短編(sss)
──────
ガラクタ世界
──────
教室の窓際。最後列。
風が中に吹き抜けて、手前の席にいた彼の髪が少しだけなびいた。
彼はなにも喋らない。
無口で無表情で無関心。
瞬きをしなければ人間ではなくロボットだ。
いや、もしかしたら瞬きをするロボットかもしれない。
体内では機械音が鳴り、視界に入る人間は身体の隅々まで数字で表示される。身体数、知能数、性質。あらゆるステータスが彼のデバイスにインプットされ、フォルダに振り分けられる。
不要と判断されてしまえばそれこそ膨大なデータにすぐさま飲み込まれ、二度と認識されない。
知り得た情報は秘密厳守の設定がなされていて外部に洩れることはなく、人間の姿をした彼はいつもすました表情で淡々と日々を送っている。
ドラマなんかの物語ではそんな冷たいロボットでも「最終話あたりで温かな心を持ってハッピーエンド」と言う流れだと思うのだけど、彼はどうなんだろう。
そもそもロボットであれば何か目的があって送り込まれてきたはずだ。思春期真っ只中の学生達のなかに長身で美形な、いかにもモデル風の少年ロボット。
まったく意図が掴めない。
作り手は発展途上のぼくらの何を知りたいのだろう?
まぁ女子が喜び男子が憧れ、学校生活にやる気と生き甲斐を起こさせるという事なら作戦は成功していると思う。
実際ぼくだってこうして彼に惹かれて目が離せないでいる。むしろ学生の本分である勉学よりも、今は彼のことが知りたくて仕方がない。
入学して数ヵ月たつのに未だ耳に入ってこない彼の声音だとか、喋り方。いつも開いている本の中身、題名、作者。休憩時間や学校終わりの過ごし方。
彼の有りとあらゆる情報が知りたい。
そんなことを考えながら、ぼくは隣席の彼の横顔をただひたすら眺めていた。数分もすると彼は黙って立ち上がり、教室からさっさと出ていってしまった。今日もこちらを向いてくれなかったことにがっかりしてしまう。
時計を見れば長針と短針が折り重なり、12時を指している。どうやらチャイムが鳴っていたのに気づかなかったらしい。
ぼくは少し悩んで彼の後ろを追いかけることにした。ランチバックの他、茶色い紙袋を片手に。
+。
たどり着いた場所は図書室のもっとも奥にある小部屋だった。学校が備品などの保管場所として重宝している物置部屋。保管と言えば聞こえは良いが、ここにあるものは中途半端な物ばかり。
使うか使わないか。
捨てようか捨てまいか。
とりあえずしまっておく場所。
いわゆるガラクタ置き場だ。
ガラクタ置き場に鍵は必要ない。
彼は度々訪れているのか、立ち止まることなく小部屋の扉を開けた。彼が中に入り、誘い込むように隙間を開けて放置された扉に手を伸ばす。
カサカサと乾いた物音。続いて小さな鳴き声が耳を掠め、覗き見するように中の様子をうかがった。
(ネズミ…?)
彼の名前はネズミだった。
けど、ぼくが呟いたのは彼の名前ではない。
日常生活ではほとんど目にすることがないげっ歯類のネズミのことだ。
小さなネズミが三匹。追いかけっこをしているのか、室内を身軽に飛び交っている。そのうちの一匹がぼくの存在を認識した。ちいさなちいさな瞳にぼくを捕らえたのがわかった。
隠れていたぼくの足元をつたってスルリと肩に駆け上がり、間近で鼻をひくつかせる姿は可愛らしい。
チチッ、チチ。
「ふふ。はじめまして」
「これはこれは─‥、驚いた」
聞きなれない男の声に顔を上げる。
小部屋の片隅に彼がいる。
ぼくの心臓が脈打った。
「はじめて、きみの声を聞いた」
「………」
ネズミは変わらずの無表情だった。
対してぼくはその逆をゆく。
顔は熱いし、目は乾くくらい開いたまま。
呼吸の仕方なんてとうに忘れてしまった。
肩にいた小ネズミがチチッと鳴いて、飛んだ意識がようやく引き戻される。
「あの、ネズミ……」
なんとか気の利いた言葉を探そうとも理想とするそれは出てこない。話をしたいとは思っていたものの、実際に事が起こるなんて思ってもみなかった。ネズミの声は想像より低くて、期待以上に艶やかな、美しい声だった。
あぁ、そして彼は何と言っただろう。
『驚いた』
そう言ってなかったか?
まったくロボットらしからぬ発言だ。
やはり彼はれっきとした人間だったらしい。
ぼくは興奮している自分を隠しきれぬままネズミへ歩み寄る。彼の瞳にはぼくの間抜けな顔が映っていた。
いつも眺めていたのは彼の横顔。
はじめて交わった視線。
瞳の色は─‥灰色。
ネズミはフイッと顔を背けて古びた木製の椅子に腰をおろした。すかさずぼくは彼の近くにあった段ボールを椅子代わりに居座ることを決め込んだ。
「すごく綺麗な瞳だ。しかも珍しい。」
深い濃灰の色味は彼の雰囲気によく合っている。
(もっとよく見せて欲しいんだけど…。)
段ボールは高さがない分、低い位置からネズミの様子を伺えた。そっぽを向いたまま微動だにしない相手に、自分も黙って視線を投げ掛ける。
それから5分くらいたった頃、グゥッと腹の虫が鳴った。……ちなみにぼくじゃない。 犯人はネズミだ。
「──…チッ、」
「ははっ」
彼は恥ずかしそうに舌打ちして、ぼくは笑った。
「お弁当、食べようよ」
持ってきていたランチバック。中から弁当箱を取り出すと、 ネズミはようやくこちらに振り向いた。
「きみのお昼は?」
「持ってきてない」
「購買に買いに行く?」
「財布も忘れた」
「…あー‥」
(そう言うことか。)
ぼくは含み笑いする。
「わざとだったんだ」
「ひっかかるのが悪いんだぜ」
「最初から言ってくれればよかったのに」
「あんたが熱い視線ばかり送ってくるからタイミングを逃したんだよ」
どうやら開いていた扉はぼく(エサ)を誘い込むための仕掛けだったらしい。ネズミはわざとらしくため息をついて、ぼくがランチバックと共に手にしていた紙袋を指差した。
「人が朝飯も食べ忘れて腹空かせてるのに、あんたときたら朝からずっと旨そうな匂いを振り撒いてる」
「これは母さんが焼いたマフィン。今日、きみと食べようと思ってたんだ」
紙袋の封を開けると焼き菓子の匂いが小部屋に広がった。バターと砂糖。シナモンの香ばしい香りで空間が満たされる。ネズミの喉元が上下するのを見て、ぼくはまた笑ってしまった。
「お弁当も分けてあげるよ。マフィンはその後だね」
「──感謝致します陛下」
「へ?」
ネズミはゆらりと立ち上がり、座っているぼくの足元にひざまずいた。そしてマフィンの紙袋を持ったぼくの右手をとり、甲にキスをひとつ。
「貧しい民に施しを。心優しいあなた様に、わたしは何を捧げることができましょう」
「──…!?」
どういうつもりか分からずとっさに身を引くと、ネズミはフッと口元を弛めた。膝に置いていた弁当箱が傾きそうになるのを、ヒョイと拾い上げて蓋を開ける。
ほどよく焼き色のついた卵焼きとプチトマトは定番のおかず。飾りのレタスも彩りの為に毎度必ず添えられている。すみに置かれたアルミカップにポテトサラダが盛られていて、メインは豚肉の生姜焼きだった。
「うまそうだ」
「か‥母さん、料理が得意なんだ。美味しいよ」
「どれ食べればいい?」
「きみの好きな物を」
「どれでも?」
「どれでも!」
「あんたでも?」
「うんっ。…う‥ん?」
今、何かおかしくなかったか?
質問を聞き直す前に、ネズミは耐えられないと言わんばかりに口元を隠してクックッと身悶える。
「もうダメだ。あんた面白すぎ」
「からかうなよ。まったく、きみは変な事ばかり言うんだな」
「いや、ちょっと試したくなって」
「試す?何を?」
「さて、何だろうな」
あからさまに答えを濁して彼は卵焼きをひとつ口に放り込んだ。親指についた汚れを舐め、遠慮なく生姜焼きにも手を伸ばす。
「あんたおれのことずっと見てたな」
「──!気付いてたのか」
やっぱり。と言う気持ちと、自分を認識してくれていた喜びが混ざり合う。
「そりゃぁ、あんだけ毎日見つめられてたら嫌でも気付くさ。視線が痛すぎて身体に穴が空くかと思ったほどだ」
「気付いてたなら何か反応してくれても良かったんじゃないか?」
「何かって?」
「声をかけるとか振り向くとか。きみは今まで目さえ合わせてくれなかった」
(クラスの中で誰よりもきみの近くにいたのに。)
ぼくのボヤきにネズミは微笑むだけで返事をしてくれなかった。
弁当を食べ終わり、菓子を食べ終わった後もそれは変わらない。結局当たり障りのない話題でその場を凌ぎ、彼は謎だけを残してこの小部屋から出ていってしまった。
彼がいたときには気づかなかったのだがこの部屋は窓からすきま風が入り込む。
冷えた風が肌の表面を滑り、残されたぼくは寂しげに佇むガラクタの一部になったような気がした。
END.
ガラクタ世界
──────
教室の窓際。最後列。
風が中に吹き抜けて、手前の席にいた彼の髪が少しだけなびいた。
彼はなにも喋らない。
無口で無表情で無関心。
瞬きをしなければ人間ではなくロボットだ。
いや、もしかしたら瞬きをするロボットかもしれない。
体内では機械音が鳴り、視界に入る人間は身体の隅々まで数字で表示される。身体数、知能数、性質。あらゆるステータスが彼のデバイスにインプットされ、フォルダに振り分けられる。
不要と判断されてしまえばそれこそ膨大なデータにすぐさま飲み込まれ、二度と認識されない。
知り得た情報は秘密厳守の設定がなされていて外部に洩れることはなく、人間の姿をした彼はいつもすました表情で淡々と日々を送っている。
ドラマなんかの物語ではそんな冷たいロボットでも「最終話あたりで温かな心を持ってハッピーエンド」と言う流れだと思うのだけど、彼はどうなんだろう。
そもそもロボットであれば何か目的があって送り込まれてきたはずだ。思春期真っ只中の学生達のなかに長身で美形な、いかにもモデル風の少年ロボット。
まったく意図が掴めない。
作り手は発展途上のぼくらの何を知りたいのだろう?
まぁ女子が喜び男子が憧れ、学校生活にやる気と生き甲斐を起こさせるという事なら作戦は成功していると思う。
実際ぼくだってこうして彼に惹かれて目が離せないでいる。むしろ学生の本分である勉学よりも、今は彼のことが知りたくて仕方がない。
入学して数ヵ月たつのに未だ耳に入ってこない彼の声音だとか、喋り方。いつも開いている本の中身、題名、作者。休憩時間や学校終わりの過ごし方。
彼の有りとあらゆる情報が知りたい。
そんなことを考えながら、ぼくは隣席の彼の横顔をただひたすら眺めていた。数分もすると彼は黙って立ち上がり、教室からさっさと出ていってしまった。今日もこちらを向いてくれなかったことにがっかりしてしまう。
時計を見れば長針と短針が折り重なり、12時を指している。どうやらチャイムが鳴っていたのに気づかなかったらしい。
ぼくは少し悩んで彼の後ろを追いかけることにした。ランチバックの他、茶色い紙袋を片手に。
+。
たどり着いた場所は図書室のもっとも奥にある小部屋だった。学校が備品などの保管場所として重宝している物置部屋。保管と言えば聞こえは良いが、ここにあるものは中途半端な物ばかり。
使うか使わないか。
捨てようか捨てまいか。
とりあえずしまっておく場所。
いわゆるガラクタ置き場だ。
ガラクタ置き場に鍵は必要ない。
彼は度々訪れているのか、立ち止まることなく小部屋の扉を開けた。彼が中に入り、誘い込むように隙間を開けて放置された扉に手を伸ばす。
カサカサと乾いた物音。続いて小さな鳴き声が耳を掠め、覗き見するように中の様子をうかがった。
(ネズミ…?)
彼の名前はネズミだった。
けど、ぼくが呟いたのは彼の名前ではない。
日常生活ではほとんど目にすることがないげっ歯類のネズミのことだ。
小さなネズミが三匹。追いかけっこをしているのか、室内を身軽に飛び交っている。そのうちの一匹がぼくの存在を認識した。ちいさなちいさな瞳にぼくを捕らえたのがわかった。
隠れていたぼくの足元をつたってスルリと肩に駆け上がり、間近で鼻をひくつかせる姿は可愛らしい。
チチッ、チチ。
「ふふ。はじめまして」
「これはこれは─‥、驚いた」
聞きなれない男の声に顔を上げる。
小部屋の片隅に彼がいる。
ぼくの心臓が脈打った。
「はじめて、きみの声を聞いた」
「………」
ネズミは変わらずの無表情だった。
対してぼくはその逆をゆく。
顔は熱いし、目は乾くくらい開いたまま。
呼吸の仕方なんてとうに忘れてしまった。
肩にいた小ネズミがチチッと鳴いて、飛んだ意識がようやく引き戻される。
「あの、ネズミ……」
なんとか気の利いた言葉を探そうとも理想とするそれは出てこない。話をしたいとは思っていたものの、実際に事が起こるなんて思ってもみなかった。ネズミの声は想像より低くて、期待以上に艶やかな、美しい声だった。
あぁ、そして彼は何と言っただろう。
『驚いた』
そう言ってなかったか?
まったくロボットらしからぬ発言だ。
やはり彼はれっきとした人間だったらしい。
ぼくは興奮している自分を隠しきれぬままネズミへ歩み寄る。彼の瞳にはぼくの間抜けな顔が映っていた。
いつも眺めていたのは彼の横顔。
はじめて交わった視線。
瞳の色は─‥灰色。
ネズミはフイッと顔を背けて古びた木製の椅子に腰をおろした。すかさずぼくは彼の近くにあった段ボールを椅子代わりに居座ることを決め込んだ。
「すごく綺麗な瞳だ。しかも珍しい。」
深い濃灰の色味は彼の雰囲気によく合っている。
(もっとよく見せて欲しいんだけど…。)
段ボールは高さがない分、低い位置からネズミの様子を伺えた。そっぽを向いたまま微動だにしない相手に、自分も黙って視線を投げ掛ける。
それから5分くらいたった頃、グゥッと腹の虫が鳴った。……ちなみにぼくじゃない。 犯人はネズミだ。
「──…チッ、」
「ははっ」
彼は恥ずかしそうに舌打ちして、ぼくは笑った。
「お弁当、食べようよ」
持ってきていたランチバック。中から弁当箱を取り出すと、 ネズミはようやくこちらに振り向いた。
「きみのお昼は?」
「持ってきてない」
「購買に買いに行く?」
「財布も忘れた」
「…あー‥」
(そう言うことか。)
ぼくは含み笑いする。
「わざとだったんだ」
「ひっかかるのが悪いんだぜ」
「最初から言ってくれればよかったのに」
「あんたが熱い視線ばかり送ってくるからタイミングを逃したんだよ」
どうやら開いていた扉はぼく(エサ)を誘い込むための仕掛けだったらしい。ネズミはわざとらしくため息をついて、ぼくがランチバックと共に手にしていた紙袋を指差した。
「人が朝飯も食べ忘れて腹空かせてるのに、あんたときたら朝からずっと旨そうな匂いを振り撒いてる」
「これは母さんが焼いたマフィン。今日、きみと食べようと思ってたんだ」
紙袋の封を開けると焼き菓子の匂いが小部屋に広がった。バターと砂糖。シナモンの香ばしい香りで空間が満たされる。ネズミの喉元が上下するのを見て、ぼくはまた笑ってしまった。
「お弁当も分けてあげるよ。マフィンはその後だね」
「──感謝致します陛下」
「へ?」
ネズミはゆらりと立ち上がり、座っているぼくの足元にひざまずいた。そしてマフィンの紙袋を持ったぼくの右手をとり、甲にキスをひとつ。
「貧しい民に施しを。心優しいあなた様に、わたしは何を捧げることができましょう」
「──…!?」
どういうつもりか分からずとっさに身を引くと、ネズミはフッと口元を弛めた。膝に置いていた弁当箱が傾きそうになるのを、ヒョイと拾い上げて蓋を開ける。
ほどよく焼き色のついた卵焼きとプチトマトは定番のおかず。飾りのレタスも彩りの為に毎度必ず添えられている。すみに置かれたアルミカップにポテトサラダが盛られていて、メインは豚肉の生姜焼きだった。
「うまそうだ」
「か‥母さん、料理が得意なんだ。美味しいよ」
「どれ食べればいい?」
「きみの好きな物を」
「どれでも?」
「どれでも!」
「あんたでも?」
「うんっ。…う‥ん?」
今、何かおかしくなかったか?
質問を聞き直す前に、ネズミは耐えられないと言わんばかりに口元を隠してクックッと身悶える。
「もうダメだ。あんた面白すぎ」
「からかうなよ。まったく、きみは変な事ばかり言うんだな」
「いや、ちょっと試したくなって」
「試す?何を?」
「さて、何だろうな」
あからさまに答えを濁して彼は卵焼きをひとつ口に放り込んだ。親指についた汚れを舐め、遠慮なく生姜焼きにも手を伸ばす。
「あんたおれのことずっと見てたな」
「──!気付いてたのか」
やっぱり。と言う気持ちと、自分を認識してくれていた喜びが混ざり合う。
「そりゃぁ、あんだけ毎日見つめられてたら嫌でも気付くさ。視線が痛すぎて身体に穴が空くかと思ったほどだ」
「気付いてたなら何か反応してくれても良かったんじゃないか?」
「何かって?」
「声をかけるとか振り向くとか。きみは今まで目さえ合わせてくれなかった」
(クラスの中で誰よりもきみの近くにいたのに。)
ぼくのボヤきにネズミは微笑むだけで返事をしてくれなかった。
弁当を食べ終わり、菓子を食べ終わった後もそれは変わらない。結局当たり障りのない話題でその場を凌ぎ、彼は謎だけを残してこの小部屋から出ていってしまった。
彼がいたときには気づかなかったのだがこの部屋は窓からすきま風が入り込む。
冷えた風が肌の表面を滑り、残されたぼくは寂しげに佇むガラクタの一部になったような気がした。
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