番外編
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〜Return&Nightmare one〜
ー誕生日パーティーから二ヶ月後ー
「それじゃあユーリ、行ってくるね」
馬車の前でニコッと微笑んでユーリに言うが、当の本人は浮かない顔をしている
恐らく、私が実家に帰郷するのが寂しいだけなんだろうけど…
「ユーリ……たまにはいいじゃないか」
私の横でフレンが呆れ気味にため息をつく
「……二週間もアリシアに会えないとか、オレ耐えられそうにねぇ……」
「あー…元はと言えば、大将が言い出したことでしょうが…我慢しなさいっての」
何処から来たのか、レイヴンがユーリの肩にポンッと手を乗せる
そう、元々ユーリが提案したことでもあるんだ
「……はぁ…………」
自室で窓の外を見ながらため息をつく
誕生日パーティーも終わり、特に大きな事件も怒らず、一ヶ月が経った
ユーリはここ最近、執務を抜け出してくることが殆どなくなった
代わりに早く終わらせて私との時間をつくろうと必死らしい
その執務の方もそこまで忙しくなく、私が手伝う程ではないから最近はずっと自室に居るか、エステル達とお茶会をしているが……
ここ数日、部屋に閉じ込もったままだ
朝と夜はユーリと居るけど、それ以外はずっと一人だ
理由は一つ、もう少しでリゲルの命日だからだ
この時期は実家に居た頃から一人で居る時間が長い
それは、私の唯一残されてる精霊術の力が弱くなるからでもある
薄らではあるけど、少しずつ昔の傷が見え始めている
そこまで傷痕が多いわけじゃないけれど、足にある痕は未だに酷い
たった一箇所だけ……だけどとても深い傷
腕や首元の傷痕はもう余り気にならない位には消えたけど、この足の痕だけは消えてくれそうにもない
その足の傷痕を見られるのが嫌というのもある
でもそれ以前に、この時期になるとあの時の光景が鮮明に目に浮かんでしまって、とても誰かと居る気になれない、というのもある
……ユーリに心配かけないように夜と朝は一緒に居るが……
恐らく私の異変に気づいているんだろうなぁ…
「…………はぁ…………」
「なーにため息ついてんだよ?」
何度ついたかわからないため息をつくと、不意に声が聞こえてきた
驚いて振り向くと、すぐ傍にユーリの顔が見えた
「わっ!?!!ユ、ユーっ…ひやぁっ!?」
驚きすぎてバランスを崩してしまい、座っていた椅子から落ちそうになる
間一髪のところでユーリが受け止めてくれたから、床と衝突することはなかったけど……
「おっと…おいおい、大丈夫か?」
頬にかかった髪を耳にかけながら聞いてくる
「う、うん……大丈夫」
笑って言ったつもりなのだが、笑えていないことは目に見えてる
「無理して笑おうとしなくていいっつーの。逆に顔引きつってるからな?」
「あぅ……」
コツン、と頭を小突かれる
やっぱりバレてる……いや、隠し通せてる方がおかしいか…
「最近、エステル達とお茶会してねぇんだって?リタとエステルが心配そうにしてたぜ。フレンに許可取って様子見に来てみりゃ、窓の外見て動かねぇし、声かけても気づかねぇし」
心配そうに顔を歪めるユーリ
……全く声かけられてたの気づかなかった……
「あはは……ごめんね…この時期になるとどうしても……ね……」
「……思い出すのか?」
「んー……それもあるけど……どうしても無気力になっちゃうって言うか……」
頬を掻きながら顔を反らせる
それ以外にも精霊術のことがあるんだけどね……
「本当にそれだけか?」
私を支えている腕と反対の手で無理矢理顔をユーリの方に向けられる
真っ黒な瞳に見詰められて、思わず凄んでしまう
言わなければユーリが更に心配してしまうのはわかっている
それでも声が出ない
言葉に詰まってしまう
……きっとユーリは傷痕に気づいてる
でも、私が言うまで聞かないつもりなんだろう
…けれど私には言えそうにない
言おうとしても言葉が出てくれない
話せないことが申し訳なくなって、目線を反らせてしまう
「……もしかして、『これ』が原因か…?」
遠慮気味に首元に触れてくる
……丁度昔負った傷痕がある位置を……
声が出ない代わりにコクンと頷く
「なるほどな…この時期になると精霊術も弱まるってことか」
一人納得したように呟くと、そのまま私を抱えて立ち上がる
「わ……っ!?ユ、ユーリ……!?」
突然のことに驚いて、慌ててユーリの首に腕を回す
部屋の外に出るかと思えば、ただ近くにあったソファーに座りにいっただけだった
…私はユーリの膝のうえだけどね
「なぁ、アリシア?」
「……?」
「…………傷痕、見たら怒るか?」
「……えっ?」
「いや…好奇心っつーか、隠され事あるのが嫌っつーか…」
ガシガシと頭を掻きながら気まづそうに言う
……好奇心はともかく、隠され事が嫌だというのはわかる
私だって、ユーリに隠され事されたら嫌だ
…まぁ、元々今は隠す気なんてなかったけどね…
いざとなると少し怖くなる
……またユーリに余計な心配をかけてしまいそうだから……
特に足の傷痕
お父様達だって未だに心配するし…
「……やっぱり嫌か?」
返事に困っていると、何処か寂しそうな声で聞いてくる
「…嫌ではないよ……ただ……また余計な心配かけちゃいそうだから……」
心配そうに顔を歪めてるユーリを見てられなくなって、俯いてしまう
すると、クスッと笑う声が聞こえた
「なーんだ、そんなこと気にしてたのかよ」
クスクスと笑いながら言うユーリに驚いてしまった
「そ、そんなことって……」
「大丈夫だって、傷痕見てオレが心配すると、アリシアが落ち込んじまうからな。もう心配しねぇようにするって決めたんだよ」
私の頭を優しく撫でながら微笑む
「アリシアがそれでも嫌だっつーならもう頼まないさ。…でもな、隠されてんのはこっちとしちゃショックっつーか……」
苦笑いしながら顔を背けてしまう
ユーリが言いたいことはわかるんだ
全部知ったうえで受け入れようとしてくれているんだ
……辛い思い出も全部、受け止めようとしてくれてる……
なら、私が言うべきことは一つしかない
「……ユーリなら、いいよ…?」
軽く深呼吸してからそう言うと、少し驚いた様子で私に顔を向ける
「…………無理、してねぇか?」
ちょっと掠れたような声で聞いてくる
……そんなにびっくりしたのかな……?
「してないよ……でも、心配そうにしたら怒るよ……?」
ムスッとしてそう言うと、優しく微笑んでくれる
それは、わかってるって意味
「まぁ……そう言っても腕とかは大したことないんだけどね」
苦笑いしながら袖を捲る
右腕は精霊術がなくてもわからないくらいに傷痕は消えているが、左腕にはまだ少し残っている
「ん、このくらいなら隠す必要もねぇだろ?」
薄ら見える傷痕をそっと撫でながら言ってくる
きっと顔に出さないように頑張ってるんだろうけど、本当は心配なんだろうな
「……腕は、ね……」
「?っつーことは、どっか酷いのか?」
わざと前に流していた髪を後ろにやりながら聞いてくる
首元は首元で、まだ少し傷痕がはっきりしてるところがある
足のことを言おうか迷ってしまって言葉に詰まってると、不意にユーリが首元にちゅっと吸い付いてきた
「んっ…!?」
驚いていると、今度は傷痕のあたりをペロッと舐めてくる
「ふっ……ちょっ!ユーリ…っ!!」
首弱いの知っててわざとやってるでしょ…!!
首元だけだったのが、徐々に上に上がってきて今は首筋に吸いつかれてる
このままじゃいつものペースに流されかねない
まだ昼間なうえに、ユーリは執務が終わっていないはずだ
フレンが探しに来るのは目に見えてるし、そもそも目的がズレてる
「やっ…!!ユーリ…っ!ダメだってば…っ!」
「ん…?」
軽く肩を叩いて名前を呼ぶと、少し名残惜しそうに顔をあげる
「もう……そうゆうことする為に傷痕見せたんじゃないんだけど…」
軽く頬を膨らませて言う
「ははっ、悪ぃ悪ぃついいつもの癖でさ」
全く悪気の無さそうな声でそう答える
本当に誰か、このキス魔をなんとかしてください……
「んで、色々話が逸れちまったが…」
ちょっとだけ気まづそうに頭を掻く
「傷痕が酷いところのこと、でしょ?」
ユーリが聞いてくる前にそう言えば、静かに頷く
もうここまで見せたんだ
隠すこともないだろう
ドレスの裾を少し捲れば、すぐにその傷痕は顔を出す
ーー右足のふくらはぎにある大きな切り傷ーー
太ももまで伸びてる1番大きな傷痕に、流石にユーリも息を飲んだ
「…それ、痛くはねぇのか?」
少し間を置いてから口を開く
心配しないように気をつけて言葉を選んだんだろう
…この傷痕に関しては心配されても何も言わないことにしよう
「まぁ…痛くはないよ?流石に気になるけどね」
苦笑いしてユーリを見る
…ごめんね、本当は嘘
触れると少しだけ痛いんだ…
ここの傷だけ、まだ治りきってないらしい
「だから最近、ドレスばっか着てるんだな…納得だわ」
ちょっと安心したように呟くユーリ
触れるのが駄目なことには気づいていないらしい
ちょっとほっとして、ドレスの裾を元のように傷痕を隠すように戻す……
が、裾を戻した瞬間、不意にユーリの手が伸びてきて唐突にあの傷に触れられてしまった
「いっ……!?」
突然のことに対処出来なくって、つい痛みに耐えられずに声が漏れてしまう
…急には反則だよ……
「やっぱり嘘だったか…まだ痛むんだろ?」
ユーリを見ると、少し怒ったような顔で見下ろしてきている
「……触れなきゃ痛くないから……さ…」
ふぃっと顔を背けると、すぐにまた無理矢理顔を合わさせられる
「それでも痛いんだろ?」
「うっ……少し…だけどね…」
咎めるような目で見られて、あたふたしてしまう
「ったく……それならそう言えっての」
コツンと頭を軽く小突かれる
「ま、はぐらかしたりしなかったし、ちゃんと話してくれたからよしとしますかね」
優しく微笑みながら頬にキスしてくる
ほっと胸を撫で下ろして、お返しの意味で私もユーリの頬にキスする
顔を離すと、嬉しそうにユーリが目を細めていた
ユーリの機嫌を取るのは本当に簡単だと思う…
「さてと、っつーことはリゲルの命日も近くなってんだよな」
ボソッと呟かれた言葉がズキッと胸に刺さる
「ん……そうだね……」
コツン、とユーリの肩に頭を乗せる
首に回した腕が少し震えてしまう
「……一旦、里帰りするか?リゲルの為にもさ」
突然の提案に驚く
今日はユーリに驚かされてばかりだ
「……いいの……?」
「そんくらい構わねぇって。それに、たまに里帰りさせてやらねぇと、レオルが拗ねちまいそうだからな」
苦笑いしながら頬を撫でてくる
「でもユーリ……?この時期はお城離れられないんじゃ……」
遠慮気味にそう聞く
丁度この時期は父上様のお誕生日のパーティーの準備があったり、次の年の予算決めたりだの、やらなければいけない事が山積みだったはず……
「アリシアだけでも行ってこいよ。たまにはそうゆうのもいいだろ?」
声はいつもの調子だけど、顔が笑ってない
むしろ引きつってる…
「ユ、ユーリ…そんなに無理しなくても……」
「オレのことはいいからさ、行って来てやれよ?……いい加減、レオルに文句言われそうなんだわ……」
深くため息をついてうなだれる
……お父様……ユーリに一体何言ったのよ……
ふぅ……と軽く息を吐く
「……わかった、じゃあお言葉に甘えて行って来るよ…?」
ユーリが私にしてくれるように頬を撫でると、少し寂しそうな声で了解、と苦笑いしてくる
…本当は一緒に来たいんだろうなぁ…
それでも、ついて来ようとする気配がないのは恐らくお父様のせいだ
「さてと…じゃあ色々準備しねぇとな」
私をソファーに降ろすと立ち上がって伸びをする
クルッと私の方に向き直って今度は触れるだけのキスをしてくる
「じゃあアリシア、また後でな?」
「ん、わかった………ね、ユーリ?なるべく早く帰って来てね…??」
流石にちょっと寂しいから、と呟くと、速攻終わらせてくるっ!と言って戻って行った
お兄様(デュークさん)の一件もあってか、割りと真面目(?)に執務するようになった
「里帰り……かぁ……」
窓に近づいて空を見上げる
相変わらずの赤黒い空だけど、やっぱりこうやって見上げている時が1番落ち着く
久々の実家に帰れることに、少しだけワクワクしたのは、ユーリには内緒だ
で、ユーリとフレンとジュディスが色々手続きとか準備してくれたおかけで今日に至った訳なんだけど……
「ユーリ……そんなにアリシアアリシア言ってたら、ご両親に文句言われるぞ?」
呆れ気味にフレンが頭を抱える
私が里帰りするのに合わせて、ユーリも父上様と母上様と過ごすことになったんだけど……
当の本人がこれである
「もう…ユーリってば……」
苦笑いしながら拗ねてるユーリに近づく
私が近づいたのに気づいていないのか、未だにブツブツと一人何かを呟いている
そんなユーリの腕を掴んでグッと引っ張ると、バランスを崩して少し倒れそうになる
転ばないことを知ってるから気にせずに、軽く背伸びしてユーリの頬にキスをする
「っ!?////」
突然のことに驚いたのか、ユーリの顔は珍しく赤くなっている
「ありゃ、大将が珍しく顔赤く……ふごっ!?!!」
「おっさん…!//だまれ//」
ニヤニヤしていたレイブンの脇腹に、ユーリの右ストレートが入る
これは……レイブンが悪い…のかな…?
「ユーリ、ちゃん毎日手紙出すしさ?帰って来たら2人でどっか行こ?ね?」
ぎゅっと抱きつくと、ユーリも抱き締め返してくれる
「ん、わかった」
顔をあげると、いつの間に機嫌を直したのかニコニコと満面の笑みを浮かべていた
「アリシア、そろそろ行かないと」
軽く咳払いをしてフレンに呼ばれる
「あ、そうだね…じゃあ、ユーリ、行ってくるね」
「おう……」
名残惜しそうに離れてから、馬車に乗り込む
窓からチラッと外を見ると、ユーリはまた不服そうな顔をしていたけど、なんとか笑おうと必死に見えた
思わずクスッと笑ってしまう
ユーリ達の姿が見えなくなるまで手を振っていた
「全く……ユーリは……」
はぁ………っと目の前に座ったフレンがため息をつく
「私が居ない間もちゃんと執務していればいいんだけれど……」
「…しなかったら、前王様に雷落とされるだけだよ…また喧嘩に発展しそうだけどね…」
「……フレンも大変ね……」
ガックリと項垂れてしまったフレンが憐れに思えてきた……
父上様もユーリも、気性が荒すぎるよ……
リンクもフレンを憐れに思ったのか、珍しく私ではなくて、フレンの膝の上に飛び乗った
フレンもそれが嬉しかったのか、少し元気になった
それからは、他愛のない話をずっとしていた
馬車に揺られること数時間、ようやく実家に到着した
馬車を降りるなり、お父様が駆け寄って来た
「アリシアっ!!」
名前を呼びながら、思い切り抱きつかれる
「お、お父様…っ!痛苦しいですよ…!」
「す、すまん…嬉しくてつい…」
申し訳なさそうに私から離れた謝ってくるが、全然反省してなさそう…
すっごく笑顔だし…
「もう……お父様ってば……」
「ははっ、相変わらずですね、ユーリよりも大変なんじゃないかい?アリシア」
クスクスと笑いながらフレンが顔を出した
「笑い事じゃないよ…フレン…」
少し呆れ気味にため息をつく
でも、こうやってお父様が抱きついてくるのも凄く久しぶりだ
それがまた少し嬉しい
「さてと……レオル様、また二週間後にお迎えに上がりますね」
「えぇ、わかりました」
深々とフレンにお辞儀する
「それじゃあアリシア、また二週間後に」
「うん、わかった。フレン、ユーリにちゃんと執務やってね?って伝えてね」
「あぁ、もちろんだよ。それじゃあまた!」
フレンがそう言うと、馬車は元来た道を走り出す
馬車が見えなくなるまで、その場で手を振り続けた
「さて……アリシア、中に入ろうか?」
「はい…!…あ、その前に……お父様、ただいまです!」
ぎゅっと抱きつくととても嬉しそうに微笑む
「おかえり、アリシア。家に入ったら、たくさん話を聞かせてくれるか?」
「えぇ!もちろんです!」
お父様から離れて並んで玄関に向かった
この日は一日中お父様とお母様の三人で話し込んでいた
人間界に行ったことや私の誕生日パーティーの日のことをたくさん話した
お母様からは、お父様が毎日のように寂しがって大変だと言われたし、お父様からはお母様も寂しがってると言われた
それでも手紙は書いていたんだけれどなぁ…と、一人心の中で苦笑した
リンクは相変わらず自由奔放で、何処かに遊びに行ったままだ
お母様に休むように言われて、部屋に戻って来た時には日付が変わっていた
久々に帰って来た自分の部屋……
家を出た時と全く変わらない
ちゃんと残しておいてくれていることが嬉しくて、思わず顔が綻んだ
休みなさい、と言われたけど今日は眠れそうにない
昔のように窓の淵に座って、外を眺める
王都とは違って、こっちは本当に真っ暗だ
「……やっぱりこっちの方が落ち着くなぁ……」
誰に言うわけでもなくボソッと呟く
王都は少し明るすぎる
このくらい暗い方が好きだ
「クゥン……」
不意に鳴き声が聞こえて、足元を見ると、寂しそうにリンクが見上げてきていた
「リンク?どうしたの?」
リンクを抱き上げて膝に載せると、何か咥えていることに気づいた
私が手を伸ばすと、あっさりと咥えていたものを渡してくれた
手触り的には写真のようだ
何の写真かと思ってひっくり返して、息が詰まりかけた
「リ……ゲル………?」
間違いない、リゲルだ
この写真は、昔お父様に内緒で勝手に撮ったものだ
見つからないように部屋にある本に挟んでいたはずなのに……
なんでこれをリンクが…?
「リンク……これ、何処で……」
そこまで言って声が出なくなる
……変な視線を感じたから……
本棚の方に視線を向けると、ここに居ないはずのものが見えた
「あ………あぁ………っ!」
……見えたものは、昔、私とリゲルを襲った魔獣だ
違う……あいつはここに居ない……居ないんだから……
頭では理解していても、体が動かない
不意にあの時の光景と重なる
「い………や…………」
違う…違う……違う………!!
居ない、居ない…居ないんだ……!
幻覚……!これは幻覚なんだ……!
いつもの幻覚……幻覚だから……
何度も何度も自分に言い聞かせるが、中々体の震えが止まらない
目を背けようにも離せられない
リンクが呼んでるような声が聞こえた気がしたが、何を言ってるかも聞き取れない
幻覚なはず……なのに、魔獣のあの吐息までもが聞こえてくる気がした
「あぁ……ぃ………やあぁぁぁぁぁっ!!!」
耐えきれなくなって悲鳴をあげてしまう
両手で頭を抑えてその場に蹲る
違う……違うっ!!
あれは幻……幻だ!
「……ん………」
ふわりと頬を撫でられる感覚に目を開けると、リンクが頬に擦り寄ってきていた
「…………リンク……?」
少し気怠い体を起こすと、いつの間にかベッドの上にいた
「……またやっちゃったかな……」
自嘲気味に笑って頭に手を当てる
毎年そうだ
この時期になると、あの魔獣の幻覚が見えてしまう
何度も何度も違うと、頭の中で言い聞かせても一向に収まる気配がない
いつも悲鳴をあげては、お父様達が来たのにも気付かずに泣き喚いて、そのまま気を失ってしまう
「これがお城じゃなくて良かった……」
傍に寄り添ってくれてるリンクを撫でながら呟く
お城で見えてたら大騒ぎになってるだろう
コンコンッ
「アリシアよ、目が覚めたか?」
ノックの音と共に扉が開いてお父様が顔を覗かせた
「はい、心配かけてごめんなさい…」
苦笑いしながら答えると、そっとベッドの淵に腰掛けて頭を撫でてくれる
「気にする事じゃない、アリシアが悲鳴をあげたくてあげてるわけじゃないことは、この家の者は皆知っているさ」
優しい声でそう言ってくれる
それだけで、少しだけ心が軽くなった
「さぁアリシア、朝食を食べに行こうか?」
「はい!お父様」
ニコッと笑うとお父様も微笑んでベッドから降りる
「リンク、行こっか?」
「ゥワンッ!」
先に部屋を出たお父様を追いかけるように、リンクと部屋を後にした
ーそれから一週間ー
「八年……か……」
庭にある小さなお墓の前に花束を添えながら呟く
あの日以来、夜中に悲鳴をあげることはなかった
夜中だけであって、昼間に何度かやってしまったが……
お父様達と楽しくお話出来たし、執務のお手伝いもした
そして、ついに今日はリゲルの命日だ
この日には人の気配を感じることも、精霊術で傷痕を隠すことも出来ない
だから、今ははっきりと傷痕が見えてしまってる
ユーリに見せた時よりも酷い
お父様達が気をきかせてくれていて、毎年この日はいつも一人にさせてくれる
だから、日が暮れるまでずっとリゲルのお墓の前に居る
「……リゲル……」
「キュウゥゥ……」
リンクはこの日ばかりはいつも傍に居てくれる
リゲルのお墓の前から動かない私に、ずっと寄り添ってくれてる
……誰かが近寄って来てもわからない私の代わりに、近づいて来たら教えてくれる
「……ワンッ!ワンッ!」
リゲルのことを考えていると、不意にリンクが鳴き声をあげた
「……?リンク……?どうし」
振り向こうとしたその時、誰かに後ろから抱きしめられた
あまりにも急な出来事に混乱するが、声を聞いてもっと驚いた
「こんなとこで何してんだよ?風邪引くぜ?」
驚いて顔をあげると、いつもの不敵な笑みを浮かべたユーリが抱きついていた
「ふぇ…!?ユ、ユーリっ!?なんでここに……!」
思いがけない来訪者に頭が混乱する
だって……今は父上様と母上様と一緒に居るはずじゃ……!
目をパチパチさせてると、後ろからまた別の声が聞こえてきた
「全く…ユーリ。今日は日が暮れるまで一人にさせてあげてくれと、レオルから言われていただろうに」
その声は父上様のものだった
呆れ気味にユーリに言っているが、当の本人は気にした様子もない
「まぁまぁ、ユリシス…会いたがっていたようだから仕方ないじゃないか」
宥めるように話しかけたのはお父様だ
……なんでユーリには敬語なのかが未だにわからない……
「そうは言ってもな…」
父上様は納得が行かないというようにブツブツと文句を言っている
「ん、やっぱりアリシアと居る方が落ち着くわ」
父上様の事なんか気にせずにといったように首元に顔を埋めてくる
…ユーリは気にしないかもしれないけど、私はすっごい気になるんだけど…
主に父上様のユーリを見る視線が痛い
「全く、折角家族四人揃って一家団欒といこうと考えておったのに、この馬鹿息子ときたら……アリシアアリシア五月蝿いときたものだ」
少し怒りが籠った声がとっても怖いです……
というか、二週間我慢するのはどこに行ったのよ……
……って、『四人揃って』……?
「あの、父上様…?四人揃ってというのは…?」
「私も居るからだ」
答えたのは父上様ではなく、デュークさん……もといお兄様だ
……珍しいこともあるんだなぁ……
「って、ユーリ……それならちゃんと家族で過ごさなきゃダメじゃない……」
苦笑いしながら抱きついているユーリの頭を小突くと、少し不機嫌そうな顔で見上げてくる
「…やっぱ無理、アリシアに会えないとか死にそう」
「……ユーリ、お前は一度死んで置いた方がいいと思うが?」
「兄様ひっでぇ……」
お兄様のばっさりした言葉に、少ししょげてしまった
「ユーリ……とりあえず退いて……?」
そう頼むが、あっさりと嫌だと断られてしまった
「……誰に似たのか……」
はぁ……と大きくため息をついて項垂れてしまうお兄様
その気持ち……すっごくわかる…
「うふふ、本当ユーリは若い頃のユリシスそっくりねぇ」
「あら、レオルもそうでしたよ?」
クスクスと笑いながらそう言ってるのは母上様とお母様だ
……ってことは、ユーリは父上様に似たのね……
「ア、アリオトっ!それは言わないでくれとあれほど言ったではないかっ!!」
顔を真っ赤にさせてお父様はお母様に駆け寄って行く
「ベガよ!お前だっ!!ユーリの前では言うなとあれほどっ!!」
父上様も母上様のもとに駆け寄る
……なんで私達の両親はこうも行動が似ているのだろうか……
遠巻きに苦笑いしながらその様子を見る
…きっといつか、同じことをするよ…私達も……
「アリシアよすまない、折角1人で居られる時間だったのにな……」
申し訳なさそうにお兄様が謝ってくる
表情はほとんど変わらないけどね……
「大丈夫ですよ、ちょっとびっくりしましたけどね……」
肩を竦めてそう言うと、お兄様も同様に肩を竦める
「さ、さてと……アリシア、我々は中に戻るからお前は気が済んだら戻っておいで」
ゴホンッと咳払いをしてからお父様はそう言う
……取り繕えてないですよ……お父様……顔まだ赤いし……
「アリオト、久々にお話しましょう?」
「えぇ、もちろんですわ」
ニコニコと笑いながらお母様と母上様が先に中に戻って行った
「ユーリ、デューク、お前達も一度入るぞ」
「…オレ、アリシアといた」
「……行くぞ、ユーリ」
私に引っ付いたユーリを、お兄様が無理矢理引き剥がしてズルズルと玄関の方へ引きずって行く
ふぅ……と息を吐いて、昔あった森の方向を見ると『何か』が見えた
……その『何か』にはとても見覚えがあった
再び恐怖が頭を支配し始める
その場から、身動き出来なくなる
「アリシア?」
私の異変に気づいたお父様が声を掛けてくるが、返事が出来ない
森があった方向から、『何か』はゆっくりと近づいてくる
逃げ出したい
今すぐにでも、ユーリの腕の中に逃げ出したい
それでも足は動かない
そもそも、あれが本物かどうかさえわからない
……幻覚であって欲しい
でも、今まで外では幻覚を見たことがなかった
更に頭が混乱する
「ぅ………あぁ………」
震える体を必死で止めようと腕を抱くが、一向に収まらない
恐怖で体に力が入らなくなって、その場に座り込んでしまう
「アリシアっ!?」
急に座り込んだからか、ユーリが私を呼ぶ声が聞こえた
今回はまだ声が聞こえるだけマシなのだろう
「聞こえてっか?!アリシア!」
いつの間にか傍に駆け寄って来ていたみたいで、私の肩を揺さぶりながら聞いてくる
でも、それに答えられなくって…
「アリシア!」
お父様が呼ぶ声も聞こえた
それ以外にも、お兄様に父上様……お母様と母上様の呼ぶ声も聞こえたけど、返事は出来なかった
徐々に声が遠ざかる
それと同時に、あの日の光景が目の前に広がる
怪我をして動けない私
血を流して、動かなくなってしまったリゲル
そして……目の前には、あの魔獣……
「っ!!あ……いやあぁぁぁっ!!!!」
頭を抑えて必死でその光景をふり払おうとする
いや……嫌っ!!
来ないで………っ!!
「アリシア!落ち着くんだっ!」
不意にお父様の声が聞こえた
でも、一度混乱しだした頭は簡単に収まってはくれない
「や……っ!嫌………っ!!来ないで………来ないでってばぁ……っ!!」
「大丈夫、大丈夫だから…此処にはあの魔獣は居ない、落ち着くんだ」
そっと抱きしめてくれる
それでも収まらない
消えてくれない
あの光景が瞼から離れない
魔獣の姿が、咆吼が、吐息が、あの時の臭いが、全てが頭から離れない
周りの声が聞こえているのに、落ち着かない
こんなこと、初めてだった
「やだ………っ!!!来ないでよ………っ!!離れてよ………っ!思い出したくないんだっばぁぁぁ……っ」
つぅっと涙が頬を伝う
頭の中には恐怖しかない
自分でも抑えられない
……不意に、リゲルの姿だけが鮮明に見えた
赤い綺麗な毛並み……その小さな体の周りに広がる血溜り……苦しそうに呻く声………
「……嫌………リゲル………ごめん……ごめんね…………
…お願い…………いかない…で……一人に……しないで………」
そう呟いたところで、私の意識は途切れた
ーユーリsideー
唖然としてレオルの腕の中で気を失ったアリシアを見つめた
突然座り込んだと思ったら、今度は悲鳴をあげて泣き出した
何かから逃げるように
何かを追い払おうと必死に声を出して
「ふぅ……今年はやけに酷いな…」
腕の中で気絶したアリシアの頭を撫でながらレオルは不安そうに呟く
「『今年は』?レオル、毎年なのか?」
「あぁ…毎年この時期になるとどうも八年前のことを嫌でも思い出してしまうみたいでな…その時に襲ってきた魔獣の幻覚が見えてしまうようなんだ」
まるで自分が見ているかのように、辛そうに顔を歪める
「でも、今年はやたら悲鳴をあげることが多いいですね……」
「だな、週に一度だったのが今日でもう五度目だ…」
五度目、その言葉に息を呑む
この一週間のうちに、そんなに幻覚を見たと言うのか……?
そう思うと、傍に居てあげた方がよかったのかと考えてしまう
だが、アリシアならお城の人に迷惑がかかるとか言いそうだなぁ…
「……レオル、とりあえずアリシアを部屋で寝かせたらどうだ?」
「…………それもそうだな……ユーリ様、頼んでもよろしいですか?」
「…あ、あぁ」
不意に呼ばれて一瞬反応が遅くなってしまった
レオルからアリシアを受け取って抱き上げる
まだ薄らと泣いた跡が残っている
「…それにしてもレオル、何故ユーリに敬語なんだ?」
部屋に連れて行こうと方向を変えようとすると、父上が呆れた様子でレオルに聞く
……確かに、普通逆……だよな……
「あ、いやぁ……ユリシスが魔王だった頃も敬語だったろう?その癖で…だな」
苦笑いしながら頭を掻く
……そういやぁ、父上にタメ口使ってるとこ、初めて見た←
「なるほどな……そしてユーリ、お前はむしろ敬語使え!レオルはアリシアの父親なんだぞっ!?」
そして怒りの矛先がオレに向くっと……
めんどくせぇ……
「はいはい、わかりましたよっと」
適当に返事をしてアリシアの部屋に向かった
階段を上がって、一番奥の部屋……
そこがアリシアの自室だ
ガチャッと扉を開けると、昔とあまり変わらない室内が目に入る
黒と白を基調としたシンプルなデザインの部屋
所々赤い装飾が入っていて、アリシアらしい部屋だ
そっとベッドに降ろして布団をかけてから、ベッドの淵に腰掛ける
頬についた涙の跡を指で拭う
「………アリシア………」
なぁ、お前はこの一週間、何を考えてたんだ?
ずっとこの悪夢の事を考えていたのか?
少しでも、オレのことは頭の中にあったか?
聞きたいことも、言いたいことも沢山ある
それでも今は寝させてやるのが先決だ
「…また、様子見にくっからな」
頬から手を退けて、シーツの上に散乱した赤い髪を掬ってその髪にキスをする
頬にキスしたら起きちまうかもしれねぇからな…
起こさないように、静かに部屋を後にした
父上達が居るであろう客間に向かう途中、アリシアが最後に呟いた言葉を思い返した
『…お願い…………いかない…で……一人に……しないで………』
「『一人にしないで』……か……」
アリシア………オレじゃ役不足か……?
アリシアがどんだけリゲルを大事にしていたかなんて知っている
……オレはリゲルの替りには慣れねぇのか…?
客間の前につくと、中から父上達の声が聞こえた
軽く頭を振って今まで考えていたことを蚊帳の外に追い出す
こんな弱気なこと考えてたとか、父上と母上に知られたら笑われるのが目に見えている
あくまで平常心を保ったつもりで扉を開けると、誰もが深刻そうな顔をして俯いている
「…ユーリ、アリシアは?」
「……今は平気そう…です」
慣れない敬語を使うのはものすごく億劫だ
父上に対してだけは敬語にしないと雷落とされるからなぁ…
兄様の隣に腰を降ろすと、レオルが盛大にため息をつく
「レオルよ…そんなにため息をつくな…」
「ユリシス様の言う通りですよあなた。こればかりは、私達にもどうする事も出来ないのですから…」
「そうは言うがな……あれだけ辛そうにしているアリシアを見ていると可哀想で可哀想で……」
「…………ため息をつくポイントがおかしいですわよ…あなた……」
呆れた顔でお母様はレオルを見詰める
すると、勢いよく立ち上がったと思えば思い切り机を叩くものだから、流石に驚く
「全くおかしくなどないであろうっ!?あの可愛い娘が、魔獣のせいで毎年毎年苦しまされているなど……!!!」
相変わらずの溺愛っぷりに、思わず引いてしまった
気持ちがわからないでもないが、流石にここまで来るとある種の恐怖を感じてくるぞ……
「レオル、落ち着くんだ……お前まで荒ぶってどうするというんだ…」
大きなため息をつきながら父上は今にも暴れだしそうなレオルを静止する
が、そんな静止すらレオルの耳には入っていないようだ
「これが落ち着いてなどいられるものか…!!私の大っっっ事なアリシア」
「スプラッシュ」
お母様がボソッと呟くと、レオルの上に陣が浮かび上がって、大量の水が降り注ぐ
「あなた、頭は冷えましたか?」
「……お陰様で体諸共冷えました……」
ニコッと微笑むお母様に、しゅんとして頭を下げる
……アリシアのあの性格はこの人がルーツだ……
「ですが、少々困りましたね…アリシアが毎年あの状態になるのは見ているこちらとしても心苦しいものがありますし……」
困った顔をして母上が首を傾げる
確かに流石にそれはオレも嫌だ
アリシアの事だからオレが心配すれば、またアリシアも落ち込んでしまうだろう
だが、これを心配するなというのには流石に無理がある
「……医師には何も言われていないのか?」
「何も…という訳ではないのだが……」
少し言いにくそうに頭を掻く
……そんなに言いづらいことなのか…?
「レオル、話してくれ」
父上がレオルをまっすぐ見詰めて言うと、言いにくそうに口を開いた
「………精神的なものだから、本人が気を強く持つ以外にはどうしようもない……と言われたよ……」
ふっと顔を背けてしまう
精神的なもの……
つまり、アリシア自身がどうにかするしかない
……いや、無理だろう……
気にするななんて言っても気にするのがアリシアだ
それに、大事なリゲルのことだ
気にしてしまうのが当たり前だ
……何年経っても、アリシアは忘れることはないだろう
「……オレ、もう一度アリシアのとこ行くってくる」
「…………ユーリ、そのまましばらく傍に居てやれ」
父上の言葉に頷いて、客間を後にした
ーーーーーーー
「ったく、あれで平常心を保っているつもりでいるのが不思議だ…」
ユリシスは呆れたように呟きながら、用意されたコーヒーを飲む
「うふふ、本当にユリシスそっくりねぇ」
クスクス笑いながらベガはユリシスを見ると、少し頬を赤らめている
「……もう少し自重して欲しいものです」
紅茶の入ったカップを取りながら、呆れ気味にデュークは呟く
父親と義理の母親……彼から見たら少々複雑な気持ちだろう
「あら、デューク…あなたも早くいい人を見つけるべきよ?」
ニコニコと微笑みながらベガは目の前に座るデュークに告げるが、当の本人は知ったこっちゃないと目を背ける
「ユーリ様の方がまだいいですよ、隠さずにオープンで心配されても困りますよ」
ジト目でレオルを半分睨みつけるようにアリオトは言う
心配なものは心配なのだ、と小声で呟いてレオルは首を竦めた
ーーーーーー
アリシアの部屋に入ると、先ほど寝かせた時と同じ状態で眠っていた
ただ、その寝顔は少しだけ穏やかに見える
わざわざベッドの傍に椅子を持ってくるのも面倒だったから、ベッドの淵に腰掛ける
淵に腰掛けてから気づいたが、いつの間にかリンクが入って来ていたようで、アリシアの傍に蹲って眠っていた
まるで怯えているアリシアに寄り添うかのように……
「……オレもその位置に居られてりゃいいんだけどな……」
苦笑いしながらアリシアの隣で気持ちよさそうに眠ってるリンクを見る
動物相手ならアリシアは自分を隠すことがないことを知っている
その証拠に、リゲルやリンクには敬語を使ってるとこなんて1度も見たことがなかった
『恋人』という間柄の時は仕方ないと割り切っていたが、『夫婦』となった今では、少しだけリンク達の居場所が羨ましく感じる
出来ることならば、オレにも隠さないで欲しいんだが……
アリシアはそこまで感情を表に出すのが器用じゃない
それでもマシになった方だとは思うが…
「………まだまだ、役不足かねぇ……」
思わずそんな言葉が出てしまう
アリシアが色々隠しているのは、オレに心配かけたくないからだという事くらいはわかっているつもりだが……
正直頼って貰えないのは寂しい
何処か距離を感じてしまう
……こんなこと、オレのわがままに過ぎないが……
…もう少しでいいから頼って欲しい
少しずつでいい
動物達に見せている素の姿を見せて欲しい
かと言ってオレ以外の奴に見せられるのは嫌だが……
「ん…………ユー……リ………」
不意に名前を呼ばれて驚いてアリシアに目を向けるが、どうやら寝言のようだ
……でも、どこがおかしい
先程まで穏やかな表情だったはずなのに、また顔を歪めてしまっている
「…アリシア……?」
名前を呼びながら軽く頭を撫でると、薄らと目が開かれた
「あ…悪ぃ、起こしちまったか?」
咄嗟にそう謝ると、体を起こして首を横に振る
まだ眠いのか、目がトロンとしているし、眠そうに目を擦っている
「まだ眠いならもう少し寝たらどうだ?」
アリシアの方を向くように体の向きを少し変えて、そっと頭を撫でながら言うとまた首を横に振って、今度は胸元に抱きついてきた
何故か、オレの腰に回している腕が少しだけ震えている
「アリシア?どうした?」
ぎゅっと抱き締め返しながら聞く
「……………ねぇ……ユーリ…………ユーリは………私を置いて、どっかに行ったりしないよね………?」
胸元に顔を押し付けて来ているから表情は見えないが、あからさまに何かに怯えているようだ
掠れて、今にも消えそうな声で一人にしないよね……?と聞いてくる
「バーカ、オレがお前を一人になんてする訳ないだろ?オレは何があっても絶対にアリシアを離したりなんてしねぇよ」
相当怖い夢でも見たのだろうな…と心の中で苦笑する
そんな夢を忘れさせてやりたくて、痛くならない程度に思い切り抱きしめる
「……そう……だよね……」
少しだけ安心した声で呟くと、アリシアも抱きついてくる腕に少し力が入ってきた
相変わらず顔をあげようとはしてくれないが……
「……怖かった………ユーリが何処か遠くに行っちゃう夢だった………」
ポツリとアリシアはそう呟いた
「オレがか?ははっ、そりゃあ万が一にでもねぇな。どこ行くにもアリシアは連れてくつもりだぜ?」
頭にキスを落とすと、驚いたように顔をあげる
…その頬には少し泣いたような跡がついている
「……本当に……?」
「当たり前、お前が居ないのにどっか行けるわけねぇだろ?オレが耐えらんねぇよ」
軽く頭を小突きながら言うと、安心したように目を細める
「ん………なら………よかった………」
「ほーら、隣居てやるからもう少し寝ておけよ?」
ん……と言うのとほぼ同時に規則正しい寝息が聞こえてくる
やはり相当眠かったのだろう
「……さてと、どーすっかな……」
腕の中で再び眠ってしまったアリシアの頭を撫でながら苦笑いする
ちゃんとベッドに寝かせてやりたいのは山々だが、オレの服を掴んでて離れそうにない
離せないことはないのだが、それで起こしてしまったら可哀想だ
結局、アリシアが起きるまでずっとその場から動けなかった←
ー誕生日パーティーから二ヶ月後ー
「それじゃあユーリ、行ってくるね」
馬車の前でニコッと微笑んでユーリに言うが、当の本人は浮かない顔をしている
恐らく、私が実家に帰郷するのが寂しいだけなんだろうけど…
「ユーリ……たまにはいいじゃないか」
私の横でフレンが呆れ気味にため息をつく
「……二週間もアリシアに会えないとか、オレ耐えられそうにねぇ……」
「あー…元はと言えば、大将が言い出したことでしょうが…我慢しなさいっての」
何処から来たのか、レイヴンがユーリの肩にポンッと手を乗せる
そう、元々ユーリが提案したことでもあるんだ
ーーーー事の始まりは二週間前ーーーー
「……はぁ…………」
自室で窓の外を見ながらため息をつく
誕生日パーティーも終わり、特に大きな事件も怒らず、一ヶ月が経った
ユーリはここ最近、執務を抜け出してくることが殆どなくなった
代わりに早く終わらせて私との時間をつくろうと必死らしい
その執務の方もそこまで忙しくなく、私が手伝う程ではないから最近はずっと自室に居るか、エステル達とお茶会をしているが……
ここ数日、部屋に閉じ込もったままだ
朝と夜はユーリと居るけど、それ以外はずっと一人だ
理由は一つ、もう少しでリゲルの命日だからだ
この時期は実家に居た頃から一人で居る時間が長い
それは、私の唯一残されてる精霊術の力が弱くなるからでもある
薄らではあるけど、少しずつ昔の傷が見え始めている
そこまで傷痕が多いわけじゃないけれど、足にある痕は未だに酷い
たった一箇所だけ……だけどとても深い傷
腕や首元の傷痕はもう余り気にならない位には消えたけど、この足の痕だけは消えてくれそうにもない
その足の傷痕を見られるのが嫌というのもある
でもそれ以前に、この時期になるとあの時の光景が鮮明に目に浮かんでしまって、とても誰かと居る気になれない、というのもある
……ユーリに心配かけないように夜と朝は一緒に居るが……
恐らく私の異変に気づいているんだろうなぁ…
「…………はぁ…………」
「なーにため息ついてんだよ?」
何度ついたかわからないため息をつくと、不意に声が聞こえてきた
驚いて振り向くと、すぐ傍にユーリの顔が見えた
「わっ!?!!ユ、ユーっ…ひやぁっ!?」
驚きすぎてバランスを崩してしまい、座っていた椅子から落ちそうになる
間一髪のところでユーリが受け止めてくれたから、床と衝突することはなかったけど……
「おっと…おいおい、大丈夫か?」
頬にかかった髪を耳にかけながら聞いてくる
「う、うん……大丈夫」
笑って言ったつもりなのだが、笑えていないことは目に見えてる
「無理して笑おうとしなくていいっつーの。逆に顔引きつってるからな?」
「あぅ……」
コツン、と頭を小突かれる
やっぱりバレてる……いや、隠し通せてる方がおかしいか…
「最近、エステル達とお茶会してねぇんだって?リタとエステルが心配そうにしてたぜ。フレンに許可取って様子見に来てみりゃ、窓の外見て動かねぇし、声かけても気づかねぇし」
心配そうに顔を歪めるユーリ
……全く声かけられてたの気づかなかった……
「あはは……ごめんね…この時期になるとどうしても……ね……」
「……思い出すのか?」
「んー……それもあるけど……どうしても無気力になっちゃうって言うか……」
頬を掻きながら顔を反らせる
それ以外にも精霊術のことがあるんだけどね……
「本当にそれだけか?」
私を支えている腕と反対の手で無理矢理顔をユーリの方に向けられる
真っ黒な瞳に見詰められて、思わず凄んでしまう
言わなければユーリが更に心配してしまうのはわかっている
それでも声が出ない
言葉に詰まってしまう
……きっとユーリは傷痕に気づいてる
でも、私が言うまで聞かないつもりなんだろう
…けれど私には言えそうにない
言おうとしても言葉が出てくれない
話せないことが申し訳なくなって、目線を反らせてしまう
「……もしかして、『これ』が原因か…?」
遠慮気味に首元に触れてくる
……丁度昔負った傷痕がある位置を……
声が出ない代わりにコクンと頷く
「なるほどな…この時期になると精霊術も弱まるってことか」
一人納得したように呟くと、そのまま私を抱えて立ち上がる
「わ……っ!?ユ、ユーリ……!?」
突然のことに驚いて、慌ててユーリの首に腕を回す
部屋の外に出るかと思えば、ただ近くにあったソファーに座りにいっただけだった
…私はユーリの膝のうえだけどね
「なぁ、アリシア?」
「……?」
「…………傷痕、見たら怒るか?」
「……えっ?」
「いや…好奇心っつーか、隠され事あるのが嫌っつーか…」
ガシガシと頭を掻きながら気まづそうに言う
……好奇心はともかく、隠され事が嫌だというのはわかる
私だって、ユーリに隠され事されたら嫌だ
…まぁ、元々今は隠す気なんてなかったけどね…
いざとなると少し怖くなる
……またユーリに余計な心配をかけてしまいそうだから……
特に足の傷痕
お父様達だって未だに心配するし…
「……やっぱり嫌か?」
返事に困っていると、何処か寂しそうな声で聞いてくる
「…嫌ではないよ……ただ……また余計な心配かけちゃいそうだから……」
心配そうに顔を歪めてるユーリを見てられなくなって、俯いてしまう
すると、クスッと笑う声が聞こえた
「なーんだ、そんなこと気にしてたのかよ」
クスクスと笑いながら言うユーリに驚いてしまった
「そ、そんなことって……」
「大丈夫だって、傷痕見てオレが心配すると、アリシアが落ち込んじまうからな。もう心配しねぇようにするって決めたんだよ」
私の頭を優しく撫でながら微笑む
「アリシアがそれでも嫌だっつーならもう頼まないさ。…でもな、隠されてんのはこっちとしちゃショックっつーか……」
苦笑いしながら顔を背けてしまう
ユーリが言いたいことはわかるんだ
全部知ったうえで受け入れようとしてくれているんだ
……辛い思い出も全部、受け止めようとしてくれてる……
なら、私が言うべきことは一つしかない
「……ユーリなら、いいよ…?」
軽く深呼吸してからそう言うと、少し驚いた様子で私に顔を向ける
「…………無理、してねぇか?」
ちょっと掠れたような声で聞いてくる
……そんなにびっくりしたのかな……?
「してないよ……でも、心配そうにしたら怒るよ……?」
ムスッとしてそう言うと、優しく微笑んでくれる
それは、わかってるって意味
「まぁ……そう言っても腕とかは大したことないんだけどね」
苦笑いしながら袖を捲る
右腕は精霊術がなくてもわからないくらいに傷痕は消えているが、左腕にはまだ少し残っている
「ん、このくらいなら隠す必要もねぇだろ?」
薄ら見える傷痕をそっと撫でながら言ってくる
きっと顔に出さないように頑張ってるんだろうけど、本当は心配なんだろうな
「……腕は、ね……」
「?っつーことは、どっか酷いのか?」
わざと前に流していた髪を後ろにやりながら聞いてくる
首元は首元で、まだ少し傷痕がはっきりしてるところがある
足のことを言おうか迷ってしまって言葉に詰まってると、不意にユーリが首元にちゅっと吸い付いてきた
「んっ…!?」
驚いていると、今度は傷痕のあたりをペロッと舐めてくる
「ふっ……ちょっ!ユーリ…っ!!」
首弱いの知っててわざとやってるでしょ…!!
首元だけだったのが、徐々に上に上がってきて今は首筋に吸いつかれてる
このままじゃいつものペースに流されかねない
まだ昼間なうえに、ユーリは執務が終わっていないはずだ
フレンが探しに来るのは目に見えてるし、そもそも目的がズレてる
「やっ…!!ユーリ…っ!ダメだってば…っ!」
「ん…?」
軽く肩を叩いて名前を呼ぶと、少し名残惜しそうに顔をあげる
「もう……そうゆうことする為に傷痕見せたんじゃないんだけど…」
軽く頬を膨らませて言う
「ははっ、悪ぃ悪ぃついいつもの癖でさ」
全く悪気の無さそうな声でそう答える
本当に誰か、このキス魔をなんとかしてください……
「んで、色々話が逸れちまったが…」
ちょっとだけ気まづそうに頭を掻く
「傷痕が酷いところのこと、でしょ?」
ユーリが聞いてくる前にそう言えば、静かに頷く
もうここまで見せたんだ
隠すこともないだろう
ドレスの裾を少し捲れば、すぐにその傷痕は顔を出す
ーー右足のふくらはぎにある大きな切り傷ーー
太ももまで伸びてる1番大きな傷痕に、流石にユーリも息を飲んだ
「…それ、痛くはねぇのか?」
少し間を置いてから口を開く
心配しないように気をつけて言葉を選んだんだろう
…この傷痕に関しては心配されても何も言わないことにしよう
「まぁ…痛くはないよ?流石に気になるけどね」
苦笑いしてユーリを見る
…ごめんね、本当は嘘
触れると少しだけ痛いんだ…
ここの傷だけ、まだ治りきってないらしい
「だから最近、ドレスばっか着てるんだな…納得だわ」
ちょっと安心したように呟くユーリ
触れるのが駄目なことには気づいていないらしい
ちょっとほっとして、ドレスの裾を元のように傷痕を隠すように戻す……
が、裾を戻した瞬間、不意にユーリの手が伸びてきて唐突にあの傷に触れられてしまった
「いっ……!?」
突然のことに対処出来なくって、つい痛みに耐えられずに声が漏れてしまう
…急には反則だよ……
「やっぱり嘘だったか…まだ痛むんだろ?」
ユーリを見ると、少し怒ったような顔で見下ろしてきている
「……触れなきゃ痛くないから……さ…」
ふぃっと顔を背けると、すぐにまた無理矢理顔を合わさせられる
「それでも痛いんだろ?」
「うっ……少し…だけどね…」
咎めるような目で見られて、あたふたしてしまう
「ったく……それならそう言えっての」
コツンと頭を軽く小突かれる
「ま、はぐらかしたりしなかったし、ちゃんと話してくれたからよしとしますかね」
優しく微笑みながら頬にキスしてくる
ほっと胸を撫で下ろして、お返しの意味で私もユーリの頬にキスする
顔を離すと、嬉しそうにユーリが目を細めていた
ユーリの機嫌を取るのは本当に簡単だと思う…
「さてと、っつーことはリゲルの命日も近くなってんだよな」
ボソッと呟かれた言葉がズキッと胸に刺さる
「ん……そうだね……」
コツン、とユーリの肩に頭を乗せる
首に回した腕が少し震えてしまう
「……一旦、里帰りするか?リゲルの為にもさ」
突然の提案に驚く
今日はユーリに驚かされてばかりだ
「……いいの……?」
「そんくらい構わねぇって。それに、たまに里帰りさせてやらねぇと、レオルが拗ねちまいそうだからな」
苦笑いしながら頬を撫でてくる
「でもユーリ……?この時期はお城離れられないんじゃ……」
遠慮気味にそう聞く
丁度この時期は父上様のお誕生日のパーティーの準備があったり、次の年の予算決めたりだの、やらなければいけない事が山積みだったはず……
「アリシアだけでも行ってこいよ。たまにはそうゆうのもいいだろ?」
声はいつもの調子だけど、顔が笑ってない
むしろ引きつってる…
「ユ、ユーリ…そんなに無理しなくても……」
「オレのことはいいからさ、行って来てやれよ?……いい加減、レオルに文句言われそうなんだわ……」
深くため息をついてうなだれる
……お父様……ユーリに一体何言ったのよ……
ふぅ……と軽く息を吐く
「……わかった、じゃあお言葉に甘えて行って来るよ…?」
ユーリが私にしてくれるように頬を撫でると、少し寂しそうな声で了解、と苦笑いしてくる
…本当は一緒に来たいんだろうなぁ…
それでも、ついて来ようとする気配がないのは恐らくお父様のせいだ
「さてと…じゃあ色々準備しねぇとな」
私をソファーに降ろすと立ち上がって伸びをする
クルッと私の方に向き直って今度は触れるだけのキスをしてくる
「じゃあアリシア、また後でな?」
「ん、わかった………ね、ユーリ?なるべく早く帰って来てね…??」
流石にちょっと寂しいから、と呟くと、速攻終わらせてくるっ!と言って戻って行った
お兄様(デュークさん)の一件もあってか、割りと真面目(?)に執務するようになった
「里帰り……かぁ……」
窓に近づいて空を見上げる
相変わらずの赤黒い空だけど、やっぱりこうやって見上げている時が1番落ち着く
久々の実家に帰れることに、少しだけワクワクしたのは、ユーリには内緒だ
で、ユーリとフレンとジュディスが色々手続きとか準備してくれたおかけで今日に至った訳なんだけど……
「ユーリ……そんなにアリシアアリシア言ってたら、ご両親に文句言われるぞ?」
呆れ気味にフレンが頭を抱える
私が里帰りするのに合わせて、ユーリも父上様と母上様と過ごすことになったんだけど……
当の本人がこれである
「もう…ユーリってば……」
苦笑いしながら拗ねてるユーリに近づく
私が近づいたのに気づいていないのか、未だにブツブツと一人何かを呟いている
そんなユーリの腕を掴んでグッと引っ張ると、バランスを崩して少し倒れそうになる
転ばないことを知ってるから気にせずに、軽く背伸びしてユーリの頬にキスをする
「っ!?////」
突然のことに驚いたのか、ユーリの顔は珍しく赤くなっている
「ありゃ、大将が珍しく顔赤く……ふごっ!?!!」
「おっさん…!//だまれ//」
ニヤニヤしていたレイブンの脇腹に、ユーリの右ストレートが入る
これは……レイブンが悪い…のかな…?
「ユーリ、ちゃん毎日手紙出すしさ?帰って来たら2人でどっか行こ?ね?」
ぎゅっと抱きつくと、ユーリも抱き締め返してくれる
「ん、わかった」
顔をあげると、いつの間に機嫌を直したのかニコニコと満面の笑みを浮かべていた
「アリシア、そろそろ行かないと」
軽く咳払いをしてフレンに呼ばれる
「あ、そうだね…じゃあ、ユーリ、行ってくるね」
「おう……」
名残惜しそうに離れてから、馬車に乗り込む
窓からチラッと外を見ると、ユーリはまた不服そうな顔をしていたけど、なんとか笑おうと必死に見えた
思わずクスッと笑ってしまう
ユーリ達の姿が見えなくなるまで手を振っていた
「全く……ユーリは……」
はぁ………っと目の前に座ったフレンがため息をつく
「私が居ない間もちゃんと執務していればいいんだけれど……」
「…しなかったら、前王様に雷落とされるだけだよ…また喧嘩に発展しそうだけどね…」
「……フレンも大変ね……」
ガックリと項垂れてしまったフレンが憐れに思えてきた……
父上様もユーリも、気性が荒すぎるよ……
リンクもフレンを憐れに思ったのか、珍しく私ではなくて、フレンの膝の上に飛び乗った
フレンもそれが嬉しかったのか、少し元気になった
それからは、他愛のない話をずっとしていた
馬車に揺られること数時間、ようやく実家に到着した
馬車を降りるなり、お父様が駆け寄って来た
「アリシアっ!!」
名前を呼びながら、思い切り抱きつかれる
「お、お父様…っ!痛苦しいですよ…!」
「す、すまん…嬉しくてつい…」
申し訳なさそうに私から離れた謝ってくるが、全然反省してなさそう…
すっごく笑顔だし…
「もう……お父様ってば……」
「ははっ、相変わらずですね、ユーリよりも大変なんじゃないかい?アリシア」
クスクスと笑いながらフレンが顔を出した
「笑い事じゃないよ…フレン…」
少し呆れ気味にため息をつく
でも、こうやってお父様が抱きついてくるのも凄く久しぶりだ
それがまた少し嬉しい
「さてと……レオル様、また二週間後にお迎えに上がりますね」
「えぇ、わかりました」
深々とフレンにお辞儀する
「それじゃあアリシア、また二週間後に」
「うん、わかった。フレン、ユーリにちゃんと執務やってね?って伝えてね」
「あぁ、もちろんだよ。それじゃあまた!」
フレンがそう言うと、馬車は元来た道を走り出す
馬車が見えなくなるまで、その場で手を振り続けた
「さて……アリシア、中に入ろうか?」
「はい…!…あ、その前に……お父様、ただいまです!」
ぎゅっと抱きつくととても嬉しそうに微笑む
「おかえり、アリシア。家に入ったら、たくさん話を聞かせてくれるか?」
「えぇ!もちろんです!」
お父様から離れて並んで玄関に向かった
この日は一日中お父様とお母様の三人で話し込んでいた
人間界に行ったことや私の誕生日パーティーの日のことをたくさん話した
お母様からは、お父様が毎日のように寂しがって大変だと言われたし、お父様からはお母様も寂しがってると言われた
それでも手紙は書いていたんだけれどなぁ…と、一人心の中で苦笑した
リンクは相変わらず自由奔放で、何処かに遊びに行ったままだ
お母様に休むように言われて、部屋に戻って来た時には日付が変わっていた
久々に帰って来た自分の部屋……
家を出た時と全く変わらない
ちゃんと残しておいてくれていることが嬉しくて、思わず顔が綻んだ
休みなさい、と言われたけど今日は眠れそうにない
昔のように窓の淵に座って、外を眺める
王都とは違って、こっちは本当に真っ暗だ
「……やっぱりこっちの方が落ち着くなぁ……」
誰に言うわけでもなくボソッと呟く
王都は少し明るすぎる
このくらい暗い方が好きだ
「クゥン……」
不意に鳴き声が聞こえて、足元を見ると、寂しそうにリンクが見上げてきていた
「リンク?どうしたの?」
リンクを抱き上げて膝に載せると、何か咥えていることに気づいた
私が手を伸ばすと、あっさりと咥えていたものを渡してくれた
手触り的には写真のようだ
何の写真かと思ってひっくり返して、息が詰まりかけた
「リ……ゲル………?」
間違いない、リゲルだ
この写真は、昔お父様に内緒で勝手に撮ったものだ
見つからないように部屋にある本に挟んでいたはずなのに……
なんでこれをリンクが…?
「リンク……これ、何処で……」
そこまで言って声が出なくなる
……変な視線を感じたから……
本棚の方に視線を向けると、ここに居ないはずのものが見えた
「あ………あぁ………っ!」
……見えたものは、昔、私とリゲルを襲った魔獣だ
違う……あいつはここに居ない……居ないんだから……
頭では理解していても、体が動かない
不意にあの時の光景と重なる
「い………や…………」
違う…違う……違う………!!
居ない、居ない…居ないんだ……!
幻覚……!これは幻覚なんだ……!
いつもの幻覚……幻覚だから……
何度も何度も自分に言い聞かせるが、中々体の震えが止まらない
目を背けようにも離せられない
リンクが呼んでるような声が聞こえた気がしたが、何を言ってるかも聞き取れない
幻覚なはず……なのに、魔獣のあの吐息までもが聞こえてくる気がした
「あぁ……ぃ………やあぁぁぁぁぁっ!!!」
耐えきれなくなって悲鳴をあげてしまう
両手で頭を抑えてその場に蹲る
違う……違うっ!!
あれは幻……幻だ!
「……ん………」
ふわりと頬を撫でられる感覚に目を開けると、リンクが頬に擦り寄ってきていた
「…………リンク……?」
少し気怠い体を起こすと、いつの間にかベッドの上にいた
「……またやっちゃったかな……」
自嘲気味に笑って頭に手を当てる
毎年そうだ
この時期になると、あの魔獣の幻覚が見えてしまう
何度も何度も違うと、頭の中で言い聞かせても一向に収まる気配がない
いつも悲鳴をあげては、お父様達が来たのにも気付かずに泣き喚いて、そのまま気を失ってしまう
「これがお城じゃなくて良かった……」
傍に寄り添ってくれてるリンクを撫でながら呟く
お城で見えてたら大騒ぎになってるだろう
コンコンッ
「アリシアよ、目が覚めたか?」
ノックの音と共に扉が開いてお父様が顔を覗かせた
「はい、心配かけてごめんなさい…」
苦笑いしながら答えると、そっとベッドの淵に腰掛けて頭を撫でてくれる
「気にする事じゃない、アリシアが悲鳴をあげたくてあげてるわけじゃないことは、この家の者は皆知っているさ」
優しい声でそう言ってくれる
それだけで、少しだけ心が軽くなった
「さぁアリシア、朝食を食べに行こうか?」
「はい!お父様」
ニコッと笑うとお父様も微笑んでベッドから降りる
「リンク、行こっか?」
「ゥワンッ!」
先に部屋を出たお父様を追いかけるように、リンクと部屋を後にした
ーそれから一週間ー
「八年……か……」
庭にある小さなお墓の前に花束を添えながら呟く
あの日以来、夜中に悲鳴をあげることはなかった
夜中だけであって、昼間に何度かやってしまったが……
お父様達と楽しくお話出来たし、執務のお手伝いもした
そして、ついに今日はリゲルの命日だ
この日には人の気配を感じることも、精霊術で傷痕を隠すことも出来ない
だから、今ははっきりと傷痕が見えてしまってる
ユーリに見せた時よりも酷い
お父様達が気をきかせてくれていて、毎年この日はいつも一人にさせてくれる
だから、日が暮れるまでずっとリゲルのお墓の前に居る
「……リゲル……」
「キュウゥゥ……」
リンクはこの日ばかりはいつも傍に居てくれる
リゲルのお墓の前から動かない私に、ずっと寄り添ってくれてる
……誰かが近寄って来てもわからない私の代わりに、近づいて来たら教えてくれる
「……ワンッ!ワンッ!」
リゲルのことを考えていると、不意にリンクが鳴き声をあげた
「……?リンク……?どうし」
振り向こうとしたその時、誰かに後ろから抱きしめられた
あまりにも急な出来事に混乱するが、声を聞いてもっと驚いた
「こんなとこで何してんだよ?風邪引くぜ?」
驚いて顔をあげると、いつもの不敵な笑みを浮かべたユーリが抱きついていた
「ふぇ…!?ユ、ユーリっ!?なんでここに……!」
思いがけない来訪者に頭が混乱する
だって……今は父上様と母上様と一緒に居るはずじゃ……!
目をパチパチさせてると、後ろからまた別の声が聞こえてきた
「全く…ユーリ。今日は日が暮れるまで一人にさせてあげてくれと、レオルから言われていただろうに」
その声は父上様のものだった
呆れ気味にユーリに言っているが、当の本人は気にした様子もない
「まぁまぁ、ユリシス…会いたがっていたようだから仕方ないじゃないか」
宥めるように話しかけたのはお父様だ
……なんでユーリには敬語なのかが未だにわからない……
「そうは言ってもな…」
父上様は納得が行かないというようにブツブツと文句を言っている
「ん、やっぱりアリシアと居る方が落ち着くわ」
父上様の事なんか気にせずにといったように首元に顔を埋めてくる
…ユーリは気にしないかもしれないけど、私はすっごい気になるんだけど…
主に父上様のユーリを見る視線が痛い
「全く、折角家族四人揃って一家団欒といこうと考えておったのに、この馬鹿息子ときたら……アリシアアリシア五月蝿いときたものだ」
少し怒りが籠った声がとっても怖いです……
というか、二週間我慢するのはどこに行ったのよ……
……って、『四人揃って』……?
「あの、父上様…?四人揃ってというのは…?」
「私も居るからだ」
答えたのは父上様ではなく、デュークさん……もといお兄様だ
……珍しいこともあるんだなぁ……
「って、ユーリ……それならちゃんと家族で過ごさなきゃダメじゃない……」
苦笑いしながら抱きついているユーリの頭を小突くと、少し不機嫌そうな顔で見上げてくる
「…やっぱ無理、アリシアに会えないとか死にそう」
「……ユーリ、お前は一度死んで置いた方がいいと思うが?」
「兄様ひっでぇ……」
お兄様のばっさりした言葉に、少ししょげてしまった
「ユーリ……とりあえず退いて……?」
そう頼むが、あっさりと嫌だと断られてしまった
「……誰に似たのか……」
はぁ……と大きくため息をついて項垂れてしまうお兄様
その気持ち……すっごくわかる…
「うふふ、本当ユーリは若い頃のユリシスそっくりねぇ」
「あら、レオルもそうでしたよ?」
クスクスと笑いながらそう言ってるのは母上様とお母様だ
……ってことは、ユーリは父上様に似たのね……
「ア、アリオトっ!それは言わないでくれとあれほど言ったではないかっ!!」
顔を真っ赤にさせてお父様はお母様に駆け寄って行く
「ベガよ!お前だっ!!ユーリの前では言うなとあれほどっ!!」
父上様も母上様のもとに駆け寄る
……なんで私達の両親はこうも行動が似ているのだろうか……
遠巻きに苦笑いしながらその様子を見る
…きっといつか、同じことをするよ…私達も……
「アリシアよすまない、折角1人で居られる時間だったのにな……」
申し訳なさそうにお兄様が謝ってくる
表情はほとんど変わらないけどね……
「大丈夫ですよ、ちょっとびっくりしましたけどね……」
肩を竦めてそう言うと、お兄様も同様に肩を竦める
「さ、さてと……アリシア、我々は中に戻るからお前は気が済んだら戻っておいで」
ゴホンッと咳払いをしてからお父様はそう言う
……取り繕えてないですよ……お父様……顔まだ赤いし……
「アリオト、久々にお話しましょう?」
「えぇ、もちろんですわ」
ニコニコと笑いながらお母様と母上様が先に中に戻って行った
「ユーリ、デューク、お前達も一度入るぞ」
「…オレ、アリシアといた」
「……行くぞ、ユーリ」
私に引っ付いたユーリを、お兄様が無理矢理引き剥がしてズルズルと玄関の方へ引きずって行く
ふぅ……と息を吐いて、昔あった森の方向を見ると『何か』が見えた
……その『何か』にはとても見覚えがあった
再び恐怖が頭を支配し始める
その場から、身動き出来なくなる
「アリシア?」
私の異変に気づいたお父様が声を掛けてくるが、返事が出来ない
森があった方向から、『何か』はゆっくりと近づいてくる
逃げ出したい
今すぐにでも、ユーリの腕の中に逃げ出したい
それでも足は動かない
そもそも、あれが本物かどうかさえわからない
……幻覚であって欲しい
でも、今まで外では幻覚を見たことがなかった
更に頭が混乱する
「ぅ………あぁ………」
震える体を必死で止めようと腕を抱くが、一向に収まらない
恐怖で体に力が入らなくなって、その場に座り込んでしまう
「アリシアっ!?」
急に座り込んだからか、ユーリが私を呼ぶ声が聞こえた
今回はまだ声が聞こえるだけマシなのだろう
「聞こえてっか?!アリシア!」
いつの間にか傍に駆け寄って来ていたみたいで、私の肩を揺さぶりながら聞いてくる
でも、それに答えられなくって…
「アリシア!」
お父様が呼ぶ声も聞こえた
それ以外にも、お兄様に父上様……お母様と母上様の呼ぶ声も聞こえたけど、返事は出来なかった
徐々に声が遠ざかる
それと同時に、あの日の光景が目の前に広がる
怪我をして動けない私
血を流して、動かなくなってしまったリゲル
そして……目の前には、あの魔獣……
「っ!!あ……いやあぁぁぁっ!!!!」
頭を抑えて必死でその光景をふり払おうとする
いや……嫌っ!!
来ないで………っ!!
「アリシア!落ち着くんだっ!」
不意にお父様の声が聞こえた
でも、一度混乱しだした頭は簡単に収まってはくれない
「や……っ!嫌………っ!!来ないで………来ないでってばぁ……っ!!」
「大丈夫、大丈夫だから…此処にはあの魔獣は居ない、落ち着くんだ」
そっと抱きしめてくれる
それでも収まらない
消えてくれない
あの光景が瞼から離れない
魔獣の姿が、咆吼が、吐息が、あの時の臭いが、全てが頭から離れない
周りの声が聞こえているのに、落ち着かない
こんなこと、初めてだった
「やだ………っ!!!来ないでよ………っ!!離れてよ………っ!思い出したくないんだっばぁぁぁ……っ」
つぅっと涙が頬を伝う
頭の中には恐怖しかない
自分でも抑えられない
……不意に、リゲルの姿だけが鮮明に見えた
赤い綺麗な毛並み……その小さな体の周りに広がる血溜り……苦しそうに呻く声………
「……嫌………リゲル………ごめん……ごめんね…………
…お願い…………いかない…で……一人に……しないで………」
そう呟いたところで、私の意識は途切れた
ーユーリsideー
唖然としてレオルの腕の中で気を失ったアリシアを見つめた
突然座り込んだと思ったら、今度は悲鳴をあげて泣き出した
何かから逃げるように
何かを追い払おうと必死に声を出して
「ふぅ……今年はやけに酷いな…」
腕の中で気絶したアリシアの頭を撫でながらレオルは不安そうに呟く
「『今年は』?レオル、毎年なのか?」
「あぁ…毎年この時期になるとどうも八年前のことを嫌でも思い出してしまうみたいでな…その時に襲ってきた魔獣の幻覚が見えてしまうようなんだ」
まるで自分が見ているかのように、辛そうに顔を歪める
「でも、今年はやたら悲鳴をあげることが多いいですね……」
「だな、週に一度だったのが今日でもう五度目だ…」
五度目、その言葉に息を呑む
この一週間のうちに、そんなに幻覚を見たと言うのか……?
そう思うと、傍に居てあげた方がよかったのかと考えてしまう
だが、アリシアならお城の人に迷惑がかかるとか言いそうだなぁ…
「……レオル、とりあえずアリシアを部屋で寝かせたらどうだ?」
「…………それもそうだな……ユーリ様、頼んでもよろしいですか?」
「…あ、あぁ」
不意に呼ばれて一瞬反応が遅くなってしまった
レオルからアリシアを受け取って抱き上げる
まだ薄らと泣いた跡が残っている
「…それにしてもレオル、何故ユーリに敬語なんだ?」
部屋に連れて行こうと方向を変えようとすると、父上が呆れた様子でレオルに聞く
……確かに、普通逆……だよな……
「あ、いやぁ……ユリシスが魔王だった頃も敬語だったろう?その癖で…だな」
苦笑いしながら頭を掻く
……そういやぁ、父上にタメ口使ってるとこ、初めて見た←
「なるほどな……そしてユーリ、お前はむしろ敬語使え!レオルはアリシアの父親なんだぞっ!?」
そして怒りの矛先がオレに向くっと……
めんどくせぇ……
「はいはい、わかりましたよっと」
適当に返事をしてアリシアの部屋に向かった
階段を上がって、一番奥の部屋……
そこがアリシアの自室だ
ガチャッと扉を開けると、昔とあまり変わらない室内が目に入る
黒と白を基調としたシンプルなデザインの部屋
所々赤い装飾が入っていて、アリシアらしい部屋だ
そっとベッドに降ろして布団をかけてから、ベッドの淵に腰掛ける
頬についた涙の跡を指で拭う
「………アリシア………」
なぁ、お前はこの一週間、何を考えてたんだ?
ずっとこの悪夢の事を考えていたのか?
少しでも、オレのことは頭の中にあったか?
聞きたいことも、言いたいことも沢山ある
それでも今は寝させてやるのが先決だ
「…また、様子見にくっからな」
頬から手を退けて、シーツの上に散乱した赤い髪を掬ってその髪にキスをする
頬にキスしたら起きちまうかもしれねぇからな…
起こさないように、静かに部屋を後にした
父上達が居るであろう客間に向かう途中、アリシアが最後に呟いた言葉を思い返した
『…お願い…………いかない…で……一人に……しないで………』
「『一人にしないで』……か……」
アリシア………オレじゃ役不足か……?
アリシアがどんだけリゲルを大事にしていたかなんて知っている
……オレはリゲルの替りには慣れねぇのか…?
客間の前につくと、中から父上達の声が聞こえた
軽く頭を振って今まで考えていたことを蚊帳の外に追い出す
こんな弱気なこと考えてたとか、父上と母上に知られたら笑われるのが目に見えている
あくまで平常心を保ったつもりで扉を開けると、誰もが深刻そうな顔をして俯いている
「…ユーリ、アリシアは?」
「……今は平気そう…です」
慣れない敬語を使うのはものすごく億劫だ
父上に対してだけは敬語にしないと雷落とされるからなぁ…
兄様の隣に腰を降ろすと、レオルが盛大にため息をつく
「レオルよ…そんなにため息をつくな…」
「ユリシス様の言う通りですよあなた。こればかりは、私達にもどうする事も出来ないのですから…」
「そうは言うがな……あれだけ辛そうにしているアリシアを見ていると可哀想で可哀想で……」
「…………ため息をつくポイントがおかしいですわよ…あなた……」
呆れた顔でお母様はレオルを見詰める
すると、勢いよく立ち上がったと思えば思い切り机を叩くものだから、流石に驚く
「全くおかしくなどないであろうっ!?あの可愛い娘が、魔獣のせいで毎年毎年苦しまされているなど……!!!」
相変わらずの溺愛っぷりに、思わず引いてしまった
気持ちがわからないでもないが、流石にここまで来るとある種の恐怖を感じてくるぞ……
「レオル、落ち着くんだ……お前まで荒ぶってどうするというんだ…」
大きなため息をつきながら父上は今にも暴れだしそうなレオルを静止する
が、そんな静止すらレオルの耳には入っていないようだ
「これが落ち着いてなどいられるものか…!!私の大っっっ事なアリシア」
「スプラッシュ」
お母様がボソッと呟くと、レオルの上に陣が浮かび上がって、大量の水が降り注ぐ
「あなた、頭は冷えましたか?」
「……お陰様で体諸共冷えました……」
ニコッと微笑むお母様に、しゅんとして頭を下げる
……アリシアのあの性格はこの人がルーツだ……
「ですが、少々困りましたね…アリシアが毎年あの状態になるのは見ているこちらとしても心苦しいものがありますし……」
困った顔をして母上が首を傾げる
確かに流石にそれはオレも嫌だ
アリシアの事だからオレが心配すれば、またアリシアも落ち込んでしまうだろう
だが、これを心配するなというのには流石に無理がある
「……医師には何も言われていないのか?」
「何も…という訳ではないのだが……」
少し言いにくそうに頭を掻く
……そんなに言いづらいことなのか…?
「レオル、話してくれ」
父上がレオルをまっすぐ見詰めて言うと、言いにくそうに口を開いた
「………精神的なものだから、本人が気を強く持つ以外にはどうしようもない……と言われたよ……」
ふっと顔を背けてしまう
精神的なもの……
つまり、アリシア自身がどうにかするしかない
……いや、無理だろう……
気にするななんて言っても気にするのがアリシアだ
それに、大事なリゲルのことだ
気にしてしまうのが当たり前だ
……何年経っても、アリシアは忘れることはないだろう
「……オレ、もう一度アリシアのとこ行くってくる」
「…………ユーリ、そのまましばらく傍に居てやれ」
父上の言葉に頷いて、客間を後にした
ーーーーーーー
「ったく、あれで平常心を保っているつもりでいるのが不思議だ…」
ユリシスは呆れたように呟きながら、用意されたコーヒーを飲む
「うふふ、本当にユリシスそっくりねぇ」
クスクス笑いながらベガはユリシスを見ると、少し頬を赤らめている
「……もう少し自重して欲しいものです」
紅茶の入ったカップを取りながら、呆れ気味にデュークは呟く
父親と義理の母親……彼から見たら少々複雑な気持ちだろう
「あら、デューク…あなたも早くいい人を見つけるべきよ?」
ニコニコと微笑みながらベガは目の前に座るデュークに告げるが、当の本人は知ったこっちゃないと目を背ける
「ユーリ様の方がまだいいですよ、隠さずにオープンで心配されても困りますよ」
ジト目でレオルを半分睨みつけるようにアリオトは言う
心配なものは心配なのだ、と小声で呟いてレオルは首を竦めた
ーーーーーー
アリシアの部屋に入ると、先ほど寝かせた時と同じ状態で眠っていた
ただ、その寝顔は少しだけ穏やかに見える
わざわざベッドの傍に椅子を持ってくるのも面倒だったから、ベッドの淵に腰掛ける
淵に腰掛けてから気づいたが、いつの間にかリンクが入って来ていたようで、アリシアの傍に蹲って眠っていた
まるで怯えているアリシアに寄り添うかのように……
「……オレもその位置に居られてりゃいいんだけどな……」
苦笑いしながらアリシアの隣で気持ちよさそうに眠ってるリンクを見る
動物相手ならアリシアは自分を隠すことがないことを知っている
その証拠に、リゲルやリンクには敬語を使ってるとこなんて1度も見たことがなかった
『恋人』という間柄の時は仕方ないと割り切っていたが、『夫婦』となった今では、少しだけリンク達の居場所が羨ましく感じる
出来ることならば、オレにも隠さないで欲しいんだが……
アリシアはそこまで感情を表に出すのが器用じゃない
それでもマシになった方だとは思うが…
「………まだまだ、役不足かねぇ……」
思わずそんな言葉が出てしまう
アリシアが色々隠しているのは、オレに心配かけたくないからだという事くらいはわかっているつもりだが……
正直頼って貰えないのは寂しい
何処か距離を感じてしまう
……こんなこと、オレのわがままに過ぎないが……
…もう少しでいいから頼って欲しい
少しずつでいい
動物達に見せている素の姿を見せて欲しい
かと言ってオレ以外の奴に見せられるのは嫌だが……
「ん…………ユー……リ………」
不意に名前を呼ばれて驚いてアリシアに目を向けるが、どうやら寝言のようだ
……でも、どこがおかしい
先程まで穏やかな表情だったはずなのに、また顔を歪めてしまっている
「…アリシア……?」
名前を呼びながら軽く頭を撫でると、薄らと目が開かれた
「あ…悪ぃ、起こしちまったか?」
咄嗟にそう謝ると、体を起こして首を横に振る
まだ眠いのか、目がトロンとしているし、眠そうに目を擦っている
「まだ眠いならもう少し寝たらどうだ?」
アリシアの方を向くように体の向きを少し変えて、そっと頭を撫でながら言うとまた首を横に振って、今度は胸元に抱きついてきた
何故か、オレの腰に回している腕が少しだけ震えている
「アリシア?どうした?」
ぎゅっと抱き締め返しながら聞く
「……………ねぇ……ユーリ…………ユーリは………私を置いて、どっかに行ったりしないよね………?」
胸元に顔を押し付けて来ているから表情は見えないが、あからさまに何かに怯えているようだ
掠れて、今にも消えそうな声で一人にしないよね……?と聞いてくる
「バーカ、オレがお前を一人になんてする訳ないだろ?オレは何があっても絶対にアリシアを離したりなんてしねぇよ」
相当怖い夢でも見たのだろうな…と心の中で苦笑する
そんな夢を忘れさせてやりたくて、痛くならない程度に思い切り抱きしめる
「……そう……だよね……」
少しだけ安心した声で呟くと、アリシアも抱きついてくる腕に少し力が入ってきた
相変わらず顔をあげようとはしてくれないが……
「……怖かった………ユーリが何処か遠くに行っちゃう夢だった………」
ポツリとアリシアはそう呟いた
「オレがか?ははっ、そりゃあ万が一にでもねぇな。どこ行くにもアリシアは連れてくつもりだぜ?」
頭にキスを落とすと、驚いたように顔をあげる
…その頬には少し泣いたような跡がついている
「……本当に……?」
「当たり前、お前が居ないのにどっか行けるわけねぇだろ?オレが耐えらんねぇよ」
軽く頭を小突きながら言うと、安心したように目を細める
「ん………なら………よかった………」
「ほーら、隣居てやるからもう少し寝ておけよ?」
ん……と言うのとほぼ同時に規則正しい寝息が聞こえてくる
やはり相当眠かったのだろう
「……さてと、どーすっかな……」
腕の中で再び眠ってしまったアリシアの頭を撫でながら苦笑いする
ちゃんとベッドに寝かせてやりたいのは山々だが、オレの服を掴んでて離れそうにない
離せないことはないのだが、それで起こしてしまったら可哀想だ
結局、アリシアが起きるまでずっとその場から動けなかった←