小話集2
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(真島/恋人)
ななしは全速力で神室町の中を走っていた。
普段は落ち着いており誰かの迷惑になるような行動を取らない常識的なななしだが、今の彼女は他人の危険を顧みずに走ることに必死だ。
『はぁっ、はぁっ!吾朗さんっ!』
無我夢中で走るななしが向かっている場所は泰平通りにある柄本医院。
この世の何よりも大切な恋人、真島が運ばれたという病院だ。
*******
ななしが血相を変えて走りだしたのは遡ること20分ほど前。丁度12時をまわりお昼休憩に入った頃。
一本の電話がかかってきたことから始まる。
電話の相手は真島組の組員である西田であった。
真島組の事務所に行けば挨拶や世間話をする程には仲が良くななしにとっては気の置ける人物であるが、西田と電話でやりとりをすることは滅多に無い。
ななしと西田のやり取りと言えば専らメールばかりだ。
と言っても、メールでのやり取りも極たまにであり、それらの内容は事務的なものがほとんど。
だから西田から、しかも仕事中に(昼休憩中だが)連絡が来るということ自体が珍しく、ましてや電話をかけて来たのだから驚かずにはいられなかったななし。
今すぐに連絡をしないといけないような事なのだろうか。会社にいると分かっているはずなのに電話で伝えないといけない用事とはなんなのか。
あまりにも唐突な電話に妙な胸騒ぎを覚えたななしは、不安な気持ちのまま振動するスマホを手に取り覚悟を決めたように唾を飲み込んだ後、徐に西田の電話に出たのだ。
『も、もしもし?』
"「あ、もしもし。西田っす」"
『はい、西田さんですよね。どうしました?』
"「えっと、慌てないで聞いて欲しいんすけど…」"
『わ、分かりました…』
"慌てないで聞いて欲しい"
そのフレーズはななしの感じた妙な胸騒ぎを肯定しているようなものだ。
やはり良くないことが真島や真島組に起きたのだと確信してしまったななしは、下唇を噛み締めた。
なるべく落ち着こうとゆっくり呼吸することを心がけ、西田が話し出すのを待つ。
"「えーっと、率直に言うと親父が怪我をして病院に運ばれました」"
『ご、吾朗さんが!?病院に運ばれたって…そんなに酷い怪我だったんですか!?ご、吾朗さん、し、死んじゃうんじゃ…っ!』
"「ななしさん、落ち着いて!別に親父は…」"
『お、落ち着いていられません!!!』
お昼にしかも仕事中に連絡をしてきたのだ。
それはもう大事件が起きたのだとある程度心の準備をしていたつもりだったななしだが、"真島が怪我をし病院に運ばれた"と聞かされた瞬間、準備していたにもかかわらず一瞬にして血の気が引き、目の前が真っ白になった。
暑くもないのに変な汗がじんわりと浮き出てき、呼吸も荒くなっていく。
それに伴い手や足は子鹿のようにブルブルと震え、無意識のうちに涙が頬を滑り落ちていた。
真島が所謂ヤクザであることは彼と出会い付き合った頃から知っていた。
神室町に来て組長になってから真島は常に"命の危険に脅かされている"。
決して過言では無く、因縁をつけられたり極道同士の衝突はその道を行く真島にとっては付き物であり、いつ何が起きるか分からない。
だからこそ真島と付き合うにはそれなりに覚悟が必要なことも、気持ちを強く保つことも必要だと分かっていたつもりである。
しかしいざ真島の生命の危機に直面してしまうと、今まで覚悟してきたつもりが何一つ心の準備など出来ていなくて。
こんな時ほど冷静で居なければと思うものの、心は裏腹にパニック状態。
真島の安否について考えることしか出来ず、会社内にいるのも関わらずななしは人目も憚らず西田に『どこの病院ですか!?』と怒鳴っていた。
"「ななしさん、ちょっと話を…」"
『アタシは!どこの病院かを!聞いているんです!!』
"「え、えっと、今親父は"柄本医院"っていう泰平通りにある病院にいます。雑居ビルの2階にあるんす」"
『…柄本医院…、泰平通り…』
"「えーと、詳しい位置はっすね…」"
『今から行きます!!』
"「え!?仕事中じゃ…」"
『休憩中なんです!今から行くので吾朗さんの傍にいてあげてください!!』
"「ななしさん!そんなに慌てなくても親父は…!」"
『向かうので切ります!!』
"「ななしさっ──」"
何かを言いかけていた西田だが、気にかける余裕がなく直ぐに電話を切ると私物が置いてあるオフィスに向かって全速力で走った。
泣きながら社内を走っているせいで随分と悪目立ちをしているが、人目など気にしていられないななしはカバンなど私物を引っつかむと『早退します!!』とヤケクソに叫ぶ。
「えぇ!?」と驚く同僚や上司の静止も聞かず、ただひたすらに真島のことだけを考えているななしは会社から飛び出したのだ。
それから冒頭に戻り、更に5分程走った後ようやく泰平通りに到着したななし。
西田が言っていた柄本医院をくまなく探すが沢山ある建物の中からそれらしいものを発見することが出来ずにいた。
せっかく泰平通りにたどり着いたななしだがなかなか真島に会うことが出来ず焦りや不安ばかりが募る。
『吾朗さん…っ』
会えない不安は計り知れないがこのまま虱潰しに探してもきっと己の体力を消耗するだけ。真島に会う前に体力を使い切ってしまうことだけは何としてでも避けたいとななしは一度その場で立ち止まることを決めた。
ななしがその場で足を止め停止すると体から一気に汗がふき出し、ひたすら動かし続けた足や呼吸していた肺がズキンズキンと痛んだ。
走っている最中は真島のことでいっぱいいっぱいで、自分の体をこれ程酷使しているとは思いもせずななしは痛む胸に手を当てながら苦しそうに顔を歪めた。
しかしどれだけ体が痛もうが苦しかろうが生死の境をさ迷っているかもしれない真島に比べれば、きっとそれら全ては些細なはずだ。
こんな事で泣き言を言っている場合ではないとななしは己を叱責し、ガクガクと震えている膝を軽く叩く。
『でも、何処に行けばっ…』
心の中は真島に会いたいと願う気持ちでいっぱいであったが、このまま再び走り出して闇雲に探しても良いものか、余裕のない今のななしには分からなかった。
こんな時、いつも自分が如何に幼稚で真島を頼って生きているのかを思い知らされてしまう。
もっと真島に見合うような大人で、何があっても冷静に対応出来る女性になれたらどれだけ良いだろうか。
そんな強い女性で居続けることが出来たなら、きっと西田の電話で取り乱すことはせずに、真島が運ばれた病院の正確な位置も聞き出すことが出来たに違いない。そして今頃真島の元へ到着していたのだろう。
しかし今のななしにはそれが出来ない。
自分の不甲斐なさに嫌気がさして、大人になれない自分が悔しくて、とてもじゃないが平常心でいられなかった。
不安と後悔と真島を失うかもしれない恐怖で心の余裕が見事に崩壊してしまったななしは、鼻の奥がツンと痛むのを感じた。
途端に視界が滲みだし胸が苦しくなる。
こんな所で泣いてたまるか、それこそ子供と変わらないじゃないか…そうやって必死に涙が流れないように歯を食いしばるななしだったが、不安定な感情では涙を上手くコントロールすことが出来ず結局涙は溢れ出し頬を伝っていく。
『吾朗…さんっ!』
色々な感情と痛む体に流れた涙は止まることはなく、まるでダムが決壊したかのようにななしの頬を濡らしている。
行き交う人々は立ち竦み大量に涙を流す姿を訝しげに見つめ過ぎ去っていくが、今のななしには誰かに見られている事を気にする余裕はなかった。
泣き止むことも、真島を探しに戻ることも出来きない。
───どうか、吾朗さんが生きていますように。
今のななしはそう祈ることしか出来なかった。
「ななし!!」
『え…?』
しかしそんな時、立ち止まり涙を流すななしの名を呼ぶ大きな声が響く。
泣いていたななしにもその声ははっきりと聞こえたため、咄嗟に顔を起こした。
「何をしとんねん!」
『…っえ…ご、吾朗さん?』
するとそこには心から探し求めた真島がおり、彼もまた走っていたのかこめかみに汗を浮かばせていたのだ。
「どっからどう見ても吾朗さんやろ。…ったく、西田から聞いたで。人の話を最後までちゃんと聞かんと飛び出したんやって?お前、怪我でもしたらどうすんねん!泣きじゃくったままこんなとこで突っ立っとったら変な輩に絡まれるかもしれんやろ!気になったらまず確認からせぇ!言うやろ!ホウ、レン、ソウて!」
『……』
「お前俺の話聞いとんか?」
怪我の度合いも、意識があるのかどうかも、生きているのかさえも分からず。
恐怖と不安の中"会いたい"と言う一心でここまでやってきたななしは突如目の前に現れた真島を見、涙を流しながら固まってしまった。
重体であると思い込んでいた真島が両の足で立ち、今目の前にいる。
あまりにも思いがけない出会いに本当に彼が本物の真島なのかと疑うほどだ。
全ては真島に会いたくて会いたくてたまらない自分の妄想で、目の前の彼は幻なのではないか。
どうしても自分が見ている光景が信じられず、ななしは少し呆れたように小言を言う真島の胸にそっと触れた。
すると確かな鼓動と、懐かしささえ感じるほどの温もりが手を通してななしへと伝わってくる。
そうしてようやく今この瞬間、目の前にいる人物が探し求めた真島であると理解することができたななしは、更に大粒の涙を流しながらそばに居る彼のたくましい胸に抱きついた。
『……吾朗さんっ!!』
「うお!ななし?お前大丈夫か?」
『…吾朗さんっ、吾朗さん……!良かった、本当に良かったぁ…』
「ななし…、こんな汗だくになるまで必死に走ったらアカンで。体壊したらどないすんねん」
『…っ!だって…ずっと…心配でっ、貴方に会いたかったから…』
「ホンマに…健気なやっちゃでななしは。この通り元気やさかいもう泣かんでもええ。ゆっくり呼吸せぇ」
『ぅんっ…』
恥も外聞も捨て子供のようにしがみつき涙を流すななしは、沢山走ったことも相まって過呼吸気味だ。
嗚咽に混じりはぁはぁと荒い呼吸を繰り返しているななしの事を落ち着かせるように、真島は彼女の背を優しくポンポンとさすってやる。
「西田 がのぉ、適当に伝えたのが悪いわな」
『ち、違うのっ…アタシ…勝手に勘違いして…パニックになっちゃったから…』
「せやけど西田がちゃんと説明しとればななしがここまでせんでも良かったのは事実や。早とちりもあったかもしれんけど、説明不足が原因やろ。違うか?」
『…でも、アタシもっ、悪いのっ』
「律儀なやっちゃなぁ。まぁ、そんなところも可愛ええんやけどな。せやけど俺はお前に無理してほしないんや」
『吾朗さんもっ、怪我したって聞きました。アタシだけじゃなくてっ…貴方も、無理しないで……』
「俺はそこらへんのチンピラとの喧嘩で死ぬ程やわやないで。お前残して死んでたまるか」
『でも、強くてもっ…体や、中身はアタシと同じじゃないですか!不注意でっ、大きな怪我したり、撃たれたりしちゃったら…死んじゃうかもしれないです
っ』
「アホ、俺には筋肉があるやろ。お前のふかふかな体と一緒にすなや」
『ふかふかじゃないもん!』
「おいっ、分かった、ふかふかやないさかい暴れんとき!」
『…貴方はっ、アタシの唯一なんです!蒼天堀でアタシを見つけてくれた頃からずっとっ!だからっ、だからっ、置いていかないで…っ!』
「…あん時見つけてもろたんも、お前が唯一なのも俺かて一緒や。せやから絶対にななし残して死ぬようなことは有り得へん。俺が今まで嘘ついたことあるか?」
『な、ないけどっ…でもっ…』
「ななし、俺が信じられへんのか?」
『…うっ…そうじゃないけど…』
「せやったら、素直に頷いてや。それともそないに死別したいんか?」
『違います!死別なんてっ』
「俺かてごめんやで。だから俺は絶対に死なんのや」
何の根拠があって絶対に死なないと豪語するのかななしには分からない。
ただ真島の言葉や鋭い隻眼の奥底に宿る光は根拠など無くても嘘を言っているようには思えず、なぜか妙な説得力に押し黙ってしまう。
けれどきっと真島なら…ずっとずっと傍に居てくれた真島なら…お互い天寿を全 うするその日まできっと傍に居てくれる。
それこそ根拠などなにも無かったがななしにはそうなると言う自信があった。
この先真島が怪我をすることも度々あるだろうし、組同士の抗争などに巻き込まれたりすることもあるはずだ。
その度に恐ろしいと泣いてしまうかもしれないが、最後には笑って戻ってきてくれると信じてみよう。
ななしは真摯な表情でこちらを見据える真島の頬を両手で包み込み、しっかり視線を合わせると『分かった。貴方を信じる』と、そう伝えた。
「おう」
『…それでも吾朗さんが死んじゃったらっ…その時はアタシ…西谷さんと結婚してやるんだから』
「あぁ!?アホ言うなや!百歩譲って桐生ちゃんやったら分かる…いや桐生ちゃんもアカン!せやけど西谷だけは絶対に許せへん!お前、前言撤回せぇ!」
『貴方が死ななければ大丈夫なんですから、ね?信じてますよ』
「ななしお前…ヒヒッ!随分調子戻ってきたやんけ」
『うん、吾朗さんのおかげ。まだ怪我のことが心配だけど…吾朗さんがいつも通り元気でいてくれたから。もう大丈夫っ。ありがとう、吾朗さんっ』
「ほうか。ほな、もう泣き止んだな?」
『ふふっ、うん。泣きやみました!』
「おう、ようやっと笑ったなななし。お前はニコニコしとる方が可愛ええで」
『えへへ…吾朗さん、帰ろっか』
「せやな」
西田から電話を貰った時、一瞬で周りが見えなくなりパニックになってしまったななし。
だがこうして真島が元気で傍に居てくれたことによって、生きた心地がしなかった心もようやく安心し、落ち着きを取り戻すことが出来た。
ななしは真島からそっと離れると彼の手を取り、自宅へ帰ろうと促す。
早く二人きりで過ごしたかったからだ。
「ほな、タクって帰るか」
『はい!ところで、怪我って何処を怪我したんですか?パッと見見当たらないですね』
「ん?あぁ、脇腹や。左側のな。せやけど怪我っていうても5針やったか7針やったか縫うだけやで?」
『うぅん、でも縫ったんですね…本当に良かった…』
「こんなもん今週中に治るわ」
『い、痛くないんですか?』
「全く痛ないなぁ」
『そっかぁ…でも怖いので早く治してね吾朗さん』
「ヒヒッ!お前はお子ちゃまやのぉ」
『うぅ…耳が痛いです。アタシ自身ももっと大人になれたらって思います。吾朗さんに見合うくらい大人で綺麗な女性になりたい』
「アホ。俺に見合うとかないわ。お子ちゃまでもななしやったら俺はなんでもええねん」
『ご、吾朗さんっ…』
「せやから余計なこと考えんと俺だけ見とればええ。分かったか?」
『は、はい』
丁度真島が呼び寄せたタクシーが路肩に止まり、乗り込むために腕を引かれたななし。
そのタイミングで「俺だけを見とればええ」と普段通りの笑みを浮かべて真島が言うものだからななしの顔は徐々に赤く染まっていく。
恥ずかしさと愛おしさに胸を高鳴らせながらななしは真島に身を委ねタクシーに乗り込んだ。
「せや、ななし。お前今仕事中やったんとちゃうんか?家帰ってもええんか?」
『……あっ!そうだった!!アタシ飛び出して来ちゃったんだ!!』
「ヒヒッ!ななしらしいのぉ」
『うぅ…でも今日はもう吾朗さんと一緒にいたいからっ…でも、クビになっちゃうかも…』
「ちゃんと連絡だけ入れとき。お前んとこホワイトやし許してくれるやろ」
『そ、そうかなぁ』
「例えクビでも俺がちゃんと養ったるさかい安心せぇななし」
『あんまり安心できないぃ…』
「なんでやねん」
結局帰宅後、ななしは会社へ連絡を入れどうにかこうにか許してもらうことに成功した。
仕事をクビになる心配も無くなり、ちゃんと早退扱いにもなったため午後の時間を真島と過ごすことが出来たらしい。
グゥゥゥ
(うぅ…安心したら…お腹空いちゃった…)
(ヒヒッ!えろう元気な腹の虫やのぉ)
(ちゃ、茶化さないでくださいよぅ!)
(ほな、西田になんか持ってこさせるか)
(そういえば西田さんはどこにいたんですか?アタシ吾朗さんのそばにいてあげてって言ったんですけど…吾朗さん一人で町にいたから)
(そういやアイツもななしの事探しとんの忘れとったわ。ななしが泰平通りに来る言うて俺と反対側行っとったで)
(えぇ!?れ、連絡してあげないと!)
(丁度ええさかい泰平通りの牛丼でも頼むか。西田まだおるやろし)
(西田さんに持ってきて貰うんですか!?)
(あ?丁度ええやんけ)
(忘れられて…買わされて…パシられて…す、凄く不憫な気が…)
(アイツは今回の元凶や。こんくらいせなアカン)
(ごめんなさいっ、西田さぁん!)
祝☆組長真島30話!
30話になったので何か特別なお話をかきたいなと思い作成したものになります。
取り乱しちゃうほど真島さんが大事で大好きなななしちゃん。普段落ち着いているけどこういう時はパニックになってしまったり…全ては真島ラブが故です。
真島さんこの件を境に少し大人しくなってたらエモい。ななしちゃんの泣き顔に弱いので。
ななしちゃんと西谷さんが結婚(笑)しない未来を祈りましょう(一生来ない)
ななしは全速力で神室町の中を走っていた。
普段は落ち着いており誰かの迷惑になるような行動を取らない常識的なななしだが、今の彼女は他人の危険を顧みずに走ることに必死だ。
『はぁっ、はぁっ!吾朗さんっ!』
無我夢中で走るななしが向かっている場所は泰平通りにある柄本医院。
この世の何よりも大切な恋人、真島が運ばれたという病院だ。
*******
ななしが血相を変えて走りだしたのは遡ること20分ほど前。丁度12時をまわりお昼休憩に入った頃。
一本の電話がかかってきたことから始まる。
電話の相手は真島組の組員である西田であった。
真島組の事務所に行けば挨拶や世間話をする程には仲が良くななしにとっては気の置ける人物であるが、西田と電話でやりとりをすることは滅多に無い。
ななしと西田のやり取りと言えば専らメールばかりだ。
と言っても、メールでのやり取りも極たまにであり、それらの内容は事務的なものがほとんど。
だから西田から、しかも仕事中に(昼休憩中だが)連絡が来るということ自体が珍しく、ましてや電話をかけて来たのだから驚かずにはいられなかったななし。
今すぐに連絡をしないといけないような事なのだろうか。会社にいると分かっているはずなのに電話で伝えないといけない用事とはなんなのか。
あまりにも唐突な電話に妙な胸騒ぎを覚えたななしは、不安な気持ちのまま振動するスマホを手に取り覚悟を決めたように唾を飲み込んだ後、徐に西田の電話に出たのだ。
『も、もしもし?』
"「あ、もしもし。西田っす」"
『はい、西田さんですよね。どうしました?』
"「えっと、慌てないで聞いて欲しいんすけど…」"
『わ、分かりました…』
"慌てないで聞いて欲しい"
そのフレーズはななしの感じた妙な胸騒ぎを肯定しているようなものだ。
やはり良くないことが真島や真島組に起きたのだと確信してしまったななしは、下唇を噛み締めた。
なるべく落ち着こうとゆっくり呼吸することを心がけ、西田が話し出すのを待つ。
"「えーっと、率直に言うと親父が怪我をして病院に運ばれました」"
『ご、吾朗さんが!?病院に運ばれたって…そんなに酷い怪我だったんですか!?ご、吾朗さん、し、死んじゃうんじゃ…っ!』
"「ななしさん、落ち着いて!別に親父は…」"
『お、落ち着いていられません!!!』
お昼にしかも仕事中に連絡をしてきたのだ。
それはもう大事件が起きたのだとある程度心の準備をしていたつもりだったななしだが、"真島が怪我をし病院に運ばれた"と聞かされた瞬間、準備していたにもかかわらず一瞬にして血の気が引き、目の前が真っ白になった。
暑くもないのに変な汗がじんわりと浮き出てき、呼吸も荒くなっていく。
それに伴い手や足は子鹿のようにブルブルと震え、無意識のうちに涙が頬を滑り落ちていた。
真島が所謂ヤクザであることは彼と出会い付き合った頃から知っていた。
神室町に来て組長になってから真島は常に"命の危険に脅かされている"。
決して過言では無く、因縁をつけられたり極道同士の衝突はその道を行く真島にとっては付き物であり、いつ何が起きるか分からない。
だからこそ真島と付き合うにはそれなりに覚悟が必要なことも、気持ちを強く保つことも必要だと分かっていたつもりである。
しかしいざ真島の生命の危機に直面してしまうと、今まで覚悟してきたつもりが何一つ心の準備など出来ていなくて。
こんな時ほど冷静で居なければと思うものの、心は裏腹にパニック状態。
真島の安否について考えることしか出来ず、会社内にいるのも関わらずななしは人目も憚らず西田に『どこの病院ですか!?』と怒鳴っていた。
"「ななしさん、ちょっと話を…」"
『アタシは!どこの病院かを!聞いているんです!!』
"「え、えっと、今親父は"柄本医院"っていう泰平通りにある病院にいます。雑居ビルの2階にあるんす」"
『…柄本医院…、泰平通り…』
"「えーと、詳しい位置はっすね…」"
『今から行きます!!』
"「え!?仕事中じゃ…」"
『休憩中なんです!今から行くので吾朗さんの傍にいてあげてください!!』
"「ななしさん!そんなに慌てなくても親父は…!」"
『向かうので切ります!!』
"「ななしさっ──」"
何かを言いかけていた西田だが、気にかける余裕がなく直ぐに電話を切ると私物が置いてあるオフィスに向かって全速力で走った。
泣きながら社内を走っているせいで随分と悪目立ちをしているが、人目など気にしていられないななしはカバンなど私物を引っつかむと『早退します!!』とヤケクソに叫ぶ。
「えぇ!?」と驚く同僚や上司の静止も聞かず、ただひたすらに真島のことだけを考えているななしは会社から飛び出したのだ。
それから冒頭に戻り、更に5分程走った後ようやく泰平通りに到着したななし。
西田が言っていた柄本医院をくまなく探すが沢山ある建物の中からそれらしいものを発見することが出来ずにいた。
せっかく泰平通りにたどり着いたななしだがなかなか真島に会うことが出来ず焦りや不安ばかりが募る。
『吾朗さん…っ』
会えない不安は計り知れないがこのまま虱潰しに探してもきっと己の体力を消耗するだけ。真島に会う前に体力を使い切ってしまうことだけは何としてでも避けたいとななしは一度その場で立ち止まることを決めた。
ななしがその場で足を止め停止すると体から一気に汗がふき出し、ひたすら動かし続けた足や呼吸していた肺がズキンズキンと痛んだ。
走っている最中は真島のことでいっぱいいっぱいで、自分の体をこれ程酷使しているとは思いもせずななしは痛む胸に手を当てながら苦しそうに顔を歪めた。
しかしどれだけ体が痛もうが苦しかろうが生死の境をさ迷っているかもしれない真島に比べれば、きっとそれら全ては些細なはずだ。
こんな事で泣き言を言っている場合ではないとななしは己を叱責し、ガクガクと震えている膝を軽く叩く。
『でも、何処に行けばっ…』
心の中は真島に会いたいと願う気持ちでいっぱいであったが、このまま再び走り出して闇雲に探しても良いものか、余裕のない今のななしには分からなかった。
こんな時、いつも自分が如何に幼稚で真島を頼って生きているのかを思い知らされてしまう。
もっと真島に見合うような大人で、何があっても冷静に対応出来る女性になれたらどれだけ良いだろうか。
そんな強い女性で居続けることが出来たなら、きっと西田の電話で取り乱すことはせずに、真島が運ばれた病院の正確な位置も聞き出すことが出来たに違いない。そして今頃真島の元へ到着していたのだろう。
しかし今のななしにはそれが出来ない。
自分の不甲斐なさに嫌気がさして、大人になれない自分が悔しくて、とてもじゃないが平常心でいられなかった。
不安と後悔と真島を失うかもしれない恐怖で心の余裕が見事に崩壊してしまったななしは、鼻の奥がツンと痛むのを感じた。
途端に視界が滲みだし胸が苦しくなる。
こんな所で泣いてたまるか、それこそ子供と変わらないじゃないか…そうやって必死に涙が流れないように歯を食いしばるななしだったが、不安定な感情では涙を上手くコントロールすことが出来ず結局涙は溢れ出し頬を伝っていく。
『吾朗…さんっ!』
色々な感情と痛む体に流れた涙は止まることはなく、まるでダムが決壊したかのようにななしの頬を濡らしている。
行き交う人々は立ち竦み大量に涙を流す姿を訝しげに見つめ過ぎ去っていくが、今のななしには誰かに見られている事を気にする余裕はなかった。
泣き止むことも、真島を探しに戻ることも出来きない。
───どうか、吾朗さんが生きていますように。
今のななしはそう祈ることしか出来なかった。
「ななし!!」
『え…?』
しかしそんな時、立ち止まり涙を流すななしの名を呼ぶ大きな声が響く。
泣いていたななしにもその声ははっきりと聞こえたため、咄嗟に顔を起こした。
「何をしとんねん!」
『…っえ…ご、吾朗さん?』
するとそこには心から探し求めた真島がおり、彼もまた走っていたのかこめかみに汗を浮かばせていたのだ。
「どっからどう見ても吾朗さんやろ。…ったく、西田から聞いたで。人の話を最後までちゃんと聞かんと飛び出したんやって?お前、怪我でもしたらどうすんねん!泣きじゃくったままこんなとこで突っ立っとったら変な輩に絡まれるかもしれんやろ!気になったらまず確認からせぇ!言うやろ!ホウ、レン、ソウて!」
『……』
「お前俺の話聞いとんか?」
怪我の度合いも、意識があるのかどうかも、生きているのかさえも分からず。
恐怖と不安の中"会いたい"と言う一心でここまでやってきたななしは突如目の前に現れた真島を見、涙を流しながら固まってしまった。
重体であると思い込んでいた真島が両の足で立ち、今目の前にいる。
あまりにも思いがけない出会いに本当に彼が本物の真島なのかと疑うほどだ。
全ては真島に会いたくて会いたくてたまらない自分の妄想で、目の前の彼は幻なのではないか。
どうしても自分が見ている光景が信じられず、ななしは少し呆れたように小言を言う真島の胸にそっと触れた。
すると確かな鼓動と、懐かしささえ感じるほどの温もりが手を通してななしへと伝わってくる。
そうしてようやく今この瞬間、目の前にいる人物が探し求めた真島であると理解することができたななしは、更に大粒の涙を流しながらそばに居る彼のたくましい胸に抱きついた。
『……吾朗さんっ!!』
「うお!ななし?お前大丈夫か?」
『…吾朗さんっ、吾朗さん……!良かった、本当に良かったぁ…』
「ななし…、こんな汗だくになるまで必死に走ったらアカンで。体壊したらどないすんねん」
『…っ!だって…ずっと…心配でっ、貴方に会いたかったから…』
「ホンマに…健気なやっちゃでななしは。この通り元気やさかいもう泣かんでもええ。ゆっくり呼吸せぇ」
『ぅんっ…』
恥も外聞も捨て子供のようにしがみつき涙を流すななしは、沢山走ったことも相まって過呼吸気味だ。
嗚咽に混じりはぁはぁと荒い呼吸を繰り返しているななしの事を落ち着かせるように、真島は彼女の背を優しくポンポンとさすってやる。
「
『ち、違うのっ…アタシ…勝手に勘違いして…パニックになっちゃったから…』
「せやけど西田がちゃんと説明しとればななしがここまでせんでも良かったのは事実や。早とちりもあったかもしれんけど、説明不足が原因やろ。違うか?」
『…でも、アタシもっ、悪いのっ』
「律儀なやっちゃなぁ。まぁ、そんなところも可愛ええんやけどな。せやけど俺はお前に無理してほしないんや」
『吾朗さんもっ、怪我したって聞きました。アタシだけじゃなくてっ…貴方も、無理しないで……』
「俺はそこらへんのチンピラとの喧嘩で死ぬ程やわやないで。お前残して死んでたまるか」
『でも、強くてもっ…体や、中身はアタシと同じじゃないですか!不注意でっ、大きな怪我したり、撃たれたりしちゃったら…死んじゃうかもしれないです
っ』
「アホ、俺には筋肉があるやろ。お前のふかふかな体と一緒にすなや」
『ふかふかじゃないもん!』
「おいっ、分かった、ふかふかやないさかい暴れんとき!」
『…貴方はっ、アタシの唯一なんです!蒼天堀でアタシを見つけてくれた頃からずっとっ!だからっ、だからっ、置いていかないで…っ!』
「…あん時見つけてもろたんも、お前が唯一なのも俺かて一緒や。せやから絶対にななし残して死ぬようなことは有り得へん。俺が今まで嘘ついたことあるか?」
『な、ないけどっ…でもっ…』
「ななし、俺が信じられへんのか?」
『…うっ…そうじゃないけど…』
「せやったら、素直に頷いてや。それともそないに死別したいんか?」
『違います!死別なんてっ』
「俺かてごめんやで。だから俺は絶対に死なんのや」
何の根拠があって絶対に死なないと豪語するのかななしには分からない。
ただ真島の言葉や鋭い隻眼の奥底に宿る光は根拠など無くても嘘を言っているようには思えず、なぜか妙な説得力に押し黙ってしまう。
けれどきっと真島なら…ずっとずっと傍に居てくれた真島なら…お互い天寿を
それこそ根拠などなにも無かったがななしにはそうなると言う自信があった。
この先真島が怪我をすることも度々あるだろうし、組同士の抗争などに巻き込まれたりすることもあるはずだ。
その度に恐ろしいと泣いてしまうかもしれないが、最後には笑って戻ってきてくれると信じてみよう。
ななしは真摯な表情でこちらを見据える真島の頬を両手で包み込み、しっかり視線を合わせると『分かった。貴方を信じる』と、そう伝えた。
「おう」
『…それでも吾朗さんが死んじゃったらっ…その時はアタシ…西谷さんと結婚してやるんだから』
「あぁ!?アホ言うなや!百歩譲って桐生ちゃんやったら分かる…いや桐生ちゃんもアカン!せやけど西谷だけは絶対に許せへん!お前、前言撤回せぇ!」
『貴方が死ななければ大丈夫なんですから、ね?信じてますよ』
「ななしお前…ヒヒッ!随分調子戻ってきたやんけ」
『うん、吾朗さんのおかげ。まだ怪我のことが心配だけど…吾朗さんがいつも通り元気でいてくれたから。もう大丈夫っ。ありがとう、吾朗さんっ』
「ほうか。ほな、もう泣き止んだな?」
『ふふっ、うん。泣きやみました!』
「おう、ようやっと笑ったなななし。お前はニコニコしとる方が可愛ええで」
『えへへ…吾朗さん、帰ろっか』
「せやな」
西田から電話を貰った時、一瞬で周りが見えなくなりパニックになってしまったななし。
だがこうして真島が元気で傍に居てくれたことによって、生きた心地がしなかった心もようやく安心し、落ち着きを取り戻すことが出来た。
ななしは真島からそっと離れると彼の手を取り、自宅へ帰ろうと促す。
早く二人きりで過ごしたかったからだ。
「ほな、タクって帰るか」
『はい!ところで、怪我って何処を怪我したんですか?パッと見見当たらないですね』
「ん?あぁ、脇腹や。左側のな。せやけど怪我っていうても5針やったか7針やったか縫うだけやで?」
『うぅん、でも縫ったんですね…本当に良かった…』
「こんなもん今週中に治るわ」
『い、痛くないんですか?』
「全く痛ないなぁ」
『そっかぁ…でも怖いので早く治してね吾朗さん』
「ヒヒッ!お前はお子ちゃまやのぉ」
『うぅ…耳が痛いです。アタシ自身ももっと大人になれたらって思います。吾朗さんに見合うくらい大人で綺麗な女性になりたい』
「アホ。俺に見合うとかないわ。お子ちゃまでもななしやったら俺はなんでもええねん」
『ご、吾朗さんっ…』
「せやから余計なこと考えんと俺だけ見とればええ。分かったか?」
『は、はい』
丁度真島が呼び寄せたタクシーが路肩に止まり、乗り込むために腕を引かれたななし。
そのタイミングで「俺だけを見とればええ」と普段通りの笑みを浮かべて真島が言うものだからななしの顔は徐々に赤く染まっていく。
恥ずかしさと愛おしさに胸を高鳴らせながらななしは真島に身を委ねタクシーに乗り込んだ。
「せや、ななし。お前今仕事中やったんとちゃうんか?家帰ってもええんか?」
『……あっ!そうだった!!アタシ飛び出して来ちゃったんだ!!』
「ヒヒッ!ななしらしいのぉ」
『うぅ…でも今日はもう吾朗さんと一緒にいたいからっ…でも、クビになっちゃうかも…』
「ちゃんと連絡だけ入れとき。お前んとこホワイトやし許してくれるやろ」
『そ、そうかなぁ』
「例えクビでも俺がちゃんと養ったるさかい安心せぇななし」
『あんまり安心できないぃ…』
「なんでやねん」
結局帰宅後、ななしは会社へ連絡を入れどうにかこうにか許してもらうことに成功した。
仕事をクビになる心配も無くなり、ちゃんと早退扱いにもなったため午後の時間を真島と過ごすことが出来たらしい。
グゥゥゥ
(うぅ…安心したら…お腹空いちゃった…)
(ヒヒッ!えろう元気な腹の虫やのぉ)
(ちゃ、茶化さないでくださいよぅ!)
(ほな、西田になんか持ってこさせるか)
(そういえば西田さんはどこにいたんですか?アタシ吾朗さんのそばにいてあげてって言ったんですけど…吾朗さん一人で町にいたから)
(そういやアイツもななしの事探しとんの忘れとったわ。ななしが泰平通りに来る言うて俺と反対側行っとったで)
(えぇ!?れ、連絡してあげないと!)
(丁度ええさかい泰平通りの牛丼でも頼むか。西田まだおるやろし)
(西田さんに持ってきて貰うんですか!?)
(あ?丁度ええやんけ)
(忘れられて…買わされて…パシられて…す、凄く不憫な気が…)
(アイツは今回の元凶や。こんくらいせなアカン)
(ごめんなさいっ、西田さぁん!)
祝☆組長真島30話!
30話になったので何か特別なお話をかきたいなと思い作成したものになります。
取り乱しちゃうほど真島さんが大事で大好きなななしちゃん。普段落ち着いているけどこういう時はパニックになってしまったり…全ては真島ラブが故です。
真島さんこの件を境に少し大人しくなってたらエモい。ななしちゃんの泣き顔に弱いので。
ななしちゃんと西谷さんが結婚(笑)しない未来を祈りましょう(一生来ない)