短編(sss)
─────────
目が追う、あなたを
─────────
気づいている。
気づいていない。
気づいている。
気づいていない。
気づいている。
気づいて─…
「…ない」
市庁舎にある中庭で、落胆の色を混ぜた深く長い溜め息が吐き出された。レンガブロックに囲われた花壇を前にトーリはしゃがみこみ、足元には淡紫の花びらを散らしてガックリとうなだれる。
「アリの巣でも見つけたの?」
「ははっ、まさか。ここをどこだと思って─」
得意にしている愛想笑いを浮かべて振り返った先に、笑顔のまま固まる。時間にして1、2秒。しかしトーリの感覚では1分以上。すべての呼吸気管は完全に停止していた。
「し、紫苑委員!どうされたんですか。いつもならまだデスクにかじりついてるはずじゃぁ…っ」
上司に対する礼儀として、トーリは急いで立ち上がり紫苑と向かい合う。
頭ひとつぶんも違う背丈に紫苑は半歩後ずさり、情けないなと苦笑した。もちろん、上司である自分が下の者を見上げている光景を想像しての一言だ。
「ちょっと煮詰まってきたから頭冷やそうと思って。本当は外に出たかったんだけど…一応勤務中だしね」
仕方なしに中庭へきたのだと肩をすくめる。
はにかむ表情に、トーリは顔が熱くなるのを感じた。
「ところで、何を見てたんだ?」
紫苑はトーリの足元に視線を送る。丁寧に磨かれた黒い革靴に蹴られ踏まれ、小さな花びらが散々と散らばっていた。
視線を少しあげると、トーリの手に何かが握られていることに気づいた。花だ。
枯れたと言うよりはむしろ、意図的に剥かれたような姿をしている。
「花占い?」
「ちが、これは……その、」
細い茎が手の中でくしゃっとひしゃげた。
大人が、男が、花占いだなんて笑われるかと思い恥ずかしかった 。都合の良い言い訳が思い付かず、言葉につまる。
そんなトーリに気付いているのかいないのか、紫苑は気にする素振りを見せぬまま地面に片膝をつき、花びらを一枚手のひらに乗せた。たった一枚の花びらを、優しく、愛おしそうに撫でる。
「ふふっ、懐かしいな」
「懐かしい?」
「昔ね、と言ってもまだ2年くらいしか経ってないけれど。小さな女の子と占いごっこしてよく遊んでたんだ」
「紫苑委員が占い?」
「おかしい?」
「い、いえ。まぁ、意外だなとは思います」
トーリから見る紫苑は酷く現実的な思考の人間だった。誰よりも物事を論理的に考え、伝え、隙をつかれぬよう慎重に行動する。テレビからうっかり占いが聞こえようとも振り向かないような人間だと思っていた。
職務中とプライベートでは見せる顔が違うのだろうか?仕事場でしか会う機会がないトーリは紫苑の普段の性格を知らない。
「ぼくのことを前にして、ぼくが自分を好きかどうか占うんだ。もちろん、ぼくはその子のことを好きだったからちゃんと好きだよって伝えていたのに、なぜか『そうじゃないの!』って怒られてた。…で、占いの結果が納得するものになるまで花を散らし続けるんだ。面白い子だろう」
過去を語る紫苑の喋りは流暢だ。
まるで昨日見た光景を口にしているように、嬉々として語っているように感じた。
「西ブロックに、そんなに沢山の花があったんですね」
荒れ果てた土地なのに。トーリが頭を傾げる。
紫苑は一瞬身を固め、そして静かな笑みを浮かべた。
「ネズミが……、よく持って帰ってきていたからね」
いつもと変わらない。
変わらない笑顔のはずなのに、なぜか寂しい。
「すみません」
「……?」
「いえ、何も」
本人すら気づかない素振りに反応してしまうのは、トーリが日々、紫苑という人間を観察し続けているからだろう。いや、『観察』という言葉ではこの気持ちと釣り合いはとれない。『見惚れていた』と言う方がしっくりくる。トーリは相手に分からぬ程度に下唇を噛んだ。
「きみは、何を占っていたの」
紫苑は踏まれていない綺麗な花びらを5、6枚拾い上げながら聞く。
「教えられません」
「じゃぁ恋占いだ」
「─え!?ぁ、えっ」
「あれ、まさか当たり?」
「はっ!?」
紫苑の的確な答えが図星だっただけに、トーリは必要以上に慌てふためいた。ましてや他の誰でもない。想いを寄せる紫苑に指摘されたのだから心臓が暴れて仕方がない。
「恥ずかしながら 、紫苑委員の仰っていた少女のことをぼくは笑えません」
「ふふっ」
大丈夫だよ。と、紫苑は語る。
「誰にも言ったりしないから。あ、でも結果がどうなったかの報告は楽しみにしているよ。そうだな、これは業務命令のひとつに加えておこう」
「職権乱用です」
「きみが上層部に訴えなければ、ただのふたりだけの約束だ」
ふたりだけの約束か。
響きは悪くないが、この案件に関して はたして自分は業務を遂行できるだろうか。話に聞く少女のように堂々と想いを伝えられる日はくるのだろうか。
そのとき彼がどんな反応を示すのか、トーリは悶々と考える。
「とりあえず、暫くは今進めている仕事に専念したいと思います」
気恥ずかしさに頭をガリガリと掻きながら伝えると紫苑は再び、くすりと微笑んだ。
「そうしてもらえると助かるよ。」
「はい」
心地よい風にのって、落ちた花びらが宙に舞う。
陽を反射してキラキラと輝く紫苑の白い髪に幾つかが引っ掛かる。瞬きをした瞬間に目の前からその存在ごと消えてしまいそうな、儚くて、愛しい彼にとてもよく似合う。
─あぁ、ぼくの憧れの人。
いつかその花びらの様に、この手に触れることを赦されますように。
END.
目が追う、あなたを
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気づいている。
気づいていない。
気づいている。
気づいていない。
気づいている。
気づいて─…
「…ない」
市庁舎にある中庭で、落胆の色を混ぜた深く長い溜め息が吐き出された。レンガブロックに囲われた花壇を前にトーリはしゃがみこみ、足元には淡紫の花びらを散らしてガックリとうなだれる。
「アリの巣でも見つけたの?」
「ははっ、まさか。ここをどこだと思って─」
得意にしている愛想笑いを浮かべて振り返った先に、笑顔のまま固まる。時間にして1、2秒。しかしトーリの感覚では1分以上。すべての呼吸気管は完全に停止していた。
「し、紫苑委員!どうされたんですか。いつもならまだデスクにかじりついてるはずじゃぁ…っ」
上司に対する礼儀として、トーリは急いで立ち上がり紫苑と向かい合う。
頭ひとつぶんも違う背丈に紫苑は半歩後ずさり、情けないなと苦笑した。もちろん、上司である自分が下の者を見上げている光景を想像しての一言だ。
「ちょっと煮詰まってきたから頭冷やそうと思って。本当は外に出たかったんだけど…一応勤務中だしね」
仕方なしに中庭へきたのだと肩をすくめる。
はにかむ表情に、トーリは顔が熱くなるのを感じた。
「ところで、何を見てたんだ?」
紫苑はトーリの足元に視線を送る。丁寧に磨かれた黒い革靴に蹴られ踏まれ、小さな花びらが散々と散らばっていた。
視線を少しあげると、トーリの手に何かが握られていることに気づいた。花だ。
枯れたと言うよりはむしろ、意図的に剥かれたような姿をしている。
「花占い?」
「ちが、これは……その、」
細い茎が手の中でくしゃっとひしゃげた。
大人が、男が、花占いだなんて笑われるかと思い恥ずかしかった 。都合の良い言い訳が思い付かず、言葉につまる。
そんなトーリに気付いているのかいないのか、紫苑は気にする素振りを見せぬまま地面に片膝をつき、花びらを一枚手のひらに乗せた。たった一枚の花びらを、優しく、愛おしそうに撫でる。
「ふふっ、懐かしいな」
「懐かしい?」
「昔ね、と言ってもまだ2年くらいしか経ってないけれど。小さな女の子と占いごっこしてよく遊んでたんだ」
「紫苑委員が占い?」
「おかしい?」
「い、いえ。まぁ、意外だなとは思います」
トーリから見る紫苑は酷く現実的な思考の人間だった。誰よりも物事を論理的に考え、伝え、隙をつかれぬよう慎重に行動する。テレビからうっかり占いが聞こえようとも振り向かないような人間だと思っていた。
職務中とプライベートでは見せる顔が違うのだろうか?仕事場でしか会う機会がないトーリは紫苑の普段の性格を知らない。
「ぼくのことを前にして、ぼくが自分を好きかどうか占うんだ。もちろん、ぼくはその子のことを好きだったからちゃんと好きだよって伝えていたのに、なぜか『そうじゃないの!』って怒られてた。…で、占いの結果が納得するものになるまで花を散らし続けるんだ。面白い子だろう」
過去を語る紫苑の喋りは流暢だ。
まるで昨日見た光景を口にしているように、嬉々として語っているように感じた。
「西ブロックに、そんなに沢山の花があったんですね」
荒れ果てた土地なのに。トーリが頭を傾げる。
紫苑は一瞬身を固め、そして静かな笑みを浮かべた。
「ネズミが……、よく持って帰ってきていたからね」
いつもと変わらない。
変わらない笑顔のはずなのに、なぜか寂しい。
「すみません」
「……?」
「いえ、何も」
本人すら気づかない素振りに反応してしまうのは、トーリが日々、紫苑という人間を観察し続けているからだろう。いや、『観察』という言葉ではこの気持ちと釣り合いはとれない。『見惚れていた』と言う方がしっくりくる。トーリは相手に分からぬ程度に下唇を噛んだ。
「きみは、何を占っていたの」
紫苑は踏まれていない綺麗な花びらを5、6枚拾い上げながら聞く。
「教えられません」
「じゃぁ恋占いだ」
「─え!?ぁ、えっ」
「あれ、まさか当たり?」
「はっ!?」
紫苑の的確な答えが図星だっただけに、トーリは必要以上に慌てふためいた。ましてや他の誰でもない。想いを寄せる紫苑に指摘されたのだから心臓が暴れて仕方がない。
「恥ずかしながら 、紫苑委員の仰っていた少女のことをぼくは笑えません」
「ふふっ」
大丈夫だよ。と、紫苑は語る。
「誰にも言ったりしないから。あ、でも結果がどうなったかの報告は楽しみにしているよ。そうだな、これは業務命令のひとつに加えておこう」
「職権乱用です」
「きみが上層部に訴えなければ、ただのふたりだけの約束だ」
ふたりだけの約束か。
響きは悪くないが、この案件に関して はたして自分は業務を遂行できるだろうか。話に聞く少女のように堂々と想いを伝えられる日はくるのだろうか。
そのとき彼がどんな反応を示すのか、トーリは悶々と考える。
「とりあえず、暫くは今進めている仕事に専念したいと思います」
気恥ずかしさに頭をガリガリと掻きながら伝えると紫苑は再び、くすりと微笑んだ。
「そうしてもらえると助かるよ。」
「はい」
心地よい風にのって、落ちた花びらが宙に舞う。
陽を反射してキラキラと輝く紫苑の白い髪に幾つかが引っ掛かる。瞬きをした瞬間に目の前からその存在ごと消えてしまいそうな、儚くて、愛しい彼にとてもよく似合う。
─あぁ、ぼくの憧れの人。
いつかその花びらの様に、この手に触れることを赦されますように。
END.
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