紫苑栽培キット
「──必要なもの。水やり、日光、愛情。…は? 愛情?」
家賃4万。学生向けワンルームマンションの一室。ネズミは手のひらサイズの小さな説明書を片手にボヤいた。
彼は平日は朝から学校に行き、空いた時間と休日は親の仕送りで足りない生活費、娯楽費をまかなう為アルバイトをしている。いわば、ごく普通の大学生だ。
バイトを終え、一日の終わりに必ず立ち寄るのはマンション近くのコンビニ。会計の際、レジの横に一つだけ置かれた花の栽培キットが妙に気になった。
──なんでこんなものがコンビニに?
箱に値引きシールの貼られたそれを手に取ると、男の店員はしめたと言わんばかりにニヤリと笑った。男の名前は力河。胸元の名札には掠れた文字で『店長』と書かれている。
「今なら半額。暇つぶしにどうだ?」
早く売れ残りを片づけたい。
そんな心の声を隠そうともしない言いぐさにネズミも笑う。
「あんたが買えば良いのに」
「おれが花を育てる姿がお前には想像できるのか? 芽が出るまえに鉢をひっくり返しておしまいさ」
「おっさんガサツだからな」
「うるせぇ」
毎日通えば敬語なんていつの間にかなくなっていた。初めは馴れ馴れしく喋りかけてくる力河を鬱陶しく思い、距離をとるつもりで使っていた敬語が今では逆に面倒だ。
生意気に見えるであろうネズミの態度だが、力河は特に気にする素振りを見せたことはない。馴れ馴れしいのはもともとの性分だったのだろう。気兼ねすることのなくなったネズミの口は苦い言葉も悠長に語る。
「こんなの仕入れて売れると思ったの?」
「おれが好きで発注したんじゃない。エコやらなんやらで盛り上がった上からの命令だ」
「盛り上がってコレか。…しょうもないな」
「あぁ。同感だ。と言うわけで買ってくれ」
「………」
ネズミは箱のパッケージを渋々眺めた。『どんな花が咲くかは育ててみてのお楽しみ!』丸文字で書かれた軽いノリのフレーズに無責任さを感じつつも、やはり初めに抱いた興味を取り払うまでに至らない。レジ台を挟んだ向かいでスキャナーをカチカチと鳴らしながら自分を待つ力河に、仕方ないと言った様子で売れ残りの箱を手荒に投げ渡した。
「まいどあり」
「変なのが咲いたらおっさんに譲るよ」
「その前に枯れるだろうな」
「賭ける?」
「いくら」
「1万」
「馬鹿か。さ、買うもん買ったならさっさと帰れ帰れ」
力河はまるで野良犬を追い払うように手を振った。
「うわっ、貧乏学生に買わせといてその態度? 近々潰れるな、この店」
「潰れたら田舎で隠居生活だ。気をつけて帰れよ」
悪態をつくネズミに対し、悪戯に笑う。差し出されたビニール袋にはジュースのボトルと栽培キットの箱が入っていた。袋を片手に「呆れた」と一言残してから、ネズミは店を出ていった。
・*.°
家に帰り、さっそく箱を開けると『エコポット』なる鉢の中に、密封された二つの袋が入っていた。
土と種がそれぞれ分けて入っている。中身を取り出すと、鉢の底に折り畳まれた簡易説明書が目に付いた。
『手軽にはじめられる幸せフラワー栽培キット♪』
※毎日のお世話に必要なもの。
水やり・日光・愛情。
1.まずはエコポットに3分の2程度の土を入れましょう。(小さいお子様は土をこぼさないよう、大人の方が側にいてあげてください)
2.土の表面に間隔をあけて種を撒きます。
3.残りの土を種に優しくかぶせ、水をたっぷりと与えてください。
芽が出るまではラップに穴をあけて蓋をしておきます。芽が出たら間引きして、元気な芽のみを残しましょう。土が乾いたら水をやり、陽当たりの良い室内で愛情を持って育ててください。
あなたの愛情の与え方が、花に影響を与えます。しっかりと愛することであなたに幸せを運ぶ素敵な花が咲くでしょう♪
────────
「……ふーん」
愛情ねぇ。
ネズミは白い紙をくしゃっと握り潰し、ゴミ箱に投げ入れた。
草花にやる愛情といったらやはり日頃の手入れだろう。しかし芽も出てない間はどうするんだ?
あぁ、そう言えば花に名前をつけて毎日呼んでやるといいって何かの本で読んだ事がある。
ネズミは説明書通りに土をいれて種を撒いた。この部屋で陽の光が入る場所は狭いベランダに続く掃き出し窓しかない。そこから少し離れた三段ボックスの上に水受けと共にそっと鉢を置いた。ここなら風通しも良いし洗濯物を干す時も邪魔にならないだろう。仕上げにラップを被せ、爪楊枝で穴をあけてやる。
さて、次は名前だ。
何か良いものはないか。
床に散らばった雑誌を手に取る。
適当にページをめくると、表紙を飾るグラビアアイドルの紹介ページでネズミの手が止まった。
「これでいいじゃん」
軽く口笛を鳴らして、ネズミは鉢に視線を送った。
暇つぶしでもせっかく育てる花だ。
鮮やかに咲くのなら、散ってしまうその一瞬まで見届けてやろう。
「なるべく綺麗なのを頼むぜ?『紫苑』」
――果たして、つけた名と違う花が咲けば改名するべきか。
ネズミは頭の片隅でひっそりと思いをめぐらせた。
・*.°
シングルサイズの狭いベットはネズミがこの部屋で一番気に入っているスペースだ。家具を揃える際に他より倍の時間をかけて選んだマットレスが、毎夜凝り固まった心と身体を癒してくれる。
朝になれば毎日同じ時間に携帯のアラームが鳴り、目を覚まし、微睡む。そのままぬくい布団にくるまれ、再び深い夢にずるずると意識を沈めていく。
同じ事を二、三度繰り返してからようやく起きあがるのがネズミの怠惰な習慣だった。よほどの事がない限りこのリズムは崩さないだろう。そう、ネズミ自身が誰よりも自覚していた。
そして今日もいつもと同じメロディラインでセットしていたアラームが鳴る。枕元に置いている携帯を探す手がもぞもぞとシーツの上を這う。目を瞑ったままでも定位置は把握していた。寝相は悪いが携帯を床に落としたことはない。
「………?」
置き場所に確信があったのだが、いくらまさぐってみても、そこにあるはずの携帯は見つからなかった。…おかしい。鳴り続けるアラームを不快に感じたネズミは苛立ったように低く唸った。さらに腕を伸ばしてみると、硬く、冷たい機械のかわりに、何か柔らかいものが指先に触れる。
――なんだ、コレは。
そこでやっと瞼を開いたネズミは、虚ろな世界に映った目の前の光景に驚き、絶句した。
昨日おれは何をしていた?
学校帰りのバイトが終わって、コンビニに行って、晩飯食って…。そう。確かにおれはいつも通りに過ごしていた。飲み会もなかったし、合コンにだって行ってない。
行っていたとしても持ち帰るなら『女の子』だ。酔っぱらって頭の中がぐでんぐでんにふやけていても間違いなく選ぶのは絶対に可愛らしい『女の子』。…だが『コレ』はどう言うことだ。
ネズミの視線の先には見ず知らずの『男』が眠っていた。同い年くらいだろうか。慌てて飛び起きたネズミの横で、男は静かな寝息をたてながら気持ちよさそうに夢を見ていた。
ふわりとした柔らかそうな茶色い髪。寝顔はパッと見、女に見えなくもない。が、身体はどうみても男だった。ネズミがはねのけた掛け布団から露わになった男の身体は、一糸纏わぬ姿で恥ずかし気もなく堂々と横たわっていた。多少、全体的に線が細い気もするが、ちゃんと下に性の部分もついている。
全裸の男を前に、ネズミは自分の着衣が乱れていないか急いで確認した。幸いシャツも下着も汚れてはいなかった。ホッとして、安堵のため息を洩らす。
いたしてない。いたしてない。
おれはこいつといたしてない。
「……よし」
ネズミは起こさぬよう細心の注意を払いながら、まずは男の髪に触れてみた。やはり思った通りの柔らかさだ。しばらくさわり心地を堪能していると、ふと、あることに気づいた。
甘い匂い。
生クリームだとか、蜂蜜だとか、そんな類ではない。
むせかえるような…これは、花の匂いだ。男の髪を撫でる度に、部屋の中を満たしていくようだった。
「おい、起きろ」
「………」
男がネズミの呼びかけに目を覚ますことはなかった。もともとアラームの音でも起きなかったのだ。身体を揺さぶってみても起きない。ずいぶんと熟睡しているらしい。これだけ反応がないと生死さえ怪しく、ネズミは仰向けにした男の顔をのぞき込んだ。
遠目では分からなかった。よく見ると顔も含め、全身の至る箇所にきらきらとした粒子が散らばっていた。男の頬についた粒子を指にとって観察してみるが、それはどうやら『土』のようだった。指の腹で擦りあわせるとシーツにパラパラと落ちていく。
土。砂。じゃり…。
そんなものを、どこで―…?
視線を巡らし、ふいに床を見る。
フローリングに敷いたマットの上に、土の塊が転々と転がって道を作っていた。
「あぁっ」
ネズミが叫ぶ。
目を見開いた先には、そこそこ大事にしていた鉢。エコポットが無惨にも倒れてしまっていた。
―哀れ。紫苑。あと二日もすればお前が懸命につけた可愛らしい蕾が咲いたのに。
ネズミは男を跨いでベッドから降り、横倒れの鉢を手に取った。三段ボックスの高さから落下した土が足下で塊になっている。自分が寝ている間に窓から侵入したこの全裸男に倒されてしまったのだろうか。
「…紫苑」
ネズミはとりあえず、土の中に埋まったままの花芽を探し出す事にした。
家賃4万。学生向けワンルームマンションの一室。ネズミは手のひらサイズの小さな説明書を片手にボヤいた。
彼は平日は朝から学校に行き、空いた時間と休日は親の仕送りで足りない生活費、娯楽費をまかなう為アルバイトをしている。いわば、ごく普通の大学生だ。
バイトを終え、一日の終わりに必ず立ち寄るのはマンション近くのコンビニ。会計の際、レジの横に一つだけ置かれた花の栽培キットが妙に気になった。
──なんでこんなものがコンビニに?
箱に値引きシールの貼られたそれを手に取ると、男の店員はしめたと言わんばかりにニヤリと笑った。男の名前は力河。胸元の名札には掠れた文字で『店長』と書かれている。
「今なら半額。暇つぶしにどうだ?」
早く売れ残りを片づけたい。
そんな心の声を隠そうともしない言いぐさにネズミも笑う。
「あんたが買えば良いのに」
「おれが花を育てる姿がお前には想像できるのか? 芽が出るまえに鉢をひっくり返しておしまいさ」
「おっさんガサツだからな」
「うるせぇ」
毎日通えば敬語なんていつの間にかなくなっていた。初めは馴れ馴れしく喋りかけてくる力河を鬱陶しく思い、距離をとるつもりで使っていた敬語が今では逆に面倒だ。
生意気に見えるであろうネズミの態度だが、力河は特に気にする素振りを見せたことはない。馴れ馴れしいのはもともとの性分だったのだろう。気兼ねすることのなくなったネズミの口は苦い言葉も悠長に語る。
「こんなの仕入れて売れると思ったの?」
「おれが好きで発注したんじゃない。エコやらなんやらで盛り上がった上からの命令だ」
「盛り上がってコレか。…しょうもないな」
「あぁ。同感だ。と言うわけで買ってくれ」
「………」
ネズミは箱のパッケージを渋々眺めた。『どんな花が咲くかは育ててみてのお楽しみ!』丸文字で書かれた軽いノリのフレーズに無責任さを感じつつも、やはり初めに抱いた興味を取り払うまでに至らない。レジ台を挟んだ向かいでスキャナーをカチカチと鳴らしながら自分を待つ力河に、仕方ないと言った様子で売れ残りの箱を手荒に投げ渡した。
「まいどあり」
「変なのが咲いたらおっさんに譲るよ」
「その前に枯れるだろうな」
「賭ける?」
「いくら」
「1万」
「馬鹿か。さ、買うもん買ったならさっさと帰れ帰れ」
力河はまるで野良犬を追い払うように手を振った。
「うわっ、貧乏学生に買わせといてその態度? 近々潰れるな、この店」
「潰れたら田舎で隠居生活だ。気をつけて帰れよ」
悪態をつくネズミに対し、悪戯に笑う。差し出されたビニール袋にはジュースのボトルと栽培キットの箱が入っていた。袋を片手に「呆れた」と一言残してから、ネズミは店を出ていった。
・*.°
家に帰り、さっそく箱を開けると『エコポット』なる鉢の中に、密封された二つの袋が入っていた。
土と種がそれぞれ分けて入っている。中身を取り出すと、鉢の底に折り畳まれた簡易説明書が目に付いた。
『手軽にはじめられる幸せフラワー栽培キット♪』
※毎日のお世話に必要なもの。
水やり・日光・愛情。
1.まずはエコポットに3分の2程度の土を入れましょう。(小さいお子様は土をこぼさないよう、大人の方が側にいてあげてください)
2.土の表面に間隔をあけて種を撒きます。
3.残りの土を種に優しくかぶせ、水をたっぷりと与えてください。
芽が出るまではラップに穴をあけて蓋をしておきます。芽が出たら間引きして、元気な芽のみを残しましょう。土が乾いたら水をやり、陽当たりの良い室内で愛情を持って育ててください。
あなたの愛情の与え方が、花に影響を与えます。しっかりと愛することであなたに幸せを運ぶ素敵な花が咲くでしょう♪
────────
「……ふーん」
愛情ねぇ。
ネズミは白い紙をくしゃっと握り潰し、ゴミ箱に投げ入れた。
草花にやる愛情といったらやはり日頃の手入れだろう。しかし芽も出てない間はどうするんだ?
あぁ、そう言えば花に名前をつけて毎日呼んでやるといいって何かの本で読んだ事がある。
ネズミは説明書通りに土をいれて種を撒いた。この部屋で陽の光が入る場所は狭いベランダに続く掃き出し窓しかない。そこから少し離れた三段ボックスの上に水受けと共にそっと鉢を置いた。ここなら風通しも良いし洗濯物を干す時も邪魔にならないだろう。仕上げにラップを被せ、爪楊枝で穴をあけてやる。
さて、次は名前だ。
何か良いものはないか。
床に散らばった雑誌を手に取る。
適当にページをめくると、表紙を飾るグラビアアイドルの紹介ページでネズミの手が止まった。
「これでいいじゃん」
軽く口笛を鳴らして、ネズミは鉢に視線を送った。
暇つぶしでもせっかく育てる花だ。
鮮やかに咲くのなら、散ってしまうその一瞬まで見届けてやろう。
「なるべく綺麗なのを頼むぜ?『紫苑』」
――果たして、つけた名と違う花が咲けば改名するべきか。
ネズミは頭の片隅でひっそりと思いをめぐらせた。
・*.°
シングルサイズの狭いベットはネズミがこの部屋で一番気に入っているスペースだ。家具を揃える際に他より倍の時間をかけて選んだマットレスが、毎夜凝り固まった心と身体を癒してくれる。
朝になれば毎日同じ時間に携帯のアラームが鳴り、目を覚まし、微睡む。そのままぬくい布団にくるまれ、再び深い夢にずるずると意識を沈めていく。
同じ事を二、三度繰り返してからようやく起きあがるのがネズミの怠惰な習慣だった。よほどの事がない限りこのリズムは崩さないだろう。そう、ネズミ自身が誰よりも自覚していた。
そして今日もいつもと同じメロディラインでセットしていたアラームが鳴る。枕元に置いている携帯を探す手がもぞもぞとシーツの上を這う。目を瞑ったままでも定位置は把握していた。寝相は悪いが携帯を床に落としたことはない。
「………?」
置き場所に確信があったのだが、いくらまさぐってみても、そこにあるはずの携帯は見つからなかった。…おかしい。鳴り続けるアラームを不快に感じたネズミは苛立ったように低く唸った。さらに腕を伸ばしてみると、硬く、冷たい機械のかわりに、何か柔らかいものが指先に触れる。
――なんだ、コレは。
そこでやっと瞼を開いたネズミは、虚ろな世界に映った目の前の光景に驚き、絶句した。
昨日おれは何をしていた?
学校帰りのバイトが終わって、コンビニに行って、晩飯食って…。そう。確かにおれはいつも通りに過ごしていた。飲み会もなかったし、合コンにだって行ってない。
行っていたとしても持ち帰るなら『女の子』だ。酔っぱらって頭の中がぐでんぐでんにふやけていても間違いなく選ぶのは絶対に可愛らしい『女の子』。…だが『コレ』はどう言うことだ。
ネズミの視線の先には見ず知らずの『男』が眠っていた。同い年くらいだろうか。慌てて飛び起きたネズミの横で、男は静かな寝息をたてながら気持ちよさそうに夢を見ていた。
ふわりとした柔らかそうな茶色い髪。寝顔はパッと見、女に見えなくもない。が、身体はどうみても男だった。ネズミがはねのけた掛け布団から露わになった男の身体は、一糸纏わぬ姿で恥ずかし気もなく堂々と横たわっていた。多少、全体的に線が細い気もするが、ちゃんと下に性の部分もついている。
全裸の男を前に、ネズミは自分の着衣が乱れていないか急いで確認した。幸いシャツも下着も汚れてはいなかった。ホッとして、安堵のため息を洩らす。
いたしてない。いたしてない。
おれはこいつといたしてない。
「……よし」
ネズミは起こさぬよう細心の注意を払いながら、まずは男の髪に触れてみた。やはり思った通りの柔らかさだ。しばらくさわり心地を堪能していると、ふと、あることに気づいた。
甘い匂い。
生クリームだとか、蜂蜜だとか、そんな類ではない。
むせかえるような…これは、花の匂いだ。男の髪を撫でる度に、部屋の中を満たしていくようだった。
「おい、起きろ」
「………」
男がネズミの呼びかけに目を覚ますことはなかった。もともとアラームの音でも起きなかったのだ。身体を揺さぶってみても起きない。ずいぶんと熟睡しているらしい。これだけ反応がないと生死さえ怪しく、ネズミは仰向けにした男の顔をのぞき込んだ。
遠目では分からなかった。よく見ると顔も含め、全身の至る箇所にきらきらとした粒子が散らばっていた。男の頬についた粒子を指にとって観察してみるが、それはどうやら『土』のようだった。指の腹で擦りあわせるとシーツにパラパラと落ちていく。
土。砂。じゃり…。
そんなものを、どこで―…?
視線を巡らし、ふいに床を見る。
フローリングに敷いたマットの上に、土の塊が転々と転がって道を作っていた。
「あぁっ」
ネズミが叫ぶ。
目を見開いた先には、そこそこ大事にしていた鉢。エコポットが無惨にも倒れてしまっていた。
―哀れ。紫苑。あと二日もすればお前が懸命につけた可愛らしい蕾が咲いたのに。
ネズミは男を跨いでベッドから降り、横倒れの鉢を手に取った。三段ボックスの高さから落下した土が足下で塊になっている。自分が寝ている間に窓から侵入したこの全裸男に倒されてしまったのだろうか。
「…紫苑」
ネズミはとりあえず、土の中に埋まったままの花芽を探し出す事にした。
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