も同じなのだ
彼らもまた、人としてまだ生きていて欲しいと願っていた
「…………星………シリウスたちなら………!」
ユーリはハッとして顔を上げながら、そこに一縷の希望を持った目で問いかける
だが、アリシアはそれに何も答えなかった
代わりに、自身が持っている宝剣の柄に左手を乗せた
すると、薄らと宝剣が光を帯びた
『……出来ていれば、とっくにやっているさ……』
諦めの混じったシリウスの声が部屋に響く
「…お前さんたちでも、ダメだったってわけね……」
腰に隠した短刀を握りしめながら、レイヴンは奥歯を強く噛む
『…僕ら、色々やったよ……でも、でも………っ。星喰みの最後の攻撃が、呪いみたいに巣くってて……っ!!もう、もう……っ、レグルスに頼るしか……っ』
鼻を啜りながらリゲルは言葉を繋ぐ
「待ってください。今……レグルスって言いましたよね……?」
エステルは聞こえてきた単語に待ったをかける
『レグルス』…それは、初代星暦の当主の名だ
『この世界のどこかに、彼に繋がる扉がある筈です。……彼は死した今でも尚、自身の子孫とこの世界を見守っています』
『ですが、彼はそこから出ることが出来ません。私たちに話しかけくることはありますが、そこから外に出てしまえば、それは世界の真理を変えてしまう自体になりかねないのです』
アリオトとペテルギウスは普段通りに、だが悲しみを帯びた声で言う
「なら……そいつに、何処にいんのか聞ければ」
「駄目だよ。……レグルスがいる空間はいつも漂ってる。…何処に繋がるかは彼にも分からない……私にも、星たちにも………わからない」
ユーリの言葉を、アリシアはバッサリと切った
そんな考えは、アリシア本人も既に考え、そして実行していた
レグルス本人も彼女を助けたいと強く願っていた
だが、閉鎖されいつ何処に繋がる扉が現れるかわからない
いくら探しても、扉は見つからなかったのだ
「イフリートの歪みを使って行くことは出来ないのかしら?」
ジュディスはそう提案する
だが、イフリートは首を横に振った
《あの歪みはレグルスには繋がらない。……あれとは、別の空間に彼はいるのだ》
「それじゃ……どうすれば………」
ガックリと肩を落としてカロルは俯く
たった一つの希望の光が目の前にあるのに、その光は手が届かない程遠い
「………この子の身体、後どのくらい持つの?」
リタは精霊たちではなく、ここからは見えない空に向かって語りかけた
『………半年……持つか持たないか……だな』
「……半年……ね。なら、半年経つ前に見つければいいわけでしょ」
目元に溜まった涙を拭いながらリタは言う
「探すって……何処に現れるかもわからないのに、どう探すのさ……」
『探す』……言葉で言うのは簡単だが、いざそうするとなると、少々無理がある
「じゃの………それに、シア姐はもう探したのじゃろ…?」
しょんぼりとしながらパティが問い掛けると、アリシアは目を伏せた
見つけるなど不可能……誰もが、そう思っていた
「…はぁ、こんなやつらが世界救ったとか、あたしには想像できないわ」
挑発するように、大きくため息をつきながらリタは言う
「……なんだと?」
いつもよりも低い声でユーリがリタを見た
「大体、世界救うとか言って無我夢中で突っ走ってたあんたが何よ?見つかる可能性が低いからって諦めるわけ?半年前のあんたなら、見つかるまで諦めるわけないじゃない!エステルに生きるのを諦めるなって怒ったのはどこの誰よ!!あたしたちに諦めるなって怒ったのはどこの誰よ!!!あんだけあたしらに偉っそうに言ってたんだから、あんたが真っ先に諦めてんじゃないわよ!!」
ユーリの方へ体を向けたリタは、半分睨み気味に怒鳴る
自分たちにあれだけ説教をしてきていた彼が簡単に諦めたことが、彼女には納得がいかなかったのだ
「んな……っ!諦めてなんて…」
「じゃあ死ぬ気で探しなさいよっ!!」
「……無茶苦茶言ってるよ………」
反論しようとしたユーリに、リタは更に言葉を重ねた
「…………あはは……リタらしいなぁ」
クスリとアリシアが久しぶりに笑った
先程までの絶望したような瞳にはそこにはなく、何処か希望を見つけたような光を持っていた
「…うん、そうだね。やってみなきゃわかんないよね。……諦めなきゃ、なんとかなることだって、今まで何度もあったもんね」
リタを見た瞳には、もう迷いは映っていなかった
いつもと同じ、何処か自信ありげな表情を浮かべながら、アリシアは微笑む
「ふふ、そうね。二人の言う通りだわ。やってもいないのに諦めるなんて、私たちらしくないわ」
「そうねぇ…おっさんも簡単に諦めんなって怒られた側だし、まだ何も努力してないからねぇ。やってやんわよ」
「……うん、リタの言う通りだよね。ボクら、今まで簡単に諦めて来なかった。きっと見つけられるよね!」
「……ええ、そうですね。アリシアだって、ずっと諦めないで私と一緒に居られる方法を探してくれてました。今度は私の番、ですね」
「諦めなければなんだって出来る。みんなで力を合わせれば不可能はないのじゃ!」
そう言った彼らの顔からも悲しみと諦めは消え去っていた
いつもと同じ、自信に満ちた顔をしてアリシアを見つめる
「…………全く、一番落ち込んでいたのにもう元気になったのかい?」
ふっと表情を緩めてフレンは幼なじみを見つめる
誰よりも大切で、本当は自分の腕の中に閉じ込めたかった幼なじみ……
それでも、彼女を諦めたのは、もう一人の幼なじみならば心配いらないと感じていたからだった
「ユーリ、君はいつまでそうやって塞ぎ込んでいるつもりだい?」
彼女の髪に顔を埋めている幼なじみに、フレンは咎めるように問いただす
「いつまでもそうしているのなら、僕がアリシアを貰うけど、それでもいいかい?」
挑発するように、フレンはニヤッといたずらっぽい笑みを浮かべる
「……誰がお前に渡すかっての」
ゆっくりと顔を上げた彼の顔にも、諦めたような雰囲気は消えていた
「シアは丸ごとオレのもんだっての。誰にもくれてやんねぇよ」
ニヤリといつもの不敵な笑みを浮かべて、ユーリはフレンを見た
「はいはい、イチャつくのはあたしらの居ないとこにして、さっさと始めるわよ」
パンパンっと手を叩いて、リタが静止する
「うーん、でも、何処から探す?」
困ったようにカロルが口を開く
一重に探すと言っても、世界は広い
どこを探せばいいかなど、わからない
「……レグルス様、聞いているのでしょ?」
アリシアは軽く目を閉じながら話しかける
『………諦めを知らぬ者たち……か。ふっ、いい友をもったのだな』
初めて聞えてきたその声に、誰もが困惑した
威厳があり、威圧的で……だが、何処か優しさの混じった声
「ええ、とっても優しい仲間たちです」
誇らしげに言ったアリシアに、レグルスは喉を鳴らして笑った
『そのようだな。…次に何か見えたら、また語りかけよう』
「えっと………どういうことです……?」
わけがわからないというような顔でエステルは首を傾げた
「たまに、扉が繋がった時外の景色が見えるんだって。……手掛かりって言ったら、そのくらいかな」
アリシアがそう言って苦笑いすると、レイヴンは無言で扉の方へと向かった
「あれ?レイヴン!どこ行くの?」
「ん?いやぁ、ただその情報待ってるだけじゃ、いつ見つかるかわからんでしょ?闇雲でも探すのに越したことはないでしょ」
顔だけをこちらに向けると、彼はへらっと笑った
「それもそうだけれど、どうやって連絡を撮るつもりかしら?」
そう言ってジュディスが首を傾げる
「アリシア、精霊に手伝って貰うことは出来ないのですか?」
「んー……どうだろ。一応聞いてはみるよ」
アリシアはそう答えると、ユーリの腕を退かして大きな窓の方へと向かった
《私が彼について行きましょう。元首殿は彼女の元に居てください》
《うむ。それがよかろう。頼んだぞ、シフルよ》
「よろしく頼むわ。じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
レイヴンはそう言ってシルフを連れて出て行った
「そう言えば、ウンディーネとノームはどうしたのよ?」
ここにいない二体の名を呼びながら、リタが首を傾げた
アリシアのことを一番に気にかけていたウンディーネがいないのは少々気がかりだったのだ
《うむ…ノームの方は昔に見たことのある場所を手当たり次第に見て回っているようだが……ウンディーネは何処へ行ったかわからぬのだ》
そう言ってイフリートは腕を組んだ
「ウンディーネなら、今朝来たよ。……『覚悟は出来ましたか?』って、聞きに」
「なんか…シア姐がそうなるのを望んでるような言い方じゃのう……」
難しい顔をしてパティは呟いた
あのウンディーネがそんなことを言うなど、誰も考えていなかった
《有り得ぬ話しではないな。彼女の姫に対する感情は、始祖の隷長と星暦という関係以上のものだ》
「それは…どういうことですか?」
《うむ……人間で例えるならば、親子のような感情だろう。彼女は、姫を自分の娘のように案じていた。要は……すぐに無茶をする姫を、手元に置いておきたいのだよ。そう思っていたとしてもおかしくない程に、彼女の姫への愛情は歪んでいる》
「…ウンディーネが、敵かもしれねぇわけだな」
若干不服そうに顔を歪めながら、ユーリは呟いた
「仮にそうだとしたら、海の中に扉が開いてしまったら、手の出し用がないわね……」
「……大丈夫、そこはなんとかなるよ」
ユーリたちの元に戻りながら、アリシアが答えた
「そっちはどうだった??」
「ん、私が束ねる者にならないのは残念がってたけど、私のためならって協力してくれるって」
少し苦笑いしながらも、何処か嬉しそうに答えた
「それじゃ、ユーリとアリシア、それにエステル以外に一体ずつついてもらいましょ」
「エステルとシアはわかるが、なんでオレも?」
「あら、あなた、アリシアを一人にする気かしら?」
妖しく笑いながらジュディスは二人を交互に見た
その意図に気づいたのか、ユーリは小さくあぁ、と呟いた
「……なるほど、ユーリはアリシアと一緒に行動、ということだね」
何処か恨み混じりにフレンはユーリを見た
「えぇ……私、単独行動駄目なの?」
『ものすごく当たり前なこというよね…アリシアが一人になったら、何するかわかんないし、森の中で倒れたりしたらどーすんの!』
『そーそ!アリシア動くなって言うこと聞けないもんね〜今一人になられたら僕らの寿命も縮みそうだよ!』
ブーブーと文句を言いながら、カストロとポルックスは言葉を繋ぐ
「…アリシアなら、やりそう……」
「否定出来ないわね…この子、ユーリよりもお転婆だもの」
「………あのさぁ、私のイメージ酷くない?!」
散々な言われ用にアリシアはため息混じりに怒鳴る
すっかりいつも通りになった彼女を、嬉しそうに微笑みながらみんなは見つめた
「それで、何故黙っていたのかしら?」
最初にした質問の答えを、ジュディスは促した
「……言ったら、みんな悲しむじゃん。そんな顔………見たくなかったの」
気まづそうに苦笑いしながら彼女は答えた
「あら、言ってくれなかったらもっと悲しんでいたわよ?」
冗談交じりにジュディスは言うが、本気にしたアリシアはごめん…と小さく呟いた
「さ、あんたらも行った行った!」
リタがそう声を張ると、精霊が一人一人について行く
「アリシアとユーリは、レグルスの連絡がきたらそこへ向かって」
そう言いながら彼女は二人を見た
二人が頷くと、リタも部屋から出て行った
「大丈夫、絶対に見つかるさ」
「………うん」
二人きりになると、先程まで笑顔だった彼女の顔から、その笑顔が消えた
同時に不安と悲しみに満ちた表情を浮かべた
そんな彼女の肩をユーリはそっと寄せる
アリシアはそれに逆らおうとはせずに、ユーリの体に体重をかけた
「…大丈夫、大丈夫だから。…何があっても、一人にはさせねぇよ」
コツンと、アリシアの頭に自身の頭を乗せながら、そっと肩を擦る
「………うん」
彼女の胸の前で握りしめられた左手は微かに震えていた
「……ユーリ……」
「ん?」
「…おかしいんだ……」
「何がだ?」
「私……諦めてたはずなのに……怖く、なっちゃった……」
半分泣きそうな声でアリシアは言う
諦めていたはずだった
だが、リタの言葉を聞いて諦めるのが馬鹿らしくなってしまったのだった
そして、同時に人としての『死』に恐怖を抱いた
「怖いのが普通だろ?誰だって、死ぬのは怖いさ。……オレだって、シアが死ぬのは怖いよ」
彼女の肩を抱いた手に自然と力が入っていた
「……ユーリ」
「どうした?」
「………手、離さないで欲しい」
「ふっ……バーカ、離すわけねぇだろ?…お前は誰にも渡さねぇよ。何があっても、絶対にな」
ニヤリと笑いながら、ユーリはアリシアを見下ろす
彼女は嬉しそうに微笑みながら、ユーリを見上げた
愛おしげに彼女を見つめると、その頬に唇を落とした
「とりあえず、帰ろうぜ」
「ん、帰ろっか。…帰ったらユーリの作ったご飯食べたいな」
「お安い御用で」
優しく微笑むと、肩を抱いていた手でアリシアの胸の前で握られた手を取り、恋人繋ぎにして二人並んで帰路についた
そんな二人の背を、ウンディーネは密かに見つめていた
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