PSYCHOBREAK2
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ななしの様子がおかしいと、そう気づいたのは三日前の事であった。
思い過ごしではないかと感じていたが、それは日に日に明確になってきて、ついには確信にかわったのだ。
ななしは、自身を避けている。
それはそれはとてつもなく。
普段であれば何も言わずともななしの方からやってくる。まるで耳と尾っぽを生やした犬のように。とても愛くるしい姿にステファノも日々癒されていたのだが、最近はどうだろか。
かけよるどころか、目が合うだけで走ってにげていくのだ。見たことないくらいの猛スピードで、だ。
呼び止めるように声をかければ『忙しい』、『また後で』。そうして会話は強制終了。
そうなれば自ずと二人の会話は減るというもので。
ななしの様子がおかしくなった日から今日まで、二人で会話をしたのはほんの僅かしかない。
しかし、ステファノはそういうこともあるだろうとあまり意に介さなかった。
ななしが話しかけてこないならそれでいいだろう。鬱陶しいほど絡んで来、作品作りを邪魔されるよりひとり黙々と作業する方がよっぽどました。
それくらいなら今のままでもいい。静かな空間も悪くは無い………と、思っていたのは二日目まで。
三日目になった途端、全く気にしていなかったななしの事ばかりが頭を満たしていた。
作品作りが手につかなくなるほどに。
「(腹立たしい)」
目の前においてある肉塊を見てもなんのアイディアも浮かばない。普段であれば早々に構図が浮かび手が動くというのに。
頭が働かないどころか、指一本動く気配はなくぞくにいうスランプ状態なのだ。
図らずしも原因がななしであることに些かの苛立ちを感じているステファノ。
ため息をつくのと同時に前髪をかきあげた。
自分の目に見えない場所で、自分の許可無く何かをするのが許せない。
しかも恋人であるななしならば、尚更だ。
「(何をしているのか…あれだけ避けるんだから僕にはとうてい言えないことか。いや、……誰かと会っている?)」
ななしが自分に隠れて誰かと会っている?
確信はないが、その余地は十二分にある。
そうなのかもしれない、と言うだけでイライラする。ステファノのこめかみに青筋が浮かび上がった。
ステファノの作り出した空間で、自分以外の誰かとなにかをしているのか、そんな疑問が頭を充満していく。していくにつれてステファノの周りの空気の温度は下がっていくようだった。
「(よもや、そんな事が許されると本当に思っているのかな?僕も舐められたものだ…腹立たしい…っ)」
いつぞや不本意でセオドアに捕まったななし。
あの時は怒りに我を忘れ、確かななしにひどく当たってしまったのを覚えている。
セオドアに取られるくらいならば、手元に作品としてでも留めておきたい。
そう感じて確か、ななしを無理矢理だいたのだ。
怒りの原因は誰かにとられるならばいっそ
死体でもそばに置いておきたいとも思えるほどのななしへの愛情だ。
ななしがSTEMに来てからきっと随分と時間が経つ。そんな中でお互いを好きになり、恋人という関係に収まったのだ。
ななしはもちろん、ステファノも、有り余る愛情を注いできたというのに、問題が起きるのが早すぎる。
「(全くもって不愉快だ。僕よりななしにみあった人間がいるはずないと言うのに。彼の美しさを完璧に引き出せるのは僕しかいない…他の誰でもない、僕だけだっ)」
ななしへ対する怒りや、目に見えない誰かに対する怒りがステファノを震えさせた。
ひとりアトリエで怒りに身を震わせているだけでは何の解決にもならないと、ステファノは重い腰を上げて扉へと体を向けた。
また、ななしを無理に抱くかもしれない。
しかし自分をこれ程までに憤らせたのは紛れもないななしだ。
「(許さないからね)」
ステファノは廊下をゆったり歩いた。
右手にカメラ、左手にナイフ。 いつものいで立ちなのにどうにも禍々しいのは右目の弾痕が青く灯り、揺らいでいるから。
彼は怒りで理性を抑えられない時に、よく弾痕が淡く光る。
美しくもあったが、身が凍るような鋭さと怖さも兼ね備えていた。
廊下を真っ直ぐ歩いていれば、お目当てのななしが走っていくのが見えた。何かを抱え、急ぐように。
あの何かをステファノの知らない誰かに、プレゼントするというのだろうか。
考えただけで体が震えるほど憤りを感じる。
ステファノは苛立ちを隠すこともせず、瞬間移動をした。
いきなり目の前にステファノがやって来たことに大層驚いたななしは尻餅をついてしまったようだ。
『す、ステファノさん?びっくりしたぁ』
尻餅をついたまま『驚かせないでよ』と、眉を下げケタケタ笑うななし。
この愛らしい表情も、優しい声音も全て知らない誰かは見たのだろうか。
自分だけのものであると思っていたし、これから先もそうであると疑うことすら忘れるほどななしは自分に夢中であったのに。
「ななし…」
誰かが現れたせいでななしは自分から離れていこうとしているのだ。
会話をしても曖昧、避けられている。
こう言った行為に走るほどの魅力がその誰かにあるというのか。
ステファノの頭から理性の文字が消えた。
歯止めなどとうに聞かないだろう。
尻餅をついたまま座っているななしの目を見るようにしゃがんでやる。
右目の弾痕が淡く光っているのを見たななしは『えっ』と、少し慄いたように見えた。
『な、なに?』
「君らしくない、貢物か?実に不愉快だ」
『え?んっ!』
首をかしげていたななしの頬を大きな手ががっしりとつかんだ。
痛みに顔を歪めたななしは、はなせとばかりにステファノの手を退けようとするがその手が離れることは無かった。
「まぁ、走るほど急ぐのは良いけど僕の話も聞いてくれ」
『痛っ…痛いから!』
「ここ最近何をしていたの?三日ほど前から君の様子が明らかにおかしいよね?」
『ぁ、ば、バレてたの?』
「……ばれるも何もあからさまだったろう?」
『いや、そんなつもりはなかったんだけど…はは!はぁ、バレてた! 』
『バレてた』の一言は、全てを肯定している事と同じである。
それにしても、ステファノは理解出来なかった。仮にもななしは今ステファノによって(かなり皮肉めいて)咎められているのに、何故か照れたように笑っていたからだ。
真剣に怒っているというのに、何故かわかっていないらしい。
バレてしまったことをやましいとは感じないのだろうか。
ここまで自分の恋人が軽率であるとは知らなかった。
ステファノの手がななしの頬から滑り落ちる。
同時にななしへの信頼も滑り落ちて行ったような気がする。
「君が…僕と誰かとを両立できるとは到底思えないけど?君ってそんなに器用な人間かい?」
『ぇ?ど、どういうこと?』
「浮気くらい卒なくこなせないのかって言っているんだけど」
『は?浮気?』
「先程認めただろう?」
『ぇ。は?じゃ、じゃぁ、ステファノさん…俺がよそよそしかったのは他の男と俺が浮気してたからだと思ってるってこと?』
「事実だろう」
ステファノの言わんとしていることが分かったななしは、ポカーンと口を開いたまま固まってしまった。
まるで写真に閉じ込められた被写体のように動かないななしを見つめていれば、『ありえない』とかわいた声が響いてくる。
『俺が…あぁでもないこうでもないって…必死になってたのに…アンタはそんなふうに思ってたんだ』
「浮気を必死にやってやるのかい?君はなかなかに冷酷な人間だ」
『浮気なわけないだろ!!……ステファノさんなんかっ』
尻餅を付いたままのななしはニコニコ顔から一転、悲しそうな苦しそうな顔になっていった。
なぜ彼がそのような顔をするのか、理由が分からず被害者ぶるなと鋭い睨みを聞かせていたステファノの胸に何かが当たった。
ななしが必死に抱えていたバラの花と赤のリボンだ。
逆ギレではないか、物を投げられたステファノはさらにイライラが増える。
『もう、二度としない。アンタを喜ばせようって必死だったけど…そんなふうに言うなんて。アンタはちっとも俺を信用してくれてない。セオドアの時だってそうだ。俺は…俺には…ステファノさんしかいないのに…』
ほろり、ほろり。
大きな瞳からを縁取るようにあふれでた涙は、重力に従いゆっくり落ちていった。
慟哭することはたまにあったが、こんなふうに声を押し殺しひたすら涙を流す姿は初めて見たのだ。
ななしの言葉を聞き、なんとなく落ち着いたステファノ。
もしかすれば間違っていたのはまた自分なのだろうか。セオドアの時も怒りのせいで彼の話を聞けず傷つけた。同じことをしてしまったのかもしれない。
青い光は徐々に消え、怒り諸共消沈したステファノは未だに涙を流すななしの白い頬に今度は優しく触れようと手を伸ばした。
しかし、その手がななしに触れることはなかった。
触れる前にななしが弾いたのだ。
微かな痛みと、ななしに拒絶された事実に目を丸くするステファノ。
『しばらく、話したくないっ』
目尻や鼻先を真っ赤にしたままななしは言う。
そのまま立ち上がると、ステファノから逃げるように走っていってしまった。
「(また、間違えてしまったか…彼はなかなかに取り扱いにくい)」
もう少し慎重になるべきなのだと前に教訓を立てたというのに。
頭に血が上るとどうにも上手くいかない。
しかし、今回ななしに全く非がないかといえば嘘になる。元はと言えばそういったややこしい行動
のせいで、勘違いをしてしまったのだから。
これはななしが悪い。しかし勘違いをしてしまった自分にも非がある。
だからどちらも同罪だ、これならきっと直ぐになかなおりできよう。
ステファノは落ちたバラの花とリボンを手に取り、再び歩き出した。
******
さめざめと涙を流すななしは自室のベッドに力なく座っていた。ベッドサイドテーブルには小さく歪な形のケーキと、バースデーカードがひっそり置かれていた。
そう、今日はステファノの誕生日。
祝いたい、その一心で三日前からケーキ作りを練習し本番に向け頑張っていたのだ。ななしは料理好きなため、練習するのもさほどの苦にもならなかった。もとよりステファノのためならばと三日間あくせくケーキ作りにはげんだ。
そして当日、やっぱり歪な形になってしまったがこれもまた趣があっていいとオブスキュラと笑いあった。あとはいちごの代わりに薔薇の花びらを載せれば完成だ。
バースデーカードもリボンで閉じれば最高のプレゼントになるに違いない。
最高の誕生日にするぞ!と意気込みその二つを取りに歩いていた時だ、ステファノとバッタリであったのは。
三日前からおかしいと言われてしまい誕生日計画はバレていたかと苦笑い。しかしそれは間違いでこの三日間どうやら浮気していたと思われていたらしい。
こんなに必死に頑張っていたのに、その全てを否定されてしまったようで心底苦しかった。
何より喜ばせる相手にそんな風に思わせていたこともとても悲しかった。
だけどなにより辛かったのは自分をちっとも信じてくれていなかったことだ。
キスもセックスも好きな人以外とはしないのに、好きなのはステファノしかいないのに、彼はそれを疑ったのだ。
それがなによりも心を蝕んだ。
確かにあからさまにステファノを避けてしまったのは事実だ。近くにいればケーキ楽しみにしててねと口走るような気がしたから。
サプライズなのに絶対にバラしてしまう自信があったから避けるようなかたちになってしまったのだ。
しかし、避けられていたステファノはきっと心苦しい気持ちだったのだろう。
『(あ…)』
ななしはここではたと気づく、なにもかも先走り過ぎたのだと。
喜ばせることばかりに夢中で、その喜ばせたい相手を不安がらせてしまっていたこと。
自分ひとりが舞い上がり最終的に避けるようにしてしまったこと。
これは自分のせいだ、ステファノに勘違いされたっておかしくはない。
勘違いされた事を頭ごなしに咎めるのだってまた間違っている。
『俺、最低だっ…あ、謝らなきゃっ』
ようやく落ち着いたななしは急いでベッドから飛び降りステファノを探すべくドアノブに手をかけた。
しかしその扉はドアノブをひねる前に開き、何事かと覗けばそこにはバラの花とリボンをもったステファノがいるではないか。
『あ、す、ステファノさんっ』
「…これを、忘れているようだったからね。届けに来た」
『ステファノさんっ、ステファノさん!俺、ごめんなさい!』
「ななし?」
『本当は俺が悪いんだっ。変な風にステファノさんから距離おいてサプライズしようだなんて!浮かれててステファノさんを蔑ろにするなんてどうかしてる。本当にごめんなさい!もっともっと素敵なサプライズになる予定だったんだ…』
「サプライズ?何をするつもりだったの?」
『今日はステファノさんの誕生日だから…サプライズでお祝いしたかったんだよ…』
「…」
ステファノの顔を見るのが怖いななしは俯いたまま靴を見た。
怒られてしまうかな、子供みたいだ呆れられてしまうかな。
止まりかけていた涙がまた地面にポタポタと落ちていった。
「ななし」
『ん』
俯くななしの頬に手が滑り、ゆっくりと顔を上げるように持ち上げた。
優しい手つきにホッとしたななしは目を細めてステファノをみあげたのだ。
「そういうことは、僕があれやこれや君を咎める前に言ってくれ。無駄に君が泣くことはなかったろう」
『俺も頭に血が上ってたんだ』
「それに祝われる様な年でもないし、するにしてももう少しうまくサプライズをしないとこうなる」
『し、仕方ないだろ!俺はアンタほど祝いたいって思う人に会ったことないんだ。初めてのサプライズなんだ。上手くいくわけない、なにもかも手探りなのにっ…』
「僕が初めて?」
『そ、そうだよっ!』
「ははっ、いいことを聞けた。ほら、もう涙はしまって」
『んっ、』
親指の腹で流れる涙を拭ったステファノは器用にななしを抱き上げそのままベッドへと運ぶ。
ゆっくりと下ろされそのまま押し倒されればななしは顔を真っ赤にしつばをごくりと飲み込んだ。
「愛らしいね。君ほど愛らしい子はきっといないだろうね」
『ぁっ、ステファノさ、んっ』
久々のキス。
二人とも体のそこからお互いを渇望していた。