第二節 水道魔導器騒動
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カツン…コツン…っと足音が廊下に足音が響く
深夜、誰もが寝静まった時間に独特な深紅の髪を揺らして歩いている人物がいた
巡回、と言うわけではなく彼女は真っすぐに一つの部屋に向かう
付いた部屋の前で軽くノックをすると、中の人物の返事も聞かずに扉を開ける
「…随分と早い帰りだな?」
薄暗い月明かりだけに照らされた部屋で、まるで彼女が帰ってくることが分かっていたかのような笑みを浮かべたアレクセイが机の上に肘をついて手を組んで座っていた
「そこまで強くなかったですもの。むしろ弱すぎてつまらなかったですね。もう少し骨のあるのを期待していたんですが…」
パタリと扉を閉め籠手を直しながらアリシアは彼に近づいていく
ゆっくりと明かりの元に出てきた彼女の姿に、彼は薄っすらと目を細める
「また随分と『派手に』やったな?」
「そのくらいしなければわからないでしょう?『彼ら』のような頭の悪い方々は」
ほんのりと濡れた頬を指で拭いながらニヤリと彼女は笑った
「ふ…それもそうだな。…それで?わからないようにはしたのか?」
「もちろんじゃないですか。常識ですよ。『発見』されてもすぐにはわかりませんよ。…まあ、見つかればいいですけどね」
「相変わらず情け容赦のない奴だな。…ここまでしたのは『奴』の時以来か?」
「…ああ、ガリスタ…でしたっけ?懐かしいですねえ」
クスクスと笑うその笑みは普段見ることのないものが浮かんでいた
「…では閣下、私は任務に戻ります」
ひとしきり笑うと真っすぐと彼女は彼を見た
「ああ。…頼んだぞ」
アレクセイの言葉に、彼女は敬礼をすると部屋を後にした
~それから約一週間後~
「…私が、ですか…?」
騎士団長の執務室に呼ばれたフレンは戸惑いの目で騎士団長アレクセイを見つめていた
「ああ、アリシアはエステリーゼ様の護衛をしなければならない。シュヴァーンでは目立ちすぎる。その点、お前ならば巡礼という体で送り出すことが出来る。…頼めるか?」
「い、いえ!一介の騎士である私が断ることなど…!」
軽く頭を振ってフレンは答える
なんだかんだ言いつつも断るつもりはないようだ
「うむ、では頼む」
「はっ!」
アレクセイに敬礼をするとフレンは部屋を出る
コツン、コツン…と廊下に足音が響く
歩きながらフレンは頭をフル回転させる
あまりにも突然に言われた『大役』…
どう対処すべきかを自身の部屋に戻る間に考える
だが、いい案がなかなか思いつかないでいた
「そんな暗い顔して何かあったのかな?フレン」
柔らかく優しい声に、フレンは慌てて振り返った
そこには軽装のアリシアの姿があった
「アリシア隊長…エステリーゼ様の護衛についていらっしゃるのでは…?」
ふと浮かんだ疑問をフレンは投げかける
「ん?ああ…それが、エステリーゼ様に少し休めと言われてしまってな…シャウラにまで、今日一日仕事を禁止させられてしまったのさ」
大袈裟に肩を竦めて彼女は苦笑いを浮かべる
仕事人間と言っても過言ではない彼女にとって、一日でも仕事ができないのはつらいことなんだろうとフレンは思った
帝都での任務に就いてから約二年、彼女が休んだところをフレンは殆ど見たことがなかった
「なるほど…いい機会ですし、ゆっくりなされたらいいのではないですか?」
「…お前まで言うか…今日だけで何度言われたことか…」
はぁ…っとわざとらしく大きくため息を彼女はつく
「閣下にまで言われたんだぞ?私よりも働いていらっしゃるあの閣下に!」
アリシアはそう言って不服そうに頬を膨らませた
その様子はさながら子どものようだ
「あはは…まあ、アレクセイ騎士団長も働き過ぎですが、アリシア隊長ほど走り回ってはいらっしゃらないと思います」
苦笑いを浮かべてフレンは答える
「…確かに私の方が動き回っていることは否定しないが…。いや、今はそれはいいんだ。それよりもフレンの方だ。まぁ何となく予想はついているが…」
困ったように笑みを浮かべてどこか憐みに似た笑顔を彼女は浮かべる
「…実は先程…ですね…」
キョロキョロと辺りを見回して誰も人がいないことを確認すると、彼女の耳元でひそひそと話す
「…あー、やっぱりな…。悪いな、私が他の任務に就いているせいで…本来であれば私の仕事なんだが…」
気まずそうに頭の後ろをかきながらアリシアは謝る
「い、いえ!アリシア隊長のせいでは…」
「いいや、完全に私の責任だ。…詫びというわけではないが、何かあったらすぐに連絡してくれて構わないから」
どうせエステリーゼ様にも仕事をさせて貰えずに暇してるだろうから、とつまらなさそうに呟いた彼女にフレンは愛想笑いをするしかなかった
ー嵐の前にー
この世界、テルカ・リュミレースの首都ザーフィアス
貴族から市民まで様々な人が住まうこの街の外周、結界ギリギリに広がる貧民街ーー通称、下町ーーに一人の青年が住んでいた
独特の黒い長髪を持った青年は仮住まいとしている宿屋『箒星』の二階の部屋の窓の淵に腰かけていた
彼がぼーっと外を眺めていると、突然水道魔導器 が暴発した
ものすごい勢いで水を噴き上げるそれに青年、ユーリは小さくため息をついた
《ジジ…魔導器 …コワレタカ…?》
ブォン…っと小さく音を立ててヴォルトがユーリの傍に立った
「…そりゃ困るな。下町にとっちゃあれは大事な水資源だ」
そう言うものの、本人は全く動こうとはしない
《光、主 、呼?》
音もなく現れたシャドゥが問いかける
「いや、オレが呼ばなくてもあいつなら飛んでくるだろ」
自分の出る幕はないと言わんばかりにユーリは苦笑いした
あれから二年…この二体との意思疎通もだいぶこなせるようになっていた
シャドゥとの会話では未だに少し間を開けないとわからないこともあるが、それでも以前よりは話せるようになっていた
二体と会話をしていると外から階段を駆け上がる音が聞こえてくる
その音に、二体は姿を隠した
同時にバンッと音を立てて扉が開かれる
「ユーリ!大変だよ!!」
顔を真っ青に染めたテッドがユーリの部屋に飛び込んでくる
「なんだよテッド、大声出して」
いつもと変わらない口調でユーリは問いかける
「見てよあれ!水道魔導器 がまた壊れちゃったんだ!さっき修理してもらったばかりなのに!」
テッドは窓際によって少し身を乗り出すと、水道魔導器 のある方向を指差した
水を噴き出しているそれの周りでは大人たちが水を掻き出していた
「厄介ごとなら騎士団に頼めよ。そのために居んだろ?」
「騎士団なんか下町の為に動いてくれないよ!」
わかっているだろうと言いたげに彼はユーリを睨みつけた
「フレンがいるだろ?」
当たり前だと言いたげにユーリは首を傾げる
「もう頼みに行ったよ!でも、会わせてもらえなかったんだ!」
寂しそうに、そして困った顔でテッドはユーリを見上げる
「テッド!テッドォ!!あんたも手伝うのよ!」
下からこの宿屋の女将さんの声が聞こえてきた
ほんの少し怒りの混じった声にテッドが慌てる
「ま、待ってよぉ…!…もう、ユーリの馬鹿!!」
半泣きでそう叫ぶと彼は部屋を飛び出した
「…下町の事なら飛んでくる奴なのにな…」
ポツリと呟きながら視線を街の中央に向ける
その先にあるのは結界魔導器 を兼ねた城
小隊長になってからはそこに住んでいたはずだった
普段であれば飛んでくるはずの彼が来ないことに疑問を抱く
「…このままじゃ魚しか住めなくなりそうだな」
ふぅ…っと息を吐きながらユーリは苦笑いを浮かべた
このことをフレンに伝えるのは後でもいいか、と考えながらユーリは窓枠に足をかける
そのまま二階から飛び降りる
「ユーリ!来てくれたんだ!」
音を立てずに地面に着地すると、いつの間にか外に出ていたラピードと、先に降りていたテッドが居た
テッドの言葉に肩を竦めると水道魔導器 の方へと足を進める
水道魔導器 の周りには、たくさんの大人たちが集まっていた
「何としても止めるのじゃ!」
しがれた声で叫ぶのは下町の住民をまとめているハンクスという老人だ
「なんだ?どでかい宝物でも沈んでんのか?」
ほんの少し皮肉っぽくユーリは友人に話しかける
「ああ、でもユーリには分けてやんねえよ。来んの遅かったから」
その友人もまた皮肉っぽく言葉を返す
「はっはっは。世知辛いねぇ」
「そう、世知辛い世の中なんだよ。魔導器 修理を頼んだ貴族の魔導士様も、いい加減な修理しかしてくんないしな」
嫌味と怒りの籠った声で友人は返す
また貴族か…と呆れの籠ったため息をユーリはつく
こういった出来事の大半は貴族が絡んでいる
呆れるのも当然だろう
「ユーリめ、やっと顔を出しおったか!」
「じいさん、水遊びはほどほどにしとけ。もう若くねえんだから」
「その水遊びをこれからお前さんもするんじゃよ」
げっ、と嫌そうな声を出しながらも、ユーリは水を掻き出す作業に加わる
「ハンクスじいさん、頑張ってるな」
隣で水掻き出している友人に話しかける
「責任感じてんのさ。修理代、先頭立って集めてたのじいさんだから」
その言葉でユーリは納得した
責任感の強い彼のことだから、自分のせいだと思ているのだろうと容易に想像できたのだ
「その結果がドカンか。けど、魔導士が手抜き修理すんのは、じいさんの責任じゃねえよ」
怒りが籠った声でユーリは呟く
「まあな。じいさんばあさんの形見まで手放して金を工面したってのに」
友人の言葉にユーリは思い切り顔を顰めた
《ガガ…ユーリ、ドノ…魔核 、ナイ》
姿を見せずにヴォルトが耳元で声をかける
周りに人が居る時は彼らは姿を見せることはない
最初こそ戸惑いはしたものの、それにも随分と慣れてきていた
ユーリは手を止めると、魔核 があるべき場所が見える位置へと動く
その箇所を見てみるが、ヴォルトの言うとおりその姿はそこになく、ポッカリと穴が空いていた
「これユーリ!手伝わんのなら離れろ!危ないぞ!」
じっとその部分を見詰めていたユーリにハンクスが離れろと声をかける
ユーリは離れることはせずにハンクスの方へと歩み寄る
「なあじいさん、魔核 知らねえか?魔導器 の真ん中で光ってるやつ」
小声で、いつもよりもトーンを落として彼は問いかける
「ん?さあのう…。…ないのか?」
幾分か声を低くしてハンクスは問い返す
「ああ、魔核 がなけりゃあ、魔導器 は動かねえってのにな。最後に魔導器 に触ったの、修理に来た貴族様だよな?」
魔核 がない、それはつまり、盗まれた以外に他ならない
下町の住人たちがそんなことをするわけはまずない
…だとすれば、だ。ユーリが結論に至った人物は一人しかいなかった
「ああ、モルディオさんじゃよ」
『モルディオ』…どこかで聞いたことのあるような名前にほんの一瞬、ユーリの眉がピクリと動いた
だが、気にしたような素振りを見せずに彼は住んでいる場所を問いかける
当然と言うべきか、貴族街に住んでいるようだ
「…悪ぃじいさん、用事思い出したんで行くわ」
そう言って市民街へと続く道の方へと足を進める
慌ててハンクスはそれを静止した
まさか、と問いかければ、冗談、と苦笑いしてわざとらしく両手を広げて肩を竦めて見せる
自分がそんなところに行くわけがない、と言って、彼は坂道を駆け上がった
そんな彼を、ハンクスを含めた下町の住人は呆れたように苦笑いを浮かべて見送った
住んでいる期間は短いこそすれ、誰よりも下町を好いているであろう彼は騎士と揉め事を起こすなとしょっちゅうだった
今回もまた、無茶をしなければいいが…などと呟いて、ハンクスは大きなため息を一つ落とした
場所は変わって貴族街の入口
近くの茂みに隠れたユーリは辺りの様子を伺う
見張りをしている退屈そうな騎士は二人
相当暇なようで、世間話に花を咲かせていた
「そう言えば聞いたか?下町の水道魔導器 の話」
「はい、故障したのを直そうと修理費を集めたとかで」
「連中、宝物まで売って金を工面したらしいぜ」
「宝物ですか?」
「どうせガラクタだよガラクタ。一ガルドにもなりゃしない」
「一ガルドにすら!?そりゃどんな宝物なんですかね。一度見てみたいもんです」
「だからガラクタなんだよ。ひゃっひゃっひゃ……」
あまりにも言いたい放題な会話にユーリのこめかみがピクピクと痙攣する
確かにガラクタかもしれないが、彼らにとっては立派な宝物だ
それをあんな言い方をされて、怒らないで居られるものが果たしてどれだけいるのだろうか
当然、というべきか守護者 たちもそれに対して我慢ならなかったようで…
ユーリが気づく前にシャドゥが動いていた
音もなく騎士二人を彼の魔術が襲った
「……(シャドゥ……やりすぎだ……)」
小さくため息をついて彼は苦笑いを浮かべる
完全に伸び切った騎士をほんの少し憐れむが、元はと言えばこいつらが悪いと思うことにしたらしい
《主 、敵、我、敵》
「(わかってるさ。…ま、やりすぎだがお陰で手間が省けたぜ。サンキュな)」
声に出さずにユーリが褒める
それが嬉しかったのか、シャドゥは随分とご機嫌で姿を隠したままユーリの周りを飛んでいた
「(…ヴォルト、悪ぃけどフレンのとこ行って来てくんねえか?)」
《ギギ………リョウカイ……》
そう言ったヴォルトの気配が一瞬で消える
フレンとの連絡にヴォルトはかなりうってつけの存在だ
まあ他にも色々便利ではあるのだが
「ガラクタの価値も分からねえお前らはガラクタ以下だよ」
伸び切った騎士に近づいたユーリはそう吐き捨てて貴族街の入口を潜る
相変わらず煌びやかで豪華な服を来た貴婦人たちが世間話に花を咲かせている
話し方から態度まで、どれをとっても吐き気がしそうな彼女らを横目に辺りを見回せば、いくつか魔核 のない魔導器 が見える
だが、流石貴族というべきか…魔核 の一つや二つでは全く騒ぎにならないらしい
余っているなら寄越せと小さく悪態をつきながらラピードに案内を頼めば、一軒の家へと真っ先に走り出す
「ビンゴ」
ユーリはパチンッと指を鳴らすとニヤリと口角を上げる
先に行ったラピードの後を追いかけると、彼は扉の前でちょこんと座って尻尾をゆらゆらと揺らしていた
その頭をユーリは優しく撫でてから扉のノブに手をかける
当然ではあるが、鍵がかかっており開かない
他に入れる場所がないかと辺りを見回す
扉から離れて窓を見て回ると、一箇所だけ鍵のかかっていない窓があった
躊躇することなくそこから中へ入る
ガランとした屋内は到底貴族が住んでいるようには見えない
とりあえず、とユーリは一部屋ずつ見て回るが、どの部屋にも鍵がかかっている
二階の廊下でさあどうするかと悩んでいると、扉の鍵が開く音が響く
急いでその場にしゃがんで隠れると、フードを被った人物が入ってくる
小柄なその人物の手には一つの袋があり、その中から魔核 が見えていた
どう見ても下町の水道魔導器 の魔核 だった
ラピードと顔を見合わせて頷くと、最初にラピードがその人物の前に降り立った
慌てふためく人物の後ろにユーリはトンっと静かに降り立つ
「おまえ、モルディオだな?」
愛用の刀を片手にジロリと睨みつけると、その人物は懐から煙玉を取り出して地面に投げつける
モクモクと上がった煙が晴れた時にはその場にはラピードしかいなかった
だが、しっかり獲るものは取っていたらしく、袋を加えて我が物顔でユーリの元に歩み寄ってきた
「よし、よくやったラピード」
ユーリが褒めると誇らしげにワンッと小さく吠えた
「…ん?なんだよ…!魔核 ねえぞ!」
袋の中を確認したユーリは怒りの籠った声を上げた
ドロボウ風情にしてやられたと怒りが込み上げてきていた
「魔核 を取り返して一発ぶん殴ってやろうぜ」
「ゥワンッ」
ユーリに相槌を打つようにラピードが吠える
その声と共に扉から外に出ると二人の騎士が待ってましたと言わんばかりにふんぞり返って立っていた
「騒ぎと聞いて駆け付けてみれば、貴様なのであるか、ユーリ!」
「ついに食えなくなって貴族の家に盗みとは…貴様も落ちたものなのだ!」
いや全く。むしろ食べ物は困らない程にあるんですが、と思わずツッコミを入れたくなるような声掛けに、ユーリはため息をついた
見知った顔ではあるが、よりによってこいつらが来るなんてと呆れた目でその二人を見る
「なんだ、デコとボコか」
はぁ…とため息をつきながらユーリは名を呼んだ
正確に言えば『アデコール』と『ボッコス』であるのだが
「デコと言うなであ〜る!」「ボコじゃないのだ!」
息ぴったりに紡がれる言葉のやり取りは一体何度聞いたことか…
そんなことを考えながら貴族街の通りを歩く人物を見かけると、真っ直ぐに駆け寄ろうとする
だが、そのユーリの前に二人が立ち塞がる
「逃げようとしてもそうはいかないのだ!」
そうして足止めを食らっている間に、当のドロボウ本人は馬車で逃げ出してしまった
余計な邪魔をされたユーリは大きくため息をついて項垂れた
これだからこいつらは…と考えながら二人を見る
「逃げてるように見えんのか?…ああ、だから出世を見逃すのか」
挑発気味に、そして心底どうでも良さそうにユーリは言葉を吐いた
頭にきたらしい二人は武器を構えてユーリにツッコんでいくが、あまりにもなっていない構えにユーリはため息をついてかわす
その二人の背に向かって蒼破刃を繰り出した
「うぎゃっ!?」「ぐわっ?!」
唸り声と共にバタンっと倒れる音がユーリの背後で鳴る
早く追いかけないとと先程逃げた人物を追いかけようとする
だが簡単に追いかけさせてはもらえないらしく…
ガシャガシャッと金属音が辺りに響く
アデコールたちの隊服とは違った薄い赤紫色の隊服に身を包んだ騎士が複数人集まって来ていた
「こりゃ馬車はもう無理か…」
呆れ気味にユーリは独り言を呟いた
「流石シュヴァーン隊、こんな下民一人捕まえられないなんて無能だね」
皮肉と軽蔑の籠った声に彼はほんの少し眉を顰める
「こ、これはキュモール隊長!とてもお見苦しいところを、であ〜る」
起き上がったアデコールは、ペコペコと今来た人物に頭を下げる
男にしては少し長い薄青紫色の髪と騎士らしくない胸元の開いた隊服を身にまとった男、キュモール
貴族の出の隊長であり、貴族以外へ対する態度は正に悪党さながらだ
ユーリは嫌う類の彼が来たことに小さく舌打ちをする
逃げたのが魔導器 ドロボウなら逃がしたのは税金ドロボウかと悪態づく
抵抗したところで面倒になると判断した彼は大人しく剣を手放した
「毎度毎度、忙しいね。ユーリ・ローウェル君。僕も忙しいんだけど、ちょっと遊んであげるよ。僕のキュモール隊が、ね」
ニヤリと口角を上げてキュモールは告げる
こうなってはまた散々殴られてから独房だな、と何処か諦め気味に小さくため息をつく
《我、敵、滅……!》
「(ダメだ。耐えてくれ)」
自身の近くで声を荒らげたシャドゥをユーリは静止した
今彼の力が解き放たれれば、それこそ独房どころの話ではなくなってしまうかもしれない
静止されたのを不服そうにしながら、シャドゥは静かに威圧を辺りに撒き散らしていた
それが、どれだけの人に感じられたかは分からないが…
「そこまでよ」
凛とした声が辺りに響き、殴りかかろうと腕を上げていたキュモール隊の隊員の腕がユーリに当たるか当たらないかのところで止まる
甲冑で表情こそ見えないが、僅かに肩が震えている
「げ…ア、アリシア副騎士団長殿……」
「…アリシア隊長…」
ユーリもキュモールも驚いた顔でその人物を見る
漆黒の隊服に身を包んだ彼女は呆れ気味にキュモールを睨みつけていた
「全く、近頃捕えられる市民の何人かが怪我して独房に入れられていると思えば…こういうことね。…キュモール隊長、後で閣下の元へ。相当お怒りよ?」
ニコリと微笑んだ彼女だが、そこに笑顔はない
口元だけ見れば確かに笑っているのだが、その目は完全に据わっている
怯え気味にひっ…と小さく喉を鳴らした彼をよそ目に彼女はその横を通り過ぎる
「シャウラ、キュモール隊を連れてって。こいつらもまとめて処分するから」
「はっ」
アリシアの言葉にシャウラはキュモール隊を率いて城へと先に戻る
「さてと…全く、こんな所で何をしているのだか…。こればかりは少し独房入って貰わないとどうにも出来ないけど…ちゃんと話は聞いてあげるし、対応は私がするから付いて来て貰えるわね?ユーリ」
キュモール隊へ放っていた威圧をあっさりと引っ込めて、彼女はユーリに向けて苦笑いを浮かべた
「…アリシア隊長だったら逃げたりしねえよ」
「あら嬉しい。それじゃあ行きましょうか」
優しく微笑む彼女にユーリは大人しくついて行った
深夜、誰もが寝静まった時間に独特な深紅の髪を揺らして歩いている人物がいた
巡回、と言うわけではなく彼女は真っすぐに一つの部屋に向かう
付いた部屋の前で軽くノックをすると、中の人物の返事も聞かずに扉を開ける
「…随分と早い帰りだな?」
薄暗い月明かりだけに照らされた部屋で、まるで彼女が帰ってくることが分かっていたかのような笑みを浮かべたアレクセイが机の上に肘をついて手を組んで座っていた
「そこまで強くなかったですもの。むしろ弱すぎてつまらなかったですね。もう少し骨のあるのを期待していたんですが…」
パタリと扉を閉め籠手を直しながらアリシアは彼に近づいていく
ゆっくりと明かりの元に出てきた彼女の姿に、彼は薄っすらと目を細める
「また随分と『派手に』やったな?」
「そのくらいしなければわからないでしょう?『彼ら』のような頭の悪い方々は」
ほんのりと濡れた頬を指で拭いながらニヤリと彼女は笑った
「ふ…それもそうだな。…それで?わからないようにはしたのか?」
「もちろんじゃないですか。常識ですよ。『発見』されてもすぐにはわかりませんよ。…まあ、見つかればいいですけどね」
「相変わらず情け容赦のない奴だな。…ここまでしたのは『奴』の時以来か?」
「…ああ、ガリスタ…でしたっけ?懐かしいですねえ」
クスクスと笑うその笑みは普段見ることのないものが浮かんでいた
「…では閣下、私は任務に戻ります」
ひとしきり笑うと真っすぐと彼女は彼を見た
「ああ。…頼んだぞ」
アレクセイの言葉に、彼女は敬礼をすると部屋を後にした
~それから約一週間後~
「…私が、ですか…?」
騎士団長の執務室に呼ばれたフレンは戸惑いの目で騎士団長アレクセイを見つめていた
「ああ、アリシアはエステリーゼ様の護衛をしなければならない。シュヴァーンでは目立ちすぎる。その点、お前ならば巡礼という体で送り出すことが出来る。…頼めるか?」
「い、いえ!一介の騎士である私が断ることなど…!」
軽く頭を振ってフレンは答える
なんだかんだ言いつつも断るつもりはないようだ
「うむ、では頼む」
「はっ!」
アレクセイに敬礼をするとフレンは部屋を出る
コツン、コツン…と廊下に足音が響く
歩きながらフレンは頭をフル回転させる
あまりにも突然に言われた『大役』…
どう対処すべきかを自身の部屋に戻る間に考える
だが、いい案がなかなか思いつかないでいた
「そんな暗い顔して何かあったのかな?フレン」
柔らかく優しい声に、フレンは慌てて振り返った
そこには軽装のアリシアの姿があった
「アリシア隊長…エステリーゼ様の護衛についていらっしゃるのでは…?」
ふと浮かんだ疑問をフレンは投げかける
「ん?ああ…それが、エステリーゼ様に少し休めと言われてしまってな…シャウラにまで、今日一日仕事を禁止させられてしまったのさ」
大袈裟に肩を竦めて彼女は苦笑いを浮かべる
仕事人間と言っても過言ではない彼女にとって、一日でも仕事ができないのはつらいことなんだろうとフレンは思った
帝都での任務に就いてから約二年、彼女が休んだところをフレンは殆ど見たことがなかった
「なるほど…いい機会ですし、ゆっくりなされたらいいのではないですか?」
「…お前まで言うか…今日だけで何度言われたことか…」
はぁ…っとわざとらしく大きくため息を彼女はつく
「閣下にまで言われたんだぞ?私よりも働いていらっしゃるあの閣下に!」
アリシアはそう言って不服そうに頬を膨らませた
その様子はさながら子どものようだ
「あはは…まあ、アレクセイ騎士団長も働き過ぎですが、アリシア隊長ほど走り回ってはいらっしゃらないと思います」
苦笑いを浮かべてフレンは答える
「…確かに私の方が動き回っていることは否定しないが…。いや、今はそれはいいんだ。それよりもフレンの方だ。まぁ何となく予想はついているが…」
困ったように笑みを浮かべてどこか憐みに似た笑顔を彼女は浮かべる
「…実は先程…ですね…」
キョロキョロと辺りを見回して誰も人がいないことを確認すると、彼女の耳元でひそひそと話す
「…あー、やっぱりな…。悪いな、私が他の任務に就いているせいで…本来であれば私の仕事なんだが…」
気まずそうに頭の後ろをかきながらアリシアは謝る
「い、いえ!アリシア隊長のせいでは…」
「いいや、完全に私の責任だ。…詫びというわけではないが、何かあったらすぐに連絡してくれて構わないから」
どうせエステリーゼ様にも仕事をさせて貰えずに暇してるだろうから、とつまらなさそうに呟いた彼女にフレンは愛想笑いをするしかなかった
ー嵐の前にー
この世界、テルカ・リュミレースの首都ザーフィアス
貴族から市民まで様々な人が住まうこの街の外周、結界ギリギリに広がる貧民街ーー通称、下町ーーに一人の青年が住んでいた
独特の黒い長髪を持った青年は仮住まいとしている宿屋『箒星』の二階の部屋の窓の淵に腰かけていた
彼がぼーっと外を眺めていると、突然
ものすごい勢いで水を噴き上げるそれに青年、ユーリは小さくため息をついた
《ジジ…
ブォン…っと小さく音を立ててヴォルトがユーリの傍に立った
「…そりゃ困るな。下町にとっちゃあれは大事な水資源だ」
そう言うものの、本人は全く動こうとはしない
《光、
音もなく現れたシャドゥが問いかける
「いや、オレが呼ばなくてもあいつなら飛んでくるだろ」
自分の出る幕はないと言わんばかりにユーリは苦笑いした
あれから二年…この二体との意思疎通もだいぶこなせるようになっていた
シャドゥとの会話では未だに少し間を開けないとわからないこともあるが、それでも以前よりは話せるようになっていた
二体と会話をしていると外から階段を駆け上がる音が聞こえてくる
その音に、二体は姿を隠した
同時にバンッと音を立てて扉が開かれる
「ユーリ!大変だよ!!」
顔を真っ青に染めたテッドがユーリの部屋に飛び込んでくる
「なんだよテッド、大声出して」
いつもと変わらない口調でユーリは問いかける
「見てよあれ!
テッドは窓際によって少し身を乗り出すと、
水を噴き出しているそれの周りでは大人たちが水を掻き出していた
「厄介ごとなら騎士団に頼めよ。そのために居んだろ?」
「騎士団なんか下町の為に動いてくれないよ!」
わかっているだろうと言いたげに彼はユーリを睨みつけた
「フレンがいるだろ?」
当たり前だと言いたげにユーリは首を傾げる
「もう頼みに行ったよ!でも、会わせてもらえなかったんだ!」
寂しそうに、そして困った顔でテッドはユーリを見上げる
「テッド!テッドォ!!あんたも手伝うのよ!」
下からこの宿屋の女将さんの声が聞こえてきた
ほんの少し怒りの混じった声にテッドが慌てる
「ま、待ってよぉ…!…もう、ユーリの馬鹿!!」
半泣きでそう叫ぶと彼は部屋を飛び出した
「…下町の事なら飛んでくる奴なのにな…」
ポツリと呟きながら視線を街の中央に向ける
その先にあるのは
小隊長になってからはそこに住んでいたはずだった
普段であれば飛んでくるはずの彼が来ないことに疑問を抱く
「…このままじゃ魚しか住めなくなりそうだな」
ふぅ…っと息を吐きながらユーリは苦笑いを浮かべた
このことをフレンに伝えるのは後でもいいか、と考えながらユーリは窓枠に足をかける
そのまま二階から飛び降りる
「ユーリ!来てくれたんだ!」
音を立てずに地面に着地すると、いつの間にか外に出ていたラピードと、先に降りていたテッドが居た
テッドの言葉に肩を竦めると
「何としても止めるのじゃ!」
しがれた声で叫ぶのは下町の住民をまとめているハンクスという老人だ
「なんだ?どでかい宝物でも沈んでんのか?」
ほんの少し皮肉っぽくユーリは友人に話しかける
「ああ、でもユーリには分けてやんねえよ。来んの遅かったから」
その友人もまた皮肉っぽく言葉を返す
「はっはっは。世知辛いねぇ」
「そう、世知辛い世の中なんだよ。
嫌味と怒りの籠った声で友人は返す
また貴族か…と呆れの籠ったため息をユーリはつく
こういった出来事の大半は貴族が絡んでいる
呆れるのも当然だろう
「ユーリめ、やっと顔を出しおったか!」
「じいさん、水遊びはほどほどにしとけ。もう若くねえんだから」
「その水遊びをこれからお前さんもするんじゃよ」
げっ、と嫌そうな声を出しながらも、ユーリは水を掻き出す作業に加わる
「ハンクスじいさん、頑張ってるな」
隣で水掻き出している友人に話しかける
「責任感じてんのさ。修理代、先頭立って集めてたのじいさんだから」
その言葉でユーリは納得した
責任感の強い彼のことだから、自分のせいだと思ているのだろうと容易に想像できたのだ
「その結果がドカンか。けど、魔導士が手抜き修理すんのは、じいさんの責任じゃねえよ」
怒りが籠った声でユーリは呟く
「まあな。じいさんばあさんの形見まで手放して金を工面したってのに」
友人の言葉にユーリは思い切り顔を顰めた
《ガガ…ユーリ、ドノ…
姿を見せずにヴォルトが耳元で声をかける
周りに人が居る時は彼らは姿を見せることはない
最初こそ戸惑いはしたものの、それにも随分と慣れてきていた
ユーリは手を止めると、
その箇所を見てみるが、ヴォルトの言うとおりその姿はそこになく、ポッカリと穴が空いていた
「これユーリ!手伝わんのなら離れろ!危ないぞ!」
じっとその部分を見詰めていたユーリにハンクスが離れろと声をかける
ユーリは離れることはせずにハンクスの方へと歩み寄る
「なあじいさん、
小声で、いつもよりもトーンを落として彼は問いかける
「ん?さあのう…。…ないのか?」
幾分か声を低くしてハンクスは問い返す
「ああ、
下町の住人たちがそんなことをするわけはまずない
…だとすれば、だ。ユーリが結論に至った人物は一人しかいなかった
「ああ、モルディオさんじゃよ」
『モルディオ』…どこかで聞いたことのあるような名前にほんの一瞬、ユーリの眉がピクリと動いた
だが、気にしたような素振りを見せずに彼は住んでいる場所を問いかける
当然と言うべきか、貴族街に住んでいるようだ
「…悪ぃじいさん、用事思い出したんで行くわ」
そう言って市民街へと続く道の方へと足を進める
慌ててハンクスはそれを静止した
まさか、と問いかければ、冗談、と苦笑いしてわざとらしく両手を広げて肩を竦めて見せる
自分がそんなところに行くわけがない、と言って、彼は坂道を駆け上がった
そんな彼を、ハンクスを含めた下町の住人は呆れたように苦笑いを浮かべて見送った
住んでいる期間は短いこそすれ、誰よりも下町を好いているであろう彼は騎士と揉め事を起こすなとしょっちゅうだった
今回もまた、無茶をしなければいいが…などと呟いて、ハンクスは大きなため息を一つ落とした
場所は変わって貴族街の入口
近くの茂みに隠れたユーリは辺りの様子を伺う
見張りをしている退屈そうな騎士は二人
相当暇なようで、世間話に花を咲かせていた
「そう言えば聞いたか?下町の
「はい、故障したのを直そうと修理費を集めたとかで」
「連中、宝物まで売って金を工面したらしいぜ」
「宝物ですか?」
「どうせガラクタだよガラクタ。一ガルドにもなりゃしない」
「一ガルドにすら!?そりゃどんな宝物なんですかね。一度見てみたいもんです」
「だからガラクタなんだよ。ひゃっひゃっひゃ……」
あまりにも言いたい放題な会話にユーリのこめかみがピクピクと痙攣する
確かにガラクタかもしれないが、彼らにとっては立派な宝物だ
それをあんな言い方をされて、怒らないで居られるものが果たしてどれだけいるのだろうか
当然、というべきか
ユーリが気づく前にシャドゥが動いていた
音もなく騎士二人を彼の魔術が襲った
「……(シャドゥ……やりすぎだ……)」
小さくため息をついて彼は苦笑いを浮かべる
完全に伸び切った騎士をほんの少し憐れむが、元はと言えばこいつらが悪いと思うことにしたらしい
《
「(わかってるさ。…ま、やりすぎだがお陰で手間が省けたぜ。サンキュな)」
声に出さずにユーリが褒める
それが嬉しかったのか、シャドゥは随分とご機嫌で姿を隠したままユーリの周りを飛んでいた
「(…ヴォルト、悪ぃけどフレンのとこ行って来てくんねえか?)」
《ギギ………リョウカイ……》
そう言ったヴォルトの気配が一瞬で消える
フレンとの連絡にヴォルトはかなりうってつけの存在だ
まあ他にも色々便利ではあるのだが
「ガラクタの価値も分からねえお前らはガラクタ以下だよ」
伸び切った騎士に近づいたユーリはそう吐き捨てて貴族街の入口を潜る
相変わらず煌びやかで豪華な服を来た貴婦人たちが世間話に花を咲かせている
話し方から態度まで、どれをとっても吐き気がしそうな彼女らを横目に辺りを見回せば、いくつか
だが、流石貴族というべきか…
余っているなら寄越せと小さく悪態をつきながらラピードに案内を頼めば、一軒の家へと真っ先に走り出す
「ビンゴ」
ユーリはパチンッと指を鳴らすとニヤリと口角を上げる
先に行ったラピードの後を追いかけると、彼は扉の前でちょこんと座って尻尾をゆらゆらと揺らしていた
その頭をユーリは優しく撫でてから扉のノブに手をかける
当然ではあるが、鍵がかかっており開かない
他に入れる場所がないかと辺りを見回す
扉から離れて窓を見て回ると、一箇所だけ鍵のかかっていない窓があった
躊躇することなくそこから中へ入る
ガランとした屋内は到底貴族が住んでいるようには見えない
とりあえず、とユーリは一部屋ずつ見て回るが、どの部屋にも鍵がかかっている
二階の廊下でさあどうするかと悩んでいると、扉の鍵が開く音が響く
急いでその場にしゃがんで隠れると、フードを被った人物が入ってくる
小柄なその人物の手には一つの袋があり、その中から
どう見ても下町の
ラピードと顔を見合わせて頷くと、最初にラピードがその人物の前に降り立った
慌てふためく人物の後ろにユーリはトンっと静かに降り立つ
「おまえ、モルディオだな?」
愛用の刀を片手にジロリと睨みつけると、その人物は懐から煙玉を取り出して地面に投げつける
モクモクと上がった煙が晴れた時にはその場にはラピードしかいなかった
だが、しっかり獲るものは取っていたらしく、袋を加えて我が物顔でユーリの元に歩み寄ってきた
「よし、よくやったラピード」
ユーリが褒めると誇らしげにワンッと小さく吠えた
「…ん?なんだよ…!
袋の中を確認したユーリは怒りの籠った声を上げた
ドロボウ風情にしてやられたと怒りが込み上げてきていた
「
「ゥワンッ」
ユーリに相槌を打つようにラピードが吠える
その声と共に扉から外に出ると二人の騎士が待ってましたと言わんばかりにふんぞり返って立っていた
「騒ぎと聞いて駆け付けてみれば、貴様なのであるか、ユーリ!」
「ついに食えなくなって貴族の家に盗みとは…貴様も落ちたものなのだ!」
いや全く。むしろ食べ物は困らない程にあるんですが、と思わずツッコミを入れたくなるような声掛けに、ユーリはため息をついた
見知った顔ではあるが、よりによってこいつらが来るなんてと呆れた目でその二人を見る
「なんだ、デコとボコか」
はぁ…とため息をつきながらユーリは名を呼んだ
正確に言えば『アデコール』と『ボッコス』であるのだが
「デコと言うなであ〜る!」「ボコじゃないのだ!」
息ぴったりに紡がれる言葉のやり取りは一体何度聞いたことか…
そんなことを考えながら貴族街の通りを歩く人物を見かけると、真っ直ぐに駆け寄ろうとする
だが、そのユーリの前に二人が立ち塞がる
「逃げようとしてもそうはいかないのだ!」
そうして足止めを食らっている間に、当のドロボウ本人は馬車で逃げ出してしまった
余計な邪魔をされたユーリは大きくため息をついて項垂れた
これだからこいつらは…と考えながら二人を見る
「逃げてるように見えんのか?…ああ、だから出世を見逃すのか」
挑発気味に、そして心底どうでも良さそうにユーリは言葉を吐いた
頭にきたらしい二人は武器を構えてユーリにツッコんでいくが、あまりにもなっていない構えにユーリはため息をついてかわす
その二人の背に向かって蒼破刃を繰り出した
「うぎゃっ!?」「ぐわっ?!」
唸り声と共にバタンっと倒れる音がユーリの背後で鳴る
早く追いかけないとと先程逃げた人物を追いかけようとする
だが簡単に追いかけさせてはもらえないらしく…
ガシャガシャッと金属音が辺りに響く
アデコールたちの隊服とは違った薄い赤紫色の隊服に身を包んだ騎士が複数人集まって来ていた
「こりゃ馬車はもう無理か…」
呆れ気味にユーリは独り言を呟いた
「流石シュヴァーン隊、こんな下民一人捕まえられないなんて無能だね」
皮肉と軽蔑の籠った声に彼はほんの少し眉を顰める
「こ、これはキュモール隊長!とてもお見苦しいところを、であ〜る」
起き上がったアデコールは、ペコペコと今来た人物に頭を下げる
男にしては少し長い薄青紫色の髪と騎士らしくない胸元の開いた隊服を身にまとった男、キュモール
貴族の出の隊長であり、貴族以外へ対する態度は正に悪党さながらだ
ユーリは嫌う類の彼が来たことに小さく舌打ちをする
逃げたのが
抵抗したところで面倒になると判断した彼は大人しく剣を手放した
「毎度毎度、忙しいね。ユーリ・ローウェル君。僕も忙しいんだけど、ちょっと遊んであげるよ。僕のキュモール隊が、ね」
ニヤリと口角を上げてキュモールは告げる
こうなってはまた散々殴られてから独房だな、と何処か諦め気味に小さくため息をつく
《我、敵、滅……!》
「(ダメだ。耐えてくれ)」
自身の近くで声を荒らげたシャドゥをユーリは静止した
今彼の力が解き放たれれば、それこそ独房どころの話ではなくなってしまうかもしれない
静止されたのを不服そうにしながら、シャドゥは静かに威圧を辺りに撒き散らしていた
それが、どれだけの人に感じられたかは分からないが…
「そこまでよ」
凛とした声が辺りに響き、殴りかかろうと腕を上げていたキュモール隊の隊員の腕がユーリに当たるか当たらないかのところで止まる
甲冑で表情こそ見えないが、僅かに肩が震えている
「げ…ア、アリシア副騎士団長殿……」
「…アリシア隊長…」
ユーリもキュモールも驚いた顔でその人物を見る
漆黒の隊服に身を包んだ彼女は呆れ気味にキュモールを睨みつけていた
「全く、近頃捕えられる市民の何人かが怪我して独房に入れられていると思えば…こういうことね。…キュモール隊長、後で閣下の元へ。相当お怒りよ?」
ニコリと微笑んだ彼女だが、そこに笑顔はない
口元だけ見れば確かに笑っているのだが、その目は完全に据わっている
怯え気味にひっ…と小さく喉を鳴らした彼をよそ目に彼女はその横を通り過ぎる
「シャウラ、キュモール隊を連れてって。こいつらもまとめて処分するから」
「はっ」
アリシアの言葉にシャウラはキュモール隊を率いて城へと先に戻る
「さてと…全く、こんな所で何をしているのだか…。こればかりは少し独房入って貰わないとどうにも出来ないけど…ちゃんと話は聞いてあげるし、対応は私がするから付いて来て貰えるわね?ユーリ」
キュモール隊へ放っていた威圧をあっさりと引っ込めて、彼女はユーリに向けて苦笑いを浮かべた
「…アリシア隊長だったら逃げたりしねえよ」
「あら嬉しい。それじゃあ行きましょうか」
優しく微笑む彼女にユーリは大人しくついて行った