第3部〜星喰みの帰還と星暦の使命〜
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帰還
「ぅ……っ!あ………っ………?」
腹部の痛みで意識が覚醒する
薄らと目を開けると、ぼんやりと見覚えのある天井が目に入る
……これは、貴族街の方の、私の家だ……
隣に目を向けるとユーリが居る
呼吸は規則正しいから、多分寝ているだけなんだろう
「…まさかここまで嫌悪してるとは思わなかったなぁ………」
ゆっくり起き上がって、腹部を抑えながら呟いた
彼女がユーリを好いていないことは、会った時からわかってたけど、ここまでする程とは思っていなかった
「……目が覚めたか」
少し聞き覚えのある声に扉の方を見る
そこには、デュークさんが立っていた
「デュークさん……あなたが私たちを助けてくれたんですか?」
「剣の回収とお前を助けるのはそうだ。だが、隣で寝ている男はついでた」
「そう……でも、ありがとう」
冷たく言い放ったデュークさんに、優しく微笑みながらそう返した
「…………やはり、お前はライラックに似たのだな……その容姿といい、性格といい、そっくりだ」
「あはは…お母様にもよくそう言われました」
「ふっ……不思議だな……まるで、あいつがここにいるようだ」
そう言って少し微笑む
デュークさんが笑ったとこを初めて見て、少し驚いた
「…さぁ、もう少し寝るといい。この者には、私から色々話しておこう」
デュークさんは私の傍へ来ると、ゆっくりと寝るのを手伝ってくれた
「……本当に、何から何までありがとうございます」
ちょっと申し訳なくなって、苦笑いする
「……気にするな、これも、あいつとの約束だ。………ゆっくり休むといい」
そっと頭の上に手を乗せられる
優しく撫でられるこの感覚……どこかで………
そんなことを考えながらも、私の意識は再び沈んで行った
「……ぅ…………ん………?」
目が覚めると見知らぬ天井が目に入る
光照魔導器はついてなさそうだが、部屋の明るさから見てまだ昼間だろう
少し体を起こして辺りを見回して見るが、やっぱりオレの知っているところではない
「……ここ、どこだ…?」
小さく呟いて首を傾げる
もう1度知っているものがないかと辺りを見回すと、自分の隣に寝ているシアの姿が目に入る
…まさか、シアの貴族街の方の家……なんてわけねぇよな……?
「いてて……まさか、あんだけ疎まれてるとは思わなかったな」
ソディアがオレに向けた刃はシアがオレの前に立ちはだかったことで殆ど届かなかったが、それでも腹部にズキズキとした痛みが走る
が、シアに比べたらこんなもん大した事はない
彼女はもっと深い傷を負ってるはずなのだから
「………無茶しすぎなんだっつーの」
すやすやと隣で寝ているシアの頭をそっと撫でる
もう1度よく部屋の中を見てみると、壁にはなんとなく見覚えのある肖像画が幾つかかけられている
よく見てみようと体の向きを変えて、ベットから降りようとしたところで、意味ありげに置かれた本に目が入った
徐ろにそれを取り上げて開いてみる
「ん……満月の子………?」
小さく呟いて本の内容を読み上げる
「『……古代の指導者たちは生得の特殊な力を持っていた。彼らは満月の子と呼ばれた。満月の子とは別にその力に相対する一族もいた。彼らは星暦と呼ばれた。星暦は満月の子がその力を振るい他者を傷付けないようにまた、エアルが乱れぬよう監視する役目を担っていた。それを拒んだ者達の手によって災厄の襲来時、大勢の星暦が犠牲となったが星喰みに対抗することは出来なかった。
……ザウデは満月の子らの命と力で世界を結界で包み、星喰みの脅威から救った』」
そこまで読んだところでガチャッと部屋の扉が開いた
「目覚めたか」
そう言いながら入ってきたのはデュークだった
「あんたが助けてくれたのか?」
そう聞くと、オレの傍まで来て立てかけてあった宙の宝剣を手に取る
「この剣と……アリシアを、海に失うわけにはいかなかったからだ」
「それでも礼は言わせてもらう。…シアを助けたのは、こいつの親父さんとの約束があるからか?」
「それもある。だが、この世界には彼女が必要なのだ」
「まさか、あんたも無理矢理シアの力を使おうってんじゃねーよな?」
「万が一にでもそれはない。彼女の同意が得られなければ力を借りようなどと思わん」
「ふーん……それならいいけどな。……ザウデ不落宮は満月の子の命で動いていたのか?」
そう問掛けると、小さく頷く
「星喰みを招いた原因は人間にあり、彼らはその指導者であったという。償い………だったのだろう」
「……だが1部の奴らは、自分たちの行動を制限した星暦に責任押し付けて、身代わりにしようとした」
「それが原因で星喰みは更に世界を蝕もうとした。本来、星暦は始祖の隷長と似た役割を持っていた。小さなエアルの乱れは彼らが正しており始祖の隷長が必要以上に動く必要はなかった。…が、満月の子の1部の者たちにより数が減った彼らはその役目が果たせなくなってしまった。そうなってからようやく、満月の子は星暦の重要性に気がついた。…わずかに生き残った満月の子と星暦、始祖の隷長で後の世界のあり方を取り決めた。帝国の皇族はその末裔だ」
「それが帝国の始まりなんだな」
「……だが、彼らは始祖の隷長との約束を破り魔導器の発掘を進めた。幾度となくそれを止めようとした星暦たちを殺し、彼らもまた満月の子を殺した。そして、星暦の力を受け継ぐ者が片手で数えられる程の数になってから、皇族はようやく彼らの重要性を思い出したのだ」
「…………聞けば聞くほど、胸糞悪ぃ話だな」
「……始祖の隷長たちは、彼らに人の世から離れることを幾度となく提案した。…が、彼らは1度もそれに頷かなかった。彼らもまた、人だからだと私は思っていた……だが、違った。彼らは初代当主の願いを、現代まで繋げて来ていたに過ぎなかった。相対し、自分らの命も危うくする存在である満月の子との共存を、彼らはずっと望んでいた」
そう言うと、デュークはどこか寂しげにシアを見つめる
まるで、手離したくない大切な人を見つめるかのように、目を離さない
「……アリシアは、唯一それを叶えようと自ら満月の子に歩み寄った。自分の命をかえりみず、ただ共存出来る方法を探した。…私には理解出来ぬ」
そう呟くと一瞬目を伏せ俯く
が、すぐに顔を上げると先程の本を持って歩きだす
「この剣は返してもらう。…さらばだ。もう2度と、会うことはあるまい」
そう言って扉の方へ歩きだす
「待てよ、あんた人間嫌いみたいだが、なんでオレらを助けた?なんでその大事な剣をオレに貸したんだ?」
去ろうとするデュークの背に向かってそう声をかけた
扉の真正面で立ち止まって、わずかにこちらを見る
「…星暦は始祖の隷長にとっても、この世界にとっても失ってはならない存在だからだ。そして、お前たちは人間の中で唯一始祖の隷長との対話を望んだからだ。お前たちであればあるいは……いや、やめよう。もう終わったことだ。……災厄は帰還した。あれは何としてでも打ち倒さなければならない。この世界…テルカ・リュミレースのために」
そう言うと、それ以上何も言わずに出て行った
「……シアが、この世界に必要……」
その言葉だけが、未だに頭に引っかかる
確かに、始祖の隷長と同じくエアルの乱れを抑えられて、かつ人に怪しまれることなくそれを出来る彼女が必要なのはわからなくもないが…
あいつは、それ以外にも何かあるように言っている気がしてならない
それは、シア自身も知らない可能性がある気がしてならない
「…………お前、まだ何か隠してたりしねぇよな……?」
シアの方を軽く向いて呟くが、起きる気配は全くない
「…ま、起きたら聞きゃいいか……とりあえず、あれ見てみっか」
1人呟いて立ち上がる
傷口がズキズキと痛むからゆっくりと歩いて先程から気になっていた肖像画に近づく
「…………シアと……ライラックさん…か?」
肖像画の前までついて、小さく呟いた
象徴的な肩まで伸ばされた赤髪に、オレンジの瞳、整った顔立ちに無邪気な笑顔を浮かべた少女は紛れもなく子どもの頃のシアだ
その彼女を愛おしそうに抱えている騎士の赤い隊服に身を包み、双剣を腰に携えている赤髪の短髪の男はライラックさんで間違いないだろう
「……この隊服……元々はライラックさんの隊のもんだったんだな」
彼が騎士の隊服に身を包んだ姿は見た事がなかったが、この肖像画から察するにアレクセイはライラックさんの亡き後、隊を引き継いだんだろう
部屋中にかけられている肖像画の多くはライラックさんとシアのお袋さんのものだった
…つまり、紛れもなくシアの家なわけだ
「…よりによって、こっちに連れて来るかねぇ……」
はぁ……っと大きくため息をつく
この分じゃ、シアが起きるまで家の外には出られねぇな……
「……とりあえず、1度部屋から出てみっかねぇ……」
流石に大人しく待っているのは退屈だ
シアが起きた時用に、軽く食べれるもんでも作れねぇか他の部屋を見に行くことを決め、その部屋を後にした
〜一方その頃〜
「ぅ………痛い…………」
『もう少し我慢して下さいね』
いつもの暗闇の中……
めちゃくちゃ怒ったシリウスを目の前に、アリオトに治療してもらっています…
表現するなら、まさに鬼の形相だ
…シリウスにそんなこと言ったら本気で怒られそうだけど
『…………はい、よく頑張りましたね。これで終わりですよ』
アリオトのその声と共に、腹部の痛みは限りなく0になった
『ここで出来ることはこのくらいです。後は目を覚ましてからですね』
「ん……ありがとう、アリオト」
『全く……いくらなんでも無謀過ぎだ!もう少し自分のことを考えんかっ!』
治療終了と共に、シリウスの怒声が響く
いや…確かに今回は私が悪かったから何も言い返せないんだけどさ……
「本当にごめんってば」
『ごめんで済むと思っているのか!?大体お前というやつは』
『シリウス、貴方も地上に存在する事が出来ればアリシアの身代わりになるつもりなのでしょう?それと同じことですよ』
シリウスの言葉をアリオトが止めた
…シリウスなら絶対やる
『……否定ができん……』
『大切な者のために命をかけることは、人も我らも同じことです。それを真っ向からそう怒鳴り散らすのはあまりにも無情ではないですか?』
ニッコリと笑顔を浮かべているが、その目だけは本気で起こっている
…シリウスよりも、アリオトの方が怒ると怖い…
『さぁ、アリシア、そろそろ目を覚ましなさい。……デュークのことも気がかりですし、何よりも時間がありません』
「……うん、分かってる。この世界に残された時間は僅かだ。……何がなんでも、星喰みを倒さないと……」
『…………アリシア………わかっているかもしれないが、お前には……』
「シリウス。…言わなくていいよ。全部、理解したから……みんなが見せてくれた『記憶』で、理解出来たから」
『……貴女には、重い役目を背負わせてしまいましたね……』
「仕方ないよ、みんなのせいじゃない。…これは、私が『姫』だからこそ担うべき役目なんだから」
そう答えると影すら飲み込む暗闇に背中から倒れ込む
「…………それじゃまた…星の瞬く夜に」
最後に一言そう告げて、私の意識はフェイドアウトした
「……ん………」
再び目を開けると先程目覚めた時と同じ天井が目に入る
違うことと言えば、部屋が薄暗くなっていることと……ユーリが隣に居ないことくらいだろう
「…うっ………やっぱりまだ少し痛いかな」
体を起こしながら呟く
アリオトが治癒してくれたけどまだ痛い
まぁ精神世界?みたいな所でだし、現実も影響受けるって言っても完全完治は無理なわけで…
「……アリオト」
刺された箇所に手をかざしながら彼女の名を呼ぶと、治癒術が発動する
名前を呼んだだけでその時に必要な治癒術を掛けてくれるのは本当に便利だとつくづく思う
治癒の光が消えると同時に、腹部の痛みも引いた
「…ありがとう」
小さくお礼を言って、ベットから飛び降りる
多分、ユーリの事だから下の階のリビングかキッチン辺りに居るはずだ
部屋の扉を開けると、案の定階段の方にある光照魔導器の光が目に入る
その光を頼りに階段を降りる
階段を降りきった所で腕を組む
さてと…キッチンとリビング、どっちに居るだろうか?
リビングで寛いでいる可能性もあるけど…
時間的にはキッチンで何か作っていそうな気もする
出来れば驚かせたいから、1回で当てたい所だけど…
ここは無難にキッチンから見てみよう
そっとキッチンの扉に近づいて、ゆっくりとドアノブを捻り扉を押す
開いた隙間から中を覗く
が、光照魔導器はついているもののユーリの姿は見えない
ハズレだと思って、そっと扉を閉めようとすると、何故か内側からグイッと引かれた
「…へ?!!??!」
突然の出来事にバランスを崩した挙句、手を離すことも忘れてそのまま扉と一緒にキッチンの中に引き込まれる
扉が開ききったのと同時にボスッと『誰か』に抱き締められた
『誰か』、なんて言ったがここに今居るのは彼だけだろう
「ったく、心配させた癖に何しようとしてんだよ」
頭の上から聞こえた声に顔を上げれば、ユーリが飽きれた顔をして見下ろしていた
「……なんでわかったの?」
「シリウスが教えてくれたんだよ」
「え?でも、シリウスたちは家の中までは見れないはずだけど…」
「お前のことだから、どうせ起きたらオレのこと驚かせようとするはずだから用心しとけって言われたんだよ」
シリウス……なんで余計なこと言っちゃうのさ……
「……もう、平気なのか?」
ちょっと真剣な表情になってユーリは聞いてくる
「ん、アリオトのおかげで大丈夫だよ」
ニコッと笑ってそう答える
「…そっか、それならいいんだが」
ふっと表情を緩めると愛おしそうに頬を撫でてくる
「ユーリは…大丈夫だった?」
そう聞くと、あからさまにギクリと肩が上がった
あぁ…防ぎきれなかったんだ
少しユーリから離れて彼の腹部に軽く触れると少し顔を歪めた
「…アリオト」
小さく呟くと、先程自分にやったのと同じように治癒術が発動する
光が消えたのと同時に手を放す
「…サンキュ、シア」
軽く自分の腹部をさすりながらユーリは言う
「さてと…これからどうしようか…」
そう言って腕を組んで唸る
星喰みが帰還した今…あれをどうにかしないといけない
ザウデ以外の方法でどうにかしないといけない
…もう、ザウデ不落宮は使い物にならない
お兄様が変に解放したせいで、直しようがない
「災厄…ね……最期の最期でどうしようもねぇもん復活させやがって」
「……………そう……だね………」
若干胸が痛くなる
私のためにと、お兄様は動き続けた
…その結果だと思うと、胸が締め付けられる
どうしようもないくらいに
「……シアのせいじゃねぇよ。少なくとも、あいつが勝手にやった事だ」
私の肩に手を乗せながらユーリは言う
「……そうだとしても……私……」
「気にすんなって方が無理かも知れねぇ。……けど、背負いすぎんなよ」
「…………………うん」
「とりあえず、飯食おうぜ?んで、その後にエステルたちんとこに行こう」
トントンっと私の背中を軽く叩くと、リビングの方に向かって歩いていく
そのユーリのあとをゆっくりとついて行った
ユーリが作ってくれたご飯を食べて、身支度を済ませて外へ出た
「うわ……気持ち悪い空……」
赤みがかった空にタコの足のようなものがうねっている
一言で言えば気持ち悪い
どうしようもないくらいに気持ち悪い
「こんな空じゃ、気持ち悪くてまともに生活も出来ねぇよな」
空を見上げながらユーリは呟く
「だよね……心無しか人も減ってる気がするし」
キョロキョロと周りを見回しながら言う
いつものこの時間帯なら、まだ人が何人か居ても可笑しくないはず
なのに、今日は殆ど人がいない
…いやまぁ…貴族街の方だし、別にいなくていいんだけど…
「ゥワンッワンッ!!」
聞き覚えのある鳴き声に振り向くと、市民街に続く道の方からラピードが走り寄って来るのが見える
「ラピード!」
しゃがんで両手を広げると、私の腕の中に飛び込んでくる
嬉しそうに尻尾を振りながら私の腕に頭を擦りつけてくる
「ラピード…!待ってください…!!」
高い声と駆け寄ってくる足音に顔を上げると、エステルの姿が目に入る
「……ユーリ……?アリシア……?」
「よっ、エステル」
「えっと……ごめんね?心配かけて」
私がそう言って立ち上がったと同時に、エステルが飛びついて来た
「ユーリ!アリシア!ちゃんと生きてますよね?!影ありますよね!?」
「痛い痛いっ!ちゃんと生きてるからっ!」
ぎゅっと容赦なく抱き締めてくるものだから、なかなか痛い
結構真面目に痛い
しばらく私とユーリの体をくまなく調べると、やっと落ち着いたようで今日までのことを話してくれた
ザウデ不落宮でみんな離れ離れになり、フレンたちが見つけてくれたこと
私とユーリならきっと大丈夫だから、見つかるまでそれぞれが出来ることをしていたこと
フレンが何度も何度も海に探しに出ていたことも聞いた
「そっか、本当心配かけて悪かった」
ユーリがそう言うと、エステルは首をゆっくり横に振った
「心配でしたけど、きっと大丈夫だって信じていましたから」
曇りのない笑顔でエステルはそう答えた
「さて……じゃあ合流も出来たことだし、今までサボってた分働かないとね!ユーリ」
ニッと笑ってユーリを見る
「だな」
それに、ユーリも笑って答えた
「それでは、ジュディスたちと合流しましょう?市民街の入口で会う予定なんです」
エステルの言葉に頷いて、市民街の方へと足を向けた
…その時だった
「ユーリ・ローウェル!!やっと見つけたぞ!!」
聞き覚えのある声に3人同時に振り向くと、そこにはシュヴァーン隊のルブラン、アデコール、ボッコスの姿が見えた
「あん?なんだよお前ら」
「ふっふっふ…これを見ろ」
そう言ってルブランがユーリに手渡したのは、いつかの指名手配書だ
「うげぇ……まだこれ引きずってるの?」
「騎士として見逃すわけにはいかんのです。……が、1つ提案がある。……騎士団に戻ってくる気はないか?」
「はぁ?オレが??」
「……あぁ、なるほど。ユーリみたいなのを野放しにしておくのは出来ないから、いっそ騎士団に引き込んじゃえってことね」
「そうゆうことであります」
「悪い話じゃかいはずなのだ!」
「ふーん…………よぉ、シュヴァーン」
誰もいない場所に向かってユーリがそう言うと、ルブランたちは瞬時に其方を向いて敬礼する
ユーリが一瞬目を合わせてきたのを合図に、エステルの手を引いて走り出す
「なっ!!…………くくくっ……!!そうで来なくちゃな!!待て!!ユーリ・ローウェル、ー!!!!」
どこか嬉しそうなルブランの呼び声を背に受けて、市民街の方へと足を進めた
「はっ………ここまで、ダッシュは……ちょっと、つらい……」
市民街の入口近くで、途切れ途切れにそう言った
「だな……ちと、きつい……な……」
額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながらユーリは言う
「はぁ……でも……どうにか、まけましたね……」
胸に手を当てて、エステルは振り向く
「ユーーーーリーーーー!!」
そんな中、空からユーリを呼ぶ声が聞こえてきた
何事かと空を見上げると、パティの姿が目に入る
私とエステルには目も向けずに、パティはユーリに抱きつく
「あっ!ちょっとパティ!!」
そう声をかけると、不服そうにこちらを向いた
「むむ、シア姐もおったのか……残念じゃ」
そう言って渋々ユーリから離れる
「おいおい、シアがいたらダメかよ?」
「シア姐がおったら、ユーリを独り占めされてしまうのじゃ。そんなのずるいのじゃ!」
ビシッと私を指差しながらパティが言う
「いやだって、ユーリ私のだもん」
きっぱりと答えると、うぐぐっと唸り出す
「絶対に負けないのじゃっ!」
「あら、随分賑やかね」
「あ、ジュディス!」
エステルのその声に彼女が向いている方向を見るとジュディスの姿が見えた
「悪ぃなパティ、ジュディ、心配かけて」
「えぇ、とっても心配だったわ」
「全然そんな風には見えないけどなぁ…」
「あら、おかしいわね。本当なのに」
苦笑いした私に、ジュディスは肩を竦める
「んで、これからどうするんだ?」
「リタのところへ行こうと思っています」
「それじゃ、早く行こ??追いつかれる前に、さ」
私の言葉にみんな頷いて、バウルに乗り込む
《無事で良かった、心配したんだよ?》
「ごめんね、バウル。心配かけて」
フェルティア号に乗り込んだところでバウルに話しかけられる
バウルにまで心配をかけていたことに、申し訳なくなる
「バウル、アスピオまでお願い」
ジュディスは私の隣まで来て彼に話しかける
その声を合図にバウルが動き出す
「大丈夫よ。バウルだってわざとじゃないってわかっているから」
「……それなら、いいんだけど……」
そう言って肩を竦める
他愛もない話をしながら、私たちはアスピオに向かった
「ぅ……っ!あ………っ………?」
腹部の痛みで意識が覚醒する
薄らと目を開けると、ぼんやりと見覚えのある天井が目に入る
……これは、貴族街の方の、私の家だ……
隣に目を向けるとユーリが居る
呼吸は規則正しいから、多分寝ているだけなんだろう
「…まさかここまで嫌悪してるとは思わなかったなぁ………」
ゆっくり起き上がって、腹部を抑えながら呟いた
彼女がユーリを好いていないことは、会った時からわかってたけど、ここまでする程とは思っていなかった
「……目が覚めたか」
少し聞き覚えのある声に扉の方を見る
そこには、デュークさんが立っていた
「デュークさん……あなたが私たちを助けてくれたんですか?」
「剣の回収とお前を助けるのはそうだ。だが、隣で寝ている男はついでた」
「そう……でも、ありがとう」
冷たく言い放ったデュークさんに、優しく微笑みながらそう返した
「…………やはり、お前はライラックに似たのだな……その容姿といい、性格といい、そっくりだ」
「あはは…お母様にもよくそう言われました」
「ふっ……不思議だな……まるで、あいつがここにいるようだ」
そう言って少し微笑む
デュークさんが笑ったとこを初めて見て、少し驚いた
「…さぁ、もう少し寝るといい。この者には、私から色々話しておこう」
デュークさんは私の傍へ来ると、ゆっくりと寝るのを手伝ってくれた
「……本当に、何から何までありがとうございます」
ちょっと申し訳なくなって、苦笑いする
「……気にするな、これも、あいつとの約束だ。………ゆっくり休むといい」
そっと頭の上に手を乗せられる
優しく撫でられるこの感覚……どこかで………
そんなことを考えながらも、私の意識は再び沈んで行った
「……ぅ…………ん………?」
目が覚めると見知らぬ天井が目に入る
光照魔導器はついてなさそうだが、部屋の明るさから見てまだ昼間だろう
少し体を起こして辺りを見回して見るが、やっぱりオレの知っているところではない
「……ここ、どこだ…?」
小さく呟いて首を傾げる
もう1度知っているものがないかと辺りを見回すと、自分の隣に寝ているシアの姿が目に入る
…まさか、シアの貴族街の方の家……なんてわけねぇよな……?
「いてて……まさか、あんだけ疎まれてるとは思わなかったな」
ソディアがオレに向けた刃はシアがオレの前に立ちはだかったことで殆ど届かなかったが、それでも腹部にズキズキとした痛みが走る
が、シアに比べたらこんなもん大した事はない
彼女はもっと深い傷を負ってるはずなのだから
「………無茶しすぎなんだっつーの」
すやすやと隣で寝ているシアの頭をそっと撫でる
もう1度よく部屋の中を見てみると、壁にはなんとなく見覚えのある肖像画が幾つかかけられている
よく見てみようと体の向きを変えて、ベットから降りようとしたところで、意味ありげに置かれた本に目が入った
徐ろにそれを取り上げて開いてみる
「ん……満月の子………?」
小さく呟いて本の内容を読み上げる
「『……古代の指導者たちは生得の特殊な力を持っていた。彼らは満月の子と呼ばれた。満月の子とは別にその力に相対する一族もいた。彼らは星暦と呼ばれた。星暦は満月の子がその力を振るい他者を傷付けないようにまた、エアルが乱れぬよう監視する役目を担っていた。それを拒んだ者達の手によって災厄の襲来時、大勢の星暦が犠牲となったが星喰みに対抗することは出来なかった。
……ザウデは満月の子らの命と力で世界を結界で包み、星喰みの脅威から救った』」
そこまで読んだところでガチャッと部屋の扉が開いた
「目覚めたか」
そう言いながら入ってきたのはデュークだった
「あんたが助けてくれたのか?」
そう聞くと、オレの傍まで来て立てかけてあった宙の宝剣を手に取る
「この剣と……アリシアを、海に失うわけにはいかなかったからだ」
「それでも礼は言わせてもらう。…シアを助けたのは、こいつの親父さんとの約束があるからか?」
「それもある。だが、この世界には彼女が必要なのだ」
「まさか、あんたも無理矢理シアの力を使おうってんじゃねーよな?」
「万が一にでもそれはない。彼女の同意が得られなければ力を借りようなどと思わん」
「ふーん……それならいいけどな。……ザウデ不落宮は満月の子の命で動いていたのか?」
そう問掛けると、小さく頷く
「星喰みを招いた原因は人間にあり、彼らはその指導者であったという。償い………だったのだろう」
「……だが1部の奴らは、自分たちの行動を制限した星暦に責任押し付けて、身代わりにしようとした」
「それが原因で星喰みは更に世界を蝕もうとした。本来、星暦は始祖の隷長と似た役割を持っていた。小さなエアルの乱れは彼らが正しており始祖の隷長が必要以上に動く必要はなかった。…が、満月の子の1部の者たちにより数が減った彼らはその役目が果たせなくなってしまった。そうなってからようやく、満月の子は星暦の重要性に気がついた。…わずかに生き残った満月の子と星暦、始祖の隷長で後の世界のあり方を取り決めた。帝国の皇族はその末裔だ」
「それが帝国の始まりなんだな」
「……だが、彼らは始祖の隷長との約束を破り魔導器の発掘を進めた。幾度となくそれを止めようとした星暦たちを殺し、彼らもまた満月の子を殺した。そして、星暦の力を受け継ぐ者が片手で数えられる程の数になってから、皇族はようやく彼らの重要性を思い出したのだ」
「…………聞けば聞くほど、胸糞悪ぃ話だな」
「……始祖の隷長たちは、彼らに人の世から離れることを幾度となく提案した。…が、彼らは1度もそれに頷かなかった。彼らもまた、人だからだと私は思っていた……だが、違った。彼らは初代当主の願いを、現代まで繋げて来ていたに過ぎなかった。相対し、自分らの命も危うくする存在である満月の子との共存を、彼らはずっと望んでいた」
そう言うと、デュークはどこか寂しげにシアを見つめる
まるで、手離したくない大切な人を見つめるかのように、目を離さない
「……アリシアは、唯一それを叶えようと自ら満月の子に歩み寄った。自分の命をかえりみず、ただ共存出来る方法を探した。…私には理解出来ぬ」
そう呟くと一瞬目を伏せ俯く
が、すぐに顔を上げると先程の本を持って歩きだす
「この剣は返してもらう。…さらばだ。もう2度と、会うことはあるまい」
そう言って扉の方へ歩きだす
「待てよ、あんた人間嫌いみたいだが、なんでオレらを助けた?なんでその大事な剣をオレに貸したんだ?」
去ろうとするデュークの背に向かってそう声をかけた
扉の真正面で立ち止まって、わずかにこちらを見る
「…星暦は始祖の隷長にとっても、この世界にとっても失ってはならない存在だからだ。そして、お前たちは人間の中で唯一始祖の隷長との対話を望んだからだ。お前たちであればあるいは……いや、やめよう。もう終わったことだ。……災厄は帰還した。あれは何としてでも打ち倒さなければならない。この世界…テルカ・リュミレースのために」
そう言うと、それ以上何も言わずに出て行った
「……シアが、この世界に必要……」
その言葉だけが、未だに頭に引っかかる
確かに、始祖の隷長と同じくエアルの乱れを抑えられて、かつ人に怪しまれることなくそれを出来る彼女が必要なのはわからなくもないが…
あいつは、それ以外にも何かあるように言っている気がしてならない
それは、シア自身も知らない可能性がある気がしてならない
「…………お前、まだ何か隠してたりしねぇよな……?」
シアの方を軽く向いて呟くが、起きる気配は全くない
「…ま、起きたら聞きゃいいか……とりあえず、あれ見てみっか」
1人呟いて立ち上がる
傷口がズキズキと痛むからゆっくりと歩いて先程から気になっていた肖像画に近づく
「…………シアと……ライラックさん…か?」
肖像画の前までついて、小さく呟いた
象徴的な肩まで伸ばされた赤髪に、オレンジの瞳、整った顔立ちに無邪気な笑顔を浮かべた少女は紛れもなく子どもの頃のシアだ
その彼女を愛おしそうに抱えている騎士の赤い隊服に身を包み、双剣を腰に携えている赤髪の短髪の男はライラックさんで間違いないだろう
「……この隊服……元々はライラックさんの隊のもんだったんだな」
彼が騎士の隊服に身を包んだ姿は見た事がなかったが、この肖像画から察するにアレクセイはライラックさんの亡き後、隊を引き継いだんだろう
部屋中にかけられている肖像画の多くはライラックさんとシアのお袋さんのものだった
…つまり、紛れもなくシアの家なわけだ
「…よりによって、こっちに連れて来るかねぇ……」
はぁ……っと大きくため息をつく
この分じゃ、シアが起きるまで家の外には出られねぇな……
「……とりあえず、1度部屋から出てみっかねぇ……」
流石に大人しく待っているのは退屈だ
シアが起きた時用に、軽く食べれるもんでも作れねぇか他の部屋を見に行くことを決め、その部屋を後にした
〜一方その頃〜
「ぅ………痛い…………」
『もう少し我慢して下さいね』
いつもの暗闇の中……
めちゃくちゃ怒ったシリウスを目の前に、アリオトに治療してもらっています…
表現するなら、まさに鬼の形相だ
…シリウスにそんなこと言ったら本気で怒られそうだけど
『…………はい、よく頑張りましたね。これで終わりですよ』
アリオトのその声と共に、腹部の痛みは限りなく0になった
『ここで出来ることはこのくらいです。後は目を覚ましてからですね』
「ん……ありがとう、アリオト」
『全く……いくらなんでも無謀過ぎだ!もう少し自分のことを考えんかっ!』
治療終了と共に、シリウスの怒声が響く
いや…確かに今回は私が悪かったから何も言い返せないんだけどさ……
「本当にごめんってば」
『ごめんで済むと思っているのか!?大体お前というやつは』
『シリウス、貴方も地上に存在する事が出来ればアリシアの身代わりになるつもりなのでしょう?それと同じことですよ』
シリウスの言葉をアリオトが止めた
…シリウスなら絶対やる
『……否定ができん……』
『大切な者のために命をかけることは、人も我らも同じことです。それを真っ向からそう怒鳴り散らすのはあまりにも無情ではないですか?』
ニッコリと笑顔を浮かべているが、その目だけは本気で起こっている
…シリウスよりも、アリオトの方が怒ると怖い…
『さぁ、アリシア、そろそろ目を覚ましなさい。……デュークのことも気がかりですし、何よりも時間がありません』
「……うん、分かってる。この世界に残された時間は僅かだ。……何がなんでも、星喰みを倒さないと……」
『…………アリシア………わかっているかもしれないが、お前には……』
「シリウス。…言わなくていいよ。全部、理解したから……みんなが見せてくれた『記憶』で、理解出来たから」
『……貴女には、重い役目を背負わせてしまいましたね……』
「仕方ないよ、みんなのせいじゃない。…これは、私が『姫』だからこそ担うべき役目なんだから」
そう答えると影すら飲み込む暗闇に背中から倒れ込む
「…………それじゃまた…星の瞬く夜に」
最後に一言そう告げて、私の意識はフェイドアウトした
「……ん………」
再び目を開けると先程目覚めた時と同じ天井が目に入る
違うことと言えば、部屋が薄暗くなっていることと……ユーリが隣に居ないことくらいだろう
「…うっ………やっぱりまだ少し痛いかな」
体を起こしながら呟く
アリオトが治癒してくれたけどまだ痛い
まぁ精神世界?みたいな所でだし、現実も影響受けるって言っても完全完治は無理なわけで…
「……アリオト」
刺された箇所に手をかざしながら彼女の名を呼ぶと、治癒術が発動する
名前を呼んだだけでその時に必要な治癒術を掛けてくれるのは本当に便利だとつくづく思う
治癒の光が消えると同時に、腹部の痛みも引いた
「…ありがとう」
小さくお礼を言って、ベットから飛び降りる
多分、ユーリの事だから下の階のリビングかキッチン辺りに居るはずだ
部屋の扉を開けると、案の定階段の方にある光照魔導器の光が目に入る
その光を頼りに階段を降りる
階段を降りきった所で腕を組む
さてと…キッチンとリビング、どっちに居るだろうか?
リビングで寛いでいる可能性もあるけど…
時間的にはキッチンで何か作っていそうな気もする
出来れば驚かせたいから、1回で当てたい所だけど…
ここは無難にキッチンから見てみよう
そっとキッチンの扉に近づいて、ゆっくりとドアノブを捻り扉を押す
開いた隙間から中を覗く
が、光照魔導器はついているもののユーリの姿は見えない
ハズレだと思って、そっと扉を閉めようとすると、何故か内側からグイッと引かれた
「…へ?!!??!」
突然の出来事にバランスを崩した挙句、手を離すことも忘れてそのまま扉と一緒にキッチンの中に引き込まれる
扉が開ききったのと同時にボスッと『誰か』に抱き締められた
『誰か』、なんて言ったがここに今居るのは彼だけだろう
「ったく、心配させた癖に何しようとしてんだよ」
頭の上から聞こえた声に顔を上げれば、ユーリが飽きれた顔をして見下ろしていた
「……なんでわかったの?」
「シリウスが教えてくれたんだよ」
「え?でも、シリウスたちは家の中までは見れないはずだけど…」
「お前のことだから、どうせ起きたらオレのこと驚かせようとするはずだから用心しとけって言われたんだよ」
シリウス……なんで余計なこと言っちゃうのさ……
「……もう、平気なのか?」
ちょっと真剣な表情になってユーリは聞いてくる
「ん、アリオトのおかげで大丈夫だよ」
ニコッと笑ってそう答える
「…そっか、それならいいんだが」
ふっと表情を緩めると愛おしそうに頬を撫でてくる
「ユーリは…大丈夫だった?」
そう聞くと、あからさまにギクリと肩が上がった
あぁ…防ぎきれなかったんだ
少しユーリから離れて彼の腹部に軽く触れると少し顔を歪めた
「…アリオト」
小さく呟くと、先程自分にやったのと同じように治癒術が発動する
光が消えたのと同時に手を放す
「…サンキュ、シア」
軽く自分の腹部をさすりながらユーリは言う
「さてと…これからどうしようか…」
そう言って腕を組んで唸る
星喰みが帰還した今…あれをどうにかしないといけない
ザウデ以外の方法でどうにかしないといけない
…もう、ザウデ不落宮は使い物にならない
お兄様が変に解放したせいで、直しようがない
「災厄…ね……最期の最期でどうしようもねぇもん復活させやがって」
「……………そう……だね………」
若干胸が痛くなる
私のためにと、お兄様は動き続けた
…その結果だと思うと、胸が締め付けられる
どうしようもないくらいに
「……シアのせいじゃねぇよ。少なくとも、あいつが勝手にやった事だ」
私の肩に手を乗せながらユーリは言う
「……そうだとしても……私……」
「気にすんなって方が無理かも知れねぇ。……けど、背負いすぎんなよ」
「…………………うん」
「とりあえず、飯食おうぜ?んで、その後にエステルたちんとこに行こう」
トントンっと私の背中を軽く叩くと、リビングの方に向かって歩いていく
そのユーリのあとをゆっくりとついて行った
ユーリが作ってくれたご飯を食べて、身支度を済ませて外へ出た
「うわ……気持ち悪い空……」
赤みがかった空にタコの足のようなものがうねっている
一言で言えば気持ち悪い
どうしようもないくらいに気持ち悪い
「こんな空じゃ、気持ち悪くてまともに生活も出来ねぇよな」
空を見上げながらユーリは呟く
「だよね……心無しか人も減ってる気がするし」
キョロキョロと周りを見回しながら言う
いつものこの時間帯なら、まだ人が何人か居ても可笑しくないはず
なのに、今日は殆ど人がいない
…いやまぁ…貴族街の方だし、別にいなくていいんだけど…
「ゥワンッワンッ!!」
聞き覚えのある鳴き声に振り向くと、市民街に続く道の方からラピードが走り寄って来るのが見える
「ラピード!」
しゃがんで両手を広げると、私の腕の中に飛び込んでくる
嬉しそうに尻尾を振りながら私の腕に頭を擦りつけてくる
「ラピード…!待ってください…!!」
高い声と駆け寄ってくる足音に顔を上げると、エステルの姿が目に入る
「……ユーリ……?アリシア……?」
「よっ、エステル」
「えっと……ごめんね?心配かけて」
私がそう言って立ち上がったと同時に、エステルが飛びついて来た
「ユーリ!アリシア!ちゃんと生きてますよね?!影ありますよね!?」
「痛い痛いっ!ちゃんと生きてるからっ!」
ぎゅっと容赦なく抱き締めてくるものだから、なかなか痛い
結構真面目に痛い
しばらく私とユーリの体をくまなく調べると、やっと落ち着いたようで今日までのことを話してくれた
ザウデ不落宮でみんな離れ離れになり、フレンたちが見つけてくれたこと
私とユーリならきっと大丈夫だから、見つかるまでそれぞれが出来ることをしていたこと
フレンが何度も何度も海に探しに出ていたことも聞いた
「そっか、本当心配かけて悪かった」
ユーリがそう言うと、エステルは首をゆっくり横に振った
「心配でしたけど、きっと大丈夫だって信じていましたから」
曇りのない笑顔でエステルはそう答えた
「さて……じゃあ合流も出来たことだし、今までサボってた分働かないとね!ユーリ」
ニッと笑ってユーリを見る
「だな」
それに、ユーリも笑って答えた
「それでは、ジュディスたちと合流しましょう?市民街の入口で会う予定なんです」
エステルの言葉に頷いて、市民街の方へと足を向けた
…その時だった
「ユーリ・ローウェル!!やっと見つけたぞ!!」
聞き覚えのある声に3人同時に振り向くと、そこにはシュヴァーン隊のルブラン、アデコール、ボッコスの姿が見えた
「あん?なんだよお前ら」
「ふっふっふ…これを見ろ」
そう言ってルブランがユーリに手渡したのは、いつかの指名手配書だ
「うげぇ……まだこれ引きずってるの?」
「騎士として見逃すわけにはいかんのです。……が、1つ提案がある。……騎士団に戻ってくる気はないか?」
「はぁ?オレが??」
「……あぁ、なるほど。ユーリみたいなのを野放しにしておくのは出来ないから、いっそ騎士団に引き込んじゃえってことね」
「そうゆうことであります」
「悪い話じゃかいはずなのだ!」
「ふーん…………よぉ、シュヴァーン」
誰もいない場所に向かってユーリがそう言うと、ルブランたちは瞬時に其方を向いて敬礼する
ユーリが一瞬目を合わせてきたのを合図に、エステルの手を引いて走り出す
「なっ!!…………くくくっ……!!そうで来なくちゃな!!待て!!ユーリ・ローウェル、ー!!!!」
どこか嬉しそうなルブランの呼び声を背に受けて、市民街の方へと足を進めた
「はっ………ここまで、ダッシュは……ちょっと、つらい……」
市民街の入口近くで、途切れ途切れにそう言った
「だな……ちと、きつい……な……」
額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながらユーリは言う
「はぁ……でも……どうにか、まけましたね……」
胸に手を当てて、エステルは振り向く
「ユーーーーリーーーー!!」
そんな中、空からユーリを呼ぶ声が聞こえてきた
何事かと空を見上げると、パティの姿が目に入る
私とエステルには目も向けずに、パティはユーリに抱きつく
「あっ!ちょっとパティ!!」
そう声をかけると、不服そうにこちらを向いた
「むむ、シア姐もおったのか……残念じゃ」
そう言って渋々ユーリから離れる
「おいおい、シアがいたらダメかよ?」
「シア姐がおったら、ユーリを独り占めされてしまうのじゃ。そんなのずるいのじゃ!」
ビシッと私を指差しながらパティが言う
「いやだって、ユーリ私のだもん」
きっぱりと答えると、うぐぐっと唸り出す
「絶対に負けないのじゃっ!」
「あら、随分賑やかね」
「あ、ジュディス!」
エステルのその声に彼女が向いている方向を見るとジュディスの姿が見えた
「悪ぃなパティ、ジュディ、心配かけて」
「えぇ、とっても心配だったわ」
「全然そんな風には見えないけどなぁ…」
「あら、おかしいわね。本当なのに」
苦笑いした私に、ジュディスは肩を竦める
「んで、これからどうするんだ?」
「リタのところへ行こうと思っています」
「それじゃ、早く行こ??追いつかれる前に、さ」
私の言葉にみんな頷いて、バウルに乗り込む
《無事で良かった、心配したんだよ?》
「ごめんね、バウル。心配かけて」
フェルティア号に乗り込んだところでバウルに話しかけられる
バウルにまで心配をかけていたことに、申し訳なくなる
「バウル、アスピオまでお願い」
ジュディスは私の隣まで来て彼に話しかける
その声を合図にバウルが動き出す
「大丈夫よ。バウルだってわざとじゃないってわかっているから」
「……それなら、いいんだけど……」
そう言って肩を竦める
他愛もない話をしながら、私たちはアスピオに向かった
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