第二節 水道魔導器騒動
*Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ー花の街【ハルル】ー
クオイの森から歩くこと数十分…ユーリ達一行は目的地であるハルルへと辿り着いた
「ここが花の街ハルルなんですよね?」
「うん、そうだよ」
カロルの答えにユーリは空を見上げる
ここが目的の街なのならば、結界があるはずなのだが、彼の視界に結界の光は映らなかった
「この街、結界がないのか?」
「そんなはずは……」
ありえないと言いたげにエステルはユーリと同じように空を見上げ、辺りを見回す
「ふたりともハルルは初めて?」
そんな二人にカロルはそう声をかける
二人はカロルの方を向くとゆっくりと頷いた
「そっか。だったら、ハルルの樹の結界魔導器 も知らないんだ」
「樹の結界?」
「魔導器 の中には植物と融合し有機的特性を身につけることで進化をするものがある、です
その代表が、花の街ハルルの結界魔導器 だと本で読みました」
首を傾げたユーリにエステルはそう説明をした
「……博識だな。で、その自慢の結界はどうしちまったんだ?」
エステルの知識の多さにユーリは違和感を感じながらもそう問い返した
「役に立ってねえみたいだけど」
そう言ってユーリはカロルに近付く
「毎年、満開の季節が近付くと一時的に結界が弱くなるんだよ。ちょうど今の季節なんだけど、そこを魔物に襲われて……」
「結界魔導器がやられたのか?」
「うん。魔物はやっつけたけど、樹が徐々に枯れ始めてるんだ」
カロルがハルルの樹の説明を終えたタイミングで一人の少女が彼らの前を走り去った
「あ!」
何かを思い出したように声をあげ、カロルはその少女が走り去った方向を見つめる
「ど、どうしたんです?」
「ごめん!用事があったんだ!じゃあね!」
早口でそう告げると、彼は少女の去った方向へ駆け出した
呆れ気味に溜息をつきながら、ユーリはカロルの背を見つめる
「勝手に忙しいやつだな。エステルはフレンを探すんだよな……」
そう言い終わる前に、エステルは道端に座り込む街の人々の元へと駆け寄っていた
そんな彼女の姿に、ユーリは肩を落とす
「大人しくしとけってまだわかってないらしいな。それにフレンはいいのかよ」
彼女はフレンに身の危機を知らせる為に帝都から出たはずなのだが…
どうやら目の前で困っている人をほってはおけないようだ
そんな姿に苦笑しつつユーリはシャドゥに声を掛ける
「(ヴォルトの奴はまだ帰って来そうにないか?)」
《ジジ……今、戻ッタ》
ユーリが問いかけたタイミングで、丁度彼は戻って来たようだ
「(フレンはなんて?)」
《早ク追イツケ、言ッタ》
「(あの野郎……本気で待ってるつもりなかったのかよ…)」
《ギギ…ソレト、暗イ街、イフリートノ気配、アッタ》
「(イフリート……火の守護者 、だったか?)」
《ソウ。ユーリドノ、ノ守護者 》
デイドン砦の辺りからもしかしたらいるかもしれない、と思っていた守護者 がこうもあっさりと居場所を突き止められたことに、ユーリは驚く
《ジジ…少シ前マデ、シルフモイタ。今、イナイ》
「(シルフはフレンの風の守護者 だったな。あいつと合流したのか?)」
《光、主 ノトコ、イナイ。多分、イフリートト別行動》
「(…そっか。サンキュ)」
ユーリはヴォルトにそう言うと、エステルの向かった方へと足を向けた
街の入り口から奥に進んで行くと、噴水のある小さな広場がユーリの目に入る
魔物の襲撃で負傷したのであろう人々が身を寄せており、そこにエステルの姿もあった
「わたしに皆さんの手当てをさせてくれませんか?」
村の長らしき老人に彼女はそう声を掛ける
「なんと、治癒術をお使いになるのか!?ええ、それはぜひとも!……あ、いや、ですが、私らお金の方は……」
「そんなのいりません」
エステルはそう言うと負傷した人の手当てを始める
少し離れた場所から、ユーリはその様子をじっと見つめていた
その目線は彼女の武醒魔導器 に向けられていた
「すごい……痛みがなくなった。あ、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
怪我の治った女性がエステルにそうお礼を告げる
やはり何度見ても彼女の武醒魔導器 の魔核 が光っていないことに、ユーリは違和感を感じた
「(ヴォルト、なんかわかるか?)」
守護者 である彼なら、何か知っているかもしれないと思ったユーリはヴォルトに問いかける
《ジジ……知ッテル。ケド、ユノガ言ウナ、言ッタ》
「(なんでだ?)」
《時ガ来タラ、ユノ、教エル。ダカラ、待ッテ欲シイ、言ッテタ》
「(…わーったよ)」
教えてくれそうにない雰囲気にユーリは諦め、エステルの方へと目を向ける
広場にいた人々の手当ては既に終わっていたようで、彼女は老人かれお礼を言われているところであった
「いやはや、これほどの治癒術があったなんて……。なんとお礼を言えばいいのか」
「いえ、本当にいいですから」
何度も頭を下げる老人にエステルはあたふたとしている
「顕著なお嬢さんだ。騎士団の方々にも見習って欲しいものです」
「まったくですよ!騎士に護衛をお願いしても、何もしてくれないんですから」
「まぁ、帝国の方々には私らがどうなろうと関係ないんでしょうな」
「うそ……そんなはずは……」
村人達のそんな会話に、エステルは絶句する
騎士は民を守る為にいる
そういうものだと思っていた彼女にとってそれは、今までの彼女の中の騎士像とは違ったものだったからだろう
「あ、でも、あの騎士だけは違ってましたよね?」
「おお、あの青年か。彼がいなければ、今頃私らは全滅でしたわ。今年は結界の弱まる時期が早く、護衛を依頼したギルドが来る前に襲われてしまいましてな。
偶然、街に滞在していた巡礼の騎士様御一行が魔物を退けてくださったのです」
老人の言葉に、ユーリは親友であるフレンのことが頭によぎった
巡礼の騎士、と言えばフレン以外いないだろう
「巡礼の騎士って」
「その騎士様って、フレンって名前じゃなかった?」
エステルと老人の傍に来たユーリはそう問いかける
「ええ、フレン・シーフォと」
「まだ街に居るんですか!?」
住民の答えにエステルは興奮気味に詰め寄った
「いえ、結界を直す魔導師を探すと言って旅立たれました」
「行き先まではわからないか」
「東の方へ向かったようですがそれ以上のことは……」
「そうですか。でも、ここで待っていれば、フレンは戻ってくるんですね」
ユーリの言葉に、エステルは嬉しそうに笑いながら振り向いた
「よかったな。追いついて」
「はい………会うまでは安心できませんけどよかったです」
そう言いながらも、彼女は先程までとは違って安堵しているように見える
「ハルルの樹でも見に行こうぜ。エステルも見たいだろ?」
ユーリがそう提案すると、エステルは少し驚いた表情で彼を見つめる
「あ、はい!ユーリはいいんです?魔核ドロボウを追わなくても」
「樹見てる時間くらいはあるって」
そう言うと、ユーリはハルルの樹の方へと足を向ける
樹に向かう途中、吊り橋の上で座り込むカロルの姿が二人の目に入る
「はぁ、人違いか……ギルドのみんなもいない……ずいぶん待たせちゃったからなぁ。怒って行っちゃったんだ……」
ユーリ達が近づくと、そんな落ち込んだ声が聞こえてきた
「満開に咲くハルルの花……。見せてあげたかったのに。そうすれば、きっと……」
「カロル、どうしたんです?」
「どこに行っちゃったんだろう。本当に行っちゃったのかな。ボクだってちゃんとやってるのに」
エステルは声をかけるが、カロルはそれに気づかなかった
「カロル?」
「ひとりにしといてやろうぜ」
再度声を掛けるエステルに、ユーリはそう言った
「おしまい、おしまい。もうおしまい、ほんとにおしまい。何がなんでもおしまいだ……」
両膝に顔を埋め、今にも泣き出しそうな声でカロルは小さく呟いた
そっとしておいた方がいいと判断したユーリはその場を離れようとカロルに背を向ける
その目線の先に小さな三人の子どもの姿が映る
「武器も用意したし、これで戦えるぞぉ!」
「長も、戦っていいって、言ってくれるね!」
「フレン様みたいに、魔物もやっつけよ〜!」
「「「お〜!」」」
子ども達はそう言ってユーリ達の前を走り抜けて行った
「あんな子どもまで……早く、結界が戻ればいいのに」
「そうだな」
そう言って二人は、走り去って行く子ども達の背を見つめた
「近くで見るとほんと、でっけ〜」
ハルルの樹の真下に来たユーリ達
ユーリは樹を見上げながらそう呟く
「もうすぐ花が咲く季節なんですよね」
その隣でエステルも樹を見上げる
「どうせなら、花が咲いてるところ見てみたかったな」
「そうですね。満開の花が咲いて街を守ってるなんて素敵です」
エステルはそう言いながら樹から目を逸らし、ユーリの方を向いた
「わたし、フレンが戻るまでケガ人の治療を続けます」
「なぁ、どうせ治すんなら、結界の方にしないか?」
エステルと同じく、彼女の方を向きながらユーリはそう口を開いた
「え?」
ユーリの言葉にエステルは驚いた表情で彼を見つめる
「魔物が来れば、またケガ人が出るんだ。今度はさっきのガキたちが大ケガするかもしれねぇ」
「それはそうですけど、どうやって結界を?」
「こんなでかい樹だ。魔物に襲われた程度で枯れたりしないだろ」
そう言いながら、ユーリは樹の幹を軽く叩いた
「何か他に理由があるってことですか?」
「オレはそう思うけどな」
二人が樹の周りを見ていると、先程の老人がやってくた
「おふたりとも、一体何をなさっているのですか?」
樹の周りを調べている二人を見つめながら、彼は首を傾げた
「樹が枯れた原因を調べているんです」
「難しいと思いますよ。フレン様にも原因まではわからなかったようですから」
どこか残念そうに顔を顰めて老人はそう言った
そんな話をしていると寂しげに俯いたカロルがとぼとぼと歩いてくるのが、エステルの目に映る
「あ、カロル!カロルも手伝ってください!」
エステルはそう言ってカロルを引き止める
「……なにやってんの?」
足を止めたカロルはそう言いながら三人の方を向いた
その声には先程までの元気はない
「ハルルの樹が枯れた原因を調べているんだそうです」
「なんだ、そのこと……」
「なんだ、じゃないです」
「理由なら知ってるよ。そのためにボクは森でエッグベアを……」
「ん?どうゆうとこだ?」
「土をよく見て。変色してるでしょ?」
言われるままに三人は地面を見つめる
カロルの言う通り、本来茶色の筈の土が赤黒く変色していた
「それ、街を襲った魔物の血を土が吸っちゃってるんだ。その血が毒になってハルルの樹を枯らしてるの」
「なんと!魔物の血が……そうだったのですか」
老人は驚いた声でそう呟く
誰も魔物の血が植物の毒になるとは考えないだろう
「カロルは物知りなんですね」
「………ボクにかかれば、こんくらいどうってことないよ」
「その毒をなんとか出来る都合のいいもんはないのか?」
「あるよ、あるけど……。誰も信じてくれないよ……」
カロルは再び俯いてしまう
そんなカロルに、ユーリは近づき目線を合わせるように彼の目の前でしゃがんだ
「なんだよ、言ってみなって」
比較的優しい声で、ユーリは問いかけた
「パナシーアボトルがあれば、治せると思うんだ」
「パナシーアボトルか。よろず屋にあればいいけど」
「行きましょう、ユーリ!」
エステルはそう言うと一人先に走って行ってしまう
ラピードはユーリをチラリと見上げると、先に行ってしまったエステルの後を追いかけて行った
「(ったく……なぁヴォルト、ホントにパナシーアボトルで治るのか?)」
《ジジ……樹モ生キテイル。多分、効クハズ…》
「(随分と曖昧な言い方だな)」
《ギギ………コウイウノ、ノームノ方ガ、得意。ダカラ、ヨク、ワカラナイ…》
「(ノーム…確か俺の守護者 だったよな……そっか。それなら仕方ねぇか)」
ヴォルトとの会話が終わると、ユーリは先によろず屋に向かったエステル達の後を追った
「はいよ、いらっしゃい。今日は何がいり用で?」
「パナシーアボトルはあるか?」
店員にそう問いかけると、彼は申し訳なさそうに顔を歪めた
「あいにくと今切らしてるんだ」
「そんな……」
その答えにエステルは項垂れた
唯一の手がかりであったパナシーアボトルが、よろず屋にないとは思わなかったのだろう
「素材さえあれば、合成できるんだがね」
「何があれば作れる?」
「『エッグベアの爪』と『ニアの実』『ルルリエの花びら』の3つだ。けど、パナシーアボトルを一体、何に使うんだ?先日も同じことを聞いてきたガキがいたんだが」
店員は不思議そうに首を傾げながら問いかけてくる
「ハルルの樹を治すんです」
「え?パナシーアボトルを樹に使うなんて、聞いたことないけどなぁ?」
エステルの答えに店員は驚きを隠せなかったようだ
「ふ〜ん、なるほど」
ユーリはそう呟きながら腰に手を当てる
カロルが信じて貰えないと言ったのはこれが原因なのだろう
「あの、『ニアの実』ってどういうものです?」
「エステルが森で美味しい美味しいって食ってたあの苦い果実だ」
「なら、エッグベアは?」
「悪い、魔物は専門外だからよく知らないんだ
魔物狩りを生業にしてる魔狩りの剣の人間でもいれば、わかるんだろうけど……」
『魔狩りの剣』という言葉に二人は顔を見合わせた
そして、ユーリが後ろを振り返ると、灯篭の影に身を隠しているカロルの姿が目に映る
どうやら二人のことを影からこっそり覗いていたようだ
「あいつ、そのために森にいたのか……」
「ルルリエの花びらというのは?」
「この街の真ん中にハルルの樹があるだろ?あれの花びらさ。普通なら魔導樹脂を使うんだけど、このあたりにはないからね」
「でも、花は枯れちゃってるし……」
「ルルリエの花びらは長が持ってると思うから聞いてみてよ」
「わかった。素材が集まったらまた来るよ」
店員にそう声をかけて、ユーリ達はよろず屋に背を向けた
そして、今尚灯篭の影に身を隠しているカロルの傍へ近づくとその足を止める
「カロル、クオイの森に行くぞ」
「え?」
驚いた表情でカロルはユーリを見上げた
「森で言ってたろ?エッグベアかくご〜って」
「パナシーアボトルで治るって信じてくれるの……?」
どこか警戒気味に、カロルはユーリにそう問いかけた
「嘘ついてんのか?」
ユーリがそう聞くと、カロルは首を大きく横に振って否定する
「だったら、オレはお前の言葉に賭けるよ」
「ユーリ……も、もう、しょうがないな〜。ボクも忙しいんだけどね〜」
先程までの元気の無さはどこへ行ったのか、嬉しそうに声のトーンを上げてカロルは笑った
「決まりですね!わたしたちで結界を直しましょう」
「エステルも来るの?」
「当たり前じゃないですか」
不思議そうに首を傾げながら聞いてきたカロルに、当然だとエステルは答える
「フレン待たなくていいのかよ」
ユーリがそう聞くと、エステルは彼の方を振り返った
「治すなら樹を直せって言ったのはユーリですよ」
ほんの少しムスッとしながら、エステルはそう答える
「なら、フレンが戻る前に樹直して、びびらせてやろうぜ」
意地悪そうにニカッと笑いながらユーリは二人に向かってそう言った
こうして、三人と一匹はエッグベアを倒すべく、再びクオイの森へと足を向けた
〜その頃〜
「…で?まだ平原の主は去らないわけ?」
騎士団の派出所でアリシアは機嫌悪そうに部下に問いかけた
「も、申し訳ございません…。奴が去るにはまだ時間が掛かるかと……」
「ったく……こうしている間にも、エステリーゼ様は先に進んでしまっているかもしれないのに…これじゃあなんの為に閣下を説得してまで私が出てきたんだか………」
足を組みながら、アリシアは大きなため息をつく
そして、ブツブツと小声で文句を言い始めた
その様子に彼女の部下を含め、派出所にいる騎士は全員恐怖した
怒りの矛先が自分に向かないかと怯えていた
そんな時だった
「アリシア隊長。第14小隊、到着致しました」
派出所の扉が開かれ、一人の騎士がそう言いながら入ってきた
「…あら、ライズ。思っていたよりも早く着いたわね」
「そろそろアリシア隊長がイラついている頃合いだと思いまして。早めに切り上げて来ました」
呆れ気味に彼女を見つめながら、ライズと呼ばれた騎士は答える
「……ホント、私の隊員達は言葉に容赦がないんだから…もうちょっと尊敬してくれてもいいんじゃない?」
大きくため息をつきながら、アリシアは彼を見る
「尊敬はしていますよ。ただ、もっと副騎士団長という立場を自覚して頂かかないと、我々が困ります」
「はいはい、わかったわよ。…それで?すぐ出られそうなのかしら?」
「勿論です」
その答えに、アリシアはニヤリと笑う
先程まで不機嫌だったのはどこへいったのか、上機嫌に笑う
「それじゃ、行きましょうか」
そう言って彼女は立ち上がる
「行くって…まさか、砦の向こう側にですか?!」
「そうよ?んー、でも門を開ける訳にはいかないし…」
そう言いながら、彼女は砦の上へと繋がる梯子に目を向ける
「…『上』から、かな?」
ニヤリと笑いながら、彼女は自分の隊員に目を向ける
「『上』から、ですね」
「ええ。準備はいいかしら?」
「はっ!」
「じゃ、行きましょうか」
そう言い、驚く派出所の騎士達を横目に彼女達は梯子を登っていく
「…さて、流石に平原の主とはやり合いたくないわね」
砦の上へと出るなり、彼女は辺りを見回す
「……なるほど、『あっち』ね」
平原の主を見つけるなり、アリシアはそれと距離を取るように離れた場所へ移動する
「…うん、ここからなら行けそうね」
平原の主から離れた場所を見つけると、砦の縁へと飛び乗る
「さぁ、行くわよ!」
剣を抜きながら、彼女は隊員の方を向く
「ここから降りる度胸のないやつは容赦なく置いて行くから、それが嫌ならしっかり着いてきなさいね!」
そう言うと、そのまま飛び降りていく
その後に続いて他の隊員達も次々と飛び降りていった
アリシアは地面に近づくと、真下にいる魔物目掛けて剣を振り払う
魔物の上に足をつくと、そのまま蹴りを入れ、魔物を退かす
現れた地面の上に足をつくと、彼女の周りに隊員達が次々と降りてくる
「さ、お前ら、ハルルまで最短距離で向かうぞ」
「「はっ!!」」
彼女の合図と共に、騎士達は魔物目掛けて走り出した
クオイの森から歩くこと数十分…ユーリ達一行は目的地であるハルルへと辿り着いた
「ここが花の街ハルルなんですよね?」
「うん、そうだよ」
カロルの答えにユーリは空を見上げる
ここが目的の街なのならば、結界があるはずなのだが、彼の視界に結界の光は映らなかった
「この街、結界がないのか?」
「そんなはずは……」
ありえないと言いたげにエステルはユーリと同じように空を見上げ、辺りを見回す
「ふたりともハルルは初めて?」
そんな二人にカロルはそう声をかける
二人はカロルの方を向くとゆっくりと頷いた
「そっか。だったら、ハルルの樹の
「樹の結界?」
「
その代表が、花の街ハルルの
首を傾げたユーリにエステルはそう説明をした
「……博識だな。で、その自慢の結界はどうしちまったんだ?」
エステルの知識の多さにユーリは違和感を感じながらもそう問い返した
「役に立ってねえみたいだけど」
そう言ってユーリはカロルに近付く
「毎年、満開の季節が近付くと一時的に結界が弱くなるんだよ。ちょうど今の季節なんだけど、そこを魔物に襲われて……」
「結界魔導器がやられたのか?」
「うん。魔物はやっつけたけど、樹が徐々に枯れ始めてるんだ」
カロルがハルルの樹の説明を終えたタイミングで一人の少女が彼らの前を走り去った
「あ!」
何かを思い出したように声をあげ、カロルはその少女が走り去った方向を見つめる
「ど、どうしたんです?」
「ごめん!用事があったんだ!じゃあね!」
早口でそう告げると、彼は少女の去った方向へ駆け出した
呆れ気味に溜息をつきながら、ユーリはカロルの背を見つめる
「勝手に忙しいやつだな。エステルはフレンを探すんだよな……」
そう言い終わる前に、エステルは道端に座り込む街の人々の元へと駆け寄っていた
そんな彼女の姿に、ユーリは肩を落とす
「大人しくしとけってまだわかってないらしいな。それにフレンはいいのかよ」
彼女はフレンに身の危機を知らせる為に帝都から出たはずなのだが…
どうやら目の前で困っている人をほってはおけないようだ
そんな姿に苦笑しつつユーリはシャドゥに声を掛ける
「(ヴォルトの奴はまだ帰って来そうにないか?)」
《ジジ……今、戻ッタ》
ユーリが問いかけたタイミングで、丁度彼は戻って来たようだ
「(フレンはなんて?)」
《早ク追イツケ、言ッタ》
「(あの野郎……本気で待ってるつもりなかったのかよ…)」
《ギギ…ソレト、暗イ街、イフリートノ気配、アッタ》
「(イフリート……火の
《ソウ。ユーリドノ、ノ
デイドン砦の辺りからもしかしたらいるかもしれない、と思っていた
《ジジ…少シ前マデ、シルフモイタ。今、イナイ》
「(シルフはフレンの風の
《光、
「(…そっか。サンキュ)」
ユーリはヴォルトにそう言うと、エステルの向かった方へと足を向けた
街の入り口から奥に進んで行くと、噴水のある小さな広場がユーリの目に入る
魔物の襲撃で負傷したのであろう人々が身を寄せており、そこにエステルの姿もあった
「わたしに皆さんの手当てをさせてくれませんか?」
村の長らしき老人に彼女はそう声を掛ける
「なんと、治癒術をお使いになるのか!?ええ、それはぜひとも!……あ、いや、ですが、私らお金の方は……」
「そんなのいりません」
エステルはそう言うと負傷した人の手当てを始める
少し離れた場所から、ユーリはその様子をじっと見つめていた
その目線は彼女の
「すごい……痛みがなくなった。あ、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
怪我の治った女性がエステルにそうお礼を告げる
やはり何度見ても彼女の
「(ヴォルト、なんかわかるか?)」
《ジジ……知ッテル。ケド、ユノガ言ウナ、言ッタ》
「(なんでだ?)」
《時ガ来タラ、ユノ、教エル。ダカラ、待ッテ欲シイ、言ッテタ》
「(…わーったよ)」
教えてくれそうにない雰囲気にユーリは諦め、エステルの方へと目を向ける
広場にいた人々の手当ては既に終わっていたようで、彼女は老人かれお礼を言われているところであった
「いやはや、これほどの治癒術があったなんて……。なんとお礼を言えばいいのか」
「いえ、本当にいいですから」
何度も頭を下げる老人にエステルはあたふたとしている
「顕著なお嬢さんだ。騎士団の方々にも見習って欲しいものです」
「まったくですよ!騎士に護衛をお願いしても、何もしてくれないんですから」
「まぁ、帝国の方々には私らがどうなろうと関係ないんでしょうな」
「うそ……そんなはずは……」
村人達のそんな会話に、エステルは絶句する
騎士は民を守る為にいる
そういうものだと思っていた彼女にとってそれは、今までの彼女の中の騎士像とは違ったものだったからだろう
「あ、でも、あの騎士だけは違ってましたよね?」
「おお、あの青年か。彼がいなければ、今頃私らは全滅でしたわ。今年は結界の弱まる時期が早く、護衛を依頼したギルドが来る前に襲われてしまいましてな。
偶然、街に滞在していた巡礼の騎士様御一行が魔物を退けてくださったのです」
老人の言葉に、ユーリは親友であるフレンのことが頭によぎった
巡礼の騎士、と言えばフレン以外いないだろう
「巡礼の騎士って」
「その騎士様って、フレンって名前じゃなかった?」
エステルと老人の傍に来たユーリはそう問いかける
「ええ、フレン・シーフォと」
「まだ街に居るんですか!?」
住民の答えにエステルは興奮気味に詰め寄った
「いえ、結界を直す魔導師を探すと言って旅立たれました」
「行き先まではわからないか」
「東の方へ向かったようですがそれ以上のことは……」
「そうですか。でも、ここで待っていれば、フレンは戻ってくるんですね」
ユーリの言葉に、エステルは嬉しそうに笑いながら振り向いた
「よかったな。追いついて」
「はい………会うまでは安心できませんけどよかったです」
そう言いながらも、彼女は先程までとは違って安堵しているように見える
「ハルルの樹でも見に行こうぜ。エステルも見たいだろ?」
ユーリがそう提案すると、エステルは少し驚いた表情で彼を見つめる
「あ、はい!ユーリはいいんです?魔核ドロボウを追わなくても」
「樹見てる時間くらいはあるって」
そう言うと、ユーリはハルルの樹の方へと足を向ける
樹に向かう途中、吊り橋の上で座り込むカロルの姿が二人の目に入る
「はぁ、人違いか……ギルドのみんなもいない……ずいぶん待たせちゃったからなぁ。怒って行っちゃったんだ……」
ユーリ達が近づくと、そんな落ち込んだ声が聞こえてきた
「満開に咲くハルルの花……。見せてあげたかったのに。そうすれば、きっと……」
「カロル、どうしたんです?」
「どこに行っちゃったんだろう。本当に行っちゃったのかな。ボクだってちゃんとやってるのに」
エステルは声をかけるが、カロルはそれに気づかなかった
「カロル?」
「ひとりにしといてやろうぜ」
再度声を掛けるエステルに、ユーリはそう言った
「おしまい、おしまい。もうおしまい、ほんとにおしまい。何がなんでもおしまいだ……」
両膝に顔を埋め、今にも泣き出しそうな声でカロルは小さく呟いた
そっとしておいた方がいいと判断したユーリはその場を離れようとカロルに背を向ける
その目線の先に小さな三人の子どもの姿が映る
「武器も用意したし、これで戦えるぞぉ!」
「長も、戦っていいって、言ってくれるね!」
「フレン様みたいに、魔物もやっつけよ〜!」
「「「お〜!」」」
子ども達はそう言ってユーリ達の前を走り抜けて行った
「あんな子どもまで……早く、結界が戻ればいいのに」
「そうだな」
そう言って二人は、走り去って行く子ども達の背を見つめた
「近くで見るとほんと、でっけ〜」
ハルルの樹の真下に来たユーリ達
ユーリは樹を見上げながらそう呟く
「もうすぐ花が咲く季節なんですよね」
その隣でエステルも樹を見上げる
「どうせなら、花が咲いてるところ見てみたかったな」
「そうですね。満開の花が咲いて街を守ってるなんて素敵です」
エステルはそう言いながら樹から目を逸らし、ユーリの方を向いた
「わたし、フレンが戻るまでケガ人の治療を続けます」
「なぁ、どうせ治すんなら、結界の方にしないか?」
エステルと同じく、彼女の方を向きながらユーリはそう口を開いた
「え?」
ユーリの言葉にエステルは驚いた表情で彼を見つめる
「魔物が来れば、またケガ人が出るんだ。今度はさっきのガキたちが大ケガするかもしれねぇ」
「それはそうですけど、どうやって結界を?」
「こんなでかい樹だ。魔物に襲われた程度で枯れたりしないだろ」
そう言いながら、ユーリは樹の幹を軽く叩いた
「何か他に理由があるってことですか?」
「オレはそう思うけどな」
二人が樹の周りを見ていると、先程の老人がやってくた
「おふたりとも、一体何をなさっているのですか?」
樹の周りを調べている二人を見つめながら、彼は首を傾げた
「樹が枯れた原因を調べているんです」
「難しいと思いますよ。フレン様にも原因まではわからなかったようですから」
どこか残念そうに顔を顰めて老人はそう言った
そんな話をしていると寂しげに俯いたカロルがとぼとぼと歩いてくるのが、エステルの目に映る
「あ、カロル!カロルも手伝ってください!」
エステルはそう言ってカロルを引き止める
「……なにやってんの?」
足を止めたカロルはそう言いながら三人の方を向いた
その声には先程までの元気はない
「ハルルの樹が枯れた原因を調べているんだそうです」
「なんだ、そのこと……」
「なんだ、じゃないです」
「理由なら知ってるよ。そのためにボクは森でエッグベアを……」
「ん?どうゆうとこだ?」
「土をよく見て。変色してるでしょ?」
言われるままに三人は地面を見つめる
カロルの言う通り、本来茶色の筈の土が赤黒く変色していた
「それ、街を襲った魔物の血を土が吸っちゃってるんだ。その血が毒になってハルルの樹を枯らしてるの」
「なんと!魔物の血が……そうだったのですか」
老人は驚いた声でそう呟く
誰も魔物の血が植物の毒になるとは考えないだろう
「カロルは物知りなんですね」
「………ボクにかかれば、こんくらいどうってことないよ」
「その毒をなんとか出来る都合のいいもんはないのか?」
「あるよ、あるけど……。誰も信じてくれないよ……」
カロルは再び俯いてしまう
そんなカロルに、ユーリは近づき目線を合わせるように彼の目の前でしゃがんだ
「なんだよ、言ってみなって」
比較的優しい声で、ユーリは問いかけた
「パナシーアボトルがあれば、治せると思うんだ」
「パナシーアボトルか。よろず屋にあればいいけど」
「行きましょう、ユーリ!」
エステルはそう言うと一人先に走って行ってしまう
ラピードはユーリをチラリと見上げると、先に行ってしまったエステルの後を追いかけて行った
「(ったく……なぁヴォルト、ホントにパナシーアボトルで治るのか?)」
《ジジ……樹モ生キテイル。多分、効クハズ…》
「(随分と曖昧な言い方だな)」
《ギギ………コウイウノ、ノームノ方ガ、得意。ダカラ、ヨク、ワカラナイ…》
「(ノーム…確か俺の
ヴォルトとの会話が終わると、ユーリは先によろず屋に向かったエステル達の後を追った
「はいよ、いらっしゃい。今日は何がいり用で?」
「パナシーアボトルはあるか?」
店員にそう問いかけると、彼は申し訳なさそうに顔を歪めた
「あいにくと今切らしてるんだ」
「そんな……」
その答えにエステルは項垂れた
唯一の手がかりであったパナシーアボトルが、よろず屋にないとは思わなかったのだろう
「素材さえあれば、合成できるんだがね」
「何があれば作れる?」
「『エッグベアの爪』と『ニアの実』『ルルリエの花びら』の3つだ。けど、パナシーアボトルを一体、何に使うんだ?先日も同じことを聞いてきたガキがいたんだが」
店員は不思議そうに首を傾げながら問いかけてくる
「ハルルの樹を治すんです」
「え?パナシーアボトルを樹に使うなんて、聞いたことないけどなぁ?」
エステルの答えに店員は驚きを隠せなかったようだ
「ふ〜ん、なるほど」
ユーリはそう呟きながら腰に手を当てる
カロルが信じて貰えないと言ったのはこれが原因なのだろう
「あの、『ニアの実』ってどういうものです?」
「エステルが森で美味しい美味しいって食ってたあの苦い果実だ」
「なら、エッグベアは?」
「悪い、魔物は専門外だからよく知らないんだ
魔物狩りを生業にしてる魔狩りの剣の人間でもいれば、わかるんだろうけど……」
『魔狩りの剣』という言葉に二人は顔を見合わせた
そして、ユーリが後ろを振り返ると、灯篭の影に身を隠しているカロルの姿が目に映る
どうやら二人のことを影からこっそり覗いていたようだ
「あいつ、そのために森にいたのか……」
「ルルリエの花びらというのは?」
「この街の真ん中にハルルの樹があるだろ?あれの花びらさ。普通なら魔導樹脂を使うんだけど、このあたりにはないからね」
「でも、花は枯れちゃってるし……」
「ルルリエの花びらは長が持ってると思うから聞いてみてよ」
「わかった。素材が集まったらまた来るよ」
店員にそう声をかけて、ユーリ達はよろず屋に背を向けた
そして、今尚灯篭の影に身を隠しているカロルの傍へ近づくとその足を止める
「カロル、クオイの森に行くぞ」
「え?」
驚いた表情でカロルはユーリを見上げた
「森で言ってたろ?エッグベアかくご〜って」
「パナシーアボトルで治るって信じてくれるの……?」
どこか警戒気味に、カロルはユーリにそう問いかけた
「嘘ついてんのか?」
ユーリがそう聞くと、カロルは首を大きく横に振って否定する
「だったら、オレはお前の言葉に賭けるよ」
「ユーリ……も、もう、しょうがないな〜。ボクも忙しいんだけどね〜」
先程までの元気の無さはどこへ行ったのか、嬉しそうに声のトーンを上げてカロルは笑った
「決まりですね!わたしたちで結界を直しましょう」
「エステルも来るの?」
「当たり前じゃないですか」
不思議そうに首を傾げながら聞いてきたカロルに、当然だとエステルは答える
「フレン待たなくていいのかよ」
ユーリがそう聞くと、エステルは彼の方を振り返った
「治すなら樹を直せって言ったのはユーリですよ」
ほんの少しムスッとしながら、エステルはそう答える
「なら、フレンが戻る前に樹直して、びびらせてやろうぜ」
意地悪そうにニカッと笑いながらユーリは二人に向かってそう言った
こうして、三人と一匹はエッグベアを倒すべく、再びクオイの森へと足を向けた
〜その頃〜
「…で?まだ平原の主は去らないわけ?」
騎士団の派出所でアリシアは機嫌悪そうに部下に問いかけた
「も、申し訳ございません…。奴が去るにはまだ時間が掛かるかと……」
「ったく……こうしている間にも、エステリーゼ様は先に進んでしまっているかもしれないのに…これじゃあなんの為に閣下を説得してまで私が出てきたんだか………」
足を組みながら、アリシアは大きなため息をつく
そして、ブツブツと小声で文句を言い始めた
その様子に彼女の部下を含め、派出所にいる騎士は全員恐怖した
怒りの矛先が自分に向かないかと怯えていた
そんな時だった
「アリシア隊長。第14小隊、到着致しました」
派出所の扉が開かれ、一人の騎士がそう言いながら入ってきた
「…あら、ライズ。思っていたよりも早く着いたわね」
「そろそろアリシア隊長がイラついている頃合いだと思いまして。早めに切り上げて来ました」
呆れ気味に彼女を見つめながら、ライズと呼ばれた騎士は答える
「……ホント、私の隊員達は言葉に容赦がないんだから…もうちょっと尊敬してくれてもいいんじゃない?」
大きくため息をつきながら、アリシアは彼を見る
「尊敬はしていますよ。ただ、もっと副騎士団長という立場を自覚して頂かかないと、我々が困ります」
「はいはい、わかったわよ。…それで?すぐ出られそうなのかしら?」
「勿論です」
その答えに、アリシアはニヤリと笑う
先程まで不機嫌だったのはどこへいったのか、上機嫌に笑う
「それじゃ、行きましょうか」
そう言って彼女は立ち上がる
「行くって…まさか、砦の向こう側にですか?!」
「そうよ?んー、でも門を開ける訳にはいかないし…」
そう言いながら、彼女は砦の上へと繋がる梯子に目を向ける
「…『上』から、かな?」
ニヤリと笑いながら、彼女は自分の隊員に目を向ける
「『上』から、ですね」
「ええ。準備はいいかしら?」
「はっ!」
「じゃ、行きましょうか」
そう言い、驚く派出所の騎士達を横目に彼女達は梯子を登っていく
「…さて、流石に平原の主とはやり合いたくないわね」
砦の上へと出るなり、彼女は辺りを見回す
「……なるほど、『あっち』ね」
平原の主を見つけるなり、アリシアはそれと距離を取るように離れた場所へ移動する
「…うん、ここからなら行けそうね」
平原の主から離れた場所を見つけると、砦の縁へと飛び乗る
「さぁ、行くわよ!」
剣を抜きながら、彼女は隊員の方を向く
「ここから降りる度胸のないやつは容赦なく置いて行くから、それが嫌ならしっかり着いてきなさいね!」
そう言うと、そのまま飛び降りていく
その後に続いて他の隊員達も次々と飛び降りていった
アリシアは地面に近づくと、真下にいる魔物目掛けて剣を振り払う
魔物の上に足をつくと、そのまま蹴りを入れ、魔物を退かす
現れた地面の上に足をつくと、彼女の周りに隊員達が次々と降りてくる
「さ、お前ら、ハルルまで最短距離で向かうぞ」
「「はっ!!」」
彼女の合図と共に、騎士達は魔物目掛けて走り出した