第一節 帝国と騎士団
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ー現れた黒幕ー
ギィィ…と音を立てて扉が開く
ナイレンに頼まれ何度かガリスタを呼びに来た時に入ったこの部屋には、所狭しと本が並べられた本棚で半分が埋まっている
静かに部屋に入って行った二人は、その異様な程の静けさにほんの少し顔を見合わせた
本棚に体を隠しながら進んで行くと彼が常に腰掛けているソファーが見えてきたが、そこにガリスタの姿はない
フレンがユーリに合図を送り本棚の隙間から出る
「…居ないようだね」
「みたいだな…」
キョロキョロと見回しながら二人は小さく呟いた
居ると思っていたはずの人影がなく、ほんの少し肩を落とすが、かえって好都合だろう
フレンはアリシアが持っていた魔導器 の残骸と同じものを机の上にわざと見えるように置く
彼がそれを持っていたことにユーリは少し驚いた
驚きの表情を見せる彼にフレンは肩を竦めて苦笑いした
「アリシア隊長が回収していたこと、知らなかったんだ」
そう言ったフレンはユーリの手を引いて本棚の影に隠れた
《アスカ!アスカ!!隣の部屋!!》
興奮気味に言うルナの声に、二人は耳を塞いだ
《ルナ…声量を考えろ》
呆れ気味にアスカが静止をかけるが、彼女は聞く耳を持たない
《だってだってだって…っ!!》
ついに泣き出してしまったルナに、二人は顔を見合わせて困り気味に苦笑いする
《全く…主 殿方が見ていらっしゃる前で泣くな》
《でもでもっ…あの子たちが死んじゃったら…》
《落ち着け…お前が焦ったところでどうにも出来ないだろう?》
はぁ…と短くため息をつくとアスカは二人を見た
《申し訳ありません、お見苦しい所をお見せしてしまいました》
「あー…いや、気にすんなよ。…んで助けるのにはどうすればいいんだ?」
少し小さめの声でユーリは問いかけた
《…ユーリ殿がヴォルトを、フレン殿がセルシウスを心の中で呼んでみてください。…我らは如何なる状況下でも、主 の呼びかけさえあれば主 の元まで戻ることが可能でございます》
アスカの言葉に半信半疑になりながらも、二人は頷き合って軽く目を閉じた
「(ヴォルト)」「(…セルシウス)」
二人が同時に声掛けをすると、部屋の中の空気が一瞬揺れる
《…主 様…?》
初めて聞く、ルナとはまた違った高いトーンの声に二人は目を開いた
全身を鮮やかな水色と白とで覆われた少女と、黒と黄色を身に纏った少年が視界に映る
《セルシウス!ヴォルト!ああ、無事なのね…!》
状況を呑み込めていない二体にお構いなしにルナは飛びつき、離さないと言わんばかりに強く抱きしめる
《ル、ルナ…苦しいですよ…!》
セルシウスの声に、名残り惜しそうに彼女は離れる
《ジジ…ガガ…?》
声、とはとても言えない機械音のような音を上げながら、ヴォルトはルナを見た
ユーリたちには何を言っているのか全く分からなかったが、彼女らは理解できるようでほんの少し三体が顔を見合わせた
《…ええ、まだ…。それでも、お二人とも私たちの姿は見えていらっしゃるわ》
ルナの瞳は一瞬寂し気に伏せられるが、すぐにぱぁっと笑顔を浮かべた
《…そうですか…。…まあ、記憶がなくとも、我らと会話ができることが証明ですし、いずれ思い出されるでしょう》
ほんの少し戸惑いを見せながらも、自分を納得させるかのように何度か頷くと、ルナに向けていた視線をユーリたちに向けた
《初めまして…と言うべきでしょうか。…私はセルシウス》
そっと胸の前に手を当てながら彼女はゆっくりと頭を下げた
《…本来ならば、詳しいお話をさせていただきたいのですが…今はあまりお時間もないのでしょう?》
ここに来た目的を知っているらしい彼女は、そう言って二人の後ろに下がった
「…ルナみたいに、自由トーク進めないやつで助かったわ…」
ポツリと呟かれたユーリの言葉に、同感だとフレンは困ったように笑った
そんな風にのんびりとしていると、自分たちが入って来たのとは別の方向の扉の開く音がして二人は息を呑んだ
コツン、コツン…と床を踏む音はゆっくりと机に向かって行っている
「…これは…」
ポツリと呟かれた聞き覚えのある声に、フレンがゆっくりと顔を覗かせる
こちらに背を向けた状態でガリスタが魔導器 の残骸を凝視していた
「…馬鹿な…これは処分出来ていたはず…」
聞きたくなかった言葉に、二人は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた
真実だと認めたくないと強く願うが、目に映る姿が、耳から聞こえる声がそれを許さなかった
悔しそうに歯を食いしばりながら、二人はゆっくりと本棚の隙間から出る
「…やはりあなた、だったのですね」
聞こえてきた声にガリスタは勢いよく振り向いた
彼の目に映ったのは、まだ入団して半年の若い二人の騎士の姿でその表情には怒りと寂しさが滲み出ていた
「…お二人が、これを?」
薄らと、どこか楽しげに口角を上げながら彼は首を小さく傾げる
恐怖さえ感じられるその笑顔に、ユーリとフレンは息を呑んだ
目の前に居るのが本当に自分たちの知っている人物が疑いたくなるほどに、その表情は見たことがなかった
「…遺跡の中にありました。あなたの付けている魔導器 と同じ形状の物です」
ほんの少し怯えながらも、表情には出さまいと冷静を保ちながらフレンは言葉を発した
彼の言葉に、ガリスタは自身の右手首に付けられた魔導器 を徐ろに触れると、魔核 を隠していた蓋を一瞬だけ開いてみせた
そこに見えたのは、やはり遺跡の物と全く同じ魔核 で…
フレンの表情がゆっくりと寂しさを帯びたものへと変わった
「何故です……?何故、こんなことを…!!街ごと消えてしまうようなことをしたのですか!?」
フレンの怒声が部屋に響く
ギリッと強く歯を食いしばって彼はジッとガリスタを見つめた
彼の顔には、後悔も罪悪感もなかった
あるのは、ただただ楽しそうで何処か嬉しさを持った顔だった
「何故…?魔導器 文明を発展させるには、もっと沢山のデータが必要だからですよ。我々は魔導器 の核たる魔核 を生み出すことは未だ出来ません。魔導器 を使うには、全てを発掘品から補うしか方法はないでしょう?けれども、量は圧倒的に足りません。国の改革にも魔導器 の恩恵は必ず必要なものなのです。…それに、その発掘された魔核 でさえ、我々は未だに持て余しているではないですか。発展させるために、実験は付き物であり、同時に多少の犠牲も付き物じゃないですか」
あっけからんと彼はそう言ってニィっと笑う
正におとぎ話や小説に出てくるような悪人顔だ
「…馬鹿じゃねえのか?お前が好き勝手にできる人の命なんて、この世界中探したって一つもねえんだよ…っ!!」
ついに堪忍袋の緒がキレたユーリはそう言って剣を抜くとガリスタ目掛けて突っ込んで行った
我慢の限界に到達していたフレンも剣を抜くと、ユーリの字と後に続いた
それでも尚、人を蔑むような笑みを貼り付けたままガリスタは魔導器 の蓋を開ける
口をモゴモゴと動かして何か言うと、突如として彼らの前に透明な壁が現れる
跳ね返されるように後ろに飛んだ二人は本棚の方へと身を隠す
「全く…ここでも、魔導器 の暴発事故が起きなければいけないようですね…!」
残念だと、彼は小さく呟くと二人の隠れた本棚の方へと足を進める
一列一列、見落とさないようにと、ゆっくりとした足取りで彼は見て回る
カシャリ、と騎士の甲冑独特の金属音が背後から聞こえ彼が振り向いた時には既にユーリが間合い近くまで入り込んで来ていた
「ちっ…!」
ガリスタは舌打ちをすると、咄嗟に魔導器 を使い小さな風を起こしてユーリを吹き飛ばした
吹き飛ばされた彼は空中でクルリと一回転すると、また別の列へと姿を消した
ガリスタがユーリを追いかけようとすると、今度は背後からフレンが現れる
気配に気づいた彼が振り向くのとほぼ同時に、フレンが剣を振る
身を屈めて横に切られた剣を交わすとフレンの方へと体の向きを変え、後ろへ飛んだ
ガリスタの体がフレンの傍の本棚とは別の本棚の前に来たタイミングで、シャドゥがユーリに合図を送った
力任せに二つ先の本棚をユーリは思い切り押し倒すと、ドミノ倒しのように綺麗に本棚が倒れていきガリスタはその下に埋もれた
本棚から離れて二人は窓際の方へと行き肩を並べて剣を構える
押し倒されて山になった本をジッと見詰めていると、突然、その本が自分たちの方へと飛んできた
二人は慌てて剣を盾にするが突風に乗った本が勢い良く押し寄せ、背後の窓へ思い切り体を叩きつけられる
「…ぃ…つぅ………っ」
本をかき分け体を起こしたユーリは頬や腕の篭手のない箇所から血が流れていた
「ぅ……っ」
小さく呻き声を上げながら、起き上がったフレンも同様に頭や腕から血が流れていた
二人が痛みを堪えて前を向けば、禍々しいオーラを放つガリスタの姿が目に入る
彼も彼で、体のあちこちから血が流れ出ていた
「…全く……世話が焼ける……」
肩で息をしながらガリスタ恨めしそうに二人を睨みつけた
「ですが…これで、終わりですね」
勝ち誇ったようにニィっと口角を上げると、何かの術式を組み立て始めた
完全に勝機が彼に向いているのは一目瞭然だ
『逃げろ』とアリシアに言われていたものの、この状況ではそれすら不可能だろう
「…くっそ……っ!」
悔しそうにユーリは歯ぎしりをする
何か打開策はと、頭をフル回転させる
ふと、ナイレンから手渡された魔導器 に目がいった
「(……そういや、ヒスカとシャスティルがやってた、アレ……!)」
数日前の出来事が脳裏に浮かびユーリはハッとして顔を上げた
出来るか分からないが、かけるしかない
そう決意したユーリはフレンを見る
「フレン、一瞬でいいから隙を作ってくれ!」
ユーリの頼みに一瞬動揺したフレンだが、すぐにその意図に気づくと力強く頷いた
「わかった!」
そう答え立ち上がると、剣で勢い良く本をガリスタ目掛けて巻上がらせた
突然の攻撃に、彼は詠唱を止め腕で本を払い除けた
「こんな子ども騙し…っ!!」
そう言って二人を捉えた瞳は、映ったものに驚きで見開かれた
ユーリの左腕に嵌められた魔導器
そして、その腕を支えるように添えられたユーリの右手とフレンの両手
それが意味することにガリスタは顔を青ざめた
「「はあぁぁぁあぁっ!!!」」
二人同時に雄叫びを上げるとエアルの塊が部屋を埋めつくしその眩しさにガリスタは目を閉じた
次に目を開いた時には首に触れる冷たい『何か』と強く掴まれる右腕、そして背後からでもわかる殺気に息を飲んだ
「…そこまでよ、二人共」
凛と澄まされた声とガリスタの背後の人影に、ユーリとフレンは安堵しその場に座り込んだ
「全く…よくもまあ、好き勝手してくれたわね?ガリスタ軍師」
二人に掛けられた声とは違う冷たく、蔑まされた声に冷や汗が彼の頬を伝った
「魔導器 の勝手な研究だけでは飽き足らず、閣下の騎士を勝手に使って実験していた挙句、街一つ消しさろうとするなんて…決して許されないわよ?」
首に当てた短剣をほんの少し強く当てながら、副騎士団長、アリシアは彼の動きを封じた
「いつの、間に…っ!?」
「ユーリ君とフレン君が、貴方と戦闘始めた辺りかしら。私が押し入って逃げられるのも困るから様子伺っていたけど…そろそろ危なさそうだったから入ろうとした時に、二人がチャンス作ってくれたお陰で逃がさずに済みそうだわ」
ニヤリと口角を上げて彼女は笑う
殺気の含まれた笑みを向けられるガリスタは、怯え気味に顔を歪めた
それでも尚諦め切れずにいるのか、瞳の奥はギラギラと光っている
「ウゥーー…っ!ワンッ!ワンッ!!」
聞こえてきた鳴き声にユーリとフレンが扉の方を向けば、ガリスタに向かって毛を逆立てているランバートとアルゴス、ショーンの姿が二人の目に入る
殺気だった三匹がランバート先頭にガリスタの元へ走り出す
ガブリとランバートは魔導器 に噛みついた
パキッと音が鳴って魔核 が砕ける
「なっ…!?」
最後の頼みの綱とも言える魔導器 の破壊に、彼は目を見開いた
「…ガリスタ、お前だけは違うと思っていたんだがな…」
何処か悔しそうなナイレンの声にいよいよ逃げられないと観念したガリスタは、俯いたまま悔しそうに唇を噛んだ
「…さてと…バアル!デゼル!」
ようやく諦めを見せた彼を見てアリシアは二人の部下の名前を呼んだ
すると何処から出てきたのか二人の部下が小さくカシャリと音を立てて、彼女の後ろに現れた
「任せていい?」
「はっ!」
「お任せ下さい」
当たり前のように二人は敬礼すると彼女からガリスタを引き取るとアルゴスとショーンが後ろについて、部屋から出て行った
「…お前ら、無事か?」
ゆっくりとユーリとフレンの傍に寄ったナイレンが優しく問いかける
「…なんとかっすね」
「多少怪我はしましたが、大したことはないです」
「はいはい、強がらなくていーの」
アリシアは本の山から飛び降りると二人の頬に軽く触れる
「いっ……!?」
「ーーーっ!!」
突然触れられ、走った痛みに二人は小さく呻き声を上げた
「ボロボロじゃないか。…ま、今回は無茶なこと頼んだ私に非があったわね」
ごめんなさいね、と苦笑いしながら彼女は二人に治癒術をかけた
あっという間に二人の全身から痛みと傷が消える
「アリシア隊長のせいではありません!私たちがまだまだ未熟だからです!」
謝る彼女に、フレンは慌ててそれを否定した
「未熟なのは重々承知の上で頼んだんだもの。それを見越しても平気だと判断していた私の判断ミスが原因よ。フレン君こそ、気にする必要はないわ」
否定する彼に、アリシアはサラリとそう言った
二人が怪我をしたのは自分の責任、それが彼女の中では絶対だった
それでも尚納得出来ないフレンは不服そうに顔を歪める
「フレン、アリシア隊長がそう言ってんだし気にすんなよ」
頭の固い奴、などと呆れながらユーリは彼に言う
そういう問題では、と反論しようとフレンは口を開きかけるが、結局何を言ったところで押し問答になることが目に見えている
口から出かけていた言葉をぐっと飲みこんでフレンは口を噤んだ
「結果がどうであれ、ガリスタ相手に立ち向かってそんだけの怪我で済んでんだ。おまけに魔導器 を初めて使うわりには、アレを速攻で発動させられてんだし新人のお前らにしては上出来だ。こりゃ追加点も期待できるんじゃねえか?」
ニヤニヤと満足げに笑いながら、ナイレンは二人の頭の上に手を乗せ、その頭を撫でた
突然褒められた上にまさか撫でられるとは想像もしていなかった二人は、ポカンとして首を傾げた
そんな二人を見たアリシアはクスリと小さく笑った
「アレ、そんなに簡単に出来るものじゃないのよ?いくら魔導器 を使い慣れている隊長格同士で同じことしても、息がそろわなければ発動しないのよ。今まで挑戦していた子たちは何人も見たけれど、一回で成功させた子は初めてよ」
本当に仲が良いのね?と、ほんの少し笑いながらアリシアは首を傾げて二人を見た
確かに呼吸を合わせるのは得意だが、それと仲が良いのは別問題だと二人は叫びたい気持ちを押し殺す
なんせ彼女には一度本音らしき言葉を言ってしまっている
ここで下手に反論するわけになどいかなかった
「…アリシア副騎士団長、まさか、こうなることを読んでいたりは…?」
「さあ?どうかしら?」
ナイレンの問いかけに、彼女は口角を上げニヤリと笑う
何処か楽し気なでいて、自分は何も知らないと言う雰囲気を醸し出している割には、若干笑顔が引き攣っていた
後で必ず問いただしてやると言わんばかりに彼女を睨みつけ、新人にはとことん甘い上司に向かってため息をついた
「はぁ…後の処理はしておくから、お前らもう部屋に戻れ」
「ここから先は私たちの仕事だからねえ。…無理させたわね。ゆっくり休んで?」
アリシアとナイレンの口から発された声は聞いたことのない程に優しさが籠った声だった
二人は顔を見合わせて戸惑いを見せるが、すぐに頷き合うとピシッと敬礼をした
ガリスタのこともきにはなるが、それよりもどうしても早くに確かめたいことのある二人は、足早に部屋を後にした
「…んで、ガリスタの処遇はどうするんすか?」
静まり返った部屋に、ナイレンの重々しい声が木霊する
街一つを巻き込んだ無許可で非人道的な魔導器 実験
ここまでのことをしてただで済むはずがない
ここに来ていたのがアレクセイ騎士団長その人であれば、いくらかは軽く済んでいたかもしれないが…
何を隠そうが、ここに来ている副騎士団長の隊は騎士団の中でも『イレギュラー』なのだから
「…あら、言わなくてもわかるんじゃないかしら?」
先程、ユーリとフレンに掛けた優しい声は今そこにはない
あるのはただただ冷たく、感情のない声だ
「閣下の評価を下げるような行為をする大馬鹿者なんて騎士団には不必要、ましてや住人を巻き込むなんて言語道断だわ」
そう言ってナイレンを見つめる紅と碧のオッドアイの瞳には、いつもの光は宿っていない
普段の輝きは何処にもなく、その瞳に映るのは何処までも続いているような闇だった
「…ったく、一体どれが本当のお前なんだ?」
「失礼ですねぇ…私は私ですよ?」
ケラケラと笑いながら彼女はそう答える
「口調も声色も表情も、態度ですらコロコロ変わるから聞いているんだ」
「…ふふ、そうですねえ…ですが、どんなに聞かれようが私は私です。それ以上でも、以下でもないですよ」
「……ならば、お前は今、誰にその身を捧げているんだ?」
「そんなの、アレクセイ閣下以外にいらっしゃるわけが」
「いいや違うだろう。…もう一度聞く、誰にその身を捧げているんだ?
『ーーーーーー』」
ナイレンから発された言葉に、彼女は若干眉をひそめた
「……そんなの、貴方はわかっているでしょう?」
「なら何故、わざわざ『こんなこと』をする?」
「必要だからですよ。『あの方』の為に必要だからこそ、私はこうしてここに居る。誰になんと言われても、私は『あの方』を護るために最善の行動を取ります。
…それが私の、
『ーーー』の務めですから」
そう言って、彼女は嬉しさと寂しさの混じった顔で微笑んだ
ギィィ…と音を立てて扉が開く
ナイレンに頼まれ何度かガリスタを呼びに来た時に入ったこの部屋には、所狭しと本が並べられた本棚で半分が埋まっている
静かに部屋に入って行った二人は、その異様な程の静けさにほんの少し顔を見合わせた
本棚に体を隠しながら進んで行くと彼が常に腰掛けているソファーが見えてきたが、そこにガリスタの姿はない
フレンがユーリに合図を送り本棚の隙間から出る
「…居ないようだね」
「みたいだな…」
キョロキョロと見回しながら二人は小さく呟いた
居ると思っていたはずの人影がなく、ほんの少し肩を落とすが、かえって好都合だろう
フレンはアリシアが持っていた
彼がそれを持っていたことにユーリは少し驚いた
驚きの表情を見せる彼にフレンは肩を竦めて苦笑いした
「アリシア隊長が回収していたこと、知らなかったんだ」
そう言ったフレンはユーリの手を引いて本棚の影に隠れた
《アスカ!アスカ!!隣の部屋!!》
興奮気味に言うルナの声に、二人は耳を塞いだ
《ルナ…声量を考えろ》
呆れ気味にアスカが静止をかけるが、彼女は聞く耳を持たない
《だってだってだって…っ!!》
ついに泣き出してしまったルナに、二人は顔を見合わせて困り気味に苦笑いする
《全く…
《でもでもっ…あの子たちが死んじゃったら…》
《落ち着け…お前が焦ったところでどうにも出来ないだろう?》
はぁ…と短くため息をつくとアスカは二人を見た
《申し訳ありません、お見苦しい所をお見せしてしまいました》
「あー…いや、気にすんなよ。…んで助けるのにはどうすればいいんだ?」
少し小さめの声でユーリは問いかけた
《…ユーリ殿がヴォルトを、フレン殿がセルシウスを心の中で呼んでみてください。…我らは如何なる状況下でも、
アスカの言葉に半信半疑になりながらも、二人は頷き合って軽く目を閉じた
「(ヴォルト)」「(…セルシウス)」
二人が同時に声掛けをすると、部屋の中の空気が一瞬揺れる
《…
初めて聞く、ルナとはまた違った高いトーンの声に二人は目を開いた
全身を鮮やかな水色と白とで覆われた少女と、黒と黄色を身に纏った少年が視界に映る
《セルシウス!ヴォルト!ああ、無事なのね…!》
状況を呑み込めていない二体にお構いなしにルナは飛びつき、離さないと言わんばかりに強く抱きしめる
《ル、ルナ…苦しいですよ…!》
セルシウスの声に、名残り惜しそうに彼女は離れる
《ジジ…ガガ…?》
声、とはとても言えない機械音のような音を上げながら、ヴォルトはルナを見た
ユーリたちには何を言っているのか全く分からなかったが、彼女らは理解できるようでほんの少し三体が顔を見合わせた
《…ええ、まだ…。それでも、お二人とも私たちの姿は見えていらっしゃるわ》
ルナの瞳は一瞬寂し気に伏せられるが、すぐにぱぁっと笑顔を浮かべた
《…そうですか…。…まあ、記憶がなくとも、我らと会話ができることが証明ですし、いずれ思い出されるでしょう》
ほんの少し戸惑いを見せながらも、自分を納得させるかのように何度か頷くと、ルナに向けていた視線をユーリたちに向けた
《初めまして…と言うべきでしょうか。…私はセルシウス》
そっと胸の前に手を当てながら彼女はゆっくりと頭を下げた
《…本来ならば、詳しいお話をさせていただきたいのですが…今はあまりお時間もないのでしょう?》
ここに来た目的を知っているらしい彼女は、そう言って二人の後ろに下がった
「…ルナみたいに、自由トーク進めないやつで助かったわ…」
ポツリと呟かれたユーリの言葉に、同感だとフレンは困ったように笑った
そんな風にのんびりとしていると、自分たちが入って来たのとは別の方向の扉の開く音がして二人は息を呑んだ
コツン、コツン…と床を踏む音はゆっくりと机に向かって行っている
「…これは…」
ポツリと呟かれた聞き覚えのある声に、フレンがゆっくりと顔を覗かせる
こちらに背を向けた状態でガリスタが
「…馬鹿な…これは処分出来ていたはず…」
聞きたくなかった言葉に、二人は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた
真実だと認めたくないと強く願うが、目に映る姿が、耳から聞こえる声がそれを許さなかった
悔しそうに歯を食いしばりながら、二人はゆっくりと本棚の隙間から出る
「…やはりあなた、だったのですね」
聞こえてきた声にガリスタは勢いよく振り向いた
彼の目に映ったのは、まだ入団して半年の若い二人の騎士の姿でその表情には怒りと寂しさが滲み出ていた
「…お二人が、これを?」
薄らと、どこか楽しげに口角を上げながら彼は首を小さく傾げる
恐怖さえ感じられるその笑顔に、ユーリとフレンは息を呑んだ
目の前に居るのが本当に自分たちの知っている人物が疑いたくなるほどに、その表情は見たことがなかった
「…遺跡の中にありました。あなたの付けている
ほんの少し怯えながらも、表情には出さまいと冷静を保ちながらフレンは言葉を発した
彼の言葉に、ガリスタは自身の右手首に付けられた
そこに見えたのは、やはり遺跡の物と全く同じ
フレンの表情がゆっくりと寂しさを帯びたものへと変わった
「何故です……?何故、こんなことを…!!街ごと消えてしまうようなことをしたのですか!?」
フレンの怒声が部屋に響く
ギリッと強く歯を食いしばって彼はジッとガリスタを見つめた
彼の顔には、後悔も罪悪感もなかった
あるのは、ただただ楽しそうで何処か嬉しさを持った顔だった
「何故…?
あっけからんと彼はそう言ってニィっと笑う
正におとぎ話や小説に出てくるような悪人顔だ
「…馬鹿じゃねえのか?お前が好き勝手にできる人の命なんて、この世界中探したって一つもねえんだよ…っ!!」
ついに堪忍袋の緒がキレたユーリはそう言って剣を抜くとガリスタ目掛けて突っ込んで行った
我慢の限界に到達していたフレンも剣を抜くと、ユーリの字と後に続いた
それでも尚、人を蔑むような笑みを貼り付けたままガリスタは
口をモゴモゴと動かして何か言うと、突如として彼らの前に透明な壁が現れる
跳ね返されるように後ろに飛んだ二人は本棚の方へと身を隠す
「全く…ここでも、
残念だと、彼は小さく呟くと二人の隠れた本棚の方へと足を進める
一列一列、見落とさないようにと、ゆっくりとした足取りで彼は見て回る
カシャリ、と騎士の甲冑独特の金属音が背後から聞こえ彼が振り向いた時には既にユーリが間合い近くまで入り込んで来ていた
「ちっ…!」
ガリスタは舌打ちをすると、咄嗟に
吹き飛ばされた彼は空中でクルリと一回転すると、また別の列へと姿を消した
ガリスタがユーリを追いかけようとすると、今度は背後からフレンが現れる
気配に気づいた彼が振り向くのとほぼ同時に、フレンが剣を振る
身を屈めて横に切られた剣を交わすとフレンの方へと体の向きを変え、後ろへ飛んだ
ガリスタの体がフレンの傍の本棚とは別の本棚の前に来たタイミングで、シャドゥがユーリに合図を送った
力任せに二つ先の本棚をユーリは思い切り押し倒すと、ドミノ倒しのように綺麗に本棚が倒れていきガリスタはその下に埋もれた
本棚から離れて二人は窓際の方へと行き肩を並べて剣を構える
押し倒されて山になった本をジッと見詰めていると、突然、その本が自分たちの方へと飛んできた
二人は慌てて剣を盾にするが突風に乗った本が勢い良く押し寄せ、背後の窓へ思い切り体を叩きつけられる
「…ぃ…つぅ………っ」
本をかき分け体を起こしたユーリは頬や腕の篭手のない箇所から血が流れていた
「ぅ……っ」
小さく呻き声を上げながら、起き上がったフレンも同様に頭や腕から血が流れていた
二人が痛みを堪えて前を向けば、禍々しいオーラを放つガリスタの姿が目に入る
彼も彼で、体のあちこちから血が流れ出ていた
「…全く……世話が焼ける……」
肩で息をしながらガリスタ恨めしそうに二人を睨みつけた
「ですが…これで、終わりですね」
勝ち誇ったようにニィっと口角を上げると、何かの術式を組み立て始めた
完全に勝機が彼に向いているのは一目瞭然だ
『逃げろ』とアリシアに言われていたものの、この状況ではそれすら不可能だろう
「…くっそ……っ!」
悔しそうにユーリは歯ぎしりをする
何か打開策はと、頭をフル回転させる
ふと、ナイレンから手渡された
「(……そういや、ヒスカとシャスティルがやってた、アレ……!)」
数日前の出来事が脳裏に浮かびユーリはハッとして顔を上げた
出来るか分からないが、かけるしかない
そう決意したユーリはフレンを見る
「フレン、一瞬でいいから隙を作ってくれ!」
ユーリの頼みに一瞬動揺したフレンだが、すぐにその意図に気づくと力強く頷いた
「わかった!」
そう答え立ち上がると、剣で勢い良く本をガリスタ目掛けて巻上がらせた
突然の攻撃に、彼は詠唱を止め腕で本を払い除けた
「こんな子ども騙し…っ!!」
そう言って二人を捉えた瞳は、映ったものに驚きで見開かれた
ユーリの左腕に嵌められた
そして、その腕を支えるように添えられたユーリの右手とフレンの両手
それが意味することにガリスタは顔を青ざめた
「「はあぁぁぁあぁっ!!!」」
二人同時に雄叫びを上げるとエアルの塊が部屋を埋めつくしその眩しさにガリスタは目を閉じた
次に目を開いた時には首に触れる冷たい『何か』と強く掴まれる右腕、そして背後からでもわかる殺気に息を飲んだ
「…そこまでよ、二人共」
凛と澄まされた声とガリスタの背後の人影に、ユーリとフレンは安堵しその場に座り込んだ
「全く…よくもまあ、好き勝手してくれたわね?ガリスタ軍師」
二人に掛けられた声とは違う冷たく、蔑まされた声に冷や汗が彼の頬を伝った
「
首に当てた短剣をほんの少し強く当てながら、副騎士団長、アリシアは彼の動きを封じた
「いつの、間に…っ!?」
「ユーリ君とフレン君が、貴方と戦闘始めた辺りかしら。私が押し入って逃げられるのも困るから様子伺っていたけど…そろそろ危なさそうだったから入ろうとした時に、二人がチャンス作ってくれたお陰で逃がさずに済みそうだわ」
ニヤリと口角を上げて彼女は笑う
殺気の含まれた笑みを向けられるガリスタは、怯え気味に顔を歪めた
それでも尚諦め切れずにいるのか、瞳の奥はギラギラと光っている
「ウゥーー…っ!ワンッ!ワンッ!!」
聞こえてきた鳴き声にユーリとフレンが扉の方を向けば、ガリスタに向かって毛を逆立てているランバートとアルゴス、ショーンの姿が二人の目に入る
殺気だった三匹がランバート先頭にガリスタの元へ走り出す
ガブリとランバートは
パキッと音が鳴って
「なっ…!?」
最後の頼みの綱とも言える
「…ガリスタ、お前だけは違うと思っていたんだがな…」
何処か悔しそうなナイレンの声にいよいよ逃げられないと観念したガリスタは、俯いたまま悔しそうに唇を噛んだ
「…さてと…バアル!デゼル!」
ようやく諦めを見せた彼を見てアリシアは二人の部下の名前を呼んだ
すると何処から出てきたのか二人の部下が小さくカシャリと音を立てて、彼女の後ろに現れた
「任せていい?」
「はっ!」
「お任せ下さい」
当たり前のように二人は敬礼すると彼女からガリスタを引き取るとアルゴスとショーンが後ろについて、部屋から出て行った
「…お前ら、無事か?」
ゆっくりとユーリとフレンの傍に寄ったナイレンが優しく問いかける
「…なんとかっすね」
「多少怪我はしましたが、大したことはないです」
「はいはい、強がらなくていーの」
アリシアは本の山から飛び降りると二人の頬に軽く触れる
「いっ……!?」
「ーーーっ!!」
突然触れられ、走った痛みに二人は小さく呻き声を上げた
「ボロボロじゃないか。…ま、今回は無茶なこと頼んだ私に非があったわね」
ごめんなさいね、と苦笑いしながら彼女は二人に治癒術をかけた
あっという間に二人の全身から痛みと傷が消える
「アリシア隊長のせいではありません!私たちがまだまだ未熟だからです!」
謝る彼女に、フレンは慌ててそれを否定した
「未熟なのは重々承知の上で頼んだんだもの。それを見越しても平気だと判断していた私の判断ミスが原因よ。フレン君こそ、気にする必要はないわ」
否定する彼に、アリシアはサラリとそう言った
二人が怪我をしたのは自分の責任、それが彼女の中では絶対だった
それでも尚納得出来ないフレンは不服そうに顔を歪める
「フレン、アリシア隊長がそう言ってんだし気にすんなよ」
頭の固い奴、などと呆れながらユーリは彼に言う
そういう問題では、と反論しようとフレンは口を開きかけるが、結局何を言ったところで押し問答になることが目に見えている
口から出かけていた言葉をぐっと飲みこんでフレンは口を噤んだ
「結果がどうであれ、ガリスタ相手に立ち向かってそんだけの怪我で済んでんだ。おまけに
ニヤニヤと満足げに笑いながら、ナイレンは二人の頭の上に手を乗せ、その頭を撫でた
突然褒められた上にまさか撫でられるとは想像もしていなかった二人は、ポカンとして首を傾げた
そんな二人を見たアリシアはクスリと小さく笑った
「アレ、そんなに簡単に出来るものじゃないのよ?いくら
本当に仲が良いのね?と、ほんの少し笑いながらアリシアは首を傾げて二人を見た
確かに呼吸を合わせるのは得意だが、それと仲が良いのは別問題だと二人は叫びたい気持ちを押し殺す
なんせ彼女には一度本音らしき言葉を言ってしまっている
ここで下手に反論するわけになどいかなかった
「…アリシア副騎士団長、まさか、こうなることを読んでいたりは…?」
「さあ?どうかしら?」
ナイレンの問いかけに、彼女は口角を上げニヤリと笑う
何処か楽し気なでいて、自分は何も知らないと言う雰囲気を醸し出している割には、若干笑顔が引き攣っていた
後で必ず問いただしてやると言わんばかりに彼女を睨みつけ、新人にはとことん甘い上司に向かってため息をついた
「はぁ…後の処理はしておくから、お前らもう部屋に戻れ」
「ここから先は私たちの仕事だからねえ。…無理させたわね。ゆっくり休んで?」
アリシアとナイレンの口から発された声は聞いたことのない程に優しさが籠った声だった
二人は顔を見合わせて戸惑いを見せるが、すぐに頷き合うとピシッと敬礼をした
ガリスタのこともきにはなるが、それよりもどうしても早くに確かめたいことのある二人は、足早に部屋を後にした
「…んで、ガリスタの処遇はどうするんすか?」
静まり返った部屋に、ナイレンの重々しい声が木霊する
街一つを巻き込んだ無許可で非人道的な
ここまでのことをしてただで済むはずがない
ここに来ていたのがアレクセイ騎士団長その人であれば、いくらかは軽く済んでいたかもしれないが…
何を隠そうが、ここに来ている副騎士団長の隊は騎士団の中でも『イレギュラー』なのだから
「…あら、言わなくてもわかるんじゃないかしら?」
先程、ユーリとフレンに掛けた優しい声は今そこにはない
あるのはただただ冷たく、感情のない声だ
「閣下の評価を下げるような行為をする大馬鹿者なんて騎士団には不必要、ましてや住人を巻き込むなんて言語道断だわ」
そう言ってナイレンを見つめる紅と碧のオッドアイの瞳には、いつもの光は宿っていない
普段の輝きは何処にもなく、その瞳に映るのは何処までも続いているような闇だった
「…ったく、一体どれが本当のお前なんだ?」
「失礼ですねぇ…私は私ですよ?」
ケラケラと笑いながら彼女はそう答える
「口調も声色も表情も、態度ですらコロコロ変わるから聞いているんだ」
「…ふふ、そうですねえ…ですが、どんなに聞かれようが私は私です。それ以上でも、以下でもないですよ」
「……ならば、お前は今、誰にその身を捧げているんだ?」
「そんなの、アレクセイ閣下以外にいらっしゃるわけが」
「いいや違うだろう。…もう一度聞く、誰にその身を捧げているんだ?
『ーーーーーー』」
ナイレンから発された言葉に、彼女は若干眉をひそめた
「……そんなの、貴方はわかっているでしょう?」
「なら何故、わざわざ『こんなこと』をする?」
「必要だからですよ。『あの方』の為に必要だからこそ、私はこうしてここに居る。誰になんと言われても、私は『あの方』を護るために最善の行動を取ります。
…それが私の、
『ーーー』の務めですから」
そう言って、彼女は嬉しさと寂しさの混じった顔で微笑んだ