第一節 帝国と騎士団
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ー遺跡調査~突入~ー
「うっわ……深すぎだろ…」
塔の周りの溝を覗き込みながらアリシアは心底嫌そうな顔をした
落ちれば確実に生きては帰れない程の深さのそれの底には有り得ない量のエアルが噴出していた
赤く染められたその場所は、運良く落ちて死なずともエアルの影響で死に至るだろう
「シャスティル、あんま覗き込むなよ」
よく見ようと地面にしゃがみ込んで覗いていた彼女にナイレンが声をかける
すると、底の方が一瞬キラリと光り何かが真っ直ぐ上がってきた
ナイレンは咄嗟にシャスティルを引っ張り後ろに突き飛ばす
それと同じタイミングで、それはナイレンの左肩に突き刺さった
「ぐっ…!!」
「隊長っ!」
シャスティルやヒスカの悲鳴の混じった声が響く
それは、ナイレンを下に引きずり込もうと徐々に彼を引きずっていく
「全く……」
アリシアはポツリと呟くと剣を抜く
そして、彼を引きずり込もうとしているそれを真っ二つに叩き切った
ナイレンの肩に残った方を掴むと勢いよく引き抜いて溝の中へ投げた
「衰えたな、ナイレン」
アリシアが声をかけるよりも前に、しがれた声が上から降ってきた
見上げると、いつかの巨体の男が部下らしき人を何人か連れて来ていた
シャスティルは急いでナイレンの傍に駆け寄ると治癒術をかけ始めた
「メルゾム……!」
彼は心底驚いた声をあげる
「ギルドの方々が、どうしてここへ?」
アリシアは至って冷静に問いかける
「なーに、騎士団にちょいと恩を売ろうってな。このままじゃ俺らだって商売が出来ねえ。それに、こっちは部下を殺られてんだ。敵に一泡吹かせてやりたいわけよ」
メルゾムは何処か悔しそうに歯ぎしりしながら答える
その目には憎悪と悔しさが混じっていた
「…てなわけでだ、共闘といかねえか?」
「んー、そうねえ…。ギルドの手借りたなんて言ったら、閣下の胃に穴あきそーだけど……人手不足なのに変わりはないしあなた方さえ良ければね」
「はっはっは!交渉成立ってわけだ。そんじゃま、よろしく頼んまっせ。騎士団のお偉いさん」
豪快に笑うと何処か皮肉を交えた言葉を彼女にかけた
「足だけは引っ張らないで下さいね、ギルドの皆様方?」
そんな皮肉を気にもせず、彼女は挑発するようにニヤリと笑って言葉を返す
「…にしてもユーリ、余裕のねえ顔してんな」
勝てないと悟ったのか、彼はユーリの方へと声をかけた
「……そんなんじゃねえよ」
彼の方を向きながら、ユーリはぶっきらぼうに答えた
ユーリの頭の中は今はそれどころではなかったからだ
先程のシャドゥのことが、どうにも気になって仕方がないのだ
彼(と形容していいのかは定かではないが)は、明らかにユーリ自身を助けようと動いた
それは紛れもない事実だろう
現にあの巨大化した瓦礫の玉は姿を見せていない
「(いい加減、認めるしかないのかねえ……)」
そんなことを考えて彼は一人苦笑いした
「…さて、そろそろ進みましょうか」
不意にアリシアの声が聞こえてユーリは振り向く
見れば、彼女は既に塔の中へと続く入り口の方へと足を進めていた
「シャスティル、もういいぞ。それと魔導器 もう外せ」
シャスティルの行動を静止したナイレンは彼女の手首についているそれを指さす
そこでは紅く禍々しく魔核 が輝いていた
治癒術を継続出来ないことに不満そうに眉をひそめながらも、彼女はそれを外した
「ほーら、早くついて来い」
少し後ろに顔を向けながらアリシアは言った
ユーリを含めた隊員たちが少し駆け足で彼女を追いかける
入り口にはただひたすらに下に続く長い螺旋階段があった
濃度の高いエアルのお陰か、光照魔導器 が何処かにあるのか、どちらなのかは分からないが中は意外に明るい
アリシアを先頭に彼らは下へと降りて行く
長い螺旋階段をただひたすらに降り続けること数十分
ようやく一番下まで降りてくることができた
無言で険しい顔をしてアリシアは正面を見据える
恐ろしいくらいのエアルの量に顔を顰める
それと同時に違和感を感じ取っていた
本来であれば身体に何かしらの影響が出ていてもおかしくない筈なのだが、何故か身体が軽い
息苦しいなどの異常は見当たらなかった
どこ隊員もそうだが、彼らはエアルにあまり詳しくないのか、気にした素振りを見せなかった
「……いよいよっすね」
彼女の後ろからユーリの声が聞こえてくる
何処か自信ありげな声色にアリシアは思わず口角を上げた
「期待してるよ、ユーリ君、フレン君」
頭だけ後ろに向けながら、何処か楽しげにニヤリと彼女は笑いかけた
アリシアからの唐突な言葉に二人は少し身体を強ばらせる
だが、直ぐに真剣な面持ちで剣を強く握りしめ直していた
満足そうに彼女は笑うと、目の前の通路を少し駆け足で進み始める
それに習って彼らも駆け出した
「ん…?!」
一番最後尾についていたメルゾムは背後からの気配に少し首を後ろに向ける
彼の目にはレンガで出来た床の下を何かが通っているようで、それを隆起させながらこちらを追いかけて来ているのが目に入った
前にいるナイレンにそれを伝えようと、彼は走るスピードを上げた
だが、それの方がスピードが早く、あっという間にメルゾムは追い抜かされてしまう
「ナイレン…!」
責めて声だけでもと彼は大きな声でナイレンを呼ぶ
自身を呼ぶ声に異変に気づいた彼は振り返る
先頭を走っていたナイレンたちのすぐ傍までそれはやって来ていた
ナイレンを含む先頭を走っていた彼等は左右に分かれてそれを避ける
すると、それは彼らの目の前で止まりゴーレムのような何かが這い上がって来た
「へぇ…無機物ですらこんなんにしちゃってるわけね」
アリシアは関心気味にそう言いながら手にしている剣を片手で構える
「じっくり殺るのもいいけど…時間ないし、道のど真ん中に居座られても邪魔なのよね」
ペロッと上唇を舐めると、『それ』が動き出すよりも前に彼女は飛び出した
突然突っ込んで来た彼女に、『それ』は咄嗟に片手を上げて彼女目掛けて振り下ろすが涼しい顔で振りおろされた片腕を剣で弾き返すと、間髪入れずに剣を横に振る
『それ』は器用に身体を変型させてアリシアの剣を交わした
その瞬間に見えた赤い紐のようなものを彼女は見逃さなかった
よく観察してみれば、レンガ一つ一つに赤い紐のようなものがついており、それが何本かの太い束になっていた
「……弱点ミッケ」
楽しげに呟くと、今度は姿勢を低くして『それ』に向かって駆け出した
再び『それ』は片手を振り上げて一気に下ろすが、下ろし始めた瞬間に彼女は地面を蹴って宙に浮かぶと悠々と『それ』の背に降り立った
そして、背から壁へと伸びている赤い紐のようなものを一気に断ち切った
カシャリと静かに音を立てて彼女が地面に戻ると同時に、『それ』は崩れ落ちた
「私に挑もうなんて一千年早いのよ」
アリシアはそう言って瓦礫と化したそれを軽く蹴った
「…………相変わらず、見事な腕前で」
数拍置いてナイレンが口を開いた
「あら、あなたに誉められるとは思ってなかったわ」
ケロリと笑って彼女が言葉を返す
「俺をなんだと思ってんすか……」
はあーっとため息を付きながらナイレンは腰に手を当てた
「…ほら、油断しないで。次来るわよ」
ケラケラと笑っていた彼女だったが、一瞬にしてその笑顔を崩すと後方を見据える
ガタガタと音を立てながら一つ、また一つと『それ』が姿を現す
『それ』に、誰よりも早くユーリとフレンが反応した
片方が気を引き付けると、もう片方が赤い紐のようなものを切り離す
そうして『それ』が崩れ落ちると、直ぐに次へと向かう
ぴったりと息のあった連携にアリシアは少し驚きながら目を向ける
噂には聞いていたがここまでとは…と内心関心しながらも、少し複雑そうに顔を顰めた
「隊長!キリがありません!!」
自分の部下の声に彼女は辺りを見回す
崩れてはまた新しいものが生まれを繰り返しているこの状況は非常にマズイ
これでは体力が減るばかりだ
「ナイレン!ここは俺らに任せて早く先に進め!」
メルゾムのそんな声が離れた場所から聞こえてくる
彼の言う通り先に進むことが今は一番重要だ
「…ナイレン!フェドロック隊を先に行かせろ!」
アリシアはナイレンの傍に駆け寄ると彼の肩を掴んで後ろに下げる
「アリシア副騎士団長…!ですが!!」
「私たちは後から追う!さっさと行け!」
反論しかけたナイレンを彼女は睨みつけるように見て言う
ぐっと彼は出かけていた言葉を飲み込む
「…っ!!フェドロック隊!!先に進むぞ!!」
ナイレンの掛け声にエルヴィンを先頭にして彼らは奥へと進む
アリシアたちを気にしてか振り返って足を止めかけたユーリをフレンが腕を掴んで引き摺るように連れて行くのが、彼女の視界の隅に映る
「…どうか、ご無事で」
ポツリとナイレンは呟くと彼らの後を追った
「はぁ……全く。私はそんなに信用ないか?」
わざとらしくため息を付きながら、自身の後ろに下がって来た部下に彼女は問いかけた
それに彼らは言葉で返さず、ただ苦笑いを零した
「…まあいい。それよりもだ」
目の前に佇む『それ』を何処か楽しげに見つめながら彼女は口角を上げた
「さあ、お前ら。『本業』の見せ所だ」
楽しげであり、少しばかり威圧の籠った声で彼女が言えば、彼らはただ「はっ!」と一声発して『それ』に立ち向かって行った
リベルト隊と分かれたフェドロック隊は、次の場所へと辿り着いていた
細い通路の次はだだっ広い空間
入った途端、円形に造られたその空間の中央に『何か』が形成されていく
レンガで作られるそれは、先程見たものと酷似しているが大きさは比にならない
天井近くまで『それ』は背を伸ばし、足と両腕が造られるとナイレンたちを探すかのように紅い目をキョロキョロと動かす
まともに正面から立ち向かったところで彼らに勝ち目はない
ナイレンは二手に分かれるように合図すると彼はユーリとフレンを含めた数人で左側へ、エルヴィンはヒスカとシャスティルを含めた数人で右側へ『それ』を避けるように分かれて進む
すると『それ』は器用に両腕を別々に動かし始める
右腕はナイレンたちを追いかけるように、左腕はエルヴィンたち目掛けて振り下ろす
ガンッと鈍い音を立てて振り下ろされた腕は、彼らに直撃はしなかったもののその場に彼らは倒れてしまっていた
それに気付いたユーリたちは、『それ』の横をすり抜けて彼らに近く
「痛っ……」
シャスティルが頭を擦りながら起き上がる
それに真っ先にフレンが駆け寄って肩を貸す
「いっつぅ………え…?う、嘘でしょ…っ!?」
シャスティルの隣で起き上がろうとしたヒスカは目を見開いて魔導器 のついた腕を見た
その魔核 は赤く輝き始めていた
暴走の合図のそれに彼女は顔を青くする
急いで外そうとするが先程の衝撃で片腕が瓦礫に挟まって抜けない
「いや…っ!!!誰か取ってっ!!!」
悲鳴に近い声で彼女は叫んでその腕を振り回した
慌てて駆け寄ったユーリが魔導器 を外して遠くに投げた
カンッ…と地面に落ちる音と共にそれは爆発した
騒ぐ音に反応したのか、『それ』が徐々に彼らの元に歩み寄って来た
逃げようにもヒスカのように瓦礫に腕や足を挟まれた者が少なからずともいるこの状況で逃げることは叶わない
ならばどうするべきか、今の最善策はと、ナイレンは軽く舌打ちをする
『それ』を倒すことが最善策なのだろうが、弱点の赤い紐のようなものは『それ』の頭上……天井から伸びている
どうやってそこを攻撃すべきか、どうすれば攻撃できるのか
ナイレンがその答えを出す前にエルヴィンが動き出した
「ユーリ!俺がお前を彼処まで上げる!」
彼はそう言って少し離れた場所に立つと手を組んで腰を落とした
一瞬戸惑いを見せたユーリだったが、直ぐに真剣な表情を見せ少し後ろに下がり助走を付けてエルヴィン目掛けて走り出した
彼の近くで思い切り一歩踏み出して組まれた掌の上に片足を乗せると、エルヴィンが勢い良くその足を持ち上げる動きに合わせて蹴り上がる
天井近くまで上がったユーリの体は見事に『それ』の頭の上に降り立った
着地を決めたユーリは休む間もなく剣を振るう
赤い紐のようなものを次から次へと切っていく
全てが切り終われば自身のが立っているその足元が崩れ落ちるというのにも関わらず、怯えたような表情を一切浮かべずにユーリはただひたすらに剣を振るった
やがて全てが切り離されると、ゆっくりと『それ』は崩れ落ちた
「ユーリィ!!!」
離れた場所から、ヒスカの悲痛な声が反響した
土煙に包まれてしまい、彼が無事かどうかが把握出来ない
無事であることを祈るように彼女は両手を胸の前で組んだ
ようやく煙が晴れてくると瓦礫の山の上で黒髪をなびかせて佇むユーリの姿が見えた
ナイレンたちは安堵の息を吐いた
振り返ることは無く、ユーリはただ前をじっと見つめる
そんなユーリの元にナイレンは歩み寄ってその肩に手を置いた
「よくやったな」
「……ああ」
ナイレンの褒め言葉もしっかり聞いているのかわからないような返事をユーリはする
彼の向ける視線の先をナイレンは目で追う
その先には、巨大な魔導器 がそびえ立っていた
ナイレンたちは息を呑んでそれを見つめる
結界魔導器 や兵器魔導器 以外には見たことの無い大きさの魔導器 に一同は唖然とする
誰がなんの目的で此処にそんなものを設置したのか、そもそもどんな魔導器 なのかさえわからないが、良いものでは無いことだけは用意に想像がつく
唖然としている彼らの後ろからカシャリと音が響き始めた
はっとしたナイレンが振り向くと、涼しい顔をしたアリシアが自身の隊員とメルゾムたちを率いて来ているのが目に映る
「そっちの守備はどうだ、ナイレン」
小首を傾げて言う仕草は何処かあどけなさがあるが、その声色にはそんなものは一切見受けられなかった
声だけ聞いていれば凄んでしまうのではないかと思うくらいに、その声には威厳が滲み出ていた
「…ようやく見つけましたよ、アリシア副騎士団長」
「そうか。…よくやったな、お前たち全員。……そっちも大変だったみたいだな」
瓦礫の山を見て彼女は申し訳なさそうに顔を歪めた
「いいんすよ、このくらい。…それより、アリシア副騎士団長の方は…」
「ん?ああ……手応えがないのも考えものだよな。ちっとも戦った気がしない」
遠慮気味に問いかけたナイレンに彼女は少し詰まらなさそうに頬を膨らませて、手の中で剣の柄をクルリと回した
そういうことを聞きたいわけではないのだが、と思いつつも彼女の周りの隊員を見れば誰一人として肩で息をしている者はいなかった
どの隊員も呆れたような苦笑いを浮かべて自身の隊長であるアリシアをただ見つめていた
「ナイレン隊長、どうかお気になさらないで下さい。いつもの事なので」
気にしていると取られたらしく、一人の隊員が何処か申し訳なさそうに声をかけた
「いつも……?」
少し引き攣った表情でナイレンは問い返す
「隊長は魔物の討伐任務を任された時は、いつも終わるとこんな調子ですよ」
「オマケにお一人で殆どこなしてしまうもので、我々など足でまといですよ」
呆れた様子でそう答える彼らだったが、何処か楽しそうな口調にナイレンは首を傾げる
「一人で殆どやることがあるのは否定しないが、そう言うお前たちも物足りなさそうな顔してるぞ?」
不服そうにジト目で隊員たちを見回しながらアリシアは言う
つまり、言ってしまえばアリシア以外も戦闘そのものを楽しんでいたらしい
それに勘づいたナイレンは大きくため息を吐いた
帝国騎士団の中枢を担う隊の一つがこれかと、頭を悩ませる
まさかシュヴァーン隊もこの調子なのかと疑いを持つくらいには、彼にとって衝撃的な事実だった
「…メルゾム、お前たちは無事か?」
考えても頭を痛めるだけと判断した彼は早々にリベルト隊のことを蚊帳の外に追い出して、旧知の仲とも言えるメルゾムに声をかける
「あぁ。流石騎士様だ。俺らの出番なんてなかったな」
ほんの少し悔しさを滲ませてカラカラと乾いた笑みを浮かべて彼は答えた
弔い合戦のつもりで乗り込んだ彼からすれば、拍子抜けしてしまう出来事だったのだろう
「ギルドの人間とはいえ、私からすれば一般人と大差ない。怪我でもさせて閣下にドヤされるとか想像しただけで嫌気が指す」
大体あの方御自身は動かない癖に……などとブツブツ文句を言いながら彼女はナイレンの方へと歩き始めた
そんなにも閣下が嫌いなのかとナイレンは隠しもせずにため息をついた
瓦礫の山に登った彼女は真っ直ぐに魔導器 を見据えた
「…さて、ここが正念場だな」
コロッと声色を変えて彼女は呟く
相変わらず切り替えの早い事でと、心の中で突っ込みを入れながらナイレンは静かに頷いた
「うっわ……深すぎだろ…」
塔の周りの溝を覗き込みながらアリシアは心底嫌そうな顔をした
落ちれば確実に生きては帰れない程の深さのそれの底には有り得ない量のエアルが噴出していた
赤く染められたその場所は、運良く落ちて死なずともエアルの影響で死に至るだろう
「シャスティル、あんま覗き込むなよ」
よく見ようと地面にしゃがみ込んで覗いていた彼女にナイレンが声をかける
すると、底の方が一瞬キラリと光り何かが真っ直ぐ上がってきた
ナイレンは咄嗟にシャスティルを引っ張り後ろに突き飛ばす
それと同じタイミングで、それはナイレンの左肩に突き刺さった
「ぐっ…!!」
「隊長っ!」
シャスティルやヒスカの悲鳴の混じった声が響く
それは、ナイレンを下に引きずり込もうと徐々に彼を引きずっていく
「全く……」
アリシアはポツリと呟くと剣を抜く
そして、彼を引きずり込もうとしているそれを真っ二つに叩き切った
ナイレンの肩に残った方を掴むと勢いよく引き抜いて溝の中へ投げた
「衰えたな、ナイレン」
アリシアが声をかけるよりも前に、しがれた声が上から降ってきた
見上げると、いつかの巨体の男が部下らしき人を何人か連れて来ていた
シャスティルは急いでナイレンの傍に駆け寄ると治癒術をかけ始めた
「メルゾム……!」
彼は心底驚いた声をあげる
「ギルドの方々が、どうしてここへ?」
アリシアは至って冷静に問いかける
「なーに、騎士団にちょいと恩を売ろうってな。このままじゃ俺らだって商売が出来ねえ。それに、こっちは部下を殺られてんだ。敵に一泡吹かせてやりたいわけよ」
メルゾムは何処か悔しそうに歯ぎしりしながら答える
その目には憎悪と悔しさが混じっていた
「…てなわけでだ、共闘といかねえか?」
「んー、そうねえ…。ギルドの手借りたなんて言ったら、閣下の胃に穴あきそーだけど……人手不足なのに変わりはないしあなた方さえ良ければね」
「はっはっは!交渉成立ってわけだ。そんじゃま、よろしく頼んまっせ。騎士団のお偉いさん」
豪快に笑うと何処か皮肉を交えた言葉を彼女にかけた
「足だけは引っ張らないで下さいね、ギルドの皆様方?」
そんな皮肉を気にもせず、彼女は挑発するようにニヤリと笑って言葉を返す
「…にしてもユーリ、余裕のねえ顔してんな」
勝てないと悟ったのか、彼はユーリの方へと声をかけた
「……そんなんじゃねえよ」
彼の方を向きながら、ユーリはぶっきらぼうに答えた
ユーリの頭の中は今はそれどころではなかったからだ
先程のシャドゥのことが、どうにも気になって仕方がないのだ
彼(と形容していいのかは定かではないが)は、明らかにユーリ自身を助けようと動いた
それは紛れもない事実だろう
現にあの巨大化した瓦礫の玉は姿を見せていない
「(いい加減、認めるしかないのかねえ……)」
そんなことを考えて彼は一人苦笑いした
「…さて、そろそろ進みましょうか」
不意にアリシアの声が聞こえてユーリは振り向く
見れば、彼女は既に塔の中へと続く入り口の方へと足を進めていた
「シャスティル、もういいぞ。それと
シャスティルの行動を静止したナイレンは彼女の手首についているそれを指さす
そこでは紅く禍々しく
治癒術を継続出来ないことに不満そうに眉をひそめながらも、彼女はそれを外した
「ほーら、早くついて来い」
少し後ろに顔を向けながらアリシアは言った
ユーリを含めた隊員たちが少し駆け足で彼女を追いかける
入り口にはただひたすらに下に続く長い螺旋階段があった
濃度の高いエアルのお陰か、
アリシアを先頭に彼らは下へと降りて行く
長い螺旋階段をただひたすらに降り続けること数十分
ようやく一番下まで降りてくることができた
無言で険しい顔をしてアリシアは正面を見据える
恐ろしいくらいのエアルの量に顔を顰める
それと同時に違和感を感じ取っていた
本来であれば身体に何かしらの影響が出ていてもおかしくない筈なのだが、何故か身体が軽い
息苦しいなどの異常は見当たらなかった
どこ隊員もそうだが、彼らはエアルにあまり詳しくないのか、気にした素振りを見せなかった
「……いよいよっすね」
彼女の後ろからユーリの声が聞こえてくる
何処か自信ありげな声色にアリシアは思わず口角を上げた
「期待してるよ、ユーリ君、フレン君」
頭だけ後ろに向けながら、何処か楽しげにニヤリと彼女は笑いかけた
アリシアからの唐突な言葉に二人は少し身体を強ばらせる
だが、直ぐに真剣な面持ちで剣を強く握りしめ直していた
満足そうに彼女は笑うと、目の前の通路を少し駆け足で進み始める
それに習って彼らも駆け出した
「ん…?!」
一番最後尾についていたメルゾムは背後からの気配に少し首を後ろに向ける
彼の目にはレンガで出来た床の下を何かが通っているようで、それを隆起させながらこちらを追いかけて来ているのが目に入った
前にいるナイレンにそれを伝えようと、彼は走るスピードを上げた
だが、それの方がスピードが早く、あっという間にメルゾムは追い抜かされてしまう
「ナイレン…!」
責めて声だけでもと彼は大きな声でナイレンを呼ぶ
自身を呼ぶ声に異変に気づいた彼は振り返る
先頭を走っていたナイレンたちのすぐ傍までそれはやって来ていた
ナイレンを含む先頭を走っていた彼等は左右に分かれてそれを避ける
すると、それは彼らの目の前で止まりゴーレムのような何かが這い上がって来た
「へぇ…無機物ですらこんなんにしちゃってるわけね」
アリシアは関心気味にそう言いながら手にしている剣を片手で構える
「じっくり殺るのもいいけど…時間ないし、道のど真ん中に居座られても邪魔なのよね」
ペロッと上唇を舐めると、『それ』が動き出すよりも前に彼女は飛び出した
突然突っ込んで来た彼女に、『それ』は咄嗟に片手を上げて彼女目掛けて振り下ろすが涼しい顔で振りおろされた片腕を剣で弾き返すと、間髪入れずに剣を横に振る
『それ』は器用に身体を変型させてアリシアの剣を交わした
その瞬間に見えた赤い紐のようなものを彼女は見逃さなかった
よく観察してみれば、レンガ一つ一つに赤い紐のようなものがついており、それが何本かの太い束になっていた
「……弱点ミッケ」
楽しげに呟くと、今度は姿勢を低くして『それ』に向かって駆け出した
再び『それ』は片手を振り上げて一気に下ろすが、下ろし始めた瞬間に彼女は地面を蹴って宙に浮かぶと悠々と『それ』の背に降り立った
そして、背から壁へと伸びている赤い紐のようなものを一気に断ち切った
カシャリと静かに音を立てて彼女が地面に戻ると同時に、『それ』は崩れ落ちた
「私に挑もうなんて一千年早いのよ」
アリシアはそう言って瓦礫と化したそれを軽く蹴った
「…………相変わらず、見事な腕前で」
数拍置いてナイレンが口を開いた
「あら、あなたに誉められるとは思ってなかったわ」
ケロリと笑って彼女が言葉を返す
「俺をなんだと思ってんすか……」
はあーっとため息を付きながらナイレンは腰に手を当てた
「…ほら、油断しないで。次来るわよ」
ケラケラと笑っていた彼女だったが、一瞬にしてその笑顔を崩すと後方を見据える
ガタガタと音を立てながら一つ、また一つと『それ』が姿を現す
『それ』に、誰よりも早くユーリとフレンが反応した
片方が気を引き付けると、もう片方が赤い紐のようなものを切り離す
そうして『それ』が崩れ落ちると、直ぐに次へと向かう
ぴったりと息のあった連携にアリシアは少し驚きながら目を向ける
噂には聞いていたがここまでとは…と内心関心しながらも、少し複雑そうに顔を顰めた
「隊長!キリがありません!!」
自分の部下の声に彼女は辺りを見回す
崩れてはまた新しいものが生まれを繰り返しているこの状況は非常にマズイ
これでは体力が減るばかりだ
「ナイレン!ここは俺らに任せて早く先に進め!」
メルゾムのそんな声が離れた場所から聞こえてくる
彼の言う通り先に進むことが今は一番重要だ
「…ナイレン!フェドロック隊を先に行かせろ!」
アリシアはナイレンの傍に駆け寄ると彼の肩を掴んで後ろに下げる
「アリシア副騎士団長…!ですが!!」
「私たちは後から追う!さっさと行け!」
反論しかけたナイレンを彼女は睨みつけるように見て言う
ぐっと彼は出かけていた言葉を飲み込む
「…っ!!フェドロック隊!!先に進むぞ!!」
ナイレンの掛け声にエルヴィンを先頭にして彼らは奥へと進む
アリシアたちを気にしてか振り返って足を止めかけたユーリをフレンが腕を掴んで引き摺るように連れて行くのが、彼女の視界の隅に映る
「…どうか、ご無事で」
ポツリとナイレンは呟くと彼らの後を追った
「はぁ……全く。私はそんなに信用ないか?」
わざとらしくため息を付きながら、自身の後ろに下がって来た部下に彼女は問いかけた
それに彼らは言葉で返さず、ただ苦笑いを零した
「…まあいい。それよりもだ」
目の前に佇む『それ』を何処か楽しげに見つめながら彼女は口角を上げた
「さあ、お前ら。『本業』の見せ所だ」
楽しげであり、少しばかり威圧の籠った声で彼女が言えば、彼らはただ「はっ!」と一声発して『それ』に立ち向かって行った
リベルト隊と分かれたフェドロック隊は、次の場所へと辿り着いていた
細い通路の次はだだっ広い空間
入った途端、円形に造られたその空間の中央に『何か』が形成されていく
レンガで作られるそれは、先程見たものと酷似しているが大きさは比にならない
天井近くまで『それ』は背を伸ばし、足と両腕が造られるとナイレンたちを探すかのように紅い目をキョロキョロと動かす
まともに正面から立ち向かったところで彼らに勝ち目はない
ナイレンは二手に分かれるように合図すると彼はユーリとフレンを含めた数人で左側へ、エルヴィンはヒスカとシャスティルを含めた数人で右側へ『それ』を避けるように分かれて進む
すると『それ』は器用に両腕を別々に動かし始める
右腕はナイレンたちを追いかけるように、左腕はエルヴィンたち目掛けて振り下ろす
ガンッと鈍い音を立てて振り下ろされた腕は、彼らに直撃はしなかったもののその場に彼らは倒れてしまっていた
それに気付いたユーリたちは、『それ』の横をすり抜けて彼らに近く
「痛っ……」
シャスティルが頭を擦りながら起き上がる
それに真っ先にフレンが駆け寄って肩を貸す
「いっつぅ………え…?う、嘘でしょ…っ!?」
シャスティルの隣で起き上がろうとしたヒスカは目を見開いて
その
暴走の合図のそれに彼女は顔を青くする
急いで外そうとするが先程の衝撃で片腕が瓦礫に挟まって抜けない
「いや…っ!!!誰か取ってっ!!!」
悲鳴に近い声で彼女は叫んでその腕を振り回した
慌てて駆け寄ったユーリが
カンッ…と地面に落ちる音と共にそれは爆発した
騒ぐ音に反応したのか、『それ』が徐々に彼らの元に歩み寄って来た
逃げようにもヒスカのように瓦礫に腕や足を挟まれた者が少なからずともいるこの状況で逃げることは叶わない
ならばどうするべきか、今の最善策はと、ナイレンは軽く舌打ちをする
『それ』を倒すことが最善策なのだろうが、弱点の赤い紐のようなものは『それ』の頭上……天井から伸びている
どうやってそこを攻撃すべきか、どうすれば攻撃できるのか
ナイレンがその答えを出す前にエルヴィンが動き出した
「ユーリ!俺がお前を彼処まで上げる!」
彼はそう言って少し離れた場所に立つと手を組んで腰を落とした
一瞬戸惑いを見せたユーリだったが、直ぐに真剣な表情を見せ少し後ろに下がり助走を付けてエルヴィン目掛けて走り出した
彼の近くで思い切り一歩踏み出して組まれた掌の上に片足を乗せると、エルヴィンが勢い良くその足を持ち上げる動きに合わせて蹴り上がる
天井近くまで上がったユーリの体は見事に『それ』の頭の上に降り立った
着地を決めたユーリは休む間もなく剣を振るう
赤い紐のようなものを次から次へと切っていく
全てが切り終われば自身のが立っているその足元が崩れ落ちるというのにも関わらず、怯えたような表情を一切浮かべずにユーリはただひたすらに剣を振るった
やがて全てが切り離されると、ゆっくりと『それ』は崩れ落ちた
「ユーリィ!!!」
離れた場所から、ヒスカの悲痛な声が反響した
土煙に包まれてしまい、彼が無事かどうかが把握出来ない
無事であることを祈るように彼女は両手を胸の前で組んだ
ようやく煙が晴れてくると瓦礫の山の上で黒髪をなびかせて佇むユーリの姿が見えた
ナイレンたちは安堵の息を吐いた
振り返ることは無く、ユーリはただ前をじっと見つめる
そんなユーリの元にナイレンは歩み寄ってその肩に手を置いた
「よくやったな」
「……ああ」
ナイレンの褒め言葉もしっかり聞いているのかわからないような返事をユーリはする
彼の向ける視線の先をナイレンは目で追う
その先には、巨大な
ナイレンたちは息を呑んでそれを見つめる
誰がなんの目的で此処にそんなものを設置したのか、そもそもどんな
唖然としている彼らの後ろからカシャリと音が響き始めた
はっとしたナイレンが振り向くと、涼しい顔をしたアリシアが自身の隊員とメルゾムたちを率いて来ているのが目に映る
「そっちの守備はどうだ、ナイレン」
小首を傾げて言う仕草は何処かあどけなさがあるが、その声色にはそんなものは一切見受けられなかった
声だけ聞いていれば凄んでしまうのではないかと思うくらいに、その声には威厳が滲み出ていた
「…ようやく見つけましたよ、アリシア副騎士団長」
「そうか。…よくやったな、お前たち全員。……そっちも大変だったみたいだな」
瓦礫の山を見て彼女は申し訳なさそうに顔を歪めた
「いいんすよ、このくらい。…それより、アリシア副騎士団長の方は…」
「ん?ああ……手応えがないのも考えものだよな。ちっとも戦った気がしない」
遠慮気味に問いかけたナイレンに彼女は少し詰まらなさそうに頬を膨らませて、手の中で剣の柄をクルリと回した
そういうことを聞きたいわけではないのだが、と思いつつも彼女の周りの隊員を見れば誰一人として肩で息をしている者はいなかった
どの隊員も呆れたような苦笑いを浮かべて自身の隊長であるアリシアをただ見つめていた
「ナイレン隊長、どうかお気になさらないで下さい。いつもの事なので」
気にしていると取られたらしく、一人の隊員が何処か申し訳なさそうに声をかけた
「いつも……?」
少し引き攣った表情でナイレンは問い返す
「隊長は魔物の討伐任務を任された時は、いつも終わるとこんな調子ですよ」
「オマケにお一人で殆どこなしてしまうもので、我々など足でまといですよ」
呆れた様子でそう答える彼らだったが、何処か楽しそうな口調にナイレンは首を傾げる
「一人で殆どやることがあるのは否定しないが、そう言うお前たちも物足りなさそうな顔してるぞ?」
不服そうにジト目で隊員たちを見回しながらアリシアは言う
つまり、言ってしまえばアリシア以外も戦闘そのものを楽しんでいたらしい
それに勘づいたナイレンは大きくため息を吐いた
帝国騎士団の中枢を担う隊の一つがこれかと、頭を悩ませる
まさかシュヴァーン隊もこの調子なのかと疑いを持つくらいには、彼にとって衝撃的な事実だった
「…メルゾム、お前たちは無事か?」
考えても頭を痛めるだけと判断した彼は早々にリベルト隊のことを蚊帳の外に追い出して、旧知の仲とも言えるメルゾムに声をかける
「あぁ。流石騎士様だ。俺らの出番なんてなかったな」
ほんの少し悔しさを滲ませてカラカラと乾いた笑みを浮かべて彼は答えた
弔い合戦のつもりで乗り込んだ彼からすれば、拍子抜けしてしまう出来事だったのだろう
「ギルドの人間とはいえ、私からすれば一般人と大差ない。怪我でもさせて閣下にドヤされるとか想像しただけで嫌気が指す」
大体あの方御自身は動かない癖に……などとブツブツ文句を言いながら彼女はナイレンの方へと歩き始めた
そんなにも閣下が嫌いなのかとナイレンは隠しもせずにため息をついた
瓦礫の山に登った彼女は真っ直ぐに
「…さて、ここが正念場だな」
コロッと声色を変えて彼女は呟く
相変わらず切り替えの早い事でと、心の中で突っ込みを入れながらナイレンは静かに頷いた