第2部〜満月の子と星暦の真実〜
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しばらく進んで行くと、ジュディスの言った通り街についた
街に入るなり、パティはすぐにまた何処かへと行ってしまった
私達はとりあえず、今後のことを考える為に宿を取ってここで1日休む事にした
最初こそ宿屋で大人しくしていたけれど、もとより大人しくじっとしているのは性に合わない
街の中を少し見てくる、とだけ言い残して宿屋を離れた
街を見て気づいたが、どうも様子がおかしい
全くと言っていいほど、人が居ない
『居ない』と言うよりも、見当たらない、と言った方が正しいのかもしれないが…
街の中心にあるオアシスの周りにさえ、人影が見当たらなかった
「……ここも、またなんかあるのかな……」
キョロキョロと辺りを見回しながら呟く
よくよく見ると、騎士の姿がチラホラ見える
……あの隊服の色は、確かキュモールと同じ色だったはず……
また変なことでもやっているのかと、内心思いながら腰に手を当ててため息をつく
自分勝手にまた動いているのか…
………あるいは………
「ったく、こんな所でなーにしてんだよ?」
後ろから聞きなれた声が聞こえて考えるのを中断した
振り向くと、呆れた顔をしたユーリが立っている
「…特に何かしてるわけじゃないよ。そろそろ星が見えるかなって思っただけで」
一拍置いてからニコッと笑ってみせる
日が傾いて来てるから、恐らく怪しまれることはないだろう
「ふーん…」
あまり信用していない顔でそう呟くと、私の隣に肩を並べる
それとほぼ同時に彼らが話しかけてきた
『アリシア……だから大丈夫?って聞いたのに……』
心配したような声でリゲルが聞いてくる
「あのねぇ……あの時間じゃ全部は聞き取れないよ…」
実際、名前を呼ばれたこと以外は聞き取れていないし…
『全く…それを理由に無茶されても困るのだがな』
呆れ気味にシリウスがため息をつく
「シリウスの言う通りだわな。そんなん理由に無茶なんてされたらこっちの身が持たねぇっての」
「あはは…ごめんごめん、つい…ね?」
軽く肩を竦めるが、この二人の怒りがそう簡単に消えるわけもないわけで…
「本当にお前は何度言えば大人しく言う事聞いてくれんだよ…」
怒りを通り越しているのか、呆れ気味にユーリはため息をついて項垂れる
『アリシア、いい加減もう少し考えて行動をしてくれないか?我らは力を貸せても傍には居てやれんのだ。お前が倒れる度に我らがヒヤヒヤするのだぞ?』
どこか悔しそうに、寂しそうな声でシリウスが言う
二人の言い分は痛いくらいにわかる
私だってユーリが無茶する度に無茶しないで欲しいって思うし、時折星達が辛そうに呻いている時に傍に居られなくてもどかしくなる
それでも、あの箱を『あいつ』に渡したくなかった
「…ごめん、もう無茶はしないよ」
苦笑いして二人にそう伝える
『無茶はしない』…きっと、それは無理だと思う
私の性格上、そればかりはどうにも出来ない
でも、上辺だけでもそう伝えておきたかった
「……約束、だからな?」
真剣な顔で私の目をじっと見つめてくる
「うん、約束。…約束だよ、ユーリ」
ニコッと微笑むと、少しだけユーリの表情も和らぐ
『……ユーリさん、アリシアに少し話しがあるんだ。…先に戻っててもらってもいいかな?」
不意に今まで黙り込んでいたリゲルが声をかける
首を傾げていたユーリだったが、わかった、と言ってくるっと宿屋の方へ足を向けた
『…それでね、アリシア』
ユーリの姿が見えなくなってから、リゲルが口を開く
「…何…?リゲル」
『………砂漠のこと、探してる始祖の隷長がなんか余計なこと企んでる』
「フェローが…?」
リゲルの言葉に首を傾げる
あのフェローが『余計なこと』など考えるのだろうか…
だが、確かに…忌み嫌っている満月の子が自身を探しているんだ
何か考えていても可笑しくはない…か…
『それと…キュモール。その始祖の隷長の聖核を狙ってる。……ここの人を使ってさ…それも、あの人の差金だよ』
「……やっぱり、ここの静けさは『お兄様』のせい…なんだね」
はぁ……っと大きく息を吐く
キュモールが探している…
ならば『あいつ』もやはり、お兄様の差金だったわけだ
……つまり、刻一刻と準備は整ってきていることの裏付けでもあるんだ
…ノードポリカの一件も、そういう事なんだろう
「……ベリウス……大丈夫かな……」
ぎゅっと自身の左腕を強く掴む
『不安』…今の心情を表すなら、その二文字がぴったりだ
新月の夜まで彼女は帰って来ないとは思うのだが……
次の新月の日に、もしも何かあったら……
……その時は、一生お兄様を許せそうにない
「……お願い……何も、起こらないで……」
誰に言うわけでもなく、小さく呟いた言葉は、空に消えて行った
「あんた何考えているのよ!?」
シリウス達に別れを告げて宿屋の前に戻ってくると、中からリタの怒鳴り声が聞こえてきた
…何かあったのだろうか?
「これ以上…迷惑かけられませんから…」
エステルの寂しそうな声も聞こえてくる
「一人で行かせられるわけないじゃんか!」
…なるほどね
カロルとエステルの声から察するに、これ以上迷惑かけられないから一人で会いに行く…とでも言い出したってところか…
彼女の性格上、こうなることはなんとなく予想はしていた
だが、本気でそんなこと言うなんて…
無謀にも程がある
ましてやあのフェローに、満月の子が一人で会いに行くだなんてそれこそ自殺行為だ
小さくため息を漏らしてから扉を開ける
中に入ると揉み合いにでもなりかけていたのか、リタを抑えているユーリの姿が目に入る
「あっ!アリシア!!聞いてよ!!」
興奮気味にカロルが小走りで近づいてくる
「声、外まで漏れてたから知ってるよ。エステルが一人で会いに行こうとしてるんでしょ?」
肩を竦めてそう言うと、ごめんなさい……とエステルは小声で謝る
「でも……これ以上、みんなに迷惑かけられません……」
しょんぼりと俯いて掠れた声でそう言う
「だーかーらー!!誰も迷惑だなんて言ってないじゃないのよ!」
ユーリの腕の中でリタはジタバタと暴れる
それでもユーリは離そうとしないのだが…
「リタっ、少し落ち着けっての…っ!」
必死でリタを抑えているが、あれだけ暴れられたら逃げられるのも時間の問題だろう
あの様子じゃエステルに殴りかかりそうだし……
「はぁ………フェローのことを少し知ってる身から言うと、一人で会いに行くだなんてオススメしないよ」
肩を落として半分投げやりに言うと、え?とみんな声を揃える
…いや、そんなに驚かないでも良くないですか…?
「アリシアちゃん…あのでっかいのと面識あるの?」
「……まぁ、ね。面識だけなら。……だから言わせてもらうよ。満月の子がフェローに一人で会うのは自殺行為だし、本当に危険だから絶対にやめた方がいい。そもそも…会えるかだなんてわからないし…ね。行くならみんなで行った方がいいよ」
…本当は行かない方がいいって言わなきゃいけないんだろうけど……
エステルは引きそうにないし、無理矢理引き止めても勝手に行きそうだし…
こう言う以外にないじゃないか…
「……それに、ここでエステル一人で行かせたら『不義』でしょ?」
ニッと笑ってカロルとユーリに話しかける
「だな。オレ掟破るなんて出来ねぇぜ?」
私に合わせるようにユーリもニヤッと笑う
それにカロルが力強く頷いた
「みんな……でも、やっぱりダメ……」
嬉しそうにエステルは目を輝かせたが、すぐにまた俯いてしまう
「ダメも何もないの!私達がエステルと一緒に行きたいんだからさ」
エステルの肩に手を置いて微笑むと、驚いた様に目を見開いた
少し間があって、ようやく首を縦に振る
「……わかったわよ、行くって言うんだったら準備だけは万全にするのよ?」
「ん?リタも来んのか?」
「あんたらみたいな無謀な奴ら、ほっとけないわよ。…でも、危ないと感じたらすぐに引き返すわよ?いいわね?」
呆れたような声でリタはみんなを見ながらそう言う
…なんだかんだ言って、リタだってほっとけない病だと思う
「話はまとまったかしら?」
宿屋の主人と何か話していたジュディスが、こちらに戻ってきて首を傾げる
「うん!予定通り、砂漠に行こう!」
「うふふ、そうなると思って水筒の準備頼んで来たわ」
楽しそうに目を細めてジュディスが笑う
行動が早すぎるんじゃないか…?
「あのー…これ、おっさんも行く感じかしら…?」
少し嫌そうに顔を歪めてレイヴンが問いかけてくる
「嫌なら待っててもいいよ?それか、一人でカドスの喉笛超えるか、だね」
「アリシアちゃん冷たいわねー…一人で行動なんておっさんやーよ…」
「なら、文句言わずに付いてくれば?」
呆れ気味に言い返すと、とほほ…と肩を落とす
口調が少し冷たいかもしれないが、このくらいの扱いが丁度いいだろう
「んじゃま、今日はもう寝るとしますかね…」
「だね、明日に備えて今日は休もっか」
ユーリとカロルの意見に頷いて、それぞれ割り当てられた寝床に横になる
全員が横になったのを確認したところで、レイヴンが光照魔導器を消した
しばらくしてすぐに、レイヴンのいびきや、カロルの寝言が聞こえ始める
少し体を起こして見渡して見るが恐らくもう、みんな眠りについているんだろう
寝付けない……
街中で見た騎士の姿が、どうにも不安を煽る
こんな所に騎士が居て、その上街の人の姿は殆どない
加えて、フェローの聖核を狙ってるという、星たちからの情報……
「……何も……起こらなきゃいいんだけど………」
小さくため息をついて寝直す
不安を胸に抱えたまま、ようやく眠りについた
~次の日~
「あんたら…本気で行くのかい?」
朝、起きて宿屋の主人に水筒を受け取りに行くと、深刻そうな顔つきで問いかけてくる
ユーリは水筒を受け取りながら頷く
「やめておいた方がいいと思うぞ…?……あまり大きな声では言えないが、騎士団が砂漠で何かしているらしいんだ」
「騎士が……?」
「あぁ、なんでもノードポリカの統領が人魔戦争の時に裏で糸を引いていたとかで……」
「……!?」
その答えに息を呑んだ
まさか、ベリウスが?
確かに彼女は魔物側で参加していたと思ったけど、それは始祖の隷長の使命だし……
カロルやレイブンもまさか、と驚いているのが視界の隅に入った
それもそう…か……
五大ギルドの統領がそんな風に言われているんだから…
騎士が途中で入って来てしまった為、話は途切れてしまった
宿屋の主人に軽くお辞儀してから、外へと出た
「騎士団……気になるね」
宿屋を出た所でポツリとカロルが呟いた
「砂漠で鉢合わせ、なーんて、冗談でもやーね」
全く嫌そうな雰囲気もなく、ケラケラと笑いながらレイヴンは言った
「ちょっ、洒落にならないこと言わないでよ…!」
「カロルの言う通りね。もーちょっとマシなこと言えないの?」
リタとカロルがジト目でレイヴンを睨みつける
他のメンバーも冗談じゃないと言いたげにレイヴンを睨んでいるのが、視界の隅に入った
…私はただ一人、レイヴンではなく砂漠の中心部へと続く道にある馬車を睨みつけていた
「…………まぁ、万が一にでもそれは無さそうだけどね」
小さくそう呟くと、レイヴンが声をかけてきた
「おろ?アリシアちゃんは何か知ってたりするの??」
冗談混じりにそう言ってくるレイヴンを思いきり睨みつける
「そんなわけないじゃん。ただ…隊長がフレンでもない限り、自分たちで危険な砂漠に踏み入ったりなんてしないと思ったから」
それだけ答えてまた馬車に視線を戻した
あの馬車……絶対砂漠の方に向かうつもりでそこに置いてあるんだろうな…
《それと…キュモール。その始祖の隷長の聖核を狙ってる。……ここの人を使ってさ…》
リゲルに言われた言葉が頭の中で反響する
…最悪な事態しか、想像が出来ない
「とりあえず、いい加減出発しようぜ?」
「そうね、行きましょう」
ユーリとジュディを先頭に、みんなは砂漠の方へと足を向けた
軽くため息をついてから、その最後尾に少し距離を置いて私も続いた
馬車の横を通り過ぎようとした時、いつもの見慣れた『赤』が視界の隅に見えて足を止めた
「……ご報告を」
小声で低く唸るように馬車の陰から問いかけてくる
「………彼女の力が聖核と共鳴して強力なものになってる。……それだけよ」
同様に陰に潜んでる者にだけ聞こえるように、小声でそれに答えた
「…この後のご予定は?」
「…砂漠でフェローを…始祖の隷長を探す。……言っておくけど、始祖の隷長殺しはしないからね。…そう伝えて」
「…御意」
その言葉を最後に気配は消えた
本当に……これでは完全にスパイじゃないか…
自嘲気味に苦笑いする
こんなこと、ユーリやフレンが知ったら何を言われるのだろうか…
怒られる?
責められる?
軽蔑される?
見下される?
それとも………
「…ううん、それよりも追いかけなきゃ…」
一瞬頭に浮かんだ考えを振り払って、駆け足で後を追いかけた
幸いまだ目の届く場所に居るし、私が居ないことにも気づいていなさそうだ
今はこんなことを考えて立ち止まっている暇はないんだ
…今は、フェローと会わなきゃ…
お兄様に反抗出来ない悔しさを噛み締めながらこっそりと、ずっといたかのように最後尾に並んだ
幸か不幸か、私の前を歩いていたのはレイヴンだったし、何かあれば彼が助け舟を出してくれるだろう
……多分
「……アリシアちゃーん、そんなに怖い顔しないの~!」
ケラケラ笑いながら、レイヴンが肩に手を回してきた
この暑さのせいなのか、あるいは私にしか聞こえていないのか、レイヴンに注意が向くことはなかった
「……誰のせいだと……」
ポツリとそう呟くと、彼の顔から一瞬笑顔が消えた
「………それは、存じ上げているつもりですよ……ですが、そうあからさまな態度は控えて頂きたく…」
『あの人』の口調でそう言ってくる
「…………わかってるわよ」
そう言って、するりとレイヴンの腕から逃げ出した
……今は、フェロー以外のことは考えるのをやめよう
彼は彼で……何をしでかすか、わからないのだから……
街に入るなり、パティはすぐにまた何処かへと行ってしまった
私達はとりあえず、今後のことを考える為に宿を取ってここで1日休む事にした
最初こそ宿屋で大人しくしていたけれど、もとより大人しくじっとしているのは性に合わない
街の中を少し見てくる、とだけ言い残して宿屋を離れた
街を見て気づいたが、どうも様子がおかしい
全くと言っていいほど、人が居ない
『居ない』と言うよりも、見当たらない、と言った方が正しいのかもしれないが…
街の中心にあるオアシスの周りにさえ、人影が見当たらなかった
「……ここも、またなんかあるのかな……」
キョロキョロと辺りを見回しながら呟く
よくよく見ると、騎士の姿がチラホラ見える
……あの隊服の色は、確かキュモールと同じ色だったはず……
また変なことでもやっているのかと、内心思いながら腰に手を当ててため息をつく
自分勝手にまた動いているのか…
………あるいは………
「ったく、こんな所でなーにしてんだよ?」
後ろから聞きなれた声が聞こえて考えるのを中断した
振り向くと、呆れた顔をしたユーリが立っている
「…特に何かしてるわけじゃないよ。そろそろ星が見えるかなって思っただけで」
一拍置いてからニコッと笑ってみせる
日が傾いて来てるから、恐らく怪しまれることはないだろう
「ふーん…」
あまり信用していない顔でそう呟くと、私の隣に肩を並べる
それとほぼ同時に彼らが話しかけてきた
『アリシア……だから大丈夫?って聞いたのに……』
心配したような声でリゲルが聞いてくる
「あのねぇ……あの時間じゃ全部は聞き取れないよ…」
実際、名前を呼ばれたこと以外は聞き取れていないし…
『全く…それを理由に無茶されても困るのだがな』
呆れ気味にシリウスがため息をつく
「シリウスの言う通りだわな。そんなん理由に無茶なんてされたらこっちの身が持たねぇっての」
「あはは…ごめんごめん、つい…ね?」
軽く肩を竦めるが、この二人の怒りがそう簡単に消えるわけもないわけで…
「本当にお前は何度言えば大人しく言う事聞いてくれんだよ…」
怒りを通り越しているのか、呆れ気味にユーリはため息をついて項垂れる
『アリシア、いい加減もう少し考えて行動をしてくれないか?我らは力を貸せても傍には居てやれんのだ。お前が倒れる度に我らがヒヤヒヤするのだぞ?』
どこか悔しそうに、寂しそうな声でシリウスが言う
二人の言い分は痛いくらいにわかる
私だってユーリが無茶する度に無茶しないで欲しいって思うし、時折星達が辛そうに呻いている時に傍に居られなくてもどかしくなる
それでも、あの箱を『あいつ』に渡したくなかった
「…ごめん、もう無茶はしないよ」
苦笑いして二人にそう伝える
『無茶はしない』…きっと、それは無理だと思う
私の性格上、そればかりはどうにも出来ない
でも、上辺だけでもそう伝えておきたかった
「……約束、だからな?」
真剣な顔で私の目をじっと見つめてくる
「うん、約束。…約束だよ、ユーリ」
ニコッと微笑むと、少しだけユーリの表情も和らぐ
『……ユーリさん、アリシアに少し話しがあるんだ。…先に戻っててもらってもいいかな?」
不意に今まで黙り込んでいたリゲルが声をかける
首を傾げていたユーリだったが、わかった、と言ってくるっと宿屋の方へ足を向けた
『…それでね、アリシア』
ユーリの姿が見えなくなってから、リゲルが口を開く
「…何…?リゲル」
『………砂漠のこと、探してる始祖の隷長がなんか余計なこと企んでる』
「フェローが…?」
リゲルの言葉に首を傾げる
あのフェローが『余計なこと』など考えるのだろうか…
だが、確かに…忌み嫌っている満月の子が自身を探しているんだ
何か考えていても可笑しくはない…か…
『それと…キュモール。その始祖の隷長の聖核を狙ってる。……ここの人を使ってさ…それも、あの人の差金だよ』
「……やっぱり、ここの静けさは『お兄様』のせい…なんだね」
はぁ……っと大きく息を吐く
キュモールが探している…
ならば『あいつ』もやはり、お兄様の差金だったわけだ
……つまり、刻一刻と準備は整ってきていることの裏付けでもあるんだ
…ノードポリカの一件も、そういう事なんだろう
「……ベリウス……大丈夫かな……」
ぎゅっと自身の左腕を強く掴む
『不安』…今の心情を表すなら、その二文字がぴったりだ
新月の夜まで彼女は帰って来ないとは思うのだが……
次の新月の日に、もしも何かあったら……
……その時は、一生お兄様を許せそうにない
「……お願い……何も、起こらないで……」
誰に言うわけでもなく、小さく呟いた言葉は、空に消えて行った
「あんた何考えているのよ!?」
シリウス達に別れを告げて宿屋の前に戻ってくると、中からリタの怒鳴り声が聞こえてきた
…何かあったのだろうか?
「これ以上…迷惑かけられませんから…」
エステルの寂しそうな声も聞こえてくる
「一人で行かせられるわけないじゃんか!」
…なるほどね
カロルとエステルの声から察するに、これ以上迷惑かけられないから一人で会いに行く…とでも言い出したってところか…
彼女の性格上、こうなることはなんとなく予想はしていた
だが、本気でそんなこと言うなんて…
無謀にも程がある
ましてやあのフェローに、満月の子が一人で会いに行くだなんてそれこそ自殺行為だ
小さくため息を漏らしてから扉を開ける
中に入ると揉み合いにでもなりかけていたのか、リタを抑えているユーリの姿が目に入る
「あっ!アリシア!!聞いてよ!!」
興奮気味にカロルが小走りで近づいてくる
「声、外まで漏れてたから知ってるよ。エステルが一人で会いに行こうとしてるんでしょ?」
肩を竦めてそう言うと、ごめんなさい……とエステルは小声で謝る
「でも……これ以上、みんなに迷惑かけられません……」
しょんぼりと俯いて掠れた声でそう言う
「だーかーらー!!誰も迷惑だなんて言ってないじゃないのよ!」
ユーリの腕の中でリタはジタバタと暴れる
それでもユーリは離そうとしないのだが…
「リタっ、少し落ち着けっての…っ!」
必死でリタを抑えているが、あれだけ暴れられたら逃げられるのも時間の問題だろう
あの様子じゃエステルに殴りかかりそうだし……
「はぁ………フェローのことを少し知ってる身から言うと、一人で会いに行くだなんてオススメしないよ」
肩を落として半分投げやりに言うと、え?とみんな声を揃える
…いや、そんなに驚かないでも良くないですか…?
「アリシアちゃん…あのでっかいのと面識あるの?」
「……まぁ、ね。面識だけなら。……だから言わせてもらうよ。満月の子がフェローに一人で会うのは自殺行為だし、本当に危険だから絶対にやめた方がいい。そもそも…会えるかだなんてわからないし…ね。行くならみんなで行った方がいいよ」
…本当は行かない方がいいって言わなきゃいけないんだろうけど……
エステルは引きそうにないし、無理矢理引き止めても勝手に行きそうだし…
こう言う以外にないじゃないか…
「……それに、ここでエステル一人で行かせたら『不義』でしょ?」
ニッと笑ってカロルとユーリに話しかける
「だな。オレ掟破るなんて出来ねぇぜ?」
私に合わせるようにユーリもニヤッと笑う
それにカロルが力強く頷いた
「みんな……でも、やっぱりダメ……」
嬉しそうにエステルは目を輝かせたが、すぐにまた俯いてしまう
「ダメも何もないの!私達がエステルと一緒に行きたいんだからさ」
エステルの肩に手を置いて微笑むと、驚いた様に目を見開いた
少し間があって、ようやく首を縦に振る
「……わかったわよ、行くって言うんだったら準備だけは万全にするのよ?」
「ん?リタも来んのか?」
「あんたらみたいな無謀な奴ら、ほっとけないわよ。…でも、危ないと感じたらすぐに引き返すわよ?いいわね?」
呆れたような声でリタはみんなを見ながらそう言う
…なんだかんだ言って、リタだってほっとけない病だと思う
「話はまとまったかしら?」
宿屋の主人と何か話していたジュディスが、こちらに戻ってきて首を傾げる
「うん!予定通り、砂漠に行こう!」
「うふふ、そうなると思って水筒の準備頼んで来たわ」
楽しそうに目を細めてジュディスが笑う
行動が早すぎるんじゃないか…?
「あのー…これ、おっさんも行く感じかしら…?」
少し嫌そうに顔を歪めてレイヴンが問いかけてくる
「嫌なら待っててもいいよ?それか、一人でカドスの喉笛超えるか、だね」
「アリシアちゃん冷たいわねー…一人で行動なんておっさんやーよ…」
「なら、文句言わずに付いてくれば?」
呆れ気味に言い返すと、とほほ…と肩を落とす
口調が少し冷たいかもしれないが、このくらいの扱いが丁度いいだろう
「んじゃま、今日はもう寝るとしますかね…」
「だね、明日に備えて今日は休もっか」
ユーリとカロルの意見に頷いて、それぞれ割り当てられた寝床に横になる
全員が横になったのを確認したところで、レイヴンが光照魔導器を消した
しばらくしてすぐに、レイヴンのいびきや、カロルの寝言が聞こえ始める
少し体を起こして見渡して見るが恐らくもう、みんな眠りについているんだろう
寝付けない……
街中で見た騎士の姿が、どうにも不安を煽る
こんな所に騎士が居て、その上街の人の姿は殆どない
加えて、フェローの聖核を狙ってるという、星たちからの情報……
「……何も……起こらなきゃいいんだけど………」
小さくため息をついて寝直す
不安を胸に抱えたまま、ようやく眠りについた
~次の日~
「あんたら…本気で行くのかい?」
朝、起きて宿屋の主人に水筒を受け取りに行くと、深刻そうな顔つきで問いかけてくる
ユーリは水筒を受け取りながら頷く
「やめておいた方がいいと思うぞ…?……あまり大きな声では言えないが、騎士団が砂漠で何かしているらしいんだ」
「騎士が……?」
「あぁ、なんでもノードポリカの統領が人魔戦争の時に裏で糸を引いていたとかで……」
「……!?」
その答えに息を呑んだ
まさか、ベリウスが?
確かに彼女は魔物側で参加していたと思ったけど、それは始祖の隷長の使命だし……
カロルやレイブンもまさか、と驚いているのが視界の隅に入った
それもそう…か……
五大ギルドの統領がそんな風に言われているんだから…
騎士が途中で入って来てしまった為、話は途切れてしまった
宿屋の主人に軽くお辞儀してから、外へと出た
「騎士団……気になるね」
宿屋を出た所でポツリとカロルが呟いた
「砂漠で鉢合わせ、なーんて、冗談でもやーね」
全く嫌そうな雰囲気もなく、ケラケラと笑いながらレイヴンは言った
「ちょっ、洒落にならないこと言わないでよ…!」
「カロルの言う通りね。もーちょっとマシなこと言えないの?」
リタとカロルがジト目でレイヴンを睨みつける
他のメンバーも冗談じゃないと言いたげにレイヴンを睨んでいるのが、視界の隅に入った
…私はただ一人、レイヴンではなく砂漠の中心部へと続く道にある馬車を睨みつけていた
「…………まぁ、万が一にでもそれは無さそうだけどね」
小さくそう呟くと、レイヴンが声をかけてきた
「おろ?アリシアちゃんは何か知ってたりするの??」
冗談混じりにそう言ってくるレイヴンを思いきり睨みつける
「そんなわけないじゃん。ただ…隊長がフレンでもない限り、自分たちで危険な砂漠に踏み入ったりなんてしないと思ったから」
それだけ答えてまた馬車に視線を戻した
あの馬車……絶対砂漠の方に向かうつもりでそこに置いてあるんだろうな…
《それと…キュモール。その始祖の隷長の聖核を狙ってる。……ここの人を使ってさ…》
リゲルに言われた言葉が頭の中で反響する
…最悪な事態しか、想像が出来ない
「とりあえず、いい加減出発しようぜ?」
「そうね、行きましょう」
ユーリとジュディを先頭に、みんなは砂漠の方へと足を向けた
軽くため息をついてから、その最後尾に少し距離を置いて私も続いた
馬車の横を通り過ぎようとした時、いつもの見慣れた『赤』が視界の隅に見えて足を止めた
「……ご報告を」
小声で低く唸るように馬車の陰から問いかけてくる
「………彼女の力が聖核と共鳴して強力なものになってる。……それだけよ」
同様に陰に潜んでる者にだけ聞こえるように、小声でそれに答えた
「…この後のご予定は?」
「…砂漠でフェローを…始祖の隷長を探す。……言っておくけど、始祖の隷長殺しはしないからね。…そう伝えて」
「…御意」
その言葉を最後に気配は消えた
本当に……これでは完全にスパイじゃないか…
自嘲気味に苦笑いする
こんなこと、ユーリやフレンが知ったら何を言われるのだろうか…
怒られる?
責められる?
軽蔑される?
見下される?
それとも………
「…ううん、それよりも追いかけなきゃ…」
一瞬頭に浮かんだ考えを振り払って、駆け足で後を追いかけた
幸いまだ目の届く場所に居るし、私が居ないことにも気づいていなさそうだ
今はこんなことを考えて立ち止まっている暇はないんだ
…今は、フェローと会わなきゃ…
お兄様に反抗出来ない悔しさを噛み締めながらこっそりと、ずっといたかのように最後尾に並んだ
幸か不幸か、私の前を歩いていたのはレイヴンだったし、何かあれば彼が助け舟を出してくれるだろう
……多分
「……アリシアちゃーん、そんなに怖い顔しないの~!」
ケラケラ笑いながら、レイヴンが肩に手を回してきた
この暑さのせいなのか、あるいは私にしか聞こえていないのか、レイヴンに注意が向くことはなかった
「……誰のせいだと……」
ポツリとそう呟くと、彼の顔から一瞬笑顔が消えた
「………それは、存じ上げているつもりですよ……ですが、そうあからさまな態度は控えて頂きたく…」
『あの人』の口調でそう言ってくる
「…………わかってるわよ」
そう言って、するりとレイヴンの腕から逃げ出した
……今は、フェロー以外のことは考えるのをやめよう
彼は彼で……何をしでかすか、わからないのだから……