短編(sss)
※注意!
この話には猫の亡骸表記がされています。
動物の死等に敏感な方。
猫を愛している方。
甘いお話を期待されている方。
以上が当てはまる方は閲覧を控えてください。
この注意書きを読んだ後の閲覧は完全自己責任です。苦情等にはお応えしかねますのでご注意ください。
─────
愚者の戯言
─────
白い猫だった。
車道の脇で俯き加減に座っていた猫。
獲物が視界に入り込んでうずうずしたのだろうか。おれの運転する車の前に、そいつは飛び出してきた。
おれはそいつに気づき、反射的にブレーキを踏んだ。キキッとタイヤが鳴いて、愛車は運良く猫を轢かずにすんだ。
「……っぶねぇ」
心臓やら頭の中やら、身体中の神経がヒヤリと凍り付く。一瞬にして固まった身体の機能はじわりじわりと感覚を取り戻し、おれは猫に目をやった。
猫は元の位置に戻っていた。
暗闇に紛れて、こちらの様子をうかがっている。
毛は白いけれどバサバサで汚れていた。
再び歩き出した猫の身体は細いし足取りもおぼつかない。
(あんなんじゃ他の車にすぐ轢かれちまう)
注意力散漫な猫に、おれは舌打ちした。
邪魔だと思ったからじゃない。
「危ないから気をつけろ」そういっても通じない相手だから、どうにも手だてがない事に苛立ちを覚えたのだ。……まぁ、そんな気持ちも夕飯を食べる頃にはすっかり忘れてしまっていたのだが。
その猫を見たのは翌朝だった。
また車道の脇で─今日は毛繕いをしている……ように見えなくもない。
猫は数メートル先にいて、何をしているのかまでは詳しく見えなかった。毛繕いをしている。か、寝てるだけ。
それだけ。
おれは慣れた道にアクセルを踏んで通りを抜けた。胸の真ん中あたりで、靄掛かった息苦しさを感じながら。
◇
「今日、猫が轢かれてた」
同居人の紫苑が言った。
あの猫みたいに髪や肌は白いけど、あの猫みたいにみすぼらしいなんてことはない。髪はちゃんと手入れされているし肌もすべすべ。
風呂上がりの格好でシャンプーの香りをまき散らしている。ソファでくつろいでいたおれの隣にストンと座り、顔を覗き込んできた。
「家の前にある通りの道端」
「へぇ」
「きみは、朝でたときに気付かなかったのか?」
「死んでると思わなかった」
「本当に?」
「なぜ疑う」
「疑ってるっていうか……、ぼくが気づけたのに、まさかきみが気づけないなんて事、あるんだなぁって」
紫苑が笑う。
濡れた髪の雫が、毛先からポタポタ落ちて寝間着をぬらしていた。
「風邪ひくぞ」
「ん、」
首に巻いてあったタオルを引っぱり、手荒に髪を拭いてやった。
紫苑は俯いてその身をおれに委ねる。
あの猫のように、ただ下を向いて。
白猫が
俯いて
飛び出して。
朝には死んで─…、
それから
それから
「──それから?」
「ッ!?」
髪の隙間から、紫苑の瞳が覗く。
「さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ」
「ぶつぶつ?おれが?」
「当たり前だろう。きみとぼく以外にこの部屋には誰もいない」
「まぁ、そうだけど」
「『それから』なに?」
ぷるぷると頭を振って、紫苑が水滴を飛ばす。
嫌がらせだ。おれは散ってきた水をタオルで拭きとり、不機嫌に顔を歪ませた。
「猫」
「あの猫のこと?」
「あんたは見つけた後どうした?」
「もちろん、土に帰してやった」
「裏山?」
「うん。さすがに公園はダメかと思って」
「子どもが見つけてしまったら大変だろ?」紫苑はそう付け加えて肩をすくめていた。
──埋葬。
あぁそうか。
埋めてやれば良かったのか。
なぜだか思いつかなかった。
とにかく、
白い毛が赤く染まっているのを
どうしても、見たくなかった。
「紫苑」
おれは隣にある白髪を撫でる。
真っ白な。目を奪う艶に、ほくそ笑む。
「明日、葬送の歌を歌う。連れて行け」
「うん。わかった」
「あともう一つ」
「……?」
「あんたも出歩くときは気をつけた方がいい」
「う、うん?もしかしてぼく、猫と一緒にされてるの」
「注意力散漫だからな」
「うわぁ……」
紫苑の怪訝な反応を横目に、おれも風呂に入ることにした。
END.
この話には猫の亡骸表記がされています。
動物の死等に敏感な方。
猫を愛している方。
甘いお話を期待されている方。
以上が当てはまる方は閲覧を控えてください。
この注意書きを読んだ後の閲覧は完全自己責任です。苦情等にはお応えしかねますのでご注意ください。
─────
愚者の戯言
─────
白い猫だった。
車道の脇で俯き加減に座っていた猫。
獲物が視界に入り込んでうずうずしたのだろうか。おれの運転する車の前に、そいつは飛び出してきた。
おれはそいつに気づき、反射的にブレーキを踏んだ。キキッとタイヤが鳴いて、愛車は運良く猫を轢かずにすんだ。
「……っぶねぇ」
心臓やら頭の中やら、身体中の神経がヒヤリと凍り付く。一瞬にして固まった身体の機能はじわりじわりと感覚を取り戻し、おれは猫に目をやった。
猫は元の位置に戻っていた。
暗闇に紛れて、こちらの様子をうかがっている。
毛は白いけれどバサバサで汚れていた。
再び歩き出した猫の身体は細いし足取りもおぼつかない。
(あんなんじゃ他の車にすぐ轢かれちまう)
注意力散漫な猫に、おれは舌打ちした。
邪魔だと思ったからじゃない。
「危ないから気をつけろ」そういっても通じない相手だから、どうにも手だてがない事に苛立ちを覚えたのだ。……まぁ、そんな気持ちも夕飯を食べる頃にはすっかり忘れてしまっていたのだが。
その猫を見たのは翌朝だった。
また車道の脇で─今日は毛繕いをしている……ように見えなくもない。
猫は数メートル先にいて、何をしているのかまでは詳しく見えなかった。毛繕いをしている。か、寝てるだけ。
それだけ。
おれは慣れた道にアクセルを踏んで通りを抜けた。胸の真ん中あたりで、靄掛かった息苦しさを感じながら。
◇
「今日、猫が轢かれてた」
同居人の紫苑が言った。
あの猫みたいに髪や肌は白いけど、あの猫みたいにみすぼらしいなんてことはない。髪はちゃんと手入れされているし肌もすべすべ。
風呂上がりの格好でシャンプーの香りをまき散らしている。ソファでくつろいでいたおれの隣にストンと座り、顔を覗き込んできた。
「家の前にある通りの道端」
「へぇ」
「きみは、朝でたときに気付かなかったのか?」
「死んでると思わなかった」
「本当に?」
「なぜ疑う」
「疑ってるっていうか……、ぼくが気づけたのに、まさかきみが気づけないなんて事、あるんだなぁって」
紫苑が笑う。
濡れた髪の雫が、毛先からポタポタ落ちて寝間着をぬらしていた。
「風邪ひくぞ」
「ん、」
首に巻いてあったタオルを引っぱり、手荒に髪を拭いてやった。
紫苑は俯いてその身をおれに委ねる。
あの猫のように、ただ下を向いて。
白猫が
俯いて
飛び出して。
朝には死んで─…、
それから
それから
「──それから?」
「ッ!?」
髪の隙間から、紫苑の瞳が覗く。
「さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ」
「ぶつぶつ?おれが?」
「当たり前だろう。きみとぼく以外にこの部屋には誰もいない」
「まぁ、そうだけど」
「『それから』なに?」
ぷるぷると頭を振って、紫苑が水滴を飛ばす。
嫌がらせだ。おれは散ってきた水をタオルで拭きとり、不機嫌に顔を歪ませた。
「猫」
「あの猫のこと?」
「あんたは見つけた後どうした?」
「もちろん、土に帰してやった」
「裏山?」
「うん。さすがに公園はダメかと思って」
「子どもが見つけてしまったら大変だろ?」紫苑はそう付け加えて肩をすくめていた。
──埋葬。
あぁそうか。
埋めてやれば良かったのか。
なぜだか思いつかなかった。
とにかく、
白い毛が赤く染まっているのを
どうしても、見たくなかった。
「紫苑」
おれは隣にある白髪を撫でる。
真っ白な。目を奪う艶に、ほくそ笑む。
「明日、葬送の歌を歌う。連れて行け」
「うん。わかった」
「あともう一つ」
「……?」
「あんたも出歩くときは気をつけた方がいい」
「う、うん?もしかしてぼく、猫と一緒にされてるの」
「注意力散漫だからな」
「うわぁ……」
紫苑の怪訝な反応を横目に、おれも風呂に入ることにした。
END.
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