第1章
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〜夜会〜
ー数日後ー
お城に来てから早くも一週間以上の時間が経った
お部屋の位置も覚えたし、ジュディスと一緒にお城の中を歩くことが増えた
日中はエステリーゼやリタ達とお茶をしたり、書庫で本を読んだりしている
それでも、食事の時だけは必ずユーリと一緒だ
ユーリが執務中はエステリーゼ達と過ごす時間が圧倒的に多い
……それにちょっと彼が嫉妬していることに気づいているが、それは内緒
そして、夜は同じベッドで一緒に寝る…
それが、今の私の一日
本当は私とユーリの寝る部屋をしばらくはわけておくはずだったらしいのだけれど……
『あの日』以来、ユーリと同じ部屋で寝ることになった
フレンはいい顔をしなかったのだけれど…
ーー少し遡ってお城に来た次の日ーー
「ん……?」
違和感を覚えて目を覚ますと、すぐ傍にユーリの顔があって少しびっくりする
そういえば昨日一緒に寝たっけ…と1人納得した
時間は朝の六時頃、そろそろ起きなければいけない時間なのだが、ユーリは起きそうにない
「ユーリー、起きてください?」
頬をぺちぺちと叩いてみるが、ん……と唸って抱きしめられる腕に少し力が入った
……可愛い………
って、そうじゃなくて、起こさないと潰されそう
「ユーリー……っ!痛いです…っ!」
足をバタバタとさせるとようやく目が覚めたようで
「ん……?っ!?アリシアっ!?え、あ、なんで!?」
「む…まだ寝ぼけているのですか?昨日一緒に寝たじゃないですか…」
ムスッとして言うと思い出したようで、そうだった…と顔を隠した
少し赤くなっているのが見えたがあえて言わないでおこう
「ふー……アリシア、おはよ」
「ん…ユーリ、おはようございます」
そう言って頬にキスすると、少しびっくりする
そんなにびっくりされることをしただろうか…と、?を浮かべていると、少し間の抜けた声で
「…アリシア…お前、キス魔だったのか…?」
と、聞いてきた
「え?そんなことないと思うのですが…
お父様とお母様がキスはスキンシップだ、とか言って朝起きるといつもしてきていたので習慣づいてしまっただけ…というか」
「あ、そ///」
嬉しかったのか意外だったのかは分からないけれど、とりあえずユーリが真っ赤になってるのが可愛い
「さてと…そろそろ自分の部屋戻んねーと、フレンに怒られそうだわ」
そう言ってユーリはベッドから降りようとする…が、
バタンッ!
「ユーリっ!なんで勝手……に……」
血相を変えてフレンさんが部屋の扉を開けたが、ユーリを見てポカーンとしている
開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう、と思いつつ、なんで驚いているのだろうか…
「あん?なんだよ、人を幽霊みたいな目で見やがって」
ジト目でユーリがフレンさんを見詰める
「あ…いや…その…ユーリ?自分で起きた……のか?」
「あー…いや、アリシアに起こされた」
「なっ!?アリシア様!?なんともなかったですかっ!?」
私が起こしたと聞いた途端、私の元までフレンさんは吹っ飛んできた
「い、いえ、なんともないですよ?一度目に声掛けたら思い切り抱き締められて痛かったですけれど…二度目で起きましたし」
それを聞いて更に驚くフレンさん
一体何故だろう…
「アリシア様…ユーリはですね…かなり寝起きが悪いんですよ…」
「え?そうなんですか?ユーリ」
「らしいな」
「…眠ってるのを妨げると容赦なく刀振り回したりするんですよ…」
その言葉に今度は私がポカーンとする
ユーリが?いやいやいやいや……私が起こしたらちゃんと起きたよ?
寝起きが悪いとか思えない…
「アリシアだからだな、きっと」
ユーリはそう言って髪にキスしてくる
……キス魔はユーリだと思う
顔をあげたユーリは少しニヤニヤしてフレンさんを見ている
この顔はあれだ、いけないこと考えてるときの顔だ
「これなら一緒に寝たって問題ねーだろ?」
ちょっと意地悪そうにフレンさんにユーリは言うが、彼はいやでもしかし……などとブツブツ呟いていた
ーーーーーーーーー
結局、さっと起きてきてくれる方がいい、ということでフレンが折れた
そんなことを考えながら、今日も起こそうとしているのだが…
「…ユーリ、さては起きていますね?」
頬を膨らませて言えば、小馬鹿にしたような笑い声が聞こえる
「ははっ悪ぃ悪ぃ、どうやって起こそうかって考えてるアリシアが可愛くってついつい寝た振りしちまった」
頭を撫でながらユーリはそう言った
「むぅ…そーゆことするならもう起こさないですよ?」
ふぃっと顔を背けると少し焦ったように謝ってくる
それで許してしまう私も私だろう
「さてと…今日の夜はめんどくせぇな」
私の髪を弄りながら、嫌そうな声でユーリは言う
「夜会…でしたっけ?」
「そうそう、めんどくせぇ…なんでお前以外の女達の相手しねーといけねんだよ…ガン無視してお前んとこ行っていい?」
「私は構いませんが、フレンに怒られない程度にしてくださいね、怒るとめんどうですし」
「アリシアも言うようになったな…その調子でその敬語、外してくんねーかな」
苦笑しながらユーリはそう言ってくる
「うーん……もう少しかかりそう…です…」
肩をすくめて言う
昔からの習慣はなかなか抜けてくれないものだ
「ま、別に焦ってはねーよ、アリシアのペースで…な?」
「はい」ニコッ
そう言うとユーリはようやく体を起こして服を着替え始めた
さっと着替えを済ませて準備をしている
「さーてと、今日は夜会まで会えそうにねーや」
ポンポンと頭を撫でながらユーリは寂しそうに言う
「わかりました…
…ユーリ、さっきの訂正します、夜会は私と居てください」
私も流石に夜会まで会えないのは寂しくて、両手をユーリに伸ばして甘えてみる
するとニコッと笑って
「了解、フレン振り切るのは任せとけ」
チュッと軽く唇を重ねる
「はいっ!待ってます」
私もニコッと笑って返す
「んじゃ、先に行くわ」
そう言って、ユーリは部屋を出ていった
私も着替えてエステリーゼのところへ行かないと
エステリーゼとリタとは週に三回ほど、予定が合えばお茶会をするほど仲が良くなった
もちろんジュディスも一緒だ
エステリーゼには散々『エステル』と呼んでほしいと頼まれているのだが、あだ名というものが中々慣れないでいる
さっと寝巻きからユーリが私にと言ってくれたドレスに着替えた
ある程度着替え終わったところで、メイドさんが入って来た
また勝手にお一人で着替えて…と少し怒られてしまったが、そんなに強くは言われなかった
髪を解いたりしてもらって支度を終えると、ジュディスと一緒にエステリーゼ達のところへ向かった
ーーーーーーーーー
「あ、アリシア!待っていましたよ!」
「相変わらずマイペースね、ま、そこもアンタの個性よね」
「待たせてしまってごめんなさい、おはようございます二人とも」
部屋に入ると既にリタとエステリーゼが来ていた
相変わらず行動が早いなぁと思いながら私とジュディスも席につく
「それにしても、ユーリは本当洋服を選ぶセンスがいいですよね」
私の服を見ながらエステリーゼは少し羨ましそうに言う
「え?よくユーリだと分かりましたね…今日初めて着たんですが…」
「うふふ、多分あなたくらいよ、ユーリに貰うまで知らないのは」
ジュディスの言葉にえ?と聞き返してしまった
「あいつ、しょっちゅう執務中にアンタにあげるプレゼント考えてたりするのよ?」
リタの爆弾発言にポカーンとしてしまう
執務中に何をしているのだあの魔王様は……
「フレンが注意しているけど、聞く耳持たないのよね」
「それにアリシアに言ったらタダじゃ置かないって脅したりもしてましたね」
エステリーゼの言葉にさらに驚く
……本当に、何をしているんだか……
「…明日お説教決定ですね」
ボソッと小声で言ったつもりだったが、ジュディスにばっちり聞かれていたらしく…
「あら?今日じゃないのかしら?」
とニコニコと笑いながら聞かれてしまった
「うっ……今日は……その……」
あたふたとしていると、リタが何か思い出したように、あっ、と声をあげる
「そーいえば、さっきすれ違った時、やけに機嫌良かったわよ?夜会大嫌いな癖に」
「っ…!?/////」
そんなわかりやすい反応しないでユーリ…私が恥ずかしいっ!///
まぁ、私もわかりやすい反応をしているので何かあったなんて言うことがバレバレで
「アリシア、ユーリに何言ったんですか??」
目をキラキラと輝かせて聞いてくるエステリーゼが怖い←
「っ///い、言えませんっ!」
とだけ言って顔を背ける
すると、、、
「うふふ、ユーリに今日の夜会、一緒にいて欲しいって甘えていたものね」
と、あっさりジュディスにバラされてしまった
恥ずかしくて泣きそうだ…
「ふふ、アリシアもユーリにそうやって甘えるんですね」
エステリーゼがニコッと笑って言ってくる
やめて…お願いだからその笑顔…
「ジュディス…!!なんで言っちゃうんですか……!」
そう訴えると、悪びれる様子もなく、ただニコニコと笑うだけだった
「ま、いいんじゃないの?結婚前提の付き合いなんでしょ??気にしすぎなのよアリシアは」
エステリーゼが用意してくれていた紅茶を飲みながらリタは言う
「そうゆう問題じゃないんです…」
そう言って私も紅茶を口に含む
甘い香りが口の中に広がる
いつも思うが、エステリーゼが入れてくれる紅茶はとても美味しい
「それよりも、あんたもいい加減、敬語外したらどうなのよ?昔は敬語じゃなかったんでしょ?」
話しにくい、とでも言いたげにリタは見詰めてくる
「……敬語を使わなかったのは随分昔の話なので……まだ少し外すのは……」
苦笑いしながらそう答える
「それに、エステリーゼも敬語ですよ?」
「エステルはずっとお城暮らしだから仕方ないのよ。敬語以外の話し方、この子知らないから」
お茶菓子を手に取りながらリタは言う
…そう言えばエステリーゼは生まれた時からずっとお城暮らしだったっけ……
「アリシア……全然エステルって呼んでくれないです……」
寂しそうに言いながら、エステリーゼが頬を膨らませた
「ごっ、ごめんなさい……あだ名っていうものにも慣れなくて……」
「仕方ないわよ。アリシアだって、人との関わりが殆どなかったんですもの。ゆっくり待ちましょ?」
しゅんとしていると、ジュディスが助け舟を出してくれた
「……そう、だったわね」
何かを思い出したかのようにリタは言う
……まぁ、お城で暮らしていれば、嫌でも耳に入る事だろう
「……アリシア、今日の夜会……出るんですか?」
遠慮気味にエステリーゼが聞いてくる
「………はい、私はユーリの婚約者なので……出ない、わけにはいきませんから…」
カップを握る手に少しばかり力が入る
……大勢の人の中に行くのは怖い
それでも、慣れなければいけない……
だって、私はユーリの……魔王様の婚約者なのだから……
「……あんまり無理しちゃ駄目よ?本当に辛かったら、途中で抜けましょ?」
優しく私の肩に手を置きながら、ジュディスは言ってくる
「……はい、ありがとうございます、ジュディス」
苦笑いしながら答える
エステリーゼとリタは、そんな私を心配そうに見詰めてくる
「大丈夫よ、あたし達が傍に居てあげるから」
「はい、絶対に、傍から離れません」
二人とも、微笑みながら励ましてくれる
「…二人もありがとうございます」
そんなみんなに、精一杯笑ってみせる
「さ、アリシア、そろそろ着替えに戻りましょう?」
そう言って、ジュディスが立ち上がる
「それもそうですね…では、また後で会いましょう」
「ええ、わかりました!」
「それじゃ、後でね」
エステリーゼとリタに後でと言って部屋に戻る
夜会の為に着替えなくては…
早すぎるのでは?と思うかもしれないが、早くはないのだ
『夜会』と言っているが、実際には夜だけでなく昼間からやっている
だから、むしろ遅いくらいだ
「あの、ジュディス、一ついいですか?」
「あら、何かしら?」
歩きながらジュディスに問いかける
「……着替えるの、面倒くさいです」
「ふふ、アリシアもユーリと似ているわね、彼も同じことを言ってたわ」
だって面倒じゃない…わざわざほかの服を着るなんて……ねぇ?
部屋につくなり、メイドさん達にあれやこれと服を着替えさせられ、髪もいつもと違って結ぶことになった
黒と白のドレスに赤い長髪をハーフアップのお団子と、割りと目立つ格好になってしまった
ジュディスはユーリがすぐに見つけられていいじゃない、と言い出す
あんまり目立ちたくないのだが…とため息をつく
乗り気ではないが、渋々会場へと向かう
入り口に来たところでエステリーゼ達と合流した
「さ、入りましょう?」
「う、うん……そう、ですね…」
正直、入りたくない、やだ、部屋に戻りたい
頭の中はそんな単語でいっぱいいっぱいだ
「ほら、行くわよ」
「あっ…ちょっ…リタっ!」
エステリーゼが扉を開けて、リタが私の手を引いて中に入る
もうかなり沢山の人が集まっていて、入るなり沢山の視線が刺さる
(あの髪の色…何処かで…)
(何処の家の子でしょう?)
(何故エステリーゼ様達と……)
(あの方、確かユーリ様と一緒に…)
ヒソヒソと沢山の声が聞こえて冷や汗が出る
怖い
ただひたすらに怖い
あの人を品定めするような目が怖い
「アリシア?大丈夫です?」
「えっ?あ、ごめんなさい…大丈夫です」
エステリーゼが心配そうに顔を覗き込んで来るので慌てて笑顔をつくる
だが、手の平の冷や汗はすごい
(アリシア……?それってラグナロク家の一人娘の名前じゃないか)
(あの元評議会の?)
(まさか、たまたま同じ名前なのだろう)
(そうですわ、ここにいるはずがありませんもの)
そんな嫌味の篭った笑いがどこからともなく聞こえてくる
ぎゅっと胸が痛くなる
……やはり、ここに長時間いられない……
「ったく…真実を知らないくせに…!」
リタは小声で呟くと私の手を離して、ヒソヒソと話している貴族たちの元へ行こうとする
「っ!!リタ……!待ってください…」
慌ててリタの手を握って止める
「なんで止めるのよ…!悔しくないの?!」
リタは自分のことのように悔しそうな顔をして、そう言ってくる
「……あの人たちには、何を言っても無駄です。私は大丈夫、大丈夫ですから……」
そう言って笑ってみせる
かなり引きつった笑顔になっているだろうが、それでも笑う
…折角仲良くなれたのだ
……失いたく、ない
「……わかったわよ」
リタはそう言うと、ヒソヒソと話している貴族たちから、私を遠ざけるように歩き出す
……これが、リタなりの優しさなんだなんろう
「……ユーリ、遅いですね」
扉の方を見詰めながら、エステリーゼは呟く
「……そう、ですね……」
ユーリ……何をしているのだろう……
そんなことを考えている時だった
「ユーリ様っ!」
「ユーリ様ぁ!」
女性達の甲高い声に、扉の方を見れば、いつもと違う礼服に身を包んだユーリが、心底不機嫌そうに立っているのが目に入る
が、雪崩の如く扉の前に現れたユーリの元へと集まり出した女性達で、彼の姿は一瞬でみえなくなった
ユーリの方がモテモテじゃないか…
本当は私も行った方がいいのかもしれないが、そんな勇気はない
「アリシア?いいんです?」
「…あれじゃ近づけないですし…」
しょんぼりとして言う
…本当にあれ、振り切って来れるの……?
少し不安になって見ていると、急に女性達とフレンが騒ぎ出した
「っ!?ユーリっ!?」
「ユーリ様っ!?何処へ行かれたのです!?」
「なんか、アンタの婚約者消えたみたいだけど」
リタが人だかりを指さしながら呆れ気味に言う
「何処に行ったのかしら?」
そう言うジュディスは、どこか楽しそうだ
「あー、ホント、何処行ったんだろうな?」
後ろからユーリの声が聞こえ振り向くと、先程まで扉の方に居たはずのユーリがそこにいた
「っ!?ユっ」
「っと、内緒だっての」
びっくりしてつい叫びそうになったがいつの間にか後ろにいたユーリに口を塞がれ、なんとか周りに聞かれることは無かった
「でも、ここにいたらバレてしまいますよ?」
小声でエステリーゼはユーリに言う
すると、行く場所のアテはあるさ、と彼はニヤっと笑う
「ってことで、フレンとレイブンへの言い訳、任せるわ」
ヒョイっと私を抱き抱えてジュディスに言う
「ええ、任せて」
ニコリと笑ってジュディスは答える
それを見るとユーリは人だかりと反対の扉へ飛び込む
「ユーリ?何処に行くんですか?」
ユーリの首に腕を回しながら聞く
「オレとお前の思い出の場所、さ」
ニコッとユーリは笑顔を見せる
それを見て私も笑う
「ちょっとスピードあげるぜ?しっかり捕まってろよ?」
「はいっ!」
しっかりとユーリにしがみついたのを確認すると更にスピードをあげた
こうしているのも悪くないかな
ーーーーーーーー
「よっと!到着っ!」
しばらく逃げ続けてようやく目的の場所へやって来た
お城の中庭の奥、木々がドーム状の屋根を作った円形のちょっとした広場だ
「ふー、流石にちょっと疲れたぜ」
そう言いながら私を抱えたまま腰を下ろす
「疲れたなら一度降りた方がいいですか?」
「いや、このまんまでいいさ。こっちの方がオレは落ち着く」
そう言いながら私の首元に顔を埋めてくる
「そう……?………ユーリがそれでいいのなら……私はいい……け、ど……///」
勇気を出して、敬語を抜いてみる
が、余りの違和感に顔が熱くなる
「っ!?」
ユーリはバッと顔をあげて私の顔を見つめる
「アリシア…今、敬語抜いたか?」
少し驚いたようにユーリは聞いてくる
「っ~~~////や、やっぱり今の無し…ですっ!//忘れてっ///忘れてくださいっ//」
今度は私がユーリの首元に顔を埋めるが、そのまま押し倒されてしまっていた
いつの間にか顔を隠せないようにと片手で両手を頭の上で抑えられ、もう片方の手は頬に触れている
「アリシア…さっきの、もう一回言って?」
ねだるようにユーリは言う
「っ////恥ずかしい…です…っ//まだ慣れない…ですし……」
少し目線を反らせて言う
すると、耳元でもう一度「もう一回だけ」と低く呟いた
あぁ、それは反則だよ…
そうやって言われたら、さ?言わざるおえないじゃん
「…………私も………それでいい………っ///」
敬語を抜いて人と話すなんてもう幼い頃だけだ
久々の感じに違和感と恥ずかしさを覚え、顔が赤くなっていくのがわかる
「っ!!///アリシア…これから、オレの前で敬語なし、な?そっちの方が可愛い」
「へ…?え?…えっ?!あ、え…で、ですが…っ!」
「敬語使ったら……」
そこで言葉を切ってニヤリと不敵な笑みを浮かべた…かと思えば、私とユーリとの距離がゼロになった
「ひゃっ……っ!?んっ……!?」
「ん……」
完全に油断しきっていて、唇が重なるなり舌を絡め合う
夜寝る前にほぼ毎晩のようにしているキスだが、未だに慣れない
今回はそこまで長くなく、案外すぐに終わった
「ふ…ぁ……」
「はっ…次、敬語使ったら何処でもお構いなくこれすっから」
と、イタズラそうな顔をして言う
「うっ……それは……いや…//」
「じゃ、敬語使わないようにするんだな」
「う…ん////」
「それと、オレ以外には敬語だからな?」
「えっ!?そんな難しい……こと、言わないで…っ!」
「ははっ、冗談だっての」
ニコニコ笑って私の横へゴロンと寝転がる
「もう…」
と言いながら私も自然と笑顔になる
なんだかこの会話がおかしくって、二人して声をあげて笑った
こうやって笑ったのはいつ以来だろうか…
「あーっ、もうずっとこうしてたいわ」
ユーリが抱き寄せながら言う
「私も、ユーリとずっと……こうしていたい」
それに答えるよう、抱きついて言う
この時間が凄く幸せで、このまま時が止まってしまえばいいのに…
「なぁ?このまんまアリシアの家に逃げ込まねーか?オレもう国の仕事とかしたくn」
「何処に行ったかと思えば……アリシア様まで一緒にどうゆうつもりだい?」
「っ!?ふ、フレン!?」
ユーリが喋っている途中でそれを遮るようにフレンが入り口の前で仁王立ちしていた
慌ててユーリから離れて起き上がる
フレン以外にレイヴンとカロル、ジュディス達もいるのが目に入る
ジュディス達はごめんっ!と手を合わせている
どうやら止めようとしたがダメだったらしい
レイヴンとカロルは怒っているフレンの隣で苦笑いしていた
それを見て、ユーリはチッと舌打ちする
「なんだよ、別にいいだろ?アリシアと居たって」
起き上がってそう言い、私を抱き寄せる
「そうゆう問題じゃないだろ!?今日の夜会の主役の君が居なくなってどれだけ混乱してると思っているんだっ!?」
フレンの怒鳴り声が辺りに響き渡る
その声にビクッと肩があがる
「………っ!!」
怒鳴り声は、苦手だ
『あの時』を、思い出してしまうから
一瞬、脳裏に蘇った記憶に体が硬直し、身動きが取れなくなってしまった
「おい、フレン!アリシアの前で怒鳴るなって、言っただろ…!」
ユーリは控え目に怒りながら、後ろから抱きしめていた私の体の向きを変えて、私の目にユーリが写るように抱きしめ直す
「大丈夫かしら?」
心配そうなジュディスの声が近くで聞こえ、同時に頭を撫でられた
……これは、ジュディスの手だ
「フレン…流石にこれはお前さんが悪いわよ」
少し咎めるようなレイヴンの声が聞こえる
「そうだよ、アリシアが怒鳴り声と人が多い場所駄目なこと、ユーリに散々聞かされたのに忘れたの?」
不服そうなカロルの声も聞こえてきた
「うっ……だっ、だが、ユーリが勝手に居なくなるから…!!」
「それはユーリが悪いですが…アリシアの様子を見て、そうすることを選んだんだと思います」
「そうね。あの子のこと見て、散々悪口言う馬鹿ども多かったものね。怯えてたの、見えなかった?」
エステリーゼとリタが追い討ちをかけるようにフレンに言ったのも聞こえてきた
……あの、何もみんなそこまで言わなくても……
「ぐっ………怒鳴ったのは僕が悪かった……だが、頼むから勝手に居なくなるのはやめてくれ……」
謝りながら、注意してくるフレンの声が聞こえた
「へいへい…じゃあアリシアと二人になりたいときゃ言うから邪魔しないでくれっての」
ユーリがそう適当にあしらう
「……ユーリ、もう、大丈夫……」
私はそう言って、顔をあげる
「……本当に大丈夫か?」
心配そうに頬を撫でながら聞いてくる
「…ん、大丈夫」
そう言って笑いかける
「無理して笑うなって馬鹿」
が、無理してたなんてすぐにバレて、再びぎゅっと抱きしめられる
ユーリの鼓動が聞こえるくらいに、距離が近い
……この音が、心地いい
「時と場合は考えてくれ…今日は我慢してくれ、一応仕事なんだから」
フレンが咎めるようにユーリに言う
そう、今日の夜会は、一応交流という名の仕事なんだ
…だから、ユーリは行かないといけない
「めんどくせぇ……」
が、本人は心底嫌そうにそう言う
「んー、でもねぇ、大将、これ大事なのよ一応」
「わーってるけどよ…なんでアリシア以外の女相手にしなきゃなんねぇんだよ…マジどうにかしてくれ、あいつら」
片手で頭を掻きながら、ユーリは本気で悩み出す
「とりあえず…何にせよ一度戻るよ」
フレンがそう言って、歩み寄ってくる音が聞こえる
「……こんな状態のアリシア、ほっとけって言うのかよ、お前」
鋭い声でユーリがフレンに言った
ユーリからしたらほっとけないんだろう
「そうは言わないが…!」
「…ユーリ、私は大丈夫だから……行ってきて?」
ユーリの顔を見詰めて、そう言う
…正直、傍にいて欲しい
けれど、そのせいで他の貴族からの信用を、ユーリが無くすのは嫌だ
「で、でもな、アリシア…」
「大丈夫、本当に、大丈夫……だから!」
無理して笑うな、とは言われたが、これ以上心配をかけるのも嫌で、やはり無理して笑ってしまう
ユーリも多分、それに気づいたんだろう
少し考えて、ものすごく嫌そうな顔をする
「……すぐ、マジですぐ戻ってくる。だから、待っててくれるか?」
そう聞きながら、頭を撫でてくる
「待ってるよ……待つのは、得意だから」
ニコッと笑うと、ユーリも、苦笑いではあるが笑い返してくれる
軽く頬にキスを落とすと、すっと立ち上がってユーリは会場へとフレンとレイヴン、カロルを連れて戻った
「三人も…戻っていいよ、少し一人で…ここにいたいんだ」
「あら、敬語ちゃんと外れたのね」
少し驚きながら、嬉しそうにジュディスは微笑む
「…敬語、外さないとユーリに怒られちゃう…から」
肩を竦めてそう答える
「そっちの方が良いんじゃない?アンタらしくて」
「一歩前進、ですね!」
「…ありがとう、三人とも」ニコッ
「それじゃあアリシア、また後で、ね」
そう言ってエステリーゼ達も戻って行った
残ったのは私一人…の筈だった
ガサガサっ
「ウーッワンッ!ワンッ!」
「ワオーン!!」
「…?リンク?ラピード?」
リンクとラピードの唸り声が聞こえ、立ち上がって声の聞こえた方向へ向かおうとする
が、
「ワンッ!ワンッ!!」
「チッ!」
ガツンっ!
鈍い音が聞こえてリンクの鳴き声が聞こえなくなった
「…っ!?リンクっ!?」
「ウー!!ワンッ!!!」
「邪魔だっ!」
ゴスッ!
鈍い音と男の声が聞こえ、今度はラピードの鳴き声が聞こえなくなった
「ラピード…!」
名前を呼びながら、小走りで声の聞こえた場所へ向かう
そこにつくとリンクとラピードが倒れていた
「っ…!リンクっ!ラピード…っ!しっかりして…っ!」
慌てて二匹に駆け寄ろうとした…だが
ガシッ!「きゃっ…っ!?だ…っ!?んっ!?」
後ろから腕を捕まれ口を布で塞がれる
「…うるさい…黙って寝てろ」
ジタバタと暴れるが中々抜け出せそうにはない
声のトーンも低いし、恐らく男なのだろう
……それに、何処かで聞いたことのある声な気がする
そんなことを必死で考えようとするが、布に何か薬を染み込ませていたみたいで、徐々に眠くなってきた
体に力が入らなくなって、抵抗することすら出来なくなる
それでも、頑張ってリンクとラピードを呼びながら手を伸ばす
「ふっ……ん…………り……んく……らぴ………ど……」
……その伸ばした手は届かなくて
朦朧としだした意識の中で……不意に『あの時』の光景が頭に過ぎる
……また、私のせいで…………
薄れていく意識の中、最後に聞こえたのは男の高笑いだった
ー数日後ー
お城に来てから早くも一週間以上の時間が経った
お部屋の位置も覚えたし、ジュディスと一緒にお城の中を歩くことが増えた
日中はエステリーゼやリタ達とお茶をしたり、書庫で本を読んだりしている
それでも、食事の時だけは必ずユーリと一緒だ
ユーリが執務中はエステリーゼ達と過ごす時間が圧倒的に多い
……それにちょっと彼が嫉妬していることに気づいているが、それは内緒
そして、夜は同じベッドで一緒に寝る…
それが、今の私の一日
本当は私とユーリの寝る部屋をしばらくはわけておくはずだったらしいのだけれど……
『あの日』以来、ユーリと同じ部屋で寝ることになった
フレンはいい顔をしなかったのだけれど…
ーー少し遡ってお城に来た次の日ーー
「ん……?」
違和感を覚えて目を覚ますと、すぐ傍にユーリの顔があって少しびっくりする
そういえば昨日一緒に寝たっけ…と1人納得した
時間は朝の六時頃、そろそろ起きなければいけない時間なのだが、ユーリは起きそうにない
「ユーリー、起きてください?」
頬をぺちぺちと叩いてみるが、ん……と唸って抱きしめられる腕に少し力が入った
……可愛い………
って、そうじゃなくて、起こさないと潰されそう
「ユーリー……っ!痛いです…っ!」
足をバタバタとさせるとようやく目が覚めたようで
「ん……?っ!?アリシアっ!?え、あ、なんで!?」
「む…まだ寝ぼけているのですか?昨日一緒に寝たじゃないですか…」
ムスッとして言うと思い出したようで、そうだった…と顔を隠した
少し赤くなっているのが見えたがあえて言わないでおこう
「ふー……アリシア、おはよ」
「ん…ユーリ、おはようございます」
そう言って頬にキスすると、少しびっくりする
そんなにびっくりされることをしただろうか…と、?を浮かべていると、少し間の抜けた声で
「…アリシア…お前、キス魔だったのか…?」
と、聞いてきた
「え?そんなことないと思うのですが…
お父様とお母様がキスはスキンシップだ、とか言って朝起きるといつもしてきていたので習慣づいてしまっただけ…というか」
「あ、そ///」
嬉しかったのか意外だったのかは分からないけれど、とりあえずユーリが真っ赤になってるのが可愛い
「さてと…そろそろ自分の部屋戻んねーと、フレンに怒られそうだわ」
そう言ってユーリはベッドから降りようとする…が、
バタンッ!
「ユーリっ!なんで勝手……に……」
血相を変えてフレンさんが部屋の扉を開けたが、ユーリを見てポカーンとしている
開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう、と思いつつ、なんで驚いているのだろうか…
「あん?なんだよ、人を幽霊みたいな目で見やがって」
ジト目でユーリがフレンさんを見詰める
「あ…いや…その…ユーリ?自分で起きた……のか?」
「あー…いや、アリシアに起こされた」
「なっ!?アリシア様!?なんともなかったですかっ!?」
私が起こしたと聞いた途端、私の元までフレンさんは吹っ飛んできた
「い、いえ、なんともないですよ?一度目に声掛けたら思い切り抱き締められて痛かったですけれど…二度目で起きましたし」
それを聞いて更に驚くフレンさん
一体何故だろう…
「アリシア様…ユーリはですね…かなり寝起きが悪いんですよ…」
「え?そうなんですか?ユーリ」
「らしいな」
「…眠ってるのを妨げると容赦なく刀振り回したりするんですよ…」
その言葉に今度は私がポカーンとする
ユーリが?いやいやいやいや……私が起こしたらちゃんと起きたよ?
寝起きが悪いとか思えない…
「アリシアだからだな、きっと」
ユーリはそう言って髪にキスしてくる
……キス魔はユーリだと思う
顔をあげたユーリは少しニヤニヤしてフレンさんを見ている
この顔はあれだ、いけないこと考えてるときの顔だ
「これなら一緒に寝たって問題ねーだろ?」
ちょっと意地悪そうにフレンさんにユーリは言うが、彼はいやでもしかし……などとブツブツ呟いていた
ーーーーーーーーー
結局、さっと起きてきてくれる方がいい、ということでフレンが折れた
そんなことを考えながら、今日も起こそうとしているのだが…
「…ユーリ、さては起きていますね?」
頬を膨らませて言えば、小馬鹿にしたような笑い声が聞こえる
「ははっ悪ぃ悪ぃ、どうやって起こそうかって考えてるアリシアが可愛くってついつい寝た振りしちまった」
頭を撫でながらユーリはそう言った
「むぅ…そーゆことするならもう起こさないですよ?」
ふぃっと顔を背けると少し焦ったように謝ってくる
それで許してしまう私も私だろう
「さてと…今日の夜はめんどくせぇな」
私の髪を弄りながら、嫌そうな声でユーリは言う
「夜会…でしたっけ?」
「そうそう、めんどくせぇ…なんでお前以外の女達の相手しねーといけねんだよ…ガン無視してお前んとこ行っていい?」
「私は構いませんが、フレンに怒られない程度にしてくださいね、怒るとめんどうですし」
「アリシアも言うようになったな…その調子でその敬語、外してくんねーかな」
苦笑しながらユーリはそう言ってくる
「うーん……もう少しかかりそう…です…」
肩をすくめて言う
昔からの習慣はなかなか抜けてくれないものだ
「ま、別に焦ってはねーよ、アリシアのペースで…な?」
「はい」ニコッ
そう言うとユーリはようやく体を起こして服を着替え始めた
さっと着替えを済ませて準備をしている
「さーてと、今日は夜会まで会えそうにねーや」
ポンポンと頭を撫でながらユーリは寂しそうに言う
「わかりました…
…ユーリ、さっきの訂正します、夜会は私と居てください」
私も流石に夜会まで会えないのは寂しくて、両手をユーリに伸ばして甘えてみる
するとニコッと笑って
「了解、フレン振り切るのは任せとけ」
チュッと軽く唇を重ねる
「はいっ!待ってます」
私もニコッと笑って返す
「んじゃ、先に行くわ」
そう言って、ユーリは部屋を出ていった
私も着替えてエステリーゼのところへ行かないと
エステリーゼとリタとは週に三回ほど、予定が合えばお茶会をするほど仲が良くなった
もちろんジュディスも一緒だ
エステリーゼには散々『エステル』と呼んでほしいと頼まれているのだが、あだ名というものが中々慣れないでいる
さっと寝巻きからユーリが私にと言ってくれたドレスに着替えた
ある程度着替え終わったところで、メイドさんが入って来た
また勝手にお一人で着替えて…と少し怒られてしまったが、そんなに強くは言われなかった
髪を解いたりしてもらって支度を終えると、ジュディスと一緒にエステリーゼ達のところへ向かった
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「あ、アリシア!待っていましたよ!」
「相変わらずマイペースね、ま、そこもアンタの個性よね」
「待たせてしまってごめんなさい、おはようございます二人とも」
部屋に入ると既にリタとエステリーゼが来ていた
相変わらず行動が早いなぁと思いながら私とジュディスも席につく
「それにしても、ユーリは本当洋服を選ぶセンスがいいですよね」
私の服を見ながらエステリーゼは少し羨ましそうに言う
「え?よくユーリだと分かりましたね…今日初めて着たんですが…」
「うふふ、多分あなたくらいよ、ユーリに貰うまで知らないのは」
ジュディスの言葉にえ?と聞き返してしまった
「あいつ、しょっちゅう執務中にアンタにあげるプレゼント考えてたりするのよ?」
リタの爆弾発言にポカーンとしてしまう
執務中に何をしているのだあの魔王様は……
「フレンが注意しているけど、聞く耳持たないのよね」
「それにアリシアに言ったらタダじゃ置かないって脅したりもしてましたね」
エステリーゼの言葉にさらに驚く
……本当に、何をしているんだか……
「…明日お説教決定ですね」
ボソッと小声で言ったつもりだったが、ジュディスにばっちり聞かれていたらしく…
「あら?今日じゃないのかしら?」
とニコニコと笑いながら聞かれてしまった
「うっ……今日は……その……」
あたふたとしていると、リタが何か思い出したように、あっ、と声をあげる
「そーいえば、さっきすれ違った時、やけに機嫌良かったわよ?夜会大嫌いな癖に」
「っ…!?/////」
そんなわかりやすい反応しないでユーリ…私が恥ずかしいっ!///
まぁ、私もわかりやすい反応をしているので何かあったなんて言うことがバレバレで
「アリシア、ユーリに何言ったんですか??」
目をキラキラと輝かせて聞いてくるエステリーゼが怖い←
「っ///い、言えませんっ!」
とだけ言って顔を背ける
すると、、、
「うふふ、ユーリに今日の夜会、一緒にいて欲しいって甘えていたものね」
と、あっさりジュディスにバラされてしまった
恥ずかしくて泣きそうだ…
「ふふ、アリシアもユーリにそうやって甘えるんですね」
エステリーゼがニコッと笑って言ってくる
やめて…お願いだからその笑顔…
「ジュディス…!!なんで言っちゃうんですか……!」
そう訴えると、悪びれる様子もなく、ただニコニコと笑うだけだった
「ま、いいんじゃないの?結婚前提の付き合いなんでしょ??気にしすぎなのよアリシアは」
エステリーゼが用意してくれていた紅茶を飲みながらリタは言う
「そうゆう問題じゃないんです…」
そう言って私も紅茶を口に含む
甘い香りが口の中に広がる
いつも思うが、エステリーゼが入れてくれる紅茶はとても美味しい
「それよりも、あんたもいい加減、敬語外したらどうなのよ?昔は敬語じゃなかったんでしょ?」
話しにくい、とでも言いたげにリタは見詰めてくる
「……敬語を使わなかったのは随分昔の話なので……まだ少し外すのは……」
苦笑いしながらそう答える
「それに、エステリーゼも敬語ですよ?」
「エステルはずっとお城暮らしだから仕方ないのよ。敬語以外の話し方、この子知らないから」
お茶菓子を手に取りながらリタは言う
…そう言えばエステリーゼは生まれた時からずっとお城暮らしだったっけ……
「アリシア……全然エステルって呼んでくれないです……」
寂しそうに言いながら、エステリーゼが頬を膨らませた
「ごっ、ごめんなさい……あだ名っていうものにも慣れなくて……」
「仕方ないわよ。アリシアだって、人との関わりが殆どなかったんですもの。ゆっくり待ちましょ?」
しゅんとしていると、ジュディスが助け舟を出してくれた
「……そう、だったわね」
何かを思い出したかのようにリタは言う
……まぁ、お城で暮らしていれば、嫌でも耳に入る事だろう
「……アリシア、今日の夜会……出るんですか?」
遠慮気味にエステリーゼが聞いてくる
「………はい、私はユーリの婚約者なので……出ない、わけにはいきませんから…」
カップを握る手に少しばかり力が入る
……大勢の人の中に行くのは怖い
それでも、慣れなければいけない……
だって、私はユーリの……魔王様の婚約者なのだから……
「……あんまり無理しちゃ駄目よ?本当に辛かったら、途中で抜けましょ?」
優しく私の肩に手を置きながら、ジュディスは言ってくる
「……はい、ありがとうございます、ジュディス」
苦笑いしながら答える
エステリーゼとリタは、そんな私を心配そうに見詰めてくる
「大丈夫よ、あたし達が傍に居てあげるから」
「はい、絶対に、傍から離れません」
二人とも、微笑みながら励ましてくれる
「…二人もありがとうございます」
そんなみんなに、精一杯笑ってみせる
「さ、アリシア、そろそろ着替えに戻りましょう?」
そう言って、ジュディスが立ち上がる
「それもそうですね…では、また後で会いましょう」
「ええ、わかりました!」
「それじゃ、後でね」
エステリーゼとリタに後でと言って部屋に戻る
夜会の為に着替えなくては…
早すぎるのでは?と思うかもしれないが、早くはないのだ
『夜会』と言っているが、実際には夜だけでなく昼間からやっている
だから、むしろ遅いくらいだ
「あの、ジュディス、一ついいですか?」
「あら、何かしら?」
歩きながらジュディスに問いかける
「……着替えるの、面倒くさいです」
「ふふ、アリシアもユーリと似ているわね、彼も同じことを言ってたわ」
だって面倒じゃない…わざわざほかの服を着るなんて……ねぇ?
部屋につくなり、メイドさん達にあれやこれと服を着替えさせられ、髪もいつもと違って結ぶことになった
黒と白のドレスに赤い長髪をハーフアップのお団子と、割りと目立つ格好になってしまった
ジュディスはユーリがすぐに見つけられていいじゃない、と言い出す
あんまり目立ちたくないのだが…とため息をつく
乗り気ではないが、渋々会場へと向かう
入り口に来たところでエステリーゼ達と合流した
「さ、入りましょう?」
「う、うん……そう、ですね…」
正直、入りたくない、やだ、部屋に戻りたい
頭の中はそんな単語でいっぱいいっぱいだ
「ほら、行くわよ」
「あっ…ちょっ…リタっ!」
エステリーゼが扉を開けて、リタが私の手を引いて中に入る
もうかなり沢山の人が集まっていて、入るなり沢山の視線が刺さる
(あの髪の色…何処かで…)
(何処の家の子でしょう?)
(何故エステリーゼ様達と……)
(あの方、確かユーリ様と一緒に…)
ヒソヒソと沢山の声が聞こえて冷や汗が出る
怖い
ただひたすらに怖い
あの人を品定めするような目が怖い
「アリシア?大丈夫です?」
「えっ?あ、ごめんなさい…大丈夫です」
エステリーゼが心配そうに顔を覗き込んで来るので慌てて笑顔をつくる
だが、手の平の冷や汗はすごい
(アリシア……?それってラグナロク家の一人娘の名前じゃないか)
(あの元評議会の?)
(まさか、たまたま同じ名前なのだろう)
(そうですわ、ここにいるはずがありませんもの)
そんな嫌味の篭った笑いがどこからともなく聞こえてくる
ぎゅっと胸が痛くなる
……やはり、ここに長時間いられない……
「ったく…真実を知らないくせに…!」
リタは小声で呟くと私の手を離して、ヒソヒソと話している貴族たちの元へ行こうとする
「っ!!リタ……!待ってください…」
慌ててリタの手を握って止める
「なんで止めるのよ…!悔しくないの?!」
リタは自分のことのように悔しそうな顔をして、そう言ってくる
「……あの人たちには、何を言っても無駄です。私は大丈夫、大丈夫ですから……」
そう言って笑ってみせる
かなり引きつった笑顔になっているだろうが、それでも笑う
…折角仲良くなれたのだ
……失いたく、ない
「……わかったわよ」
リタはそう言うと、ヒソヒソと話している貴族たちから、私を遠ざけるように歩き出す
……これが、リタなりの優しさなんだなんろう
「……ユーリ、遅いですね」
扉の方を見詰めながら、エステリーゼは呟く
「……そう、ですね……」
ユーリ……何をしているのだろう……
そんなことを考えている時だった
「ユーリ様っ!」
「ユーリ様ぁ!」
女性達の甲高い声に、扉の方を見れば、いつもと違う礼服に身を包んだユーリが、心底不機嫌そうに立っているのが目に入る
が、雪崩の如く扉の前に現れたユーリの元へと集まり出した女性達で、彼の姿は一瞬でみえなくなった
ユーリの方がモテモテじゃないか…
本当は私も行った方がいいのかもしれないが、そんな勇気はない
「アリシア?いいんです?」
「…あれじゃ近づけないですし…」
しょんぼりとして言う
…本当にあれ、振り切って来れるの……?
少し不安になって見ていると、急に女性達とフレンが騒ぎ出した
「っ!?ユーリっ!?」
「ユーリ様っ!?何処へ行かれたのです!?」
「なんか、アンタの婚約者消えたみたいだけど」
リタが人だかりを指さしながら呆れ気味に言う
「何処に行ったのかしら?」
そう言うジュディスは、どこか楽しそうだ
「あー、ホント、何処行ったんだろうな?」
後ろからユーリの声が聞こえ振り向くと、先程まで扉の方に居たはずのユーリがそこにいた
「っ!?ユっ」
「っと、内緒だっての」
びっくりしてつい叫びそうになったがいつの間にか後ろにいたユーリに口を塞がれ、なんとか周りに聞かれることは無かった
「でも、ここにいたらバレてしまいますよ?」
小声でエステリーゼはユーリに言う
すると、行く場所のアテはあるさ、と彼はニヤっと笑う
「ってことで、フレンとレイブンへの言い訳、任せるわ」
ヒョイっと私を抱き抱えてジュディスに言う
「ええ、任せて」
ニコリと笑ってジュディスは答える
それを見るとユーリは人だかりと反対の扉へ飛び込む
「ユーリ?何処に行くんですか?」
ユーリの首に腕を回しながら聞く
「オレとお前の思い出の場所、さ」
ニコッとユーリは笑顔を見せる
それを見て私も笑う
「ちょっとスピードあげるぜ?しっかり捕まってろよ?」
「はいっ!」
しっかりとユーリにしがみついたのを確認すると更にスピードをあげた
こうしているのも悪くないかな
ーーーーーーーー
「よっと!到着っ!」
しばらく逃げ続けてようやく目的の場所へやって来た
お城の中庭の奥、木々がドーム状の屋根を作った円形のちょっとした広場だ
「ふー、流石にちょっと疲れたぜ」
そう言いながら私を抱えたまま腰を下ろす
「疲れたなら一度降りた方がいいですか?」
「いや、このまんまでいいさ。こっちの方がオレは落ち着く」
そう言いながら私の首元に顔を埋めてくる
「そう……?………ユーリがそれでいいのなら……私はいい……け、ど……///」
勇気を出して、敬語を抜いてみる
が、余りの違和感に顔が熱くなる
「っ!?」
ユーリはバッと顔をあげて私の顔を見つめる
「アリシア…今、敬語抜いたか?」
少し驚いたようにユーリは聞いてくる
「っ~~~////や、やっぱり今の無し…ですっ!//忘れてっ///忘れてくださいっ//」
今度は私がユーリの首元に顔を埋めるが、そのまま押し倒されてしまっていた
いつの間にか顔を隠せないようにと片手で両手を頭の上で抑えられ、もう片方の手は頬に触れている
「アリシア…さっきの、もう一回言って?」
ねだるようにユーリは言う
「っ////恥ずかしい…です…っ//まだ慣れない…ですし……」
少し目線を反らせて言う
すると、耳元でもう一度「もう一回だけ」と低く呟いた
あぁ、それは反則だよ…
そうやって言われたら、さ?言わざるおえないじゃん
「…………私も………それでいい………っ///」
敬語を抜いて人と話すなんてもう幼い頃だけだ
久々の感じに違和感と恥ずかしさを覚え、顔が赤くなっていくのがわかる
「っ!!///アリシア…これから、オレの前で敬語なし、な?そっちの方が可愛い」
「へ…?え?…えっ?!あ、え…で、ですが…っ!」
「敬語使ったら……」
そこで言葉を切ってニヤリと不敵な笑みを浮かべた…かと思えば、私とユーリとの距離がゼロになった
「ひゃっ……っ!?んっ……!?」
「ん……」
完全に油断しきっていて、唇が重なるなり舌を絡め合う
夜寝る前にほぼ毎晩のようにしているキスだが、未だに慣れない
今回はそこまで長くなく、案外すぐに終わった
「ふ…ぁ……」
「はっ…次、敬語使ったら何処でもお構いなくこれすっから」
と、イタズラそうな顔をして言う
「うっ……それは……いや…//」
「じゃ、敬語使わないようにするんだな」
「う…ん////」
「それと、オレ以外には敬語だからな?」
「えっ!?そんな難しい……こと、言わないで…っ!」
「ははっ、冗談だっての」
ニコニコ笑って私の横へゴロンと寝転がる
「もう…」
と言いながら私も自然と笑顔になる
なんだかこの会話がおかしくって、二人して声をあげて笑った
こうやって笑ったのはいつ以来だろうか…
「あーっ、もうずっとこうしてたいわ」
ユーリが抱き寄せながら言う
「私も、ユーリとずっと……こうしていたい」
それに答えるよう、抱きついて言う
この時間が凄く幸せで、このまま時が止まってしまえばいいのに…
「なぁ?このまんまアリシアの家に逃げ込まねーか?オレもう国の仕事とかしたくn」
「何処に行ったかと思えば……アリシア様まで一緒にどうゆうつもりだい?」
「っ!?ふ、フレン!?」
ユーリが喋っている途中でそれを遮るようにフレンが入り口の前で仁王立ちしていた
慌ててユーリから離れて起き上がる
フレン以外にレイヴンとカロル、ジュディス達もいるのが目に入る
ジュディス達はごめんっ!と手を合わせている
どうやら止めようとしたがダメだったらしい
レイヴンとカロルは怒っているフレンの隣で苦笑いしていた
それを見て、ユーリはチッと舌打ちする
「なんだよ、別にいいだろ?アリシアと居たって」
起き上がってそう言い、私を抱き寄せる
「そうゆう問題じゃないだろ!?今日の夜会の主役の君が居なくなってどれだけ混乱してると思っているんだっ!?」
フレンの怒鳴り声が辺りに響き渡る
その声にビクッと肩があがる
「………っ!!」
怒鳴り声は、苦手だ
『あの時』を、思い出してしまうから
一瞬、脳裏に蘇った記憶に体が硬直し、身動きが取れなくなってしまった
「おい、フレン!アリシアの前で怒鳴るなって、言っただろ…!」
ユーリは控え目に怒りながら、後ろから抱きしめていた私の体の向きを変えて、私の目にユーリが写るように抱きしめ直す
「大丈夫かしら?」
心配そうなジュディスの声が近くで聞こえ、同時に頭を撫でられた
……これは、ジュディスの手だ
「フレン…流石にこれはお前さんが悪いわよ」
少し咎めるようなレイヴンの声が聞こえる
「そうだよ、アリシアが怒鳴り声と人が多い場所駄目なこと、ユーリに散々聞かされたのに忘れたの?」
不服そうなカロルの声も聞こえてきた
「うっ……だっ、だが、ユーリが勝手に居なくなるから…!!」
「それはユーリが悪いですが…アリシアの様子を見て、そうすることを選んだんだと思います」
「そうね。あの子のこと見て、散々悪口言う馬鹿ども多かったものね。怯えてたの、見えなかった?」
エステリーゼとリタが追い討ちをかけるようにフレンに言ったのも聞こえてきた
……あの、何もみんなそこまで言わなくても……
「ぐっ………怒鳴ったのは僕が悪かった……だが、頼むから勝手に居なくなるのはやめてくれ……」
謝りながら、注意してくるフレンの声が聞こえた
「へいへい…じゃあアリシアと二人になりたいときゃ言うから邪魔しないでくれっての」
ユーリがそう適当にあしらう
「……ユーリ、もう、大丈夫……」
私はそう言って、顔をあげる
「……本当に大丈夫か?」
心配そうに頬を撫でながら聞いてくる
「…ん、大丈夫」
そう言って笑いかける
「無理して笑うなって馬鹿」
が、無理してたなんてすぐにバレて、再びぎゅっと抱きしめられる
ユーリの鼓動が聞こえるくらいに、距離が近い
……この音が、心地いい
「時と場合は考えてくれ…今日は我慢してくれ、一応仕事なんだから」
フレンが咎めるようにユーリに言う
そう、今日の夜会は、一応交流という名の仕事なんだ
…だから、ユーリは行かないといけない
「めんどくせぇ……」
が、本人は心底嫌そうにそう言う
「んー、でもねぇ、大将、これ大事なのよ一応」
「わーってるけどよ…なんでアリシア以外の女相手にしなきゃなんねぇんだよ…マジどうにかしてくれ、あいつら」
片手で頭を掻きながら、ユーリは本気で悩み出す
「とりあえず…何にせよ一度戻るよ」
フレンがそう言って、歩み寄ってくる音が聞こえる
「……こんな状態のアリシア、ほっとけって言うのかよ、お前」
鋭い声でユーリがフレンに言った
ユーリからしたらほっとけないんだろう
「そうは言わないが…!」
「…ユーリ、私は大丈夫だから……行ってきて?」
ユーリの顔を見詰めて、そう言う
…正直、傍にいて欲しい
けれど、そのせいで他の貴族からの信用を、ユーリが無くすのは嫌だ
「で、でもな、アリシア…」
「大丈夫、本当に、大丈夫……だから!」
無理して笑うな、とは言われたが、これ以上心配をかけるのも嫌で、やはり無理して笑ってしまう
ユーリも多分、それに気づいたんだろう
少し考えて、ものすごく嫌そうな顔をする
「……すぐ、マジですぐ戻ってくる。だから、待っててくれるか?」
そう聞きながら、頭を撫でてくる
「待ってるよ……待つのは、得意だから」
ニコッと笑うと、ユーリも、苦笑いではあるが笑い返してくれる
軽く頬にキスを落とすと、すっと立ち上がってユーリは会場へとフレンとレイヴン、カロルを連れて戻った
「三人も…戻っていいよ、少し一人で…ここにいたいんだ」
「あら、敬語ちゃんと外れたのね」
少し驚きながら、嬉しそうにジュディスは微笑む
「…敬語、外さないとユーリに怒られちゃう…から」
肩を竦めてそう答える
「そっちの方が良いんじゃない?アンタらしくて」
「一歩前進、ですね!」
「…ありがとう、三人とも」ニコッ
「それじゃあアリシア、また後で、ね」
そう言ってエステリーゼ達も戻って行った
残ったのは私一人…の筈だった
ガサガサっ
「ウーッワンッ!ワンッ!」
「ワオーン!!」
「…?リンク?ラピード?」
リンクとラピードの唸り声が聞こえ、立ち上がって声の聞こえた方向へ向かおうとする
が、
「ワンッ!ワンッ!!」
「チッ!」
ガツンっ!
鈍い音が聞こえてリンクの鳴き声が聞こえなくなった
「…っ!?リンクっ!?」
「ウー!!ワンッ!!!」
「邪魔だっ!」
ゴスッ!
鈍い音と男の声が聞こえ、今度はラピードの鳴き声が聞こえなくなった
「ラピード…!」
名前を呼びながら、小走りで声の聞こえた場所へ向かう
そこにつくとリンクとラピードが倒れていた
「っ…!リンクっ!ラピード…っ!しっかりして…っ!」
慌てて二匹に駆け寄ろうとした…だが
ガシッ!「きゃっ…っ!?だ…っ!?んっ!?」
後ろから腕を捕まれ口を布で塞がれる
「…うるさい…黙って寝てろ」
ジタバタと暴れるが中々抜け出せそうにはない
声のトーンも低いし、恐らく男なのだろう
……それに、何処かで聞いたことのある声な気がする
そんなことを必死で考えようとするが、布に何か薬を染み込ませていたみたいで、徐々に眠くなってきた
体に力が入らなくなって、抵抗することすら出来なくなる
それでも、頑張ってリンクとラピードを呼びながら手を伸ばす
「ふっ……ん…………り……んく……らぴ………ど……」
……その伸ばした手は届かなくて
朦朧としだした意識の中で……不意に『あの時』の光景が頭に過ぎる
……また、私のせいで…………
薄れていく意識の中、最後に聞こえたのは男の高笑いだった