第1部〜水道魔導器魔核奪還編〜
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黒幕の企み
「ふっ………ん………?」
目を開けると真っ暗な場時に居た
四方八方、何処を見ても真っ暗だ
「……久々にここに呼ばれたなぁ……」
苦笑いしながら立ち上がる
この空間を私は知ってる
星たちが、直接私に話をしたい時に呼ばれる場所…
きょろきょろとあたりを見渡して呼び出したであろう人影を探す
『全く……大丈夫だと言っておいて、全然大丈夫じゃないではないか』
呆れた様な声が聞こえて振り向くと、背の高い少し年配の男が立っていた
「あはは…大丈夫だと思ったんだけどなぁ…」
苦笑いしながらその男の方に体を向ける
私を呼び出した張本人……シリウスだ
『もうっ!アリシアっ!!また無茶してっ!!』
そう言いながら、今度は小さな男の子が現れて駆け寄って来た
「ごめんね、カペラ」
カペラの頭を撫でながらそう言う
『さてアリシア、本題に入ろう』
軽く咳払いをしたシリウスの方を向くと、ゆっくりと話し出す
『まずお前の体についてだが、当分は力を貸せぬからな?』
「まぁ…そうだよね……」
声のトーンがいつもよりも低い
…これは相当怒ってるよ……
『次にだが、あの満月の子にはそれ以上、近づいてはいけぬ』
真剣な目でそう訴えてくる
「……それは、私の体に害が及ぶから?」
『……そうだ。これ以上、エアルの濃度が高くなる場所に居ては、お前の生命すら危うくなる』
「……下町のみんなを見捨てろって言うの?」
少しキツめの声で問いかける
カペラはその会話を黙って傍で聞いている
睨み気味にシリウスを見ていると、少し困ったように顔を歪める
『何もそうは言っていないだろう…?』
『あなたがそう言って無くても、満月の子と一緒に居るなということは、下町の方々を見捨てろということと同義だと思いますよ』
優しい声が聞こえて声の方向を向けば、アリオトが難しい顔をしてゆっくり近づいて来ていた
「アリオト…」
『シリウス、あなたは今のアリシアの状況を分かっているのですか?』
シリウスの方を向いて、アリオトはキツめの口調で問いかける
『わかっているさ、それでもこれ以上アリシアに負荷をかけるわけには…』
『ですがアリシアが彼女の見張りを離れれば、下町の人々はどうなると思っているのですか?』
二人の会話を黙って見守る
私のことだけど、口を挟むわけにはいかなさそうだ
『だが、それでアリシアにもしものことがあったら元も子もないではないか!』
『アリシアが選んだことです。それに、我々が止めたところで辞めると思いますか?』
アリオトの言葉にシリウスとカペラは私を見詰める
その目は、頼むから辞めてくれと訴えかけてきていた
「……シリウス、カペラ……ゴメンね。今回ばかりは言うことは聞けないよ」
少し間を置いてそう言う
みんなが心配してくれてる、私が大切なことだってわかってる
だからこそ、そう言ってくることも
…でも、私には下町の皆が大切なんだ…
『…アリシア……』
寂しそうにカペラは名前を呟く
シリウスもつらそうな表情で見詰めてくる
『シリウス、これがアリシアの答えですよ…』
つらそうだけれど、アリオトもそう言う
『……わかった……これ以上はもう止めない。だが、頼むからこれ以上無茶をしないで欲しい…』
縋るような目で頼んでくる
「……わかった、もう力は使わないよ。無茶も極力しないから」
ニコッと微笑んで伝える
『…アリシア、無理しないでね?』
『力を貸すことは出来ませんが、話し相手にはなれますから…夜空に星が瞬く時間になれば、いつでも話しかけてきてくださいね』
そう言うと、アリオトとカペラは去って行った
残ったのは私とシリウスだけだ
『…アリシア……本当に大丈夫なんだよな……?』
心配そうに私の肩に手を乗せながら聞いてくる
シリウスは私が小さい頃からずっと見てきてくれていた
私の……二人目の父親みたいなものだ
だからこそ、とても心配してくれている事なんて、わかってる
「……大丈夫だよ、シリウス」
微笑みながらそう伝える
…本当は大丈夫なんて言えない
……大丈夫なわけないよ……
怖いし、不安でいっぱいだし、本当はユーリにだって伝えたい
言いたいことは山ほどある
…それでも、大丈夫だって思っていなきゃ…
……下町の皆の為にも、私の出来ることをしたい
私なりに、みんなを守りたい
『……そうか………何かあったらすぐに相談しろよ……?』
肩に置いていた手を頭に乗せてそっと撫でてくる
「ん、わかった」
『……さぁ、そろそろ目を覚ますんだ、お姫様。お前の大事な彼氏が待ってるぞ』
そう言ってトンっと肩を押されると同時に後ろに落ちる感覚が襲ってくる
徐々に瞼が重くなってくる
……最後に見えたシリウスの顔は、とても寂しそうに見えた
ずしっと重い感覚が襲ってくる
「うっ………」
ゆっくりと目を開けると見慣れない天井が目に入る
まだはっきりしない意識の中、そういえば森の中で倒れたっけ……と思い出す
だとすれば、恐らくここはダングレストの宿屋だろう
まだ気怠い体を起こして、辺りを見渡す
腹部の痛みはもう殆ど消えていた
部屋の中にはどうやら私しか居ないようだ
「はぁ……お説教だけで済めばいいんだけどねぇ……」
苦笑いしながらベッドから降りようとすると、ガチャッと扉が開く音がした
「……目、覚めたのか」
扉の方を向くと、あからさまに不機嫌な顔をしたユーリが立っていた
「……ん……心配かけてごめんね」
苦笑いしてそう言うと、無言で近寄って来て隣に腰掛ける
「ユーリ…?」
恐る恐る声を掛けるといきなり腕を引っ張られて、唇が重なる
「っ!?」
軽く触れるだけで、すぐに離れた
驚いていると、怒り気味に話し出す
「…無茶しすぎだ、馬鹿。少しは自分のこと考えろ」
真剣な目をしてそう言いながら、軽く頭を小突かれる
本当は怒鳴りたいんだろうけど、ユーリなりにその気持ちを抑えて言ってくれているのだろう
「ごめんね、もう大丈夫だから」
ニコッと笑ってユーリの頭を撫でながら言う
「…嘘だな、まだちょっとつらそうな顔してる」
撫でてていた手を掴みながらそう言ってくる
…その顔はいつになく真剣で、思わず目を反らせたくなってしまった
が、ここで目を反らせたら肯定していることになってしまう
「そんなことないって、本当に大丈夫だよ?」
自分では微笑んでいるつもりだが、今の私はユーリにどう見えているんだろうか……
……お兄様のことが、バレていんじゃないか
そんな不安がよぎる
…バレてても可笑しくはないだろう
私のことを誰よりもしっているユーリのことだ、きっと反応でバレバレだろう
……きっと、今回よりも前から気づいていると思う
それでも、今まで聞いてこなかったのは、私のことを思ってだろう
………でも、多分、今回は………
「……シア、なんでそんなに無理して笑おうとすんだよ?隠しきってるつもりでいんのかもしれねぇけどさ、無理してんのバレバレだぜ?」
「……っ!!」
「…………頼むからさ……そんなに無理して笑おうとなんてしないでくれよ……」
寂しそうな顔をしながらそう言ってくる
その顔を見るだけで、ズキッと心が痛む
……知らない間に、ユーリを傷つけてた……
心配かけないようにって、笑おうとして、逆に傷つけてた
「……なぁ、オレそんなに頼りねぇか……?」
私を抱きしめながら、つらそうな声で聞いてくる
……違う、そうじゃないの……
本当は私だって頼りたい……
……頼りたいよ……
………もう、一人で抱えるのは嫌だよ……
……………だけど……………
「…違う……違うよユーリ……ユーリが頼りないとか、そんなんじゃないの……」
ユーリの背に手を回しながら言う
「……私だって………私だって、言いたいよ……話したいよ………っ!伝えたいことだって……相談したいことだって、沢山あるよ……っ!」
「シア…?」
「でも……でも…っ!言うなって…っ!誰にも話すなって……っ!秘密にしろって……っ!言えないことばかりどんどん増えてって…っ!私だって嫌だよ…っ!!」
溜め込んでいたものが等々決壊して、涙が溢れ出る
本当はこのまま言ってしまいたい
それでも、近くに『あの人』がいるかもしれない
だから、言うに言えない
言ってはいけない
……言ってしまえば下町のみんなに被害が出てしまう
私に凄く親切にしてくれたみんなが危ない目に合うことなんてごめんだ
…それでも、もう限界も近かった
ユーリの背に回した腕に力が入る
話せてもらえないユーリもつらいかもしれないが、それ以上に話せない私もつらかった
「シア……」
そっと頭を撫でてくれる
「ごめん……っごめんね………ユーリ……っ」
何度も何度も、泣きながら謝る
ユーリは何も言わずに泣き止むまでずっと傍に居てくれた
ただただずっと、傍に居てくれた
「シア、顔あげてみ?」
不意にそう言われて顔をあげると、そっと涙の後を拭ってくれる
触れてくる手が少しくすぐったくて、思わず目を細める
すると、手で触れてきている方と反対の頬に軽く、何度もキスしてくる
ちょっと嬉しくって、少し口元が緩む
「ふ、やっと笑ったな」
ニヤッと笑いながらそう言ってくる
「やっぱシアはそうやって笑ってる方がいいな」
「…ふふ、ありがとうユーリ」
微笑みながらそう答える
……この時間が、ずっと続けばいいのに……
泣き止んでからユーリに気絶した後の出来事を聞いた
森から出る途中で会おうとしていた、ドン・ホワイトホースに出会ったこと
……で、何故か腕試しされたこと
戻ったら優先的に話をしてくれると約束してくれたこと
ユニオン本部に行ったら、ヨーデル様の書状をフレンが持って来ていたが、その書状が偽物にすり替えられていたこと
フレンが牢屋に入れられたけど、ユーリがその代わりに入って、彼は書状を取り返しに行ったこと
そして、ユーリはフレンの代わりに黒幕を見つけ出すよう、ドンに言われたこと
「……なんか、私が気絶してる間に凄いことになってるね……」
苦笑いしながらそう言うと、ユーリも肩を竦める
「本当、面倒ごとに巻き込まれる星の元に産まれちまったみたいだぜ…」
「あはは……まぁ、ほっとけない性分だもんね」
そう言いながら立ち上がってベッドの脇に置いてある私の双剣を手に取る
「もう動いて平気なのか?」
ちょっと心配そうに顔を顰めながら聞いてくる
「ん、大丈夫だよ。それに、いつまでもここで寝てられないもん」
ニカッと笑ってそう言う
「大丈夫ならいいんだが…あんま無理しねぇでくれよ?」
苦笑いしながら立ち上がって、手を差し出してくる
その手をぎゅっと握る
手から伝わってくる体温が心地いい
そのまま、肩を並べて宿屋を後にした
宿屋を出て、街の西側にある酒場に向かうと、エステル達が待っていた
「アリシアっ!あんたもう大丈夫なのっ!?」
私に気づいたリタが慌てて駆け寄って来る
「リタ!ごめんね、心配かけて…もう大丈夫だよ!」
「本当にっ!?絶対なのよね!?」
両肩を掴んで何度も確認してくる
苦笑いしながらそんなリタを宥めようとするが、まったく落ち着く気配がない
「リタ…………そんなに肩揺さぶったら、逆に体調悪くするんじゃないの?」
呆れ気味にカロルがそう言うと、少し冷静になったようで、肩から手を退かした
「アリシア、本当に大丈夫です?」
エステルも心配そうに声をかけてくる
「ん、本当に平気だよ!それよりも、今はやらなきゃいけない事、あるんでしょ?早くそれ済ませちゃおうよ!」
ニッコリと笑いながらそう答えた
私の心配をしてくれるのは嬉しいのだが、今はそれよりもやらなければいけない事がある
「それもそうね…黒幕の正体は分かってるし、潜り込むルートもわかってるんだから、さっさと行ってとっ捕まえましょ!」
「だな、さっと行ってさっと終わらせようぜ」
ユーリを先頭に酒場の中に入って行く
さっき聞いた秘密の地下道に向かうのだろう
みんなの後を追いかけようとついて行くと、入口の近くに立っていたレイヴンに引き止められる
「ちょい待った………アリシア……まさか、話してないよな?」
小声でそう問いかけてくる
「……そんなわけないでしょ?」
睨みながらそう返す
「………その割には、随分機嫌良さそうだな?」
「何?私の機嫌が良いと駄目なの?」
「……そうは言ってないだろ?」
「……安心してよ、何も教えてないから。ただ、話せないことばっかで嫌だって、ユーリに言っただけよ」
それだけ告げて、ユーリの後を追いかけた
「…………『話せないことばっかで嫌』………ねぇ」
『天を射る重星』の入口を見つめながら呟く
彼女のあの反応からして、恐らく話してはいないのだろう
それもそうか、話せば今までの苦労が水の泡だ
それに、今まで観察していた感じだと、しっかり言われた通りに監視している様子だったし、特に心配することも無さそうだ
不意に背後に気配を感じた
『あの人』の使いだ
「…………特にまだ動きはないと伝えてくれ。それと………先程彼女が倒れたことも頼む」
「……御意」
短い返事が聞こえてすぐに気配は消えた
「……さて、どう動くかな……」
誰に言うわけでもないが、小さく呟く
「レイヴンーっ!!早く来てよっ!」
考え事をしていると、中から少年が呼ぶ声が聞こえた
「…はいよー!今すぐっ!」
『レイヴン』に戻っておどけた調子で答える
……今は『レイヴン』としてドンに言われた仕事をこなさなければいけない
それは、『あの人』の命令でもあるから
『あの人』に呼び戻されるまで、俺は『レイヴン』でいなければならない
……決して、アリシア以外の誰かに、もう一つの顔を知られないように、慎重に行動しながら
「うっわ、くっらぁ……真っ暗じゃん……」
地下道に入って最初に思ったのはそれだった
真っ暗、本当に何も見えないくらいに
「ですね……このまま進むのは少し危険です…」
「んー……おっ!そうだ!リタっちが火の魔術で照らすってのはどうよ?」
「あのねぇ…ずっと照らすことなんて出来るわけないでしょっ!?」
呆れ気味にリタが反論する
……ごめん、リタ……私も同じこと考えた……
何かないかと辺りを探すが、これと言って何かある訳でもない
どうしたものかと考えていると、ラピードが何かを咥えて来た
「ん?ラピード、それ何持ってるの?」
ラピードからそれを受け取ると、どうやら光照魔導器のようだ
魔核もハマってるし、見た感じは使えそうだ
「ねぇ、リタ?これ使える?」
念のためリタに光照魔導器を見せる
「んー……そうね、多分大丈夫そうよ。ちょっと貸して」
そう言って近くにあった台座にかざすと、ぼうっと光を放った
「おっ、ついたな」
「えぇ、途中でエアルを補充する必要があるけど、使えるわね」
「さっすがラピード!」
「ワオーンッ」
頭を撫でながら褒めると、嬉しそうに雄叫びをあげる
「アリシアもラピードを触れるんですよね……ちょっと羨ましいです」
「あはは…そのうち慣れてくれるよ、ね?ラピード」
むすっとして言ってくるエステルにすかさずフォローを入れるが、ラピードはふいっと顔を背けてしまう
それを見て、負けませんっ!と謎の意気込みを見せる
「ほーら、さっさと行くぜ?」
ユーリの合図で暗がりの中をみんなでゆっくりと進み出した
が、歩き出して早々にカロルが魔物の姿を見つけた
「……襲って来ませんね……」
「そりゃ好都合だ。構わずにさっさと行こうぜ」
そう言ってユーリが進み出そうとすると、エアルが切れてきたのか光が弱まる
それと同時に、魔物が襲いかかってきた
「っ!危ないっ!!」
咄嗟に剣を抜いてユーリの前に出て攻撃を防ぐ
「ちっ!襲ってくんのかよっ!」
魔物を睨みながらユーリも剣を抜く
それに倣うように、みんなも戦闘体型に入る
幸い、襲って来た魔物も少なかったうえにかなり弱めのやつだったお陰で、あっさり倒せた
「ふぅ…シア助けてくれてサンキュな」
剣を鞘に戻しながらユーリはそう言う
「別に攻撃防いだだけで大したことしないよ?…にしても、なんで急に襲って来たんだろ」
剣をしまいながら首を傾げる
「恐らく、光に弱いんだと思います。魔物の中には光に敏感なものもいると、本で読みました」
「なるほどね、つまり光照魔導器の充電を小まめにすればいいのね」
「あっ!丁度さっきと同じのがあるよ!」
カロルの指差した方向を見ると、先程リタが充電していた装置と同じものがあった
ユーリがそこに光照魔導器を掲げると、また光が強くなる
「それじゃ、充電忘れないようにしながら、先急ぎましょうよ」
頭の後ろで腕を組みながら言うレイヴンに頷いて、先を急いだ
「ん…?何、これ…」
しばらく進んでいくと、壁に落書きがあるのを見つけた
「あん?落書き…か?」
「あれ?これ、ユニオン誓約だよ」
「ユニオン誓約…?」
初めて聞く言葉に聞き返すとカロルが話し出す
「昔帝国に攻めいられた時に交わしたって言う、誓いの言葉だよ」
「そうそう、それまでバラバラだったギルドが、これじゃまずいってんで一致団結して帝国を追っ払った時に交わしたらしいのよ。確かに実物が何処かにあるって話だったけど、まさか壁の落書きだったなんて驚きねぇ」
「ふーん……」
もう一度、その壁に目を向ける
「『我らの剣は自由のため。我らの盾は友のため。我らの命は皆のため。』……か………」
その言葉を小さく復唱する
何故か、とても心に響いた
アイフリードがどうだとか話しているのが微かに聞こえたが、私の頭の中には聞こえてこなかった
「面白いもんが見れたが、今はバルボスが先だ。先に進もう」
ユーリの言葉にハッとする
ゆっくり頷くと、みんな再び歩き出す
少し進んでから立ち止まって、もう一度振り向く
「『我らの命は皆のため』………」
そう呟きながら右手を強く握りしめる
自分たちのことは自分たちで守る
そのためにはお互いの命をかけて……
……もしも、お兄様が下町のみんなに危害を加えるようなことをしたら……
「…………容赦、出来そうにないや……」
苦笑いしてまた歩き出す
心の何処かで、決心はついていた
もしも次、私の大切な人を傷つけるようなことをしたら……
…例え、刺し違えるような結果になったとしても、絶対に許さない
握りしめた右手を離したのは、もう少し後だった
「ふぅ……やっと出口よ……」
ゆっくりとレイヴンが扉を開けると、また酒場に出た
「さてと、バレねぇように二階にあがりますかね」
「悪者は大体上の階に居るもんね」
小声で会話して、そっと二階にあがる
上がってすぐに誰かの話し声が聞こえてきた
片方は物凄く聞き覚えのある、大嫌いな声
もう片方は、一度だけ聞いたことのある声
声だけで誰かは検討がついていた
もう、その会話の内容すら頭に入って来ないくらい、血が登って来ていた
ゆっくりと、でも素早くその部屋に近づく
ドアの前まで来て、そっと剣を抜いて思い切りドアを蹴飛ばした
レイヴンのあちゃぁ……という声が聞こえた気がしたが、そんなこと知ったこっちゃない
部屋に入れば案の定、バルボスとラゴウが居た
「なっ!?何故あなたがここにっ!?」
「……そんなことどうでもいいのよ。ラゴウ、あなたは本当に救いようがないですね」
冷めきった目で剣を突きつけながらラゴウを見据える
「ふっ、誰かと思えばいつぞやの小娘達か」
不意に聞こえた愉快そうな声にチラリとその方を向くと、ニヤリと笑っているバルボスが目に入った
「あの剣の魔核…っ!水道魔導器のものよ!」
リタが指を差しながらそう言う
「ったく、下町の魔核を変なもんに使いやがって」
ユーリが恨めしそうな声で言う
「ラゴウっ!ヨーデルとドンの書状を返しなさいっ!」
エステルがラゴウにそう言うが、バルボスはさも嘲笑うかのように声をあげて笑う
「はっはっはっ!!もう手遅れよ!!今更書状が見つかった所で、衝突は免れぬわ!」
窓の外に目を向ければ睨み合ったまま硬着した騎士団とユニオンの姿が見える
…高みの見物なんて、本当いいご身分ね
でも、私もユーリも知ってる
…そんな衝突、絶対にしないこと
「……残念ね、それはないわよ」
「何…?」
双方が動き出そうとしたその時、どこからとも無く足音が響き渡る
「ったく、遅刻だぜ」
ニヤリと窓の外を見ながらユーリはいつもの悪戯っ子の笑みを浮かべる
「双方剣を下ろせっ!私は帝国の騎士、フレン・シーフォだ!ヨーデル様より書状を預かり参上した!帝国に渡った書状も偽物だと判明した!!即刻、軍を引けっ!!」
広野にフレンの声が響きわたる
…ユーリの言う通り、遅刻だよフレン
少し微笑みながらその様子を見る
「戻って来ねぇかと思ったぜ」
「あいつをみすみす死なせることなんてしませんよ」
馬を降りながらフレンは、近寄って来たドンに本物の書状を手渡す
それを見た途端、バルボスがラゴウに向かって怒鳴り出す
「帝国の手回しをしくじったなっ!?」
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
部屋の隅に逃げるとガタガタと震え出す
「…さぁ、バルボス、その魔核返してもらいましょうか」
ラゴウが動けないと判断して、剣をバルボスに向けてそういう
すると、何故かニヤニヤと笑いだす
「ふんっ!そう易々と捕まってたまるかっ!」
そう言うと、剣にエアルを貯め始める
「危ないっ!!避けてっ!!」
リタの声に咄嗟にバルボスから距離を置くが、ギリギリの所でエアルの塊に当たってしまう
「っ!!!」
「シアっ!」
掠った程度だが、左足に痛みがはしる
……今日はなんでこんなにも怪我をするんだろうと、自嘲気味な笑みが零れるが、そんなこと言ってる場合じゃない
「てめぇっ!!」
私に攻撃してきたことにキレて、ユーリがバルボスに向かって突っ込んで行くが、すぐにまたあの攻撃がきてしまう
間一髪当たらなかったようだが、これではいつまでたっても捕まらない
すると、バルコニーに出たと思いきや、そのまま逃げようとする
「ふははははっ!!捕まえたいのであれば歯車の楼閣 まで来るがいいっ!!」
そう言って飛んで行ってしまって
「え…えぇっ!?と、飛んだぁっ!?」
突然のことに唖然としてしまうが、そんなこと気にせずにユーリはバルコニーに駆け寄る
すると、ヘリオードでもみかけたあの竜使いがそこにいた
《姫様……彼が凄く心配していたよ。これ以上、その人と一緒に居て欲しくないって》
(……ごめんなさい……それは、出来ないの……)
語りかけて来た声にそう答えると、どことなく寂びそうにしている
ユーリは乗っている女性の方に何か語りかけている
《……姫様、君の大事な人、少しの間だけかりるね》
「……………え……?」
そう言われたと思ったら、ユーリは始祖の隷長の背に飛び乗った
「ちょっ!?ユーリっ!!!…っ!!」
慌てて駆け寄ろうとするが、左足が痛んで思うように動けない
「シアっ!ちょっとオレ行ってくっから!!待っててくれよ!」
そう言うと、始祖の隷長はそのまま飛び去ってしまった
「もう…っ!!ユーリのばかぁぁぁぁぁっ!!!!」
そう叫んだ私の声は空に消えていった
「ふっ………ん………?」
目を開けると真っ暗な場時に居た
四方八方、何処を見ても真っ暗だ
「……久々にここに呼ばれたなぁ……」
苦笑いしながら立ち上がる
この空間を私は知ってる
星たちが、直接私に話をしたい時に呼ばれる場所…
きょろきょろとあたりを見渡して呼び出したであろう人影を探す
『全く……大丈夫だと言っておいて、全然大丈夫じゃないではないか』
呆れた様な声が聞こえて振り向くと、背の高い少し年配の男が立っていた
「あはは…大丈夫だと思ったんだけどなぁ…」
苦笑いしながらその男の方に体を向ける
私を呼び出した張本人……シリウスだ
『もうっ!アリシアっ!!また無茶してっ!!』
そう言いながら、今度は小さな男の子が現れて駆け寄って来た
「ごめんね、カペラ」
カペラの頭を撫でながらそう言う
『さてアリシア、本題に入ろう』
軽く咳払いをしたシリウスの方を向くと、ゆっくりと話し出す
『まずお前の体についてだが、当分は力を貸せぬからな?』
「まぁ…そうだよね……」
声のトーンがいつもよりも低い
…これは相当怒ってるよ……
『次にだが、あの満月の子にはそれ以上、近づいてはいけぬ』
真剣な目でそう訴えてくる
「……それは、私の体に害が及ぶから?」
『……そうだ。これ以上、エアルの濃度が高くなる場所に居ては、お前の生命すら危うくなる』
「……下町のみんなを見捨てろって言うの?」
少しキツめの声で問いかける
カペラはその会話を黙って傍で聞いている
睨み気味にシリウスを見ていると、少し困ったように顔を歪める
『何もそうは言っていないだろう…?』
『あなたがそう言って無くても、満月の子と一緒に居るなということは、下町の方々を見捨てろということと同義だと思いますよ』
優しい声が聞こえて声の方向を向けば、アリオトが難しい顔をしてゆっくり近づいて来ていた
「アリオト…」
『シリウス、あなたは今のアリシアの状況を分かっているのですか?』
シリウスの方を向いて、アリオトはキツめの口調で問いかける
『わかっているさ、それでもこれ以上アリシアに負荷をかけるわけには…』
『ですがアリシアが彼女の見張りを離れれば、下町の人々はどうなると思っているのですか?』
二人の会話を黙って見守る
私のことだけど、口を挟むわけにはいかなさそうだ
『だが、それでアリシアにもしものことがあったら元も子もないではないか!』
『アリシアが選んだことです。それに、我々が止めたところで辞めると思いますか?』
アリオトの言葉にシリウスとカペラは私を見詰める
その目は、頼むから辞めてくれと訴えかけてきていた
「……シリウス、カペラ……ゴメンね。今回ばかりは言うことは聞けないよ」
少し間を置いてそう言う
みんなが心配してくれてる、私が大切なことだってわかってる
だからこそ、そう言ってくることも
…でも、私には下町の皆が大切なんだ…
『…アリシア……』
寂しそうにカペラは名前を呟く
シリウスもつらそうな表情で見詰めてくる
『シリウス、これがアリシアの答えですよ…』
つらそうだけれど、アリオトもそう言う
『……わかった……これ以上はもう止めない。だが、頼むからこれ以上無茶をしないで欲しい…』
縋るような目で頼んでくる
「……わかった、もう力は使わないよ。無茶も極力しないから」
ニコッと微笑んで伝える
『…アリシア、無理しないでね?』
『力を貸すことは出来ませんが、話し相手にはなれますから…夜空に星が瞬く時間になれば、いつでも話しかけてきてくださいね』
そう言うと、アリオトとカペラは去って行った
残ったのは私とシリウスだけだ
『…アリシア……本当に大丈夫なんだよな……?』
心配そうに私の肩に手を乗せながら聞いてくる
シリウスは私が小さい頃からずっと見てきてくれていた
私の……二人目の父親みたいなものだ
だからこそ、とても心配してくれている事なんて、わかってる
「……大丈夫だよ、シリウス」
微笑みながらそう伝える
…本当は大丈夫なんて言えない
……大丈夫なわけないよ……
怖いし、不安でいっぱいだし、本当はユーリにだって伝えたい
言いたいことは山ほどある
…それでも、大丈夫だって思っていなきゃ…
……下町の皆の為にも、私の出来ることをしたい
私なりに、みんなを守りたい
『……そうか………何かあったらすぐに相談しろよ……?』
肩に置いていた手を頭に乗せてそっと撫でてくる
「ん、わかった」
『……さぁ、そろそろ目を覚ますんだ、お姫様。お前の大事な彼氏が待ってるぞ』
そう言ってトンっと肩を押されると同時に後ろに落ちる感覚が襲ってくる
徐々に瞼が重くなってくる
……最後に見えたシリウスの顔は、とても寂しそうに見えた
ずしっと重い感覚が襲ってくる
「うっ………」
ゆっくりと目を開けると見慣れない天井が目に入る
まだはっきりしない意識の中、そういえば森の中で倒れたっけ……と思い出す
だとすれば、恐らくここはダングレストの宿屋だろう
まだ気怠い体を起こして、辺りを見渡す
腹部の痛みはもう殆ど消えていた
部屋の中にはどうやら私しか居ないようだ
「はぁ……お説教だけで済めばいいんだけどねぇ……」
苦笑いしながらベッドから降りようとすると、ガチャッと扉が開く音がした
「……目、覚めたのか」
扉の方を向くと、あからさまに不機嫌な顔をしたユーリが立っていた
「……ん……心配かけてごめんね」
苦笑いしてそう言うと、無言で近寄って来て隣に腰掛ける
「ユーリ…?」
恐る恐る声を掛けるといきなり腕を引っ張られて、唇が重なる
「っ!?」
軽く触れるだけで、すぐに離れた
驚いていると、怒り気味に話し出す
「…無茶しすぎだ、馬鹿。少しは自分のこと考えろ」
真剣な目をしてそう言いながら、軽く頭を小突かれる
本当は怒鳴りたいんだろうけど、ユーリなりにその気持ちを抑えて言ってくれているのだろう
「ごめんね、もう大丈夫だから」
ニコッと笑ってユーリの頭を撫でながら言う
「…嘘だな、まだちょっとつらそうな顔してる」
撫でてていた手を掴みながらそう言ってくる
…その顔はいつになく真剣で、思わず目を反らせたくなってしまった
が、ここで目を反らせたら肯定していることになってしまう
「そんなことないって、本当に大丈夫だよ?」
自分では微笑んでいるつもりだが、今の私はユーリにどう見えているんだろうか……
……お兄様のことが、バレていんじゃないか
そんな不安がよぎる
…バレてても可笑しくはないだろう
私のことを誰よりもしっているユーリのことだ、きっと反応でバレバレだろう
……きっと、今回よりも前から気づいていると思う
それでも、今まで聞いてこなかったのは、私のことを思ってだろう
………でも、多分、今回は………
「……シア、なんでそんなに無理して笑おうとすんだよ?隠しきってるつもりでいんのかもしれねぇけどさ、無理してんのバレバレだぜ?」
「……っ!!」
「…………頼むからさ……そんなに無理して笑おうとなんてしないでくれよ……」
寂しそうな顔をしながらそう言ってくる
その顔を見るだけで、ズキッと心が痛む
……知らない間に、ユーリを傷つけてた……
心配かけないようにって、笑おうとして、逆に傷つけてた
「……なぁ、オレそんなに頼りねぇか……?」
私を抱きしめながら、つらそうな声で聞いてくる
……違う、そうじゃないの……
本当は私だって頼りたい……
……頼りたいよ……
………もう、一人で抱えるのは嫌だよ……
……………だけど……………
「…違う……違うよユーリ……ユーリが頼りないとか、そんなんじゃないの……」
ユーリの背に手を回しながら言う
「……私だって………私だって、言いたいよ……話したいよ………っ!伝えたいことだって……相談したいことだって、沢山あるよ……っ!」
「シア…?」
「でも……でも…っ!言うなって…っ!誰にも話すなって……っ!秘密にしろって……っ!言えないことばかりどんどん増えてって…っ!私だって嫌だよ…っ!!」
溜め込んでいたものが等々決壊して、涙が溢れ出る
本当はこのまま言ってしまいたい
それでも、近くに『あの人』がいるかもしれない
だから、言うに言えない
言ってはいけない
……言ってしまえば下町のみんなに被害が出てしまう
私に凄く親切にしてくれたみんなが危ない目に合うことなんてごめんだ
…それでも、もう限界も近かった
ユーリの背に回した腕に力が入る
話せてもらえないユーリもつらいかもしれないが、それ以上に話せない私もつらかった
「シア……」
そっと頭を撫でてくれる
「ごめん……っごめんね………ユーリ……っ」
何度も何度も、泣きながら謝る
ユーリは何も言わずに泣き止むまでずっと傍に居てくれた
ただただずっと、傍に居てくれた
「シア、顔あげてみ?」
不意にそう言われて顔をあげると、そっと涙の後を拭ってくれる
触れてくる手が少しくすぐったくて、思わず目を細める
すると、手で触れてきている方と反対の頬に軽く、何度もキスしてくる
ちょっと嬉しくって、少し口元が緩む
「ふ、やっと笑ったな」
ニヤッと笑いながらそう言ってくる
「やっぱシアはそうやって笑ってる方がいいな」
「…ふふ、ありがとうユーリ」
微笑みながらそう答える
……この時間が、ずっと続けばいいのに……
泣き止んでからユーリに気絶した後の出来事を聞いた
森から出る途中で会おうとしていた、ドン・ホワイトホースに出会ったこと
……で、何故か腕試しされたこと
戻ったら優先的に話をしてくれると約束してくれたこと
ユニオン本部に行ったら、ヨーデル様の書状をフレンが持って来ていたが、その書状が偽物にすり替えられていたこと
フレンが牢屋に入れられたけど、ユーリがその代わりに入って、彼は書状を取り返しに行ったこと
そして、ユーリはフレンの代わりに黒幕を見つけ出すよう、ドンに言われたこと
「……なんか、私が気絶してる間に凄いことになってるね……」
苦笑いしながらそう言うと、ユーリも肩を竦める
「本当、面倒ごとに巻き込まれる星の元に産まれちまったみたいだぜ…」
「あはは……まぁ、ほっとけない性分だもんね」
そう言いながら立ち上がってベッドの脇に置いてある私の双剣を手に取る
「もう動いて平気なのか?」
ちょっと心配そうに顔を顰めながら聞いてくる
「ん、大丈夫だよ。それに、いつまでもここで寝てられないもん」
ニカッと笑ってそう言う
「大丈夫ならいいんだが…あんま無理しねぇでくれよ?」
苦笑いしながら立ち上がって、手を差し出してくる
その手をぎゅっと握る
手から伝わってくる体温が心地いい
そのまま、肩を並べて宿屋を後にした
宿屋を出て、街の西側にある酒場に向かうと、エステル達が待っていた
「アリシアっ!あんたもう大丈夫なのっ!?」
私に気づいたリタが慌てて駆け寄って来る
「リタ!ごめんね、心配かけて…もう大丈夫だよ!」
「本当にっ!?絶対なのよね!?」
両肩を掴んで何度も確認してくる
苦笑いしながらそんなリタを宥めようとするが、まったく落ち着く気配がない
「リタ…………そんなに肩揺さぶったら、逆に体調悪くするんじゃないの?」
呆れ気味にカロルがそう言うと、少し冷静になったようで、肩から手を退かした
「アリシア、本当に大丈夫です?」
エステルも心配そうに声をかけてくる
「ん、本当に平気だよ!それよりも、今はやらなきゃいけない事、あるんでしょ?早くそれ済ませちゃおうよ!」
ニッコリと笑いながらそう答えた
私の心配をしてくれるのは嬉しいのだが、今はそれよりもやらなければいけない事がある
「それもそうね…黒幕の正体は分かってるし、潜り込むルートもわかってるんだから、さっさと行ってとっ捕まえましょ!」
「だな、さっと行ってさっと終わらせようぜ」
ユーリを先頭に酒場の中に入って行く
さっき聞いた秘密の地下道に向かうのだろう
みんなの後を追いかけようとついて行くと、入口の近くに立っていたレイヴンに引き止められる
「ちょい待った………アリシア……まさか、話してないよな?」
小声でそう問いかけてくる
「……そんなわけないでしょ?」
睨みながらそう返す
「………その割には、随分機嫌良さそうだな?」
「何?私の機嫌が良いと駄目なの?」
「……そうは言ってないだろ?」
「……安心してよ、何も教えてないから。ただ、話せないことばっかで嫌だって、ユーリに言っただけよ」
それだけ告げて、ユーリの後を追いかけた
「…………『話せないことばっかで嫌』………ねぇ」
『天を射る重星』の入口を見つめながら呟く
彼女のあの反応からして、恐らく話してはいないのだろう
それもそうか、話せば今までの苦労が水の泡だ
それに、今まで観察していた感じだと、しっかり言われた通りに監視している様子だったし、特に心配することも無さそうだ
不意に背後に気配を感じた
『あの人』の使いだ
「…………特にまだ動きはないと伝えてくれ。それと………先程彼女が倒れたことも頼む」
「……御意」
短い返事が聞こえてすぐに気配は消えた
「……さて、どう動くかな……」
誰に言うわけでもないが、小さく呟く
「レイヴンーっ!!早く来てよっ!」
考え事をしていると、中から少年が呼ぶ声が聞こえた
「…はいよー!今すぐっ!」
『レイヴン』に戻っておどけた調子で答える
……今は『レイヴン』としてドンに言われた仕事をこなさなければいけない
それは、『あの人』の命令でもあるから
『あの人』に呼び戻されるまで、俺は『レイヴン』でいなければならない
……決して、アリシア以外の誰かに、もう一つの顔を知られないように、慎重に行動しながら
「うっわ、くっらぁ……真っ暗じゃん……」
地下道に入って最初に思ったのはそれだった
真っ暗、本当に何も見えないくらいに
「ですね……このまま進むのは少し危険です…」
「んー……おっ!そうだ!リタっちが火の魔術で照らすってのはどうよ?」
「あのねぇ…ずっと照らすことなんて出来るわけないでしょっ!?」
呆れ気味にリタが反論する
……ごめん、リタ……私も同じこと考えた……
何かないかと辺りを探すが、これと言って何かある訳でもない
どうしたものかと考えていると、ラピードが何かを咥えて来た
「ん?ラピード、それ何持ってるの?」
ラピードからそれを受け取ると、どうやら光照魔導器のようだ
魔核もハマってるし、見た感じは使えそうだ
「ねぇ、リタ?これ使える?」
念のためリタに光照魔導器を見せる
「んー……そうね、多分大丈夫そうよ。ちょっと貸して」
そう言って近くにあった台座にかざすと、ぼうっと光を放った
「おっ、ついたな」
「えぇ、途中でエアルを補充する必要があるけど、使えるわね」
「さっすがラピード!」
「ワオーンッ」
頭を撫でながら褒めると、嬉しそうに雄叫びをあげる
「アリシアもラピードを触れるんですよね……ちょっと羨ましいです」
「あはは…そのうち慣れてくれるよ、ね?ラピード」
むすっとして言ってくるエステルにすかさずフォローを入れるが、ラピードはふいっと顔を背けてしまう
それを見て、負けませんっ!と謎の意気込みを見せる
「ほーら、さっさと行くぜ?」
ユーリの合図で暗がりの中をみんなでゆっくりと進み出した
が、歩き出して早々にカロルが魔物の姿を見つけた
「……襲って来ませんね……」
「そりゃ好都合だ。構わずにさっさと行こうぜ」
そう言ってユーリが進み出そうとすると、エアルが切れてきたのか光が弱まる
それと同時に、魔物が襲いかかってきた
「っ!危ないっ!!」
咄嗟に剣を抜いてユーリの前に出て攻撃を防ぐ
「ちっ!襲ってくんのかよっ!」
魔物を睨みながらユーリも剣を抜く
それに倣うように、みんなも戦闘体型に入る
幸い、襲って来た魔物も少なかったうえにかなり弱めのやつだったお陰で、あっさり倒せた
「ふぅ…シア助けてくれてサンキュな」
剣を鞘に戻しながらユーリはそう言う
「別に攻撃防いだだけで大したことしないよ?…にしても、なんで急に襲って来たんだろ」
剣をしまいながら首を傾げる
「恐らく、光に弱いんだと思います。魔物の中には光に敏感なものもいると、本で読みました」
「なるほどね、つまり光照魔導器の充電を小まめにすればいいのね」
「あっ!丁度さっきと同じのがあるよ!」
カロルの指差した方向を見ると、先程リタが充電していた装置と同じものがあった
ユーリがそこに光照魔導器を掲げると、また光が強くなる
「それじゃ、充電忘れないようにしながら、先急ぎましょうよ」
頭の後ろで腕を組みながら言うレイヴンに頷いて、先を急いだ
「ん…?何、これ…」
しばらく進んでいくと、壁に落書きがあるのを見つけた
「あん?落書き…か?」
「あれ?これ、ユニオン誓約だよ」
「ユニオン誓約…?」
初めて聞く言葉に聞き返すとカロルが話し出す
「昔帝国に攻めいられた時に交わしたって言う、誓いの言葉だよ」
「そうそう、それまでバラバラだったギルドが、これじゃまずいってんで一致団結して帝国を追っ払った時に交わしたらしいのよ。確かに実物が何処かにあるって話だったけど、まさか壁の落書きだったなんて驚きねぇ」
「ふーん……」
もう一度、その壁に目を向ける
「『我らの剣は自由のため。我らの盾は友のため。我らの命は皆のため。』……か………」
その言葉を小さく復唱する
何故か、とても心に響いた
アイフリードがどうだとか話しているのが微かに聞こえたが、私の頭の中には聞こえてこなかった
「面白いもんが見れたが、今はバルボスが先だ。先に進もう」
ユーリの言葉にハッとする
ゆっくり頷くと、みんな再び歩き出す
少し進んでから立ち止まって、もう一度振り向く
「『我らの命は皆のため』………」
そう呟きながら右手を強く握りしめる
自分たちのことは自分たちで守る
そのためにはお互いの命をかけて……
……もしも、お兄様が下町のみんなに危害を加えるようなことをしたら……
「…………容赦、出来そうにないや……」
苦笑いしてまた歩き出す
心の何処かで、決心はついていた
もしも次、私の大切な人を傷つけるようなことをしたら……
…例え、刺し違えるような結果になったとしても、絶対に許さない
握りしめた右手を離したのは、もう少し後だった
「ふぅ……やっと出口よ……」
ゆっくりとレイヴンが扉を開けると、また酒場に出た
「さてと、バレねぇように二階にあがりますかね」
「悪者は大体上の階に居るもんね」
小声で会話して、そっと二階にあがる
上がってすぐに誰かの話し声が聞こえてきた
片方は物凄く聞き覚えのある、大嫌いな声
もう片方は、一度だけ聞いたことのある声
声だけで誰かは検討がついていた
もう、その会話の内容すら頭に入って来ないくらい、血が登って来ていた
ゆっくりと、でも素早くその部屋に近づく
ドアの前まで来て、そっと剣を抜いて思い切りドアを蹴飛ばした
レイヴンのあちゃぁ……という声が聞こえた気がしたが、そんなこと知ったこっちゃない
部屋に入れば案の定、バルボスとラゴウが居た
「なっ!?何故あなたがここにっ!?」
「……そんなことどうでもいいのよ。ラゴウ、あなたは本当に救いようがないですね」
冷めきった目で剣を突きつけながらラゴウを見据える
「ふっ、誰かと思えばいつぞやの小娘達か」
不意に聞こえた愉快そうな声にチラリとその方を向くと、ニヤリと笑っているバルボスが目に入った
「あの剣の魔核…っ!水道魔導器のものよ!」
リタが指を差しながらそう言う
「ったく、下町の魔核を変なもんに使いやがって」
ユーリが恨めしそうな声で言う
「ラゴウっ!ヨーデルとドンの書状を返しなさいっ!」
エステルがラゴウにそう言うが、バルボスはさも嘲笑うかのように声をあげて笑う
「はっはっはっ!!もう手遅れよ!!今更書状が見つかった所で、衝突は免れぬわ!」
窓の外に目を向ければ睨み合ったまま硬着した騎士団とユニオンの姿が見える
…高みの見物なんて、本当いいご身分ね
でも、私もユーリも知ってる
…そんな衝突、絶対にしないこと
「……残念ね、それはないわよ」
「何…?」
双方が動き出そうとしたその時、どこからとも無く足音が響き渡る
「ったく、遅刻だぜ」
ニヤリと窓の外を見ながらユーリはいつもの悪戯っ子の笑みを浮かべる
「双方剣を下ろせっ!私は帝国の騎士、フレン・シーフォだ!ヨーデル様より書状を預かり参上した!帝国に渡った書状も偽物だと判明した!!即刻、軍を引けっ!!」
広野にフレンの声が響きわたる
…ユーリの言う通り、遅刻だよフレン
少し微笑みながらその様子を見る
「戻って来ねぇかと思ったぜ」
「あいつをみすみす死なせることなんてしませんよ」
馬を降りながらフレンは、近寄って来たドンに本物の書状を手渡す
それを見た途端、バルボスがラゴウに向かって怒鳴り出す
「帝国の手回しをしくじったなっ!?」
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
部屋の隅に逃げるとガタガタと震え出す
「…さぁ、バルボス、その魔核返してもらいましょうか」
ラゴウが動けないと判断して、剣をバルボスに向けてそういう
すると、何故かニヤニヤと笑いだす
「ふんっ!そう易々と捕まってたまるかっ!」
そう言うと、剣にエアルを貯め始める
「危ないっ!!避けてっ!!」
リタの声に咄嗟にバルボスから距離を置くが、ギリギリの所でエアルの塊に当たってしまう
「っ!!!」
「シアっ!」
掠った程度だが、左足に痛みがはしる
……今日はなんでこんなにも怪我をするんだろうと、自嘲気味な笑みが零れるが、そんなこと言ってる場合じゃない
「てめぇっ!!」
私に攻撃してきたことにキレて、ユーリがバルボスに向かって突っ込んで行くが、すぐにまたあの攻撃がきてしまう
間一髪当たらなかったようだが、これではいつまでたっても捕まらない
すると、バルコニーに出たと思いきや、そのまま逃げようとする
「ふははははっ!!捕まえたいのであれば
そう言って飛んで行ってしまって
「え…えぇっ!?と、飛んだぁっ!?」
突然のことに唖然としてしまうが、そんなこと気にせずにユーリはバルコニーに駆け寄る
すると、ヘリオードでもみかけたあの竜使いがそこにいた
《姫様……彼が凄く心配していたよ。これ以上、その人と一緒に居て欲しくないって》
(……ごめんなさい……それは、出来ないの……)
語りかけて来た声にそう答えると、どことなく寂びそうにしている
ユーリは乗っている女性の方に何か語りかけている
《……姫様、君の大事な人、少しの間だけかりるね》
「……………え……?」
そう言われたと思ったら、ユーリは始祖の隷長の背に飛び乗った
「ちょっ!?ユーリっ!!!…っ!!」
慌てて駆け寄ろうとするが、左足が痛んで思うように動けない
「シアっ!ちょっとオレ行ってくっから!!待っててくれよ!」
そう言うと、始祖の隷長はそのまま飛び去ってしまった
「もう…っ!!ユーリのばかぁぁぁぁぁっ!!!!」
そう叫んだ私の声は空に消えていった