第2部〜満月の子と星暦の真実〜
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「…………」
空の上から、停止したフェルティア号を見下ろす
つい先程、少し下をバウルとジュディスが横切って行った
「ジュディス……なんで今なのよ……」
大きくため息をつきながら呟く
もちろん、責めるつもりはない
が、今ユーリ達から離れられるのは少し困る
フェローとまともに会話出来そうなのジュディスくらいだろうし…
そもそも、フェローがユーリ達の話を聞く気があるかすらわからないけど…
確かに頼んだし、ちゃんと話すって言われたけど……フェローだし……
言いたいことだけ言って話さなくなりそう……
「戻るべき……なのかなぁ……」
はぁ…っとため息を付きながら空を見上げる
本来なら戻るべきなのだろう
ユーリ達をほっとくわけにはいかない
…が、今戻れば折角お兄様の目を私に向けられたのに、それがまた、エステルに向いてしまう
幸い、ペンダントさえ外されなければ、エステルの力を悪用されることは不可能だけど…
『あの人』のことだ、既にお兄様に伝えているに違いない
…なら、私に出来ることは一つだけ
お兄様の計画を潰すこと
これはある意味賭けだ
上手くいけばエステルも下町の皆も守れる
…でも、失敗すれば……
エステルはおろか、下町の皆も危険に晒してしまう
とても危険な賭けだけど、それでも、お兄様の計画を潰さなければ、そもそも下町の皆だけじゃなく、世界中の人々が危険に晒される
「……そんなの、絶対に駄目」
ギュッと右手を強く、強く握り締める
『あれ』の本当の存在理由を知っているのは、恐らくもう私だけだろう
…デュークさんなら知っているかもしれないけど、だからと言って彼が手伝ってくれる可能性は限りなく0に近い
お兄様に、真実を伝える以外に計画を止める方法はないだろう
…いや、一度伝えるには伝えた
『あれ』は兵器ではない、と
それでも計画が進められている、という事は信じていないからだろう
つまり……言葉じゃもう通じない可能性がある
「……選択肢はもうないってことだよね…」
視線をフェルティア号に向けながら呟く
誰かに答えを求めたわけじゃない
もし、今のがユーリに聞かれていたら、他にも選択肢はあるって、励ましてくれたかもしれない
けど、私の中ではもう答えは一つしかなかった
散々この手を汚してきた
五回目くらいからもう数えていないけど、わからなくなるくらいには汚してきた
……今更、増えたところで何も変わらない
「………例え、相討ちになろうとも………」
お兄様を止めるには、もう、殺すしか無いかもしれない
もう彼には誰の言葉も届かないんだろう
いつからそうだったかはわからない
何故そうなってしまったかもわからない
…心のどこかで、きっと昔のように優しいお兄様に戻ってくれると、信じていた
だけど……べリウスが死んで、ようやく気づいた
……もう、お兄様は戻らない
始祖の隷長にさえ、平気で手をかけることを命令するようになったお兄様だ
昔には、もう戻れないんだ
「……………シリウス、お兄様が何処に居るか、わかる?」
深呼吸をしてから、シリウスに話しかける
『………今はまだ帝都だ。だが……もうしばらくしたら、砂漠へ移動するようだ』
何も聞かずに、シリウスはそう答えてくれた
「……わかった、ありがとう」
そう言って、マンタイクの方向へ体を向ける
「……っ!!」
直後、体中に痛みが走る
先程の戦闘で、かなりの負荷が掛かってしまったようだ
『アリシア!!』
頭の中にシリウスの、悲鳴に近い声が響く
「……大………丈夫………大丈夫、だよ、シリウス」
痛みを堪えながらそう答えた
正直、大丈夫ではない
少し動くだけで、体中が痛い
『大丈夫?その状態の何処が大丈夫だと言うのだ!!今すぐ、今すぐに、ユーリの元へ行け!!その状態で彼奴と戦おうなど無理に決まっているだろう!!』
やっぱり、というか、案の定シリウスは反発してくる
こんな状態で、お兄様と戦えるとは思えない
自分の体のことなんて、自分が一番よくわかっている
…わかってるよ、無謀だなんて
それでも、だ
「…今、ユーリに頼るわけにはいかないよ。……これ以上、ユーリを、エステルを、皆を危険に晒せない」
そう言って、ゆっくりと進む
急ぎたいところだけど、急には動けない
早く行かないと……
いつ、『あの人』が動き出すか、わからない
『あの人』が動き出したら……エステルが危険に晒される
そんなの、絶対に駄目…
彼女の力を抑える方法は、まだ見つけられてない
…けど、今はペンダントの力がある
それにきっと、リタが方法を見つけてくれるはずだ
リタならきっと…大丈夫
だって、私の大親友なんだから
『だがしかし…!!』
「シリウス、私は私に出来ることをしたいの。……もう、大切な人を失いたくない…」
止まらずに、進みながら答える
シリウスが私を止める理由だって分かってる
これ以上は私が死んでしまうかもしれないからだ
……わかっている、わかっているよ
「心配してくれてるのはわかってるよ。……でもね、私はもう、お兄様のあやつり人形で居たくないの」
真っ直ぐに前を見つめながら言う
……自分自身にも、言い聞かせるように
「ユーリも、フレンも、自分に出来る最善策を、必死にやってきてる。誰かの意思でじゃなくて、自分達の意思で、やるべき事を、出来ることをしてきてる」
けど、私は?
私は自分自身の意思じゃない
確かに最終結論を出したのは私だ
でも、その案を出したのはあくまでもお兄様だ
私はお兄様の言うことを聞いていただけなんだ
自分自身で考えて、思いついたことじゃない
……だから、私は、私の……
自分の意思で、自分の考えで
お兄様の言うことを聞くのではなく
あやつり人形のように動くのではなく
「私も……今の私に……私が、今、出来ることを、やりたい」
少しだけ、進むスピードを上げる
シリウスは黙って、私の言葉を聞いている
……お兄様が居なくなったら、次は十中八九フレンが騎士団長になるだろう
彼ならきっと、いい騎士団長になれるはずだ
次の皇帝は恐らくヨーデル様が選ばれるだろう
彼の優しい心があれば、評議会はいい方向へ変わるはずだ
それに、ヨーデル様のことだ。恐らくエステルを副官に選ぶだろう
…今まで世界を見てきたエステルが副官になれば、間違えることはきっとないだろう
凛々の明星はきっと、もっともっといいギルドになれる
だって、ユーリがいるんだもの
他の人のことを一番に考えて行動する彼が居れば、きっと大丈夫
そして、リタ……
私の最高の大親友なら、エステルがフェローに忌み嫌われることだって無くなるはずだ
まだまだ言い足りないくらい、大好きな、私の旅の仲間たち…
そんな彼らと、私を大切にしてくれた下町の皆……
皆の為に、今の私に出来ること……それは…
「……皆が生きる、この星と、皆が生きていく、未来を守りたい。私の大切な人たちが、安心して暮らせるように、皆が、笑っていられるように……皆の、未来を守りたい。……お兄様に、これ以上、皆の未来を……踏みにじらせるなんてこと、させない…!!」
力強くそう言って、更にスピードを上げる
決意は、もう固まった
ううん、ずっと前から、心のどこかで思っていた
守りたい
偽りの守り方じゃなくて、自分なりの守り方で、守りたいんだ
『………………それが、お前の………答えなのか……?』
寂しそうにシリウスは尋ねてくる
「そうだよ、これが…私が出した答え」
『………そう、か………ならばもう、止められんな……
……思い切り、やって来い』
きっと、彼は納得していない
それでも、私の意思を優先してくれたのだろう
「…ありがとう、シリウス」
目をつぶってそう言う
案の定…というか、今にも泣きだしそうなシリウスの姿が一瞬見えた
でも、もう止まるわけにはいかない
止まっては、いけない
…守るために
自分なりに、自分の考えで、自分の意思で
皆と、皆が生きるこの星と、皆の未来を、守るために
体の痛みなんて今は気にしていられない
今は早く、マンタイクに行かないと……!
マンタイクに着いた時には、もう朝になりかけていた
少し離れたところで降りて、街へ向かう
とりあえず、誰でもいいから騎士に伝言伝えて……
一度休もう…
平然を装って歩くのももう辛い
「あの、すみません」
街の入り口に立っていた騎士に話しかける
「あ?なん………!!アリシア様……っ!?何故ここに…!」
「それはどうでもいいでしょ??……お兄様……アレクセイ騎士団長に伝言、次の満月の日に、砂漠の奥、昔街があった場所に
…それで伝わるはずだから」
「え…あ……は、はいっ!!了解しましたっ!」
伝言を伝えると、騎士は敬礼してくる
「それじゃ……」
そう言ってその場を離れようとする
「あ、アリシア様、そんなに疲労困憊そうなお体で、どこへ行くのですか?!」
そう言われて、反射的に足が止まる
…隠せてすらいなかったか…
「宜しければ駐屯所でお休み下さい!ご案内致しますから!!」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、騎士の後をついて行く
ー数時間後ー
「……ん………」
目を開けると見慣れない景色が広がった
体を起こして、辺りを見回している内に、騎士団の駐屯所で休ませてもらったことを思い出した
まだ、日が高い
眠りについてからそんなに時間が経っていないのかと思った
が、それにしては体の痛みが随分と和らいだ気がするのだが…
コンコンッ
「失礼します!アリシア様、ようやくお目覚めになりましたか!」
ノックの音と共に、一人の騎士が入ってきた
「……えぇ………私、どれだけ寝てた?」
「えっと……丸一日ほど…です」
丸一日……そんなに寝てたんだ……
「…そう、ありがとう」
そう言って、ベットから降りる
そして、立て掛けてあった双剣を手に取る
「アリシア様、もう行かれるのですか?先日から何も食べておられませんし、何か食べて行かれませんか??」
心配そうにわたわたとしながら騎士が提案してくる
…確かに何も食べていないけど、正直食べる気にはなれないのよね…
「ご心配なく、多少なら食料もあるし、自分で作れるから」
そう言って騎士の横を通り過ぎる
「そう…ですか…では、お気をつけて…!」
騎士の言葉に手を振って答え、その場を後にした
「さてと……どうしようかな」
満月の夜まで、まだ時間がある
すぐにヨームゲンがあった場所に行くのは早すぎる
騎士に伝言も伝えたことだし、お兄様がエステルに手を出す可能性は低くなった…はず…
それに、マンタイクに居たってことが分かれば、こっちに騎士を送るなりの対応もするだろうし
ユーリ達から目を背けられたはずだ
「……アリシア様」
後ろから声をかけられ振り向くと、いつもの『赤』が目に入った
「……何?」
ぶっきらぼうに聞き返す
「……閣下から、『必ず来る、というのであれば、徴収はしない』とのことです」
「…行くわよ。呼び出したのは私なんだから」
「……御意」
そう言って消えて行った
…流石に、呼び出したくせに行かない、なんてことはしないわよ…
それにしても、まだ徴収を引っ張って来るなんて……
そんな脅しなくたって行くのに
「……とりあえず、下町の様子だけでも見てこようかな」
そう呟いて、マンタイクを出た
「やっぱり、力使うとちょっときついなぁ…」
帝都近くに降りながら苦笑いする
大分マシになったと思ったが、やはり、というか…当たり前というか、ダメージが消え切ってるわけではないんだよね
「…まぁ、普通に歩けはするし、問題は無いかな」
少しゆっくりと、下町の入り口に向かって歩く
ユーリ達が帰って来てる…はないかもしれないけど、念の為、用心はした方がいいかな
…ユーリ達だけじゃなくて、騎士にもなんだけどね
いつも使ってる近道の入口ではなく、人が殆どいない、今はもう使われていない方からこっそりと入る
下町ってもう人が住んでいない場所の方が多いから、市民街の入り口から離れたところにはほとんど人がいない
…希に、私みたいに市民街から離れたところにいる人も居るけど、人数はそんなに多くない
こっそり入るにはぴったりな場所だ
帝都に近づくのは少し危険だけど、少しだけ、少しだけ、皆の様子を見たい
軽率な考えかもしれないけど、それでも、最後になるかもしれないからこそ、一目見ていきたい
しばらく歩いていると、私の家に着いた
ここの上から屋根伝いに進んで行けば、見つからない…と思う
まぁ、見つかったら見つかった時だよね
その時はその時でなんとか誤魔化すしかない
家に入ると、殺風景なリビングが目に入る
テーブルと椅子、それに食器棚
女の部屋とは思えない程に物がない
元々小洒落た物なんて興味がなかったけど、今見るとこの殺風景さには自分でもどうかと思う
そんな昔の自分に苦笑いしながら、階段を上がる
上がった先ですぐ見える扉を開ける
…もう長い間帰っていなかった自分の部屋
若干ホコリが被っているが、掃除は後だなぁ
部屋の窓を開けて、目の前の家の屋根に飛び移る
屋根の上を次から次へと飛んでいく
こうして屋根の上を進んでると、幼い頃を思い出す
初めてユーリ達と会った時、確かジャレスに驚いて塀から落ちたっけ
懐かしさに口元が緩む
まだ、お父様とお母様が生きていた頃
……まだ、お兄様が優しかった頃
あの日々に戻れたら、どれだけ嬉しいことか…
でも、時は戻らない
戻って欲しくても、戻らない
それならば、せめてもの最善策を取りたい
屋根の上から見る、下町の景色は昔から殆ど変わりがなかった
変わったのは人くらいだろう
それでも、昔のように活気に満ちている
どれだけ生活が苦しくても、ここの人達は活気に満ち溢れている
「…………手放したく、ないなぁ」
薄らと微笑みながら呟く
この雰囲気を、消したくない
この風景を、消させたくない
ここに住む人達の笑顔を、守りたい
ずっとその思いで今まで動いてきた
ちょっと前までの私の最善策
今はもう違う
「……自分のやり方で、守ってみせるよ。何がなんでも、絶対に」
自分に言い聞かせるように声に出す
自分の意思を、再確認するように
「………そろそろ、行かないと」
脳に焼き付けるように下町を見つめていた目を空に向ける
既に日は落ちてきていた
薄らと見える星たちと、月……
今日はもう少しで満月というくらいの欠け方だ
約束は、明日だ
「……早めに、ゆっくりでいいから向かった方がいいかな」
呟いて、下町に背を向ける
次はいつ帰れるかわからない
帰って来れるかもわからない
もう一度、皆と話したい気持ちを抑えて空に飛び上がる
雲の上に来たところで、少しだけ振り返る
微かに帝都の灯りが目に映る
この高さから見ると、普段とはまた違って見える
一言で言うならば、綺麗、だろう
貴族街に住んでる奴らは嫌いだが、この景色は好きだ
「………ヨーデル様とエステルが治めるようになれば、もっともっと綺麗になるかな」
そんなことを考えて思わず笑みがこぼれる
見てみたい、その景色を
出来れば、ユーリと、皆と一緒に…
「何がなんでも、守らなきゃ…ね」
体の向きを、ヨームゲンの方向へと傾ける
いつもなら星たちが話しかけてくるけど、今日は誰も話しかけてこない
…多分、言葉が見つからないんだと思う
私にかける言葉が、見つからないんだろう
恐らく、私だって、死すら覚悟した人にかける言葉なんて思いつかないだろう
むしろ、放っておいてくれた方が都合がいい
目をつぶると、星たちの寂しそうな顔が見えてしまいそうで、怖くて目をつぶれない
そんな顔を見たら、躊躇してしまうかもしれない
……それは絶対にダメだ
シリウスに言ったんだ
何がなんでも、守ると
皆と、皆の未来を守ると
だから、ここで引き返すわけにはいかない
ぎゅっと下唇を噛んで、ただひたすらに、前に進んだ
帝都を離れて半日
私はヨームゲンが『あった場所』にいる
やはり、というか、そこに街はなかった
昔、街があったと裏付けるように建物の残骸が残っているくらいだ
その残骸の、日陰になっているところに座って待っている……のだが……
「……遅い……」
まだ日が高いから遅いも何もないんだけど…
『夜』じゃなくて、『日』としか言ってないから、そろそろ来てもおかしくないんだけど……
「お前から呼び出すなど、どういう風の吹き回しだ?」
大嫌いな声が聞こえて顔を上げる
視線の先には、少し不思議そうな顔をしたお兄様が、イエガーと共に立っていた
「……予想してはいたけど、一人では来ないのね」
いつもよりも低いトーンで言いながら立ち上がる
「一人の方が良かったか?」
「……まぁ、その方が私には都合良かったかな」
私がそう言うと、お兄様は右手を上げる
すると、イエガーは黙ってお辞儀をして、何処かへ消えて行った
「さて、これで二人きりだな
……それで、私を呼び出した理由はなんだ?」
満足そうに一瞬笑ってから私に問いかけてくる
「そんなの、お兄様が一番よくわかるんじゃない?
…私がエステルの元を離れた時から、予想はしていたでしょ?」
そう聞き返せば、若干嬉しそうに笑う
「あぁ、大方検討はついていた」
「それなら、言いたいこともわかるでしょ?」
「それは、お前の口から言わないと意味がないのではないか?」
「…あの計画、止める気にはならない?前にも言ったけど、『あれ』は兵器じゃないのよ?」
じっと、お兄様を見つめて言う
…これが、最終警告
「ないな。『あれ』が兵器ではない、という記述も何処にもなかったしな」
「…私が嘘ついてるって言いたいの?」
「そうは言わぬよ。だが、一度出して見た方が正確であろう?」
「………これだけ言っても、もう言葉は届かないのね……」
そう言って、剣を抜く
『もしかしたら』、なんて、淡い期待を持っていた
もしかしたら、考え直してくれるかも、なんて期待していた
…そんな期待、簡単に壊された
もう、昔のお兄様は何処にもいないんだ
「ふっ、やはりそうなるか」
そう言いながら、お兄様も剣を抜く
腑に落ちないけど、こうなることを、予想していたんだろう
「アリシア、お前こそ考え直さないか?私と戦っても、勝てる確率は殆どないだろう?」
恐らく、お兄様なりの優しさなんだろう
「……確率は低くても、ゼロじゃない。1%でも可能性があるなら、それにかけたい。……私はもう、大切な人を失いたくない……エステルは絶対に渡さない!」
そう言って、お兄様に向かって行った
「貪欲な闇界ここに下り、かの邪を打ち砕く!ヴァイオレントペイン!!」
「貪欲な闇界ここに下り、邪を打ち砕かん!ネガティブゲイト!!」
ドォーンッ!!!!
私とお兄様の術が、ほぼ同時にぶつかり合う
戦闘を始めてから、ずっとこの調子だ
私が術を放てばお兄様も
お兄様が技を使えば私も
お互い一歩も引かない
いや…引かないんじゃない
引けないんだ
この戦い、負けられない
絶対に負けられない
私の後ろには、皆が、皆の未来がある
ここで引いたら、皆の未来が潰されちゃう
そんなの、絶対にさせない
「くっ……流石だな…だが、いい加減限界なのではないか?」
肩で息をしながらお兄様は話しかけてくる
「はっ……はぁ……そう言う、お兄様も……そろそろ限界…なんじゃ、ないですか…?」
正直、お兄様の言う通りだ
体はもう、立ってるのがやっとくらいに披露している
……力を使いすぎた
このままだと、勝てない
…でも、負けるわけには、いなかない…!!
「私は……っ!皆の為にも、負けるわけには…いかないんだ…っ!!」
そう叫んで、真っ直ぐ、お兄様に向かって行く
「私こそ……我が目標の為に、引くわけには、いかん!」
そう叫ぶと、お兄様も私に向かって来る
ガキィィンッと剣と剣がぶつかり合う音が響く
術も技も使わずに、ただひたすらに剣をぶつけ合う
術技なしの戦闘であれば、お兄様とは五分五分くらいだろう
どちらも劣ってはいないし、かと言って優れてもいない
これなら、勝てるかもしれない
「アリシアよ、何故、そこまでする?何故、身を、削ってまで戦う?」
剣を重ねたまま、お兄様は問いかけてくる
「言ったじゃない…大切な人を、失いたくない、もう、失いたく、ないから!」
私もそのままの状態で、答える
このままじゃ埒があかない
後ろに飛ぶのと同時に、お兄様も後ろに飛ぶ
「…最後に、もう一度だけ……本気で、止める気はない?」
「くどいな、無いものは、ない」
「……そう………なら、仕方ないですね……
……全身全霊で叩き込む!!」
そう言うのとほぼ同時にオーバーリミッツが発動する
「何…っ?!」
そして、左の剣を鞘に収めて、間髪入れずに秘奥義を発動する
一番体に負荷が掛かるが、気にしてなんていられない
「これで決める!天を貫く!断ち斬れ!極光!!天覇!神雷断!!」
「がっ……?!!はっ……!!」
なんとか、という感じではあるがクリーンヒットし、お兄様はその場に崩れ落ちた
同じタイミングで、私もその場に膝をつく
もう、立っていることさえ出来ない
「はっ………はぁ……はぁ………かっ………た………?」
目の前に崩れ落ちたお兄様を見つめる
起き上がる様子は見られない
……が、あのお兄様だ
万が一という可能性も……
「くっ……………ふっ………ははっ!流石、星暦の中で…一番の力の、持ち主だ……ここまで、追い込まれる…とはな……」
そう言いながら、倒れて居たはずのお兄様が、ゆっくりと立ち上がる
…『やはり』倒しきれていなかった……
「そこまでの…努力は、認めてやろう……が、もう、動けぬのだろう?」
右腕を抑えながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる
完全に倒しきれなかったけど、かなりのダメージは受けているみたいだ
顔を上げているのも辛くて、ゆっくり下を向く
「この勝負……私の、勝ちのようだな…??」
声がすぐ近くで聞こえた
お兄様がゆっくり、膝をつくのが目に入る
そして、顎に手を当てられ、目線を合わせるように顔を上げられる
目の前には勝ち誇った笑みを浮かべたお兄様の顔が映る
……このタイミングしか、ない!!
グサッ!!!
「…っ!?!!」
突然のことに、お兄様の表情が驚きに変わる
私の左手に握られた短剣は、お兄様の腹部に深く突き刺さっている
ポタリ、ポタリと、お兄様の血が手を伝って落ちていく
「………秘奥義で、倒しきれないなんて、想定内ですよ……お兄様が、私の傍に来る、このタイミングを……待っていたのです……」
ゆっくりと、途切れ途切れに言葉を紡ぐ
「…なん……だと……?」
「………私の………勝ち、ですね……?」
ニヤリと悪戯っ子のように、笑って見せる
そう、わかりきってた
秘奥義で倒しきれるほど、お兄様の体は脆くない
大方大ダメージを与える程度だろうと
だから、二人きりになりたかった
二人きりじゃなければ、お兄様が近づいて来なかったかもしれない
二人きりになって、このタイミングが来るのを待っていた
腹部に突き刺していた短剣をゆっくり引き抜く
引き抜かれた箇所を抑えながら、お兄様は少し後退する
「………これは………想定外………だな………」
苦い顔をして、掠れた声でお兄様は言う
もうこれ以上、私には動く力は残ってない
これで回復でもされたら勝ち目はない
「ふふっ………だか、詰めが甘かったな……?」
「………え……?」
ニヤリと笑ったその笑みに、背筋がゾワっとした
何故だろう……
嫌な予感がする
「………イエガー」
「イエス、マイロード」
「っ!!!!」
お兄様が小さく呟いただけで、イエガーが現れた
与えた傷は、あっさりと回復されてしまった
「一体一の……戦いで、自分の…手下を呼ぶ……なんて……!!」
ギロッと睨みつけるが、当の本人は勝ち誇った笑みを浮かべている
「ふっ、だからなんだ??勝った者が正義だろう?」
そう言って、腕に触れてくる
「ーーーーーっ!!!!?!いっ……!」
ただ触れられただけで、全身に痛みが走る
痛みで、意識が飛びそうだ
「よくここまで頑張ったな。その努力を認めて、エステリーゼ様を使うのは止めてやろう
……が、わかっているよな?」
勝ち誇った笑みのまま、問いかけてくる
……こうなったら、もう、勝算は完全にゼロだ
「…………もう………好きにすれば……いいじゃ………ない………」
そう言ったのと同時に、今までギリギリのところで自分の体を支えていた力がきれ、お兄様に向かって倒れる
……ごめんなさい、シリウス……
勝てなかった………
ごめんなさい、フェロー……
『あれ』を解放してしまうかもしれない
………ごめんなさい、ユーリ………
自分勝手に行動して、みんなを更に危険に晒したかもしれない……
……ごめんなさい、皆………
皆の未来……守りきれなかった………
「………………お兄様の…………馬鹿…………」
そう呟いたのを最後に、私の意識はフェイドアウトしていった
私の瞳が最後に捉えたのは、夜になりかかった空と、寂しそうに光る星だった
「………さて、『奴』に伝言をして来い。エステリーゼ様はもう必要ない。折を見て戻ってこい、と」
「御意」
近くに潜んでいた親衛隊の一人がそう言って消えて行った
アリシアが呼び出した時点で、こうなることは予想済みであった
私と、私の計画に反感を持っていた彼女ならいつこうなってもおかしくなかった
……まさかこのタイミングとは思わなかったが
「マイロード、宜しいのですか?エステリーゼ様でなくて?彼女を危険に晒さない為に、必要だったのでは?」
イエガーはバッサリと聞いてくる
「……仕方あるまい、ここまで疲弊してまでエステリーゼ様を守ろうとしたのだ。その努力は買ってやらんとな」
そう言って、私の腕の中で気を失ったアリシアを抱き上げる
昔に比べて大きくはなったが、その身体はやけに軽かった
予想外の軽さに、若干驚く
両親を失ったショックがここまでにしてしまったのかとも思う
だが、『あれ』は必要な犠牲だ
……アリシアを我が手の内にする為に、必要だったのだ
自分にそう言い聞かせながら、イエガーを先頭にその場を離れる
必要なものは大方揃った
後はもう、実行するだけだ
この時、気づくべきだったのかもしれない
アリシアの愛刀が片方
無くなっていたことに
『だから、あれ程言ったのに……!』
シリウスは悲痛な声をあげ下唇を噛む
アリシアに彼のその声は届かない
『……これで、大きく状況が動き出しますね……』
悔しそうにしながらアリオトは呟く
『とっ、兎に角!ユーリに伝えないと…!!』
わたわたとしながらカストロは言う
『いえ、今言うのは危険です。『彼』が居なくなったタイミングの方がいいでしょう』
アリオトは冷静にそう告げる
『彼』がいる場で伝えれば、間違いなく、ユーリ達がアリシアがアレクセイに捕えられたことを知ったことが、本人にバレる
…そうなっては、救出するのが困難になるかもしれない
『…………こうゆう時に、何故、我らは直接助けに行けぬのだろうか……』
ギリッと歯ぎしりをしながら、シリウスはアレクセイに抱かれたアリシアを見つめる
もし、自分が傍に居れば
もし、自分たちが助けに行けれれば
そんなことを考えて両の手を思い切り握り締める
『……ユーリに、任せるしか……ないんだよね……』
カストロもシリウスと同じように手を握り締める
『…………全ては、彼次第……なのですね……』
アリシアが無事に戻って来ることを祈りながら、彼らは彼女を見つめ続けた
空の上から、停止したフェルティア号を見下ろす
つい先程、少し下をバウルとジュディスが横切って行った
「ジュディス……なんで今なのよ……」
大きくため息をつきながら呟く
もちろん、責めるつもりはない
が、今ユーリ達から離れられるのは少し困る
フェローとまともに会話出来そうなのジュディスくらいだろうし…
そもそも、フェローがユーリ達の話を聞く気があるかすらわからないけど…
確かに頼んだし、ちゃんと話すって言われたけど……フェローだし……
言いたいことだけ言って話さなくなりそう……
「戻るべき……なのかなぁ……」
はぁ…っとため息を付きながら空を見上げる
本来なら戻るべきなのだろう
ユーリ達をほっとくわけにはいかない
…が、今戻れば折角お兄様の目を私に向けられたのに、それがまた、エステルに向いてしまう
幸い、ペンダントさえ外されなければ、エステルの力を悪用されることは不可能だけど…
『あの人』のことだ、既にお兄様に伝えているに違いない
…なら、私に出来ることは一つだけ
お兄様の計画を潰すこと
これはある意味賭けだ
上手くいけばエステルも下町の皆も守れる
…でも、失敗すれば……
エステルはおろか、下町の皆も危険に晒してしまう
とても危険な賭けだけど、それでも、お兄様の計画を潰さなければ、そもそも下町の皆だけじゃなく、世界中の人々が危険に晒される
「……そんなの、絶対に駄目」
ギュッと右手を強く、強く握り締める
『あれ』の本当の存在理由を知っているのは、恐らくもう私だけだろう
…デュークさんなら知っているかもしれないけど、だからと言って彼が手伝ってくれる可能性は限りなく0に近い
お兄様に、真実を伝える以外に計画を止める方法はないだろう
…いや、一度伝えるには伝えた
『あれ』は兵器ではない、と
それでも計画が進められている、という事は信じていないからだろう
つまり……言葉じゃもう通じない可能性がある
「……選択肢はもうないってことだよね…」
視線をフェルティア号に向けながら呟く
誰かに答えを求めたわけじゃない
もし、今のがユーリに聞かれていたら、他にも選択肢はあるって、励ましてくれたかもしれない
けど、私の中ではもう答えは一つしかなかった
散々この手を汚してきた
五回目くらいからもう数えていないけど、わからなくなるくらいには汚してきた
……今更、増えたところで何も変わらない
「………例え、相討ちになろうとも………」
お兄様を止めるには、もう、殺すしか無いかもしれない
もう彼には誰の言葉も届かないんだろう
いつからそうだったかはわからない
何故そうなってしまったかもわからない
…心のどこかで、きっと昔のように優しいお兄様に戻ってくれると、信じていた
だけど……べリウスが死んで、ようやく気づいた
……もう、お兄様は戻らない
始祖の隷長にさえ、平気で手をかけることを命令するようになったお兄様だ
昔には、もう戻れないんだ
「……………シリウス、お兄様が何処に居るか、わかる?」
深呼吸をしてから、シリウスに話しかける
『………今はまだ帝都だ。だが……もうしばらくしたら、砂漠へ移動するようだ』
何も聞かずに、シリウスはそう答えてくれた
「……わかった、ありがとう」
そう言って、マンタイクの方向へ体を向ける
「……っ!!」
直後、体中に痛みが走る
先程の戦闘で、かなりの負荷が掛かってしまったようだ
『アリシア!!』
頭の中にシリウスの、悲鳴に近い声が響く
「……大………丈夫………大丈夫、だよ、シリウス」
痛みを堪えながらそう答えた
正直、大丈夫ではない
少し動くだけで、体中が痛い
『大丈夫?その状態の何処が大丈夫だと言うのだ!!今すぐ、今すぐに、ユーリの元へ行け!!その状態で彼奴と戦おうなど無理に決まっているだろう!!』
やっぱり、というか、案の定シリウスは反発してくる
こんな状態で、お兄様と戦えるとは思えない
自分の体のことなんて、自分が一番よくわかっている
…わかってるよ、無謀だなんて
それでも、だ
「…今、ユーリに頼るわけにはいかないよ。……これ以上、ユーリを、エステルを、皆を危険に晒せない」
そう言って、ゆっくりと進む
急ぎたいところだけど、急には動けない
早く行かないと……
いつ、『あの人』が動き出すか、わからない
『あの人』が動き出したら……エステルが危険に晒される
そんなの、絶対に駄目…
彼女の力を抑える方法は、まだ見つけられてない
…けど、今はペンダントの力がある
それにきっと、リタが方法を見つけてくれるはずだ
リタならきっと…大丈夫
だって、私の大親友なんだから
『だがしかし…!!』
「シリウス、私は私に出来ることをしたいの。……もう、大切な人を失いたくない…」
止まらずに、進みながら答える
シリウスが私を止める理由だって分かってる
これ以上は私が死んでしまうかもしれないからだ
……わかっている、わかっているよ
「心配してくれてるのはわかってるよ。……でもね、私はもう、お兄様のあやつり人形で居たくないの」
真っ直ぐに前を見つめながら言う
……自分自身にも、言い聞かせるように
「ユーリも、フレンも、自分に出来る最善策を、必死にやってきてる。誰かの意思でじゃなくて、自分達の意思で、やるべき事を、出来ることをしてきてる」
けど、私は?
私は自分自身の意思じゃない
確かに最終結論を出したのは私だ
でも、その案を出したのはあくまでもお兄様だ
私はお兄様の言うことを聞いていただけなんだ
自分自身で考えて、思いついたことじゃない
……だから、私は、私の……
自分の意思で、自分の考えで
お兄様の言うことを聞くのではなく
あやつり人形のように動くのではなく
「私も……今の私に……私が、今、出来ることを、やりたい」
少しだけ、進むスピードを上げる
シリウスは黙って、私の言葉を聞いている
……お兄様が居なくなったら、次は十中八九フレンが騎士団長になるだろう
彼ならきっと、いい騎士団長になれるはずだ
次の皇帝は恐らくヨーデル様が選ばれるだろう
彼の優しい心があれば、評議会はいい方向へ変わるはずだ
それに、ヨーデル様のことだ。恐らくエステルを副官に選ぶだろう
…今まで世界を見てきたエステルが副官になれば、間違えることはきっとないだろう
凛々の明星はきっと、もっともっといいギルドになれる
だって、ユーリがいるんだもの
他の人のことを一番に考えて行動する彼が居れば、きっと大丈夫
そして、リタ……
私の最高の大親友なら、エステルがフェローに忌み嫌われることだって無くなるはずだ
まだまだ言い足りないくらい、大好きな、私の旅の仲間たち…
そんな彼らと、私を大切にしてくれた下町の皆……
皆の為に、今の私に出来ること……それは…
「……皆が生きる、この星と、皆が生きていく、未来を守りたい。私の大切な人たちが、安心して暮らせるように、皆が、笑っていられるように……皆の、未来を守りたい。……お兄様に、これ以上、皆の未来を……踏みにじらせるなんてこと、させない…!!」
力強くそう言って、更にスピードを上げる
決意は、もう固まった
ううん、ずっと前から、心のどこかで思っていた
守りたい
偽りの守り方じゃなくて、自分なりの守り方で、守りたいんだ
『………………それが、お前の………答えなのか……?』
寂しそうにシリウスは尋ねてくる
「そうだよ、これが…私が出した答え」
『………そう、か………ならばもう、止められんな……
……思い切り、やって来い』
きっと、彼は納得していない
それでも、私の意思を優先してくれたのだろう
「…ありがとう、シリウス」
目をつぶってそう言う
案の定…というか、今にも泣きだしそうなシリウスの姿が一瞬見えた
でも、もう止まるわけにはいかない
止まっては、いけない
…守るために
自分なりに、自分の考えで、自分の意思で
皆と、皆が生きるこの星と、皆の未来を、守るために
体の痛みなんて今は気にしていられない
今は早く、マンタイクに行かないと……!
マンタイクに着いた時には、もう朝になりかけていた
少し離れたところで降りて、街へ向かう
とりあえず、誰でもいいから騎士に伝言伝えて……
一度休もう…
平然を装って歩くのももう辛い
「あの、すみません」
街の入り口に立っていた騎士に話しかける
「あ?なん………!!アリシア様……っ!?何故ここに…!」
「それはどうでもいいでしょ??……お兄様……アレクセイ騎士団長に伝言、次の満月の日に、砂漠の奥、昔街があった場所に
…それで伝わるはずだから」
「え…あ……は、はいっ!!了解しましたっ!」
伝言を伝えると、騎士は敬礼してくる
「それじゃ……」
そう言ってその場を離れようとする
「あ、アリシア様、そんなに疲労困憊そうなお体で、どこへ行くのですか?!」
そう言われて、反射的に足が止まる
…隠せてすらいなかったか…
「宜しければ駐屯所でお休み下さい!ご案内致しますから!!」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、騎士の後をついて行く
ー数時間後ー
「……ん………」
目を開けると見慣れない景色が広がった
体を起こして、辺りを見回している内に、騎士団の駐屯所で休ませてもらったことを思い出した
まだ、日が高い
眠りについてからそんなに時間が経っていないのかと思った
が、それにしては体の痛みが随分と和らいだ気がするのだが…
コンコンッ
「失礼します!アリシア様、ようやくお目覚めになりましたか!」
ノックの音と共に、一人の騎士が入ってきた
「……えぇ………私、どれだけ寝てた?」
「えっと……丸一日ほど…です」
丸一日……そんなに寝てたんだ……
「…そう、ありがとう」
そう言って、ベットから降りる
そして、立て掛けてあった双剣を手に取る
「アリシア様、もう行かれるのですか?先日から何も食べておられませんし、何か食べて行かれませんか??」
心配そうにわたわたとしながら騎士が提案してくる
…確かに何も食べていないけど、正直食べる気にはなれないのよね…
「ご心配なく、多少なら食料もあるし、自分で作れるから」
そう言って騎士の横を通り過ぎる
「そう…ですか…では、お気をつけて…!」
騎士の言葉に手を振って答え、その場を後にした
「さてと……どうしようかな」
満月の夜まで、まだ時間がある
すぐにヨームゲンがあった場所に行くのは早すぎる
騎士に伝言も伝えたことだし、お兄様がエステルに手を出す可能性は低くなった…はず…
それに、マンタイクに居たってことが分かれば、こっちに騎士を送るなりの対応もするだろうし
ユーリ達から目を背けられたはずだ
「……アリシア様」
後ろから声をかけられ振り向くと、いつもの『赤』が目に入った
「……何?」
ぶっきらぼうに聞き返す
「……閣下から、『必ず来る、というのであれば、徴収はしない』とのことです」
「…行くわよ。呼び出したのは私なんだから」
「……御意」
そう言って消えて行った
…流石に、呼び出したくせに行かない、なんてことはしないわよ…
それにしても、まだ徴収を引っ張って来るなんて……
そんな脅しなくたって行くのに
「……とりあえず、下町の様子だけでも見てこようかな」
そう呟いて、マンタイクを出た
「やっぱり、力使うとちょっときついなぁ…」
帝都近くに降りながら苦笑いする
大分マシになったと思ったが、やはり、というか…当たり前というか、ダメージが消え切ってるわけではないんだよね
「…まぁ、普通に歩けはするし、問題は無いかな」
少しゆっくりと、下町の入り口に向かって歩く
ユーリ達が帰って来てる…はないかもしれないけど、念の為、用心はした方がいいかな
…ユーリ達だけじゃなくて、騎士にもなんだけどね
いつも使ってる近道の入口ではなく、人が殆どいない、今はもう使われていない方からこっそりと入る
下町ってもう人が住んでいない場所の方が多いから、市民街の入り口から離れたところにはほとんど人がいない
…希に、私みたいに市民街から離れたところにいる人も居るけど、人数はそんなに多くない
こっそり入るにはぴったりな場所だ
帝都に近づくのは少し危険だけど、少しだけ、少しだけ、皆の様子を見たい
軽率な考えかもしれないけど、それでも、最後になるかもしれないからこそ、一目見ていきたい
しばらく歩いていると、私の家に着いた
ここの上から屋根伝いに進んで行けば、見つからない…と思う
まぁ、見つかったら見つかった時だよね
その時はその時でなんとか誤魔化すしかない
家に入ると、殺風景なリビングが目に入る
テーブルと椅子、それに食器棚
女の部屋とは思えない程に物がない
元々小洒落た物なんて興味がなかったけど、今見るとこの殺風景さには自分でもどうかと思う
そんな昔の自分に苦笑いしながら、階段を上がる
上がった先ですぐ見える扉を開ける
…もう長い間帰っていなかった自分の部屋
若干ホコリが被っているが、掃除は後だなぁ
部屋の窓を開けて、目の前の家の屋根に飛び移る
屋根の上を次から次へと飛んでいく
こうして屋根の上を進んでると、幼い頃を思い出す
初めてユーリ達と会った時、確かジャレスに驚いて塀から落ちたっけ
懐かしさに口元が緩む
まだ、お父様とお母様が生きていた頃
……まだ、お兄様が優しかった頃
あの日々に戻れたら、どれだけ嬉しいことか…
でも、時は戻らない
戻って欲しくても、戻らない
それならば、せめてもの最善策を取りたい
屋根の上から見る、下町の景色は昔から殆ど変わりがなかった
変わったのは人くらいだろう
それでも、昔のように活気に満ちている
どれだけ生活が苦しくても、ここの人達は活気に満ち溢れている
「…………手放したく、ないなぁ」
薄らと微笑みながら呟く
この雰囲気を、消したくない
この風景を、消させたくない
ここに住む人達の笑顔を、守りたい
ずっとその思いで今まで動いてきた
ちょっと前までの私の最善策
今はもう違う
「……自分のやり方で、守ってみせるよ。何がなんでも、絶対に」
自分に言い聞かせるように声に出す
自分の意思を、再確認するように
「………そろそろ、行かないと」
脳に焼き付けるように下町を見つめていた目を空に向ける
既に日は落ちてきていた
薄らと見える星たちと、月……
今日はもう少しで満月というくらいの欠け方だ
約束は、明日だ
「……早めに、ゆっくりでいいから向かった方がいいかな」
呟いて、下町に背を向ける
次はいつ帰れるかわからない
帰って来れるかもわからない
もう一度、皆と話したい気持ちを抑えて空に飛び上がる
雲の上に来たところで、少しだけ振り返る
微かに帝都の灯りが目に映る
この高さから見ると、普段とはまた違って見える
一言で言うならば、綺麗、だろう
貴族街に住んでる奴らは嫌いだが、この景色は好きだ
「………ヨーデル様とエステルが治めるようになれば、もっともっと綺麗になるかな」
そんなことを考えて思わず笑みがこぼれる
見てみたい、その景色を
出来れば、ユーリと、皆と一緒に…
「何がなんでも、守らなきゃ…ね」
体の向きを、ヨームゲンの方向へと傾ける
いつもなら星たちが話しかけてくるけど、今日は誰も話しかけてこない
…多分、言葉が見つからないんだと思う
私にかける言葉が、見つからないんだろう
恐らく、私だって、死すら覚悟した人にかける言葉なんて思いつかないだろう
むしろ、放っておいてくれた方が都合がいい
目をつぶると、星たちの寂しそうな顔が見えてしまいそうで、怖くて目をつぶれない
そんな顔を見たら、躊躇してしまうかもしれない
……それは絶対にダメだ
シリウスに言ったんだ
何がなんでも、守ると
皆と、皆の未来を守ると
だから、ここで引き返すわけにはいかない
ぎゅっと下唇を噛んで、ただひたすらに、前に進んだ
帝都を離れて半日
私はヨームゲンが『あった場所』にいる
やはり、というか、そこに街はなかった
昔、街があったと裏付けるように建物の残骸が残っているくらいだ
その残骸の、日陰になっているところに座って待っている……のだが……
「……遅い……」
まだ日が高いから遅いも何もないんだけど…
『夜』じゃなくて、『日』としか言ってないから、そろそろ来てもおかしくないんだけど……
「お前から呼び出すなど、どういう風の吹き回しだ?」
大嫌いな声が聞こえて顔を上げる
視線の先には、少し不思議そうな顔をしたお兄様が、イエガーと共に立っていた
「……予想してはいたけど、一人では来ないのね」
いつもよりも低いトーンで言いながら立ち上がる
「一人の方が良かったか?」
「……まぁ、その方が私には都合良かったかな」
私がそう言うと、お兄様は右手を上げる
すると、イエガーは黙ってお辞儀をして、何処かへ消えて行った
「さて、これで二人きりだな
……それで、私を呼び出した理由はなんだ?」
満足そうに一瞬笑ってから私に問いかけてくる
「そんなの、お兄様が一番よくわかるんじゃない?
…私がエステルの元を離れた時から、予想はしていたでしょ?」
そう聞き返せば、若干嬉しそうに笑う
「あぁ、大方検討はついていた」
「それなら、言いたいこともわかるでしょ?」
「それは、お前の口から言わないと意味がないのではないか?」
「…あの計画、止める気にはならない?前にも言ったけど、『あれ』は兵器じゃないのよ?」
じっと、お兄様を見つめて言う
…これが、最終警告
「ないな。『あれ』が兵器ではない、という記述も何処にもなかったしな」
「…私が嘘ついてるって言いたいの?」
「そうは言わぬよ。だが、一度出して見た方が正確であろう?」
「………これだけ言っても、もう言葉は届かないのね……」
そう言って、剣を抜く
『もしかしたら』、なんて、淡い期待を持っていた
もしかしたら、考え直してくれるかも、なんて期待していた
…そんな期待、簡単に壊された
もう、昔のお兄様は何処にもいないんだ
「ふっ、やはりそうなるか」
そう言いながら、お兄様も剣を抜く
腑に落ちないけど、こうなることを、予想していたんだろう
「アリシア、お前こそ考え直さないか?私と戦っても、勝てる確率は殆どないだろう?」
恐らく、お兄様なりの優しさなんだろう
「……確率は低くても、ゼロじゃない。1%でも可能性があるなら、それにかけたい。……私はもう、大切な人を失いたくない……エステルは絶対に渡さない!」
そう言って、お兄様に向かって行った
「貪欲な闇界ここに下り、かの邪を打ち砕く!ヴァイオレントペイン!!」
「貪欲な闇界ここに下り、邪を打ち砕かん!ネガティブゲイト!!」
ドォーンッ!!!!
私とお兄様の術が、ほぼ同時にぶつかり合う
戦闘を始めてから、ずっとこの調子だ
私が術を放てばお兄様も
お兄様が技を使えば私も
お互い一歩も引かない
いや…引かないんじゃない
引けないんだ
この戦い、負けられない
絶対に負けられない
私の後ろには、皆が、皆の未来がある
ここで引いたら、皆の未来が潰されちゃう
そんなの、絶対にさせない
「くっ……流石だな…だが、いい加減限界なのではないか?」
肩で息をしながらお兄様は話しかけてくる
「はっ……はぁ……そう言う、お兄様も……そろそろ限界…なんじゃ、ないですか…?」
正直、お兄様の言う通りだ
体はもう、立ってるのがやっとくらいに披露している
……力を使いすぎた
このままだと、勝てない
…でも、負けるわけには、いなかない…!!
「私は……っ!皆の為にも、負けるわけには…いかないんだ…っ!!」
そう叫んで、真っ直ぐ、お兄様に向かって行く
「私こそ……我が目標の為に、引くわけには、いかん!」
そう叫ぶと、お兄様も私に向かって来る
ガキィィンッと剣と剣がぶつかり合う音が響く
術も技も使わずに、ただひたすらに剣をぶつけ合う
術技なしの戦闘であれば、お兄様とは五分五分くらいだろう
どちらも劣ってはいないし、かと言って優れてもいない
これなら、勝てるかもしれない
「アリシアよ、何故、そこまでする?何故、身を、削ってまで戦う?」
剣を重ねたまま、お兄様は問いかけてくる
「言ったじゃない…大切な人を、失いたくない、もう、失いたく、ないから!」
私もそのままの状態で、答える
このままじゃ埒があかない
後ろに飛ぶのと同時に、お兄様も後ろに飛ぶ
「…最後に、もう一度だけ……本気で、止める気はない?」
「くどいな、無いものは、ない」
「……そう………なら、仕方ないですね……
……全身全霊で叩き込む!!」
そう言うのとほぼ同時にオーバーリミッツが発動する
「何…っ?!」
そして、左の剣を鞘に収めて、間髪入れずに秘奥義を発動する
一番体に負荷が掛かるが、気にしてなんていられない
「これで決める!天を貫く!断ち斬れ!極光!!天覇!神雷断!!」
「がっ……?!!はっ……!!」
なんとか、という感じではあるがクリーンヒットし、お兄様はその場に崩れ落ちた
同じタイミングで、私もその場に膝をつく
もう、立っていることさえ出来ない
「はっ………はぁ……はぁ………かっ………た………?」
目の前に崩れ落ちたお兄様を見つめる
起き上がる様子は見られない
……が、あのお兄様だ
万が一という可能性も……
「くっ……………ふっ………ははっ!流石、星暦の中で…一番の力の、持ち主だ……ここまで、追い込まれる…とはな……」
そう言いながら、倒れて居たはずのお兄様が、ゆっくりと立ち上がる
…『やはり』倒しきれていなかった……
「そこまでの…努力は、認めてやろう……が、もう、動けぬのだろう?」
右腕を抑えながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる
完全に倒しきれなかったけど、かなりのダメージは受けているみたいだ
顔を上げているのも辛くて、ゆっくり下を向く
「この勝負……私の、勝ちのようだな…??」
声がすぐ近くで聞こえた
お兄様がゆっくり、膝をつくのが目に入る
そして、顎に手を当てられ、目線を合わせるように顔を上げられる
目の前には勝ち誇った笑みを浮かべたお兄様の顔が映る
……このタイミングしか、ない!!
グサッ!!!
「…っ!?!!」
突然のことに、お兄様の表情が驚きに変わる
私の左手に握られた短剣は、お兄様の腹部に深く突き刺さっている
ポタリ、ポタリと、お兄様の血が手を伝って落ちていく
「………秘奥義で、倒しきれないなんて、想定内ですよ……お兄様が、私の傍に来る、このタイミングを……待っていたのです……」
ゆっくりと、途切れ途切れに言葉を紡ぐ
「…なん……だと……?」
「………私の………勝ち、ですね……?」
ニヤリと悪戯っ子のように、笑って見せる
そう、わかりきってた
秘奥義で倒しきれるほど、お兄様の体は脆くない
大方大ダメージを与える程度だろうと
だから、二人きりになりたかった
二人きりじゃなければ、お兄様が近づいて来なかったかもしれない
二人きりになって、このタイミングが来るのを待っていた
腹部に突き刺していた短剣をゆっくり引き抜く
引き抜かれた箇所を抑えながら、お兄様は少し後退する
「………これは………想定外………だな………」
苦い顔をして、掠れた声でお兄様は言う
もうこれ以上、私には動く力は残ってない
これで回復でもされたら勝ち目はない
「ふふっ………だか、詰めが甘かったな……?」
「………え……?」
ニヤリと笑ったその笑みに、背筋がゾワっとした
何故だろう……
嫌な予感がする
「………イエガー」
「イエス、マイロード」
「っ!!!!」
お兄様が小さく呟いただけで、イエガーが現れた
与えた傷は、あっさりと回復されてしまった
「一体一の……戦いで、自分の…手下を呼ぶ……なんて……!!」
ギロッと睨みつけるが、当の本人は勝ち誇った笑みを浮かべている
「ふっ、だからなんだ??勝った者が正義だろう?」
そう言って、腕に触れてくる
「ーーーーーっ!!!!?!いっ……!」
ただ触れられただけで、全身に痛みが走る
痛みで、意識が飛びそうだ
「よくここまで頑張ったな。その努力を認めて、エステリーゼ様を使うのは止めてやろう
……が、わかっているよな?」
勝ち誇った笑みのまま、問いかけてくる
……こうなったら、もう、勝算は完全にゼロだ
「…………もう………好きにすれば……いいじゃ………ない………」
そう言ったのと同時に、今までギリギリのところで自分の体を支えていた力がきれ、お兄様に向かって倒れる
……ごめんなさい、シリウス……
勝てなかった………
ごめんなさい、フェロー……
『あれ』を解放してしまうかもしれない
………ごめんなさい、ユーリ………
自分勝手に行動して、みんなを更に危険に晒したかもしれない……
……ごめんなさい、皆………
皆の未来……守りきれなかった………
「………………お兄様の…………馬鹿…………」
そう呟いたのを最後に、私の意識はフェイドアウトしていった
私の瞳が最後に捉えたのは、夜になりかかった空と、寂しそうに光る星だった
「………さて、『奴』に伝言をして来い。エステリーゼ様はもう必要ない。折を見て戻ってこい、と」
「御意」
近くに潜んでいた親衛隊の一人がそう言って消えて行った
アリシアが呼び出した時点で、こうなることは予想済みであった
私と、私の計画に反感を持っていた彼女ならいつこうなってもおかしくなかった
……まさかこのタイミングとは思わなかったが
「マイロード、宜しいのですか?エステリーゼ様でなくて?彼女を危険に晒さない為に、必要だったのでは?」
イエガーはバッサリと聞いてくる
「……仕方あるまい、ここまで疲弊してまでエステリーゼ様を守ろうとしたのだ。その努力は買ってやらんとな」
そう言って、私の腕の中で気を失ったアリシアを抱き上げる
昔に比べて大きくはなったが、その身体はやけに軽かった
予想外の軽さに、若干驚く
両親を失ったショックがここまでにしてしまったのかとも思う
だが、『あれ』は必要な犠牲だ
……アリシアを我が手の内にする為に、必要だったのだ
自分にそう言い聞かせながら、イエガーを先頭にその場を離れる
必要なものは大方揃った
後はもう、実行するだけだ
この時、気づくべきだったのかもしれない
アリシアの愛刀が片方
無くなっていたことに
『だから、あれ程言ったのに……!』
シリウスは悲痛な声をあげ下唇を噛む
アリシアに彼のその声は届かない
『……これで、大きく状況が動き出しますね……』
悔しそうにしながらアリオトは呟く
『とっ、兎に角!ユーリに伝えないと…!!』
わたわたとしながらカストロは言う
『いえ、今言うのは危険です。『彼』が居なくなったタイミングの方がいいでしょう』
アリオトは冷静にそう告げる
『彼』がいる場で伝えれば、間違いなく、ユーリ達がアリシアがアレクセイに捕えられたことを知ったことが、本人にバレる
…そうなっては、救出するのが困難になるかもしれない
『…………こうゆう時に、何故、我らは直接助けに行けぬのだろうか……』
ギリッと歯ぎしりをしながら、シリウスはアレクセイに抱かれたアリシアを見つめる
もし、自分が傍に居れば
もし、自分たちが助けに行けれれば
そんなことを考えて両の手を思い切り握り締める
『……ユーリに、任せるしか……ないんだよね……』
カストロもシリウスと同じように手を握り締める
『…………全ては、彼次第……なのですね……』
アリシアが無事に戻って来ることを祈りながら、彼らは彼女を見つめ続けた