第3部〜星喰みの帰還と星暦の使命〜
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精霊:イフリート
「輝ける森エレアルーミン、世界の根たるレレウィーゼ……」
「聞いたこともない地名だよ」
ウンディーネに教えて貰った地名にエステルとカロルは首を傾げた
「どこかに見えんかのー」
パティは船の先端に立って双眼鏡を除きながら辺りを見回す
「見てわかれば苦労はしないだろうねえ」
どこか他人事のように苦笑いしてレイヴンが言った
「ねぇ、アリシアはわからないの?」
クルっと私の方を向きながらカロルが聞いてくる
「エレアルーミンはわからないけど……レレウィーゼなら、前に行ったことあるからわかるよ」
「じゃあレレウィーゼにはアリシアに場所を聞けばいいね!」
何処か嬉しそうにカロルが言う
バウルならエレアルーミンの場所も知ってるだろうけど…
「バウルは知ってるみたいよ。ただ……」
ジュディスはそこで言葉を切った
不思議そうにユーリは首を傾げる
「教えるのを躊躇ってる」
「…それが普通だよ。始祖の隷長の聖核から精霊は産まれるんだもん。…仲間を危険に晒したくないって思うのが普通だよ」
そう言いながらバウルを見上げた
声が聞こえなくてもわかるくらいに、寂しそうな雰囲気が出ていた
「でもね、バウル。このままだって世界は滅んじゃう。…もちもん、だからと言って誰かを犠牲にしないといけないなんて思ってないよ」
「だな。オレらは一方的に始祖の隷長から聖核を奪う真似はしない」
「お願いします。バウル」
私も後に続いてユーリとエステルも頭を下げた
少しの間があって、バウルがジュディスに語りかける
生憎、私はジュディスみたいに横から会話にはいれないんだけど…
「……エレアルーミンはトルビキア大陸の北東部、だそうよ」
「ありがとう、バウル」
バウルに向かってエステルは微笑みかける
トルビキア大陸北東部と聞いて、リタは少し顔を顰めた
どうやら最近になって結晶の大地が出てきたらしい
……それって、まさか…………
いや、でもまだ『彼』とは限らないし……
そんなこと考えてると、どこから回ろうかと言う話になっていた
「……ねぇみんな。最初にフェローのとこに行きたいんだけど、いいかな?」
話し合いをしているみんなにそう問いかけた
「あ、そうだよね…フェロー、ボクらが入れるように注意を引き付けてくれてたんだもんね」
私の言葉に納得したようにカロルが頷く
「んー、でもねぇ…奴さん、大人しく会ってくれるかね?」
「平気だよ。私いるんだもん」
頭の後ろで手を組んだレイヴンにそう声をかける
「それじゃ、フェローの岩場に行きましょ。ここから一番近いし、ね?」
ジュディスはそう言ってバウルを砂漠の方へ向けてくれた
フェロー…無事でいてくれればいいんだけど…
フェローの岩場の近くまで来て目を疑った
「フェロー…!!」
半分悲鳴に近い声で彼の名を呼んだ
傷だらけでボロボロになりながらも、彼は空を飛び続けていた
「なんであんなに傷だらけなのに飛び続けてるの…!?」
「…聖核を取られないように、必死なんだよ」
ぎゅっと左腕を右腕で掴む
フェローに無理をさせてしまった……
どんな理由があっても彼に傷を負わせたのは私のせいだ
「あ、降りていくよ」
「なんだか……呼んでいるようです」
「行こう」
ユーリがそう言うと、ジュディスはバウルを岩場に止めてくれた
真っ先に船から飛び降りてフェローに駆け寄った
「フェロー……フェロー…っ!しっかりして…っ!!」
彼の頬に手を当てながら泣きそうになるのを堪えて声をかける
「ごめん……ごめんね……っ!私たちのために……ごめんね……止められなかった……っ!」
《……姫のせいではない…………これは我の力不足だ………世界の命運は決し、我らはその務めを果たせずに終わる。それだけが無念だ……》
「長年頑張ってきた割りには諦めが早いんだな。悪いけど、まだ終わっちゃいないぜ」
どこか挑発的にユーリはフェローに声をかける
が、彼はその挑発に乗るだけの力も残っていないようだった
《ザウデが失われ星喰みは帰還した。人間も我らも昔日の力はない。これ以上、何ができよう。……姫の力無くしては、この世界は救われぬ。だが、それは姫の死を表すのだぞ?まさかとは思うが、お主らはこの期に及んで姫に死ねとでも言うのか?》
でも、限りなく力強い声でフェローは問いただす
……私のことを、誰よりも心配してくれるのは昔から変わらないんだね……
「それ以外にまだ望みがあります!まだ新しい力があるんです!」
エステルは諦めかけているフェローに力強く声をかける
「あんたに精霊に……エアルをもっと制御できる存在に転生して欲しいの」
それにわかりやすいように、リタが説明を付け加える
「そのために………フェローの聖核を預けて欲しい。……命を寄越せって言ってることに変わりがないのはわかってる……わかってる、けど……」
《…………心で世界は救えぬが世界を救いたいという心を持たねば、また救うことは叶わぬ…か…どの道もうすぐ果てる命だ……姫の………そなたらの好きにするがいい………》
フェローはそう言い残して聖核だけを残した
「……フェロー…………」
その聖核をそっと胸の前で抱きしめた
薄らと目元に涙が溜まった
きっと泣くなって怒られるんだろうけど…
けど、泣かない方が無理だろう
「…………アリシア………」
「…………………始めよう」
服の袖で目元を拭ってから、ゆっくり振り返る
カロルやエステルは少し寂しそうに顔を歪めていた
「いいのか?」
「ん……あんまり躊躇ってると、フェローに怒られちゃいそうだし」
そう言って聖核をエステルに手渡した
「……精霊になっても手を貸してくれなかったり…なんてことない?」
頭の後ろで手を組みながらレイヴンが複雑そうに顔を歪める
「大丈夫よ。彼も世界を愛しているもの。きっと手助けしてくれるわ」
「だね」
ニコリと微笑みながら言ったジュディスに私も微笑みながら頷いた
フェローなら、きっと……
「じゃあ、始めるわよ」
リタの掛け声にみんなと顔を見合わせて力強く頷いた
ゴゥと音を立てて火柱が立ち上がった
その中心に精霊化したフェローの姿がある
「やった!」
嬉しそうにリタが声を上げた
「うわうわ、火だ、火が」
彼の一番傍にいたレイヴンにその火が燃え移り掛けたらしく、慌ててその場所から離れるのを苦笑いしながら見つめた
《おお……無尽蔵の活力を感じる》
そう言って彼は更に火の勢いを強めた
「よかった、成功して」
そう言いながら少しだけ痛む脇腹を抑えた
大丈夫……まだ動けないほどじゃない
《お久しゅう、盟主どの。転生、お祝い申し上げます》
現れたウンディーネが懐かしそうに微笑みながら彼に話かけた
《その気配は……ベリウス?そうか、そなたも……》
精霊化しても気配だけは変わらないようで、フェローは直ぐに気がついた
《水を統べるようになった今はウンディーネと呼ばれております》
《在りようを変えし今、我もまた新たな名を求めねばな。姫よ、我に新たな名を与えてくれぬか?》
ゆっくりと私の方を見ながら、フェローは問いかけてくる
「…灼熱の君……イフリート」
初代様が四大精霊に付けようとしていた名を迷わずに言う
新しい名に彼は満足そうに微笑む
《世界と深く結びついた今、全てが新しく視える。この死に絶えた荒野でさえ力に満ち溢れている。はははは、愉快だ》
とても楽しそうに笑うと空に向かって飛んで行ってしまった
始祖の隷長として生きていた時よりも色々な事が見えて楽しいのだろう
「ちょっ、飛んで行っちゃった!」
「おーい、何処へ行くのじゃあ」
《案ずるな。我らはそなたらと結びついておる。どこであろうと共に在るのじゃ。始祖の隷長と満月の子、そして星暦が精霊を生み出す。……まこと自然の摂理は深遠なものじゃな》
心配そうに空を見上げたカロルとパティを窘めるように言いながら、後半は自分自身に言い聞かせるかのように彼女は呟いた
「なんつーか、精霊になる前と後で随分とノリ違うもんねえ」
頭の後ろで手を組みながらレイヴンは半分呆れたように言った
「きっと価値観がまるっきり変わるのよ。魚が鳥に変わるどころじゃなくね」
「あの方が健全でいいじゃねぇか、世界を憂う賢人然としてるより、さ」
リタとユーリは何処か嬉しげな声色でそう言った
確かに二人の言う通りかもしれない
《それはそうと……姫、そんなに力を使って平気なのであろうか?》
みんなの話に区切りがついたと感じ取ったのか、頃合を測ったかのようにウンディーネが私に話題を振った
「もう……ウンディーネまで……私は平気だって」
苦笑いしながら彼女を見つめて肩を竦めた
心配されていることは分かってるけど、流石にみんな過保護過ぎると思うんだ
……いや、彼女はもしかしたら気づいているのかもしれない
《本当にそうであろうか?》
『平気』、いつもはそう言えば引き下がる彼女が、何故か今回はそうとはいかなかった
まさかの返しに、思わず眉をひそめた
「……なんで、そう思うの?」
少しの間を空けて聞き返す
これはもう、完全にバレてるか……
《先程から星たちがそなたに話しかけて来ないではないか。もうそろそろ日も暮れるというのに。……口煩いほどに毎日心配されると言っておったのは、姫ではないか》
もっともな彼女の発言に返す言葉が見当たらなかった
確かに彼女には何度かそんな相談をした時期があった
心配され過ぎるのも考えものだと愚痴を零したのもつい最近のような気がする
「おい、シア。どうなんだよ?」
彼女の問いに返せないでいると、少し怒ったような声色でユーリが問いかけてくる
…いや、問いかけと言うよりかは、『言え』っていう命令の方が正しいか
「…ウンディーネ、それって分かっててわざと言ってる?」
大きくため息をつきながら彼女に問い返す
すると、彼女はあっさりと首を縦に振った
《分かっているからこそ問うたのじゃ》
悪びれる様子もなく、彼女はただ寂しそうに顔を歪めた
「え?え??どうゆうこと???」
わけがわからないとカロルとパティ、エステルは首を傾げた
むしろウンディーネの答えでわからなかったのはこの三人だけで、後のメンバーは薄々ながら気づいてしまったようだ
あからさまに不機嫌そうにユーリは顔を顰めて私を見てるし、レイヴンはありえないと言いたげにいつになく真剣な面持ちだし、ジュディスもまた不機嫌そうに顔を歪めてるし、リタに至っては怒鳴るまで秒読みと言った様子だ
「アリシア……あんた、まさか!!」
最初に声を上げたのは案の定リタだった
「……別に無理はしてないよ。普通に歩けるし、剣だって振るえるし。普通に行動する分には問題ないよ?」
半分おどけて笑いながらみんなを見た
私の答えでようやく理解したらしいエステルたちも、まさかと言いたげに目を見開いて私を見つめてきた
「そんな無理に笑おうとした引き攣った顔で言われても、説得力ねえよ」
ユーリにそう言われて、初めてちゃんと笑えていないんだと言うことに気がついた
「…………おかしいな?私は笑ってるつもりなんだけどなぁ」
そう言ってケラケラと笑うと、あからさまにみんなの表情が暗くなった
「あなた……わかっているの?」
咎めるようにジュディスはたった一言そう言った
「だから、無理はしてないよ?精霊化終わる前に倒れでもしたらシャレにならないし、ザウデの加護が無くなった今、倒れてる暇なんてないもん。……自分が魔導器とか使わないで動けるだけのギリギリのラインでの無理は多少しても、全く動けなくなるほどの無茶はしないよ」
「アリシアちゃん……それ、遠回しに無理しますよって宣言してるわよ?」
至って真面目に答えたつもりだったけど、レイヴンに痛い所を付かれてしまった
「ありゃ?バレちゃった??」
「バレちゃった?じゃないよ…!無理は絶対にダメだって!!」
半分泣きそうな声でカロルが叫んだ
その顔には頼むから辞めてくれという意思が包み隠されることなく全面的に浮かんでいた
「そうなのじゃ…!シア姐が倒れでもしたら、みんな悲しむのじゃ!ユーリとリタ姐なんて、世界のこと放ったらかしでシア姐に付き添ってしまうぞ!!」
カロル同様パティも泣きそうな表情で私を見つめてくるが、なんか少し論点が違う気がする……
いや確かに心配するのはわかるし、ユーリとリタがそうなりそうなことも分かるけど……
「……そうは言うけど、さ?精霊化するのには絶対に力は使わないといけないんだよ?…それに………始祖の隷長を倒せるのは私の使う術だけだよ?残りの二体に精霊になって貰うには、少なからず力を使わないといけない。多かれ少なかれ、それは決定事項だよ」
「…あんたに頼らなくても、始祖の隷長を倒すことくらい……!」
「出来なくはないだろうけど、とてつもなく時間がかかるから私は言ってるの。現に暴走したベリウスの時がそうだったでしょ??」
反論しようとしたリタにそう言えば、いよいよみんな黙り込んでしまった
何かを言おうと口を開こうとしては閉じて……
そんな状態で、誰も言葉が出ずにいた
「……心配して言ってくれてることは理解してるよ。でも、その上で私は力を使うことを決めてる。これは私が……私たち『星暦』が成さなきゃいけない使命なんだ」
しばらく続いた沈黙を破ったのは紛れもなく私自身だ
湿っぽいのも暗いのも性に合わない
私だけじゃなくて、ここにいる全員がそうだと思う
……笑っていて欲しい
出来ればみんなには、この先どんなことがあっても笑っていて欲しい
……………例え、私が居なくなっても
「……………………いつまで背負うつもりなんだよ、シアは」
苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら、ゆっくりとユーリが口を開いた
「いつまで、星暦だからだの、使命だからだのって、一人で背負い込むつもりだよ」
悔しそうで寂しそうで、いい加減頼れと言いたげに顔を歪めて彼は私を見つめた
そんな顔、させたいわけじゃなかったのに……
見つめ返すことが出来なくて視線を反らせた
「……おかしいぁ……これでももう充分頼ってるつもりなんだけどな??」
視線を反らせたまま苦笑いして首を傾げると、ユーリがいよいよ泣きそうな顔をしたのが視界の隅に映った
泣かせたいわけじゃないに、なんて思いながら、けどやっぱりそんな顔見たくなくて……見たら覚悟が揺らぎそうで、視線を戻せなかった
泣きそうな顔をしてるのは誰もが同じで、みんなが寂しそうな顔をしていた
わかってる、自分の選択が人を、みんなを悲しませることくらい
ここに居ない幼馴染もきっと同じ顔をして、怒るはずだ
でも、怒りたくても私が決めたことを否定できなくて、ユーリみたいに泣きそうな顔をしてただただ黙ることしか出来なくなるんだろうなあ
「…別にさ、私は死に急いでるわけじゃないし、命捨てようとしてる訳でもないよ?ただ、必要だから、必要な時に力を使ってるだけだもん。……大丈夫、必要な時以外絶対に使わないって誓うからさ。……だから」
『そんな顔しないで?』
そう言って目を細めた私は、果たして上手く笑えているんだろうか?
これでも精一杯笑ってるつもりなんだ
落ち込んだ空気なんてかき消したいんだ
このメンバーにそんな空気は似合わない
「……約束、ですよ?」
再び訪れた沈黙を破ったのはエステルだった
ゆっくり目を開けて彼女を見ると、まだ寂しそうな色は残っていたものの、少しだけ普段と同じ表情で私を見つめていた
「絶対、絶対に、約束ですよ…?体調が悪くなったら、直ぐに言ってくださいね?絶対ですよ…っ!?」
段々と語尾が強くなっていきなが繋がれる言葉は、どうかお願いだからという気持ちが強く表れていた
「…約束するよ。絶対、言うよ」
そう言って彼女の傍に寄って頭を撫でた
涙を耐えようと、必死に唇を噛んでいたことには敢えて触れなかった
「言わなかったら……ペナルティ、だからね……っ!!」
薄らと涙の溜まった目元を拭いながらカロルはジッと見つめてくる
「了解、首領。ちゃんと守るよ」
そう言って今度はカロルの頭を撫でた
そうしていると、不意にパティが後ろから抱きついてきて、珍しいことにリタが前から抱きついてきた
どうしたものかと唖然としていると、私の肩に顔を埋めるようにジュディスが引っ付いてきていよいよ思考が停止した
…いや、何この状況……
十中八九悪いのが私だってことは理解できるんだけど……
「…………シア姐…………絶対絶対、無理はダメなのじゃ………」
後ろから抱きついてきていたパティの体が少し震えているのに気づいたのは、か細い声が聞こえてからだった
泣くのを我慢していたエステルとカロルと違って、ほんの少し耐えきれなかったそれを見られないようにと、彼女は後ろから抱きついてきたんだろう
パティの震えに気づいてから数秒経って、今度はリタも震えていることに気がついた
全くと言っていい程にそんなものとは無縁だった彼女までがそんな状態で更に混乱しかけた
「……………………無理して、倒れたら………絶対………許さないんだから………っ!」
グスッと鼻を啜る音と共に聞こえた声はいつもの覇気がまるでなかった
年相応の声色に、ついに親友まで泣かせてしまったかと内心苦笑いした
「…………そうね…………不義には罰を………だもの、ね…」
初めて聞くようなジュディスの寂しそうな声にも混乱した
まさか彼女までこうなるとは予想していなかった
「……ちょっとはわかったんでないの?どんだけ周りから大切にされてるのかを、ね」
驚きの連続で混乱していた思考を引き戻したのはレイヴンの言葉だった
普段弱音を見せない仲間たちがこうなるほどに、自分が大切に思われていたことに気付くまでに数秒かかった
「…おっさんだって、これでも心配してんのよ?」
そう言われてレイヴンの顔をしっかり見れば、彼も今にも泣きだしそうな顔で笑っていた
「アリシアちゃんは辛気臭いの嫌なんでしょ?だから、おっさんは気づいても変に口出さないけど……でもね、それでも心配なのよ。おっさんがこんなんな分、嬢ちゃんたちが全身使って心配だって表現してるんだから、無理しないで頂戴よ」
いつもみたいにおどけて笑おうとした彼の顔はやはり寂しそうで泣きそうだった
いつの間にか、エステルとカロルも引っ付いてきていて全く身動きが取れなくなっていた
「……ごめんね」
たった一言そう言って、抱きついてきている面々を見た
生憎真後ろのパティを見ることは出来ないけど、それでもみんなが泣くのを堪えて、震えていることだけは理解出来た
「…ほーら!それじゃアリシアちゃんがいつまでも動けないわよっ!嬢ちゃんもリタっちもパティちゃんもジュディスちゃんも、カロルくんも、先に船に戻りましょ」
レイヴンが手を叩きながらそう声をかけた
パンパンッと乾いた音が辺りに響き渡った
渋々といった様子でみんなは離れて船へと戻って行った
「……時間かけていいから、ちゃんと青年と話つけてあげなさいね?」
レイヴンが去り際に内緒話するかのように小声で言って行った
この場に残ったのは、私と……ユーリとラピードだけ
ウンディーネはいつの間にか姿を消していた
「………ユーリ」
私が名前を呼ぶと彼は一気に距離を縮めて、痛いくらいに抱き締めてきた
「ユーリ」
もう一度名前を呼んで彼の背に手を回して抱きつくと、少しだけユーリの腕が強ばった
ノードポリカでは気の所為だと決めつけていたユーリの震えを、また感じてしまった
これはもう……認めないといけないと苦笑した
……怯えているんだ、多分、ユーリも
「……………………よ………」
「ん…?」
ポツリと呟かれた言葉を聞き取れなくて、思わず首を傾げた
「……居なく………ならないで、くれよ………」
ギリギリ聞こえる程度の普段聞いたことの無いか細い声で、ユーリはそう言った
多分じゃないんだなと気付くのに、少し時間がかかった
完全に怯えているんだ、あのユーリが
大人になってから全くそういった雰囲気を出さなかったユーリが、隠そうともせずに不安と怯えを辺りに撒き散らしている
「……ごめん、ユーリ。そんな風に思わせたいわけじゃなかったんだ」
背に回していた手を動かして頭を撫でる
まともに手入れされていないはずの髪は、乙女なら誰もが羨みそうなほどサラサラとしていて、すぐに私の指の隙間から逃げていってしまう
『綺麗』だなんて言ったら怒られるけど、でも、本当に綺麗なんだ
「ねぇ、ユーリ」
身動ぎもせずにただ震えている身体を隠そうともするかのように抱き締めてくるユーリに声をかける
それでも、返事はない
「…ユーリ」
もう一度名前を呼ぶと、少しだけ彼の腕から力が抜けた
「ユーリ、私は確かに使命だの星暦だからだの言って無茶も無理もするよ。そのせいで死にかけたことだってあった。………でも、私、本気で死のうとなんて考えたことないし、そんなつもりで力使ったことはないよ?」
ユーリを落ち着かせるように、そして自分自身に聞かせるようにゆっくり言葉を繋ぐ
「…まあ、自暴自棄になってた時がなかった訳では無い。お兄様の時は、相打ちになってでもって思ったりもした。……多分、それだけ心に余裕がなかったんだって思う」
ピクリとほんの一瞬、ユーリの腕が反応した
「けど、今はそんなこと欠片も思ってないよ?」
そう言ってユーリの胸を軽く押し返して少しだけユーリを引き剥がす
ほんのりと赤くなっている瞳に、ついにユーリを泣かせてしまったかと申し訳なさが胸の中に広がった
見るなと言いたげにユーリは顔を逸らす
それでも、私は言葉を繋いだ
「だって、今はユーリに堂々と頼れるんだもん」
そう言えば少し驚いたように目を見開いて私の方に視線を戻した
「……一人で戦ってたあの時とは違う。今はユーリに……ううん、みんなに堂々頼れる。みんなが協力してくれる。……それに、ユーリが私の力を使わなくても、星喰みを倒す方法、見つけてくれるって言ってくれた。だからね、私は少し辛いことくらい耐えられるんだ」
自分で笑おうとするのとは違って、無意識に笑みが零れた
そう、今はもう一人じゃないんだ
それに気づくのに、一体どれだけの時間をかけているんだか……
私は愚か者か、なんて、心の中で格闘しながらユーリを見つめる
依然としてユーリは何も返してはくれないけど…
「心配しないで、なんてきっと無理だと思う。ユーリがほっとけない病発動させないくらいに無理だと思う。…けど、本当に大丈夫だから。本当に辛くなったらすぐに言うし、体調悪くなってもすぐに言う。力も必要な時しか絶対使わないって誓う。しばらくは戦いに参加するのも控えるよ。………だからユーリ、そろそろ笑ってよ?私、いつもの人を小馬鹿にしたようなユーリの笑顔、見たいな」
最後は半分強請るように言いながらユーリの額と自身の額を合わせた
体温の低いもの同士、だけれど、僅かにユーリの方が温かい
触れ合った箇所からユーリの熱がじんわりと広がっていく
「…………馬鹿野郎、頼んなら、もっとわかりやすくしろよ」
今まで無言だったユーリがようやく口を開いた
相変わらず泣きそうな声だったことに変わりはないが、それでも幾分かは良くなったと思う
私の頭の後ろを抑えるように手を当ててくる
「あはは、ごめんごめん。気をつけるよ」
そう言って軽く目を閉じれば、なんの躊躇もなくユーリは唇を重ねてきた
触れるだけだったけど、それでもいつもよりも長く感じた
離れてから目を開くと、少しぎごちない笑みを浮かべたユーリが見えた
「……ふふ、顔、引き攣ってるよ?」
クスリと笑うと、うっせえよ、と言いながら肩を竦めた
「……シア」
「ん、なあに?」
ぎゅっと再び抱きついてきたユーリの首元に腕を回し直す
「…もう少し、こうしてたい」
珍しく甘えるように私の首元に顔を埋めながらユーリは言った
微かにユーリの吐息が首に当たって擽ったい
「…いいよ、レイヴンが時間かかってもいいって言ってたし」
文句言われたらレイヴンのせいにしちゃえ、なんて敢えて言わなかったけど
おぅ、という呟きからなんとなく察してくれているんだろうなってことはわかった
「……………シア」
「んー?」
「……愛してる」
唐突な言葉に思考が一瞬止まった
「……………このタイミングでそれ言う?」
「バーカ、このタイミングだからこそ、だろ?……わかれよ、お前のこと手放したくねえこと」
少し恥ずかしげにそう言いながらユーリは頭を撫でてきた
私よりも大きな掌と長い指の感覚が心地いい
「……馬鹿、言わないでよ。折角決意したことが揺らぐじゃん」
「揺らいだってことは嫌だって思う気持ちがあるからだろ?オレはとんでもないことしでかしてくれる前にその決意とやらが粉砕してくれりゃいいと思ってるけどな」
先程までの落ち込んだ雰囲気なんて何処へいったのか、いつもの口調でユーリは言葉を繋いだ
「シア、いい加減諦めろよ。オレは何があってもお前を死なせるような選択はしねえ。これ以上無理無茶すんなら、それこそ嫌がられようがどっかに閉じ込めるかもしんねえ」
「わぁ………唐突な犯罪予告だね」
至って真剣に話していたユーリに少し茶化すように言う
それに反応するようにピクリと肩が動いた
「まぁ……そうならないように無理しないよ」
「……おう、そうしてくれ」
あまり納得はしていなさそうな声で、ユーリはたった一言そう言った
「ユーリ、もう少ししたら戻ろっか?」
「…………おう」
問い掛けに肯定したユーリは抱き締めてくる腕により力を入れた
少し痛いけど、でもそれだけ、手放したくないと思ってくれていることだけは理解出来る
…それに、気付きたくはなかった
やっぱりどうしても、揺らいでしまうから…
「(見つからない可能性の方が、高いし……)」
まだほんの少しだけ震えているユーリのことを抱きしめ返しながら心の中で謝る
自分を犠牲にする選択しか、私には出来ない
出来ない、というよりは、それしか方法を知らないんだけど……
まだ、そうなるって決まったわけじゃない
けど、そうなるかもしれない
……覚悟だけは、して置きたい
ごめんね、ユーリ……
許してとは言わない
むしろ恨んでくれたっていい
それでも……例え、そうなったとしても……
ユーリがこの世界で生きていてくれるなら、死んだって構わない
そう思うのは、今に始まったことじゃない
ユーリには生きてて欲しい
きっと私が居ないと嫌だとか言うんだろうけど…
それでも、生きていて欲しい
星が見えだした空で、何処か寂しそうに凛々の明星がキラリと光ったことに、この時は気づかなかった
「輝ける森エレアルーミン、世界の根たるレレウィーゼ……」
「聞いたこともない地名だよ」
ウンディーネに教えて貰った地名にエステルとカロルは首を傾げた
「どこかに見えんかのー」
パティは船の先端に立って双眼鏡を除きながら辺りを見回す
「見てわかれば苦労はしないだろうねえ」
どこか他人事のように苦笑いしてレイヴンが言った
「ねぇ、アリシアはわからないの?」
クルっと私の方を向きながらカロルが聞いてくる
「エレアルーミンはわからないけど……レレウィーゼなら、前に行ったことあるからわかるよ」
「じゃあレレウィーゼにはアリシアに場所を聞けばいいね!」
何処か嬉しそうにカロルが言う
バウルならエレアルーミンの場所も知ってるだろうけど…
「バウルは知ってるみたいよ。ただ……」
ジュディスはそこで言葉を切った
不思議そうにユーリは首を傾げる
「教えるのを躊躇ってる」
「…それが普通だよ。始祖の隷長の聖核から精霊は産まれるんだもん。…仲間を危険に晒したくないって思うのが普通だよ」
そう言いながらバウルを見上げた
声が聞こえなくてもわかるくらいに、寂しそうな雰囲気が出ていた
「でもね、バウル。このままだって世界は滅んじゃう。…もちもん、だからと言って誰かを犠牲にしないといけないなんて思ってないよ」
「だな。オレらは一方的に始祖の隷長から聖核を奪う真似はしない」
「お願いします。バウル」
私も後に続いてユーリとエステルも頭を下げた
少しの間があって、バウルがジュディスに語りかける
生憎、私はジュディスみたいに横から会話にはいれないんだけど…
「……エレアルーミンはトルビキア大陸の北東部、だそうよ」
「ありがとう、バウル」
バウルに向かってエステルは微笑みかける
トルビキア大陸北東部と聞いて、リタは少し顔を顰めた
どうやら最近になって結晶の大地が出てきたらしい
……それって、まさか…………
いや、でもまだ『彼』とは限らないし……
そんなこと考えてると、どこから回ろうかと言う話になっていた
「……ねぇみんな。最初にフェローのとこに行きたいんだけど、いいかな?」
話し合いをしているみんなにそう問いかけた
「あ、そうだよね…フェロー、ボクらが入れるように注意を引き付けてくれてたんだもんね」
私の言葉に納得したようにカロルが頷く
「んー、でもねぇ…奴さん、大人しく会ってくれるかね?」
「平気だよ。私いるんだもん」
頭の後ろで手を組んだレイヴンにそう声をかける
「それじゃ、フェローの岩場に行きましょ。ここから一番近いし、ね?」
ジュディスはそう言ってバウルを砂漠の方へ向けてくれた
フェロー…無事でいてくれればいいんだけど…
フェローの岩場の近くまで来て目を疑った
「フェロー…!!」
半分悲鳴に近い声で彼の名を呼んだ
傷だらけでボロボロになりながらも、彼は空を飛び続けていた
「なんであんなに傷だらけなのに飛び続けてるの…!?」
「…聖核を取られないように、必死なんだよ」
ぎゅっと左腕を右腕で掴む
フェローに無理をさせてしまった……
どんな理由があっても彼に傷を負わせたのは私のせいだ
「あ、降りていくよ」
「なんだか……呼んでいるようです」
「行こう」
ユーリがそう言うと、ジュディスはバウルを岩場に止めてくれた
真っ先に船から飛び降りてフェローに駆け寄った
「フェロー……フェロー…っ!しっかりして…っ!!」
彼の頬に手を当てながら泣きそうになるのを堪えて声をかける
「ごめん……ごめんね……っ!私たちのために……ごめんね……止められなかった……っ!」
《……姫のせいではない…………これは我の力不足だ………世界の命運は決し、我らはその務めを果たせずに終わる。それだけが無念だ……》
「長年頑張ってきた割りには諦めが早いんだな。悪いけど、まだ終わっちゃいないぜ」
どこか挑発的にユーリはフェローに声をかける
が、彼はその挑発に乗るだけの力も残っていないようだった
《ザウデが失われ星喰みは帰還した。人間も我らも昔日の力はない。これ以上、何ができよう。……姫の力無くしては、この世界は救われぬ。だが、それは姫の死を表すのだぞ?まさかとは思うが、お主らはこの期に及んで姫に死ねとでも言うのか?》
でも、限りなく力強い声でフェローは問いただす
……私のことを、誰よりも心配してくれるのは昔から変わらないんだね……
「それ以外にまだ望みがあります!まだ新しい力があるんです!」
エステルは諦めかけているフェローに力強く声をかける
「あんたに精霊に……エアルをもっと制御できる存在に転生して欲しいの」
それにわかりやすいように、リタが説明を付け加える
「そのために………フェローの聖核を預けて欲しい。……命を寄越せって言ってることに変わりがないのはわかってる……わかってる、けど……」
《…………心で世界は救えぬが世界を救いたいという心を持たねば、また救うことは叶わぬ…か…どの道もうすぐ果てる命だ……姫の………そなたらの好きにするがいい………》
フェローはそう言い残して聖核だけを残した
「……フェロー…………」
その聖核をそっと胸の前で抱きしめた
薄らと目元に涙が溜まった
きっと泣くなって怒られるんだろうけど…
けど、泣かない方が無理だろう
「…………アリシア………」
「…………………始めよう」
服の袖で目元を拭ってから、ゆっくり振り返る
カロルやエステルは少し寂しそうに顔を歪めていた
「いいのか?」
「ん……あんまり躊躇ってると、フェローに怒られちゃいそうだし」
そう言って聖核をエステルに手渡した
「……精霊になっても手を貸してくれなかったり…なんてことない?」
頭の後ろで手を組みながらレイヴンが複雑そうに顔を歪める
「大丈夫よ。彼も世界を愛しているもの。きっと手助けしてくれるわ」
「だね」
ニコリと微笑みながら言ったジュディスに私も微笑みながら頷いた
フェローなら、きっと……
「じゃあ、始めるわよ」
リタの掛け声にみんなと顔を見合わせて力強く頷いた
ゴゥと音を立てて火柱が立ち上がった
その中心に精霊化したフェローの姿がある
「やった!」
嬉しそうにリタが声を上げた
「うわうわ、火だ、火が」
彼の一番傍にいたレイヴンにその火が燃え移り掛けたらしく、慌ててその場所から離れるのを苦笑いしながら見つめた
《おお……無尽蔵の活力を感じる》
そう言って彼は更に火の勢いを強めた
「よかった、成功して」
そう言いながら少しだけ痛む脇腹を抑えた
大丈夫……まだ動けないほどじゃない
《お久しゅう、盟主どの。転生、お祝い申し上げます》
現れたウンディーネが懐かしそうに微笑みながら彼に話かけた
《その気配は……ベリウス?そうか、そなたも……》
精霊化しても気配だけは変わらないようで、フェローは直ぐに気がついた
《水を統べるようになった今はウンディーネと呼ばれております》
《在りようを変えし今、我もまた新たな名を求めねばな。姫よ、我に新たな名を与えてくれぬか?》
ゆっくりと私の方を見ながら、フェローは問いかけてくる
「…灼熱の君……イフリート」
初代様が四大精霊に付けようとしていた名を迷わずに言う
新しい名に彼は満足そうに微笑む
《世界と深く結びついた今、全てが新しく視える。この死に絶えた荒野でさえ力に満ち溢れている。はははは、愉快だ》
とても楽しそうに笑うと空に向かって飛んで行ってしまった
始祖の隷長として生きていた時よりも色々な事が見えて楽しいのだろう
「ちょっ、飛んで行っちゃった!」
「おーい、何処へ行くのじゃあ」
《案ずるな。我らはそなたらと結びついておる。どこであろうと共に在るのじゃ。始祖の隷長と満月の子、そして星暦が精霊を生み出す。……まこと自然の摂理は深遠なものじゃな》
心配そうに空を見上げたカロルとパティを窘めるように言いながら、後半は自分自身に言い聞かせるかのように彼女は呟いた
「なんつーか、精霊になる前と後で随分とノリ違うもんねえ」
頭の後ろで手を組みながらレイヴンは半分呆れたように言った
「きっと価値観がまるっきり変わるのよ。魚が鳥に変わるどころじゃなくね」
「あの方が健全でいいじゃねぇか、世界を憂う賢人然としてるより、さ」
リタとユーリは何処か嬉しげな声色でそう言った
確かに二人の言う通りかもしれない
《それはそうと……姫、そんなに力を使って平気なのであろうか?》
みんなの話に区切りがついたと感じ取ったのか、頃合を測ったかのようにウンディーネが私に話題を振った
「もう……ウンディーネまで……私は平気だって」
苦笑いしながら彼女を見つめて肩を竦めた
心配されていることは分かってるけど、流石にみんな過保護過ぎると思うんだ
……いや、彼女はもしかしたら気づいているのかもしれない
《本当にそうであろうか?》
『平気』、いつもはそう言えば引き下がる彼女が、何故か今回はそうとはいかなかった
まさかの返しに、思わず眉をひそめた
「……なんで、そう思うの?」
少しの間を空けて聞き返す
これはもう、完全にバレてるか……
《先程から星たちがそなたに話しかけて来ないではないか。もうそろそろ日も暮れるというのに。……口煩いほどに毎日心配されると言っておったのは、姫ではないか》
もっともな彼女の発言に返す言葉が見当たらなかった
確かに彼女には何度かそんな相談をした時期があった
心配され過ぎるのも考えものだと愚痴を零したのもつい最近のような気がする
「おい、シア。どうなんだよ?」
彼女の問いに返せないでいると、少し怒ったような声色でユーリが問いかけてくる
…いや、問いかけと言うよりかは、『言え』っていう命令の方が正しいか
「…ウンディーネ、それって分かっててわざと言ってる?」
大きくため息をつきながら彼女に問い返す
すると、彼女はあっさりと首を縦に振った
《分かっているからこそ問うたのじゃ》
悪びれる様子もなく、彼女はただ寂しそうに顔を歪めた
「え?え??どうゆうこと???」
わけがわからないとカロルとパティ、エステルは首を傾げた
むしろウンディーネの答えでわからなかったのはこの三人だけで、後のメンバーは薄々ながら気づいてしまったようだ
あからさまに不機嫌そうにユーリは顔を顰めて私を見てるし、レイヴンはありえないと言いたげにいつになく真剣な面持ちだし、ジュディスもまた不機嫌そうに顔を歪めてるし、リタに至っては怒鳴るまで秒読みと言った様子だ
「アリシア……あんた、まさか!!」
最初に声を上げたのは案の定リタだった
「……別に無理はしてないよ。普通に歩けるし、剣だって振るえるし。普通に行動する分には問題ないよ?」
半分おどけて笑いながらみんなを見た
私の答えでようやく理解したらしいエステルたちも、まさかと言いたげに目を見開いて私を見つめてきた
「そんな無理に笑おうとした引き攣った顔で言われても、説得力ねえよ」
ユーリにそう言われて、初めてちゃんと笑えていないんだと言うことに気がついた
「…………おかしいな?私は笑ってるつもりなんだけどなぁ」
そう言ってケラケラと笑うと、あからさまにみんなの表情が暗くなった
「あなた……わかっているの?」
咎めるようにジュディスはたった一言そう言った
「だから、無理はしてないよ?精霊化終わる前に倒れでもしたらシャレにならないし、ザウデの加護が無くなった今、倒れてる暇なんてないもん。……自分が魔導器とか使わないで動けるだけのギリギリのラインでの無理は多少しても、全く動けなくなるほどの無茶はしないよ」
「アリシアちゃん……それ、遠回しに無理しますよって宣言してるわよ?」
至って真面目に答えたつもりだったけど、レイヴンに痛い所を付かれてしまった
「ありゃ?バレちゃった??」
「バレちゃった?じゃないよ…!無理は絶対にダメだって!!」
半分泣きそうな声でカロルが叫んだ
その顔には頼むから辞めてくれという意思が包み隠されることなく全面的に浮かんでいた
「そうなのじゃ…!シア姐が倒れでもしたら、みんな悲しむのじゃ!ユーリとリタ姐なんて、世界のこと放ったらかしでシア姐に付き添ってしまうぞ!!」
カロル同様パティも泣きそうな表情で私を見つめてくるが、なんか少し論点が違う気がする……
いや確かに心配するのはわかるし、ユーリとリタがそうなりそうなことも分かるけど……
「……そうは言うけど、さ?精霊化するのには絶対に力は使わないといけないんだよ?…それに………始祖の隷長を倒せるのは私の使う術だけだよ?残りの二体に精霊になって貰うには、少なからず力を使わないといけない。多かれ少なかれ、それは決定事項だよ」
「…あんたに頼らなくても、始祖の隷長を倒すことくらい……!」
「出来なくはないだろうけど、とてつもなく時間がかかるから私は言ってるの。現に暴走したベリウスの時がそうだったでしょ??」
反論しようとしたリタにそう言えば、いよいよみんな黙り込んでしまった
何かを言おうと口を開こうとしては閉じて……
そんな状態で、誰も言葉が出ずにいた
「……心配して言ってくれてることは理解してるよ。でも、その上で私は力を使うことを決めてる。これは私が……私たち『星暦』が成さなきゃいけない使命なんだ」
しばらく続いた沈黙を破ったのは紛れもなく私自身だ
湿っぽいのも暗いのも性に合わない
私だけじゃなくて、ここにいる全員がそうだと思う
……笑っていて欲しい
出来ればみんなには、この先どんなことがあっても笑っていて欲しい
……………例え、私が居なくなっても
「……………………いつまで背負うつもりなんだよ、シアは」
苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら、ゆっくりとユーリが口を開いた
「いつまで、星暦だからだの、使命だからだのって、一人で背負い込むつもりだよ」
悔しそうで寂しそうで、いい加減頼れと言いたげに顔を歪めて彼は私を見つめた
そんな顔、させたいわけじゃなかったのに……
見つめ返すことが出来なくて視線を反らせた
「……おかしいぁ……これでももう充分頼ってるつもりなんだけどな??」
視線を反らせたまま苦笑いして首を傾げると、ユーリがいよいよ泣きそうな顔をしたのが視界の隅に映った
泣かせたいわけじゃないに、なんて思いながら、けどやっぱりそんな顔見たくなくて……見たら覚悟が揺らぎそうで、視線を戻せなかった
泣きそうな顔をしてるのは誰もが同じで、みんなが寂しそうな顔をしていた
わかってる、自分の選択が人を、みんなを悲しませることくらい
ここに居ない幼馴染もきっと同じ顔をして、怒るはずだ
でも、怒りたくても私が決めたことを否定できなくて、ユーリみたいに泣きそうな顔をしてただただ黙ることしか出来なくなるんだろうなあ
「…別にさ、私は死に急いでるわけじゃないし、命捨てようとしてる訳でもないよ?ただ、必要だから、必要な時に力を使ってるだけだもん。……大丈夫、必要な時以外絶対に使わないって誓うからさ。……だから」
『そんな顔しないで?』
そう言って目を細めた私は、果たして上手く笑えているんだろうか?
これでも精一杯笑ってるつもりなんだ
落ち込んだ空気なんてかき消したいんだ
このメンバーにそんな空気は似合わない
「……約束、ですよ?」
再び訪れた沈黙を破ったのはエステルだった
ゆっくり目を開けて彼女を見ると、まだ寂しそうな色は残っていたものの、少しだけ普段と同じ表情で私を見つめていた
「絶対、絶対に、約束ですよ…?体調が悪くなったら、直ぐに言ってくださいね?絶対ですよ…っ!?」
段々と語尾が強くなっていきなが繋がれる言葉は、どうかお願いだからという気持ちが強く表れていた
「…約束するよ。絶対、言うよ」
そう言って彼女の傍に寄って頭を撫でた
涙を耐えようと、必死に唇を噛んでいたことには敢えて触れなかった
「言わなかったら……ペナルティ、だからね……っ!!」
薄らと涙の溜まった目元を拭いながらカロルはジッと見つめてくる
「了解、首領。ちゃんと守るよ」
そう言って今度はカロルの頭を撫でた
そうしていると、不意にパティが後ろから抱きついてきて、珍しいことにリタが前から抱きついてきた
どうしたものかと唖然としていると、私の肩に顔を埋めるようにジュディスが引っ付いてきていよいよ思考が停止した
…いや、何この状況……
十中八九悪いのが私だってことは理解できるんだけど……
「…………シア姐…………絶対絶対、無理はダメなのじゃ………」
後ろから抱きついてきていたパティの体が少し震えているのに気づいたのは、か細い声が聞こえてからだった
泣くのを我慢していたエステルとカロルと違って、ほんの少し耐えきれなかったそれを見られないようにと、彼女は後ろから抱きついてきたんだろう
パティの震えに気づいてから数秒経って、今度はリタも震えていることに気がついた
全くと言っていい程にそんなものとは無縁だった彼女までがそんな状態で更に混乱しかけた
「……………………無理して、倒れたら………絶対………許さないんだから………っ!」
グスッと鼻を啜る音と共に聞こえた声はいつもの覇気がまるでなかった
年相応の声色に、ついに親友まで泣かせてしまったかと内心苦笑いした
「…………そうね…………不義には罰を………だもの、ね…」
初めて聞くようなジュディスの寂しそうな声にも混乱した
まさか彼女までこうなるとは予想していなかった
「……ちょっとはわかったんでないの?どんだけ周りから大切にされてるのかを、ね」
驚きの連続で混乱していた思考を引き戻したのはレイヴンの言葉だった
普段弱音を見せない仲間たちがこうなるほどに、自分が大切に思われていたことに気付くまでに数秒かかった
「…おっさんだって、これでも心配してんのよ?」
そう言われてレイヴンの顔をしっかり見れば、彼も今にも泣きだしそうな顔で笑っていた
「アリシアちゃんは辛気臭いの嫌なんでしょ?だから、おっさんは気づいても変に口出さないけど……でもね、それでも心配なのよ。おっさんがこんなんな分、嬢ちゃんたちが全身使って心配だって表現してるんだから、無理しないで頂戴よ」
いつもみたいにおどけて笑おうとした彼の顔はやはり寂しそうで泣きそうだった
いつの間にか、エステルとカロルも引っ付いてきていて全く身動きが取れなくなっていた
「……ごめんね」
たった一言そう言って、抱きついてきている面々を見た
生憎真後ろのパティを見ることは出来ないけど、それでもみんなが泣くのを堪えて、震えていることだけは理解出来た
「…ほーら!それじゃアリシアちゃんがいつまでも動けないわよっ!嬢ちゃんもリタっちもパティちゃんもジュディスちゃんも、カロルくんも、先に船に戻りましょ」
レイヴンが手を叩きながらそう声をかけた
パンパンッと乾いた音が辺りに響き渡った
渋々といった様子でみんなは離れて船へと戻って行った
「……時間かけていいから、ちゃんと青年と話つけてあげなさいね?」
レイヴンが去り際に内緒話するかのように小声で言って行った
この場に残ったのは、私と……ユーリとラピードだけ
ウンディーネはいつの間にか姿を消していた
「………ユーリ」
私が名前を呼ぶと彼は一気に距離を縮めて、痛いくらいに抱き締めてきた
「ユーリ」
もう一度名前を呼んで彼の背に手を回して抱きつくと、少しだけユーリの腕が強ばった
ノードポリカでは気の所為だと決めつけていたユーリの震えを、また感じてしまった
これはもう……認めないといけないと苦笑した
……怯えているんだ、多分、ユーリも
「……………………よ………」
「ん…?」
ポツリと呟かれた言葉を聞き取れなくて、思わず首を傾げた
「……居なく………ならないで、くれよ………」
ギリギリ聞こえる程度の普段聞いたことの無いか細い声で、ユーリはそう言った
多分じゃないんだなと気付くのに、少し時間がかかった
完全に怯えているんだ、あのユーリが
大人になってから全くそういった雰囲気を出さなかったユーリが、隠そうともせずに不安と怯えを辺りに撒き散らしている
「……ごめん、ユーリ。そんな風に思わせたいわけじゃなかったんだ」
背に回していた手を動かして頭を撫でる
まともに手入れされていないはずの髪は、乙女なら誰もが羨みそうなほどサラサラとしていて、すぐに私の指の隙間から逃げていってしまう
『綺麗』だなんて言ったら怒られるけど、でも、本当に綺麗なんだ
「ねぇ、ユーリ」
身動ぎもせずにただ震えている身体を隠そうともするかのように抱き締めてくるユーリに声をかける
それでも、返事はない
「…ユーリ」
もう一度名前を呼ぶと、少しだけ彼の腕から力が抜けた
「ユーリ、私は確かに使命だの星暦だからだの言って無茶も無理もするよ。そのせいで死にかけたことだってあった。………でも、私、本気で死のうとなんて考えたことないし、そんなつもりで力使ったことはないよ?」
ユーリを落ち着かせるように、そして自分自身に聞かせるようにゆっくり言葉を繋ぐ
「…まあ、自暴自棄になってた時がなかった訳では無い。お兄様の時は、相打ちになってでもって思ったりもした。……多分、それだけ心に余裕がなかったんだって思う」
ピクリとほんの一瞬、ユーリの腕が反応した
「けど、今はそんなこと欠片も思ってないよ?」
そう言ってユーリの胸を軽く押し返して少しだけユーリを引き剥がす
ほんのりと赤くなっている瞳に、ついにユーリを泣かせてしまったかと申し訳なさが胸の中に広がった
見るなと言いたげにユーリは顔を逸らす
それでも、私は言葉を繋いだ
「だって、今はユーリに堂々と頼れるんだもん」
そう言えば少し驚いたように目を見開いて私の方に視線を戻した
「……一人で戦ってたあの時とは違う。今はユーリに……ううん、みんなに堂々頼れる。みんなが協力してくれる。……それに、ユーリが私の力を使わなくても、星喰みを倒す方法、見つけてくれるって言ってくれた。だからね、私は少し辛いことくらい耐えられるんだ」
自分で笑おうとするのとは違って、無意識に笑みが零れた
そう、今はもう一人じゃないんだ
それに気づくのに、一体どれだけの時間をかけているんだか……
私は愚か者か、なんて、心の中で格闘しながらユーリを見つめる
依然としてユーリは何も返してはくれないけど…
「心配しないで、なんてきっと無理だと思う。ユーリがほっとけない病発動させないくらいに無理だと思う。…けど、本当に大丈夫だから。本当に辛くなったらすぐに言うし、体調悪くなってもすぐに言う。力も必要な時しか絶対使わないって誓う。しばらくは戦いに参加するのも控えるよ。………だからユーリ、そろそろ笑ってよ?私、いつもの人を小馬鹿にしたようなユーリの笑顔、見たいな」
最後は半分強請るように言いながらユーリの額と自身の額を合わせた
体温の低いもの同士、だけれど、僅かにユーリの方が温かい
触れ合った箇所からユーリの熱がじんわりと広がっていく
「…………馬鹿野郎、頼んなら、もっとわかりやすくしろよ」
今まで無言だったユーリがようやく口を開いた
相変わらず泣きそうな声だったことに変わりはないが、それでも幾分かは良くなったと思う
私の頭の後ろを抑えるように手を当ててくる
「あはは、ごめんごめん。気をつけるよ」
そう言って軽く目を閉じれば、なんの躊躇もなくユーリは唇を重ねてきた
触れるだけだったけど、それでもいつもよりも長く感じた
離れてから目を開くと、少しぎごちない笑みを浮かべたユーリが見えた
「……ふふ、顔、引き攣ってるよ?」
クスリと笑うと、うっせえよ、と言いながら肩を竦めた
「……シア」
「ん、なあに?」
ぎゅっと再び抱きついてきたユーリの首元に腕を回し直す
「…もう少し、こうしてたい」
珍しく甘えるように私の首元に顔を埋めながらユーリは言った
微かにユーリの吐息が首に当たって擽ったい
「…いいよ、レイヴンが時間かかってもいいって言ってたし」
文句言われたらレイヴンのせいにしちゃえ、なんて敢えて言わなかったけど
おぅ、という呟きからなんとなく察してくれているんだろうなってことはわかった
「……………シア」
「んー?」
「……愛してる」
唐突な言葉に思考が一瞬止まった
「……………このタイミングでそれ言う?」
「バーカ、このタイミングだからこそ、だろ?……わかれよ、お前のこと手放したくねえこと」
少し恥ずかしげにそう言いながらユーリは頭を撫でてきた
私よりも大きな掌と長い指の感覚が心地いい
「……馬鹿、言わないでよ。折角決意したことが揺らぐじゃん」
「揺らいだってことは嫌だって思う気持ちがあるからだろ?オレはとんでもないことしでかしてくれる前にその決意とやらが粉砕してくれりゃいいと思ってるけどな」
先程までの落ち込んだ雰囲気なんて何処へいったのか、いつもの口調でユーリは言葉を繋いだ
「シア、いい加減諦めろよ。オレは何があってもお前を死なせるような選択はしねえ。これ以上無理無茶すんなら、それこそ嫌がられようがどっかに閉じ込めるかもしんねえ」
「わぁ………唐突な犯罪予告だね」
至って真剣に話していたユーリに少し茶化すように言う
それに反応するようにピクリと肩が動いた
「まぁ……そうならないように無理しないよ」
「……おう、そうしてくれ」
あまり納得はしていなさそうな声で、ユーリはたった一言そう言った
「ユーリ、もう少ししたら戻ろっか?」
「…………おう」
問い掛けに肯定したユーリは抱き締めてくる腕により力を入れた
少し痛いけど、でもそれだけ、手放したくないと思ってくれていることだけは理解出来る
…それに、気付きたくはなかった
やっぱりどうしても、揺らいでしまうから…
「(見つからない可能性の方が、高いし……)」
まだほんの少しだけ震えているユーリのことを抱きしめ返しながら心の中で謝る
自分を犠牲にする選択しか、私には出来ない
出来ない、というよりは、それしか方法を知らないんだけど……
まだ、そうなるって決まったわけじゃない
けど、そうなるかもしれない
……覚悟だけは、して置きたい
ごめんね、ユーリ……
許してとは言わない
むしろ恨んでくれたっていい
それでも……例え、そうなったとしても……
ユーリがこの世界で生きていてくれるなら、死んだって構わない
そう思うのは、今に始まったことじゃない
ユーリには生きてて欲しい
きっと私が居ないと嫌だとか言うんだろうけど…
それでも、生きていて欲しい
星が見えだした空で、何処か寂しそうに凛々の明星がキラリと光ったことに、この時は気づかなかった