第1章
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〜犯人〜
ーユーリsideー
「っ!?アリシア…!?」
会場に戻る途中、庭からアリシアの気配が無くなった
フレンに止められたが、そんなのお構いなく庭へと急ぐ
ついて早々、異様な光景が見えた
ラピードとリンクが倒れ込んでいた
「!?ラピードっ!リンクっ!!」
すかさず二匹に近づくが、幸いなことに気を失ってるだけのようだ
「こ、これは…っ!?」
後から来たフレンの驚く声が聞こえてくる
「ラピードっ!それにリンクまで…!」
「チッ…!」
ラピードとリンクを他の奴らに任せて、オレは先ほどまでアリシアといた場所まで一直線に走る
「アリシア…っ!!」
大声を出して彼女の名前を呼ぶが返事がない
一人にするべきでは無かった
今更後悔するが後の祭りだ
「くそっ…!」
傍にあった木の幹を思い切り殴りつける
じわっと血が滲み出すがそんなの気にしてられない
「ユーリ…ラピードとリンクが目を覚ましたよ…?」
「……わかった」
カロルに呼ばれ踵を返して戻る
ラピードとリンクを襲った奴はきっと、アリシアをさらった奴と同じ奴だろう
何が何でも見つけ出してやる
「ワフゥゥン……」
「クゥゥン…」
戻ると二匹ともあからさまに落ち込んでいる
「ラピード、リンク、何があった?」
傍に行って目線を合わせる為にしゃがんだ
「ワゥワゥ…ワンッ!ワンッ…」
「クゥン…ワフゥン……」
「…全然わかりません…」
ラピードとリンクの鳴き声に、エステルは首を傾げる
「…つまり、怪しいヤツが居たから威嚇したら殴られて、意識朦朧としてる中アリシア様が駆け寄って来たのが見えたけど、そいつに後ろから襲われて連れてかれてしまった……ということか…」
冷静にフレンが二匹の言った言葉を言う
オレとフレンは、動物と話すことの出来る精霊術をみにつけていた
……ま、本当は持ち出し禁止のもんなんだが、それは秘密だ
「今の会話……そんな内容だったの…?」
「…………」
無言で唇を噛む
今日の招待客の中にそんな怪しい奴なんていたか?
考えろ……アリシアを連れ去りそうな奴を…
「なんで…なんであの子が連れさらわれなきゃいけないのよ!大体、冤罪だってわかってんのに無理矢理領地横領の罪きせられたんでしょっ!?あの子の親っ!」
怒り狂ったように、リタが悲痛な声をあげる
アリシアが人が多い場所や怒鳴り声が駄目な原因はそれだった
冤罪を着せられた挙句、アリシア自身は関係の無いはずなのに親と共に呼び出され、沢山の貴族共の怒鳴り声や、品定めするような目線を浴びた
…その時のトラウマが、今も尚彼女を縛っているんだ
「そうですよ…!これ以上、彼女に何をするつもりなのですか…」
エステルも辛そうにそう訴えてくる
が、そんなことむしろオレが知りたい
「…そう言えば、そん時に告発した貴族さん、今日いた気がするわよ?」
レイヴンの助言に、一人心当たりのある奴の顔が浮かんだ
「ラピードっ!」
「ガゥッ!」
「悪ぃ、リンクっ!ここで待っててくれっ!」
「あっ!ユーリっ!!」
あいつらの静止など聞かずに、一直線にラピードが教えてくれる道筋を辿る
今日招待したやつの中で、アリシアを邪魔だと感じているような奴をたった一人思い出した
オレの十歳の誕生日会が行われて、アリシアに求婚した翌週、キュモールという貴族にいきなりラグナロク家は告発された
罪状は真っ赤な嘘で証拠も何も無かった
父上もそれを確認していた
それなのに、評議会はラグナロク家を議会から追放した
それが、さっき言った冤罪だ
今でも思い出すと虫唾が走る
だか、あいつなら、アリシアのことを覚えているだろうし、連れ去った理由も検討がつく
「頼む……!間に合ってくれ……っ!」
必死に、そう祈りながらラピードの後を追いかけた
何がなんでも、最悪な事態だけは、避けたい
ーアリシアsideー
ぴちゃん
「っ……ぅ……ん………??」
頬に水が落ちてきて目を覚ます
「ふっ、ようやく起きたね」
「っ!?あっ……やっ………!!」
視線の先には昔、嘘の罪でお父様を告発した貴族、キュモールが剣を片手に立っていた
慌てて逃げようとするが、ジャラっと金属音がして自身の手を見ると壁に固定された鎖に繋がれている
よく見ると足にも同じものがついていて全く動けない
「い…やぁ……っ!」
「可哀想に…田舎でひっそり暮らしていれば痛い思いをせずにすんだのにね」
そう言いながら二の腕に剣の刃を当てると、なんの躊躇もなく一気に斬られた
「ひっ……!つ……ぁ……」
ポタポタと鮮血が床へ落ちる
痛みで意識が飛びそうだ
「折角告訴して田舎暮らしに変えさせて、ユーリ様の婚約者争いから邪魔者を退けたって言うのに…夜会に来てみれば君がいるじゃないか?更にはユーリ様は君と結婚するなんて言ってらっしゃる」
痛みに耐えつつも彼の話を聞く
なんだ…自分の娘が選ばれなかったからって私に八つ当たりしているのね…
「本当目障りなんだよっ!」
ザクッ
「っーーーー!!!やっ………あっ………」
二激目が太ももに刺さり、引き抜かれた場所から腕よりも大量の血が流れる
恐らくかなり深かったのだろう
出血の多さと剣が抜かれる痛みで意識が朦朧とする
「ひっ………や…ぁ……」
「ふふふっ、このまんまほっといても君死んじゃうんだけどさ、僕としてはもっともっと君の悲痛に歪む顔、見ていたいんだよねぇ?」
ニヤニヤと不気味に笑い、太ももの傷を塞がりきらない程度に治した
痛めつけないと気が収まらない、という顔をしている
「なんでこんな娘がユーリ様なんかに好かれたんだろうねっ!」
また剣が振り下ろされる
何度も何度も、文句を言いながら剣を私に振り下ろしてくる
斬りつけては治してまた斬りつける
それを繰り返される
……どのくらい、時間は経っただろうか……
もう、悲鳴すらあげられなかった
「か………は……ぁ………」
ただただ、息をすることさえ辛かった
「さてと………そろそろ、おしまいにしようか?」
朦朧とする意識の中、胸倉を掴まれて心臓に剣を突きつけられる感覚がした
「……ぃ………や………ぁ……」
攻めてもの抵抗で、声をあげようとするが、その声すら、もう出せない
「大丈夫、すぐに君の両親もそっちに行くからね」
そう言いながら徐々に剣を推し進めてくる
チクチクと剣の刃が皮膚を斬ろうとしてくる
「やっ………ぁ………」
もうダメだと、ぎゅっと目を瞑って最期を待つ
……ユーリ……会いたい……助けて……
目を瞑ってしばらくしても体を切り裂く感覚は無かった
あったのは、胸倉を離された感覚とカランッと乾いた音……それに、キュモールが怯える声だった
何があったのかとゆっくり目を開けると
「……けほっけほっ……ゆー………り………?」
目の前ではユーリがキュモールに剣を突きつけ、仁王立ちしていた
「…オレの大事なヤツに手ぇ出した代償、わかってんだろうな?」
いつもよりも何トーンも低い声が聞こえる
それだけ怒っているのだろう
「ひっ…ひぃぃぃぃっ!?」
「……ゆ………り……っ」
「っ!?アリシア!?」
声を振り絞ってユーリの名前を呼ぶと、彼はキュモールが逃げられないように逆結界を張って、私の方へ駆け寄ってくる
…流石魔王様……逆結界を張るのが早いなぁ……
なんて、呑気なことを考える
「…っ!ちょっと待ってろよ…」
辛そうに顔を歪めると、何かの呪文を唱え始める
ガシャァァァァァンっ!と、大きな音をたてて、私を拘束していた鎖が壊れるのと同時に、支えを無くした体はそのまま倒れ込む
間一髪のところでユーリに受け止められた
「アリシア………っ!」
「いっ……っ!?ゆーりっ……!いた……いって……!」
「っ!?あ…ご、ごめん…っ!」
怪我してるのにお構いなしに抱きついてくるとはどうゆう神経しているのさ……
…まぁ、それだけ心配してくれたんだよね……
「ユーリっ!アリシア!!」
少し遠くから、カロルの呼ぶ声が聞こえてくる
「おーおー、やっぱりお前さんかい。……魔王様の寵愛受けてる子に手ぇ出した落とし前、どうなるかくらいはわかってるわよね?」
いつになく真剣なレイヴンの声も聞こえてきた
それと、遠くからカシャッカシャッと、鎧の擦れる音も聞こえてくる
…フレンも、来ているんだろう
ただ、傷を負いすぎて血が足りないようで、意識が朦朧としてくる
「ゆ……り………」
「アリシア………?」
不安そうな顔をして、ユーリは私を見詰めてくる
「……ご…めん……すこし……だけ……ねか…せ、て……?ぜったい………おきる……か……ら………」
そう言いながら、力の入らない手で、そっと支えていてくれる左手に右手を重ねる
「っ!!!アリシア……!!」
ユーリが、名前を呼んだのは聞こえた
……でも、その先は聞こえない
……意識が…薄れていく
このまま…目が覚めなかったら……
そんな不安が、心に過ぎる
………怖い
嫌だ………まだ、ユーリと居たい………
ユーリの………そばに……いたい………
薄れていく意識の中で、私の目が最後に見たのは………
今にも泣きだしそうな、ユーリの顔だった
ーユーリsideー
「っ!!!アリシア………!!!」
何度も何度も、そうやって名前を呼ぶ
が、閉ざされた目が開くことはない
今はただ、眠っているだけ……
そんなこと、わかっている
が、気が動転してしまっている頭では、それが理解できない
もし、このまま……目を覚まさなかったら……
そんな不安で押し潰されそうになる
「ユーリっ!彼女を起こすことよりも先に傷を塞がなければっ!」
「…っ!あ、あぁ…それもそう……だな」
「…僕が傷を塞いでおく、その間に彼をどうするか決めたらどうだい?」
「…わかった」
見かねたフレンがアリシアを手当してくれることになった
確かに今のオレじゃ何も出来ないだろう
……今のオレに出来ることは、たった1つだ
「……おい、キュモール」
「ひぃぃぃぃっ!も、ももも、申し訳ございませんっ!!!」
逆結界の中で怯えたようにキュモールは謝ってくる
が、謝って済むようなものではない
…大事なヤツの、命がかかってんだ
「こんなことしておいて、ただで済むなんて思ってねぇだろうな?」
そう言って、再び愛刀を抜く
「い、いい、命だけはお許しを……!!」
そう言って、さっと顔を青くする
「命だけは??ふざけんなよ。オレの大事なヤツの命奪おうとしておいて、何が命だけはだ!」
「お、おおおお、お願いします!!!!じゅっ、十年前のラっ、ラクナロク家の件について、ひょ、評議会でしっかり、包み隠さず証言致しますから……っ!!!」
振りかざそうとした腕が止まる
「……っつーことは、つまり冤罪をかけたってことなんだな?」
「わ、私だけではありません!!!と、当時の評議会の、はっ、半数が絡んでおります……!!」
…こいつ、自分の命助けるために、他の奴ら巻き込む気かよ
「おーおー、どーするよ大将」
腕を後ろで組みながら、レイブンは聞いてくる
「………その共犯者ってやつら、まさかでっち上げてるんじゃねぇよな?」
「めめめめっ、滅相もございません!!!と、当時の冤罪をかけるためのけっ、計画書も残してあります……!!す、全て、個人個人の同意のサインが入っております……!!!そっ、そちらを証拠として、て、提出致します…!!」
「………ユーリ、信じるの?」
疑いの目をキュモールにかけながら、カロルは聞いてくる
「……………カロル、キュモールの屋敷調べて来い。いいよな?」
「はっ、はいっ!!!ももも、もちろんでございます!!」
「っつーわけだ、頼む」
「………うん!わかった!!」
カロルは少し考え込んだ後、すぐに走って行った
「おっさん、とりあえず地下牢にでも突っ込んで置いてくれ。逃げられでもしたら面倒なんでな」
そう言って逆結界を解き、代わりに錠をかける
これはオレにしか外せない
その上、逃げ出せば何処に行ったかなんて、すぐに追える
「了解了解、ほんじゃま、さっさか歩きなさいな!」
レイヴンはそう言いながら、キュモールと共に城の方へと戻って行く
愛刀を鞘に納めながらアリシアとフレンの元に戻る
「……フレン……!アリシアは……?!」
「落ち着けユーリ。……一応傷は全部塞いだけど、所々深く刺されているね…残念だけど、深い傷跡は消しきれない」
「……っ!!」
胸が痛む、まるで、グサグサと剣で切りつけられているかのように
こんな綺麗な体なのに……やっぱりあいつ殺しておくべきだったか…?
「まぁ、幸いにも普段見えるようなところは浅い傷だけだったし、顔にも傷はひとつもついていないよ」
フォローするかのようにフレンは付け足す
顔を切りつけられなかっただけでも不幸中の幸いだろう
「後は目が覚めても一週間は部屋で大人しくさせていれば平気だろう」
「…わかった、サンキュな、フレン」
「…あぁ…」
フレンからアリシアを受け取り、抱き抱える
自分と同い歳だと言うのに、小さくて、軽い身体……
大方の原因は予想がついているが、本人から話してもらえるまで、気づいていることは黙っているつもりだ
「………悪ぃ、フレン、カロルの方を手伝って貰えねぇか?」
「それは構わないが……」
「………頼む。んで、見つかったら招集かけてくれ………しばらく、アリシアの傍に居てやりてぇんだ」
そう言うと、少し間をあけて、フレンはわかったと言うと、走り去って行った
「………アリシア………」
小声で名前を呼んで、軽く額に唇を落とす
そして、小走りで城へと戻った
ー数日後ー
あれから数日、アリシアはまだ目覚めない
本当ならば、傍に居てやりたいが今日は大事な日だ
早朝から評議会メンバーを招集する
本来であれば、オレの周りに位の高い奴らが座るはずなのだが……
今日はその半数が、オレの向かい側……いや、そもそも、いつもと部屋が違うか
今いる会議場は、いわゆる裁判室と同じような場所だ
一番高い席にオレとフレン…それと何人かの側近
そして、下の段にキュモールの屋敷から見つかった計画書に名前がなかった者達が座る
そして、前方の席に名前のあった奴らが座っている
……あの時から評議会のメンバーは何度か変わっていたから、半数とまではいかないが、少なくとも三分の一の奴らがそちらに居た
…怒りなど、隠しきれるわけが無い
一番前に座っているキュモールは完全に怯えきっている
「………さてと、ここに呼ばれた理由、わかってるよな?」
静かに、だが、鋭い口調で問いかける
何人かはキュモールを見て気づいたようだが、大半は気づいていなかった
……が、そんな態度をとっていてもすぐに明るみに出る
「おいおい、まさか忘れました、なんて言わねえよな?」
怒りを込めて言うと、誰もが肩を竦める
「ラグナロク家の冤罪の時もだが……今回のオレの婚約者の拉致もお前らの計画犯だったことは、もう証拠が出揃い済みなんだよ」
パチンッと指を鳴らすと、幾つもの書類が拡大されて浮かび上がる
それを見て、青ざめない者は一人も居なかった
「……自分たちがやったことを、ラグナロク家に全部押し付けた証拠も含まれてる。……どうゆうことか、わかるよな?」
関与していない者たちから、ざわめきが聞こえてくる
「本当なら、今すぐにでも全員殺しちまいたいとこだが……」
そう言って立ち上がると、一気に静まり返る
被告の方は、大半がガタガタと震えていた
「……オレの愛しいお姫様は、んなこと望まねぇ優しい奴なんでな」
再び、パチンッと指を鳴らせば、被告側の奴らの胸に付けていた評議会議員のバッチが外れ、オレの手元に集まる
「お前らには今後一切、評議会への議員復帰を禁じる!中心となった奴らは貴族という地位も剥奪とする」
オレがそう言うと、それは甘すぎる!といったような声が飛び交った
王都から全員追放すべき、という声が余りにも多かった
残った評議会メンバーで、別室で会議を行い、結果、中心メンバーの王都追放、そして冤罪計画、並びにアリシアの拉致計画に関与した者全員の地位剥奪が決定された
……後で気づいたことだが、残ったメンバー全員が、ラグナロク家当主、レオルと親しい人物だったのだ
そして、この日、ラグナロク家の評議会復帰と汚名返上がようやくなされたのだ
…アリシアが聞いたら、きっと喜ぶはずだ
その日のうちに、追放された奴らの城からの撤退と、中心メンバーの王都追放も決行された
もちろん、強制だ
追放された奴らは二度と王都へ入ることは許されない
そして、追放されなかった奴らも、貴族街への侵入は二度と許されない
王都から追放されなかっただけまだマシだろう
そんな作業をしながら、父上、それとレオルに汚名返上と評議会復帰の件を報告する手紙を書いて送った
レオルは必ず伝えなくてはいけないが、父上は……まぁ、ついで、だな
そんな作業をしていたら、気づけばもう夜が迫ってきていた
「…エステル、アリシア…起きたか…?」
「ユーリっ!いえ……まだです……あの……会議はどうなりました…?」
全て終わって寝室に戻ると、エステルがアリシアの傍に居てくれてた
会議のことを聞かれて、エステルの隣に置いてあった椅子に腰掛けながら話した
「あの件を告発した奴らは全員評議会追放、地位剥奪、中心メンバーは王都追放、関与した者は貴族街への立ち入り禁止が決定して、ついでにもうその処置も終わったよ。…それと、ラグナロク家の評議会復帰と、汚名返上が出来た」
「よかったです!」
そこまで説明すると、とても嬉しそうにエステルは微笑む
「……ついでに、アリシアが目覚めるまで傍に居ていいって許可もらってきた。だからもう戻っていいぜ、エステル」
そう、珍しくちゃんと許可を取ったのだ
取ったって言うよりかは傍に居てやれって怒られたって方が近いかもしれないが……
「わかりました!何かあったら呼んでくださいね!すぐに駆けつけます!」
そう言ってエステルは部屋を出ていった
シン……っと静まりかえった部屋にアリシアの規則正しい呼吸音だけが聞こえている
「……アリシア……早く目、覚ませよ……」
未だに目を覚まさない彼女の手をぎゅっと握りながらそう祈った
本当に、このまま、目を覚まさなかったら…
そんな不安を胸に残したまま、ただただ、目を覚ますことだけを祈った
ーユーリsideー
「っ!?アリシア…!?」
会場に戻る途中、庭からアリシアの気配が無くなった
フレンに止められたが、そんなのお構いなく庭へと急ぐ
ついて早々、異様な光景が見えた
ラピードとリンクが倒れ込んでいた
「!?ラピードっ!リンクっ!!」
すかさず二匹に近づくが、幸いなことに気を失ってるだけのようだ
「こ、これは…っ!?」
後から来たフレンの驚く声が聞こえてくる
「ラピードっ!それにリンクまで…!」
「チッ…!」
ラピードとリンクを他の奴らに任せて、オレは先ほどまでアリシアといた場所まで一直線に走る
「アリシア…っ!!」
大声を出して彼女の名前を呼ぶが返事がない
一人にするべきでは無かった
今更後悔するが後の祭りだ
「くそっ…!」
傍にあった木の幹を思い切り殴りつける
じわっと血が滲み出すがそんなの気にしてられない
「ユーリ…ラピードとリンクが目を覚ましたよ…?」
「……わかった」
カロルに呼ばれ踵を返して戻る
ラピードとリンクを襲った奴はきっと、アリシアをさらった奴と同じ奴だろう
何が何でも見つけ出してやる
「ワフゥゥン……」
「クゥゥン…」
戻ると二匹ともあからさまに落ち込んでいる
「ラピード、リンク、何があった?」
傍に行って目線を合わせる為にしゃがんだ
「ワゥワゥ…ワンッ!ワンッ…」
「クゥン…ワフゥン……」
「…全然わかりません…」
ラピードとリンクの鳴き声に、エステルは首を傾げる
「…つまり、怪しいヤツが居たから威嚇したら殴られて、意識朦朧としてる中アリシア様が駆け寄って来たのが見えたけど、そいつに後ろから襲われて連れてかれてしまった……ということか…」
冷静にフレンが二匹の言った言葉を言う
オレとフレンは、動物と話すことの出来る精霊術をみにつけていた
……ま、本当は持ち出し禁止のもんなんだが、それは秘密だ
「今の会話……そんな内容だったの…?」
「…………」
無言で唇を噛む
今日の招待客の中にそんな怪しい奴なんていたか?
考えろ……アリシアを連れ去りそうな奴を…
「なんで…なんであの子が連れさらわれなきゃいけないのよ!大体、冤罪だってわかってんのに無理矢理領地横領の罪きせられたんでしょっ!?あの子の親っ!」
怒り狂ったように、リタが悲痛な声をあげる
アリシアが人が多い場所や怒鳴り声が駄目な原因はそれだった
冤罪を着せられた挙句、アリシア自身は関係の無いはずなのに親と共に呼び出され、沢山の貴族共の怒鳴り声や、品定めするような目線を浴びた
…その時のトラウマが、今も尚彼女を縛っているんだ
「そうですよ…!これ以上、彼女に何をするつもりなのですか…」
エステルも辛そうにそう訴えてくる
が、そんなことむしろオレが知りたい
「…そう言えば、そん時に告発した貴族さん、今日いた気がするわよ?」
レイヴンの助言に、一人心当たりのある奴の顔が浮かんだ
「ラピードっ!」
「ガゥッ!」
「悪ぃ、リンクっ!ここで待っててくれっ!」
「あっ!ユーリっ!!」
あいつらの静止など聞かずに、一直線にラピードが教えてくれる道筋を辿る
今日招待したやつの中で、アリシアを邪魔だと感じているような奴をたった一人思い出した
オレの十歳の誕生日会が行われて、アリシアに求婚した翌週、キュモールという貴族にいきなりラグナロク家は告発された
罪状は真っ赤な嘘で証拠も何も無かった
父上もそれを確認していた
それなのに、評議会はラグナロク家を議会から追放した
それが、さっき言った冤罪だ
今でも思い出すと虫唾が走る
だか、あいつなら、アリシアのことを覚えているだろうし、連れ去った理由も検討がつく
「頼む……!間に合ってくれ……っ!」
必死に、そう祈りながらラピードの後を追いかけた
何がなんでも、最悪な事態だけは、避けたい
ーアリシアsideー
ぴちゃん
「っ……ぅ……ん………??」
頬に水が落ちてきて目を覚ます
「ふっ、ようやく起きたね」
「っ!?あっ……やっ………!!」
視線の先には昔、嘘の罪でお父様を告発した貴族、キュモールが剣を片手に立っていた
慌てて逃げようとするが、ジャラっと金属音がして自身の手を見ると壁に固定された鎖に繋がれている
よく見ると足にも同じものがついていて全く動けない
「い…やぁ……っ!」
「可哀想に…田舎でひっそり暮らしていれば痛い思いをせずにすんだのにね」
そう言いながら二の腕に剣の刃を当てると、なんの躊躇もなく一気に斬られた
「ひっ……!つ……ぁ……」
ポタポタと鮮血が床へ落ちる
痛みで意識が飛びそうだ
「折角告訴して田舎暮らしに変えさせて、ユーリ様の婚約者争いから邪魔者を退けたって言うのに…夜会に来てみれば君がいるじゃないか?更にはユーリ様は君と結婚するなんて言ってらっしゃる」
痛みに耐えつつも彼の話を聞く
なんだ…自分の娘が選ばれなかったからって私に八つ当たりしているのね…
「本当目障りなんだよっ!」
ザクッ
「っーーーー!!!やっ………あっ………」
二激目が太ももに刺さり、引き抜かれた場所から腕よりも大量の血が流れる
恐らくかなり深かったのだろう
出血の多さと剣が抜かれる痛みで意識が朦朧とする
「ひっ………や…ぁ……」
「ふふふっ、このまんまほっといても君死んじゃうんだけどさ、僕としてはもっともっと君の悲痛に歪む顔、見ていたいんだよねぇ?」
ニヤニヤと不気味に笑い、太ももの傷を塞がりきらない程度に治した
痛めつけないと気が収まらない、という顔をしている
「なんでこんな娘がユーリ様なんかに好かれたんだろうねっ!」
また剣が振り下ろされる
何度も何度も、文句を言いながら剣を私に振り下ろしてくる
斬りつけては治してまた斬りつける
それを繰り返される
……どのくらい、時間は経っただろうか……
もう、悲鳴すらあげられなかった
「か………は……ぁ………」
ただただ、息をすることさえ辛かった
「さてと………そろそろ、おしまいにしようか?」
朦朧とする意識の中、胸倉を掴まれて心臓に剣を突きつけられる感覚がした
「……ぃ………や………ぁ……」
攻めてもの抵抗で、声をあげようとするが、その声すら、もう出せない
「大丈夫、すぐに君の両親もそっちに行くからね」
そう言いながら徐々に剣を推し進めてくる
チクチクと剣の刃が皮膚を斬ろうとしてくる
「やっ………ぁ………」
もうダメだと、ぎゅっと目を瞑って最期を待つ
……ユーリ……会いたい……助けて……
目を瞑ってしばらくしても体を切り裂く感覚は無かった
あったのは、胸倉を離された感覚とカランッと乾いた音……それに、キュモールが怯える声だった
何があったのかとゆっくり目を開けると
「……けほっけほっ……ゆー………り………?」
目の前ではユーリがキュモールに剣を突きつけ、仁王立ちしていた
「…オレの大事なヤツに手ぇ出した代償、わかってんだろうな?」
いつもよりも何トーンも低い声が聞こえる
それだけ怒っているのだろう
「ひっ…ひぃぃぃぃっ!?」
「……ゆ………り……っ」
「っ!?アリシア!?」
声を振り絞ってユーリの名前を呼ぶと、彼はキュモールが逃げられないように逆結界を張って、私の方へ駆け寄ってくる
…流石魔王様……逆結界を張るのが早いなぁ……
なんて、呑気なことを考える
「…っ!ちょっと待ってろよ…」
辛そうに顔を歪めると、何かの呪文を唱え始める
ガシャァァァァァンっ!と、大きな音をたてて、私を拘束していた鎖が壊れるのと同時に、支えを無くした体はそのまま倒れ込む
間一髪のところでユーリに受け止められた
「アリシア………っ!」
「いっ……っ!?ゆーりっ……!いた……いって……!」
「っ!?あ…ご、ごめん…っ!」
怪我してるのにお構いなしに抱きついてくるとはどうゆう神経しているのさ……
…まぁ、それだけ心配してくれたんだよね……
「ユーリっ!アリシア!!」
少し遠くから、カロルの呼ぶ声が聞こえてくる
「おーおー、やっぱりお前さんかい。……魔王様の寵愛受けてる子に手ぇ出した落とし前、どうなるかくらいはわかってるわよね?」
いつになく真剣なレイヴンの声も聞こえてきた
それと、遠くからカシャッカシャッと、鎧の擦れる音も聞こえてくる
…フレンも、来ているんだろう
ただ、傷を負いすぎて血が足りないようで、意識が朦朧としてくる
「ゆ……り………」
「アリシア………?」
不安そうな顔をして、ユーリは私を見詰めてくる
「……ご…めん……すこし……だけ……ねか…せ、て……?ぜったい………おきる……か……ら………」
そう言いながら、力の入らない手で、そっと支えていてくれる左手に右手を重ねる
「っ!!!アリシア……!!」
ユーリが、名前を呼んだのは聞こえた
……でも、その先は聞こえない
……意識が…薄れていく
このまま…目が覚めなかったら……
そんな不安が、心に過ぎる
………怖い
嫌だ………まだ、ユーリと居たい………
ユーリの………そばに……いたい………
薄れていく意識の中で、私の目が最後に見たのは………
今にも泣きだしそうな、ユーリの顔だった
ーユーリsideー
「っ!!!アリシア………!!!」
何度も何度も、そうやって名前を呼ぶ
が、閉ざされた目が開くことはない
今はただ、眠っているだけ……
そんなこと、わかっている
が、気が動転してしまっている頭では、それが理解できない
もし、このまま……目を覚まさなかったら……
そんな不安で押し潰されそうになる
「ユーリっ!彼女を起こすことよりも先に傷を塞がなければっ!」
「…っ!あ、あぁ…それもそう……だな」
「…僕が傷を塞いでおく、その間に彼をどうするか決めたらどうだい?」
「…わかった」
見かねたフレンがアリシアを手当してくれることになった
確かに今のオレじゃ何も出来ないだろう
……今のオレに出来ることは、たった1つだ
「……おい、キュモール」
「ひぃぃぃぃっ!も、ももも、申し訳ございませんっ!!!」
逆結界の中で怯えたようにキュモールは謝ってくる
が、謝って済むようなものではない
…大事なヤツの、命がかかってんだ
「こんなことしておいて、ただで済むなんて思ってねぇだろうな?」
そう言って、再び愛刀を抜く
「い、いい、命だけはお許しを……!!」
そう言って、さっと顔を青くする
「命だけは??ふざけんなよ。オレの大事なヤツの命奪おうとしておいて、何が命だけはだ!」
「お、おおおお、お願いします!!!!じゅっ、十年前のラっ、ラクナロク家の件について、ひょ、評議会でしっかり、包み隠さず証言致しますから……っ!!!」
振りかざそうとした腕が止まる
「……っつーことは、つまり冤罪をかけたってことなんだな?」
「わ、私だけではありません!!!と、当時の評議会の、はっ、半数が絡んでおります……!!」
…こいつ、自分の命助けるために、他の奴ら巻き込む気かよ
「おーおー、どーするよ大将」
腕を後ろで組みながら、レイブンは聞いてくる
「………その共犯者ってやつら、まさかでっち上げてるんじゃねぇよな?」
「めめめめっ、滅相もございません!!!と、当時の冤罪をかけるためのけっ、計画書も残してあります……!!す、全て、個人個人の同意のサインが入っております……!!!そっ、そちらを証拠として、て、提出致します…!!」
「………ユーリ、信じるの?」
疑いの目をキュモールにかけながら、カロルは聞いてくる
「……………カロル、キュモールの屋敷調べて来い。いいよな?」
「はっ、はいっ!!!ももも、もちろんでございます!!」
「っつーわけだ、頼む」
「………うん!わかった!!」
カロルは少し考え込んだ後、すぐに走って行った
「おっさん、とりあえず地下牢にでも突っ込んで置いてくれ。逃げられでもしたら面倒なんでな」
そう言って逆結界を解き、代わりに錠をかける
これはオレにしか外せない
その上、逃げ出せば何処に行ったかなんて、すぐに追える
「了解了解、ほんじゃま、さっさか歩きなさいな!」
レイヴンはそう言いながら、キュモールと共に城の方へと戻って行く
愛刀を鞘に納めながらアリシアとフレンの元に戻る
「……フレン……!アリシアは……?!」
「落ち着けユーリ。……一応傷は全部塞いだけど、所々深く刺されているね…残念だけど、深い傷跡は消しきれない」
「……っ!!」
胸が痛む、まるで、グサグサと剣で切りつけられているかのように
こんな綺麗な体なのに……やっぱりあいつ殺しておくべきだったか…?
「まぁ、幸いにも普段見えるようなところは浅い傷だけだったし、顔にも傷はひとつもついていないよ」
フォローするかのようにフレンは付け足す
顔を切りつけられなかっただけでも不幸中の幸いだろう
「後は目が覚めても一週間は部屋で大人しくさせていれば平気だろう」
「…わかった、サンキュな、フレン」
「…あぁ…」
フレンからアリシアを受け取り、抱き抱える
自分と同い歳だと言うのに、小さくて、軽い身体……
大方の原因は予想がついているが、本人から話してもらえるまで、気づいていることは黙っているつもりだ
「………悪ぃ、フレン、カロルの方を手伝って貰えねぇか?」
「それは構わないが……」
「………頼む。んで、見つかったら招集かけてくれ………しばらく、アリシアの傍に居てやりてぇんだ」
そう言うと、少し間をあけて、フレンはわかったと言うと、走り去って行った
「………アリシア………」
小声で名前を呼んで、軽く額に唇を落とす
そして、小走りで城へと戻った
ー数日後ー
あれから数日、アリシアはまだ目覚めない
本当ならば、傍に居てやりたいが今日は大事な日だ
早朝から評議会メンバーを招集する
本来であれば、オレの周りに位の高い奴らが座るはずなのだが……
今日はその半数が、オレの向かい側……いや、そもそも、いつもと部屋が違うか
今いる会議場は、いわゆる裁判室と同じような場所だ
一番高い席にオレとフレン…それと何人かの側近
そして、下の段にキュモールの屋敷から見つかった計画書に名前がなかった者達が座る
そして、前方の席に名前のあった奴らが座っている
……あの時から評議会のメンバーは何度か変わっていたから、半数とまではいかないが、少なくとも三分の一の奴らがそちらに居た
…怒りなど、隠しきれるわけが無い
一番前に座っているキュモールは完全に怯えきっている
「………さてと、ここに呼ばれた理由、わかってるよな?」
静かに、だが、鋭い口調で問いかける
何人かはキュモールを見て気づいたようだが、大半は気づいていなかった
……が、そんな態度をとっていてもすぐに明るみに出る
「おいおい、まさか忘れました、なんて言わねえよな?」
怒りを込めて言うと、誰もが肩を竦める
「ラグナロク家の冤罪の時もだが……今回のオレの婚約者の拉致もお前らの計画犯だったことは、もう証拠が出揃い済みなんだよ」
パチンッと指を鳴らすと、幾つもの書類が拡大されて浮かび上がる
それを見て、青ざめない者は一人も居なかった
「……自分たちがやったことを、ラグナロク家に全部押し付けた証拠も含まれてる。……どうゆうことか、わかるよな?」
関与していない者たちから、ざわめきが聞こえてくる
「本当なら、今すぐにでも全員殺しちまいたいとこだが……」
そう言って立ち上がると、一気に静まり返る
被告の方は、大半がガタガタと震えていた
「……オレの愛しいお姫様は、んなこと望まねぇ優しい奴なんでな」
再び、パチンッと指を鳴らせば、被告側の奴らの胸に付けていた評議会議員のバッチが外れ、オレの手元に集まる
「お前らには今後一切、評議会への議員復帰を禁じる!中心となった奴らは貴族という地位も剥奪とする」
オレがそう言うと、それは甘すぎる!といったような声が飛び交った
王都から全員追放すべき、という声が余りにも多かった
残った評議会メンバーで、別室で会議を行い、結果、中心メンバーの王都追放、そして冤罪計画、並びにアリシアの拉致計画に関与した者全員の地位剥奪が決定された
……後で気づいたことだが、残ったメンバー全員が、ラグナロク家当主、レオルと親しい人物だったのだ
そして、この日、ラグナロク家の評議会復帰と汚名返上がようやくなされたのだ
…アリシアが聞いたら、きっと喜ぶはずだ
その日のうちに、追放された奴らの城からの撤退と、中心メンバーの王都追放も決行された
もちろん、強制だ
追放された奴らは二度と王都へ入ることは許されない
そして、追放されなかった奴らも、貴族街への侵入は二度と許されない
王都から追放されなかっただけまだマシだろう
そんな作業をしながら、父上、それとレオルに汚名返上と評議会復帰の件を報告する手紙を書いて送った
レオルは必ず伝えなくてはいけないが、父上は……まぁ、ついで、だな
そんな作業をしていたら、気づけばもう夜が迫ってきていた
「…エステル、アリシア…起きたか…?」
「ユーリっ!いえ……まだです……あの……会議はどうなりました…?」
全て終わって寝室に戻ると、エステルがアリシアの傍に居てくれてた
会議のことを聞かれて、エステルの隣に置いてあった椅子に腰掛けながら話した
「あの件を告発した奴らは全員評議会追放、地位剥奪、中心メンバーは王都追放、関与した者は貴族街への立ち入り禁止が決定して、ついでにもうその処置も終わったよ。…それと、ラグナロク家の評議会復帰と、汚名返上が出来た」
「よかったです!」
そこまで説明すると、とても嬉しそうにエステルは微笑む
「……ついでに、アリシアが目覚めるまで傍に居ていいって許可もらってきた。だからもう戻っていいぜ、エステル」
そう、珍しくちゃんと許可を取ったのだ
取ったって言うよりかは傍に居てやれって怒られたって方が近いかもしれないが……
「わかりました!何かあったら呼んでくださいね!すぐに駆けつけます!」
そう言ってエステルは部屋を出ていった
シン……っと静まりかえった部屋にアリシアの規則正しい呼吸音だけが聞こえている
「……アリシア……早く目、覚ませよ……」
未だに目を覚まさない彼女の手をぎゅっと握りながらそう祈った
本当に、このまま、目を覚まさなかったら…
そんな不安を胸に残したまま、ただただ、目を覚ますことだけを祈った