私の帰る場所
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(沖田 永倉)
『お疲れ様でした』
「なんでお前はそないにしれーっとしとんねん…」
『え?なにがですか?』
「あんだけデカイ道場掃除してなんでまだそないに元気なんや」
『慣れっこなんです。毎日掃除してますからね』
井上と沖田、そしてななし。三人で行っていた掃除は水に濡れた場所だけではなく最終的には広い道場の隅にまで及んだ。
時間にすれば半刻程を有し、やっとの思いで掃除を終わらせたのだが。どうやら普段から掃除をすることが無い沖田にとっては重労働だったらしく。彼の自室に帰って来た途端に大の字で寝転がってしまったのだ。
ななしは先程まで仕事をしていた文机に向かうと、滞っていた書類整理を始めるべく筆を取っている。
ななしのその行動に沖田にはとても驚いたようであった。
正座し文机に向かったななしに対し心底ありえないという視線を向けてくる。
しかしななしにとって掃除とは日常茶飯事で。
血の気の多い新撰組にマメな連中がいるはずもなく、汚れた場所の雑巾がけなんかはほぼ毎日行っている。
日々の雑巾がけで培われた体力があるななしにとっては簡単な作業だったのだが沖田にはそうではなかったらしい。
刀を振るうために使う筋肉とはまた別の筋肉を使うのだろう。
寝転がりながらも「あ〜、首の筋がイカれてもうた」と嘆いている。
『ふふふ、大丈夫ですか?総司さん』
いつもとは違い少し弱った姿はとても稀少で。「アカン、アカンわ」と首を横に振っている沖田に対しななしは小さく肩を揺らしながら可笑しそうに笑ってしまった。
それが不服だったのか隻眼は訝しげに細くなり、どこか面白くないと体現しているよう。
物珍しい表情も相まってますます可笑しく思えたななしは、なんとか笑いを堪えながらも寝転がる沖田の頭に手を乗せポンポンと宥めるように動かした。
「ななし…子供扱いしとるやろ…」
『そんなことはしてませんけど。珍しいなと思ってますっ』
「おうおう、笑いこらえた顔でよぉ言うわ」
『こ、堪えてませんっ、ふふ』
「笑っとるやないか!」
『そんな事ないです!』
「せやったらそのつり上がった口角はなんやねん!めちゃくちゃわろとるやないか!」
『普段からこんな顔じゃないですか〜』
「締りのない顔しおって!」
『し、締まってます!』
ななしのヘラヘラとした態度が気に食わなかった沖田は、未だに笑っている彼女の頬を引っ張ってやろうと寝ていた半身を起こし腕を伸ばした。
伸ばされた腕が何をしようとしているのかをよく知っているななしはそうはさせまい、と避けるように体をくねらせる。
「ななし!」『その腕を下ろしてください!』と謎の攻防戦が続き二人で寛ぐにしては少し狭い室内でやいのやいのと言い合った。
襖を隔てただけの廊下や薄い壁で仕切られている隣の部屋にはきっと二人の激しい攻防戦が丸聞こえなのだろう。
現に一番隊隊長の私室に隣接している二番隊隊長の部屋から「やかましいで!」と、怒鳴るような声が響いてきた。
次いでガラガラと襖が開き廊下を歩く足音が聞こえると、沖田の部屋の襖がスパーンと子気味のいい音を鳴らし開かれたのだ。
「そんな馬鹿でかい声で騒ぐなや、総司!ななし!」
『し、新八さん。すみません!』
「新八!この阿呆抑えとけや!いっぺん締りのない顔を引き伸ばして形整えたらなかん!」
「……落ち着け総司」
襖を開き現れたのは二番隊隊長である永倉新八だ。
見る人を圧倒するような巨漢であり、その気迫に気圧されるものも少なくは無いだろう。
しかし新撰組にいる血の気が多い隊士達とは違い、物腰柔らかく義理に熱い男でもある。
彼も沖田や井上と同じく古株の一人であり、ここにいる二人との付き合いもとても長い。
故に二人の扱い方をよく知っているようで余った空間に腰を下ろしながら「あんま騒がしいと副長に言いつけるで」とため息混じりに牽制している。
「やめぇや、歳ちゃんの説教は長いねん」
「せやったらもう少し静かにしとれや」
『すみません…』
「わかったんならそれでええ」
『ありがとうです、新八さんっ!』
「ほんま新ぱっちゃんはななしに甘いのぉ、アマアマや」
「お前にだけは言われとうないわ」
「ヒヒッ、あんまり否定できひんなぁ?ななし」
『…ま、まぁそうかもしれませんけど…』
「……白昼堂々大っぴらに乳繰り合う姿見せつけられる身にもなれや」
『そ、そんな事ないです!』
「否定すな、ますます惨めになるやろ」
「ヒヒヒッ〜、ほんまおもろいなぁ」
『おもしろくないです!』
永倉がため息を着きながら首を振る様を見て慌てるななしと、それを見楽しそうに笑っている沖田。
三人が集まるとそれはそれで騒がしくなるのだが、永倉がいる分二人の時よりは幾分もましだ。
からかうようにこちらを見てくる沖田の視線を完全に無視して、残っている仕事を片付けてしまおうとななしは文机に向き直り書状や書簡に視線を向けた。
未だにニヤニヤと笑っている沖田と、窘める永倉を尻目に文机に置いてあった書状の一つ。土方から受け取った"入隊試験"についての書状を手に取ると思い出したように『そういえば…』とゆっくり口を開いた。
『次の入隊試験についてなんですけど、今回の試験官総司さんと新八さんになります』
「もう一周したんか?」
「前回、鈴木と原田やったさかい一周したことになんな。ほんで今回は先頭に戻って俺と総司という訳か」
『そうなんです。今回もよろしくお願いしますね』
試験官を務めるのは主に腕の経つ隊長である。
隊長はそれぞれ一番隊から十番隊で十人おり、彼らから二人ずつ毎度選出されている。
前回は九番隊隊長の鈴木三樹三郎と、十番隊隊長の原田左之助が試験官であったため今回は順番でいくと一番に戻り沖田と永倉の番になるというわけだ。
『場所にこだわりは無いですよね?雨が降らない限りいつも通り大広間前と道場前になりますけど…』
「ワシはどこでもかまへんで。寧ろ外の方が都合ええしな」
「俺もかまへん。ななしで決めてくれればええ」
『ではいつも通り、大広間前を新八さん。道場前を総司さんでいいですね?土方さんにそう伝えますよ』
「頼むでななし」
「ヒヒヒッ、今回は骨のあるやつがおるとええのぉ」
「ただの試験や。やりすぎたらアカンで総司」
『新八さんの言う通り試験ですのでくれぐれもやり過ぎないようにお願いしますね総司さん』
「どうやろうなぁ…ヒヒッ」
『ちゃんと聞いてますか?』
「聞いとる聞いとる」
『はぁ…聞いてないですね』
半身を起こしていた沖田はななしや永倉の小言をあしらいながら再び窮屈な部屋で遠慮なしに寝転んでしまった。
沖田に何を言っても聞く耳を持たないのは分かってはいるのだが、ただの試験を毎回流血沙汰にしてしまうのだけはどうしても許容し難い思っているななし。
新撰組に入隊するために重んじる事は金や権力ではない。入隊したあとも新選組として生き抜く強い力があるかがなによりも大切になってくる。故に試験は真剣を用い行われ、中途半端な腕前で挑んできた入隊希望者は尽く 悲惨な目に合い運が悪ければ死に至ることもある。
"ここで死ぬなら入隊しても死ぬだけ"
沖田はその考えが顕著で試験に挑んできた希望者が半端な腕の持ち主であった場合、手加減や容赦が一切無いためそのほとんどが深い傷を負い辺り一面は血の海と化す。
怪我人の応急処置をするのは新撰組の医務班であるし、現場が汚れれば掃除をするのはななしだ。
結局沖田が暴れれば暴れた分だけ、新撰組の平隊士達に余計な仕事が回ってくる。
いつも控えめにと頼んでも今のように右から左で、聞く耳を持たない。
今回も酷い流血沙汰になるのだろうなと思うと、少しだけ意識が遠のきそうになるななし。
しかし沖田が試験に本気になる心情も理解出来てしまうし、彼なりに考え出した行動であるのは間違いない。
伝わり難いが一種の親切な行いであるため一概に否定もできない。
『まぁ…程々にお願いします。二人とも』
「いよいよ諦めた顔しとるでななし」
「ヒヒッ、おもろい顔しとんなぁ」
『人の顔みて笑ってないで事務仕事手伝ってください』
「あ?ワシ首の筋痛めとるさかい無理や。話し相手になるのが関の山っちゅうとこや」
「はぁ、総司。ちゃんと手伝ってやらんとななしも嫌気さして逃げ出してまうんやないか?」
「安心せぇ。ちゃぁんと躾てあるさかい心配あらへん」
『……どういう意味です?』
「あ?そういう意味やろが」
『……』
「ヒヒッ!」
「お前らには付き合っとれんわ」
沖田とななしのやり取りを見ていた永倉は呆れたようなため息を着いたあと、首を横に振りゆっくりと立ち上がった。
「これ以上は家でやれ」とまるで釘を指すように沖田を指さしたあと来た時と同様にスパーンと襖を豪快に開くと部屋を後にした。
『もう、総司さん。変なこと言わないで下さいよ〜』
「あ?事実やろが」
『そ、そうかもですけど…』
「ほな余計なこと考えんとうんうん頷いとったらええねん」
『あ、ちょっと…』
沖田はそう言った後、正座するななしの膝に頭を乗せ再び寝転がった。
文机とななしの腹の間にはスッポリハマるように隻眼の顔が収まっている状態。
こんな場所でダメですと沖田をどかそうとするななしだったのだが。
膝に頭を預けながらゆっくり目を閉じ眠る体制に入った彼を見、これは絶対どいてくれないやつだ…と、どかそうとしていた手を引っ込め全てを諦めた。
誰かが襖を開きこの光景を目撃すれば男同士で何をやっているんだと、目を見開き驚愕することだろう。
そうなる危険性は大いにあるものの、離れようとしない沖田はそれだけななしにたいして特別な感情を抱いているのだ。
それはななしも同じで。無理にでも頭を下ろす事は出来るのにそうはせず。彼の重みを膝に感じながらも満更では無さそうに、乗せられた頭を優しく撫でつけている。
『あ、そういえば総司さん』
「…ん?」
『今夜、祇園に行ってきますね』
「…あ?なんでや?」
『近藤さんに呼ばれているんです』
「勇 ちゃんか…ほんまあの人も急やな」
『本当ですよ。いっつも唐突で困っちゃいます。でも行けって源さんに言われたんで行ってきます』
「…そういや源さんも"定期報告"がどうとか言うとったな。ほな、ワシも行こか」
『え?総司さんも?』
「おう、祇園ならなおさらや」
『総司さんも一緒なら足も向いてくれるかもしれませんね。じゃ、一緒に行きましょう』
「美味いもんたらふく食ったるわ!」
『ふふ、そっちが本音ですね?』
「ちゃうわ。ワシはななしが心配でついて行くんや」
『本当ですか?ふふっ』
雨の中仕事終わりにわざわざ祇園に迎えと言われるとどうしても気乗りせず、面倒くさいが勝ってしまう状態だったのだが。
沖田が一緒に行くと提案してくれただけで、面倒くさいと思っていた気持ちが薄れていくのだから不思議だ。むしろ美味しいものを沖田と一緒に食べられると思うと胸が高揚するようだった。
この人とならきっとどこへ行こうと苦にならないのだろうなとななしは顔を綻ばせた。
二人で…勿論局長である近藤も一緒だが、美味しいものを食べるために今日の仕事を早く終わらせよう。
未だに膝に乗っている沖田の頭の重みを糧に、ななしはいつもよりも必死に文机の上の書状に目を通した。
しかしいつの間にか…。密着している沖田の温度があまりにも心地よく、文机に向かっていたななしは船を漕いでしまって。
結局二人仲良く雨が降る昼間にうたた寝をしてしまうこととなる。
最終的にはななしに帰宅を促しにやってきた井上により文字通り叩き起された。
「早く祇園に向かえ」と厳つい顔を更に厳つくさせた井上に睨まれ、終わっていない仕事を片手に沖田と二人新撰組屯所を飛び出したのだった。
(何寝とんねん!)
(総司さんも寝てたくせに〜!)
(お前、人のせいにすな!)
(もう二度と膝枕しないです)
(それとこれとは話がちゃうやろが!!)
猫柳を携えた
(自由気ままに)
『お疲れ様でした』
「なんでお前はそないにしれーっとしとんねん…」
『え?なにがですか?』
「あんだけデカイ道場掃除してなんでまだそないに元気なんや」
『慣れっこなんです。毎日掃除してますからね』
井上と沖田、そしてななし。三人で行っていた掃除は水に濡れた場所だけではなく最終的には広い道場の隅にまで及んだ。
時間にすれば半刻程を有し、やっとの思いで掃除を終わらせたのだが。どうやら普段から掃除をすることが無い沖田にとっては重労働だったらしく。彼の自室に帰って来た途端に大の字で寝転がってしまったのだ。
ななしは先程まで仕事をしていた文机に向かうと、滞っていた書類整理を始めるべく筆を取っている。
ななしのその行動に沖田にはとても驚いたようであった。
正座し文机に向かったななしに対し心底ありえないという視線を向けてくる。
しかしななしにとって掃除とは日常茶飯事で。
血の気の多い新撰組にマメな連中がいるはずもなく、汚れた場所の雑巾がけなんかはほぼ毎日行っている。
日々の雑巾がけで培われた体力があるななしにとっては簡単な作業だったのだが沖田にはそうではなかったらしい。
刀を振るうために使う筋肉とはまた別の筋肉を使うのだろう。
寝転がりながらも「あ〜、首の筋がイカれてもうた」と嘆いている。
『ふふふ、大丈夫ですか?総司さん』
いつもとは違い少し弱った姿はとても稀少で。「アカン、アカンわ」と首を横に振っている沖田に対しななしは小さく肩を揺らしながら可笑しそうに笑ってしまった。
それが不服だったのか隻眼は訝しげに細くなり、どこか面白くないと体現しているよう。
物珍しい表情も相まってますます可笑しく思えたななしは、なんとか笑いを堪えながらも寝転がる沖田の頭に手を乗せポンポンと宥めるように動かした。
「ななし…子供扱いしとるやろ…」
『そんなことはしてませんけど。珍しいなと思ってますっ』
「おうおう、笑いこらえた顔でよぉ言うわ」
『こ、堪えてませんっ、ふふ』
「笑っとるやないか!」
『そんな事ないです!』
「せやったらそのつり上がった口角はなんやねん!めちゃくちゃわろとるやないか!」
『普段からこんな顔じゃないですか〜』
「締りのない顔しおって!」
『し、締まってます!』
ななしのヘラヘラとした態度が気に食わなかった沖田は、未だに笑っている彼女の頬を引っ張ってやろうと寝ていた半身を起こし腕を伸ばした。
伸ばされた腕が何をしようとしているのかをよく知っているななしはそうはさせまい、と避けるように体をくねらせる。
「ななし!」『その腕を下ろしてください!』と謎の攻防戦が続き二人で寛ぐにしては少し狭い室内でやいのやいのと言い合った。
襖を隔てただけの廊下や薄い壁で仕切られている隣の部屋にはきっと二人の激しい攻防戦が丸聞こえなのだろう。
現に一番隊隊長の私室に隣接している二番隊隊長の部屋から「やかましいで!」と、怒鳴るような声が響いてきた。
次いでガラガラと襖が開き廊下を歩く足音が聞こえると、沖田の部屋の襖がスパーンと子気味のいい音を鳴らし開かれたのだ。
「そんな馬鹿でかい声で騒ぐなや、総司!ななし!」
『し、新八さん。すみません!』
「新八!この阿呆抑えとけや!いっぺん締りのない顔を引き伸ばして形整えたらなかん!」
「……落ち着け総司」
襖を開き現れたのは二番隊隊長である永倉新八だ。
見る人を圧倒するような巨漢であり、その気迫に気圧されるものも少なくは無いだろう。
しかし新撰組にいる血の気が多い隊士達とは違い、物腰柔らかく義理に熱い男でもある。
彼も沖田や井上と同じく古株の一人であり、ここにいる二人との付き合いもとても長い。
故に二人の扱い方をよく知っているようで余った空間に腰を下ろしながら「あんま騒がしいと副長に言いつけるで」とため息混じりに牽制している。
「やめぇや、歳ちゃんの説教は長いねん」
「せやったらもう少し静かにしとれや」
『すみません…』
「わかったんならそれでええ」
『ありがとうです、新八さんっ!』
「ほんま新ぱっちゃんはななしに甘いのぉ、アマアマや」
「お前にだけは言われとうないわ」
「ヒヒッ、あんまり否定できひんなぁ?ななし」
『…ま、まぁそうかもしれませんけど…』
「……白昼堂々大っぴらに乳繰り合う姿見せつけられる身にもなれや」
『そ、そんな事ないです!』
「否定すな、ますます惨めになるやろ」
「ヒヒヒッ〜、ほんまおもろいなぁ」
『おもしろくないです!』
永倉がため息を着きながら首を振る様を見て慌てるななしと、それを見楽しそうに笑っている沖田。
三人が集まるとそれはそれで騒がしくなるのだが、永倉がいる分二人の時よりは幾分もましだ。
からかうようにこちらを見てくる沖田の視線を完全に無視して、残っている仕事を片付けてしまおうとななしは文机に向き直り書状や書簡に視線を向けた。
未だにニヤニヤと笑っている沖田と、窘める永倉を尻目に文机に置いてあった書状の一つ。土方から受け取った"入隊試験"についての書状を手に取ると思い出したように『そういえば…』とゆっくり口を開いた。
『次の入隊試験についてなんですけど、今回の試験官総司さんと新八さんになります』
「もう一周したんか?」
「前回、鈴木と原田やったさかい一周したことになんな。ほんで今回は先頭に戻って俺と総司という訳か」
『そうなんです。今回もよろしくお願いしますね』
試験官を務めるのは主に腕の経つ隊長である。
隊長はそれぞれ一番隊から十番隊で十人おり、彼らから二人ずつ毎度選出されている。
前回は九番隊隊長の鈴木三樹三郎と、十番隊隊長の原田左之助が試験官であったため今回は順番でいくと一番に戻り沖田と永倉の番になるというわけだ。
『場所にこだわりは無いですよね?雨が降らない限りいつも通り大広間前と道場前になりますけど…』
「ワシはどこでもかまへんで。寧ろ外の方が都合ええしな」
「俺もかまへん。ななしで決めてくれればええ」
『ではいつも通り、大広間前を新八さん。道場前を総司さんでいいですね?土方さんにそう伝えますよ』
「頼むでななし」
「ヒヒヒッ、今回は骨のあるやつがおるとええのぉ」
「ただの試験や。やりすぎたらアカンで総司」
『新八さんの言う通り試験ですのでくれぐれもやり過ぎないようにお願いしますね総司さん』
「どうやろうなぁ…ヒヒッ」
『ちゃんと聞いてますか?』
「聞いとる聞いとる」
『はぁ…聞いてないですね』
半身を起こしていた沖田はななしや永倉の小言をあしらいながら再び窮屈な部屋で遠慮なしに寝転んでしまった。
沖田に何を言っても聞く耳を持たないのは分かってはいるのだが、ただの試験を毎回流血沙汰にしてしまうのだけはどうしても許容し難い思っているななし。
新撰組に入隊するために重んじる事は金や権力ではない。入隊したあとも新選組として生き抜く強い力があるかがなによりも大切になってくる。故に試験は真剣を用い行われ、中途半端な腕前で挑んできた入隊希望者は
"ここで死ぬなら入隊しても死ぬだけ"
沖田はその考えが顕著で試験に挑んできた希望者が半端な腕の持ち主であった場合、手加減や容赦が一切無いためそのほとんどが深い傷を負い辺り一面は血の海と化す。
怪我人の応急処置をするのは新撰組の医務班であるし、現場が汚れれば掃除をするのはななしだ。
結局沖田が暴れれば暴れた分だけ、新撰組の平隊士達に余計な仕事が回ってくる。
いつも控えめにと頼んでも今のように右から左で、聞く耳を持たない。
今回も酷い流血沙汰になるのだろうなと思うと、少しだけ意識が遠のきそうになるななし。
しかし沖田が試験に本気になる心情も理解出来てしまうし、彼なりに考え出した行動であるのは間違いない。
伝わり難いが一種の親切な行いであるため一概に否定もできない。
『まぁ…程々にお願いします。二人とも』
「いよいよ諦めた顔しとるでななし」
「ヒヒッ、おもろい顔しとんなぁ」
『人の顔みて笑ってないで事務仕事手伝ってください』
「あ?ワシ首の筋痛めとるさかい無理や。話し相手になるのが関の山っちゅうとこや」
「はぁ、総司。ちゃんと手伝ってやらんとななしも嫌気さして逃げ出してまうんやないか?」
「安心せぇ。ちゃぁんと躾てあるさかい心配あらへん」
『……どういう意味です?』
「あ?そういう意味やろが」
『……』
「ヒヒッ!」
「お前らには付き合っとれんわ」
沖田とななしのやり取りを見ていた永倉は呆れたようなため息を着いたあと、首を横に振りゆっくりと立ち上がった。
「これ以上は家でやれ」とまるで釘を指すように沖田を指さしたあと来た時と同様にスパーンと襖を豪快に開くと部屋を後にした。
『もう、総司さん。変なこと言わないで下さいよ〜』
「あ?事実やろが」
『そ、そうかもですけど…』
「ほな余計なこと考えんとうんうん頷いとったらええねん」
『あ、ちょっと…』
沖田はそう言った後、正座するななしの膝に頭を乗せ再び寝転がった。
文机とななしの腹の間にはスッポリハマるように隻眼の顔が収まっている状態。
こんな場所でダメですと沖田をどかそうとするななしだったのだが。
膝に頭を預けながらゆっくり目を閉じ眠る体制に入った彼を見、これは絶対どいてくれないやつだ…と、どかそうとしていた手を引っ込め全てを諦めた。
誰かが襖を開きこの光景を目撃すれば男同士で何をやっているんだと、目を見開き驚愕することだろう。
そうなる危険性は大いにあるものの、離れようとしない沖田はそれだけななしにたいして特別な感情を抱いているのだ。
それはななしも同じで。無理にでも頭を下ろす事は出来るのにそうはせず。彼の重みを膝に感じながらも満更では無さそうに、乗せられた頭を優しく撫でつけている。
『あ、そういえば総司さん』
「…ん?」
『今夜、祇園に行ってきますね』
「…あ?なんでや?」
『近藤さんに呼ばれているんです』
「
『本当ですよ。いっつも唐突で困っちゃいます。でも行けって源さんに言われたんで行ってきます』
「…そういや源さんも"定期報告"がどうとか言うとったな。ほな、ワシも行こか」
『え?総司さんも?』
「おう、祇園ならなおさらや」
『総司さんも一緒なら足も向いてくれるかもしれませんね。じゃ、一緒に行きましょう』
「美味いもんたらふく食ったるわ!」
『ふふ、そっちが本音ですね?』
「ちゃうわ。ワシはななしが心配でついて行くんや」
『本当ですか?ふふっ』
雨の中仕事終わりにわざわざ祇園に迎えと言われるとどうしても気乗りせず、面倒くさいが勝ってしまう状態だったのだが。
沖田が一緒に行くと提案してくれただけで、面倒くさいと思っていた気持ちが薄れていくのだから不思議だ。むしろ美味しいものを沖田と一緒に食べられると思うと胸が高揚するようだった。
この人とならきっとどこへ行こうと苦にならないのだろうなとななしは顔を綻ばせた。
二人で…勿論局長である近藤も一緒だが、美味しいものを食べるために今日の仕事を早く終わらせよう。
未だに膝に乗っている沖田の頭の重みを糧に、ななしはいつもよりも必死に文机の上の書状に目を通した。
しかしいつの間にか…。密着している沖田の温度があまりにも心地よく、文机に向かっていたななしは船を漕いでしまって。
結局二人仲良く雨が降る昼間にうたた寝をしてしまうこととなる。
最終的にはななしに帰宅を促しにやってきた井上により文字通り叩き起された。
「早く祇園に向かえ」と厳つい顔を更に厳つくさせた井上に睨まれ、終わっていない仕事を片手に沖田と二人新撰組屯所を飛び出したのだった。
(何寝とんねん!)
(総司さんも寝てたくせに〜!)
(お前、人のせいにすな!)
(もう二度と膝枕しないです)
(それとこれとは話がちゃうやろが!!)
猫柳を携えた
(自由気ままに)