短編(sss)

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キスって触れるだけじゃないの?
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びっくりした。
あの人、いきなりキスしてきたと思ったら舌を入れてきたから。凄くびっくりした。

「ネズミ」
「何?」
「ぼく…、その、さっきの女の人にキスされたんだけど…」
「知ってるよ」
「なんであの人舌を入れてきたんだ?」
「………は?」

ぼくの問いかけにネズミは開いた口が塞がらないようだった。

「だから、あの人、ぼくの口の中に―…」
「紫苑」
「ん?」

ネズミは路地裏にぼくを引っ張り込むと壁に追いやり逃げ場を封じた。また追っ手が来たのかと思って表通りを見たが行き交う人々は平穏そのものだった。

不思議に思いネズミを見やると、かなりの至近距離にいた。息がかかる距離にあるその端整な顔立ちに不覚にも胸が弾んだ。

「ネズミ?」

顎に手をかけられ、ぼくの瞳とネズミの瞳がかち合う。ネズミはゆったりと口を開き色香を含む声で言葉で耳元に囁く。

「教えてやるよ。本当のキスってやつ、」

ゾクリと何かが背中を逆撫でした。誘惑に満ちたその低い声はいとも簡単に身体から自由を奪い去り、何が起こるのか分からないのにその何かを期待している自分がいた。

ネズミは薄くも柔らかい唇を重ねると、さっきの女のように互いの舌を器用に絡めてきた。ぬるっとした舌が口内をまさぐり浸食していく。押さえつけられた腕を動かそうとするも力ではネズミに勝てなかった。

呼吸をするのが難しい。

僅かにこぼれる吐息をも逃さぬようにネズミは執拗に攻め立てる。

「……ん、ふ…ぅ、」

洩れる声と共に身体の力が抜けていくのが分かった。いつの間にかすがりつくようにネズミの超繊維布を握りしめ、その手を、腰を、ネズミが支えてくれていた。唾液が音を立てて混ざり合い、離れた舌先に糸を紡いだ。

「ネ…ネズ、ミ……」

緊張と興奮と戸惑いがぐちゃぐちゃになってぼくに襲いかかる。乱れた呼吸を正すのも大変だ。ネズミは濡れたぼくの唇を「ちゅっ」とついばむと、ニヤリと笑った。

「ディープキス。ぼうやにはまだ早かったか?」

呆然としているぼくの肩に額を預けてクックッと笑いを堪えるネズミは楽しそうだ。

(これがディープキス……、か)

そっと唇に指先をあてがうと甘い痺れがまだ残っている気がした。

「こんなキス初めてだ」
「何?」
「他にもあるならもっと教えてくれないか?」
「あんた正気か!?」
「正気だよ」
「……シラフでそんな事言うか。………天然の極みだな、紫苑」

驚くネズミがあの時のぼくには全く理解できなかったが、今となっては立派な誘い文句だと言うことを知った。

END.

(キスって触れるだけじゃないの?)
title by 確かに恋だった
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