番外編
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〜The past〜
ーある日ー
今日は珍しく、エステル達だけでなくユーリやフレン、レイブンにカロルも混じってお茶をしている
執務は大方終わってるし、特に予定もなかったからだ
他愛のない話をして盛り上がってる途中でまたもやリタが唐突に聞いてきた
「そういえばアリシア、あんたなんで精霊術使えないのよ?父親の方はしょっちゅう無駄に使いまくってるのに」
「おい!リタ、それ聞くなって言ったろっ!?」
少し怒り気味にユーリが言う
「ユーリ、そんなに怒んないの。私は気にしてないし」
「気にする気にしないどうこうの話じゃ」
「だってちゃんと説明しなきゃ納得しないって顔してるんだもん」
私は平気だから、と言うが、でもだのなんだのってブツブツとずっと言ってる
まぁ、それだけ心配してくれて居るんだろうけどね
そんなユーリをほっといて話し出した
「私が精霊術を使えないのはね、昔事故起こしたからなんだ」
「事故…です?」
「そ、丁度十五の時にね」
「差し支えなければ教えてくれるかしら?」
「ん、いいよ」
ユーリが隣で心配そうに見てくる
大丈夫ってニコッと微笑む
一度深く深呼吸してからゆっくりと話し出した
私と、リゲルの話を……
ーアリシア、十五歳のある日ー
「むー……リゲルー……つまんないね」
「クゥゥン……」
お庭でゴロンッと転がりながらリゲルに話しかける
お父様もお母様も、今日はお城の夜会に招待されてて居ない
時間はまだまだ早いけど、魔王様に早目に来てって言われたんだって
だから、今家には私とリゲル、メイドさんが何人かしかいない
「……よしっ!リゲル!外に遊びにいこっ!今日ならバレないよ!」
「ワンッ!」
バッと起き上がってリゲルを抱える
リゲルの足音で気づかれちゃうもんね
「リゲル、しーっ!だよ?」
お屋敷に繋がってる扉をゆっくり開ける
今の時間ならきっと、メイドさん達はお部屋のお掃除してるはず……
そーっと玄関まで歩いて、誰も居ないことを確認してから外に出た
外に出てから、みんなにバレないように精霊術で姿を隠す
「やった!外出れたね!」
「ワンッワンッ!!」
リゲルも嬉しそうに尻尾を振る
そぉっと地面にリゲルを降ろすと、嬉しそうに私の周りを走る
「よーしっ!リゲル!探検だぁっ!」
「ワオーンッ!」
そう言うと同時に走り出す
目指したのは近くにある大きな森
一度だけ入ったことあるし、ちゃーんと目印もつけてきてあるから、迷うことはない
それに、大体の魔獣たちは倒せるくらいに精霊術は使い慣れていた
だから、大丈夫だって思っていた
何があっても対処できるって
「………今考えたら、それがいけなかったんだよね」
右手首に付いてる赤色のベルトに触れながら言う
元々はリゲルが付けていた首輪をお母様に頼んで加工して貰った物だ
あの日から、私は何も変わってない
強いていえば背が少し伸びた程度だ
それ以外、見た目は何も変わらない
ギュッと左手に力が入る
「………あの日、勝手に遊びにさえ行かなければ………リゲルは死なずに済んだのかもしれない……」
「あっ!この前来た時の印あったよ!」
リゲルと一緒に森を進んで行く
この前は、森に入って少ししたところでお父様に見つかっちゃったから、今日はもっと奥へ行こう
印よりも奥へ奥へ進んで行く
時折、新しい印をつけながら
リゲルとどんどん進んで行く
怖いものなんてなかった
私ならなんでも出来るって、思ってたから
「わぁ……!リゲル、すごい綺麗だよ……!」
だいぶ深いところまで来ると、開けた広い空間に出た
お城でユーリと会った時に居た場所と同じような雰囲気の広場
ちょっと懐かしい感じがした
お城に最後に行ったのはもう五年前だ
あの場所にも行けていない
時々、お城を抜け出してユーリが会いに来てくれるけど、あの場所にもう一度行きたい
ユーリと出会った、初めての場所だから
「ちょこっとだけ休憩しよっか!リゲル」
「ゥワンッ!!」
そう言って地面に座り込む
ちょっとフワフワした感触がする
心地いい風が吹いていて
少し暖かくて
つい寝てしまいそうになるくらい
「リゲルー……ちょっとだけお昼寝しよ?」
そう言って結界を張る
こうしておけば大体の魔獣は攻撃出来ない
ゴロンッと横になると瞼がゆっくりと落ちてきて
いつの間にか眠ってしまった
どのくらい眠っていたのだろうか
魔獣の遠吠えで目が覚めた
そんなに遠くない
むしろ、凄く近いところだった
「……リゲル、ゆっくり逃げよ?」
あの声は少し前に、お父様の図鑑で聞いた声だ
大型の魔獣の声
中型ならまだしも大型だ
相手が出来るとは到底思えない
「こんなところに……大型の魔獣がいたなんて……」
まさに予想外だ
ゆっくりと、でも少し早く、元来た道を戻る
…が、かなり近くに居たのだろう
ガサッと音を立てて向かい側から魔獣が出てきた
その大きさに目を見張る
思っていたよりも何倍も大きかった
私を見るなり、突進してくるのが見えて、慌てて逃げる
精霊術で攻撃しながら逃げ続けた
それでも、私程度じゃ到底かなわなくって
体が弱いせいもあってもう少しで森を抜けられそうなところでバテてしまった
その隙をつかれて思いっきり突き飛ばされた
「いっ………はっ…………」
木に思い切り体をぶつけて意識が飛びそうになる
朦朧とする意識の中で、魔獣の咆哮とリゲルの鳴き声が聞こえた
「ヴーーーーーッ!ワンッ!ワンッ!!」
『グルルルルルルルッ!』
ついで、魔獣の咆哮と争う様な物音
意識がはっきりしだした頃にはほとんど手遅れだった
「リ…………ゲル…………?」
手を伸ばしてもギリギリ届かないところで倒れてた
呼んでも返事はない
いつもみたいに、答えてくれない
近寄って来てもくれない
綺麗な赤い毛が、赤黒くなっていってるのが見える
その意味を、理解したくなかった
夢だと思いたかった
でも、目の前の光景と、痛みに魔獣の咆哮は、これが現実だと、脳に訴えてくる
「………いや…………だ…………」
呟いた言葉と共に、涙が頬をつたう
………私のせいだ…………
…私が行こうなんて言って、外に連れ出したから………
……私が連れ出さなきゃ良かったんだ……
魔獣の足音が聞こえて、正面を見る
手が届くんじゃないかってくらいそばに居る
……もういいや、どうとでもなってしまえ
「………ゆる…………さない…………」
キッと目の前の魔獣を睨みつける
そして、今までやったことがないくらいマナを集めて凝縮させる
本当はまだやっちゃいけないこと
でも、もうどうなってもよかった
頭が割るんじゃないかってくらい痛い
それでも続けた
魔獣も知能がないわけでなく、集まり出したマナを見て逃げようとする
でも、その時にはもう準備は終わりきってて
薄れた意識で最後に覚えているのは、真っ白な光と爆音だった
「それから先はほとんど覚えてないんだ
次に目が覚めた時には、もう一ヶ月近く経ってた」
「えぇっ!?!!そんなに!?」
「十五歳って、魔族は一番脳の発達に重要な時期だからよ…!その時期にそんな無茶したら……!」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がりながらリタは言う
…その話は、何度も何度も聞いた
お父様にも、お母様にもお医者様にも
「………私の脳へのダメージは予想以上だった。もちろん、精霊術なんてほぼ使えなくなったし、ほとんどの成長もそこで止まっちゃった
羽根と角がその証拠」
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す
まぁ、そんな呑気にしてるのは私くらいだけど
ユーリは隣で心配そうにワタワタしてるし、他のみんなは唖然としてるし
「…それで?その後はどうしたのかしら」
「ん?その後は………あぁ、お父様に物凄く叱られたなぁ……『言う事を聞かないからこうなるんだっ!もしかしたら死んでしまってたのかもしれないんだぞっ!?』って何度も言われたよ」
苦笑いしながら、カップに新しい紅茶を注ぐ
「で、その度に言うの『お父様やお母様が、いつもいつも私を独りぼっちで置いて行くから言う事聞かないんですっ!』ってね
そしたらお父様ったら、いっつもうずくまって泣いちゃうんだよね
怒られてるのも忘れて笑っちゃうくらいに」
クスッと笑いながら砂糖を紅茶に溶かす
今だからこそ、笑って話せる
数年前なら出来なかったことだ
「……まぁ、最初の半年くらいはそんなお父様のお小言も耳になんて入ってこなかったけどね……」
「…そんな状態から…どうやって立ち直ったんです?」
遠慮気味にエステルが聞いてくる
「……………丁度半年くらい経った日だったかな
唐突にユーリが来たんだ」
『えっ!?!!』
ユーリ以外の声が重なる
「ユーリ…っ!?」
ユーリの斜め後ろに立っていたフレンが、叫び声に近い声で名前を呼ぶ
「アリシアっ!?おまっ!!」
「だって本当のことだもん」
クスクスと笑いながら言う
「この馬鹿魔王に慰められでもしたわけ?」
リタの問いにコクンと頷く
「丁度、窓の外を眺めてる時だったかなぁ……」
「………………はぁ………………」
窓辺に座って空を眺めながら、もう何度ついたかわからないため息をついた
あの日から何も変わらない
部屋の中も私自身も
少し変わったのは外の景色くらいだろう
部屋から見えていた森、半年前まではあった
今はもう無くなってしまってる
理由なんてただ一つ
私があの日に吹っ飛ばしたから
あった筈のものを跡形もなく消してしまったらしい
あの日、どうやってお屋敷に戻ったかなんて知らない
気づいた時にはベッドで寝てた
体は思うように動かないから、何があったのかと思った
目が覚めたことに気づいたお父様が部屋に飛び込んできて、私を思い切り抱きしめてきたのも、まだ記憶に新しい
その時何を言ってたかなんて、覚えていないけど
世界から音が無くなったような感覚だった
聞こえているけど、記憶が無い
何を言ってたかわからない
頭への負荷と、心へのダメージはそれだけ強かったらしい
半年経った今は、日常生活に問題ないくらいには動けるようになったし、会話もちゃんと出来る
それでも、心に穴の空いたようなこの感覚はどうにも出来なかった
ぼーっとしてると、急に視界が暗くなった
びっくりしていると、見知った顔が窓をノックしてきた
口パクで『開けて』と言ってる
コクンと頷いてから先に扉の鍵がかかっているのを確認して、窓の鍵を開ける
それと同時に窓を開けると、部屋の中に入ってきた
「久しぶり、アリシア」
「……久しぶり……ユーリ」
入ってきたのは、大好きなユーリだった
ニコニコと嬉しそうに笑っているから、微笑み返すけど、うまく笑えているのだろうか…
「アリシア、怪我大丈夫か?」
「……ふぇ?」
「父上が城で半年くらいずっと騒いでるから。アリシアが怪我したってさ…だから心配になって」
会った時と同じ様にそっと頭を撫でてくる
嬉しくって目を細める
「大丈夫、大丈夫だよ、ユーリ…心配してくれてありがとう」
「ん、やっと笑った」
「えっ?」
「さっき、無理に笑おうとしたろ?顔引きつってたぜ?」
「うっ………」
思わず俯いてしまうが、ユーリが両手で頬を包んで無理矢理目線を合わせようとしてくる
「下向かないの、父上がボソッとリゲルがどうのこうのって言ってたから、そんなに落ち込んでる理由は大方検討ついてたし」
「っ!!!!」
「父上が言ってた、誰の前でもアリシアは泣かないんだって
1番辛いはずなのに、泣いたりしないって」
ちょっと真剣な目をして言ってくる
なんて答えればいいかわからない
勝手に抜け出して、勝手に森に入って、死にかけて……
……ユーリには言えない……
手紙でもずっと私の心配してくれてるのに、これ以上心配かけたくない
……泣かないんじゃなくて、泣けないの
私のせいだから………
「……なぁ?オレの前でくらい、泣けばいいじゃん」
「…………え………?」
「今にも泣きそうって顔してる。何があったかなんて知らないし、聞かないけどさ、いつまでも泣かないで溜め込んでたら、リゲルだって心配するぜ?」
だから泣けばいいじゃんって優しく言ってくる
理由なんて聞いてこないんだ
ただ、傍に居ようとしてくれるんだ
優しく頭を撫でながら、傍に居てくれる
……溜め込んでたものが決壊するのは早くって
泣いてるとこなんて見られたくないけど、意思と感情は噛み合わなくって
気づいたらユーリに抱きついて泣いてた
何も言わないで、優しく抱きしめて背中を撫でてくれる
そんなに長居出来ない筈なのに、ずっと居てくれた
泣き止むまで、ずーっと居てくれた
「……ごめんね、ユーリ……ちょっと引き留めすぎちゃった……」
泣き止んだ時にはユーリが来てから一時間くらい経ってた
「別にいいさ、オレが長時間城抜け出すなんてしょっちゅうある事だからなっ!」
ドヤッとちょっと得意気に言う
「ふふ……それ、そんなに自慢げに言っていいことじゃないよ」
可笑しくって、つい笑ってしまう
「…うん、やっぱりアリシアは笑ってた方がずっといいや」
そっと頬に伝った涙の後を拭うように優しく撫でながらニコッと笑って言ってくる
「まだつらいかもしんないけどさ、オレたまにこうやって来るから
だから笑っててよ」
「……うんっ!ありがとう、ユーリっ!」
ユーリの優しさが嬉しくって目を細める
きっと、今ならちゃんと笑えてるはずだ
それに応えるようにユーリも笑ってくれる
「さてと…アリシアも元気になったぽいから、そろそろ一度戻らねぇと…父上が血相変えて探してそうだわ」
苦笑いしながら、窓の淵に飛び乗る
もう…行っちゃうんだ…
寂しいけど、仮にもユーリは王子様
戻らなきゃ心配されるだろう
「アリシア、また来る!手紙も出すからっ!」
「…うんっ!待ってるよ!」
慰めてくれたユーリに、お礼のつもりで目を細めて、めいいっぱい笑顔で言う
すると、すぐ傍でトンっと音がした
何かと思って目を開ける前に腕を引っ張られて、気づいた時にはユーリとの距離はゼロだった
唇にキスされたって気づくまでに数秒かかった
頬とかはしょっちゅうされるけど…
突然のことに一人ポカーンとしていると、パッと離れて、また来るっ!と言って飛び出してしまった
最後に一瞬見えたユーリの横顔は少し紅くなっていた気がする
きっとユーリも無視意識だったんだろう
そっと自分の唇に触れる
心臓の音がいつにも増してうるさい
恥ずかしい、よりも嬉しかった
思わず笑みがこぼれる
そうだ、きっとこんなに落ち込んでいたら、ユーリの言う通りリゲルに怒られてしまう
だからせめて、リゲルの分まで沢山笑おう
ただの自己満足にしか過ぎないけれど、それでも笑って過ごそう
…まだ、辛いことを忘れなんて出来ないけど……
きっと…大丈夫、だってユーリが居るから
コンコンッ
「お嬢様、昼食にしましょう」
不意にメイドさんが呼びに来た
もうそんな時間なんだ……
「わかりました、すぐに行きます」
窓を閉めてから扉の鍵を開けて部屋を出ようとするが、不意に鳴き声が聞こえた気がして振り向く
じっとしばらく見つめてたけど、きっと幻聴だろう
「……バイバイ、リゲル…ずっと忘れないよ………私はあなたが大好きだよ」
小声で呟いて部屋を後にした
「あの後、お父様に驚かれたんだよなぁ…すっごい嬉しそうに食堂に入ったから」
クスッと笑いながら私は話すが、ユーリ机に突っ伏して顔を隠してる
相当恥ずかしかったのだろう
「あー……そういや、そんなことあったわねぇ…王子殿が城の何処にも居なくて大騒ぎになったことが…」
「城の外まで探しに行こうとした所で、部屋見たら居たんだったね、確か」
「そそっ!もう、どこ行ってたのかと前魔王殿と大喧嘩だったわねぇ」
「その話なら聞いたことあるわ、ヒートアップし過ぎて精霊術と剣技の相応戦をしたって」
「そうなのよ……前魔王殿は問いただすのやめないし、青年はどこ行ってたか言わないしでねぇ……」
「止めるのが大変だったよ…」
「「ユーリを」」
「なっ!?先に手ぇ出してきたのは父上だぜっ!?」
「だからと言って、何も部屋一つ吹っ飛ばすような威力で精霊術使わないでくれっ!」
「……そんなことしてたのね……ユーリ…」
あはは……と苦笑いする
父上様もよく抜け出してたのになぁ……と思いつつ三人の会話を聞く
「にしても、よく傷残らなかったわね。森一つ吹っ飛ばす程の威力だったら、残ってそうよね」
「あーっと……消えてないよ?」
『……えっ??』
いや、みんなして驚かないでよ……
「え……だって、何処にもそんな痕見えないですよ…?」
「そ、そうだよ!それに、そんな痕あったらとっくのとうにユーリが騒いでるよ!」
「……そんな痕……あったか?」
「えっと……さっき、『ほぼ使えない』って言ったの覚えてる?」
「そういえば……確かに『使えない』じゃなくて『ほぼ』だったね」
「そ、『ほぼ』なの、使える分には使えるけど、それを全部傷痕隠すのに使っちゃってるの。だから普段使えないの」
「でもなんでそんなことをしているのかしら?私達は、気にしないわよ?」
「うーん、昔はただ自分が痕見えるのが嫌なだけだったけど……今は傷痕見るとものすごく心配する、心配性こじらせちゃった過保護で嫉妬深くて、私居ないとすぐ機嫌悪くなるわがままな旦那様が居るからかなぁ」
ニヤッと笑って隣を見ると、あからさまに不機嫌そうな顔をして私を見ている
「おい、アリシア……お前なぁ……!」
「だーって本当のことだもん」
「………悪ぃ、ちょっとオレとアリシア抜けるぜ」
そう言うと、フレンの静止も聞かずに私を連れて部屋を飛び出してしまった
…本当、人の話聞かずに飛び出す癖は変わらないなぁ……
いつも寝ている寝室につくと、内側から鍵をかけてちょっと乱暴にベッドに押し倒してくる
「いたたっ……もう……ユーリ、痛いってば」
むっとして私を見下ろしてるユーリを見上げる
が、そこにはいつも押し倒して来る時のいたずらっ子のような笑顔はなく、真剣な話をする時の顔をしていた
「………アリシア、さっきの話、オレ聞いてない」
「言ってないもん、余計な心配かけたくなかったし、聞かれなかったから」
きっぱり言うとユーリは大きくため息をつく
「あのなぁ……だからって隠さないでくれよ……」
「だーかーらー、聞かれなかったから言わなかっただけで、聞いてくれれば話したし、隠してるつもりなかったもん」
そう言うと、はぁ……っと大きくため息をつかれた
確かに心配されるのが嫌で自分から話す気はなかったが、聞かれたらちゃんと答えるつもりでいたし…
「……んで、因みにだけどその痕……見せる気は?」
「ない。やだ、無理。というか、そもそももうマナの扱い方なんて覚えてないから、どうやって隠してるかすらわかんないもん」
これは本当の話
だって十五の時からずーっと隠してるんだもん
それ以外に精霊術を使うことが無くなったから、定着してしまっているみたいなのだ
「ふーん……」
「…信じてないでしょ、さては」
「あん?んなことねーよ、それよりも、だ」
「?」
「…なーんであの話したんだよ、マジで焦ったわ」
先程よりも少し近づいて聞いてくる
「なんでって……話の流れ的に言った方がいいかと」
「いや、いらねぇだろ、言わなくていいだろ、本当マジであの話だけは勘弁して欲しかったぜ…」
ポスッと私の首元に顔を埋めながら言う
「…もしかして照れてる?」
「…うっせーよ////あんときゃオレだって無意識だったんだよっ////」
わかりやすいくらい耳まで紅くなってて、ちょっと可愛い
「ふふ…でも、あの時は素直に嬉しかったよ?五年も内緒で付き合ってたようなものなのに、会いに来てくれても髪とか手とか頬にはキスしてくる癖に、全然、ちゃーんとキスしてくれないんだもん」
「……さっきも言ったがありゃ無意識だから出来たんだよ…////あんときのオレにゃ恥ずくて出来なかったんだよっ!/////」
ちょっと意地悪して言うと、ムキになって反論してくる
「……なんか、ユーリ可愛い」
ボソッと呟いてクスクス笑ってると、急に首元にチクッと痛みが走る
「~~っ!!?!」
ユーリが所有印をつけたのだと気づくまで少し時間がかかった
「…可愛いのは、顔真っ赤にして涙目でオレのこと見上げてくるアリシアの方だろ?」
さっきまでの紅く染まった顔はどこへいったのか
いつものいたずらっ子のような笑みをして見下ろされる
……やっちゃった……
なんか変なスイッチ押しちゃったよ……
「……ユーリ……?まだ夕方にもなっていないんだけど……」
「んなもんどうでもいいっつーの」
「そうゆう問題じゃ……っ!?」
その言葉の続きは、ユーリに唇を塞がれてしまって言えなかった
今でこそこうやって隙あらばキスをしまくってくるが、昔は本当になかった
嬉しい半面、もう少しキスの数を減らして欲しいなと心の中で苦笑する
「はっ……悪ぃ、手加減出来ねぇや」
「ふぁ…………それ、いつも言ってる」
クスクスッとどちらともなく笑い出す
今でも時折、あの日の光景を思い出してしまうが
今はもう大丈夫
だってユーリやみんなが傍に居てくれてるから
「ははっ……あんときのこと忘れるくらい、これからいっぱい愛してやるさ」
「ふふ………その言葉、絶対忘れないでね?」
「あったり前だろ?忘れねぇさ、絶対にな」
そう言うと、どちらともなくまた唇を重ねる
あの日の光景は忘れたい
でも、リゲル…あなたのことは絶対に忘れないよ
私の髪と同じ色をした
私の最初の大好きで大事な友達
いつか、また何処かで会えるかな?
ーある日ー
今日は珍しく、エステル達だけでなくユーリやフレン、レイブンにカロルも混じってお茶をしている
執務は大方終わってるし、特に予定もなかったからだ
他愛のない話をして盛り上がってる途中でまたもやリタが唐突に聞いてきた
「そういえばアリシア、あんたなんで精霊術使えないのよ?父親の方はしょっちゅう無駄に使いまくってるのに」
「おい!リタ、それ聞くなって言ったろっ!?」
少し怒り気味にユーリが言う
「ユーリ、そんなに怒んないの。私は気にしてないし」
「気にする気にしないどうこうの話じゃ」
「だってちゃんと説明しなきゃ納得しないって顔してるんだもん」
私は平気だから、と言うが、でもだのなんだのってブツブツとずっと言ってる
まぁ、それだけ心配してくれて居るんだろうけどね
そんなユーリをほっといて話し出した
「私が精霊術を使えないのはね、昔事故起こしたからなんだ」
「事故…です?」
「そ、丁度十五の時にね」
「差し支えなければ教えてくれるかしら?」
「ん、いいよ」
ユーリが隣で心配そうに見てくる
大丈夫ってニコッと微笑む
一度深く深呼吸してからゆっくりと話し出した
私と、リゲルの話を……
ーアリシア、十五歳のある日ー
「むー……リゲルー……つまんないね」
「クゥゥン……」
お庭でゴロンッと転がりながらリゲルに話しかける
お父様もお母様も、今日はお城の夜会に招待されてて居ない
時間はまだまだ早いけど、魔王様に早目に来てって言われたんだって
だから、今家には私とリゲル、メイドさんが何人かしかいない
「……よしっ!リゲル!外に遊びにいこっ!今日ならバレないよ!」
「ワンッ!」
バッと起き上がってリゲルを抱える
リゲルの足音で気づかれちゃうもんね
「リゲル、しーっ!だよ?」
お屋敷に繋がってる扉をゆっくり開ける
今の時間ならきっと、メイドさん達はお部屋のお掃除してるはず……
そーっと玄関まで歩いて、誰も居ないことを確認してから外に出た
外に出てから、みんなにバレないように精霊術で姿を隠す
「やった!外出れたね!」
「ワンッワンッ!!」
リゲルも嬉しそうに尻尾を振る
そぉっと地面にリゲルを降ろすと、嬉しそうに私の周りを走る
「よーしっ!リゲル!探検だぁっ!」
「ワオーンッ!」
そう言うと同時に走り出す
目指したのは近くにある大きな森
一度だけ入ったことあるし、ちゃーんと目印もつけてきてあるから、迷うことはない
それに、大体の魔獣たちは倒せるくらいに精霊術は使い慣れていた
だから、大丈夫だって思っていた
何があっても対処できるって
「………今考えたら、それがいけなかったんだよね」
右手首に付いてる赤色のベルトに触れながら言う
元々はリゲルが付けていた首輪をお母様に頼んで加工して貰った物だ
あの日から、私は何も変わってない
強いていえば背が少し伸びた程度だ
それ以外、見た目は何も変わらない
ギュッと左手に力が入る
「………あの日、勝手に遊びにさえ行かなければ………リゲルは死なずに済んだのかもしれない……」
「あっ!この前来た時の印あったよ!」
リゲルと一緒に森を進んで行く
この前は、森に入って少ししたところでお父様に見つかっちゃったから、今日はもっと奥へ行こう
印よりも奥へ奥へ進んで行く
時折、新しい印をつけながら
リゲルとどんどん進んで行く
怖いものなんてなかった
私ならなんでも出来るって、思ってたから
「わぁ……!リゲル、すごい綺麗だよ……!」
だいぶ深いところまで来ると、開けた広い空間に出た
お城でユーリと会った時に居た場所と同じような雰囲気の広場
ちょっと懐かしい感じがした
お城に最後に行ったのはもう五年前だ
あの場所にも行けていない
時々、お城を抜け出してユーリが会いに来てくれるけど、あの場所にもう一度行きたい
ユーリと出会った、初めての場所だから
「ちょこっとだけ休憩しよっか!リゲル」
「ゥワンッ!!」
そう言って地面に座り込む
ちょっとフワフワした感触がする
心地いい風が吹いていて
少し暖かくて
つい寝てしまいそうになるくらい
「リゲルー……ちょっとだけお昼寝しよ?」
そう言って結界を張る
こうしておけば大体の魔獣は攻撃出来ない
ゴロンッと横になると瞼がゆっくりと落ちてきて
いつの間にか眠ってしまった
どのくらい眠っていたのだろうか
魔獣の遠吠えで目が覚めた
そんなに遠くない
むしろ、凄く近いところだった
「……リゲル、ゆっくり逃げよ?」
あの声は少し前に、お父様の図鑑で聞いた声だ
大型の魔獣の声
中型ならまだしも大型だ
相手が出来るとは到底思えない
「こんなところに……大型の魔獣がいたなんて……」
まさに予想外だ
ゆっくりと、でも少し早く、元来た道を戻る
…が、かなり近くに居たのだろう
ガサッと音を立てて向かい側から魔獣が出てきた
その大きさに目を見張る
思っていたよりも何倍も大きかった
私を見るなり、突進してくるのが見えて、慌てて逃げる
精霊術で攻撃しながら逃げ続けた
それでも、私程度じゃ到底かなわなくって
体が弱いせいもあってもう少しで森を抜けられそうなところでバテてしまった
その隙をつかれて思いっきり突き飛ばされた
「いっ………はっ…………」
木に思い切り体をぶつけて意識が飛びそうになる
朦朧とする意識の中で、魔獣の咆哮とリゲルの鳴き声が聞こえた
「ヴーーーーーッ!ワンッ!ワンッ!!」
『グルルルルルルルッ!』
ついで、魔獣の咆哮と争う様な物音
意識がはっきりしだした頃にはほとんど手遅れだった
「リ…………ゲル…………?」
手を伸ばしてもギリギリ届かないところで倒れてた
呼んでも返事はない
いつもみたいに、答えてくれない
近寄って来てもくれない
綺麗な赤い毛が、赤黒くなっていってるのが見える
その意味を、理解したくなかった
夢だと思いたかった
でも、目の前の光景と、痛みに魔獣の咆哮は、これが現実だと、脳に訴えてくる
「………いや…………だ…………」
呟いた言葉と共に、涙が頬をつたう
………私のせいだ…………
…私が行こうなんて言って、外に連れ出したから………
……私が連れ出さなきゃ良かったんだ……
魔獣の足音が聞こえて、正面を見る
手が届くんじゃないかってくらいそばに居る
……もういいや、どうとでもなってしまえ
「………ゆる…………さない…………」
キッと目の前の魔獣を睨みつける
そして、今までやったことがないくらいマナを集めて凝縮させる
本当はまだやっちゃいけないこと
でも、もうどうなってもよかった
頭が割るんじゃないかってくらい痛い
それでも続けた
魔獣も知能がないわけでなく、集まり出したマナを見て逃げようとする
でも、その時にはもう準備は終わりきってて
薄れた意識で最後に覚えているのは、真っ白な光と爆音だった
「それから先はほとんど覚えてないんだ
次に目が覚めた時には、もう一ヶ月近く経ってた」
「えぇっ!?!!そんなに!?」
「十五歳って、魔族は一番脳の発達に重要な時期だからよ…!その時期にそんな無茶したら……!」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がりながらリタは言う
…その話は、何度も何度も聞いた
お父様にも、お母様にもお医者様にも
「………私の脳へのダメージは予想以上だった。もちろん、精霊術なんてほぼ使えなくなったし、ほとんどの成長もそこで止まっちゃった
羽根と角がその証拠」
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す
まぁ、そんな呑気にしてるのは私くらいだけど
ユーリは隣で心配そうにワタワタしてるし、他のみんなは唖然としてるし
「…それで?その後はどうしたのかしら」
「ん?その後は………あぁ、お父様に物凄く叱られたなぁ……『言う事を聞かないからこうなるんだっ!もしかしたら死んでしまってたのかもしれないんだぞっ!?』って何度も言われたよ」
苦笑いしながら、カップに新しい紅茶を注ぐ
「で、その度に言うの『お父様やお母様が、いつもいつも私を独りぼっちで置いて行くから言う事聞かないんですっ!』ってね
そしたらお父様ったら、いっつもうずくまって泣いちゃうんだよね
怒られてるのも忘れて笑っちゃうくらいに」
クスッと笑いながら砂糖を紅茶に溶かす
今だからこそ、笑って話せる
数年前なら出来なかったことだ
「……まぁ、最初の半年くらいはそんなお父様のお小言も耳になんて入ってこなかったけどね……」
「…そんな状態から…どうやって立ち直ったんです?」
遠慮気味にエステルが聞いてくる
「……………丁度半年くらい経った日だったかな
唐突にユーリが来たんだ」
『えっ!?!!』
ユーリ以外の声が重なる
「ユーリ…っ!?」
ユーリの斜め後ろに立っていたフレンが、叫び声に近い声で名前を呼ぶ
「アリシアっ!?おまっ!!」
「だって本当のことだもん」
クスクスと笑いながら言う
「この馬鹿魔王に慰められでもしたわけ?」
リタの問いにコクンと頷く
「丁度、窓の外を眺めてる時だったかなぁ……」
「………………はぁ………………」
窓辺に座って空を眺めながら、もう何度ついたかわからないため息をついた
あの日から何も変わらない
部屋の中も私自身も
少し変わったのは外の景色くらいだろう
部屋から見えていた森、半年前まではあった
今はもう無くなってしまってる
理由なんてただ一つ
私があの日に吹っ飛ばしたから
あった筈のものを跡形もなく消してしまったらしい
あの日、どうやってお屋敷に戻ったかなんて知らない
気づいた時にはベッドで寝てた
体は思うように動かないから、何があったのかと思った
目が覚めたことに気づいたお父様が部屋に飛び込んできて、私を思い切り抱きしめてきたのも、まだ記憶に新しい
その時何を言ってたかなんて、覚えていないけど
世界から音が無くなったような感覚だった
聞こえているけど、記憶が無い
何を言ってたかわからない
頭への負荷と、心へのダメージはそれだけ強かったらしい
半年経った今は、日常生活に問題ないくらいには動けるようになったし、会話もちゃんと出来る
それでも、心に穴の空いたようなこの感覚はどうにも出来なかった
ぼーっとしてると、急に視界が暗くなった
びっくりしていると、見知った顔が窓をノックしてきた
口パクで『開けて』と言ってる
コクンと頷いてから先に扉の鍵がかかっているのを確認して、窓の鍵を開ける
それと同時に窓を開けると、部屋の中に入ってきた
「久しぶり、アリシア」
「……久しぶり……ユーリ」
入ってきたのは、大好きなユーリだった
ニコニコと嬉しそうに笑っているから、微笑み返すけど、うまく笑えているのだろうか…
「アリシア、怪我大丈夫か?」
「……ふぇ?」
「父上が城で半年くらいずっと騒いでるから。アリシアが怪我したってさ…だから心配になって」
会った時と同じ様にそっと頭を撫でてくる
嬉しくって目を細める
「大丈夫、大丈夫だよ、ユーリ…心配してくれてありがとう」
「ん、やっと笑った」
「えっ?」
「さっき、無理に笑おうとしたろ?顔引きつってたぜ?」
「うっ………」
思わず俯いてしまうが、ユーリが両手で頬を包んで無理矢理目線を合わせようとしてくる
「下向かないの、父上がボソッとリゲルがどうのこうのって言ってたから、そんなに落ち込んでる理由は大方検討ついてたし」
「っ!!!!」
「父上が言ってた、誰の前でもアリシアは泣かないんだって
1番辛いはずなのに、泣いたりしないって」
ちょっと真剣な目をして言ってくる
なんて答えればいいかわからない
勝手に抜け出して、勝手に森に入って、死にかけて……
……ユーリには言えない……
手紙でもずっと私の心配してくれてるのに、これ以上心配かけたくない
……泣かないんじゃなくて、泣けないの
私のせいだから………
「……なぁ?オレの前でくらい、泣けばいいじゃん」
「…………え………?」
「今にも泣きそうって顔してる。何があったかなんて知らないし、聞かないけどさ、いつまでも泣かないで溜め込んでたら、リゲルだって心配するぜ?」
だから泣けばいいじゃんって優しく言ってくる
理由なんて聞いてこないんだ
ただ、傍に居ようとしてくれるんだ
優しく頭を撫でながら、傍に居てくれる
……溜め込んでたものが決壊するのは早くって
泣いてるとこなんて見られたくないけど、意思と感情は噛み合わなくって
気づいたらユーリに抱きついて泣いてた
何も言わないで、優しく抱きしめて背中を撫でてくれる
そんなに長居出来ない筈なのに、ずっと居てくれた
泣き止むまで、ずーっと居てくれた
「……ごめんね、ユーリ……ちょっと引き留めすぎちゃった……」
泣き止んだ時にはユーリが来てから一時間くらい経ってた
「別にいいさ、オレが長時間城抜け出すなんてしょっちゅうある事だからなっ!」
ドヤッとちょっと得意気に言う
「ふふ……それ、そんなに自慢げに言っていいことじゃないよ」
可笑しくって、つい笑ってしまう
「…うん、やっぱりアリシアは笑ってた方がずっといいや」
そっと頬に伝った涙の後を拭うように優しく撫でながらニコッと笑って言ってくる
「まだつらいかもしんないけどさ、オレたまにこうやって来るから
だから笑っててよ」
「……うんっ!ありがとう、ユーリっ!」
ユーリの優しさが嬉しくって目を細める
きっと、今ならちゃんと笑えてるはずだ
それに応えるようにユーリも笑ってくれる
「さてと…アリシアも元気になったぽいから、そろそろ一度戻らねぇと…父上が血相変えて探してそうだわ」
苦笑いしながら、窓の淵に飛び乗る
もう…行っちゃうんだ…
寂しいけど、仮にもユーリは王子様
戻らなきゃ心配されるだろう
「アリシア、また来る!手紙も出すからっ!」
「…うんっ!待ってるよ!」
慰めてくれたユーリに、お礼のつもりで目を細めて、めいいっぱい笑顔で言う
すると、すぐ傍でトンっと音がした
何かと思って目を開ける前に腕を引っ張られて、気づいた時にはユーリとの距離はゼロだった
唇にキスされたって気づくまでに数秒かかった
頬とかはしょっちゅうされるけど…
突然のことに一人ポカーンとしていると、パッと離れて、また来るっ!と言って飛び出してしまった
最後に一瞬見えたユーリの横顔は少し紅くなっていた気がする
きっとユーリも無視意識だったんだろう
そっと自分の唇に触れる
心臓の音がいつにも増してうるさい
恥ずかしい、よりも嬉しかった
思わず笑みがこぼれる
そうだ、きっとこんなに落ち込んでいたら、ユーリの言う通りリゲルに怒られてしまう
だからせめて、リゲルの分まで沢山笑おう
ただの自己満足にしか過ぎないけれど、それでも笑って過ごそう
…まだ、辛いことを忘れなんて出来ないけど……
きっと…大丈夫、だってユーリが居るから
コンコンッ
「お嬢様、昼食にしましょう」
不意にメイドさんが呼びに来た
もうそんな時間なんだ……
「わかりました、すぐに行きます」
窓を閉めてから扉の鍵を開けて部屋を出ようとするが、不意に鳴き声が聞こえた気がして振り向く
じっとしばらく見つめてたけど、きっと幻聴だろう
「……バイバイ、リゲル…ずっと忘れないよ………私はあなたが大好きだよ」
小声で呟いて部屋を後にした
「あの後、お父様に驚かれたんだよなぁ…すっごい嬉しそうに食堂に入ったから」
クスッと笑いながら私は話すが、ユーリ机に突っ伏して顔を隠してる
相当恥ずかしかったのだろう
「あー……そういや、そんなことあったわねぇ…王子殿が城の何処にも居なくて大騒ぎになったことが…」
「城の外まで探しに行こうとした所で、部屋見たら居たんだったね、確か」
「そそっ!もう、どこ行ってたのかと前魔王殿と大喧嘩だったわねぇ」
「その話なら聞いたことあるわ、ヒートアップし過ぎて精霊術と剣技の相応戦をしたって」
「そうなのよ……前魔王殿は問いただすのやめないし、青年はどこ行ってたか言わないしでねぇ……」
「止めるのが大変だったよ…」
「「ユーリを」」
「なっ!?先に手ぇ出してきたのは父上だぜっ!?」
「だからと言って、何も部屋一つ吹っ飛ばすような威力で精霊術使わないでくれっ!」
「……そんなことしてたのね……ユーリ…」
あはは……と苦笑いする
父上様もよく抜け出してたのになぁ……と思いつつ三人の会話を聞く
「にしても、よく傷残らなかったわね。森一つ吹っ飛ばす程の威力だったら、残ってそうよね」
「あーっと……消えてないよ?」
『……えっ??』
いや、みんなして驚かないでよ……
「え……だって、何処にもそんな痕見えないですよ…?」
「そ、そうだよ!それに、そんな痕あったらとっくのとうにユーリが騒いでるよ!」
「……そんな痕……あったか?」
「えっと……さっき、『ほぼ使えない』って言ったの覚えてる?」
「そういえば……確かに『使えない』じゃなくて『ほぼ』だったね」
「そ、『ほぼ』なの、使える分には使えるけど、それを全部傷痕隠すのに使っちゃってるの。だから普段使えないの」
「でもなんでそんなことをしているのかしら?私達は、気にしないわよ?」
「うーん、昔はただ自分が痕見えるのが嫌なだけだったけど……今は傷痕見るとものすごく心配する、心配性こじらせちゃった過保護で嫉妬深くて、私居ないとすぐ機嫌悪くなるわがままな旦那様が居るからかなぁ」
ニヤッと笑って隣を見ると、あからさまに不機嫌そうな顔をして私を見ている
「おい、アリシア……お前なぁ……!」
「だーって本当のことだもん」
「………悪ぃ、ちょっとオレとアリシア抜けるぜ」
そう言うと、フレンの静止も聞かずに私を連れて部屋を飛び出してしまった
…本当、人の話聞かずに飛び出す癖は変わらないなぁ……
いつも寝ている寝室につくと、内側から鍵をかけてちょっと乱暴にベッドに押し倒してくる
「いたたっ……もう……ユーリ、痛いってば」
むっとして私を見下ろしてるユーリを見上げる
が、そこにはいつも押し倒して来る時のいたずらっ子のような笑顔はなく、真剣な話をする時の顔をしていた
「………アリシア、さっきの話、オレ聞いてない」
「言ってないもん、余計な心配かけたくなかったし、聞かれなかったから」
きっぱり言うとユーリは大きくため息をつく
「あのなぁ……だからって隠さないでくれよ……」
「だーかーらー、聞かれなかったから言わなかっただけで、聞いてくれれば話したし、隠してるつもりなかったもん」
そう言うと、はぁ……っと大きくため息をつかれた
確かに心配されるのが嫌で自分から話す気はなかったが、聞かれたらちゃんと答えるつもりでいたし…
「……んで、因みにだけどその痕……見せる気は?」
「ない。やだ、無理。というか、そもそももうマナの扱い方なんて覚えてないから、どうやって隠してるかすらわかんないもん」
これは本当の話
だって十五の時からずーっと隠してるんだもん
それ以外に精霊術を使うことが無くなったから、定着してしまっているみたいなのだ
「ふーん……」
「…信じてないでしょ、さては」
「あん?んなことねーよ、それよりも、だ」
「?」
「…なーんであの話したんだよ、マジで焦ったわ」
先程よりも少し近づいて聞いてくる
「なんでって……話の流れ的に言った方がいいかと」
「いや、いらねぇだろ、言わなくていいだろ、本当マジであの話だけは勘弁して欲しかったぜ…」
ポスッと私の首元に顔を埋めながら言う
「…もしかして照れてる?」
「…うっせーよ////あんときゃオレだって無意識だったんだよっ////」
わかりやすいくらい耳まで紅くなってて、ちょっと可愛い
「ふふ…でも、あの時は素直に嬉しかったよ?五年も内緒で付き合ってたようなものなのに、会いに来てくれても髪とか手とか頬にはキスしてくる癖に、全然、ちゃーんとキスしてくれないんだもん」
「……さっきも言ったがありゃ無意識だから出来たんだよ…////あんときのオレにゃ恥ずくて出来なかったんだよっ!/////」
ちょっと意地悪して言うと、ムキになって反論してくる
「……なんか、ユーリ可愛い」
ボソッと呟いてクスクス笑ってると、急に首元にチクッと痛みが走る
「~~っ!!?!」
ユーリが所有印をつけたのだと気づくまで少し時間がかかった
「…可愛いのは、顔真っ赤にして涙目でオレのこと見上げてくるアリシアの方だろ?」
さっきまでの紅く染まった顔はどこへいったのか
いつものいたずらっ子のような笑みをして見下ろされる
……やっちゃった……
なんか変なスイッチ押しちゃったよ……
「……ユーリ……?まだ夕方にもなっていないんだけど……」
「んなもんどうでもいいっつーの」
「そうゆう問題じゃ……っ!?」
その言葉の続きは、ユーリに唇を塞がれてしまって言えなかった
今でこそこうやって隙あらばキスをしまくってくるが、昔は本当になかった
嬉しい半面、もう少しキスの数を減らして欲しいなと心の中で苦笑する
「はっ……悪ぃ、手加減出来ねぇや」
「ふぁ…………それ、いつも言ってる」
クスクスッとどちらともなく笑い出す
今でも時折、あの日の光景を思い出してしまうが
今はもう大丈夫
だってユーリやみんなが傍に居てくれてるから
「ははっ……あんときのこと忘れるくらい、これからいっぱい愛してやるさ」
「ふふ………その言葉、絶対忘れないでね?」
「あったり前だろ?忘れねぇさ、絶対にな」
そう言うと、どちらともなくまた唇を重ねる
あの日の光景は忘れたい
でも、リゲル…あなたのことは絶対に忘れないよ
私の髪と同じ色をした
私の最初の大好きで大事な友達
いつか、また何処かで会えるかな?