第一節 帝国と騎士団
*Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ー遺跡調査~帰還~ー
「…デカいとは思ってたが、まさかここまで馬鹿デカいとはな…」
魔導器 の傍に近づいた彼等はその大きさに更に驚いた
「何処の馬鹿だ、こんなもん作って此処に置いて行ったやつは」などとぶつくさと文句を言いながら、アリシアは恨みの篭もった目でそれを睨みつける
確かに自身の部下からの報告で此処に魔導器 があることは知っていたが、こんなにも大きなものだとは思いもしていなかったのだ
一言で言えば迷惑だった
ただでさえやらなければいけないことは山積みなのに、こうも解体が面倒そうなものを置いて行かれるなど溜まったものではない
挙句の果てには主犯をどうにかしなければならないというオマケつきだ
この主犯の処理がまたなんとも面倒で仕方がなかったのだ
「…一体、どうすればいいのでしょうか…?」
唖然とした表情でフレンが呟いた
それは誰もが思っていた事だった
「ついにこいつの出番ってわけだな」
ナイレンは懐から一つの魔導器 を取り出した
「それは?」
「モルディオから貰ってきたエアル採取用の魔導器 らしいっすよ」
そう答えながらナイレンは術式の書かれた札をそれにかざす
するとそれは独りでに動き出した
円盤状だったそれは、その本体を広げると頭のような部分を左右に振り始める
「なんだ?これ」
その見たこともない動きをする魔導器 にユーリは首を傾げた
「なんだ?これ」
カタカタと動くそれに、ナイレンはユーリと一字一句変わらない言葉を口にして首を傾げた
それはエアルを地下から吸い上げている魔導器 の下に潜ると、その本体を大きく広げて、エアルの流れを強制的に制止した
エアルが流れなくなったそれは動きを止める
すると、異常な程のエアルはゆっくりと引いていった
「やった!やりましたよ!副騎士団長!」
止まったことに歓声があがる
これで一つ問題は解決出来たのだ
喜ぶのも無理はないだろう
「…ああ……そう、だな」
だが、アリシアは一人喜びを見せず体を強ばらせていた
それは先程届いた知らせが頭に過ぎっていたからだ
あの報告が本当であれば、恐らく何か仕掛けられているはずだ
それを肯定するかのように辺りが酷く揺れ始めた
来たか、と彼女が退避するよう声を上げる前に大きな地鳴りとともに魔導器 に繋がれていた管の一部が崩壊し始めた
「きゃあっ!!」
ヒスカ目掛けて落ちたそれは、彼女を飛ばしながら地面に落ちた
「ヒスカ!」
自分たちよりも離れた位置で倒れて動かない片割れをシャスティルは必死で呼ぶ
「全員退避だっ!!急げ!」
アリシアはそう叫んで先程までいた場所へ戻るように合図を送る
「フレン!お前も行け!」
ヒスカを抱き抱えたナイレンが立ち止まったフレンに声をかけた
「隊員…!これ…」
彼が見つめてた場所に目を落とすと、そこにはどこかで見たことのある魔導器 の魔核 が埋め込まれていた
そして、ナイレンの中にあった疑念は確信へと変わる
「…今は後回しだ」
静かにそう告げてフレンに先に行くように促す
既に他の者達は避難し終えていた
頷いたフレンは急いでその場所へ向かう
土煙をかき分けるようにして出てきたフレンの後をナイレンが出てきた
…だが、一足遅く、彼の足元が崩れ始める
不味い、と顔を歪めたかれはしっかりと崩れ落ちる地面に足を付けてヒスカを投げる体制に入る
「ユーリィーっ!!!」
そう叫んで、彼はヒスカを投げた
慌ててユーリは彼女を受け取ると、安全そうな場所へ下ろしてナイレンの落ちた場所を除く
「隊長ーっ!!」
まだ辛うじて落ち切っていない地面の上で彼は座り込んでいた
「隊長!!今助けるから!!ほら、手伸ばせよ!!」
身を乗り出してユーリはナイレンに手を伸ばす
だが、届かないその距離にユーリは更に前に出ようとして落ちそうになる
それをエルヴィンが掴んで止める
「ユーリ、俺とフレンでお前を抑える」
そう言いながら、彼は自身の斧を手渡した
受け取ったユーリはナイレンにそれを差し出して掴まるように声をかける
だが、ナイレンはそれに答えない
ただただ苦笑いを浮かべて彼らを見つめ返すだけだった
「隊長!!掴まってくれよっ!!」
「…ユーリ」
「なぁ、もっと長い棒ねぇのかっ!?早くしねえと」
「ユーリ」
静かな声で、それでいて話を聞けと強い声色で彼は名を呼んだ
聞きたくない、そう思いながらもユーリはナイレンを見た
「…もう助からねえんだ」
そう言って左腕を上げたナイレンの脇は、何かに食われたかのように欠けていた
ユーリもフレンも、その場にいた誰もが息を飲んだ
高度な治癒術でなければ助からないその傷に、苦虫を噛み潰したように顔を歪める者が多くいた
自分は助からない、だから、助かる人を助けくれと言いながら、彼は自身の魔導器 をユーリに投げ渡す
まるで、ここで死ぬかのように
誰もがそうなるのだと諦めている中、アリシアは一人そんな表情は見せずに大きくため息をついた
「はぁ……辛気臭い空気になってる所悪いが…ナイレン、私がこんな所で死なせると思うか?」
沈黙し続けていた彼女はそう言ってその穴に近寄った
「…幾らアリシア副騎士団長とはいえ、無理でしょうに」
ケラケラとナイレンは諦めに似た笑みを浮かべた
実際諦めているのだろう
「…だからな、お前らは私を甘く見すぎなんだよ」
ニヤリと口角を上げて笑う彼女は自信たっぷりに両手を広げた
その彼女の足元には術式が組まれ始めていた
彼女が術を使えることはナイレンは愚か彼女の隊員ですら知らず、唖然とその様子を伺っていた
「これでもアレクセイ閣下の片腕だぞ?近接戦だけが得意なわけがなかろうに」
そう言ってほんの少し首元の服をずらせばチョーカー型の魔導器 がナイレンの目に入った
「……止まれ時よ。お代は見てのお帰り」
詠唱を始めた彼女は得意気に左手を腰に当てて右手を顔の横に持っていく
「ストップクロウ」
パチンと乾いた音が響くと同時に辺りの動きが止まる
動けるのは人だけのようだ
チッチッチッ、と時計の針を刻む音が響くと彼女は真っ先に下に降りてナイレンの元に駆け寄ると、彼のまだ無事な片腕を自身の首の後ろに回して立ち上がる
「ほーら、時間ないんだから早う動き?」
挑発地味た口調で言いながら彼女は笑う
此処から上がれたところでと思いつつもナイレンは渋々言われるがままに歩く
「ユーリ君、フレン君、準備いい?」
ユーリたちの近くまで行くと、彼女は上にいる二人に声をかけた
驚きながらも二人は頷く
その二人をエルヴィンを含めた数名が足を持って支えると、アリシアは自分よりも体格のいいナイレンを持ち上げた
もうここまでくると驚く者も殆どいない
ユーリはナイレンの右腕を強く引く
フレンは怪我をしている彼の左腕には触れずに肩の辺りを掴んだ
そうして見えだした体を他の隊員たちが服を掴むなどとして持ち上げたのと同時に、術の効果が切れ轟音が辺りを包む
「副騎士団長ーっ!!」
顔色を真っ青に変えて隊員の一人が彼女を見る
だが、当の本人は涼しい顔をして笑っていた
地面を何度か踏みつけると、よしっ!っと一声意気込んで少し下がり助走を付けると、先程踏みつけていた場所を強く蹴り上げて隊員たちがいる地面に飛び乗った
「…本当に、お人好しの怪力持ちな副騎士団長なことで」
苦笑いしながらナイレンはアリシアを見た
彼女には一生何があっても勝てる気はしない
「あら、失礼ね?これでも結構肩にきてるのよ?」
わざとらしく肩を回しながら彼女はナイレンの傍にしゃがみ込んだ
「…ナイレン隊長、一個貸しですよ?」
オフモードの時と同じ口調で彼女は言うと彼に治癒術をかけ始めた
ヒスカやシャスティルのものよりも強いその光はあっという間にその部分を治した
「…アリシア隊長……そんなことまで出来るんすね…」
傍で見ていたユーリは驚いた目で彼女を見つめる
「ん?まあね〜。昔必要だったから覚えたの。今となってはあまり使う機会もないんだけどね」
そう言って笑った彼女は何処か寂しげに見えた
「ナイレン、走れるかしら?」
再びオンモードに切り替わった彼女は立ち上がりながらそう問いかける
「…そのくらいなら、なんとかっすね」
そう言ってナイレンも立ち上がると、周りの隊員たちも立ち上がる
「…エルヴィン、ナイレンの傍に居て。足止まりそうになったら引きずってでも外まで連れ出して」
少し強めの口調でアリシアはエルヴィンにそう指示すると、彼は苦笑いしながらそれを承諾した
気絶したヒスカは自身の隊員に死んでも守りきれなどと言って任せると、ナイレンとエルヴィン先頭に部隊を撤退させた
一人後方を見ると言った彼女は、地面に一つ残っていた魔導器 の残骸を取り上げると、急ぎ足でその場を立ち去った
「はっ、はっ……!」
あちこちで爆発を起こす遺跡の中、ナイレンは止まりそうになる足を懸命に動かした
彼女が自身を先頭に立たせたのは、恐らくだが自分が止まることで隊員たちが生き埋めになる可能性のある状況を作り出し、安易に死なせない為だと言うことがなんとなく頭に過ぎっていた
そんな意図が無かったにせよ、実際問題その通りになりかねないのが事実だ
止まる訳にはいかない
左の脇の痛みこそないが、体力的に衰えた身体には限界が近かった
それでも止まれないと必死に足をひたすらに動かす
死に対しての恐怖など微塵もなかった筈だった
それなのに、何故か今頃になって『怖い』と多少なりとも感じていた
それは何故なのか、後ろに守るべき部下がいるからか?
もしかしたらそうなのかもしれない
まだまだ成長出来る若者が居るんだ
こんな所で死なせられない
そんな思いでナイレンは無我夢中で走り続けた
「隊長…っ!大丈夫、すっか…っ?」
真後ろからそんな声が聞こえた
気遣ってくれるのはユーリだろう
口が悪く態度も素行も良くないが、そういった心遣いは誰よりも人一倍良く出来るやつだ
「は……っ!このくらい、どうと…ねぇ…!」
あくまでも強気な態度でナイレンは答えた
そうでも返さないと折れてしまいそうなのだ
「無理は…しないで、下さい…っ!」
そう声をかけたのはフレンだ
ユーリと違い態度も素行も口調も何をとっても抜かりがない彼だが、ユーリ同様彼もまた人を気遣うことはよく出来る
「ありがと、な…!けど、今は無理、だな…!」
疲れと嬉しさとが混じった声でナイレンは返した
こんなにも自分を気遣ってくれる部下が出来たことが幸せでならなかった
「後もう少しで出口だ!お前ら、こんな所でくたばるなよ!」
全く疲れを見せずアリシアは後方から叫んだ
体力も無駄に持ち合わせて…なんて考えながらほんの少し笑みを浮かべる
彼女とは幼い頃からの知り合いで娘同然のように可愛がった時期もあったが、今となっては自分を遥かに超えてしまった
それが寂しくもあり、嬉しくもあった
遺跡の外に出ると、中よりも大きな地鳴りが響き渡っていた
「隊長…!」
不安そうに声をかけたのは外で待っていたユルギスだった
「お前ら、走れ!…走って、対岸に渡れ!崩れるぞ!」
ナイレンは出来る限りの声でそう言うと、何かを察したユルギスたちも走り出した
デゼル先頭に援護班が走り出しユルギスはナイレンの隣を走った
あからさまに疲れが見えているこの隊長を副隊長の自分が支えずにどうするのだと言わんばかりに、彼の隣で軽く背を押すように手を当てた
「隊長、橋を渡り切るまで耐えて下さい!」
「はっはっ……耐えるも、何も…こんなところで、止まる訳に…いかねぇだろ…?」
息苦しそうにしながらも彼は笑った
こんな場所で止まれば、後ろにいる副騎士団長にドヤされるだけでは済まされない
小一時間程問い詰められるのが目に見えていた
先程まで死ぬ気でいた人間とは思えないくらいに、ナイレンは必死に生きようともがいている
「…っ!隊長…!あれ…!!」
真後ろからシャスティルの声が聞こえてくる
怯えたような声に顔を向けると、湖の中から巨大なパイプが浮き上がってきていた
丁度橋を渡り切った彼らは後ろを振り返る
先程までいた遺跡は形を残しておらず、代わりに何処か魔物の顔をような形を形成して大きな口を開いていた
今にもその口からエアルの塊を吐き出さんとしている姿に彼らは唖然とした
その方向にはシゾンタニアがある
「隊長!!このままでは、シゾンタニアに…!」
焦るフレンの声が響くが最早どうにも出来ない
結界魔導器 が耐えることを願うしかない
「…頼む、持ちこたえてくれ」
今まで見せなかった不安げな表情を浮かべてアリシアは祈った
誰もがそれを祈った
それはユーリとフレンも同じで…
《主 、祈、我、答》
《アスカ、間に合うかしら》
《何を言うか…間に合わせるのだろう》
いつもの声がそう端的に会話すると、三つの光がシゾンタニアに方に向かって行くのが二人の目に映った
それに気づくのはやはり二人だけなようで、敢えて二人は何も知らない風に装って祈り続けた
三つの光がシゾンタニアに近づいたのと同時に砲台と化したそれがエアルの塊を吐き出した
エアルの塊は真っすぐにシゾンタニアへと向かう
嫌な予感が隊員たちの胸に過ぎる
あんなエアルは塊がぶつかれば、例え結界魔導器 に守られても、それが壊れてしまう恐れもあった
濃度の高いエアルは魔導器 にさえ影響を及ぼすことを嫌という程に身で感じた彼らだからこその不安だ
駄目かもしれないとユーリとフレンも諦めかける
その時、結界魔導器 結界の手前でそのエアルの塊が砕け散った
突然の出来事に誰もが唖然とした
何も無いはずの空中で砕けたエアルの塊はゆっくりと空気に溶け込んでいく
シゾンタニアの結界魔導器 は、 今尚結界を張り続けている
原因はわからないが無事だったのだ
「…無事……なのか?」
ポツリとナイレンは小さく呟いた
未だに事態をを飲み込めない彼らはただ驚いた顔でシゾンタニアを見つめた
「ポロッポー」
空から聞こえた鳴き声に、アリシアは慌てて空を見上げた
遺跡に乗り込む前に帰したはずの彼女の伝書鳩がクルリクルリと空を旋回して飛んでいた
そっと左腕を上げて手招きすると、大人しく降りてきて先程と同じように手紙を渡すと、褒めろと小さな頭を擦り寄せていた
「…アリシア副騎士団長、その鳩…」
「ああ、私のだ」
ナイレンの問いに薄らと笑って答えると手紙に目を通す
一通り目を通しきった彼女の瞳はキラキラと嬉しそうに輝いていた
「……喜べ、お前ら。シゾンタニアは無事だ。街も人も結界魔導器 にも、何一つ影響は出ていないそうだ」
彼女がそう言って見回すと、次々と歓声の声が上がった
自分たちが本来守るべき場所ではない筈なのに、彼女の隊員たちも同じように喜んでいた
「さて…喜ぶのもいいが、まだ仕事は終わってないぞ?この先森で魔物に出会う危険がまだ残ってる!シゾンタニアに着くまで気ぃ抜くなよ!」
「「はっ!!」」
彼女の号令に隊員たちはしっかりと返事をした
来た時同様、アリシアとナイレンを先頭に部隊は帰路へついた
喜びに包まれる中、ユーリとフレンはほんの少し浮かない顔をしていた
それは…
《アスカ、アスカ!気づいて貰えたかな!?》
《落ち着けルナ。気づいて頂けたところで、記憶がないのにどうするというのだ?》
《主 、我、記憶、無。故、急、必要、無》
《シャドゥは思考がマイナス過ぎ!記憶が無くても主 様に変わりはないのだから問題ないじゃない!》
《お前は少し急ぎ過ぎだ》
《ボルトとセルシウスの居場所は見つかったじゃない!後はお二人次第なのよ?!》
二人の周りで口論するこの三体が原因だ
会話の内容から推測するに、明らかに認めるしかない状況にまで至ってしまっている
実際受け入れるしかないのだろう
確かに毎度毎度騒がしいが危害を加えてくることはない
その上、先程のように助けられてしまえば友好的と捉えても問題はないだろう
…つまり、二人が『主 』であると言うことが真実である可能性が非常に高いのだ
だからと言って、素直に認めるのは納得できないらしく二人は何度か顔を見合わせては項垂れるのを繰り返していた
二人が既に自分たちの存在に気付いていることを知っているアスカは、どの選択をするかをルナとシャドゥを宥めながらそれを待った
「…ユーリ」
ポツリとフレンが彼だけに聞こえる声でその名を呼んだ
振り向いたユーリに見えた顔には、何かを決意したような表情が浮かべられていた
「…後で、な。今はまずい」
フレン同様ユーリもまた彼にだけに聞こえるように返した
ゆっくり頷いて返すと、再び前を向いて黙々と歩き始めた
ユーリもフレンも二人は同じことを考えていた
アリシアの言葉、まとわりついている三体の会話
そして、自分たちの置かれた状況…
もしかしたら、彼らと交流することで自分たちの記憶の手掛かりを掴めるかもしれない
二人はついに対話することを決意したのだ
「…デカいとは思ってたが、まさかここまで馬鹿デカいとはな…」
「何処の馬鹿だ、こんなもん作って此処に置いて行ったやつは」などとぶつくさと文句を言いながら、アリシアは恨みの篭もった目でそれを睨みつける
確かに自身の部下からの報告で此処に
一言で言えば迷惑だった
ただでさえやらなければいけないことは山積みなのに、こうも解体が面倒そうなものを置いて行かれるなど溜まったものではない
挙句の果てには主犯をどうにかしなければならないというオマケつきだ
この主犯の処理がまたなんとも面倒で仕方がなかったのだ
「…一体、どうすればいいのでしょうか…?」
唖然とした表情でフレンが呟いた
それは誰もが思っていた事だった
「ついにこいつの出番ってわけだな」
ナイレンは懐から一つの
「それは?」
「モルディオから貰ってきたエアル採取用の
そう答えながらナイレンは術式の書かれた札をそれにかざす
するとそれは独りでに動き出した
円盤状だったそれは、その本体を広げると頭のような部分を左右に振り始める
「なんだ?これ」
その見たこともない動きをする
「なんだ?これ」
カタカタと動くそれに、ナイレンはユーリと一字一句変わらない言葉を口にして首を傾げた
それはエアルを地下から吸い上げている
エアルが流れなくなったそれは動きを止める
すると、異常な程のエアルはゆっくりと引いていった
「やった!やりましたよ!副騎士団長!」
止まったことに歓声があがる
これで一つ問題は解決出来たのだ
喜ぶのも無理はないだろう
「…ああ……そう、だな」
だが、アリシアは一人喜びを見せず体を強ばらせていた
それは先程届いた知らせが頭に過ぎっていたからだ
あの報告が本当であれば、恐らく何か仕掛けられているはずだ
それを肯定するかのように辺りが酷く揺れ始めた
来たか、と彼女が退避するよう声を上げる前に大きな地鳴りとともに
「きゃあっ!!」
ヒスカ目掛けて落ちたそれは、彼女を飛ばしながら地面に落ちた
「ヒスカ!」
自分たちよりも離れた位置で倒れて動かない片割れをシャスティルは必死で呼ぶ
「全員退避だっ!!急げ!」
アリシアはそう叫んで先程までいた場所へ戻るように合図を送る
「フレン!お前も行け!」
ヒスカを抱き抱えたナイレンが立ち止まったフレンに声をかけた
「隊員…!これ…」
彼が見つめてた場所に目を落とすと、そこにはどこかで見たことのある
そして、ナイレンの中にあった疑念は確信へと変わる
「…今は後回しだ」
静かにそう告げてフレンに先に行くように促す
既に他の者達は避難し終えていた
頷いたフレンは急いでその場所へ向かう
土煙をかき分けるようにして出てきたフレンの後をナイレンが出てきた
…だが、一足遅く、彼の足元が崩れ始める
不味い、と顔を歪めたかれはしっかりと崩れ落ちる地面に足を付けてヒスカを投げる体制に入る
「ユーリィーっ!!!」
そう叫んで、彼はヒスカを投げた
慌ててユーリは彼女を受け取ると、安全そうな場所へ下ろしてナイレンの落ちた場所を除く
「隊長ーっ!!」
まだ辛うじて落ち切っていない地面の上で彼は座り込んでいた
「隊長!!今助けるから!!ほら、手伸ばせよ!!」
身を乗り出してユーリはナイレンに手を伸ばす
だが、届かないその距離にユーリは更に前に出ようとして落ちそうになる
それをエルヴィンが掴んで止める
「ユーリ、俺とフレンでお前を抑える」
そう言いながら、彼は自身の斧を手渡した
受け取ったユーリはナイレンにそれを差し出して掴まるように声をかける
だが、ナイレンはそれに答えない
ただただ苦笑いを浮かべて彼らを見つめ返すだけだった
「隊長!!掴まってくれよっ!!」
「…ユーリ」
「なぁ、もっと長い棒ねぇのかっ!?早くしねえと」
「ユーリ」
静かな声で、それでいて話を聞けと強い声色で彼は名を呼んだ
聞きたくない、そう思いながらもユーリはナイレンを見た
「…もう助からねえんだ」
そう言って左腕を上げたナイレンの脇は、何かに食われたかのように欠けていた
ユーリもフレンも、その場にいた誰もが息を飲んだ
高度な治癒術でなければ助からないその傷に、苦虫を噛み潰したように顔を歪める者が多くいた
自分は助からない、だから、助かる人を助けくれと言いながら、彼は自身の
まるで、ここで死ぬかのように
誰もがそうなるのだと諦めている中、アリシアは一人そんな表情は見せずに大きくため息をついた
「はぁ……辛気臭い空気になってる所悪いが…ナイレン、私がこんな所で死なせると思うか?」
沈黙し続けていた彼女はそう言ってその穴に近寄った
「…幾らアリシア副騎士団長とはいえ、無理でしょうに」
ケラケラとナイレンは諦めに似た笑みを浮かべた
実際諦めているのだろう
「…だからな、お前らは私を甘く見すぎなんだよ」
ニヤリと口角を上げて笑う彼女は自信たっぷりに両手を広げた
その彼女の足元には術式が組まれ始めていた
彼女が術を使えることはナイレンは愚か彼女の隊員ですら知らず、唖然とその様子を伺っていた
「これでもアレクセイ閣下の片腕だぞ?近接戦だけが得意なわけがなかろうに」
そう言ってほんの少し首元の服をずらせばチョーカー型の
「……止まれ時よ。お代は見てのお帰り」
詠唱を始めた彼女は得意気に左手を腰に当てて右手を顔の横に持っていく
「ストップクロウ」
パチンと乾いた音が響くと同時に辺りの動きが止まる
動けるのは人だけのようだ
チッチッチッ、と時計の針を刻む音が響くと彼女は真っ先に下に降りてナイレンの元に駆け寄ると、彼のまだ無事な片腕を自身の首の後ろに回して立ち上がる
「ほーら、時間ないんだから早う動き?」
挑発地味た口調で言いながら彼女は笑う
此処から上がれたところでと思いつつもナイレンは渋々言われるがままに歩く
「ユーリ君、フレン君、準備いい?」
ユーリたちの近くまで行くと、彼女は上にいる二人に声をかけた
驚きながらも二人は頷く
その二人をエルヴィンを含めた数名が足を持って支えると、アリシアは自分よりも体格のいいナイレンを持ち上げた
もうここまでくると驚く者も殆どいない
ユーリはナイレンの右腕を強く引く
フレンは怪我をしている彼の左腕には触れずに肩の辺りを掴んだ
そうして見えだした体を他の隊員たちが服を掴むなどとして持ち上げたのと同時に、術の効果が切れ轟音が辺りを包む
「副騎士団長ーっ!!」
顔色を真っ青に変えて隊員の一人が彼女を見る
だが、当の本人は涼しい顔をして笑っていた
地面を何度か踏みつけると、よしっ!っと一声意気込んで少し下がり助走を付けると、先程踏みつけていた場所を強く蹴り上げて隊員たちがいる地面に飛び乗った
「…本当に、お人好しの怪力持ちな副騎士団長なことで」
苦笑いしながらナイレンはアリシアを見た
彼女には一生何があっても勝てる気はしない
「あら、失礼ね?これでも結構肩にきてるのよ?」
わざとらしく肩を回しながら彼女はナイレンの傍にしゃがみ込んだ
「…ナイレン隊長、一個貸しですよ?」
オフモードの時と同じ口調で彼女は言うと彼に治癒術をかけ始めた
ヒスカやシャスティルのものよりも強いその光はあっという間にその部分を治した
「…アリシア隊長……そんなことまで出来るんすね…」
傍で見ていたユーリは驚いた目で彼女を見つめる
「ん?まあね〜。昔必要だったから覚えたの。今となってはあまり使う機会もないんだけどね」
そう言って笑った彼女は何処か寂しげに見えた
「ナイレン、走れるかしら?」
再びオンモードに切り替わった彼女は立ち上がりながらそう問いかける
「…そのくらいなら、なんとかっすね」
そう言ってナイレンも立ち上がると、周りの隊員たちも立ち上がる
「…エルヴィン、ナイレンの傍に居て。足止まりそうになったら引きずってでも外まで連れ出して」
少し強めの口調でアリシアはエルヴィンにそう指示すると、彼は苦笑いしながらそれを承諾した
気絶したヒスカは自身の隊員に死んでも守りきれなどと言って任せると、ナイレンとエルヴィン先頭に部隊を撤退させた
一人後方を見ると言った彼女は、地面に一つ残っていた
「はっ、はっ……!」
あちこちで爆発を起こす遺跡の中、ナイレンは止まりそうになる足を懸命に動かした
彼女が自身を先頭に立たせたのは、恐らくだが自分が止まることで隊員たちが生き埋めになる可能性のある状況を作り出し、安易に死なせない為だと言うことがなんとなく頭に過ぎっていた
そんな意図が無かったにせよ、実際問題その通りになりかねないのが事実だ
止まる訳にはいかない
左の脇の痛みこそないが、体力的に衰えた身体には限界が近かった
それでも止まれないと必死に足をひたすらに動かす
死に対しての恐怖など微塵もなかった筈だった
それなのに、何故か今頃になって『怖い』と多少なりとも感じていた
それは何故なのか、後ろに守るべき部下がいるからか?
もしかしたらそうなのかもしれない
まだまだ成長出来る若者が居るんだ
こんな所で死なせられない
そんな思いでナイレンは無我夢中で走り続けた
「隊長…っ!大丈夫、すっか…っ?」
真後ろからそんな声が聞こえた
気遣ってくれるのはユーリだろう
口が悪く態度も素行も良くないが、そういった心遣いは誰よりも人一倍良く出来るやつだ
「は……っ!このくらい、どうと…ねぇ…!」
あくまでも強気な態度でナイレンは答えた
そうでも返さないと折れてしまいそうなのだ
「無理は…しないで、下さい…っ!」
そう声をかけたのはフレンだ
ユーリと違い態度も素行も口調も何をとっても抜かりがない彼だが、ユーリ同様彼もまた人を気遣うことはよく出来る
「ありがと、な…!けど、今は無理、だな…!」
疲れと嬉しさとが混じった声でナイレンは返した
こんなにも自分を気遣ってくれる部下が出来たことが幸せでならなかった
「後もう少しで出口だ!お前ら、こんな所でくたばるなよ!」
全く疲れを見せずアリシアは後方から叫んだ
体力も無駄に持ち合わせて…なんて考えながらほんの少し笑みを浮かべる
彼女とは幼い頃からの知り合いで娘同然のように可愛がった時期もあったが、今となっては自分を遥かに超えてしまった
それが寂しくもあり、嬉しくもあった
遺跡の外に出ると、中よりも大きな地鳴りが響き渡っていた
「隊長…!」
不安そうに声をかけたのは外で待っていたユルギスだった
「お前ら、走れ!…走って、対岸に渡れ!崩れるぞ!」
ナイレンは出来る限りの声でそう言うと、何かを察したユルギスたちも走り出した
デゼル先頭に援護班が走り出しユルギスはナイレンの隣を走った
あからさまに疲れが見えているこの隊長を副隊長の自分が支えずにどうするのだと言わんばかりに、彼の隣で軽く背を押すように手を当てた
「隊長、橋を渡り切るまで耐えて下さい!」
「はっはっ……耐えるも、何も…こんなところで、止まる訳に…いかねぇだろ…?」
息苦しそうにしながらも彼は笑った
こんな場所で止まれば、後ろにいる副騎士団長にドヤされるだけでは済まされない
小一時間程問い詰められるのが目に見えていた
先程まで死ぬ気でいた人間とは思えないくらいに、ナイレンは必死に生きようともがいている
「…っ!隊長…!あれ…!!」
真後ろからシャスティルの声が聞こえてくる
怯えたような声に顔を向けると、湖の中から巨大なパイプが浮き上がってきていた
丁度橋を渡り切った彼らは後ろを振り返る
先程までいた遺跡は形を残しておらず、代わりに何処か魔物の顔をような形を形成して大きな口を開いていた
今にもその口からエアルの塊を吐き出さんとしている姿に彼らは唖然とした
その方向にはシゾンタニアがある
「隊長!!このままでは、シゾンタニアに…!」
焦るフレンの声が響くが最早どうにも出来ない
「…頼む、持ちこたえてくれ」
今まで見せなかった不安げな表情を浮かべてアリシアは祈った
誰もがそれを祈った
それはユーリとフレンも同じで…
《
《アスカ、間に合うかしら》
《何を言うか…間に合わせるのだろう》
いつもの声がそう端的に会話すると、三つの光がシゾンタニアに方に向かって行くのが二人の目に映った
それに気づくのはやはり二人だけなようで、敢えて二人は何も知らない風に装って祈り続けた
三つの光がシゾンタニアに近づいたのと同時に砲台と化したそれがエアルの塊を吐き出した
エアルの塊は真っすぐにシゾンタニアへと向かう
嫌な予感が隊員たちの胸に過ぎる
あんなエアルは塊がぶつかれば、例え
濃度の高いエアルは
駄目かもしれないとユーリとフレンも諦めかける
その時、
突然の出来事に誰もが唖然とした
何も無いはずの空中で砕けたエアルの塊はゆっくりと空気に溶け込んでいく
シゾンタニアの
原因はわからないが無事だったのだ
「…無事……なのか?」
ポツリとナイレンは小さく呟いた
未だに事態をを飲み込めない彼らはただ驚いた顔でシゾンタニアを見つめた
「ポロッポー」
空から聞こえた鳴き声に、アリシアは慌てて空を見上げた
遺跡に乗り込む前に帰したはずの彼女の伝書鳩がクルリクルリと空を旋回して飛んでいた
そっと左腕を上げて手招きすると、大人しく降りてきて先程と同じように手紙を渡すと、褒めろと小さな頭を擦り寄せていた
「…アリシア副騎士団長、その鳩…」
「ああ、私のだ」
ナイレンの問いに薄らと笑って答えると手紙に目を通す
一通り目を通しきった彼女の瞳はキラキラと嬉しそうに輝いていた
「……喜べ、お前ら。シゾンタニアは無事だ。街も人も
彼女がそう言って見回すと、次々と歓声の声が上がった
自分たちが本来守るべき場所ではない筈なのに、彼女の隊員たちも同じように喜んでいた
「さて…喜ぶのもいいが、まだ仕事は終わってないぞ?この先森で魔物に出会う危険がまだ残ってる!シゾンタニアに着くまで気ぃ抜くなよ!」
「「はっ!!」」
彼女の号令に隊員たちはしっかりと返事をした
来た時同様、アリシアとナイレンを先頭に部隊は帰路へついた
喜びに包まれる中、ユーリとフレンはほんの少し浮かない顔をしていた
それは…
《アスカ、アスカ!気づいて貰えたかな!?》
《落ち着けルナ。気づいて頂けたところで、記憶がないのにどうするというのだ?》
《
《シャドゥは思考がマイナス過ぎ!記憶が無くても
《お前は少し急ぎ過ぎだ》
《ボルトとセルシウスの居場所は見つかったじゃない!後はお二人次第なのよ?!》
二人の周りで口論するこの三体が原因だ
会話の内容から推測するに、明らかに認めるしかない状況にまで至ってしまっている
実際受け入れるしかないのだろう
確かに毎度毎度騒がしいが危害を加えてくることはない
その上、先程のように助けられてしまえば友好的と捉えても問題はないだろう
…つまり、二人が『
だからと言って、素直に認めるのは納得できないらしく二人は何度か顔を見合わせては項垂れるのを繰り返していた
二人が既に自分たちの存在に気付いていることを知っているアスカは、どの選択をするかをルナとシャドゥを宥めながらそれを待った
「…ユーリ」
ポツリとフレンが彼だけに聞こえる声でその名を呼んだ
振り向いたユーリに見えた顔には、何かを決意したような表情が浮かべられていた
「…後で、な。今はまずい」
フレン同様ユーリもまた彼にだけに聞こえるように返した
ゆっくり頷いて返すと、再び前を向いて黙々と歩き始めた
ユーリもフレンも二人は同じことを考えていた
アリシアの言葉、まとわりついている三体の会話
そして、自分たちの置かれた状況…
もしかしたら、彼らと交流することで自分たちの記憶の手掛かりを掴めるかもしれない
二人はついに対話することを決意したのだ