第1部〜水道魔導器魔核奪還編〜
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正義と悪と…
ユーリが竜使いと一緒に行ってしまってから半日…
ダングレストにはお兄様もやって来ていた
ラゴウは保護という形で騎士団に捕えられた
そして、私はというと『あの人』が倒れたことをお兄様に伝えたらしく、ユーリを助けに向かったフレン達に付いて行けず……
現在、大嫌いなお兄様と騎士団のテントで待機中です……
まぁどちらにせよ、左足を怪我してるから行けなかったんだけどね…
「はぁ……まったく、そんなに私と居るのが嫌か?」
ため息を付きながら書類を片付けていたお兄様が聞いてくる
「……いつも言ってるじゃないですか…大嫌いだと」
睨みながらそう伝えるが、まったく効果は無さそうだ
もう一度ため息をつくと、また書類の山に目を戻す
……本当、ここに居たくないよ……
沈黙の時間がしばらく続いたが、不意にお兄様がまた声を掛けてきた
「……そう言えば、エステリーゼ様には何も動きがなかったのだな?」
「……『あの人』から連絡受けてるんじゃないの?」
「あぁ、受けたとも。だが、お前の口から聞きたいのだ」
「……特に何も……怪我してる人見ると脱兎の如く駆け寄って治癒してるくらい……」
「そうか」
その時、ふと始祖の隷長のことを思い出した
……言って置かないとまたあとが面倒になるか……
「……そういえば、始祖の隷長の方が騒ぎ始めてるみたいですよ…」
嫌々そう呟くと、書類を捲る音が止まった
「…始祖の隷長が、か?」
「エステルに力を使わせるなって」
「……ふむ……なるほどな……」
それだけ呟くと再び書類を捲る音が聞こえる
軽くため息をついてテントの入口を見る
ユーリが帰ってきたらフレンが真っ先に知らせに来る約束だが、未だにその気配はない
「…………ふぅ……さて、アリシアよ」
ぼーっと入口を見詰めていると、不意に呼ばれて嫌々顔をお兄様に向ける
「奴からの連絡にあったが、もう大丈夫なのか?」
「……大丈夫です。何も問題ありませんよ」
そう言ってまた入口に目線を戻す
そんなことよりも、私にはユーリの方が気になる
ガタッと音が聞こえてもう一度お兄様の方に目を戻そうとしたが、その前に視界が少し暗くなる
油断していて咄嗟に逃げることが出来ずに、また脇腹を触られる
少し痛みがはしるが、前回程じゃない
ほんの少し顔を歪めると、納得したようにすぐ離れた
「なるほどな、前回よりもマシにはなっているようだな」
ニヤッとすると、再び元の場所に戻る
「さて……今回の仕事はこれで終わりでいい。エステリーゼ様はこのまま帝都にお連れするからな」
「……っ!!本当……に?」
嬉しさ半分、寂しさ半分で聞く
エステルが帝都に戻れば私の仕事は終わり、もう嫌な思いをしなくて済む
でも、それはつまり、エステルと旅がもう出来なくなることと同義なわけで……それは寂しかった
「あぁ、本当だ」
「……そう……」
「当分はお前に頼み事は何もせんよ。徴収もさせん」
「……わかったわ」
軽く目を閉じて深呼吸して、また入口を見詰める
「……それと、だ」
何かを思い出したようにお兄様は口を開いた
「今回のエステリーゼ様の件以外であれば話しても構わん。税の徴収について言わなければな」
その言葉に驚いてお兄様の方を振り向く
その顔には、昔大好きだった笑顔が浮かんでいた
「相当思いつめた顔で過ごしていたようだからな、これからもそんな顔で過ごされてはやりにくくなるだろう?」
「…………ありがとう…………」
小声で呟いてまた背を向ける
……きっと、これはお兄様なりの優しさのつもりなのだろう……
フレンが来るのを待ちながらずっと考えた
確かに下町の人達は守れたけど、これではエステルを守れていない
……私の大事な、新しい友達……
彼女を守れないのが悔しい
奥歯を思い切り噛み締める
……ごめんなさい……エステル………私………本当に無力だ………
……守りたいのに、守れない……
これじゃあ……ユーリやフレンよりも何もしていないのと同じだ………
本当は今すぐにでも、傍に居るこの人を殴ってしまいたい
斬り殺してしまいたいくらい、憎い
…………それでも、それをする勇気がない………
…………いや、勇気がないんじゃないや…………
心の何処かでまだ……私は…………
ーーーこの人を、アレクセイのことを『兄』として慕っているんだーーー
……きっと、考え直してくれるって……
……昔の様に、優しい兄に戻ってくれるって……
……そんな、淡い期待をしているのかもしれない……
私のそんな願いは、すぐに打ち砕かれてしまうことに、まだ気づかなかった
「閣下、フレン小隊長が戻りました」
考え事をしていると、外から兵の呼び声が聞こえて来た
「…わかった、通してくれて構わない」
「…失礼致します」
そう言って、難しい顔をしたフレンが入って来た
「首尾の方はどうだった?」
「……首謀者のバルボスは歯車の楼閣から飛び降りて……死亡を確認しました」
捕まえられなかったことが悔しいのか、顔を少し歪めながら報告する
……自殺……か……
そんな幕引きも珍しくはないだろう
「……そうか……ご苦労だった。私は一度ヘリオードへと戻る。ラゴウ殿のことは任せたぞ」
「はっ!」
お兄様に敬礼して、チラッと私を見る
「……アリシアも連れて行ってやってくれ」
少し嫌そうな口調でそう言う
「わかりました。……行こう、アリシア」
コクンと頷いてフレンについてテントから出る
「さてと…一度ダングレストに戻ろうか」
「…ん、そうだね!」
ニッと笑ってそう答える
すると、フレンは歩き出す
その隣を一緒に歩く
「まったく、さっきまで世界の終わりみたいな顔をしていたのに、騎士団長と離れた途端元気になるんだから」
苦笑いしながらそう言ってくる
「む、嫌でも半日も一緒に居たんだから褒めてよ!」
むすっとしてそう言う
「はいはい、偉い偉い」
子どもをあやす様に頭を撫でながら言ってくる
子ども扱いなのは腑に落ちないが、こうしてもらえるのは素直に嬉しいから思わず目を細める
……うん、やっぱり騎士のフレンよりこっちのフレンの方が好きだ
「あーぁ、フレンがいつもこうだったらいーのに」
半分嫌味を込めながら悪戯っぽく笑うと、少し不機嫌そうに顔を歪める
「その言い方はないだろう?僕だって、好きでやってる事ばかりじゃないんだから」
「ふふっ、知ってるよ、そんなこと」
クスクス笑うと撫でてきていた手が離れて、ぎゅっと軽く頬をつねられる
「いっ!?ふれんっ!いふぁいっへばっ!」(フレンっ!痛いってばっ!)
「アリシアが茶化すからだろう?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる
……ユーリもフレンも、人をいじる時はすごくいい笑顔を浮かべるよなぁ……
「ほぉめんっへはっ!!もういわないっへっ!」(ごめんってばっ!!もう言わないって!)
「ふっ、わかったよ」
クスクス笑いながら手を離す
「っあ~っ!!いったかったぁ……」
つねられていた頬を擦りながら言う
痛みで少し目に涙が溜まりかけていた
……覚えててよね……フレン……
そのフレンは隣でクスクスと未だに笑っている
…笑いすぎて目に涙溜まってきてるし……
他愛のない会話をしながら歩いていると、ようやくダングレストについた
「さてと…まだ仕事があるから、僕は行くね」
「ん、わかった、ありがとうフレン」
宿屋の前まで私を送ると、そのまま集まっていた騎士達の元へ行ってしまった
さてこれかどうするか…
うーん……っと唸って居ると、近くに『あの人』の気配がした
「……あの人の所に居たんじゃないのか?」
「……今戻って来たところよ。それよりも、何の用?」
「…………もう少ししたらあいつらも着くだろう。そのままそこに居てやれ」
その言葉を最後に気配が消えた
……一体なんだというのだ……
「あっ!アリシアっ!!」
カロルの声が聞こえてその方向を見ると、手をみんなが私の方に向かって来てるのが見えた
「おかえり、みんな」
「アリシア、大丈夫でしたか?」
「まーたあの偽兄貴と喧嘩してないわよねっ!?」
心配そうにリタが物凄い剣幕で詰め寄ってくる
「だ、大丈夫だって、今回は何も喧嘩してないよ」
思わず苦笑いしながらそう答えると本当にっ!?と、何度も確認してくる
「おい、リタ…そんなに詰め寄って聞いたってシアが困るだろ…」
「わっ!?」
呆れ気味なユーリの声が聞こえたと思えば、リタから離されるように腕を引っ張られた
私を引っ張ったのはもちろんユーリだ
「悪ぃシア、戻んの遅くなったわ」
苦笑いしながら謝ってくる
別に怒ってないんだけどなぁ…
「ん、いいよ別に。不満があるとすれば、あの人にだからさ」
はぁっとため息をつきながら言う
「とりあえずさ、宿屋で休もう?」
カロルの提案にみんな頷いて、宿屋の中へと入って行った
部屋を借りて歯車の楼閣であったことを聞いた
クリティア族の女性のことや、バルボスのこと……
……ユーリが最後にとてつもなく縁起の悪いことを言われたことには、少々腹が立ったが……
そんな話をしていると、外側騒がしくなった
何事かと、カロルが様子を見に行って、数分も経たないうちに血相を変えて戻ってきた
「カロル?どうしたの?」
「き、聞いてっ!!ラゴウが…ラゴウがっ!罪をまぬがれたって!!」
それを聞いてベットから勢いよく立ち上がる
「……笑えねぇ冗談だな」
普段滅多に見せないような、怒りのこもった顔でユーリは言う
「本当だって!街中その話で大騒ぎだよ!!」
「私……っ!アレクセイに抗議して来ます…っ!!」
「あっ!エステル、待ちなさいっ!」
飛び出したエステルを追いかけるように、リタも部屋を飛び出す
ユーリは一人、自分の手を見詰めてじっとしている
……きっと、ユーリが考えていることは、私と同じ……
でも、ユーリには背負わせたくない
「……私、ちょっと出掛けるね」
そう言うと、返事も聞かずにその場を離れる
一人宿屋を出て、空を見上げる
もう、星が瞬き始める時間になっていた
「………ねぇ、みんな………『また』やってはいけない事をする私を許して……」
語りかけるわけでもなく呟いてゆっくり目を閉じて深呼吸する
『………彼は今晩、あの長い橋の上に来るはずよ』
ベガの言葉に目をあけて、その場所に走り出す
「……ありがとう、ベガ」
きっとシリウスは怒るだろう
アリオトも、私を叱るだろう
………ユーリや、フレンだって………
みんな、怒るだろう
それでも、もう我慢も限界だった
……これ以上、あいつの行動を許しては行けない
懐から、お兄様に危ない仕事を任された時に使っている真っ黒なローブを取り出して羽織る
そして、暗くなった街の中に、姿を消した
橋の中央で待って、どれだけ経っただろうか
不意に街の方から人の声が聞こえてきた
顔を見なくてもわかる、聞き慣れた、私が待っていた人の声だ
付きの者が二人程居るみたいだが、そんなこと関係ない
まだこちらに気づいていないようだから、静かに、そっと、素早く近寄る
「!?だ、誰」
言葉を言い切る前にその男を斬る
継いで、隣に居た男も迷わずに斬る
ボチャンッと音を立てて、二人共川に落ちた
「なっ!?ななっ!?だ、誰なのですかっ!?」
突然の出来事に驚いて、腰を抜かしたのか、地面にへたりこんで聞いてくる
「……私は忠告した筈ですよ。いつか法を侵すような事をしてでも、絶対にその座から引きずり落としてあげますよ……と」
被っていたフードを脱ぎながら告げると、驚いたような、それでいて恐怖に満ちた声が聞こえる
「あ、ああっ!あなたは……っ!!」
「…あなたはやり過ぎたんですよ、ラゴウ殿」
表情を変えずに、ただ剣を向けて見下ろす
「た、たたっ……たすけっ……!!」
そういいながら逃げようと背を向けたラゴウに剣を振りかざす
助けを求めるように伸ばされていた手が空を切って落ちる
それと同時にラゴウの体は川に落ちた
剣についた血を払って、鞘に納めてから橋の淵の近くまで行って、ただ黙って川を見下ろす
ラゴウの姿が見えないのを確認して、空を見上げる
真っ暗な空に瞬く星たちは、どこか寂しそうな輝きを放っている
……本当は話しかけてきたいのだろう
それをしないのは、彼らなりの気遣いなのか……
……あるいは……
「……シア……」
……傍に『彼』が居たからか……
ゆっくりと、声の聞こえた方向に顔を向ければ、寂しそうな顔をしたユーリが居るのが見える
今の状況を見ていたのか、あるいは私の表情や姿から察しがついたのか……
「……ユーリ……」
名前を呼べば傍に来てぎゅっと抱きしめられる
「………なんでお前がなんだよ………」
つらそうな声で聞いてくる
『何が』と、までは言わない
…それだけで、彼が私がラゴウを殺したことを知っていることがわかる
「……我慢出来なかった、これ以上、見過ごすことなんて出来なかった……ただ、それだけ」
いつもよりも低めのトーンで話す
…そう、我慢出来なかった
でも、それだけじゃない
「っ!!それでも…お前じゃなくてもよかっただろっ!?」
抱きしめていた私の体を離して、腕を掴みながら声を荒らげる
いつになく真剣で、今にも泣きそうな顔をしている
そんな顔を見たくなくて、目線を反らせてから口を開いた
「…………私が殺らなかったら、ユーリが殺っていたでしょ?」
そう言えば、驚いたように目を見開く
そして、気まづそうに俯く
図星だったのだろう
「……私は、ユーリにはここまで堕ちて来て欲しくない」
握りしめた両手に力が入る
「オレ…『には』?」
何かに気づいたように聞き返してくる
顔を背けたまま黙り込む
察しのいいユーリならきっとこの言葉の意味に気づいただろう
沈黙が続いていると、不意に薄い雲に隠れていた満月が姿を表す
月明かりに照らされて、昼間程ではないだろうが辺りが明るくなる
「っ!?シア……そのローブ…っ!」
『絶句』、その言葉が相応しいかもしれない
私が羽織っているローブを見て唖然とする
それもそうだ、このローブについた返り血は、『今日の』だけじゃない
鮮明に見える赤は今日のものだが、ところどころ黒ずんだ赤も見えるだろう
黒いローブでも、わかるくらいに
「……………今日が初めてじゃない」
ゆっくり口を開く
「……は……?」
「…数こそ多くないけど、初めてじゃない」
『初めてじゃない』その言葉を強く繰り返す
「シア……お前、まさかっ!」
「……お兄様から頼まれた時、ごく稀にだけど手を染めたことはあった。頼まれた回数よりも受けた回数の方が断然少ないけど、それでも手を染めたことに変わりはない」
「なん…で……」
「……断れない理由があった、それしか言えない……でも、もうしない」
背けていた顔を向け直して、しっかりとユーリの目を見て答える
寂しそうな表情のまま、ユーリはじっと私を見つめ返したと思ったらまた抱きしめられる
「…………いいのかよ、言っちまって」
絞り出したような声でただそれだけ聞いてくる
ユーリなりに考えて聞いた言葉なんだろう
「…言っていいって言ったのはあの人だし、それにこの姿見られたら隠せないよ……話すつもりはなかったけど」
苦笑いしながらそう答える
そう、言うつもりはなかった
……言えるわけが無い
血に染まってしまっている事なんて……
「……なぁシア、その罪、オレに半分背負わせてくれよ」
「…………え………?」
驚いて顔を上げると、寂しそうに笑いながらユーリは見下ろしている
「駄目か?」
そっと頬を撫でながら聞いてくる
「でも……っ!私……」
「アレクセイに無理やりやらされてたんだろ?それに、オレやフレンにどっかでこっそり話そうとしてただろ」
その言葉にギクッと肩が上がる
全くもってその通りだ
幾度となく、話そうと本気で考えた
「シアは何も悪くない。オレはお前の手が汚れてるだなんて思わねぇよ」
ニッと笑いながらそう言ってくれる
「……ずるいよね……ユーリは……欲しい言葉をそのままくれるんだから…」
苦笑いしてそっと抱きつく
「ははっ、オレは思ったことを言っただけさ
……お前一人に背負わせたりしねぇよ。それに、近くで見てたんだからオレも共犯だろ?」
「ふふ…っそれもそうだね」
クスクスと二人揃って笑い出す
ようやく話せたことで少しだけ心が軽くなった気がする
まだ言いたいことはあるにしろ、少しは気が楽になった
手に残った人を斬る感覚はしばらく消えないだろうけど、ユーリが傍に居てくれる
私がやってしまったことを、受け入れてくれた
受け入れて、それでも傍に居てくれると、言ってくれた
………………それだけでいい
ただ、それだけで……………
『アリシア、大丈夫そうだね』
『あぁ、彼が居れば大丈夫だろう』
『よかった…!』
空に瞬く星たちは二人を見下ろしながら安堵の息を吐く
まだ他にも伝えたいことはあるだろうが、今はもう大丈夫だろう
『…でも、まだ心配だよね…』
『始祖の隷長達のこと…だな』
『……君主が動き出したようですしね……』
彼らは喜ぶ反面、まだまだ心配事が耐えない
あの騎士団長が何をしでかすかわからない
普段ずっと城かヘリオードの騎士団詰所に引き篭もっているから、夜になっても何をしているか観察が出来ない
『…何も無いことを祈るしかない…』
その言葉に、彼らは頷くしかなかった……
ーーーゆっくりと、でも、徐々に歯車は周り出していたーーー
ユーリが竜使いと一緒に行ってしまってから半日…
ダングレストにはお兄様もやって来ていた
ラゴウは保護という形で騎士団に捕えられた
そして、私はというと『あの人』が倒れたことをお兄様に伝えたらしく、ユーリを助けに向かったフレン達に付いて行けず……
現在、大嫌いなお兄様と騎士団のテントで待機中です……
まぁどちらにせよ、左足を怪我してるから行けなかったんだけどね…
「はぁ……まったく、そんなに私と居るのが嫌か?」
ため息を付きながら書類を片付けていたお兄様が聞いてくる
「……いつも言ってるじゃないですか…大嫌いだと」
睨みながらそう伝えるが、まったく効果は無さそうだ
もう一度ため息をつくと、また書類の山に目を戻す
……本当、ここに居たくないよ……
沈黙の時間がしばらく続いたが、不意にお兄様がまた声を掛けてきた
「……そう言えば、エステリーゼ様には何も動きがなかったのだな?」
「……『あの人』から連絡受けてるんじゃないの?」
「あぁ、受けたとも。だが、お前の口から聞きたいのだ」
「……特に何も……怪我してる人見ると脱兎の如く駆け寄って治癒してるくらい……」
「そうか」
その時、ふと始祖の隷長のことを思い出した
……言って置かないとまたあとが面倒になるか……
「……そういえば、始祖の隷長の方が騒ぎ始めてるみたいですよ…」
嫌々そう呟くと、書類を捲る音が止まった
「…始祖の隷長が、か?」
「エステルに力を使わせるなって」
「……ふむ……なるほどな……」
それだけ呟くと再び書類を捲る音が聞こえる
軽くため息をついてテントの入口を見る
ユーリが帰ってきたらフレンが真っ先に知らせに来る約束だが、未だにその気配はない
「…………ふぅ……さて、アリシアよ」
ぼーっと入口を見詰めていると、不意に呼ばれて嫌々顔をお兄様に向ける
「奴からの連絡にあったが、もう大丈夫なのか?」
「……大丈夫です。何も問題ありませんよ」
そう言ってまた入口に目線を戻す
そんなことよりも、私にはユーリの方が気になる
ガタッと音が聞こえてもう一度お兄様の方に目を戻そうとしたが、その前に視界が少し暗くなる
油断していて咄嗟に逃げることが出来ずに、また脇腹を触られる
少し痛みがはしるが、前回程じゃない
ほんの少し顔を歪めると、納得したようにすぐ離れた
「なるほどな、前回よりもマシにはなっているようだな」
ニヤッとすると、再び元の場所に戻る
「さて……今回の仕事はこれで終わりでいい。エステリーゼ様はこのまま帝都にお連れするからな」
「……っ!!本当……に?」
嬉しさ半分、寂しさ半分で聞く
エステルが帝都に戻れば私の仕事は終わり、もう嫌な思いをしなくて済む
でも、それはつまり、エステルと旅がもう出来なくなることと同義なわけで……それは寂しかった
「あぁ、本当だ」
「……そう……」
「当分はお前に頼み事は何もせんよ。徴収もさせん」
「……わかったわ」
軽く目を閉じて深呼吸して、また入口を見詰める
「……それと、だ」
何かを思い出したようにお兄様は口を開いた
「今回のエステリーゼ様の件以外であれば話しても構わん。税の徴収について言わなければな」
その言葉に驚いてお兄様の方を振り向く
その顔には、昔大好きだった笑顔が浮かんでいた
「相当思いつめた顔で過ごしていたようだからな、これからもそんな顔で過ごされてはやりにくくなるだろう?」
「…………ありがとう…………」
小声で呟いてまた背を向ける
……きっと、これはお兄様なりの優しさのつもりなのだろう……
フレンが来るのを待ちながらずっと考えた
確かに下町の人達は守れたけど、これではエステルを守れていない
……私の大事な、新しい友達……
彼女を守れないのが悔しい
奥歯を思い切り噛み締める
……ごめんなさい……エステル………私………本当に無力だ………
……守りたいのに、守れない……
これじゃあ……ユーリやフレンよりも何もしていないのと同じだ………
本当は今すぐにでも、傍に居るこの人を殴ってしまいたい
斬り殺してしまいたいくらい、憎い
…………それでも、それをする勇気がない………
…………いや、勇気がないんじゃないや…………
心の何処かでまだ……私は…………
ーーーこの人を、アレクセイのことを『兄』として慕っているんだーーー
……きっと、考え直してくれるって……
……昔の様に、優しい兄に戻ってくれるって……
……そんな、淡い期待をしているのかもしれない……
私のそんな願いは、すぐに打ち砕かれてしまうことに、まだ気づかなかった
「閣下、フレン小隊長が戻りました」
考え事をしていると、外から兵の呼び声が聞こえて来た
「…わかった、通してくれて構わない」
「…失礼致します」
そう言って、難しい顔をしたフレンが入って来た
「首尾の方はどうだった?」
「……首謀者のバルボスは歯車の楼閣から飛び降りて……死亡を確認しました」
捕まえられなかったことが悔しいのか、顔を少し歪めながら報告する
……自殺……か……
そんな幕引きも珍しくはないだろう
「……そうか……ご苦労だった。私は一度ヘリオードへと戻る。ラゴウ殿のことは任せたぞ」
「はっ!」
お兄様に敬礼して、チラッと私を見る
「……アリシアも連れて行ってやってくれ」
少し嫌そうな口調でそう言う
「わかりました。……行こう、アリシア」
コクンと頷いてフレンについてテントから出る
「さてと…一度ダングレストに戻ろうか」
「…ん、そうだね!」
ニッと笑ってそう答える
すると、フレンは歩き出す
その隣を一緒に歩く
「まったく、さっきまで世界の終わりみたいな顔をしていたのに、騎士団長と離れた途端元気になるんだから」
苦笑いしながらそう言ってくる
「む、嫌でも半日も一緒に居たんだから褒めてよ!」
むすっとしてそう言う
「はいはい、偉い偉い」
子どもをあやす様に頭を撫でながら言ってくる
子ども扱いなのは腑に落ちないが、こうしてもらえるのは素直に嬉しいから思わず目を細める
……うん、やっぱり騎士のフレンよりこっちのフレンの方が好きだ
「あーぁ、フレンがいつもこうだったらいーのに」
半分嫌味を込めながら悪戯っぽく笑うと、少し不機嫌そうに顔を歪める
「その言い方はないだろう?僕だって、好きでやってる事ばかりじゃないんだから」
「ふふっ、知ってるよ、そんなこと」
クスクス笑うと撫でてきていた手が離れて、ぎゅっと軽く頬をつねられる
「いっ!?ふれんっ!いふぁいっへばっ!」(フレンっ!痛いってばっ!)
「アリシアが茶化すからだろう?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる
……ユーリもフレンも、人をいじる時はすごくいい笑顔を浮かべるよなぁ……
「ほぉめんっへはっ!!もういわないっへっ!」(ごめんってばっ!!もう言わないって!)
「ふっ、わかったよ」
クスクス笑いながら手を離す
「っあ~っ!!いったかったぁ……」
つねられていた頬を擦りながら言う
痛みで少し目に涙が溜まりかけていた
……覚えててよね……フレン……
そのフレンは隣でクスクスと未だに笑っている
…笑いすぎて目に涙溜まってきてるし……
他愛のない会話をしながら歩いていると、ようやくダングレストについた
「さてと…まだ仕事があるから、僕は行くね」
「ん、わかった、ありがとうフレン」
宿屋の前まで私を送ると、そのまま集まっていた騎士達の元へ行ってしまった
さてこれかどうするか…
うーん……っと唸って居ると、近くに『あの人』の気配がした
「……あの人の所に居たんじゃないのか?」
「……今戻って来たところよ。それよりも、何の用?」
「…………もう少ししたらあいつらも着くだろう。そのままそこに居てやれ」
その言葉を最後に気配が消えた
……一体なんだというのだ……
「あっ!アリシアっ!!」
カロルの声が聞こえてその方向を見ると、手をみんなが私の方に向かって来てるのが見えた
「おかえり、みんな」
「アリシア、大丈夫でしたか?」
「まーたあの偽兄貴と喧嘩してないわよねっ!?」
心配そうにリタが物凄い剣幕で詰め寄ってくる
「だ、大丈夫だって、今回は何も喧嘩してないよ」
思わず苦笑いしながらそう答えると本当にっ!?と、何度も確認してくる
「おい、リタ…そんなに詰め寄って聞いたってシアが困るだろ…」
「わっ!?」
呆れ気味なユーリの声が聞こえたと思えば、リタから離されるように腕を引っ張られた
私を引っ張ったのはもちろんユーリだ
「悪ぃシア、戻んの遅くなったわ」
苦笑いしながら謝ってくる
別に怒ってないんだけどなぁ…
「ん、いいよ別に。不満があるとすれば、あの人にだからさ」
はぁっとため息をつきながら言う
「とりあえずさ、宿屋で休もう?」
カロルの提案にみんな頷いて、宿屋の中へと入って行った
部屋を借りて歯車の楼閣であったことを聞いた
クリティア族の女性のことや、バルボスのこと……
……ユーリが最後にとてつもなく縁起の悪いことを言われたことには、少々腹が立ったが……
そんな話をしていると、外側騒がしくなった
何事かと、カロルが様子を見に行って、数分も経たないうちに血相を変えて戻ってきた
「カロル?どうしたの?」
「き、聞いてっ!!ラゴウが…ラゴウがっ!罪をまぬがれたって!!」
それを聞いてベットから勢いよく立ち上がる
「……笑えねぇ冗談だな」
普段滅多に見せないような、怒りのこもった顔でユーリは言う
「本当だって!街中その話で大騒ぎだよ!!」
「私……っ!アレクセイに抗議して来ます…っ!!」
「あっ!エステル、待ちなさいっ!」
飛び出したエステルを追いかけるように、リタも部屋を飛び出す
ユーリは一人、自分の手を見詰めてじっとしている
……きっと、ユーリが考えていることは、私と同じ……
でも、ユーリには背負わせたくない
「……私、ちょっと出掛けるね」
そう言うと、返事も聞かずにその場を離れる
一人宿屋を出て、空を見上げる
もう、星が瞬き始める時間になっていた
「………ねぇ、みんな………『また』やってはいけない事をする私を許して……」
語りかけるわけでもなく呟いてゆっくり目を閉じて深呼吸する
『………彼は今晩、あの長い橋の上に来るはずよ』
ベガの言葉に目をあけて、その場所に走り出す
「……ありがとう、ベガ」
きっとシリウスは怒るだろう
アリオトも、私を叱るだろう
………ユーリや、フレンだって………
みんな、怒るだろう
それでも、もう我慢も限界だった
……これ以上、あいつの行動を許しては行けない
懐から、お兄様に危ない仕事を任された時に使っている真っ黒なローブを取り出して羽織る
そして、暗くなった街の中に、姿を消した
橋の中央で待って、どれだけ経っただろうか
不意に街の方から人の声が聞こえてきた
顔を見なくてもわかる、聞き慣れた、私が待っていた人の声だ
付きの者が二人程居るみたいだが、そんなこと関係ない
まだこちらに気づいていないようだから、静かに、そっと、素早く近寄る
「!?だ、誰」
言葉を言い切る前にその男を斬る
継いで、隣に居た男も迷わずに斬る
ボチャンッと音を立てて、二人共川に落ちた
「なっ!?ななっ!?だ、誰なのですかっ!?」
突然の出来事に驚いて、腰を抜かしたのか、地面にへたりこんで聞いてくる
「……私は忠告した筈ですよ。いつか法を侵すような事をしてでも、絶対にその座から引きずり落としてあげますよ……と」
被っていたフードを脱ぎながら告げると、驚いたような、それでいて恐怖に満ちた声が聞こえる
「あ、ああっ!あなたは……っ!!」
「…あなたはやり過ぎたんですよ、ラゴウ殿」
表情を変えずに、ただ剣を向けて見下ろす
「た、たたっ……たすけっ……!!」
そういいながら逃げようと背を向けたラゴウに剣を振りかざす
助けを求めるように伸ばされていた手が空を切って落ちる
それと同時にラゴウの体は川に落ちた
剣についた血を払って、鞘に納めてから橋の淵の近くまで行って、ただ黙って川を見下ろす
ラゴウの姿が見えないのを確認して、空を見上げる
真っ暗な空に瞬く星たちは、どこか寂しそうな輝きを放っている
……本当は話しかけてきたいのだろう
それをしないのは、彼らなりの気遣いなのか……
……あるいは……
「……シア……」
……傍に『彼』が居たからか……
ゆっくりと、声の聞こえた方向に顔を向ければ、寂しそうな顔をしたユーリが居るのが見える
今の状況を見ていたのか、あるいは私の表情や姿から察しがついたのか……
「……ユーリ……」
名前を呼べば傍に来てぎゅっと抱きしめられる
「………なんでお前がなんだよ………」
つらそうな声で聞いてくる
『何が』と、までは言わない
…それだけで、彼が私がラゴウを殺したことを知っていることがわかる
「……我慢出来なかった、これ以上、見過ごすことなんて出来なかった……ただ、それだけ」
いつもよりも低めのトーンで話す
…そう、我慢出来なかった
でも、それだけじゃない
「っ!!それでも…お前じゃなくてもよかっただろっ!?」
抱きしめていた私の体を離して、腕を掴みながら声を荒らげる
いつになく真剣で、今にも泣きそうな顔をしている
そんな顔を見たくなくて、目線を反らせてから口を開いた
「…………私が殺らなかったら、ユーリが殺っていたでしょ?」
そう言えば、驚いたように目を見開く
そして、気まづそうに俯く
図星だったのだろう
「……私は、ユーリにはここまで堕ちて来て欲しくない」
握りしめた両手に力が入る
「オレ…『には』?」
何かに気づいたように聞き返してくる
顔を背けたまま黙り込む
察しのいいユーリならきっとこの言葉の意味に気づいただろう
沈黙が続いていると、不意に薄い雲に隠れていた満月が姿を表す
月明かりに照らされて、昼間程ではないだろうが辺りが明るくなる
「っ!?シア……そのローブ…っ!」
『絶句』、その言葉が相応しいかもしれない
私が羽織っているローブを見て唖然とする
それもそうだ、このローブについた返り血は、『今日の』だけじゃない
鮮明に見える赤は今日のものだが、ところどころ黒ずんだ赤も見えるだろう
黒いローブでも、わかるくらいに
「……………今日が初めてじゃない」
ゆっくり口を開く
「……は……?」
「…数こそ多くないけど、初めてじゃない」
『初めてじゃない』その言葉を強く繰り返す
「シア……お前、まさかっ!」
「……お兄様から頼まれた時、ごく稀にだけど手を染めたことはあった。頼まれた回数よりも受けた回数の方が断然少ないけど、それでも手を染めたことに変わりはない」
「なん…で……」
「……断れない理由があった、それしか言えない……でも、もうしない」
背けていた顔を向け直して、しっかりとユーリの目を見て答える
寂しそうな表情のまま、ユーリはじっと私を見つめ返したと思ったらまた抱きしめられる
「…………いいのかよ、言っちまって」
絞り出したような声でただそれだけ聞いてくる
ユーリなりに考えて聞いた言葉なんだろう
「…言っていいって言ったのはあの人だし、それにこの姿見られたら隠せないよ……話すつもりはなかったけど」
苦笑いしながらそう答える
そう、言うつもりはなかった
……言えるわけが無い
血に染まってしまっている事なんて……
「……なぁシア、その罪、オレに半分背負わせてくれよ」
「…………え………?」
驚いて顔を上げると、寂しそうに笑いながらユーリは見下ろしている
「駄目か?」
そっと頬を撫でながら聞いてくる
「でも……っ!私……」
「アレクセイに無理やりやらされてたんだろ?それに、オレやフレンにどっかでこっそり話そうとしてただろ」
その言葉にギクッと肩が上がる
全くもってその通りだ
幾度となく、話そうと本気で考えた
「シアは何も悪くない。オレはお前の手が汚れてるだなんて思わねぇよ」
ニッと笑いながらそう言ってくれる
「……ずるいよね……ユーリは……欲しい言葉をそのままくれるんだから…」
苦笑いしてそっと抱きつく
「ははっ、オレは思ったことを言っただけさ
……お前一人に背負わせたりしねぇよ。それに、近くで見てたんだからオレも共犯だろ?」
「ふふ…っそれもそうだね」
クスクスと二人揃って笑い出す
ようやく話せたことで少しだけ心が軽くなった気がする
まだ言いたいことはあるにしろ、少しは気が楽になった
手に残った人を斬る感覚はしばらく消えないだろうけど、ユーリが傍に居てくれる
私がやってしまったことを、受け入れてくれた
受け入れて、それでも傍に居てくれると、言ってくれた
………………それだけでいい
ただ、それだけで……………
『アリシア、大丈夫そうだね』
『あぁ、彼が居れば大丈夫だろう』
『よかった…!』
空に瞬く星たちは二人を見下ろしながら安堵の息を吐く
まだ他にも伝えたいことはあるだろうが、今はもう大丈夫だろう
『…でも、まだ心配だよね…』
『始祖の隷長達のこと…だな』
『……君主が動き出したようですしね……』
彼らは喜ぶ反面、まだまだ心配事が耐えない
あの騎士団長が何をしでかすかわからない
普段ずっと城かヘリオードの騎士団詰所に引き篭もっているから、夜になっても何をしているか観察が出来ない
『…何も無いことを祈るしかない…』
その言葉に、彼らは頷くしかなかった……
ーーーゆっくりと、でも、徐々に歯車は周り出していたーーー
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