第2部〜満月の子と星暦の真実〜
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ヘリオードの異変
「………」ムスッ
「なー、シア?いい加減機嫌直してくれよ……」
しょんぼりとした声で後ろからユーリが話しかけてくるが、そんなのはガン無視だ
昨日は結局、ユーリのされるがままになってしまうし、明け方に目が覚めたと思ったらまたされそうになるし……
思いっきりスプラッシュをお見舞させたのはほんの数十分前のこと
今はというとヘリオードに向かって歩いている
珍しく先頭は私とラピードだ
「ギルド立てて早々……何怒らせてるのさユーリ……」
「私の依頼よりも先に、アリシアと仲直りしてくださいね?」
後ろからカロルとエステルの咎めるような声が聞こえてくる
ユーリとカロルが起こしたギルド…『凛々の明星 』
ギルドの名前を決めたのはエステルだが…(カロルの案『勇気りんりん胸いっぱい団』は即没に…)
最初の依頼はエステルをフェローに会わせることになった
フェローは砂漠地帯……つまり、デズエール大陸に居る
そういうことで、大陸を渡る為にカプア・トリムに戻る最中なのだ
「うふふ、そんなに拗ねちゃったら彼可哀想よ?」
ニコニコしながらジュディスが隣に寄ってくる
「…ユーリに余計なこと言ったの、ジュディスでしょ?」
呆れ気味に睨めばクスリと笑うだけでまともに答えてくれそうにない
はぁ……と深くため息をつく
「それよりも、彼女と一緒に居て大丈夫なのかしら?」
小声でそう聞いてくる
ちらっと後ろを見るがエステル達はユーリを励ますことで手一杯のようだ
「……さぁ……少なくとも、私が力を使わなければ問題はないって思ってるけど」
前を向き直しながら、小声で答える
正直な所、私にもわからない
「『彼』に怒られるわよ?」
「…解決策は見つけるって言っちゃったからね。しばらくは一緒に行動しないとわからないし、仕方ないって諦めてくれてると思うけどねぇ…」
苦笑いしながら空を見上げる
生憎ながら雲に覆われていて、昼間のあの青い空は見えないが……
今にも雨が降りそうな程暗い空は、何処かフレンの顔を思い出してしまう
……絶対ショックだっただろうなぁ……
「クゥン……」
心配そうにラピードが体を寄せてくる
「…大丈夫だよ、ラピード」
ラピードに顔を向けながら頭を撫でると、嬉しそうに擦り寄ってくる
「ふふ、仲が良いのね、ユーリが妬いてしまうわよ?」
冗談混じりにジュディスは笑うけど、多分それあたってるよ…
だってラピードが後ろ振り向いてフンッって得意気に鼻鳴らしてるし…
そんなこと考えながら歩いていたら、突然後ろから引っ張られた
急な出来事に少し驚いたけど、犯人はわかっていたからそこまで驚かなかった
「……ラピード、お前シアに近寄りすぎ」
後ろから私を抱きしめながら不機嫌そうな声でラピードに言うユーリ
そんなユーリに別にいいだろとでも言いたげな目でラピードは見詰めている
「アリシア……そろそろ機嫌直してあげて…いい加減僕もエステルも疲れたよ……」
隣に近寄って来ながらカロルは頼んでくる
その声は何処か疲れている様子だった
カロルの横に居るエステルもお手上げだと言わんばかりに苦笑いしている
「もう…カロルとエステルを困らせないでよ……」
軽くユーリの頭を小突くが、だってシアが……とブツブツ言って私の首元に顔を埋めてくる
……ねぇ、歩けないんだけど……
「もう……許してあげるから退いてって、雨降ってきちゃうよ?」
結局、私が折れて苦笑いしながら頭を撫でると、顔を上げて嬉しそうに微笑んでくる
本当、単純なんだから……
「うっし!早くヘリオードに行くとしますかっ!」
「あっ!ちょっと!ユーリっ」
私から離れたと思えば、手を引いて小走りで先頭を歩き出す
「えっ!?ユ、ユーリ!!アリシアっ!!待ってくださいっ!!」
「ちょっとユーリっ!置いてかないでよー!!」
「うふふ、元気になるのが早いわね」
「ワフゥン…」
呆れ気味にみんなは追いかけてくる
「もう…調子いいんだから…」
呆れ気味に笑って握っている手を一度緩めて恋人繋ぎにする
そうすれば、嬉しそうに目を細めてその手に軽く力を込めてくる
もう目の前にヘリオードが見えてきていた
「なんか……前に来た時よりも静か…」
ヘリオードについて辺りを見回すが、どう見ても人気がない
確かに開発中の街ではあるけど、前はもっと人がいた気がする
「そう言えば、あれかなぁ…」
「あら、何かあったのかしら?」
「ダングレストで聞いたんだけど、街の建設の仕事がキツすぎて逃げ出す人が多いんだって」
噂でしかないんだけどね、と最後に付け足す
仕事がキツい……ねぇ……
……まさかとは思うけど、昨日星たちが言ってたのってこのこと……?
うーん、でもあの『変人』は関係無さそうだしなぁ…
「ほっとけないって顔してるわね」
ジュディスの声にはっとして顔をあげるが、どうやら私ではなくエステルに言ったようだ
「じゃあ、宿屋に行って作戦会議しよう!」
「だな、エステルのほっとけない病が出ちまったしな」
やれやれとユーリが言うと、だってほっとけないじゃないですかと講義する
エステルも大概お人好しだなぁ、と苦笑いする
早く行こう!とカロルは先に走って行ってしまう
「きっとユーリとギルドを作れて嬉しいんですね」
「カロルの為に作ったわけでもねぇんだけどな」
「あら、少しは考えてあげていたんでしょう?」
ジュディスがそう聞くが、ユーリはさてねぇ?と肩を竦めて、宿屋に向かって歩いていく
ジュディスとエステルもそれに続いて行く
みんなの後を少し距離を置いて歩いていくが、宿屋に入ったのを確認して一人騎士団の詰所に足を向ける
「………ごめん、すぐに戻るから」
誰に告げる訳でもなくボソリと呟いて詰所まで駆け出す
もしかしたら、『あの人』が此処に来ているかもしれない
あの騒動の時、『あの人』の姿は見えなかったから
お兄様の指示で此処に居るかもしれない
……会うのは少々気が引けるが、『あの人』に会うのが一番手っ取り早いだろう
「申し訳ございません……閣下も隊長も、現在不在でして……」
真っ赤な隊服を着た騎士が申し訳なさそうに言ってくる
……読みが外れてしまったみたいだ
「…そう……忙しいところすみませんでした」
「あ、アリシア様!お急ぎの要件でしたらお伝え致しますが…!」
「いえ、急ぎではないし、会えたら聞きたかっただけですから大丈夫です。ありがとう」
引き止めてきた騎士にニコッと笑ってお礼を言ってその場を後にする
「『あの人』が関わっていないってことは……やっぱり勝手にやってる事なのかなぁ…」
うーん、と顎に手を当てながら考える
『あの人』が関係していたのであれば確実にお兄様の仕業だが、こちらに来てないということは、やはり独断でやっている事なのだろう
ただ、カロルの言っていたことが噂でしかない以上、星たちに昨日言われたことと関連付けるわけにはいかない
もしかしたら関係ない別の誰かのせいか、あるいは本当に噂であっただけでそんな事実ないかもしれない
そんなことを考えながら宿屋に戻る最中、広場にあるエレベーターにふと目が止まる
確か、あの先には労働キャンプがあったはずだけど…
前回来た時、見張りの人ってあんなに物々しい雰囲気出してたっけ?
というか、隊服が少し違う気がする
あれはたしか……見習いの
「シアーーっ!?やっと見つけたっ!」
「痛っ!?」
じっとエレベーターの方を見ていたら、突然私を呼ぶ声に続いて頭に痛みがはしる
痛んだ箇所を抑えながら声の聞こえた方を見たら、鬼の形相をしたユーリが立っていた
ユーリの後ろには苦い顔をしたカロルやエステルの姿も見える
……ジュディスがニコニコしていることは少々気になるが、今の問題はそこじゃない
……完全に忘れてた……
「お前なぁ…っ!何度勝手に居なくなんなって言えばわかるんだっ!?」
「あ、あはは………ごめん……いつもの癖でつい……」
普段、一人で色んなところに出掛けていたせいで、気になったら即動いてしまう癖がついてしまっていた
……ユーリ達のことを忘れていたわけでは決してないのだが……
「ったく……頼むから勝手に居なくならないでくれよ……本気で…」
頭に手を当てて項垂れるユーリに、少し申し訳なくなって、ごめん…とも一度謝る
「あ、じゃあアリシアにはペナルティってことで、さっき言ったのやってもらうってどうかな?」
「あら、とてもいい考えね。そうしましょ?」
いい事思いついたと言わんばかりの笑顔を浮かべてジュディスとカロルは言う
エステルは引きつった顔で私に、頑張ってください、と言ってきたが、訳が分からない
「さ、行きましょ?」
「えっ!?あ、ちょっ!?ジュディスっ!?」
頭の中が?だらけのまま、ジュディスに引きずられるように宿屋に連れて行かれる
もうわけわかんないよ……!!!
そんな私を複雑そうな目でユーリが見てたなんて知らなかった
「……で、色気であの騎士を退かせようって話になったわけなのね……」
壁に寄りかかったまま、大きくため息をつく
宿屋について早々ジュディスは装備品屋のおじさんに、男をイチコロにするような服が欲しいとか言い出した
わたわたとおじさんが色々服を見せてくるが、ジュディスといつの間にか来ていたエステルはあーでもない、こーでもないと唸っている
呆気にとられてその様子を見ていると、後から来たカロルとユーリが事の経緯を教えてくれた
どうも労働キャンプに行きたいらしく、その為にあの場に居た騎士を退かせたいらしい
……だからと言って色気はないでしょ……色気は……
飽きれて何も言えなくなる
なんでそんな方向に進んでしまったのだろうか……
「……頭痛い……」
「アリシア…?大丈夫?」
心配そうにカロルが顔を覗いてくるが、頭痛いのはカロルの発言のせいなのだが……
「あっ!これなんか良さそうですよ!」
「そうね、アリシアにぴったりだわ」
嬉しそうな声が聞こえ二人の方を向くが、その笑顔には嫌な予感しかしない
「アリシア!早く着替えましょう!」
「うっ………はいはい……わかりました……」
キラキラと目を輝かせながら言ってくるエステルに断り切れず、項垂れながら渋々2人の後をついて行く
………本当、辞退したいです………
~数分後~
「む、無理無理無理無理っ!!!//////絶対無理っ!//////」
着替えて早々第一声がこれだ
今の私は上は黒いビキニに下は超が付くほどのミニスカ、ニーハイブーツに頭に…何故か猫耳というとんでもない格好になっている
……私の愛刀達はジュディスに没収されました……
いや、無理、この格好で出るとか絶対無理っ!//
「あら、可愛いじゃないの」
「そうですよ!とても似合って居ます!」
ニコニコと二人は褒めてくれるが、全然嬉しくない
全く嬉しくないよ……
「おーい、終わったかぁ?」
「っ!?!!/////」
唐突にユーリの声が聞こえてきて元々少し熱かった顔が、更に顔が熱くなる
「はいっ!!来て大丈夫ですよ!」
「ちょっ!?//エステルっ!!//」
来ていいだなんて私言ってないのに…!////
見られるのが嫌であわあわとしている私にお構い無しにユーリとカロルが来てしまった
「っ!?/////」
「うっわぁ……アリシア…可愛い……!」
私を見た瞬間、ユーリは目を見開いたまま硬直してしまうし、カロルはほんのり頬を赤くさせながら可愛いと言ってくる
……もうやめて……////私が一番恥ずかしから……!!
「さ、アリシア、早く行きましょ?」
「ま、待って……!ほんとにやるの……?!」
私の手を引いて外に出ようとするジュディスに慌てて聞くが、当然ながら当たり前でしょ?と言われてしまう
ユーリの横を通り過ぎる途中で半分涙目になりながら助けを求めるように見詰めるが、完全に石化してて動きそうになかった
こうゆう時頼りにならないんだから…!!
…………いや、でも、考えてみたらこの猫耳がいけないのか…………
……ユーリ、猫好きだからなぁ……
「さ、アリシア、頼んだわよ?」
結界魔導器の後ろに隠れて、もう一度作戦を立てた
と言っても私が騎士をここまで連れて来るってだけなんだけど……
因みにユーリはストーンボトルを掛けたらなんとか動ける程度には治ったらしい
……全く口開かないんだけどね……
「……はぁ……じゃあ行ってくるよ……」
人前に出るのは気が進まないが、動かなければ始まらないのだ
さっさと終わらせて着替えてしまいたい
「アリシア、頑張ってくださいっ!」
エステルから謎の応援を受けて、エレベーターを警護している騎士に近寄る
……もうこうなったらヤケだ
後でユーリに怒られるのが目に見えているが、止めなかった彼も悪い
「ねぇ、そこの騎士様!」
さっきまでの低トーンではなく、いつもの明るい声で話しかける
「ん…?わ、私に御用でしょうか…?」
あからさまに動揺した声で聞き返してくる
……それもそうだよなぁ…と心の中で苦笑する
「……私と楽しいこと、しよ?」
グイッと騎士に近寄って、普段絶対に出さない甘い声で小さく呟く
…ユーリに聞かれたら怒られるし……
「っ!?//い、いえ…!じ、自分はまだに、任務中ですので……っ!///」
「あら…私の相手をしてくださらないの……?」
少し屈んで上目遣いにそう言えば、あっさりとついてきた
……ちょっと騎士団……たるみ過ぎよ……
結界魔導器の脇まで来たところで、陰からユーリが飛び出して来て、鞘の付いたままの愛刀で脇腹に一発入れたと思いきや、右手で思いっきり殴りつける
ガクッと騎士はそのまま倒れ込んでしまった
「悪ぃ、ちと私怨が入っちまったわ」
悪びれる様子もなく右手をひらひらさせながらそう言う
「結局殴り倒しちゃうのね…」
苦笑いしながら倒れた騎士を哀れみの目で見ていると、パサリと私が普段着ている上着を肩にかけられた
「…それ掛けてりゃ、ちょっとはマシだろ?」
少し顔を背けなからユーリは言ってくる
「それで?これからどうするのかしら?」
ジュディスがそう聞くと、ユーリは騎士の兜を外す
そして、その兜を徐ろにカロルに渡す
「ほい、次カロル先生頑張ってな」
「え、えぇっ!?なんで僕っ!?」
ユーリがやってよ!と反発するカロルに、作戦を言い出した張本人はカロルだろ?と言って無理矢理被せる
その間に、ジュディスは気絶した騎士を結界魔導器の後ろに隠す
「うっ……息苦しい…」
「大丈夫だって、すぐ慣れるさ」
身長的に兜を被ることしか出来ないカロルにユーリはそう言うが、ユーリって兜被ったことあったっけ……?
「おいっ!お前こんなとこで何してるんだっ!?」
突然騎士が駆け寄ってきて背筋がひやりとしたが、どうやら彼はカロルに話しかけたらしい
わけも分からないまま、カロルはその騎士に連れて行かれてしまった
「えっと…止めなくてよかったんです…?」
「いや……唐突過ぎて対処出来なかった…」
「とりあえず、後を追いましょ?」
ジュディスがそう言ってカロルの後を追いかけようとする
「ちょい待ち、先に行っててくれ。シア着替えさせてくるわ」
「あ、それもそうですね!アリシア、これお返ししますね」
エステルはそう言って私の愛刀達を返してくれる
「ありがとう、エステル」
「んじゃ、詰所の前で落ち会おうぜ」
そう伝えるなり、ユーリは私の手を引いて宿屋に小走りで向かった
宿屋について、先程着替えるのに借りた部屋に入るなり何故か壁ドンされた
…いや、理由なんてわかっていますよ……
「…シア?オレが言いたいこと、わかるよな?」
私を見詰めてくる真っ黒な瞳には、多少怒りが混じって見える
言葉に詰まっていると、グッと顔を近づけてくる
「あの騎士との距離、近すぎだっつーの、あんなに詰め寄る必要なかったろ?」
「あー……いや……加減がわからなかったっていうか……その場のノリでっていうか……」
顔を背けながら言う
怒りたい気持ちは察しますが、早く着替えさせてください……っ!
「ふーん…その場のノリ、ねぇ?あのまま襲われたらどうするつもりだったんですかねぇ?お嬢さん?」
「そりゃあ、ぶっ飛ばすよ?」
しれっとしてそう言えば、大きくため息をついて私の肩に頭を乗せてくる
露出が高いせいで普段あまり感じないユーリの体温や吐息が、直接肌に触れて気が気でない
「ユ、ユーリ……とりあえずあの……着替えさせて…?」
そう頼むが一向に退く気配がない
どうしようかと思っていたら、不意に昨日付けられた所有印に触れてくる
「っ!?//」
「これ、見られなかったわけ?」
一つずつ付いているのを確かめるように触れながら聞いてくる
「えっ……と……ジュディスにはバレた……」
そう、ジュディスには気づかれてしまった
だからなのか、わざと隠れるように髪を整えてくれた
……もちろん、エステルが見ていないうちにだ
「へぇ…あの騎士には見られてねぇんだ?」
「そ、それはわかんないけど……」
意地悪そうにニヤリと笑うユーリに嫌な予感が頭を過ぎる
「んじゃ、見えるとこに付けといた方がいいか」
そう言うが早いか、昨日と違って鎖骨の見えるような位置にチュッと吸い付いてくる
「んっ……!?ユ、ユーリ…っ!!」
ユーリの顔が離れれば、その場所に赤い花が咲く
「もう…っ!今はこんなことしてる場合じゃ…っ!」
「はっ、こんな格好してるシアを襲うなって方が無理あるぜ」
「好きでこの格好してるわけじゃないっ!!」
そう言って思いっきりユーリの足を蹴る
いや別に嫌だからってわけじゃないのだが…
流石に今の状況を考えてからにして欲しい
「いってぇっ!?」
ユーリが少し離れると同時にすり抜けるように距離をとって、さっさと着替えてしまう
「もう……今はこんなことしてる場合じゃないっていうのに」
愛刀を腰につけながらしゃがんで私がつい先程蹴飛ばした足を摩っているユーリに近づく
顔をあげたユーリの目には少し涙目が溜まっていて、拗ね気味に見上げてきている
「はぁ……とりあえず、今はカロルのとこに行くのが先。わかった?」
渋々と言った感じで頷いたユーリの頬にそっとキスしてあげれば、すぐに機嫌が戻る
……ユーリも案外単純なんだよなぁ……
困った大きなお子様だな…と苦笑いしながら、ユーリを連れて詰所に戻ると、そこには何故かリタまで居た
「あれ?リタ??こんなところで何してるの?」
首を傾げながら聞くと、どうやら労働キャンプに大量の兵装魔導器や武装魔導器が運び込まれていたのを見たらしい
……で、勝手に労働キャンプに行こうとして騎士に捕まったと……
…星たちが言ってたことはこれか……
「それじゃ、さっさと降りてしまいましょ?」
ジュディスの言葉に頷いてエレベーターの近くに来るが、反対側から人影が近づいて来るのが見えた
「隠れろ!」
ユーリの合図で近くの物陰に隠れると、話し声が聞こえてきた
「マイロード、騎士団長の指示に従わなくていいのですか?」
「ふん、そんなの無視でいいね。僕はいずれ騎士団長になる男だよ?君がくれた武器でギルドを潰すのさ」
「イェースイェース、バッド、ドンを侮ってはいけませーん」
「随分肩入れするんだね?」
「彼のことは充分尊敬していまーす、バッドビジネスは別でーす」
「ふふふっ!君は本当に面白いね!ギルドに置いておくのが勿体無いよ!」
「………うっわ……キュモールじゃん……」
二人が降りていった後、ボソリと呟く
星たちが言ってた変人は彼のことだろう
相変わらず気持ち悪い話し方をするやつだ…
「あのトトロヘアー、あたし達に気づいていたわよ」
心外だと言わんばかりに不機嫌そうにエレベーターの方を睨むリタ
顔はよく見えなかったけど……あの変な喋り方……前にお兄様と一緒にいた人によく似ている…
「さて…さっさと降りよう」
エレベーターの方を指さしながら言うユーリに頷いて、私達も労働キャンプへと降りて行った
労働キャンプに降りると、目に入った光景は想像以上に酷かった
疲れてもなお、無理矢理働かされているようにしか見えない人達ばかりだ
「ほらっ!さっさと働きなよっ!お金ならいくらでもあげるさっ!!」
声を張り上げて、嫌味ったらしい笑みを浮かべて鞭を振り回しているキュモールに腹が立つ
…やっぱり、貴族なんてこんなやつばっかりだ
ヨーデル様やエステルみたいな人なんて、ほんの一握りしかいない
ぎゅっと愛刀を握りしめる
…今にでも抜いてしまいそうだ
「……シア、行くぜ?」
ユーリの声に顔をあげると、倒れ込んでしまってる人に今にも鞭を振りかざしそうなキュモールが目に入る
コクンと頷いて地面を勢いよく同時に蹴りあげる
右手だけ刀を抜いてユーリと同時に蒼波刀をキュモール目掛けて放つと、クリーンヒットする
「だっ!誰だっ!?」
驚いたようにキョロキョロと辺りを見回す
「キュモール!今すぐここの人々を解放しなさいっ!」
エステルが声を張り上げて講義するが、世間知らずのお嬢様が…と聞く耳を持ちそうにない
「イエガー!こいつら片付けちゃって!」
「オフコース!ユー達に恨みはありませんが、これもビジネスでーす!」
「はっ!そっちがその気ならやってやるさ!」
イエガーと呼ばれたその男に刀を向けながらユーリは言う
が、戦闘に入りかけたその時
「キュ、キュモール様っ!!フレン隊です!下を調べさせろと押し切られそうです!!」
キュモールの部下が血相を変えて報告しに来た
「くっ…!下町育ちの恥知らずが……!!」
「マイロード、ここは戦略的撤退でーす!ゴーシュ、ドロワット!」
「はいっ、イエガー様っ!」
「すたこらさっさ、逃げろや逃げろ~!」
イエガーが名前を呼ぶとニ人の少女が何処からか現れて煙玉を投げつける
「うわっ!?」
「げほっ!げほっ!」
煙が晴れた頃には姿を眩ませていた
「こんのっ!逃がしてたまるかっ!!」
「アリシアっ!?」
リタの静止も聞かずに出口に向かってラピードと走り出す
追っても無駄かもしれないが、あそこにはフレンが来る
どちらにしても長居は出来ないだろう
「はっ……はぁ……逃げられちゃったね……ラピード」
「クゥン……」
ヘリオードから少し離れたところで足を止めた
やはりもう何処かへ逃げ去ってしまっていた
「……気になるのは、やっぱりあのトトロヘアーかなぁ……」
彼の声は、間違いなくお兄様の元で1度聞いている
もしも、『あの人』じゃなくて彼を使っていたとしたら、やはりヘリオードの一件もお兄様の仕業になる
「ウー…ワンッ!」
「……考えてもわかんないや」
心配そうに見詰めてくるラピードの頭を撫でながら苦笑いする
考えるのは昔から苦手だ
分からないなら、直接聞いてしまえばいい
「シアー!ラピード!」
「あっ、ユーリ!」
追いかけてきたユーリ達に手を振って応える
「アリシア、キュモールは…!?」
「ごめん、逃げられちゃった」
頬を掻きながら苦笑いする
「そっか……でも、仕方ないよ。今は僕達、エステルの依頼をこなさないといけないし、このままトリム港に向かおう」
カロルがそう言うと、ほっておくんですか!?とエステルが反発する
そんなエステルを宥めようとユーリはするが、ジュディスは少しキツい口調で語りかける
「またあなたの意見で凛々の明星の方針が右往左往するのかしら?」
「ジュディス……ちょっと言い方がキツすぎだよ…でも、確かにそうだよね。どこ行ったかもわかんない奴追いかけるよりも、最初の目的果たすべきじゃない?」
言い方はキツイがジュディスの意見には賛同だ
「ちょっと!あたしをほっといて何話進めてんのよ!ちゃんと、わかるように説明しなさいっ!!」
今まで口を挟まなかったリタが怒り気味に言ってくる
それもそうだろうなぁ……
今のこの状況、リタだけ仲間はずれみたいだし……
「そーよそーよ!おっさんにも説明して欲しいわ」
「っ!?」
聞きなれた声に反応して後ろを振り返ると、頭の後ろで手を組んだレイヴンが立っていた
「おっさん…なんでこんなとこにいんだよ?」
不服そうにユーリが聞く
「いやぁ、ドンからの命令でねぇ。立て込んだ話になりそうだから、先にトリム港にでも行かない?」
おどけたようにヘラヘラと笑いながらレイヴンは答える
「そうだね…これからどうするかも決めなきゃだしね!」
「んじゃ、トリム港に向かうとしますかね」
ユーリを先頭にみんなは歩き出す
でも、私は一人足を踏み出せずにいた
………何故、『あの人』がここに居るの?
「ん?アリシアちゃーん!早く来なさいよ!」
おいでおいでと、手招きしてくるレイヴンにゆっくりと近づいて行ってある程度の距離に来たところで短剣を向ける
「……どうゆうこと?なんであなたがここに居るの?」
ギロリと睨みつけると、レイヴンのおどけた顔から『あの人』の顔になる
「……閣下から伝言だ、『次の満月の日の夜、ノードポリカで落ち合おう』」
小声でそう告げてくる
……早速呼び出しがかかるのね……
「……お断りです。当分呼び出さないと言ったのはお兄様よ」
ギロっと睨みつけながらそう答える
「……私的には、従うべきかと」
「あなたの意思なんて知らない。お兄様のお人形みたいに命令ばかりに従って…」
そう言うと、彼は怪訝そうに顔を歪める
「……それは、貴方様も同じでは?」
「なんの意味もなくただ従ってるあなたと同じにしないで。…私は守りたい人達のためにやってるの。……ただの自己満足でもね」
皮肉を込めてそう言うと、『彼』は口を噤む
一緒にされるのは嫌だった
少なくとも、私には意志がある
……ただお兄様に従う彼とは違う
……そう、思う
…いや、違う…
…私は…そう『思いたい』んだ
ただお兄様に従うだけの『お人形』だと、思いたくないんだ
「…………余計なことしようとしたら、本気で刺すからね?」
突きつけていた短剣を仕舞いながら再度睨んで、前方に居るユーリの元に半分逃げるように走り出す
……お願い、何事もなくこの旅が終わって欲しい
……そんなの、無理かもしれないけど……
……ううん、『かも』じゃない……
多分、それは無理だろう
私の力を使おうとしていたこと
それを、エステルの力に変更したこと
ヘリオード、そして、ダングレストの野営地で少し見えた書類……
……そして、『あれ』の位置が記された本………
完全な計画まではわからない
けど、良くないことをしようとしているのは明確だ
……それでも、こんなに信じざるおえない証拠が揃っているのに
まだ、そんなことないって、信じたくない自分がいる
お兄様なら……そんなこと、しないって……
そう信じたい、自分がいる
まだ見えぬ星たちに、縋るように何事もないようにと祈りながら、私は足を進めた
「………」ムスッ
「なー、シア?いい加減機嫌直してくれよ……」
しょんぼりとした声で後ろからユーリが話しかけてくるが、そんなのはガン無視だ
昨日は結局、ユーリのされるがままになってしまうし、明け方に目が覚めたと思ったらまたされそうになるし……
思いっきりスプラッシュをお見舞させたのはほんの数十分前のこと
今はというとヘリオードに向かって歩いている
珍しく先頭は私とラピードだ
「ギルド立てて早々……何怒らせてるのさユーリ……」
「私の依頼よりも先に、アリシアと仲直りしてくださいね?」
後ろからカロルとエステルの咎めるような声が聞こえてくる
ユーリとカロルが起こしたギルド…『
ギルドの名前を決めたのはエステルだが…(カロルの案『勇気りんりん胸いっぱい団』は即没に…)
最初の依頼はエステルをフェローに会わせることになった
フェローは砂漠地帯……つまり、デズエール大陸に居る
そういうことで、大陸を渡る為にカプア・トリムに戻る最中なのだ
「うふふ、そんなに拗ねちゃったら彼可哀想よ?」
ニコニコしながらジュディスが隣に寄ってくる
「…ユーリに余計なこと言ったの、ジュディスでしょ?」
呆れ気味に睨めばクスリと笑うだけでまともに答えてくれそうにない
はぁ……と深くため息をつく
「それよりも、彼女と一緒に居て大丈夫なのかしら?」
小声でそう聞いてくる
ちらっと後ろを見るがエステル達はユーリを励ますことで手一杯のようだ
「……さぁ……少なくとも、私が力を使わなければ問題はないって思ってるけど」
前を向き直しながら、小声で答える
正直な所、私にもわからない
「『彼』に怒られるわよ?」
「…解決策は見つけるって言っちゃったからね。しばらくは一緒に行動しないとわからないし、仕方ないって諦めてくれてると思うけどねぇ…」
苦笑いしながら空を見上げる
生憎ながら雲に覆われていて、昼間のあの青い空は見えないが……
今にも雨が降りそうな程暗い空は、何処かフレンの顔を思い出してしまう
……絶対ショックだっただろうなぁ……
「クゥン……」
心配そうにラピードが体を寄せてくる
「…大丈夫だよ、ラピード」
ラピードに顔を向けながら頭を撫でると、嬉しそうに擦り寄ってくる
「ふふ、仲が良いのね、ユーリが妬いてしまうわよ?」
冗談混じりにジュディスは笑うけど、多分それあたってるよ…
だってラピードが後ろ振り向いてフンッって得意気に鼻鳴らしてるし…
そんなこと考えながら歩いていたら、突然後ろから引っ張られた
急な出来事に少し驚いたけど、犯人はわかっていたからそこまで驚かなかった
「……ラピード、お前シアに近寄りすぎ」
後ろから私を抱きしめながら不機嫌そうな声でラピードに言うユーリ
そんなユーリに別にいいだろとでも言いたげな目でラピードは見詰めている
「アリシア……そろそろ機嫌直してあげて…いい加減僕もエステルも疲れたよ……」
隣に近寄って来ながらカロルは頼んでくる
その声は何処か疲れている様子だった
カロルの横に居るエステルもお手上げだと言わんばかりに苦笑いしている
「もう…カロルとエステルを困らせないでよ……」
軽くユーリの頭を小突くが、だってシアが……とブツブツ言って私の首元に顔を埋めてくる
……ねぇ、歩けないんだけど……
「もう……許してあげるから退いてって、雨降ってきちゃうよ?」
結局、私が折れて苦笑いしながら頭を撫でると、顔を上げて嬉しそうに微笑んでくる
本当、単純なんだから……
「うっし!早くヘリオードに行くとしますかっ!」
「あっ!ちょっと!ユーリっ」
私から離れたと思えば、手を引いて小走りで先頭を歩き出す
「えっ!?ユ、ユーリ!!アリシアっ!!待ってくださいっ!!」
「ちょっとユーリっ!置いてかないでよー!!」
「うふふ、元気になるのが早いわね」
「ワフゥン…」
呆れ気味にみんなは追いかけてくる
「もう…調子いいんだから…」
呆れ気味に笑って握っている手を一度緩めて恋人繋ぎにする
そうすれば、嬉しそうに目を細めてその手に軽く力を込めてくる
もう目の前にヘリオードが見えてきていた
「なんか……前に来た時よりも静か…」
ヘリオードについて辺りを見回すが、どう見ても人気がない
確かに開発中の街ではあるけど、前はもっと人がいた気がする
「そう言えば、あれかなぁ…」
「あら、何かあったのかしら?」
「ダングレストで聞いたんだけど、街の建設の仕事がキツすぎて逃げ出す人が多いんだって」
噂でしかないんだけどね、と最後に付け足す
仕事がキツい……ねぇ……
……まさかとは思うけど、昨日星たちが言ってたのってこのこと……?
うーん、でもあの『変人』は関係無さそうだしなぁ…
「ほっとけないって顔してるわね」
ジュディスの声にはっとして顔をあげるが、どうやら私ではなくエステルに言ったようだ
「じゃあ、宿屋に行って作戦会議しよう!」
「だな、エステルのほっとけない病が出ちまったしな」
やれやれとユーリが言うと、だってほっとけないじゃないですかと講義する
エステルも大概お人好しだなぁ、と苦笑いする
早く行こう!とカロルは先に走って行ってしまう
「きっとユーリとギルドを作れて嬉しいんですね」
「カロルの為に作ったわけでもねぇんだけどな」
「あら、少しは考えてあげていたんでしょう?」
ジュディスがそう聞くが、ユーリはさてねぇ?と肩を竦めて、宿屋に向かって歩いていく
ジュディスとエステルもそれに続いて行く
みんなの後を少し距離を置いて歩いていくが、宿屋に入ったのを確認して一人騎士団の詰所に足を向ける
「………ごめん、すぐに戻るから」
誰に告げる訳でもなくボソリと呟いて詰所まで駆け出す
もしかしたら、『あの人』が此処に来ているかもしれない
あの騒動の時、『あの人』の姿は見えなかったから
お兄様の指示で此処に居るかもしれない
……会うのは少々気が引けるが、『あの人』に会うのが一番手っ取り早いだろう
「申し訳ございません……閣下も隊長も、現在不在でして……」
真っ赤な隊服を着た騎士が申し訳なさそうに言ってくる
……読みが外れてしまったみたいだ
「…そう……忙しいところすみませんでした」
「あ、アリシア様!お急ぎの要件でしたらお伝え致しますが…!」
「いえ、急ぎではないし、会えたら聞きたかっただけですから大丈夫です。ありがとう」
引き止めてきた騎士にニコッと笑ってお礼を言ってその場を後にする
「『あの人』が関わっていないってことは……やっぱり勝手にやってる事なのかなぁ…」
うーん、と顎に手を当てながら考える
『あの人』が関係していたのであれば確実にお兄様の仕業だが、こちらに来てないということは、やはり独断でやっている事なのだろう
ただ、カロルの言っていたことが噂でしかない以上、星たちに昨日言われたことと関連付けるわけにはいかない
もしかしたら関係ない別の誰かのせいか、あるいは本当に噂であっただけでそんな事実ないかもしれない
そんなことを考えながら宿屋に戻る最中、広場にあるエレベーターにふと目が止まる
確か、あの先には労働キャンプがあったはずだけど…
前回来た時、見張りの人ってあんなに物々しい雰囲気出してたっけ?
というか、隊服が少し違う気がする
あれはたしか……見習いの
「シアーーっ!?やっと見つけたっ!」
「痛っ!?」
じっとエレベーターの方を見ていたら、突然私を呼ぶ声に続いて頭に痛みがはしる
痛んだ箇所を抑えながら声の聞こえた方を見たら、鬼の形相をしたユーリが立っていた
ユーリの後ろには苦い顔をしたカロルやエステルの姿も見える
……ジュディスがニコニコしていることは少々気になるが、今の問題はそこじゃない
……完全に忘れてた……
「お前なぁ…っ!何度勝手に居なくなんなって言えばわかるんだっ!?」
「あ、あはは………ごめん……いつもの癖でつい……」
普段、一人で色んなところに出掛けていたせいで、気になったら即動いてしまう癖がついてしまっていた
……ユーリ達のことを忘れていたわけでは決してないのだが……
「ったく……頼むから勝手に居なくならないでくれよ……本気で…」
頭に手を当てて項垂れるユーリに、少し申し訳なくなって、ごめん…とも一度謝る
「あ、じゃあアリシアにはペナルティってことで、さっき言ったのやってもらうってどうかな?」
「あら、とてもいい考えね。そうしましょ?」
いい事思いついたと言わんばかりの笑顔を浮かべてジュディスとカロルは言う
エステルは引きつった顔で私に、頑張ってください、と言ってきたが、訳が分からない
「さ、行きましょ?」
「えっ!?あ、ちょっ!?ジュディスっ!?」
頭の中が?だらけのまま、ジュディスに引きずられるように宿屋に連れて行かれる
もうわけわかんないよ……!!!
そんな私を複雑そうな目でユーリが見てたなんて知らなかった
「……で、色気であの騎士を退かせようって話になったわけなのね……」
壁に寄りかかったまま、大きくため息をつく
宿屋について早々ジュディスは装備品屋のおじさんに、男をイチコロにするような服が欲しいとか言い出した
わたわたとおじさんが色々服を見せてくるが、ジュディスといつの間にか来ていたエステルはあーでもない、こーでもないと唸っている
呆気にとられてその様子を見ていると、後から来たカロルとユーリが事の経緯を教えてくれた
どうも労働キャンプに行きたいらしく、その為にあの場に居た騎士を退かせたいらしい
……だからと言って色気はないでしょ……色気は……
飽きれて何も言えなくなる
なんでそんな方向に進んでしまったのだろうか……
「……頭痛い……」
「アリシア…?大丈夫?」
心配そうにカロルが顔を覗いてくるが、頭痛いのはカロルの発言のせいなのだが……
「あっ!これなんか良さそうですよ!」
「そうね、アリシアにぴったりだわ」
嬉しそうな声が聞こえ二人の方を向くが、その笑顔には嫌な予感しかしない
「アリシア!早く着替えましょう!」
「うっ………はいはい……わかりました……」
キラキラと目を輝かせながら言ってくるエステルに断り切れず、項垂れながら渋々2人の後をついて行く
………本当、辞退したいです………
~数分後~
「む、無理無理無理無理っ!!!//////絶対無理っ!//////」
着替えて早々第一声がこれだ
今の私は上は黒いビキニに下は超が付くほどのミニスカ、ニーハイブーツに頭に…何故か猫耳というとんでもない格好になっている
……私の愛刀達はジュディスに没収されました……
いや、無理、この格好で出るとか絶対無理っ!//
「あら、可愛いじゃないの」
「そうですよ!とても似合って居ます!」
ニコニコと二人は褒めてくれるが、全然嬉しくない
全く嬉しくないよ……
「おーい、終わったかぁ?」
「っ!?!!/////」
唐突にユーリの声が聞こえてきて元々少し熱かった顔が、更に顔が熱くなる
「はいっ!!来て大丈夫ですよ!」
「ちょっ!?//エステルっ!!//」
来ていいだなんて私言ってないのに…!////
見られるのが嫌であわあわとしている私にお構い無しにユーリとカロルが来てしまった
「っ!?/////」
「うっわぁ……アリシア…可愛い……!」
私を見た瞬間、ユーリは目を見開いたまま硬直してしまうし、カロルはほんのり頬を赤くさせながら可愛いと言ってくる
……もうやめて……////私が一番恥ずかしから……!!
「さ、アリシア、早く行きましょ?」
「ま、待って……!ほんとにやるの……?!」
私の手を引いて外に出ようとするジュディスに慌てて聞くが、当然ながら当たり前でしょ?と言われてしまう
ユーリの横を通り過ぎる途中で半分涙目になりながら助けを求めるように見詰めるが、完全に石化してて動きそうになかった
こうゆう時頼りにならないんだから…!!
…………いや、でも、考えてみたらこの猫耳がいけないのか…………
……ユーリ、猫好きだからなぁ……
「さ、アリシア、頼んだわよ?」
結界魔導器の後ろに隠れて、もう一度作戦を立てた
と言っても私が騎士をここまで連れて来るってだけなんだけど……
因みにユーリはストーンボトルを掛けたらなんとか動ける程度には治ったらしい
……全く口開かないんだけどね……
「……はぁ……じゃあ行ってくるよ……」
人前に出るのは気が進まないが、動かなければ始まらないのだ
さっさと終わらせて着替えてしまいたい
「アリシア、頑張ってくださいっ!」
エステルから謎の応援を受けて、エレベーターを警護している騎士に近寄る
……もうこうなったらヤケだ
後でユーリに怒られるのが目に見えているが、止めなかった彼も悪い
「ねぇ、そこの騎士様!」
さっきまでの低トーンではなく、いつもの明るい声で話しかける
「ん…?わ、私に御用でしょうか…?」
あからさまに動揺した声で聞き返してくる
……それもそうだよなぁ…と心の中で苦笑する
「……私と楽しいこと、しよ?」
グイッと騎士に近寄って、普段絶対に出さない甘い声で小さく呟く
…ユーリに聞かれたら怒られるし……
「っ!?//い、いえ…!じ、自分はまだに、任務中ですので……っ!///」
「あら…私の相手をしてくださらないの……?」
少し屈んで上目遣いにそう言えば、あっさりとついてきた
……ちょっと騎士団……たるみ過ぎよ……
結界魔導器の脇まで来たところで、陰からユーリが飛び出して来て、鞘の付いたままの愛刀で脇腹に一発入れたと思いきや、右手で思いっきり殴りつける
ガクッと騎士はそのまま倒れ込んでしまった
「悪ぃ、ちと私怨が入っちまったわ」
悪びれる様子もなく右手をひらひらさせながらそう言う
「結局殴り倒しちゃうのね…」
苦笑いしながら倒れた騎士を哀れみの目で見ていると、パサリと私が普段着ている上着を肩にかけられた
「…それ掛けてりゃ、ちょっとはマシだろ?」
少し顔を背けなからユーリは言ってくる
「それで?これからどうするのかしら?」
ジュディスがそう聞くと、ユーリは騎士の兜を外す
そして、その兜を徐ろにカロルに渡す
「ほい、次カロル先生頑張ってな」
「え、えぇっ!?なんで僕っ!?」
ユーリがやってよ!と反発するカロルに、作戦を言い出した張本人はカロルだろ?と言って無理矢理被せる
その間に、ジュディスは気絶した騎士を結界魔導器の後ろに隠す
「うっ……息苦しい…」
「大丈夫だって、すぐ慣れるさ」
身長的に兜を被ることしか出来ないカロルにユーリはそう言うが、ユーリって兜被ったことあったっけ……?
「おいっ!お前こんなとこで何してるんだっ!?」
突然騎士が駆け寄ってきて背筋がひやりとしたが、どうやら彼はカロルに話しかけたらしい
わけも分からないまま、カロルはその騎士に連れて行かれてしまった
「えっと…止めなくてよかったんです…?」
「いや……唐突過ぎて対処出来なかった…」
「とりあえず、後を追いましょ?」
ジュディスがそう言ってカロルの後を追いかけようとする
「ちょい待ち、先に行っててくれ。シア着替えさせてくるわ」
「あ、それもそうですね!アリシア、これお返ししますね」
エステルはそう言って私の愛刀達を返してくれる
「ありがとう、エステル」
「んじゃ、詰所の前で落ち会おうぜ」
そう伝えるなり、ユーリは私の手を引いて宿屋に小走りで向かった
宿屋について、先程着替えるのに借りた部屋に入るなり何故か壁ドンされた
…いや、理由なんてわかっていますよ……
「…シア?オレが言いたいこと、わかるよな?」
私を見詰めてくる真っ黒な瞳には、多少怒りが混じって見える
言葉に詰まっていると、グッと顔を近づけてくる
「あの騎士との距離、近すぎだっつーの、あんなに詰め寄る必要なかったろ?」
「あー……いや……加減がわからなかったっていうか……その場のノリでっていうか……」
顔を背けながら言う
怒りたい気持ちは察しますが、早く着替えさせてください……っ!
「ふーん…その場のノリ、ねぇ?あのまま襲われたらどうするつもりだったんですかねぇ?お嬢さん?」
「そりゃあ、ぶっ飛ばすよ?」
しれっとしてそう言えば、大きくため息をついて私の肩に頭を乗せてくる
露出が高いせいで普段あまり感じないユーリの体温や吐息が、直接肌に触れて気が気でない
「ユ、ユーリ……とりあえずあの……着替えさせて…?」
そう頼むが一向に退く気配がない
どうしようかと思っていたら、不意に昨日付けられた所有印に触れてくる
「っ!?//」
「これ、見られなかったわけ?」
一つずつ付いているのを確かめるように触れながら聞いてくる
「えっ……と……ジュディスにはバレた……」
そう、ジュディスには気づかれてしまった
だからなのか、わざと隠れるように髪を整えてくれた
……もちろん、エステルが見ていないうちにだ
「へぇ…あの騎士には見られてねぇんだ?」
「そ、それはわかんないけど……」
意地悪そうにニヤリと笑うユーリに嫌な予感が頭を過ぎる
「んじゃ、見えるとこに付けといた方がいいか」
そう言うが早いか、昨日と違って鎖骨の見えるような位置にチュッと吸い付いてくる
「んっ……!?ユ、ユーリ…っ!!」
ユーリの顔が離れれば、その場所に赤い花が咲く
「もう…っ!今はこんなことしてる場合じゃ…っ!」
「はっ、こんな格好してるシアを襲うなって方が無理あるぜ」
「好きでこの格好してるわけじゃないっ!!」
そう言って思いっきりユーリの足を蹴る
いや別に嫌だからってわけじゃないのだが…
流石に今の状況を考えてからにして欲しい
「いってぇっ!?」
ユーリが少し離れると同時にすり抜けるように距離をとって、さっさと着替えてしまう
「もう……今はこんなことしてる場合じゃないっていうのに」
愛刀を腰につけながらしゃがんで私がつい先程蹴飛ばした足を摩っているユーリに近づく
顔をあげたユーリの目には少し涙目が溜まっていて、拗ね気味に見上げてきている
「はぁ……とりあえず、今はカロルのとこに行くのが先。わかった?」
渋々と言った感じで頷いたユーリの頬にそっとキスしてあげれば、すぐに機嫌が戻る
……ユーリも案外単純なんだよなぁ……
困った大きなお子様だな…と苦笑いしながら、ユーリを連れて詰所に戻ると、そこには何故かリタまで居た
「あれ?リタ??こんなところで何してるの?」
首を傾げながら聞くと、どうやら労働キャンプに大量の兵装魔導器や武装魔導器が運び込まれていたのを見たらしい
……で、勝手に労働キャンプに行こうとして騎士に捕まったと……
…星たちが言ってたことはこれか……
「それじゃ、さっさと降りてしまいましょ?」
ジュディスの言葉に頷いてエレベーターの近くに来るが、反対側から人影が近づいて来るのが見えた
「隠れろ!」
ユーリの合図で近くの物陰に隠れると、話し声が聞こえてきた
「マイロード、騎士団長の指示に従わなくていいのですか?」
「ふん、そんなの無視でいいね。僕はいずれ騎士団長になる男だよ?君がくれた武器でギルドを潰すのさ」
「イェースイェース、バッド、ドンを侮ってはいけませーん」
「随分肩入れするんだね?」
「彼のことは充分尊敬していまーす、バッドビジネスは別でーす」
「ふふふっ!君は本当に面白いね!ギルドに置いておくのが勿体無いよ!」
「………うっわ……キュモールじゃん……」
二人が降りていった後、ボソリと呟く
星たちが言ってた変人は彼のことだろう
相変わらず気持ち悪い話し方をするやつだ…
「あのトトロヘアー、あたし達に気づいていたわよ」
心外だと言わんばかりに不機嫌そうにエレベーターの方を睨むリタ
顔はよく見えなかったけど……あの変な喋り方……前にお兄様と一緒にいた人によく似ている…
「さて…さっさと降りよう」
エレベーターの方を指さしながら言うユーリに頷いて、私達も労働キャンプへと降りて行った
労働キャンプに降りると、目に入った光景は想像以上に酷かった
疲れてもなお、無理矢理働かされているようにしか見えない人達ばかりだ
「ほらっ!さっさと働きなよっ!お金ならいくらでもあげるさっ!!」
声を張り上げて、嫌味ったらしい笑みを浮かべて鞭を振り回しているキュモールに腹が立つ
…やっぱり、貴族なんてこんなやつばっかりだ
ヨーデル様やエステルみたいな人なんて、ほんの一握りしかいない
ぎゅっと愛刀を握りしめる
…今にでも抜いてしまいそうだ
「……シア、行くぜ?」
ユーリの声に顔をあげると、倒れ込んでしまってる人に今にも鞭を振りかざしそうなキュモールが目に入る
コクンと頷いて地面を勢いよく同時に蹴りあげる
右手だけ刀を抜いてユーリと同時に蒼波刀をキュモール目掛けて放つと、クリーンヒットする
「だっ!誰だっ!?」
驚いたようにキョロキョロと辺りを見回す
「キュモール!今すぐここの人々を解放しなさいっ!」
エステルが声を張り上げて講義するが、世間知らずのお嬢様が…と聞く耳を持ちそうにない
「イエガー!こいつら片付けちゃって!」
「オフコース!ユー達に恨みはありませんが、これもビジネスでーす!」
「はっ!そっちがその気ならやってやるさ!」
イエガーと呼ばれたその男に刀を向けながらユーリは言う
が、戦闘に入りかけたその時
「キュ、キュモール様っ!!フレン隊です!下を調べさせろと押し切られそうです!!」
キュモールの部下が血相を変えて報告しに来た
「くっ…!下町育ちの恥知らずが……!!」
「マイロード、ここは戦略的撤退でーす!ゴーシュ、ドロワット!」
「はいっ、イエガー様っ!」
「すたこらさっさ、逃げろや逃げろ~!」
イエガーが名前を呼ぶとニ人の少女が何処からか現れて煙玉を投げつける
「うわっ!?」
「げほっ!げほっ!」
煙が晴れた頃には姿を眩ませていた
「こんのっ!逃がしてたまるかっ!!」
「アリシアっ!?」
リタの静止も聞かずに出口に向かってラピードと走り出す
追っても無駄かもしれないが、あそこにはフレンが来る
どちらにしても長居は出来ないだろう
「はっ……はぁ……逃げられちゃったね……ラピード」
「クゥン……」
ヘリオードから少し離れたところで足を止めた
やはりもう何処かへ逃げ去ってしまっていた
「……気になるのは、やっぱりあのトトロヘアーかなぁ……」
彼の声は、間違いなくお兄様の元で1度聞いている
もしも、『あの人』じゃなくて彼を使っていたとしたら、やはりヘリオードの一件もお兄様の仕業になる
「ウー…ワンッ!」
「……考えてもわかんないや」
心配そうに見詰めてくるラピードの頭を撫でながら苦笑いする
考えるのは昔から苦手だ
分からないなら、直接聞いてしまえばいい
「シアー!ラピード!」
「あっ、ユーリ!」
追いかけてきたユーリ達に手を振って応える
「アリシア、キュモールは…!?」
「ごめん、逃げられちゃった」
頬を掻きながら苦笑いする
「そっか……でも、仕方ないよ。今は僕達、エステルの依頼をこなさないといけないし、このままトリム港に向かおう」
カロルがそう言うと、ほっておくんですか!?とエステルが反発する
そんなエステルを宥めようとユーリはするが、ジュディスは少しキツい口調で語りかける
「またあなたの意見で凛々の明星の方針が右往左往するのかしら?」
「ジュディス……ちょっと言い方がキツすぎだよ…でも、確かにそうだよね。どこ行ったかもわかんない奴追いかけるよりも、最初の目的果たすべきじゃない?」
言い方はキツイがジュディスの意見には賛同だ
「ちょっと!あたしをほっといて何話進めてんのよ!ちゃんと、わかるように説明しなさいっ!!」
今まで口を挟まなかったリタが怒り気味に言ってくる
それもそうだろうなぁ……
今のこの状況、リタだけ仲間はずれみたいだし……
「そーよそーよ!おっさんにも説明して欲しいわ」
「っ!?」
聞きなれた声に反応して後ろを振り返ると、頭の後ろで手を組んだレイヴンが立っていた
「おっさん…なんでこんなとこにいんだよ?」
不服そうにユーリが聞く
「いやぁ、ドンからの命令でねぇ。立て込んだ話になりそうだから、先にトリム港にでも行かない?」
おどけたようにヘラヘラと笑いながらレイヴンは答える
「そうだね…これからどうするかも決めなきゃだしね!」
「んじゃ、トリム港に向かうとしますかね」
ユーリを先頭にみんなは歩き出す
でも、私は一人足を踏み出せずにいた
………何故、『あの人』がここに居るの?
「ん?アリシアちゃーん!早く来なさいよ!」
おいでおいでと、手招きしてくるレイヴンにゆっくりと近づいて行ってある程度の距離に来たところで短剣を向ける
「……どうゆうこと?なんであなたがここに居るの?」
ギロリと睨みつけると、レイヴンのおどけた顔から『あの人』の顔になる
「……閣下から伝言だ、『次の満月の日の夜、ノードポリカで落ち合おう』」
小声でそう告げてくる
……早速呼び出しがかかるのね……
「……お断りです。当分呼び出さないと言ったのはお兄様よ」
ギロっと睨みつけながらそう答える
「……私的には、従うべきかと」
「あなたの意思なんて知らない。お兄様のお人形みたいに命令ばかりに従って…」
そう言うと、彼は怪訝そうに顔を歪める
「……それは、貴方様も同じでは?」
「なんの意味もなくただ従ってるあなたと同じにしないで。…私は守りたい人達のためにやってるの。……ただの自己満足でもね」
皮肉を込めてそう言うと、『彼』は口を噤む
一緒にされるのは嫌だった
少なくとも、私には意志がある
……ただお兄様に従う彼とは違う
……そう、思う
…いや、違う…
…私は…そう『思いたい』んだ
ただお兄様に従うだけの『お人形』だと、思いたくないんだ
「…………余計なことしようとしたら、本気で刺すからね?」
突きつけていた短剣を仕舞いながら再度睨んで、前方に居るユーリの元に半分逃げるように走り出す
……お願い、何事もなくこの旅が終わって欲しい
……そんなの、無理かもしれないけど……
……ううん、『かも』じゃない……
多分、それは無理だろう
私の力を使おうとしていたこと
それを、エステルの力に変更したこと
ヘリオード、そして、ダングレストの野営地で少し見えた書類……
……そして、『あれ』の位置が記された本………
完全な計画まではわからない
けど、良くないことをしようとしているのは明確だ
……それでも、こんなに信じざるおえない証拠が揃っているのに
まだ、そんなことないって、信じたくない自分がいる
お兄様なら……そんなこと、しないって……
そう信じたい、自分がいる
まだ見えぬ星たちに、縋るように何事もないようにと祈りながら、私は足を進めた