第一節 帝国と騎士団
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ー記憶の断片ー
『ユノー!!』
幼い子どもの声にユーリは目を開けた
視線の先には自身と同じ髪の色と、幼馴染と同じ髪の色の子どもの二人の姿が見えた
『ユノ……何処にいるの……?』
不安そうに紡がれた声は幼馴染の声とよく似ていた
違うのは多少トーンが高いことくらいだろう
『ユノーー!!!もういいだろ!!フレンが泣くから出てきてくれよー!』
半分怒り気味に紡がれた声は自分のそれと酷似していた
フレン同様トーンが高いが、口の悪さや口調は紛れもなく自分のものだ
「(あー、いつものか…)」
半ば諦め気味にユーリはため息をついた
何度も見た事のある光景…これは夢なんだろうが、自分の記憶の一部では、と考えたことも何度かあった
それは、同じタイミングでフレンと同じ夢を見ていたり、夢にしては繊細に思い出すことが出来たからだった
『ふふふ、ユーリ【】にフレン【】、それではいつまで経っても勝てませんよ?』
綺麗な銀色の髪を高い位置で結んだ少女が、近くの木の上から飛び降りて出てくる
その背丈には似合わない剣を腰に付けた彼女の服は何処か騎士を連想させるような形をしていた
『ユノ、たまには手加減してくんない??』
『【】の頼みは極力叶えたいのですが、勝負事は駄目です。お二人のためになりません』
『ちぇっ、ユノはそればっか!【】だって言うなら、もっと優しくしろよー!』
『【】だからこそ厳しくするのです。それに、隠れんぼ如きで手を抜くわけにいかないじゃないですか』
所々聞き取れない箇所に不機嫌そうにユーリは顔を顰める
昔からではあるが、こうも聞き取れないと腹立たしくなるものだ
『ユノは僕らが想像もしないようなところに隠れるんだもん…探しても見つからないし、もうやりたくない』
『ほら、フレン拗ねちまったじゃねーかぁー!どうすんだよー!』
『全く…仕方ないですねえ…』
『ユノ』と呼ばれた少女は二人の傍にゆっくりと歩み寄る
何度も見た事のある全く同じ光景に、どうせここで目が覚めるんだろうなどと彼は思って目を閉じる
だが、いつものような眠気は襲って来なかった
『まぁ、今回はあそこまで追い詰められてしまいましたし、前回よりは進歩していらっしゃいますね。しっかり学習なされていらっしゃるみたいですから、次は負けてしまいそうです』
続いた言葉に驚いてユーリは目を開けた
視界に映るのは『ユノ』が二人の頭を撫でているところだった
壊れ物でも扱うかのような手付きで彼女は二人を撫でる
そして、たった一瞬だけその瞳が見えた
嬉しそうに細められた瞳は、とても綺麗な金色をしていた
『……褒める時くらい敬語抜けよ、バーカ』
嬉しそうに頬を赤らめながらも、不服そうな声色で『ユーリ』は言う
『ユーリ……あんまり文句言わない。ユノだってここまで妥協してくれてるんだから、少しは感謝しないと……』
嬉しそうにしながらも、『フレン』は遠慮気味に『ユーリ』を宥める
『…そうだね。堅苦しいのは疲れちゃったから今日はここまでにしようか。さ、家の中に入ってお茶にしよっか』
先程までの雰囲気とは打って変わって姉が弟を甘やかすように『ユノ』は二人の肩を抱いた
彼女がそう言えば二人は更に嬉しそうに瞳を大きくして笑う
『やった!お茶菓子は何??ケーキ??ケーキ!?』
彼女の左隣でぴょんぴょんと飛び跳ねながら『ユーリ』は言う
甘いものはむかしから好きだったのだということに、ほんの少しだけユーリは苦笑いを零した
『ユーリ、落ち着きなよ。ユノが困ってる』
彼女の右隣では呆れ気味にため息をつきながら『フレン』がジト目で『ユーリ』を見ていた
ワイワイと楽しそうに話しながら帰って行く三人の背を見つめていると、頭痛が襲う
「(『ユノ』のあの後ろ姿………オレ、どっかで………)」
痛みを堪えながら思い出そうとしたユーリの意識は、そのまま闇に飲み込まれていった
「……リ………………ーリ……!!!」
ユーリの浮上してきた意識の中で何か声のようなものが耳に入る
それが煩わしかったのか、元々肩まで掛かっていた布団をバサリと頭まで引き上げる
「…………いい加減起きろ、ユーリ」
「……あ………?なん…………うわっ!?」
寝惚けたまま返事をしようとしたユーリは容赦なくベッドから落とされた
「いってぇ…………」
「全く、非番だからっていつまで寝てるつもりだい?」
飽きれた様子の声に頭を擦りながらユーリが顔を上げると、しかめっ面のフレンが腰に両手を当てて立っていた
「フレン……帰ってたのか……っつーか、今何時だ?」
欠伸を噛み殺しながら彼は問いかける
「もう昼になるよ」
「うげっ……んな時間かよ……」
壁に掛けてある時計を見あげれば、確かに長い針は既に十一を指しかけていた
ゆっくりと立ち上がると大きく伸びをした
「朝起きれないんだから、早く寝ろってあれだけ言ったのに……」
「今回のはオレのせいじゃねえよ……副騎士団長殿の話が長くなったからで……」
ユーリがそう言うと、フレンは目を見開いて唖然と彼を見つめた
「な、なんだよ……?」
「………もう、お会いしたのか……?」
「あ、ああ…お前が帝都に行ってる間に魔物に襲撃されてさ。逃げた魔物をランバートたちが追いかけて行っちまったもんで、連れ戻そうと追いかけたらその……なんっつーかランバートたちが襲い掛かってきてさ……んで、そこを副騎士団長殿が助けてくれたんだわ」
「ランバートたちが……?それで、彼らは……」
彼の説明にフレンは少し寂しげに顔を歪ませた
「心配ねえよ。今は落ち着いてる。なんか、エアルを体内に取り込み過ぎたからとか言ってたかな」
その答えに彼はほっと胸を撫で下ろした
もっと副騎士団長とユーリがどんな話をしたのかを聞きたいフレンが彼に声を掛けようとした時、部屋の扉がノックされた
返事を返す前にその部屋の扉は開けられる
「お、二人共居るな」
扉から顔を出したのはナイレンだった
「隊長、どうしたんすか?部屋にまで来るなんて」
長い黒髪を揺らしながらユーリは首を傾げる
隊長が部屋まで来る程に何かやらかしたような覚えはなかった
それはフレンも同じで、金色の髪を揺らしながら首を傾げる
「用事があんのは俺じゃなくてアリシア隊長だよ。俺は呼んで来てくれって頼まれただけだ」
ナイレンの答えに二人は驚いたように顔を歪めてその場で硬直した
何か副騎士団長自らが話さなくてはいけないような程のことをしでかしてしまったのかと、冷や汗が背を伝う
「安心しとけ、あの人はただ話し相手が欲しいだけだ」
はーっと盛大にため息をつきながらナイレンは硬直した二人を苦笑いして見つめた
「………それは……隊長でも、いいのでは……?」
若干震えた声でフレンは問いかける
「あー…多分駄目だな、あれは……。俺や他の隊員じゃなく、新人と話したいって目してたな…」
至極同情仕切った表情を浮かべて、ナイレンは肩を竦めた
「………………わかり、ました。すぐ行きます…」
「おぅ、頼むわ。下の談話室で待ってて貰ってっから、なるべく早めにな」
フレンの答えを聞くと、彼は手を振って部屋を後にした
なんとも言えない緊張した、張り詰めたような空気だけが部屋に残った
「………とりあえず、行こう、ユーリ」
一語ずつ区切りながらフレンはユーリに声をかけた
「………………ああ……そう、だな…」
未だ動揺を隠せないユーリは大分遅れて反応する
彼の答えにフレンは真っ直ぐに扉に向かった
「………なぁ、フレン、行く前に聞きたいんだけど…」
不意にユーリに呼び止められ、ノブに掛けようとしていた手を止める
「………なんだい?」
「お前……『あれ』見たか?」
彼がそう聞くと少し驚いた表情を一瞬浮かべ、俯いた
「………見た。いつもよりも……長かった」
俯いたまま、はっきりとフレンは答えた
やはり……と、ユーリは少し表情を緩めた
「やっぱ、同時なんだな」
「みたいだね。わざわざ聞いてくるってことは……何か思い出したのか?」
ユーリの方に身体を向け直しながらフレンは問いかける
何か思い出さない限り、夢の話はしないことにしようと随分昔に二人で決めていたからだ
「いや…思い出したって言われりゃ曖昧なんだが………」
気まづそうに頭の後ろを掻きながらほんの数秒口を閉ざす
じっとフレンが答えを待っていると、閉じた唇をゆっくりと開いた
「………………『ユノ』の後ろ姿、つい最近似たような後ろ姿を見た気がすんだ」
先程よりも小さめの声だったのにも関わらず、この言葉は酷く部屋に響いた
大きく目を見開いて、フレンはユーリを見つめる
「………それって………まさか……!」
「まだわかんねぇ……断定は出来ない。……でも、確かに似た姿を見た気がすんだ」
彼らしくない曖昧な答えに、フレンは顎に手を当てた
ここまであやふやな解答は初めてされた
だが、確信の持たないことは口にしない彼が珍しくこんな答えを出すのは、それだけその人物が酷似していたのだろう
そう解釈して、フレンは一度頭を横に振った
「…とりあえず、今は副騎士団長の元に急ごう」
「…だな。これ以上待たせらんねえか」
フレンの意見に賛同して、ユーリは扉の元に歩み寄った
フレン先頭に少し駆け足で談話室へと二人は向かった
談話室の前についた二人は軽く深呼吸をして扉をノックする
「どうぞ」
騎士団内ではあまり聞かない優しげな声色の返答が中から返ってきた
意を決して、二人は扉を押し開けた
「「失礼します」」
ほぼ二人同時に言って部屋の中に入れば、昨夜ユーリが見たのと同じ軽装を身にまとったアリシアがソファーに腰掛けていた
「ごめんね、突然呼び出したりしちゃって。驚いたでしょ?」
下ろされた独特な深紅の髪を揺らしながら、彼女は首を傾げた
「あ……い、いえ!そんなことは…」
わたわたとしながらフレンは答える
「まあ……ちょっと驚きましたけど……」
対するユーリは少しラフな声色で返す
「ユーリ!」と咎めるようなフレンの声が部屋に響く
その声にアリシアはクスリと笑った
「いいのいいの、気にしないでよフレン君。非番の時まで堅苦しいのは疲れるでしょう?…さ、座って座って」
ニコニコと楽しそうに笑いながら、彼女は二人を手招きする
顔を見合わせた二人はおずおずと示された彼女の目の前のソファーに腰を下ろした
「あの、副騎士団長殿もやる事があるのでは……?」
遠慮気味にフレンは彼女に問いかける
「ん?ああ、ナイレン隊長に今日は明日に備えて一切仕事禁止!って言われちゃったからねぇ。珍しく私も非番なのよ」
用意されていたティーカップに紅茶を注ぎながらあっけからんと彼女は答える
何故そんなことを言われたのかと首を傾げるフレンに対し、ユーリは険しい顔をした
「……まさか、昨日の……?」
ユーリの呟きに紅茶を注いでいた手が止まった
ゆっくりとした動作でポットをテーブルに置くと、左腕の袖を少しだけ捲る
昨夜同様巻かれていた包帯にユーリは更に顔を顰め、フレンは驚いた
「それは…!」
「ま、これも理由の一つよねえ。大丈夫だって言ってるのに、彼心配性だから。……まあこれよりも、最近執務室に缶詰めだったって話したからね……」
言わなきゃよかったわ……などと呟きながら袖を戻すと、二人の前にティーカップを差し出した
「砂糖とミルクは置いてあるから、好きに使って?」
先程の会話を気にした様子もなく彼女はニコリと微笑んだ
納得のいかない二人は何度かお互い顔を見合わせ合う
「もう……フェドロック隊は隊長に似てみんな心配性ねえ……。私の隊員なんて、もう気にするだけ無駄だー、みたいな顔するのに」
楽しそうに言いながら彼女は自身の目の前にあったティーカップに口をつけた
それはそれで駄目だろうと思いながら、それ程言っても聞かないのだろうと判断した二人は、諦めて各々砂糖とミルクを手に取った
「…それと、副騎士団長殿じゃなくて、アリシア隊長でいいわ」
ティーカップを戻しながら彼女が言えば、フレンは驚きすぎたらしく角砂糖を落とした
「い、いえ…!流石にそれは…!」
「いーのいーの。副騎士団長って言っても、役柄だけで他の隊長格たちとやる事殆ど変わらないし」
若干多いけど、と言って彼女は笑う
驚いたのはフレンだけであって、昨夜の様子から大分慣れていたユーリはあまり驚いていなかった
「…んじゃお言葉に甘えて…アリシア隊長はなんでオレら二人を呼んだんすか?」
角砂糖を溶かしながらユーリは問いかける
彼の口調に何度か文句を言おうとフレンが口をパクパクと動かしたが、きっとまた「いい」と言われるのだろうと思ったのかその口を閉ざした
「んー、そうねえ……。ナイレン隊長と話すのは大半がお説教になりそうだったし。私の隊員には援軍に来たくせに働かないとかされたら困るわけだし、この間にフェドロック隊員休ませないと、後でバテられても困っちゃうわけだし。かと言って他に話したいって思える程の子は居なかったからかしらね」
「……そーいや、なんか有名なんでしたっけ…オレら」
若干困り気味に言ったユーリに、フレンは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる
間一髪それはなかったが、どうやら気管に入ってしまったらしくゲホゲホと咳き込んだ
「おいおい…大丈夫かよ?」
呆れた目でフレンを見ながらユーリは問いかける
「ゲホッゲホッ……あ、ああ……大丈夫だ……」
胸に手を当てながら、フレンは何度か深呼吸をした
「……それで、有名って……?」
ユーリを見ながらフレンは引きつった顔で問いかけた
「あははっ、ユーリ君がそうだったからもしやとは思ってたけど、やっぱり知らないか」
ユーリが答えるよりも前に、アリシアが笑い出す
ほんのりと頬を赤らめながら、ユーリは紅茶を口にした
「市民選抜の騎士にしては態度も見た目も良すぎんだとよ」
あまり興味なさげに彼はそう口にした
全く身に覚えのないフレンはただただ首を傾げる
「そう……でしょうか…?」
「ん?んー…そうだねえ。ま、珍しくはあるね。剣の成績も二人並んでトップなわけだし、市民選抜にしては非常に貴重だよ」
何処か嬉しそうに言う彼女に、フレンは若干頬が熱くなるような感覚を覚えた
怒りで熱くなるのとはまた違った感覚に軽く頭を振ってティーカップを口に当てた
「まあ、それよりも二人の仲の良さの方が有名になった原因だろうけどね」
若干苦笑いしながらアリシアは肩を竦めた
「「え??」」
キョトンとして二人は同時に首を傾げる
互いに頭がぶつからないように配慮したのか、たまたまなのかはわからないが綺麗に反対方向に傾げられた頭に、アリシアは思わず笑い出す
「はははっ、それだよ、それ。双子何じゃないかってくらいに息ぴったりなところ。…それと、喧嘩しても常にと言っていい程に一緒に行動しているところだね」
彼女にそう言われ二人はようやく理解した
それは帝都にまだ居た時に友人や同期によく言われたことだ
まさかその噂がそんなにも広まっているなど二人は夢にも思っておらず、恥ずかしさで顔を赤く染めた
「べ、別に仲良いとかじゃねえっすよ…!」
「ただの腐れ縁で隣に居るのが当たり前なだけです…!」
「一緒に居ねえと若干落ち着かなかったりしますけども…!」
「断じて仲が良いわけでは……!」
「あー……いや、あのね?それが仲良いって言われる理由よ」
交互に反論する二人を静止してアリシアは困ったように笑いながら言う
うっ……と二人は言葉を詰まらせて俯いた
「仲良い悪いっていうのは本人たちの思い方によると思うけどね、周りから見るとそう見えるってだけの話しさ。噂なんて、二人が必要以上に気にする必要はないよ。……ま、悪くは見えないけど、良いってわけでもないってことにしといてあげる」
ケラケラと笑いながら彼女は二人を見た
完全に彼女に気を遣わせるような形になってしまったことに、フレンは申し訳なさを感じた
「……っと、本題を忘れるとこだった」
ひとしきり笑うと、少し真剣な表情を浮かべた
「ユーリ君さ、なんか聞きたいことあったんでしょ?」
コテンと首を傾げて彼女はユーリを見る
「え?オレっすか?」
自身を指さしながら彼は問い返す
「そ。夜帰る前、なんか聞きたそーな顔してたから」
顔に出てしまっていたことにユーリは内心苦笑いした
まさか気づかれるとは…と思いつつ、さてどう言おうかと考える
率直に「何処かで会ったことがあるか」などと聞けるわけがない
そもそも会ったことがあるにしても何年も昔のことであろうし、自身の記憶がある内なのかもわからない
かと言って折角彼女の方から機会を貰ったのに無下にすることなど到底出来ない
考えに考えて彼は一つの答えに辿り着いた
「……『ユノ』って名前に心当たりねえっすか?」
ユーリの問いかけに一番驚いたのはフレンだった
アリシアは半ば不思議そうに首を傾げる
「『ユノ』?……もしかして、『ユノ・ユベルト』か?」
「…すんません、ファミリーネームの方はわかんねぇんすよ」
申し訳なそうに彼はアリシアに謝る
んーっと唸りながら彼女は手を顎に当てた
「…ユーリ……どういうつもりだい?」ヒソッ
ユーリの耳元でフレンは少し焦り気味に問いかける
「…理由、後にしてくれ」ヒソッ
たった一言そう返すと、彼は彼女の返答を待った
話してくれなさそうな雰囲気を感じ取ったフレンは、不服そうにしながらも彼同様大人しく待つことにした
「……銀髪で金色の瞳の女の子のことか?」
思い出すようにしながら彼女は言葉を発した
「あ…そいつです!」
少し嬉しそうにしながらユーリは答える
一か八か聞いたかいがあったと目を輝かせた
「ふむ……確かに知ってはいるが……彼女がどうかしたのか?」
依然話の内容が掴めないアリシアはユーリを見ながら首を傾げる
「実は……オレら、十五よりも前の記憶、ないんすよ」
その答えに、アリシアは訝しげに顔を顰めた
「……それはまた困ったな」
「ええ……覚えていることは、僕……私たちが幼馴染ということと、名前と年齢…それと、『ユノ』という名前だったんです」
ユーリの言葉にフレンが補足を付け足す
「なるほど。それで彼女を探しているわけか」
彼女がそう聞くと二人は大きく頷いた
二人の答えに彼女は難しそうに顔を歪める
「…………言い難いのだが、彼女は数年前に行方不明になって、まだ見つかっていないのだ」
彼女の答えに二人は目を見開いた
記憶の手掛かりになりそうな人物がまさか行方不明になっているなどとは夢にも思っていなかった
「それは…何年ほど前なんっすか…?」
恐る恐るユーリは問いかける
「確か……四年ほどだったかな」
顎に手を当てながら、思い出すように言った彼女は同時に「あっ」っと声をあげた
「そういやぁ…同じ時期に二人行方不明になったのがいたかな」
「えっ?!」
ガタンッと音を立てながらフレンが勢いよく立ち上がる
「その二人は……っ!?」
相手が副騎士団長だということも忘れたかのように彼は問いかけた
「悪い、その二人の詳しい情報は届いてないんだ。貴族なのはわかっているんだが、その二人が居なくなる前に二人の両親が殺害されていたらしくてな……捜索届けは出されていない上に、生きているかすら危うい」
それは『ユノ・ユベルト』にも言えることだが…と付け足した彼女は、何処か寂しげだった
「そう……ですか……」
ガックリと肩を落としてフレンはソファーに座り直した
ユーリは悔しそうに両手を握り締めて項垂れる
記憶の手掛かりは掴めそうで掴めないことに二人は苛立ちと不安を感じていた
「まあ、『ユノ・ユベルト』の方は案外何処かで生きていてもおかしくないだろうな。彼女は騎士 の家の出だからな」
落ち込んだ二人を励まそうとしたのか、幾分か明るい声で彼女は言った
「騎士 ……?」
「ん?知らないのか?『二人の主 』の話」
少し驚いた表情で彼女は問いかける
「あ、いえ……その話は知っています。確か、光を司る『光の主 』と、影を司る『影の主 』と、その二人を護る『騎士 』のおとぎ話……ですよね…?」
「ははっ、おとぎ話か……。まぁ、そう捉える者の方が多いか」
クスリと笑いながら、彼女は自身のティーカップに紅茶を注ぎ足した
「違うんすか?」
「ああ、違う。多少内容は異なる箇所はあるが、『光の主 』も『影の主 』も『騎士 』も実在する」
ニヤリと彼女は笑って答えた
ゴクリと二人は生唾を飲み込んだ
なんとも言えない、威圧するかのような空気が部屋を漂った
「『光の主 』と『影の主 』は話の通り狙われやすいが故にその一族の存在さえが極秘扱いだ。大抵、偽名を使って過ごしているのが当たり前な故に、誰がそうなのか知っているのは騎士 と極々少数の騎士と評議会議員だけだ。…だが、『騎士 』は違う。彼らの存在は二人の主 が存在することを裏付ける証拠が故に騎士団内では、特に有名だ。評議会に関しては一部のやつなら知っている状態だがな。……まあ、そういう存在が居ることは知っていたとしても、ダミーで紛れていることも少なからずある為に本人を知っているのは少人数だがな」
ティーカップの持ち手に指をかけながら彼女は少し早口で言った
「つまり、だ。隠されてはいるが、実在しているわけだ」
悪戯の成功した子どものような笑みを浮かべて彼女は少し得意げに言った
「あの……ですが、彼女が『騎士 』だったとして……それを、私たちに話して、いいのですか…?」
「ん?まあ、問題ないだろ。別に彼女を捕まえてどうこうするつもりはないだろう?友人かもしれないのであれば尚更な」
至極当然のように言うと、彼女はティーカップの中身を飲み干した
信用し過ぎなのでは、という考えが二人を過ぎったが、それでもおかげで多くのことを得られたのだから気にしないことにした
「にしてもまあ…ますます不思議だな」
カチャリと音を立てて彼女はティーカップを戻す
「何がっすか?」
「君ら二人だよ。ナイレン隊長からの報告によれば、戦闘も息ピッタリにこなすそうじゃないか。…オマケにお互い記憶喪失だと言うのに、よくまあ少し覚えていた記憶だけで傍に居続けられるなと思ってな」
ほんの少し目を細めて、彼女は二人を見る
よく見れば二人は髪の色すらも正反対であった
ここまで話して、性格が正反対なことは気づいていたが、これは双子と言うよりも裏表の方が近い
そう、まるで昔話として受け継がれている『二人の主』のように
「……何故か、ユーリと居ると安心出来るんです」
少し照れくさそうにしながらフレンは答えた
「記憶がなくても、二人で居んのが当たり前だって頭が訴えてくる気がするんっすよ」
彼同様、ユーリもまた照れくさそうに答える
「…やっぱり、本当は仲良いんじゃない?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて彼女頬杖を付いた
二人は一瞬顔を見合わせると、直ぐに恥ずかしそうに反対方向を向く
「……まあ……」
「そうかもしれない、です」
二人の返答にアリシアは満足げに微笑んだ
「そーそ、素直が一番よ?」
ニコニコと微笑む彼女に、二人は騎士でいる内は一生掛かっても勝てないと苦笑いした
「……さて、『ユノ・ユベルト』に関しては何かわかったら秘密で教えてあげる。…ありがとね、私の話に付き合ってくれて」
彼女はそう言って立ち上がった
それに合わせて二人も慌てて立ち上がる
「それじゃ、二人も今日はゆっくり休んでよ。明日には遺跡に乗り込むから、体調万全にしといてね」
「「はい!」」
律儀に二人は敬礼すると、並んで談話室を後にした
一人残った部屋で彼女は難しそうに顔を歪める
「………思ったより早いわね」
誰に言うわけでもなくそう呟きながら、彼女は腰を下ろして足と腕を組んだ
「……ユノ・ユベルト…………」
先程出た名をゆっくりと口にしながら、何かを思い出すように彼女は目を閉じた
パタリと部屋の扉を閉めると、フレンはユーリを見た
「それで、さっきのことだけど…」
彼がそう口にすれば、少し気だるそうにユーリは口を開く
「……アリシア隊長の後ろ姿、夢の中の『ユノ』によく似てたんだよ」
ぶっきらぼうに答えると、フレンは訝しげに顔を顰めた
「アリシア隊長の髪は深紅じゃないか。それに瞳だって」
「わーってる。あの人はオッドアイってやつだ。『ユノ』とは違う」
「じゃあなんで?」
「…雰囲気、としか言えねえ。アリシア隊長がオレを庇ってくれた時の後ろ姿と、『ユノ』の夢ん中で去っていく後ろ姿が似たような雰囲気してたんだよ」
その答えにますますフレンは顔を顰める
「……本当にそれだけか?」
彼の問いかけに、ユーリは口を閉ざした
顎に手を当てて少し悩むと、ゆっくりと口を開いた
「………オレらが目を覚ました時に聞こえた声、あっただろ?昨日の夜、アリシア隊長がオレを庇ってランバートに噛み付かれた後に、オレに『大丈夫』って言った時の言い方、すっげぇ似てた」
彼の解答に顰めていた顔がゆっくりと驚きに変わっていった
下町で二人が目を醒ます前に聞こえてきた声
それは、その一度きりだったが、酷く耳に残って離れないものの一つだった
「……同一人物じゃなくても、何かしらの繋がりがある。そう言いたいのか?」
「あくまでも可能性の話だけどな。…けど、可能性の割りには酷似しているところが多い。それに、あの人は秘密事項だっていう二人の主 と騎士 の話を知っていた。隊長の話じゃ副騎士団長に就任したのは一年前だっていうし、幾ら実力派エリートでも一年やそこらじゃそんな情報流石に教えてもらえねえだろ」
「それは……確かに…」
顎に手を当てながらフレンは項垂れた
ユーリの言っていることはどれも推測だが、それでも納得出来るものがあった
「……気になるけど、今は明日に備えないと……」
ゆっくりと顔を上げたフレンは真剣な顔でそう言った
「………だな、何が待ってるかわかんねえし……。オレ、ちょっとラピードんとこ行ってくるわ」
ユーリはそう言って部屋を後にした
一人残されたフレンは自身のベッドの上に崩れ落ちるように座り込んだ
静まり返った部屋が異常な程に静か過ぎる
軽く目を閉じて再び開くと目の前には、黄緑から毛先にかけて青に変化している髪を持った女性と、二つの頭を持った金色の体毛に覆われた鳥が見えた
「(………また、だ)」
大きくため息をついてフレンは起き上がる
《アスカ、気づくかしら?》
《どちらでもいいだろう。まだ早い》
《でも、そろそろ腕が鈍ってしまうわ》
《落ち着け。思い出せないのだから、そんな無理を言うな》
二人はフレンには目もくれずに言い合いを始めた
この光景を見るのは一度や二度じゃなかった
初めのうちこそ、周りに相談していたものの、これが見えるのは自分とユーリだけだと知って以来、話すことを止めていた
二人で話し合ったところで何かわかるわけでもなければ、これらが好意的な存在なのか敵意を持って近づいて来ているのかすらわからない
考えるだけ無駄だと判断した彼らは極力無視を貫いていた
《やっぱり騎士 様先に探しましょう?》
特徴的な髪を持った女性の声に一瞬フレンの肩が跳ねた
先程聞いたばかりの単語に多少の驚きを見せる
《あの方にはオリジン殿がついている。我らは先に残りの六体を探すべきだ》
《彼らのことだからそのうちひょっこり帰って来るわ。だって、主 様の元に帰るのは当然の行為だもの》
ドクリとフレンの心臓が跳ねる
一体何のことを言っているのだと言いたくもなったが、ここで話しかければ今まで無視し続けていたことが無意味になる
無視を貫き通そうとするが、ドクドクと心臓が跳ねる
「(……確か、騎士 の『ユノ』が居なくなったのが四年前……それと同じタイミングで居なくなったのが二人…。あの昔話では二人の主 は表裏一体で、互いに昼と夜を守り世界に光と影、それ以外にも沢山の加護をもたらした。光の主 には五体、影の主 には四体の世界を象る元素を司る者がついていたはずだ。……もし、今見えているのが『それ』だとしたら……」
そこまで考えてフレンはその考えを追いやるように頭を振った
先程の話と『二人の主 』の話、それに自分たちの置かれた状況を整理すれば自然とその答えが出てきた
だが、幾ら状況が合致するとはいえ、信じ難いのも事実だ
何故ならそれは、自分たちが『貴族』だということになってしまうからだ
忌み嫌う彼らと同じ立場など、フレンは信じたくもなければ想像も出来なかった
「(………ユーリのところにでも行こう)」
一人では嫌な事しか想像が出来ない
そう判断したフレンは立ち上がって部屋を後にした
「……………」
《…主 、我、此処》
ラピードの背を撫でながらユーリは聞こえてきた声に無視を決め込んでいた
フレンのところのとは違い、こちらは接続詞がまるでない
意味を理解するのにも苦労するが、それ依然に話しかけてくるなと心の中で悪態づくくらいには苛立っていた
「ユーリ」
そんな彼の元に、ひょっこりとフレンが顔を出した
彼の傍に居る影に一瞬顔を顰めるが、特に気にした様子もなく彼の傍に腰を下ろした
「……なんだよ、フレン」
全く苛立ちを隠さない返答にフレンは内心苦笑いした
《シャドゥ!あなたの意見を聞かせなさいっ!》
フレンが口を開くよりも前に甲高い声が響き、ユーリも一瞬顔を顰めた
《…我、主 、優先》
《もうっ!騎士 様なしにどうするのよっ!他の子たちも居ないのにっ!》
怒りの混じった声で女性は影を睨む
《ルナ、いい加減にしろ。あの方は大丈夫だと何度言えば気が済む?探したいのであれば他の六体にしろ》
次いで金色の体毛の鳥が呆れ気味にその女性に声をかける
二人は聞こえてきた声たちに大きくため息をついた
黙れと言えればいいのだが、それを言ってしまえば彼らの存在を認めたことになってしまう
存在そのものを認めたくないが故に無視を決め込んでいるのだから、そういう訳にはいかない
「えっと……ランバートはここに居ないのかい?」
「ああ……ランバートなら隊長たちのとこだよ。まだ体内のエアルの量が多いらしくてさ、当分はこっち戻って来られねえんだと」
「クゥーン……」
ユーリの言葉にラピードは寂しげに鳴いた
人の言葉を理解しているのかはわからないが、恐らく当分はランバートと居られないことは理解しているのだろう
《もう……お二人も気づいて下さらないし、どーするのよぉ……》
さめざめとついに女性が泣き出した
《だから、何度もまだ早いと言っておる》
《我、主 、守護。……故、捜索、不可》
《…お前はもう黙るといい》
金色の体毛の鳥がそう言えば、影は姿をくらませた
《………もういいわ、わたくし一人でも探しますわっ!》
泣いていたはずの女性はそう叫ぶとその姿をくらませる
ようやく静かになったとユーリとフレンは心の中で安堵した
《…………さて、聞こえていることも見えていることも、我は知っておりますよ。我らが主 様方》
そう声をかけられ、二人の肩が同時に跳ねた
恐る恐る声の主を見る
《あの二体が居るところで言えば更に煩さが増す恐れがあった故、こうして居なくなったところでお声をかけさせていただいた。…あぁ、返答は無理にして頂かなくても結構です》
丁寧に紡がれていく言葉に二人は困惑する
それは、先程のフレンの仮説を肯定しているのと同じだった
《我が名はアスカ。先程の煩いのが『ルナ』、黒いのが『シャドゥ』と覚えてくださいませ》
何処かで聞いた事のあるような名に二人は顔を見合わせる
《……我らがあなた方に認識されているのがわかっただけでも今は成果であります。故に、本日は引き下がらせて頂きます。…次にお会いした暁にはお話させて頂けることを期待しております》
アスカと名乗った鳥は言いたいことだけ言うと姿をくらませた
後に残されたのは唖然とした二人だった
「……なあ、フレン」
沈黙を破ったのはユーリだった
「……なんだい?」
「もしかして、さ……オレらって……」
半分確信を持ったような目で彼はフレンを見つめた
その頭の中には、フレンと同じ考えが過ぎっていた
「………出来れば、否定したいけど………」
そう言って俯いたフレンに自分と同意見なのだとユーリは確信した
「けど、だとしてだ。…なんでその記憶がねえんだ?」
「…あの昔話と照らし合わせれば、狙われる可能性は幾つだって考えられる。……仮にだ、僕らがそうだったとして……同時期に騎士 が姿をくらませた、ということは……」
「騎士 でも護りきれない状況になって、悪用されねえように記憶を消してそいつらの手の届かなく助けて貰えそうな場所に預けた」
「………はぁ………ここまで状況証拠が揃ってると、嫌でもそんな気になってしまうね」
顔を上げたフレンは苦笑いしながらユーリを見る
「だな……普通なら信じらんねえだろうが……あの夢見て話聞いた後だと、尚更な…」
フレン同様苦笑いしながらユーリは見返した
なんの事かと首を傾げながら不思議そうにラピードは二人を見た
「……さ、ユーリ、今日は色々あったし、もう部屋で休もう」
「……そうすっか」
ラピードを下ろすとユーリは立ち上がって伸びをした
フレンも立ち上がると、二人肩を並べて帰路についた
『ユノー!!』
幼い子どもの声にユーリは目を開けた
視線の先には自身と同じ髪の色と、幼馴染と同じ髪の色の子どもの二人の姿が見えた
『ユノ……何処にいるの……?』
不安そうに紡がれた声は幼馴染の声とよく似ていた
違うのは多少トーンが高いことくらいだろう
『ユノーー!!!もういいだろ!!フレンが泣くから出てきてくれよー!』
半分怒り気味に紡がれた声は自分のそれと酷似していた
フレン同様トーンが高いが、口の悪さや口調は紛れもなく自分のものだ
「(あー、いつものか…)」
半ば諦め気味にユーリはため息をついた
何度も見た事のある光景…これは夢なんだろうが、自分の記憶の一部では、と考えたことも何度かあった
それは、同じタイミングでフレンと同じ夢を見ていたり、夢にしては繊細に思い出すことが出来たからだった
『ふふふ、ユーリ【】にフレン【】、それではいつまで経っても勝てませんよ?』
綺麗な銀色の髪を高い位置で結んだ少女が、近くの木の上から飛び降りて出てくる
その背丈には似合わない剣を腰に付けた彼女の服は何処か騎士を連想させるような形をしていた
『ユノ、たまには手加減してくんない??』
『【】の頼みは極力叶えたいのですが、勝負事は駄目です。お二人のためになりません』
『ちぇっ、ユノはそればっか!【】だって言うなら、もっと優しくしろよー!』
『【】だからこそ厳しくするのです。それに、隠れんぼ如きで手を抜くわけにいかないじゃないですか』
所々聞き取れない箇所に不機嫌そうにユーリは顔を顰める
昔からではあるが、こうも聞き取れないと腹立たしくなるものだ
『ユノは僕らが想像もしないようなところに隠れるんだもん…探しても見つからないし、もうやりたくない』
『ほら、フレン拗ねちまったじゃねーかぁー!どうすんだよー!』
『全く…仕方ないですねえ…』
『ユノ』と呼ばれた少女は二人の傍にゆっくりと歩み寄る
何度も見た事のある全く同じ光景に、どうせここで目が覚めるんだろうなどと彼は思って目を閉じる
だが、いつものような眠気は襲って来なかった
『まぁ、今回はあそこまで追い詰められてしまいましたし、前回よりは進歩していらっしゃいますね。しっかり学習なされていらっしゃるみたいですから、次は負けてしまいそうです』
続いた言葉に驚いてユーリは目を開けた
視界に映るのは『ユノ』が二人の頭を撫でているところだった
壊れ物でも扱うかのような手付きで彼女は二人を撫でる
そして、たった一瞬だけその瞳が見えた
嬉しそうに細められた瞳は、とても綺麗な金色をしていた
『……褒める時くらい敬語抜けよ、バーカ』
嬉しそうに頬を赤らめながらも、不服そうな声色で『ユーリ』は言う
『ユーリ……あんまり文句言わない。ユノだってここまで妥協してくれてるんだから、少しは感謝しないと……』
嬉しそうにしながらも、『フレン』は遠慮気味に『ユーリ』を宥める
『…そうだね。堅苦しいのは疲れちゃったから今日はここまでにしようか。さ、家の中に入ってお茶にしよっか』
先程までの雰囲気とは打って変わって姉が弟を甘やかすように『ユノ』は二人の肩を抱いた
彼女がそう言えば二人は更に嬉しそうに瞳を大きくして笑う
『やった!お茶菓子は何??ケーキ??ケーキ!?』
彼女の左隣でぴょんぴょんと飛び跳ねながら『ユーリ』は言う
甘いものはむかしから好きだったのだということに、ほんの少しだけユーリは苦笑いを零した
『ユーリ、落ち着きなよ。ユノが困ってる』
彼女の右隣では呆れ気味にため息をつきながら『フレン』がジト目で『ユーリ』を見ていた
ワイワイと楽しそうに話しながら帰って行く三人の背を見つめていると、頭痛が襲う
「(『ユノ』のあの後ろ姿………オレ、どっかで………)」
痛みを堪えながら思い出そうとしたユーリの意識は、そのまま闇に飲み込まれていった
「……リ………………ーリ……!!!」
ユーリの浮上してきた意識の中で何か声のようなものが耳に入る
それが煩わしかったのか、元々肩まで掛かっていた布団をバサリと頭まで引き上げる
「…………いい加減起きろ、ユーリ」
「……あ………?なん…………うわっ!?」
寝惚けたまま返事をしようとしたユーリは容赦なくベッドから落とされた
「いってぇ…………」
「全く、非番だからっていつまで寝てるつもりだい?」
飽きれた様子の声に頭を擦りながらユーリが顔を上げると、しかめっ面のフレンが腰に両手を当てて立っていた
「フレン……帰ってたのか……っつーか、今何時だ?」
欠伸を噛み殺しながら彼は問いかける
「もう昼になるよ」
「うげっ……んな時間かよ……」
壁に掛けてある時計を見あげれば、確かに長い針は既に十一を指しかけていた
ゆっくりと立ち上がると大きく伸びをした
「朝起きれないんだから、早く寝ろってあれだけ言ったのに……」
「今回のはオレのせいじゃねえよ……副騎士団長殿の話が長くなったからで……」
ユーリがそう言うと、フレンは目を見開いて唖然と彼を見つめた
「な、なんだよ……?」
「………もう、お会いしたのか……?」
「あ、ああ…お前が帝都に行ってる間に魔物に襲撃されてさ。逃げた魔物をランバートたちが追いかけて行っちまったもんで、連れ戻そうと追いかけたらその……なんっつーかランバートたちが襲い掛かってきてさ……んで、そこを副騎士団長殿が助けてくれたんだわ」
「ランバートたちが……?それで、彼らは……」
彼の説明にフレンは少し寂しげに顔を歪ませた
「心配ねえよ。今は落ち着いてる。なんか、エアルを体内に取り込み過ぎたからとか言ってたかな」
その答えに彼はほっと胸を撫で下ろした
もっと副騎士団長とユーリがどんな話をしたのかを聞きたいフレンが彼に声を掛けようとした時、部屋の扉がノックされた
返事を返す前にその部屋の扉は開けられる
「お、二人共居るな」
扉から顔を出したのはナイレンだった
「隊長、どうしたんすか?部屋にまで来るなんて」
長い黒髪を揺らしながらユーリは首を傾げる
隊長が部屋まで来る程に何かやらかしたような覚えはなかった
それはフレンも同じで、金色の髪を揺らしながら首を傾げる
「用事があんのは俺じゃなくてアリシア隊長だよ。俺は呼んで来てくれって頼まれただけだ」
ナイレンの答えに二人は驚いたように顔を歪めてその場で硬直した
何か副騎士団長自らが話さなくてはいけないような程のことをしでかしてしまったのかと、冷や汗が背を伝う
「安心しとけ、あの人はただ話し相手が欲しいだけだ」
はーっと盛大にため息をつきながらナイレンは硬直した二人を苦笑いして見つめた
「………それは……隊長でも、いいのでは……?」
若干震えた声でフレンは問いかける
「あー…多分駄目だな、あれは……。俺や他の隊員じゃなく、新人と話したいって目してたな…」
至極同情仕切った表情を浮かべて、ナイレンは肩を竦めた
「………………わかり、ました。すぐ行きます…」
「おぅ、頼むわ。下の談話室で待ってて貰ってっから、なるべく早めにな」
フレンの答えを聞くと、彼は手を振って部屋を後にした
なんとも言えない緊張した、張り詰めたような空気だけが部屋に残った
「………とりあえず、行こう、ユーリ」
一語ずつ区切りながらフレンはユーリに声をかけた
「………………ああ……そう、だな…」
未だ動揺を隠せないユーリは大分遅れて反応する
彼の答えにフレンは真っ直ぐに扉に向かった
「………なぁ、フレン、行く前に聞きたいんだけど…」
不意にユーリに呼び止められ、ノブに掛けようとしていた手を止める
「………なんだい?」
「お前……『あれ』見たか?」
彼がそう聞くと少し驚いた表情を一瞬浮かべ、俯いた
「………見た。いつもよりも……長かった」
俯いたまま、はっきりとフレンは答えた
やはり……と、ユーリは少し表情を緩めた
「やっぱ、同時なんだな」
「みたいだね。わざわざ聞いてくるってことは……何か思い出したのか?」
ユーリの方に身体を向け直しながらフレンは問いかける
何か思い出さない限り、夢の話はしないことにしようと随分昔に二人で決めていたからだ
「いや…思い出したって言われりゃ曖昧なんだが………」
気まづそうに頭の後ろを掻きながらほんの数秒口を閉ざす
じっとフレンが答えを待っていると、閉じた唇をゆっくりと開いた
「………………『ユノ』の後ろ姿、つい最近似たような後ろ姿を見た気がすんだ」
先程よりも小さめの声だったのにも関わらず、この言葉は酷く部屋に響いた
大きく目を見開いて、フレンはユーリを見つめる
「………それって………まさか……!」
「まだわかんねぇ……断定は出来ない。……でも、確かに似た姿を見た気がすんだ」
彼らしくない曖昧な答えに、フレンは顎に手を当てた
ここまであやふやな解答は初めてされた
だが、確信の持たないことは口にしない彼が珍しくこんな答えを出すのは、それだけその人物が酷似していたのだろう
そう解釈して、フレンは一度頭を横に振った
「…とりあえず、今は副騎士団長の元に急ごう」
「…だな。これ以上待たせらんねえか」
フレンの意見に賛同して、ユーリは扉の元に歩み寄った
フレン先頭に少し駆け足で談話室へと二人は向かった
談話室の前についた二人は軽く深呼吸をして扉をノックする
「どうぞ」
騎士団内ではあまり聞かない優しげな声色の返答が中から返ってきた
意を決して、二人は扉を押し開けた
「「失礼します」」
ほぼ二人同時に言って部屋の中に入れば、昨夜ユーリが見たのと同じ軽装を身にまとったアリシアがソファーに腰掛けていた
「ごめんね、突然呼び出したりしちゃって。驚いたでしょ?」
下ろされた独特な深紅の髪を揺らしながら、彼女は首を傾げた
「あ……い、いえ!そんなことは…」
わたわたとしながらフレンは答える
「まあ……ちょっと驚きましたけど……」
対するユーリは少しラフな声色で返す
「ユーリ!」と咎めるようなフレンの声が部屋に響く
その声にアリシアはクスリと笑った
「いいのいいの、気にしないでよフレン君。非番の時まで堅苦しいのは疲れるでしょう?…さ、座って座って」
ニコニコと楽しそうに笑いながら、彼女は二人を手招きする
顔を見合わせた二人はおずおずと示された彼女の目の前のソファーに腰を下ろした
「あの、副騎士団長殿もやる事があるのでは……?」
遠慮気味にフレンは彼女に問いかける
「ん?ああ、ナイレン隊長に今日は明日に備えて一切仕事禁止!って言われちゃったからねぇ。珍しく私も非番なのよ」
用意されていたティーカップに紅茶を注ぎながらあっけからんと彼女は答える
何故そんなことを言われたのかと首を傾げるフレンに対し、ユーリは険しい顔をした
「……まさか、昨日の……?」
ユーリの呟きに紅茶を注いでいた手が止まった
ゆっくりとした動作でポットをテーブルに置くと、左腕の袖を少しだけ捲る
昨夜同様巻かれていた包帯にユーリは更に顔を顰め、フレンは驚いた
「それは…!」
「ま、これも理由の一つよねえ。大丈夫だって言ってるのに、彼心配性だから。……まあこれよりも、最近執務室に缶詰めだったって話したからね……」
言わなきゃよかったわ……などと呟きながら袖を戻すと、二人の前にティーカップを差し出した
「砂糖とミルクは置いてあるから、好きに使って?」
先程の会話を気にした様子もなく彼女はニコリと微笑んだ
納得のいかない二人は何度かお互い顔を見合わせ合う
「もう……フェドロック隊は隊長に似てみんな心配性ねえ……。私の隊員なんて、もう気にするだけ無駄だー、みたいな顔するのに」
楽しそうに言いながら彼女は自身の目の前にあったティーカップに口をつけた
それはそれで駄目だろうと思いながら、それ程言っても聞かないのだろうと判断した二人は、諦めて各々砂糖とミルクを手に取った
「…それと、副騎士団長殿じゃなくて、アリシア隊長でいいわ」
ティーカップを戻しながら彼女が言えば、フレンは驚きすぎたらしく角砂糖を落とした
「い、いえ…!流石にそれは…!」
「いーのいーの。副騎士団長って言っても、役柄だけで他の隊長格たちとやる事殆ど変わらないし」
若干多いけど、と言って彼女は笑う
驚いたのはフレンだけであって、昨夜の様子から大分慣れていたユーリはあまり驚いていなかった
「…んじゃお言葉に甘えて…アリシア隊長はなんでオレら二人を呼んだんすか?」
角砂糖を溶かしながらユーリは問いかける
彼の口調に何度か文句を言おうとフレンが口をパクパクと動かしたが、きっとまた「いい」と言われるのだろうと思ったのかその口を閉ざした
「んー、そうねえ……。ナイレン隊長と話すのは大半がお説教になりそうだったし。私の隊員には援軍に来たくせに働かないとかされたら困るわけだし、この間にフェドロック隊員休ませないと、後でバテられても困っちゃうわけだし。かと言って他に話したいって思える程の子は居なかったからかしらね」
「……そーいや、なんか有名なんでしたっけ…オレら」
若干困り気味に言ったユーリに、フレンは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる
間一髪それはなかったが、どうやら気管に入ってしまったらしくゲホゲホと咳き込んだ
「おいおい…大丈夫かよ?」
呆れた目でフレンを見ながらユーリは問いかける
「ゲホッゲホッ……あ、ああ……大丈夫だ……」
胸に手を当てながら、フレンは何度か深呼吸をした
「……それで、有名って……?」
ユーリを見ながらフレンは引きつった顔で問いかけた
「あははっ、ユーリ君がそうだったからもしやとは思ってたけど、やっぱり知らないか」
ユーリが答えるよりも前に、アリシアが笑い出す
ほんのりと頬を赤らめながら、ユーリは紅茶を口にした
「市民選抜の騎士にしては態度も見た目も良すぎんだとよ」
あまり興味なさげに彼はそう口にした
全く身に覚えのないフレンはただただ首を傾げる
「そう……でしょうか…?」
「ん?んー…そうだねえ。ま、珍しくはあるね。剣の成績も二人並んでトップなわけだし、市民選抜にしては非常に貴重だよ」
何処か嬉しそうに言う彼女に、フレンは若干頬が熱くなるような感覚を覚えた
怒りで熱くなるのとはまた違った感覚に軽く頭を振ってティーカップを口に当てた
「まあ、それよりも二人の仲の良さの方が有名になった原因だろうけどね」
若干苦笑いしながらアリシアは肩を竦めた
「「え??」」
キョトンとして二人は同時に首を傾げる
互いに頭がぶつからないように配慮したのか、たまたまなのかはわからないが綺麗に反対方向に傾げられた頭に、アリシアは思わず笑い出す
「はははっ、それだよ、それ。双子何じゃないかってくらいに息ぴったりなところ。…それと、喧嘩しても常にと言っていい程に一緒に行動しているところだね」
彼女にそう言われ二人はようやく理解した
それは帝都にまだ居た時に友人や同期によく言われたことだ
まさかその噂がそんなにも広まっているなど二人は夢にも思っておらず、恥ずかしさで顔を赤く染めた
「べ、別に仲良いとかじゃねえっすよ…!」
「ただの腐れ縁で隣に居るのが当たり前なだけです…!」
「一緒に居ねえと若干落ち着かなかったりしますけども…!」
「断じて仲が良いわけでは……!」
「あー……いや、あのね?それが仲良いって言われる理由よ」
交互に反論する二人を静止してアリシアは困ったように笑いながら言う
うっ……と二人は言葉を詰まらせて俯いた
「仲良い悪いっていうのは本人たちの思い方によると思うけどね、周りから見るとそう見えるってだけの話しさ。噂なんて、二人が必要以上に気にする必要はないよ。……ま、悪くは見えないけど、良いってわけでもないってことにしといてあげる」
ケラケラと笑いながら彼女は二人を見た
完全に彼女に気を遣わせるような形になってしまったことに、フレンは申し訳なさを感じた
「……っと、本題を忘れるとこだった」
ひとしきり笑うと、少し真剣な表情を浮かべた
「ユーリ君さ、なんか聞きたいことあったんでしょ?」
コテンと首を傾げて彼女はユーリを見る
「え?オレっすか?」
自身を指さしながら彼は問い返す
「そ。夜帰る前、なんか聞きたそーな顔してたから」
顔に出てしまっていたことにユーリは内心苦笑いした
まさか気づかれるとは…と思いつつ、さてどう言おうかと考える
率直に「何処かで会ったことがあるか」などと聞けるわけがない
そもそも会ったことがあるにしても何年も昔のことであろうし、自身の記憶がある内なのかもわからない
かと言って折角彼女の方から機会を貰ったのに無下にすることなど到底出来ない
考えに考えて彼は一つの答えに辿り着いた
「……『ユノ』って名前に心当たりねえっすか?」
ユーリの問いかけに一番驚いたのはフレンだった
アリシアは半ば不思議そうに首を傾げる
「『ユノ』?……もしかして、『ユノ・ユベルト』か?」
「…すんません、ファミリーネームの方はわかんねぇんすよ」
申し訳なそうに彼はアリシアに謝る
んーっと唸りながら彼女は手を顎に当てた
「…ユーリ……どういうつもりだい?」ヒソッ
ユーリの耳元でフレンは少し焦り気味に問いかける
「…理由、後にしてくれ」ヒソッ
たった一言そう返すと、彼は彼女の返答を待った
話してくれなさそうな雰囲気を感じ取ったフレンは、不服そうにしながらも彼同様大人しく待つことにした
「……銀髪で金色の瞳の女の子のことか?」
思い出すようにしながら彼女は言葉を発した
「あ…そいつです!」
少し嬉しそうにしながらユーリは答える
一か八か聞いたかいがあったと目を輝かせた
「ふむ……確かに知ってはいるが……彼女がどうかしたのか?」
依然話の内容が掴めないアリシアはユーリを見ながら首を傾げる
「実は……オレら、十五よりも前の記憶、ないんすよ」
その答えに、アリシアは訝しげに顔を顰めた
「……それはまた困ったな」
「ええ……覚えていることは、僕……私たちが幼馴染ということと、名前と年齢…それと、『ユノ』という名前だったんです」
ユーリの言葉にフレンが補足を付け足す
「なるほど。それで彼女を探しているわけか」
彼女がそう聞くと二人は大きく頷いた
二人の答えに彼女は難しそうに顔を歪める
「…………言い難いのだが、彼女は数年前に行方不明になって、まだ見つかっていないのだ」
彼女の答えに二人は目を見開いた
記憶の手掛かりになりそうな人物がまさか行方不明になっているなどとは夢にも思っていなかった
「それは…何年ほど前なんっすか…?」
恐る恐るユーリは問いかける
「確か……四年ほどだったかな」
顎に手を当てながら、思い出すように言った彼女は同時に「あっ」っと声をあげた
「そういやぁ…同じ時期に二人行方不明になったのがいたかな」
「えっ?!」
ガタンッと音を立てながらフレンが勢いよく立ち上がる
「その二人は……っ!?」
相手が副騎士団長だということも忘れたかのように彼は問いかけた
「悪い、その二人の詳しい情報は届いてないんだ。貴族なのはわかっているんだが、その二人が居なくなる前に二人の両親が殺害されていたらしくてな……捜索届けは出されていない上に、生きているかすら危うい」
それは『ユノ・ユベルト』にも言えることだが…と付け足した彼女は、何処か寂しげだった
「そう……ですか……」
ガックリと肩を落としてフレンはソファーに座り直した
ユーリは悔しそうに両手を握り締めて項垂れる
記憶の手掛かりは掴めそうで掴めないことに二人は苛立ちと不安を感じていた
「まあ、『ユノ・ユベルト』の方は案外何処かで生きていてもおかしくないだろうな。彼女は
落ち込んだ二人を励まそうとしたのか、幾分か明るい声で彼女は言った
「
「ん?知らないのか?『二人の
少し驚いた表情で彼女は問いかける
「あ、いえ……その話は知っています。確か、光を司る『光の
「ははっ、おとぎ話か……。まぁ、そう捉える者の方が多いか」
クスリと笑いながら、彼女は自身のティーカップに紅茶を注ぎ足した
「違うんすか?」
「ああ、違う。多少内容は異なる箇所はあるが、『光の
ニヤリと彼女は笑って答えた
ゴクリと二人は生唾を飲み込んだ
なんとも言えない、威圧するかのような空気が部屋を漂った
「『光の
ティーカップの持ち手に指をかけながら彼女は少し早口で言った
「つまり、だ。隠されてはいるが、実在しているわけだ」
悪戯の成功した子どものような笑みを浮かべて彼女は少し得意げに言った
「あの……ですが、彼女が『
「ん?まあ、問題ないだろ。別に彼女を捕まえてどうこうするつもりはないだろう?友人かもしれないのであれば尚更な」
至極当然のように言うと、彼女はティーカップの中身を飲み干した
信用し過ぎなのでは、という考えが二人を過ぎったが、それでもおかげで多くのことを得られたのだから気にしないことにした
「にしてもまあ…ますます不思議だな」
カチャリと音を立てて彼女はティーカップを戻す
「何がっすか?」
「君ら二人だよ。ナイレン隊長からの報告によれば、戦闘も息ピッタリにこなすそうじゃないか。…オマケにお互い記憶喪失だと言うのに、よくまあ少し覚えていた記憶だけで傍に居続けられるなと思ってな」
ほんの少し目を細めて、彼女は二人を見る
よく見れば二人は髪の色すらも正反対であった
ここまで話して、性格が正反対なことは気づいていたが、これは双子と言うよりも裏表の方が近い
そう、まるで昔話として受け継がれている『二人の主』のように
「……何故か、ユーリと居ると安心出来るんです」
少し照れくさそうにしながらフレンは答えた
「記憶がなくても、二人で居んのが当たり前だって頭が訴えてくる気がするんっすよ」
彼同様、ユーリもまた照れくさそうに答える
「…やっぱり、本当は仲良いんじゃない?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて彼女頬杖を付いた
二人は一瞬顔を見合わせると、直ぐに恥ずかしそうに反対方向を向く
「……まあ……」
「そうかもしれない、です」
二人の返答にアリシアは満足げに微笑んだ
「そーそ、素直が一番よ?」
ニコニコと微笑む彼女に、二人は騎士でいる内は一生掛かっても勝てないと苦笑いした
「……さて、『ユノ・ユベルト』に関しては何かわかったら秘密で教えてあげる。…ありがとね、私の話に付き合ってくれて」
彼女はそう言って立ち上がった
それに合わせて二人も慌てて立ち上がる
「それじゃ、二人も今日はゆっくり休んでよ。明日には遺跡に乗り込むから、体調万全にしといてね」
「「はい!」」
律儀に二人は敬礼すると、並んで談話室を後にした
一人残った部屋で彼女は難しそうに顔を歪める
「………思ったより早いわね」
誰に言うわけでもなくそう呟きながら、彼女は腰を下ろして足と腕を組んだ
「……ユノ・ユベルト…………」
先程出た名をゆっくりと口にしながら、何かを思い出すように彼女は目を閉じた
パタリと部屋の扉を閉めると、フレンはユーリを見た
「それで、さっきのことだけど…」
彼がそう口にすれば、少し気だるそうにユーリは口を開く
「……アリシア隊長の後ろ姿、夢の中の『ユノ』によく似てたんだよ」
ぶっきらぼうに答えると、フレンは訝しげに顔を顰めた
「アリシア隊長の髪は深紅じゃないか。それに瞳だって」
「わーってる。あの人はオッドアイってやつだ。『ユノ』とは違う」
「じゃあなんで?」
「…雰囲気、としか言えねえ。アリシア隊長がオレを庇ってくれた時の後ろ姿と、『ユノ』の夢ん中で去っていく後ろ姿が似たような雰囲気してたんだよ」
その答えにますますフレンは顔を顰める
「……本当にそれだけか?」
彼の問いかけに、ユーリは口を閉ざした
顎に手を当てて少し悩むと、ゆっくりと口を開いた
「………オレらが目を覚ました時に聞こえた声、あっただろ?昨日の夜、アリシア隊長がオレを庇ってランバートに噛み付かれた後に、オレに『大丈夫』って言った時の言い方、すっげぇ似てた」
彼の解答に顰めていた顔がゆっくりと驚きに変わっていった
下町で二人が目を醒ます前に聞こえてきた声
それは、その一度きりだったが、酷く耳に残って離れないものの一つだった
「……同一人物じゃなくても、何かしらの繋がりがある。そう言いたいのか?」
「あくまでも可能性の話だけどな。…けど、可能性の割りには酷似しているところが多い。それに、あの人は秘密事項だっていう二人の
「それは……確かに…」
顎に手を当てながらフレンは項垂れた
ユーリの言っていることはどれも推測だが、それでも納得出来るものがあった
「……気になるけど、今は明日に備えないと……」
ゆっくりと顔を上げたフレンは真剣な顔でそう言った
「………だな、何が待ってるかわかんねえし……。オレ、ちょっとラピードんとこ行ってくるわ」
ユーリはそう言って部屋を後にした
一人残されたフレンは自身のベッドの上に崩れ落ちるように座り込んだ
静まり返った部屋が異常な程に静か過ぎる
軽く目を閉じて再び開くと目の前には、黄緑から毛先にかけて青に変化している髪を持った女性と、二つの頭を持った金色の体毛に覆われた鳥が見えた
「(………また、だ)」
大きくため息をついてフレンは起き上がる
《アスカ、気づくかしら?》
《どちらでもいいだろう。まだ早い》
《でも、そろそろ腕が鈍ってしまうわ》
《落ち着け。思い出せないのだから、そんな無理を言うな》
二人はフレンには目もくれずに言い合いを始めた
この光景を見るのは一度や二度じゃなかった
初めのうちこそ、周りに相談していたものの、これが見えるのは自分とユーリだけだと知って以来、話すことを止めていた
二人で話し合ったところで何かわかるわけでもなければ、これらが好意的な存在なのか敵意を持って近づいて来ているのかすらわからない
考えるだけ無駄だと判断した彼らは極力無視を貫いていた
《やっぱり
特徴的な髪を持った女性の声に一瞬フレンの肩が跳ねた
先程聞いたばかりの単語に多少の驚きを見せる
《あの方にはオリジン殿がついている。我らは先に残りの六体を探すべきだ》
《彼らのことだからそのうちひょっこり帰って来るわ。だって、
ドクリとフレンの心臓が跳ねる
一体何のことを言っているのだと言いたくもなったが、ここで話しかければ今まで無視し続けていたことが無意味になる
無視を貫き通そうとするが、ドクドクと心臓が跳ねる
「(……確か、
そこまで考えてフレンはその考えを追いやるように頭を振った
先程の話と『二人の
だが、幾ら状況が合致するとはいえ、信じ難いのも事実だ
何故ならそれは、自分たちが『貴族』だということになってしまうからだ
忌み嫌う彼らと同じ立場など、フレンは信じたくもなければ想像も出来なかった
「(………ユーリのところにでも行こう)」
一人では嫌な事しか想像が出来ない
そう判断したフレンは立ち上がって部屋を後にした
「……………」
《…
ラピードの背を撫でながらユーリは聞こえてきた声に無視を決め込んでいた
フレンのところのとは違い、こちらは接続詞がまるでない
意味を理解するのにも苦労するが、それ依然に話しかけてくるなと心の中で悪態づくくらいには苛立っていた
「ユーリ」
そんな彼の元に、ひょっこりとフレンが顔を出した
彼の傍に居る影に一瞬顔を顰めるが、特に気にした様子もなく彼の傍に腰を下ろした
「……なんだよ、フレン」
全く苛立ちを隠さない返答にフレンは内心苦笑いした
《シャドゥ!あなたの意見を聞かせなさいっ!》
フレンが口を開くよりも前に甲高い声が響き、ユーリも一瞬顔を顰めた
《…我、
《もうっ!
怒りの混じった声で女性は影を睨む
《ルナ、いい加減にしろ。あの方は大丈夫だと何度言えば気が済む?探したいのであれば他の六体にしろ》
次いで金色の体毛の鳥が呆れ気味にその女性に声をかける
二人は聞こえてきた声たちに大きくため息をついた
黙れと言えればいいのだが、それを言ってしまえば彼らの存在を認めたことになってしまう
存在そのものを認めたくないが故に無視を決め込んでいるのだから、そういう訳にはいかない
「えっと……ランバートはここに居ないのかい?」
「ああ……ランバートなら隊長たちのとこだよ。まだ体内のエアルの量が多いらしくてさ、当分はこっち戻って来られねえんだと」
「クゥーン……」
ユーリの言葉にラピードは寂しげに鳴いた
人の言葉を理解しているのかはわからないが、恐らく当分はランバートと居られないことは理解しているのだろう
《もう……お二人も気づいて下さらないし、どーするのよぉ……》
さめざめとついに女性が泣き出した
《だから、何度もまだ早いと言っておる》
《我、
《…お前はもう黙るといい》
金色の体毛の鳥がそう言えば、影は姿をくらませた
《………もういいわ、わたくし一人でも探しますわっ!》
泣いていたはずの女性はそう叫ぶとその姿をくらませる
ようやく静かになったとユーリとフレンは心の中で安堵した
《…………さて、聞こえていることも見えていることも、我は知っておりますよ。我らが
そう声をかけられ、二人の肩が同時に跳ねた
恐る恐る声の主を見る
《あの二体が居るところで言えば更に煩さが増す恐れがあった故、こうして居なくなったところでお声をかけさせていただいた。…あぁ、返答は無理にして頂かなくても結構です》
丁寧に紡がれていく言葉に二人は困惑する
それは、先程のフレンの仮説を肯定しているのと同じだった
《我が名はアスカ。先程の煩いのが『ルナ』、黒いのが『シャドゥ』と覚えてくださいませ》
何処かで聞いた事のあるような名に二人は顔を見合わせる
《……我らがあなた方に認識されているのがわかっただけでも今は成果であります。故に、本日は引き下がらせて頂きます。…次にお会いした暁にはお話させて頂けることを期待しております》
アスカと名乗った鳥は言いたいことだけ言うと姿をくらませた
後に残されたのは唖然とした二人だった
「……なあ、フレン」
沈黙を破ったのはユーリだった
「……なんだい?」
「もしかして、さ……オレらって……」
半分確信を持ったような目で彼はフレンを見つめた
その頭の中には、フレンと同じ考えが過ぎっていた
「………出来れば、否定したいけど………」
そう言って俯いたフレンに自分と同意見なのだとユーリは確信した
「けど、だとしてだ。…なんでその記憶がねえんだ?」
「…あの昔話と照らし合わせれば、狙われる可能性は幾つだって考えられる。……仮にだ、僕らがそうだったとして……同時期に
「
「………はぁ………ここまで状況証拠が揃ってると、嫌でもそんな気になってしまうね」
顔を上げたフレンは苦笑いしながらユーリを見る
「だな……普通なら信じらんねえだろうが……あの夢見て話聞いた後だと、尚更な…」
フレン同様苦笑いしながらユーリは見返した
なんの事かと首を傾げながら不思議そうにラピードは二人を見た
「……さ、ユーリ、今日は色々あったし、もう部屋で休もう」
「……そうすっか」
ラピードを下ろすとユーリは立ち上がって伸びをした
フレンも立ち上がると、二人肩を並べて帰路についた