第二節 水道魔導器騒動
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ー追いかけてー
「なるほどね…んで、まぁた無理無茶したわけだね、君は」
大きくため息をついたアリシアは、牢屋のベットの上で大人しく座っているユーリをジト目で見つめる
ザーフィアス城の地下牢、薄暗く湿っぽいこの場所に二人は居た
「…別に、無茶なんてしてねえよ。オレはただそいつを追いかけてただけだ」
ムスッと拗ねたような口調でユーリは言葉を返す
「それが無茶だと言っているんだ。…この件は私が閣下に話を通して、早期に解決出来るようにするから、十日はここで大人しくしていてくれ」
そんなことはきっと無理なのだろうが…などと考えながら、彼女はその場を立ち去る
誰が止めようとしても、あの青年は誰かのためにと行動を移す
例えそれが自身が不利になるようなことであってもだ
たったの数日間しか彼と行動を共にしていないが、その後のフレンとの会話や彼の捕まる頻度からその事を察している彼女は、それをわかった上でその場を立ち去った
彼が抜け出したとしても、咎められないような言い訳を考えながらアリシアは騎士団長の執務室へと急いだ
ーーーーーーーーーー
「…大人しく、なんてしてられねえっつーの…」
牢屋に残されたユーリはポツリと呟いた
魔核 の無くなった魔導器 によって下町が水に飲み込まれていないかどうか、それが心配であった
「お困りみたいねぇ、お隣さん。なんなら、おっさんが手助けしてあげようか?」
騎士の居なくなった地下にユーリとは別の声が聞こえる
ユーリの他にも捕まっている人間がいるようだ
「どこの誰とも知らねえやつにいきなりそんなこと言われてもな」
「ははっ、それもそうだな。んでも、困ってるんしょ?」
それはそうなのだが、とでかかった言葉をユーリはグッと飲み込む
いくら困っているからとはいえ、見ず知らずの人物に頼るなど危険だからだ
「そんなに警戒しなさんなって。ほらほら、相談するだけしてみなさいな?」
おどけた声の人物は、ユーリの心情など知らぬと言いたげに言葉を繋ぐ
声色からも胡散臭さが滲み出ているこの人物に相談など、到底できるはずも無い
「生憎、おっさんの相手してる余裕はねえんだわ。とっととここから出て、下町戻んねえと…」
「戻るって、十日も大人しくしてれば出してもらえるんでしょーに」
「んなにのんびりしてらんねえの。モルディオの野郎見つけ出さねえといけねえんだから」
「モルディオ…って、あのアスピオの天才魔導士の?おたく、そんな有名人と知り合いなわけ?」
先程までと打って変わって驚いた声で隣の人物は声を掛けてくる
「知ってんのか?」
「おっと、ここから先はそれなりの報酬が」
「アスピオの天才魔導士なんだろ?ご馳走様」
この男からこれ以上の情報は聞き出せないと悟ったユーリはそう言って口を噤んだ
隣からは慌てた声で「大富豪」がどうのだとか言っているが、そんな声はユーリにはとうに届いていなかった
目指す場所は決まった
後は抜け出すだけだ
そんなことを考えていると、カシャン…と音が響いた
徐々に近づいてくるその音に、ユーリは息を潜める
こんな時間に一体誰が来たというのだろうかと考えていると、答えは直ぐにわかった
紅い隊服がユーリの牢の前を通り過ぎる
その隊服は、騎士団長その人のものだ
ガシャン、と鍵の開く音が聞こえる
「出ろ」
次いで、低く唸るような声が響く
その声にユーリは一瞬肩を竦めた
何故怯えるように肩を竦めたのか、それはユーリ本人にさえわからない
だが、何か嫌な雰囲気を感じたのは確かだった
「いい所だったんすけどねえ」
「早くしろ」
おどけ気味に言った人物に怒ったような口調で彼は言うと、地下牢の外へと踵を返す
騎士団長がユーリの牢の前を通り過ぎると、続いて隣に居たのであろうざんばら髪に紫色の服を身にまとった中年男性が前を通り過ぎようとする
「おっと」
彼はそう呟きながら、わざとらしく躓いたかのようにその場にしゃがみ込んだ
「騎士団長直々なんて、あんた一体何者だ?」
男の前にしゃがみ込んだユーリは小声で問いかける
「女神像の下」
男はユーリの問いには答えずにそう呟くと、何かをユーリの牢の中に入れた
そうして立ち上がるとその場から走り去って行った
再び地下牢が静まりかえる
「…確かに出ないととは言ったけどな…」
先程男が置いて行ったものを取り上げながらユーリは苦笑いをする
その手の中には、小さな鍵が握られていた
まさかこれで開く筈は…などと思いながら鍵を差し込んで回す
すると、いとも簡単に牢の鍵が開いた
「…マジかよ…」
本当に何者なんだ、あのおっさん…と、考えながらユーリは牢を飛び出した
一晩だけ下町の様子を見たら戻って来ようと胸に決めて、彼は外への道を探しに行った
《主 、次、右》
「サンキュ、シャドゥ」
小さな声でシャドゥと会話しながらユーリは城内を進んでいく
騎士の居ない道をシャドゥが教えてくれるため、ここまで一度も遭遇せずに来ることが出来ていた
先程の男に言われた女神像を探しながら、ユーリは更に先へと向かう
そうして走っているうちにほんの少し開けた広場へと出た
《主 、前、人》
シャドゥの声に、ユーリは急いで今しがた来た通路の方へと引き返す
誰かが走る音と、独特な金属音が辺りに響く
「もう、お戻りください」
そんな声が広場に響いた
「今は戻れません!」
貴族のおぼっちゃまでも抜け出したのか?などとユーリが考えていると、やけに高い声が響く
この声は、紛れもなく女性のものだ
いや、女性と言う割には少々幼さがあるか
どちらかと言えば少女だろう
「これはあなたのためなのですよ」
「例の件につきましては、我々が責任を持って小隊長に伝えておきますので」
必死で連れ戻そうと騎士達は説得を続ける
どんな状況なのかとユーリは壁に背をつけたまま覗き込む
二人の騎士と桃色の髪の蒼いドレスを着た少女が向かい合って言い争っているのが彼の目に映る
その少女の右手にはレイピアが握られていた
「そう言ってあなた方は、何もしてくれなかったではありませんか」
少女はそう半分叫ぶように言う
二人の騎士は顔を見合わせるとその少女に近づこうとする
彼女はレイピアを向けてそれを静止した
「それ以上、近付かないでください」
「お止めになられた方が…お怪我をなさいますよ?」
「剣の扱いは心得ています」
そう答えて少女はレイピアを構える
「致し方ありませんね。手荒な真似はしたくありませんでしたが…」
そう言って騎士も剣を構える
そうこうしているうちに騎士が集まりだしてくる
「お願いします!行かせてください!どうしても、フレンに伝えなければならないことが!」
「(フレンだって?)」
聞こえてきた聞き覚えのある名前にユーリは首を傾げる
《主 、我、敵、滅?》
「(…いや、お前が出たら怪しまれる。ここはオレがどうにかするさ)」
シャドゥにそう言うと、ユーリは後からやってきている騎士に向かって蒼破刃を打った
「フレン…!?わたしを助けに…?」
そう言って彼女は振り返る
「だ、誰?」
少女はユーリを見て首を傾げた
その問いにユーリは答えずにゆっくり姿を現した
「貴様、何者だ!!」
騎士はそう言ってユーリの方に向かって剣を向けた
「ったく、こっそりのはずがいきなり厄介ごとか」
大きくため息をつきながら彼は刀を構える
「こいつ、魔導器 を持ってるのか」
「二人で掛かれば問題ないだろう」
そう言って騎士は襲い掛かってくる
一人目の騎士の剣をかわし、そのまま蹴りを繰り出す
次いで刀の背の方をもう一人の騎士の腹に向かって振りかぶる
「蒼破っ!」
おまけと言わんばかりに二人に向かって蒼破刃を繰り出した
「最近の騎士団じゃ、エスコートの仕方も教えてくんないのか?」
呆れ気味に騎士達を見下ろしながらユーリは吐き捨てる
隊服から見てまだ見習いと思われるその騎士達の所属している隊はわからないが、確実にリベリット隊ではないだろう
あの人の隊員であればこんなことはしないはず…
と、ユーリは頭の中で考えを巡らせる
《主 、背後、危険》
突然シャドゥにそう言われ、ユーリは慌てて振り返りながら避ける
すると先程まで彼が居た場所に壷が落ちて来ていた
「なにすんだ!」
ユーリは桃色髪の少女に向かって言う
「…だって、あなた、お城の人じゃないですよね?」
「そう見えないってんならそれまた光栄だな」
皮肉染みた口調でユーリは答える
「ユーリ・ローウェ~ル!どこだ~!」
「不届きな脱走者め!逃げ出したのはわかっているのであ~る」
突然響いたその声にユーリは深くため息をついた
「ちっ、またあいつらか。もう牢屋に戻る意味、なくなっちまったよ」
「ユーリ・ローウェル?もしかして、フレンのお友達の?」
「ああ、そうだけど」
「なら、以前は騎士団に居たんですよね」
「ほんの少しだけだけどな。それ、フレンに聞いたの?」
少女の答えにユーリはそう答える
「あの、ユーリさん!フレンのことでお話が!」
「ちょい待った。あんた一体何なんだ?フレンの知り合いなのはわかったけど、どうして騎士団に追われてんだよ」
「こっちだ!」
「事情も聞きたいけど、お互いのんびりしてらんないな。まずはフレンのところに案内すればいいのか?」
ここではゆっくり話せないと悟ったユーリは少女にそう提案する
少女はそれに力強く頷いた
「いくぜ」
そうして、二人はフレンの部屋へと向かって行った
騎士たちをかい潜りながら城内を歩き二人はフレンの部屋へとたどり着いた
扉を開けて中に入るとそこに人影はなかった
「やけに片付いてるな…こりゃあ、フレンの奴どっかに遠出かもな」
ユーリは部屋を見回しながらそう呟く
フレンが自分に何も言わずに遠出するとは、何かあったのだろうか
《ジジ…主 、帰ッタ》
そんなことを考えていると、不意にヴォルトが戻って来た
「(なんか言ってたか?)」
《ガガ…無茶ハシナイデクレ、僕ハ少シ帝都、離レル言ッテタ》
「……もっと前に言えよ…」
小声でそう呟いてユーリは項垂れた
「あの、ユーリさん!」
唐突に大きな声を出した少女に驚きながらも振り返る
「詳しいことは言えませんけど、フレンの身が危険なんです!わたし、それをフレンに伝えに行きたいんです」
「行きたきゃ、行けばいいんじゃないのか?」
フレンのベットに腰かけながらユーリは言う
「オレにも急ぎの用があってね。外が落ち着いたら下町に戻りたいんだよ」
「だったら、お願いします。わたしも連れて行ってください。今のわたしはフレン以外に頼れる人がいないんです。せめて、お城の外まで…お願いします。助けてください」
少女はユーリに向かってそう頼み込む
「訳ありなのはわかったからせめて名前くらい聞かせてくんない?」
そう言ってユーリが彼女に問いかけた時、フレンの部屋の扉が勢いよく吹き飛ばされる
そして、その扉から見知らぬ誰かが入ってくる
あからさまに騎士でも貴族でもなく、そして友好的な雰囲気ではない人物がいた
「オレの刃のエサになれ…」
そのあからさまに危険そうな人物の言葉をユーリはめんどくさそうに聞き流す
その態度が癪に障ったのか、男は近くに会った花瓶を割る
「ノックくらいしろよな」
立ち上がりながらユーリは彼にそう言う
「オレはザギ…お前を殺す男の名、覚えておけ、死ね、フレン・シーフォ…!」
そう言って男はユーリ向かってとびかかってくる
攻撃を剣でかわしながら、ユーリは後ろに飛ぶ
先程の騎士とは比べ物にならないほどに男、ザギは強かった
《我、主 、守!》
《ジジ…主 傷ツケル…許サナイ…!》
「(馬鹿、お前ら…!今出てきたらバレるだろ…!)」
守護者 達にユーリはそう言うが、すでに二体は聞く耳を持っていない
これはまずい、ユーリがそう思った時だった
「…お下がり下さい」
凛と澄んだ女性の声が部屋に響く
その声にユーリは反射的にザギから距離を取った
その瞬間、先程まで彼が居た場所に雷のようなものが落ちる
ヴォルトがついに術を繰り出したのかとユーリは初め思ったが、その当人も驚いていた
《ガガ…!コレハ…!》
ヴォルトの少し嬉しそうな声と共に部屋に風が吹く
先程まで閉まっていたはずの窓の縁に、誰かが座っていた
「誰だ、貴様」
ザギは突然現れた侵入者に向かって言葉を発した
「生憎、あなたのような人間に名乗る名前は持ち合わせておりません。…そうですね、どうしても情報が必要というのであれば…あなたのような人間を狩る者、とでも言っておきましょうか」
そう言った女性は窓の縁から降りゆっくりと歩み寄る
月明かりに照らされて、徐々にその容姿が見えてくる
騎士の軽装に似た赤色の服
銀色の足首まで伸ばされた長髪
髪で片目が隠れてしまっているが見えるもう片方の目は金色に輝いている
「…え…?」
見覚えのある容姿にユーリは息を呑む
ずっと、何年も探し続けていた人物が今目の前にいるのだ
「はっ、お前のような奴が、オレをか…?」
「なんなら今試してみますか?」
女性はそう言って剣をゆっくりと抜く
落ち着きのある動作にザギは一瞬息を呑んだ
だが、すぐに笑みを浮かべた
「ははっ!オレを前にしてその落ち着き…面白いなお前!…いいだろう。今日は引いてやる。…次はその首吹き飛ばしてやる」
ザギはそう言うと入り口から外に出て行った
それを見て、女性は剣を鞘に納めた
「…あんた………もしかして………ユ」
ユーリが名前を口に出す前に女性はその唇に人差し指を当てる
「…今はまだその時ではありません。大丈夫ですよ、その名を覚えていらっしゃられるのであれば。…時が来たら、その時にまたその名を口にしてください」
そう言うと彼女はゆっくりと離れる
「…さぁ、行ってください。先程の彼の仲間のせいで騎士が集まりつつあります。城の外へ行かれるのであれば今しかありませんよ」
優しく微笑みながら女性はユーリを見た
「…わかった。行こう」
「え?あ…ありがとうございます!」
ユーリは少女と共に外へ出ようとする
「あぁ、それと」
「ん?」
「フレン様でしたら、今頃は花の街ハルルにいらっしゃると思いますよ。そこで追いつくことが出来ずとも、港の街カプア・ノールで必ず合流出来るはずですから、あまり急いで帝都を出発なさらなくても大丈夫ですよ」
ニッコリと彼女は二人に笑いかける
「…わかった。サンキュな」
ユーリはそう言って今度こそ少女を連れて部屋を後にした
「…元気そうでよかった。あんなに大きくなっているなんて…。ふふ、『彼』もあのくらいになっているのでしょうか?」
嬉しそうに笑いながら女性は呟く
《ーー殿、そろそろ行かねば》
「ええ、わかっているわ。でも後片付けはしておかないと」
そう言った彼女は軽く左手を払った
すると、壊れていたはずのものが綺麗に元通りになっていた
《…力の無駄遣い》
「いいじゃない、有り余っているもの」
クスリと笑う笑顔には若干寂しさが混じっていた
《さぁ、行こうか》
「ええ、そうね。…全ては………
『お二人』が平穏に暮らすことが出来る為に」
「ふーん…これか」
一つの女神像の前でユーリは呟いた
女性と別れてから、少女、エステリーゼの服を着替える為に彼女の部屋へ行き、そこから真っすぐここまでやってきていた
「この像に何かあるんです?」
「秘密があるんだと」
「秘密って言っても特別、何も変わったものでは…」
エステリーゼは像の周りを見ながら首を傾げる
「動かしたら秘密の抜け穴があるとかな」
「まさか…」
「やってみる価値はあんじゃねえの」
ユーリはそう言って石像を引く
すると、下に続く道が出てきた
「…え?本当に…?」
「うわ、本当にありやがった…」
エステリーゼもユーリも本当に通路があったことに驚いていた
「もしかして、ここから外に?」
「保証はない。オレは行くけど、どうする?」
ユーリはエステリーゼに問いかける
彼女は一瞬躊躇いながら下を見る
「…行きます」
それでも決心を固めたらしくそう答えた
「なかなか勇気のある決断だ」
満足げに笑うとユーリは梯子を下りようとする
ユーリがエステリーゼの傍を通り過ぎたところで急に彼女に引き留められる
「なんだ?やっぱりやめるか?」
「いえ、手、怪我してます。ちょっと見せてください」
そう言うと彼女は治癒術をかけようとする
《ジジ…!主 、危険…!》
《主 、離、也!》
守護者 達の声にユーリは反射的に手を引く
「?ユーリ?」
「あ…いや…わりぃ、大丈夫だから気にすんな」
そう言ってユーリは梯子を下り始める
不服そうに表情を歪めながらもエステリーゼもその後に続いた
「うわ…もう朝かよ…」
地下から出ながらユーリは呟く
地下の水道を進んで外に出ると既に朝が来ていた
「窓から見るのと全然違って見えます」
エステリーゼは嬉しそうにニコニコと笑いながら言う
「そりゃ大袈裟だな。城の外に来るのが初めてみたいに聞こえるぜ?」
冗談交じりにユーリがそう言うと、あからさまに不自然な動きを見せる
「ま、お城に住むお嬢様ともなれば好き勝手に出歩けないか」
「そ、そうなんですよ」
苦笑いしながら彼女はそう答えた
「んで、やっぱりフレンを追いかけるのか?」
「はい。さっきの女性の言っていたことが本当かどうかわかりませんが、行ってみようと思います」
「なら、街の出口まで案内するよ」
「ありがとうございます」
そうして二人は市民街から下町に続く道へと向かう
何事もなくその場所に着いたと思ったのも束の間、
「そこの脱獄者!待つのであ~る!」
「ここが年貢の納め時なのだ!」
「ばかも~ん!能書きはいいから、さっさと取り押さえるのだ!」
その声に振り替えれば、城へ続く階段の傍にアデコール、ボッコス、ルブランの三人組が居た
「ったく、しつこいな…」
一言そう呟くと、ユーリは向かってきた彼らに向かって石を投げる
「下町に逃げるぞ!」
そうして二人は下町に逃げ込んだ
「ユーリ!どこに行っておったのじゃ?」
下町について早々、ハンクスが彼を呼び止めた
「ちょいとお城に招待受けて優雅なひと時を満喫してた」
呑気にそう言いながらフッと彼は笑う
「それよかラピードは戻ってるか?」
「ああ、何か袋をくわえておったようじゃが…」
少し不服そうにしながらもハンクスはそう答えた
それを聞いたユーリは手短に事の事情を話す
ハンクスは悲しそうな表情を一瞬見せたが、すぐにいつもの表情を見せた
「お前さんの事じゃから、どうせ行くんじゃろ?」
「ああ。ちょっくら行ってすぐに戻ってくっから」
「ふん、丁度いい機会じゃ。しばらく帰ってこんでいい」
フッと笑いながらハンクスはユーリを見た
ほんの少し肩を竦めると、ユーリは街の外へ続く道の方へ向かって歩き出した
エステリーゼもその後に続く
こうして、二人は結界の外に出た
「全く…たかが石で気絶するなんて…あなた達騎士やってる自覚はあるかしら?」
騎士団長執務室でアリシアは深いため息をついた
目の前にはルブラン、アデコール、ボッコスの三人組が正座していた
「面目ないのであ~る…」
「すまないのだ…」
「申し訳ございません…」
「はぁ…ユーリ君が逃げただけでなく、エステリーゼ様と一緒だったなんて…。彼女のことだから、連れ攫われたのではなく、連れて行って欲しいと彼に頼んだだけなんでしょうけど…」
額に手を当てながらアリシアは項垂れた
このことが万が一でも評議会に知られたら何が起こるかわかったものではない
「…閣下、いかがいたしますか?」
後ろを振り返りながら彼女は問いかける
「…とりあえずお前たち三人はもう戻れ」
アレクセイの言葉に三人は敬礼をして、トボトボと部屋を出て行った
「して…何か名案でもあるのか?」
アレクセイはそう言ってアリシアを見た
「そうですね…」
彼女はゆっくりとアレクセイの前に出る
「私が護衛についている体でエステリーゼ様の外出許可状を書いていただければ問題ないかと。今追えば追いつけるはずです」
「理由はどうする?」
「見聞を広めるため、とでも言っておけばよいのではありませんか?仮にも『候補』なのですから、そのくらいはしてもらわないといけませんし」
「…ふっ、相変わらず、お前はずる賢いな」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
ニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべて二人は笑う
「それに…彼女に外に出てもらえるもはある意味幸運でしたね。『計画』を進める為にも、私の『もう一つの任務』を遂行するためにも。これで今までよりも自由が利きますから」
「ああ、そうだな。…いい情報を期待しているぞ?『裏切り者 』よ」
「…えぇ、お任せください。必ず、ご期待に添えて見せましょう」
そう言ってニヤリと笑った彼女の碧の瞳の奥で、金色が一瞬光った
世界を巻き込んだ計画がこの時、音を立てずに再び動き出した
「なるほどね…んで、まぁた無理無茶したわけだね、君は」
大きくため息をついたアリシアは、牢屋のベットの上で大人しく座っているユーリをジト目で見つめる
ザーフィアス城の地下牢、薄暗く湿っぽいこの場所に二人は居た
「…別に、無茶なんてしてねえよ。オレはただそいつを追いかけてただけだ」
ムスッと拗ねたような口調でユーリは言葉を返す
「それが無茶だと言っているんだ。…この件は私が閣下に話を通して、早期に解決出来るようにするから、十日はここで大人しくしていてくれ」
そんなことはきっと無理なのだろうが…などと考えながら、彼女はその場を立ち去る
誰が止めようとしても、あの青年は誰かのためにと行動を移す
例えそれが自身が不利になるようなことであってもだ
たったの数日間しか彼と行動を共にしていないが、その後のフレンとの会話や彼の捕まる頻度からその事を察している彼女は、それをわかった上でその場を立ち去った
彼が抜け出したとしても、咎められないような言い訳を考えながらアリシアは騎士団長の執務室へと急いだ
ーーーーーーーーーー
「…大人しく、なんてしてられねえっつーの…」
牢屋に残されたユーリはポツリと呟いた
「お困りみたいねぇ、お隣さん。なんなら、おっさんが手助けしてあげようか?」
騎士の居なくなった地下にユーリとは別の声が聞こえる
ユーリの他にも捕まっている人間がいるようだ
「どこの誰とも知らねえやつにいきなりそんなこと言われてもな」
「ははっ、それもそうだな。んでも、困ってるんしょ?」
それはそうなのだが、とでかかった言葉をユーリはグッと飲み込む
いくら困っているからとはいえ、見ず知らずの人物に頼るなど危険だからだ
「そんなに警戒しなさんなって。ほらほら、相談するだけしてみなさいな?」
おどけた声の人物は、ユーリの心情など知らぬと言いたげに言葉を繋ぐ
声色からも胡散臭さが滲み出ているこの人物に相談など、到底できるはずも無い
「生憎、おっさんの相手してる余裕はねえんだわ。とっととここから出て、下町戻んねえと…」
「戻るって、十日も大人しくしてれば出してもらえるんでしょーに」
「んなにのんびりしてらんねえの。モルディオの野郎見つけ出さねえといけねえんだから」
「モルディオ…って、あのアスピオの天才魔導士の?おたく、そんな有名人と知り合いなわけ?」
先程までと打って変わって驚いた声で隣の人物は声を掛けてくる
「知ってんのか?」
「おっと、ここから先はそれなりの報酬が」
「アスピオの天才魔導士なんだろ?ご馳走様」
この男からこれ以上の情報は聞き出せないと悟ったユーリはそう言って口を噤んだ
隣からは慌てた声で「大富豪」がどうのだとか言っているが、そんな声はユーリにはとうに届いていなかった
目指す場所は決まった
後は抜け出すだけだ
そんなことを考えていると、カシャン…と音が響いた
徐々に近づいてくるその音に、ユーリは息を潜める
こんな時間に一体誰が来たというのだろうかと考えていると、答えは直ぐにわかった
紅い隊服がユーリの牢の前を通り過ぎる
その隊服は、騎士団長その人のものだ
ガシャン、と鍵の開く音が聞こえる
「出ろ」
次いで、低く唸るような声が響く
その声にユーリは一瞬肩を竦めた
何故怯えるように肩を竦めたのか、それはユーリ本人にさえわからない
だが、何か嫌な雰囲気を感じたのは確かだった
「いい所だったんすけどねえ」
「早くしろ」
おどけ気味に言った人物に怒ったような口調で彼は言うと、地下牢の外へと踵を返す
騎士団長がユーリの牢の前を通り過ぎると、続いて隣に居たのであろうざんばら髪に紫色の服を身にまとった中年男性が前を通り過ぎようとする
「おっと」
彼はそう呟きながら、わざとらしく躓いたかのようにその場にしゃがみ込んだ
「騎士団長直々なんて、あんた一体何者だ?」
男の前にしゃがみ込んだユーリは小声で問いかける
「女神像の下」
男はユーリの問いには答えずにそう呟くと、何かをユーリの牢の中に入れた
そうして立ち上がるとその場から走り去って行った
再び地下牢が静まりかえる
「…確かに出ないととは言ったけどな…」
先程男が置いて行ったものを取り上げながらユーリは苦笑いをする
その手の中には、小さな鍵が握られていた
まさかこれで開く筈は…などと思いながら鍵を差し込んで回す
すると、いとも簡単に牢の鍵が開いた
「…マジかよ…」
本当に何者なんだ、あのおっさん…と、考えながらユーリは牢を飛び出した
一晩だけ下町の様子を見たら戻って来ようと胸に決めて、彼は外への道を探しに行った
《
「サンキュ、シャドゥ」
小さな声でシャドゥと会話しながらユーリは城内を進んでいく
騎士の居ない道をシャドゥが教えてくれるため、ここまで一度も遭遇せずに来ることが出来ていた
先程の男に言われた女神像を探しながら、ユーリは更に先へと向かう
そうして走っているうちにほんの少し開けた広場へと出た
《
シャドゥの声に、ユーリは急いで今しがた来た通路の方へと引き返す
誰かが走る音と、独特な金属音が辺りに響く
「もう、お戻りください」
そんな声が広場に響いた
「今は戻れません!」
貴族のおぼっちゃまでも抜け出したのか?などとユーリが考えていると、やけに高い声が響く
この声は、紛れもなく女性のものだ
いや、女性と言う割には少々幼さがあるか
どちらかと言えば少女だろう
「これはあなたのためなのですよ」
「例の件につきましては、我々が責任を持って小隊長に伝えておきますので」
必死で連れ戻そうと騎士達は説得を続ける
どんな状況なのかとユーリは壁に背をつけたまま覗き込む
二人の騎士と桃色の髪の蒼いドレスを着た少女が向かい合って言い争っているのが彼の目に映る
その少女の右手にはレイピアが握られていた
「そう言ってあなた方は、何もしてくれなかったではありませんか」
少女はそう半分叫ぶように言う
二人の騎士は顔を見合わせるとその少女に近づこうとする
彼女はレイピアを向けてそれを静止した
「それ以上、近付かないでください」
「お止めになられた方が…お怪我をなさいますよ?」
「剣の扱いは心得ています」
そう答えて少女はレイピアを構える
「致し方ありませんね。手荒な真似はしたくありませんでしたが…」
そう言って騎士も剣を構える
そうこうしているうちに騎士が集まりだしてくる
「お願いします!行かせてください!どうしても、フレンに伝えなければならないことが!」
「(フレンだって?)」
聞こえてきた聞き覚えのある名前にユーリは首を傾げる
《
「(…いや、お前が出たら怪しまれる。ここはオレがどうにかするさ)」
シャドゥにそう言うと、ユーリは後からやってきている騎士に向かって蒼破刃を打った
「フレン…!?わたしを助けに…?」
そう言って彼女は振り返る
「だ、誰?」
少女はユーリを見て首を傾げた
その問いにユーリは答えずにゆっくり姿を現した
「貴様、何者だ!!」
騎士はそう言ってユーリの方に向かって剣を向けた
「ったく、こっそりのはずがいきなり厄介ごとか」
大きくため息をつきながら彼は刀を構える
「こいつ、
「二人で掛かれば問題ないだろう」
そう言って騎士は襲い掛かってくる
一人目の騎士の剣をかわし、そのまま蹴りを繰り出す
次いで刀の背の方をもう一人の騎士の腹に向かって振りかぶる
「蒼破っ!」
おまけと言わんばかりに二人に向かって蒼破刃を繰り出した
「最近の騎士団じゃ、エスコートの仕方も教えてくんないのか?」
呆れ気味に騎士達を見下ろしながらユーリは吐き捨てる
隊服から見てまだ見習いと思われるその騎士達の所属している隊はわからないが、確実にリベリット隊ではないだろう
あの人の隊員であればこんなことはしないはず…
と、ユーリは頭の中で考えを巡らせる
《
突然シャドゥにそう言われ、ユーリは慌てて振り返りながら避ける
すると先程まで彼が居た場所に壷が落ちて来ていた
「なにすんだ!」
ユーリは桃色髪の少女に向かって言う
「…だって、あなた、お城の人じゃないですよね?」
「そう見えないってんならそれまた光栄だな」
皮肉染みた口調でユーリは答える
「ユーリ・ローウェ~ル!どこだ~!」
「不届きな脱走者め!逃げ出したのはわかっているのであ~る」
突然響いたその声にユーリは深くため息をついた
「ちっ、またあいつらか。もう牢屋に戻る意味、なくなっちまったよ」
「ユーリ・ローウェル?もしかして、フレンのお友達の?」
「ああ、そうだけど」
「なら、以前は騎士団に居たんですよね」
「ほんの少しだけだけどな。それ、フレンに聞いたの?」
少女の答えにユーリはそう答える
「あの、ユーリさん!フレンのことでお話が!」
「ちょい待った。あんた一体何なんだ?フレンの知り合いなのはわかったけど、どうして騎士団に追われてんだよ」
「こっちだ!」
「事情も聞きたいけど、お互いのんびりしてらんないな。まずはフレンのところに案内すればいいのか?」
ここではゆっくり話せないと悟ったユーリは少女にそう提案する
少女はそれに力強く頷いた
「いくぜ」
そうして、二人はフレンの部屋へと向かって行った
騎士たちをかい潜りながら城内を歩き二人はフレンの部屋へとたどり着いた
扉を開けて中に入るとそこに人影はなかった
「やけに片付いてるな…こりゃあ、フレンの奴どっかに遠出かもな」
ユーリは部屋を見回しながらそう呟く
フレンが自分に何も言わずに遠出するとは、何かあったのだろうか
《ジジ…
そんなことを考えていると、不意にヴォルトが戻って来た
「(なんか言ってたか?)」
《ガガ…無茶ハシナイデクレ、僕ハ少シ帝都、離レル言ッテタ》
「……もっと前に言えよ…」
小声でそう呟いてユーリは項垂れた
「あの、ユーリさん!」
唐突に大きな声を出した少女に驚きながらも振り返る
「詳しいことは言えませんけど、フレンの身が危険なんです!わたし、それをフレンに伝えに行きたいんです」
「行きたきゃ、行けばいいんじゃないのか?」
フレンのベットに腰かけながらユーリは言う
「オレにも急ぎの用があってね。外が落ち着いたら下町に戻りたいんだよ」
「だったら、お願いします。わたしも連れて行ってください。今のわたしはフレン以外に頼れる人がいないんです。せめて、お城の外まで…お願いします。助けてください」
少女はユーリに向かってそう頼み込む
「訳ありなのはわかったからせめて名前くらい聞かせてくんない?」
そう言ってユーリが彼女に問いかけた時、フレンの部屋の扉が勢いよく吹き飛ばされる
そして、その扉から見知らぬ誰かが入ってくる
あからさまに騎士でも貴族でもなく、そして友好的な雰囲気ではない人物がいた
「オレの刃のエサになれ…」
そのあからさまに危険そうな人物の言葉をユーリはめんどくさそうに聞き流す
その態度が癪に障ったのか、男は近くに会った花瓶を割る
「ノックくらいしろよな」
立ち上がりながらユーリは彼にそう言う
「オレはザギ…お前を殺す男の名、覚えておけ、死ね、フレン・シーフォ…!」
そう言って男はユーリ向かってとびかかってくる
攻撃を剣でかわしながら、ユーリは後ろに飛ぶ
先程の騎士とは比べ物にならないほどに男、ザギは強かった
《我、
《ジジ…
「(馬鹿、お前ら…!今出てきたらバレるだろ…!)」
これはまずい、ユーリがそう思った時だった
「…お下がり下さい」
凛と澄んだ女性の声が部屋に響く
その声にユーリは反射的にザギから距離を取った
その瞬間、先程まで彼が居た場所に雷のようなものが落ちる
ヴォルトがついに術を繰り出したのかとユーリは初め思ったが、その当人も驚いていた
《ガガ…!コレハ…!》
ヴォルトの少し嬉しそうな声と共に部屋に風が吹く
先程まで閉まっていたはずの窓の縁に、誰かが座っていた
「誰だ、貴様」
ザギは突然現れた侵入者に向かって言葉を発した
「生憎、あなたのような人間に名乗る名前は持ち合わせておりません。…そうですね、どうしても情報が必要というのであれば…あなたのような人間を狩る者、とでも言っておきましょうか」
そう言った女性は窓の縁から降りゆっくりと歩み寄る
月明かりに照らされて、徐々にその容姿が見えてくる
騎士の軽装に似た赤色の服
銀色の足首まで伸ばされた長髪
髪で片目が隠れてしまっているが見えるもう片方の目は金色に輝いている
「…え…?」
見覚えのある容姿にユーリは息を呑む
ずっと、何年も探し続けていた人物が今目の前にいるのだ
「はっ、お前のような奴が、オレをか…?」
「なんなら今試してみますか?」
女性はそう言って剣をゆっくりと抜く
落ち着きのある動作にザギは一瞬息を呑んだ
だが、すぐに笑みを浮かべた
「ははっ!オレを前にしてその落ち着き…面白いなお前!…いいだろう。今日は引いてやる。…次はその首吹き飛ばしてやる」
ザギはそう言うと入り口から外に出て行った
それを見て、女性は剣を鞘に納めた
「…あんた………もしかして………ユ」
ユーリが名前を口に出す前に女性はその唇に人差し指を当てる
「…今はまだその時ではありません。大丈夫ですよ、その名を覚えていらっしゃられるのであれば。…時が来たら、その時にまたその名を口にしてください」
そう言うと彼女はゆっくりと離れる
「…さぁ、行ってください。先程の彼の仲間のせいで騎士が集まりつつあります。城の外へ行かれるのであれば今しかありませんよ」
優しく微笑みながら女性はユーリを見た
「…わかった。行こう」
「え?あ…ありがとうございます!」
ユーリは少女と共に外へ出ようとする
「あぁ、それと」
「ん?」
「フレン様でしたら、今頃は花の街ハルルにいらっしゃると思いますよ。そこで追いつくことが出来ずとも、港の街カプア・ノールで必ず合流出来るはずですから、あまり急いで帝都を出発なさらなくても大丈夫ですよ」
ニッコリと彼女は二人に笑いかける
「…わかった。サンキュな」
ユーリはそう言って今度こそ少女を連れて部屋を後にした
「…元気そうでよかった。あんなに大きくなっているなんて…。ふふ、『彼』もあのくらいになっているのでしょうか?」
嬉しそうに笑いながら女性は呟く
《ーー殿、そろそろ行かねば》
「ええ、わかっているわ。でも後片付けはしておかないと」
そう言った彼女は軽く左手を払った
すると、壊れていたはずのものが綺麗に元通りになっていた
《…力の無駄遣い》
「いいじゃない、有り余っているもの」
クスリと笑う笑顔には若干寂しさが混じっていた
《さぁ、行こうか》
「ええ、そうね。…全ては………
『お二人』が平穏に暮らすことが出来る為に」
「ふーん…これか」
一つの女神像の前でユーリは呟いた
女性と別れてから、少女、エステリーゼの服を着替える為に彼女の部屋へ行き、そこから真っすぐここまでやってきていた
「この像に何かあるんです?」
「秘密があるんだと」
「秘密って言っても特別、何も変わったものでは…」
エステリーゼは像の周りを見ながら首を傾げる
「動かしたら秘密の抜け穴があるとかな」
「まさか…」
「やってみる価値はあんじゃねえの」
ユーリはそう言って石像を引く
すると、下に続く道が出てきた
「…え?本当に…?」
「うわ、本当にありやがった…」
エステリーゼもユーリも本当に通路があったことに驚いていた
「もしかして、ここから外に?」
「保証はない。オレは行くけど、どうする?」
ユーリはエステリーゼに問いかける
彼女は一瞬躊躇いながら下を見る
「…行きます」
それでも決心を固めたらしくそう答えた
「なかなか勇気のある決断だ」
満足げに笑うとユーリは梯子を下りようとする
ユーリがエステリーゼの傍を通り過ぎたところで急に彼女に引き留められる
「なんだ?やっぱりやめるか?」
「いえ、手、怪我してます。ちょっと見せてください」
そう言うと彼女は治癒術をかけようとする
《ジジ…!
《
「?ユーリ?」
「あ…いや…わりぃ、大丈夫だから気にすんな」
そう言ってユーリは梯子を下り始める
不服そうに表情を歪めながらもエステリーゼもその後に続いた
「うわ…もう朝かよ…」
地下から出ながらユーリは呟く
地下の水道を進んで外に出ると既に朝が来ていた
「窓から見るのと全然違って見えます」
エステリーゼは嬉しそうにニコニコと笑いながら言う
「そりゃ大袈裟だな。城の外に来るのが初めてみたいに聞こえるぜ?」
冗談交じりにユーリがそう言うと、あからさまに不自然な動きを見せる
「ま、お城に住むお嬢様ともなれば好き勝手に出歩けないか」
「そ、そうなんですよ」
苦笑いしながら彼女はそう答えた
「んで、やっぱりフレンを追いかけるのか?」
「はい。さっきの女性の言っていたことが本当かどうかわかりませんが、行ってみようと思います」
「なら、街の出口まで案内するよ」
「ありがとうございます」
そうして二人は市民街から下町に続く道へと向かう
何事もなくその場所に着いたと思ったのも束の間、
「そこの脱獄者!待つのであ~る!」
「ここが年貢の納め時なのだ!」
「ばかも~ん!能書きはいいから、さっさと取り押さえるのだ!」
その声に振り替えれば、城へ続く階段の傍にアデコール、ボッコス、ルブランの三人組が居た
「ったく、しつこいな…」
一言そう呟くと、ユーリは向かってきた彼らに向かって石を投げる
「下町に逃げるぞ!」
そうして二人は下町に逃げ込んだ
「ユーリ!どこに行っておったのじゃ?」
下町について早々、ハンクスが彼を呼び止めた
「ちょいとお城に招待受けて優雅なひと時を満喫してた」
呑気にそう言いながらフッと彼は笑う
「それよかラピードは戻ってるか?」
「ああ、何か袋をくわえておったようじゃが…」
少し不服そうにしながらもハンクスはそう答えた
それを聞いたユーリは手短に事の事情を話す
ハンクスは悲しそうな表情を一瞬見せたが、すぐにいつもの表情を見せた
「お前さんの事じゃから、どうせ行くんじゃろ?」
「ああ。ちょっくら行ってすぐに戻ってくっから」
「ふん、丁度いい機会じゃ。しばらく帰ってこんでいい」
フッと笑いながらハンクスはユーリを見た
ほんの少し肩を竦めると、ユーリは街の外へ続く道の方へ向かって歩き出した
エステリーゼもその後に続く
こうして、二人は結界の外に出た
「全く…たかが石で気絶するなんて…あなた達騎士やってる自覚はあるかしら?」
騎士団長執務室でアリシアは深いため息をついた
目の前にはルブラン、アデコール、ボッコスの三人組が正座していた
「面目ないのであ~る…」
「すまないのだ…」
「申し訳ございません…」
「はぁ…ユーリ君が逃げただけでなく、エステリーゼ様と一緒だったなんて…。彼女のことだから、連れ攫われたのではなく、連れて行って欲しいと彼に頼んだだけなんでしょうけど…」
額に手を当てながらアリシアは項垂れた
このことが万が一でも評議会に知られたら何が起こるかわかったものではない
「…閣下、いかがいたしますか?」
後ろを振り返りながら彼女は問いかける
「…とりあえずお前たち三人はもう戻れ」
アレクセイの言葉に三人は敬礼をして、トボトボと部屋を出て行った
「して…何か名案でもあるのか?」
アレクセイはそう言ってアリシアを見た
「そうですね…」
彼女はゆっくりとアレクセイの前に出る
「私が護衛についている体でエステリーゼ様の外出許可状を書いていただければ問題ないかと。今追えば追いつけるはずです」
「理由はどうする?」
「見聞を広めるため、とでも言っておけばよいのではありませんか?仮にも『候補』なのですから、そのくらいはしてもらわないといけませんし」
「…ふっ、相変わらず、お前はずる賢いな」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
ニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべて二人は笑う
「それに…彼女に外に出てもらえるもはある意味幸運でしたね。『計画』を進める為にも、私の『もう一つの任務』を遂行するためにも。これで今までよりも自由が利きますから」
「ああ、そうだな。…いい情報を期待しているぞ?『
「…えぇ、お任せください。必ず、ご期待に添えて見せましょう」
そう言ってニヤリと笑った彼女の碧の瞳の奥で、金色が一瞬光った
世界を巻き込んだ計画がこの時、音を立てずに再び動き出した