第一節 帝国と騎士団
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ー遺跡調査~進軍~ー
ーー翌朝ーー
「本当に行かれるのですか?」
「行かなければ始まらない。…そうでしょう?」
何度目かの言い合いに、呆れた様子でアリシアは腰に手を当てた
フェドロック隊の軍師ガリスタは依然納得いかなさそうに顔を顰めていた
「ですが……」
言いかけて彼は口を噤む
幾ら軍師とは言え、副騎士団長相手に楯突くわけにはいかない
「三小隊置いて行くことを気にしているのか?」
彼女がそう問いかけると、ガリスタはゆっくりと頷いた
昨夜、ナイレン、ガリスタ及びアリシアの三人で会議した際、彼女は自身の隊を街の護衛に当たらせると言った
フェドロック隊を総出撃させることに、ガリスタは不満を持っていた
「もし、遺跡にとんでもない魔物が巣食っていれば、隊が全滅しかねません」
「そうならない為に、私自ら出撃すると言ったろう?それに、連れて行くのは私の隊の精鋭だけだ。フェドロック隊をみすみす魔物の餌になどせん」
ぐっとガリスタは喉を鳴らして言葉を詰まらせた
確かにフェドロック隊を全滅させたことで彼女にはなんの利点もない
挙句、その気ならば自ら赴くわけもない
それでも尚不満らしいガリスタは何か言い返そうとしては、口を開いて言葉を発さずに閉じるを繰り返した
「ガリスタ、心配するな。アリシア副騎士団長はそんな人間じゃねえよ」
カシャリと音を立てながらナイレンは笑いながら歩み寄ってきた
「そちらの準備は整ったかしら?」
「ええ。いつでも出れますよ」
「そう。じゃあ行こうかしら」
漆黒のマントを翻して、彼女は扉の方へと身体を向けた
「それじゃあガリスタ、あと頼んだ」
それに続くようにナイレンも彼に声をかけると扉の方を向いた
「……わかりました、どうかご無事で」
ガリスタがそう言えば、ナイレンは振り返らずに手を振り返した
「アリシア隊長、我々も準備が整いました」
扉を出るとアリシアの小隊の隊長二人が待っていた
「ん、わかったわ。バベルは街で待機。三小隊の指揮は貴方に任せる。私たちの留守中、怪我人一人でも出さないように」
「はっ、心得ております」
彼女の左斜め後ろを歩きながら、茶髪の男性が答える
「デゼルは私と共に遺跡に向かう。遠距離組の指揮は貴方に託す。万が一の場合は、フェドロック隊の援護優先、私と私の隊の近距離組は二の次よ」
「承知致しました」
次いで右斜め後ろを歩いていた青い髪の男性が答える
「ったく、そんなに警戒しなくてもいいんじゃねえっすか?」
その三人の後ろを歩いていたナイレンは苦笑いする
「あら、念には念をいれておくべきだわ。……彼、ちょっと信頼出来ないんだもの」
アリシアがそう返せば、ナイレンは少し表情を強ばらせた
「…黒だと思いますか?」
「さぁ、断定は出来ないけれど、黒よりの灰色ね。……バベル、念の為に結界魔導器 の警護も数増やしておいてね。特に、制御装置付近を重点的に」
「既に遠距離型と近距離型の混合部隊を配置しております。入口にも、何人たりと入れるなと伝言済みです」
彼の答えにアリシアは満足げに微笑んだ
「流石、私が育てただけあるわ。言う前に行動してくれるから効率いいわ。…アレクセイ閣下の隊とは大違い」
ボソリと言った言葉にナイレンは顔を顰める
「幾ら副騎士団長でも、それは言い過ぎじゃないっすか?」
「本人が言ってるのだから問題はないはずよ?実際、親衛隊以外殆ど使いものにならないのが現状なわけだし」
あっけからんと、咎めを恐れる素振りもなく彼女は前を見つめて言う
もう聞き慣れているのか、二人の部下は苦笑いして顔を見合わせていた
確かに副騎士団長は閣下の意志をあまり尊重しないと騎士団内ではかなり噂されていたが、まさかここまでだったとは…と、内心苦笑いを零した
「ほら、そろそろ出口なんだから気を引き締めなさい」
先程までとは打って変わって真剣な声色で彼女は言葉を発する
そこには、若干二十歳には思えないような威厳が混じっていた
詰所の外に出れば、そこにはフェドロック隊とリベルト隊が整列していた
「ナイレン、そっちの号令は任せる」
『隊長』という単語をとって彼女は彼に告げる
彼女が彼を呼び捨てにする時は決まって何かの任務中の時だけだった
「こっちは適当に済ますんで、お気になさらずに」
全く口調を変えずにナイレンは答えると、アリシアは頷いて自身の隊の前に立った
「さて、先程通達した通り、各小隊の精鋭は私と共に遺跡調査に向かう。遠距離組はデゼルの指示に従いなさい。近距離組の指揮は私がとる。残りの者たちはバベルの指示通りに動くこと。間違っても街の警護から抜け出して私たちを追いかけることのないように」
彼女が淡々と事務的な要件を告げると何人かが不服そうな目で彼女を見た
「……何よ」
「副騎士団長…また無茶して大怪我とかはやめてくださいよ…?」
「事後処理とか事務的処理とか、副騎士団長の仕事全部我々に回ってくるんですから…」
一つ二つ不満が上がれば次々と不満が上がってくる
そんな彼らに彼女は腕を組んで項垂れた
「お前らなあ…私の心配よりもそっちが重要なのか?」
「…副騎士団長、どれだけ大怪我しても死なないじゃないですか」
「言っても聞いてくれませんし、心配するだけ無駄じゃないですか」
「……シゾンタニアについた当日に、心配だからと外で待ってた奴らが何言ってんだか…」
「……あの時はああ言いましたが、あれ何処に居ればいいかわからなかっただけです…」
絶対笑われると思ったので言いませんでしたが…とバベルは少し言いずらそうに言った
「………ほーお……?お前ら、私に喧嘩売ってんのか…?」
顔を引き攣らせて、頬をピクピクと痙攣させながら彼女は自身の隊を見回した
しまったと青ざめる者も多かったが、そんなのは後の祭りだ
「……戻って来たらどうなるか……覚えておけよ?」
引き攣った笑顔からは殺意が溢れ出ていた
「………………はぁ…………何してんだか…」
少し離れた位置で様子を見ていたナイレンは盛大にため息をついた
彼女の様子を若干怯えながらフェドロック隊の隊員たちも見ていた
「あれが副騎士団長だって、俺は今でも思いたくねえな…」
「ナイレン隊長…余計に怒らせますよ、それ…」
隣に立ったユルギスは咎め気味に言葉を制した
「……ま、兎も角だ。俺らはこれより遺跡に向かう。道中も危険が潜んでいる可能性は充分ある。ここに戻るまで、決して気を抜くなよ!」
ナイレンはそう言って隊を見回した
任務の内容に若干不安を見せながらも、真剣な眼差しで彼らはナイレンを見つめていた
「…アリシア副騎士団長、こっちは何時でも出発出来ますよー」
「…ん?ああ……すまない。こちらも問題ない」
アリシアがそう言えばフェドロック隊の後ろにつくように彼女の隊の一部が並んだ
「んじゃ、さくっと行きますか」
先程までの怒りはどこへ行ったのか、ニヤリと笑って彼女は合図した
アリシア先頭に詰所の門を潜る
カシャリと音を立てながら彼女たちは街の入り口に近づいていく
「ん?」
その途中で街の住人を見つけた彼女は足を止めた
それに習って後続の者たちも足を止める
「ユーリ」
ナイレンはすぐ傍にいた彼に声をかける
するとユーリは一人の少女の元に歩み寄る
「どうしたんだよ、こんなに朝早く」
「……お兄ちゃんたち、危ないところに行くの?」
不安そうな声で少女はユーリに問いかける
「おいおい、何処でそんなこと聞いたんだよ。大丈夫!兄ちゃん強いの知ってるだろ?」
普段滅多に聞かないような明るい声で彼は言って少女の頭を撫でた
「ん?」
不意に顔を上げたユーリは、街の住人が揃いに揃って不安そうな顔をして集まっていることに気づいた
「……隊長」
ユーリは振り返りながらナイレンを呼ぶ
見ないようにしていたらしい彼はこちらに背を向けていた
「…ナイレン」
アリシアが促すと、彼はため息を一つついて振り返り、彼らに歩み寄った
「ったく、揃いに揃って辛気臭い顔しやがって…。街の方は援軍に来てくれた隊が守ってくれるから心配するなよ。普段通りの生活ができるまで、もう少し辛抱してくれ」
住民を宥めるように彼はそう言うが、依然不安そうな表情は消えなかった
「ほら、もう行くぞ!」
ナイレンはそう言って入り口の方へと歩き始めた
アリシアは大きくため息をついて苦笑いすると、それを追うように歩き始める
再び金属音を鳴らしながらフェドロック・リベルト混合隊は進み始めた
「ナイレンは街の住人から信頼されているんだな」
彼の隣に追いついたアリシアはそう言って彼を見上げた
「よして下さいよ。あんな辺境の街じゃ、忌み嫌ってようが手を取り合わなきゃ生きていけねえだけっすよ」
「それだけの関係なら、ああも心配して集まらんよ。……帝都とは大違いだな」
少し羨ましそうに彼女は目を伏せた
「帝都の方が生活はしやすいんじゃないっすか?」
「確かにそうだが、その分事件も多い。その上、彼処は貴族の住む中心だ。全てが貴族中心に決まってしまう。市民など蚊帳の外扱いだ。…私がどれだけ努力しても、閣下がどれだけ尽力されても、中々変わらないのだよ」
疲れ気味に彼女はため息をつく
実際問題疲れているはずだ
不眠不休で書類を片付けたりそれ以外にもやらねばならない事は山ほどある
それなのに、彼女は休まない
何かの為にひたすら突き進んでいる
「…それにしても、酷いな、これは」
周りを見回しながら彼女は言う
季節外れの紅葉は街のすぐ傍まで来ていた
紅葉だけなら兎も角、一部の木々は枯れかけていた
あまりの惨状にアリシアを含めリベルト隊の多くは眉を顰めた
「…エアルの濃度も高いようだな」
ほんのりと見えだしたそれに、彼女は小さく呟いた
「だいぶ上がって来てるみたいっすね。…少し前まではまだ平気だったんすけどねえ…」
その答えに彼女は不服そうな表情を浮かべてナイレンを見る
「全く、もっと前に報告してくれば良かったものを…」
「いや、だからそれは……すんません」
無言の威圧にナイレンは口を閉ざした
反論すれば殺される…
本能的に彼はそれを感じ取った
暫く森の中を無言で歩いていると、ナイレンは唐突に足を止めた
キョロキョロと辺りを見回すと、頭を後ろに向ける
「ユルギス、ちと魔導器 使ってみ?」
「…は?」
何処か意地悪そうに言ったナイレンにユルギスを含めほぼ全員が首を傾げた
一人事情を知っていたアリシアはやれやれと肩を竦める
促されるままに、彼は魔導器 を起動させようとする
すると、その魔核 が異常な程に赤く光輝く
暴走の合図のそれに、全員が驚いた
慌てる彼にに涼しげな表情でナイレンは歩み寄り術式の書かれた札を魔核 にかざす
術式が発動すると暴走していたのが嘘だったかのように魔核 は落ち着きを取り戻した
「隊長…それは…?」
「魔導器 に過剰なエアルが流れ込まない術式だ。とりあえず人数分は揃えられた。だが、効果時間に限りがある。魔導器 を使うのは本当に必要な時だけにしろよ」
ナイレンはそう言いながら魔導器 を持つ隊員全員にそれを配った
「というか、なんでこのタイミングなのよ」
「先に言っておいて下さいよね」
ヒスカとシャスティルが不服そうに目を吊り上げ、頬を膨らませてナイレンを睨み気味に見つめる
先を歩こうとしていた彼は足を止めると悪戯の成功した子どもの様にニヤリと笑う
「悪ぃ、忘れてた」
全く悪いと思っていない声と口調に、フェドロック隊全員が不満を口にする
「アリシア隊長……まさか…」
デゼルはジト目でアリシアを見る
「あー……悪い悪い、忘れてたわ」
ナイレン同様彼女もニヤリと笑った
当然ながらこちらも不満が次々と上げられた
「……大丈夫か、この二人……」
「……さあ……」
ユーリとフレンはたった二人、そんな彼らを呆れた目で見つめていた
それから数十分、彼らは川沿いに歩いていた
例の遺跡が川の先の湖にあるためにそこを進むのが最短ルートだったのだ
赤みがかった川の水の中には、何かの骨が幾つも散乱していた
「魔物に会わないって思えば、これが原因ね」
水を覗き込みながら、彼女はため息をついた
水自体に毒があるのか、はたまた別の何かがいるのかは定かではないが、あからさまにおかしい事だけは事実だ
「嘘……あたしらも、ああなっちゃうわけ…?」
ネガティブな発言をしたのはヒスカだ
「…あまり川に近寄らずに進みましょう」
アリシアの提案にナイレンは頷くと、隊列を川から少し離す
彼女は半分川を睨みつけながら歩いて行く
甲冑の擦れる音だけが辺りに響く
そうして歩いて行くうちに、水の中で蠢く影をアリシアは横目で見た
「…ナイレン」
悟られないようにと、彼女は小声でナイレンを呼ぶ
彼女の意図を汲んだ彼は頷くとゆっくりと隊が川辺から離れるように誘導する
「っ!アリシア隊長!」
何かの異変に気づいたのか、後方からデゼルが彼女を呼ぶ
「ん…?どう……っ!?!!」
アリシアが振り向くよりも早くにデゼルが彼女を突き飛ばす
「うわっ!!!?!」
それと同時に彼の叫び声と水音が聞こえた
「っ!デゼル!」
素早く立ち上がった彼女は水面を見つめる
一瞬自力で這い上がったデゼルだったが、直ぐに何かに引きずり込まれ、次に上がって来た時には『何か』に纏わり憑かれていた
「フローズンアロー用意!」
アリシアの掛け声と共に遠距離組が前に出る
「デゼルには当てるな!…打て!」
彼女の合図に一斉に水面向かって彼らは矢を放つ
一瞬にして彼の周りの水は氷と化した
それと同時に、誰に言われた訳でもなくユーリとフレンにユルギスたちがデゼルの元に向かった
陸に上げられた彼は咳き込みながら息をする
「デゼル、無事か?」
心配そうにアリシアは彼に駆け寄ってその傍にしゃがんだ
「ゲホッ……このくらい、なんて事ないです。…それよりもアリシア隊長がご無事で何よりです」
辛そうに息を付きながらも彼は安堵した表情を浮かべる
「…すまない、ありがとうな。デゼル」
そう言って彼女は彼の頭にポンっと手を乗せた
「大人しく森の中を進んだ方が良さそうだな」
水面の方に顔を向けながら彼女は呟く
そこには幾つもの水の塊のようなものがうねうねと蠢いていた
「だな。これ以上引きずり込まれるわけには行きませんしね」
ナイレンはそう賛同して隊を森の方へと誘導し始めた
「…立てるか、デゼル」
「……ええ。もう大丈夫です」
差し出されたアリシアの手を取りながら彼はそう言って立ち上がった
「アリシア隊長、あれ!」
一人の隊員が空を指さす
彼女が見上げれば、一匹の鳥が空を飛んでいた
空に向かって腕を伸ばすと、その鳥は急降下して彼女の腕に降り立った
それは、彼女が好んで使う伝書鳩だった
足に付けられた手紙を外せば褒めろと言わんばかりに彼女の肩に乗り直し、彼女の頬にその小さな頭を擦り付けた
軽く彼女が頭を撫でると満足そうに鳴く
広げた手紙に一通り目を通すと、彼女は思い切り顔を顰めた
「……嫌な知らせは直ぐに届くから嫌いだ」
そう言って手紙を懐にしまうと、殴り書きで返事を手短に書き伝書鳩を再び送り出した
「………さて、さっさと証拠を見つけて叩き出さないとな」
余計な仕事を増やしやがって…などと悪態づきながら、彼女たちは先に進んだフェドロック隊を追いかけた
なんの問題もなく森を抜けると、少し遠くの方に古びた遺跡が姿を表した
「…あれが、ね」
じっと見つめながら、彼女は呟いた
あからさまに嫌な雰囲気を漂わせているそれに、若干顔を顰める
「あんまり小難しいこと考えてますと、シワが増えますよ」
トントンと眉間を指さしながらナイレンは言った
「隊長……女性に向かってその発言はどうかと…」
フレンはそう言ってナイレンを見つめる
彼自身は普通に見ているつもりだろうが、傍から見ればどう見ても怒っている
「いいのいいの、気にしないで。…さてナイレン、そちらの隊の編成を頼む。こちらは何時でもいいぞ」
「了解。…ユルギス、分けてくれ」
「はっ!」
ユルギスは言われた通りに隊を再編成していく
「……デゼル、後衛はユルギスの班と合同で遺跡に着くまでの道を前衛の警護と、その後の帰路の確保、頼んだぞ」
「心得ております。…アリシア隊長、どうかご無事で」
恭しく頭を下げながら、彼は強い眼差しで彼女を見つめる
「全く……私を一体、誰だと思っているんだ?」
声色こそ呆れが滲み出ているが、その表情にはそれよりも何処か楽しんでいるような笑みが浮かべられていた
「これでも騎士団のNo.二だぞ?上辺だけじゃなく、腕を含めてな」
自信の含んだ声で言うと、ナイレンの元へ向かって歩いて行く
その後に近距離組が続いた
「準備出来ましたよ。アリシア副騎士団長」
近づいて来た彼女にナイレンは声をかける
「ん、じゃあ行くとするか」
スっと剣を抜きながら彼女は先頭を歩く
そのすぐ傍をナイレンが続き後から他の隊員たちがついてくる
遺跡に続く橋に近づいたところで、ユルギスの編成した後衛班が前に出る
左右の安全確認をしたところで、二人の隊長に頷いて合図を送る
その合図で、少し駆け足気味に橋を渡り始める
ドタドタ、カシャリと駆ける音が辺りに響けば微かに湖の水面がうねうねと揺れ動く
「来るぞ!フローズンアロー用意!!」
ユルギスの掛け声で後衛班が一斉に両サイドの湖に向かってボウガンを向ける
シゾンタニアの森の中で見たランバートたちが囚われていたものと同じ形をした水の塊が、先に行かせんとばかりに襲いかかってくる
それらがこちらにたどり着く前に、後衛班のフローズンアローが水を凍らせていく
だが、走り続けながら追撃するには多少無理がある
「…仕方ない。ここで食い止めるしかあるまい!」
デゼルの掛け声にリベルト隊の後衛班が橋の中央で陣形を組み、そこから彼女らを追いかける水の塊に向かって攻撃を加えて行った
音に敏感だということを事前に聞いていたデゼルは、わざと注意が自分たちの方へ来るようにと大きな音を立てた
「…!!あの馬鹿者…!!」
遺跡側へと渡り切ったアリシアは怒りの篭もった目で彼らを見つめる
が、直ぐに頭を横に振って彼らに背を向けた
「…ユルギス、悪いんだけどあの大馬鹿者の手助けしてやってくれ。自分たちが危険だと感じたらもちろん捨てて置いてくれて構わないが……こんなとこで死にでもしようものなら、冥府だろうが地獄だろうが引っ捕まえに行くとだけ伝えておいてくれ」
「…相変わらず、無茶苦茶なことを仰られますね……」
半ば呆れ気味にため息を付きながらも、彼はわかりましたと言って敬礼した
アリシアはそれに頷くと遺跡の方へと歩き始めた
遺跡の入り口に差し掛かると、今度はアリシアとナイレン以外の隊員が先に中に入って行く
安全を確認しながら進んで行く彼らと違い、アリシアは悠々と軽い足取りで歩いて行く
二階部分であるらしきその空間には階段といくつかの柱だけが立っていた
「…隊長」
橋の傍から下の階を見下ろしていたフレンの傍にナイレンが近づくと、彼は小声で呼びかける
何かとナイレンが彼の視線を辿ると、その先には禍々しい色をしたエアルの流れが見える
「……アリシア副騎士団長、あそこみたいっすね」
「うむ、そうらしいな」
空いている片手を腰に当てて片足に重心を乗せながら彼女もその方向を見つめる
暫く無言で見つめると、そのまま階段を降り始めた
その後を慌てて彼女の隊員が追いかける
反対にゆっくりとした足取りでナイレン隊はそれに続いた
廊下への入り口とも見て取れるその通路の入り口からは、あからさまにおかしな量のエアルが外へ流れ出てきているのが見るだけでわかる
ナイレン隊とリベルト隊が警戒する中、アリシアは一人嬉々としてその中へ向かおうと足を踏み出した
カタンッ………
内部に小さな音が響いた
踏み出そうとしていた足を止め、彼女は振り返る
カンッ…コンッ……カツンッ………コッ……
上の方から聞こえてきていた音はゆっくりと下に向かって来ていた
ユーリたちはあわてて剣を構えて前を見据える
音の正体は小石だったが、あからさまにおかしな動きをしていた
ありえないくらいに飛び跳ね、空中で動きを止めた
「………へぇ、こうゆうこともしてくるんだ」
何処か楽しげにアリシアは呟きニヤリと笑うと、剣先を小石に向けた
じっと相手の出方を待っているとその小石の周りに他の石が集まり始め、大きな岩となって転がり始めた
流石に部が悪いと、ナイレンはアリシアを引きずるようにして先へ続く道へ退避した
一番最後に退避したユーリは間一髪のところで中逃げ込んだ
あの大きさであればここまで来れるわけがない
…などと油断したのが運の尽きだろう
バラバラになったはずのそれらは、再び集まり始める
慌てて更に奥へと逃げ始めるが、その岩はユーリのすぐ後ろまでやって来ていた
「くっそ……!!聞いてねえっての…!!」
そう悪態づきながらただひたすらに走り続ける
先の見えない出口に、もう駄目かとも考えが過ぎる
《我、力、主 、為》
そんな声と共にユーリの視界に薄ら『シャドゥ』の影が映る
なんで今、などと文句を思いつく間もなく、背後に迫っていたはずの気配が消えた
そして、目の前にはようやく出口が見えていた
だが、そんな簡単にましてや急に止まれる訳もなく、勢いのまま出口から飛び出したユーリはその勢いで地面のない場所にまで飛び出しそうになる
間一髪耐えたものの、脆くなっていたらしい足場は意図も簡単に崩れる
地面に向かって落ちかけた彼を傍にいたフレンが慌てて掴む
同じ背格好の男を引き上げるのは至難の技で、引き止めるのが精一杯であった
「おーお、元気なことで」
いつの間にか剣を収めていたアリシアはそう言って笑いながら、もう片方の彼の腕を掴む
「ほらもう少し頑張り?」
隣のフレンを見て言うと、思い切りユーリの腕を引く
彼女は見た目こそ細く華奢な体つきではあるが、剣の実力もはたまた格闘技の実力も名実ともに騎士団トップであるアレクセイに劣らず、それこそ真の実力者は彼女なのでは?と噂される程に強かった
故に、男一人くらい引き上げることなど簡単…とまではいかないが余裕なのだ
「はっ…はっ……は……」
「はぁっ……はっ…………ふー………」
ユーリとフレンは互いに肩で息をしながらお互いを見つめあった
その目線だけでの会話は何を言っているのか誰にもわからない
「相変わらずの馬鹿力ですねえ」
「ん?そうか??むしろお前らが弱いだけだろ?」
あっけからんと当然とも言いたげに彼女は腕を組んで首を傾げた
走ったことにもユーリを引き上げたことにも彼女に対しては軽いウォーミングアップ程度の出来事だったらしい
「……そんなことより、だ」
真剣な眼差しで、彼女は視線をナイレンから背ける
その視線の先には赤く濃度の高いエアルが渦巻く塔が存在していた
「………あれだな」
険しい表情でナイレンもその塔を見つめる
エアルの異常発生の原因のある元に、彼らはついに辿り着いたのだ
ーー翌朝ーー
「本当に行かれるのですか?」
「行かなければ始まらない。…そうでしょう?」
何度目かの言い合いに、呆れた様子でアリシアは腰に手を当てた
フェドロック隊の軍師ガリスタは依然納得いかなさそうに顔を顰めていた
「ですが……」
言いかけて彼は口を噤む
幾ら軍師とは言え、副騎士団長相手に楯突くわけにはいかない
「三小隊置いて行くことを気にしているのか?」
彼女がそう問いかけると、ガリスタはゆっくりと頷いた
昨夜、ナイレン、ガリスタ及びアリシアの三人で会議した際、彼女は自身の隊を街の護衛に当たらせると言った
フェドロック隊を総出撃させることに、ガリスタは不満を持っていた
「もし、遺跡にとんでもない魔物が巣食っていれば、隊が全滅しかねません」
「そうならない為に、私自ら出撃すると言ったろう?それに、連れて行くのは私の隊の精鋭だけだ。フェドロック隊をみすみす魔物の餌になどせん」
ぐっとガリスタは喉を鳴らして言葉を詰まらせた
確かにフェドロック隊を全滅させたことで彼女にはなんの利点もない
挙句、その気ならば自ら赴くわけもない
それでも尚不満らしいガリスタは何か言い返そうとしては、口を開いて言葉を発さずに閉じるを繰り返した
「ガリスタ、心配するな。アリシア副騎士団長はそんな人間じゃねえよ」
カシャリと音を立てながらナイレンは笑いながら歩み寄ってきた
「そちらの準備は整ったかしら?」
「ええ。いつでも出れますよ」
「そう。じゃあ行こうかしら」
漆黒のマントを翻して、彼女は扉の方へと身体を向けた
「それじゃあガリスタ、あと頼んだ」
それに続くようにナイレンも彼に声をかけると扉の方を向いた
「……わかりました、どうかご無事で」
ガリスタがそう言えば、ナイレンは振り返らずに手を振り返した
「アリシア隊長、我々も準備が整いました」
扉を出るとアリシアの小隊の隊長二人が待っていた
「ん、わかったわ。バベルは街で待機。三小隊の指揮は貴方に任せる。私たちの留守中、怪我人一人でも出さないように」
「はっ、心得ております」
彼女の左斜め後ろを歩きながら、茶髪の男性が答える
「デゼルは私と共に遺跡に向かう。遠距離組の指揮は貴方に託す。万が一の場合は、フェドロック隊の援護優先、私と私の隊の近距離組は二の次よ」
「承知致しました」
次いで右斜め後ろを歩いていた青い髪の男性が答える
「ったく、そんなに警戒しなくてもいいんじゃねえっすか?」
その三人の後ろを歩いていたナイレンは苦笑いする
「あら、念には念をいれておくべきだわ。……彼、ちょっと信頼出来ないんだもの」
アリシアがそう返せば、ナイレンは少し表情を強ばらせた
「…黒だと思いますか?」
「さぁ、断定は出来ないけれど、黒よりの灰色ね。……バベル、念の為に
「既に遠距離型と近距離型の混合部隊を配置しております。入口にも、何人たりと入れるなと伝言済みです」
彼の答えにアリシアは満足げに微笑んだ
「流石、私が育てただけあるわ。言う前に行動してくれるから効率いいわ。…アレクセイ閣下の隊とは大違い」
ボソリと言った言葉にナイレンは顔を顰める
「幾ら副騎士団長でも、それは言い過ぎじゃないっすか?」
「本人が言ってるのだから問題はないはずよ?実際、親衛隊以外殆ど使いものにならないのが現状なわけだし」
あっけからんと、咎めを恐れる素振りもなく彼女は前を見つめて言う
もう聞き慣れているのか、二人の部下は苦笑いして顔を見合わせていた
確かに副騎士団長は閣下の意志をあまり尊重しないと騎士団内ではかなり噂されていたが、まさかここまでだったとは…と、内心苦笑いを零した
「ほら、そろそろ出口なんだから気を引き締めなさい」
先程までとは打って変わって真剣な声色で彼女は言葉を発する
そこには、若干二十歳には思えないような威厳が混じっていた
詰所の外に出れば、そこにはフェドロック隊とリベルト隊が整列していた
「ナイレン、そっちの号令は任せる」
『隊長』という単語をとって彼女は彼に告げる
彼女が彼を呼び捨てにする時は決まって何かの任務中の時だけだった
「こっちは適当に済ますんで、お気になさらずに」
全く口調を変えずにナイレンは答えると、アリシアは頷いて自身の隊の前に立った
「さて、先程通達した通り、各小隊の精鋭は私と共に遺跡調査に向かう。遠距離組はデゼルの指示に従いなさい。近距離組の指揮は私がとる。残りの者たちはバベルの指示通りに動くこと。間違っても街の警護から抜け出して私たちを追いかけることのないように」
彼女が淡々と事務的な要件を告げると何人かが不服そうな目で彼女を見た
「……何よ」
「副騎士団長…また無茶して大怪我とかはやめてくださいよ…?」
「事後処理とか事務的処理とか、副騎士団長の仕事全部我々に回ってくるんですから…」
一つ二つ不満が上がれば次々と不満が上がってくる
そんな彼らに彼女は腕を組んで項垂れた
「お前らなあ…私の心配よりもそっちが重要なのか?」
「…副騎士団長、どれだけ大怪我しても死なないじゃないですか」
「言っても聞いてくれませんし、心配するだけ無駄じゃないですか」
「……シゾンタニアについた当日に、心配だからと外で待ってた奴らが何言ってんだか…」
「……あの時はああ言いましたが、あれ何処に居ればいいかわからなかっただけです…」
絶対笑われると思ったので言いませんでしたが…とバベルは少し言いずらそうに言った
「………ほーお……?お前ら、私に喧嘩売ってんのか…?」
顔を引き攣らせて、頬をピクピクと痙攣させながら彼女は自身の隊を見回した
しまったと青ざめる者も多かったが、そんなのは後の祭りだ
「……戻って来たらどうなるか……覚えておけよ?」
引き攣った笑顔からは殺意が溢れ出ていた
「………………はぁ…………何してんだか…」
少し離れた位置で様子を見ていたナイレンは盛大にため息をついた
彼女の様子を若干怯えながらフェドロック隊の隊員たちも見ていた
「あれが副騎士団長だって、俺は今でも思いたくねえな…」
「ナイレン隊長…余計に怒らせますよ、それ…」
隣に立ったユルギスは咎め気味に言葉を制した
「……ま、兎も角だ。俺らはこれより遺跡に向かう。道中も危険が潜んでいる可能性は充分ある。ここに戻るまで、決して気を抜くなよ!」
ナイレンはそう言って隊を見回した
任務の内容に若干不安を見せながらも、真剣な眼差しで彼らはナイレンを見つめていた
「…アリシア副騎士団長、こっちは何時でも出発出来ますよー」
「…ん?ああ……すまない。こちらも問題ない」
アリシアがそう言えばフェドロック隊の後ろにつくように彼女の隊の一部が並んだ
「んじゃ、さくっと行きますか」
先程までの怒りはどこへ行ったのか、ニヤリと笑って彼女は合図した
アリシア先頭に詰所の門を潜る
カシャリと音を立てながら彼女たちは街の入り口に近づいていく
「ん?」
その途中で街の住人を見つけた彼女は足を止めた
それに習って後続の者たちも足を止める
「ユーリ」
ナイレンはすぐ傍にいた彼に声をかける
するとユーリは一人の少女の元に歩み寄る
「どうしたんだよ、こんなに朝早く」
「……お兄ちゃんたち、危ないところに行くの?」
不安そうな声で少女はユーリに問いかける
「おいおい、何処でそんなこと聞いたんだよ。大丈夫!兄ちゃん強いの知ってるだろ?」
普段滅多に聞かないような明るい声で彼は言って少女の頭を撫でた
「ん?」
不意に顔を上げたユーリは、街の住人が揃いに揃って不安そうな顔をして集まっていることに気づいた
「……隊長」
ユーリは振り返りながらナイレンを呼ぶ
見ないようにしていたらしい彼はこちらに背を向けていた
「…ナイレン」
アリシアが促すと、彼はため息を一つついて振り返り、彼らに歩み寄った
「ったく、揃いに揃って辛気臭い顔しやがって…。街の方は援軍に来てくれた隊が守ってくれるから心配するなよ。普段通りの生活ができるまで、もう少し辛抱してくれ」
住民を宥めるように彼はそう言うが、依然不安そうな表情は消えなかった
「ほら、もう行くぞ!」
ナイレンはそう言って入り口の方へと歩き始めた
アリシアは大きくため息をついて苦笑いすると、それを追うように歩き始める
再び金属音を鳴らしながらフェドロック・リベルト混合隊は進み始めた
「ナイレンは街の住人から信頼されているんだな」
彼の隣に追いついたアリシアはそう言って彼を見上げた
「よして下さいよ。あんな辺境の街じゃ、忌み嫌ってようが手を取り合わなきゃ生きていけねえだけっすよ」
「それだけの関係なら、ああも心配して集まらんよ。……帝都とは大違いだな」
少し羨ましそうに彼女は目を伏せた
「帝都の方が生活はしやすいんじゃないっすか?」
「確かにそうだが、その分事件も多い。その上、彼処は貴族の住む中心だ。全てが貴族中心に決まってしまう。市民など蚊帳の外扱いだ。…私がどれだけ努力しても、閣下がどれだけ尽力されても、中々変わらないのだよ」
疲れ気味に彼女はため息をつく
実際問題疲れているはずだ
不眠不休で書類を片付けたりそれ以外にもやらねばならない事は山ほどある
それなのに、彼女は休まない
何かの為にひたすら突き進んでいる
「…それにしても、酷いな、これは」
周りを見回しながら彼女は言う
季節外れの紅葉は街のすぐ傍まで来ていた
紅葉だけなら兎も角、一部の木々は枯れかけていた
あまりの惨状にアリシアを含めリベルト隊の多くは眉を顰めた
「…エアルの濃度も高いようだな」
ほんのりと見えだしたそれに、彼女は小さく呟いた
「だいぶ上がって来てるみたいっすね。…少し前まではまだ平気だったんすけどねえ…」
その答えに彼女は不服そうな表情を浮かべてナイレンを見る
「全く、もっと前に報告してくれば良かったものを…」
「いや、だからそれは……すんません」
無言の威圧にナイレンは口を閉ざした
反論すれば殺される…
本能的に彼はそれを感じ取った
暫く森の中を無言で歩いていると、ナイレンは唐突に足を止めた
キョロキョロと辺りを見回すと、頭を後ろに向ける
「ユルギス、ちと
「…は?」
何処か意地悪そうに言ったナイレンにユルギスを含めほぼ全員が首を傾げた
一人事情を知っていたアリシアはやれやれと肩を竦める
促されるままに、彼は
すると、その
暴走の合図のそれに、全員が驚いた
慌てる彼にに涼しげな表情でナイレンは歩み寄り術式の書かれた札を
術式が発動すると暴走していたのが嘘だったかのように
「隊長…それは…?」
「
ナイレンはそう言いながら
「というか、なんでこのタイミングなのよ」
「先に言っておいて下さいよね」
ヒスカとシャスティルが不服そうに目を吊り上げ、頬を膨らませてナイレンを睨み気味に見つめる
先を歩こうとしていた彼は足を止めると悪戯の成功した子どもの様にニヤリと笑う
「悪ぃ、忘れてた」
全く悪いと思っていない声と口調に、フェドロック隊全員が不満を口にする
「アリシア隊長……まさか…」
デゼルはジト目でアリシアを見る
「あー……悪い悪い、忘れてたわ」
ナイレン同様彼女もニヤリと笑った
当然ながらこちらも不満が次々と上げられた
「……大丈夫か、この二人……」
「……さあ……」
ユーリとフレンはたった二人、そんな彼らを呆れた目で見つめていた
それから数十分、彼らは川沿いに歩いていた
例の遺跡が川の先の湖にあるためにそこを進むのが最短ルートだったのだ
赤みがかった川の水の中には、何かの骨が幾つも散乱していた
「魔物に会わないって思えば、これが原因ね」
水を覗き込みながら、彼女はため息をついた
水自体に毒があるのか、はたまた別の何かがいるのかは定かではないが、あからさまにおかしい事だけは事実だ
「嘘……あたしらも、ああなっちゃうわけ…?」
ネガティブな発言をしたのはヒスカだ
「…あまり川に近寄らずに進みましょう」
アリシアの提案にナイレンは頷くと、隊列を川から少し離す
彼女は半分川を睨みつけながら歩いて行く
甲冑の擦れる音だけが辺りに響く
そうして歩いて行くうちに、水の中で蠢く影をアリシアは横目で見た
「…ナイレン」
悟られないようにと、彼女は小声でナイレンを呼ぶ
彼女の意図を汲んだ彼は頷くとゆっくりと隊が川辺から離れるように誘導する
「っ!アリシア隊長!」
何かの異変に気づいたのか、後方からデゼルが彼女を呼ぶ
「ん…?どう……っ!?!!」
アリシアが振り向くよりも早くにデゼルが彼女を突き飛ばす
「うわっ!!!?!」
それと同時に彼の叫び声と水音が聞こえた
「っ!デゼル!」
素早く立ち上がった彼女は水面を見つめる
一瞬自力で這い上がったデゼルだったが、直ぐに何かに引きずり込まれ、次に上がって来た時には『何か』に纏わり憑かれていた
「フローズンアロー用意!」
アリシアの掛け声と共に遠距離組が前に出る
「デゼルには当てるな!…打て!」
彼女の合図に一斉に水面向かって彼らは矢を放つ
一瞬にして彼の周りの水は氷と化した
それと同時に、誰に言われた訳でもなくユーリとフレンにユルギスたちがデゼルの元に向かった
陸に上げられた彼は咳き込みながら息をする
「デゼル、無事か?」
心配そうにアリシアは彼に駆け寄ってその傍にしゃがんだ
「ゲホッ……このくらい、なんて事ないです。…それよりもアリシア隊長がご無事で何よりです」
辛そうに息を付きながらも彼は安堵した表情を浮かべる
「…すまない、ありがとうな。デゼル」
そう言って彼女は彼の頭にポンっと手を乗せた
「大人しく森の中を進んだ方が良さそうだな」
水面の方に顔を向けながら彼女は呟く
そこには幾つもの水の塊のようなものがうねうねと蠢いていた
「だな。これ以上引きずり込まれるわけには行きませんしね」
ナイレンはそう賛同して隊を森の方へと誘導し始めた
「…立てるか、デゼル」
「……ええ。もう大丈夫です」
差し出されたアリシアの手を取りながら彼はそう言って立ち上がった
「アリシア隊長、あれ!」
一人の隊員が空を指さす
彼女が見上げれば、一匹の鳥が空を飛んでいた
空に向かって腕を伸ばすと、その鳥は急降下して彼女の腕に降り立った
それは、彼女が好んで使う伝書鳩だった
足に付けられた手紙を外せば褒めろと言わんばかりに彼女の肩に乗り直し、彼女の頬にその小さな頭を擦り付けた
軽く彼女が頭を撫でると満足そうに鳴く
広げた手紙に一通り目を通すと、彼女は思い切り顔を顰めた
「……嫌な知らせは直ぐに届くから嫌いだ」
そう言って手紙を懐にしまうと、殴り書きで返事を手短に書き伝書鳩を再び送り出した
「………さて、さっさと証拠を見つけて叩き出さないとな」
余計な仕事を増やしやがって…などと悪態づきながら、彼女たちは先に進んだフェドロック隊を追いかけた
なんの問題もなく森を抜けると、少し遠くの方に古びた遺跡が姿を表した
「…あれが、ね」
じっと見つめながら、彼女は呟いた
あからさまに嫌な雰囲気を漂わせているそれに、若干顔を顰める
「あんまり小難しいこと考えてますと、シワが増えますよ」
トントンと眉間を指さしながらナイレンは言った
「隊長……女性に向かってその発言はどうかと…」
フレンはそう言ってナイレンを見つめる
彼自身は普通に見ているつもりだろうが、傍から見ればどう見ても怒っている
「いいのいいの、気にしないで。…さてナイレン、そちらの隊の編成を頼む。こちらは何時でもいいぞ」
「了解。…ユルギス、分けてくれ」
「はっ!」
ユルギスは言われた通りに隊を再編成していく
「……デゼル、後衛はユルギスの班と合同で遺跡に着くまでの道を前衛の警護と、その後の帰路の確保、頼んだぞ」
「心得ております。…アリシア隊長、どうかご無事で」
恭しく頭を下げながら、彼は強い眼差しで彼女を見つめる
「全く……私を一体、誰だと思っているんだ?」
声色こそ呆れが滲み出ているが、その表情にはそれよりも何処か楽しんでいるような笑みが浮かべられていた
「これでも騎士団のNo.二だぞ?上辺だけじゃなく、腕を含めてな」
自信の含んだ声で言うと、ナイレンの元へ向かって歩いて行く
その後に近距離組が続いた
「準備出来ましたよ。アリシア副騎士団長」
近づいて来た彼女にナイレンは声をかける
「ん、じゃあ行くとするか」
スっと剣を抜きながら彼女は先頭を歩く
そのすぐ傍をナイレンが続き後から他の隊員たちがついてくる
遺跡に続く橋に近づいたところで、ユルギスの編成した後衛班が前に出る
左右の安全確認をしたところで、二人の隊長に頷いて合図を送る
その合図で、少し駆け足気味に橋を渡り始める
ドタドタ、カシャリと駆ける音が辺りに響けば微かに湖の水面がうねうねと揺れ動く
「来るぞ!フローズンアロー用意!!」
ユルギスの掛け声で後衛班が一斉に両サイドの湖に向かってボウガンを向ける
シゾンタニアの森の中で見たランバートたちが囚われていたものと同じ形をした水の塊が、先に行かせんとばかりに襲いかかってくる
それらがこちらにたどり着く前に、後衛班のフローズンアローが水を凍らせていく
だが、走り続けながら追撃するには多少無理がある
「…仕方ない。ここで食い止めるしかあるまい!」
デゼルの掛け声にリベルト隊の後衛班が橋の中央で陣形を組み、そこから彼女らを追いかける水の塊に向かって攻撃を加えて行った
音に敏感だということを事前に聞いていたデゼルは、わざと注意が自分たちの方へ来るようにと大きな音を立てた
「…!!あの馬鹿者…!!」
遺跡側へと渡り切ったアリシアは怒りの篭もった目で彼らを見つめる
が、直ぐに頭を横に振って彼らに背を向けた
「…ユルギス、悪いんだけどあの大馬鹿者の手助けしてやってくれ。自分たちが危険だと感じたらもちろん捨てて置いてくれて構わないが……こんなとこで死にでもしようものなら、冥府だろうが地獄だろうが引っ捕まえに行くとだけ伝えておいてくれ」
「…相変わらず、無茶苦茶なことを仰られますね……」
半ば呆れ気味にため息を付きながらも、彼はわかりましたと言って敬礼した
アリシアはそれに頷くと遺跡の方へと歩き始めた
遺跡の入り口に差し掛かると、今度はアリシアとナイレン以外の隊員が先に中に入って行く
安全を確認しながら進んで行く彼らと違い、アリシアは悠々と軽い足取りで歩いて行く
二階部分であるらしきその空間には階段といくつかの柱だけが立っていた
「…隊長」
橋の傍から下の階を見下ろしていたフレンの傍にナイレンが近づくと、彼は小声で呼びかける
何かとナイレンが彼の視線を辿ると、その先には禍々しい色をしたエアルの流れが見える
「……アリシア副騎士団長、あそこみたいっすね」
「うむ、そうらしいな」
空いている片手を腰に当てて片足に重心を乗せながら彼女もその方向を見つめる
暫く無言で見つめると、そのまま階段を降り始めた
その後を慌てて彼女の隊員が追いかける
反対にゆっくりとした足取りでナイレン隊はそれに続いた
廊下への入り口とも見て取れるその通路の入り口からは、あからさまにおかしな量のエアルが外へ流れ出てきているのが見るだけでわかる
ナイレン隊とリベルト隊が警戒する中、アリシアは一人嬉々としてその中へ向かおうと足を踏み出した
カタンッ………
内部に小さな音が響いた
踏み出そうとしていた足を止め、彼女は振り返る
カンッ…コンッ……カツンッ………コッ……
上の方から聞こえてきていた音はゆっくりと下に向かって来ていた
ユーリたちはあわてて剣を構えて前を見据える
音の正体は小石だったが、あからさまにおかしな動きをしていた
ありえないくらいに飛び跳ね、空中で動きを止めた
「………へぇ、こうゆうこともしてくるんだ」
何処か楽しげにアリシアは呟きニヤリと笑うと、剣先を小石に向けた
じっと相手の出方を待っているとその小石の周りに他の石が集まり始め、大きな岩となって転がり始めた
流石に部が悪いと、ナイレンはアリシアを引きずるようにして先へ続く道へ退避した
一番最後に退避したユーリは間一髪のところで中逃げ込んだ
あの大きさであればここまで来れるわけがない
…などと油断したのが運の尽きだろう
バラバラになったはずのそれらは、再び集まり始める
慌てて更に奥へと逃げ始めるが、その岩はユーリのすぐ後ろまでやって来ていた
「くっそ……!!聞いてねえっての…!!」
そう悪態づきながらただひたすらに走り続ける
先の見えない出口に、もう駄目かとも考えが過ぎる
《我、力、
そんな声と共にユーリの視界に薄ら『シャドゥ』の影が映る
なんで今、などと文句を思いつく間もなく、背後に迫っていたはずの気配が消えた
そして、目の前にはようやく出口が見えていた
だが、そんな簡単にましてや急に止まれる訳もなく、勢いのまま出口から飛び出したユーリはその勢いで地面のない場所にまで飛び出しそうになる
間一髪耐えたものの、脆くなっていたらしい足場は意図も簡単に崩れる
地面に向かって落ちかけた彼を傍にいたフレンが慌てて掴む
同じ背格好の男を引き上げるのは至難の技で、引き止めるのが精一杯であった
「おーお、元気なことで」
いつの間にか剣を収めていたアリシアはそう言って笑いながら、もう片方の彼の腕を掴む
「ほらもう少し頑張り?」
隣のフレンを見て言うと、思い切りユーリの腕を引く
彼女は見た目こそ細く華奢な体つきではあるが、剣の実力もはたまた格闘技の実力も名実ともに騎士団トップであるアレクセイに劣らず、それこそ真の実力者は彼女なのでは?と噂される程に強かった
故に、男一人くらい引き上げることなど簡単…とまではいかないが余裕なのだ
「はっ…はっ……は……」
「はぁっ……はっ…………ふー………」
ユーリとフレンは互いに肩で息をしながらお互いを見つめあった
その目線だけでの会話は何を言っているのか誰にもわからない
「相変わらずの馬鹿力ですねえ」
「ん?そうか??むしろお前らが弱いだけだろ?」
あっけからんと当然とも言いたげに彼女は腕を組んで首を傾げた
走ったことにもユーリを引き上げたことにも彼女に対しては軽いウォーミングアップ程度の出来事だったらしい
「……そんなことより、だ」
真剣な眼差しで、彼女は視線をナイレンから背ける
その視線の先には赤く濃度の高いエアルが渦巻く塔が存在していた
「………あれだな」
険しい表情でナイレンもその塔を見つめる
エアルの異常発生の原因のある元に、彼らはついに辿り着いたのだ