第2部〜満月の子と星暦の真実〜
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「ふぁ……眠……」
伸びをしながら、帝都の市民街の入口に向かって歩く
休め休め言ってたはずのユーリとフレンのお説教が終わったのは、大分夜がふけたころだった
おかげで寝不足だ
それでも、体のダメージは大分軽減されている…はず…
とりあえず、歩くことと、剣をふる分には問題ないことは確認済みだ
今のところの問題点は、寝不足な事くらいだろう
「あっ!アリシア!!おはよう!」
市民街の入口には、既にカロルやレイヴン、リタ、それにパティの姿があった
「おはよう、みんな」
「シア姐、もう大丈夫なのか??」
心配そうな顔でパティが聞いてくる
「ん、大丈夫だよ」
「…本当に、大丈夫なんでしょうね…?」
パティ以上に心配そうに、リタが横から聞いてくる
「本当に大丈夫だよ。歩いても痛くないし、剣も振れるしね!」
ニカッと笑って言うと、あまり納得はしていないような表情を浮かべた
「まっ、昨日よりも顔色良さげだし、いつも通り動けてるみたいだよねぇ。なんかあったら、青年が面倒みてくれるっしょ」
「なんかある前提で言われても説得力ないよ、レイヴン…」
頭の後ろで手を組んでいるレイヴンに苦笑いする
こっちの彼はこっちの彼で苦手だと、今気がついた…
「そうゆうシャレにならねぇこと言うなよ、おっさん」
呆れたような声に振り向くと、ラピードとユーリが来ていた
「ユーリ、遅刻だよ!」
カロルはそう言いながらユーリを見る
「悪ぃ、遅くなった」
全く悪びれた様子もなく、ユーリは手をひらつかせた
「後は、エステルとジュディだけか」
仲間を見回しながらユーリは呟く
「あら、わたしはもう居るわよ」
「あっ、ジュディス、おはよう」
市民街の入口から来たジュディスに声をかける
バウルとでも話していたのだろうか
「エステルだけ、か。リタ、なんか知らねぇか?」
ユーリがそう言ってリタの方を見ると、あからさまに顔をそむけた
「リタ?」
「……あの子は、来ないわよ」
ポツリと小さく、でも、ハッキリとリタは寂しそうに言う
「……え?」
「あの子がアリシアのペンダントを付けてる限り、あの子の力は世界にもアリシアにも害にならないのは、データでもハッキリとわかったわ。…でも、それじゃダメなの。あのペンダントは元々、アリシアの体内に必要以上のエアルが入らないようにするための術がかけられていた。その上から、必要以上に外に放出しない術をあんたはかけたんでしょ?」
「え?う、うん…そうだけど…」
「真逆の術が、一つのペンダントにかけられている……そんなの、ペンダントに負荷を掛けているだけにしかすぎないわ。現にもうガタがき始めてた」
そう言ったリタの手には、ペンダントが握られていた
彼女の言う通りペンダントトップの部分には、小さなヒビが入っていた
「あんたがかけた術、勝手に解かせてもらったわ。あんたを守るためのお守りなのに、壊れられたらあたしも困るのよ」
「え……でも、じゃあ…エステルは…!?」
「……アリシアを制御してたアレクセイの技術、悔しいけど優れてたのよ。元々エステル用に作られたのものみたいだったし、あの子にそのまま使うことも出来たわ。…でも、そうしたらあの子は帝都から外に出られなくなる……だから、レイヴンの心臓魔導器 と同じ方法を取った」
「ちょい待ち、それはやめた方がいいんじゃない??確かにエアルじゃなくて自身の生命力で動くもんだけど…」
珍しくレイヴンが話に割って入った
…リタの表情は、とっても悔しそうで、寂しそうに歪められている
「わかってるわよ。魔導器を使おうと使わまいと、あの子は術技や治癒術を使う限り、自分の命が削られる…………あたしだって、他の方法を探したかったわよ!でも、今は時間がない…
アリシアのペンダントはいつまでも持たない、それに、このペンダントがないと、この子の命が危うくなる。……だからと言って、エステルを帝都に縛り付けるなんて、あたしには出来なかった………
…だから、あの子は来ないわ」
「それを、本人は納得したのか?」
「…いいえ」
「エ、エステル……!見送り……よね?」
ユーリの後から来たエステルに、リタはそうであれと願うように言う
…でも、そんなつもりじゃ無いことなんて、顔を見れば一目瞭然だ
「違います」
ハッキリとエステルはそう答えた
「わかってるの…!?力を使えば、命が削られるのよ…!?」
「…わかっています。けど、みんなも命をかけて戦おうとしている……アリシアは、私の為に、命をかけてくれました。そして、今もみんなと一緒に戦いに行こうとしている……。私だけ大人しく待っているなんて、出来ません」
リタの目を見つめながら、エステルは強く言った
「…それが、エステルが決めた『覚悟』、なんだね?」
私が問いかけると、彼女は力強く頷いた
「自分で決めたって言うんだったら、オレは反対しねぇよ」
「あんまりおすすめはしないけど、付いてくるって本人が決めたんだし、私も反対はしないよ、リタ」
隣にいる親友に向かってそう言う
未だに納得したような顔をみせようとはしないが、エステルの目線にようやく心が折れたのか、大きくため息をついて項垂れる
「……わかったわよ……でも、絶対に無理はしないこと、何かあったらすぐにあたしに言うこと、あたしの傍から離れないこと。……いい?」
「はい!わかりました」
嬉しそうに笑いながら、エステルはリタの傍に来る
「条件が地味に多くない?」
「あんたもよ、アリシア。前衛にまわるなんて、もってのほかよ?」
「………マジですか……」
流石にこれには苦笑いする
まさか私も対象に入ってるとは思わなかった
「悪ぃなリタ、それは譲れねぇ」
「わっ!?」
後ろから急に引っ張られて、ユーリの腕の中におさまる
「おーおー、朝からお熱いことで」
「あら、仲良しでいいじゃないの」
「ユーリ、アリシアに気を取られすぎないようにしてね」
「全く……君たちは何をしてるんだい?」
後ろから幼なじみの声が聞こえてくる
ちょっと横目で見ると、フレンとヨーデル様の姿がチラッと見えた
「フレン!それに、ヨーデル様まで…」
私がそう言うと、渋々ユーリは私から離れた
「騎士団の方はまだ船が準備出来ていないので出撃までに時間がかかりそうです。民間人である皆さんにお願いするのはとても心苦しいのですが、どうかお気をつけて」
「騎士団の為に行くんじゃねぇよ、オレらはオレらの意思で行くんだからな」
「代わりと言ってはなんですが、こちらのフレンを連れて行って下さい」
とても晴れやかな笑顔で、ヨーデル様はそう仰った
これには私たちだけじゃなく、フレン本人も驚いていた
「ヨーデル様…?!しかし、私には……」
「騎士をまとめて出撃するくらい、部下に任せても大丈夫でしょう。帝国指揮権を有するヨーデル・アギル・ヒュラッセインが命じます。ギルド・凛々の明星と共に、アレクセイを止めなさい」
少し強い口調でヨーデル様はフレンに告げる
戸惑った顔をした後、フレンは少し嬉しそうな表情を浮かべて敬礼する
「はいっ!」
そう言って、私たちの方へ来る
「そういう訳だから、よろしく頼むよ」
「嫌だって断っても付いてくるつもりだろ?」
苦笑いしながら、でも、何処か嬉しそうにユーリはフレンに言った
「これで仲間が揃ったね!」
「いいえ、まだ残ってるわ」
カロルの声に、ジュディスが腕を組んだ
「??まだ誰か居たっけ?」
《僕だよ、姫様》
その声に上を見ると、フェルティア号を吊り下げたバウルが見えた
「バウル!もういいのか?」
「えぇ、言ったでしょ?強い子だって」
少し得意げにジュディスは言う
「……ごめんね、バウル」
《大丈夫、姫様が気にする必要はないよ》
「うっし!んじゃま、行くとしますかね!」
「おう!」「はい!」「「ええ!」」「なのじゃ!」「うん!」「ああ!」「ワン!」「行こう!」
ユーリの掛け声にそれぞれが大きく頷いて、フェルティア号へと乗り込んだ
数分後……目的のザウデ不落宮が見えてきた
「あっユーリ、つく前に私の刀返して」
隣にいるユーリにそう言って手を伸ばす
「やべっ、返すの忘れてたな…」
苦笑いしながら、私の愛刀を差し出してきた
「ん、ありがとう」
その刀をいつもと同じく腰に付ける
やっぱり、両方ある方が落ち着く
《姫……行くのか?》
「っ……!?フェロー……?」
唐突に頭に響いた声に、思わず小さく呟いた
「ん?フェローがどうかしたのか?」
「えっ?!あっ、いや…なんでも、ないよ」
顔の前で手を振って誤魔化す
《……行くのか?》
(……ごめん、フェロー……行かなきゃいけない)
再び聞こえた声に頭の中でそう答えた
《……そう、か……ならば、我が道を開こう
……頼んだぞ、我らが姫よ》
それと同時に、フェローがザウデに向かって行ったのが目に入った
「っ!?待って!フェロー!!!」
「アリシアっ!?危ないだろう!!」
思わず身を乗り出して、フレンに止められた
けど、フレンの怒ってる声なんて私には入ってきていなかった
「ジュディス…!どうしよう…!!フェロー……フェローがっ……!!!」
悲鳴に近い声で叫びながら、ジュディスの方をむく
少し驚いた表情を一瞬見せたが、彼女は私に近づいてそっと抱きしめてくる
「聞こえていたわ。大丈夫、大丈夫よ…フェローは強いから」
そう言いながら背を撫でてくる手は少しだけ震えていた
「でも……っ!!あれとは相性が悪すぎる………!!フェローは、あれにうかつに攻撃出来ないんだよ……!!!」
「……そうみたい、ね……でも、彼はそう簡単にやられるとは思えないわ。…あなたもそう思うでしょう?」
「そう……だけど……っ!でも……っ」
「待ちなさいよ!あんたらだけで話を進めないっ!」
なお言葉を続けようとした私をリタが静止した
「後でちゃんと話すわ。それよりも、今のうちに海から近づきましょ」
「だな、フェローにゃ悪いが……今のうちに中に入らせてもらおう」
ユーリがそう言ったのと同時に、バウルがゆっくりと下降した
「……アリシア、心配なのは私も同じだわ。…でも、身を張ってくれている彼のためにも、急いでアレクセイの元へ向かいましょ?」
「………………うん、わかった………」
優しく宥めてくるジュディスの言葉にゆっくりと頷いた
……フェロー、待っててね、すぐに……助けるから
「さて……どう中に入る?」
岩陰に隠れた状態でユーリは問いかけた
正面は当たり前だが親衛隊が固めている
「そんなの、正面突破すりゃいいじゃない」
さも当たり前のようにリタはそう言った
「そうゆうわけにもいかねぇだろ?別に入れるとこねぇんだったら、しゃーねぇけどさ」
苦笑いしながら、ユーリはリタを見た
確かに、正面突破の方が早いけど…
その分、お兄様の元につく前にバテちゃいそう
(何処か入口……)
岩陰から少し離れて辺りを見回すと、脇に逸れる道のようになった場所を見つけた
その先に見えるのは排水溝……
「……ねぇ、ユーリ」
「ん?なんだ?」
「こっち、開けられたら入れそうだよ」
ユーリに声をかけて排水溝を指さす
それだ、と言いながらパチンッと指を鳴らした
ユーリが言い出す前に、カロルが排水溝に駆け寄ってカチャカチャとピッキングをし始める
「ここから入るのかい?」
「お前からしたら問題行動かもしんねぇが、今回は目ぇ瞑ってくれ」
少し怪訝そうな顔をしたフレンに、ユーリは肩を竦めた
カロルの開いたよ!っと言う声に、渋々ながらフレンは中へ入って行く
みんな順々に中に入って行き、最後に私が残った
「……フェロー、待っててね」
軽く空を見上げてそう呟き、中へと潜り込んだ
中に入り時折邪魔な敵を倒しながら進んでいると、不意にユーリに方に手を置かれた
「シア、大丈夫か?」
心配そうな表情で、私の顔をのぞき込む
「ん、体は大丈夫だよ。まだまだ動ける」
「そっちもだが、オレが今聞いてんのはフェローのことだよ。…気にしてんだろ?」
ギクリと肩が上がった
やっぱり、ユーリには隠し事は出来ない
「……心配、だよ。でも……今は信じて、先に進んで、早くお兄様を止めるしか……ないから……」
無意識に手に力が入った
自分には譲れないものがあった
でも、それはフェローも同じで…
彼は私が大切…だから、命をかけて私を中へ入れるように囮になってくれた…
「……フェローのためにも、早く行かなくちゃ」
小さくそう呟いて、真っ直ぐ前を見据える
今までとは違う少し大きな扉を開くと、円形のホールのような広い空間に出た
その中心に、イエガーがいるのが目に入る
「イエガー…!」
「今度は何、アレクセイの居場所でもおしえてくれるの!?」
「ええ、教えてさしあげまーす。地獄 への行き方をね」
そう言うとイエガーは武器を取り出す
「…ここにきてどうゆう風の吹き回しよ?」
レイヴンは静かに問いかける
「フォーゴトン?元々ミーとユーたちは敵同士。いつかはこうなるディスティニー」
「また、罠なんじゃ…?」
カロルはそう言いながらユーリを見る
でも、私にはイエガーから殺気を感じ取れない
むしろ……
「シア、お前は下がってろ。アレクセイのとこまで体力温存しておけ」
ユーリはそう言いながら剣の鞘を飛ばす
「………うん、わかった」
そう答えて、みんなから距離を取る
正直、イエガーの殺気のなさが気になるけど…
でも、ユーリたちなら大丈夫そうだし
大人しく、戦いを見守ることにした
「はぁっ!!爪竜連牙斬!!」
「風風レボリューション!!」
「打ち上げろ!アクアレイザー!!」
「まだまだデース、エアライド!!」
「くっ、流石に強いね…でも、こちらも負けられない!」
劣勢…というわけではないけど、どちらも優れてなく劣ってもいない
でも、だからこそ早くに決着をつけないと、みんながお兄様のもとまで持たなくなる
「ペテルギウス、いけそう?」
『ええ、貴方さえ大丈夫であれば。『ここ』なら問題はないでしょう』
夜でもないのに、彼女の声がハッキリと聞こえる
やっぱり、ここには、『御先祖様』がいるからなのかな
「……みんな、避けてね?」
「え??」「は??」
私の掛け声に、何人かが不思議そうな顔をする
「水流よ逆巻け……タイダルウェイブ!」
出来るだけユーリたちには当たらないよう中心に来るように術を発動する
一瞬当たりかけた人が何人かいたけど…後でちゃんと治癒術かけるから許して
「ぐぁっ……!」
「あのバカ…!!……くそ、今はそれより!」
一瞬すっごい形相でユーリがこっちを見たけど、すぐにイエガーの方に向き直す
後で怒られそうだなぁ…
苦笑いして待っていると、レイヴンの攻撃でようやくイエガーは倒れた
「ナ、ナイスファイト……」
「柄じゃねぇんだけどドンの仇、取らせてもらうわ」
レイヴンのいつになく真剣な声が部屋に反響する
『ドン・ホワイトホースは、あやつのせいで死に追いやられたのだよ』
首を傾げた私に、そっとシリウスが教えてくれた
「……あぁ……だから……」
小さく呟いて、みんなの元に近づく
「油断しちゃダメ。まだなんか隠し持ってるかもしれないわ」
「それは、ないと思うよ」
リタの意見にNOをかけた
「どうしてわかるんです?」
「…こいつには、最初から殺気がまるでなかった。本気で勝とうとしてるなら…少しでも殺気だっててもいいと思う。……少なくても、私はこいつが殺気立てずに戦ってるとこ、見たことないから」
イエガーの隣に立ちながら、彼を見下ろす
心臓魔導器……彼の胸にも、それが埋まっている
人魔戦争の生き残り……いや、無理やり生き残らさせたんだろう
「くっくっく……流石、ミーと一緒に何度か仕事しただけありますね………彼が大切にしようとするわけデース……」
嫌味ったらしく笑いながら、イエガーは私を見る
「『大切』…ね。それなら、もー少し私の話、聞いてくれたってよかったのに」
「ノンノン……彼の頭の中は貴方のことでいっぱいデース………どうしたら、ユーが長く生きられるか……それをずっと探しているのデース…………」
「……っ!!」
「ユーも………分かっていたのでしょう?……無理矢理止めるなんて、ユーなら簡単なはずデース…………それを、しなかったのは………」
「……うっさい、わかってる。……そんなの、あんたに言われなくても、わかってる」
「…………なら、早く行くことネ………彼の計画が、遂行される前に…………グッバイ」
そう言うとイエガーの胸の輝きは、光を失った
……これが、心臓魔導器を持った人間の死……
お兄様のために働き続けた、彼の……
「……なんか、情報が一気に入りすぎて僕、わかんないよ…」
「そう、ね……アリシアを苦しめていたアレクセイが、彼女のことを大切にしてるなんて言われても、実感わかないわね」
「じゃのう…それに、シア姐、わかってるって言っとったのじゃ……どうゆうことかの?」
パティの問いかけにも答えられずに、私はただ、目の前のイエガーを睨んだ
握りしめた両手には、掌に爪痕がつくのではと言うくらいに力が入っている
……認めたく、なかった
『そうだろう』とは、どこかで思っていた
けど……そうだという、確信を持ちたくなかった
「シア、どうゆうことか、話せるか?」
ユーリの声に、睨んでいた目を軽く閉じて天井を向いた
「…………私の体は脆い、自分の力で自分を殺すくらいに…………それでも、評議会のお偉いさんは、私の力を欲した。……この力があれば、満月の子を……皇帝一族さえも、凌駕できると思った馬鹿たちが、ね」
「!!!!」
「……お兄様は、そんな奴らから私を守ることに必死だった。…お父様じゃ、どうしても逆らえないところがあるから………。薄々気づいてはいたんだ。お兄様がお父様たちをわざと置いて行ったのは、私を自分の手元に置くため。脅迫してまで、色々なことをさせたのは、そうゆう悪巧みをする評議会の馬鹿どもから、私を遠ざけるため………そして今、世界を自分の手中へ納めようとするのは、私がこれ以上、そうゆう連中から追われなくて済むようにするため…………そんな事実、認めたくなかった。でも、イエガーにあぁ言われたら、認めるしかないじゃない」
ギリッと歯をくいしばる
気づいていた、ずっと
お兄様はどんなに酷い要求をしても、満足そうに笑うことはなかった
どんなに酷い言葉を言ってきても、その目にはいつも、悲しみが隠れていた
どんなに酷い仕打ちをしても……優しく、抱きしめてくれた
やり方に問題があっても、お兄様は昔のまま変わらない
……変わらずに、私を大事にしてくれる
……決戦前にそんなこと、気づきたくなかった
「………………行こう、みんな。本当に、手遅れになる前に」
視線を次の扉へと向ける
私の記憶が正しければ、後二部屋先だったはずだ
「……アリシアは、大丈夫なのかい?」
進もうとした足がフレンの言葉で止まる
「…大丈夫って、何が??私は平気だよ?」
振り返って笑って見せる
…いや、笑ったつもりだった
うまく笑えないなんて、わかってる
「そんなに引きつった笑顔の何処が大丈夫なのよ!」
ちょっと怒り気味にリタに言われて、無理矢理作った笑顔を収める
「…大丈夫だよ。だって、もう決めたことだから。……例え、どんな結果になっても、私はお兄様を止める。私のためにって、これ以上他人を傷つけるようなことはさせない。……もしも、お兄様を殺すことになっても……それが『最善策』だって、割り切るくらいの気持ちはあるよ」
「アリシア……」
「……ほら、本当にもう行こ?」
そう言うと、何処か寂しそうにしながらも、みんな歩き始める
後ろを振り返らずに先頭を歩く
……ここから先は、私の出番だ
「この先、だね」
一段と大きな扉の前で呟く
「なんでわかるんだい?」
「…家にあった資料に、ここの地図が乗ってたの。…この先が最深部だよ」
フレンの問いに、扉を見つめたまま答えた
「むむむ……?これは……」
パティはそばの壁の装飾を見つめながら首を傾げた
「どうした、パティ?」
「麗しの星 ………」
「え?それって、パティが探していた…?」
カロルが遠慮気味に聞くと、パティは大きく頷いた
「なんで、そんなものがここに…?」
不思議そうにエステルは首を傾げる
「それよか、今はアレクセイだろ?」
「……のじゃ、さっさとアレクセイのやつをぶっ飛ばすのじゃ」
懐に麗しの星をしまいながら、パティは力強く頷いた
扉をゆっくりと開けると、イエガーのいた部屋の前と同じような長い道が見えた
「あの扉…だね」
そう言ってゆっくり歩き出す
「フレン隊長ー!」
若干聞いたことのある声に振り返ると、フレンの部下の……確か、ウィチルとソディアがそこにいた
「ウィチル!それに、ソディア」
「騎士団の準備が整いましたので、順次上陸を開始しています」
「僕らはその先発隊です」
「騎士団、上陸始めたんだね」
その会話に小さく呟く
すると、ソディアは、あからさまにユーリを睨みながら口を開いた
「ここから先は我々の務めだ。お前たちは下がっていろ」
「悪いけど、下がっているのはあなた達の方よ。……これは、私の問題。お兄様とは、私がケリをつける」
ソディアの言葉にピシャリと言う
…何故だろう、どうしても彼女は気に食わない
目付きや態度が、どうしても貴族のそれと重なってしまうのだ
「っ!!アリシア様……!ですが…」
「これは…兄弟喧嘩の延長戦みたいなものだから。手伝いはしてもらっても、ケリは私自身がつける」
「……わーったよ。最後は任せるよ」
ソディアの言葉を遮りながら、ユーリにそう言った
「…行こう、全員で、だ」
フレンがそう言うと、渋々ながらソディアが頷いた
「…………開けるよ」
そう声をかけて、扉を思い切り押し開けた
「お兄様!!!!」
大声で叫びながら駆け寄る
操作パネルを見つめていたお兄様の顔が、私の方へ向く
「……ほう、たった一晩で動けるようになるとは……やはり、そのペンダントと刀がなければいけなかったか」
「お兄様…やめてよ、もう……」
敬語を使うことさえ忘れて、問いかける
「…………何故やめる必要がある?全てお前自身の為だと言うのに」
「誰かを犠牲にしてまで平穏を望んでないっ!誰かの犠牲の上に出来た平穏なんて望まない!私はただ…っ!ただ昔みたいに過ごせればそれでいい!!」
「……お前が望まなくとも、私はやめるつもりはない。今の腐りきった帝国を一度リセットし、私が新たに人を導く」
「ったく、交渉の余地もなしかよ」
「私は忙しいのでね、失礼させてもらうよ」
お兄様がそう言うと同時に、床が上へと上がる
「飛び移れ!!」
ユーリの合図で、みんなその床へ飛び乗る
「ふん、ザウデの力を手に入れた私の前では、お前達など虫けらも同然だ」
「何言ってんのよ、それ、まだ解析途中でしょ。半分も進んでないじゃないの」
ピシャリとリタは言い放つ
流石リタ、天才魔道士なだけある
私にはわからないけど、でも解読しきれていないことはわかる
…だって、解析が終わってたら……もう……
「………お兄様、これが、最終警告だよ。今すぐにやめて。でないと、取り返しがつかないことになる」
「…それは無理な相談だな」
パネルを閉じて剣を取る
「……わからず屋」
そう言って刀を抜く
「…行くよ!」
そう言って、地面を蹴った
「大地の脈動、その身を贄にして敵を砕かん!グランドダッシャー」
「爪竜連牙斬っ!!!」
術を避けて一気に距離を縮め、技を当てる
軽く剣で振り払われてしまう
「っ!!行くよ、カストロ!…ホーリィランス!!!」
詠唱なしで術が発動する
『御先祖様』のおかげで、この時間でも自由に力を使うことが出来る
「ぐっ……!!流石に、場所が悪いな……だか、負けるわけにはいかん!」
術が直撃したにも関わらず、お兄様は地面を蹴って私に向かってくる
「私だって、負けられない…!!」
そう言って私も地面を蹴る
互いが近づいたところで、ガキィィンと音を立てて剣がぶつかり合う
そのまま互いに引かない
「何故引かぬ?全てはお前のためだと言うのに」
「大勢の犠牲のうえに出来た平穏なんて私はいらない…!辛くても、みんなと、仲間と一緒にもがいて生きていく方がよっぽどマシだよ!」
私がそう言ったのと同時に、互いに後ろへ飛ぶ
どちらも引かない、けどいつまでも勝負はつきそうにない
「アリシア…!あんた、無理してないでしょうね…!?」
後ろからリタの声が聞こえてくる
リタだけじゃない
心配する声が何度も聞こえてきていた
「ふっ、そろそろ、助けを求めた方がいいのではないか?」
お兄様はそう言うと、剣に回す力を強めた
「…心配いらないよ、大丈夫だから」
みんなの方を向いて笑ってみせる
そして、左に持っていた剣を捨てた
「…………やっぱり、本気出すなら片手、だね」
小さく呟いて前へ飛ぶ
突然の突進に驚いたのか、それともそのスピードに驚いたのか、一瞬お兄様に隙ができる
その隙をついて刃のない背で脇腹を叩く
そして、剣の魔核目掛けて、短剣を突き刺す
「やった!!!!魔核が壊れたよ!!」
後ろからカロルの嬉しそうな声が聞こえてくる
短剣を抜いて、後ろへ下がった
「ぐはぁっ……!!……ふ……まさか………ここまで、とはな……」
フラフラと後退しながらお兄様は呟く
「だが、もう遅い」
「えっ……?」
周りを見れば、頂上へとたどり着いていた
『逃げて………逃げて………』
「な……に………?」
聞いたことのない声が頭の中に反響する
『逃げなさい………我らの子孫よ………』
『早くそこから…………逃げるのです!!』
「っ!!!!!」
刀を鞘に収めて、ユーリの元に走る
その瞬間、先程までいた場所に見たことのない結界が表れる
「なっ、何よあれ!!」
悲鳴に近いリタの声が聞こえる
が、驚いているのはリタだけじゃない
お兄様も同様に驚いている
……でも、私は『これ』を知っている
『これ』に捕まったら最後、私は……
「これは……一体………」
「っ!シア!!手ぇ伸ばせ!!」
私のあとを追いかけるように展開されは消えを繰り返す結界に違和感を持ったユーリが、私に向かって手を伸ばす
出来る限り、ユーリに向かって手を伸ばした
また掴めないんじゃないかと一瞬不安になったが、そんな不安もかき消すようにユーリは私の手を掴むと、思い切り引き寄せて抱き上げる
それと同時に張られていた妙な結界は現れなくなった
「これは……アリシアの力に反応していたとでも言うのか……?」
唖然としながら、フレンは呟いた
結界が張られなくなってから、巨大な魔核から天へ向かって光が伸びる
「しまった…っ!!」
思わずそう声が出た
こうなってしまったら、私には止める術がわからない
パリッと音を立てて、空が割れた
……ついに、帰って来てしまった……
あの、『星喰み』が………
「あ、あぁ……あ……!!」
「なんなのよ……あれ!!」
「大きなタコみたいなのじゃ……」
「星………喰み………」
小さくそう呟いた
「星喰みだと…??あれがか!?」
ユーリには聞こえていたみたいで、私にそう問いかけてくる
「そんな、間に合わなかったとでもいうの?」
「……違う、星喰みは、倒されてないていなかったんだ」
「なんだって?」
「ふふ……ははっ……ふははははっ!!!!そうか!!だからお前は止めたのだな……!!これは兵器ではなく、世界を守るための結界魔導器……!!!だからお前を狙うような結界すらあったのだな!!私が!私の手で星食みをこの世界に呼び戻したのか!!傑作だな!!」
狂ったように、お兄様は笑う
…私のためのはずが、世界を危険に晒してしまった
…世界の危険ということは、私もさらに危険になったわけだ
「………………」
ユーリから降りれば、また追いかけられる
……でも、もういい
「っ!!おい、シアっ!!」
ユーリから飛び降りて、真っ直ぐにお兄様に駆け寄る
そして、その腹部に短剣を思い切り突き刺す
「ぐぁ…っ!!」
「…………ごめんね……お兄様…………ごめんなさい………」
つうっと目から涙が流れる
「私は……ただ、家族で一緒に居られれば、それで良かった………お父様がいて、お母様がいて……お兄様がいて………ユーリやフレンがいて………みんなで居られれば、それだけで、よかった……ごめんなさい……もっと早くに、伝えればよかった………」
すぐ近くまで結界が近づいてきている
それでも、離れる気にはなれなかった
「…………私も、すぐそっち行くと思うから………お父様たちと、待っててよ」
ユーリたちには聞こえないように呟く
足元に、陣が浮かんだのが目に入る
……もう、いいんだ、これで……
疲れてしまった
ユーリには悪いけど……
でも、もう……誰かが死ぬのを見たくない……
「…………駄目、だ」
「…え………?!」
お兄様にそう言われた次の瞬間には、後ろに飛ばされていた
「……っ!!!なんで……っ!!!」
手を必死に伸ばしても、ただただ遠ざかっていく
「アリシア…生きろ。………私の代わりに、生きてくれ」
寂しそうに笑ってお兄様は私に言った
「……ローウェル君………後は、頼んだぞ」
後ろから抱きしめられるのと同時に、魔核がお兄様の元へと落下した
「……あ……………や……………」
少し離れた場所で未だに手を伸ばし続ける
魔核が落ちたからか、結界はもう生成されなくなっていた
体に力が入らなくて、その場に崩れ落ちた
「……シア………」
ユーリはそっと後ろから抱きしめてくる
伸ばしたままの手に、そっと手を添えて指を絡めてくる
「やだ…………やだよ……………いやだよ…………!!!!」
ポロポロと止まることなく目から涙が溢れる
「なんで……っ!!!なんでよ………っ!なんでお兄様まで居なくなっちゃうの……っ!!せめて…せめて連れて帰りたかったのに…っ!!なんでよ……っ!!!」
「シア……」
ぎゅっとユーリの腕に力が入った
「……ゆー……りぃ……っ!!」
振り返って、ユーリに抱きつく
さっきまでお兄様と一緒に死のうとかしてた私が言うのもおかしいけど、無性にユーリが居なくなることが怖くなった
一瞬驚いてたみたいだけど、すぐにぎゅっと抱き締め返してくれる
「…大丈夫、大丈夫だよ、シア。オレは絶対に居なくならねぇよ」
私の言いたいことを見抜いたのか、ユーリはそっも頭を撫でてくる
「……本当に………?」
「おぅ、オレが嘘ついたこと、あったか?」
「……ない………」
「だろ?」
ゆっくり顔をあげると、ニカッと笑ったユーリの顔が目に入る
この笑顔を見るだけで落ち着けるのは何故だろう
「シア、先にエステルたちのとこ行っけか?」
「…………ん、行けるよ………でも、早く戻ってきて欲しい……」
「わーってるよ、すぐ戻る」
ユーリはそっと頬を撫でながら顔を近づけてくる
軽く目をつぶると、そっと唇が触れ合う
たった数秒の触れるだけのキス……
それでも、大分落ち着くことが出来た
「…………待ってるから、約束だよ…?」
「おぅ、約束だ」
そう返事をしたユーリに笑って返す
ゆっくりと立ち上がって、エステルたちを探そうとユーリから離れる
「みんな……どこに………」
小さく呟きながら辺りを見回すと、ソディアの姿が目に入った
が、あからさまに様子がおかしい
視線の先にはユーリ……まだ、ソディアにきづいていない
「っ!!!」
嫌な予感がして、駆け戻る
空の災厄に目を取られて、ソディアに気づきそうにない
……間に合って、お願いだから……!
「ユーリっ!!!」
「ん?なん……うぉっ?!!」
振り返ったユーリと短剣を持ったソディアの間に割って入る
グサッと腹部に短剣が突き刺さる
「かっ……はっ………」
体から力が抜けてユーリの方へ倒れ込む
ユーリも支えきれなかったらしく、そのまま後ろへ倒れる
……後ろは、海…………
寄りかかれるものは何も無い
つまり、落ちるだけ………
「っ……!!!シア………っ!!」
少し苦しそうな声でユーリは私を片手で抱きしめたまま、話しかけてくる
でも、私にはもう答えるだけの力が残っていない
……ごめん……ユーリ…………
伸びをしながら、帝都の市民街の入口に向かって歩く
休め休め言ってたはずのユーリとフレンのお説教が終わったのは、大分夜がふけたころだった
おかげで寝不足だ
それでも、体のダメージは大分軽減されている…はず…
とりあえず、歩くことと、剣をふる分には問題ないことは確認済みだ
今のところの問題点は、寝不足な事くらいだろう
「あっ!アリシア!!おはよう!」
市民街の入口には、既にカロルやレイヴン、リタ、それにパティの姿があった
「おはよう、みんな」
「シア姐、もう大丈夫なのか??」
心配そうな顔でパティが聞いてくる
「ん、大丈夫だよ」
「…本当に、大丈夫なんでしょうね…?」
パティ以上に心配そうに、リタが横から聞いてくる
「本当に大丈夫だよ。歩いても痛くないし、剣も振れるしね!」
ニカッと笑って言うと、あまり納得はしていないような表情を浮かべた
「まっ、昨日よりも顔色良さげだし、いつも通り動けてるみたいだよねぇ。なんかあったら、青年が面倒みてくれるっしょ」
「なんかある前提で言われても説得力ないよ、レイヴン…」
頭の後ろで手を組んでいるレイヴンに苦笑いする
こっちの彼はこっちの彼で苦手だと、今気がついた…
「そうゆうシャレにならねぇこと言うなよ、おっさん」
呆れたような声に振り向くと、ラピードとユーリが来ていた
「ユーリ、遅刻だよ!」
カロルはそう言いながらユーリを見る
「悪ぃ、遅くなった」
全く悪びれた様子もなく、ユーリは手をひらつかせた
「後は、エステルとジュディだけか」
仲間を見回しながらユーリは呟く
「あら、わたしはもう居るわよ」
「あっ、ジュディス、おはよう」
市民街の入口から来たジュディスに声をかける
バウルとでも話していたのだろうか
「エステルだけ、か。リタ、なんか知らねぇか?」
ユーリがそう言ってリタの方を見ると、あからさまに顔をそむけた
「リタ?」
「……あの子は、来ないわよ」
ポツリと小さく、でも、ハッキリとリタは寂しそうに言う
「……え?」
「あの子がアリシアのペンダントを付けてる限り、あの子の力は世界にもアリシアにも害にならないのは、データでもハッキリとわかったわ。…でも、それじゃダメなの。あのペンダントは元々、アリシアの体内に必要以上のエアルが入らないようにするための術がかけられていた。その上から、必要以上に外に放出しない術をあんたはかけたんでしょ?」
「え?う、うん…そうだけど…」
「真逆の術が、一つのペンダントにかけられている……そんなの、ペンダントに負荷を掛けているだけにしかすぎないわ。現にもうガタがき始めてた」
そう言ったリタの手には、ペンダントが握られていた
彼女の言う通りペンダントトップの部分には、小さなヒビが入っていた
「あんたがかけた術、勝手に解かせてもらったわ。あんたを守るためのお守りなのに、壊れられたらあたしも困るのよ」
「え……でも、じゃあ…エステルは…!?」
「……アリシアを制御してたアレクセイの技術、悔しいけど優れてたのよ。元々エステル用に作られたのものみたいだったし、あの子にそのまま使うことも出来たわ。…でも、そうしたらあの子は帝都から外に出られなくなる……だから、レイヴンの
「ちょい待ち、それはやめた方がいいんじゃない??確かにエアルじゃなくて自身の生命力で動くもんだけど…」
珍しくレイヴンが話に割って入った
…リタの表情は、とっても悔しそうで、寂しそうに歪められている
「わかってるわよ。魔導器を使おうと使わまいと、あの子は術技や治癒術を使う限り、自分の命が削られる…………あたしだって、他の方法を探したかったわよ!でも、今は時間がない…
アリシアのペンダントはいつまでも持たない、それに、このペンダントがないと、この子の命が危うくなる。……だからと言って、エステルを帝都に縛り付けるなんて、あたしには出来なかった………
…だから、あの子は来ないわ」
「それを、本人は納得したのか?」
「…いいえ」
「エ、エステル……!見送り……よね?」
ユーリの後から来たエステルに、リタはそうであれと願うように言う
…でも、そんなつもりじゃ無いことなんて、顔を見れば一目瞭然だ
「違います」
ハッキリとエステルはそう答えた
「わかってるの…!?力を使えば、命が削られるのよ…!?」
「…わかっています。けど、みんなも命をかけて戦おうとしている……アリシアは、私の為に、命をかけてくれました。そして、今もみんなと一緒に戦いに行こうとしている……。私だけ大人しく待っているなんて、出来ません」
リタの目を見つめながら、エステルは強く言った
「…それが、エステルが決めた『覚悟』、なんだね?」
私が問いかけると、彼女は力強く頷いた
「自分で決めたって言うんだったら、オレは反対しねぇよ」
「あんまりおすすめはしないけど、付いてくるって本人が決めたんだし、私も反対はしないよ、リタ」
隣にいる親友に向かってそう言う
未だに納得したような顔をみせようとはしないが、エステルの目線にようやく心が折れたのか、大きくため息をついて項垂れる
「……わかったわよ……でも、絶対に無理はしないこと、何かあったらすぐにあたしに言うこと、あたしの傍から離れないこと。……いい?」
「はい!わかりました」
嬉しそうに笑いながら、エステルはリタの傍に来る
「条件が地味に多くない?」
「あんたもよ、アリシア。前衛にまわるなんて、もってのほかよ?」
「………マジですか……」
流石にこれには苦笑いする
まさか私も対象に入ってるとは思わなかった
「悪ぃなリタ、それは譲れねぇ」
「わっ!?」
後ろから急に引っ張られて、ユーリの腕の中におさまる
「おーおー、朝からお熱いことで」
「あら、仲良しでいいじゃないの」
「ユーリ、アリシアに気を取られすぎないようにしてね」
「全く……君たちは何をしてるんだい?」
後ろから幼なじみの声が聞こえてくる
ちょっと横目で見ると、フレンとヨーデル様の姿がチラッと見えた
「フレン!それに、ヨーデル様まで…」
私がそう言うと、渋々ユーリは私から離れた
「騎士団の方はまだ船が準備出来ていないので出撃までに時間がかかりそうです。民間人である皆さんにお願いするのはとても心苦しいのですが、どうかお気をつけて」
「騎士団の為に行くんじゃねぇよ、オレらはオレらの意思で行くんだからな」
「代わりと言ってはなんですが、こちらのフレンを連れて行って下さい」
とても晴れやかな笑顔で、ヨーデル様はそう仰った
これには私たちだけじゃなく、フレン本人も驚いていた
「ヨーデル様…?!しかし、私には……」
「騎士をまとめて出撃するくらい、部下に任せても大丈夫でしょう。帝国指揮権を有するヨーデル・アギル・ヒュラッセインが命じます。ギルド・凛々の明星と共に、アレクセイを止めなさい」
少し強い口調でヨーデル様はフレンに告げる
戸惑った顔をした後、フレンは少し嬉しそうな表情を浮かべて敬礼する
「はいっ!」
そう言って、私たちの方へ来る
「そういう訳だから、よろしく頼むよ」
「嫌だって断っても付いてくるつもりだろ?」
苦笑いしながら、でも、何処か嬉しそうにユーリはフレンに言った
「これで仲間が揃ったね!」
「いいえ、まだ残ってるわ」
カロルの声に、ジュディスが腕を組んだ
「??まだ誰か居たっけ?」
《僕だよ、姫様》
その声に上を見ると、フェルティア号を吊り下げたバウルが見えた
「バウル!もういいのか?」
「えぇ、言ったでしょ?強い子だって」
少し得意げにジュディスは言う
「……ごめんね、バウル」
《大丈夫、姫様が気にする必要はないよ》
「うっし!んじゃま、行くとしますかね!」
「おう!」「はい!」「「ええ!」」「なのじゃ!」「うん!」「ああ!」「ワン!」「行こう!」
ユーリの掛け声にそれぞれが大きく頷いて、フェルティア号へと乗り込んだ
数分後……目的のザウデ不落宮が見えてきた
「あっユーリ、つく前に私の刀返して」
隣にいるユーリにそう言って手を伸ばす
「やべっ、返すの忘れてたな…」
苦笑いしながら、私の愛刀を差し出してきた
「ん、ありがとう」
その刀をいつもと同じく腰に付ける
やっぱり、両方ある方が落ち着く
《姫……行くのか?》
「っ……!?フェロー……?」
唐突に頭に響いた声に、思わず小さく呟いた
「ん?フェローがどうかしたのか?」
「えっ?!あっ、いや…なんでも、ないよ」
顔の前で手を振って誤魔化す
《……行くのか?》
(……ごめん、フェロー……行かなきゃいけない)
再び聞こえた声に頭の中でそう答えた
《……そう、か……ならば、我が道を開こう
……頼んだぞ、我らが姫よ》
それと同時に、フェローがザウデに向かって行ったのが目に入った
「っ!?待って!フェロー!!!」
「アリシアっ!?危ないだろう!!」
思わず身を乗り出して、フレンに止められた
けど、フレンの怒ってる声なんて私には入ってきていなかった
「ジュディス…!どうしよう…!!フェロー……フェローがっ……!!!」
悲鳴に近い声で叫びながら、ジュディスの方をむく
少し驚いた表情を一瞬見せたが、彼女は私に近づいてそっと抱きしめてくる
「聞こえていたわ。大丈夫、大丈夫よ…フェローは強いから」
そう言いながら背を撫でてくる手は少しだけ震えていた
「でも……っ!!あれとは相性が悪すぎる………!!フェローは、あれにうかつに攻撃出来ないんだよ……!!!」
「……そうみたい、ね……でも、彼はそう簡単にやられるとは思えないわ。…あなたもそう思うでしょう?」
「そう……だけど……っ!でも……っ」
「待ちなさいよ!あんたらだけで話を進めないっ!」
なお言葉を続けようとした私をリタが静止した
「後でちゃんと話すわ。それよりも、今のうちに海から近づきましょ」
「だな、フェローにゃ悪いが……今のうちに中に入らせてもらおう」
ユーリがそう言ったのと同時に、バウルがゆっくりと下降した
「……アリシア、心配なのは私も同じだわ。…でも、身を張ってくれている彼のためにも、急いでアレクセイの元へ向かいましょ?」
「………………うん、わかった………」
優しく宥めてくるジュディスの言葉にゆっくりと頷いた
……フェロー、待っててね、すぐに……助けるから
「さて……どう中に入る?」
岩陰に隠れた状態でユーリは問いかけた
正面は当たり前だが親衛隊が固めている
「そんなの、正面突破すりゃいいじゃない」
さも当たり前のようにリタはそう言った
「そうゆうわけにもいかねぇだろ?別に入れるとこねぇんだったら、しゃーねぇけどさ」
苦笑いしながら、ユーリはリタを見た
確かに、正面突破の方が早いけど…
その分、お兄様の元につく前にバテちゃいそう
(何処か入口……)
岩陰から少し離れて辺りを見回すと、脇に逸れる道のようになった場所を見つけた
その先に見えるのは排水溝……
「……ねぇ、ユーリ」
「ん?なんだ?」
「こっち、開けられたら入れそうだよ」
ユーリに声をかけて排水溝を指さす
それだ、と言いながらパチンッと指を鳴らした
ユーリが言い出す前に、カロルが排水溝に駆け寄ってカチャカチャとピッキングをし始める
「ここから入るのかい?」
「お前からしたら問題行動かもしんねぇが、今回は目ぇ瞑ってくれ」
少し怪訝そうな顔をしたフレンに、ユーリは肩を竦めた
カロルの開いたよ!っと言う声に、渋々ながらフレンは中へ入って行く
みんな順々に中に入って行き、最後に私が残った
「……フェロー、待っててね」
軽く空を見上げてそう呟き、中へと潜り込んだ
中に入り時折邪魔な敵を倒しながら進んでいると、不意にユーリに方に手を置かれた
「シア、大丈夫か?」
心配そうな表情で、私の顔をのぞき込む
「ん、体は大丈夫だよ。まだまだ動ける」
「そっちもだが、オレが今聞いてんのはフェローのことだよ。…気にしてんだろ?」
ギクリと肩が上がった
やっぱり、ユーリには隠し事は出来ない
「……心配、だよ。でも……今は信じて、先に進んで、早くお兄様を止めるしか……ないから……」
無意識に手に力が入った
自分には譲れないものがあった
でも、それはフェローも同じで…
彼は私が大切…だから、命をかけて私を中へ入れるように囮になってくれた…
「……フェローのためにも、早く行かなくちゃ」
小さくそう呟いて、真っ直ぐ前を見据える
今までとは違う少し大きな扉を開くと、円形のホールのような広い空間に出た
その中心に、イエガーがいるのが目に入る
「イエガー…!」
「今度は何、アレクセイの居場所でもおしえてくれるの!?」
「ええ、教えてさしあげまーす。
そう言うとイエガーは武器を取り出す
「…ここにきてどうゆう風の吹き回しよ?」
レイヴンは静かに問いかける
「フォーゴトン?元々ミーとユーたちは敵同士。いつかはこうなるディスティニー」
「また、罠なんじゃ…?」
カロルはそう言いながらユーリを見る
でも、私にはイエガーから殺気を感じ取れない
むしろ……
「シア、お前は下がってろ。アレクセイのとこまで体力温存しておけ」
ユーリはそう言いながら剣の鞘を飛ばす
「………うん、わかった」
そう答えて、みんなから距離を取る
正直、イエガーの殺気のなさが気になるけど…
でも、ユーリたちなら大丈夫そうだし
大人しく、戦いを見守ることにした
「はぁっ!!爪竜連牙斬!!」
「風風レボリューション!!」
「打ち上げろ!アクアレイザー!!」
「まだまだデース、エアライド!!」
「くっ、流石に強いね…でも、こちらも負けられない!」
劣勢…というわけではないけど、どちらも優れてなく劣ってもいない
でも、だからこそ早くに決着をつけないと、みんながお兄様のもとまで持たなくなる
「ペテルギウス、いけそう?」
『ええ、貴方さえ大丈夫であれば。『ここ』なら問題はないでしょう』
夜でもないのに、彼女の声がハッキリと聞こえる
やっぱり、ここには、『御先祖様』がいるからなのかな
「……みんな、避けてね?」
「え??」「は??」
私の掛け声に、何人かが不思議そうな顔をする
「水流よ逆巻け……タイダルウェイブ!」
出来るだけユーリたちには当たらないよう中心に来るように術を発動する
一瞬当たりかけた人が何人かいたけど…後でちゃんと治癒術かけるから許して
「ぐぁっ……!」
「あのバカ…!!……くそ、今はそれより!」
一瞬すっごい形相でユーリがこっちを見たけど、すぐにイエガーの方に向き直す
後で怒られそうだなぁ…
苦笑いして待っていると、レイヴンの攻撃でようやくイエガーは倒れた
「ナ、ナイスファイト……」
「柄じゃねぇんだけどドンの仇、取らせてもらうわ」
レイヴンのいつになく真剣な声が部屋に反響する
『ドン・ホワイトホースは、あやつのせいで死に追いやられたのだよ』
首を傾げた私に、そっとシリウスが教えてくれた
「……あぁ……だから……」
小さく呟いて、みんなの元に近づく
「油断しちゃダメ。まだなんか隠し持ってるかもしれないわ」
「それは、ないと思うよ」
リタの意見にNOをかけた
「どうしてわかるんです?」
「…こいつには、最初から殺気がまるでなかった。本気で勝とうとしてるなら…少しでも殺気だっててもいいと思う。……少なくても、私はこいつが殺気立てずに戦ってるとこ、見たことないから」
イエガーの隣に立ちながら、彼を見下ろす
心臓魔導器……彼の胸にも、それが埋まっている
人魔戦争の生き残り……いや、無理やり生き残らさせたんだろう
「くっくっく……流石、ミーと一緒に何度か仕事しただけありますね………彼が大切にしようとするわけデース……」
嫌味ったらしく笑いながら、イエガーは私を見る
「『大切』…ね。それなら、もー少し私の話、聞いてくれたってよかったのに」
「ノンノン……彼の頭の中は貴方のことでいっぱいデース………どうしたら、ユーが長く生きられるか……それをずっと探しているのデース…………」
「……っ!!」
「ユーも………分かっていたのでしょう?……無理矢理止めるなんて、ユーなら簡単なはずデース…………それを、しなかったのは………」
「……うっさい、わかってる。……そんなの、あんたに言われなくても、わかってる」
「…………なら、早く行くことネ………彼の計画が、遂行される前に…………グッバイ」
そう言うとイエガーの胸の輝きは、光を失った
……これが、心臓魔導器を持った人間の死……
お兄様のために働き続けた、彼の……
「……なんか、情報が一気に入りすぎて僕、わかんないよ…」
「そう、ね……アリシアを苦しめていたアレクセイが、彼女のことを大切にしてるなんて言われても、実感わかないわね」
「じゃのう…それに、シア姐、わかってるって言っとったのじゃ……どうゆうことかの?」
パティの問いかけにも答えられずに、私はただ、目の前のイエガーを睨んだ
握りしめた両手には、掌に爪痕がつくのではと言うくらいに力が入っている
……認めたく、なかった
『そうだろう』とは、どこかで思っていた
けど……そうだという、確信を持ちたくなかった
「シア、どうゆうことか、話せるか?」
ユーリの声に、睨んでいた目を軽く閉じて天井を向いた
「…………私の体は脆い、自分の力で自分を殺すくらいに…………それでも、評議会のお偉いさんは、私の力を欲した。……この力があれば、満月の子を……皇帝一族さえも、凌駕できると思った馬鹿たちが、ね」
「!!!!」
「……お兄様は、そんな奴らから私を守ることに必死だった。…お父様じゃ、どうしても逆らえないところがあるから………。薄々気づいてはいたんだ。お兄様がお父様たちをわざと置いて行ったのは、私を自分の手元に置くため。脅迫してまで、色々なことをさせたのは、そうゆう悪巧みをする評議会の馬鹿どもから、私を遠ざけるため………そして今、世界を自分の手中へ納めようとするのは、私がこれ以上、そうゆう連中から追われなくて済むようにするため…………そんな事実、認めたくなかった。でも、イエガーにあぁ言われたら、認めるしかないじゃない」
ギリッと歯をくいしばる
気づいていた、ずっと
お兄様はどんなに酷い要求をしても、満足そうに笑うことはなかった
どんなに酷い言葉を言ってきても、その目にはいつも、悲しみが隠れていた
どんなに酷い仕打ちをしても……優しく、抱きしめてくれた
やり方に問題があっても、お兄様は昔のまま変わらない
……変わらずに、私を大事にしてくれる
……決戦前にそんなこと、気づきたくなかった
「………………行こう、みんな。本当に、手遅れになる前に」
視線を次の扉へと向ける
私の記憶が正しければ、後二部屋先だったはずだ
「……アリシアは、大丈夫なのかい?」
進もうとした足がフレンの言葉で止まる
「…大丈夫って、何が??私は平気だよ?」
振り返って笑って見せる
…いや、笑ったつもりだった
うまく笑えないなんて、わかってる
「そんなに引きつった笑顔の何処が大丈夫なのよ!」
ちょっと怒り気味にリタに言われて、無理矢理作った笑顔を収める
「…大丈夫だよ。だって、もう決めたことだから。……例え、どんな結果になっても、私はお兄様を止める。私のためにって、これ以上他人を傷つけるようなことはさせない。……もしも、お兄様を殺すことになっても……それが『最善策』だって、割り切るくらいの気持ちはあるよ」
「アリシア……」
「……ほら、本当にもう行こ?」
そう言うと、何処か寂しそうにしながらも、みんな歩き始める
後ろを振り返らずに先頭を歩く
……ここから先は、私の出番だ
「この先、だね」
一段と大きな扉の前で呟く
「なんでわかるんだい?」
「…家にあった資料に、ここの地図が乗ってたの。…この先が最深部だよ」
フレンの問いに、扉を見つめたまま答えた
「むむむ……?これは……」
パティはそばの壁の装飾を見つめながら首を傾げた
「どうした、パティ?」
「
「え?それって、パティが探していた…?」
カロルが遠慮気味に聞くと、パティは大きく頷いた
「なんで、そんなものがここに…?」
不思議そうにエステルは首を傾げる
「それよか、今はアレクセイだろ?」
「……のじゃ、さっさとアレクセイのやつをぶっ飛ばすのじゃ」
懐に麗しの星をしまいながら、パティは力強く頷いた
扉をゆっくりと開けると、イエガーのいた部屋の前と同じような長い道が見えた
「あの扉…だね」
そう言ってゆっくり歩き出す
「フレン隊長ー!」
若干聞いたことのある声に振り返ると、フレンの部下の……確か、ウィチルとソディアがそこにいた
「ウィチル!それに、ソディア」
「騎士団の準備が整いましたので、順次上陸を開始しています」
「僕らはその先発隊です」
「騎士団、上陸始めたんだね」
その会話に小さく呟く
すると、ソディアは、あからさまにユーリを睨みながら口を開いた
「ここから先は我々の務めだ。お前たちは下がっていろ」
「悪いけど、下がっているのはあなた達の方よ。……これは、私の問題。お兄様とは、私がケリをつける」
ソディアの言葉にピシャリと言う
…何故だろう、どうしても彼女は気に食わない
目付きや態度が、どうしても貴族のそれと重なってしまうのだ
「っ!!アリシア様……!ですが…」
「これは…兄弟喧嘩の延長戦みたいなものだから。手伝いはしてもらっても、ケリは私自身がつける」
「……わーったよ。最後は任せるよ」
ソディアの言葉を遮りながら、ユーリにそう言った
「…行こう、全員で、だ」
フレンがそう言うと、渋々ながらソディアが頷いた
「…………開けるよ」
そう声をかけて、扉を思い切り押し開けた
「お兄様!!!!」
大声で叫びながら駆け寄る
操作パネルを見つめていたお兄様の顔が、私の方へ向く
「……ほう、たった一晩で動けるようになるとは……やはり、そのペンダントと刀がなければいけなかったか」
「お兄様…やめてよ、もう……」
敬語を使うことさえ忘れて、問いかける
「…………何故やめる必要がある?全てお前自身の為だと言うのに」
「誰かを犠牲にしてまで平穏を望んでないっ!誰かの犠牲の上に出来た平穏なんて望まない!私はただ…っ!ただ昔みたいに過ごせればそれでいい!!」
「……お前が望まなくとも、私はやめるつもりはない。今の腐りきった帝国を一度リセットし、私が新たに人を導く」
「ったく、交渉の余地もなしかよ」
「私は忙しいのでね、失礼させてもらうよ」
お兄様がそう言うと同時に、床が上へと上がる
「飛び移れ!!」
ユーリの合図で、みんなその床へ飛び乗る
「ふん、ザウデの力を手に入れた私の前では、お前達など虫けらも同然だ」
「何言ってんのよ、それ、まだ解析途中でしょ。半分も進んでないじゃないの」
ピシャリとリタは言い放つ
流石リタ、天才魔道士なだけある
私にはわからないけど、でも解読しきれていないことはわかる
…だって、解析が終わってたら……もう……
「………お兄様、これが、最終警告だよ。今すぐにやめて。でないと、取り返しがつかないことになる」
「…それは無理な相談だな」
パネルを閉じて剣を取る
「……わからず屋」
そう言って刀を抜く
「…行くよ!」
そう言って、地面を蹴った
「大地の脈動、その身を贄にして敵を砕かん!グランドダッシャー」
「爪竜連牙斬っ!!!」
術を避けて一気に距離を縮め、技を当てる
軽く剣で振り払われてしまう
「っ!!行くよ、カストロ!…ホーリィランス!!!」
詠唱なしで術が発動する
『御先祖様』のおかげで、この時間でも自由に力を使うことが出来る
「ぐっ……!!流石に、場所が悪いな……だか、負けるわけにはいかん!」
術が直撃したにも関わらず、お兄様は地面を蹴って私に向かってくる
「私だって、負けられない…!!」
そう言って私も地面を蹴る
互いが近づいたところで、ガキィィンと音を立てて剣がぶつかり合う
そのまま互いに引かない
「何故引かぬ?全てはお前のためだと言うのに」
「大勢の犠牲のうえに出来た平穏なんて私はいらない…!辛くても、みんなと、仲間と一緒にもがいて生きていく方がよっぽどマシだよ!」
私がそう言ったのと同時に、互いに後ろへ飛ぶ
どちらも引かない、けどいつまでも勝負はつきそうにない
「アリシア…!あんた、無理してないでしょうね…!?」
後ろからリタの声が聞こえてくる
リタだけじゃない
心配する声が何度も聞こえてきていた
「ふっ、そろそろ、助けを求めた方がいいのではないか?」
お兄様はそう言うと、剣に回す力を強めた
「…心配いらないよ、大丈夫だから」
みんなの方を向いて笑ってみせる
そして、左に持っていた剣を捨てた
「…………やっぱり、本気出すなら片手、だね」
小さく呟いて前へ飛ぶ
突然の突進に驚いたのか、それともそのスピードに驚いたのか、一瞬お兄様に隙ができる
その隙をついて刃のない背で脇腹を叩く
そして、剣の魔核目掛けて、短剣を突き刺す
「やった!!!!魔核が壊れたよ!!」
後ろからカロルの嬉しそうな声が聞こえてくる
短剣を抜いて、後ろへ下がった
「ぐはぁっ……!!……ふ……まさか………ここまで、とはな……」
フラフラと後退しながらお兄様は呟く
「だが、もう遅い」
「えっ……?」
周りを見れば、頂上へとたどり着いていた
『逃げて………逃げて………』
「な……に………?」
聞いたことのない声が頭の中に反響する
『逃げなさい………我らの子孫よ………』
『早くそこから…………逃げるのです!!』
「っ!!!!!」
刀を鞘に収めて、ユーリの元に走る
その瞬間、先程までいた場所に見たことのない結界が表れる
「なっ、何よあれ!!」
悲鳴に近いリタの声が聞こえる
が、驚いているのはリタだけじゃない
お兄様も同様に驚いている
……でも、私は『これ』を知っている
『これ』に捕まったら最後、私は……
「これは……一体………」
「っ!シア!!手ぇ伸ばせ!!」
私のあとを追いかけるように展開されは消えを繰り返す結界に違和感を持ったユーリが、私に向かって手を伸ばす
出来る限り、ユーリに向かって手を伸ばした
また掴めないんじゃないかと一瞬不安になったが、そんな不安もかき消すようにユーリは私の手を掴むと、思い切り引き寄せて抱き上げる
それと同時に張られていた妙な結界は現れなくなった
「これは……アリシアの力に反応していたとでも言うのか……?」
唖然としながら、フレンは呟いた
結界が張られなくなってから、巨大な魔核から天へ向かって光が伸びる
「しまった…っ!!」
思わずそう声が出た
こうなってしまったら、私には止める術がわからない
パリッと音を立てて、空が割れた
……ついに、帰って来てしまった……
あの、『星喰み』が………
「あ、あぁ……あ……!!」
「なんなのよ……あれ!!」
「大きなタコみたいなのじゃ……」
「星………喰み………」
小さくそう呟いた
「星喰みだと…??あれがか!?」
ユーリには聞こえていたみたいで、私にそう問いかけてくる
「そんな、間に合わなかったとでもいうの?」
「……違う、星喰みは、倒されてないていなかったんだ」
「なんだって?」
「ふふ……ははっ……ふははははっ!!!!そうか!!だからお前は止めたのだな……!!これは兵器ではなく、世界を守るための結界魔導器……!!!だからお前を狙うような結界すらあったのだな!!私が!私の手で星食みをこの世界に呼び戻したのか!!傑作だな!!」
狂ったように、お兄様は笑う
…私のためのはずが、世界を危険に晒してしまった
…世界の危険ということは、私もさらに危険になったわけだ
「………………」
ユーリから降りれば、また追いかけられる
……でも、もういい
「っ!!おい、シアっ!!」
ユーリから飛び降りて、真っ直ぐにお兄様に駆け寄る
そして、その腹部に短剣を思い切り突き刺す
「ぐぁ…っ!!」
「…………ごめんね……お兄様…………ごめんなさい………」
つうっと目から涙が流れる
「私は……ただ、家族で一緒に居られれば、それで良かった………お父様がいて、お母様がいて……お兄様がいて………ユーリやフレンがいて………みんなで居られれば、それだけで、よかった……ごめんなさい……もっと早くに、伝えればよかった………」
すぐ近くまで結界が近づいてきている
それでも、離れる気にはなれなかった
「…………私も、すぐそっち行くと思うから………お父様たちと、待っててよ」
ユーリたちには聞こえないように呟く
足元に、陣が浮かんだのが目に入る
……もう、いいんだ、これで……
疲れてしまった
ユーリには悪いけど……
でも、もう……誰かが死ぬのを見たくない……
「…………駄目、だ」
「…え………?!」
お兄様にそう言われた次の瞬間には、後ろに飛ばされていた
「……っ!!!なんで……っ!!!」
手を必死に伸ばしても、ただただ遠ざかっていく
「アリシア…生きろ。………私の代わりに、生きてくれ」
寂しそうに笑ってお兄様は私に言った
「……ローウェル君………後は、頼んだぞ」
後ろから抱きしめられるのと同時に、魔核がお兄様の元へと落下した
「……あ……………や……………」
少し離れた場所で未だに手を伸ばし続ける
魔核が落ちたからか、結界はもう生成されなくなっていた
体に力が入らなくて、その場に崩れ落ちた
「……シア………」
ユーリはそっと後ろから抱きしめてくる
伸ばしたままの手に、そっと手を添えて指を絡めてくる
「やだ…………やだよ……………いやだよ…………!!!!」
ポロポロと止まることなく目から涙が溢れる
「なんで……っ!!!なんでよ………っ!なんでお兄様まで居なくなっちゃうの……っ!!せめて…せめて連れて帰りたかったのに…っ!!なんでよ……っ!!!」
「シア……」
ぎゅっとユーリの腕に力が入った
「……ゆー……りぃ……っ!!」
振り返って、ユーリに抱きつく
さっきまでお兄様と一緒に死のうとかしてた私が言うのもおかしいけど、無性にユーリが居なくなることが怖くなった
一瞬驚いてたみたいだけど、すぐにぎゅっと抱き締め返してくれる
「…大丈夫、大丈夫だよ、シア。オレは絶対に居なくならねぇよ」
私の言いたいことを見抜いたのか、ユーリはそっも頭を撫でてくる
「……本当に………?」
「おぅ、オレが嘘ついたこと、あったか?」
「……ない………」
「だろ?」
ゆっくり顔をあげると、ニカッと笑ったユーリの顔が目に入る
この笑顔を見るだけで落ち着けるのは何故だろう
「シア、先にエステルたちのとこ行っけか?」
「…………ん、行けるよ………でも、早く戻ってきて欲しい……」
「わーってるよ、すぐ戻る」
ユーリはそっと頬を撫でながら顔を近づけてくる
軽く目をつぶると、そっと唇が触れ合う
たった数秒の触れるだけのキス……
それでも、大分落ち着くことが出来た
「…………待ってるから、約束だよ…?」
「おぅ、約束だ」
そう返事をしたユーリに笑って返す
ゆっくりと立ち上がって、エステルたちを探そうとユーリから離れる
「みんな……どこに………」
小さく呟きながら辺りを見回すと、ソディアの姿が目に入った
が、あからさまに様子がおかしい
視線の先にはユーリ……まだ、ソディアにきづいていない
「っ!!!」
嫌な予感がして、駆け戻る
空の災厄に目を取られて、ソディアに気づきそうにない
……間に合って、お願いだから……!
「ユーリっ!!!」
「ん?なん……うぉっ?!!」
振り返ったユーリと短剣を持ったソディアの間に割って入る
グサッと腹部に短剣が突き刺さる
「かっ……はっ………」
体から力が抜けてユーリの方へ倒れ込む
ユーリも支えきれなかったらしく、そのまま後ろへ倒れる
……後ろは、海…………
寄りかかれるものは何も無い
つまり、落ちるだけ………
「っ……!!!シア………っ!!」
少し苦しそうな声でユーリは私を片手で抱きしめたまま、話しかけてくる
でも、私にはもう答えるだけの力が残っていない
……ごめん……ユーリ…………
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