短編 男主
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こくん、こくんと長官であるグレイブスの私室で船を漕ぐのは長官補佐のななし。
机に並べられた書類は肘の下に敷かれているため彼が眠たさに身を揺らすと、同時にぐしゃぐしゃ紙のこすれる音が響いた。
紙には"黒の影"に、ついての記事が書かれている。ななしが眠るほどに調べているのは今ニューヨークで騒がれている黒の影についてなのだ。
正体はオブスキュラスで間違いないであろう。しかしそれを誰が宿しているのか。ベアボーンの長男に協力を仰いではいるがそれだけではままならぬとグレイブスがななしに「調べろ」と命令したのだ。
途方もない命令に加え、日々の仕事もあり疲労が蓄積した彼は今まさに机に突っ伏してしまった。
仕事ができる(デスクワークに限る)と言われているななしだが、今回ばかりは疲れて仕方が無いようである。
『……』
眠らぬように目を開けていようとするものの、まぶたは自然に下がってくる。抗えば抗うだけ何故か眠たさが増していく。
グレイブスの探せというオブスキュラスの正体も分からぬままななしはいよいよ眠りについたのだ。
気絶するように眠ったななし。するとすぐに寝息だけが響く部屋の扉が開かれた。ノックをせずに入ったのでグレイブスであろうか。
「ななし」
入ってきたのやはり部屋の持ち主であるグレイブス長官。コートを持ちながら書類片手にやってきた。机に突っ伏しているななしを見、どうしたのかと彼に近寄る。
近寄ればすー、すーと規則正しい息の音が聞こえたため、ななしが寝ているとすぐ合点がいく。
最近グレイブスの命令によりななしが死に物狂いで働いているのを彼は自覚していた。いつか倒れるかとも思ったが、エリートと言われているななしだ。体調管理くらいはしっかりするであろう。しかし目の前で死んだように眠るななしを見るところ、上手く体調管理が出来ていなかったらしい。それどころか目の下に隈まで蓄えているではないか。
これではいつ倒れてもおかしくないか。
「ななし、起きないか。こんなところで寝るな」
無情にもグレイブスは眠るななしの頬をぺしぺし叩き起こすのだ。眠るななしを覆うように机に手をついたまま、起きるまで頬を叩く。
もぞもぞ動きだしたななしにさらに「起きろ」と呟けばいよいよ瞳は開かれた。
『…長官?』
「眠るなら備え付けのベッドを使え」
『……いいえ、今起きます』
「私はオブスキュラス発見を急いていない。体調管理も、仕事のうちだぞ」
『何を言うんですか。いつぞや、調べろとだけ仰ったくせに。焦っていると思うじゃないですか!』
「勝手に焦っているのは君だけだぞ」
ななしが起きた。途端にグレイブスの口から皮肉が飛び出る。これは彼なりの可愛らしい愛情表現(かなり分かりづらいが)なのだが眠りを邪魔されイライラしていたななしには全く伝わらなかったようだ。
焦っているのは君だけだ、と言われ途端に舌打ちをしてしまった。しょうがない。ななしには皮肉にしか聞こえないからだ。
『職権乱用も甚だしいですね』
「私は職権を乱用した覚えはない」
『あぁ、そうですかー。たまにはその皮肉しか言えない口を閉じてください。耳が痛くなる』
「君も生意気な口を閉じたまえ」
『ぐぇ!!長官っ!?重い』
「あぁ、体重をかけているからね」
起きたななしを未だ覆うようにしていたグレイブス。下にいるななしを塞ぐようにし体重をかければカエルが潰れたように呻いた。『ギブっ』と苦しげに呟いたのではなしてやれば、心底嫌そうな顔でグレイブスを睨んでくる。
「文句でもあるのかね?」
『えぇ、文句しかないです』
「素直だな。いや、素直すぎる。もう少し謙虚に生きたまえ」
『私はいつだって謙虚です。長官が横暴なんですー』
「今日はヤケに反抗的だな」
『…いいえ、別に』
ツンとグレイブスから顔を逸らしそっぽを向いたななし。どうやら、彼を怒らせてしまったらしい事にようやく気づいたグレイブス。
机に顎を載せ膨れっ面のままのななしをみ、くすくす笑った。そのままねむたげな彼の頭を撫で回してやる。柔らかい髪を解くように何回も何回も。
この行為をすれば大体のことをななしは許す。いつだったかグレイブスが待ち合わせにたいそう遅れた日、ぷんすか怒っていたななし。会議が長引いたことで遅刻したその時も、優しく頭を撫でてやった。しばらくすればふにゃっとわらい許してくれる。それが補佐官のななしだ。
今もななしの頭を撫でながら反応を待っていれば、顔をこちらに向けた。膨れっ面ではないものの、不満げな表情は消えていない。
『いつも私だけ絆されて…長官は本当にずるいお方ですね』
「君のそういうところを私は気に入っている」
『はぁ…あのオブスキュラスについて。急でないなら少し休憩しても?』
「構わん。休憩できる時に取れるだけ取れ」
『お言葉に甘えます』
「あぁ」
撫でていた手を退かせば徐ろに立ち上がったななし。備え付けの小さなベッドにテケテケと歩いていく。片手には書類を持ちながら。
あれは職業病だ、と苦笑いしながらグレイブスもあとに続く。
ベッドに入った彼の横に座り足を組んだ。
優雅な仕草である。
『楽にしても?』
「構わん」
『では、失礼して』
ぴっしり固めていたネクタイを解きワイシャツのボタンも外す。息苦しさから開放されたななしは長いため息をついた。
そうして寝そべると唇を尖らせたまま『感謝の一言くらい欲しいものですがね』と小さくごちる。
勿論グレイブスにははっきりくっきり聞こえていたらしく、反撃とばかりに長い足をななしの腹に投げ出して。
『あ、無理無理、お腹が…っ』
「なんだ、その言い草は」
『本当じゃないですか』
「十二分に感謝しているが?」
『言ったことないじゃないですか!早く下ろしてくださいよっ』
「ふむ…」
暴れるななしから足を下ろし、グレイブスは考えた。そう言われればななしに感謝の意を伝えたことはあるだろうか?思い出せる記憶の中に確かにななしに礼を伝えたことは無かった。
たんに言わずとも通じていると思っていた。だから、敢えて言う必要もないと感じていたグレイブス。しかし、ななしにとってはそれが嫌で仕方なかったらしい。
感謝していないはずがない。グレイブスが一番信頼し、執着しているのはこの補佐官だけなのだから。
「君は礼を言われれば気が済むのか?」
『え?改めて聞かれるとなんだか変な気分ですね…』
「そうか、ななし」
『…長官?』
寝転がったままのななしの髪を掬い、唇をよせる。何をするんですと身をよじるななしをグレイブスのブラウンの瞳がじっとり見つめた。鋭い眼光にななしは少し戦く。まるで捕食者の瞳だ。
そのまま唇が額に鼻先に頬に、滑り降りてき、最終的には唇に軽くふれた。まるで啄むように何度もグレイブスはななしにキスをしていく。
いきなりの行為にボンッと赤くなったななしを他所に、これでもかと優しくキスを送る。
『ん、ん、ちょ、長官っ、んは、ん』
「私の感謝は君に伝わっていなかったらしい。だから言葉にしよう」
『?』
「いつも、ありがとう。ななしのサポート無しでは私がここまでの地位を得られることもなかったはずだ。オブスキュラスについても、毎日よくやっている」
『グレイブス長官…』
「心から感謝している」
耳元で囁くように言ってやるとななしはグレイブスの下でくすくす笑った。彼がそんなことを呟くのがあまりに珍しかったからだ。
しかし、ななしに言わされたとしても言ってくれただけで嬉しくもあった。(本心かはさておき)
優しい声音であったし、手つきもまるで壊れ物を扱うように繊細。それだけで、愛されているという実感を得られたから。
グレイブスの首に手を回したななし。甘える時の彼の仕草だ。そのまま引き寄せるように腕を引き己の額にグレイブスの額を引っつける。鼻先がふれあいお互いの吐息が混ざりあった。
『本当に感謝してますか?』
「まだ言うのか?」
『フフ、貴方が私に感謝する日が来るなんて思ってませんでした』
「君は私をなんだと思っているんだ」
『冷徹無慈悲のエリート魔法使いですかね?』
「…よく、分かった」
『あはは!ほんの冗談です。本当は素敵で紳士だけど、不器用な人だと思っています』
「不器用…私が?」
『はい。え?器用だと思っていたんですか?』
「……」
『フフ、あ、長官。その…こ、この後何かあるんですか?』
首に回っていたななしの手がゆっくり鎖骨を滑る。
少し顔を赤らめ伏せ目がちに問うたななし。ななしの言わんとしていたことが分かったグレイブスはにやりと笑った。
「若いなななし。盛んなのはいいが、私はこの後会議がある」
『会議!私聞いてないですよ!』
「重役だけだ。君は待機していろ」
『あ、そうなんですか…会議…』
意を決してグレイブスを"お誘い"した、ななしであったが会議の前ではなす術なしだ。一人盛り上がっていたことが気恥ずかしく、ササッとグレイブスから距離をとってしまった。
そんな可愛らしい恋人を一人放置するのは忍びない。どうせなら、しっぽりといますぐにでも洒落こみたいものであるが重役が揃う会議にマクーザの長官が出ないわけには行かない。
「こうしよう。ななし。来なさい」
『ぁ、長官?』
ベッドの隅で恥ずかしさに身を縮めていたななしの手を引く。
未だに顔が真っ赤な彼を優しく抱きしめあやす様に背を撫でてやる。
「会議が終わり次第私と君とでディナーだ。準備は怠るなよ。その後から君の期待に応えようか」
『ディナー?』
「感謝を体現しようと思ったのだが、嫌だったか?」
『い、行きたい!』
「よろしい。行かぬと言った瞬間君の頭を撃ち抜いていた」
『いきなりブラックですね』
「好きであろう?」
『勿論です!』
「さて。会議は長くて2時間程、自由に過ごせ。眠っても構わん。だが、準備はしておけ」
『はい!』
ようやく元気に笑ったななしの柔らかい頬をなでてやり、優しく口付けしてやる。ふにゃ、と笑った彼は幼く見えた。
待ってますと健気に手を振る彼。随分と後ろ髪引かれる思いだが、仕事は仕事。
コートをはおりベッドから立ち上がる。
「ななし、」
『はい?』
「すぐ戻る」
『はい!』
自然と唇が触れ合った。俗に言う行ってらっしゃいのちゅうである。
満足気に扉から出ていくグレイブスを最後まで見つめたななしは、部屋の中で嬉しさのあまり足をばたつかせた。
あれだけ眠たくて仕方なかったのに、グレイブスとのデートが楽しみで今では眠気は吹き飛んでいた。
散らばった書類らを片付け、なにをするでもなくそわそわそわそわ。
時期に来るであろう甘いひとときを思い頬を染めるななしは、扉が開かれるのを今か今かと待っているのであった。
机に並べられた書類は肘の下に敷かれているため彼が眠たさに身を揺らすと、同時にぐしゃぐしゃ紙のこすれる音が響いた。
紙には"黒の影"に、ついての記事が書かれている。ななしが眠るほどに調べているのは今ニューヨークで騒がれている黒の影についてなのだ。
正体はオブスキュラスで間違いないであろう。しかしそれを誰が宿しているのか。ベアボーンの長男に協力を仰いではいるがそれだけではままならぬとグレイブスがななしに「調べろ」と命令したのだ。
途方もない命令に加え、日々の仕事もあり疲労が蓄積した彼は今まさに机に突っ伏してしまった。
仕事ができる(デスクワークに限る)と言われているななしだが、今回ばかりは疲れて仕方が無いようである。
『……』
眠らぬように目を開けていようとするものの、まぶたは自然に下がってくる。抗えば抗うだけ何故か眠たさが増していく。
グレイブスの探せというオブスキュラスの正体も分からぬままななしはいよいよ眠りについたのだ。
気絶するように眠ったななし。するとすぐに寝息だけが響く部屋の扉が開かれた。ノックをせずに入ったのでグレイブスであろうか。
「ななし」
入ってきたのやはり部屋の持ち主であるグレイブス長官。コートを持ちながら書類片手にやってきた。机に突っ伏しているななしを見、どうしたのかと彼に近寄る。
近寄ればすー、すーと規則正しい息の音が聞こえたため、ななしが寝ているとすぐ合点がいく。
最近グレイブスの命令によりななしが死に物狂いで働いているのを彼は自覚していた。いつか倒れるかとも思ったが、エリートと言われているななしだ。体調管理くらいはしっかりするであろう。しかし目の前で死んだように眠るななしを見るところ、上手く体調管理が出来ていなかったらしい。それどころか目の下に隈まで蓄えているではないか。
これではいつ倒れてもおかしくないか。
「ななし、起きないか。こんなところで寝るな」
無情にもグレイブスは眠るななしの頬をぺしぺし叩き起こすのだ。眠るななしを覆うように机に手をついたまま、起きるまで頬を叩く。
もぞもぞ動きだしたななしにさらに「起きろ」と呟けばいよいよ瞳は開かれた。
『…長官?』
「眠るなら備え付けのベッドを使え」
『……いいえ、今起きます』
「私はオブスキュラス発見を急いていない。体調管理も、仕事のうちだぞ」
『何を言うんですか。いつぞや、調べろとだけ仰ったくせに。焦っていると思うじゃないですか!』
「勝手に焦っているのは君だけだぞ」
ななしが起きた。途端にグレイブスの口から皮肉が飛び出る。これは彼なりの可愛らしい愛情表現(かなり分かりづらいが)なのだが眠りを邪魔されイライラしていたななしには全く伝わらなかったようだ。
焦っているのは君だけだ、と言われ途端に舌打ちをしてしまった。しょうがない。ななしには皮肉にしか聞こえないからだ。
『職権乱用も甚だしいですね』
「私は職権を乱用した覚えはない」
『あぁ、そうですかー。たまにはその皮肉しか言えない口を閉じてください。耳が痛くなる』
「君も生意気な口を閉じたまえ」
『ぐぇ!!長官っ!?重い』
「あぁ、体重をかけているからね」
起きたななしを未だ覆うようにしていたグレイブス。下にいるななしを塞ぐようにし体重をかければカエルが潰れたように呻いた。『ギブっ』と苦しげに呟いたのではなしてやれば、心底嫌そうな顔でグレイブスを睨んでくる。
「文句でもあるのかね?」
『えぇ、文句しかないです』
「素直だな。いや、素直すぎる。もう少し謙虚に生きたまえ」
『私はいつだって謙虚です。長官が横暴なんですー』
「今日はヤケに反抗的だな」
『…いいえ、別に』
ツンとグレイブスから顔を逸らしそっぽを向いたななし。どうやら、彼を怒らせてしまったらしい事にようやく気づいたグレイブス。
机に顎を載せ膨れっ面のままのななしをみ、くすくす笑った。そのままねむたげな彼の頭を撫で回してやる。柔らかい髪を解くように何回も何回も。
この行為をすれば大体のことをななしは許す。いつだったかグレイブスが待ち合わせにたいそう遅れた日、ぷんすか怒っていたななし。会議が長引いたことで遅刻したその時も、優しく頭を撫でてやった。しばらくすればふにゃっとわらい許してくれる。それが補佐官のななしだ。
今もななしの頭を撫でながら反応を待っていれば、顔をこちらに向けた。膨れっ面ではないものの、不満げな表情は消えていない。
『いつも私だけ絆されて…長官は本当にずるいお方ですね』
「君のそういうところを私は気に入っている」
『はぁ…あのオブスキュラスについて。急でないなら少し休憩しても?』
「構わん。休憩できる時に取れるだけ取れ」
『お言葉に甘えます』
「あぁ」
撫でていた手を退かせば徐ろに立ち上がったななし。備え付けの小さなベッドにテケテケと歩いていく。片手には書類を持ちながら。
あれは職業病だ、と苦笑いしながらグレイブスもあとに続く。
ベッドに入った彼の横に座り足を組んだ。
優雅な仕草である。
『楽にしても?』
「構わん」
『では、失礼して』
ぴっしり固めていたネクタイを解きワイシャツのボタンも外す。息苦しさから開放されたななしは長いため息をついた。
そうして寝そべると唇を尖らせたまま『感謝の一言くらい欲しいものですがね』と小さくごちる。
勿論グレイブスにははっきりくっきり聞こえていたらしく、反撃とばかりに長い足をななしの腹に投げ出して。
『あ、無理無理、お腹が…っ』
「なんだ、その言い草は」
『本当じゃないですか』
「十二分に感謝しているが?」
『言ったことないじゃないですか!早く下ろしてくださいよっ』
「ふむ…」
暴れるななしから足を下ろし、グレイブスは考えた。そう言われればななしに感謝の意を伝えたことはあるだろうか?思い出せる記憶の中に確かにななしに礼を伝えたことは無かった。
たんに言わずとも通じていると思っていた。だから、敢えて言う必要もないと感じていたグレイブス。しかし、ななしにとってはそれが嫌で仕方なかったらしい。
感謝していないはずがない。グレイブスが一番信頼し、執着しているのはこの補佐官だけなのだから。
「君は礼を言われれば気が済むのか?」
『え?改めて聞かれるとなんだか変な気分ですね…』
「そうか、ななし」
『…長官?』
寝転がったままのななしの髪を掬い、唇をよせる。何をするんですと身をよじるななしをグレイブスのブラウンの瞳がじっとり見つめた。鋭い眼光にななしは少し戦く。まるで捕食者の瞳だ。
そのまま唇が額に鼻先に頬に、滑り降りてき、最終的には唇に軽くふれた。まるで啄むように何度もグレイブスはななしにキスをしていく。
いきなりの行為にボンッと赤くなったななしを他所に、これでもかと優しくキスを送る。
『ん、ん、ちょ、長官っ、んは、ん』
「私の感謝は君に伝わっていなかったらしい。だから言葉にしよう」
『?』
「いつも、ありがとう。ななしのサポート無しでは私がここまでの地位を得られることもなかったはずだ。オブスキュラスについても、毎日よくやっている」
『グレイブス長官…』
「心から感謝している」
耳元で囁くように言ってやるとななしはグレイブスの下でくすくす笑った。彼がそんなことを呟くのがあまりに珍しかったからだ。
しかし、ななしに言わされたとしても言ってくれただけで嬉しくもあった。(本心かはさておき)
優しい声音であったし、手つきもまるで壊れ物を扱うように繊細。それだけで、愛されているという実感を得られたから。
グレイブスの首に手を回したななし。甘える時の彼の仕草だ。そのまま引き寄せるように腕を引き己の額にグレイブスの額を引っつける。鼻先がふれあいお互いの吐息が混ざりあった。
『本当に感謝してますか?』
「まだ言うのか?」
『フフ、貴方が私に感謝する日が来るなんて思ってませんでした』
「君は私をなんだと思っているんだ」
『冷徹無慈悲のエリート魔法使いですかね?』
「…よく、分かった」
『あはは!ほんの冗談です。本当は素敵で紳士だけど、不器用な人だと思っています』
「不器用…私が?」
『はい。え?器用だと思っていたんですか?』
「……」
『フフ、あ、長官。その…こ、この後何かあるんですか?』
首に回っていたななしの手がゆっくり鎖骨を滑る。
少し顔を赤らめ伏せ目がちに問うたななし。ななしの言わんとしていたことが分かったグレイブスはにやりと笑った。
「若いなななし。盛んなのはいいが、私はこの後会議がある」
『会議!私聞いてないですよ!』
「重役だけだ。君は待機していろ」
『あ、そうなんですか…会議…』
意を決してグレイブスを"お誘い"した、ななしであったが会議の前ではなす術なしだ。一人盛り上がっていたことが気恥ずかしく、ササッとグレイブスから距離をとってしまった。
そんな可愛らしい恋人を一人放置するのは忍びない。どうせなら、しっぽりといますぐにでも洒落こみたいものであるが重役が揃う会議にマクーザの長官が出ないわけには行かない。
「こうしよう。ななし。来なさい」
『ぁ、長官?』
ベッドの隅で恥ずかしさに身を縮めていたななしの手を引く。
未だに顔が真っ赤な彼を優しく抱きしめあやす様に背を撫でてやる。
「会議が終わり次第私と君とでディナーだ。準備は怠るなよ。その後から君の期待に応えようか」
『ディナー?』
「感謝を体現しようと思ったのだが、嫌だったか?」
『い、行きたい!』
「よろしい。行かぬと言った瞬間君の頭を撃ち抜いていた」
『いきなりブラックですね』
「好きであろう?」
『勿論です!』
「さて。会議は長くて2時間程、自由に過ごせ。眠っても構わん。だが、準備はしておけ」
『はい!』
ようやく元気に笑ったななしの柔らかい頬をなでてやり、優しく口付けしてやる。ふにゃ、と笑った彼は幼く見えた。
待ってますと健気に手を振る彼。随分と後ろ髪引かれる思いだが、仕事は仕事。
コートをはおりベッドから立ち上がる。
「ななし、」
『はい?』
「すぐ戻る」
『はい!』
自然と唇が触れ合った。俗に言う行ってらっしゃいのちゅうである。
満足気に扉から出ていくグレイブスを最後まで見つめたななしは、部屋の中で嬉しさのあまり足をばたつかせた。
あれだけ眠たくて仕方なかったのに、グレイブスとのデートが楽しみで今では眠気は吹き飛んでいた。
散らばった書類らを片付け、なにをするでもなくそわそわそわそわ。
時期に来るであろう甘いひとときを思い頬を染めるななしは、扉が開かれるのを今か今かと待っているのであった。