第1部〜水道魔導器魔核奪還編〜
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騎士団長からの頼み事
~翌日~
「ふぁ……眠……」
朝、欠伸を噛み殺しながら宿屋の外へ出た
昨日はあまり寝れなかった
理由は、エステル達とは別に取ってあったユーリ達の部屋で寝たからだ
いや、あのままエステル達の部屋で寝ても恐らく寝れなかっただろうけど…
そもそも、カロルが私のベッドを使って寝ていたから寝る場所がなかったのだ
「おはよーさん、シア」
「ん……おはよう…ユーリ」
外に出ると既にエステル達が待っていた
「ありゃぁ、私が一番最後??」
「そうよ。にしても珍しいわね、あんたが遅いなんて」
「うん、いつも最初に起きてたよね?」
「あはは…まぁ、昨日は色々あったからね…」
苦笑いして誤魔化す
私の力については多分、ユーリとリタが既に話しているだろう
「アリシアも魔導器を使わずに術が使えるんですね!」
「凄いよね、そんなこと出来ちゃうなんて!」
「ん?んー、まあ、ね?それよりも、エステル、ここに居ていいの?」
話を逸らすようにエステルに話題を向ける
彼女は今日帰るはずなのだ
それなのに、今ここに居る
「えっと……出発するまで一緒に居たくて…」
「別に怒ってないよ!気になっただけだから」
怒っていると勘違いしたのか、申し訳なさそうに言ってくるエステルに、笑顔で言う
良かった、と言わんばかりにエステルも笑顔になった
「さてと……これからどうすっかな」
「結局、居たのは魔狩りの剣だったしね」
「なら、ダングレストに一度行ってみよ?あそこならなんかわかるでしょ」
私がそう提案すると、ユーリとカロルも頷く
「とりあえず、この子送りに行きましょ。アリシア、あんたもだからね?」
「うっ………わかってるよ…」
そう言って、騎士の派出所までエステルを見送りに行く
正直、行きたくないが会えるのは最後かもしれない
だからこの際、お兄様のことは諦めた
派出所の前についたがそこには誰も居なかった
「先……行っちゃった?」
「んー、それならそれで、エステル連れて行っちゃう?」
冗談混じりにケラケラと笑いながら言う
「勝手をされても困るぞ、アリシア」
その声にビクッと肩があがる
恐る恐る振り返ると、呆れた顔をしたお兄様がそこに居た
「うげ……居たのね……」
「会う度に嫌そうな顔をするのはよしてくれないか…
…まあいい。それよりも、リタ・モルディオ、君にケーブモック大森林のエアルの調査をお願いしたい」
一瞬私を見たが、すぐにリタにその視線は向いた
リタはエステルが帝都に行くなら一緒に行きたいと言う
見かねたエステルは、なら私も同行したいと言い出して話がややこしくなる
「なら、ユーリが一緒ならいいですか?」
「はぁ?なんでオレが巻き込まれてんだよ…」
「ううむ……確かにその方が安全ではあるが……」
ユーリの実力はお兄様も知ってる
だけど、エステルは1国のお姫様
簡単に了承する訳にはいかない
それでも、エステルも全く引こうとしないし、お兄様も引くわけにいかない
ユーリは迷惑そうにしてるし
カロルはオロオロと事の様子を伺ってるし
リタは自分のこでもあるのに興味無さそうだし
いつまで経っても話がつかない
「はぁ………じゃあ私も一緒に行けばいいでしょ…お兄様?」
「だがしかし…」
「いつまで経っても埒があかないんだもん」
そう言うと、ようやくお兄様が折れた
「……頼む………」
「別に構わねぇけど…先にオレらの用事済ませてからな」
「……致し方あるまい」
お兄様がそう言うと、エステルはものすごく喜びだした
「またみんなと旅が出来るんですね!」
「あ、あたしは別に……」
「またまたぁ、リタが一番うれしそ」
ゴスッ
鈍い音がして、カロルがその場に倒れ込んだ
「……うっさいわよ、ガキンチョ」
「カロルっ!!……もう!リタ!」
そう言うとカロルに治癒術をかけ始める
…あんまり使って欲しくはないんだけどね
「アリシアよ、行く前に少し話がしたい」
三人の様子を微笑みながら見てると、唐突に言われる
嫌だと言葉に出さない代わりに、思いっきり睨みつける
「少しだけだ。そんなに長くは話さぬよ」
「…………………」
「シア、行ってやれよ?嫌なのはわかるが…」
ポンポンと頭を撫でながらユーリが言ってくる
「……………わかった……少しだけ、だからね?」
ユーリが珍しく行ってこいと言うから渋々承諾する
「……後でまたなんか作ってやっから」
耳元でそう呟かれて、みんながいるのもお構い無しに頬にキスしてくる
「では行こうか?」
その様子を気にした素振りも見せずに、お兄様は先に中へ入っていく
その後を少し距離を置いて追いかけた
昨日と同じように執務室に通される
どうせまた座らないと話が始まらないと思って、大人しく用意されていた椅子に腰掛ける
「さて…簡潔に聞くが、昨日あの後体は大丈夫だったか?」
「何かと思えば……別になんともありませんでしたよ」
咄嗟にそう、嘘をついた
…大丈夫、ではない
「……それならばいいのだが…」
「……それだけ?なら、私はもう」
「そんなわけなかろう。本題はここからだ」
立ち上がろうとしたところで静止されて、渋々座り直す
一分一秒でも早く立ち去りたいのだが…
「手伝いに関しては身を引くことにしよう。だがその代わり、エステリーゼ様の動向をすべて連絡してくれ。時折で構わない」
「…なんで、私がそんなことしなきゃいけないの?」
「お前のその力を借りない代わりだ。そのくらいは良かろう?」
「はぁ……そんなスパイみたいなことしたくないんだけど……」
ため息をつきながら言う
それに、私の力を借りないという事はエステルの力を代用させようとしているという事なのだろう
何をする気なのかは知らないが、そんなことやる気になんてなれない
「ふむ……なら致し方あるまい」
そう言って立ち上がると、窓際に近づく
あっさり諦めたので逆に気味が悪い
じっとお兄様の様子を伺っていると、ゆっくりと話し出す
「……お前がそれすら手伝わぬと言うのであれば、下町の税金の未納者達への徴収を進めるか」
ガタッと音を立てて勢いよく立ち上がる
「なっ……!!!」
「アリシアの為にと強制してこなかったが、それでは不公平であろう?それ相応の見返りは必要だ」
「お兄様……っ!貴方って人は……!!彼らだって払いたくないわけじゃないんですよっ!?」
「払うのは義務だ。だが、今まではお前が何かしら手伝いをしてくれていたからそれを見逃していたのを忘れていないであろう?」
ぎゅっと唇を噛む
悔しいけど実際そうなのだ
確かに徴収しに来ることは度々あったが、そんなに頻度は高くないし、すぐ帰ることもしばしばあった
それはお兄様の手伝いを私がして、その見返りとして見逃して貰っていたからだ
たまに結界の外に出かけていたのはそれだ
傭兵と題して、色々やっていた
中には危ない仕事も混ざっていたが、その時はかなりの間徴収しに来なかった
お兄様はお兄様なりに、私の要望を聞いてくれていた
だから、嫌な仕事は滅多に押し付けてなんか来なかった
こんなことを言われたのは初めてだ
「さぁ、アリシア、どうする?大人しくエステリーゼ様の動向を報告するか、それとも下町の住人を見捨てるか」
「……卑怯者……」
キッと睨みつける
「なんとでも言うがいい。今回は私も引けぬのでな。…もう一度聞くぞ、どうするのだ?」
「…………私の力、使えばいいじゃない……」
憎しみを込めて言う
エステルを売るようなことは出来ない
それでも下町を見捨てるなんてことも出来ない
ならば、私が力を貸せば済む話だろう
だが、お兄様から返ってきた答えは以外なものだった
「それは却下だな」
「っ!?なんでっ!?あんだけ貸せってしつこかった癖にっ!」
「ふっ、私を誤魔化せると思っていたのか?」
そう言っておもむろに近づいて来る
近寄られたくなくて、無意識に後ろに下がるが、壁際まで追い詰められてしまう
背中がトンっと壁について思わず一瞬後ろを振り向いてしまった
前を向いた時には、既に目の前にいた
すっと手を伸ばして触れようとしてくるから、腕を振り回して退けようとするが、あっさり両手とも片手で掴まれてしまう
そして、右の脇腹に軽く触れてくる
その瞬間、脇腹に痛みがはしって顔を歪める
「っ!!!」
「やはりな、なんともないと言っておきながら既に反動がきているではないか」
そう、確かになんともないと言った
ユーリにも大丈夫だと言った
でも実際には、もう代償が出始めている
暫く使わなければ問題はないだろうが、使い続ければ動くのもままならなくなるだろう
「こんな状態のお前の力を使うわけにはいかぬからな」
私から離れながらそう言う
「さぁ、どうする?」
少し離れてからもう一度聞いてくる
その目は選択肢は一つだろう?と、言いたそうな目をしていた
悔しくって右手に力が入る
「…………わかった…………伝えれば、いいんでしょ………」
「賢明な判断だな。では、頼んだぞ。言うまでもないが、誰にも言ってはならぬからな」
「…………わかってるわよ………」
そう言って執務室を出る
階段を降りたところで、思いっきり壁を殴りつける
そのまま壁に寄りかかってズルズルとしゃがみ込む
「…………ははっ………本当……何も出来ないんだよね……私には……」
左手で頭を抑えて、自嘲気味に笑いながら呟く
そう、何も出来ないんだ
守ってる様で、守れていないんだ
結局、実際下町守ってるのはユーリだし、法を変えようと努力してるのはフレンだ
私は何もしてない
「…………ごめん…………エステル…………」
その声は誰にも聞かれることなく、空に消えていった
~一方その頃~
「あんた、なんであの子行かせたのよ?」
派出所が見える程度に離れた場所で、不機嫌そうにリタが聞いてくる
カロルとエステルも納得いかなさそうな顔をしている
「あん?途中でまた呼び出されるよりかましだろ?」
そう言うと、それはそうだけど……とブツブツ言い出す
「にしても、なんで『お兄様』って呼んでるの?本当の兄妹じゃないんでしょ?」
「あぁ、昔はあれでも仲良かったんだよ。シアの両親死んでからはずっとあんな感じだな。会っても口聞こうとしねぇし、オレかフレンの後ろに隠れるしでな」
「それは……アレクセイも関わっていたからです?」
少し遠慮気味にエステルが聞いてくる
言葉の代わりに肩を竦めて答える
「そりゃそうよ!あいつのせいって言っても過言じゃないのよ!?アリシアだけ連れて逃げるなんて……!!」
リタが声を荒らげて言う
確かにその通りではある
シアの両親を見捨てる判断を下したのは彼だ
恨まれて、嫌われても仕方ないだろう
「……ねぇ?ちょっと遅くない?」
カロルの言葉に、ちらっと派出所のドアを見る
既に十分程経っているが、出てくる様子はない
少し、とは言っていたが、オレ的には少しではない気がする
様子を見に行こうかと体を動かそうとした時、ガンッと何かを殴ったような音が聞こえた
四人で顔を見合わせて、様子を見に行こうと歩みよると、中から如何にも機嫌が悪そうな顔をしたシアが出てきた
「アリシア!大丈夫です?」
さっとシアに駆け寄りながらエステルは聞く
「ふぇ?あ、あぁ……うん、大丈夫だよ」
本人は笑っているつもりなのだろうが、全く笑えていない
むしろ顔が引きっつている
「全く大丈夫そうに見えないんだけど?」
「へーき、へーき…ちょっと言い合いしてただけだもん…お互い引かなくて、ちょっと疲れちゃっただけだよ」
そう言って無理に笑顔を作っている
それがいたたまれなくて、それ以上何も聞けなかった
「さ、終わったんなら行こうぜ?」
「ん、そうだね」
当たり前のようにオレと並んで歩き出す
「…本当に平気か?」
後ろにいるリタ達に聞かれないようにボソッと小声で聞く
「ユーリまで……大丈夫、平気だよ」
苦笑いだけれど、明るい声でシアも小声で言う
ただ、その顔はいつもアレクセイに何か頼まれた時と同じ顔をしている
いつもそうだ
誰にも言うなと言われてるからと、アレクセイから頼まれたことを一人でやる
何をしろと言われたかも教えてくれない
ただ、時々危険なことをしていることは知っていた
それ以外は何も知らない
教えてくれないのだ
それが気に食わなかった
彼氏でも、教えて貰えないことが悔しかった
脅されているんじゃないかと、何度も考えた
実際、アレクセイに会う度に徐々に会いに行くことを拒むことが増えた
会った時もものすごい不機嫌な顔で睨んでいる
それでも、聞いても教えてはくれなかった
なんでもない、大丈夫だと言う
恐らく、言われていることはオレやフレン、下町のみんなに関する事なのだろうとなんとなくその時思った
だから、それ以来聞かないことにした
シアが結界の外に出始めてから、それまで頻繁に来ていた税の徴収が減り始めていたのも、聞かなかった理由の一つだ
提案したのは恐らくアレクセイなのだろう
そこまで予想がついていた
だから聞かなかった
彼女なりに頑張っているのだと思って
だが今回は少し違う
あからさまに何か様子がおかしい
聞いても教えてくれないことなんて分かっていたが、聞かずにいられなかった
「ん、そっか。ほら、んな顔してねぇで元気だせ、な?」
髪をすくってそっとキスする
「あーもう、こんなところでイチャついてんじゃないわよっ!バカップル!」
後ろからリタに怒られるがそんなことは気にしない
「リタ、いつものことだから、気にしてたらキリがないよ?」
顔を後ろに向けながらシアがそう言うとリタは深くため息をつく
「それよりさ、早く行こうよ!」
いつの間に元気になったのか、少し先を早足で進み出す
「あ、アリシア!待ってくださいっ!」
後を追いかけるようにエステルも走り出す
「あ、ちょっと!二人ともー!また怒られるよ!?」
慌ててカロルが二人を止めに向かう
「本当自由よね、あの二人」
「だな。勝手に行くなって言ったの、わかってねぇなありゃ」
軽くため息をついて三人を追いかける
ラピードとカロルに引き止められて、シアもエステルも苦笑いしている
先程までの不機嫌そうな様子はどこにもなくて、少しほっとする
この時、気づけてあげていられたらと後悔したのは、まだ先の話
~翌日~
「ふぁ……眠……」
朝、欠伸を噛み殺しながら宿屋の外へ出た
昨日はあまり寝れなかった
理由は、エステル達とは別に取ってあったユーリ達の部屋で寝たからだ
いや、あのままエステル達の部屋で寝ても恐らく寝れなかっただろうけど…
そもそも、カロルが私のベッドを使って寝ていたから寝る場所がなかったのだ
「おはよーさん、シア」
「ん……おはよう…ユーリ」
外に出ると既にエステル達が待っていた
「ありゃぁ、私が一番最後??」
「そうよ。にしても珍しいわね、あんたが遅いなんて」
「うん、いつも最初に起きてたよね?」
「あはは…まぁ、昨日は色々あったからね…」
苦笑いして誤魔化す
私の力については多分、ユーリとリタが既に話しているだろう
「アリシアも魔導器を使わずに術が使えるんですね!」
「凄いよね、そんなこと出来ちゃうなんて!」
「ん?んー、まあ、ね?それよりも、エステル、ここに居ていいの?」
話を逸らすようにエステルに話題を向ける
彼女は今日帰るはずなのだ
それなのに、今ここに居る
「えっと……出発するまで一緒に居たくて…」
「別に怒ってないよ!気になっただけだから」
怒っていると勘違いしたのか、申し訳なさそうに言ってくるエステルに、笑顔で言う
良かった、と言わんばかりにエステルも笑顔になった
「さてと……これからどうすっかな」
「結局、居たのは魔狩りの剣だったしね」
「なら、ダングレストに一度行ってみよ?あそこならなんかわかるでしょ」
私がそう提案すると、ユーリとカロルも頷く
「とりあえず、この子送りに行きましょ。アリシア、あんたもだからね?」
「うっ………わかってるよ…」
そう言って、騎士の派出所までエステルを見送りに行く
正直、行きたくないが会えるのは最後かもしれない
だからこの際、お兄様のことは諦めた
派出所の前についたがそこには誰も居なかった
「先……行っちゃった?」
「んー、それならそれで、エステル連れて行っちゃう?」
冗談混じりにケラケラと笑いながら言う
「勝手をされても困るぞ、アリシア」
その声にビクッと肩があがる
恐る恐る振り返ると、呆れた顔をしたお兄様がそこに居た
「うげ……居たのね……」
「会う度に嫌そうな顔をするのはよしてくれないか…
…まあいい。それよりも、リタ・モルディオ、君にケーブモック大森林のエアルの調査をお願いしたい」
一瞬私を見たが、すぐにリタにその視線は向いた
リタはエステルが帝都に行くなら一緒に行きたいと言う
見かねたエステルは、なら私も同行したいと言い出して話がややこしくなる
「なら、ユーリが一緒ならいいですか?」
「はぁ?なんでオレが巻き込まれてんだよ…」
「ううむ……確かにその方が安全ではあるが……」
ユーリの実力はお兄様も知ってる
だけど、エステルは1国のお姫様
簡単に了承する訳にはいかない
それでも、エステルも全く引こうとしないし、お兄様も引くわけにいかない
ユーリは迷惑そうにしてるし
カロルはオロオロと事の様子を伺ってるし
リタは自分のこでもあるのに興味無さそうだし
いつまで経っても話がつかない
「はぁ………じゃあ私も一緒に行けばいいでしょ…お兄様?」
「だがしかし…」
「いつまで経っても埒があかないんだもん」
そう言うと、ようやくお兄様が折れた
「……頼む………」
「別に構わねぇけど…先にオレらの用事済ませてからな」
「……致し方あるまい」
お兄様がそう言うと、エステルはものすごく喜びだした
「またみんなと旅が出来るんですね!」
「あ、あたしは別に……」
「またまたぁ、リタが一番うれしそ」
ゴスッ
鈍い音がして、カロルがその場に倒れ込んだ
「……うっさいわよ、ガキンチョ」
「カロルっ!!……もう!リタ!」
そう言うとカロルに治癒術をかけ始める
…あんまり使って欲しくはないんだけどね
「アリシアよ、行く前に少し話がしたい」
三人の様子を微笑みながら見てると、唐突に言われる
嫌だと言葉に出さない代わりに、思いっきり睨みつける
「少しだけだ。そんなに長くは話さぬよ」
「…………………」
「シア、行ってやれよ?嫌なのはわかるが…」
ポンポンと頭を撫でながらユーリが言ってくる
「……………わかった……少しだけ、だからね?」
ユーリが珍しく行ってこいと言うから渋々承諾する
「……後でまたなんか作ってやっから」
耳元でそう呟かれて、みんながいるのもお構い無しに頬にキスしてくる
「では行こうか?」
その様子を気にした素振りも見せずに、お兄様は先に中へ入っていく
その後を少し距離を置いて追いかけた
昨日と同じように執務室に通される
どうせまた座らないと話が始まらないと思って、大人しく用意されていた椅子に腰掛ける
「さて…簡潔に聞くが、昨日あの後体は大丈夫だったか?」
「何かと思えば……別になんともありませんでしたよ」
咄嗟にそう、嘘をついた
…大丈夫、ではない
「……それならばいいのだが…」
「……それだけ?なら、私はもう」
「そんなわけなかろう。本題はここからだ」
立ち上がろうとしたところで静止されて、渋々座り直す
一分一秒でも早く立ち去りたいのだが…
「手伝いに関しては身を引くことにしよう。だがその代わり、エステリーゼ様の動向をすべて連絡してくれ。時折で構わない」
「…なんで、私がそんなことしなきゃいけないの?」
「お前のその力を借りない代わりだ。そのくらいは良かろう?」
「はぁ……そんなスパイみたいなことしたくないんだけど……」
ため息をつきながら言う
それに、私の力を借りないという事はエステルの力を代用させようとしているという事なのだろう
何をする気なのかは知らないが、そんなことやる気になんてなれない
「ふむ……なら致し方あるまい」
そう言って立ち上がると、窓際に近づく
あっさり諦めたので逆に気味が悪い
じっとお兄様の様子を伺っていると、ゆっくりと話し出す
「……お前がそれすら手伝わぬと言うのであれば、下町の税金の未納者達への徴収を進めるか」
ガタッと音を立てて勢いよく立ち上がる
「なっ……!!!」
「アリシアの為にと強制してこなかったが、それでは不公平であろう?それ相応の見返りは必要だ」
「お兄様……っ!貴方って人は……!!彼らだって払いたくないわけじゃないんですよっ!?」
「払うのは義務だ。だが、今まではお前が何かしら手伝いをしてくれていたからそれを見逃していたのを忘れていないであろう?」
ぎゅっと唇を噛む
悔しいけど実際そうなのだ
確かに徴収しに来ることは度々あったが、そんなに頻度は高くないし、すぐ帰ることもしばしばあった
それはお兄様の手伝いを私がして、その見返りとして見逃して貰っていたからだ
たまに結界の外に出かけていたのはそれだ
傭兵と題して、色々やっていた
中には危ない仕事も混ざっていたが、その時はかなりの間徴収しに来なかった
お兄様はお兄様なりに、私の要望を聞いてくれていた
だから、嫌な仕事は滅多に押し付けてなんか来なかった
こんなことを言われたのは初めてだ
「さぁ、アリシア、どうする?大人しくエステリーゼ様の動向を報告するか、それとも下町の住人を見捨てるか」
「……卑怯者……」
キッと睨みつける
「なんとでも言うがいい。今回は私も引けぬのでな。…もう一度聞くぞ、どうするのだ?」
「…………私の力、使えばいいじゃない……」
憎しみを込めて言う
エステルを売るようなことは出来ない
それでも下町を見捨てるなんてことも出来ない
ならば、私が力を貸せば済む話だろう
だが、お兄様から返ってきた答えは以外なものだった
「それは却下だな」
「っ!?なんでっ!?あんだけ貸せってしつこかった癖にっ!」
「ふっ、私を誤魔化せると思っていたのか?」
そう言っておもむろに近づいて来る
近寄られたくなくて、無意識に後ろに下がるが、壁際まで追い詰められてしまう
背中がトンっと壁について思わず一瞬後ろを振り向いてしまった
前を向いた時には、既に目の前にいた
すっと手を伸ばして触れようとしてくるから、腕を振り回して退けようとするが、あっさり両手とも片手で掴まれてしまう
そして、右の脇腹に軽く触れてくる
その瞬間、脇腹に痛みがはしって顔を歪める
「っ!!!」
「やはりな、なんともないと言っておきながら既に反動がきているではないか」
そう、確かになんともないと言った
ユーリにも大丈夫だと言った
でも実際には、もう代償が出始めている
暫く使わなければ問題はないだろうが、使い続ければ動くのもままならなくなるだろう
「こんな状態のお前の力を使うわけにはいかぬからな」
私から離れながらそう言う
「さぁ、どうする?」
少し離れてからもう一度聞いてくる
その目は選択肢は一つだろう?と、言いたそうな目をしていた
悔しくって右手に力が入る
「…………わかった…………伝えれば、いいんでしょ………」
「賢明な判断だな。では、頼んだぞ。言うまでもないが、誰にも言ってはならぬからな」
「…………わかってるわよ………」
そう言って執務室を出る
階段を降りたところで、思いっきり壁を殴りつける
そのまま壁に寄りかかってズルズルとしゃがみ込む
「…………ははっ………本当……何も出来ないんだよね……私には……」
左手で頭を抑えて、自嘲気味に笑いながら呟く
そう、何も出来ないんだ
守ってる様で、守れていないんだ
結局、実際下町守ってるのはユーリだし、法を変えようと努力してるのはフレンだ
私は何もしてない
「…………ごめん…………エステル…………」
その声は誰にも聞かれることなく、空に消えていった
~一方その頃~
「あんた、なんであの子行かせたのよ?」
派出所が見える程度に離れた場所で、不機嫌そうにリタが聞いてくる
カロルとエステルも納得いかなさそうな顔をしている
「あん?途中でまた呼び出されるよりかましだろ?」
そう言うと、それはそうだけど……とブツブツ言い出す
「にしても、なんで『お兄様』って呼んでるの?本当の兄妹じゃないんでしょ?」
「あぁ、昔はあれでも仲良かったんだよ。シアの両親死んでからはずっとあんな感じだな。会っても口聞こうとしねぇし、オレかフレンの後ろに隠れるしでな」
「それは……アレクセイも関わっていたからです?」
少し遠慮気味にエステルが聞いてくる
言葉の代わりに肩を竦めて答える
「そりゃそうよ!あいつのせいって言っても過言じゃないのよ!?アリシアだけ連れて逃げるなんて……!!」
リタが声を荒らげて言う
確かにその通りではある
シアの両親を見捨てる判断を下したのは彼だ
恨まれて、嫌われても仕方ないだろう
「……ねぇ?ちょっと遅くない?」
カロルの言葉に、ちらっと派出所のドアを見る
既に十分程経っているが、出てくる様子はない
少し、とは言っていたが、オレ的には少しではない気がする
様子を見に行こうかと体を動かそうとした時、ガンッと何かを殴ったような音が聞こえた
四人で顔を見合わせて、様子を見に行こうと歩みよると、中から如何にも機嫌が悪そうな顔をしたシアが出てきた
「アリシア!大丈夫です?」
さっとシアに駆け寄りながらエステルは聞く
「ふぇ?あ、あぁ……うん、大丈夫だよ」
本人は笑っているつもりなのだろうが、全く笑えていない
むしろ顔が引きっつている
「全く大丈夫そうに見えないんだけど?」
「へーき、へーき…ちょっと言い合いしてただけだもん…お互い引かなくて、ちょっと疲れちゃっただけだよ」
そう言って無理に笑顔を作っている
それがいたたまれなくて、それ以上何も聞けなかった
「さ、終わったんなら行こうぜ?」
「ん、そうだね」
当たり前のようにオレと並んで歩き出す
「…本当に平気か?」
後ろにいるリタ達に聞かれないようにボソッと小声で聞く
「ユーリまで……大丈夫、平気だよ」
苦笑いだけれど、明るい声でシアも小声で言う
ただ、その顔はいつもアレクセイに何か頼まれた時と同じ顔をしている
いつもそうだ
誰にも言うなと言われてるからと、アレクセイから頼まれたことを一人でやる
何をしろと言われたかも教えてくれない
ただ、時々危険なことをしていることは知っていた
それ以外は何も知らない
教えてくれないのだ
それが気に食わなかった
彼氏でも、教えて貰えないことが悔しかった
脅されているんじゃないかと、何度も考えた
実際、アレクセイに会う度に徐々に会いに行くことを拒むことが増えた
会った時もものすごい不機嫌な顔で睨んでいる
それでも、聞いても教えてはくれなかった
なんでもない、大丈夫だと言う
恐らく、言われていることはオレやフレン、下町のみんなに関する事なのだろうとなんとなくその時思った
だから、それ以来聞かないことにした
シアが結界の外に出始めてから、それまで頻繁に来ていた税の徴収が減り始めていたのも、聞かなかった理由の一つだ
提案したのは恐らくアレクセイなのだろう
そこまで予想がついていた
だから聞かなかった
彼女なりに頑張っているのだと思って
だが今回は少し違う
あからさまに何か様子がおかしい
聞いても教えてくれないことなんて分かっていたが、聞かずにいられなかった
「ん、そっか。ほら、んな顔してねぇで元気だせ、な?」
髪をすくってそっとキスする
「あーもう、こんなところでイチャついてんじゃないわよっ!バカップル!」
後ろからリタに怒られるがそんなことは気にしない
「リタ、いつものことだから、気にしてたらキリがないよ?」
顔を後ろに向けながらシアがそう言うとリタは深くため息をつく
「それよりさ、早く行こうよ!」
いつの間に元気になったのか、少し先を早足で進み出す
「あ、アリシア!待ってくださいっ!」
後を追いかけるようにエステルも走り出す
「あ、ちょっと!二人ともー!また怒られるよ!?」
慌ててカロルが二人を止めに向かう
「本当自由よね、あの二人」
「だな。勝手に行くなって言ったの、わかってねぇなありゃ」
軽くため息をついて三人を追いかける
ラピードとカロルに引き止められて、シアもエステルも苦笑いしている
先程までの不機嫌そうな様子はどこにもなくて、少しほっとする
この時、気づけてあげていられたらと後悔したのは、まだ先の話