第2部〜満月の子と星暦の真実〜
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嘘と裏切りと偽りと
「本っっっ当にごめんっ!!」
手を顔の前で合わせてユーリに謝る
時刻は昼とまではいかないけど、朝とは言い難い
が、目が覚めたのはつい先ほどだ
目が覚めた時にはみんな居ないし
首を傾げていたらユーリが戻って来て、抱き着かれて大変だったと言われるし(因みに起きて離れたと思ったら、またすぐ寝てしまったらしく)
私が寝てる間にまた厄介事持って来てるし……
起きて早々色々起こりすぎて頭がパンクしそう
「いんや…抱き着いてきたのは別に構わねえんだけどよ?流石に寝すぎじゃねえか?おじょーさん?」
ポンッとユーリの大きな手が頭に乗せられる
そして、ぐしゃぐしゃっと頭を掻き回される
「わっ!?ちょっ!!髪ぐしゃぐしゃになる!」
慌てて手を退かそうとする
…まぁ、当然、簡単に退かせる訳なんてないけど…
なんとか逃れようとしてると、不意に掻き回すのをやめて今度は優しく髪を解いてくる
何がしたいんだ一体……
「ははっ、髪ぐっしゃぐしゃだな」
くすくすと笑いながらユーリは言う
「誰のせいだと思ってるのさ…」
むっ、と少し睨むようにユーリを見上げる
当の本人は悪びれる様子もなく、ただ笑っている
…笑いすぎて目頭に涙溜まってるんだけど…
「くくっ……悪ぃ悪ぃ、謝ってるシア見てっとついやりたくなんだよな」
目元に溜まり出した涙を指で拭いながら言う
それを見て思わずため息が漏れる
なんでこうも私をいじるのが好きなんだろうか…
「それより、やらなきゃいけないことあるんでしょ?闘技場を乗っ取ろうとしてる黒幕を倒す……だっけ?」
呆れ気味にそう言いながら、ベッドの脇に立て掛けていた愛刀達を腰に付ける
「まあそんなとこ、だな。闘技大会に出なきゃなんねぇって言うのがちと面倒ではあるが……たまにゃこうゆうのに出んのも、悪くねえだろ?」
少しわくわくした様な口調でニヤッと笑う
まぁ…戦闘好きなユーリのことだし、こんな機会滅多にないもんね
面倒とか言ってるけど、本当は楽しみなんだろうなぁ
「あんまり無茶しないでよ?」
「わーってるよ、どっかの誰かさんみたくぶっ倒れる様なことにはなんねーよ」
悪戯っぽくニヤリと笑う
未だに根に持たれてるんだけど…
「……はいはい……その説はすみませんでしたーっ!」
投げやりにそう言いながら扉の方に向かう
「ほーら、早く行こ?」
くるっとユーリの方を振り向いて手を差し出す
ちょっぴり嬉しそうに目を細めるとすんなりとその手に自身の手を重ねてくる
ガチャッと扉を開けてニ人並んで部屋を後にした
いつからだったかなんてもう覚えてないけど、ユーリと並んで歩く時はこうしてないと落ち着かなくなっていた
まーた、レイヴンにぶつくさ言われるだろうけど…ね
「アリシア……!!!あんた寝すぎなのよっ!!」
みんなの元に戻って早々、リタの怒号が頭に響く
…ちょっと待って…耳がキーンってする…
「ご、ごめんって……いやぁ……流石に徹夜でのあの戦闘は体に響いたっていうか……」
苦笑いしながら弁明するけど、そんな言葉は一切受け入れて貰えそうになく
「問答無用っ!!あんたってやつはいつもいつも…っ!!」
ものすごく怒ってるリタの足元にブォンッと陣が浮かび上がる
「いやいやいやいやっ!?ちょっ!!?リタっ!タンマッ!!それはないって!!」
「言い訳は……聞かないわよっ!!」
そう言い終わるとほぼ同時に術が発動する
咄嗟に隣に居たユーリを突き飛ばす
「うおっ!?!!」
ドサッと音が聞こえたのと同じタイミングで頭から大量の水が降りかかった
「リ、リタ!!やりすぎです!!」
エステルがリタに説教を始めると、ジュディスが困ったように笑いながらタオルを持って近づいてきた
「大丈夫かしら?はい、これで拭いて」
「あー……まぁ、大丈夫って言えば大丈夫だよ。……ありがと」
差し出されたタオルを受け取って濡れた髪を拭く
幸い服は肩しか濡れてないし、このくらいならほっといてもすぐ乾くだろう
髪はびっしょびょだが……
「ったく…急に突き飛ばすなっつーの…」
立ち上がって、服に付いたホコリを軽く手で払いながらユーリは少し不機嫌そうにする
「いやぁ……ごめんごめん、つい反射的に…ね?流石にユーリ巻き添いには出来なかったしさ」
髪を拭いていたタオルを首に掛けて、苦笑いしながら頬をかく
あのままユーリが隣に居たら確実に巻き添いになってたし…
ユーリは盛大にため息をつくと頭に手を当てて項垂れてしまった
何故項垂れたかわからずに首を傾げていると、隣でジュディスが楽しそうに笑い出す
「そこの御三方~!早くしないと、置いてくわよ~!!」
わけがわからずジュディスとユーリを交互に見ていると、レイヴンの声が聞こえた
振り返ると、闘技場の入口の方でレイヴン達が待っているのが目に入る
「はぁ……とりあえず、行くとしますかね」
「ふふ、それもそうね。早く行きましょ?」
そう言い合うと、すたすたと歩き始める
「え?あ!ちょっと待ってよー!」
慌てて先に歩き出したニ人の後を追いかけ、入口へと向かった
「にしても、流石ユーリだね!もう半分まで来たんじゃない?」
興奮気味にカロルが目をキラキラさせてユーリを見つめる
参加人数は一人だけ、ということでユーリが真っ先に立候補した
まぁそうなるってわかってたけどね
で、始まって早々、敵をなぎ倒しまくって、残るはあと少しというところまで来ていた
「チャンピオンって一体誰なんだろ?」
「さぁ?こんな大会のチャンピオンなんて、あいつと同じ戦闘バカってくらいしかわからないわね」
ものすごく呆れた顔でリタはため息をつく
…いや、確かにそうかもしれないけど、そうゆう意味じゃ……
そうじゃなくて、と言いかけたところでついにチャンピオンの元まで辿り着いたらしく
「お、いよいよチャンピオンのご登場みたいね」
レイヴンの言葉に闘技場の中心に目を戻す
「……え……?」
出てきた人物を見て絶句する
『甘~~いマスクに鋭い眼光っ!!フレ~~~ン・シ~~フォ~~~~!!!』
そう、何処からどう見ても、フレンだったのだから
「え?え!?ちょっ!?待って待って!!?なんで!?」
あまりの自体に客席から身を乗り出してしまう
何故フレンがここに?
それ以前に、彼が戦士の殿堂を乗っ取ろうとしている?
「ど、どうゆうことでしょう……?」
混乱しているのは私だけじゃなく、他のメンバー達も同様らしく
中でもレイヴンがかなり驚いていた
…何も知らされてないってところだろうか…
ユーリとフレンに目を戻すと、ニ人とも本気では無さそうだが、何か話しながら剣を合わせている
でも、周りの観客達が騒ぎ出すのも時間の問題だろう
どうしたらいいものかと考えを巡らせていると、空から『何か』黒い影が降りて来るのが目に入った
「……何…あれ……?」
ボソッと呟いた後に『何か』が分かった
「ユゥーーーーリィーー・ローーーウェーールっ!!!!」
ドスンッと大きな音と共に砂埃が舞う
あの声は紛れもなく、あの船の上で会ったザギとか言う男だ
「あれは……!!」
ザギの腕を見て、真っ先にジュディスが闘技場の中へと飛び出した
「あっ!!ジュディス!!待って下さい!」
「ちょっとエステル!!待ちなさい!」
「あっ!ふ、ニ人とも!」
エステル達も後を追うように飛び出す
「……これは一体、どうゆうことなの?」
詰め寄って胸倉を掴む
「ちょい待ち!俺もなんも聞いてないのよっ!!」
両手を上げて静止してくるが、そんなことも気にせずに睨みつける
そんなこと、簡単に信用出来るわけが無い
そもそも、あの『赤目』達を最初に雇って居たのはお兄様だったはずだ
ザギも赤目達の一員だと、ユーリが言っていた
ならば、お兄様が影で動いて居るのは明白で
知らないはずがないだろう
「本当に何も知らないって……」
本気で焦ったように彼は言う
口を割る気がないのか、それとも本気で知らさせてないのか……
それは定かではない
でも、これ以上問い詰めたところで話しそうにもない
諦めて手を離す
「………今は何も知らないってことで信じてあげる。でも、後で本当は知ってました、とか言ったら、ただじゃおかないから」
ギロリと一度睨みつけてから目線をユーリ達の方に戻した
ザギの方はなんとかなりそうだが……
問題は魔物達の方だろう
この騒ぎで檻から逃げ出している様だ
「……はぁ、レイヴン、行くよ」
「え?はっ!?ちょっ…ア、アリシアちゃ……ぎゃぁあぁぁぁ!?!!」
レイヴンの服の襟を掴んで思いっきり闘技場の中へと投げ込んだ
私も身を乗り出して、飛び込もうもした時
エステルが持っていた聖核が入った箱が光出した
「っ!!!」
やばい、エステルの力に共鳴してる…!
ぐっと足に力を入れて飛び出す
ユーリの方ではなく、エステルの方に向かって
空中を舞っている時に、男がその箱をエステルから奪って逃げようとしているのが見えた
「ラーギィ!!」
着地と同時にエステルが男が逃げた方を見てそう言ったのが聞こえる
ラーギィ……確かユーリ達に依頼した奴の名前……
……なるほどね、『そうゆうカラクリ』なんだ
「…逃すかっ!!!」
着地の勢いを殺さずに、ラーギィが逃げた方向へ体重をかける
そして地面を蹴り上げて真っ先に走り出す
「っ!?おいっ!!シア!!」
後ろからユーリの呼ぶ声が追いかけてくるが、そんなことも気にせずに突き進む
『あの人』が知らないカラクリがようやくわかった
『あの人』ではなく、『もう一人』の方に命令を出したのだろう
「ワンッ!!」
鳴き声に気づいて目線を落とすと、私の隣をラピードが走っていた
口にはいつの間に取ったのか、ラーギィのものと思われる布を咥えている
ーーー後は追えるから止まれーーー
じっと見つめてくる目はそう訴えていた
止まるべき、なのかもしれない
でも、もし、ユーリ達を待っている間に、あれがお兄様の手に渡れば……
考えただけでもゾッとする
そんなこと、出来ない
「…ごめんね…ラピード、止まれない、止まるわけに、いかない」
ラピードにそう告げて、前を見つめる
もうかなり突き放されてしまったが、まだ追いつけなくはない
まだ、追いつける
更に体重をかけ、スピードをあげる
『一人で行動するな』
その言葉を、もう何度言われただろうか…
それでも、譲れないものがある
また約束破ってごめん…ユーリ…
心の中に罪悪感を抱えながら、一人、結界の外へ駆け出した
「あんのバカッ!!また懲りずに一人で行動して…っ!」
ラピードとシアを追いかけている最中、怒り気味にリタは呟く
闘技場の方はフレンに任せて、オレらもラーギィを追いかけた
今は真っ先に動いたシアとラピード、そして、その後を追いかけたジュディを追ってる
「にしても、なんでアリシア…勝手に行っちゃったんだろ」
走るスピードを緩めずに額に滲んだ汗を拭いながら、カロルは問いかける
だが、それに答えられるやつはもちろんいないわけで
首を傾げることしか出来ない
「アリシアが、すごい顔で、ラーギィを…睨んでいるのは、目に入ったんですけど…」
息を切らせながらエステルが呟く
睨んでた…?
何故?
嘘の情報を教えたからか?
それとも、他になんかあったのか?
「…考えたとこで分かんねぇよ、後でシアに聞きゃわかるだろ?」
「それもそうねぇ…今は追いつくこと、考えましょうや」
珍しくまともな意見をレイヴンが口にする
少し驚きはしたがその通りだ
今はとにかく追いつくのが先だ
また無茶してなきゃいいが……
街の入口にジュディとラピードが立っているのが目に入った
が、肝心のシアの姿が見えない
「ジュディ、シア、何処に行った?」
走って乱れた息を整えながらジュディに聞くと、肩を竦めて首を横に振る
「ごめんなさい、私が追いついた時にはもうラピードしか居なかったわ」
申し訳なさそうに眉を下げる
「クゥン……」
足元に寄ってきたラピードが申し訳なさそうに鳴きながら見上げてくる
ラピードが止めたが、それも聞かずに行っちまったみたいだな…
「あの子は本っ当に…っ!!」
ぎゅっと握りしめた拳を震わせて、リタは怒りを露わにする
確かに気持ちは分からなくはない
オレだって、というか、追いついたら真っ先に手が出る気がする
「ま、ともかく早く追いかけましょうや」
「でも、どうやって追いかけるのよ?」
「こいつがありゃ追っかけられるさ」
カロルの問にラピードが咥えていた布を見せながら答える
「そっか!匂いでラピードが追えるね!!」
「おぅ。ラピード、よくやったな」
そう言えば誇らしげに見上げてくる
箱を取り返さなきゃ、とカロルは意気込む
確かにそれも大事だ
「それもそうだが…」
「ギルドは裏切りを許さない」
オレの言葉の後に、いつになく厳しい顔つきでレイヴンが続ける
それにカロルも頷く
「西の山脈は旅支度無しに通り抜けられないと思うから、追い詰められそうよ?」
「なら、さっと捕まえて締めあげようぜ」
ジュディの言葉にニヤッと口角をあげる
追いかけたシアのことも気になるが、ラーギィの後を追いかけているのであれば追いつけるだろう
あいつはあいつで、もう一度話す必要がありそうだな
一人そんなことを考えていると、闘技場の方は大丈夫かとエステルが心配そうに顔を歪めて闘技場を見つめる
カロルがそれに、ならここで待っているかと聞く
それもそうだ、これはギルドの問題であって、彼女達には関係ないのだから
リタは迷わず一緒に来ると言うが、エステルはおどおどしている
自分で決めな、とだけ言うと、行きます!と振り返る
こうして、ラーギィと、先に行ったシアを追いかけるべく、ラピードを先頭に街の外へ歩き出した
~アリシアside~
ラーギィを追いかけていると、西の山脈、カドスの喉笛に来た
「…まさか、超えるつもり?」
有り得なくはないだろう
『あいつ』ならこの先で仲間が待っている可能性が高い
ユーリに怒られること覚悟で中に足を踏み入れた
踏み入れてすぐに、ラーギィの姿を見つけた
「な、なななっ!?」
私を見るなり、すぐに逃げ出す
「逃がすわけないでしょ…っ!!」
剣を片方だけ抜いて技を出しながら後を追いかける
当たりそうなところを寸前で交わされてしまっているが、徐々に距離は縮んできた
中腹くらいに来て、ようやく立ち止まって私の方を振り向く
それに合わせるように、自然に足が止まる
…何故だろう、嫌な予感がする
「シア!!!」
後ろから声が聞こえて振り向くと、ユーリ達が追いついて来ていた
…思ったよりも早かったな…
「あっ!ラーギィです!!」
「言いたい事、沢山あるけど、先にあっちね」
近寄ってきたリタは鋭い眼光でラーギィを睨みつける
「さ、箱を返して頂戴」
きつい口調でジュディスも言う
慌ててラーギィが逃げようとした瞬間、辺りに真っ赤なエアルが立ち込める
「ここもケーブ・モックと同じなの…っ!?」
どんどん溜まっていくエアルに、リタはギリッと歯を噛み締める
「強行突破…っ!」
「…は、無理そうね…」
悔しそうにユーリが顔を歪める
隣に居るジュディスも恨めしそうにラーギィを睨む
「…………」
無言で、じっとラーギィの周りを見つめる
少しでもいい、エアルの濃度が薄そうな所……
『アリシア……』
リゲルの声が一瞬だけ聞こえる
(……ごめん、ちょっとだけ手伝って貰える?)
頭の中でそう問いかける
すると、声は聞こえなかったものの、ふんわりと暖かいものに包まれる感覚がする
(ありがとう)
頭の中でお礼を言って、深呼吸をする
「シア?」
ユーリが私の異変に気づいたのか声をかけてくる
そんなこと気にもせずにラーギィ目掛けて、エアル溜まりに突っ込む
「アリシアっ!?!!」
エステルのおどろいた声が聞こえるが知ったこっちゃない
お構い無しにエアル溜りを突っ切る
やっぱり昼間だからか、リゲルの力でも完全には防ぎ切れなくて、少し頭痛がする
でもそんなことも気にしていられない
ラーギィの目の前に来ると、グッと片手で胸倉を掴む
「な、なな、何故…っ!?」
「……うっさい…それよりも、箱、返しなさい」
空いたもう片方の手で頭を軽く抑えながら問い詰める
すると、突然、大きな揺れが襲う
思わずラーギィから手を離してしまったが、なんとか倒れずに済んだ
「な、あ、あれは…!」
ラーギィの視線は私の上に向けられていた
その方向を見れば、始祖の隷長の姿が目に入る
《何故貴方がここに?》
私にだけにわかる声で聞いてくる
(まだ彼女から離れるわけにいかないから)
声に出さずにそう答える
《…あまり、満月の子に近づき過ぎないで下さいね。彼が怒りますから…》
(大丈夫、わかってるよ)
そんな会話をしていると、エアルを吸収しきったらしく、バサッと音を立てて去って行った
エアルが落ち着いた途端、ラーギィが立ち上がって真っ先に逃げ出す
「あっ!!逃げんなぁぁぁっ!!」
そう叫んでラーギィの後を追いかける
絶対に、逃がすわけにはいかない
ユーリ達の呼び止める声も無視して真っ直ぐ前だけを見つめる
ラーギィを……『あいつ』を見逃さないように
「ガウッ!!」
不意に足元から鳴き声が聞こえて、驚いて目線を落とせば、飽きれたような目でラピードが見上げながら隣を走っていた
言う事聞かないんだから…とでも言いたげに見つめてくる
「全く、お転婆なのね」
後からジュディスも追いついてきた
「……仕方ないじゃない、あの箱の中身、渡すわけにはいかないもの」
「あら、何が入っているのか、知っているのかしら?」
「……まあ、ね……話すなって言われてるから言えないけど」
茶化すように聞いてきたジュディスにそう答えて、目線を前に戻す
あれは絶対に渡せない
何がなんでも、確実に奪い返さないと…
奪い返せなかったらと考えるとゾッとする
前に騎士団の詰所でチラッと見えたお兄様の『あの計画』にあれは、必要不可欠なのだから
……やっぱり、壊してしまおうか……
そう考えてしまうくらいに、あれが邪魔で仕方ない
でも、リタもエステルも、届ける気でいるんだ
そうやすやすと壊させてはくれないだろう
……でも、もし、奪い返せなかったら……
……その時は、反感を買ってもいい
…箱ごと、ぶった斬る
聖核さえ集まらなければ、お兄様の『あの計画』も実行出来ないはず……
言う事を聞くしか出来ない私の、責めてもの抵抗……
だって…私は聖核を集めろって言われていないもの
かなり奥まで進んだところでラーギィはコウモリ達に足止めを食らっていた
「ねぇ、いい加減にしてよ。砂漠まで鬼ごっこする気はないのよ」
ギロっと睨みつけながらラーギィを見据える
「そうね、あなたを追いかけるのも飽きてきたわ」
そう言いながら、ジュディスは槍を構える
「こ、こんなことに……」
コウモリと私達に挟まれ、身動きの取れないラーギィは悔しそうに顔を歪める
睨み合いが続き、最初にジュディスが動き出した
容赦なくラーギィに斬りかかり、よろめいたところで、ラピードが彼から箱を奪い取り私の方に蹴飛ばした
それを受け取ってニヤッと笑う
「残念、ゲームオーバーだよ」
見下すようにラーギィを見つめる
すると、後ろから足音が聞こえ出す
「いた!!」
リタの声に振り向けば、ユーリ達が駆け寄って来るのが目に入る
後で説教確定だな…と苦笑いしながら、奪い返した箱を見せる
「お、取り返したみたいだな」
パチンッと指を鳴らしながらユーリが歩み寄ってくる
「くっ、こここ、ここは………ミーのリアルなパワーを…!」
ラーギィがそう言うと、彼の胸元から眩い光が溢れ出す
眩しさに目を細めたが、すぐにそれも収まる
ラーギィが居たはずのそこには、思った通りイエガーが紳士的な笑みを浮かべて立っていた
「……やっぱりあなたなのね……何?これもビジネスって言いたいわけ?……それとも、あの人の差し金?」
あからさまに不機嫌極まりない口調で目の前のイエガーを見据える
他のメンバーは困惑した表情を浮かべていたが、レイヴンだけは納得した表情をしているのが、視界の隅に入る
流石に彼も気づいていたか…
「ふん、なーるほど、そうゆう仕掛けか」
ようやく納得したようで、ユーリはヒュンッと鞘を飛ばして戦闘体型に入る
それに倣うように、私も愛刀を鞘から引き抜く
「おーコワイで~す。ミーはラゴウみたいになりたくないですヨ」
大袈裟に手を広げて、ニヤリと笑う
恐らく、こいつは私がした事を知っている
「ラゴウ?ラゴウがどうしたんですか?」
「ちょっとビフォアに、ラゴウの死体がダングレストの川下でファインドされたんですヨ。ミーもああはなりたくネー、ってことですヨ」
わざとらしく肩を竦める
何故……?とエステルが問いかけるが、自分からは言えないというように首を横に振る
僅かに表情を歪ませて、イエガーを見つめる
すると、私の視線に気づいたのか、こちらを見てニヤリと笑う
「あなたも、いつまで隠せますかネ?」
そう言い残すと、クルッと振り返ってコウモリの群れに突っ込む
エステルが静止するが、その足が止まることはない
走り抜けようとしたイエガーに容赦なくコウモリ達が襲いかかろうとする
「イエガー様!」
「お助け隊だにょ~ん!」
そこに颯爽と現れたのは、イエガーの部下のゴーシュとドロワットだった
後は任せましたヨー、とイエガーが声をかけると、二人はコウモリ達を容赦なく斬りかかる
開いた逃げ道をイエガーは真っ直ぐ進む
「逃げられちゃうよ!」
「行かせるかよ!」
カロルとユーリが真っ先にイエガー目掛けて走り出す
「イエーまた会いましょう、シーユーネクストタイムね!」
既にイエガーは遠くに居て、追いつけそうにはない
そして、コウモリの群れは塊となってゴーシュとドロワットを吹き飛ばす
「あっ!こいつがプテロプスだよ!」
カロルが指を指しながらそう叫ぶ
プテロプスは、迷わずこちらへと突進してくる
「やっぱそうなるわよね…」
やれやれと首を横に振りながら、レイヴンは弓を構える
が、それよりも早く、私が動いていた
「……邪魔、しないで…!焼き尽くせ!バーンストライク!!」
火の玉がプテロプス目掛けて幾つも降り注ぐ
殆ど焼き尽くしたが、それでも僅かに残ってしまった
その残ったコウモリも、ユーリとジュディスがすぐに倒してしまったが…
ゴーシュとドロワットは、エステルの治癒を受けずに、ラピード対策と思われる強い匂いの煙玉を投げつけると、姿を眩ませてしまった
これでは追いかけようがない
諦めて愛刀を鞘に戻してため息をつく
あいつ捕まえて、とっちめるつもりでいたのに……
「アリシア…あんた、体大丈夫なわけ?」
少し怒りの篭った声が後ろから聞こえる
振り向くと、やはり怒った顔のリタが目に入る
「ん、大丈夫大丈夫。リゲルのおかげてなんともないから」
ニコッと笑ってみせるが、全く信用されていない様子で半分睨み気味に見つめられる
それもそうだ、なんせ大丈夫だとか言っておいて一度ぶっ倒れているのだから
「シアを怒るのは後にしようぜ?それよりも、これからどうするよ?」
ユーリがイエガーが逃げた方向を見つめがら問いかける
目の前にはもう砂漠、フェローの居る場所だ
新月まではまだまだ時間がある
会いに行くには絶好の機会だろう
「私…このままフェローに会いに行きます」
決心したようにエステルはそう言う
「エステル一人では行かせられないよ!僕らの仕事はエステルの護衛なんだから」
そう言ったカロルに、ユーリも賛同して完全に砂漠に行く流れになっている
「あんた達、砂漠がどんなとこか…わかって言ってるの!?」
怒鳴り声に近い声でリタは問いかける
私自身、砂漠に行ったことはないが、かなり危険な場所だという事は重々把握している
それに、フェローに会える可能性は限りなく0に近い
人間を…増しては、満月の子を忌み嫌っている彼が、そうやすやすと姿を見せるわけがない
レイヴンはレイヴンで、ドンのお使いがあるからノードポリカに戻ろうと言う
「アリシアは何か意見ある?」
「私?うーん……今すぐにでもイエガーの奴追いかけてぶっ飛ばしたいけど、何処に行ったかわからないしねぇ…」
カロルの問に肩を竦めて答える
本当なら今すぐ追いかけたい
見つけ出してぶっ飛ばしたい
でも、何処に行ったかわからない以上、それはするべきではない
「そっか…確かにあの言葉の意味も気になるもんね…」
うーん、と唸りながらカロルは考える
…ごめんね、カロル…意味はわかってるんだ…
全く意見がまとまらない中、ジュディスが一つ提案する
「この先、道なりに進めば砂漠の中央部の手前にあるオアシスの街につくわ。とっても素敵な場所よ」
それに、リタは顔を顰めてそれで?とあからさまに不機嫌に聞く
「つもる話はそこで、ってことでしょ?」
私がそう言うと、少し嬉しそうに頷く
「そうしましょうや」
ブルッと体を震わせながらレイヴンが言う
「だな。ここをもう一度超えるのは骨が折れそうだ」
「ならそうしよっか」
ジュディスの意見にみんな賛成するが、リタは一人不服そうにしている
「パティもそこまで一緒に行く?」
クルッと後ろを向きながらカロルが言う
カロルの向いた方を見れば、いつから居たのかパティの姿が見える
「うむ、そうさせてもらうのじゃ!」
ニッコリと笑いながらそう答える
「……いつから居たの?」
ボソッと小声でユーリに問いかける
「どっかの誰かさんが一人で勝手にイエガー追っかけて、それを追ってる最中にたまたま会ったんだよ」
少し嫌味ったらしくユーリが答える
どうやら相当怒らせたようだ
「はいはい…勝手に行動してすみませんでしたー」
適当にそう言い返して顔を背ける
一人で行動するなとか、ユーリにだけは絶対に言われたくない
「それじゃあ行こっか?」
カロルの問に頷いてみんな歩き出す
「……ちょっと待って」
砂漠に出る寸前で、リタがそれを静止した
「あん?まだなんかあんのか?」
不思議そうに首を傾げながらユーリが問いかけると、少し顎に手を当てて何か考え出した
よく分からない出来事に、顔を見合わせていると、何か決心したように私に近づいてくる
「…アリシア、もう一度聞くわよ?本当になんともないのよね?」
ずいっと詰め寄ってきながらそう聞かれる
「だ、大丈夫だって…もう、リタも心配性なんだから…」
苦笑いしながらそう答える
いつもならこれで引くのだ
が、今回は引いてくれる気配はなく…
「なら、なんで右の脇腹、咄嗟に守るように隠したのよ?」
そう言われてギクッと肩があがる
力を使い過ぎるといつも最初に異常が出るのは右の脇腹だ
ユーリとフレン、それにお兄様はもちろんだが、親友のリタも当然知っている
そして、これは私の悪い癖だ
昔から力を使い過ぎて脇腹が痛くなっている時に誰かに近寄られると、つい庇うように隠してしまうのだ
以前はそれ程頻繁に隠すことはなかったが、最近はお兄様の事もあってほぼ反射的にそうしてしまうのだ
もちろん、ユーリとリタも知っている癖なわけで…
「おいシア、言うなら今のうちだぞ?」
咎めるようにユーリの声が隣から聞こえてくる
『隠しきれない』、そう悟って大きくため息をつく
「…前より酷くないから心配しないでいいよ。しばらく術使わなきゃすぐ治まるから」
苦笑いしながら肩を竦める
まあこれで納得するようなニ人ではないが…
「それ、本当でしょうね?もし嘘だったら…!!」
「大丈夫だって、すぐ治まるよ。…それよりも、早く行こ?流石にここ寒いし」
手をひらひらさせながらゆっくり歩き出す
私が歩き出したのに合わせて、ラピードが隣を歩く
次に行く街でも、厄介事が起こっているなど、まだ誰も知らなかった
「本っっっ当にごめんっ!!」
手を顔の前で合わせてユーリに謝る
時刻は昼とまではいかないけど、朝とは言い難い
が、目が覚めたのはつい先ほどだ
目が覚めた時にはみんな居ないし
首を傾げていたらユーリが戻って来て、抱き着かれて大変だったと言われるし(因みに起きて離れたと思ったら、またすぐ寝てしまったらしく)
私が寝てる間にまた厄介事持って来てるし……
起きて早々色々起こりすぎて頭がパンクしそう
「いんや…抱き着いてきたのは別に構わねえんだけどよ?流石に寝すぎじゃねえか?おじょーさん?」
ポンッとユーリの大きな手が頭に乗せられる
そして、ぐしゃぐしゃっと頭を掻き回される
「わっ!?ちょっ!!髪ぐしゃぐしゃになる!」
慌てて手を退かそうとする
…まぁ、当然、簡単に退かせる訳なんてないけど…
なんとか逃れようとしてると、不意に掻き回すのをやめて今度は優しく髪を解いてくる
何がしたいんだ一体……
「ははっ、髪ぐっしゃぐしゃだな」
くすくすと笑いながらユーリは言う
「誰のせいだと思ってるのさ…」
むっ、と少し睨むようにユーリを見上げる
当の本人は悪びれる様子もなく、ただ笑っている
…笑いすぎて目頭に涙溜まってるんだけど…
「くくっ……悪ぃ悪ぃ、謝ってるシア見てっとついやりたくなんだよな」
目元に溜まり出した涙を指で拭いながら言う
それを見て思わずため息が漏れる
なんでこうも私をいじるのが好きなんだろうか…
「それより、やらなきゃいけないことあるんでしょ?闘技場を乗っ取ろうとしてる黒幕を倒す……だっけ?」
呆れ気味にそう言いながら、ベッドの脇に立て掛けていた愛刀達を腰に付ける
「まあそんなとこ、だな。闘技大会に出なきゃなんねぇって言うのがちと面倒ではあるが……たまにゃこうゆうのに出んのも、悪くねえだろ?」
少しわくわくした様な口調でニヤッと笑う
まぁ…戦闘好きなユーリのことだし、こんな機会滅多にないもんね
面倒とか言ってるけど、本当は楽しみなんだろうなぁ
「あんまり無茶しないでよ?」
「わーってるよ、どっかの誰かさんみたくぶっ倒れる様なことにはなんねーよ」
悪戯っぽくニヤリと笑う
未だに根に持たれてるんだけど…
「……はいはい……その説はすみませんでしたーっ!」
投げやりにそう言いながら扉の方に向かう
「ほーら、早く行こ?」
くるっとユーリの方を振り向いて手を差し出す
ちょっぴり嬉しそうに目を細めるとすんなりとその手に自身の手を重ねてくる
ガチャッと扉を開けてニ人並んで部屋を後にした
いつからだったかなんてもう覚えてないけど、ユーリと並んで歩く時はこうしてないと落ち着かなくなっていた
まーた、レイヴンにぶつくさ言われるだろうけど…ね
「アリシア……!!!あんた寝すぎなのよっ!!」
みんなの元に戻って早々、リタの怒号が頭に響く
…ちょっと待って…耳がキーンってする…
「ご、ごめんって……いやぁ……流石に徹夜でのあの戦闘は体に響いたっていうか……」
苦笑いしながら弁明するけど、そんな言葉は一切受け入れて貰えそうになく
「問答無用っ!!あんたってやつはいつもいつも…っ!!」
ものすごく怒ってるリタの足元にブォンッと陣が浮かび上がる
「いやいやいやいやっ!?ちょっ!!?リタっ!タンマッ!!それはないって!!」
「言い訳は……聞かないわよっ!!」
そう言い終わるとほぼ同時に術が発動する
咄嗟に隣に居たユーリを突き飛ばす
「うおっ!?!!」
ドサッと音が聞こえたのと同じタイミングで頭から大量の水が降りかかった
「リ、リタ!!やりすぎです!!」
エステルがリタに説教を始めると、ジュディスが困ったように笑いながらタオルを持って近づいてきた
「大丈夫かしら?はい、これで拭いて」
「あー……まぁ、大丈夫って言えば大丈夫だよ。……ありがと」
差し出されたタオルを受け取って濡れた髪を拭く
幸い服は肩しか濡れてないし、このくらいならほっといてもすぐ乾くだろう
髪はびっしょびょだが……
「ったく…急に突き飛ばすなっつーの…」
立ち上がって、服に付いたホコリを軽く手で払いながらユーリは少し不機嫌そうにする
「いやぁ……ごめんごめん、つい反射的に…ね?流石にユーリ巻き添いには出来なかったしさ」
髪を拭いていたタオルを首に掛けて、苦笑いしながら頬をかく
あのままユーリが隣に居たら確実に巻き添いになってたし…
ユーリは盛大にため息をつくと頭に手を当てて項垂れてしまった
何故項垂れたかわからずに首を傾げていると、隣でジュディスが楽しそうに笑い出す
「そこの御三方~!早くしないと、置いてくわよ~!!」
わけがわからずジュディスとユーリを交互に見ていると、レイヴンの声が聞こえた
振り返ると、闘技場の入口の方でレイヴン達が待っているのが目に入る
「はぁ……とりあえず、行くとしますかね」
「ふふ、それもそうね。早く行きましょ?」
そう言い合うと、すたすたと歩き始める
「え?あ!ちょっと待ってよー!」
慌てて先に歩き出したニ人の後を追いかけ、入口へと向かった
「にしても、流石ユーリだね!もう半分まで来たんじゃない?」
興奮気味にカロルが目をキラキラさせてユーリを見つめる
参加人数は一人だけ、ということでユーリが真っ先に立候補した
まぁそうなるってわかってたけどね
で、始まって早々、敵をなぎ倒しまくって、残るはあと少しというところまで来ていた
「チャンピオンって一体誰なんだろ?」
「さぁ?こんな大会のチャンピオンなんて、あいつと同じ戦闘バカってくらいしかわからないわね」
ものすごく呆れた顔でリタはため息をつく
…いや、確かにそうかもしれないけど、そうゆう意味じゃ……
そうじゃなくて、と言いかけたところでついにチャンピオンの元まで辿り着いたらしく
「お、いよいよチャンピオンのご登場みたいね」
レイヴンの言葉に闘技場の中心に目を戻す
「……え……?」
出てきた人物を見て絶句する
『甘~~いマスクに鋭い眼光っ!!フレ~~~ン・シ~~フォ~~~~!!!』
そう、何処からどう見ても、フレンだったのだから
「え?え!?ちょっ!?待って待って!!?なんで!?」
あまりの自体に客席から身を乗り出してしまう
何故フレンがここに?
それ以前に、彼が戦士の殿堂を乗っ取ろうとしている?
「ど、どうゆうことでしょう……?」
混乱しているのは私だけじゃなく、他のメンバー達も同様らしく
中でもレイヴンがかなり驚いていた
…何も知らされてないってところだろうか…
ユーリとフレンに目を戻すと、ニ人とも本気では無さそうだが、何か話しながら剣を合わせている
でも、周りの観客達が騒ぎ出すのも時間の問題だろう
どうしたらいいものかと考えを巡らせていると、空から『何か』黒い影が降りて来るのが目に入った
「……何…あれ……?」
ボソッと呟いた後に『何か』が分かった
「ユゥーーーーリィーー・ローーーウェーールっ!!!!」
ドスンッと大きな音と共に砂埃が舞う
あの声は紛れもなく、あの船の上で会ったザギとか言う男だ
「あれは……!!」
ザギの腕を見て、真っ先にジュディスが闘技場の中へと飛び出した
「あっ!!ジュディス!!待って下さい!」
「ちょっとエステル!!待ちなさい!」
「あっ!ふ、ニ人とも!」
エステル達も後を追うように飛び出す
「……これは一体、どうゆうことなの?」
詰め寄って胸倉を掴む
「ちょい待ち!俺もなんも聞いてないのよっ!!」
両手を上げて静止してくるが、そんなことも気にせずに睨みつける
そんなこと、簡単に信用出来るわけが無い
そもそも、あの『赤目』達を最初に雇って居たのはお兄様だったはずだ
ザギも赤目達の一員だと、ユーリが言っていた
ならば、お兄様が影で動いて居るのは明白で
知らないはずがないだろう
「本当に何も知らないって……」
本気で焦ったように彼は言う
口を割る気がないのか、それとも本気で知らさせてないのか……
それは定かではない
でも、これ以上問い詰めたところで話しそうにもない
諦めて手を離す
「………今は何も知らないってことで信じてあげる。でも、後で本当は知ってました、とか言ったら、ただじゃおかないから」
ギロリと一度睨みつけてから目線をユーリ達の方に戻した
ザギの方はなんとかなりそうだが……
問題は魔物達の方だろう
この騒ぎで檻から逃げ出している様だ
「……はぁ、レイヴン、行くよ」
「え?はっ!?ちょっ…ア、アリシアちゃ……ぎゃぁあぁぁぁ!?!!」
レイヴンの服の襟を掴んで思いっきり闘技場の中へと投げ込んだ
私も身を乗り出して、飛び込もうもした時
エステルが持っていた聖核が入った箱が光出した
「っ!!!」
やばい、エステルの力に共鳴してる…!
ぐっと足に力を入れて飛び出す
ユーリの方ではなく、エステルの方に向かって
空中を舞っている時に、男がその箱をエステルから奪って逃げようとしているのが見えた
「ラーギィ!!」
着地と同時にエステルが男が逃げた方を見てそう言ったのが聞こえる
ラーギィ……確かユーリ達に依頼した奴の名前……
……なるほどね、『そうゆうカラクリ』なんだ
「…逃すかっ!!!」
着地の勢いを殺さずに、ラーギィが逃げた方向へ体重をかける
そして地面を蹴り上げて真っ先に走り出す
「っ!?おいっ!!シア!!」
後ろからユーリの呼ぶ声が追いかけてくるが、そんなことも気にせずに突き進む
『あの人』が知らないカラクリがようやくわかった
『あの人』ではなく、『もう一人』の方に命令を出したのだろう
「ワンッ!!」
鳴き声に気づいて目線を落とすと、私の隣をラピードが走っていた
口にはいつの間に取ったのか、ラーギィのものと思われる布を咥えている
ーーー後は追えるから止まれーーー
じっと見つめてくる目はそう訴えていた
止まるべき、なのかもしれない
でも、もし、ユーリ達を待っている間に、あれがお兄様の手に渡れば……
考えただけでもゾッとする
そんなこと、出来ない
「…ごめんね…ラピード、止まれない、止まるわけに、いかない」
ラピードにそう告げて、前を見つめる
もうかなり突き放されてしまったが、まだ追いつけなくはない
まだ、追いつける
更に体重をかけ、スピードをあげる
『一人で行動するな』
その言葉を、もう何度言われただろうか…
それでも、譲れないものがある
また約束破ってごめん…ユーリ…
心の中に罪悪感を抱えながら、一人、結界の外へ駆け出した
「あんのバカッ!!また懲りずに一人で行動して…っ!」
ラピードとシアを追いかけている最中、怒り気味にリタは呟く
闘技場の方はフレンに任せて、オレらもラーギィを追いかけた
今は真っ先に動いたシアとラピード、そして、その後を追いかけたジュディを追ってる
「にしても、なんでアリシア…勝手に行っちゃったんだろ」
走るスピードを緩めずに額に滲んだ汗を拭いながら、カロルは問いかける
だが、それに答えられるやつはもちろんいないわけで
首を傾げることしか出来ない
「アリシアが、すごい顔で、ラーギィを…睨んでいるのは、目に入ったんですけど…」
息を切らせながらエステルが呟く
睨んでた…?
何故?
嘘の情報を教えたからか?
それとも、他になんかあったのか?
「…考えたとこで分かんねぇよ、後でシアに聞きゃわかるだろ?」
「それもそうねぇ…今は追いつくこと、考えましょうや」
珍しくまともな意見をレイヴンが口にする
少し驚きはしたがその通りだ
今はとにかく追いつくのが先だ
また無茶してなきゃいいが……
街の入口にジュディとラピードが立っているのが目に入った
が、肝心のシアの姿が見えない
「ジュディ、シア、何処に行った?」
走って乱れた息を整えながらジュディに聞くと、肩を竦めて首を横に振る
「ごめんなさい、私が追いついた時にはもうラピードしか居なかったわ」
申し訳なさそうに眉を下げる
「クゥン……」
足元に寄ってきたラピードが申し訳なさそうに鳴きながら見上げてくる
ラピードが止めたが、それも聞かずに行っちまったみたいだな…
「あの子は本っ当に…っ!!」
ぎゅっと握りしめた拳を震わせて、リタは怒りを露わにする
確かに気持ちは分からなくはない
オレだって、というか、追いついたら真っ先に手が出る気がする
「ま、ともかく早く追いかけましょうや」
「でも、どうやって追いかけるのよ?」
「こいつがありゃ追っかけられるさ」
カロルの問にラピードが咥えていた布を見せながら答える
「そっか!匂いでラピードが追えるね!!」
「おぅ。ラピード、よくやったな」
そう言えば誇らしげに見上げてくる
箱を取り返さなきゃ、とカロルは意気込む
確かにそれも大事だ
「それもそうだが…」
「ギルドは裏切りを許さない」
オレの言葉の後に、いつになく厳しい顔つきでレイヴンが続ける
それにカロルも頷く
「西の山脈は旅支度無しに通り抜けられないと思うから、追い詰められそうよ?」
「なら、さっと捕まえて締めあげようぜ」
ジュディの言葉にニヤッと口角をあげる
追いかけたシアのことも気になるが、ラーギィの後を追いかけているのであれば追いつけるだろう
あいつはあいつで、もう一度話す必要がありそうだな
一人そんなことを考えていると、闘技場の方は大丈夫かとエステルが心配そうに顔を歪めて闘技場を見つめる
カロルがそれに、ならここで待っているかと聞く
それもそうだ、これはギルドの問題であって、彼女達には関係ないのだから
リタは迷わず一緒に来ると言うが、エステルはおどおどしている
自分で決めな、とだけ言うと、行きます!と振り返る
こうして、ラーギィと、先に行ったシアを追いかけるべく、ラピードを先頭に街の外へ歩き出した
~アリシアside~
ラーギィを追いかけていると、西の山脈、カドスの喉笛に来た
「…まさか、超えるつもり?」
有り得なくはないだろう
『あいつ』ならこの先で仲間が待っている可能性が高い
ユーリに怒られること覚悟で中に足を踏み入れた
踏み入れてすぐに、ラーギィの姿を見つけた
「な、なななっ!?」
私を見るなり、すぐに逃げ出す
「逃がすわけないでしょ…っ!!」
剣を片方だけ抜いて技を出しながら後を追いかける
当たりそうなところを寸前で交わされてしまっているが、徐々に距離は縮んできた
中腹くらいに来て、ようやく立ち止まって私の方を振り向く
それに合わせるように、自然に足が止まる
…何故だろう、嫌な予感がする
「シア!!!」
後ろから声が聞こえて振り向くと、ユーリ達が追いついて来ていた
…思ったよりも早かったな…
「あっ!ラーギィです!!」
「言いたい事、沢山あるけど、先にあっちね」
近寄ってきたリタは鋭い眼光でラーギィを睨みつける
「さ、箱を返して頂戴」
きつい口調でジュディスも言う
慌ててラーギィが逃げようとした瞬間、辺りに真っ赤なエアルが立ち込める
「ここもケーブ・モックと同じなの…っ!?」
どんどん溜まっていくエアルに、リタはギリッと歯を噛み締める
「強行突破…っ!」
「…は、無理そうね…」
悔しそうにユーリが顔を歪める
隣に居るジュディスも恨めしそうにラーギィを睨む
「…………」
無言で、じっとラーギィの周りを見つめる
少しでもいい、エアルの濃度が薄そうな所……
『アリシア……』
リゲルの声が一瞬だけ聞こえる
(……ごめん、ちょっとだけ手伝って貰える?)
頭の中でそう問いかける
すると、声は聞こえなかったものの、ふんわりと暖かいものに包まれる感覚がする
(ありがとう)
頭の中でお礼を言って、深呼吸をする
「シア?」
ユーリが私の異変に気づいたのか声をかけてくる
そんなこと気にもせずにラーギィ目掛けて、エアル溜まりに突っ込む
「アリシアっ!?!!」
エステルのおどろいた声が聞こえるが知ったこっちゃない
お構い無しにエアル溜りを突っ切る
やっぱり昼間だからか、リゲルの力でも完全には防ぎ切れなくて、少し頭痛がする
でもそんなことも気にしていられない
ラーギィの目の前に来ると、グッと片手で胸倉を掴む
「な、なな、何故…っ!?」
「……うっさい…それよりも、箱、返しなさい」
空いたもう片方の手で頭を軽く抑えながら問い詰める
すると、突然、大きな揺れが襲う
思わずラーギィから手を離してしまったが、なんとか倒れずに済んだ
「な、あ、あれは…!」
ラーギィの視線は私の上に向けられていた
その方向を見れば、始祖の隷長の姿が目に入る
《何故貴方がここに?》
私にだけにわかる声で聞いてくる
(まだ彼女から離れるわけにいかないから)
声に出さずにそう答える
《…あまり、満月の子に近づき過ぎないで下さいね。彼が怒りますから…》
(大丈夫、わかってるよ)
そんな会話をしていると、エアルを吸収しきったらしく、バサッと音を立てて去って行った
エアルが落ち着いた途端、ラーギィが立ち上がって真っ先に逃げ出す
「あっ!!逃げんなぁぁぁっ!!」
そう叫んでラーギィの後を追いかける
絶対に、逃がすわけにはいかない
ユーリ達の呼び止める声も無視して真っ直ぐ前だけを見つめる
ラーギィを……『あいつ』を見逃さないように
「ガウッ!!」
不意に足元から鳴き声が聞こえて、驚いて目線を落とせば、飽きれたような目でラピードが見上げながら隣を走っていた
言う事聞かないんだから…とでも言いたげに見つめてくる
「全く、お転婆なのね」
後からジュディスも追いついてきた
「……仕方ないじゃない、あの箱の中身、渡すわけにはいかないもの」
「あら、何が入っているのか、知っているのかしら?」
「……まあ、ね……話すなって言われてるから言えないけど」
茶化すように聞いてきたジュディスにそう答えて、目線を前に戻す
あれは絶対に渡せない
何がなんでも、確実に奪い返さないと…
奪い返せなかったらと考えるとゾッとする
前に騎士団の詰所でチラッと見えたお兄様の『あの計画』にあれは、必要不可欠なのだから
……やっぱり、壊してしまおうか……
そう考えてしまうくらいに、あれが邪魔で仕方ない
でも、リタもエステルも、届ける気でいるんだ
そうやすやすと壊させてはくれないだろう
……でも、もし、奪い返せなかったら……
……その時は、反感を買ってもいい
…箱ごと、ぶった斬る
聖核さえ集まらなければ、お兄様の『あの計画』も実行出来ないはず……
言う事を聞くしか出来ない私の、責めてもの抵抗……
だって…私は聖核を集めろって言われていないもの
かなり奥まで進んだところでラーギィはコウモリ達に足止めを食らっていた
「ねぇ、いい加減にしてよ。砂漠まで鬼ごっこする気はないのよ」
ギロっと睨みつけながらラーギィを見据える
「そうね、あなたを追いかけるのも飽きてきたわ」
そう言いながら、ジュディスは槍を構える
「こ、こんなことに……」
コウモリと私達に挟まれ、身動きの取れないラーギィは悔しそうに顔を歪める
睨み合いが続き、最初にジュディスが動き出した
容赦なくラーギィに斬りかかり、よろめいたところで、ラピードが彼から箱を奪い取り私の方に蹴飛ばした
それを受け取ってニヤッと笑う
「残念、ゲームオーバーだよ」
見下すようにラーギィを見つめる
すると、後ろから足音が聞こえ出す
「いた!!」
リタの声に振り向けば、ユーリ達が駆け寄って来るのが目に入る
後で説教確定だな…と苦笑いしながら、奪い返した箱を見せる
「お、取り返したみたいだな」
パチンッと指を鳴らしながらユーリが歩み寄ってくる
「くっ、こここ、ここは………ミーのリアルなパワーを…!」
ラーギィがそう言うと、彼の胸元から眩い光が溢れ出す
眩しさに目を細めたが、すぐにそれも収まる
ラーギィが居たはずのそこには、思った通りイエガーが紳士的な笑みを浮かべて立っていた
「……やっぱりあなたなのね……何?これもビジネスって言いたいわけ?……それとも、あの人の差し金?」
あからさまに不機嫌極まりない口調で目の前のイエガーを見据える
他のメンバーは困惑した表情を浮かべていたが、レイヴンだけは納得した表情をしているのが、視界の隅に入る
流石に彼も気づいていたか…
「ふん、なーるほど、そうゆう仕掛けか」
ようやく納得したようで、ユーリはヒュンッと鞘を飛ばして戦闘体型に入る
それに倣うように、私も愛刀を鞘から引き抜く
「おーコワイで~す。ミーはラゴウみたいになりたくないですヨ」
大袈裟に手を広げて、ニヤリと笑う
恐らく、こいつは私がした事を知っている
「ラゴウ?ラゴウがどうしたんですか?」
「ちょっとビフォアに、ラゴウの死体がダングレストの川下でファインドされたんですヨ。ミーもああはなりたくネー、ってことですヨ」
わざとらしく肩を竦める
何故……?とエステルが問いかけるが、自分からは言えないというように首を横に振る
僅かに表情を歪ませて、イエガーを見つめる
すると、私の視線に気づいたのか、こちらを見てニヤリと笑う
「あなたも、いつまで隠せますかネ?」
そう言い残すと、クルッと振り返ってコウモリの群れに突っ込む
エステルが静止するが、その足が止まることはない
走り抜けようとしたイエガーに容赦なくコウモリ達が襲いかかろうとする
「イエガー様!」
「お助け隊だにょ~ん!」
そこに颯爽と現れたのは、イエガーの部下のゴーシュとドロワットだった
後は任せましたヨー、とイエガーが声をかけると、二人はコウモリ達を容赦なく斬りかかる
開いた逃げ道をイエガーは真っ直ぐ進む
「逃げられちゃうよ!」
「行かせるかよ!」
カロルとユーリが真っ先にイエガー目掛けて走り出す
「イエーまた会いましょう、シーユーネクストタイムね!」
既にイエガーは遠くに居て、追いつけそうにはない
そして、コウモリの群れは塊となってゴーシュとドロワットを吹き飛ばす
「あっ!こいつがプテロプスだよ!」
カロルが指を指しながらそう叫ぶ
プテロプスは、迷わずこちらへと突進してくる
「やっぱそうなるわよね…」
やれやれと首を横に振りながら、レイヴンは弓を構える
が、それよりも早く、私が動いていた
「……邪魔、しないで…!焼き尽くせ!バーンストライク!!」
火の玉がプテロプス目掛けて幾つも降り注ぐ
殆ど焼き尽くしたが、それでも僅かに残ってしまった
その残ったコウモリも、ユーリとジュディスがすぐに倒してしまったが…
ゴーシュとドロワットは、エステルの治癒を受けずに、ラピード対策と思われる強い匂いの煙玉を投げつけると、姿を眩ませてしまった
これでは追いかけようがない
諦めて愛刀を鞘に戻してため息をつく
あいつ捕まえて、とっちめるつもりでいたのに……
「アリシア…あんた、体大丈夫なわけ?」
少し怒りの篭った声が後ろから聞こえる
振り向くと、やはり怒った顔のリタが目に入る
「ん、大丈夫大丈夫。リゲルのおかげてなんともないから」
ニコッと笑ってみせるが、全く信用されていない様子で半分睨み気味に見つめられる
それもそうだ、なんせ大丈夫だとか言っておいて一度ぶっ倒れているのだから
「シアを怒るのは後にしようぜ?それよりも、これからどうするよ?」
ユーリがイエガーが逃げた方向を見つめがら問いかける
目の前にはもう砂漠、フェローの居る場所だ
新月まではまだまだ時間がある
会いに行くには絶好の機会だろう
「私…このままフェローに会いに行きます」
決心したようにエステルはそう言う
「エステル一人では行かせられないよ!僕らの仕事はエステルの護衛なんだから」
そう言ったカロルに、ユーリも賛同して完全に砂漠に行く流れになっている
「あんた達、砂漠がどんなとこか…わかって言ってるの!?」
怒鳴り声に近い声でリタは問いかける
私自身、砂漠に行ったことはないが、かなり危険な場所だという事は重々把握している
それに、フェローに会える可能性は限りなく0に近い
人間を…増しては、満月の子を忌み嫌っている彼が、そうやすやすと姿を見せるわけがない
レイヴンはレイヴンで、ドンのお使いがあるからノードポリカに戻ろうと言う
「アリシアは何か意見ある?」
「私?うーん……今すぐにでもイエガーの奴追いかけてぶっ飛ばしたいけど、何処に行ったかわからないしねぇ…」
カロルの問に肩を竦めて答える
本当なら今すぐ追いかけたい
見つけ出してぶっ飛ばしたい
でも、何処に行ったかわからない以上、それはするべきではない
「そっか…確かにあの言葉の意味も気になるもんね…」
うーん、と唸りながらカロルは考える
…ごめんね、カロル…意味はわかってるんだ…
全く意見がまとまらない中、ジュディスが一つ提案する
「この先、道なりに進めば砂漠の中央部の手前にあるオアシスの街につくわ。とっても素敵な場所よ」
それに、リタは顔を顰めてそれで?とあからさまに不機嫌に聞く
「つもる話はそこで、ってことでしょ?」
私がそう言うと、少し嬉しそうに頷く
「そうしましょうや」
ブルッと体を震わせながらレイヴンが言う
「だな。ここをもう一度超えるのは骨が折れそうだ」
「ならそうしよっか」
ジュディスの意見にみんな賛成するが、リタは一人不服そうにしている
「パティもそこまで一緒に行く?」
クルッと後ろを向きながらカロルが言う
カロルの向いた方を見れば、いつから居たのかパティの姿が見える
「うむ、そうさせてもらうのじゃ!」
ニッコリと笑いながらそう答える
「……いつから居たの?」
ボソッと小声でユーリに問いかける
「どっかの誰かさんが一人で勝手にイエガー追っかけて、それを追ってる最中にたまたま会ったんだよ」
少し嫌味ったらしくユーリが答える
どうやら相当怒らせたようだ
「はいはい…勝手に行動してすみませんでしたー」
適当にそう言い返して顔を背ける
一人で行動するなとか、ユーリにだけは絶対に言われたくない
「それじゃあ行こっか?」
カロルの問に頷いてみんな歩き出す
「……ちょっと待って」
砂漠に出る寸前で、リタがそれを静止した
「あん?まだなんかあんのか?」
不思議そうに首を傾げながらユーリが問いかけると、少し顎に手を当てて何か考え出した
よく分からない出来事に、顔を見合わせていると、何か決心したように私に近づいてくる
「…アリシア、もう一度聞くわよ?本当になんともないのよね?」
ずいっと詰め寄ってきながらそう聞かれる
「だ、大丈夫だって…もう、リタも心配性なんだから…」
苦笑いしながらそう答える
いつもならこれで引くのだ
が、今回は引いてくれる気配はなく…
「なら、なんで右の脇腹、咄嗟に守るように隠したのよ?」
そう言われてギクッと肩があがる
力を使い過ぎるといつも最初に異常が出るのは右の脇腹だ
ユーリとフレン、それにお兄様はもちろんだが、親友のリタも当然知っている
そして、これは私の悪い癖だ
昔から力を使い過ぎて脇腹が痛くなっている時に誰かに近寄られると、つい庇うように隠してしまうのだ
以前はそれ程頻繁に隠すことはなかったが、最近はお兄様の事もあってほぼ反射的にそうしてしまうのだ
もちろん、ユーリとリタも知っている癖なわけで…
「おいシア、言うなら今のうちだぞ?」
咎めるようにユーリの声が隣から聞こえてくる
『隠しきれない』、そう悟って大きくため息をつく
「…前より酷くないから心配しないでいいよ。しばらく術使わなきゃすぐ治まるから」
苦笑いしながら肩を竦める
まあこれで納得するようなニ人ではないが…
「それ、本当でしょうね?もし嘘だったら…!!」
「大丈夫だって、すぐ治まるよ。…それよりも、早く行こ?流石にここ寒いし」
手をひらひらさせながらゆっくり歩き出す
私が歩き出したのに合わせて、ラピードが隣を歩く
次に行く街でも、厄介事が起こっているなど、まだ誰も知らなかった