第2部〜満月の子と星暦の真実〜
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~数時間後~
《……姫、起きぬか》
呆れたようにため息をつきながら、フェローは彼女の頭を尾で叩いた
「……んー………後もー少しだけ……」
眠そうに寝返りをうちながらアリシアは呟く
はぁ……と再び大きなため息をつきながら、彼は体を起こす
「うわっ?!」
支えを無くした彼女の体は当然背後へ倒れる
「いったぁぁ……」
地面にぶつけてしまった頭を擦りながら、怪訝そうな顔でフェローを見つめる
《全く……時間が来たら起こせと言ったのは、姫ではないか……》
呆れ気味に彼が言うと、アリシアはチラッと空を見上げる
既にかなり日が沈み始めており、辺りは紅く染まり出していた
「……あー……もうこんな時間だったんだ」
そう言いながら立ち上がると、眠たそうに欠伸をしながら背伸びをする
《行くのだろう?べリウスノ元ヘ》
その問いにアリシアは大きく頷いた
「…うん、彼女の意見も聞きたいし
それに……なんか、嫌な予感がするから」
そう言うと、真剣な眼差しでノードポリカのある方角をじっと見つめる
《…ならば、行くとしよう》
フェローはそう言いながら、アリシアに乗れと目で合図を送る
それに答えるように彼女は無言で彼の背に飛び乗った
同時に、彼は翼を広げその場から飛び立った
《振り落とされないようにな》
チラッと彼女の方へ目線を向けながら、彼は言った
「分かってる、大丈夫だよ」
そう言って彼女は苦笑いしながら、彼の背に顔を埋める
昔から何度も聞いた言葉を彼女が忘れるわけがなかった
彼自身もそのことをわかっていたが、 忘れなくとも彼女は落ちそうになるのだから、何度も何度も言うのは当たり前のことだろう
アリシアが落ちないように気を配りながら、フェローはベリウスの元へと急いだ
…彼らとと彼女が鉢合わせないために
《…姫、着いたぞ》
フェローの声が聞こえて顔をあげると、ノードポリカの街が見えた
彼のいた砂漠と違って、こちらは少し曇っている
「やっぱり飛んだ方が速く着くね」
クスッと笑いながら言うと、呆れたような溜め息が聞こえた
《だからといって、無理や無茶だけはしないで欲しいのだが?》
「わかってるって、大丈夫大丈夫」
笑いながらフェローの注意を軽く流す
言うことを聞く気があるかと言われれば答えはNOに近い
致し方ない状況だってあるわけだし…
いや、もう既になってるんだけどさ…
《…ここでよいか?》
そう言って、街から少し離れた場所を彼はじっと見つめた
「ん、いいよ」
そう言うと、ゆっくりと降下し始める
地面にフェローの脚がついたところで、その背から飛び降りる
《そういうとこが無茶なのだと何故わからぬのだ…》
はぁ…っと大きなため息をつきながら、ジト目で私を見つめてくる
「別に無茶じゃないよ、大丈夫だから」
ニコッと笑ってる見せるが、正直なところ大丈夫ではない
エステルに近すぎたというのもあるけど、最近力を使いすぎたせいで身体中が痛い
でも、立ち止まってなんていられない
「…じゃあ、行くね、フェロー」
笑顔を保ったままそう告げて、ノードポリカの方へと体を向け、彼の言葉を待たずに走り出す
ユーリ達と、鉢合わせする訳にはいかない
何がなんでも、彼らよりも先にべリウスに会わなきゃ…!
《……何がどう大丈夫だというのだ……》
アリシアが走り去った後を寂しそうにフェローは見つめる
大丈夫なんかではないことくらい、彼が一番よくわかっていた
彼女が大丈夫を連呼する時ほど、無理をしているのは昔からだ
何度注意しようが、彼女はそれをやめようとはしない
彼にはその心理がわからなかった
それが、人と始祖の隷長という壁があるからなのかは彼にもわからない
が、アリシアは確かに周りと自分の間に、僅かながらでも壁をつくっていることだけは彼にもわかる
……例えそれが、昔からの幼馴染だろうが、恋人であろうが、だ
《……何事もなければいいのだが……》
雲に覆われた空を仰ぎ見ながらフェローは呟いた
…まるで星に話しかけるかのように
当然、フェローには彼らと話す力は備わっていないのだが…
雲の隙間から、一瞬星が微かに光ったのが見えたのと同時に、フェローは元いた場所へと再び翼を広げて飛び立った
「…さてと……入れればいいんだけど…」
ボソッと呟きながら闘技場へ続く階段を登る
べリウスがいるのはこの先にある統領の部屋だ
けれど、その部屋の前には確か側近の人だったかが居て、通せてもらえなかったような気がするんだよなぁ…
「誰だ?何をしにここに来た?」
案の定ガタイのいい男の人が立っていた
「べリウスに会いたいんだけど、通してもらえないかな?」
私がそう言うと、彼は顔を顰めた
「べリウス様にだと?素性もわからぬ輩をあの方に会わせるなど出来るわけg」
《ナッツ、よい、通せ》
彼の言葉を遮るように、奥から凛と澄んだ声が聞こえてきた
いつだったかに聞いた、懐かしい声
「べリウス様…!しかし…!」
ナッツと呼ばれた男は反論するように奥へ叫んだ
《彼女はわらわの友人じゃ》
べリウスがそう返すと、彼は一瞬驚いた顔をした
が、すぐに頭を軽く振って大きく頷く
「…わかりました、お通しします
…べリウス様のご友人とは知らず、申し訳ありません、どうぞお通り下さい」
そう言うと、スっと扉の前を開けてくれた
「ありがとう」
ニコッとしながらそう声をかけて扉を開ける
扉の先は長い階段が続いていた
その階段を少し駆け足で上がって行く
この先に、べリウスが居る
彼女と会うのはいつぶりだろうか
そんなことを考えて、若干嬉しさに浸りながら彼女の部屋へ向かう
階段の頂上…べリウスの部屋の前にたどり着いた
一度大きく深呼吸してから、その扉をノックする
《入ってよいぞ》
べリウスのその言葉を聞いてから扉を開けると、薄暗い部屋に出た
部屋の奥にうっすらと見える黒い影に、微笑みながら声をかける
「…久しぶり、べリウス」
雲の隙間から顔を覗かせた月の光が、彼女の背後にある窓から薄暗い部屋の中に入ってくる
その月明かりに照らされて、彼女の姿がはっきりと見えるようになった
薄黄色の毛に、狐の様な容姿…
やっぱりいつ見ても綺麗だと思う
《あぁ…本当に…久しぶりじゃのう、姫》
高く優しい声で微笑みながらべリウスは私にそう返してきた
彼女に話したいことが沢山ある
お父様とお母様が亡くなってからのこと…
お兄様のことも伝えたい事が沢山ある
山ほど話したいことはあるが、時間がそれを許してくれそうにない
「……て………客が………」
先程べリウスにナッツと呼ばれた男の声がして咄嗟に振り返る
「…………が…………よ……」
次にレイヴンらしき声も聞こえてきた
「…話したいこと、沢山あるけどゆっくりしていられないみたい」
苦笑いしながらべリウスの方に向き直す
《…そのようじゃの…何が聞きたいのかはわかっておる。満月の子のことだろう?》
その問に首を縦に振る
《今は姫のペンダントの力で抑えられているが、長くは持たないだろう》
難しそうに顔を歪めながらべリウスは言う
「…何か、他に方法はないの?」
そう聞くと、彼女は黙って下を向く
何か言おうとしているのを躊躇しているかのように、口を開きかけては閉じてを繰り返している
「………う!!!……なさ………よ!!」
下からリタらしき叫び声が、微かに聞こえてきた
どうやら我慢が限界に近いらしい
「…べリウス、私…そろそろ……」
私がそう言うと、彼女は観念したように口を開いた
《方法が、無いことは無い》
「本当っ?!」
べリウスの言葉に食いつくと、躊躇いながらも彼女は頷いた
「その方法って?!」
そう聞くと、また少し黙ったあとに、言いたくなさそうにしながら話し出す
《…聖核を使えばなんとか出来るはずじゃ》
「っ!!!聖……核……って……」
思わず絶句してしまった
だって、聖核は始祖の隷長の生命の結晶……
つまり、手に入れるには彼ら……始祖の隷長を、殺さなくてはいけない……
「……それは、無理だよ……べリウス…私には、出来ない…したくない」
俯いて手を握りしめながら、ただそう言った
彼らを殺すだなんて、出来るわけが無い
《…わかっておる、姫はわらわ達を手にかけるなど出来ないと》
優しい声で言いながら、彼女は私の頭を撫でてくる
《大丈夫じゃ、そのようなこと、強要したりなどせぬ》
「……強要されても、しないけどね」
顔をあげて彼女を見つめる
優しい声なのに、何処か寂しげにべリウスは微笑んでいる
《……さぁ、そろそろ時間じゃ。彼らが上がって来る前に、立ち去るのじゃ》
そう言って、彼女は私の前から避けて、窓へと一直線に道を開けてくれた
「……うん、わかったよ。……また、来るからね!」
ニコッと笑って窓の方へと走る
「あっ、そうだ!騎士団がノードポリカとマンタイクの間の道を封鎖して、何か企んで封鎖してるみたいだから、気をつけてね!」
振り返ってそう告げる
《あぁ、わかった》
べリウスの返事を聞いてから勢いよく飛び出して空を飛んだ
べリウスの部屋から真上に向かって高度を上げた
ノードポリカが見えるか見えないか、ギリギリの所まで来て上昇するのをやめた
「…べリウス、ユーリに質問攻めされてなければいいんだけど…」
先程まで会っていたべリウスを思い浮かべながら苦笑いする
ユーリの事だからきっと、私が何処に行ったのか問い詰めている事だろう
「……それにしても、嫌な空気だと思わない?カープノス」
軽く目を瞑ってそう声をかけると、無愛想な声が聞こえてきた
『…だな。何か良くねぇことが起こっても可笑しくないな』
私が話しかけたのはカープノス
年齢的には多分、シリウスよりも年下だと思う
ものすごく無愛想なのがかなりの欠点だけど、とっても優しい
「……そう、だよね……」
じっとノードポリカの方を見つめながらそう言った
もし、騎士団がべリウスに何かしたら…
……私は、冷静で居られるだろうか……
『…おい、アリシア、こんな所でボサっとしてねぇ方がいいぞ。始祖の隷長が気になんなら戻れ、今すぐに』
少し急かすようにカープノスが声をかけてくる
「べリウスが人間相手にやられるなんて考えつかないけど…」
そう言うと、彼は小さく舌打ちをした
『馬鹿野郎、今始祖の隷長の近くには満月の子だっていんだろ?しかも、怪我してりゃ誰彼構わず治癒しちまう奴が』
「っ!!!そうだ…今、あそこにはエステルが……っ!!ごめん、ありがとう!カープノス!」
彼の言葉にはっとして、そう返してから再びノードポリカへと逆走を始めた
もし、本当に騎士団がべリウスを狙っていたとしたら
もし、エステルの目の前でべリウスが怪我を負ったら
…答えは見えてる
エステルなら、必ず治癒しようとするに決まってる
そうなったら、べリウスは……
「急がなきゃ……!!」
エステルが彼女に治癒していないことだけを、ただただ願いながらノードポリカへと急いだ
「っ!!なんで部屋にいないのさ…!!」
べリウスの部屋についてから若干悲鳴に近い声でそう呟く
彼女の部屋はもぬけの殻状態で誰一人いなかった
「…闘技場の方かな…」
そう思い、振り返って下を見つめる
薄暗くてよく見えないが、べリウスらしき影が見えた気がした
「…降りて見なきゃわかんないか…」
そう呟いて、少しゆっくりと闘技場に向かって降り始める
もしかしたら、べリウスじゃないかもしれないし…
けれど、そんな私の期待はすぐにかき消された
「べリウス様…!!」
ナッツの彼女を呼ぶ声が下から聞こえてきた
《わらわは大丈夫じゃ…それよりナッツ、そなたは無事か…?》
次にべリウスの声が聞こえてきた
彼女の声からして、怪我を負っているのは明白だ
慌てて降りるスピードを上げる
……が、私のことを嘲笑うかのように、最悪の事態が起ころうとしていた
「待ってください…!今、治癒しますから…!」
エステルのそんな声と、べリウスに近づく彼女の姿が目に入った
「待って!!!エステル!!!!」
「シア……っ?!」
私が大声で彼女を制したが、
《グァァァァアァァ》
……私が地面に辿り着いた時には、もう、既に手遅れだった
「そんな……間に合わなかった……」
じっとべリウスを見つめながらそう呟く
ユーリ達が傍に居ることさえ、今の私には気にならない程に衝撃的だった
さっきまで傍に居たのに…
無理にでも残るべきだった
そうすれば、彼女はこうならなくてすんだかもしれないのに……
「私の…せい………?」
両手を口に添えながらエステルがそう呟いたのが視界の隅に入った
こうなるだなんて、エステルが想像出来るわけがない
ただ助けるために彼女はその力を使ったつもりなのだから
「おいおい…どうすりゃいんだよ…!」
困惑気味にユーリが舌打ちしたのが背後から聞こえた
《グァァァァアァァ……姫……そこに居るのであれば……早く……わらわを……!!!!》
苦しそうなべリウスの声に我に返る
そうだ、今はとにかく、彼女を救わなければ……
…でも、彼女を【救う】ということは……
「……べリウス……無理だよ……私には……出来ないよ……」
絞り出すようにただそれだけ言った
この状態の彼女を【救う】ということは、彼女を【殺さなくてはいけない】ということだ
……私には、そんなこと到底出来ない……
……いや、したくないのだ
「アリシア……あんた、どうすればいいのか、知ってるわけ?」
冷静にリタがそう聞いてくる
べリウスを方を向いたままゆっくりと頷いて、静かに口を開く
「……今のべリウスを救うには、彼女を………殺さないといけない……それ以外に、方法がない……」
思い切り右手を握りしめながら、唇を噛んだ
「そんな……!!」
エステルの悲痛な声が聞こえてくる
「…そうね、それしか方法はないわね
それに…彼女を救ってあげられるのは、貴方しか居ないんじゃないかしら?」
ジュディスがそう言いながら私の方を見つめて来たのが視界の隅に映った
流石、始祖の隷長のバウルと行動を共にして来ていただけあって、全てお見通しのようだ
「なんでシアなんだよ、ジュディ」
反発するかのようにユーリがジュディスに向かってそう言った
「でもまぁ、アリシアちゃんが一思いにやっちゃえばいいんじゃないのよ??」
お気楽そうにレイヴンがそう言ってくるが、そんなこと出来るわけが無い
確かにこのままではべリウスが『あれ』になってしまうかもしれない
けど、始祖の隷長を手にかけるなんて……
《グァアァァァァッ!姫……ッ!早…く……!》
べリウスは叫びながら、辺りを攻撃し始めた
…この状態も長くは持たない
自分がすべき役割は、分かっている
……べリウスを、彼女を、殺すことが今私に出来る最善策…
頭では理解しているが、体は動きそうにない
「……ちっ、やるしかねぇか」
そう言いながらユーリが私の前に出て、鞘を飛ばした
「そうね。アリシアが動かないなら、私達でやらないと、ね?」
その隣に並ぶように、ジュディスが出る
「…仕方ないわね、付き合ってあげるわよ」
「やるっきゃないみたいねぇ……」
リタもレイヴンもやる気満々のようだ
…私と同じように渋っているのはエステルくらいだろう
「うっし、行くぞ!」
「あ……っ!ユーリ…っ!!」
私の声も聞かずに、ユーリの合図で私とエステル以外がべリウスに向かって行った
「 爪竜連牙斬っ!!」
「怒りを穂先に変え、前途を阻む障害を貫け……ロックブレイク!」
「災害警報、お住まいの地域は荒れ模様!テンペスト!!」
戦闘が始まって数分、続け様にユーリ達は攻撃を繰り返すが、べリウスには歯がたっていないようだ
「流石始祖の隷長ね……予想以上だわ…」
回復役のエステルがいないからか、既にジュディスやカロルは動きが鈍って来ている
「うぅ………本当に勝てるの……?」
ポツリとカロルの弱音が聞こえてきた
そう思うのが当たり前だろう
勝てる見込みなど、この状態では無に等しい
「シア姐でもエステルでもいいから来て欲しいのじゃ……!!」
困った表情を浮かべながらパティがこちらを見た
エステルは完全に力が抜けきってしまっているようで、立つことすらままならない
必死になって戦っているユーリ達の姿を見て、私はようやく気がついた
……答えなんて、べリウスがこうなった時から出ていたのだ
彼女を助ける為の方法は、最初から一つしかなかったのだ
《グァァァァアァァァァァッ!!!!》
再び聞こえたべリウスの悲鳴で、ようやく決心がついた
目を瞑り、ゆっくりと詠唱を始める
「……炎の檻に惑え……」
「……え?」
……これは、『私だけが使える』特別な術……
「……真紅の業火……!」
「アリシア…?」
目を開き、べリウスを見つめて、最後の言葉を繋ぐ
「……イグニートプリズン…!」
私の声と同時に、始祖の隷長にしか効かない、【私だけが使える】術が発動する
《ガァァアァァ………》
ドサッと大きな音を立ててべリウスがその場に崩れ落ちた
「…今のは……」
肩で息をしながらユーリが振り返る
「……べリウス……っ!!」
彼の目も気にせずに、一目散にべリウスの元へとかけていった
「ごめん……ごめんなさい……べリウス……ごめんね……」
頬を涙が伝う
最善策……そう言われれば確かにそうなのだが、始祖の隷長を殺してしまうことに私が罪悪感を抱かないことは限りなく0だ
《姫…………泣くでない………そなたは正しい選択をしたのだ……決して自分を責めるでないぞ………》
優しい声で、途切れ途切れに彼女は私に言う
《満月の子よ……そなたもじゃ………》
「でも………私のせいで………」
《気に病むではない……そなたはわらわを救おうとしたのだろう…?》
私に話しかけるのと同じように、べリウスはエステルに話しかけた
《力は人を傲慢にする……だが、そなたは違うようじゃな
他者を慈しむ優しき心を…大切にするのじゃ…
フェローに会うがよい……己の運命を確かめたいのであれば……》
そう言い終わった途端、べリウスの体の光が強くなり始めた始めた
《ナッツ……世話になったのう…この者達を恨むでないぞ……》
「べリウス様……っ!」
「っ!!!待って!べリウス……っ!!」
抱きつこうと、手を伸ばすがその手がべリウスに届くことはなく……
《……わらわの魂……(蒼穹の水玉 を我が友……ドン・ホワイトホースに》
「あ……あぁ………っ!!!」
べリウスの聖核を抱き締めてその場に崩れ落ちた
結局助けられなかった……
結局、こんな結果になってしまうなんて……
「あの箱の中身と同じ……?どうゆうことよ、アリシア……!」
背後からリタの声が聞こえてくるが、その質問に答える余裕など到底ない
この場から動く事さえ嫌だったが、どうやら運命とでもいうものはそれを許してくれないようで
聞きなれた金属音が背後から聞こえてくる
「全員!武器をおけ!!」
「ありゃ、面倒なのが来ちゃったわよ」
レイヴンの声に顔を上げれば、ソディアの姿が目に入った
「…フレン隊……ね……」
目元に溜まった涙を拭いながら、小さく呟く
そして、ゆっくりと立ち上がって、べリウスの聖核をしっかりと懐に入れる
すると、パティが煙幕を張ってくれた
「逃げ道を確保したのじゃ!」
パティの声と同時に真っ先に走り出した
「あっ!ちょっと!!アリシアー!!」
カロルの声が追いかけてくるが、今騎士に見つかる訳にはいかないんだ
心の中で謝りながら、街の出口へと走る
……が、不運にも船着場近くで、会いたくない人物に出くわしてしまった
「………フレン…」
肩で息をしながら、彼の名を呼ぶ
何処か悔しそうに顔を歪めて、彼は私を見つめている
「……アリシア………ずっとまさかとは思っていたけど……やっぱり閣下に………」
「…それ以上、言わないで」
フレンが言葉を続けようとしたのを遮る
…やはりバレてしまったか……
エステルの元を離れる時、もしかしたらと頭の隅では思っていたけれど、まさか本当に言うなんて……
「………その石と……ユーリ、エステリーゼ様を渡してくれないか?」
私の背後を見ながらフレンは言った
振り向くと、ユーリ達が追いついていたようだ
「なんで、聖核のこと……」
「なるほどな、そうゆうことかよ」
そう言いながらユーリは私の横に並んだ
「最初からこれが目当てだったんだな」
強い口調でユーリは問い詰める
それに対して、フレンは何も言わない
…いや、きっと言えないんだろう
……自分がしたくないことを、無理矢理やらされているのと同じなんだから
「…フレン、今のあなたは、私達の嫌いな帝国の騎士その者じゃない」
「……なら、僕も消すか?」
至って冷静に、そして、静かな声で、フレンは私を見つめた
「ラゴウやキュモールのように…僕も消すか?……アリシア……」
寂しそうに私の目を見つめてくる
「………そうだね、フレンがそうなるって言うんだったら……容赦しないよ」
フレンの目を見つめ返しながら、静かにそう答えた
もし、万が一にでも彼がそうなると言うのなら……
……その時は、容赦なく、剣を振り下ろすことが、出来るのだろうか……
きっと躊躇するに決まっている
…でも、それが私の選んだ道だから…
「………そうか……」
「フレン隊長!指示を!!」
後からソディアの声が聞こえてきた
もうここに留まっては居られない
街の出口には行けそうにないかな…
方向を変えて、港の方へと向かって歩き出した
「あっ!おい、シアっ!」
私の背中を、ユーリの声が追いかけてくる
でも、立ち止まって居られない
真っ直ぐ走ると、ユーリ達の船、フェルティア号が見えた
船の前にレイヴンが居るのが目に入る
「………レイヴン、先来てたんだ」
そう声をかけると、いつものおどけた顔ではなく、【あの人】の顔つきになった
「……何故、離れたのですか……」
咎めるようにたった一言、彼は呟いた
「…このまま言いなりになっても、状況が変わらないと思ったから。…ただ、それだけ」
そう言って空を見上げる
…飛ぶなら、今が絶好のチャンスだ
けど、その前に……
「やっと追いついたわよっ!」
リタの声に振り向くと、ユーリ達が息を切らせながら走ってきているのが見えた
「聞きたいこと、沢山あるけど今は逃げるのが先ね…
男共は帆を張って!!!」
リタの呼びかけに嫌そうにしながらもレイヴンが動き出した
カロル達も次々と船に乗り込む
「ほら、行くぞシア」
そう言ってユーリが手を差し出してくる
…けど、私はその手を取ることは出来ない
手を伸ばす代わりに、蒼穹の水玉をユーリに投げた
「うぉっ?!……シア?」
「…それ、ドンに渡しておいて
……べリウスも、それを望んでいるみたいだから」
ニコッと笑って言う
そしてユーリに背を向けて地面を蹴飛ばすと、私の体は再び宙に浮いた
ユーリの呼び止める声が聞こえたが、振り向かずに一気に高度を上げた
………ごめんね、ユーリ…………
~ユーリside~
「くっそ…またかよ……」
そう呟いて、シアの去って行った方向を見つめる
「……あれで笑ってたつもりなのかよ……馬鹿野郎……」
先程、彼女が見せたのは笑顔とは言い難かった
寂しさと切なさ、そして悲しみが入り乱れた表情にオレが気づかないわけが無い
「ユーリ!!早く!!」
カロルの急かす声に振り返ると、騎士がそこまで迫って来ているのが目に入った
心の中で軽く舌打ちをしてフェルティア号に飛び乗る
それと同時にパティが船を出した
「わりぃエステル、これ持っててくれ」
そう言ってエステルに、シアから先程投げられた聖核を渡す
「…わかりました」
ぎゅっと胸の前で抱えながらエステルは答える
軽く頷いて、全員ちゃんと乗ってるか確認するのに辺りを見回す
すると、レイヴンの隣に魔狩りの剣の奴と一緒にいた男が視界に入った
確かハリー…とか言ったっけ
「なんでそいつも乗ってんだよ」
呆れ気味にレイヴンを見つめながら問いかける
「ま、その話は後でちゃーんとするわよん。それよりも、今はアレ、どうにかしなきゃじゃない?」
若干おどけ気味にそう言いながら、オレの後ろ…つまり、船の進行方向を指さした
振り返ると、騎士団の船が通さんと言わんばかりに並んでいた
「どうにかって、どうするのさ?」
「そりゃぁ………………自分で考えなさいな」
カロルの質問に、若干目を逸らしながらレイヴンは答える
「おっさん、自分は何も思いつかねぇのに人にゃそう言うんだな」
ジト目で見るが、こうしている間にも騎士団の船との距離は狭まって来ている
早く何か考えねぇとマジでやべぇ
「どうするもこうするも……突っ切るだけなのじゃ!!」
パティがそう言うと、急に船の速度があがる
そして、騎士団の船の間を猛スピードで通り抜けた
「おいおい…スピード出しすぎじゃねぇか?」
肩を竦めながら言う
が、どうも様子がおかしい
もうスピードを緩めてもいいくらいには騎士団を突き放したはずなのに、緩まる気配がない
「これは……?」
駆動魔導器の傍にいるエステルが不思議そうな声をあげる
見ると、先程の聖核が光っているのが目に入る
そして、それに同期するように魔導器の魔核が光っていた
「…!まさか…」
ジュディがそう呟くのが微かに聞こえた
不味い、と思って止めようとした時には時遅く
ドカァァァァァン!!!!!
駆動魔導器は大きな音を立てて破壊されていた
そして、その奥に武器を持って佇むジュディの姿が見える
「あんた…!!なんでこんなことするのよ…!!!」
リタが悲鳴に近い声でジュディを責める
「…これが、私の道だから」
振り向きさえせずにジュディがそう言うと、彼女の相棒の魔物(確かバウルとか言ってたな)がやってきた
「あの竜って…!!」
カロルが驚いた声をあげる
静止するリタの声も無視して、ジュディはバウルと共にどこかへと飛んで行ってしまった
「もう……!アリシアといい、ジュディスといい…自分勝手な奴ばっかなんだから……!!!」
そう怒鳴りながらリタは駆動魔導器の修理に取り掛かり出す
「嬢ちゃんは船室で休んでた方がいいんじゃない?」
唖然としているエステルに、レイヴンが話しかける
エステルはコクリと頷くと、無言のまま、船室へと入って行った
「ラピード、エステルについてやっててくれねぇか?」
「ワフンッ!」
エステルの後をついて行こうとしたおっさんを遮るように、ラピードが船室へと入っていく
「ちょっとせーねん…今のわざとでしょ…?」
不服そうに顔を歪めながら彼はこちらに顔を向ける
「おっさんとエステルを二人きりになんて出来ねぇっつーの」
そう答えると、トホホ…と言いながら船室の扉の前から立ち去る
「……まさかこうなる事もわかってた……なんてことはねぇよな…?シア……」
空を見上げてボソッと呟く
雲に覆われてしまっている空は、星が瞬いているかすらわからない
目をつぶってシアに貰ったペンダントに軽く触れて、話しかけようとしてみるが、やはり星が見えていないとダメなようだ
「……さて、どうすっかねぇ……」
軽くため息をついて、とりあえずレイヴンにあの男のことを聞きに行くことにした
まだ、近くに彼女がいたことに気づかなかった
それに後悔したのはもう少し後の話だ
《……姫、起きぬか》
呆れたようにため息をつきながら、フェローは彼女の頭を尾で叩いた
「……んー………後もー少しだけ……」
眠そうに寝返りをうちながらアリシアは呟く
はぁ……と再び大きなため息をつきながら、彼は体を起こす
「うわっ?!」
支えを無くした彼女の体は当然背後へ倒れる
「いったぁぁ……」
地面にぶつけてしまった頭を擦りながら、怪訝そうな顔でフェローを見つめる
《全く……時間が来たら起こせと言ったのは、姫ではないか……》
呆れ気味に彼が言うと、アリシアはチラッと空を見上げる
既にかなり日が沈み始めており、辺りは紅く染まり出していた
「……あー……もうこんな時間だったんだ」
そう言いながら立ち上がると、眠たそうに欠伸をしながら背伸びをする
《行くのだろう?べリウスノ元ヘ》
その問いにアリシアは大きく頷いた
「…うん、彼女の意見も聞きたいし
それに……なんか、嫌な予感がするから」
そう言うと、真剣な眼差しでノードポリカのある方角をじっと見つめる
《…ならば、行くとしよう》
フェローはそう言いながら、アリシアに乗れと目で合図を送る
それに答えるように彼女は無言で彼の背に飛び乗った
同時に、彼は翼を広げその場から飛び立った
《振り落とされないようにな》
チラッと彼女の方へ目線を向けながら、彼は言った
「分かってる、大丈夫だよ」
そう言って彼女は苦笑いしながら、彼の背に顔を埋める
昔から何度も聞いた言葉を彼女が忘れるわけがなかった
彼自身もそのことをわかっていたが、 忘れなくとも彼女は落ちそうになるのだから、何度も何度も言うのは当たり前のことだろう
アリシアが落ちないように気を配りながら、フェローはベリウスの元へと急いだ
…彼らとと彼女が鉢合わせないために
《…姫、着いたぞ》
フェローの声が聞こえて顔をあげると、ノードポリカの街が見えた
彼のいた砂漠と違って、こちらは少し曇っている
「やっぱり飛んだ方が速く着くね」
クスッと笑いながら言うと、呆れたような溜め息が聞こえた
《だからといって、無理や無茶だけはしないで欲しいのだが?》
「わかってるって、大丈夫大丈夫」
笑いながらフェローの注意を軽く流す
言うことを聞く気があるかと言われれば答えはNOに近い
致し方ない状況だってあるわけだし…
いや、もう既になってるんだけどさ…
《…ここでよいか?》
そう言って、街から少し離れた場所を彼はじっと見つめた
「ん、いいよ」
そう言うと、ゆっくりと降下し始める
地面にフェローの脚がついたところで、その背から飛び降りる
《そういうとこが無茶なのだと何故わからぬのだ…》
はぁ…っと大きなため息をつきながら、ジト目で私を見つめてくる
「別に無茶じゃないよ、大丈夫だから」
ニコッと笑ってる見せるが、正直なところ大丈夫ではない
エステルに近すぎたというのもあるけど、最近力を使いすぎたせいで身体中が痛い
でも、立ち止まってなんていられない
「…じゃあ、行くね、フェロー」
笑顔を保ったままそう告げて、ノードポリカの方へと体を向け、彼の言葉を待たずに走り出す
ユーリ達と、鉢合わせする訳にはいかない
何がなんでも、彼らよりも先にべリウスに会わなきゃ…!
《……何がどう大丈夫だというのだ……》
アリシアが走り去った後を寂しそうにフェローは見つめる
大丈夫なんかではないことくらい、彼が一番よくわかっていた
彼女が大丈夫を連呼する時ほど、無理をしているのは昔からだ
何度注意しようが、彼女はそれをやめようとはしない
彼にはその心理がわからなかった
それが、人と始祖の隷長という壁があるからなのかは彼にもわからない
が、アリシアは確かに周りと自分の間に、僅かながらでも壁をつくっていることだけは彼にもわかる
……例えそれが、昔からの幼馴染だろうが、恋人であろうが、だ
《……何事もなければいいのだが……》
雲に覆われた空を仰ぎ見ながらフェローは呟いた
…まるで星に話しかけるかのように
当然、フェローには彼らと話す力は備わっていないのだが…
雲の隙間から、一瞬星が微かに光ったのが見えたのと同時に、フェローは元いた場所へと再び翼を広げて飛び立った
「…さてと……入れればいいんだけど…」
ボソッと呟きながら闘技場へ続く階段を登る
べリウスがいるのはこの先にある統領の部屋だ
けれど、その部屋の前には確か側近の人だったかが居て、通せてもらえなかったような気がするんだよなぁ…
「誰だ?何をしにここに来た?」
案の定ガタイのいい男の人が立っていた
「べリウスに会いたいんだけど、通してもらえないかな?」
私がそう言うと、彼は顔を顰めた
「べリウス様にだと?素性もわからぬ輩をあの方に会わせるなど出来るわけg」
《ナッツ、よい、通せ》
彼の言葉を遮るように、奥から凛と澄んだ声が聞こえてきた
いつだったかに聞いた、懐かしい声
「べリウス様…!しかし…!」
ナッツと呼ばれた男は反論するように奥へ叫んだ
《彼女はわらわの友人じゃ》
べリウスがそう返すと、彼は一瞬驚いた顔をした
が、すぐに頭を軽く振って大きく頷く
「…わかりました、お通しします
…べリウス様のご友人とは知らず、申し訳ありません、どうぞお通り下さい」
そう言うと、スっと扉の前を開けてくれた
「ありがとう」
ニコッとしながらそう声をかけて扉を開ける
扉の先は長い階段が続いていた
その階段を少し駆け足で上がって行く
この先に、べリウスが居る
彼女と会うのはいつぶりだろうか
そんなことを考えて、若干嬉しさに浸りながら彼女の部屋へ向かう
階段の頂上…べリウスの部屋の前にたどり着いた
一度大きく深呼吸してから、その扉をノックする
《入ってよいぞ》
べリウスのその言葉を聞いてから扉を開けると、薄暗い部屋に出た
部屋の奥にうっすらと見える黒い影に、微笑みながら声をかける
「…久しぶり、べリウス」
雲の隙間から顔を覗かせた月の光が、彼女の背後にある窓から薄暗い部屋の中に入ってくる
その月明かりに照らされて、彼女の姿がはっきりと見えるようになった
薄黄色の毛に、狐の様な容姿…
やっぱりいつ見ても綺麗だと思う
《あぁ…本当に…久しぶりじゃのう、姫》
高く優しい声で微笑みながらべリウスは私にそう返してきた
彼女に話したいことが沢山ある
お父様とお母様が亡くなってからのこと…
お兄様のことも伝えたい事が沢山ある
山ほど話したいことはあるが、時間がそれを許してくれそうにない
「……て………客が………」
先程べリウスにナッツと呼ばれた男の声がして咄嗟に振り返る
「…………が…………よ……」
次にレイヴンらしき声も聞こえてきた
「…話したいこと、沢山あるけどゆっくりしていられないみたい」
苦笑いしながらべリウスの方に向き直す
《…そのようじゃの…何が聞きたいのかはわかっておる。満月の子のことだろう?》
その問に首を縦に振る
《今は姫のペンダントの力で抑えられているが、長くは持たないだろう》
難しそうに顔を歪めながらべリウスは言う
「…何か、他に方法はないの?」
そう聞くと、彼女は黙って下を向く
何か言おうとしているのを躊躇しているかのように、口を開きかけては閉じてを繰り返している
「………う!!!……なさ………よ!!」
下からリタらしき叫び声が、微かに聞こえてきた
どうやら我慢が限界に近いらしい
「…べリウス、私…そろそろ……」
私がそう言うと、彼女は観念したように口を開いた
《方法が、無いことは無い》
「本当っ?!」
べリウスの言葉に食いつくと、躊躇いながらも彼女は頷いた
「その方法って?!」
そう聞くと、また少し黙ったあとに、言いたくなさそうにしながら話し出す
《…聖核を使えばなんとか出来るはずじゃ》
「っ!!!聖……核……って……」
思わず絶句してしまった
だって、聖核は始祖の隷長の生命の結晶……
つまり、手に入れるには彼ら……始祖の隷長を、殺さなくてはいけない……
「……それは、無理だよ……べリウス…私には、出来ない…したくない」
俯いて手を握りしめながら、ただそう言った
彼らを殺すだなんて、出来るわけが無い
《…わかっておる、姫はわらわ達を手にかけるなど出来ないと》
優しい声で言いながら、彼女は私の頭を撫でてくる
《大丈夫じゃ、そのようなこと、強要したりなどせぬ》
「……強要されても、しないけどね」
顔をあげて彼女を見つめる
優しい声なのに、何処か寂しげにべリウスは微笑んでいる
《……さぁ、そろそろ時間じゃ。彼らが上がって来る前に、立ち去るのじゃ》
そう言って、彼女は私の前から避けて、窓へと一直線に道を開けてくれた
「……うん、わかったよ。……また、来るからね!」
ニコッと笑って窓の方へと走る
「あっ、そうだ!騎士団がノードポリカとマンタイクの間の道を封鎖して、何か企んで封鎖してるみたいだから、気をつけてね!」
振り返ってそう告げる
《あぁ、わかった》
べリウスの返事を聞いてから勢いよく飛び出して空を飛んだ
べリウスの部屋から真上に向かって高度を上げた
ノードポリカが見えるか見えないか、ギリギリの所まで来て上昇するのをやめた
「…べリウス、ユーリに質問攻めされてなければいいんだけど…」
先程まで会っていたべリウスを思い浮かべながら苦笑いする
ユーリの事だからきっと、私が何処に行ったのか問い詰めている事だろう
「……それにしても、嫌な空気だと思わない?カープノス」
軽く目を瞑ってそう声をかけると、無愛想な声が聞こえてきた
『…だな。何か良くねぇことが起こっても可笑しくないな』
私が話しかけたのはカープノス
年齢的には多分、シリウスよりも年下だと思う
ものすごく無愛想なのがかなりの欠点だけど、とっても優しい
「……そう、だよね……」
じっとノードポリカの方を見つめながらそう言った
もし、騎士団がべリウスに何かしたら…
……私は、冷静で居られるだろうか……
『…おい、アリシア、こんな所でボサっとしてねぇ方がいいぞ。始祖の隷長が気になんなら戻れ、今すぐに』
少し急かすようにカープノスが声をかけてくる
「べリウスが人間相手にやられるなんて考えつかないけど…」
そう言うと、彼は小さく舌打ちをした
『馬鹿野郎、今始祖の隷長の近くには満月の子だっていんだろ?しかも、怪我してりゃ誰彼構わず治癒しちまう奴が』
「っ!!!そうだ…今、あそこにはエステルが……っ!!ごめん、ありがとう!カープノス!」
彼の言葉にはっとして、そう返してから再びノードポリカへと逆走を始めた
もし、本当に騎士団がべリウスを狙っていたとしたら
もし、エステルの目の前でべリウスが怪我を負ったら
…答えは見えてる
エステルなら、必ず治癒しようとするに決まってる
そうなったら、べリウスは……
「急がなきゃ……!!」
エステルが彼女に治癒していないことだけを、ただただ願いながらノードポリカへと急いだ
「っ!!なんで部屋にいないのさ…!!」
べリウスの部屋についてから若干悲鳴に近い声でそう呟く
彼女の部屋はもぬけの殻状態で誰一人いなかった
「…闘技場の方かな…」
そう思い、振り返って下を見つめる
薄暗くてよく見えないが、べリウスらしき影が見えた気がした
「…降りて見なきゃわかんないか…」
そう呟いて、少しゆっくりと闘技場に向かって降り始める
もしかしたら、べリウスじゃないかもしれないし…
けれど、そんな私の期待はすぐにかき消された
「べリウス様…!!」
ナッツの彼女を呼ぶ声が下から聞こえてきた
《わらわは大丈夫じゃ…それよりナッツ、そなたは無事か…?》
次にべリウスの声が聞こえてきた
彼女の声からして、怪我を負っているのは明白だ
慌てて降りるスピードを上げる
……が、私のことを嘲笑うかのように、最悪の事態が起ころうとしていた
「待ってください…!今、治癒しますから…!」
エステルのそんな声と、べリウスに近づく彼女の姿が目に入った
「待って!!!エステル!!!!」
「シア……っ?!」
私が大声で彼女を制したが、
《グァァァァアァァ》
……私が地面に辿り着いた時には、もう、既に手遅れだった
「そんな……間に合わなかった……」
じっとべリウスを見つめながらそう呟く
ユーリ達が傍に居ることさえ、今の私には気にならない程に衝撃的だった
さっきまで傍に居たのに…
無理にでも残るべきだった
そうすれば、彼女はこうならなくてすんだかもしれないのに……
「私の…せい………?」
両手を口に添えながらエステルがそう呟いたのが視界の隅に入った
こうなるだなんて、エステルが想像出来るわけがない
ただ助けるために彼女はその力を使ったつもりなのだから
「おいおい…どうすりゃいんだよ…!」
困惑気味にユーリが舌打ちしたのが背後から聞こえた
《グァァァァアァァ……姫……そこに居るのであれば……早く……わらわを……!!!!》
苦しそうなべリウスの声に我に返る
そうだ、今はとにかく、彼女を救わなければ……
…でも、彼女を【救う】ということは……
「……べリウス……無理だよ……私には……出来ないよ……」
絞り出すようにただそれだけ言った
この状態の彼女を【救う】ということは、彼女を【殺さなくてはいけない】ということだ
……私には、そんなこと到底出来ない……
……いや、したくないのだ
「アリシア……あんた、どうすればいいのか、知ってるわけ?」
冷静にリタがそう聞いてくる
べリウスを方を向いたままゆっくりと頷いて、静かに口を開く
「……今のべリウスを救うには、彼女を………殺さないといけない……それ以外に、方法がない……」
思い切り右手を握りしめながら、唇を噛んだ
「そんな……!!」
エステルの悲痛な声が聞こえてくる
「…そうね、それしか方法はないわね
それに…彼女を救ってあげられるのは、貴方しか居ないんじゃないかしら?」
ジュディスがそう言いながら私の方を見つめて来たのが視界の隅に映った
流石、始祖の隷長のバウルと行動を共にして来ていただけあって、全てお見通しのようだ
「なんでシアなんだよ、ジュディ」
反発するかのようにユーリがジュディスに向かってそう言った
「でもまぁ、アリシアちゃんが一思いにやっちゃえばいいんじゃないのよ??」
お気楽そうにレイヴンがそう言ってくるが、そんなこと出来るわけが無い
確かにこのままではべリウスが『あれ』になってしまうかもしれない
けど、始祖の隷長を手にかけるなんて……
《グァアァァァァッ!姫……ッ!早…く……!》
べリウスは叫びながら、辺りを攻撃し始めた
…この状態も長くは持たない
自分がすべき役割は、分かっている
……べリウスを、彼女を、殺すことが今私に出来る最善策…
頭では理解しているが、体は動きそうにない
「……ちっ、やるしかねぇか」
そう言いながらユーリが私の前に出て、鞘を飛ばした
「そうね。アリシアが動かないなら、私達でやらないと、ね?」
その隣に並ぶように、ジュディスが出る
「…仕方ないわね、付き合ってあげるわよ」
「やるっきゃないみたいねぇ……」
リタもレイヴンもやる気満々のようだ
…私と同じように渋っているのはエステルくらいだろう
「うっし、行くぞ!」
「あ……っ!ユーリ…っ!!」
私の声も聞かずに、ユーリの合図で私とエステル以外がべリウスに向かって行った
「 爪竜連牙斬っ!!」
「怒りを穂先に変え、前途を阻む障害を貫け……ロックブレイク!」
「災害警報、お住まいの地域は荒れ模様!テンペスト!!」
戦闘が始まって数分、続け様にユーリ達は攻撃を繰り返すが、べリウスには歯がたっていないようだ
「流石始祖の隷長ね……予想以上だわ…」
回復役のエステルがいないからか、既にジュディスやカロルは動きが鈍って来ている
「うぅ………本当に勝てるの……?」
ポツリとカロルの弱音が聞こえてきた
そう思うのが当たり前だろう
勝てる見込みなど、この状態では無に等しい
「シア姐でもエステルでもいいから来て欲しいのじゃ……!!」
困った表情を浮かべながらパティがこちらを見た
エステルは完全に力が抜けきってしまっているようで、立つことすらままならない
必死になって戦っているユーリ達の姿を見て、私はようやく気がついた
……答えなんて、べリウスがこうなった時から出ていたのだ
彼女を助ける為の方法は、最初から一つしかなかったのだ
《グァァァァアァァァァァッ!!!!》
再び聞こえたべリウスの悲鳴で、ようやく決心がついた
目を瞑り、ゆっくりと詠唱を始める
「……炎の檻に惑え……」
「……え?」
……これは、『私だけが使える』特別な術……
「……真紅の業火……!」
「アリシア…?」
目を開き、べリウスを見つめて、最後の言葉を繋ぐ
「……イグニートプリズン…!」
私の声と同時に、始祖の隷長にしか効かない、【私だけが使える】術が発動する
《ガァァアァァ………》
ドサッと大きな音を立ててべリウスがその場に崩れ落ちた
「…今のは……」
肩で息をしながらユーリが振り返る
「……べリウス……っ!!」
彼の目も気にせずに、一目散にべリウスの元へとかけていった
「ごめん……ごめんなさい……べリウス……ごめんね……」
頬を涙が伝う
最善策……そう言われれば確かにそうなのだが、始祖の隷長を殺してしまうことに私が罪悪感を抱かないことは限りなく0だ
《姫…………泣くでない………そなたは正しい選択をしたのだ……決して自分を責めるでないぞ………》
優しい声で、途切れ途切れに彼女は私に言う
《満月の子よ……そなたもじゃ………》
「でも………私のせいで………」
《気に病むではない……そなたはわらわを救おうとしたのだろう…?》
私に話しかけるのと同じように、べリウスはエステルに話しかけた
《力は人を傲慢にする……だが、そなたは違うようじゃな
他者を慈しむ優しき心を…大切にするのじゃ…
フェローに会うがよい……己の運命を確かめたいのであれば……》
そう言い終わった途端、べリウスの体の光が強くなり始めた始めた
《ナッツ……世話になったのう…この者達を恨むでないぞ……》
「べリウス様……っ!」
「っ!!!待って!べリウス……っ!!」
抱きつこうと、手を伸ばすがその手がべリウスに届くことはなく……
《……わらわの魂……(
「あ……あぁ………っ!!!」
べリウスの聖核を抱き締めてその場に崩れ落ちた
結局助けられなかった……
結局、こんな結果になってしまうなんて……
「あの箱の中身と同じ……?どうゆうことよ、アリシア……!」
背後からリタの声が聞こえてくるが、その質問に答える余裕など到底ない
この場から動く事さえ嫌だったが、どうやら運命とでもいうものはそれを許してくれないようで
聞きなれた金属音が背後から聞こえてくる
「全員!武器をおけ!!」
「ありゃ、面倒なのが来ちゃったわよ」
レイヴンの声に顔を上げれば、ソディアの姿が目に入った
「…フレン隊……ね……」
目元に溜まった涙を拭いながら、小さく呟く
そして、ゆっくりと立ち上がって、べリウスの聖核をしっかりと懐に入れる
すると、パティが煙幕を張ってくれた
「逃げ道を確保したのじゃ!」
パティの声と同時に真っ先に走り出した
「あっ!ちょっと!!アリシアー!!」
カロルの声が追いかけてくるが、今騎士に見つかる訳にはいかないんだ
心の中で謝りながら、街の出口へと走る
……が、不運にも船着場近くで、会いたくない人物に出くわしてしまった
「………フレン…」
肩で息をしながら、彼の名を呼ぶ
何処か悔しそうに顔を歪めて、彼は私を見つめている
「……アリシア………ずっとまさかとは思っていたけど……やっぱり閣下に………」
「…それ以上、言わないで」
フレンが言葉を続けようとしたのを遮る
…やはりバレてしまったか……
エステルの元を離れる時、もしかしたらと頭の隅では思っていたけれど、まさか本当に言うなんて……
「………その石と……ユーリ、エステリーゼ様を渡してくれないか?」
私の背後を見ながらフレンは言った
振り向くと、ユーリ達が追いついていたようだ
「なんで、聖核のこと……」
「なるほどな、そうゆうことかよ」
そう言いながらユーリは私の横に並んだ
「最初からこれが目当てだったんだな」
強い口調でユーリは問い詰める
それに対して、フレンは何も言わない
…いや、きっと言えないんだろう
……自分がしたくないことを、無理矢理やらされているのと同じなんだから
「…フレン、今のあなたは、私達の嫌いな帝国の騎士その者じゃない」
「……なら、僕も消すか?」
至って冷静に、そして、静かな声で、フレンは私を見つめた
「ラゴウやキュモールのように…僕も消すか?……アリシア……」
寂しそうに私の目を見つめてくる
「………そうだね、フレンがそうなるって言うんだったら……容赦しないよ」
フレンの目を見つめ返しながら、静かにそう答えた
もし、万が一にでも彼がそうなると言うのなら……
……その時は、容赦なく、剣を振り下ろすことが、出来るのだろうか……
きっと躊躇するに決まっている
…でも、それが私の選んだ道だから…
「………そうか……」
「フレン隊長!指示を!!」
後からソディアの声が聞こえてきた
もうここに留まっては居られない
街の出口には行けそうにないかな…
方向を変えて、港の方へと向かって歩き出した
「あっ!おい、シアっ!」
私の背中を、ユーリの声が追いかけてくる
でも、立ち止まって居られない
真っ直ぐ走ると、ユーリ達の船、フェルティア号が見えた
船の前にレイヴンが居るのが目に入る
「………レイヴン、先来てたんだ」
そう声をかけると、いつものおどけた顔ではなく、【あの人】の顔つきになった
「……何故、離れたのですか……」
咎めるようにたった一言、彼は呟いた
「…このまま言いなりになっても、状況が変わらないと思ったから。…ただ、それだけ」
そう言って空を見上げる
…飛ぶなら、今が絶好のチャンスだ
けど、その前に……
「やっと追いついたわよっ!」
リタの声に振り向くと、ユーリ達が息を切らせながら走ってきているのが見えた
「聞きたいこと、沢山あるけど今は逃げるのが先ね…
男共は帆を張って!!!」
リタの呼びかけに嫌そうにしながらもレイヴンが動き出した
カロル達も次々と船に乗り込む
「ほら、行くぞシア」
そう言ってユーリが手を差し出してくる
…けど、私はその手を取ることは出来ない
手を伸ばす代わりに、蒼穹の水玉をユーリに投げた
「うぉっ?!……シア?」
「…それ、ドンに渡しておいて
……べリウスも、それを望んでいるみたいだから」
ニコッと笑って言う
そしてユーリに背を向けて地面を蹴飛ばすと、私の体は再び宙に浮いた
ユーリの呼び止める声が聞こえたが、振り向かずに一気に高度を上げた
………ごめんね、ユーリ…………
~ユーリside~
「くっそ…またかよ……」
そう呟いて、シアの去って行った方向を見つめる
「……あれで笑ってたつもりなのかよ……馬鹿野郎……」
先程、彼女が見せたのは笑顔とは言い難かった
寂しさと切なさ、そして悲しみが入り乱れた表情にオレが気づかないわけが無い
「ユーリ!!早く!!」
カロルの急かす声に振り返ると、騎士がそこまで迫って来ているのが目に入った
心の中で軽く舌打ちをしてフェルティア号に飛び乗る
それと同時にパティが船を出した
「わりぃエステル、これ持っててくれ」
そう言ってエステルに、シアから先程投げられた聖核を渡す
「…わかりました」
ぎゅっと胸の前で抱えながらエステルは答える
軽く頷いて、全員ちゃんと乗ってるか確認するのに辺りを見回す
すると、レイヴンの隣に魔狩りの剣の奴と一緒にいた男が視界に入った
確かハリー…とか言ったっけ
「なんでそいつも乗ってんだよ」
呆れ気味にレイヴンを見つめながら問いかける
「ま、その話は後でちゃーんとするわよん。それよりも、今はアレ、どうにかしなきゃじゃない?」
若干おどけ気味にそう言いながら、オレの後ろ…つまり、船の進行方向を指さした
振り返ると、騎士団の船が通さんと言わんばかりに並んでいた
「どうにかって、どうするのさ?」
「そりゃぁ………………自分で考えなさいな」
カロルの質問に、若干目を逸らしながらレイヴンは答える
「おっさん、自分は何も思いつかねぇのに人にゃそう言うんだな」
ジト目で見るが、こうしている間にも騎士団の船との距離は狭まって来ている
早く何か考えねぇとマジでやべぇ
「どうするもこうするも……突っ切るだけなのじゃ!!」
パティがそう言うと、急に船の速度があがる
そして、騎士団の船の間を猛スピードで通り抜けた
「おいおい…スピード出しすぎじゃねぇか?」
肩を竦めながら言う
が、どうも様子がおかしい
もうスピードを緩めてもいいくらいには騎士団を突き放したはずなのに、緩まる気配がない
「これは……?」
駆動魔導器の傍にいるエステルが不思議そうな声をあげる
見ると、先程の聖核が光っているのが目に入る
そして、それに同期するように魔導器の魔核が光っていた
「…!まさか…」
ジュディがそう呟くのが微かに聞こえた
不味い、と思って止めようとした時には時遅く
ドカァァァァァン!!!!!
駆動魔導器は大きな音を立てて破壊されていた
そして、その奥に武器を持って佇むジュディの姿が見える
「あんた…!!なんでこんなことするのよ…!!!」
リタが悲鳴に近い声でジュディを責める
「…これが、私の道だから」
振り向きさえせずにジュディがそう言うと、彼女の相棒の魔物(確かバウルとか言ってたな)がやってきた
「あの竜って…!!」
カロルが驚いた声をあげる
静止するリタの声も無視して、ジュディはバウルと共にどこかへと飛んで行ってしまった
「もう……!アリシアといい、ジュディスといい…自分勝手な奴ばっかなんだから……!!!」
そう怒鳴りながらリタは駆動魔導器の修理に取り掛かり出す
「嬢ちゃんは船室で休んでた方がいいんじゃない?」
唖然としているエステルに、レイヴンが話しかける
エステルはコクリと頷くと、無言のまま、船室へと入って行った
「ラピード、エステルについてやっててくれねぇか?」
「ワフンッ!」
エステルの後をついて行こうとしたおっさんを遮るように、ラピードが船室へと入っていく
「ちょっとせーねん…今のわざとでしょ…?」
不服そうに顔を歪めながら彼はこちらに顔を向ける
「おっさんとエステルを二人きりになんて出来ねぇっつーの」
そう答えると、トホホ…と言いながら船室の扉の前から立ち去る
「……まさかこうなる事もわかってた……なんてことはねぇよな…?シア……」
空を見上げてボソッと呟く
雲に覆われてしまっている空は、星が瞬いているかすらわからない
目をつぶってシアに貰ったペンダントに軽く触れて、話しかけようとしてみるが、やはり星が見えていないとダメなようだ
「……さて、どうすっかねぇ……」
軽くため息をついて、とりあえずレイヴンにあの男のことを聞きに行くことにした
まだ、近くに彼女がいたことに気づかなかった
それに後悔したのはもう少し後の話だ