短編 男主
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(IT2/大人リッチー)
※ペニーワイズ要素は皆無です
※ホラーではなく純粋にリッチー夢です
※時間枠、設定捏造有
この感覚をずっとずっと忘れていた。
あの時は無くしたくてたまらなかったそれら全てをつい先日、思い出してしまった。
"恐怖"も沢山思い出して、頭がパニックになったが…"全て終わった"時ようやく俺は落ち着いた。
あれから27年。なぜうまく恋愛が出来なかったのか。真相が"全て終わった時"にようやくわかった。
踏み出せず、区切りもつけられず、ずっと好きだったまま忘れてしまったからだ。
脳は記憶を抹消しても体や心は覚えていて、俺の恋愛を有耶無耶にしていたに違いない。
「(こんなに頭が冴えているのはいつぶりだろうか)」
思い起こされるのは幼かったあの日、あの夏休み。
ブラウンのふわふわの髪が好きだった。神経質で薬ばかり持ち歩き、嫌なことがあればすぐ吸入器を使って。親友のスタンリーを虐めては遊んでいた。
弱みそのくせにやる時はやる男、エディ。
俺はそんなエディが好きだった。
しかし27年ぶりに会った彼は既に結婚していて、あの時から前に進めず立ち止まっていたのは俺だけだった。
相変わらず神経質で、忙しないし、文句ばかりだったがやっぱりやる時はやる男。 最後の最後までずっとあの時のエディと変わらずに、俺たちを守ってくれた。
気持ちを伝えることは出来なかったが、皆が前に進んでいて、エディさえも大人になっていたから。
俺だってまたちゃんと前に向かって歩きたい。
区切りをつけて、進みたい。
彼がそれを教えてくれたように思う。
*******
有名なバー。
かなりの広さをは誇るこのバーは大きなステージが設けられている。
確かに酒は美味いし雰囲気もいいが、客が来る多くの理由はこのステージ。
スタンドアップコメディを見にやってくるのだ。毎日開かれているが特に集客がいいのは"無駄口男"がやってくる日。
皆彼の下世話だが、愉快な話が大好きなのだ。
ここで働くバーテンダーのななしも例外ではない。"無駄口男"、そして親友でもあるリッチーのスタンドアップコメディがとても大好きであった。
しかし3日ほど、リッチーとは連絡が取れずにいた。バーの店長は集客の悪さに嘆き、どうにかリッチーと連絡を取ろうと必死だったのだが。やはり音信不通である。
「ななし頼むからリッチーに連絡付けられないか?」
『何回も試してますってば』
「リッチーはどこなんだ?店が潰れてしまうだろ~」
『店長…仮にもバーなんだからお酒で頑張ってきましょーよ!リッチーも忙しいんですって。人気コメディアンなんだから』
「俺達は捨てられたんだよ~」
『はぁ…店長!お店もオシャレで今でも沢山お客様いるでしょ?だから頑張りましょ!もっと宣伝と、サービスですよ!僕も手伝いますから!』
「リッチ~」
『(話にならない)』
カウンターの中で泣き真似をし項垂れる店長を後目にななしは食器をテキパキとあらっていく。
リッチーと連絡がつかなくて悲しいのは店長だけでは無い。バーや、集客を抜きにしたって親友であるリッチーと連絡が取れないのはななしにとっても悲しい事だ。
なにか事件に巻き込まれていなけれはいいのだが、それすらも確認でき無いため心中ずっともやもやである。
未だにうわんうわん泣き真似をする店長に些かイライラしだしたななしは手近にあったお手拭き用のタオルを後頭部になげつけてやった。
痛いとさらに丸まった店長はもう無視だ。
『(リッチー大丈夫かなぁ…)』
「リッチ~」
『(店長ウザすぎる…)』
「なんでなの、」
『…もう!店長!うるさいから奥いってて下さいよ!邪魔!!』
「ななしが酷い~」
『いい大人が拗ねないでください。僕だって心配なんですから!』
「バーが?」
『リッチーに決まってるでしょーが!?僕にとって大切な人なんですから!』
「それってマジ?」
『「え?」』
店長と虚しい喧嘩をしている最中、第三者の声が響いた。
咄嗟に声の方へと顔を向ければ、そこには3日ほど音信不通であったリッチーがカウンターに座っているではないか。
腕まくりされた腕や頬にバンドエイドを沢山つけているリッチーは呑気に片手を上げ驚き固まる2人に軽く挨拶をした。
「久しぶり、…ってなんでそんなに嬉しそうなわけ?もしかしてオナ禁開けか?」
「リッチー!君は今までどこにいたの!?」
『リッチーどうしたの?そのキズ…』
「そんなに慌てなくてもリッチーは飛んで逃げたりしないぜ」
「飛んで逃げてたじゃないか!」
「いや地に足つけて逃げてた」
「逃げてたんだね!やっぱり!」
酷いじゃないかリッチー!とカウンター内でプンスカ怒る店長を窘めつつ、未だに心配そうなまなざしでこちらを見るななしを見つめたリッチー。
3日ほど会えずましてや連絡も取れない状況だったことはリッチー本人も理解していたため、些かななしに申し訳なさを感じる。
健気に返事を待つななしの柔らかな頬に触れれば3日ぶりの確かな体温。
何となく、
生きた心地がした。
「大丈夫だって、見た目ほど酷くない」
『本当に?』
「あぁ、それより今話せない?」
『え?』
「少し話したいことがあるんだけど、駄目?」
『店長に聞かないと…』
「あの店長なら今酔いどれを捌いてたから大丈夫だって、すぐ終わる」
『え?あっ、リッチー!』
こっちに来い、とばかりに手を振りながらバーの裏口に回ったリッチー。カウンターから身を乗り出し『待って』と制止するも、リッチーは手招きをするだけ。
すぐ終わると言うが、今はバッチリ勤務中でありそこそこ忙しくもある。
どうしようか迷っていれば、リッチーは扉を開け本当に裏口から出ていってしまったのだ。
姿が見えなくなり慌ててカウンターから飛び出したななしは店長に見つかる前にと裏口へと駈けた。急ぎ扉を開いて身を滑り込ませる。なるべく目立たないようにゆっくり扉を閉めた。
『はぁ、ちょっとリッチー?店長に見つかったら取り成してよね?』
「考えとく」
『もー…』
「ここの裏口はいつも臭いな。生ゴミと犬のフンが混じった臭いだ」
『しょうがないでしょ、日当たり悪いし。正面さえ見栄えが良かったらいいんだよ。なに、3日ぶりに悪口?』
「違う違う、」
『じゃぁ、どうし…うぶ!?』
久々にあって、裏口の悪口を言われ意味が分からないとばかりにリッチーを訝しげに睨むななし。
しかしその視線と言葉を遮るようにリッチーは逞しい腕でななしを抱きしめたのだ。
今の今までリッチーに抱きしめられたことなど1度だってない。イタズラに触れられることはあったが、こんな恋人がするような熱いスキンシップなんて以ての外。
いきなりの出来事に驚き固まるななしだが、リッチーは構わずさらに力強く抱きしめた。
『リ、リッチー?』
「…ななしは甘い匂い…ワインかな…パイナップルみたいな感じだ」
『シャ、シャルドネ入れてたからかな』
「ななし」
『は、はい!?』
「生まれ育ったデリーに行ってた。3日くらい。吐き気がするくらいいやだったけど…いや、吐き気じゃない。吐いた…ゲーゲー吐いた」
『デリー?』
「スモールタウンだ。知らなくて当然。で、27年振りに友達と会って、それを倒して来た。漫画みたいな話だけどマジでマジ」
『それ?それって何?』
「説明は難しいんだけどさ…イカれたピエロ野郎。化け物だ」
『リッチー、よく分からないけどやつれるくらいしんどかったんだね。お疲れ様…それから、おかえり』
「っあぁ…」
抱きしめるリッチーの腕から腕を出して、無精髭の生えた頬に添え安心させるように親指の腹でなでてやる。
頭をその手に預けるリッチーはいつもの彼からは想像もつかないくらい小さく見えた。
『まだ、何か言いたそう。言って、リッチー』
「え、なに?ななしってエスパーなの?俺の下着の色当ててみて」
『馬鹿!僕は真剣に話してるんだよ?』
「怒るなよ。それに、今から話すことも怒るなよ?」
『内容によるよ、茶化したら怒る』
「怖いな」
『もし、真剣に悩んでるなら話くらい聞くよ』
「……27年…長いよな。ずっと忘れてたんだよ。覚えていたかったことも。ピエロ野郎のせいで全て悪夢だった。でも3日間で変わったんだ。だから俺は、前に進もうって…」
『うん』
「何度も色んなやつと付き合ってすぐ別れてきたろ?早い時は1日。何が上手くいかないのか理由なんてこれっぽっちも分からなかった。俺に非があるかすら分からない。でも分かったんだよ、俺は男だけど男して…男が好きなんだ」
『ぇ…それって』
「世間一般にはゲイって言うんだろ多分。消えてた記憶の中に俺が幼い頃親友に恋をしてたものもあって、そのまま…忘れてたからきっと上手くいかなかったんだよ。でも、再開したら結婚してて…忘れてたことは確かだけど前に進めてなかったのは俺だけだった」
『リッチー、平気?』
「これが平気に見えるか?」
『うん、ごめん。つらいよね』
嗚咽するでもなくただただ涙を流すリッチー。
彼がそこまでして大切にしていた想いなのだ。
親友を好きだったまま記憶がなくなってしまった。
その想いのまま記憶が甦ったとしたら?
戸惑い、どうしていいか分からなくなるだろう。
今まさにリッチーは戸惑い不安なのだ。
好きだとも言えず、燻ったまま胸の奥にしまい込んで。無くならない腫瘍のように心を蝕むだろう。
しかし静かに泣くリッチーは確かに前に進みたいと望んでいる。
自分だってリッチーの親友に違いないのだから、前に進めるように少しでも力になりたいと思う。
今は何を言ってやればいいか分からないが気休めでもリッチーが穏やかであればいいと、出てくる涙を拭ってやる。
『リッチー?』
「あぁ。平気だ」
『平気じゃないよ、泣いてる』
「っ、これでも、区切りはつけたつもりだ。俺だって大人だから」
『そっか、偉いじゃん』
「俺よりずっと年下のくせに」
『年は関係ないでしょ』
「ないことないだろ?ん?」
『はいはい』
「なぁ、ななし。こんな話したあとで信じて貰えないかもしれないけど」
『うん?』
「このバーでななしを初めて見た時、可愛いって思ったんだよ」
『え?あ、え?』
「今思えば俺の"本能"だったんだろうけど…他の奴らみたいに付き合ってなんて頼めなかった。関係を崩したくないって思ったから」
『リ、リッチー?』
「だからって今付き合ってなんて言わないけど。でももう間違えたくはない」
抱きしめられている腕に微かに力が入ったのを感じたななしはドキリと体が強ばる。
リッチーが言おうとしている事が何となく分かってしまうから余計に体が動かない。
熱を含んだ目で見つめられれば、もう後戻りはできないだろう。
唾を飲み込んだ音がやけに響いた。
「ななし…多分ずっと好きだった」
『な、なにそれ!だって今の今まで忘れてたんでしょ?だったら絶対違うよ』
「忘れてた…恋愛対象が男だってことは。なのに可愛いと思うのも抱きしめたくなるのも、全部うちあけたくなるのも好きだからだろ?違うのか?」
『僕にはわ、分かんないよ』
「俺もよく分からない」
『な、なんだよそれー!』
「好かれるのは嫌?」
『な、そ、そんな事ないけど…』
「だったら、少しだけ好かれたままいて…居心地が悪かったら諦める」
『リッチー…僕…』
好きか嫌いかと聞かれればもちろん好き、である。しかしそれが恋愛の好き?と聞かれると素直には頷けない。
ざわつく心を落ち着かせようと、深呼吸してみるがなかなか混乱状態は治らない。
けれど楽しく話せる関係を崩したくないのは確かだ。
どういう答えが最適なのか分からないななし。
リッチーはそんな百面相をしている彼を可笑しそうに見下ろしている。
「深く考えるなよ、コメディアンの戯言だと思って」
『戯言!?』
「いや、戯言ではないけど気軽に?」
『気軽に?これは気軽にしちゃいけない事だ!巫山戯てるなら僕は知らないからね!』
「ごめん、伝えて重荷になるくらいならそっちがいいかなって」
『リ、リッチーが真剣なら僕はちゃんと考えたい』
「ななし…」
顔を赤くしそういうななし。
真剣に考えてくれているのだ、ななしとはそういう男。
だから好きになったのだ。
また俯きながらぶつくさ呟いているななし。
今度はリッチーが彼の頬を持ち上げ上を向かせる。
真っ赤な顔がよく見えた。
このままキスしたらどんな反応をするだろう。
震えながら不安そうに見つめてくるななしのくちびるを親指で、ゆっくり触れる。
瞳がかすかに揺れた。
『リッ「あぁ!!こんなところにいた!!!」っ!?て、店長!』
「君たちなにしてるの?」
「…はぁ」
『な、何もしてないですよー?』
「そ?なら仕事に戻って~?リッチーは次いつ来れそうか教えて」
「……」
『……』
唇がまさにふれる瞬間、裏口の扉が開いた。
中から現れたのは店長である。
仕事の話をしたくてうずうずしている店長はリッチーの腕を掴むと足早に中に入っていく。
リッチーは何かを言いかけたが強引な店長には叶わなかったらしく、引かれるがまま扉をくぐっていった。
裏口に残されたななしは1連の出来事を思い起こしまるでゆでダコのように赤面している。
『(キ、キスしようとした?)』
いよいよただの親友には戻れないだろう。
この先どうなってしまうのか…途方も無い悩みにななしはため息をつくしかない。
見上げた空はそんなななしを照らすように星々が煌めいていた。
END
(続くかも?)
※ペニーワイズ要素は皆無です
※ホラーではなく純粋にリッチー夢です
※時間枠、設定捏造有
この感覚をずっとずっと忘れていた。
あの時は無くしたくてたまらなかったそれら全てをつい先日、思い出してしまった。
"恐怖"も沢山思い出して、頭がパニックになったが…"全て終わった"時ようやく俺は落ち着いた。
あれから27年。なぜうまく恋愛が出来なかったのか。真相が"全て終わった時"にようやくわかった。
踏み出せず、区切りもつけられず、ずっと好きだったまま忘れてしまったからだ。
脳は記憶を抹消しても体や心は覚えていて、俺の恋愛を有耶無耶にしていたに違いない。
「(こんなに頭が冴えているのはいつぶりだろうか)」
思い起こされるのは幼かったあの日、あの夏休み。
ブラウンのふわふわの髪が好きだった。神経質で薬ばかり持ち歩き、嫌なことがあればすぐ吸入器を使って。親友のスタンリーを虐めては遊んでいた。
弱みそのくせにやる時はやる男、エディ。
俺はそんなエディが好きだった。
しかし27年ぶりに会った彼は既に結婚していて、あの時から前に進めず立ち止まっていたのは俺だけだった。
相変わらず神経質で、忙しないし、文句ばかりだったがやっぱりやる時はやる男。 最後の最後までずっとあの時のエディと変わらずに、俺たちを守ってくれた。
気持ちを伝えることは出来なかったが、皆が前に進んでいて、エディさえも大人になっていたから。
俺だってまたちゃんと前に向かって歩きたい。
区切りをつけて、進みたい。
彼がそれを教えてくれたように思う。
*******
有名なバー。
かなりの広さをは誇るこのバーは大きなステージが設けられている。
確かに酒は美味いし雰囲気もいいが、客が来る多くの理由はこのステージ。
スタンドアップコメディを見にやってくるのだ。毎日開かれているが特に集客がいいのは"無駄口男"がやってくる日。
皆彼の下世話だが、愉快な話が大好きなのだ。
ここで働くバーテンダーのななしも例外ではない。"無駄口男"、そして親友でもあるリッチーのスタンドアップコメディがとても大好きであった。
しかし3日ほど、リッチーとは連絡が取れずにいた。バーの店長は集客の悪さに嘆き、どうにかリッチーと連絡を取ろうと必死だったのだが。やはり音信不通である。
「ななし頼むからリッチーに連絡付けられないか?」
『何回も試してますってば』
「リッチーはどこなんだ?店が潰れてしまうだろ~」
『店長…仮にもバーなんだからお酒で頑張ってきましょーよ!リッチーも忙しいんですって。人気コメディアンなんだから』
「俺達は捨てられたんだよ~」
『はぁ…店長!お店もオシャレで今でも沢山お客様いるでしょ?だから頑張りましょ!もっと宣伝と、サービスですよ!僕も手伝いますから!』
「リッチ~」
『(話にならない)』
カウンターの中で泣き真似をし項垂れる店長を後目にななしは食器をテキパキとあらっていく。
リッチーと連絡がつかなくて悲しいのは店長だけでは無い。バーや、集客を抜きにしたって親友であるリッチーと連絡が取れないのはななしにとっても悲しい事だ。
なにか事件に巻き込まれていなけれはいいのだが、それすらも確認でき無いため心中ずっともやもやである。
未だにうわんうわん泣き真似をする店長に些かイライラしだしたななしは手近にあったお手拭き用のタオルを後頭部になげつけてやった。
痛いとさらに丸まった店長はもう無視だ。
『(リッチー大丈夫かなぁ…)』
「リッチ~」
『(店長ウザすぎる…)』
「なんでなの、」
『…もう!店長!うるさいから奥いってて下さいよ!邪魔!!』
「ななしが酷い~」
『いい大人が拗ねないでください。僕だって心配なんですから!』
「バーが?」
『リッチーに決まってるでしょーが!?僕にとって大切な人なんですから!』
「それってマジ?」
『「え?」』
店長と虚しい喧嘩をしている最中、第三者の声が響いた。
咄嗟に声の方へと顔を向ければ、そこには3日ほど音信不通であったリッチーがカウンターに座っているではないか。
腕まくりされた腕や頬にバンドエイドを沢山つけているリッチーは呑気に片手を上げ驚き固まる2人に軽く挨拶をした。
「久しぶり、…ってなんでそんなに嬉しそうなわけ?もしかしてオナ禁開けか?」
「リッチー!君は今までどこにいたの!?」
『リッチーどうしたの?そのキズ…』
「そんなに慌てなくてもリッチーは飛んで逃げたりしないぜ」
「飛んで逃げてたじゃないか!」
「いや地に足つけて逃げてた」
「逃げてたんだね!やっぱり!」
酷いじゃないかリッチー!とカウンター内でプンスカ怒る店長を窘めつつ、未だに心配そうなまなざしでこちらを見るななしを見つめたリッチー。
3日ほど会えずましてや連絡も取れない状況だったことはリッチー本人も理解していたため、些かななしに申し訳なさを感じる。
健気に返事を待つななしの柔らかな頬に触れれば3日ぶりの確かな体温。
何となく、
生きた心地がした。
「大丈夫だって、見た目ほど酷くない」
『本当に?』
「あぁ、それより今話せない?」
『え?』
「少し話したいことがあるんだけど、駄目?」
『店長に聞かないと…』
「あの店長なら今酔いどれを捌いてたから大丈夫だって、すぐ終わる」
『え?あっ、リッチー!』
こっちに来い、とばかりに手を振りながらバーの裏口に回ったリッチー。カウンターから身を乗り出し『待って』と制止するも、リッチーは手招きをするだけ。
すぐ終わると言うが、今はバッチリ勤務中でありそこそこ忙しくもある。
どうしようか迷っていれば、リッチーは扉を開け本当に裏口から出ていってしまったのだ。
姿が見えなくなり慌ててカウンターから飛び出したななしは店長に見つかる前にと裏口へと駈けた。急ぎ扉を開いて身を滑り込ませる。なるべく目立たないようにゆっくり扉を閉めた。
『はぁ、ちょっとリッチー?店長に見つかったら取り成してよね?』
「考えとく」
『もー…』
「ここの裏口はいつも臭いな。生ゴミと犬のフンが混じった臭いだ」
『しょうがないでしょ、日当たり悪いし。正面さえ見栄えが良かったらいいんだよ。なに、3日ぶりに悪口?』
「違う違う、」
『じゃぁ、どうし…うぶ!?』
久々にあって、裏口の悪口を言われ意味が分からないとばかりにリッチーを訝しげに睨むななし。
しかしその視線と言葉を遮るようにリッチーは逞しい腕でななしを抱きしめたのだ。
今の今までリッチーに抱きしめられたことなど1度だってない。イタズラに触れられることはあったが、こんな恋人がするような熱いスキンシップなんて以ての外。
いきなりの出来事に驚き固まるななしだが、リッチーは構わずさらに力強く抱きしめた。
『リ、リッチー?』
「…ななしは甘い匂い…ワインかな…パイナップルみたいな感じだ」
『シャ、シャルドネ入れてたからかな』
「ななし」
『は、はい!?』
「生まれ育ったデリーに行ってた。3日くらい。吐き気がするくらいいやだったけど…いや、吐き気じゃない。吐いた…ゲーゲー吐いた」
『デリー?』
「スモールタウンだ。知らなくて当然。で、27年振りに友達と会って、それを倒して来た。漫画みたいな話だけどマジでマジ」
『それ?それって何?』
「説明は難しいんだけどさ…イカれたピエロ野郎。化け物だ」
『リッチー、よく分からないけどやつれるくらいしんどかったんだね。お疲れ様…それから、おかえり』
「っあぁ…」
抱きしめるリッチーの腕から腕を出して、無精髭の生えた頬に添え安心させるように親指の腹でなでてやる。
頭をその手に預けるリッチーはいつもの彼からは想像もつかないくらい小さく見えた。
『まだ、何か言いたそう。言って、リッチー』
「え、なに?ななしってエスパーなの?俺の下着の色当ててみて」
『馬鹿!僕は真剣に話してるんだよ?』
「怒るなよ。それに、今から話すことも怒るなよ?」
『内容によるよ、茶化したら怒る』
「怖いな」
『もし、真剣に悩んでるなら話くらい聞くよ』
「……27年…長いよな。ずっと忘れてたんだよ。覚えていたかったことも。ピエロ野郎のせいで全て悪夢だった。でも3日間で変わったんだ。だから俺は、前に進もうって…」
『うん』
「何度も色んなやつと付き合ってすぐ別れてきたろ?早い時は1日。何が上手くいかないのか理由なんてこれっぽっちも分からなかった。俺に非があるかすら分からない。でも分かったんだよ、俺は男だけど男して…男が好きなんだ」
『ぇ…それって』
「世間一般にはゲイって言うんだろ多分。消えてた記憶の中に俺が幼い頃親友に恋をしてたものもあって、そのまま…忘れてたからきっと上手くいかなかったんだよ。でも、再開したら結婚してて…忘れてたことは確かだけど前に進めてなかったのは俺だけだった」
『リッチー、平気?』
「これが平気に見えるか?」
『うん、ごめん。つらいよね』
嗚咽するでもなくただただ涙を流すリッチー。
彼がそこまでして大切にしていた想いなのだ。
親友を好きだったまま記憶がなくなってしまった。
その想いのまま記憶が甦ったとしたら?
戸惑い、どうしていいか分からなくなるだろう。
今まさにリッチーは戸惑い不安なのだ。
好きだとも言えず、燻ったまま胸の奥にしまい込んで。無くならない腫瘍のように心を蝕むだろう。
しかし静かに泣くリッチーは確かに前に進みたいと望んでいる。
自分だってリッチーの親友に違いないのだから、前に進めるように少しでも力になりたいと思う。
今は何を言ってやればいいか分からないが気休めでもリッチーが穏やかであればいいと、出てくる涙を拭ってやる。
『リッチー?』
「あぁ。平気だ」
『平気じゃないよ、泣いてる』
「っ、これでも、区切りはつけたつもりだ。俺だって大人だから」
『そっか、偉いじゃん』
「俺よりずっと年下のくせに」
『年は関係ないでしょ』
「ないことないだろ?ん?」
『はいはい』
「なぁ、ななし。こんな話したあとで信じて貰えないかもしれないけど」
『うん?』
「このバーでななしを初めて見た時、可愛いって思ったんだよ」
『え?あ、え?』
「今思えば俺の"本能"だったんだろうけど…他の奴らみたいに付き合ってなんて頼めなかった。関係を崩したくないって思ったから」
『リ、リッチー?』
「だからって今付き合ってなんて言わないけど。でももう間違えたくはない」
抱きしめられている腕に微かに力が入ったのを感じたななしはドキリと体が強ばる。
リッチーが言おうとしている事が何となく分かってしまうから余計に体が動かない。
熱を含んだ目で見つめられれば、もう後戻りはできないだろう。
唾を飲み込んだ音がやけに響いた。
「ななし…多分ずっと好きだった」
『な、なにそれ!だって今の今まで忘れてたんでしょ?だったら絶対違うよ』
「忘れてた…恋愛対象が男だってことは。なのに可愛いと思うのも抱きしめたくなるのも、全部うちあけたくなるのも好きだからだろ?違うのか?」
『僕にはわ、分かんないよ』
「俺もよく分からない」
『な、なんだよそれー!』
「好かれるのは嫌?」
『な、そ、そんな事ないけど…』
「だったら、少しだけ好かれたままいて…居心地が悪かったら諦める」
『リッチー…僕…』
好きか嫌いかと聞かれればもちろん好き、である。しかしそれが恋愛の好き?と聞かれると素直には頷けない。
ざわつく心を落ち着かせようと、深呼吸してみるがなかなか混乱状態は治らない。
けれど楽しく話せる関係を崩したくないのは確かだ。
どういう答えが最適なのか分からないななし。
リッチーはそんな百面相をしている彼を可笑しそうに見下ろしている。
「深く考えるなよ、コメディアンの戯言だと思って」
『戯言!?』
「いや、戯言ではないけど気軽に?」
『気軽に?これは気軽にしちゃいけない事だ!巫山戯てるなら僕は知らないからね!』
「ごめん、伝えて重荷になるくらいならそっちがいいかなって」
『リ、リッチーが真剣なら僕はちゃんと考えたい』
「ななし…」
顔を赤くしそういうななし。
真剣に考えてくれているのだ、ななしとはそういう男。
だから好きになったのだ。
また俯きながらぶつくさ呟いているななし。
今度はリッチーが彼の頬を持ち上げ上を向かせる。
真っ赤な顔がよく見えた。
このままキスしたらどんな反応をするだろう。
震えながら不安そうに見つめてくるななしのくちびるを親指で、ゆっくり触れる。
瞳がかすかに揺れた。
『リッ「あぁ!!こんなところにいた!!!」っ!?て、店長!』
「君たちなにしてるの?」
「…はぁ」
『な、何もしてないですよー?』
「そ?なら仕事に戻って~?リッチーは次いつ来れそうか教えて」
「……」
『……』
唇がまさにふれる瞬間、裏口の扉が開いた。
中から現れたのは店長である。
仕事の話をしたくてうずうずしている店長はリッチーの腕を掴むと足早に中に入っていく。
リッチーは何かを言いかけたが強引な店長には叶わなかったらしく、引かれるがまま扉をくぐっていった。
裏口に残されたななしは1連の出来事を思い起こしまるでゆでダコのように赤面している。
『(キ、キスしようとした?)』
いよいよただの親友には戻れないだろう。
この先どうなってしまうのか…途方も無い悩みにななしはため息をつくしかない。
見上げた空はそんなななしを照らすように星々が煌めいていた。
END
(続くかも?)