短編(sss)

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2013.01.01.
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静寂の中に染み渡る、澄んだ鐘の音。重厚感のある響きは冬の空気を揺らし、幾度も幾度も街中を木霊した。

もうあと数分で時計の針は重なり0時を刻む。紫苑は開け放った窓辺で一人、目を閉じて音に耳を傾けていた。

動かない人形のように、ずっと固まっていた指先がぴくりと動く。寒いからと肩へ掛けた茶色のブランケットを握りしめる。

紫苑が反応したのは冷たい風のせいでも、いきなり鐘の音がブツリと途絶えたからでもない。どこからともなく、ふいに押し寄せる緊張感からだった。強い緊迫と興奮が、荒波をたてて身体を飲み込もうとする。

焦りにも似た感情を内から吐き出すように、紫苑は大きく深呼吸した。

白い柔らかな息は闇に溶け、馴染んで消える。

──…、
生まれた時からこうだった。頭の中が空っぽになった時。例えばこうやって、心静かに夜空を眺めている時。

唐突に胸の奥がぎゅっと締め付けられ痛くなる。心の内にいるもう一人の自分が、事を知らせようと心臓を力強く叩く。

『─はやく。はやく。』

そう、訴えかけられているようだった。

……いや。違う。
これはぼくに向かって訴えているのではない。ぼくが誰かに訴えている気持ちだ。無意識に、ぼくは常にただ一人の人間を急かしている。

きっと、待っているのだ。
その顔もその存在すらも知らない相手を。

目下の庭で、カサリと音が鳴った。
小さな、本当に小さな二つの眼孔が、こちらを見上げている。

「…猫‥、いや……ネズミ?」

紫苑が身を乗り出すと、小動物は一瞬で姿を消した。あまりに速すぎて、幻をみたのかと錯覚する。紫苑は目を擦り、頭を振る。

そうこうしている間に、一際大きな鐘が響いて、長針と短針が交わった。
いつもと何も変わらない。
けれど、新しい一年の幕開けだ。

──…、
名前も知らないきみ。
きみは男だろうか、
女だろうか。
その瞳は何色をしている?
月が綺麗なこんな夜に、唄を歌ってはくれないだろうか。

……なんて、
そんなことは至極どうだっていい。

はやく
はやく
ぼくの元へ逢いに来てくれ。

随分と長く待ち焦がれて、
いい加減、どうにかなりそうなんだ。

END.

(そうして俯く彼の足下。小ネズミが一匹、駆け抜けた。)──きみと出逢うまであと249日。
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