第一節 帝国と騎士団
*Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『私は大丈夫だから、泣かないでよ二人共』
『もう……私は騎士 なんだから、このくらい平気だって』
『…………ん、そっか。そうだよね…疲れちゃったよね』
『それなら、思い出したいって二人が願う時まで忘れさせてあげるから』
『だから、それまでゆっくり休んで』
『思い出したいって願う日がきたなら……』
『その時は、私の前で、私の名を呼んで?』
『大丈夫、きっと私の名前だけは忘れないよ』
『さあ、思い出すその日まで、暫しお別れです』
『……おやすみなさい、我が主 たちよ』
『決して忘れないように、私の名前だけは、深く心に刻み込んで』
『私の、名は………………』
ー始まりの地~シゾンタニア~ー
カシャッカシャッと、幾つもの金属音が森に響き渡る
それと同じく人の息遣いも響く
「ユーリ!止まって!!」
高い位置で結ばれた朱い髪を揺らしながら立ち止まって女性は前を走る黒髪の青年を静止した
青年…『ユーリ』は足を止めると彼女の傍に戻り周囲を見回した
自分たち以外の人ではない何かの息遣いに警戒しながらユーリは剣を構える
その間に女性は
「終わった!次!!」
その掛け声でユーリは再び走り始めた
「フレン!こっち!!」
先程と容姿のよく似た女性が別の名を呼ぶ
彼女の前方を走っていた金色の髪の青年…『フレン』がその髪を揺らしながら立ち止まる
「はい!!」
礼儀良く返事をすると彼は彼女の元に引き返し、彼女を守るように剣を構えて辺りを見回す
彼が警戒している間に、彼女は
「次行くよ!」
先に走り出した彼女を追いかけるように彼は後に続いた
森を見渡せる高台で隊長服に身を包んだ男が森をじっと見つめていた
あちらこちらから、
その光と手元にあるその
脳裏に浮かぶのは自身の相談相手でもある軍師だ
この作戦を思いついた軍師に関心仕切っていた
魔物の被害が多くなった今、一掃するにはとてもいい案だろう
隣に佇む相棒と言っても過言ではない武装した犬の頭をそっと撫でながら、自身の部下が決められたポイントに集まるのを待っていた
「ったく、あの二人はまーた無茶しやがって」
下を見ながら彼は大きくため息をついた
『あの二人』とは自身の新しい部下のことだ
集まるポイントに先にやって来ていた二人のいるグループ
彼らを追いかけて来ていた魔物の群れが、全員が集まるまで今の均衡状態を保てないと判断したのか、はたまた単純に戦いたいと思ったのかはわからないが、二人が突っ込んで行っているのが見える
こんな姿を見られでもしたら、自身が『彼女』に怒られるのではと若干の苦笑いを零した
全ての隊員が集まったようで、双子の片割れが術を発動させようとしている声が響いた
あの距離であれば彼らも術の中に入れるだろうと起動スイッチを空へと掲げた
「フォースフィールド!!」
高らかに発された声と同じタイミングで
各地に設置された
発動させた術が消えたタイミングで彼らの術も途切れた
「ユーリ!フレン!」
あたり一帯に響く声で彼は二人の部下の名を呼んだ
「初めての任務にしちゃ、上出来じゃねえか!」
確かに危ない真似はしていたが、それでも初めてにては悪くない
満足気に微笑みながら、彼、ナイレン・フェドロックは二人を見下ろした
ユーリ・ローウェルとフレン・シーフォは一言で言えば異質だった
ユーリは口は悪いものの、礼儀作法はある程度出来ていた
時と場合、相手を選んでその態度や口調は区別されていた
普段の素行や態度、服装に加え規律を守ることが苦手という部分は明らかに下町の出である事だと決定づける印象ではあった
だが、行事ーー入団式や隊長格への挨拶周り等ーーの際には、その様な印象がまるでなかった
凛とした堂々たる佇まいに貴族出身だと思った者も少なからずいたのが事実だ
対してフレンは彼とは対象的だ
誰に対しても礼儀正しく接し、礼儀作法は完璧であった
普段から態度や服装はきっちりとしていた上、規律や規則を重視している
常に凛とし、それでいて一歩引いたかのような態度に下町の出だと信じられない者の方が多かった
性格も見た目も正反対な二人だが、何処に行くも何をするのも常に二人一組だった
どれだけ言い分がすれ違って喧嘩をしようが、すぐにケロリとして二人で行動し始める
何故?と疑問を二人に問う者もいた
だが、返ってくる言葉はいつも同じ
ーー隣に居るのが当たり前だからーーそれが本人達の言い分だった
なんの答えにもなっていないと笑った友人すら居た
が、それが二人にとっては答えなのだ
どんな時でも常に隣に居たのは互いだった
二人はなんでも共有して来ていた
だからこその答えだった
この二人には同時期から前の記憶がない
数年前に下町で倒れていたところを助けられて以来そこで過ごしていたが、本当の自分の家が何処なのかはまるでわからない
家族が居たのか、どんな家だったのか、どんな地位に居たのか……十数年の記憶がごっそりと抜け落ちていたのだ
二人に共通してあったのは自身の名と互いの名、幼馴染だということ、そして、一つの名前だった
その名の人物に会えば分かるのではと、奮闘した過去もあったが、名前だけでは検討もつかない
その上、自分たちを知っている人すら居ないと場所で見つかるはずもなかった
失われた記憶と共通して覚えていた名前……
この二つが二人を強く結びつかせていた
もっと大きな理由もあるのだろうが、今の二人を繋ぐものは紛れもなくこの二つだろう
「ユーリ…!!なんで作戦通りに動かないんだ!!」
片付けをしている最中にフレンの怒号が響いた
「なんだよ…なんともなかったんだからいいだろ?」
大きくため息をつきながら、ユーリはフレンを見た
隠そうともせずに辺りに怒りを撒き散らしながらフレンはユーリに近づいた
「確かに今回はなんともなく済んだが、それでもしものことが合ったらどうするだ!?みんなが危険に晒されるんだぞ!?」
「だからぁ!!何度も言うが『もしも』なんて話は嫌いだって言ってんだろっ!?それに、お前だってノリノリだったくせ」
ガツンッと鈍い音が二人の頭の上で響いた
それは、高台から降りてきたナイレンが二人の頭に自身の拳を下ろして言い合いを静止した音だ
「喧嘩なんてしてないで、さっさと片付けに行って来い」
呆れ気味にそう言いながら、彼は両手を腰に当てて項垂れた
剣の成績は同年代や同期……入団してから四、五年のそこそこの歴の持ち主たちを優に超える程にいい二人だが、こうも場所を考えずに喧嘩されては溜まったものではなかった
頭を抑えながら尚「お前のせいで、」などと口喧嘩しながら片付けに向かった二人を横目で見ながら、何もなければただの仲睦まじい友人同士なのに……とため息をついた
「ナイレン隊長」
不意に名を呼ばれ彼が振り返ると、少し困ったような表情をした副隊長…ユルギスの姿が彼の目に入った
ユルギスはチラリと自身の後方を見るように目配せをする
ナイレンは顔を少し強ばらせながら、彼の後方へ足を進めた
「グルルルルルル」
何かを守ろうと、或いは怯えているかのようにランバートが唸り声を上げながら威嚇している
「ランバート」
彼の傍にしゃがみ込みながらナイレンはそっとその背を撫でた
厳しい目で前方を見つめる
そこには季節外れに枯れた木々と、薄らと空気中を舞うエアルが見えていた
人の目に見えるほどに濃度が上がるなど、本来では有り得ない
「もう紅葉化がここまで来ているなんて…」
ユルギスも彼同様、厳しい目でそれを見つめる
「……あぁ、やっぱなんか可笑しいな。……ユルギス、悪いが戻ったら帝都に手紙届けてくれねぇか?」
ゆっくりと立ち上がりながら、ナイレンはそう告げて懐からパイプを取り出しそれに火を付ける
「手紙、ですか?」
「あぁ。アレクセイ騎士団長は取り合ってくれねぇかもしれんが、彼女なら手を貸してくれるかもしれねえからな」
ふーっと煙を吐き出しながら、彼は少しだけ笑った
何かを察したのか、ユルギスはそれ以上詮索せずに少しだけ笑みを浮かべて敬礼した
翌日、ユルギスは書簡を持ってシゾンタニアから帝都へと向かっていた
早くても最低三日は掛かるであろう道を、猛スピードで掛け飛ばしていた
それだけ焦っていたのだ
まさか自身の隊長がすぐにその人物に頼るとは夢にも思っていなかったのだ
それだけ事態が悪化していると知ってしまったのだ
平穏な街、シゾンタニア
帝都から離れており、国の厄介事が中々伝わらない辺境の街
そんな場所でこんな事態が起きるなど、誰が思おうか
つい一ヶ月程前までは変わらない日々の筈だったのだ
それが、この数週間で激変してしまっていた
季節ハズレの紅葉化に加え、街周辺の魔物の凶暴化が酷くなっていっている
こんなのは異常事態だ
あの方ならと藁に縋るような気持ちで、ユルギスはただひたすらに馬を走らせた
殆ど休み無しで走り続けたユルギスが帝都に着いたのはシゾンタニアから出て二日後だった
疲れが溜まってはいたが、それよりもと急ぎ足で目的の人物の居る場所へと向かう
複雑な廊下を迷いもせずにズンズン歩き、一つの扉の前で立ち止まった
軽く深呼吸をしてからノックすれば、「どなたですか?」と女性の声が中から聞こえてくる
「フェドロック隊副隊長のユルギスです」
「入って来ていいですよ」
女性の声を合図に「失礼します」と言いながら扉を開けて彼は中に入った
書類の整理中だったのか、机の上に出された紙と睨めっこをしていた女性がゆっくりと顔を上げる
「お久しぶりです。アリシア副騎士団長」
「久しぶりね、ユルギス」
特徴的な深紅の長髪を揺らしながら、副騎士団長…アリシアは微笑んだ
「それで、一体どうしたの?」
彼女が問いかけると、ユルギスはゆっくりと歩み寄ってナイレンからの手紙を手渡した
「ナイレン隊長からの手紙です。詳細はこちらをお読み頂ければ。……出来ればすぐにお返事を頂きたいのです」
申し訳なさそうに眉をひそめながら遠慮気味に彼は言う
少し不思議そうにしながらも、アリシアはすぐに封を切り中の手紙に目を通した
手紙から離された目には先程と打って変わって真剣な眼差しに変わっていた
「……もっと早くに言ってくれれば良かったのに」
「申し訳ありません……アリシア副騎士団長のお手をわずわらせる程のものではないと思っていましたので…」
「ユルギスのせいじゃないわ。全く……ナイレン隊長も頼ることを知らないんだから」
呆れ気味にそう言った彼女は立ち上がって軽く伸びをする
フェドロック隊に似た、けれども明らかに更に深い漆黒のマントをひるがしながら彼女は窓の方へと足を向ける
「事情はわかった。ユルギス、貴方は先にシゾンタニアへ戻りなさい。アレクセイ閣下には私から交渉するわ」
そう言って微笑んだ彼女から何か嫌な予感をユルギスは感じ取った
「あ、あの……アリシア副騎士団長……?」
疑問符を浮かべた彼に、アリシアはクスクスと笑った
「正直、人魔戦争終戦十周年記念式典なんて退屈そうだから出たくなかったのよね。ナイレン隊長のお陰で、いいサボる口実が出来そう」
面白い悪戯を思いついた子どものような目で彼女は笑う
そう言えば、彼女はまだ成人したてだったかとユルギスは思い出した
気高に振る舞う普段の姿からでは考えられないほど、彼女はまだ若かった
「それじゃあユルギス、ナイレン隊長には数日以内に向かうと伝えておいて?」
「はっ!」
ビシッと敬礼すると、彼は部屋から出て行った
「シゾンタニア………か」
一人残った部屋でアリシアはどこか嬉しそうに口角を上げて窓の外を見つめた
軽く目を閉じて深呼吸をすると、普段通りの落ち着きを見せながら彼女は部屋を出て行った
「……………だから、行かせろ、と?」
ワナワナと拳を震わせながら、騎士団長アレクセイは自身の左腕とも言える副騎士団長アリシアを睨む
彼女は端的に、シゾンタニア周辺でエアルの異常が見られる為調査しに行かせてくれとだけ彼に伝えた
実際問題、エアルの異常だけでなく魔物や植物にまで影響が出ているが、とは敢えて伏せた
「申し上げた通りです」
バッサリと単調に彼女は答える
その瞬間、アレクセイは思い切り机に拳を振り下ろしながら立ち上がった
周りで見守っていた騎士たちがビクリと肩を震わせたの対し、アリシアだけは怯えた表情も見せずに彼を見つめていた
「この時期に何を言っているのだ!!今度の式典には隊長クラスは全員参加だと、奴にも指示を下したはずだ!!!」
怒りを全面的に突き出して怒鳴り散らすアレクセイを、半ば呆れ気味にアリシアは見つめる
「閣下はエアルの問題よりも、式典が重要だと?」
何処か蔑むような声色で問いかければ、いよいよ周りの騎士たちがあわあわと慌て出す
幾ら副騎士団長とはいえ、その言い方には問題かあるだろう
「そうは言っておらん!!式典の後でもいいではないかっ!!」
顔を赤くしながら尚怒鳴り散らす彼に、彼女は盛大にため息をついた
「それでシゾンタニアの住民にもしものことがあればどうなされるのですか?騎士にだけ被害が及ぶのは問題ありませんが、住民にまで被害が出ればここぞとばかりに、評議会の連中が閣下に責任を問いただしてくるやもしれないのですよ?」
彼女がそう言えば、ぐっ、と喉を鳴らして言葉を詰まらせる
今の評議会と騎士団の関係を見ればそうなることは至極当然な結果だ
万が一にでも身内にまでそれが飛んでくることはないとは思うが、それでも、政権に対して不利になることは間違いない
うぐぐぐぐ……っと唸り声を上げながら彼は額に手を当てて椅子に座り直す
これだからこの副騎士団長は……などと悪態づきそうになるのを彼は必死で堪える
そもそも彼女をその地位に上げたのは自分な上に、こういう時以外はどの騎士よりも優秀なため文句が言えずにいた
それ以前に、彼女の意見が正しすぎて反論出来ずにいるだけでもあるのだが
「……それと、閣下。『例の件』の報告書です」
そう言って彼女は書類を彼の机に置いた
何故このタイミングで、などと考えながらも、アレクセイは書類に目を通す
読み終わった頃には目を見開いてアリシアを見つめていた
「……………これは、事実か?」
「私の報告書に今まで嘘などありましたか?」
「………いや、ないな。お前に限ってそれは有り得ない」
してやられてな、などと内心思いながらククッと彼は喉を鳴らした
「よかろう。どうせ式典の警護はシュヴァーンに任せてある。その上、我が騎士団で唯一第十六小隊まで持っているお前の隊が適任だな」
「勿体ないお言葉です。お許し頂き、ありがとうございます」
わざとらしく深々お辞儀しながら、彼女は口角をを上げた
「お前のことだ。待っているつもりは無いのだろう?」
半ば諦め気味に苦笑いをしながらアレクセイは問いかける
「ええ、待つなど私には向いておりませんので」
ニコリと満面の笑みを浮かべた彼女にいよいよため息をついた
「第五から第八小隊は帝都、並びにエステリーゼ様、ヨーデル様両殿下の護衛に当たらせます。私の代理として、副隊長のシャウラを置いて行きます。それと、第九小隊から第十六小隊は『いつも通り』の任務につかせますので」
「うむ、わかった。………この件に関しての対処は全てのお前に託す。どのような結果になろうが、必ず問題を潰してくるのだ」
ギラリと彼の瞳が強く光る
何かを威圧するような空気が辺りに漂う
「……御意のままに」
左手を背に回し、右手を左胸に当てた彼女瞳もまたギラリと光る
先程までの何処か子ども地味た雰囲気は既にない
まるで獲物を狩りに行くかのような目付きて彼女はアレクセイを見た
彼が満足気にニヤリと口角を上げると空気が一変する
いつの間にかアリシアも口角を上げていた
もう一度敬礼すると、彼女はその場から立ち去った
その足ですぐさま自身の隊を招集し、翌朝には四小隊を率いてシゾンタニアへと向かっていた