短編 男主
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また、お義母様に叱られた。
なぜ、わたしを怒らせるのだ、と。
先程ベルトで打たれた背中がやんわりと傷んだ。寒い空気が体にまとわりつくだけでも、その傷が疼くようである。
義母から受ける虐待はとても苦しくとても冷たい。やめてと言おうものなら数倍の苦痛がクリーデンスに与えられる。
いつしかその暴力にも慣れてしまった。
昔こそ悲しかったが、今では何も思わぬようになった。
この痛みや苦しみからは解放されることはなくて、ただただ義母の赴くままに生きていくしかない。
クリーデンスはその瞬間自らの意思をなくした。そうすれば悲しくなることが減るようであったからだ。
しかしそんなクリーデンスだが、彼にはとても大切な時間があった。その時間は彼が無くした意思を呼び起こしてくれる唯一の優しい時間。
『クリーデンスさん?』
「ななし…」
『ああ、良かったです。貴方でなかったらどうしようかと思いましたよ』
それはななしと会う時間。彼は黒い影の正体を突き止めてほしいというグレイブスの補佐官である。いつしかグレイブスが連れてき、それ以来ちょくちょく2人であっていた。ななしが気さくな性格であったことが幸いしてクリーデンスが彼に心を開くのは早かった。
彼はクリーデンスに合う度、いつもニコニコわらい優しい声音で喋る。穏やかで美しく、暖かい人。
自分を助けてくれるのはグレイブスだと信じていたクリーデンスだが、いつしかそれはななしに変わっていた。
「あの人は?」
『長官ですか?長官はエリートですから今頃デスクワークに励んでいますよ。私はこっそり抜け出してきました。フフ、長官には内緒にしていてくださいね。クリーデンスさん』
「うん、言わない」
『ありがとうございます!』
今日もジメジメした路地裏には似合わないくらい眩しい笑顔でクリーデンスの横に立つななし。クリーデンスよりもだいぶ年上なのに、無邪気な笑顔が彼を幼く見せていた(きっと背も低いせいだ)。
『クリーデンスさん。今日は薄手ですね。寒くないですか?』
「……」
『クリーデンスさん!冷た!』
いつものジャケット姿のクリーデンス。彼に季節感はほぼない。そんな彼の赤くなった鼻先や、白い息は見るからに寒さを訴えている。確かめるためにななしはクリーデンスの手をぎゅっと握った。
案の定クリーデンスの手は冷たく。驚きギョッとしたななしは急いで自分の手の温もりを送るように手を揉んだ。
『こんなに冷えてますよ!』
「ななしは、暖かい」
『私は手袋がありますから…』
「僕もこんなふうになりたい」
それは手の暖かさだけに限った話ではない。ななしのように強くも優しく、周りをどんな時でも許せるようなそんなふうになりたい。
口にはせはずクリーデンスはななしの小さくやわらかい手を握り返した。
伝わったのかは分からないがななしがクスリと笑った。
『手が冷たいのは心が暖かい証拠ですね。クリーデンスさんはお優しい方ですから心が暖かいんですよ』
「ななしは?」
『私は手も心もあったかいんです。ちなみに長官は、手も心も冷たいんです!』
「僕も、きっと両方冷たい」
『そんなことないですよ?クリーデンスさんはお優しいですから!私は知っていますよ』
「え?」
握っていた手を離し、今度は指を絡めた。俗に言う恋人繋である。
先程より少し強めに手を握りななしは空いた手でクリーデンスの冷たく赤い頬に触れた。
触れられた頬の暖かいこと。それだけで眠ってしまえそうなほど心地好い温もりにクリーデンスはそっと、目を閉じた。
『貴方はお優しいです。細かいところまで私を見ていてくださる。この間私が気づかず風邪をひいていたのも貴方がピタリと言い当ててくれました。それに貴方の目は誰よりも優しい眼差しですよ?』
「…そう、…かな?」
『はい!だから私は貴方の瞳が大好きです!』
まるで太陽のように暖かく笑んだななし。本当に眩しい。
彼が太陽なら身を焦がされたっていいかもしれない。クリーデンスもつられて太陽に微笑んで見せた。
『クリーデンスさんって、美しい顔立ちですよね!あぁ!そうでした!私今日クリーデンスさんにプレゼントを持ってきました!』
「プレゼント?」
聞きなれない。生まれてから1度だってクリーデンスはプレゼントを受け取った試しがないためだ。繋がれていた手が離れた。とても名残惜しい。
自分のコートをさぐるななしはしばらくしてクリーデンスに何かを差し出した。
目の前に差し出されたものを見てみる。高級そうな皮の手袋と少し使い古された杖だ。
ハッとしてクリーデンスは顔を上げる。
「こ、これ…」
『杖ですか?私のお古で悪いんですが…クリーデンスさん魔法使いになりたいとおっしゃっていたので…』
「僕に、これ、くれるの?」
『勿論!その杖は私を強くしてくれました!だからクリーデンスさんも強くなれるはずです』
「あ、ぁ、ありがとうございます」
『いいえ!皮の手袋もぜひお使いください。こちらは新品ですから。クリーデンスさん、会う度に手を赤くして寒そうでしたから…』
ななしの手から杖と手袋をうけとる。
魔法使いを夢みていたクリーデンスにとって、嬉しくてたまらないプレゼントであった。
持ってみると思っていたより重く固い。
指の先まで冷えている手に受け取った手袋をはめて見る。中は起毛なのかホカホカした毛がクリーデンスの冷えきった手を温めるようだ。
無言だがキラキラした目で手袋をはめた手と杖を、交互に見るクリーデンス。よっぽど気に入ってくれたらしい。そんな彼を見ているとななしまで嬉しくなってくる。
「大切にする」
『ありがとうございます。クリーデンスさん』
「あ、でもまだ黒の影は…」
『そんな簡単に見つかるものではないですよ。焦らないで、私も探してみますから。勿論長官も、無理はしないでください、クリーデンスさん』
「うん。分かった」
『さぁて、私はそろそろ行かなくては。今日もクリーデンスさんとお会い出来てよかったです』
「あ、もうそんな時間…」
『夜も更けてきましたよ?風邪をひかぬようにお帰りくださいね。クリーデンスさん』
「うん、ななしも」
『はい!』
先程ななしがしたように、クリーデンスは彼の頬に手袋をした手を添えた。柔らかくとても気持ちの良い頬だ。親指の腹でそっと頬を撫でるクリーデンスの手にななしは擦り寄る。
『また、明日』
「また、明日…」
まるで織姫と彦星。離れることを惜しみながら2人は手を振りあった。
恋人と言うには浅い2人だが心は深く繋がっている。むしろそこらの恋人なんかよりよっぽど恋人らしいのかもしれない。
姿くらましで見えなくなったななしに未だなお手を振るクリーデンス。
その手はとても暖かかった。
「君みたいに、なれるかな…心も手も暖かく」
拳をきゅっと握る。
皮の手袋が微かに音を立てた。
杖を懐に大事にしまい、クリーデンスもゆっくり歩き出したのだった。
end
Atgk
クリーデンスってこんなキャラでしたっけ?(すっとぼけ)
ここでくらい優しい世界で生きてほしいクリーデンス。