第二節 水道魔導器騒動
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ーハルルの樹ー
街を出た三人と一匹は再びクオイの森へと足を踏み入れた
森の入口で、不意にカロルが足を止める
「そういえば…ユーリもエステルも…ラピードもなんだけど、何で魔導器 持ってるの? 普通、武醒魔導器 なんて貴重品持ってないはずなんだけどな」
そう言って、彼は二人と一匹の魔導器 を見つめ首を傾げた
「カロルも持ってんじゃん」
「ボクはギルドに所属してるし、手に入れる機会はあるんだよ。魔導器 発掘が専門のギルド、遺講の門 のお陰で出物も増えたしね」
ユーリの問にカロルはそう答えた
ユーリが騎士団に席を置いていた時とは違い、魔導器 は身近な物へとなりつつあるのだ
「へえ、遺跡から魔導器 掘り出してるギルドまであんのか」
「うん、そうでもしなきゃ帝国が牛耳る魔導器 を個人で入手するなんて無理だよ」
「古代文明の遺産、魔導器 は、有用性と共に危険性を持つ為、帝国が使用を管理している、です」
「魔導器 があれば危険な魔術を誰でも使えるようになるから、無理もないんだけどさ」
「やりすぎて独占になってるけどな」
「そ、それは…」
二人の言葉にエステルは言葉を詰まらせた
「で、実際のとこどうなの? なんで、持ってんの?」
カロルは歩き出したユーリの隣に並んで再び尋ねる
「オレ、昔騎士団にいたから、辞めた選別に貰ったの。ラピードのは、前のご主人様からの餞別だ」
「餞別って、それ盗品なんじゃ…」
ユーリの答えにカロルは言葉を淀ませた
実際、ユーリの魔導器 もラピードの魔導器 も、彼らが騎士団を離れる際にナイレンから『持っていけ』と渡された物なのだから、餞別に変わりはない
「えっと、じゃあエステルは?」
急に自分に話を振られたせいか、彼女はビクッと肩を震わせた
「わ、わたしは…」
「貴族のお嬢様なんだから、手に入れる機会は幾らでもあるんだろ」
言葉を詰まらせたエステルの代わりに、さも当たり前のような口調でユーリが答える
「あ、やっぱりそうなんだ。身に付けているものもそうだけど、市民って感じはしないもんね」
ユーリの答えに納得したらしいカロルはそれ以上、エステルにその話題を振ることはなかった
「お、ニアの実みっけ」
以前にも来た広場で、ユーリはニアの実を二つ広い上げた
これで残るはエッグベアの爪だけだ
「後は、エッグベアの爪、だね」
「森の中を歩いて、エッグベアを探すんです?」
「それじゃ見つからないよ」
人差し指を振りながらカロルはそう言った
彼の言うとおり、この広い森をなんのあてもなく探し回るのは時間の無駄だ
「なら、どうすんだ?」
「ニアの実一つ頂戴。エッグベアを誘い出すのに使うから。エッグベアはね、かなり変わった嗅覚の持ち主なんだ」
ユーリはニアの実をカロルに投げ渡す
カロルはそれを受け取るとゴソゴソと何か作業を始めた
すると、ボンッと音を立ててニアの実から煙が立ち上る
そして数秒遅れて強烈な臭いが漂ってくる
「くさっ!! お前、くさっ!」
「ちょ、ボクが臭いみたいに!」
カロルは立ち上がってユーリ達の方に歩いて来るが、反射的に彼らは後ろに下がってしまう
「先に言っておいて下さい」
ラピードは地面に倒れて鼻を擦りつけていた
「ラピード、大丈夫か?」
「クゥ~ン…」
強烈な臭いに、嗅覚のいいラピードはかなり参ってしまっているようだ
「みんな警戒してね! いつ飛び出して来てもいいように。それにエッグベアは凶暴な事でも有名だから」
「その凶暴な魔物の相手はカロル先生がやってくれるわけ?」
「やだなぁ、当然でしょ。でも、ユーリも手伝ってよね」
ほんの少し裏返った声でカロルは答える
「じゃ、まあ、これでちょっと森の中歩き回ってみっか」
ゆっくりと立ち上がったラピードの背を軽く擦りながら、ユーリはそう言い、歩き始めた
森の中を歩き始めて数分、茂みの中から魔物の声が響き、カロルはユーリの後ろに隠れた
「き、気を付けて、ほ、本当に凶暴だから…!」
「そう言ってる張本人が真っ先に隠れるなんて、良いご身分だな」
「エ、エースの見せ場は最後なの!」
前方を見ていると茂みの中から植物化の魔物が出て来た
「…これは、違いますよね?」
エステルがそう言って首を傾げた直後、茂みの中からまた別の魔物が姿を現せた
「うわああっ!」
ユーリよりも更に背が高く、ギラギラとした目を持った魔物に、カロルは悲鳴を上げて尻もちをついた
お目当てのエッグベアが、遂にユーリ達の目の前に現れたのだ
「こ、これがエッグベア…?」
「成る程、カロル先生の鼻曲がり大作戦は成功って訳か」
「へ、変な名前、勝手につけないでよ!」
「そう言うセリフは、しゃきっと立って言うもんだ」
鞘から刀を抜き、構えながらユーリはそう言った
「エステル、カロル、いけるか?」
「は、はい」
「も、勿論だよ」
二人はそう答え、武器を構えた
「んじゃ、いくぜ」
ユーリの掛け声を合図に、彼らはエッグベアへと向かっていった
数分後、無事にエッグベアを倒し終え、動かなくなったのを確認するとユーリはカロルを見て言う
「カロル、爪取ってくれ。オレ、分かんないし」
「え!? だ、誰でも出来るよ。すぐ剥がれるから」
震えた声で答えるカロルに、ユーリは小さく溜息を吐いてエッグベアに近付いていく
「わたしにも手伝わせてくだ…うっ」
エステルはエッグベアの様子と血の臭いに顔を歪めて口と鼻に手を当てた
「エステルは周囲の警戒な」
「は、はい」
彼の言うとおりにエステルはエッグベアから少し離れ、周囲を見渡す
「ほら、頼むよカロル先生。見せ場作ってやるって」
「う、うぅ……わ、わかったよ…」
恐る恐るエッグベアの爪にカロルは手を伸ばす
あと少しで爪に手が触れそうなその時
「うわああああっ!」
「ぎゃあああ~~~~~っ!」
後ろに立って居たユーリが大きな声を上げると、驚いたカロルが悲鳴を上げた
その顔には意地悪な笑みが浮かべられていた
「驚いたフリが上手いなあ、カロル先生は」
「あ、うっ…はっはは…そ、そう? あ、ははは…」
《…主 、悪戯、悪》
「(…こんだけビクビクしてりゃあ、意地悪の一つや二つしたくなるだろ?)」
《…ユノ、怒、也》
「(……わーったよ。程々にするわ)」
説教をしようとしてくるシャドゥの言葉を軽く交わしながら、ユーリはエッグベアの爪を回収した
「さてと、爪も手に入ったし、ハルルに戻るか」
材料を集め終わった三人と一匹は、森の出口へと足を向けた
森の出口が見えた頃、急にラピードが足を止め後ろを振り返る
何事かと三人も足を止め振り返ると、どこからともなくユーリの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた
「ユーリ・ローウェル!森に入ったのはわかっている!素直にお縄につけぃ!」
ユーリは盛大にため息をつきながら首を落とした
「この声、冗談だろ。ルブランのやつ、結界の外まで追ってきやがったのか…」
「え、なに?誰かに追われてんの?」
ユーリに歩み寄りながらカロルは問いかける
「ん、まぁ、騎士団にちょっとな」
「またまたぁ、元騎士が騎士団になんて…」
カロルの言葉にユーリは苦笑いをしながら肩を竦めた
傍で聞いているエステルは気まづそうに俯く
「え、えぇ〜っ!!」
そんな二人を見て、カロルもどうやら本当のことなのだと察したらしく驚く
「す、素直に出てくるのであ〜る」
「い、今ならボコるのは勘弁してやるのだ」
いつも通りのルブランと違い、アデコールとボッコスは酷く怯えた声だ
「噂如きに怯えるとは、それでもシュヴァーン隊の騎士か!」
怯えている二人に一喝するルブランの声が森に響き渡る
ユーリが声が聞こえてくる方向を呆れ気味に見つめていると、カロルが声を掛けてくる
「……ねぇ、何したの?器物破損?詐欺?密輸?泥棒?人殺し?火付け?」
カロルなりに思いつく限りの悪事を上げたのだろう
騎士に追われるなど、相当の事をしたのだと思われているようだ
「脱獄だけだと思うんだけど……」
ユーリとて、まさか結界の外まで彼らが追いかけて来るなどと思っていない
困ったように苦笑いしながら答えた
「ま、ともかく逃げるぞ」
そう言うとユーリは辺りを見回す
「(シャドゥ、近くに倒しやすそうな木を探して教えてくれ)」
《了》
シャドゥに倒しやすそうな木を幾つか見付けて貰うと、その木を切り倒し、出口の道を塞いだ
「これでよしっと」
「だ、ダメですよ!無関係な人にも迷惑になります!」
慌ててエステルはダメだと言うが、そもそもここは曰く付きの森だ
呪いの森と言われている場所を、好き好んで通ろとする者など多くはない
いや、そもそも通ろうなどと考える者はまずいないだろう
誰も通らないから大丈夫だと言い、ユーリは出口に向かって歩き出す
不服そうにしながらも、エステルもその後に続いた
唖然としていたカロルは歩き出した二人に気づくと、慌てて二人の背を追いかけた
ーーーーーーーーー
ハルルに戻ってきた三人は次に村長の元へと向かう
事情を説明すると、最後の一枚だという花びらを快く渡してくれた
集まった材料を持ち、パナシーアボトルを作る為に店へと向かった
「おっ、戻って来たか。材料は揃っているのか?」
店主は三人を見るなりそう問いかけてきた
「ちゃんとあるよ」
そう言いながら、カロルは店主に集めた材料を手渡した
「エッグベアの爪、ニアの実、ルルリエの花びら……っと。全部あるな
よし、作業に取り掛かるぞ」
材料を確認すると、店主はパナシーアボトルの作成に取り掛かった
ものの数秒でパナシーアボトルは完成した
「はいよ、パナシーアボトルの完成だ」
出来上がった物を店主はカロルに手渡した
「これで毒を浄化出来るはず!早速行こうよ!」
嬉しそうにそう告げ走り出そうとしたカロルをユーリが制止した
「そんな慌てんなって。一つしかねぇんだから、落としたら大変だぞ」
「う、うん!じゃあ慎重に急ごう!」
ハルルの樹に着くと、既に村人達が集まり始めていた
ユーリ達の後に村長がやってくる
「おおっ!毒を浄化する薬ができましたか!?」
興奮気味に村長は問いかけてくる
期待に満ちた視線が三人に集まる
「カロル、任せた。面倒なのは苦手でね」
「え、いいの?じゃあボクがやるね!」
少し嬉しそうに声を弾ませてカロルは答え、ハルルの樹の根元にパナシーアボトルを持って走っていく
「カロル、誰かにハルルの花を見せたかったんですよね?」
「多分な。ま、手遅れでなきゃいいけど」
エステルの問にユーリはそう答えた
実際の所、樹が魔物の血を吸いすぎて手遅れになってしまっている可能性も0ではないのだ
カロルが樹の根元にパナシーアボトルをかけると、樹の幹が徐々に光始める
「樹が……」
村の人々は皆、樹が持ち直す事を祈っていた
だが、祈りも虚しく光っていた幹は光を失い、結界魔導器 は戻らぬままだった
人々はガックリと肩を落とした
「うそ、量が足りなかったの?それとも、この方法じゃ……」
誰よりも成功を信じていたカロルは、治らなかった事に焦りを見せた
もう一度パナシーアボトルを、とエステルは言うが、もう作ることは出来ない
ルルリエの花びらはもう残っていないのだ
悲しそうにエステルはハルルの樹を見上げる
そして、胸の前で手を組み祈り始めた
「お願い」
そう呟くと、薄らとエステルの周りに光の粒が舞い始めた
「エステル」
驚いた表情で、ユーリはその光景を見つめる
ーーー咲いてーーー
彼女がそう呟くと、ハルルの樹を幹を伝うように一筋の光が昇った
すると、徐々に花びらに元の色が戻り始めていった
樹がゆっくりと元に戻っていく様子にユーリは息を飲んだ
「……っ?!」
ジッとその様子を見つめていると、不意に彼の胸に痛みが走る
「(なんだ…っ?!胸が、痛い…っ、息が…っ)」
急な胸の痛みに呼吸が上手く出来なくなり、ユーリの頭は軽いパニックをおこしていた
胸の痛みと息苦しさに、額には冷や汗が滲んでいた
周りの人々はハルルの樹が元の姿を取り戻す様子を見つめるのに夢中で、彼の異変に気が付かない
《ジジ……!!!主 !!》
《ヴォルト、盾、張、也…!》
二体は直ぐに彼を覆うように見えない結界を張った
結界が張られると、胸の痛みは急に引いていき、しっかりと呼吸が出来るようになった
乱れた息を整えようと、ユーリは大きく息を吸い込んでは吐き出してを繰り返した
息が整い出したところで額に滲んでいる汗を拭った
「(……ヴォルト、シャドゥ、ありがとな。お陰で助かった)」
《主 、護、当然》
《ギギ…モウ…大丈夫?》
二体は尚心配そうに彼に問いかけた
「(あぁ、平気だ。……にしても、今のは一体……)」
ユーリが考え込んでいると、大きな歓声が辺りを包んだ
顔を上げると、今の今まで消えていた結界魔導器 が現れており、更にハルルの樹は満開の花を咲かせていた
《………主 、彼女、危》
「(エステルが、か…?)」
《ギギ………彼女ノ力……主 二、毒》
《故、彼女、力、使、傍、不》
《傍二居ル、危ナイ……ギガ……ダカラ、ナルベク、離レル……》
普段口数が少ない二体が交互に喋るこの状況に、ユーリはほんの少し戸惑った
危険だと言われても、何故なのかは全くわからないのだから当然であろう
聞いたところで、『彼女』から口止めされている以上、この二体の口から語られることはないだろう
「(……わーったよ。注意するさ)」
二体にそう告げると、ユーリは村人に囲まれながら地面に座り込んでいるエステルの元へ歩み寄る
「……すげーな、エステル。立てるか?」
そう問いかけると、エステルは一人で立ち上がった
「ユーリ」
傍に駆け寄ってきたカロルはそう声を掛けながら手の平をユーリに向けた
ユーリもそれに応えるように手を出し、ハイタッチをした
「フレンのやつ、戻ってきたら、花が咲いててビックリするだろうな。……ざまぁみろ」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながらユーリは呟く
その言葉に、エステルは友達じゃないのかと不思議そうに首を傾げた
ユーリとフレンの仲を『友達』と言っていいのかはわからないが、少なくともそれ以上の間柄ではあるだろう
そんな会話をしていると、座っていたラピードが何かに気づき立ち上がり、ユーリの側へと寄った
そして、ユーリを一度見た後、ハルルの樹の奥にある民家の方を見つめた
ユーリ達がそちらを見ると、そこには城で襲って来た赤髪の男の姿が目に入った
「見つかる前に、一度離れるか」
エステルにそう声をかけると、ユーリ達はハルルの樹の元から離れようと歩き始めた
何が何だかわからないという顔をしながらも、カロルもその後に着いてくる
村の出口近くまで来ると彼らは足を止めた
「面倒なのが出てきたな」
「ここで待っていれば、フレンも戻ってくるのに」
「そのフレンって誰?」
「エステルが片想いしている、帝国の騎士様だ」
カロルの問にユーリはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら答えた
「ち、違います!」
「あれ?違うのか?あぁ、もうデキてるってことか」
エステルは慌てて否定するが、ユーリは気にもせずにニヤっと笑う
「もう、そんなんじゃありません」
からかわれたのが不服だったのか、エステルは頬を膨らませてユーリから顔を背けた
「ま、何にせよ、街から離れた方がいいな」
流石のユーリもそれ以上は何も言わずに、街から離れようと提案をした
エステルも同意見なようだ
「フレンって人の行き先がわかっているなら追いかけたら?」
「確か東に向かったって言ってたよな?」
カロルの提案を聞き、ユーリはエステルに問いかけると、彼女は首を縦に振った
「……アスピオって街が何処にあるのかわからねぇが、今は早いとこここから離れた方がいいな」
そう言うと、ユーリは街の入り口の方へと向かおうとする
その時、入り口の方から見覚えのある人影が歩いて来るのが目に入った
「あ、あの人…」
…銀色の長髪の女性、城にあるフレンの私室で会った人物だ
「またお会いしましたね」
微笑みながら『彼女』は二人に声をかけた
「あの時は助かりました。本当にありがとうございます」
再びエステルは『彼女』にお礼を言う
『彼女』は少し困った顔で微笑みながら、「どういたしまして」、と言葉を返した
「えっと…誰?この人」
初めて会うカロルは首を傾げながら二人に問いかけた
「…前にちょっとな。助けて貰ったんだよ」
少し言葉を濁しながらユーリは言葉を返す
『お城で助けられた』、などと返したらきっとこの少年は根掘り葉掘り聞こうとしてくると考えたからだろう
「フレン様にはお会い出来ましたか?」
『彼女』はユーリにそう声をかける
「いや…どうやらすれ違いだったみたいでね。東に向かったらしいんだが…」
そう言ってユーリは肩を竦める
「…でしたら、ここから東に向かった先に洞窟の中の街があります。『学術都市・アスピオ』…別名、日陰の街、と呼ばれているところです」
そう言いながら、『彼女』は東の方角を指さした
「そんなとこに街があるのか」
「えぇ。魔導器 研究にとても熱心な方々が住んでいますよ。恐らくハルルの結界魔導器 を治せる魔導師を探しに行ったのではないかと」
「きっとフレンはそこに向かったんですよ!」
エステルはそう言いながらユーリを見た
どうしてもそこへ行きたいと言わんばかりの視線がユーリに向けられていた
「魔導器 の研究…ね。もしかしたらオレが追いかけてる奴もそこに居るかもしれねぇな」
「…もし、アスピオに向かうのでしたらこれをお持ち下さい」
『彼女』はそう言うと、ユーリの手の平に『通行証』と書かれたカードを持たせた
「なんだ、これ?」
「これがないとアスピオには入れませんので。…私にはもう必要ないので、差し上げます」
そう言って『彼女』はニコリと笑った
「街の場所だけでなく、そんなものまで…何から何まで、本当にありがとうございます」
「いいえ、お気になさらずに。……では、私はやる事がありますので、この辺りで。…お会い出来るといいですね」
『彼女』はそう言って一礼すると、三人の横を通り過ぎて街の中へと消えて行った
「…なんか、不思議な人だね」
「ですね…。なんだかわたし達が困っているのがわかっていて現れたみたいです…」
『彼女』の向かった方を、カロルとエステルは不思議そうに見つめていた
「……ま、ともかくだ。フレンの居場所もわかった事だし、さっさと行くぞ」
そう言って、再びユーリは街の外へと足を向けた
先に歩き出したユーリの背を、二人は慌てて追いかけた
ーーーーーーーー
「……この咲き方……やはり、彼女は……」
ハルルの樹の下、銀色の長髪の女性は恨めしそうに満開となった樹を見つめていた
満開となるにはまだ時期が早い
こうなった原因は、街の人々が口々に言っていた、あの桃色髪のーーー
額に手を当て、考え事をしていた彼女は急に後ろを振り返る
そして、街の入り口に見えた赤髪の騎士を見るなり表情が曇る
なんとも言えない複雑な表情で、ハルルの樹の根元から騎士を見つめる
「………そう、一応『上手く』やっているのね」
彼女がじっと見つめていると、赤髪の騎士がこちらを見上げる
恐らくハルルの樹を見ようとしたのだろう
だが、彼女はこの距離で、一瞬目が合ったと感じた
そう感じた瞬間、赤髪の騎士が一気に駆け上がって来るのが目に映る
「……引き上げ時……ね」
小さく呟くとパチンッと指を鳴らす
すると、急に風が吹きハルルの樹の花びらを巻き上げた
ーー風が収まった時には、彼女の姿はそこになかったーー
ーーーーーーーー
「はっ……はぁ……っ」
赤い長髪をなびかせながら、アリシアは坂道を駆け上がっていた
ハルルの街の入り口から樹を見上げた時、確かにその根元に居たのだ
何年も探し続けていた人が、確かにその場所に居たのだ
次こそはと、彼女は樹の根元へと急ぐ
だが、着いた時には一足遅かったようで、その場所には既に人影すらなかった
あるのは風に舞っていた花びらのみ…
「…っ!くそ…っ、またかっ」
ギリッと奥歯を噛み締めながら彼女はその場を睨みつけた
逃げられたことへ対する怒りよりも、別の『何か』に対する憎悪の方が強いようだ
「次は……次こそは……っ」
「アリシア隊長…っ!!」
ラウルの声に彼女は我に返る
「は……はぁ……っ、い、いきなりどうしたんですか…っ?!」
慌てて追いかけて来たらしい彼はぜぇぜぇと息を切らしながら、膝に手を当てていた
「……見知った顔が居た気がしたのよ。……何も言わずに走り出して、悪かったわ」
部下を見たことにより、先程まで溢れそうだった憎悪は嘘のように彼女の中へと引っ込んでいた
バツが悪そうに謝りながら彼女はラウルに手を伸ばした
「…まぁ、いい運動になったんじゃない?」
アリシアは冗談混じりにニヤリと笑う
……が………
「さ……さっきまでの状況の方がいい運動ですよ…っ!全く貴方と言う方は…!!皆が皆、貴方のような体力バカじゃないんです!!少しは御自身の体力と周りの者の体力の差を考慮して頂きたい!!」
どうやら彼にその冗談は通じなかったようだ
本気で怒らせてしまったようで、これには流石に彼女もやばいと感じた
「体力バカって……まぁ、確かに、そこは私の落ち度ね…。これからは注意するわ」
「そうして頂きたいものですよ……ところで、これからどうしますか?エステリーゼ様は少し前にこの街から離れてしまったそうですし……」
「そうね……確か、向かった先はアスピオよね?」
「はい、村長はそう言っておりました」
「ならアスピオへ向かえばいいわ。丁度やらなきゃいけない仕事もあそこにあったし」
「では先に下へ降りて準備をしておきます」
そう言って敬礼をすると、彼は一足先に街の入り口の方へと戻って行った
再び一人になったアリシアはハルルの街の見上げる
見事なまでの満開…
彼女が受けた報告では、確かについ先程まで『枯れていた』はずだった
ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべながら彼女は小さく呟く
「やはり、『彼女』を外へ出して正解でしたよ、閣下」
少しの間、樹を見つめていたが、不意に足元に散らばる花びらへと目を向ける
「……次こそは絶対に逃がさない……次は必ず……×××…っ!……覚悟していなさいよ……
ーー」
再び溢れかけた憎悪を心の奥底へしまいながら、彼女は入り口で待つ部下たちの元へと向かった
街を出た三人と一匹は再びクオイの森へと足を踏み入れた
森の入口で、不意にカロルが足を止める
「そういえば…ユーリもエステルも…ラピードもなんだけど、何で
そう言って、彼は二人と一匹の
「カロルも持ってんじゃん」
「ボクはギルドに所属してるし、手に入れる機会はあるんだよ。
ユーリの問にカロルはそう答えた
ユーリが騎士団に席を置いていた時とは違い、
「へえ、遺跡から
「うん、そうでもしなきゃ帝国が牛耳る
「古代文明の遺産、
「
「やりすぎて独占になってるけどな」
「そ、それは…」
二人の言葉にエステルは言葉を詰まらせた
「で、実際のとこどうなの? なんで、持ってんの?」
カロルは歩き出したユーリの隣に並んで再び尋ねる
「オレ、昔騎士団にいたから、辞めた選別に貰ったの。ラピードのは、前のご主人様からの餞別だ」
「餞別って、それ盗品なんじゃ…」
ユーリの答えにカロルは言葉を淀ませた
実際、ユーリの
「えっと、じゃあエステルは?」
急に自分に話を振られたせいか、彼女はビクッと肩を震わせた
「わ、わたしは…」
「貴族のお嬢様なんだから、手に入れる機会は幾らでもあるんだろ」
言葉を詰まらせたエステルの代わりに、さも当たり前のような口調でユーリが答える
「あ、やっぱりそうなんだ。身に付けているものもそうだけど、市民って感じはしないもんね」
ユーリの答えに納得したらしいカロルはそれ以上、エステルにその話題を振ることはなかった
「お、ニアの実みっけ」
以前にも来た広場で、ユーリはニアの実を二つ広い上げた
これで残るはエッグベアの爪だけだ
「後は、エッグベアの爪、だね」
「森の中を歩いて、エッグベアを探すんです?」
「それじゃ見つからないよ」
人差し指を振りながらカロルはそう言った
彼の言うとおり、この広い森をなんのあてもなく探し回るのは時間の無駄だ
「なら、どうすんだ?」
「ニアの実一つ頂戴。エッグベアを誘い出すのに使うから。エッグベアはね、かなり変わった嗅覚の持ち主なんだ」
ユーリはニアの実をカロルに投げ渡す
カロルはそれを受け取るとゴソゴソと何か作業を始めた
すると、ボンッと音を立ててニアの実から煙が立ち上る
そして数秒遅れて強烈な臭いが漂ってくる
「くさっ!! お前、くさっ!」
「ちょ、ボクが臭いみたいに!」
カロルは立ち上がってユーリ達の方に歩いて来るが、反射的に彼らは後ろに下がってしまう
「先に言っておいて下さい」
ラピードは地面に倒れて鼻を擦りつけていた
「ラピード、大丈夫か?」
「クゥ~ン…」
強烈な臭いに、嗅覚のいいラピードはかなり参ってしまっているようだ
「みんな警戒してね! いつ飛び出して来てもいいように。それにエッグベアは凶暴な事でも有名だから」
「その凶暴な魔物の相手はカロル先生がやってくれるわけ?」
「やだなぁ、当然でしょ。でも、ユーリも手伝ってよね」
ほんの少し裏返った声でカロルは答える
「じゃ、まあ、これでちょっと森の中歩き回ってみっか」
ゆっくりと立ち上がったラピードの背を軽く擦りながら、ユーリはそう言い、歩き始めた
森の中を歩き始めて数分、茂みの中から魔物の声が響き、カロルはユーリの後ろに隠れた
「き、気を付けて、ほ、本当に凶暴だから…!」
「そう言ってる張本人が真っ先に隠れるなんて、良いご身分だな」
「エ、エースの見せ場は最後なの!」
前方を見ていると茂みの中から植物化の魔物が出て来た
「…これは、違いますよね?」
エステルがそう言って首を傾げた直後、茂みの中からまた別の魔物が姿を現せた
「うわああっ!」
ユーリよりも更に背が高く、ギラギラとした目を持った魔物に、カロルは悲鳴を上げて尻もちをついた
お目当てのエッグベアが、遂にユーリ達の目の前に現れたのだ
「こ、これがエッグベア…?」
「成る程、カロル先生の鼻曲がり大作戦は成功って訳か」
「へ、変な名前、勝手につけないでよ!」
「そう言うセリフは、しゃきっと立って言うもんだ」
鞘から刀を抜き、構えながらユーリはそう言った
「エステル、カロル、いけるか?」
「は、はい」
「も、勿論だよ」
二人はそう答え、武器を構えた
「んじゃ、いくぜ」
ユーリの掛け声を合図に、彼らはエッグベアへと向かっていった
数分後、無事にエッグベアを倒し終え、動かなくなったのを確認するとユーリはカロルを見て言う
「カロル、爪取ってくれ。オレ、分かんないし」
「え!? だ、誰でも出来るよ。すぐ剥がれるから」
震えた声で答えるカロルに、ユーリは小さく溜息を吐いてエッグベアに近付いていく
「わたしにも手伝わせてくだ…うっ」
エステルはエッグベアの様子と血の臭いに顔を歪めて口と鼻に手を当てた
「エステルは周囲の警戒な」
「は、はい」
彼の言うとおりにエステルはエッグベアから少し離れ、周囲を見渡す
「ほら、頼むよカロル先生。見せ場作ってやるって」
「う、うぅ……わ、わかったよ…」
恐る恐るエッグベアの爪にカロルは手を伸ばす
あと少しで爪に手が触れそうなその時
「うわああああっ!」
「ぎゃあああ~~~~~っ!」
後ろに立って居たユーリが大きな声を上げると、驚いたカロルが悲鳴を上げた
その顔には意地悪な笑みが浮かべられていた
「驚いたフリが上手いなあ、カロル先生は」
「あ、うっ…はっはは…そ、そう? あ、ははは…」
《…
「(…こんだけビクビクしてりゃあ、意地悪の一つや二つしたくなるだろ?)」
《…ユノ、怒、也》
「(……わーったよ。程々にするわ)」
説教をしようとしてくるシャドゥの言葉を軽く交わしながら、ユーリはエッグベアの爪を回収した
「さてと、爪も手に入ったし、ハルルに戻るか」
材料を集め終わった三人と一匹は、森の出口へと足を向けた
森の出口が見えた頃、急にラピードが足を止め後ろを振り返る
何事かと三人も足を止め振り返ると、どこからともなくユーリの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた
「ユーリ・ローウェル!森に入ったのはわかっている!素直にお縄につけぃ!」
ユーリは盛大にため息をつきながら首を落とした
「この声、冗談だろ。ルブランのやつ、結界の外まで追ってきやがったのか…」
「え、なに?誰かに追われてんの?」
ユーリに歩み寄りながらカロルは問いかける
「ん、まぁ、騎士団にちょっとな」
「またまたぁ、元騎士が騎士団になんて…」
カロルの言葉にユーリは苦笑いをしながら肩を竦めた
傍で聞いているエステルは気まづそうに俯く
「え、えぇ〜っ!!」
そんな二人を見て、カロルもどうやら本当のことなのだと察したらしく驚く
「す、素直に出てくるのであ〜る」
「い、今ならボコるのは勘弁してやるのだ」
いつも通りのルブランと違い、アデコールとボッコスは酷く怯えた声だ
「噂如きに怯えるとは、それでもシュヴァーン隊の騎士か!」
怯えている二人に一喝するルブランの声が森に響き渡る
ユーリが声が聞こえてくる方向を呆れ気味に見つめていると、カロルが声を掛けてくる
「……ねぇ、何したの?器物破損?詐欺?密輸?泥棒?人殺し?火付け?」
カロルなりに思いつく限りの悪事を上げたのだろう
騎士に追われるなど、相当の事をしたのだと思われているようだ
「脱獄だけだと思うんだけど……」
ユーリとて、まさか結界の外まで彼らが追いかけて来るなどと思っていない
困ったように苦笑いしながら答えた
「ま、ともかく逃げるぞ」
そう言うとユーリは辺りを見回す
「(シャドゥ、近くに倒しやすそうな木を探して教えてくれ)」
《了》
シャドゥに倒しやすそうな木を幾つか見付けて貰うと、その木を切り倒し、出口の道を塞いだ
「これでよしっと」
「だ、ダメですよ!無関係な人にも迷惑になります!」
慌ててエステルはダメだと言うが、そもそもここは曰く付きの森だ
呪いの森と言われている場所を、好き好んで通ろとする者など多くはない
いや、そもそも通ろうなどと考える者はまずいないだろう
誰も通らないから大丈夫だと言い、ユーリは出口に向かって歩き出す
不服そうにしながらも、エステルもその後に続いた
唖然としていたカロルは歩き出した二人に気づくと、慌てて二人の背を追いかけた
ーーーーーーーーー
ハルルに戻ってきた三人は次に村長の元へと向かう
事情を説明すると、最後の一枚だという花びらを快く渡してくれた
集まった材料を持ち、パナシーアボトルを作る為に店へと向かった
「おっ、戻って来たか。材料は揃っているのか?」
店主は三人を見るなりそう問いかけてきた
「ちゃんとあるよ」
そう言いながら、カロルは店主に集めた材料を手渡した
「エッグベアの爪、ニアの実、ルルリエの花びら……っと。全部あるな
よし、作業に取り掛かるぞ」
材料を確認すると、店主はパナシーアボトルの作成に取り掛かった
ものの数秒でパナシーアボトルは完成した
「はいよ、パナシーアボトルの完成だ」
出来上がった物を店主はカロルに手渡した
「これで毒を浄化出来るはず!早速行こうよ!」
嬉しそうにそう告げ走り出そうとしたカロルをユーリが制止した
「そんな慌てんなって。一つしかねぇんだから、落としたら大変だぞ」
「う、うん!じゃあ慎重に急ごう!」
ハルルの樹に着くと、既に村人達が集まり始めていた
ユーリ達の後に村長がやってくる
「おおっ!毒を浄化する薬ができましたか!?」
興奮気味に村長は問いかけてくる
期待に満ちた視線が三人に集まる
「カロル、任せた。面倒なのは苦手でね」
「え、いいの?じゃあボクがやるね!」
少し嬉しそうに声を弾ませてカロルは答え、ハルルの樹の根元にパナシーアボトルを持って走っていく
「カロル、誰かにハルルの花を見せたかったんですよね?」
「多分な。ま、手遅れでなきゃいいけど」
エステルの問にユーリはそう答えた
実際の所、樹が魔物の血を吸いすぎて手遅れになってしまっている可能性も0ではないのだ
カロルが樹の根元にパナシーアボトルをかけると、樹の幹が徐々に光始める
「樹が……」
村の人々は皆、樹が持ち直す事を祈っていた
だが、祈りも虚しく光っていた幹は光を失い、
人々はガックリと肩を落とした
「うそ、量が足りなかったの?それとも、この方法じゃ……」
誰よりも成功を信じていたカロルは、治らなかった事に焦りを見せた
もう一度パナシーアボトルを、とエステルは言うが、もう作ることは出来ない
ルルリエの花びらはもう残っていないのだ
悲しそうにエステルはハルルの樹を見上げる
そして、胸の前で手を組み祈り始めた
「お願い」
そう呟くと、薄らとエステルの周りに光の粒が舞い始めた
「エステル」
驚いた表情で、ユーリはその光景を見つめる
ーーー咲いてーーー
彼女がそう呟くと、ハルルの樹を幹を伝うように一筋の光が昇った
すると、徐々に花びらに元の色が戻り始めていった
樹がゆっくりと元に戻っていく様子にユーリは息を飲んだ
「……っ?!」
ジッとその様子を見つめていると、不意に彼の胸に痛みが走る
「(なんだ…っ?!胸が、痛い…っ、息が…っ)」
急な胸の痛みに呼吸が上手く出来なくなり、ユーリの頭は軽いパニックをおこしていた
胸の痛みと息苦しさに、額には冷や汗が滲んでいた
周りの人々はハルルの樹が元の姿を取り戻す様子を見つめるのに夢中で、彼の異変に気が付かない
《ジジ……!!!
《ヴォルト、盾、張、也…!》
二体は直ぐに彼を覆うように見えない結界を張った
結界が張られると、胸の痛みは急に引いていき、しっかりと呼吸が出来るようになった
乱れた息を整えようと、ユーリは大きく息を吸い込んでは吐き出してを繰り返した
息が整い出したところで額に滲んでいる汗を拭った
「(……ヴォルト、シャドゥ、ありがとな。お陰で助かった)」
《
《ギギ…モウ…大丈夫?》
二体は尚心配そうに彼に問いかけた
「(あぁ、平気だ。……にしても、今のは一体……)」
ユーリが考え込んでいると、大きな歓声が辺りを包んだ
顔を上げると、今の今まで消えていた
《………
「(エステルが、か…?)」
《ギギ………彼女ノ力……
《故、彼女、力、使、傍、不》
《傍二居ル、危ナイ……ギガ……ダカラ、ナルベク、離レル……》
普段口数が少ない二体が交互に喋るこの状況に、ユーリはほんの少し戸惑った
危険だと言われても、何故なのかは全くわからないのだから当然であろう
聞いたところで、『彼女』から口止めされている以上、この二体の口から語られることはないだろう
「(……わーったよ。注意するさ)」
二体にそう告げると、ユーリは村人に囲まれながら地面に座り込んでいるエステルの元へ歩み寄る
「……すげーな、エステル。立てるか?」
そう問いかけると、エステルは一人で立ち上がった
「ユーリ」
傍に駆け寄ってきたカロルはそう声を掛けながら手の平をユーリに向けた
ユーリもそれに応えるように手を出し、ハイタッチをした
「フレンのやつ、戻ってきたら、花が咲いててビックリするだろうな。……ざまぁみろ」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながらユーリは呟く
その言葉に、エステルは友達じゃないのかと不思議そうに首を傾げた
ユーリとフレンの仲を『友達』と言っていいのかはわからないが、少なくともそれ以上の間柄ではあるだろう
そんな会話をしていると、座っていたラピードが何かに気づき立ち上がり、ユーリの側へと寄った
そして、ユーリを一度見た後、ハルルの樹の奥にある民家の方を見つめた
ユーリ達がそちらを見ると、そこには城で襲って来た赤髪の男の姿が目に入った
「見つかる前に、一度離れるか」
エステルにそう声をかけると、ユーリ達はハルルの樹の元から離れようと歩き始めた
何が何だかわからないという顔をしながらも、カロルもその後に着いてくる
村の出口近くまで来ると彼らは足を止めた
「面倒なのが出てきたな」
「ここで待っていれば、フレンも戻ってくるのに」
「そのフレンって誰?」
「エステルが片想いしている、帝国の騎士様だ」
カロルの問にユーリはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら答えた
「ち、違います!」
「あれ?違うのか?あぁ、もうデキてるってことか」
エステルは慌てて否定するが、ユーリは気にもせずにニヤっと笑う
「もう、そんなんじゃありません」
からかわれたのが不服だったのか、エステルは頬を膨らませてユーリから顔を背けた
「ま、何にせよ、街から離れた方がいいな」
流石のユーリもそれ以上は何も言わずに、街から離れようと提案をした
エステルも同意見なようだ
「フレンって人の行き先がわかっているなら追いかけたら?」
「確か東に向かったって言ってたよな?」
カロルの提案を聞き、ユーリはエステルに問いかけると、彼女は首を縦に振った
「……アスピオって街が何処にあるのかわからねぇが、今は早いとこここから離れた方がいいな」
そう言うと、ユーリは街の入り口の方へと向かおうとする
その時、入り口の方から見覚えのある人影が歩いて来るのが目に入った
「あ、あの人…」
…銀色の長髪の女性、城にあるフレンの私室で会った人物だ
「またお会いしましたね」
微笑みながら『彼女』は二人に声をかけた
「あの時は助かりました。本当にありがとうございます」
再びエステルは『彼女』にお礼を言う
『彼女』は少し困った顔で微笑みながら、「どういたしまして」、と言葉を返した
「えっと…誰?この人」
初めて会うカロルは首を傾げながら二人に問いかけた
「…前にちょっとな。助けて貰ったんだよ」
少し言葉を濁しながらユーリは言葉を返す
『お城で助けられた』、などと返したらきっとこの少年は根掘り葉掘り聞こうとしてくると考えたからだろう
「フレン様にはお会い出来ましたか?」
『彼女』はユーリにそう声をかける
「いや…どうやらすれ違いだったみたいでね。東に向かったらしいんだが…」
そう言ってユーリは肩を竦める
「…でしたら、ここから東に向かった先に洞窟の中の街があります。『学術都市・アスピオ』…別名、日陰の街、と呼ばれているところです」
そう言いながら、『彼女』は東の方角を指さした
「そんなとこに街があるのか」
「えぇ。
「きっとフレンはそこに向かったんですよ!」
エステルはそう言いながらユーリを見た
どうしてもそこへ行きたいと言わんばかりの視線がユーリに向けられていた
「
「…もし、アスピオに向かうのでしたらこれをお持ち下さい」
『彼女』はそう言うと、ユーリの手の平に『通行証』と書かれたカードを持たせた
「なんだ、これ?」
「これがないとアスピオには入れませんので。…私にはもう必要ないので、差し上げます」
そう言って『彼女』はニコリと笑った
「街の場所だけでなく、そんなものまで…何から何まで、本当にありがとうございます」
「いいえ、お気になさらずに。……では、私はやる事がありますので、この辺りで。…お会い出来るといいですね」
『彼女』はそう言って一礼すると、三人の横を通り過ぎて街の中へと消えて行った
「…なんか、不思議な人だね」
「ですね…。なんだかわたし達が困っているのがわかっていて現れたみたいです…」
『彼女』の向かった方を、カロルとエステルは不思議そうに見つめていた
「……ま、ともかくだ。フレンの居場所もわかった事だし、さっさと行くぞ」
そう言って、再びユーリは街の外へと足を向けた
先に歩き出したユーリの背を、二人は慌てて追いかけた
ーーーーーーーー
「……この咲き方……やはり、彼女は……」
ハルルの樹の下、銀色の長髪の女性は恨めしそうに満開となった樹を見つめていた
満開となるにはまだ時期が早い
こうなった原因は、街の人々が口々に言っていた、あの桃色髪のーーー
額に手を当て、考え事をしていた彼女は急に後ろを振り返る
そして、街の入り口に見えた赤髪の騎士を見るなり表情が曇る
なんとも言えない複雑な表情で、ハルルの樹の根元から騎士を見つめる
「………そう、一応『上手く』やっているのね」
彼女がじっと見つめていると、赤髪の騎士がこちらを見上げる
恐らくハルルの樹を見ようとしたのだろう
だが、彼女はこの距離で、一瞬目が合ったと感じた
そう感じた瞬間、赤髪の騎士が一気に駆け上がって来るのが目に映る
「……引き上げ時……ね」
小さく呟くとパチンッと指を鳴らす
すると、急に風が吹きハルルの樹の花びらを巻き上げた
ーー風が収まった時には、彼女の姿はそこになかったーー
ーーーーーーーー
「はっ……はぁ……っ」
赤い長髪をなびかせながら、アリシアは坂道を駆け上がっていた
ハルルの街の入り口から樹を見上げた時、確かにその根元に居たのだ
何年も探し続けていた人が、確かにその場所に居たのだ
次こそはと、彼女は樹の根元へと急ぐ
だが、着いた時には一足遅かったようで、その場所には既に人影すらなかった
あるのは風に舞っていた花びらのみ…
「…っ!くそ…っ、またかっ」
ギリッと奥歯を噛み締めながら彼女はその場を睨みつけた
逃げられたことへ対する怒りよりも、別の『何か』に対する憎悪の方が強いようだ
「次は……次こそは……っ」
「アリシア隊長…っ!!」
ラウルの声に彼女は我に返る
「は……はぁ……っ、い、いきなりどうしたんですか…っ?!」
慌てて追いかけて来たらしい彼はぜぇぜぇと息を切らしながら、膝に手を当てていた
「……見知った顔が居た気がしたのよ。……何も言わずに走り出して、悪かったわ」
部下を見たことにより、先程まで溢れそうだった憎悪は嘘のように彼女の中へと引っ込んでいた
バツが悪そうに謝りながら彼女はラウルに手を伸ばした
「…まぁ、いい運動になったんじゃない?」
アリシアは冗談混じりにニヤリと笑う
……が………
「さ……さっきまでの状況の方がいい運動ですよ…っ!全く貴方と言う方は…!!皆が皆、貴方のような体力バカじゃないんです!!少しは御自身の体力と周りの者の体力の差を考慮して頂きたい!!」
どうやら彼にその冗談は通じなかったようだ
本気で怒らせてしまったようで、これには流石に彼女もやばいと感じた
「体力バカって……まぁ、確かに、そこは私の落ち度ね…。これからは注意するわ」
「そうして頂きたいものですよ……ところで、これからどうしますか?エステリーゼ様は少し前にこの街から離れてしまったそうですし……」
「そうね……確か、向かった先はアスピオよね?」
「はい、村長はそう言っておりました」
「ならアスピオへ向かえばいいわ。丁度やらなきゃいけない仕事もあそこにあったし」
「では先に下へ降りて準備をしておきます」
そう言って敬礼をすると、彼は一足先に街の入り口の方へと戻って行った
再び一人になったアリシアはハルルの街の見上げる
見事なまでの満開…
彼女が受けた報告では、確かについ先程まで『枯れていた』はずだった
ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべながら彼女は小さく呟く
「やはり、『彼女』を外へ出して正解でしたよ、閣下」
少しの間、樹を見つめていたが、不意に足元に散らばる花びらへと目を向ける
「……次こそは絶対に逃がさない……次は必ず……×××…っ!……覚悟していなさいよ……
ーー」
再び溢れかけた憎悪を心の奥底へしまいながら、彼女は入り口で待つ部下たちの元へと向かった
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